2010年03月30日
大沢真幸編『アキハバラ発 ― 〈00年代〉への問い』
つい最近までNHKでやっていた「ブラタモリ」で秋葉原界隈を紹介していた。そこでタモリは秋葉原を「過去を振り返らない街」と称していた。つまり秋葉原が次から次へと何か新しいものを発信し続け、街自体もそれの伴い古いものを捨てて新しいものへと変わっていくと言いたかったのだろう。確かに街は再開発で大きく変わった。
だけどそういう言い方が秋葉原に当てはまるかというと、どうも正鵠を得ていないように思える。結構古臭い側面を見せつけるところもある。むしろこの本に寄稿している映画監督で作家の森達也さんの「でもここには何もない。いや正確には、ないのではなくありすぎる。剥離したのではなく上書きされたのだ。過剰な電脳空間の密度に。」の方が言い得ている感じがする。
2008年(平成20年)6月8日、神田明神通りから歩行者天国で賑わう中央通りの交差点に加藤智大が2トントラックでに突っ込み、歩行者をはね飛ばし、さらに所持していた両刃のダガーナイフで立て続けに切りつけ、7人が死亡し、10人が負傷した。いわゆる「秋葉原無差別殺傷事件」がある。
この本は犯人の加藤智大が何故こうした事件を起こしたのか?そこにある社会的背景をああでもない、こうでもないと“解釈ゲーム”した本である。正直読んでいて反吐が出る思いであった。加藤が派遣社員で使い捨て労働者であったことでキャリア・アップやモチベーションの保持が出来ない境遇であったこと。あるいは孤独で“非モテ”(もてない男)であったこと。事件を起こす前までネットに自分がこれから行おうとすることを書き込んでいたこと。事件が秋葉原であったことなど、それぞれ彼の背景にある社会的要因を問題点としてあげ、それが日本の現在おかれている社会的状況が危機的状況にあるから、こうした無差別殺人が起こったとする。
読んでいて悪いのは秋葉原であり、日本の社会システムだと言いきるあたり、どこかおかしい。事件を起こした加藤の資質に一切触れずに、彼がおかれていた状況がこうした事件を起こしたのだから、この点を何とかしないと、また同様の事件が起こると言わんばかりなのだ。
事件が秋葉原で起こったことに意味があるのだろうか?確かに加藤はネットオタクで常に携帯を握りしめていたし、もしパケット料金契約をしていなかったら接続料だけで毎月80万前後になっていたというから、秋葉原はそれにふさわしいところになるのだろう。けれどだからといって事件が秋葉原で起こらなければならない必然性は見出せない。むしろ加藤が大都会として知っていたのは秋葉原だっただけのことで、もし加藤が多くの人が行き交う他の街を知っていればそこでもよかったはずである。ただそれだけのことであるように思えるのである。
私は社会というシステムには必ずこうしたシステムにはみ出てしまう人間が出てくるものだと思っている。つまり人間が維持している社会システムというのは万民に完璧なものをまだ見出していないのである。とりあえずこれならいいかなという程度のシステムしか持ち得ないのである。まして資本主義社会では持てる者がいるということは、必ず持てない者が存在することを意味する。搾取する者がいるなら、搾取される人間もいなければならない。つまり今ある社会は相反する立場の人間が存在し、拮抗することを前提としているのである。だから加藤みたいな人間が出てきてもおかしくないのである。そしてそうした人間が出てきたら社会システムはそれを排除してシステムを維持してきただけのことなのである。昔からそうであった。共同体を壊す者、不要な者は共同体から排除されてきたのである。
社会システムが完璧なものでない以上、加藤みたいに社会システムに折り合いのつけられない人間が出てきても不思議じゃない。極端なことを言えば、そういう人物が出てくることを織り込み済みのシステムなのだ。たとえ加藤のような非正規社員の待遇を改善したとても、今度は違うところで歪みが出てきて、そこにいる人間が今度は事件を起こすだけのことなのである。だから加藤がいた境遇を過大に問題視し、加藤自身の性格や資質を問題にしない発想はおかしい。
共同体と一緒にいられない人間がいれば、共同体はそれを維持するために、そうした人間を排除してきた。人間社会は昔からそうした人間を粛々と排除してきたのだ。後は共同体のダメージを少なくするために、多少の修正をする。そうだからこそ、そうした修正は後手後手となるのはやむを得ない。
言っておくが、私は加藤が起こした事件を肯定しているのではない。事件の凄惨さは被害にあわれた方や関係者にはどう言ったらいいのか言葉さえ見つからない。ただ加藤にはそうした事件を起こした罪の償いをさせればいいだけであり、彼の起こした事件をこの本のように社会問題として過大視するのはどうなのかと思うのである。悪いのは社会だという考えにすり替えてしまい、加藤はそうした社会の被害者みたいな扱いはどうなのかなと思うのである。たぶんこういうのは岩波書店が好きそうなテーマだから、こんな本が生まれたのだろう。
評価
★★
書誌
書名:アキハバラ発 ― 〈00年代〉への問い
著者:大沢真幸
ISBN:9784000220477
出版社:岩波書店 (2008/09 出版)
版型:234p / 20cm / B6判
販売価:1,575円(税込)
- by kmoto
- at 20:18
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