2009年05月21日
池波正太郎著『江戸切絵図散歩』
実は池波正太郎さんの本は初めて読む。歴史小説は好きなのだけれど、時代小説は受け付けない部分が私にはあって、よく人から池波正太郎さんは面白いよといわれるのだが、そのまま今日まで読まずに来てしまった。どうしても時代小説は年寄りが読むもんだというイメージが払拭できないところがある。オレはまだそこまで老けこんでないぞという意識がどこかにあるのかも知れない。しかし池波さんは名エッセイシストと聞いていたから、それでは読んでみようとこの本を手にした。
池波さんは小説を書く場合、江戸時代の町の雰囲気をイメージするため、切絵図を頼りにして背景を作り上げているという。そんな切絵図を眺め、そこに描かれている地形と現在とを比較して、今現在どうなっているか、切絵図を頼りに町を歩き回る。池波さんによると「東京は台地が多く、つまり凹凸の多い地形で、いたるところに坂道がある。したがって、景観は変わっても、道筋はあまり変わっていなかった。もっとも現代は坂道も台地も恐るべき機械力で押し崩してしまうようになったが、それでも意外に地形は変わっていないのだ」という。つまり池波さんがこの本を書くまでは、まだ開発という暴力にさらされていない部分が多く残っていて、切絵図にある面影が偲ばれたのだ。おそらく今はだいぶ変わっちゃっているんだろうなと思う。
それでも昔あった川や橋が消えてしまったりしているところ多く、昔の町名もどんどん消えてなくなっていることを池波さんは嘆いておられる。
「橋や川ばかりではなく、むかしの町名も消えてしまった。戦後の町名改変の流行は、昭和十年代までは辛うじて残っていた町名を、ほとんど抹殺してしまったのだ。
東京のみではなく、地方でも町名改変が流行して、私のように時代小説を書いている者は、まことに困った。何となれば、町名や村名は、いずれも、その土地の歴史をもっているからだ」
今まで歴史に息づいた、あるいは由緒ある歴史から名付いた名前を平気で変えてしまうのは、確かに如何なものかと思う。今は市町村合併などといって町や市が経済的理由で一緒になってしまい、おかしな名前を平気で付けてしまうご時世だから余計である。そこにあった名前そのものが歴史であり、過去の生きてきた人々の遺産でもあるはずなのだから、それを単に経済的理由で壊せるものなのだろうか。今まで連綿と続いてきたのは、変化を折り込んできて生き残ってきたものだろうから、どうしてそれが現在できないのだろうか。なんでもスクラップアンドビルド的発想なら、ことは簡単だ。しかしその発想そのものが貧相なことを知るべきじゃないだろうかと思う。歴史の面影が残る町並み、歴史を感じさせる建物が残る町に、新しいものを作れないのだろうか?変化は昔もあったはずだ。それでもその町は残ってきたのだ。
私は元々大した行動範囲を持っている方じゃないので、基本会社のある神田界隈にしか興味がわかなかった。この本の最初にある「上野下谷外神田辺切絵図」を眺めてみると、確かに道筋は現在とほぼ同じで、この道が昭和通りだなとか、こっちが清洲橋通りだなと追うことができる。大きな通りはよほどのことがないと変えられないのだろう。こうして現在と江戸時代の切絵図に描かれている地図が比較できると面白い。
へぇ~と思ったことは、今須田町に「万惣」という昔からあるフルーツパーラーがある。池波さんのこの本によると、昔からこの界隈には果物屋が多かったらしい。だから青物問屋も多かったという。今秋葉原の再開発地区は元はやっちゃ場があったところであるが、青果市場がここにあったのもそのためだろうという。
評価
★★
書誌
書名:江戸切絵図散歩
著者:池波 正太郎
ISBN:9784101156682
出版社:新潮社 (1993/12/20 出版)新潮文庫
版型:204p / 15cm / A6判
販売価:619円(税込)
- by kmoto
- at 10:54
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