2009年10月14日

夏目漱石著『門』

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 さて、漱石の前期三部作の最後となった。前回の『それから』では、友人関係と親子関係を失い、社会的制裁を受けてまでも代助が友人平岡からその妻である三千代を奪うところで終わった。
 そして今度は主人公を変えて、代助が宗助となり、三千代が御米となって、半ば世間から隠れた夫婦生活からこの物語は始まる。つまり野中宗助は安井の妻であった御米を奪った。そして二人は夫婦となったが、その瞬間から「彼等は親を棄てた。親類を棄てた。友達を棄てた。大きく云えば一般の社会を棄てた。もしくはそれ等から棄てられた。学校から無論棄てられた」のであった。
 「宗助と御米とは仲の好い夫婦に違なかった。一所になってから今日まで六年程の長い月日をまだ半日も気不味く暮した事はなかった。言逆に顔を赤らめ合った試は猶なかった。二人は呉服屋で反物を買って着た。米屋から米を取って食った。けれどもその他には一般の社会に待つ所の極めて少ない人間であった。彼等は、日常の必需品を供給する以上の意味に於いて、社会の存在を殆ど認めていなかった。彼等に取って絶対に必要なものは御互だけで、その御互だけが、彼等にはまた充分であった。彼等は山の中にいる心を抱いて、都会に住んでいた」のであった。
 人の女房を奪った男と、夫を裏切った女は、世間の目から隠れてひっそりと暮らすしかなかった。彼らの負い目がそうさせた。だから「二人の間には諦めとか、忍耐とか云うものが断えず動いていたが、未来とか希望と云うものの影は殆ど射さない様に見えた。彼等は余り多く過去を語らなかった」

「その内には又きっと好い事があってよ。そうそう悪い事ばかり続くものじゃないから」

「我々は、そんな好い事を予期する権利のない人間じゃないか」

 その上に御米の三度の流産でさえ、特に御米は自分たちが犯した罪のせいだと考えるようになった。

 彼女は三度の胎児を失った時、夫からその折りの模様を聞いて、如何にも自分が残酷な母であるかの如く感じた。自分が手を下した覚えがないにせよ、考え様によっては、自分と生を与えたものの生を奪うために、暗闇と明海の途中に待ち受けて、これを絞殺したと同じ事であったからである。こう解釈した時、御米は恐ろしい罪を犯した悪人と己を見なさない訳には行かなかった。そうして思わざる徳義上の呵責を人知れず受けた。

 御米は子供がなかなか授からない不安から易者に占ってもらえば、「貴方には子供は出来ません」、「貴方は人に対して済まない事をした覚えがある。その罪が祟っているから、子供は決して育たない」と言われるのである。

 『それから』にしてもこの『門』にしても、こうも厄介な人間関係を求め、そのためそれまであったすべてを失うことになっても、好きな女性といっしょになるというのが、どうもよく分からない。それは私の中に面倒なことを避ける性質や打算的な考えから、そう思うのかもしれないが、ここまでして三角関係にならなきゃならない強い求めが、そうあるのだろうかと思うのだ。まぁそれだけ純粋と言ってしまえばそうなのだろうけど、その純粋な気持ちを維持すればするほど、その後はただ不幸になるということのような気がするのである。
 幸せというのは精神的つながりだけで求められるものなのかとさえ思う。関係が成ったときは、所謂成就感で一杯にも成るかもしれないが、結局それに払う代償はその後永遠に続くことになる。いつも不安に怯え、後ろめたさを持ちながら生きていくことが、どこが幸せなのかと思うのだ。その不安や後ろめたさは、二人の関係を解消したって、多分一生当の本人たちに残るであろうから、結局一度そういう関係になってしまったら、その後は、この本の解説にあるように「この日常には、希望もないが絶望もない。激しいものは何もない。彼らには過去がある。時間がそれを癒やすこともないが、かといってそれが劇的におそいかかってくるわけでもない。結局なしくずしのまま老いていくような予感がこの作品にはある」のである。
 そう、一時は激しく燃え上がり、求めあったとしても、その過程に問題があれば、いや世間が認めなければ、如何に自分たちの気持ちが純粋であっても、その後にはそれに対する負い目を背負いながら生きていくしかないのである。ラブストーリーだけでは生きてはいけない。結果そのまま老いていき、死ぬしかないのである。
 やりきれないのは、そうした負い目から救いを求め、もがくことなのだ。宗助が御米の元夫である安井の影に怯え、禅寺に入っても、何も得られなかったように「自分は門を開けて貰いに来た。けれど門番は扉の向側にいて、敲いても遂に顔さえ出してくれなかった」し、「彼は門を通る人ではなかった。又門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった」のであった。


評価
★★★


書誌
書名:門 (改版)
著者:夏目 漱石
ISBN:9784101010069
出版社:新潮社 (2002/11 出版)新潮文庫
版型:311p / 16cm / 文庫判
販売価:380円(税込)

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