2009年12月24日

本多孝好著『FINE DAYS』

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 前回読んだ『正義のミカタ』がそれほど面白くなかったので、次に本多さんの本を息子から借りようかどうか迷っていたのだが、やはり借りて読んだ。その本がこれである。紀伊國屋書店のサイトでこの本のデータを取り出してみると、サブタイトルに恋愛小説とついている。本にはそれがついていないが、確かに読んでみれば恋愛小説の短編集であった。
 書名になっている「FINE DAYS」、「イエスタデイズ」、「眠りのための暖かな場所」、「シェード」の四編である。個人的には最後の「シェード」が好きである。
 主人公の僕が彼女のためにクリスマスプレゼントのために買おうと思っていた、骨董店ガラスのランプシェードが、売れてしまっていてショウウィンドウから消えていた。もしかしたら店内に移された可能性があると思い、初めて骨董店の店内に足を踏み入れた僕はそこにいた老婆からそれが売れてしまったことを知らされた。しかし老婆はそのシェードを作ったガラス職人の話を僕に聞かせてくれた。その話が僕と彼女の関係と入れ違いながら、話が進む。話の最後で老婆は次のように言う。

 「光がなければ、闇もまた存在しません。けれど、一度、光を生み出せば、闇もやはりそこに生まれます。たった一つの光から無限の闇が生まれるのです」

 「その闇の深さに怯える前に、それを照らす光に目を向けるべきだったのです。闇から生まれる闇などないのです。すべての闇は光から生まれます。違いますか?」

 「挑むのですよ」

 「ええ、挑むのです。彼女にでもなく、その男にでもなく、ただ自分の中の闇に挑むのです。そこにまだ光があるのなら」

 「挑み続けること。闇から光を守るには、それしかないのです」

 ここまで読んで、多分そのランプシェードは彼女が買っていったんだろうなと思えるようになる。いや老婆がそのランプシェードの話を始めたときから、そう思っていた。
 老婆の話が終わって老婆から買った蝋燭を持って彼女が待っているマンションへ急ぐ。僕が見てしまった幸せそうな彼女と前の夫との結婚式の写真と、その夫を失ってからもいつもしていた結婚指輪がチェストに上に置かれていた。
 やはりランプシェードは彼女が僕のためにプレゼントして買っていた。そして僕はその老婆から買った蝋燭に火をともす。

 僕にともせるのは呆れるほどにか弱く、頼りない火だ。ささやかな風にも揺らいでしまうその火は小さな光を本当に守り続けることができるのか、それも今の僕にはわからない。ただ、やってみようと思う。僕の持ちうるすべての力を使って。

 と思うのである。なかなかいい話であった。こんな話に酔ってしまうなんて、甘くなったなあとは思うが、たまにはいいであろう。 私は本多さんが作り出す言葉が好きである。この老婆の光と闇の関係もうまいことを言うもんだ感じたし、「FINE DAYS」の僕が言う言葉もいい。

 安井は背中を手すりにもたれさせ、ふうとため息ついた。
 「生きていることの意味って、考えたことある?」

 「あのな、どうして自分が生きているかなんて、そんなの悩みじゃない。悩みっていえば、解決しなきゃならないことに思える。けど、俺が思うにそんなのはもう高尚な哲学だ。哲学だから、答えなんてない。一生かかったって、答なんかきっと見つからない。そんな風に悩まない奴も人間として信用できないけど、それに対して答を見つけたなんていう奴とも俺は友達になりたくない。きっと水晶玉とか壺とか売りつけられるのがオチだ。だから、答えなんてないままに悩んでいればそれでいい、と俺は思う」

 “あのさぁ、高校生がこんな大人びたことを言えるか?”と横槍を入れたくなるけれど、言っていることは至極まともだ。大賛成だ。


評価
★★★


書誌
書名:FINE DAYS ― 恋愛小説
著者:本多 孝好
ISBN:9784396632229
出版社:祥伝社 (2003/03 出版)
版型:321p / 20cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

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