2009年07月22日
村上春樹著『もし僕らのことばがウィスキ-であったなら』
最近ヨーロッパのどこに行きたいかと聞かれたら、アイルランドとギリシアとイタリアと答えるような気がする。大学時代なら間違いなくドイツ、特にバルト海に面した地域だったのだが、何故か今は当時の興味はない。
特にアイルランド、J.M.シングの『アラン島』に描かれた景色を見てみたい。自然の荒々しさを間近に感じたい。その過酷な自然の中で生活している人々を見てみたいと思うのだ。わずかな土を大切に運び、強い風で飛ばされないように石垣を作り、作物を作っている姿を見てみたいと思う。妥協のない敬虔な祈りを捧げるカトリック世界を感じたい。よくそう思うのだ。
そういう気分で自分の本棚を眺めてみると、村上さんの紀行文にこのスコットランド、アイルランドの紀行文とギリシア、イタリアの紀行文があるのを見つける。ギリシアの方は読んでいるのだが、当時はギリシア、イタリアにあまり興味がなかったためか、あるいは村上さんの本が記憶に残らないところがあるためか、とにかく内容がどんなものか覚えていない。ちょうど今ハルキフリークの状態なので、この2冊を読むことにする。手始めにこの本だ。
この本はスコットランドとアイルランドでシングルモルトのウィスキーを飲みに行く旅である。私はお酒がほとんど飲めないので、ウィスキーに詳しくないのだが、それでも奥様の撮られた写真がいい雰囲気を出している。パブと前足を揃えた猫の写真がいい。猫の写真を見たとき、思わず指で頭をなでてしまった。
昔本屋でアルバイトを始めたとき、先輩に新橋のパブに連れて行ってもらったことがある。もちろんパブなんて行ったのは初めてである。薄暗い店内のカウンターに座ったと思う。ウィスキーの瓶を逆さに吊してあって、そこからウィスキーをグラスに注ぐ。初めてバランタインを飲んだ。何年ものか忘れちゃったけれど、グラスにわずかに注がれ、大きな氷が溶けて、ウィスキーの琥珀色が氷が溶けた水になじむのが目に見えて不思議な感覚であった。当時は何でこんな少ししかウィスキーを入れてくれないのだろうと疑問に思っていたくらい、何も知らない時であったが、それでも店の雰囲気は今でも記憶に残っている。多分アイルランドでのパブもこんな感じなんだろうなんて思った。
この先輩は私をいろいろなところに連れて行ってくれたが、連れて行ってくれたお店はみんないい雰囲気の店であったような気がする。薄暗く、騒がしくない、落ち着いてお酒が飲め、話ができた。今でもできるなら当時連れて行ってくれたお店に行ってみたいなという思いに駆られるけど、場所もわからないし、お店だってあるかどうかわからない。だってもう30年近くたっているから。でも私の中で静かにお酒を飲むなら(そんなに飲めないけど)、当時連れて行ってくれたお店であって欲しいと思う。今はやりのショットバーは狭く、やかましくてしかたがない。(いいところへ行っていないんじゃないのと言われればそうかもしれないけど・・・)
本の中に、よれよれの背広を着てパブのカンターに座り、ポケットから一杯分のコインを正確に出し、バーテンダーが逆さに吊したボトルからシングルモルトのウィスキーをグラスに注ぎ、出されたお金を数えることなく取る。バーテンダーも男も一言も発しない。しかし男は出されたウィスキーをゆっくり飲む。村上さんはその男を見て次のように書く。
老人はウィスキー・グラスを手に取り、静かに口に運んだ。水で割らなかった。チェーサーもとらなかった。店の中はひどくにぎやかだったのだけれど、それはほとんど気にならないようだった。多くの人がやるように、カウンターにもたれたまま後ろを振り向いて、店内をぐるりと見回したりもしなかった。そこに存在しているのは、彼と、彼の手の中にあるウィスキーだけだった。もしそのパブに彼以外にだれ一人客がいなかったとしても、おそらくまったく気にならなかったに違いない。
見たところ、彼は話し相手や顔見知りの仲間を求めてこのパブに来ているわけではないようだった。というか、顔見知りの仲間というようなものがいるのかどうかさえあやしいものだった。でもひとつだけ、確信を持って僕に断言できることがあった。それは彼が完全にくつろいでいるということだった。こんなにくつろいでいる人を見かける機会は、長い人生の中であまりないだろう-と言えるくらいくつろいでいた。
この手の話、なんか以前別の作家の本で読んだことがある。誰だったか忘れてしまったけれど。でもいい感じだなと思った。
評価
★★★
書誌
書名:もし僕らのことばがウィスキ-であったなら
著者:村上 春樹
ISBN:9784582829419
出版社:平凡社 (1999/12 出版)
版型:119p / 20cm / B6判
販売価:1,470円(税込)
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- by kmoto
- at 20:28
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