2009年12月30日

吉村昭著『熊撃ち』

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 この本は読みたかったが、本屋で入手できなかったので、探していた。やっと見つけたのでさっそく読み始めた。
 吉村さんには『羆嵐』という作品があるが、これを読んで羆の恐ろしさが身に迫るほど恐ろしく感じたのを今でも思い出す。今回読んだこの本は『羆嵐』を書く前に書かれた本である。猟師やハンターの取材から生まれたものだった。つまりこの『熊撃ち』は『羆嵐』を生むきっかけとなった作品なのである。吉村さんも『羆嵐』は『熊撃ち』の副産物として生まれたものだったと言っている。
 この作品は七話からなり、一話一話主人公の猟師の名前をタイトルにしている。しかも主人公は実在し、物語も実際あった話だという。だからだろうか、とにかく北海道にいる羆(一話だけ内地の熊の話だ)の恐ろしさがひしひし感じられる。
 だいたいが羆に襲われた人がいて、その後羆狩りが行われるパターンなのだが、まずはその羆に襲われた現場の無惨さである。

 「娘が行方不明になってから五日目の十一月二十三日、捜索隊は、楢の木の根本にころがる無残な娘の遺体を発見した。衣服はひきむしられ、隆起していた乳房も荒々しく食いちぎられている。さらに腹部や腿や臀部など、肉のついている部分はすべて食い荒らされ、頭部にも鋭い歯の跡があり地下足袋もかじられていた」

「青年が、大鎌をふりあげた。羆と青年の体が、接近した。鎌の刃が、ひらめいた。と同時に、ゴキッという音がした。羆の掌が青年の頭部をうち、その衝撃で首の骨が折れたのだ」

 「老女を襲って肉を喰べた羆が射殺されて解体された。すると胃のなかから消化されなかった人体の表皮が出てきた。両掌に乗る程度の量だったので水でよく洗ってビニール袋に入れ、遺族に渡すことになった」

 「娘を喰い殺した羆が射殺された。解体すると胃のなかの肉は完全に消化されていたが、奇妙なものがとけずに残っていた。それは赤く固い拳のようなもので、ほぐしてみると都腰巻の繊維と毛髪のからみあったものだった」

 吉村さんの文庫版のあとがきで、「内地の月の輪熊は植物性のものを主食とするが、北海道の羆は、植物性のものを食べると同時に肉食でもある。牛、緬羊など家畜を襲い、人間も食い殺す」と書かれているが、まさにこれが証明している。その力はものすごい。とにかく羆は猛獣なのである。
 息子が羆に襲われ、その敵討ちとして一緒に猟師と山に入り、目の前にその羆が迫ってきたとき、息子を襲われた男はライフルを発砲し、絶叫しながら逃げ出してしまう。それほど素人には恐ろしい生き物であった。しかし猟師はそうした羆の恐怖に立ち向かえるほどの強靱な精神力で引き金を引き、羆を倒すのである。彼等はだいたいが寡黙であり、自然の怖さ、羆の怖さを充分に知っており、決して自然や羆を軽んじない。用意周到であり、狩りのためには、何日も山には入り、待ち続ける忍耐力を持っている人たちであった。 そんな恐ろしい羆であるが、一方で羆狩りが村の収入源であり、食糧でもあったため、羆狩りの時期が待ち遠しいところもあった。毛皮と胆嚢は高く売れたのである。
 とにかく羆がどこにいて、どうやって追い詰めていくか、その自然の厳しいさとともに、緊迫感がずんずん伝わってくる作品であった。


評価
★★★★


書誌
書名:熊撃ち
著者:吉村 昭
ISBN:9784167169268
出版社:文芸春秋 (1993/09/10 出版)文春文庫
版型:205p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

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