2009年12月30日

吉村昭著『熊撃ち』

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 この本は読みたかったが、本屋で入手できなかったので、探していた。やっと見つけたのでさっそく読み始めた。
 吉村さんには『羆嵐』という作品があるが、これを読んで羆の恐ろしさが身に迫るほど恐ろしく感じたのを今でも思い出す。今回読んだこの本は『羆嵐』を書く前に書かれた本である。猟師やハンターの取材から生まれたものだった。つまりこの『熊撃ち』は『羆嵐』を生むきっかけとなった作品なのである。吉村さんも『羆嵐』は『熊撃ち』の副産物として生まれたものだったと言っている。
 この作品は七話からなり、一話一話主人公の猟師の名前をタイトルにしている。しかも主人公は実在し、物語も実際あった話だという。だからだろうか、とにかく北海道にいる羆(一話だけ内地の熊の話だ)の恐ろしさがひしひし感じられる。
 だいたいが羆に襲われた人がいて、その後羆狩りが行われるパターンなのだが、まずはその羆に襲われた現場の無惨さである。

 「娘が行方不明になってから五日目の十一月二十三日、捜索隊は、楢の木の根本にころがる無残な娘の遺体を発見した。衣服はひきむしられ、隆起していた乳房も荒々しく食いちぎられている。さらに腹部や腿や臀部など、肉のついている部分はすべて食い荒らされ、頭部にも鋭い歯の跡があり地下足袋もかじられていた」

「青年が、大鎌をふりあげた。羆と青年の体が、接近した。鎌の刃が、ひらめいた。と同時に、ゴキッという音がした。羆の掌が青年の頭部をうち、その衝撃で首の骨が折れたのだ」

 「老女を襲って肉を喰べた羆が射殺されて解体された。すると胃のなかから消化されなかった人体の表皮が出てきた。両掌に乗る程度の量だったので水でよく洗ってビニール袋に入れ、遺族に渡すことになった」

 「娘を喰い殺した羆が射殺された。解体すると胃のなかの肉は完全に消化されていたが、奇妙なものがとけずに残っていた。それは赤く固い拳のようなもので、ほぐしてみると都腰巻の繊維と毛髪のからみあったものだった」

 吉村さんの文庫版のあとがきで、「内地の月の輪熊は植物性のものを主食とするが、北海道の羆は、植物性のものを食べると同時に肉食でもある。牛、緬羊など家畜を襲い、人間も食い殺す」と書かれているが、まさにこれが証明している。その力はものすごい。とにかく羆は猛獣なのである。
 息子が羆に襲われ、その敵討ちとして一緒に猟師と山に入り、目の前にその羆が迫ってきたとき、息子を襲われた男はライフルを発砲し、絶叫しながら逃げ出してしまう。それほど素人には恐ろしい生き物であった。しかし猟師はそうした羆の恐怖に立ち向かえるほどの強靱な精神力で引き金を引き、羆を倒すのである。彼等はだいたいが寡黙であり、自然の怖さ、羆の怖さを充分に知っており、決して自然や羆を軽んじない。用意周到であり、狩りのためには、何日も山には入り、待ち続ける忍耐力を持っている人たちであった。 そんな恐ろしい羆であるが、一方で羆狩りが村の収入源であり、食糧でもあったため、羆狩りの時期が待ち遠しいところもあった。毛皮と胆嚢は高く売れたのである。
 とにかく羆がどこにいて、どうやって追い詰めていくか、その自然の厳しいさとともに、緊迫感がずんずん伝わってくる作品であった。


評価
★★★★


書誌
書名:熊撃ち
著者:吉村 昭
ISBN:9784167169268
出版社:文芸春秋 (1993/09/10 出版)文春文庫
版型:205p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

トルーマン・カポーティ著『ティファニーで朝食を』

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 どうもよく分からない小説だった。だいたいアメリカ現代文学というのは取っつきにくくて、苦手なのだ。この本は村上春樹さんの新訳ということで買って、読んでみたが、イメージが自分の頭の中でうまく結びつかなかった。
 この本は『ティファニーで朝食を』、『花盛りの家』、『ダイヤモンドのギター』、『クリスマスの思い出』の四編で成り立っているが、やっぱり有名なのは映画にもなった『ティファニーで朝食を』であろう。
 ホリー・ゴライトリーという自由奔放な女性の生き様の一部がここに書かれているのだけれど、この女性がうまく頭の中でイメージできないのだ。はっきり言っちゃうと、「どういう女なんだ」という気持の方が強いのだ。

 「人は誰しも、誰かに対して優越感を抱かなくてはならないようにできている」

 といったしたたかさも身につけている一方で、

 「そして私も彼のことが好きよ。あなたの目には年寄りで、むさくるしく見えるかもしれない。でも彼の心にはとてもとても温かいものがあるの。鳥や子どもたちやそういう弱いものたちには、惜しみなく愛情を注げる人よ。そしてそういう思いやりを受けたら、相手が誰であれ、その恩義は忘れちゃいけない。私はお祈りするときに、いつもドクのことを思っているわ。ねえ、にやにや笑いはよしてちょうだい!」

 といった面もある。もっともこれは自分を相手に引きつけておくための、ホリー・ゴライトリーの処世術の一つとも言えなくないが・・・。
 とにかく好き勝手に、思うまま生きていく彼女に主人公の売り込み作家の僕は翻弄されるのだけれど、私から言わせれば、こんな女を好きになったのだから諦めるしかないだろう。
 映画ではホリー・ゴライトリーをオードリー・ヘプバーンが演じているが、どうもこの小説のイメージとヘプバーンとはまったく違うんじゃないかと思える。そんないい女に思えなかった。まぁ小悪魔的というのなら、これもありかなというところである。


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 個人的には『クリスマスの思い出』がかろうじて理解できたが、それでも面白かったというにはほど遠い。要するによく分からなかったということだけだ。


評価
★★

書誌
書名:ティファニーで朝食を
著者:トルーマン・カポーティ 村上 春樹【訳】
ISBN:9784105014070
出版社:新潮社 (2008/02/25 出版)
版型:223p / 19cm / B6判
販売価:1,260円(税込)

2009年12月24日

本多孝好著『FINE DAYS』

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 前回読んだ『正義のミカタ』がそれほど面白くなかったので、次に本多さんの本を息子から借りようかどうか迷っていたのだが、やはり借りて読んだ。その本がこれである。紀伊國屋書店のサイトでこの本のデータを取り出してみると、サブタイトルに恋愛小説とついている。本にはそれがついていないが、確かに読んでみれば恋愛小説の短編集であった。
 書名になっている「FINE DAYS」、「イエスタデイズ」、「眠りのための暖かな場所」、「シェード」の四編である。個人的には最後の「シェード」が好きである。
 主人公の僕が彼女のためにクリスマスプレゼントのために買おうと思っていた、骨董店ガラスのランプシェードが、売れてしまっていてショウウィンドウから消えていた。もしかしたら店内に移された可能性があると思い、初めて骨董店の店内に足を踏み入れた僕はそこにいた老婆からそれが売れてしまったことを知らされた。しかし老婆はそのシェードを作ったガラス職人の話を僕に聞かせてくれた。その話が僕と彼女の関係と入れ違いながら、話が進む。話の最後で老婆は次のように言う。

 「光がなければ、闇もまた存在しません。けれど、一度、光を生み出せば、闇もやはりそこに生まれます。たった一つの光から無限の闇が生まれるのです」

 「その闇の深さに怯える前に、それを照らす光に目を向けるべきだったのです。闇から生まれる闇などないのです。すべての闇は光から生まれます。違いますか?」

 「挑むのですよ」

 「ええ、挑むのです。彼女にでもなく、その男にでもなく、ただ自分の中の闇に挑むのです。そこにまだ光があるのなら」

 「挑み続けること。闇から光を守るには、それしかないのです」

 ここまで読んで、多分そのランプシェードは彼女が買っていったんだろうなと思えるようになる。いや老婆がそのランプシェードの話を始めたときから、そう思っていた。
 老婆の話が終わって老婆から買った蝋燭を持って彼女が待っているマンションへ急ぐ。僕が見てしまった幸せそうな彼女と前の夫との結婚式の写真と、その夫を失ってからもいつもしていた結婚指輪がチェストに上に置かれていた。
 やはりランプシェードは彼女が僕のためにプレゼントして買っていた。そして僕はその老婆から買った蝋燭に火をともす。

 僕にともせるのは呆れるほどにか弱く、頼りない火だ。ささやかな風にも揺らいでしまうその火は小さな光を本当に守り続けることができるのか、それも今の僕にはわからない。ただ、やってみようと思う。僕の持ちうるすべての力を使って。

 と思うのである。なかなかいい話であった。こんな話に酔ってしまうなんて、甘くなったなあとは思うが、たまにはいいであろう。 私は本多さんが作り出す言葉が好きである。この老婆の光と闇の関係もうまいことを言うもんだ感じたし、「FINE DAYS」の僕が言う言葉もいい。

 安井は背中を手すりにもたれさせ、ふうとため息ついた。
 「生きていることの意味って、考えたことある?」

 「あのな、どうして自分が生きているかなんて、そんなの悩みじゃない。悩みっていえば、解決しなきゃならないことに思える。けど、俺が思うにそんなのはもう高尚な哲学だ。哲学だから、答えなんてない。一生かかったって、答なんかきっと見つからない。そんな風に悩まない奴も人間として信用できないけど、それに対して答を見つけたなんていう奴とも俺は友達になりたくない。きっと水晶玉とか壺とか売りつけられるのがオチだ。だから、答えなんてないままに悩んでいればそれでいい、と俺は思う」

 “あのさぁ、高校生がこんな大人びたことを言えるか?”と横槍を入れたくなるけれど、言っていることは至極まともだ。大賛成だ。


評価
★★★


書誌
書名:FINE DAYS ― 恋愛小説
著者:本多 孝好
ISBN:9784396632229
出版社:祥伝社 (2003/03 出版)
版型:321p / 20cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2009年12月18日

川上健一著『BETWEEN―ノーマネーand能天気』

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 この本は『ビットウィン』の文庫版。まだこのブログをやり始めた頃に読んだ。すごく気に入った。いいエッセイだと思っていたし、たぶんまた読み返す本だろうなと思っていた。
 珍しい黄緑を基調とした装丁も気にっている。装丁、中にあるイラストは南伸坊さんである。文庫本はやはり黄緑を基調としているが、イワナではなく川上さん本人ようだ。これもなかなかいい。私は本の装丁も大事だと思っているので、この本は装丁も内容もお気に入りなのだ。


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 この本の感想や面白かったところ、ホロッときたところなどは以前書いてある通りで、今回も同じように笑ったり、涙ぐんだりしてしてしまった。

 川上さんは二十七歳で小説家という肩書きを持ったが、自分では小説家だとは思っておらず、他に本当にやりたいことがあるはずだといつも思っていた。その本当にやりたいことはいったいなんなんだろうと悶々として酒に走り、飲み過ぎとストレスで肝臓を壊してしまい、無気力になってしまった。
 そうなったらなったで、健康になるまで仕事はせず、気長に構えて本当に自分のやりたいことを探そうと決める。医者の薦めもあって八ヶ岳南麓の高原に引っ越した。そこに奥さんがやってくる。奥さんがやってきて、独身時代には考えられなかった三度の野菜中心食事が取れるようになり食生活が改善し、早寝早起きという規則正しい生活、加えて気候の良さ、仕事をしない、好きな釣りとテニス、野菜作り、庭造り、野山歩き、たき火大会とくれば、ストレスなど皆無となり、都会にいた頃あれだけ通院し、あれだけ薬を飲み、あれだけ静養してもよくならなかった肝臓の数値が正常値に下がり、正常で健康そのものなった。
 その間十年間川上さんのいう「慢性的手元不如意」の状態になったが、超貧乏を愛娘と三人過ごす。お金がない分、なんでも自分たちで作らなければならなかった。家中手作りのもので溢れていた。家具も川上さんの日曜大工で作った。食べるために野菜を作り、食べるために釣りをした。そのうち自分で食べるものを自分で作る楽しみを覚えた。家族と一緒にいる時間が大切なものだと知った。村の人たちの優しさに触れ、川上さんは再生する。人としてうれしさや悲しさ、楽しさなど素直に感じられるようになる。テレビなど見ていても感極まって涙をボロボロこぼしたり、ストーリーに感動するようになる。
 そうなると物語のすばらしさを感じられるようになり、時には批評めいたことも感じたりして、自分は物語が好きだったんだとわかり始める。自分の本当にやりたかったことは物語を紡ぐことであると知るのである。そして十年ぶりに小説を書き始めるのである。
 この本を読んでいて、川上さんが超貧乏生活を余儀なくされたことが良かったんだと思った。そしてそれを理解してくれる家族の存在。楽しい仲間の存在が、川上さんにまた小説を書こうと思わせるのだと思った。そして何よりも自然の中での生活がそれを手助けしたんだと思う。
 薬は確かに一時的に数値を下げるかもしれないが、荒んだ心はきっと回復しないだろう。まして都会という不自然な世界で生きていけば、また小説を書こうなんて思わなかったに違いない。
 人の気持ちを荒んでささくれたったものにしてしまうのも、人間関係だけれど、人が人として心を回復させるのは、信頼できる家族、仲間という人間関係であるのだと思った。それを大自然が後押ししているんじゃないかなと思った。
 やっぱり自然は恐ろしいものだけど(ここでもおかしく書かれているけれど、怖い側面があることを教えてくれる)、一方で人を心身ともに育むものなんだなと感じた。

 ところでこの本の書名となっているビトウィンとはなんであろうか。読んでいると、ビトウィンとは絶対的両極端の間に自分がいて、その間をあっちこっち揺れ動くことを言っているようだ。そうした生活をしている人を川上さんはビトウィン人と呼び、自分がそうだからそうしたビトウィン人に親しみを覚えると言うのだ。

 「こうこうこうだからこうだッ、とかこれこれこうだからこっちがいいに決まっているッ、と物事を理路整然とやっつけてきっぱりと断定する人間に遭遇すると、本当かね?とつい首をひねってしまい、ついでに毛嫌いしてしまう癖が私にはある。
 己が優柔不断ということもあるけれど、両極端の間に我が身を置いて、あれこれ迷ったり、悩んだりしているビトウィン人の方に、人間的な親しみを覚えてしまうのだ」

 前回読んだときはまだ自分の評価を★の数で表すことをしていなかったし、ブログオープンのために、それまで読んできた本を一気に紹介したので、この本はその中に埋もれてしまった感じがする。もちろん私の中ではいい本だったという記憶が残ってはいるが、改めて読み返してよかったなと思った。


評価
★★★★★ 


書誌
書名:BETWEEN―ノーマネーand能天気
著者:川上 健一
ISBN:9784087463217
出版社:集英社 (2008/07/25 出版)集英社文庫
版型:212p / 15cm / A6判
販売価:499円(税込)

2009年12月17日

吉村昭著『史実を歩く』

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 今度の新書の方は一般向けである。なんかここに書かれている史実に忠実に向き合う吉村さんの姿勢を読むと、安心できる。それは文章を読んでいてもそう感じる。やっぱり書かれたことにしっかりと裏付けがある文章は安心できるのだ。
 しかしここまでこだわる必要性など読む側は感じているのかなと思った。たとえば桜田門外の変で、この日、安政七年(1860年)3月3日は夜明け前から雪が降り、乱闘があったときは大雪になっていたと言われている。乱闘後、井伊大老を討った水戸藩士らは品川宿に向かっている。この時には雪はやんでいたらしい。吉村さんは、では雪はいつやんだのだろうと疑問を持つ。読む側にとっていつ雪がやんだのかどうでもいい感じだ。実際昔読んだ吉村さんの『桜田門外ノ変』でそんなことちっとも気にならなかった。しかし物語を書く吉村さんにとってはそうもいかないことだったらしい。どうしても知っておきたいことなんだそうだ。たぶん物語を書く上で乱闘と乱闘後を続いて書く上で、イメージとしてそれはどうしても必要なことだったのだろう。わかるような気がするが、でもそこまでこだわらないと小説が書けないというのは厳しい。

 さらに生麦事件でもそうだ。文久二年(1892年)八月に生麦村で薩摩藩藩主島津久光の行列にイギリス人商人が接触し、リチャードソンが薩摩藩の人間に斬られた。吉村さんはイギリス商人が乗っていた馬は日本の馬とは違い上海から持ってきたアラブ系の馬だったことを知っている。当然日本の馬より大きい。となると、斬られたリチャードソンの身体は斬った武士よりかなり高い位置にあったことになる。記録ではリチャードソンは脇腹を斬り上げられ、さらにそれより高い肩から斬り下げられている。そんなことが可能なのかと疑問を持つのだ。言われてみれば確かにそうだ。
 そこでその疑問を解消するために吉村さんは鹿児島に調査に行く。その結果、リチャードソンを斬った奈良原の剣は野太自顕流という流派の剣で、戦陣用の長大な大太刀で刀身が長く、幅が広い剣だと知るのである。そして奈良原はその剣法の達人だったのだ。だから自分より高い位置にいるリチャードソンを肩から斬り下げることが可能だったのだ。
 すごいと思いませんか?史実ではリチャードソンは脇腹を斬り上げられ、さらにそれより高い肩から斬り下げられているとわかっている。普通ならそうか、そうして斬られていたんだなで終わってしまう。でも吉村さんはそれで終われなかった。満足出来なかったのである。それは物語の細部にこだわりを持って出来る限りリアルに事件を描きたいという意識だけじゃない。
 この生麦事件が、その後薩英戦争となり、薩摩藩は徹底的にイギリスに痛めつけられ、それまで持っていた攘夷論がいかに現実を無視した愚かしいものであったかを思い知らされる。以後薩摩藩はイギリスと親好を結び、積極的にイギリス式兵法を取り入れ近代化していく。それが倒幕運動でも力を発揮していくのである。そう考えるとこの生麦事件は一つのエポックメイキングとなったわけで、そうであるからこそ、些細なことでもこだわらないわけにはいかないのである。そういう視点でこの生麦事件を吉村さんは見ているからこそ、こだわったのである。
 その経緯がここに書かれている。一つの事件だけを細かく描写するだけでなく、それを書く理由が、視点が、その先を見据えていることを知るのである。そういう吉村さんの歴史小説の裏側がここには紹介されていて、それだけでも楽しい。これだけ細かいことにこだわり、綿密な取材をされているからこそ、吉村さんの書かれる小説は面白いのだと思う。
 年明けはこの生麦事件を扱った小説もそうだけど、いくつか吉村さんの歴史小説を読もうと思っているので楽しみである。


評価
★★★


書誌
書名:史実を歩く
著者:吉村 昭
ISBN:9784166600038
出版社:文芸春秋 (1998/10/20 出版)文春新書
版型:214p / 18cm
販売価:714円(税込)

2009年12月16日

吉村昭著『事物はじまりの物語』

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 ちくまプリマー新書とはネットで調べてみると「高校生・ヤングアダルト向けの新書である,筑摩書房の「ちくまプリマー新書」のリストです。『岩波ジュニア新書』に比べると,薄手ですがそれほど堅苦しくなく気楽に読めるものが多いのが特徴です。逆に言うと重厚感には欠け,淡泊な感じもしますが,切り口は伝統的な「岩波ジュニア」よりも新鮮です」とある。だからこの本もわかりやすく、しかも簡単に書かれている。その分物足りなくもあることは事実だけれど、吉村昭さんの随筆だから読んでみた。
 ここでは吉村さんが歴史小説を書くために集めた史料から得た“はじめて”を語っている。内容は日本で初めて解剖をやった人は誰か。スキーを始めて日本でしたのは誰かとかいった感じで、以下石鹸、洋食、アイスクリーム、傘、国旗、幼稚園、マッチ、電話、蚊帳・蚊取り線香、胃カメラ、万年筆の初めてを紹介している。その中で私が興味を持ったというか、へぇ~そうなんだと思ったことが国旗と電話と万年筆の話である。

 日本の国旗はどうして日の丸なのか。日の丸は「江戸時代の廻船にかかげられた幟、旗の船印からはじまっている。
 日本各地に幕府が管理する天領と称された地があって、そこで産した米が、御城米(年貢米)として江戸の幕府に船で運ばれた。
 この船には御城米以外に銀や銅なども積まれ、一般の廻船と区別するため、白地に朱色の丸印をえがいた船印がかかげられていた」という。
 幕末薩摩藩は「昇平丸」という西洋型帆船を完成させ、その頃渡来する外国船と区別するため、「昇平丸」が日本船籍の船であることを示すため、日の丸の船印をかかげた。この船は幕府に献上されたが、その時藩主島津斉彬は、日本のすべての船に同一の船印を立てるべきと老中阿部正弘に建言した。つまり日の丸を最初に掲げたのは「昇平丸」であり、その元となったのは、江戸幕府の御用船すべての船に掲げられていた日の丸の船印だったのである。

 電話で我々は「もし、もし」と言うけれど、これはどうしてなんだろうか。言われてみれば不思議である。この本によると、日本で最初に電話が引かれたのは明治で、役所と役所の間だった。そして当時の役人は武家あがりが多く、「もうし、もうし、そこを行かれる方」などという武家の使った呼び方のもうしという言葉から「もし、もし」という言い方が使われたという。ちなみに広辞苑 第五版で“申し”という言葉を意味を調べてみると、「敬意をこめて呼びかける時にいう語」とあるし、三省堂の大辞林でも「人に呼びかけるときの言葉」とある。「申し、申し」から「もし、もし」となったわけだ。

 万年筆はへぇ~というより、懐かしいといった感じであった。ここには学生の頃上着のポケットに万年筆をさしたときの興奮を吉村さんは書かれているが、これはよく分かる。私も中学生になって学ランのポケットにさした万年筆に興奮したものだった。入学祝いにその万年筆を買ってもらったのである。なんかそれだけで勉強するみたいなところがあった。
 その興奮が今でも残っているものだから、私は万年筆が好きである。確かに今は使わないのだけれど、丸善や伊東屋でショーケースに並んでいる万年筆を見るとぞくぞくする。
 今モンブランの太いやつを持っているが、これにインクを入れる時、インク瓶にペン先をさしてインクを入れていく時の感覚が大好きである。そして必ず手にインクをくっつけてしまうのだけれど・・・。それもそれでいいのだ。
 というわけで、今回この原稿の下書きをこの万年筆で書いてから、パソコンで入力してみた。(すぐ感化されちゃうのだ)


評価
★★★


書誌
書名:事物はじまりの物語
著者:吉村 昭
ISBN:9784480687050
出版社:筑摩書房 (2005/01/25 出版)ちくまプリマー新書
版型:124p / 18cm
販売価:714円(税込)

2009年12月15日

石原千秋著『漱石と三人の読者』

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 夏目漱石はお札にもなったくらいの“国民的作家”になっている。しかし漱石の生前に売れた部数は作家活動十二年間の全作品をあわせて十万部程度だったらしい。
 これでは生前、売れっ子作家とは言い難いが、でも漱石の死後ものすごい勢いで売れていく。それに一役を買ったのが、中学では『坊っちゃん』、高校では『こころ』が夏休みの課題図書となって、所謂そういった学校空間で漱石を半ば強制的に読まされたことで、漱石を“国民的作家”に仕立てていったと著者は分析している。これはなかなか面白い。なるほどと思う。
 では何故漱石のそれらの作品が学校での課題図書として取り上げられるのであろうか?それは漱石の小説に“道徳教育”を求める背景があるからだ。漱石のそれらの作品を課題図書として選定する側に、漱石の作品を読ませるのは、それを読むことで“エゴイズムはいけません”と教えたいのである。友人を裏切って、自分も友人も好きであった女性を、先手を打って奪い取ってしまうことはいけませんとか、友人に譲りその妻となった女性を今度は奪い取るとか、そういった自分勝手なエゴイズムはダメですよと教えたいわけである。
 でもちょっと不思議である。小説にそうした効能?がいったいあるのだろうか。実はあるのである。漱石は「文学は矢張り一種の勧善懲悪であります」と言っており、それは「道徳上の好悪」も勧善懲悪と言っているのである。つまり「文学」は「道徳」の問題にも触れるべきという姿勢を漱石は持っていた。当然そういう考えは漱石の小説にも反映されている。そこに目をつけたのは課題図書を選定する人たちであった。そうして課題図書となった漱石の作品は、少なくとも一度くらいは学校で触れたことのある作品となって、誰しも漱石を知ることとなっていくのである。これは漱石を“国民的作家”として押し上げていた背景であったのだ。
 さらに漱石が読まれる背景を『彼岸過迄』にある「彼岸過迄に就いて」からも読み取ることが出来るというのだ。

 「東京大阪を通じて計算すると、吾朝日新聞の購読者は実に何十万といふ多数に上っている。其の内で自分の作物を読んでくれる人は何人あるか知らないが、・・・・・(略)・・・・自分は是等の教育ある且尋常なる士人の前にわが作物を公にし得る自分を幸福と信じている」

 当時漱石が対象とした読者は「教育ある且尋常なる士人」である中流市民のみから成る狭く一様で閉ざされた社会にいる“中流階級”であった。その“中流階級”は漱石の時代少数派だったのが、現在はその“中流階級”が底上げされ拡大したことによって漱石を読む人が増えたというのだ。
 まさか『彼岸過迄』にあるまえがきみたいなものがそんなに意味を持つものとは正直思わなかったけれど、なるほどそういう考え方もあったのか、と思い知らされる。

 この本はこのような例みたいに、漱石の作品に隠されている文化記号を、その作品をテクストして読み解こうとしたものである。それを読み解くことで、漱石が行ったのではないかと思われる実験を読んでみようというものである。漱石の作品にはそうした実験が隠れていて、それを読み解くことで、別な側面で夏目漱石が読めるという試みである。仮説である。
 そう考えたのは著者の石原さんである。その仮説はあるいは著者の思い込みかもしれない。私から言わせれば、「それは深読みのし過ぎじゃないの」と思えなくもないが、ただ一種の推理小説風に読むと、この本は面白い。こういう本の読み方もあるんだな、と思ったわけだ。

 著者に言わせると「書き手にとっての読者とは、顔のないのっぺりとした存在のとして読者、何となく顔の見える存在の読者、具体的な何人かの『あの人』がいる」という。この本の書名に三人の読者と言っているのはこの点にある。そして漱石の作品にも「このような三層に分節化され、それが構造化されて小説に組み込まれていた」というのである。では漱石のとってこの三人の読者を意識して、どう作品が書かれたのであろうか。
 最初に書いた通り、漱石は売れっ子作家と言えるほど作家ではなかった。もともと純粋に作家としてその人生を歩んだ人じゃない。漱石は熊本の第五高等学校教授、第一高等学校嘱託、東京帝国大学講師だったのである。その漱石が明治四十年に朝日新聞社の専属作家となったのである。朝日新聞が漱石を招聘したのは、新聞の目玉にしたかったという魂胆があったからだ。
 朝日新聞社の専属作家となった漱石は朝日新聞を読む読者を意識しなければならなくなる。それが三人の読者のうち、「顔のないのっぺりとした存在のとして読者」となるわけだ。それでは「具体的な何人かの『あの人』」である読者とは誰のことをいうのであろうか。それが漱石の弟子たちであった。
 漱石は先に言った通り、文壇から出てきた人間じゃない。そうしたつながりを持っていなかった。だから弟子たちを持つことで、自分の作品を弟子たちに「どうだ!」と見せつけたかったのである。それでなくても漱石の弟子たちは師匠の漱石の作品を批判することで、逆にその存在をアピールしたかったところがあるので、その批判に対して、「お前たちにはこんな作品は書けんだろう」と言いたかったのであるという。
 そして朝日新聞を読む読者、弟子たち以外の漱石を読む一般読者を「何となく顔の見える存在の読者」として意識したのである。漱石の作品にはそうした三人の立場である読者を意識して作品を重層的に書かれているというのである。

 具体的な例がこの本では示されている。使用した作品は『三四郎』である。その『三四郎』で、三四郎がはじめて美禰子と出会う場面である。
 私もそうだったが、この場面を「三四郎と美禰子が一目惚れする場面と読んだろう。そして、美禰子が先に誘惑したのだと思っただろう。その結果『三四郎』を三四郎が美禰子に翻弄されながらその恋心を育てて行く、三四郎と美禰子の淡い恋の物語と読んだ」。そう読み取った読者は「何となく顔の見える存在の読者」である。
 ところが、三四郎が美禰子と出会う場面の近くには野々宮いた。その野々宮のいた位置と美禰子のいた位置は東大構内をよく知っている読者でないとわからないところがある。それをよく知っている人なら「この場面では直接には三四郎を挑発しているが、美禰子が本当に挑発しているのは、それを後ろで見ているはずの野々宮だったということである。ではなぜ美禰子はそんなことをしたのかと言えば、それが重松の言う結婚問題で『煮え切らない野々宮への<挑発>』だったからである」と読めるらしい。これが「具体的な何人かの『あの人』」たちに向けた手法であったというのだ。
 そして「顔のないのっぺりとした存在のとして読者」、すなわち朝日新聞の読者には、庶民には高嶺の花の東大構内はこうですよと「東京遊学案内」の役割を果たしているというのだ。
 いずれの立場でこの『三四郎』を読んでも、その感想を聞いて漱石はニヤリと出来るわけだ。

 要するにどうのようにでも立場によってさまざまに読み取ることが出来るということである。たとえばその後の作品だって、美禰子のような“誘う女”の物語ととればとれるだろうし、一方“遺産相続”ともとれるというのは、なるほどと思った。それをある程度漱石は計算していたことを著者は言いたいのであろう。そのことは漱石以前に一世を風靡していた、小説には構成など不要だ。事実を切り取るが如く描写すればいいという自然主義文学=写実的文学に対する漱石の批判であり、実験だったと著者は言いたかったのだろう。
 まぁこれだって著者の仮説だろうし、こんなに深読みしなければ小説を楽しめないのも、文学者というのは悲しい商売だなと思った。何となくダン・ブラウンのラングトンがダ・ヴィンチ絵の奥底を語るようだな、とそんな感想を持った。少々小難しいかったけれど、わかれば、それなり面白かった。


評価
★★★


書誌
書名:漱石と三人の読者
著者:石原 千秋
ISBN:9784061497436
出版社:講談社 (2004/10/20 出版)講談社現代新書
版型:252p / 18cm
販売価:777円(税込)

2009年12月09日

森まゆみ著『とびはねて町を行く』

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 この本は先に読んだ『「谷根千」の冒険』の番外篇といっていいのかもしれない。「谷根千」を始めた森さんを含め三人の主婦たちが合わせて10人の子育て、その子の成長をつづっている。母親は「谷根千」の編集・出版で忙しいものだから、事務所の谷根千工房で子供たちはみんな一緒に育ってきた。手の空いている仲間が他の仲間の子供の世話をするのである。一緒に食事をしたり、お風呂まで仲間の家で入ってくる。その上町が10人の子供たちの面倒を見ている。「谷根千」を通して、町の人々とつながりが出来、そのつながりから、森さん達の子供も町の人とつながっていくのである。
 母親が「谷根千」の仕事で忙しいものだから、子育て一辺倒というわけにもいかない。それで子供たちは子供なりに自立いていくのである。親の目が届かないことをいいことに、好き勝手にやっていく。それこそ自由奔放にだ。親が「まったく子どもっていいもんだ。際限なく無駄な時間が使える」と感じられるくらい、子どもなりに生きていく。そんな中しっかりと自我に目ざめ、自立していくのである。
 確かに仕事で忙しいけれど、だからといって子供ことを心配しないわけじゃない。親として当然心配する子供将来など、寄り添ってあげられない分、それこそ真剣そのものだ。でも子供の方はそうした環境の中でしっかりと育っていく。その分みんなで協調して生きていく。たくましく育っていく。
 おそらく一昔前の親と子供の関係というのはこういうものであったのではないか。今はいつでもどこででも親が子供についてくる。ただ心配で心配でという気持だけなのだ。そこにあるのは親の気持ちだけであって子供の自立なんか関係ない。

 話はちょっとずれてしまうけれど、昨日かみさんからおもしろい話を聞いた。我が家では今長男が就活中である。だから夫婦の会話として就活の話が話題となる。なんでも会社の合同説明会に子供の親がついていくそうである。そのため会社側は親の控え室を設けなければならないとか。
 これを聞いて、この親たちはいったい何を考えているんだろうかと思った。また子供も子供でここままで親がかりでないと生きていけないのかと思った。就活をしている子供もその親も、そんな自分たちを会社が雇ってくれると思っているのだろうか。親がいないと生きていけない子供をどうして会社が雇うか。そんなボランティアみたいな会社がこのご時世あるわけがないじゃないか。一人で自立できない人間を雇うわけがないじゃないか。
 ちょっと考えればわかりそうなものだと思うが、それでも親は自分の子供が心配だからここまでついていく。子供も親が側にいれば安心なんだろう。
 そういう世の中になっているのである。だからこの本に書かれている子供と親との関わり合いがものすごく自然な姿に映るのである。
 
 一方で親の方もそうして自立いていく子供たちを、心配ではあるけれど、成長の一過程として見る心構えも必要なことも知らされる。

 「一年ほど前、娘が『社会主義』に興味を持った。見ていると図書館に行って、マルクス、レーニン、向坂逸郎、不破哲三、安東仁兵衛、とにかく社会主義と名をついた本をあれこれ借りて読んでいる。
 このラインナップでは頭が混乱するゾーとは思ったが黙っていた。玉石混淆、くだらないものを含めてとんでもない順序で乱読し、考えるからこそ自分が鍛えられるはずだ。子どもに上から精選した優良図書を『正しい』順序で与えても力がつかない。
 進む道も読書と同じで、遠回りしたり、寄り道したり、行き止まりでひき返したらいい。
 そう思うのは、仕事柄、無駄なくエリート校を卒業して良い地位についた人に会う機会が多いが、たいていは面白くないし幸せそうでないからである。むしろ町の工場主や商店のおばさんや職人、芸人の方がずっと世渡りの智恵もあるし、人間として魅力的だ」

 このくらいの心構えがなければ本当はいけないのではないか。親もそうだし、学校の教師だってそうだ。子供たちをどう育てて行っていいかわからない。どう教えていけばわからないものだから、なんでも無難な方法をとる。あるいは多少の危険も子供には冒険として楽しいはずだし、身をもって堪えれば、次から同じことをやらなくなる。多少痛い目にあう方がいいのだ。だけどただ危険だからといって、すべてを禁止してしまう。多少人に迷惑をかけてもいい。それで怒られれば、しちゃいけないんだなと思えるはずだ。
 いきおいなんでも禁止しちゃうものだから、今は子供の方は森さんの言うように「人はより個人主義になり、かかわりを恐れるようになった」のだ。

 ところで男親は娘の成長にどきっとすることがある。特に母親と娘の会話に、男としてむやみに触れちゃいけないものを感じたことがある。ちょっとドキッとするのだ。

 「最近、中学生の娘の胸のふくらみが気になる。母親にそんなことをいわれるのは嫌だろうな、と思いつつ、
『そろそろブラジャーをしたほうがいいんじゃない?』
 と、おずおずと提案すると、娘は、
『お母さんこそ、そろそろブラジャーしても無意味じゃない』
 フンと鼻で笑った」


評価
★★★


書誌
書名:とびはねて町を行く―「谷根千」10人の子育て
著者:森 まゆみ
ISBN:9784087477719
出版社:集英社 (2004/12/20 出版)集英社文庫
版型:279p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

2009年12月08日

阿刀田高著『街のアラベスク』

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 私は阿刀田高さんの本を読むようになってそれほど月日は経っていない。一度おもしろいと思って、それ以来昔の本をせっせと集めて読んでいるのだが、やはり私は阿刀田さんの歴史ものや古典の解説書の方が、現代短編よりおもしろい、と今のところ思っている。もちろん現代物もはあまりまだ手をつけていないので、これから先どうなるかわからないが、どうもこの手の物語はどこかもの足りなさを感じてしまうのである。どうしてもこの話はこのアイデアがあったから書かれたんだなと思ってしまい、純粋に話を楽しめないでいる。今回もそうであった。残念だけど、どこかあざといところを感じてしまったのである。

 今回は東京の“街”がメインになっている短編連作集である。そしてこれらの話に共通するのは、主人公がかつて住んでいた、あるいはそこで昔の恋愛関係があった場所を、ふと今ぽっかりと時間が空いて、どううっちゃっていいのかわからない、半ば中途半端な時間が出来てしまったとき、思い出すところから、だいたい始まる。
 この感覚よく分かる。特に私も五十近くなってから、その傾向がよく出て来る。私の場合恋愛とか昔住んでいた場所ではなく、どちらかと言えば一時関係していた場所といっていいかもしれない。あそこは今どうなっているんだろう、とか、もう変わちゃって、あの建物はないだろうな、とかいった感じである。もちろんそれぞれの場所は私に何らかの関係があった場所ではある。

 「もしかしたら、だれしもがそんな場所を一つか二つ、持っているのではあるまいか。子どものころに、青春時代に、あるいはサラリーマンになりたてのころにサムシングのあった場所。今の生活と関わっているわけではないから、たまに思い出して、
-いつか行ってみるかな-
 でも実際にはほとんど足を運ぶことがない。人生のあちこちに飛び地みたいに点在して、孤立して、そのままになっている場所と時間。近かったり遠かったり。そこで費やした時間も短かったり、それなりに長い歳月であったりして・・・・」

 そう、こんな感じである。かつて何らかの関係があった街は、その関係が現在続いていないこと、つまりすべて過去形になっている分、時間がある程度美化しているところがある。たとえその街で苦しかったこと、悲しかったことが多くあっても、それが終わってしまっているなら、時が「そんなこともあったなあ」と他人事のように思えるようにさせてくれる。あるいは単に思い出だけでなく、妙に輝かせちゃったりしちゃう。

 「ううん。これでいいの。馬鹿な話、聞いてほしかったの。昔はいろいろあったなあ、って。馬鹿なことでも、若いころは、一つ一つ輝いていたわ。あんた、言ってたわね。トイレの百ワットだって」

 「なんだ、それ」

 「無駄に輝いているだけだって」

 そしてそれがある程度歳を行ってくると、そういうことを思い出すことが楽しくなってくる。

 「二年後には五十歳になる。五十歳を超えて、女にも恋のチャンスはあるだろうけれど、実感として詩子には薄い。これからのことより、これまでのことを考えるほうが楽しい」

 まあそれだけ若くなくなったという証明なんだろうけど、それはそれで老後の楽しみの一つと考えていいのではないかと思う。

 この短編集に出て来る街で、新宿十二社というところがある。ここには温泉がある。昔大手町の売店の本屋で働いていた頃、売店仲間でここで忘年会をやったことがある。
 今では温泉の掘削技術が発達しているから、東京の至るところに○○温泉と名をうっているけれど、当時は新宿のど真ん中で温泉なかあるのかと思ったもんだ。真っ黒いお湯が印象に残っている。今みたいスパなんてシャラ臭い名前じゃなくて、「新宿十二社天然温泉」というのもいい。いかにもヘルスセンターみたいなところであった。あの頃は若かったこともあって、飲めないお酒を飲んで、寝込んでしまったようで、気がついたら横で寝かされていた。今はどうなっているんだろうか。当時と変わっているのか、いないのか、ちょっと知りたいところである。


評価
★★


書誌
書名:街のアラベスク
著者:阿刀田 高
ISBN:9784103343257
出版社:新潮社 (2007/12/20 出版)
版型:331p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2009年12月03日

松本健一著『増補 司馬遼太郎の「場所」』

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 また松本さんの司馬遼太郎論を読む。一部は前回読んだ本と重なる部分があるが、なかなかおもしろかった。それに自分の好きな作家について批判されると、頭にくる時があるが、松本さんの場合そういう心配がないので安心して読めるので有り難い。
 おもしろいと思ったのは、司馬さんは純文学畑ではあまり評価されていなかった事実である。著者は次のように言う。

 「司馬の生前に文芸雑誌でかれを特集したものは、たしかほとんどなかったのである」

 「この扱いは、純文学とか文壇というような世界では、司馬遼太郎が文学者としてはあまり評価されてこなかった実態を物語っているのではないか」と言っている。つまり司馬文学は純文学とは違うということなのだろう。言われれば確かにそうなのかなと思う。司馬さんの書かれる小説は純文学雑誌にはなじまない。
 では司馬さんの書かれる作品はどこに位置するのだろうか。それを著者は大衆文学に位置するものと考えられる。大衆文学というと純文学と比較すると一つ格下のように思われるが、大衆文学が果たす役割の重要性、その持つ性格を松本さんは次のように言う。

 「明治以後の史学が最終的にたどりついたのは、右に皇国史観であり、左に日本的な唯物史観であった。前者が、明治国家を伝統的な権力であると位置づければ、後者は、その半封建的なブルジョア国家から権力を奪取することをいうのである。とすれば、つねに権力から裏切られつづけた民衆は、そのどちらにも拠ることもできない。このとき、大衆文学は、右に寄ることも左に走ることもできない民衆の生活のなかのエトス(肉声)を汲みあげて、「その日その日の出来心」で権力にむきあうヒーロー像を描いたのである。そのことによって、在野史学のかぼそい継承者となったのである」

 「大衆文学はたしかに、伝統や習慣や既成文化といったものを無視できない。民衆の生活が、これらに大きく規制されているからだ。しかし、これらを無視できず、それらの現実のありようとして描くことは、民衆にこび、へつらうということではない。プロレタリア文学運動における芸術大衆化運動のテーゼは、この点を見誤っているのだが、それはともかく、こういった伝統や習慣や既成文化に入りこみつつ、かれらを紙のうえで解放してやることが、大衆文学に課せられた課題なのだ。
 とすれば、大衆小説作家が伝統や慣習や既成文化にしばられた民衆の生活のなかのエトスを汲みあげる回路をもっているかどうか、これが大衆小説作家の資格として問われることである。そのかぎりでいえば、司馬遼太郎という歴史小説作家は、在野史学、大衆文学の正統を踏んだ作家ということができよう」

 つまり大衆文学はがちがちに権力に縛られた民衆が、物語の中で心を解放する役割を負ってきたと言うのである。そして「司馬遼太郎の歴史小説は、こういった在野史学なり大衆文学の正統を踏んでいる」というのである。司馬さんの作品が「一般うけがするということの意味は、時代の雰囲気を呼吸している大衆がその時代に応じて読み換えられる、ということである」というように、時代時代に応じて支持された。それは司馬さんが大衆の表情や動向を巧みに分析できることを意味している。
 民衆に支持された大衆文学は時代を反映するから、司馬さんの前には吉川英治がいたが、大きく括れれば同じ路線であるけれど、その姿勢は決定的に違う。吉川英治は戦争を支持し、司馬さんは戦争を忌み嫌った。それは時代が求めた結果と言っていいだろう。
 また塩野七生さんが司馬遼太郎さんを「高度成長期の日本を体現した作家」と評したことがあるらしいが、確かに司馬さんの作品は彼等の心証として心地よい感覚を与えたに違いない。
 また司馬さんが描く“気概”ある男たちは、男の美学として、美しく映るから、心地よい。そこに滅びの美学も加わるから、余計である。
 司馬さんはそうした大衆が今何を求めているのか、それに敏感に反応した。時代に反応した。そのための分析は鋭かった。しかし単に時代に反応し大衆が求めている作品を書けばいいというものでもない。あくまでも徹底的にディテールとして事実にこだわった。でもそこに登場する人物の心は司馬さんの心であろう。時にはそれを無批判的に信じ、受け売りする人々も出たくらい、司馬さんの作品は支持されたきた。だから逆に司馬さんは余計に史実にこだわらなければならなくなる。その資料調べのすさまじさは有名だ。一時神田の古本屋街で資料を買いあさったため、その資料が古本屋街でなくなったという逸話がある。

 司馬さんは時代に敏感であった。だから時代とともに自分も変わらざるを得なかった。それを松本さんはうまく振り分けて指摘されているので、それを書いて終わりにしよう。

 「司馬さんの文学的遍歴を、私は四つの段階に分けて捉えています。まずは『梟の城』に代表される、伝奇ロマン的色彩を持った大衆小説作家としての時代。次に『竜馬がゆく』『燃えよ剣』『国盗り物語』といった、歴史上の人物にスポットをあてたヒーロー小説作家としての時代。そして『坂の上の雲』のように歴史そのものを鳥瞰して描く、歴史小説作家の時代を経て、最後は、小説家というよりは、むしろ文明批評家としての仕事をなさっていた。その遍歴は、作家そのもの転変であるとともに、それぞれ1950年代~60年代、60年代末から70年代、80年代20世紀末までの、日本の大衆のエトスのおおよその移行に見合った作家活動になっていると思われます」

 こうして司馬さんの作品を紹介され、その背後のあるものを指摘されると、また司馬さんの作品が読みたくなる。私は高校時代から司馬ファンであるが、まだまだ読んでいない作品がたくさんある。それをじっくり読んでみたいなという気持にさせられた。


評価
★★★


書誌
書名:増補 司馬遼太郎の「場所」 (増補新版)
著者:松本 健一
ISBN:9784480423115
出版社:筑摩書房 (2007/02/10 出版)ちくま文庫
版型:266p / 15cm / A6判
販売価:798円(税込)