2009年08月31日

吉村昭著『七十五度目の長崎行き』

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 先日大学の友人と飲んだとき、どうしてそんな話になったのか忘れてしまったが、ワープロが文章を書けなくさせているかどうかの話になった。要するにワープロのお陰で、辞書は引かなくなるし、文章もいかにもワープロで書きましたという無個性の文章しか書けなくしているというのである。かたくるしい文章で、普段絶対に使わない漢字がやたら並んでいる。それは誰でもワープロで簡単に文章が美しく書けるようにと、ワープロ自身が余計なお節介だと言えるほどの機能があって、それを使えばそれなりの文章が書けてしまうからだというのが、三人のうち一人の意見であった。そして私ともう一人がそうじゃないという意見である。(こいつと意見が合うのは珍しいのだが)
 確かにワープロはお節介の押し売りのような機能がたくさんあって、自分で文章を考えなくても、アシスト機能が満載されているので、ある程度の文章は書けてしまう。また辞書も引かずにすむ。でも、最終的に自分の書いた文章を確定し、enterキーを押すのは当の本人である。これでいいと押すわけで、その決定権は文章を書いた人物にある。ということは、たとえワープロにアシストされた文章でもそれで良ければそれが当の本人の文章となる。それが悪文かどうかはワープロの機能のせいではなく、書いた本人の資質が大きな影響が大きな作用すると思う。だから基本的にワープロがいい文章を書かせないとは絶対に言い切れないはずだ。
 ではワープロ任せの文章ではなく、あくまでもワープロを文章を書く道具として使い、読んでいて心地よいいい文章が少しでも書けるかどうかは、その人がいかにいい文章にふれあっているかどうかにかかっていると考える。つまりある程度文章を書く人は、他の人の文章にどれだけ多く接しているかにかかっている。そこで読んでいていい文章だなと感じれば、あるいは自分もこうした文章が書きたいなと思えばその人の文章のまねをすればいい。そういうことなのだ。すべてはいかにいい本を読んでいるかにかかっている。そこですばらしく簡潔でやさしいく、しかも内容を的確に表現している文章をに出会えれば、いかに自分の書く文章が悪文かわかるはずだ。
 何度も言うが、決してワープロが汚い文章を書かせるのではなく、書いた本人がいい文章にふれあっていないから、どうしようもない文章が出来上がるのだ。そういう意味では読書というのは大切なことになる。
 実際私もやっとそのことがわかり始め、本を読むことの大切さのひとつを感じている。ましてつたないながらもこうして文章を書いている以上、やっぱり少しでもいい文章でありたいと思うようになっている。だからひところよりは、ワープロで選択できる難しい漢字は使わないようにしているし(だって普段絶対に使わない漢字を、たまたまワープロが簡単に選び出してくれただけのことで、それがなければそのためにわざわざ辞書を引かないでしょう。ひらがなで十分ならそれでいいはずだ)アシスト機能できる限り外しているし、できなければ基本的に無視している。

 さて、そういう意味では私にとって吉村昭さんや阿刀田高さん、司馬遼太郎さんのエッセイは最高の教材なのである。私は小説の中でなかなかいい表現だなと感じることができない人なので、日常の生活の中から生まれるエッセイの方が、より身近に感じられ、あっ、そうか!こんな風に書けばいいんだと思うことが多くある。だからエッセイが好きで、特に最近はこの三人が先生となっている。少しでも自分が書きたいことを、この三人作家さんたちみたい表現できればいいなと思っている。
 そして今回も吉村昭さんの紀行文を読んでいる。この紀行文は吉村さんの最期の紀行文集となるらしい。というかもう新しい旅の文章はすべて出版されてしまっているので、それでももれてしまった、ミニコミ誌や機関誌などに掲載された吉村さんの短い旅に関する文章をかき集めたもののようだ。まぁ、その過程はどうでもいい。要は吉村さんが書かれた文章を味わえればいいのだ。それだけである。
 吉村さんの旅の目的はほとんど小説のための取材旅行である。その旅の途中で見た風景のすばらしさ、地元の人とのふれあい、地酒と美味しい料理の話である。そこは開高健さんとは違う。開高さんは言葉にできなほど美しい風景とか美味しい料理だとは、小説家であれば絶対に言ってはいけないという主義の人である。だから言葉を尽くして何とか表現しようとする。そのため時には饒舌過ぎるほどの表現になってしまう。ところが吉村さんにはそんな気負いはない。地元の小料理屋に入って、美味しいお酒と料理を単に“美味しい”と書くだけである。もちろんその素材の新鮮さなどは書いているが、それ以上の表現はしない。旅に関する全体の感想も最期に“いい旅であった”と書くだけである。
 でも読んでいる方もそう感じるのである。そこには個々の細かい表現にこだわるのではなく、全体からそう感じさせるテクニックがここにはあるような気がする。後は読む方で自由に想像すればいい。きっとすばらしい風景なんだろうなとか、これは美味しいんだろうなと思わせるのだ。
 文章表現というのは言葉だけで表現するのと、文章全体から感じ取られる方法があるんだなと改めて思う。そういう意味からすれば、文章というのは奥深いもんだ。
 書かれているものから何か読み取ってやろうとがつがつするのも結構だけれど、そうではなく、全体の雰囲気から“いいなぁ”と感じるのも、それこそいいと思う。私は吉村さんの随筆はそうして楽しんでいるし、今回も同様に楽しんでいた。
 またこの紀行文は先に書いたように、そのほとんどが吉村さんの小説のための取材旅行である。だからここに書かれる文章を読んでいると、その小説を読んでみたくなる。
 それにしても吉村さんがよく行かれる北海道や長崎は死ぬまでには絶対に行きたいと思う。長崎は特に行ってみたくなった。もし長崎に行ったら国に帰った昔の友人に会いたなとも思った。会えるだろうか?


評価
★★★


書誌
書名:七十五度目の長崎行き
著者:吉村 昭
ISBN:9784309019277
出版社:河出書房新社 (2009/08/30 出版)
版型:229p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2009年08月29日

北尾トロ著『ぼくに死刑と言えるのか』

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 トロさんの新しい裁判傍聴記をお店で見かけたので、さっそく読んでみる。この本の最初にトロさんは次のように言う。

 初めて裁判を傍聴してから、かれこれ6年になる。その間、ぼくが好んで見てきたのは、新聞にも載らないような小さな事件の数々だった。有罪になってもせいぜい刑期が3年とか5年で、ときには執行猶予もつくレベルのものだ。

 そうだった。そんな小さな事件だったからこそ、その犯罪を犯した被告たちも人間的にその程度人間で、だからこそ茶々も入れられるし、呆れて笑えたのであった。そんな事件の裁判だからこそ、裁判そのものがコメディーにもなっていて、読む方はそれが面白かったのだ。
 ところが前振りでトロさんが今までの傍聴した事件をわざわざこのように言うのは、今回は違うと言いたいがためである。今回は自分が裁判員制度のよって裁判員に選ばれた場合、どう対応したらいいのか。そのための準備として、今度は殺人事件のような重大事件の裁判を傍聴してみようというのが、今回の企画である。
 まあ企画はいい。ところがトロさんの態度が今までのトロさんとはまったく違う面を見せる当たりは少々驚いた。

 「おいおい、どうしたんだ!」

 「今までのようにびっしと言ってやれ、こいつはやっていると!」

 「何ゆれてんだ!」

 確かに今回は今までのようなせこい事件じゃない。殺人事件である。場合によっては無期、死刑だってあり得る裁判である。また自分が裁判員になったと思ってシミュレーション的に裁判を傍聴している。だからトロさんは検察、弁護士、あるいは証人、被告の意見をじっくり聞いている。今までのような被告のいい加減な態度で「こいつは懲役5年だな」と勝手に刑期を決めるわけにはいかない。
 まして被告が事件を否認していて、見方を変えることによってどうにでも解釈できる事件は、そう簡単に有罪か無罪か、あるいは無期か死刑か言うのは難しいだろうなとは思う。有罪だと言うためには、確信が必要なのだ。確信なしに有罪と言うことに、かなり抵抗を感じてしまう。人間の心理として、迷いがあると言いにくくなるのだ、とトロさんは言っているが、まさにその通りだろう。
 しかも傾向としてトロさんは被告人に肩入れしがちなところがある。その上情にもろい。被告の父親が涙を見せて謝罪するのを聞けば、自然と涙腺がゆるんでしまうというくらいなのだ。
 いくら有罪判決を下す意味は重いからといって、裁判員制度では3名いる裁判官のうち最低1名が有罪としないかぎり、裁判員全員が有罪だとしても、その通りにならいというシステム(無罪は別で、裁判官、裁判員含めて、多数決で決まるらしい)があっても、ここで自分の意見を確信を持ってはっきりと言えるのはかなり難しい。だってそこで今後の人の一生が決まってしまうのだから余計であろう。だからトロさんも真剣にならざるを得ない。
 トロさんは裁判員制度による模擬裁判にも参加している。その時同じように参加していた人はびっくりするほど自分の意見にこだわり、曲げようとしなかったという。それはいい加減なことを口にしてただその場をやり過ごし、後で後悔したくないという意識が働いたんじゃないかとトロさんは言っている。

 そうだろうな。

 はっきり言って裁判員なんかに選ばれたくはない。だけどもし選ばれちゃって逃げようがないなら、いい加減なことは言いたくない。きちんと意見を聞いて判断したいと思うのは当然であろう。野次馬的に「こいつは死刑だ!」と簡単に言うわけにはいかない。
 裁判員制度では刑が重くなる。あるいは死刑判決が多くなるんじゃないかと言われている。それは今までの裁判が判例主義の基づいて、市民感情を反映していないからだと言うことなのだろうけど、でもトロさんの言うことを聞いていると、そう簡単に人を死刑にすることはできない気がしてくる。感情があるからこそ逆に、死刑を回避できないだろうか。または死刑という決定を自分の中で持ちたくないという意識が普通の人間なら働くはずである。だから巷で言われているような刑が重くなる、あるいは死刑判決が多くなると言えない気がする。もちろんそれは判決の結果であって、その統計をとって言えるわけであって、しかもそれはたまたま統計を取ったらそうなったということなんじゃないかと思う。基本的にいくら裁判であっても人を殺したくないはずだ。

 一方で被害者の家族や遺族はそうじゃないだろう。被告が何人殺したって、大切な家族が殺されれば、被告を死刑にして欲しいと思うのは当然である。殺された家族の悲しみから、自分たちの気持ちを少しでも癒そうとするには、被告を恨むのが一番手っ取り早い。そしてたぶん人はそうすることで人の死から癒されようとするのだろう。だから二人以上殺せば死刑というのでなく、一人でも大切な家族が殺されれば、その償いとして死刑を望むのだ。非常な言い方かもしれないけれど、被害者家族が被告に死刑を望むのは、結局自分の悲しみから少しでも開放されることを望んでいるからだ。それを望めば少しは気が晴れるからである。死から癒されるからである。
 でも殺されたという事実はそこにあるわけだから、それはどういう形であれ償ってもらわなければ、社会が成り立たない。私はこの本を読んでいて思ったのは、日本の裁判は被告の更正を最優先にしているんじゃないかと思うのである。その可能性が少しでもあれば無期もしく有期刑なのだ。刑務所で更正しろというのだ。そしてその望みがまったくない場合死刑となる。けれどそうじゃないだろうと思う。まずは罪を償うことが先だろう。そう思うのだ。更正させるのはその次である。絶対に罪を償わなければならないという意識を持たさなければならないと思うのだ。そうでなければ被害にあった家族や遺族はやりきれない。私は遺族や家族が被告に対して死刑を望むのは極めて自然な姿だと思っている。


評価
★★


書誌
書名:ぼくに死刑と言えるのか―もし裁判員に選ばれたら
著者:北尾 トロ
ISBN:9784904676011
出版社:鉄人社 (2009/07/30 出版)
版型:255p / 19cm / B6判
販売価:1,365円(税込)

2009年08月27日

阿刀田高著『新約聖書を知っていますか』

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 今度は新約聖書である。阿刀田さんは「旧約聖書のほうはイスラエル建国史と読める部分もあるから、まだしもやりようがあるけれど、新約聖書は徹頭徹尾信仰と結びついている」と言っているように、この本を読んで、新約聖書は信仰をどう考えるかに尽きるような気がする。しかも私みたいに信仰を持たない人間にとって、新約聖書の言葉は基本的に理解しにくい部分がどうしても残ってしまう。

 ここにミケランジェロの「ピエタ」がある。


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 この本を読んで知ったのだが、ミケランジェロの「ピエタ」は四作あるそうだ。その中で一番有名なのがバチカンにあるこの「ピエタ」である。後の三作をネットで調べてみると、これがミケランジェロの作品?と思えるほど、見栄えが悪い。中には作成中といったものさえある。
 阿刀田さんは、処刑されたイエスを抱きかかえるマリアの姿に美しさと神々しさを感じているが、確かにこれが人が彫った彫刻なのかと思えるほど、この作品の完成度は言葉が出ないほどだ。
 この「ピエタ」から阿刀田さんはイエスが十字架に懸かり、復活する意味を次のように説明する。

 神が実在し、自分が神の子であることを証明する方法として、(それだけが目的ではなかったろうが)病人を癒したり、超自然的な技を演じて見せたりしたが、それだけではまだ迫力が足りない。伝聞であったり偶然と思われたりして、説得力を欠く。そんなイエスが、ある日、忽然と得た啓示が“十字架に懸かり、三日後に復活する”であった。預言書にもそんなことが記してある。それを実現することが神の子の証明であり、それによっていっさいのロジックが生きて意味を持つ。先に私が“復活はイエスとその信奉者にとって、このうえなく大切なことであった。信教の存亡にかかわる重大事であった”と書いたのは、このことである。イエスは絶対に復活しなければいけなかったのである。

 とにかくここに書かれるイエスが行う奇跡は私みたいに信仰を持たない人間にとって、ただ“胡散臭い”だけであって、これがどうして信仰に結びつくのかわからない。
 阿刀田さんも私同様信仰を持たない人と言っているので、イエスが行う奇跡、復活を推理小説家としてそのトリックとして説明する。私も阿刀田さんのこの説明の方が受け入れやすかった。
 例えばマリアの処女受胎にしたって、昔、ナザレという町にマリアという名の娘がいて、ヨセフと婚約していたが、よんどころない事情により、他の男と交わり身籠もってしまった。それを知ったヨセフはいったん婚約を解消しようと思ったが、マリアの人柄の良さや愛情の深さを感じ、さらに生まれてくる子供には何ら罪はないと考え、二人は結ばれ、そしてイエスが生まれた。
 イエスが手を触れれば、病気が治るというのも、その人が心因性の病気の人であった可能性が高い。湖の上を歩いたというのも、単に湖の浅瀬を歩いただけなのに水上を歩いたと宣伝されたか、あるいは湖の浅瀬を歩いていただけでも見る方向によって水上を歩いたようにだって見えるだろう。結婚式の酒が上等な酒に変わったのも、単にイエスのスピーチがすばらしかったから、それを聞いた出席者が大きな喜びを感じただけであって、酒が上等なものに変わった訳じゃなくて、気分がそう感じさせただけのことだ。
 イエスの復活だって、復活したイエスがその姿をあらわすのは弟子の前だから、口裏を合わすのは簡単だったろう。マグダラのマリアだって言い含めていたのだろう。
 イエスの墓には遺体がなかった。復活のためには遺体があっちゃまずいからだ。イエスのシンパがイエスが生前言っていた復活を画策し、それを実行しただけのことだ。遺体を他に移したのだ。だから復活は墓より遠く離れた場所のガリラヤである方がいいに決まっている。
 たぶんそういうことなんだろう。

 しかしイエスの奇蹟、復活がこのように説明がつくとしても、イエスを信じる人にとってはそれは意味をなさないのだろう。聖書に書かれたことを、そのまま信じることが意味をなすからだ。大切なことは「信じること」なのだ。それを「そんなことありえんだろう!」と言っちゃおしまいなのである。
 阿刀田さんが言うように、「大切なのは、原因がなんであれ人々に奇蹟を信じさせるような偉大なイエスが実存していたことのほうである。事実に近い奇蹟もあったろうが、まるっきり作り話もあっただろう。だが、いずれにせよ、奇蹟のエピソードは一つの比喩であり、イエスの偉大さを大衆に伝えるためには、こういう伝達方法が適していた、ということだろう。事実の報告だけが伝達の手段ではあるまい」。
 そしてイエスが人を信じさせるテクニックに優れていたことに尽きるんじゃないかと思ったりする。阿刀田さんは「イエスの言葉は、たとえ話であったり、質問に対する断片的な返答であったり、戒めであったりして、まっ正面から教義の中核を語っているものは思いのほか少ない」と言っている。このことはイエスの性格である皮肉屋で韜晦趣味的傾向から由来するにしても、何から何まで、至れり尽くせり説明はしない。適当なところで止めている、と言えないだろうか。意味深長な言葉を残されれば、後は自分で考えるしかない。そこがポイントなのだ。考える人が置かれている環境によっては、あるいは性格によっては、イエスは神の子ともなるだろうし、ペテン師にもなるような気がする。
 そうしてイエスの教えを最初に広めたオルガナイザー的存在のパウロがいたからこそ、キリスト教は広まっていった。それはローマという時代背景も大きな意味を持つ。キリストの教えにすがりつかなきゃ生きていけない民衆が多数いたからである。信じるしかない状況に置かれた人間が数多くいればいるだけ、その宗教は広まっていくはずだ。

 私は何度も言うように信仰を持たない人間である。だから信仰という問題にこれ以上は何も言えない。そしてたとえそれが一種のペテン的記述であっても、それを信じることで、生きる意味を見出し、思想、文学、哲学、美術、音楽等、いわゆるヨーロッパ文化が生まれているなら、それはペテンでも何でもなくなると思っている。実際偉大さも、尊敬も感じている。信仰がなければそんな文化など生まれるわけがない。


評価
★★★


書誌
書名:新約聖書を知っていますか
著者:阿刀田 高
ISBN:9784103343165
出版社:新潮社 (1993/11/15 出版)
版型:265p / 19cm / B6判
販売価:入手不可 文庫本あり

2009年08月25日

阿刀田高著『旧約聖書を知っていますか』

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 この本以前から気になっており、読んでみたいのだけれど、一方で手に負えない感じがしてしまい、手には取るのだけれど、また本棚に戻してしまうことが続いた。要するに昔から聖書について、どこから手をつけていいのかわからないところがあって、その気持が読むことに尻込みさせるのである。
 大学時代西洋史学を専攻しておきながら、根本的なところで聖書に手をつけずにきてしまった負い目みたいなところが自分にはあるのだ。聖書も読まずに何が西洋史学だと言われそうなのが嫌だったのである。で、ここで気を新たにこの本を読むことにした。それでこの本かよとも言われそうだが・・・。だってお恥ずかしい次第だが、この本を読むまで預言者を予言者と同じだとずっと思っていたのだ。ちなみに聖書の世界では預言者と書き、決して予言者とは書かないそうで、予言者は易者のように未来に起きることを予め言う者であって、預言者とは神の言葉を預かって言う者なんだそうだ。

 まずこの阿刀田さんのこの本を読んで知ったことを時系列的にまとめると次のようになるようだ。
 旧約聖書は天地創造から始まり、アダムとエバを作る。(エバはアダムのあばら骨を取って作られた)そして有名な禁断の実を食べてしまい、楽園を追放される。
 楽園を追放されたアダムとエバはカインとアベルを生む。カインは土を耕す者となり、アベルは羊を飼う者となるが、ところがカインはアベルを殺してしまい、神の怒りを買い、エデンの東をさまよう人となる。アベルは殺され、カインもどこかへ行ってしまったので、アダムとエバはまた子供を作り、その系図が続いてノアに至る。
 ノアの時代になると、どいつもこいつも悪事を企み、神をないがしろにする。神は失敗したと思い、世界をもう一度作り直そうとするが、ノアの一族は神を敬うことを忘れなかったので、神はノアに大きな箱船作らせ、洪水に備えさせる。そして洪水が去った後、ノアの一族、連れてきた家畜を外に出させた。神はノアの子孫の繁栄を約束し、この流れからアブラハムに至る。
 ノアの時代には地上の人間は同じ言葉を話していたが、人々は神に近づこうとして天まで届く塔を建てようとした。神はこのまま放っておけば人間は何をしでかすかわからないから、それまで話していた言葉を通じないようにした。当然共同作業の塔作りはできなくなり、作りかけのまま人々は四散する。こうして世界にはさまざまな言語が生まれたという。塔はバベルの塔と呼ばれたが、バベルとは“乱れる”という意味である。
 さてアブラハムの子がイサクで、イサクの子がヤコブ、ヤコブの子がヨセフと続く。そしてその四代あとに生まれたのがモーセである。
 モーセは“出エジプト”で有名だけど、なんでイスラエル人がエジプトいて、そこから脱出しなければならなかったのかとかねがね不思議に思っていた。この本によると、ヤコブは子沢山で、その中にヨセフがいた。こいつが兄の気持ちも察せずに、兄たちが自分にひれ伏す夢を見たことを伝え、それが生意気だと喧嘩になり、穴に突き落とされる。それを通りかかった隊商が見つけ、隊商たちの手でヨセフはエジプトに売り飛ばされたのだった。
 ところがヨセフはその得意な才能を発揮し、エジプト王に重用され、その一族はナイルの地で住みつく。そのうちイスラエル人は力を蓄え始め、あなどりがたい勢力となっていく。それがエジプトの反感を買い、迫害にあう。その生き残りがモーセであり、彼は仲間を救いだし、エジプトを出て、カナンに行けという神の声を聞く。その脱出行が映画の“十戒”の有名な場面となるわけだ。エジプトを出て三ヶ月後、モーセはシナイ山麓で神の言葉を聞く。それが十戒である。それを石版に刻み、それを納めた箱が聖なる箱として以後鄭重に扱われる。関係ないかもしれないが、これがインディージョーンズの『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』なんだろう。
 さて、イスラエル人はシナイ山麓でヤコブの子孫を祖先にして十二の部族に分かれて生活し、その後モーセの後を継いだのがヨシュアであり、ヨシュアはカナンの地を征服する。
 その後十二の部族は王を一人立てまとまろうとし、預言者サムエルに神の声を聞き、ベニヤミン族のサウルを選び王とする。しかしサウルは奢り、予言者サムエルはサウルを王にしたことを後悔し、再度神の声を聞く。神はベツレヘムにいるエッサイの息子に王となるべき者がいる言い、それがダビデであった。ダビデは末っ子ということもあって、弱そうであったが、ある時ペリシテ人との戦いで豪傑ゴリアトと誰もが戦いを尻込みしているところに「なにびびってんの?僕がやっつけてやる」と言い、石を紐に結びつけ、それをゴリアトに投げつける。それが額に命中し、ゴリアトは崩れ落ちる。すかさずダビデは剣を抜き、首を斬り落とす。この石を投げる前の姿があのミケランジェロのダビデ像である。右肩に石を持っているでしょう。



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 私は知らなかったがヴェロキオのダビデ像は足元にゴリアトの首が転がっているやつがある。



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 次にダビデ王の時代となる。ダビデは家臣のウリヤの妻パト・シェバの美しさに目を奪われ、彼女をものにするが、子供が出来てしまった。当然このことでダビデは神の怒りを買い、骨肉の争いが起こり、その罪を償わされる。ダビデはなんとか悔い改め、正式にパト・シェバを妻にし、また男の子を産む(先の子は神に怒りで死んでしまっていた)。それが英雄ソロモンである。
 ソロモンは新進的な王であったらしく、イスラエルの神にこだわらず、他の民族の神の存在を認めた。また神殿や宮殿に多くの国費を費やし、奢侈に流れ、民衆の信頼も神の信頼も失い、以後イスラエルは北イスラエル王国と南ユダ王国の二つに分かれるが、北王国は紀元前722年にアッシリアに攻められ滅亡。南王国も紀元前586年新バビロニアのネブカドネザル王に攻められ滅亡する。この時多くのイスラエル人がバビロンに連行される。所謂“バビロン捕囚”である。イスラエル人が再びカナンの地に戻るのはペルシア王キュロスが君臨した紀元前538年からである。ヘロデ大王の紀元前40年イスラエル人の王国が再建されるが、これも分裂後紀元70年に第二神殿が炎上し、以後イスラエル人は拠り所となる国を失う。彼らが再び国を持つのは1948年イスラエル建国を待たなければならず、その間約二千年の長きにわたり世界の各地で流浪することとなる。
 
 以上が旧約聖書をもとにしたイスラエルの歴史というところだ。この後阿刀田さんによれば、聖書の記述は複雑になるらしい。私が興味のある記述は、イザヤの書である。これは所謂預言の書というもので、バビロンの捕囚以後苦しい現実を前にして、ダビデの血筋から救世主が現れると言っているのである。それがイエス・キリストであり、そこから新約聖書が始まるので、旧約と新約の接点がここにあるのだと阿刀田さんは言っている。しかしユダヤ教では救世主の到来を預言しておきながら未だ現れていない。イエスを救世主として認めていないらしい。

 しかし思うのだけれど、イスラエル人の信仰は厳しい。いや、神が自分以外の神を信じることを認めない。だから少しでもそれに背くと、罰が与えられる。ひたすら罰が恐ろしいから、一心に自分たちの神を信じる。その神を信じていれば自分たちだけは救われるということにもなる。そうした背景があるから“選民思想”は強くなり、イスラエル人の団結がいっそう強固になる。
 ところがこうした融通の利かない民族は、多民族とうまくやっていけないのではないのかとも思ってしまう。他の民族からすれば、ひたすら自分たちの信じる神だけを信じ、自分たちだけが選ばれ、救われるといい続けられれば、やりにくて仕方がないだろう。協調性がないと思われても仕方がないような気がする。ユダヤ人の迫害が歴史上何度も起こっているのは、経済的理由によるものが大きかったと言われるけど、一方でこうした選民思想の塊である民族とうまくやれない関係が、そうした迫害のターゲットになっていった気がする。そしてそうした迫害が起これば起こるほど、ユダヤ人はさらに自分たちの団結を強める結果となり、それが他民族の憎しみをまた買うことになる、悪循環を生んだのではないかと思った。民族、その歴史は尊敬するけれど、偉大な民族は大変だね。

 最後に阿刀田さんの言葉が気に入った。この本を書くに至った理由を次のように言う。

 読書は楽しいことであり、大切なことでもあるけれど、人生にはほかにも楽しいことがたくさんあるし、大切なことはさらに多い。古典なんか読まなくたって、りっぱに生きていける。そういう人生もいくらでもある。
 そういう考えに立ったとき、古典は原点をしっかり読むのがよいにきまっているのだが、現実問題としてそうそう読めるものではないし、不充分ながらも知っておけば、ほかのことを考えるときに役に立つ。軽いダイジェストのようなものがもう少しあってよいのではあるまいか。私の、このエッセイは、そういう目的で綴ったものである。
 もう一度くり返して言うが、原典を読むのが一番よいのである。
 だが、旧約聖書について言えば、簡単に読めるものではない。研究者でもない限り、全巻をきちんと読むことは不可能である。断言してよい。普通のサラリーマンが信仰もないのに、電車の中で旧約聖書を読んでいたら、
 -狂ったのと、ちがうか-
 と私はそう思いたい。理想は理想として、この古典について読めないのが普通である。

 こういう風に書いてくれるとうれしくなる。人によって読める本と読めない本があって当然なのだと言ってくれるわけだから、私が聖書を手にしなかったことも、ある程度許されそうな気がする。
 一方だからといってそれでいいかというとそうも行かない部分がある。こうして本を読むこと、あるいは絵画など鑑賞する場合、ある程度聖書の知識があった方が、その奥行きを知ることができる。そういう意味で阿刀田さんのこのシリーズは非常に助かるのである。


評価
★★★


書誌
書名:旧約聖書を知っていますか
著者:阿刀田 高
ISBN:9784103343158
出版社:新潮社 (1991/05/25 出版)
版型:290p / 19cm / B6判
販売価:入手不可 文庫本あり

2009年08月20日

吉村昭著『昭和歳時記』

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 この文庫は平成8年に出版されているようだが、13年経った現在ではもう手に入らない状態になっているのは驚きである。確かに電化製品の部品が約5年から10年ほどでなくなる時代だから、13年経ってこの文庫本が手に入らないのは仕方がないのかもしれない。
 さてこの本は以前読んだ吉村さんの『東京の下町』の姉妹編である。書名に『昭和歳時記』といっている以上、昭和にあった風物詩がここでは描かれるが、その殆どが今、姿を消しているといっていいかもしれない。
 いやそれ以前に1955年(昭和30年)から1973年(昭和48年)の高度成長期が、それまであったものを時代遅れのものとして捨てていき、それが忘れ去られていったのではないかと思う。
 吉村さんは「衣服その他身につけるものは、明治、大正から昭和にうけつがれてきたが、昭和三十年頃に一挙に消え去ったものが多い。それは蚊帳が家庭から姿を消したのと一致している、と、なんとなくそんな風に思っている」と言っているところからも、それに間違いはなさそうである。
 ただいつも思うのだけれど、私の生まれた昭和31年はまだその高度成長期が始まったばかりだったから、自分の子供の頃にはまだ戦前・戦後の風物詩が多少残っていたのではないか。それが私の記憶にあるような気がする。しかも私は東京の下町育ちなので、高度成長期の波がまだここに全部きていなかったのではないか。だからここに書かれる風物詩を共有できるところがあるのである。
 もちろん昭和2年5月1日の生まれの吉村さんのように戦前・戦後を体験してきたわけじゃないから、私の記憶にあるのは戦後残されたものの一部というところだろう。

 一時“昭和ブーム”みたいなところがあって、そのレトロ感が郷愁を誘うような風潮があった。まぁ、平成元年生まれ私の息子が今年の1月に成人式を迎えたのだから、昭和が終わって20年経っているわけで、郷愁を誘うものになっても不思議じゃないかもしれない。
 ただ吉村さん「人間はとかく過去を美化しがちだが、『古き良き』などと軽々しく言ってもらっては困るのである」とそういう風潮に釘を刺している。過去がすべて古き良きものであったはずがなく、不便で非衛生的で、汚い部分もあったはずで、現代の方が圧倒的に社会生活が快適になっていると言っているのである。こういう客観的な比較がきちんとできて、この本は書かれているので、手放しで“あのときは良かった”と言われないところが読んでいて心地よかった。
 昔を振り返るとき、今から比べればおもちゃみたいなものであっても、必ず郷愁というものがそれを美化してしまうところがある。確かに何でもかんでも機械にやらせる今の道具から比べれば、この当時のものは基本的にマニュアルだったからどうしても人間の手や力がどこかで及ぶ。それを人間的だと勘違いする言い方は基本的に私は気にくわない。どう考えたって、今の方が便利はずで、その方が便利なら、あるいは楽だと思うなら、はっきりとそういえば言えばいいと思うのだ。
 私はそういうことを言う輩が、一昔前に戻ったら、果たしていつまでそれに堪えることができるだろうかと思う。当時が“良かった”というのは、視点を現在に置いているから言えるのであって、本当に当時は良かったのかどうかはまた別問題だったろう。当時はそんな方法しかなかったから、そうしていただけであって、もっと改良の余地があればそうしていたに違いない。限界がそこまでだったから、そんな粗末な(今から見れば)もので済ませていただけのことである。それを今復活したところで快適になれるはずがないと思う。
 確かに何でも過ごしてきた時代を懐かしむことはある。それはそれでいい。けれどそれを美化だけする傾向はおかしいと私も思う。ノスタルジーは所詮ノスタルジーである。それだけである。


評価
★★


書誌
書名:昭和歳時記
著者:吉村 昭
ISBN:9784167169312
出版社:文芸春秋 (1996/10/10 出版)文春文庫
版型:270p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

2009年08月18日

吉村昭著『実を申すと』

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 何度も書いているが、最近私は吉村昭さんの随筆が気に入っていて、続けざまに読んでいる。どうして気に入っているかと、それなりに考えているのだけれど、要するに吉村さんの“やせ我慢”が好きなのである。その“やせ我慢”は吉村さんの見栄から発しているものなのだが、いかにも中年の無理がペーソスを醸し出していて、それが自分にも思いたるところがあって“よくわかるなぁ”と感じるし、“そうそう”と思い至るのだ。
 この本の「食」に関する文章で吉村さんが自分の姿がみじめったらしい姿に映ることを非常に気にされている。だから例えば食事のマナーにしても、たかが食べることなのになんでこんな窮屈な感じで食べなければならないのかと思いつつも、自分流に食べれば自分の姿がみじめに見えるかもしれないと思い、我慢する。でも本音はもっと好きに食べればいいのにと思っていることはちゃんと書き加えている。あるいはその方が美味しいはずだと言わんばかりである。
 吉村さんは戦前、戦中の人であり、その時苦労された経験があるところに、基本的にちょっと前までいた“一徹な生活人”であり、“律儀な人”なのである。ところが時代がそうした人を古臭い人間と見るようになってきているし、そんなに堅苦しいことを言わなさんなという風潮が当たり前ととなりつつある一方で、西欧的生活スタイルがあらゆる面で当たり前となってきているものだから、吉村さんの生き方や考え方がジェネレーッションギャップとなって、悲しい笑いを私に提供してくれるのである。笑うに笑えないところがよくわかり、読んでいて“そうなんだだよぁ”と思うのだ。あるいはよくぞ言ってくれたとも思うのだ。

閑話休題
 私は朝事務所の近くのドトールでコーヒーをテイクアウトして、会社に入る。毎日買うものだから、コーヒーチケットを買っておいて、それを出す。また、木曜日に社長と二人で仕事をしているときは三時にお茶をしているので、その時ドトールで買ったコーヒーを入れて飲んでいる。もちろん接客用にも使う。(これは会社出しではなく、私と社長と交互で負担している)
 あるとき店長からポイントカードを作ったらどうですかと言われ、いわれるままにポイントカード作った。それを作るに当たり私の名前や会社の住所などを記入したのだが、そのことでいつの間にか会員となってしまったらしく、毎月そのお店からはがきが来るようになった。
 このはがきはこれを持っていくとブレンドコーヒーを一杯サービスしてくれる。(はがきにはコーヒー一杯サービスしますとちゃんとかいてある)ところがこれがなかなか使えないのだ。これを使ってコーヒーをもらうのが恥ずかしいのだ。なんかせこいのではないのかと思ってしまうのである。あるいはなんか申し訳ないような気がしてしまうのである。儲けを減らしてしまうと思うのである。そういうサービスを期待して会員になったわけじゃないし、言われるままになっただけである。
 ポイントならそこで買ったものについて付加されるわけだから、そんなに気恥ずかしく使わなくても済むけれど、このはがきでコーヒーをもらうと、店の人間が私をせこい人間だと思うのじゃないかと思ってしまうのだ。どこかでちゃんと金を出して買えよと言っているんじゃないかと感じてしまう。だから堂々と使えない。
 最近は会社の同僚と飲まなくなったけれど、その彼と飲みに行くとお店の前で配っている割引券をしっかりもらったり、ぐるなびのクーポン券をちゃんとプリントアウトして、それを会計の時に出して、しっかりと割り引きしてもらう。私は酒を飲むときぐらいきちんとお金を払えよと思うのだが、彼にとってその行為は当たり前のことであって、権利としてそれを行使しているだけのことだから恥ずかしいことでもないみたいだ。それが今の人とっては当たり前であり、逆にそのくらいサービスしなさいよと言うところなのかもしれないが、どうもそういう感覚について行けないでいる。もちろん私だって割引は大好きである。大歓迎である。けれどそれをスマートに使えないだけなのだ。変な意地みたいなものがどこか自分の中にある。多分私の中にある融通の利かない古臭さがそうさせるのだろう。そして私が吉村さんの随筆を好むのは、そうした融通の利かない古臭さが吉村さんの文章には随所にあり、それが共感できるからじゃないかと思っている。結局小心者なのだ。

 さて、この本の解説を大河内昭彌さんが書かれている。この人がどういう人なのか知らなかったのだが、雑誌「食食食」の編集長だと知った。(この雑誌名「あさめし ひるめし ばんめし」という)実は私はこの雑誌二冊を手元に持っている。さっそく取り出してみると、確かに解説に書かれていたように吉村昭さんが連載している。しかも私の持っている35号には吉村さんの奥様も鼎談として参加されている。この雑誌今でもあるのかどうか知らないのだが、どうもネットで調べてみると、やたら古本屋さんの出品がヒットするので、もう出版されていないのかもしれない。でも面白い雑誌だと思ったので、そのままこの二冊は私の手元に残った。今、1983年(昭和58年)の雑誌のページをめくるのも楽しい。


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評価
★★★


書誌
書名:実を申すと
著者:吉村 昭
ISBN:9784480021526
出版社:筑摩書房 (1987/08/25 出版)ちくま文庫
版型:232p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

2009年08月17日

吉村昭著『旅行鞄のなか』

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 またまた吉村昭さんの随筆を読む。もう完全に吉村さんの随筆にはまってしまっているのだが、まだ読んでいない随筆がだんだん少なくなってきているので、それを思うとゆっくりと味わいたい気分になる。もう新しい吉村さんの随筆は望めないなのだから。
 今回も吉村さんの身の回りのこと、あるいは小説のこと、そして旅のことなどがいつものように書かれているのだが、こうして同じ身辺雑記を読んでくると、なんか吉村さんの私生活がはっきりとわかってきて、それはそれで面白い。ああ、この人こうやって暮らしているんだな、と思えてくるのだ。その分身近に感じられ、もともと吉村さんの考え方や生きざまには共感する部分が多いだけに、ついつい「なるほど!」と思ってしまう。私はこの人みたいな一途で頑固な人が好きである。もちろん実際近くに接すことがあれば、ちょっと付き合いにくそうだけど、本の世界ではそういう現実がない分、気分だけを感じていればいいので、楽と言えば楽である。

 さてそんな中で「小説家と銀行」という文章で、吉村さんが家を購入するために、銀行にお金を借りに行くことが書かれているが、そこでには小説家は銀行の融資先として信用できないブラックリストに入っていると書かれている。だから銀行が小説家にお金を貸す場合、小説家の預金内に限られるというのだ。
 まぁ、小説家はいつも売れる本が書けるというわけじゃないからというところなのだろう。要するに当てにならないものにはお金は貸せないということだ。吉村さんは小説家はカタギじゃないから仕方がないし、それも当然と思われているようだ。
 でもカタギじゃないけれど、税金は収入のすべてが源泉課税され、それが税務署に報告される仕組みになっているから、脱税はできないといっているのがおかしかった。
 さらに小説家と税金の話をすれば、小説家が死ぬと遺された作品が今後どれほど売れるかを国税局で査定し、それが遺産に加算され遺族に相続税が課せられるという。
 カタギでない小説家は退職金はもらえないのは当然だけど、死後、その死によって逆に税金を払わないといけないのだと自虐的に書かれているのもおかしかった。
 有名作家が死ぬと追悼集とかその死を忍んで、生前の作品が大々的に売り出されるけど、あれも国税局は、作家の生前の人気で織り込み済みで、課税しているのかと思うと、薄ら寒く感じてくる。それがどれだけ正確なものなのか知りたくなってくる。もし国税局の予想に反して大いに売れちゃったりしたら、相続税は追徴課税されるのだろうか?逆の場合はちゃんと還付してくれるんだろうな・・・・。まあ思うに税金の徴収の仕方として、さっくりと多めに査定しておいて、その分先に税金を納めさせる。で、後で正確な数字がわかった時点で、「それじゃ、還してあげましょうかね」と言ってゆっくりと還付するのではないかと思ったりする。

 もう一つ気になる文章があった。「通夜、葬儀について」では、吉村さんが自分が死んだときは、これまで世話になった仕事の関係者に、死後までお世話になるのは申し訳ないから、葬儀は親族だけで済ますように遺書に書いていたという。その考えを菩提寺の僧に言ったら反対されたと書かれている。
 その僧は、葬儀は単なる仕来りにすぎず、お線香の一本でも、と言ってわざわざやってきてくれるのだ。その労力は並大抵じゃない。そういうことなのに、葬儀を営まぬ場合、死後も迷惑をかけたくないという故人の遺志とは逆に人に迷惑をかけることになると言ったという。
 確かに生前お世話になったから、心から冥福を祈りたい気持ちでお線香をあげに見える方がいれば、その気持ちはどうなるのだろうかと思う。またいわゆる冠婚葬祭として、お付き合いの葬儀の時もこういうのは困ることが多い。
 たとえば会社でお付き合いのあった人が亡くなられ、その葬儀はどうなっているんだとまず騒ぎ出すし、密葬だとわかれば、じゃどうすればいいんだと次に問題となる。
 会社としても知らぬ顔はできない部分があって、たとえつきあいとはいえ、できれば何とか葬儀に行って、お線香の一本でもあげれば形として済むのに、故人の遺志ということで、それに出席できないとなれば、会社としての体面をどうもっていけばいいか悩んでしまうことがたびたびある。そういうときははっきり言って迷惑だなと思う。
 故人としては、あるいは遺族としては、余計な迷惑を他人様にかけたくないというつもりであっても、それで済まない人も確かにあると思う。そういう意味では密葬というのは考えものかもしれない。この僧が言うとおり仕来りなんだから仕方がないと考えるべきなのかもしれないなんて思ったりした。
 もっともそういうのは有名人や会社のお偉方の話で、我々のような平凡な一般人で、平のサラリーマンである場合は、そんなに悩まなくてもいいかもしれない。
 私が死んだら葬式などいらないし、戒名なんていうのもいらない。焼いた後そのまま墓に放り込んでくれればいいと思っているし、家族にもそう言ってある。私は有名人でも何でもないので、私が死んで葬式をあげないということで、困る人はそれほどいまい。困るのは葬儀屋と寺の坊主だけだろう。
 でもふと考えたことがある。私が他人様の葬儀に出席するのは、そのほとんどが“お付き合い”からで、心底お線香の一本でもあげたいと思って葬儀に出席したことがない。逆に言えば、そういう気持ちを持たせる人がまだ亡くなっていないということだろうから、そう思えば喜ばしいことではあるかもしれない。


評価
★★★


書誌
書名:旅行鞄のなか
著者:吉村 昭
ISBN:9784167169244
出版社:文芸春秋 (1992/08/10 出版)文春文庫
版型:237p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

2009年08月13日

松田美智子著『新潟少女監禁事件』

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 この本は平成2年11月13日に新潟県三条市で当時小学校4年生の女の子の行方不明となり、その後9年2カ月後、平成12年1月28日に同県柏崎市で発見され保護された事件の記録である。犯人は本ではSとなっているが、佐藤宣行(当時37歳)である。何故この男の名前をSとするのかよくわからない。たとえ精神的病気をかかえていたとしても、もう最高裁で責任能力ありとして刑が確定しいるのだから、Sとする必要はないと思うのだが・・・)

 基本的にこの著者は犯人の裁判を傍聴することで事件の真相に迫る手法をとっている。私はこの犯人が何故9年2カ月も少女を監禁し続けたのかその理由を知りたいと思ってこの本を読んだ。しかし得てして犯罪者の心理は理解できないのが、ここでもあった。我々正常な人間にとってこの犯罪が裁判所の判決(一審)が言うように「動機も自己中心的かつ身勝手極まりなく、酌量の余地は皆無」と感じても、犯人にとってはそんなの関係ないというところなのだろう。犯人が少女を長期間監禁したことを監禁と思っていないのだから話にならない。いけしゃあしゃあと女の子が自分を怖がっているとは思わなかったと言うのであるから、「どうして?」という疑問には答えてくれるわけがないのである。
 我々はことが起こる度にそのわけを知りたいと思うし、何故それが起こったのか、筋の通った理由があるものだと思うところがある。けれどその筋の通った理由というのは、我々一般の人たちの常識範囲内で説明され、その範囲内で理解できることなのだ。そこから逸脱した論理や理由は当然理解不能となる。もちろん犯人側にとってはそれが正当な理由であってもだ。
 そうすると次にどうするかといえば、犯罪者の生い立ちや生活環境に理由を見出そうとするし、病気の有無を確認し始め、そこに問題があれば、「それだ!」とわかったような感じになってしまう。どうしてもどこかでわかりたいのだ。しかし果たしてそれで本当にわかったことになるのだろうか?単純な恨みつらみならはっきりしているから、ことは簡単だろうけど、他人の内面なんて理解できるものなのか、私には疑問に思えてくるときがある。

 さて、事件は少女にとって残酷なものであったことは疑いのない事実だけれど、私はどちらかというとこの犯人の裁判の方が面白かった。裁判は最高裁までいく。一審では懲役14年の判決が出る。ただし当時逮捕監禁致死傷罪の最高刑が10年の懲役刑(現在は15年)だったので、それでは少女が9年2カ月監禁されていたことを考えれば、あまりにも刑が短すぎる。そこで窃盗罪を合わせて併合罪とすれば、逮捕監禁致死傷罪の10年から五割を加算して15年にできることから、検察は求刑を15年と要求し、それでもまだ足りないということで、「未決拘置日数を刑期に1日も加算すべきじゃない」と異例の意見を加える。裁判所はほぼ検察の意見を認め、逮捕監禁致死傷罪で懲役14年の判決を下した。(未決拘置日数は刑期に加えられた)
 ところが控訴審では、それが破棄され、懲役11年の判決が出る。高裁の言い分は、逮捕監禁致死傷罪の最高刑が10年である以上、それ以上の刑期を下すのは刑法上の解釈の誤りだとしたのだ。併合罪を構成する個別の罪について、その法定刑を越える趣旨のものとすることは許されないというのだ。だからあくまでも逮捕監禁致死傷罪は10年が最高刑であり、それに窃盗罪をその法定刑の範囲内で加算すべきで、逮捕監禁致死傷罪の1.5倍は間違いだとしたのだ。そしてこの犯人の窃盗罪は軽微なものなので1年とし、合わせて11年としたのである。
 面白いのは高裁はこの逮捕監禁致死傷罪が10年であることが国民感情として軽すぎるとするなら、法律を改正するしかないと逃げ道を作っているのである。
 当然検察は最高裁に控訴する。当たり前である。最高裁は今度高裁の判決を破棄して、改めて懲役14年の判決を下す。但しこれは刑期の14年は同じだが、一審の判決を完全に支持したのではない。
 最高裁は併合罪の解釈について、それぞれの罪に個別の刑を合算するのは誤りで、法律上認められない。あくまでも全体を統一して処罰すべきだとしたのだ。当たり前である。窃盗罪として、この犯人が盗んだものは監禁した少女に着せるためのキャミソールなのだ。こんなこと最高裁まで行かなきゃわからないのかと思ってしまう。その上で逮捕監禁致死傷罪と窃盗罪を併合罪加重を行った場合、懲役3月以上15年以下となるので、14年が相当という判決を出したのだ。
 法解釈というのは不謹慎かもしれないがおもしろいものである。同じ14年の刑期でも地裁と最高裁で解釈の仕方が違うのだ。裁判というのは我々一般人からすると“茶番劇”みたいなところがあるんじゃないかとこの本を読んでいて思ってしまう。例えば高裁での弁護側の言い分には呆れる。監禁が9年2カ月も続いたのは、警察の不手際であって、今回偶然事件が発覚したため9年2カ月で済んだというのだ。確かにそうかもしれないけど、だからといってそれで済む問題じゃない。さっさと犯人を捕まえれば刑が軽くなったという弁護はおかしい。いったい弁護というのは何のためにするのだ。被告の人権を擁護するのは結構だけど、どう考えても酌量の余地のない犯罪に弁護はおかしいだろうといつも思う。行きすぎを抑制するのが弁護の仕事なら、それをすればいいのであって、ただクライアントの要求で刑を否定したりするだけだったら、いる意味がないのではないか。いつもニュースを見てそう感じるのである。結局弁護士も商売なのであろう。クライアントの要求が通ってなんぼなんだな、きっと。


評価
★★★


書誌
書名:新潟少女監禁事件―密室の3364日
著者:松田 美智子
ISBN:9784022616081
出版社:朝日新聞出版 (2009/02/28 出版)朝日文庫
版型:322p / 15cm / A6判
販売価:777円(税込)

2009年08月12日

司馬遼太郎著『司馬遼太郎が考えたこと』〈3〉

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 読みかけていたこの本を読み終える。読んで面白いなと思ったことを書いてみる。
 それは司馬さんが小説を書く場合、どんなとき、どんな人物を小説として書いてみようと思うのか?ということである。その素材を見つける時はどんなときなんだろうと興味がある。その見つけ方というか、司馬さんの興味のあり方を次のように書かれる。

 某という人物その人生というものは、その某の人生が完結したあと、時間がたてばたつほど、私にとって好材料になるのようである。時間が経たねば、俯瞰ができない。俯瞰、上から見下ろす。そういう角度が、私という作家には適している。たとえばビルの屋上から群衆を見おろし、その群衆のなかからその某の動き、運命、真理、表情を見おろしてゆく。この俯瞰法(つまり歴小説を書く視角)で某を見るばあい、筆者は某そのひと以上に某の運命とその環境、そしてその最期、さらに某の存在と行動がおよぼしたあとあとへの影響、というものを知ることができる。たとえば織田信長を書く場合、どのように粗雑な態度の筆者でも、信長自身が知らなかったたった一つのことだけは知っている。それは本能寺でかれが自分の部将に殺される、という運命である。

 従って、「私は同時代の人間を(もしくは私自身を)書く興味をもっていない。理由は、最初にいったように「現代」では人生が完結していないからである」という。
 その上で、なおプラスアルファが必要だともいう。その人物が時代の変革期にいることである。その条件を満たしたとき、「自然、書くことが歴史小説になる」というのだ。
 そういう姿勢のだから、違う文章では「私は小説家であって、おなじく人間に興味をもつ教育者や政治家とちがう。だから『おまえはどんな人間像を期待するか』と問われても、答えようがないのである。そう在るような人間を書いているのであって、そうあるべき人間を書いているのではない」と言いきる。なるほどなと思った。

 そうして見つかった素材を小説にしていくとき、次のように注意していると言う。

 それぞれの創作家によって意見はちがうとおもうが、私の場合は、小説家には歴史を曲げる権利はないとおもっている。歴史は国民の共有財産であり、いかに小説であってもそれを勝手に変形していいものではないであろう。だから、私の能力のあたうかぎりにおいて正確を期したい。

 となれば当然多くの資料に当たらなければならないだろう。何かで読んだけれど、司馬さんが『坂の上の雲』を執筆されたとき、司馬さんが資料を集めたため、日露戦争関係の資料が神田の古本屋街でなくなったというくらい、正確を期するために多くの資料を読んで歴史小説を書かれている。これは大変なことだろうなと思うのだが、どうやらそうでもないようである。

 その正確を期すために先人の書いたものを読んだり、史料にあたったりするのだが、この段階のおもしろさというのは、私にとっていかなる娯楽にも代えがたいものである。
 かといって歴史家でないというのは、その段階を科学的精神と方法でやり、それを完結させるというのがその分野のしごとであり、小説家の場合は、その段階は単に創作的刺激をもとめるための予備運動にすぎない、ということである。いいかえれば、作家にとって資料というのは想像の刺激剤にすぎない。小説のたねではなく、あくまでも刺激剤なのである。

 ところがそうして資料あさりをしているとみごとすぎる歴史書に出くわしてしまった場合、ひどく困るという。それがあまりにも完全であるため、しかも文学的感動さえ与えてくれる歴史書を読んでしまうと、刺激剤どころではなく、想像の余地さえなくなってしまうものもあるという。
 このことは先日読んだ吉村昭さんの随筆にも似たようなことが書かれていた。吉村さんも歴史小説を書く場合、資料として例えば人物の伝記などを参考にする。その参考にした伝記が類い希な名著であり、史実すべてがその著作の中に詰め込まれていて、たとえ精力的に歩き回ったとしても、これ以上何も出てこず、これ以上手も足も出ない名著に出会ってしまうと、この素材を放棄するしかないと思うというのだ。
 私は大学で史学部を出ているけれども、そうした感動的な資料に出会ったことがなかったので、そういう歴史書とはどんなものなんだろうなと思う。もっとも大学では仕方がないからやってきただけだから、そんな本に出会えるわけがないだろうけど・・・。

 ところで、今度の30日には衆議院議員選挙がある。最近各政党では世襲議員の制限をやかましくいっている。いわゆる二世議員というやつだ。彼らは親の地盤を引きついでいるから、大した素質がなくてもその地盤を使って国会議員になれるから、よくないというのだ。
 だけどどうなんだろうなと思う。二世議員が親の地盤を引きついで議員になるのと、まったく政治に疎い素人が、ただ興味があるというだけで国会議員になるとどちらが素質的にいいのだろうかと思うのだ。もちろん機会均等ということは大切である。けれどその二世議員が子供のときから国会議員である親を見てきている。あるいはたくさんの政治関係者の中で育ってきているはずである。となればその二世議員が育ってきた生活環境は、どこまでも政治がつきまとう環境ではないのかと思うのだ。代々政治家を輩出してきた家では、そういう伝統だってあるだろう。そう考えたとき、ずぶの素人と二世議員のどちらが次の政治家として力を発揮できるのだろうかと思うのだ。何はさておき人脈がものをいうに決まっている。
 何でこんなことを言うかといえば、司馬さんが「日本というのは徹底した大衆社会というべきであろう」と言い、日本がヨーロッパの貴族階級のような支配階級が長つづきしなかったが、ただ徳川時代は例外である。武士の支配階級が三百年も続き、その精神美を作り上げた。明治もある意味それを引きついだが、終戦後それらすべて滅びた。以後大衆一枚きり社会となったと説明する。
 このことはそれまで持っていた重厚な伝統や美意識など関係なく、あるものはいかにも薄っぺらで、インスタントになったという意味を言っているからである。
 司馬さんはそうした貴族階級や支配階級の存在を肯定しているわけではないが、ただそうした階級の人々には重厚な伝統や美意識が骨の髄までしみこんでいるはずで、それ随順しようが、たとえ反逆しようがその社会(世界)にはそれに対応できる実容量あったはずだ。歴史とか伝統というのはそういうものであると言うのである。
 そうなのだ。二世議員のいる環境には「政治」という実容量があるわけだから、単に親の地盤を引き継ぐだけで政治家になるのはけしからんと言い切っていいのかどうかと思うことがある。もちろんどうどようもないボンクラもいるだろうけど、地盤も環境も政治とかけ離れた世界に住んでいた人間がある日突然政治家になっても、いったい何ができるというのか。二世議員の家にはそれまでのしがらみがあるだろうけど、大衆社会一辺倒になった今、そういうしがらみがない分、ある意味自由であるが、内容は薄っぺらいだけである。だからそれが政治家になれば恥知らずとなり、選挙民は単に政治家にたかるだけの存在となるだけなのではないだろうかという司馬さんの意見にはうなずいちゃう部分がある。

 えっ、東国原知事がいるではないかと言う声が聞こえそうだけど、あれは政治家じゃない。宮崎県知事を利用して国会議員になるという野望が見え見えだ。どこまで宮崎県のためにと思って行動しているか疑問がある。今回それが露呈したではないか。どう考えたって政治家の器じゃない。単に大衆社会の落とし子、あるいはあだ花だとしか思えないのである。


評価
★★★


書誌
書名:司馬遼太郎が考えたこと〈3〉
著者:司馬 遼太郎
ISBN:9784106467035
出版社:新潮社 (2001/12/15 出版)
版型:397p / 19cm / B6判
販売価:入手不可 文庫ならあり

2009年08月10日

吉村昭著『私の引出し』

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 この随筆の題名が“うまいなぁ”と思った。吉村さんは多くの歴史小説を書かれている。そのため日本全国取材のため歩かれている。それだけじゃない。心臓移植の小説も書かれていて、世界ではじめて心臓移植をした南アフリカまで取材のため行かれている。そのため小説では描かれなかったエピソードがそれこそ吉村さんの引出しにはたくさんあって、それをここで披露される。
 それを最初の引出し―小説の周辺、二番目の引出し―歴史のはざまで、三番目の引出し―街のながめ、四番目の引出し―遠い記憶、五番目の引出し―書斎を出れば、六番目の引出し―お猪口と箸と分け、取材で印象深かった出会いや思いがけない事実、その土地で出会ったおいしい食べ物の話、あるいは吉村さん自身の思い出などをさまざまところで発表されたものを引出しに見立てたものにまとめ、いかにもそこから引き出している感じで描かれる。読んでいてほのぼのとしてくる。
 いい随筆はおいしいお酒や食べ物と同じで、読む人がそれぞれ味わい深く感じればいいものだと思ってしまう。先に読んだ『ジョン・レノンを殺した男』で少々気分的に陰になっていたので、気分転換に誰かのいい随筆やエッセイを読みたいと思っていたのだ。最初司馬遼太郎さんの単行本を手にしたのだが、腰を痛めてしまい分厚い本を持ち歩くのが苦痛になり、急遽文庫本の吉村さんの随筆に切り替えた。でもそれでよかったようだ。腰を痛めて余計に気分が滅入っていたところであったので、吉村さんの随筆はちょっとした気分転換になった。

 さて、戦後間もない頃、吉村さんお父様が病気になり、大学病院へ入院することになった時の話である。当時は自動車などなくて、大学病院まで長いリヤカー(大八車みたいなやつか?)に蒲団を敷き、そこに寝かせて運んだという。亡くなられたときは、遺体を焼くために燃料を持参して欲しいと火葬場から言われたという。火葬場では燃料が不足していた時代であったのだ。この時も遺体を納めた棺と、燃料をリヤカーで運んだという。そういう時代が六〇数年前にはあったのだ。
 そうしたリヤカーではないけれど、人が引き物を引いていた時代は、私の子供の頃にもあった。屋台を引いてものを売って歩いている人がいた。例えば金魚売りや風鈴売り、あるいは公園の入り口近くにいつも来るおでん屋さんの屋台など、いつも目にしていた時代であった。金魚鉢の水がゆらゆら揺れる様は懐かしいし、風鈴の涼しげな音色なども思い出す。小銭を握りしめて、おでんを物色していた頃も懐かしい。あれはあれで結構美味しいかったよなあと思う。
 バナナと卵のことも書かれている。今ではバナナはダイエット食品としてもてはやされているし、私もダイエットじゃないけれど、お腹にいいということで、一日一本は必ず食べている。
 卵にしても「物価の優等生」として、値段が大きく変動しない商品となっているが、吉村さんの若い頃はバナナも卵も高級商品だった。吉村さんの記述によると「戦前は、病気見舞いをはじめ他家を訪れる時など、手土産に卵を持っていくことが多かった。厚紙で作られた箱にモミガラを敷きつめ、そこに十個ほどの卵が埋められている。箱には鶏の絵が印刷された紙がかけられていた。手土産にしたことから考えて、今の価格で言えば卵一個三百円以上はしたことになる」と書かれている。卵がそんな高級品とは知らなかったけれど、私が子供の頃近所の商店で卵を売っていた頃を思い出すと、確かに卵はモミガラの中にあった。
 バナナにしても「家内が長男を産んだのは昭和三十年秋で、そのお祝いとして家内の親しい友人三人が、お金を出し合って一房のバナナを贈ってくれた。現在の価格で言えば、七、八千円でもあっただろう。高級メロンのような扱いをうけていたのである」と書かれている。
 これに似た記憶が私にもある。父親の会社の同僚が入院したので、そのお見舞いに一緒に行ったときのことである。父親が果物屋で大きな房のバナナをお見舞い用に包装してもらっていたのである。当時バナナはお見舞い用の果物だったのだ。大きな房にたくさんのバナナがついていて重そうであったのを思い出す。
 


評価
★★★


書誌
書名:私の引出し
著者:吉村 昭
ISBN:9784167169305
出版社:文芸春秋 (1996/05/10 出版)文春文庫
版型:316p / 15cm / A6判
販売価:入手不可