2009年07月12日

吉村昭著『蟹の縦ばい』

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 続いて村上春樹さんの本を読もうと思っていたのだけれど、『ねじまき鳥クロニクル』でいささか疲れちゃってとてもじゃないが続いて村上さんの本を読む気力がなくなってしまった。ちょっと休んでから読みたいと思う。
 こういう時は味のある、お気に入りの随筆を読むのがいい。今は吉村昭さんの随筆がいいので、この本を手にした。まずは「へぇ~」と思ったことから。

一.歳四拾弐三位ニ而 ふけ候方
一.丈高く 太り候方
一.面長ニ而 角張候方
一.色白く 眉薄し
一.鼻大キク高キ方
一.眼ノ外ニそばかす少し有
一.歯並揃ひ 入歯之様ニ見え候

 これは高野長英の人相書きの一部である。気になるのは入れ歯のことである。江戸時代にも入れ歯があったんだと思ったわけである。というかそれよりもかなり前から入れ歯はあったらしい。当時の入れ歯の床は黄楊(つげ)が使われ、歯は蝋石や水牛の角などが使われていたらしい。かなり精巧なものだという。

 もう一つ。人間70歳になると「古稀」というが、この言葉の由来が杜甫の曲江詩「人生七十古来稀なり」から来ている。「古来稀(まれ)なる長寿という意味だそうだ。

 さて、読んでいて「そうだ!」と同感することが、お気に入りの随筆には結構ある。結局自分が気に入るということは、その文章を書いた人と読む側の私が同じ精神構造を持っている部分が多いからじゃないかと思う。吉村さんのこの本は50代頃に書かれたもののようで、ちょうど今の私と同じ年齢である。だから吉村さんが感じることが、同感できる。これが若い奴が言っていると、「何言ってんだ」とちょっとからみたくもなるが・・・・。
 さて、私の父親はボタンのデザインを考える仕事をやっていた。もちろん今はリタイアしていているが、そのデザインを勉強するために、ヨーロッパのファッション動向を見に行った。昭和40年代だったと思う。
 その父親がヨーロッパから帰って来たら、いきなりフォークとナイフの使い方にうるさくなった。特にフォークでご飯を食べるとき、フォークの背にナイフでご飯を押しつけ、それを口に持っていく様にしろというのだ。
 最近“びっくりドンキー”などそんなフォークの使い方でご飯を食べている奴を見かけたことがある。こんなところでそんな食べ方をして何気取っているんだと思った。食べやすいように食べればいいのにと思う。たぶん当の本人してみればそれが正しいマナーだと思っているんだろう。
 しかしよく考えてみれば、ヨーロッパはパン食であろう。ご飯をナイフとフォークで食べる習慣はそれほどなかったんじゃないか?ということはヨーロッパでそんなフォークの使い方でご飯を食べるマナー?が生まれたとは思えない。たぶん日本のテーブルマナーを指導する先生方がお考えになったんじゃないかとにらんでいる。
 吉村さんもここで、「マナーというものは、第三者に不快な感じをあたえぬためのものである。気取った食べ物の食べ方をしたら、本人も味を十分に楽しむことはできないし、第三者からみても堅苦しい食事にみえる。自然であることが、望ましいのだ」と言っているし、「上品であることはむろん好ましいが、上品ぶることは野暮である」とも、店の雰囲気も含めて言っておられる。

 料理屋で吉村さんが女中さんを「お姐さん」と呼ぶ声を聞く。その人は一人で飲んでいる六十年輩の男性で、酒のおかわり頼んでいる。それを吉村さんは「実にいい感じであった。風鈴の音がチリンときこえたような涼やかな感じがし、いい言葉だ、と思った」と書かれている。
 それに比べて「お嬢さん」といい年をした女の人を平気で言う人間をおかしいという。この「お嬢さん」という言葉で思い出すのがみのもんたである。今はお昼のテレビに出ていないけれど、ちょっと前までいいおばちゃんをつかまえて、「お嬢さん」と言っていた。私は言う方も言う方だが、言われて平気でいられる方もおかしいんじゃないのと思っていた。吉村さんは「お嬢さんとは、目下の者が世話になっている家の娘に対する呼称である」のだからおかしいと言う。つまりみのもんたは言葉の使い方を知らないのだ。もちろんウケを狙って言っていることぐらいわかるが、そんな正しい言葉の意味もよく考えない奴が、ニュースキャスターみたいなことをやっていいのだろうかと思う。

 他にこの随筆では吉村さんの奥様のこともいくつか書かれている。奥様に対するやさしさや気遣いが見られ、読んでいてほのぼのとしていい感じであった。そんな吉村さんも結婚するといつの間にか奥様に手なずけられてしまうことを嘆いておられる。「女房というものは、絶えず亭主を自己流に手なずけようとうかがっている。結婚以来二十年たつが、その歳月はそうした妻との戦いの連続でもあった」、と書かれる。これはよくわかるなぁ~。


評価
★★★


書誌
書名:蟹の縦ばい
著者:吉村 昭
ISBN:9784122020146
出版社:中央公論社 (1993/07/10 出版)中公文庫
版型:373p / 15cm / A6判
販売価:840円(税込)

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