2009年06月03日

須賀敦子著『須賀敦子全集』〈第3巻〉

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 須賀敦子さんの文庫本全集三巻目を手に取る。須賀さんの本を読むにはそれなりに覚悟が私には必要で、じっくり読むぞという意識を持って読まないと挫折してしまう感じがする。要するにそれだけ私には須賀さんの書かれる文章が難解なのである。イタリアを中心にしたヨーロッパの作家たちの作品をここでは紹介してくれるのだが、大体において私の知らない作家たちであり、作品である。だからそうした作品を須賀さん自身、“思考の旅”として、様々な考えなり、感想をここで綴られると同時に、実際にゆかりの地を旅され、その“思考の旅”に肉付けしていく手法をここではとられる。
 読む側の私は、ふ~ん、こんな作家がいるんだと思いつつ、なんとかここに書かれている文章を自分なりに理解していくうちに、読んでみたいなと思うのだ。ただ一方できっと最後まで読むことはできないんじゃないかとも思う。それほどここに書かれる作品は奥が深そうである。
 たとえばマグリット・ユルスナールという女性作家の『ハドリアヌス帝の回想』など読んでみたいと思うのだけれど、多分かなり手こずりそうとも思える。
 例のよって読んでいて気になった文章を引っ張り出す。すると偶然かどうかわからないが、“信仰”を書かれたものがひっかかった。

 ユルスナールは『ハドリアヌス帝の回想』で「神々はもはや無く、キリストはいまだ出ず、人間がひとりで立っていたまたとない時間」、『黒の過程』では「正統な学問がめざした<神という解答がすべての究極に待ちうけている>道を拒否すること」

 「マーティン・ルターのプロテスタンティズムは、それまで共同体のようなものであった祈りを個のものにしようとした人たちの、劇的で苦悩にみちた選択だった。(略)共同体によって唱和されることがなくなったとき、祈りは、特定のリズムも韻も、その他の形式も必要としなくなるから、韻文を捨てて、散文が主流を占めるようになる。散文は論理を離れるわけにはいかないから、人々はそのことに疲れはてて、祈りの代用品とし、呪文を捜すことがあるのかもしれない」

 どうしてこれらの文章が気になったかというと、多分キリスト教がなかった時代は、例えば阿刀田さんのギリシア神話の概説書を読んでいると、きわめて人間的だなと感じるところにある。キリスト教の信仰はあれもダメ、これもダメ、と人間の生活規範を縛り続けたんじゃないかなと思うことがあったからだ。
 史実として中世においてがんじがらめにヨーロッパ人の生活全般に普及したとき、今度はそこからの解放が行われる。すなわちルネサンス、宗教改革である。
 ところが、いったん縛られてしまった生活規範は共同体の主要な構成要素となっていたから、そこからの解放は、「個であることの心細さ」を生む。また個の存在を主張したとき、ここにあるように、共同体で唱和されていた祈りである韻文から、散文が主流になり、“文学”が生まれる。散文は論理的であることが求められるから、“科学”も生まれていく。そんなことを思ったのだ。

 あと気になった文章を書き出してみる。


 「人も物も、<生身>であることをやめ、記憶の領域にその実在を移したときに、はじめてひとつの完結性を獲得するのではないないかという考えが、小さな実生のように芽ばえた。かつては劣化の危険にさらされていた物体が、別の生命への移行をなしとげてあたらしい<物体>に変身したもの、それが廃墟かもしれない」

 「でも、もう、ちょっと指をはさんだり、ページを繰ったりされることのなくなった本たちは、とっくに死んでいるのが、私には痛いほどわかった。本は、それを蒐めた人間のいのちの長さだけ、生きるのだから」

 「日常に背をむけてしかもその日常を背おいながら文学に入る瞬間の、あのうしろめたさやはにかみのようなもの」

 「日はしずかに暮れていった。庭の木立の最後の蝉が鳴きやむころ、だれかが明かりをともすと、家に夜が来た」


 「ここに、じっとしていれば、じっと待っていれば、いいんだ」

 「日本語の『笑い』には、どこやら人間性を放棄したところでの、ちょっとよっぱらいの笑いのような、知性の領域をわざとはずしたところがあるのかもしれない」

 須賀さんの書かれる文章を徹底的に理解するのは私には難しいので、こうして書かれた言葉の余韻を楽しんでいる。ここから何か自分の中で生まれるのを楽しみにして・・・・。


評価
★★


書誌
書名:須賀敦子全集〈第3巻〉
著者:須賀 敦子
ISBN:9784309420530
出版社:河出書房新社 (2007/11/20 出版)河出文庫
版型:639p / 15cm / A6判
販売価:1,155円(税込)

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