2009年02月20日
沢木耕太郎著『ミッドナイト・エクスプレス』
沢木さんの『深夜特急』第一便から三便までは単行本が発売されたとき、それぞれ読んでいる。今回それを再読してみようと思ったのは、ここのところ紀行文にはまってしまっている関係で取り出してみたのだ。
この本は単行本三冊を一冊にまとめてあるので、結構なボリュームだ。なんだかちっともページが進まない感じがしてしまったが、気がついたら4日で読み切っていた。
私は勘違いをしていて、沢木さんがユーラシア大陸を最初からバスを使ってロンドンまで旅をしたものだと思っていた。ところが沢木さんのこの旅の最初の趣旨はインドのデリーからロンドンまで乗り合いバスを使って旅をすることであって、デリーまで直接飛行機を使って行くこともできたが、途中降りることもできることを知って、まずは香港、マカオ、マレー半島、シンガポールに寄って、そしてデリーに向かい、そこからロンドンまで乗り合いバスを使って旅をした。
ただ香港、マカオの記述が、特にカジノでのやりとりがおもしろかったので、そっちにばかりに記憶に残っていて、本当はここは“おまけ”みたいものだったのだと改めて知った次第である。
私は観光旅行しかしたことがないので、こうした“放浪”の旅にはあこがれてしまうところがある。しかしこうした長い旅には、いわゆる人の一生みたいなところがあるんだなと感じた。
どういうことかと言えば、旅の最初のころには、沢木さんが出会うものすべてにワクワクしいた。時には自分の子供の頃を思い出したり、相違点を見出したりして、新鮮であったのがよくわかる。
「カルカッタの子供たちのボロから突き出したしなやかな手足を見るたびに、ただ体を動かしていればよかった時代の幸せさを思い出さないわけにはいかなかった。(略)
路上で遊んでいる子供たちを見ていると、少年時代の自分を思い出す。しかし彼らがかつての私たちと違っていたのは、なにかしら仕事を持っていたことだ。彼らは、働く合い間に、時間をかすめとるようにして遊んでいた」
旅をする前の自分の生活環境とまったく違うものと接すると、それがいかにも自分を縛っていたものではないかと思うようになり、訪れた土地の人の生活方法に従ううちに「またひとつ自由になれた」と感じるのである。一方で自分の旅の仕方も反省する。
「もちろん、『金がない』と言うだけなら、私は自分が卑しいとは感じなかっただろう。私がその台詞を使う時、どこかでその相手の親切を期待するところがあったような気がするのだ。ほんの少しであっても、金のない旅人が土地の人の親切を受けるのは当然だという思いを抱いていなかったかどうか。私には『いや』と言い切れる自信がなかった。『金がない』という台詞を使わない時にも、相手の親切を期待する気持が態度に滲み出ていたのではないだろうか。(略)もしそうだったとすれば、それは手を出さないというだけの物乞いにすぎないのではないか・・・・」
しかし旅を続けるうちに、自分の旅の姿がある意味無責任なものではないかと思うようになってくる。そう感じたとき沢木さんの胸には虚無感が生まれてくる。それを同じような旅をするヒッピーの体から発する臭いから次のように言う。
「ヒッピーたちが放っている饐えた臭いとは、長く旅をしていることからくる無責任さから生じます。彼はただ通過するだけの人です。今日この国いても明日にはもう隣の国に入ってしまうのです。どの国にも、人々にも、まったく責任を負わないで日を送ることができてしまいます。しかし、もちろんそれは旅の恥は掻き捨てといった類の無責任さとは違います。その無責任さの裏側には深い虚無の穴が空いているのです。深い虚無、それは場合によっては自分自身も無関心にさせてしまうほどの虚無です」
そのうち、訪ねた土地の人の親切が煩わしくなっていく。
「私たちのような金を持たない旅人にとって、親切がわずらわしくなるというのは、かなり危険な兆候だった。なぜなら、私たちは行く先々で人の親切を『食って』生きているといってもよいくらいだったからだ。『食う』という意味は二重である。ひとつは、文字通り人から親切によって与えられる食物や情報が、旅をしていくために、だから異国で生きていくための必須だということ。もうひとつは、人々の親切が旅の目的そのものになっているということ。つまり私たちのようなその日ぐらしの旅人には、いつの間にか名所旧跡などどうでもよくなっている。体力や気力や金力はそこまで廻らなくなっていることもあるが、重要なことは一食にありつくこと、一晩過ごせるところを見つけること、でしかなくなってしまうのだ。しかし、そうであっても、いやそうだからこそ、人が大事だと思うようになる。旅にとって大事なのは、名所でも旧跡でもなく、その土地で出会う人なのだ、と。そしてまさにその人と人の関わりの最も甘美な表出の仕方が親切という行為にはずなのだ。
ヒッピーとは、人から親切を貰って生きていく物乞いなのかもしれない。少なくとも、人の親切そのものが旅の全目的にまでなってしまう。それが、人から示される親切が面倒に感じてしまうとすれば、かなりの重症といえるかもしれなかった」
いつの間にか沢木さんは自分の旅に新鮮さを感じられなくなっていくのがわかる。このころから沢木さんの旅は幼年期、少年期が終わっていたのだ。
この本には「深夜特急ノート」が付録みたいな形で収録されている。そこに「しだいに好奇心が摩耗し、全身が蝕まれていくような気がする」という書き込みがある。長旅はいつの間にか初期の新鮮さや好奇心を失わせていくようだ。それを沢木さんは次のように言い表している。
「旅がもし本当に人生に似ているものなら、旅には旅の生涯というものがあるのかもしれない。人の一生に幼年期があり、少年期があり、壮年期があり、老年期があるように、長い旅にもそれに似た移り変わりがあるのかもしれない。私の旅はたぶん青年期を終えつつあるのだ。何を経験しても新鮮で、どんな些細なことにでも心震わせていた時期はすでに終わっていたのだ。そのかわりに、辿ってきた土地の記憶だけが鮮明になってくる。歳をとってくるとしきりに昔のことが思い出されるという。私もまたギリシャを旅しながらしきりに過ぎてきた土地のことが思い出されてならなかった。ことあるごとに甦ってくる。それはまた、どのような経験をしても、これは以前にどこかで経験したことがあると感じてしまうということでもあった」
この旅での成果は「ほんとうにわかっているのは、わからないということだけかもしれない」というタイで暮らす日本人男性の言葉じゃないかと思った。そして長旅は、非日常が日常化してしまう部分があり、旅が終わった後、旅をする以前の日常に戻れないのではないかという不安を残す。
「私にはひとつの恐れがあった。旅を続けていくにしたがって、それはしだいに大きくなっていった。その恐れとは、言葉にすれば、自分はいま旅をという長いトンネルに入ってしまっているのではないか、そしてそのトンネルをいつまでも抜け切ることができないのではないか、というものだった。数カ月のつもりの旅の予定が、半年になり、一年にもなろうとしていた。あるいは二年になるか、三年になるか、この先どれほどかかるか自分自身でもわからなくなっていた。やがて終わったとしても、旅という名のトンネルの向こうにあるものと、果たしてうまく折り合うことができるのかどうか、自信がなかった。旅の日々の、ペルシャの秋の空のように透明で空虚な生活に比べれば、その向こうにあるものがはるかに真っ当なものであることはよくわかっていた。だが、もう、それらのものと折り合うことが不可能になっているのではないだろうか」
これはかなり怖いところではないだろうか?
ところで最近私はイスタンブールにあこがれていることは書いたが、沢木さんも当然ここを訪れている。ここにたどり着いたとき次のように書かれる。
「いま私はアジアからヨーロッパへ向かっている。春の初めにアジアの端の島国から出発した私は、秋の終わりにヨーロッパのとば口に差しかかろうとしている。この船でこのボスポラス海峡を渡り切れば、東ローマ帝国の都であったかつてのコンスタンチノープルに到着するのだ。
しかし、その重層的な歴史が塗り込められているはずの街は、夜の深い闇に覆われて何も見えない。対岸は、丘にでもなっているのだろうか、ところどころに点々と灯が見えるだけだ。その灯はいかにも心細げで、かえって丘の暗さを浮き出させるばかりのように思えた。
<あれがヨーロッパなのか・・・・>」
「ヨーロッパからアジアに向かう者も、アジアからヨーロッパに向かう者も、陸路をとる限り必ずこのイスタンブールを通過することになる。つまりイスタンブールはユーラシアを旅する者にとっての交差点になるというわけなのだ」
またトルコの人々の親切さをこれまで何度も読んできたが、沢木さんも「だが、居心地のよいもっと大きな理由は、イスタンブールの人々の、というより、トルコの人々の親切が挙げられるだろう」と言われている。
最後に沢木さんがミケランジェロの「ピエタ」を見られたときの感想が印象的であったので、それを書きたい。
「私は、これがミケランジェロ二十五歳の時の作品であるということに衝撃を受けた。自分とほとんど同じ年頃の若者がこのようなものを作り上げたということは信じがたかった。この世で一番美しい女性を造形したのが、今の私とほとんど同じ年頃の十五世紀人だったというのだ。
<こんなものがこの世に存在していいのだろうか・・・・>
私は胸の裡で呟いた。この世の中に天才などというものがいるとは信じたくないが、この『ピエタ』を作った人物にだけはその呼称許さざるをえない、と思った。『ピエタ』は、天才が自分の才能を開花させていく過程での一作品という以上の意味を持っている。恐らくは、それが天才の出発点であり、到達点であり、同時にすべてでもあるという作品なのだ。しかし、二十代の半ばにこのような作品を作ってしまったミケランジェロは、それ以降の長い人生の中で、果たしてこれ以上のものを生み出すことができたのだろうか」
沢木さんはこの「ピエタ」を見てしまってからはミケランジェロの他の作品、たとえばバチカン宮殿にあるシスティーナ礼拝堂の天井画やダビデ像はつまらないものに見えたという。
ただそのダビデ像の前にはミケランジェロの未完の作品である大理石の塊があった。その大理石の塊には男のレリーフのようなものが浮き出ており、男の体にはミケランジェロがふるったノミのあとがくっきりと残っていた。それを沢木さんはが見て「ミケランジェロの振るうノミのひとふりひとふりが、男に肉体を与え、生命を吹き込んでいったのだ。その時、ミケランジェロは神に近い存在となる。大理石の男にとってはミケランジェロこそが神である、といってもよい。
それにしても、創るということがなんと凄まじいことか」と感想を述べる。これを読んでいると、実際に本物を見ていなくても、真の作品を作り上げるという行為の神聖さを感じてしまう。
評価
★★★
書誌
書名:ミッドナイト・エクスプレス 沢木耕太郎ノンフィクション〈8〉
著者:沢木 耕太郎
ISBN:9784163649207
出版社:文芸春秋 (2004/09/30 出版)
版型:734p / 19cm / B6判
販売価:3,465円 (税込)
- by kmoto
- at 16:46
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