2010年04月30日
出久根達郎著『作家の値段』
出久根さんは古本屋さんである。(プロフィールよると現在は目録販売のみとに書かれている)だからここでいう作家の値段とは古本価格のことである。ただ読んでみると分かるが、単に古本の値段だけでなく、むしろ古本屋さんによる作家論だと分かる。著者もあとがきで「本書は、『古本屋の作家論』といってよい」と書いている。だからここに挙がっている作家について著者の読書経験からその作家を語り、その後で古本価格にも触れ、だいたいが初版で美本であれば数十万から百万と驚かせる。
たとえば司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』である。この本の「立志篇」の初版は昭和38年7月で以後全五巻、すべて初版だと32万円、状態がかなり良ければ50万もするかもしれないという。「立志篇」の発売当時の定価は420円である。すごいものである。昭和38年というと今から47年前である。銀行の利息より高利息である。だから本を大事に読むこと、帯など邪魔だと邪険にせず、破れないようにしないといけない理由がここにある。帯があるなしで場合によっては一桁売価が違うのだ。
ちなみに私が高校時代に買った『竜馬がゆく』の「立志篇」は昭和49年2月の62刷りで、定価が650円となっていた。ホンと久しぶり棚から引っ張り出したが、日に焼けてボロボロで、売ってもゴミ扱いになるだけの状態であった。
もしここに挙がっている司馬遼太郎、三島由紀夫、山本周五郎、川端康成、太宰治、寺山修司、宮澤賢治、永井荷風、江戸川乱歩、樋口一葉、夏目漱石、直木三十五、野村胡堂、泉鏡花、横溝正史、石川啄木、深沢七郎、坂口安吾、火野葦平、立原道造、森鴎外、吉屋信子、吉川英治、梶井基次郎の作品で初版本であり美本が家にあるようでしたら、場合によっては百万円以上になる場合もありますよ、と教えてくれる。もっとも売値がそうだとしても古本屋さんがいくらで引き取ってくれるか、どちらかといえばそっちの方が知りたい。結構たたいていたりして、と思わなくもないが、さすがこのあたりは企業秘密の属するようで一切触れられていない。あくまでも売価での話である。
しかしどうしてマニアは初版にこだわるのであろうか?それを著者は次のように言う。
初版本の魅力をあえて言うなら、その本が世に生まれた時の姿、著者がその目で確かめ、手に取って喜び愛しんだに違いない、その姿を、そっくりそのまま見て触れて愛しむことができる喜び、ではないかと思う。
そうなのかな?確かに一番最初の姿に価値があることは分かるけれど、でも初版本という限定されたものであることに、必然的に価値が出て来てしまうような気がする。まして後に大作家として名をはせるようになった作家だと、あの作家のあの作品の初版本ということで、その時にはもう時間がたってしまっていて、後戻りできないところに価値が出るのではないか。それに時間がたってしまっていることで、その本の数が減ってしまっていることも大いにあり得るだろうし、あっても経年劣化してまっていて、本当に出版された当時のままか美本として残っていることが少ないことも、その本の価値の付加価値を加えているのではないかと思う。そこに需要と供給のバランスが崩れるものだから、追々初版本に高値が付く。
さて古本屋さんのすべき仕事に言及しているところがあって、それが面白かった。たとえば石川啄木や宮沢賢治の場合、生前彼らの作品は売れなかった。そのことはそれだけ当時は評価されていなかったこととなる。彼らが有名になったのは死後である。彼らの本は売れず捨てられていった。著者は古本屋はそうした偉才を世に出す役割を担っているという。それが古本屋の自負でもあるという。多くは捨てられていった作品を見出し、世に出すことが自らの仕事だと言うのである。
一方で古本屋で紙屑扱いされる、いい加減な本や内容のない本など後世に残さないために、安い値段をつけて処分扱いをする。その本が安ければ安いほど大切にされることはなくなり、いずれは消えていくからである。なるほどそういうこともあるのかと思った。きっと世の中にはそうしたクズ本がたくさんあるんだろうなと思う。
ところで面白かったのは石川啄木の『ローマ字日記』であった。啄木のこの本は昭和23年に初めて公開されたが、全文が読めるようになったのは昭和52年の岩波文庫化してされてからだという。というのも、この『ローマ字日記』は春本扱いされていたのでカットされたり伏せ字入りで紹介されていたというのだ。私はこれを読んだことがないので、まったく知らなかったのだが、ここに紹介されている文章を読むと結構過激な性描写があるのだ。
それをわざわざローマ字で日記を書いたのは、こうした性描写や芸者を買ったことなど妻に知られたくないということと、ローマ字で書くことによって自らの体験を客観化し、後でそれを楽しむために書かれたのではないかと著者は推理している。
我々が知っている“働けど働けど 我が暮らし楽にならざり ぢっと手を見る”といった一所懸命働いても、一向に生活にゆとりの出来ない状況を語る啄木ではない。もちろんそれはそれで事実なんだろうけど、だからかこそ、そうした鬱積した性への指向があったのかもしれないなと思った。啄木は借りた春本をせっせと書き写していたという。真面目だけでは生きていけないということか・・・。
評価
★★★
書誌
書名:作家の値段
著者:出久根 達郎
ISBN:9784062766593
出版社:講談社 (2010/03/12 出版)講談社文庫
版型:442p / 15cm / A6判
販売価:780円(税込)
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- by kmoto
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