2010年02月17日
久坂部羊著『廃用身』
この本も読もう読もうと思って、今日まで来てしまった。帯などに書いてある本の内容を読むと、ちょっとためらっちゃう部分があって、気が重くなっていたのである。しかし読んでいるうちに引き込まれてしまい、一気に読んでしまった。
主人公の漆原糾は老人デイケアを中心とした神戸の「異人坂クリニック」の雇われ院長であった。このクリニックのデイケアに通う老人たちと接していて、廃用身である手足に苦しめられているお年寄り、そのお年寄りの介護に苦しんでいる親族、介護士を見ると、介護の未来に大きな不安を感じていく。廃用身とは脳梗塞などの麻痺で回復の見込みのない手足のことである。
ある時脳梗塞で下半身と左上肢が完全に麻痺してしまった人がいた。この人は体重が九十キロもあり、親族も介護士もこの男の人を介護するのが大変であった。身体が重い分床ずれも起こし、それがひどくなっていく。もし廃用身の両脚と左腕がなければ、体重が五十キロくらい減らせるし、介護の負担も半分近く減る。「廃用身の切断」を選択肢が漆原の頭の中にむくむくと起き上がってくるのであった。それまでもこんな廃用身がなければいいのにと思っていたから、ますますその思いが強くなり、切断してはいけない合理的な理由がどこにあるんだろうかと考えていく。
この男の人は親族の虐待にあって、足が壊疽を起こし、必然的に切断したほうがいいという話になって、両脚を切断した。そしてこの人が変わったのである。何か憑きものが落ちたみたいに、明るくなったのである。漆原は廃用身の切断が麻痺を起こした人に生きる希望をもたらすこと、介護する側にもその負担を軽減することを確信する。
更に廃用身を切断することで、血流が変わったためか、脳に多くの血が流れるためか、それまでしゃべることもままならない人が言葉をしゃべるようになったりする効果を発見するのである。
漆原は廃用身の切断にに介護の未来を見出すようになって行く。廃用身の切断はお年寄りのQOL(生活の質)を高めるものであると考えていく。そのため廃用身の切断を彼は「Aケア」と呼ぶようになる。「Aケア」のAは切断の英語「Amputation」の頭文字を取ったものである。
廃用身はお年寄りを苦しめており、それからの解放は生活を一変させるほどの歓びだった。それまでは病気を悔い、麻痺した手足を嘆き、報われないリハビリに苛立っていたお年寄りたちが「Aケア」のあと、別人のように明るくなっていくのを確信していく。その「Aケア」の状況改善点を挙げると以下の通りになる。
・物理的に身軽になること
・気持が前向きになること
・介護者に気兼ねしなくてよくなること
・廃用身に対する嘆きが吹っ切れること
・廃用身の痛みや疼き、しびれ感、だるさなどが消えること
しかしいくら廃用身とはいえ、人間の身体を不要だからといって、切断していいものかどうか。漆原は超高齢化社会の到来で、介護を維持していくには、何かを犠牲にしなければならないと考え、次のような詭弁を言う。
「構造改革ばやりの昨今、企業は不要になった部門を切り捨て、効率アップを余儀なくされています。情やしがらみで成績の悪い部署や職員を温存していたのでは、全体の体力が落ちて倒産してしまいます。
『Aケア』を身体のリストラと考えることはできなでしょうか。
長年、働いてくれた手足を切断するのは、忠実な社員を解雇するのに等しい痛みを伴うでしょう。しかし、そうしなければ会社が倒産してしまうように、お年寄りも介護者も共倒れになってしまいます」
「異人坂クリニック」は廃用身を切断した人が多くなり、当然それは社会の目にさらされ、非難、バッシングが始まる。それは人間の尊厳を大上段に構えているが、そのほとんどがその異様さを面白がるものばかりであった。いくら介護の破綻が目に見えていても、その解決策の一つとして廃用身の切断は受け入れられない人々の興味の対象となっていく。
この本はそうしたバッシングに対する、「Aケア」の意味、すなわち「Aケア」が介護負担を軽減し、ひいては高齢者へのサービス向上につながり、危機的な老人介護の未来に貢献するものだという、漆原の考えを世に問おうとする原稿があって、それを本にしようとした編集者の矢倉俊太郎の「編集部註」の二部構成となっている。
その「編集部註」で、なぜ漆原が廃用身の切断の考えに至ったのか、その彼の資質を生い立ちから追うことになった。そして「Aケア」の発案の根底には、漆原糾は合理主義者で不要なものは、徹底的排除しなければおさまらない頑なさがあったこと。さらに漆原の歪んだ嗜虐性があったことも矢倉は知るのである。漆原は患者の考えを一番に尊重して「Aケア」を勧めたが、どうもそこに追い込んでいく姿勢が明らかになって行く。患者に明るい未来を言い、人生の再出発を言うことで、患者に「Aケア」を選択させる姿が浮かび上がってくる。
漆原もそうした自分の姿を段々認めていくこととなり、最後は「頭は わたしの 廃用身」という書き置きをして自殺するのである。
更に「Aケア」が必ずしも明るい介護の未来ばかりをいうものではないこともわかってくる。すなわちたとえ廃用身であっても、手足がないことの不完全さに悩まされる人たちが少なからずいたことがわかってくる。
廃用身の切断は超高齢化社会に介護という問題を考える上で究極の選択なのかもしれないが、だからといって「身体のリストラ」として受け入れていいものかどうか、考えてしまう。むしろそこまで考えないと介護の未来はないということに、危機感を感じてしまう。どちらかと言えばストーリーの怖さより、介護の未来を考えるとそっちの方が怖くなってくる。
評価
★★★★
書誌
書名:廃用身
著者:久坂部 羊
ISBN:9784344003408
出版社:幻冬舎 (2003/05/25 出版)
版型:323p / 19cm / B6判
販売価:入手不可 文庫本有り
- by kmoto
- at 06:08
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