2010年08月03日

吉村昭著『白い道』

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 先日隅田川花火大会をテレビで見た。実は我が家は昨年地デジ対策を施し、それに伴いテレビもデジタルハイビジョンに替えたので、この花火大会の映像が今までのアナログテレビよりきれいに見えるんじゃないかなと期待していたのである。確かにきれいななんだろうなと思えたが、期待したほどではなかった。やっぱりテレビの画面サイズがものういうようで、この程度じゃ期待するほど感動は得られないようである。ただ音の方が鮮明であったような気がする。花火が打ち上がる音がはっきり聞こえたし、花火が開いた時の音も結構臨場感があった。要するに花火は実際に見た方がいいようだ。
 その隅田川である。テレビでは花火の美しさと、川面に映る花火も捨てがいたことを言っていた。確かに川で打ち上がる花火は風情があっていいなと思ったが、一方この川では悲惨な光景もあったんだなと、ちょうどこの本を読んでいたので思った。

 「三月十日の夜間空襲で下町一帯が焼きはらわれた後、隅田川には窒息死して流れ出た多くの死体が見られた。私は、尾竹橋の上を自転車で渡る時、半ば習慣のように川面を見下した。数人の通行人が欄干にもたれているのが常で、露出したわずかな洲を中心に多くの死体が橋下に寄り集まっているのをながめていた。
 見慣れた死体もあって、私は死体の中からそれを眼で探し出す。それは、日がたつにつれて黒ずみ、汚れていった。通行人はしばらくすると無言で欄干をはなれ、私も自転車のサドルにまたがる。妙に静かな時間であり、静かな情景であった。それは決して特異な情景ではなく、私の視覚に物憂くふくれるだけのものにすぎなかった」

 「昭和二十年月十日の夜、東京の下町一帯が夜間空襲で焼けました。それからまもなく、隅田川の橋の上を自転車で通るたびに、尾竹橋の欄干から川面を見下ろすのが私の習慣となりました。私だけでなく、五、六人の人が同様に川面を見ています。下には水死体が浮かんでいます。空襲で下町の人が火に追われ、熱いので川に入る。燃焼のため酸欠になって失神して水死した。川に浮かんでいるのはこうして死んだ人なのです。
 酸欠のために死んだので、焼けておらずきれいです。このような水死体は付着力があるのか三十から四十体がくっついて、あたかも筏のようになっています。手提金庫を背負った中年の男とか、若い女の人とか、若い女はなぜかうつぶせになっている。子供をおぶった婦人などが、みなおしりを上にして浮いている。私だけでなく橋の上を通る人はみんなそれを見ています。
 しかし、その死体の群は川の一つの風物のようにしか感じられない。気の毒だとか、無残だとかいう感情は一切ないのです。無感動というか、無感情に風物の一つとして見ていたのです。これは私だけではなく、川を見おろしている人がすべてそうでした。そしてその風景を見あきると離れていきました。こうした光景に対して何の感慨もない。戦争の時代というのは、死に対して無感覚になっていたと思います。いろいろな死体を見ましたからそうなっていたと思います」

 似たような光景を読んだことがあった。それは戦争ではなく、関東大震災の時の話である。田山花袋の『東京震災記』にも川面をうめた死体のおびただしい数が記述されていたはずだ。この川は下町の風情には欠かすことの出来ないものであろうが、一方で震災や戦災において、多くの死体を浮かべた川でもあったんだと思ったのである。

 吉村昭さんの死後、数冊の単行本未収録のエッセイが各社から出版され、ある程度時間がたったので、もうこれ以上こんな本は出ないだろうと思っていたら、本屋の新刊棚でこの本を見つけてしまった。ファンとしては読まないわけにはいかないので手にする。
 この本では吉村さんが書く素材をノンフィクションから戦史小説へと変え、そして歴史小説に変えていった理由が書かれている。吉村さんは小説家としてデビューしていわゆる私小説や虚構小説を書いていた。そして戦史小説を書くに至った理由が、自身が体験した戦争の姿を見つめ直すことにもなったからだという。吉村さん自身は実際戦争に行った経験はない。ただ戦争の被害者としての体験はある。たとえばこの隅田川の光景もそうである。
 吉村さんは戦争は罪悪とは思っていなかったし、何となく雄々しいもの、華々しいものと感じていたと書いている。ある程度高揚感の中で、戦争を身近に感じていたようだ。だから終戦を聞いた時、異質なものを感じた。もともと「戦争が終わるということは勝つことだと思いこんでいましたから、戦局が悪化してくると終戦はずっと先になるなと思っていました。日本がまた盛り返して勝つまでには相当な時間がかかる、そういう重苦しい感じを持っていたんです。当時、私は戦争が罪悪だと思ってなかったから、平和が訪れたということの意味も本当ににはわからなかったのです」と書いている。
 要するに戦局は厳しいけれど、戦争には日本が勝つと思いこんでいた。いやおそらくそう思いこまされていたというべきなんだろう。そうでなければならないと思っていたのだ。もともとこの戦争は軍部の暴走がそうさせたところがあるにせよ、それを暗黙のうちに支持した国民の感情があったことが問題なのだ。
 ところが終戦を境に新聞などの論調ががらりと変わる。それまでは戦意高揚を煽っていた新聞が戦争を批判し始めるのである。吉村さんはそれに戸惑いを感じたという。だろうな。だって吉村さんはそれまで戦争を罪悪だと感じていなかったのだから。しかし吉村さんはそうした戸惑いから、戦争の起こったわけを次のように考えるようになる。

 「私は呆然としていたわけです。戦争は罪悪とは思っていなかった。たしかに雄々しいもの、華々しいものと感じていました。それが急に罪悪だということになった。たしかに私自身も戦争は罪悪だということがわかりはじめた。そんな無惨なことはないなと思いはじめました。ところが文化人の中には、あの戦争は軍部がやったんだ、私は批判していた、と言う人がいる。
 しかし、こんな小さな島国で、あれだけの大戦争いくらなんでも軍部だけでやれるわけがない。軍部だけでなく日本人自身が戦争をやっていた。それをまずはっきりしておかないと戦争の実態はつかめないのではないか。戦争中、もっともこわい存在は、われわれの近所の人、隣組の組長とかいった人です」

 吉村さんは戦争が終わればそれを批判するのはただの保身のためだと言い切り、人間は時勢が変わったからといって、そんなに考え方が変わるわけがない。そのところに反省ということがあってしかるべきと思いはじめる。吉村さんは十八歳まで見た戦争というもの、日本人というものを書いてみようと思ったと書いている。それが戦史小説への転換意識となったと書いている。
 そしていくつか戦史小説を書く。その際軍部などに残された資料を中心にするのではなく、関係者の体験を直に聞き、物語を肉付けしていく方法をとる。
 そうして戦史小説を書きつづけるが、話を聞きたい人の数が減っていく。体験者、経験者、証言者、技術者の話が聞けなければ、吉村さんの小説手法は段々手詰まりになって行く。これが吉村さんの戦史小説を書かなくなった理由であった。
 そして歴史小説を書くようになる。吉村さんは歴史小説と称する以上、史実を物語の展開のために改竄してはならないと考えている。さらに歴史資料以上にもっともっと細かい様子、たとえば天気や風景など、詳しく現地へ行って資料を探し出し、それを元に小説をよりリアルに描こうとする。つまり書くものは変わったけれど、戦史小説でも歴史小説でも、事実を動かさず調べることの方法や材料は、生きている人からの証言から、文献や現地調査と変わっただけであり、ともに同じやり方だと言っているのである。
 私は吉村さんの戦史小説はほとんど読んでいない。個人的に吉村さん歴史小説が好きである。それは公にされている歴史資料に加えて、吉村さん自身がこだわる細部にあるものが、よりリアルに当時の状況や人物像を身近に感じさせてくれるからである。そしてそう感じさせてくれるのは戦史小説を書かれていた時の手法がそのまま生かされているからだと知るのである。

 最後に吉村さんが戦争が終わったんだな、と実感したことが印象的だったのでそれを書いておく。

 「3月十日の東京大空襲で、下町一帯に焼夷弾がばらまかれ、一キロほどしか離れていない三ノ輪あたりまで焼けました。(略)私はすぐ近くの谷中の墓地に非難して、町が轟々と焼けているのを見おろしていましたが、非難してから十分もすると火傷で火ぶくれした人が続々と墓地に逃げてきたりしました。
 あの頃は灯火管制で、ふだん明るい光に飢えていたから、それだけに空襲の夜の炎の色は華麗に思われました。あれほどの大燃焼は他に知りません。町そのものが燃え上がって、炎が逆巻いているんです。それに軽金属からでも発するものか、緑色や紫色の光なども入りまじる。空は朱に染まって、空の全面から赤い光が全反射していますから、影というものが全然なくて、墓石でも小石でも、物すべてが赤く浮き上がって見えるんです。ちょうど桜が満開で、それがまた、真っ赤に染まって不思議な光景でしたね。

(略)

戦争が終って間もなく、谷中の墓地近くの坂から町を見下ろした夜の印象は強く残っています。町の一角がわずかに焼け残っていて、そこから灯がともっている。灯火管制で闇に慣れていた目には、電灯のまたたきがとても賑わいだものにみえ、ああ電気をつけてもいいんだなと思った。そときに、戦争が終わったんだ、平和がきたんだという実感が湧きました」

 情報として知らされ、それを頭で理解しても、なかなか身体の中でうまく受けいれられないことがある。ところが些細なことを感じることで、それを実感することがある。これはその一例のようだ。そして読む側も「そうだろうなあ」と実感できるのである。


評価
★★★


書誌
書名:白い道
著者:吉村 昭
ISBN:9784000234771
出版社:岩波書店 (2010/07 出版)
版型:208p / 20cm / B6判
販売価:1,785円(税込)

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