
この本は実は以前からかなり気になっていて、読んでみたいと思っていた。しかし読んだ時期が悪く、花粉症で頭がぼーっとしているこの時期に読む本ではなかった。しかも元が悪文なのか、訳が悪いのかわからないが、とにかく読みにくい。だからたかが500ページの本を読むのに一週間以上もかかってしまった。その上読後の感想を書こうとして、気にかかった文章を引っ張り出し、書き出してみると結構な量となってしまった。これはどうまとめればいいのだろうと今度はそのことで悩み、一週間たってしまった。
この本は冷戦後の世界に現実に起こっている数々の紛争を「文明の衝突」としてとらえ、それらの紛争を詳細に解説し、そこから見えてくるものを「共通項」として語る。その紛争の解説がいくら必要であるとはいえ、あまりにも細かく語られるため、読む方はそれだけで疲れてしまう。しかも数々の紛争から見えてくるものを、書き出してみると、結局同じことの繰り返しだと気がつく。だったらもう少し簡単なやり方があったんじゃないかなとも思える。
で、この本に書かれていることをなんとか自分なりに消化してみると、まず今現在世界で起こっている紛争は何に由来するのか。そしてそれがどこで、どのような形で生じ、それが現在どんな形になっているのかという点で考えるとある程度まとめることができるようである。
1500年以来、ヨーロッパは大航海時代、植民地時代、二度の世界大戦、非西欧世界を支配していたといっていい。そして戦後、冷戦時代を迎え、中核国であるアメリカとソビエトが同じ政治体制や思想などを共有する国々をある程度まとめ、世界を支配した。つまり世界は冷戦以前まで、ある一つの文明(西欧文明)やそれに対抗する東方正教会(ソビエト)文明で支配される単純な形であった。当時はそれらの二つの文明は力があったから、支配能力が機能していた。さらにそれらの文明の力がある程度バランスがとれていたため、今ほどの紛争が生まれていない。
ただヨーロッパがどうして世界を支配できたのかは、「理念や価値観、あるいは宗教(他の文明から改宗する者はほとんどいなかった)がすぐれていたからではなく、むしろ組織的な暴力の行使にすぐれていたからなのだ」とこの著者は言う。
一方で、後進国は自国を西欧化することで、西欧のような近代化、工業化の道で模索していく。そうすることで、自分の国を進歩発展させると考えたからだ。このことは、西欧にとって自分のところの文明は「普遍的な文明」であると勘違いさせることにもなる。その勘違いを著者は「西欧文明が貴重なのは、それが普遍的だからではなく、類がないからである」と言い、その類がない点を次のように説明する。
「西欧が他の文明と異なるのは、その発展ぶりではなく、価値観や制度のきわだった特徴である。なかでもいちじるしい特徴はキリスト教、多元性、個人主義、法の支配であって、これがあったからこそ西欧は近代化することができ、世界中に広がって他の社会の羨望の的となったのである。これらが一つになって、西欧独特の特徴となったのだ」
しかしその西欧文明の力も衰えてくる。それを「西欧が明らかに他の文明と異なっている点は、1500年以降に存在していた他のすべての文明に圧倒的な影響をおよぼしてきたことである。この文明はまた、世界的に広がる近代化と工業化の先陣を切り、その結果、他のすべての文明が西欧に追いついて富を獲得し、近代化を達成しようとつとめてきた。19世紀末のヨーロッパ勢力がほぼ世界的に広がったことと、20世紀末のアメリカが世界的に優勢になったことがあいまって、西欧文明の多くが世界中に広まった。だが、ヨーロッパのグローバリズムはもはや存在しない。また、たとえ冷戦型のソヴィエトの軍事的脅威からアメリカが守る必要がなくなったことが唯一の原因にしても、アメリカの覇権主義は後退しつつある」と言うのだ。それを具体的な数字で示すと以下の通りになる。
「西欧は21世紀に入ってもなお数十年間は、充分に世界最強の文明圏の地位を守りつづけるだろう。その後は、科学技術、研究、開発力、民需、軍需技術の革新といった分野においては、他よりはるかに有力な立場を維持する。しかし、国力の源泉となる他の要素については、西欧の支配力はますます非西欧圏の中心的国家、指導的国家の手に拡散していく。西欧によるこれらの諸要素の支配体制は、1920年に絶頂期を迎え、その後は不規則ながらも大幅な衰退傾向つづけている。その絶頂期から100年後にあたる2020年代、西欧の支配領域は世界の全陸地の24パーセント(ピーク時は49パーセントであった)に低下し、支配下にある人口は世界総人口の10パーセント(ピーク時は48パーセントであった)に減少するだろう。そして、社会的な参加意識をもった人びとについては15~20パーセントが欧米圏に属し、世界の経済生産高の30パーセント(ピーク時70パーセントに達していたと思われる)を西欧が占めることになる。西欧は工業生産高の25パーセント(ピーク時は84パーセント)を占めるのみとなり、兵力総数では世界全体の10パーセントにもおよばない(ピーク時には45パーセント)」と予想する。
これを見ても「西欧支配の時代は終わる。同時に欧米の力が低下し、他のいくつかの地域に権力の重心が移ることにより、世界的な自主性の復活という傾向が進んでおり、非西欧文化の復興が始まっているのである」。
さらに「非西欧社会が西欧的な諸制度を取り入れることにより、地域主義者や反西欧的な政治運動が権力に近づくことを可能にし、容易にしてしまうのである。民主化が西欧化を逆行させる結果となる。なぜなら民主化は彼らの政治的参加をみとめるからだ」。その上「近代化によって社会全体の経済力、軍事力、政治力が増すと、その社会の人びとはそれに勇気づけられて自分たちの文化に自信を取り戻し、文化を主張するようになる」のである。
自分たちのアイデンティティを西欧文明ではなく、自分たちの社会にある文明に求めるようになったのである。つまり支配されてきた国々が経済的に力をつけたことで、自分たちの文明や文化に目ざめ、自己主張をするようになってきたのである。たとえばアジア諸国は経済力を増したことで、人権や民主化にたいする西欧の圧力にますます動じなくなってきたし、「イスラム教徒たちも大挙してみずからの宗教に向きなおり、アイデンティティ、存在意義、安定性、正統性、発展、力、そして希望の源泉として見つめようとしている」のである。
こうなってくるとそれまでのような二つの文明で世界がくくられてきたようには行かなくなる。複数の文明が世界で自己主張し始める。しかも厄介なことにいわゆる国境が文明単位で定められていないので、ある一つの国では異なる文明にアイデンティティを見出す民族が一緒にいることになる。この境を著者は「文明の断層線(フォルト・ライン)」という。
今世界で起こっている紛争はこうしたフォルト・ラインで起こっているのだ。本来は狭い地域で起こっている紛争が、他の地域で同じ文明にアイデンティティを求める人びとに訴えて協力を求める。そのことで紛争は地域間から世界へ拡大していくのである。
一方複数の文明が共存する国の支配者側が一部で敗北すると連鎖的に拡大することになり、それこそ破滅につながってしまうから、なんとかして死守しようとする。これが紛争を拡大、長期化、あるいは非人道的な行為となっていくのである。
さらに続ければ、西欧化した非西欧諸国の社会が急激に変化すると、それまであった自己のアイデンティティは崩壊し、自己を新たに定義しなおし、新しい自己像を構築しなければならなくなる。「自分は何者か」、「自分はどこに帰属するのか」という問いを求める人にとってその答を用意してくれるのが宗教である。ここに宗教が力を持ち始める要因がある。
たとえば湾岸戦争でイスラム世界の人びとが強く感じたことは、サダムが侵略したのは悪いが、サウジアラビアに非イスラム教徒の軍隊が駐留し、その結果イスラムの聖地を「冒涜」した西欧はもっと悪いということなのだ。
イスラム諸国の自信は、社会の活性化と人口増加から発したもので、なかでも拡大しつつある15歳から24歳の年齢層から、原理主義、テロ活動、反乱、そして移民などの活動に人材を提供している。経済成長はアジアを強化し、人口増はイスラム諸国の政府と非イスラム諸国に脅威を与えているのである。しかも文明に中核国(中心となる国)があれば、文明内に秩序をもたらすことも、他の文明と交渉して秩序を保つこともできるが、イスラム世界には中核国がないため、イスラム教徒として意識をもちながら団結せず、内外で対立が広がり、それがこの世界の特徴となっているのである。
著者は「文明とは人類を分類する最終的な枠組みであり、文明の衝突とはグローバルな広がりもった種族間の紛争である。新しい時代を迎える世界で、二つの異なる文明に属する国家や集団は一時的に限定的かつ戦術的な協力関係や連合をつくって、第三の文明にたいする自分たちの利益を追求したり、共通の目的を達成しようとしたりするだろう。しかし、異なる文明に属する集団間の関係が緊密になることは滅多になく、通常は冷淡で、多くの場合、敵対的である」
である以上、アメリカのように自分たちの価値観と制度は普遍的であり、アジア社会の外交政策や内政を思いどおりにできる力がまだあると信じることはやめ、中核国が他の文明内の衝突への干渉を慎むこと。そして中核国が交渉を通じて文明の断層線(フォルト・ライン)で起こる戦争を阻止すること。その上で文明の多様性を受け入れ、あらゆる文化に見出される人間の「普遍的な性質」、つまり共通性を追求していくことが必要だとする。そうしたできた国際秩序こそが、世界戦争を防ぐ最も確実な安全装置だというのが、本書の結論なのだろう。
まぁ結構苦労して読んだ本にしては、結論が少々陳腐すぎる気がしないでもない。
評価
★★
書誌
書名:文明の衝突
著者:サミュエル・ハンチントン 鈴木 主税【訳】
ISBN:9784087732924
出版社:集英社 (1998/06/30 出版)
版型:554P / 19cm / B6判
販売価:2,940円 (税込)