2009年06月08日

東海林さだお著『キャベツの丸かじり』

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 また休みになったので、東海林さだおさんのシリーズ本第二弾を読む。やっぱり昔懐かしいものが気にかかる。「追憶の『ワタナベのジュースの素』」である。ありましたよね。「ワタナベジュースの素」というやつ。文字通りジュースの素が粉末状態になって袋に入ったやつ。オレンジジュースなんか飲んだ記憶がある。しかし今にして思うと、あの粉末には本当にオレンジが入っていたんだろうか?サッカリンたっぷりで、なんか化学物質いっぱいで、、最後に粉っぽい感じが記憶に残っている。でも私が子供の頃は今でいう清涼飲料水といえばワタナベジュースの素が代表格だった。思わず“懐かしい~”と言ってしまう。
 ここにも書いてあったが「プラッシー」というのもありました。どういう訳か米屋がダースでケースで持ってきた。なんで米屋だったのだろうか?あれは果肉が浮いていたはずだ。
 米屋といえば、正月ののし餅も米屋が配達してくれて、暮れ押し迫った頃、まだ柔らかい餅を母親が立てて、すーっと切っていったのを思い出す。いったいいつの頃から餅は袋に一口サイズに切って入るようになったんだろうか?思うに、お米を米屋ではなく、スーパーで買うようになった頃から、お餅もそうした袋入りに切り替わったのかもしれない。
 配達されたばかりののし餅(確か木の箱に入っていなかったかな?)を新聞紙の上に置いて、すーっと切っていく感じが面白そうに見えて、自分のもやらして欲しいと騒いだような気がする。やってみるとまっすぐ切れず、斜めに包丁が入ってしまい、変形した餅がいくつもできた。餅を切りやすくするために、濡らしたふきんが横に置いてあり、一度切ると包丁の刃をそのふきんで拭いて、多少湿らせて、再度切り込みを入れていく。あれはあれでちょっとした風物詩だった気がする。
 「懐かしののり弁」では今ホカ弁で売っているようなのり弁ではなく、弁当のご飯の上に醤油につけたのりがのっていて、しかもその下にも同じようにある。つまりのりが二段になっているのである。あの一番上にのっかっているのりが、弁当箱を開いたときにふたにひっついてしまい、醤油がしみたご飯だけになってしまうこともよくあった。それを元に戻したりしてね・・・。ふたを開ければぷ~んと醤油のにおいが漂っていいもんであった。しかしいつも早弁で食べてしまったから、昼は昼で、外でパンを買いに行ったりした。
 その弁当箱を包んでいたのは私の場合新聞紙であった。角の方で醤油がしみ出てしまい、破れてしまう。みんなはちゃんと弁当箱を包むやつで弁当箱を包んであった。私は自分のが新聞紙で包んであるのが、何か貧乏くさくて嫌で仕方がなかった。(実際貧乏だった)母親に弁当を包むナプキンみたいなやつで包んでくれと何度か頼んだけれど、がんとして母親は新聞紙で弁当を包み通した。
 だけど今思えばあの弁当はおいしかったなぁ。今その味を再現しろといってもなかなか難しいんじゃないかなんて思う。
 先月の31日は母親の祥月命日だったのをすっかり忘れてしまい、かみさんに怒られたのだけれど、こうした東海林さんの文章を読んで、ふと母親の姿を思い出した。


評価
★★


書誌
書名:キャベツの丸かじり
著者:東海林 さだお
ISBN:9784022559548
出版社:朝日新聞社 (1989/01/30 出版)
版型:217p / 19cm
販売価:入手不可

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