2009年09月06日

阿刀田高著『プルタークの物語』〈上〉〈下〉

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 この本も発売される出版社は違うけれど、阿刀田さんの一連の入門書的古典シリーズになるのだろう。阿刀田さんもこの本の紹介を自分で次のように言っている。

このエッセイは古代ローマの時代に書かれた著名な古典<プルターク英雄伝>の翻案である。ややこしい内容を私なりに平易に綴って紹介する試みである。プルタークは(ギリシャ名はプルタルコス)は歴とした伝記作者であり、卓越した教養人として地誌、歴史、風俗、言語、哲学にも広い目配りをほどこして大著を著した。一般に<プルターク英雄伝>と呼ばれているいるが、正しくは<対比列伝>。ギリシャとローマの英雄二十二組のべ四十六人を比較対照して伝えるページが中核をなしている。(ほかに比較をしない四人がいる)内容的には稗史(民間の伝承物語)のたぐいを排除していないが、むしろ学術的な著述であり、一方、私の紹介はストーリー性の重視に傾く。

 ちなみに日本語訳は岩波文庫(今でもあるのかな?)と筑摩文庫、それに潮文庫であるらしい。実は私は筑摩文庫の『プルターク英雄伝』をもっている。


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 この本は上下本なのだが、上巻の方はあまり面白くなかった。というのも私がほとんど知らない人物たち(伝説の英雄もあるが)の記述だったからである。せいぜいスラぐらいか。そのスラを阿刀田さんは「善悪けた外れスラ」と評し、やたら決まり事に忠実であるが故にそれのよって物事を判断する、あるいは善悪を決める、堅物、融通のなさを面白く伝えている。

 少し話は脱線するが、私は西洋史をやっていたにもかかわらず、興味が西洋中世史向いちゃったものだから、ギリシア史いつの間にか頭の中から抜けちゃった部分がある。その地形さえ、そうで、改めて地図を見て、そうだったと思い出す始末だ。
 この本を読んで「オストラシズム」という言葉が出てきた。思わず懐かしい!と思ったのだ。そうだったそういう政治システムが古代ギリシアにはあったよなと思ったのだ。ちなみにオストラシズムとは阿刀田さんの言葉を借りれば次のようになる。

 貝殻追放と訳されることも多いが、これはむしろ誤訳であり、陶片追放が正しいようだ。
 古代ギリシャでは、とりわけアテネでは一人の有力者に権力が集中するのを嫌う傾向が強かった。
 「独裁者が出るのはよくないなからなあ」
 「まったく」
 そこで危険人物の名を陶片に記して投票し、一定数を超えたら、その人物を数年間国外に追放したのである。陶片を貝殻と取りちがえたため長く貝殻追放と言う言葉が用いられてしまった。


 さて私はやっぱり下巻の方が面白く読んだ。なぜなら下巻はアレキサンダー大王、カエサル、ポンペウス、小カトー、キケロ、ブルータス、アントニウス、クレオパトラ、オクタビアヌスとかが出てくるからである。なんかそれら、特に古代ローマ時代のゴシップを読んでいるみたいで、確かにそれも“歴史”なんだろうけど、あまりにも品行のあまりよろしくない行動を、裏面とでも言うのか、隠された部分とでも言うのか、ちょっとしたエピソードとして読んでみると面白かった。
 阿刀田さんの言うとおり、「プルタークの<英雄伝>は、英雄たちの表舞台での活躍を語るばかりでなく、こまごまとした個人的エピソードを綴ることにおいても際立っている」。たとえばカエサルの女癖の悪さを、「カエサルは戦の名人でもあったが、女性方面にもなかなか堪能の人で“カエサルの行くところ敵もいなければ処女もいなかった”とか」と言ってみる。(もちろんこれは阿刀田さんが面白く言っているのだろう)
 またローマでカエサルを殺そうと企んでいる雰囲気があるので、周りのものが護衛をつけましょうと勧められても、「いや、いつもびくびくして死を恐れてるくらいなら、ひと思いに暗殺されたほうがいい。人々の好意に包まれているのが一番の護衛だ」と言ったとか、書かれている。
 ポンペイウスに関しても、当人の才能、勇気もさることながら、ポンペイウス自身微妙に運がよかったと言い、ポンペイウスの行くところ不思議に相手が“こけて”しまうから台頭できたと言うのである。当然そうした運のよさは、ポンペイウスの後半生にそのつけを払わなければいけなかった。
 あるいはカトーの堅苦しさを「カトー(ここでは小カトーのこと。ちなみに大カトーはあのカルタゴを滅ぼせと声高に主張した人物。小カトーは大カトーの曾孫)は身内の女性の不品行に悩まされることが多く、この異父妹のみならず、もう一人の妹も、カトー自身の妻も、よくない評判を立てられる。正義一徹の家長のもとでは、ほかの者たちは息苦しく、ついつい踏み外してしまうのかもしれない。カトーが愛した弟も(若くして死んだが)『兄さんのような質素な生活はできない』とこぼしていた」として紹介している。
 キケロの弁舌のうまさも、彼が死刑を宣告するとき「その人たちは、生きた」と過去形で宣言したそうだ。それはローマでは不吉な言葉を避け、“死んだ”とは言わず、“生きた”と過去形を用いて言ったのである。“生きている”ではなく“生きた”という修辞法を用いて死を伝えたわけだ。

 私は筑摩文庫版の「プルターク英雄伝」を持っているので、有名な人物だけでもつまみ読みしてみようかなと思っている。というのもこれを最初から読めるかどうか自信がないからだが、でも原本も面白そうに思えたので、今本棚から出して手元に置いている。

評価
★★★


書誌
書名:プルタークの物語〈上〉
著者:阿刀田 高
ISBN:9784267018015
出版社:潮出版社 (2008/07/05 出版)
版型:369p / 19cm / B6判
販売価:1,785円(税込)


書誌
書名:プルタークの物語〈下〉
著者:阿刀田 高
ISBN:9784267018022
出版社:潮出版社 (2008/09/05 出版)
版型:385p / 19cm / B6判
販売価:1,785円(税込)

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