2009年05月06日

津村節子著『ふたり旅』

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 津村さんは吉村昭さんの奥様である。この本は津村さんの自伝的エッセイで、津村さんの生い立ちを語るうちに、吉村昭さんとの出会いや、一緒に作家を目指して、同人雑誌に参加し文芸活動をしたこと。あるいは吉村さんの弟さんの口添えで結婚に至ったことも書かれているし、まだ無名時代二人の苦しい下積み生活も語られる。これらは女性の目で、時には主婦の目で「吉村昭」を語ることになる。たぶん吉村さんが生きておられたら書かれることはなかったかもしれない作家吉村昭の生活臭がここにはある。もっともそれが知りたくてこの本を手にしたのだから、それはそれでいい。
 ところで吉村夫妻は、奥様の津村節子さんの方が芥川賞を受賞し、吉村さんは四度芥川賞の候補となるがいずれもだめで、結局芥川賞はとられていない。そして吉村昭さんを世に出したのは「太宰治賞」受賞がきっかけである。この点が何で「太宰治賞」なんだったんだろうと思っていた。しかしそれにはちゃんと訳があったようだ。吉村さんにとってみれば、芥川賞は新人賞だから四回以上も候補になっていればもはや新人じゃないと考えられていたらしく、そこで筑摩書房の懸賞に自らの作品二作を応募し、いずれも「太宰治賞」の候補となり、うち一作『星への旅』が受賞した経緯らしい。
 しかし戦争、そして終戦の混乱時代、作家ととして夫婦として津村さんと吉村さんは二人して歩いてこられた。その道のりは作品を書くだけでは生きていけない厳しい生活環境の下で、それでも文学の道を進むことだけを、それだけを目指していた半ば狂気化した生活は、ある意味すさまじい。生きることと文学が濃厚に結びついた世界がここにはある。文学というのはこうした世界で生まれるものなのかとさえ思った。津村さんは次のように書かれる。

 「夫婦とも小説を書くことに死物狂いだったあの頃。現在の文学の世界から思えば特殊な時代だったのだろう。そしてよく二人ともその時代を生きのびて来られたと思わずにいられない」

 それでも奥様の津村節子さんの方が芥川賞受賞と先に全国区でデビューしてしまい、吉村さんは何度も候補に挙がるけれどその都度落選。奥様の津村さんは作家として夫の吉村昭を尊敬しつつ、それでもなかなか世に出られない吉村さんを気遣う優しさこの本のあっちこっちで窺えた。
 しかし思うのだけれど作家吉村昭の“こだわり”はこうした苦労の中で、時には自分を見失うこともあっただろうけど、こういう苦しい下積み生活があったからこそ、生まれたものじゃないかと感じた。吉村さんの作品をまだそれほど読んでいないけれど、私は随筆で見られる舞台裏の取材風景を読むと、その一途さがひしひしと感じる。だから読んでみたいと思うのだけれど、そうした姿勢は吉村さんがこういう時代に生きてこられたことによるんじゃないかと思う。

 ところでこの本には敗戦で日本の指導者、軍人、知識人がいかに豹変し、その無節操ぶりが描かれていて、いささか嫌になるところがある。このことは確か吉村昭さんも随筆で書かれていたし、他の作家さんも似たようなことを書かれていたことを思い出す。

 東久邇宮首相が記者会見で、
『私は軍官民、国民全体が反省し懺悔しなければならぬと思ふ、全国民総懺悔をすることがわが国再建の第一歩であり、わが国内団結の第一歩と信じる』
 という談話が発表されたときことを私は覚えている。なぜわれわれ国民が懺悔しなければならないのだろう。私たちは月に一日だけ電休日以外、朝八時から残業して毎夜十時まで働き通し働き、牛馬の飼料のような芋がらや麬を食べ、大東亜共栄圏のため、東洋平和のための聖戦と信じて銃後を守って来たのだ。神風特攻隊や神潮特攻隊で、自ら爆弾となって死んでいった若者たちや、沖縄で重要な戦力となって死んでいった中学生や女学生も、懺悔せよというのであろうか。
 
 あるいは下宿していた少佐が軍服のままじゃ郷里に帰れないからと言うから伯父さんが一番いい背広を貸したが、そのままいつまでも返ってこないとか。佐官級の軍人たちは国民が物不足でいるのに、毎日士官学校から毛布や食料品運び出していた。
 敗色が濃くなってからも、新聞やラジオは赫赫たる戦果を報じ、有識人たちは、このいくさは東洋平和のための聖戦だと言っていたのに、臆面もなく侵略戦争だった、とまるでカメレオンのように保身のため色を変えた。
 米軍基地で働く男たちは米兵から煙草やウィスキーを買っては横流しをする。

 確かに彼らも生きるためには仕方がなかったと言ってしまえばそれまでだが、この豹変ぶり付き合わされた一般民衆はたまったもんじゃない。そして津村さんも生活のために米軍基地の米兵のためのお店で働いた以上、彼らを非難できようかというのである。生きるということがそれだけでその人の精神さえも平気で変貌させるものだと改めて思い知る。


評価
★★


書誌
書名:ふたり旅―生きてきた証しとして
著者:津村 節子
ISBN:9784000246422
出版社:岩波書店 (2008/07/25 出版)
版型:253p / 19cm / B6判
販売価:1,995円(税込)

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