2009年04月15日

夏目房之介著『孫が読む漱石』

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 ちょっとつっこみたくなった。この本の著者夏目房之介さんは漱石の孫に当たる。プロローグに「吾輩は孫である」とあり、そこに「漱石の遺産や七光りなんかに頼らず自活することこそ、漱石という存在から自立することだ」と考えていたことを言っている。それは著者の父親が漱石の遺産を享受しながら好き勝手なことばかりやってきたのを見てきたから余計にそう感じるようになったのだろう。しかし漱石という名前は嫌が上でもその社会的存在の巨大さを思い知らされてきたという。言っていれば著者にはいつでも“漱石の孫”とう形容詞がつきまとってきたのだろう。だからこそ漱石の孫であっても自分は漱石とは何ら関係ない存在であると自己主張したい気持はよくわかる。
 が、そんなことを考える著者が『孫が読む漱石』という書名の本を書くのはどういうことなんだと言いたくなる。それはこの本を売るための営業戦略だろうけれど、言っていることとやっていることが違うじゃないかとつっこみたくなった。
 そしてもっと言わせてもらえば、漱石の孫が漱石の作品をどう読んできたかの方が興味がある。私もその一人である。どこの誰だか知らない人間が漱石のこと書いても読みたいとは思わない。
 いつでも“漱石の孫”というのがついて回るのは鬱陶しいだろうけれど、だからこそ知りたいという気持ちが読む側にはあるのだ。だからつっこんでみたけれど、別に目くじら立てて文句を言っている訳じゃない。

 で、読んでいて“面白いなぁ”とかあるいは“へぇ~そうなんだ”と思ったことを書き出したい。

「そうでなくても『猫』を書いたの37歳は、遅いデビューである。
 漱石が小説を書いたのは、49歳で死ぬまでのわずか10年ほどだった。まるで生き急ぐかのように小説を書き、胃潰瘍で何度も倒れ、ついに未完の『明暗』を遺してばたりと逝く。かっこいいといえばいえるけれど、見習いたくはない」

 そんな漱石の短命を、著者は現代人にも見る。漱石は自己意識と明治の近代化による国家から半ば強制化されたヨーロッパからの思想に狭間で悩み続け、作品を書き、そして自らの寿命を縮めた。それを考えると「現代は、ある意味で、みんなが小漱石(自意識を病む神経症)だったりする。小漱石の一人である孫は、この国の近代化の果て、戦後社会の課題を背負って、近代百年の生んだ正と負をつくづく考えたりするのであった」と著者は書く。
 何となく今の社会の閉塞感、あるいはヨーロッパが生んだ近代化の果ての社会が崩壊しつつあるんじゃないかと思う時、これでよかったのかな?と疑問が浮かぶが、それは漱石がいた明治に進んで取り込んできたシステムへの疑問と同様な気がしてしまう。

 「<吾輩は猫である。名前はまだない。>という冒頭は、有名である。何しろ、出だしのうまい作家なのだ」

 これは笑った。確かにそうである。たとえば『草枕』の冒頭にあるやつ。

 「山路を登りながら、こう考えた。

智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい」

 これは何度読んでもうまいなと思う。

 「この小説(『三四郎』)を青春小説であると同時に、寸止めの恋愛小説にもしている」

 うん。『三四郎』を「寸止めの恋愛小説」とはうまいこと言ったものだ。さらに漱石の前期三部作を「すなわち「何か」がおきそうでおきない『三四郎』、おきてしまう『それから』に続き、おきてしまった過去のおかげで何もおきてほしくない夫婦の何もおきそうもない小説。それが『門』なのだった」というが、確かにうまい書評の仕方だ。

 「いうまでもなく、これ(『こころ』)は『行人』と同じ終わり方である。ただ『行人』の手紙よりはるかに長い。岩波文庫で130ページ以上もある。こんな長い手紙を書く元気があるなら自殺なんかするなよ、とついつっこみたくなるほどだ。先生によると、死を決意してから10日間ほど、ほとんど手紙を書くために生きていたらしいから、よほど心残りなんじゃないかと思ってしまう。
 もっとも、この手紙部分は<書いているうちに当初の予定よりも長くなってきた上に、志賀直哉が次の連載を断ってきて、その代わりの作品が決まるまで引き延ばさなければならない事情が加わった。>(石原千秋著『漱石と三人の読者』 講談社現代新書 2004年 209ページ)からであるらしい」

 これは確かにそうだし、こう言いたくなる気持もよくわかる。そして先生の手紙が長くなった裏事情も“へぇ~そうなんだ”と知らされ面白かった。


評価
★★


書誌
書名:孫が読む漱石
著者:夏目 房之介
ISBN:9784101335131
出版社:新潮社 (2009/03/01 出版)新潮文庫
版型:299p / 15cm / A6判
販売価:539円(税込)

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