2010年04月16日

佃由美子著『日本でいちばん小さな出版社』

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 話はいきなり関係のないところから始めるけれど、本というには“匂い”がある。この場合の“匂い”とは実際に本から立ちのぼるインクの匂いとか、あるいは古本のかび臭い“匂い”を言っているんじゃない。この本は面白いかどうかの“匂い”である。面白そうだとなると、何となくそれらしきものを感じるものである。
 この本にそうした“匂い”を私は感じた。さらにこの本を出版しているのが晶文社なので、その点はある程度間違いがないと思われる。晶文社の本(古本も含む)や出版関係に関する本は結構面白く読ましてもらっているからだ。

 でも今回はちょっと珍しいかもしれない。今まで出版社の営業奮闘記みたいなものをいくつか読んだことがあるが、今回みたいなまったくの素人が、自ら出版社を立ち上げ、本の出版から、問屋への納品、返品、さらに在庫管理や出版経理など悪戦苦闘の日々を書いたのを読んだのは初めてだ。日々新しいことが持ち上がるのだが、それは半ば行き当たりばったりで、ときにはヤケッパチな感じで対応できちゃうのは著者の人徳なのかもしれないなと思えるところが面白い。
 著者の経歴をザッと書くと、大学中退後オーストラリアに渡り、永住権を取り、建設会社に就職し、9年間そこにいた。帰国後翻訳やシステム開発を請け負う会社を友人と設立する。
 そん中、知人が今まで本を出してくれた出版社潰れそうなので、出版社になって、続いて自分の本を出してくれと頼まれる。頼まれれば「合点承知!その問屋とやらの取引を始めておくよ」と軽い。
 出版社を始めるには、自分のところで出した本を書店にまいてもらわないとならない。そのために問屋の取次口座を取得しないと、全国の書店に本が置かれない。ところがこの取次口座を取るのが大変なのだ。普通問屋に相手にされない小さな出版社が多い。問屋だってその出版社がちゃんと本を出してくれないと困るし、財務体質だってしっかりしていないと、取引など出来ないだろう。リスクは負えないはずだ。だから新規の小さな出版社の取引条件は大手と比べると厳しい条件を飲まされると聞いたことがある。
 でも著者は「仕事はのんびりなんだが、ちょっと目新しいことにすぐ首を突っ込んでしまう。本当に何でも屋なのである。となると、出版社の権利とやらも、ぜひ獲得したい」と、最初に東販と取次口座開設にこぎ着ける。そして日販とも続いて取次口座を開設する。
 たぶん厳しい条件を飲まされたのだと思うが、それでも本を出したいという気持ちの方が優先してしまう。自分が本を出すと思うと(たとえ自分が書いたものでもなくても)、どこか誘惑的なところがあるのだろう。だから自費出版なんていうのが流行るのだ。著者も取次口座が開設できると、これと似たような気持ちになったと書いている。

 これからいっぱい本を出して、私も彼も儲かって。明るい未来を頭に描いた。

 とか、

 当時は出せば売れると思っているので、
 「へへっ、ベストセラーになったらいいなあ」
 なんて、ヘラヘラ考えていた。他の商売なら、そんな根拠のない夢は見ない。建設だろうが翻訳だろうがシステム開発だろうが、仕事に見合った利益しか考えない。ところが出版となると、とたんにバカみたいに空想してしまうのだ。

 納品など身体を動かしていると、「建設業とサービス業の経験しかないと、商品を運んだり納品したりするのは、すごく新鮮だ。机の前で書類なんか作っているより、断然楽しい。働いているという実感がわく。八百屋や消防士や漁師みたいな、小学校の社会科で習った『働く人々』をしている感じだ」とこのあたりも楽しそうだ。

 私は楽しいことを考えるのが好き。ぬか喜びになろうが気にしない。毎日頑張って働いてるんだから、何か楽しいそうなことがあったら前向きどんどん想像する。そうすると、実現したらしたで二度美味しいではないか。

 せっかく「製造業かつ自営」を満喫しているとも言い切る。

 しかし現実は甘くない。最初に作った資格本はほとんど売れない。毎日返品が戻ってくる。しかも汚れた状態で。仕方がないので消しゴムで汚れを落とし、カバーを取り替えたり、次来る注文に回そうとするが、印刷所にはまだパレット二つ分の在庫を抱えていることをすっかり忘れている。まだ一回も流通していないのに結局裁断処分するしか他になく、泣く泣く処分する。
 また最初に出版社を作ってくれとと言った知人は、結局元いた出版社がつぶれず、著者の出版社から知人の本が出版出来なくなる。

 これまでの人生、本との関わりはあくまでも読者としてだった。突然作れと言われて(言われていないけど)心底困ってしまった。贅沢な悩みかもしれないけれど、本人にとっては本当に困ったことだったのだ。

 そもそも私が出版社になったのは、志高くして念願かなったわけじゃない。取次口座の話自体が、向こうからやってきた。どういう出版をしていくかという根本的な問題に、急に答が出るわけがない。

 でもそこはさすがというか、何とか危機を乗り越え、地道な出版が続く。そうなると出版がますます楽しくなってくる。たった一冊の本で「企画を練って、原稿を作って、印刷準備(組版やカバーデザインなど)をして、新刊として出して、売るためにあれこれ動いて、そうして納品にいく。返品を受けて、消しゴム作戦をして、もっと売ろうといろいろ試す。経理も在庫管理もある」。これだけ多様な仕事が関わっているとは、この商売をするまで考えもしなかったと思うのだ。

 まぁ現実はここに書かれない苦労がたくさんあるだろうし、とにかく本の売れない時代に入っているから、もっともっと厳しいだろうなと思う。著者の出版社であるアニカから出だされている本は、私のジャンルじゃないので、手にすることはたぶんないだろうけど、でも頑張って欲しいなと思った。もしかしたらここで出された本といつか出会うことがあるかもしれない。

 最後にネットと本の関係を著者も述べているので、そのことを書きたい。たとえばオンライン書店の存在をどう考えるかである。確かにオンライン書店の売上がリアル書店を食っているというのが、今言われている現状だろう。だからといって「そんなに売れているのか。みんな、そんなにオンライン書店で買うのか、と思う」と著者は疑問を持つ。
 こういうのは結局どこに立つかでものの見方が変わってしまうものだろう。著者のようにリアル書店を主に相手にしている、せざるを得ない(アマゾンで相手にしてもらえなかった経緯がここに書かれている)から、そんなにオンライン書店で売れているのか、と疑問を持ってしまうのだろう。
 また好みの問題もある。むしろこれの方が強いかもしれない。書店が好きで、棚を眺めながら何か面白い本はないかなと探すのが好きな人であれば、「けっ、何がオンライン書店だ!」と言いたくなるであろう。逆に近所に本屋さんがないか、あってもしょうもない本しか置いていないと感じればオンライン書店になびくであろう。あるいは忙しく動き回っている人は、本屋に寄る時間なんかないよと言い、目の前にあるパソコンで本を注文するであろう。そういうことなんじゃないかと思う。
 著者はオンライン書店の美点ばかりを絶賛する姿勢に疑問を持つものだから、一つのジョークを披露する。ネットの利用状況調査したところ100%という結果となった。それはインターネット上のアンケートだったからだという話だ。オンライン書店の隆盛ばかりを強調する姿勢はこれと同じじゃないかというのだ。私はリアル書店の出身なのでこれに一票あげたいところである。けど要はうまくオンライン書店もリアル書店も付き合っていけばいいだけのことだろう。
 電子出版にしても同じである。それがいいと思う人はそれを利用すればいい。逆に紙に印刷されたものがいいななら、今の本の形態を愛すればいい。著者のように本の出版にこだわるなら、まして苦労して問屋との取次口座を持った以上その恩恵に浴したいものであろう。電子出版には未来を感じるけれど、私も最終的には本の方がいい。


評価
★★★


書誌
書名:日本でいちばん小さな出版社
著者:佃 由美子
ISBN:9784794967091
出版社:晶文社 (2007/05/01 出版)
版型:242p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

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