2009年10月11日

夏目漱石著『それから』

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 長井代助と平岡は中学時代から友人であった。特に学校を卒業してから兄弟のように親しくしていた。その後平岡は三千代と結婚し、勤めていた銀行の地方勤務となった。しばらくの間代助宛に平岡から便りがあったが、そのうち間隔をおくようになり、最後は来なくなる。そして平岡は銀行を辞めて、夫婦で東京に戻ってくる。。
 当然平岡は生活のために仕事を探しまわる。仕事が決まるまで、三千代は代助にお金を工面してもらうこともあったが、平岡は新聞記者の職につく。しかし平岡は家に帰るのも遅くなり、三千代にかまうことさえしなくなる。いやもう東京に戻るって来るまでに、平岡と三千代の関係は冷め切っていた。

 代助は椅子に腰を掛けたまま、新しく二度の世帯を東京に持つ、夫婦の未来を考えた。平岡は三年前新橋で分かれた時とは、もう大分変わっている。彼の経歴は処世の梯子段を一二段で踏み外したと同じ事である。まだ高い所へ上っていなかっただけが、幸いと云えば云う様なものの、世間の眼に映ずる程、身体に打撲を受けていないのみで、その精神状態には既に狂いが出来ている。始めて逢った時、代助はすぐにそう思った。

 もともと代助は行動するに当たり哲学的に物事を考えて行動するタイプであったが、こと三千代に関しては感情的にならざるを得ず、落ち着いていられない。平岡夫婦の関係、三千代の健康状態が、精神状態が不安で仕方がなくなってくる。無頓着でいられなくなる。しかし代助は最初は穏便な方法で平岡と対峙する。

「不断は今頃もう家に帰っているんだろう。この間僕が訪ねた時は大分遅かった様だが」

「まあ帰ったり、帰らなかったりだ。職業がこう云う不規則な性質だから、仕方がないさ」

「三千代さんは淋しいだろう」

「なに大丈夫だ。彼奴も大分変ったからね」

「そんな事が、あろう筈がない。いくら、変ったって、そりゃ唯年を取っただけの変化だ。なるべく帰って三千代さんに安慰を与えて遣れ」

「だって、君がそう外へばかり出ていれば、自然金も要る。従って家の経済も旨く行かなくなる。段々家庭が面白くなくなるだけじゃないか」

「家庭か。家庭もあまり下さったものじゃない。家庭を重く見るのは、君の様な独身者に限る様だね」

この言葉を聞いたとき、代助は平岡が悪くなった。あからさまに自分の腹の中を云うと、そんなに家庭が嫌なら、嫌でよし、その代わり細君を獲っちまうぞと判然知らせかった。

 しかし代助には本心が言えなかった。その分なんのために平岡に会ったのかさえ、このときの会談が偽善と思うようになる。もっと本音で平岡と対したかった。「もし思い切って、三千代を引合に出して、自分の考え通りを、遠慮なく正面から述べ立てたら、もっと強い事が云えた。もっと平岡を動揺る事が出来た。もっと彼の肺腑に入る事が出来た。に違いない。その代わり遣り損なえば、三千代に迷惑がかかって来る。平岡と喧嘩になる。かもしれない。
 代助は知らず知らずの間に、安全にして無能力な方針を取って、平岡に接していた事を腑甲斐なく思った」のであった。

 代助がなまじ自分自身を知識人たるべきであるべきであるという生きざまが、結局そのような曖昧な態度を取らざるを得なかったのだ。だから「代助は昔の人が、頭脳の不明瞭な所から、実は利己本位の立場に居りながら、自らは固く人の為と信じて、泣いたり、感じたり、激したり、して、その結果遂に相手を、自分の思う通りに動かし得たのを羨ましく思った」にであった。
 しかし「彼は自分と三千代との関係を、直線的にに自然の命ずる通り発展させるか、又は全然その反対に出でて、何も知らぬ昔に返るか。何方かにしなければ生活の意義を失ったものと等しいと考えた」。
 でも三千代との関係を得ることは自らを社会的危険に陥れることでもあった。いくら三千代が同意しても、友人の妻を奪うことの道義的責任が伴う。社会的制裁を受けることになる。もちろん平岡との友人関係は消滅する。
 さらに代助は生活の糧も失うことにもなる。何故なら代助は父親の援助で生活をしてきた。だから定職も付かずに思索家として過ごせた。ところが父親の事業による政略結婚の話が代助に持ち上がっていた。それを断って三千代を選べば、父を裏切ることとなり、必然的に生活の糧を失うこととなる。代助は考えあぐねた末、それでも三千代に自分の思いを伝えることを決意する。「今日は始めて自然の昔に帰るんだ」と胸の中で言う。

 「僕の存在には貴方が必要だ。どうしても必要だ。僕はそれだけの事を貴方に話したい為にわざわざ貴方を呼んだのです」

 「僕はそれを貴方に承知して貰いたいのです。承知して下さい」

 「余りだわ」という声が手帛の中で聞こえた。

 「僕は三四年前に、貴方にそう打ち明けなければならなかったのです」

 「僕が悪い。堪忍して下さい」

 「残酷だわ」と云った。

 「いや僕は貴方に何処までも復讐して貰いたいのです。それが本望なのです。今日こうやって、貴方を呼んで、わざわざ自分の胸を打ち明けるのも、実は貴方から復讐されている一部分としか思いやしません。僕はこれで社会的に罪を犯したも同じ事です。然し僕はそう生まれて来た人間なのだから、罪を犯す方が、僕には自然なのです。世間に罪を得ても、貴方の前に懺悔する事が出来れば、それで沢山なんです。これ程嬉しい事はないと思っているんです」
 
 「仕様がない。覚悟を極めましょう」

 次に代助は平岡と対峙する。しかし平岡はなかなか代助と会おうとはしない。三千代の病気が悪化し、看病をしていたという。代助は三千代に対する自分の気持ちを正直に伝え、三千代も自分と同じであることを伝える。平岡は今三千代の症状が良くないので、回復したら三千代を渡すから、それまでは三千代に会わないでくれと言い、代助も同意する。
 ところが代助は三千代の病気の状態が良いのか悪いのかわからない。もし悪いのであればと思うと、いてもたってもいられない。そのうち代助は三千代の症状がかなり悪く、平岡は代助に三千代を会わせるときは、遺体となった三千代を会わせるのじゃないかと思うようになり、恐怖に戦く。
 そんなところに代助の兄が平岡の書いた代助の父宛の手紙を持ってきた。そこには代助が自分の妻を奪っていった顛末が書かれており、それを読んだ父親は、さらに激怒し、勘当同然を言い渡す。代助の恋はかなり高い代償を払わされて、この物語は終わる。

 この物語も明治の知識人が自らのプライドがなかなか素直な自分を受けいれることを許さないところがミソで、もう少し最初から素直な気持ちで代助が三千代に接していれば、こんなことにならなかった。自分の三千代へ恋心と平岡との友情を天秤にかけて、友情の方に傾いてしまう。いや無理にでも傾けさせたところから、代助の悲劇は始まったのだ。
 本来人が持っている恋心をストレートに表現することを明治の知識人はそれこそ下等な人間、無教養な人間のすることだと考えたのかもしれない。多くの知識は理性として、そうした人間の感情をコントロールするもので、それが出来て知識人だと考えたのかもしれない。もちろんあからさまに、そうした感情を、言えることが人間的かといえば、そうじゃないだろうけど、でも感情と知識はまったく別物だと考えたい。あれこれ考えすぎるものだから、結果まどろっこしくてかなわない。頭でかっちもいいところで、読んでいてもうちょっと自分に忠実で、素直な気持ちで接すればいいのにと思っちゃう。まぁそれだけ明治の知識人は、哲学的であったのかもしれないし、その分格調は高かったということなのだろう。でなければこんなことは考えまい。

第一、日本程借金を拵えて、貧乏震いしている国はありゃしない。この借金が君、何時になったら返せると思うか。そり外債位は返せるだろう。けれども、そればかりが借金じゃありゃしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国を以て任じている。そうして、無理にも一等国の仲間入りをしようとする。だから、あらゆる方向に向かって、奥行きを削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじ張れるから、なお悲惨なものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。その影響はみんな我々個人の上に反射しているから見給え。こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから、揃って神経衰弱になっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考えやしない。考えられない程疲労しているんだから仕方がない。精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴っている。のみならず、道徳の敗退も一所に来ている。日本国中何処を見渡したって、輝いてる断面は一寸四方も無いじゃないか。

 これは漱石の有名な明治批評と何かで読んだことがある。このように当時の風潮を代助は批判しているのだが、言っていることはまさに自分のことじゃないかと思えてくるのである。そしてある程度代助はこれらが自分に当てはまると考えてはいるものの、それでもどこか違うと言っているかにとれる。それが三千代との関係を複雑にしたのに。


評価
★★★


書誌
書名:それから (改版)
著者:夏目 漱石
ISBN:9784101010052
出版社:新潮社 (1992/05 出版)新潮文庫
版型:302p / 16cm / 文庫判
販売価:420円(税込)

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