2009年08月12日
司馬遼太郎著『司馬遼太郎が考えたこと』〈3〉
読みかけていたこの本を読み終える。読んで面白いなと思ったことを書いてみる。
それは司馬さんが小説を書く場合、どんなとき、どんな人物を小説として書いてみようと思うのか?ということである。その素材を見つける時はどんなときなんだろうと興味がある。その見つけ方というか、司馬さんの興味のあり方を次のように書かれる。
某という人物その人生というものは、その某の人生が完結したあと、時間がたてばたつほど、私にとって好材料になるのようである。時間が経たねば、俯瞰ができない。俯瞰、上から見下ろす。そういう角度が、私という作家には適している。たとえばビルの屋上から群衆を見おろし、その群衆のなかからその某の動き、運命、真理、表情を見おろしてゆく。この俯瞰法(つまり歴小説を書く視角)で某を見るばあい、筆者は某そのひと以上に某の運命とその環境、そしてその最期、さらに某の存在と行動がおよぼしたあとあとへの影響、というものを知ることができる。たとえば織田信長を書く場合、どのように粗雑な態度の筆者でも、信長自身が知らなかったたった一つのことだけは知っている。それは本能寺でかれが自分の部将に殺される、という運命である。
従って、「私は同時代の人間を(もしくは私自身を)書く興味をもっていない。理由は、最初にいったように「現代」では人生が完結していないからである」という。
その上で、なおプラスアルファが必要だともいう。その人物が時代の変革期にいることである。その条件を満たしたとき、「自然、書くことが歴史小説になる」というのだ。
そういう姿勢のだから、違う文章では「私は小説家であって、おなじく人間に興味をもつ教育者や政治家とちがう。だから『おまえはどんな人間像を期待するか』と問われても、答えようがないのである。そう在るような人間を書いているのであって、そうあるべき人間を書いているのではない」と言いきる。なるほどなと思った。
そうして見つかった素材を小説にしていくとき、次のように注意していると言う。
それぞれの創作家によって意見はちがうとおもうが、私の場合は、小説家には歴史を曲げる権利はないとおもっている。歴史は国民の共有財産であり、いかに小説であってもそれを勝手に変形していいものではないであろう。だから、私の能力のあたうかぎりにおいて正確を期したい。
となれば当然多くの資料に当たらなければならないだろう。何かで読んだけれど、司馬さんが『坂の上の雲』を執筆されたとき、司馬さんが資料を集めたため、日露戦争関係の資料が神田の古本屋街でなくなったというくらい、正確を期するために多くの資料を読んで歴史小説を書かれている。これは大変なことだろうなと思うのだが、どうやらそうでもないようである。
その正確を期すために先人の書いたものを読んだり、史料にあたったりするのだが、この段階のおもしろさというのは、私にとっていかなる娯楽にも代えがたいものである。
かといって歴史家でないというのは、その段階を科学的精神と方法でやり、それを完結させるというのがその分野のしごとであり、小説家の場合は、その段階は単に創作的刺激をもとめるための予備運動にすぎない、ということである。いいかえれば、作家にとって資料というのは想像の刺激剤にすぎない。小説のたねではなく、あくまでも刺激剤なのである。
ところがそうして資料あさりをしているとみごとすぎる歴史書に出くわしてしまった場合、ひどく困るという。それがあまりにも完全であるため、しかも文学的感動さえ与えてくれる歴史書を読んでしまうと、刺激剤どころではなく、想像の余地さえなくなってしまうものもあるという。
このことは先日読んだ吉村昭さんの随筆にも似たようなことが書かれていた。吉村さんも歴史小説を書く場合、資料として例えば人物の伝記などを参考にする。その参考にした伝記が類い希な名著であり、史実すべてがその著作の中に詰め込まれていて、たとえ精力的に歩き回ったとしても、これ以上何も出てこず、これ以上手も足も出ない名著に出会ってしまうと、この素材を放棄するしかないと思うというのだ。
私は大学で史学部を出ているけれども、そうした感動的な資料に出会ったことがなかったので、そういう歴史書とはどんなものなんだろうなと思う。もっとも大学では仕方がないからやってきただけだから、そんな本に出会えるわけがないだろうけど・・・。
ところで、今度の30日には衆議院議員選挙がある。最近各政党では世襲議員の制限をやかましくいっている。いわゆる二世議員というやつだ。彼らは親の地盤を引きついでいるから、大した素質がなくてもその地盤を使って国会議員になれるから、よくないというのだ。
だけどどうなんだろうなと思う。二世議員が親の地盤を引きついで議員になるのと、まったく政治に疎い素人が、ただ興味があるというだけで国会議員になるとどちらが素質的にいいのだろうかと思うのだ。もちろん機会均等ということは大切である。けれどその二世議員が子供のときから国会議員である親を見てきている。あるいはたくさんの政治関係者の中で育ってきているはずである。となればその二世議員が育ってきた生活環境は、どこまでも政治がつきまとう環境ではないのかと思うのだ。代々政治家を輩出してきた家では、そういう伝統だってあるだろう。そう考えたとき、ずぶの素人と二世議員のどちらが次の政治家として力を発揮できるのだろうかと思うのだ。何はさておき人脈がものをいうに決まっている。
何でこんなことを言うかといえば、司馬さんが「日本というのは徹底した大衆社会というべきであろう」と言い、日本がヨーロッパの貴族階級のような支配階級が長つづきしなかったが、ただ徳川時代は例外である。武士の支配階級が三百年も続き、その精神美を作り上げた。明治もある意味それを引きついだが、終戦後それらすべて滅びた。以後大衆一枚きり社会となったと説明する。
このことはそれまで持っていた重厚な伝統や美意識など関係なく、あるものはいかにも薄っぺらで、インスタントになったという意味を言っているからである。
司馬さんはそうした貴族階級や支配階級の存在を肯定しているわけではないが、ただそうした階級の人々には重厚な伝統や美意識が骨の髄までしみこんでいるはずで、それ随順しようが、たとえ反逆しようがその社会(世界)にはそれに対応できる実容量あったはずだ。歴史とか伝統というのはそういうものであると言うのである。
そうなのだ。二世議員のいる環境には「政治」という実容量があるわけだから、単に親の地盤を引き継ぐだけで政治家になるのはけしからんと言い切っていいのかどうかと思うことがある。もちろんどうどようもないボンクラもいるだろうけど、地盤も環境も政治とかけ離れた世界に住んでいた人間がある日突然政治家になっても、いったい何ができるというのか。二世議員の家にはそれまでのしがらみがあるだろうけど、大衆社会一辺倒になった今、そういうしがらみがない分、ある意味自由であるが、内容は薄っぺらいだけである。だからそれが政治家になれば恥知らずとなり、選挙民は単に政治家にたかるだけの存在となるだけなのではないだろうかという司馬さんの意見にはうなずいちゃう部分がある。
えっ、東国原知事がいるではないかと言う声が聞こえそうだけど、あれは政治家じゃない。宮崎県知事を利用して国会議員になるという野望が見え見えだ。どこまで宮崎県のためにと思って行動しているか疑問がある。今回それが露呈したではないか。どう考えたって政治家の器じゃない。単に大衆社会の落とし子、あるいはあだ花だとしか思えないのである。
評価
★★★
書誌
書名:司馬遼太郎が考えたこと〈3〉
著者:司馬 遼太郎
ISBN:9784106467035
出版社:新潮社 (2001/12/15 出版)
版型:397p / 19cm / B6判
販売価:入手不可 文庫ならあり
- by kmoto
- at 16:59
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