2009年06月29日
吉村昭著『死顔』
今まで吉村さんの随筆と歴史小説は読んできたのだが、今回短編小説を初めて読んでみる。今回の本は私小説風のものが四作と短編の歴史小説が一作収録されている。「死顔」と「二人」は似ていて、多少趣を変えて書かれたといった感じだ。
そしていずれも「死」をテーマにしたものばかりだ。この本の帯にもあるように、吉村さんの自らの「死」を覚悟して書かれたもののように感じることができる。
「死顔」と「二人」は似ていると書いたが、短編小説としては「二人」の方がいい作品になっているように思えた。「死顔」は同じ兄弟の死を扱っているものの、どちらかと言えば、吉村さんが自分の死の迎え方、あるいは死後の家族の対応を遺書みたいな感じで書いてあって、そのことで、この作品はは失敗じゃないかなと思えた。つまり小説にするものではなかったような気がするのである。
例えば、「死顔」では幕末の佐藤泰然の死の間際のことを次のように書いている。
幕末の蘭方医佐藤泰然は、自らの死期が近いことを知って高額な医薬品の服用を拒み、食物をも断って死を迎えた。いたずらに命ながらえて周囲の者ひいては社会に負担をかけぬようにと配慮したのだ。
だから自分も延命治療は望まないし、葬式も家族だけの密葬を望んだ。確かにそのあたりは吉村昭さんらしいなと感じるし、むしろ吉村昭さんならそうあって欲しいと思っていた。
司馬遼太郎さんみたいなメジャーな歴史小説家ではなかったけれど、独力で地道に取材を重ね書かれる重厚な歴史小説家であっただけに、その意志の強靱さは、最後はそうさせるだろうと思わせた。
奥様の津村節子さんの「後書きに代えて」には癌との壮絶な闘いが記されているけれど、最後は「夜になって、かれはいきなり点滴の管のつなぎ目をはずした。私は仰天して近くに住む娘と、二十四時間対応のクリニックに連絡し、駆けつけた来た娘は管を何とかつないだが、今度は首の下の皮膚に埋め込んであるカテーテルポートの針を引き抜いてしまったのである。私には聞き取れなかったが、もう死ぬ、と言ったという」と書かれている。まさしく佐藤泰然が死の間際にとった態度を地でいったようである。
今まで何冊か吉村さんの随筆を読んでいて感じたことであるけれど、吉村さんの生き様には自分のことで「人様にご迷惑をかけぬよう」というところが至るところで読み取ることができた。だから自分の死も生前から佐藤泰然の死に方をそのまま置き換えていたのだろう。
それでなくても学生時代結核を患い、辛うじて生き延びてこられた吉村さんである。きっといつも自分の「死」について考えてこられたのではないかと思うのだ。
ただそうした「死」に対する個人的考えを多く入れてしまったため「死顔」は小説としては駄作としてしまった感が否めない。個人的には先に言ったように同じ兄弟の死を扱った「二人」の方がいい小説に思えた。
翌日の夜、ウイスキーの水割りを飲んでいると、兄から電話がかかってきた。
兄も酒を飲んでいるらしく声がはずんでいる。
「とうとう二人きりになったね」
兄は、感慨深げに言った。
「そうですね。お互い体を大事にしましょうよ」
私は、明るい気分になって答えた。
兄は、あらたまった口調で、
「今さらこんなことを言うのも変だが、人は必ず死ぬものなんだね。兄や妹、弟が八人いたのに、一人一人確実に死んでいった。残ったのは、あんたと私だけだ」
と言った。
次兄の死で同じことを考えていた私は、かすかに笑った。
「どうだね、生まれた町の小料理屋にでも行って、二人で飲まないかね」
「いいですね。ただ、この寒さじゃどうにもならない。桜でも開花した頃ですね」
「そうね。そうしよう」
兄は、じゃ、またと言うと、電話を切った。
桜が開花した頃か、と私は胸の中でつぶやき、ゆっくりした気分でグラスを手にした。
いい感じだと思いませんか。私はこの終わりが好きであった。
評価
★★
書誌
書名:死顔
著者:吉村 昭
ISBN:9784103242314
出版社:新潮社 (2006/11/20 出版)
版型:257p / 19cm / B6判
販売価:1,365円(税込)
- by kmoto
- at 17:42
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