2009年12月15日
石原千秋著『漱石と三人の読者』
夏目漱石はお札にもなったくらいの“国民的作家”になっている。しかし漱石の生前に売れた部数は作家活動十二年間の全作品をあわせて十万部程度だったらしい。
これでは生前、売れっ子作家とは言い難いが、でも漱石の死後ものすごい勢いで売れていく。それに一役を買ったのが、中学では『坊っちゃん』、高校では『こころ』が夏休みの課題図書となって、所謂そういった学校空間で漱石を半ば強制的に読まされたことで、漱石を“国民的作家”に仕立てていったと著者は分析している。これはなかなか面白い。なるほどと思う。
では何故漱石のそれらの作品が学校での課題図書として取り上げられるのであろうか?それは漱石の小説に“道徳教育”を求める背景があるからだ。漱石のそれらの作品を課題図書として選定する側に、漱石の作品を読ませるのは、それを読むことで“エゴイズムはいけません”と教えたいのである。友人を裏切って、自分も友人も好きであった女性を、先手を打って奪い取ってしまうことはいけませんとか、友人に譲りその妻となった女性を今度は奪い取るとか、そういった自分勝手なエゴイズムはダメですよと教えたいわけである。
でもちょっと不思議である。小説にそうした効能?がいったいあるのだろうか。実はあるのである。漱石は「文学は矢張り一種の勧善懲悪であります」と言っており、それは「道徳上の好悪」も勧善懲悪と言っているのである。つまり「文学」は「道徳」の問題にも触れるべきという姿勢を漱石は持っていた。当然そういう考えは漱石の小説にも反映されている。そこに目をつけたのは課題図書を選定する人たちであった。そうして課題図書となった漱石の作品は、少なくとも一度くらいは学校で触れたことのある作品となって、誰しも漱石を知ることとなっていくのである。これは漱石を“国民的作家”として押し上げていた背景であったのだ。
さらに漱石が読まれる背景を『彼岸過迄』にある「彼岸過迄に就いて」からも読み取ることが出来るというのだ。
「東京大阪を通じて計算すると、吾朝日新聞の購読者は実に何十万といふ多数に上っている。其の内で自分の作物を読んでくれる人は何人あるか知らないが、・・・・・(略)・・・・自分は是等の教育ある且尋常なる士人の前にわが作物を公にし得る自分を幸福と信じている」
当時漱石が対象とした読者は「教育ある且尋常なる士人」である中流市民のみから成る狭く一様で閉ざされた社会にいる“中流階級”であった。その“中流階級”は漱石の時代少数派だったのが、現在はその“中流階級”が底上げされ拡大したことによって漱石を読む人が増えたというのだ。
まさか『彼岸過迄』にあるまえがきみたいなものがそんなに意味を持つものとは正直思わなかったけれど、なるほどそういう考え方もあったのか、と思い知らされる。
この本はこのような例みたいに、漱石の作品に隠されている文化記号を、その作品をテクストして読み解こうとしたものである。それを読み解くことで、漱石が行ったのではないかと思われる実験を読んでみようというものである。漱石の作品にはそうした実験が隠れていて、それを読み解くことで、別な側面で夏目漱石が読めるという試みである。仮説である。
そう考えたのは著者の石原さんである。その仮説はあるいは著者の思い込みかもしれない。私から言わせれば、「それは深読みのし過ぎじゃないの」と思えなくもないが、ただ一種の推理小説風に読むと、この本は面白い。こういう本の読み方もあるんだな、と思ったわけだ。
著者に言わせると「書き手にとっての読者とは、顔のないのっぺりとした存在のとして読者、何となく顔の見える存在の読者、具体的な何人かの『あの人』がいる」という。この本の書名に三人の読者と言っているのはこの点にある。そして漱石の作品にも「このような三層に分節化され、それが構造化されて小説に組み込まれていた」というのである。では漱石のとってこの三人の読者を意識して、どう作品が書かれたのであろうか。
最初に書いた通り、漱石は売れっ子作家と言えるほど作家ではなかった。もともと純粋に作家としてその人生を歩んだ人じゃない。漱石は熊本の第五高等学校教授、第一高等学校嘱託、東京帝国大学講師だったのである。その漱石が明治四十年に朝日新聞社の専属作家となったのである。朝日新聞が漱石を招聘したのは、新聞の目玉にしたかったという魂胆があったからだ。
朝日新聞社の専属作家となった漱石は朝日新聞を読む読者を意識しなければならなくなる。それが三人の読者のうち、「顔のないのっぺりとした存在のとして読者」となるわけだ。それでは「具体的な何人かの『あの人』」である読者とは誰のことをいうのであろうか。それが漱石の弟子たちであった。
漱石は先に言った通り、文壇から出てきた人間じゃない。そうしたつながりを持っていなかった。だから弟子たちを持つことで、自分の作品を弟子たちに「どうだ!」と見せつけたかったのである。それでなくても漱石の弟子たちは師匠の漱石の作品を批判することで、逆にその存在をアピールしたかったところがあるので、その批判に対して、「お前たちにはこんな作品は書けんだろう」と言いたかったのであるという。
そして朝日新聞を読む読者、弟子たち以外の漱石を読む一般読者を「何となく顔の見える存在の読者」として意識したのである。漱石の作品にはそうした三人の立場である読者を意識して作品を重層的に書かれているというのである。
具体的な例がこの本では示されている。使用した作品は『三四郎』である。その『三四郎』で、三四郎がはじめて美禰子と出会う場面である。
私もそうだったが、この場面を「三四郎と美禰子が一目惚れする場面と読んだろう。そして、美禰子が先に誘惑したのだと思っただろう。その結果『三四郎』を三四郎が美禰子に翻弄されながらその恋心を育てて行く、三四郎と美禰子の淡い恋の物語と読んだ」。そう読み取った読者は「何となく顔の見える存在の読者」である。
ところが、三四郎が美禰子と出会う場面の近くには野々宮いた。その野々宮のいた位置と美禰子のいた位置は東大構内をよく知っている読者でないとわからないところがある。それをよく知っている人なら「この場面では直接には三四郎を挑発しているが、美禰子が本当に挑発しているのは、それを後ろで見ているはずの野々宮だったということである。ではなぜ美禰子はそんなことをしたのかと言えば、それが重松の言う結婚問題で『煮え切らない野々宮への<挑発>』だったからである」と読めるらしい。これが「具体的な何人かの『あの人』」たちに向けた手法であったというのだ。
そして「顔のないのっぺりとした存在のとして読者」、すなわち朝日新聞の読者には、庶民には高嶺の花の東大構内はこうですよと「東京遊学案内」の役割を果たしているというのだ。
いずれの立場でこの『三四郎』を読んでも、その感想を聞いて漱石はニヤリと出来るわけだ。
要するにどうのようにでも立場によってさまざまに読み取ることが出来るということである。たとえばその後の作品だって、美禰子のような“誘う女”の物語ととればとれるだろうし、一方“遺産相続”ともとれるというのは、なるほどと思った。それをある程度漱石は計算していたことを著者は言いたいのであろう。そのことは漱石以前に一世を風靡していた、小説には構成など不要だ。事実を切り取るが如く描写すればいいという自然主義文学=写実的文学に対する漱石の批判であり、実験だったと著者は言いたかったのだろう。
まぁこれだって著者の仮説だろうし、こんなに深読みしなければ小説を楽しめないのも、文学者というのは悲しい商売だなと思った。何となくダン・ブラウンのラングトンがダ・ヴィンチ絵の奥底を語るようだな、とそんな感想を持った。少々小難しいかったけれど、わかれば、それなり面白かった。
評価
★★★
書誌
書名:漱石と三人の読者
著者:石原 千秋
ISBN:9784061497436
出版社:講談社 (2004/10/20 出版)講談社現代新書
版型:252p / 18cm
販売価:777円(税込)
- by kmoto
- at 20:36
comments