2010年10月30日

司馬遼太郎著『司馬遼太郎が考えたこと』〈4〉

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 また司馬さんのエッセイを読むこととした。
 今回この巻を読んでいて感じたことは「国家」を我々がどう感じているか、である。司馬さんはここに収録されているエッセイの中で何度か言っているのだが、今ほど「国家」が軽く感じられることはない、と言うのである。そしてこの国家とは何かを語るとき、前置きとして「いいわるいは別にして」とか言って、今国家という意識が日本国民に薄れている現状と、重苦しく「国家」というものが庶民にのしかかっていた時の、どう違うのかを論じている。司馬さんは次のよう言う。

 「現在、日本に国家があるか、というとちょっと疑問がある。すくなくともわれわれの意識の中では、国家というものはあるのかないのかわからないような、たいへん軽い存在になってしまった。何か悪いことをして警察にでもひっぱられてゆく以外は、国家の重みを一生感じないで過ごしそうで、実に頼りない」

 確かにそうだ。けれどこれはつい最近の日本の歴史を見ても、国家という意識が薄い方がいいに決まっている。ただ「良い悪いは別として、国家というのは充分に国民を興奮させるものだった」とも言っている。
 たとえば普段国歌の「君が代」さえ強制的に歌わせるのはどうかという教師がいて、それ歌えばさも戦前の体制に戻るような言いぐさで、それを拒否し、生徒もそう思うようになる。けれどサッカーのワールドカップに日本代表が出場すればみんなで「君が代」を斉唱する。歌うことで国家という意識をその時だけ共有し興奮していくのである。司馬さんは競争がはっきりと肌で感じるところでこそ、ナショナリズムの発揮しがいがあるものと言っているが、まさしくこれがその例としてみることができそうだ。
 今中国で日本バッシングが盛んに行われているけれど、あれだけ若者が興奮するのは、様々な背景が考えられるだろうけど、日本という敵を設定し、その意識を共有し、そこに戦う姿勢を見出されるからではないだろうか。もともと中国人は中国人で日本を昔から諸蛮、つまり衛星国の一つに数えていたのだから、彼らからすれば見下しても当然なのかもしれない。日本もわずかな期間だったが、そうした国家意識を高揚させた時期があったことを思えば、納得できなくもない。
 ただ司馬さんは「考えてみると、日本の長い歴史の中で近代ヨーロッパでいう国家を実際に日本人がもったのは、明治のはじめから太平洋戦争が終わるまでの、せいぜい八十年間に過ぎなかった。
 明治までの日本人の意識というには、たとえば薩摩藩士は薩摩藩のことしか考えない。その思考は藩どまりであった。百姓はもっとひどい。彼らは隣村との喧嘩なら生命がけでやるが、藩という大きさでは何も考えていない。
 要するに日本人は一つの国土に住みながら、国という意識はなかった。せいぜい藩なら藩まで、村なら村までしかない。極めてローカル主義であった。それが日本の地金である」という。
 それを明治政府は村の一人一人、藩の一藩士に国家という意識を植え付けようとした。愛国心を百姓や商人に起こさせようとした。国として一つの意識にまとまらないと当時の列強に侵略されてしまうという危機意識がそうさせた。しかし一端国家という意識を植え付けられた国民は歯止めがきかなくなっていく。それが太平洋戦争が終わるまで続いた。
 戦後それは悪夢だったと考え改め、平和の名の下に国づくりが進められ、国家という意識が次第に薄れていく。けれど司馬さんは「それは日本古来のものに戻ったにすぎない」と言い切る。だから「現代日本のナショナリズムは『村意識』のナショナリズムで、一地方、一企業間にとどまった強烈な帰属意識で、それがなかなか日本全体に拡がっていかない」と言う。
 中国では一漁船の船長が拘束されれば、国家をあげてそれに対抗措置をとるが、日本の一企業のサラリーマンが拘束されても、青い顔するのはその企業の関係者だけで、国家もうろたえ、国民は“ばばを引いた”としか思わない。その程度のナショナリズムしか持ち合わせていない。
 何度も言うように危機や競争がはっきりと肌で感じるところでこそ、ナショナリズムの発揮しがいがあるもので、ヨーロッパのような地続きで、いつ隣国が攻めてくるかわからない状況なら民族的にまとまれる。しかし島国である日本では、国家だとか民族とかいうものの実感がきわめて生まれにくい。ヨーロッパで生まれた近代国家というものを単にうわべだけ輸入したって、根本的なところで違うのだから、根付く訳がない。基本は自分だけが安穏として暮らせればいいという発想しかないし、他人を思いやる発想がないのだから、自分さえよければそれでいいとしか考えられない。その範囲が多少広げられるのは個人が所属する共同体までであろう。

 別の視点から見てみよう。江戸幕府が三百年続いたことの功罪を考えてみたい。司馬さんによると、「徳川幕府の作った社会は、人間をいかに反乱させずに安穏に暮らせるか、この目的で組織された社会」であった。
 たとえば関ヶ原、大坂の陣を経て徳川体制が安定すれば、普通機能的に考えて、兵隊は解雇し、帰農させるか商売をやらせる。ところが徳川家康は徳川体制の安定のためには現状維持が一番望ましいということで、兵隊は戦時体制のままおいた。そのため仕事のない侍がゴロゴロする。つまり仕事のためではなく、人を養うだけのために組織されたのが幕藩体制だった。これが三百年続いた。それがその後の日本人の組織感覚にあたえた影響は大きい。それが現代日本の終身雇用という独自の雇用体制が尊ばれるのもこの点から考えてもいい。雇ってやるからきちんと働けという発想は、食べさせてやるから謀反をおこすな、というのと同じである。
 どうして徳川家康は変革を恐れたのか。そこには幕府が独裁政治でなかったことにある。(司馬さんはもともと日本は独裁に向かない国と言い切っている)徳川幕府は他の藩という存在の上にただ乗っていただけで、一種の盟主に近い存在だったからである。だから場合によっては「江戸を襲われるかもしれぬという点では、その草創期から病的な神経を持っている」っていた。そのための懐柔政策である。そして「江戸体制の創始者は、人間を猛獣の一種として見る明快な人間眼と定義をもっていた。かれらの体制づくりは簡単で、猛獣を重秩序でしばりあげることによってのみその猛気を矯めることができると信じ、そのとおりやってのけ、みごとに成功した」のである。それが三百年も続いたのである。三百年ちかく教育されつづけた日本人は徳川幕府とおなじ心情になっていったのである。
 もともとヨーロッパのようなパブリックな意識がない。われわれには「自分の」というのしかないのである。そこに現状維持というのが一番という徳川幕府の心情が浸透すれば、それは平和ではあろうが、自分本位の平和でしかなく、文化にしても元禄文化みたいな庶民あげて平和ぼけした文化しか産まない。
 もともと日本人はローカル主義が地金で、そこに変革を望まない江戸幕府が三百年も続き、のうのう暮らして来た。他者を思いやることより自分が大事、自分が所属する共同体だけが大事という発想しか持てなくなってしまった。
 そこにヨーロッパ流の近代国家という思想やシステム持ってきても、都合いいところだけつまみ食いし、基本は変わっていない。そこに明治政府から昭和の軍閥の専制期は国家の高揚を掲げて戦争しても、それが個人にどのように利益が反映するのか、その程度しか考え到らない。個人に利益が享受できれば、それを肯定し、思ったようにいかなければ激高し、その時だけ「国家」を意識する程度なのだ。悲しい国家意識である。

 さて、最後に個人的に興味深かったことを羅列で抜き出しておく。

 江藤(新平)が天性の検事であるところは、その論理能力が他人の悪を追求するときにすさまじいほどに冴えわたることでもわかるが、しかしかれが明治の建設にのこした業績はそういうものだけではない。明治初期の政府機構を法制化するについてはほとんど江藤の手でおこなわれたのではないかとおもわれるほどよく働いている。さらには旧民法の基礎をつくった。そういう世界のみに江藤は自分の活動を限定すればよかったが、しかしかれの魅力と不幸は、革命期をへた者として野気がありすぎることであった。
 たとえば薩長の問題である。他の佐賀人は長いものにまかれろという気持が大なり小なりあった。副島(種臣)のようなひとまでこの気分が多少あり、それが副島をして天寿を全うさせた。大木(喬任)は協調主義であり、大隈(重信)はもっと次元のちがった場所で薩長を操縦しようとし、ときに妥協し、ときにおどしをきかせ、ときに恩を売ったりした。大隈の手腕は、それがやってのけられるだけに政治屋の素質がふくまれていたが、江藤にはそれができなかった。江藤は「長人は狡猾だから、口車には乗らない。その点薩人はおろかだからこれと手をにぎって、まず長州をたおし、ついで薩摩をたおす」といっていたが、そういうだいそれた政治の芸ができるほど、江藤は大狸ではない。であるのにかれはそれをしようとし、おりから西郷隆盛を中心としておこってきた征韓論にとびついてそのグループに入ったが、政治的飛躍の時期をあやまり、ついに佐賀の不平士族にかつがれ、いわゆる佐賀の乱をおこして刑死する。政治家としてはいかにも筋が通りすぎるほどに通ったみごとな一生というほかにない。


 近藤勇というひとは上昇気流に乗っているときは、京都での活躍のように無類の能力を発揮するが、ひとたび気流からはずれると、ただの下凡になってしまう型のひとだった。
 京のの活躍期の近藤をもってその人物の目方を量ることはむずかしいが、この時期の近藤の行跡を計算に入れると、やはり二流の人物にすぎなかったようである。

 明治に英国から貴賓がきたとき、その時国歌の奏楽が必要になり、接待役の薩摩藩士原田宗助上司の川村純義に相談する。川村は「歌ぐらいのことでいちいちオイに相談すっことあるか」と一喝する。そこで原田は同役の旧幕臣の乙骨太郎乙に相談し、乙骨は徳川家の大奥の元旦儀式の歌であった「君が代」を教え、それを採用する。司馬さんは「君が代」起源説の通説では大山巌などが関わったとされているのは、「君が代」が徳川家の要素を消すためではないかと言っている。

 この五稜郭という要塞ほど愚劣なものはないだろう。
当時の箱館奉行竹内保徳が監督し、武田斐三郎というあやしげな西洋兵術通という者が設計したもので、実際は西洋式でも日本式でもなく一種ハッタリ設計で、戦闘という実理をかいもく知らない者が役所仕事でつくったものにすぎない。諸事そのように実体の威力のない形式主義が徳川時代悪というものだが、この五稜郭こそよい見本だろう。
 旧幕府軍がここにこもったが、函館湾に進入した官軍の砲弾が三キロの射程をとんでことごとく城内に落ち、兵の闘志を奪い、五稜郭はあっけなく落ちた。
 われわれは五稜郭を見学するとき、当時の攻防を回顧して感傷にふけるよりも、むしろこのインチキくさい自称要塞というものを通して、当時の幕府や幕府役人というものがどういうものであったかを思うべきだろう。

 私は、いわゆる明治的な天皇絶対制の基礎をつくったのが大久保利通であり、それを憲法によって制度化して、大久保の思惑より明朗なかたちにしたのが伊藤博文であり、その明色を暗色にしておもくるしい装飾にほどこしたのが山県有朋だったとおもっている。


評価
★★★★


書誌
書名:司馬遼太郎が考えたこと〈4〉エッセイ1968.9~1970.2
著者:司馬 遼太郎
ISBN:9784106467042
出版社:新潮社 (2002/01/15 出版)
版型:379p / 19cm / B6判
販売価:入手不可

2010年10月25日

ヤマザキマリ著『テルマエ・ロマエ』 〈1〉〈2〉

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 ローマ帝国皇帝ハドリアヌスは五賢帝の3人目の皇帝で、所謂Pax Romana (ローマの平和)と呼ばれる時代の一時代に君臨した皇帝であった。また彼の前の皇帝トラヤヌス帝の統治時代にはローマ帝国の領土が最大となった。ハドリアヌス帝はそんなローマの偉業が華々しい、平和な時代に華麗な建造物を各地にいくつも建てた。
 そんな時代に一人の浴場技師ルシウス・モデトゥス(このマンガの主人公)が作る浴場建築は、華麗で華々しい建築物に慣れてしまったローマ市民にとって、古臭いものであった。彼は自らアイディアが受け入れないものであることに傷心し、ローマの浴場につかっているときに、現代の日本の銭湯や露天風呂、あるいは家庭の浴槽にワープしてしまう。
 彼は自らがいるローマ文化は他の民族の文化など話にならないほど偉大であることを自負している。それが日本の風呂文につかると、ローマははるかに及ばないと愕然とするのである。ここが面白い。普通自らの文化に絶大なる自信を持っている人物なら、当然他の民族の文化全体と比較して、その優越感を感じるものだろう。たかが風呂文化だけを取り上げて、ローマ文化よりはるかに進んでいると感じてしまうところが、可笑しい。
 ルシウスは日本の銭湯にワープして、壁に描かれた富士山を見てヴェスビオス火山と勘違いし、銭湯に来ている平たい顔族(日本人のこと)のオヤジに瓶詰め牛乳を勧められ、そのうまさに感動する。しばらくしてローマに戻る。そしてそのアイディアを使って、ローマにヴェスビオス火山描いた浴場を建設する。湯上がりの後は牛乳を提供するアイディアももちろん使わせてもらう。その斬新なアイディアが受けて、ルシウスが作った浴場は話題を呼ぶことなった。
 その噂を聞いたローマの年老いた執政官はルシウスを呼び出し、大好きな風呂を作ってくれと依頼される。ルシウスは広大な館のある敷地を調べているうちに温泉が湧いていることがわかり、そこにつかっているとまた日本の露天風呂にワープしてしまう。そこにいる平たい顔族は露天風呂つかりながら酒を飲み、温泉卵食べている。ルシウスはそのうまさに感動する。そしておきまりのパターンでローマに戻り、その執政官の敷地に露天風呂を作り、酒を提供し、温泉卵を執政官に食べさせることで、執政官の健康を回復させる。
 あるいは日本の家庭の風呂にワープしてしまい、シャンプーハットの便利さ、垢すりタオルに感動し、そのアイディアもローマに持ち帰る。ますますルシウスの作る浴場は話題になり、今度は皇帝ハドリアヌスに呼び出される。そして兵士たちの傷を癒す風呂を作ってくれと頼まれると、今度は日本の湯治場にワープしてしまう。もちろんそのアイディアも使い、ハドリアヌスの寵愛を受けるようになる。
 一巻目はそんな忙しい日々を過ごすルシウスは妻に逃げられるところで終わる。しかしルシウスが作る浴場はどんどん話題を呼び、今度はローマ市民に喜ばれる浴場を作ってくれと、ハドリアヌス帝に頼まれる。アイディアに困っていると、今度は日本のヘルスセンターやレジャーランドにワープし、その楽しさに感動し、そのままロー市民の憩いの場としての浴場を作り更に話題を呼ぶ。
 そうなると今まであった個人が経営していた浴場が廃れていく。その実情を知らされたルシウスは今度はその個人経営の浴場のために一肌脱ぎ、またまたワープして日本の銭湯が取り組んでいる銭湯離れを回復すための運動をそのままローマに持ち込み、窮地に陥った個人経営の浴場を助ける。
 二巻目はそんな時代の寵児になったルシウスをねたむ人物に命を狙われるところで終わる。
 今は二巻目までしか出ていないので、今後どうなるか楽しみではある。しかし毎度毎度同じパターンで日本にワープし、日本の風呂文化に感動し、それをローマに持ち込む話の展開は、確かにふざけていて面白いのだが、これがずっと続くと多分マンネリ化してしまうのではないか、という恐れがある。このやり方で話を続けるには、どこか変えないとつまらなくなりそうな予感がしないでもない。
 でも今のところ、話のアイディアは奇抜で面白い。結構笑わせてもらった。ローマの風呂文化と日本の風呂文化をうまくつなげてこんな話が出来るとは思わなかった。
 このコミックの一話一話終わるごとに、著者の「ローマ&風呂、わが愛」というエッセイが載せられていて、これが蘊蓄があって良い。その一つ。

 ハドリアヌスの生きた紀元2世紀の前半辺りでは、ローマ市内だけでも大きな浴場で11ヶ所(これの殆どが皇帝の建てた公共大浴場)、個人経営などの小さな浴場が約1000ヶ所ありました。これだけ沢山の浴場がローマの街の中に存在し得たのは、高度な水道技術でローマ市内に周辺の水源から大量の水が引かれていたからなのです。

 なるほどね。主人公ルシウス以外、たとえばハドリアヌスのまわりにいる登場人物は調べてみると、どうやら歴史上存在した人物らしく、一応話の時代考証はきちんとしているようだ。
 そうそう、ローマの垢すりとは金属で出来ていたらしく、垢すりベラ「ストリジル」という。遺跡でも発見されているようだ。これはちょっと痛いんじゃないだろうか?
 二巻目の最初にワープするのは日本の「男根崇拝」の祭りなのだが、ローマにも豊穣と魔除けとして男根をかたどったものが数多くポンペイの遺跡から発掘されているという。著者の「ローマ&風呂、わが愛」ではローマは日本同様多神教の国だったので、そうした土俗の信仰も長く残されていたのだろうといっている。そしてこれもお決まりのキリスト教が広まるとそうした土俗信仰が消えていったのではないかといっているのが、多分そうなんだろう。
 ちなみに、著者のヤマザキマリさんはなかなかユニークな経歴の持ち主のようで、イタリアの陶芸家の孫と結婚し、中東やイタリアポルトガルで暮らしていたようだ。その暮らしぶりもコミックで描かれているようで、ちょっと読んでみたい気がする。こんなギャグ漫画を描けるのもそうした背景があるからだろう。


書誌
書名:テルマエ・ロマエ 〈1〉
著者:ヤマザキマリ
ISBN:9784047261273
出版社:エンタ-ブレイン (2009/11 出版)(発売:角川グル-プパブリッ)Beam comix
版型:138p / 19cm / B6判
販売価:714円(税込)


書誌
書名:テルマエ・ロマエ 〈2〉
著者:ヤマザキマリ
ISBN:9784047267701
出版社:エンタ-ブレイン (2010/09 出版)(発売:角川グル-プパブリッ)Beam comix
版型:173p / 19cm / B6判
販売価:714円(税込)

2010年10月22日

山口瞳著『江分利満氏の酒・酒・女』

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 新刊で文庫オリジナルと書いてある。といっても、たぶん“寄せ集め”のエッセイ集であろう。実際解説に「自分としては、この一冊で山口瞳の全体像はかなり浮き彫りにできた、そう自負してほくそえんでいる」と書かれているから、解説者が数ある山口さんのエッセイからセレクトしたものだろう。

 でも悪くない。

 読んでいて、ちょっと笑ってしまうし、そうだよなあ、と思わせるエッセイを集めているので、楽しかった。文庫のカバーにある絵は山口さん自身が描かれた絵のようで、夜の都会のビル群の雰囲気が出ていていい感じだ。こんな夜にどこかでお酒を飲んでいる姿が眼に浮かんでくる。(ここにあげた本の画像は帯が邪魔だったな)
 とにかく山口瞳という人は中学一年の時からお酒を飲んでいる人だし、サントリーという会社の広告に携わって来た人だけに、描かれるお酒に関する風景は、経験が長い分、クスッと笑わせてくれる。苦い経験も当然されているから、人のお酒の飲み方にも、忠告を兼ねた言い分は、「確かにそうだんだよな」と思わせる。
 私はほとんどお酒を飲まないので、このあたりの情景は、想像するしかないのだが、でもお酒を飲まなくても、人の世は何事も思うようにならないものだから、ある程度は想像することはできる。ましてお酒は男同士、あるいは会社の関係(同僚、上司など)、男と女の関係、をよりその姿をあからさまにさらけ出すか、部分的に表にしてしまうところがあるから、その分リアルで面白い。逆に言えばその分恐ろしくもある。普通お酒は苦い経験を多くさせてくれるのではないだろうか?
 酒飲みの実態も面白い。たとえば酒飲みは慢性下痢患者であって、朝起きて何度もトイレ行く。胃腸もかなりダメージを受けているだろうから、酒場の女性にもてるためには、その女性の胃腸の心配をしてあげるとモテるとも書いてある。本当のそうかどうかは知らないが、ただ会話ははずむだろうなとは思える。
 二日酔いにも当然悩まされ、その解消方法もいろいろあるようだ。けど二日酔いの解消法が多くあるということは、「宿酔の治療法について、古今東西、いろいろのことが書かれているが、こんなに書かれているということが、すなわち、治療法はないという証拠である。
 芸術とは何か、小説とは何かというのが文芸評論家における永遠のテーマであり、永遠のテーマになっているのは、要するに、わからないことであって、宿酔も治療法とよく似ている」らしい。でもこの記述は笑ってしまった。
 結局お酒は失敗がつきものである。だからそこに人生譚が生まれる余地がある。苦々しい経験が、人生訓を生む。けれどたちが悪いのは、だからといってそれが直らないということであろう。散々な目にあっても、同じことを繰り返す。“にもかかわらず・・・”である。
 お酒の話には女性がつきものである。女友達、会社にいる女性、酒場の女性、そして女房と。そこで男は女とは、女房とはと定義つけたくなるようだ。しかしだいたいが男の勝手な言い分だ。別にフェミニストを気どっているいるわけじゃないが、そう思う。

 たとえば、

「女の人のよさはやさしさじゃないでしょうか。美人じゃなくてもいいんですから、やはり気持ちのやさしい人がいいですね。それから肌の手入れがいい人がいますね、そういう女性は尊敬しますね。それから、女の人は着る物に対するセンスが必要だと思います。それのない人は女じゃないと思うんです。たとえば、みんなで海水浴なんかへ行っても、はでに飛び回る人と、じみだけど、ごはんのとき気をきかせておにぎりなんかつくってくれる女性がいるでしょう。そういう人は必ずうまい結婚をしますよ。気持ちのやさしさに男は打たれますからね。
 女の人というのは、きれいじゃなければいけない。きれいというのは、必ずしも心も体もいきいきしていること」

 こんな文章を読んで、なんて男って勝手な何でしょう!、と怒っちゃいけない。これが大方の男の心情なのだから諦めてもらうしかない。それに追随するかどうかは、もちろん別な話だけれども・・・。

 まだある。山口さんぐらいの年齢になると若いチャピチャピの女性を対象とはほとんどしない。興味がないということじゃない。ただ面倒だからであろう。しかし同年齢の女性や女房族に対してあれこれ言う。いや言わざるを得ないというところかもしれない。

「中年の女、中年の妻、中年の母親というのが私には怖ろしくて仕方がない。
 どういうところが怖いかというと、ガンバッテイル感ジがこわいのである。夫のため、子供のため、彼女はガンバッテイルのである。息を抜くことがない。正義の味方である。大義名分があるのである」からである。

「なぜ女房は強いのか。
 女房にとって、夫は、親であり、子供であり、賢者であり、手に負えぬウスラバカであり、金を運んでくれる人であり、小遣いを持ちだす人であり、甘えたり拗ねたりできる人であり、そのほか、ほとんどあらゆるものになりうる人である。
 女房は、こうしてヨリドコロがあるから強いのだと思う」 

 このように、反論の余地がなく、逃げどころがなくなると、男はお酒に、他の女に目が向く。そして傷口を広げるのである。山口さんの言い分に妙に納得するのは、結局それがまぎれもない真実であり、逃れようない事実だと思いつつ、自らの傷口を広げてきた経験が、ここに披露されているからではないだろうか?


評価
★★★


書誌
書名:江分利満氏の酒・酒・女
著者:山口 瞳
ISBN:9784198932299
出版社:徳間書店 (2010/09/15 出版)徳間文庫
版型:251p / 15cm / A6判
販売価:619円(税込)

2010年10月20日

門井慶喜著『おさがしの本は』

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 この本は啓文堂書店の「おすすめ文芸書大賞最終候補作品フェア」の棚から買った本である。いくつか候補作がある中で、絶対に私が手に取りそうな書名だからである。そして例によって書店が薦める本はそれほど面白くないということをまた実感した。

 この本はミステリーといっても、殺人事件が起こる話じゃない。主人公はN市立図書館に勤務する和久山隆彦で、彼は入職して7年目の図書館員。彼は図書館のレファレンス・カウンターを担当している。レファレンス・カウンターの仕事とは利用者が探している本を見つけ出す仕事だ。そこには様々な問い合わせがあり、どちらかと言えば「とんちんかん」な本の問い合わせである。たとえば「シンリン太郎」について調べたいという女子大生の問い合わせだったり、子供の頃に買ってもらった本で「赤い富士山」の表紙の本を探してくれとか、死んだ爺さんが借りっぱなしの「ハヤカワの本」を返したいというおばあさんだったり、「主人公がペニスで障子を破った」記述のある本を探してくれとかいうものである。
 でそれは単に聞き間違いや勘違い、常識を逆手にとって、それはこれですよ、といった感じで本の情報を提示するのだが、実は和久山が知らなかったことだったという、いわゆる“どんでん返し”が用意されている。
 たとえば「シンリン太郎」が「森林太郎」(森鴎外の本名)写し間違いだといったんは指摘しても、実は林森太郎という著者が本当にいたり、「ハヤカワの本」と言われれば、早川書房の本だと思うのだが、該当の事実がないところで、実は江戸時代の早川図書という人物の和本だったり、あるいは石原慎太郎ではなく、他の作家(武田泰淳)が同じ描写をしている作品だったりするわけだ。
 だからといって、それがワクワクするものじゃないのが残念だ。該当の本を探し出す過程は多少面白いけれど、結局「なんだ」としか感じられなかった。著者はきっとこれはなかなか面白いゾと楽しんで書かれているような気がするが、読む方は「それで?だから?」という気持ちがいつまでもつきまとう。それほど面白い結末になっていないのだ。つまり“どんでん返し”にインパクトがないのだ。この程度?といった感じといった方がいいかもしれない。
 そこに最近どこでもいわれている地方の財政難がN市にもあって、それが公共図書館要不要論が議会にもあがり、和久山がいる図書館に新しく赴任してきた館長自ら、図書館の廃止論者であったりする。もちろん和久山はそれに対抗し、館長とやり合ったり、議会に参考人として出席し、図書館廃止を止めようと躍起になる。
 でも、その話がここで必要なのかどうか、疑問に感じてしまう。単に本を探している人がいて、その本の相談にのる主人公が、少ない手がかりから、あれでもない、これでもない、と本を探し出す過程をもっと深く掘り下げられる内容なら、このことは現実としてあるだろうけど、ここでは不要じゃないかな、と思えた。
 結局主人公と図書館廃止論者との論戦を入れなければならなかったのも、この程度の本の探求話では、面白味に欠けるからじゃないか、と思ってしまう。出来ればこれはいらないよなと思うのだ。話さえしっかりとしたものであれば・・・。
 本に関する面白いミステリーって、なかなかないんだなと、少々がっかりして本を閉じた。


評価
★★


書誌
書名:おさがしの本は
著者:門井 慶喜
ISBN:9784334926687
出版社:光文社 (2009/07/25 出版)
版型:290p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2010年10月19日

吉村昭著『蛍』

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 またしても吉村昭さんの短篇を読む。今回は“生き物”は関係ない。「休暇」、「眼」、「霧の坂」、「蛍」、「時間」、「光る雨」、「橋」、「老人と柵」、「小さな欠伸」の9篇である。
 「休暇」は映画にもなった。死刑執行係が自らの新婚旅行のための休日を得るため、進んで死刑執行係を名乗り出て、特別休暇をもらう話。「眼」はアイバンクのために死後まもない人間の眼球を取りだす医師の話だ。「霧の坂」は主人公が結核で療養していた温泉旅館で、宿の支払をしてくれる弟を待つ間、その旅館に勤めていた女と子供が自殺する話で、「蛍」は蛍狩りに来ていた兄弟が、長男がふざけて乗っていた船を大きく揺らし、次男を川に落とし死なせてしまい、葬式で親たちは長男の扱いに大きな変化を見せる話だ。「時間」は主人公が末期がんの兄の死をただ待っている間の葛藤を描き、「光る雨」は主人公が療養生活していた家に家事見習いとして来た娘が、同じ結核になり、一緒に寝込んでしまい、彼女の扱いに当惑する話だ。「橋」は空襲で火災が発生したため、一時的に解放された囚人が橋のたもとで、火災の炎を逃れ、川で溺死してしまった死体の回収場面に遭遇する話である。「老人と柵」はある日突然自分の土地に無断に柵を設けられ、いつの間にかその老人は柵があることに安心感求めていたという話。「小さな欠伸」は空襲で焼け出され、その前に死んだ夫の母親の遺骨と共に逃れた女がなすすべもなく姑の妹先へ疎開する。やっとの思いで姑の妹のところに着いた時に、予想だしなかった情事の虚脱感と疲れで小さな欠伸が出てしまい、その後涙が止まらなくなる話だ。
 いずれの話もモチーフとして使われた情景は、これまで読んできた吉村さんのエッセイで読んだことがある話ばかりだ。だからこの話は若い頃吉村さんが結核で療養生活していた頃の体験を使っているんだなとか、取材で得た話から取っているんだな、とわかった。 この短篇集の全体には、死刑執行人、結核患者、囚人、旅館の主人にひどい仕打ちを受けても、それを受け入れるしかない子持ちの女、空襲で焼け出された女など、異様な境遇でなすすべのない者が主人公となっていることが共通している。加えて「死」が全体を支配している。
 私は「時間」に描かれた病院に来ている人間が死を待つ時間しかないことを経験したことがあるので、あの時のことがリアルに思い出されて、この短篇が一番印象に残った。
 私には主人公が兄の死を待っている間、自分が結核で手術を受けた時に感じた時間の観念が印象的であった。その観念は「私にも死の瞬間が時間の流れの中で確実に訪れてくることを知ることにもつながった。生は、死ぬまでの間に、許された時間に過ぎず、それは必ず断たれるものだという当然すぎるほど平凡な観念が私の内部に根を下していた」という記述である。
 死というものは、曖昧の中にいつも隠れていて、身近にそれを感じさせるものがなければ、自覚できないものであろう。そしてそこから得たものはあまりのも単純明快なこのような事実だ。単純なだけその分どうしようない。
 「橋」では、火災を逃れて、川に飛び込み溺死した多くの死体を見た囚人は両親以外の死体を見たことがないくせに、これほど多くの遺体を見ても何の感慨も抱かない自分は異常なのかもしれないと思い、それが死体でなく魚の群れであった方が、かえって感情が強く動いたかもしれないと告白している。そうなのだ。死は生と隣り合わせにあるにもかかわらず、その存在になかなか気づかせない。あるいは生を受けた時点で、避けることの出来ない事実だけに生理的に目をつぶるようになっているのかもしれない。
 囚人の主人公は、

 「つまり年齢というものなのだ、とかれは胸の中でつぶやいた」

 「年を重ねた者にとっては、物珍しいものであっても、驚きは淡く、ありふれたもののように感じる。たとえ初めて眼にする情景でも、過去に一度か二度見たことがあるようなに錯覚するものだ」

 きっとそういうことなのだろう。錯覚が死を遠のけ、生きているということだけが頭の中の中心を占めるように生き物はなっているのだろう。生きいるためにはどうすればいいか、絶えず考えるのはそういうことだ。よほどのことがないかぎり、死ぬためにはどうすればいいのかとは考えはしまい。結果としてそういうことになるのだろうが・・・。この短篇を読んでみて、そんなことを思った。この短編集はひょんなことから生の中から「死」を垣間見させる。あるいは「死」というものから生きていることの無情さを見つめさせる。なかなか秀作であった。


評価
★★★


書誌
書名:蛍
著者:吉村 昭
ISBN:9784122015784
出版社:中央公論社 (1989/01/20 出版)中公文庫
版型:284p / 15cm / A6判
販売価:660円(税込)

2010年10月18日

週刊ダイヤモンド 10/16号

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 週刊ダイヤモンド10/16号は「電子書籍入門 読み方・買い方はこう変わる!」という特集が67ページにわたって組まれている。
 今年はi-padを始め、電子書籍閲覧端末が各社発売され、「電子書籍元年」と言われている。それに伴い、今現在電子書籍はどうあるのか、何故これほど騒がれるのか、そしてそれらが今後出版業界にどのような影響を及ぼそうとしているのか、など書かれている。なかなか読み応えのある特集であった。
 で、この特集に書かれていることを咀嚼して書いてみる。
 まず、各社の電子書籍閲覧端末の発売が華々しいがゆえに、それが逆に今の日本の出版界が抱えている諸問題をあからさまにしてしまい、だからこれじゃダメなんだよ、といった具合に、そっちへシフトすべきという流れになりかねないところを業界は危惧しているのである。では今出版界が抱えている問題とは何なのか。まずはここから話が始まる。

 そこでこの特集では「本が読者に届かない」という問題をあげる。その理由がまず、書店が近所からどんどんなくなっているという現状である。2009年には370店が新しく書店が出来、1,144店が閉店した。書店はこの10年間で6,340店が廃業しているのである。これは書店の数が1日に1店舗を上回るペースで減り続けていることになるらしい。これでは休日など下駄を引っかけて本屋を冷やかしにいくということが出来なくなったことを意味する。
 一方で減ったとはいえ全国にはまだ15,000の書店がある。ところが出版社の方が編集者の企画の貧相さや、時代にマッチした企画を見出せないためか、とにかく売る自信がないため、初版部数を絞る傾向が続いている。リスクを恐れて、初版部数は多くて5,000部で、通常は2,000~3,000部しか刷らない。ということは書店が15,000店舗あるということだと、すべての書店に新刊が行き渡らないことになる。そして多くは大書店にその新刊のかなりの部数が行くことになるだろうから、中小書店にはまったく話題の新刊や売れ筋が渡らない。
 更に今の出版業界では、“委託販売”というシステムが悪循環を生んでいる。どういうことかというと、出版社が作った本はまず卸し機能を持つ取次が買い取る。その時点で出版社にはキャッシュが入る。その後本は書店に並ぶが、ここで委託販売というシステムのため、売れ残った本が返品となって逆回りする。返品の代金は取次から出版社に請求が来ることになる。だから出版社は新刊を発売してキャッシュが入ったとして喜んでいられない。今度は返品という請求が来るわけだから、ちゃんとキャッシュの確保をしておかなければならない。それを確保するために、新たに新刊を発売し、返品の請求に備えるわけだ。結局これの繰り返しが今行われているのである。よく言われる出版社の“自転車操業”はこのことである。
 この結果、年間の新刊書籍の出版点数は年々増え続け、2009年では、この出版不況といわれる中でも、78,555点となっている。ちなみに返品率は40%を超えている。
 この出版点数の増加は、読者に本を手に取る機会を短くする。というのもいくら新刊点数が増えても、書店の棚は有限だからである。決まったスペースの中で新刊増加に対応しなければならないわけだから、棚に並べても売れ行きが悪ければ、さっさと取り除かれ返品へと回る。新刊をじっくり腰を据えて売ろうなんていうことが出来ないのである。新刊の洪水に対処するには、ところてん方式で、次から次へと押し出していくしかないのである。読者は書店で見かけた時買っておかないと、次はない状態になるのである。まさしく“一期一会”の古本屋と同じ状態になっているのである。
 書店の数が減っている。新刊の部数が減っている。新刊の点数が逆に増え続けているため、有限の棚に並んでいる時間が極端に短くなっている。これが読者に本が届かない理由である。

 ところで、毎日新聞の「読書世論調査」というものがあるが、これによると、日本人が本を読むと答えた人の割合、つまり“読書率”は常に50%程度で、雑誌を合わせると75%になるという。これは1947年以来それほど落ちていないという。ということは逆に読書人口をそれ以上に増やすことが出来ずにいる、ということなのである。いくら出版点数が増えても、読む側の割合が変わっていなければ、全体のパイは増えるわけがない。新規読者を開拓できないということは、今いる読者を各出版社は奪い合っているだけのことである。

 こんな中、電子書籍の波が押し寄せてきたのである。こんな出版界の閉塞感を打ち破るカンフル剤になり得るかもしれない、というものである。電子書籍の目新しさから新規の読者を開拓できるかもしれないというのである。パイが広がる可能性がある。しかしこれはカンフル剤だけでは済まないようだ。業界全体のシステムを変えかねないのである。
 その話に行く前に今の電子書籍ブームは今に始まったわけじゃないことから始めたい。一時話題になったことがあるのである。ところがその後下火になって、なくなったものだと思っていた。
 しかしこの特集を読んで驚いた。何と今でもコンテンツは2009年で、574億円の市場があるそうだ。これは知らなかった。では今密かにある電子書籍のコンテンツとはどんなものなのだろうか?その4分の3を占めるのがケイタイ向けのコミックだという。そのコミックの中心が「ボーイズラブ」と呼ばれる男の同性愛を題材にした成年女性向けのコミックなんだそうだ。
 要するに書店の店頭ではちょっと買いづらい本なので、電子書籍としてケイタイで読んでいるということなのだ。でもその市場(すべてがボーイズラブではないだろうが)が574億円もあるとは、やっぱり驚きだ。

 この特集には図表として、今の出版業界の「モノとカネの流れ」が載っているので、これはリアルにわかりやすいので使わせてもらう。


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 つまりこの流れを維持するためには、在庫コスト、印刷コスト、物流コストがかかっていることになる。ところが一端デジタル化の置き換えられた書籍や雑誌などは、あらゆる手段で簡単に出来てしまうし運べる。今出版業界が維持しているインフラが不要になるといってもいい。それが次にあげる図表である。これは「もう出版社はいらない?」となっているが、それだけじゃない。今、著者と読者とをつなぐ業者すべてが要らなくなってしまうのである。


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 所謂「中抜き論」である。書き手が直に発信してしまえば、あとは読者に届くシステムになってしまうのである。これは大変なことである。編集者も出版社も要らない。取次だって、今は物流と金融機能を有しているから、絶大な力を持っているけれど、紙としての本を輸送するから、それが必要であって、それさえも必要なくなる。製本・印刷業者も本が紙であるから存在価値があるが、それももちろん必要ない。更に業界の末端である書店だって、もともと欲しい本が買えないのだから、こうなれば要らなくなる。
 CDショップの例がある。CDショップの場合、2000年には4億1,405万枚から2009年には1億6,247万枚まで10年6割も売上枚数が減少している。渋谷のHMVが閉店したニュースは新しいが、その理由はここにある。ネットによる音楽配信にシフトしているのだ。電子書籍の普及はこれと同じ状況を生みかねないのだ。だから業界は恐れているのである。
 しかしだからといってただ手をこまねいてるわけじゃない。電子書籍は誰でも著者になれる可能性がある。可能性を解放することは結構なことだけれど、素人は所詮素人である。今のネットの情報がそうであるように、百花繚乱の状況を生み出し、信用がおけるものかどうか疑ってかからなければならない状況が生まれてくる。だからこそ、そんな中からその質が問われ、プロの仕事して編集者が介在して、いいものを発信する仕事が介在できる。そういう編集者の存在を維持する出版社の必要性も生まれてくるのである。印刷業界、取次にしてもいいものをコンテンツとして発信すべき仕事にシフト出来る可能性があるかどうか模索している。
 では書店はどうか?丸善の社長小城武彦社長が面白いこと言っておられる。

 「丸善に来る前にネットでしか本を買わない時期があった。久しぶりにリアル書店へ行ってみてぞっとした。読んでおかなければならない本に気がついていなかった。ネットは買いたい本が決まっている場合にはいいが、新しい本と出会う場所ではない。ネット書店の限界とリアル書店の重要さにあらためて気がつかされた」

 このため、丸善ではネットとリアル書店との“ハイブリッド化”を推し進めていくというのである。
 アマゾンが強く主張していることは、kindle(アマゾンが発売している電子書籍閲覧端末)は「紙の本の売り上げを減らさない」ということだ。紙の本にkindle向けの電子書籍の部数を純粋に上乗せすることだというのだ。
 確かに先の毎日新聞の「読書世論調査」で見たように、読書人口が増えていない現状があるわけだから、電子書籍を通して、その人口を増やしていければ、丸善やアマゾンの言い分も分からない訳じゃない。しかしそれが出来る状況下にいるかどうか、すべてそこに関わって来る。中小書店はどうなるかといえば、これはかなり厳しくなる。だからといって電子書籍普及に反対といっているだけじゃ、時代の流れに逆らうだけで、いずれはその波にのみ込まれてしまうだろう。それが早くなるか、遅くなるか、分からないけれど、返品の入帳時間を短縮せよと言ってばかりいると、足下をすくわれる。もちろんそれも経営的に大切なことだろうけど、それと同時に書店が電子書籍に対してどう対応していくのか、大した意見や考えが出ていないのではないか、と思う。大書店はもうそのことを真剣に考え生き残りを考えているのに、これでいいのだろうか?

 最後にこの特集で気にかかったことを二つ。一つは電子書籍の利点として“ソーシャルリーディング”が出来ると書かれていること。
 “ソーシャルリーディング”とは「みんなで一緒に読書する」ということである。同じ電子書籍を読んでいる他のユーザーとネットを介して感想などを共有することである。更に気に入った文章やフレーズなどをツイッターでつぶやくことも可能だし、書き込まれたコメントを読むことできる。
 ここには、「何を読むかを決めずに書店を歩き、読みたい本を探し出して、読書に没頭するというには、今ではかなり贅沢な時間の使い方です。そんな孤高な贅沢な読み方ももちろん大事ですが、同じ本を他人がどう読んでいるか、感想を発表し合いながら読む『ソーシャルリーディング』も広がる」と書かれている。
 そうか、今の私みたいな本の読み方は「孤高な贅沢な読み方」なんだな、と思っちゃう。でも私は「それじゃいけないの?」という考えである。本来読書というのは一人で楽しめるものであって、一人で感じたり、考えたりすることが出来るところがいいところじゃないか、と思うのだ。私がイヤなのは、個人で楽しめるものさえ、みんなのものとして差し出すことなのである。そうして差し出させ、同じ意見や感想が多ければ、それを統一見解としてごり押しするところがイヤなのである。そもそも日本人は“みんな一緒”というのが好きで、人と違う意見や感想を持つと、色めがねで見る傾向がある。それを個性として認めないのだ。それがイヤだから、せめて本を読んで考えること、感じることぐらい自由でありたい、と思うのだ。
 “ソーシャルリーディング”というのはあくまでも一つの読書スタイルだと言って欲しかった。そういうことも出来ますよ、というくらいで終わらせて欲しかったと思う。一つの本で、意見や感想をシェアーすることが一般的になるような書き方はよくない。
 あと一つは“自炊”である。この“自炊”とは、自分で本を裁断してスキャンして電子書籍を作っちゃうことで、出版社が読者の満足がいくコンテンツを提供しないから自分で作るというものだ。これはちょっと前に手間暇かけて、大変なことだ、と揶揄したことがある。ただ今は専用の裁断機、専用のスキャナー(高速で読み取れるらしい)もあるらしい。ただその値段は裁断機が約3万円、スキャナーが約4万円もするらしく、これを聞くとやっぱり茶化したくなる。でももう代行サービスも存在しているらしく、商魂たくましい奴がいるんだね。

2010年10月13日

吉村昭著『海馬』

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 続いて吉村さんの古い文庫本を読む。今回も“生き物小説”である。「闇にひらめく」(鰻)、「研がれた角」(闘牛)、「蛍の舞い」(蛍)、「鴨」(鴨)、「銃を置く」(羆)、「凍った眼」(錦鯉)、「海馬」(トド)の短篇7編である。書名の横のかっこはその短篇が扱っている生き物である。
 やっぱりこうして生き物を扱うのを生業として人たちは、私たち一般人からすると、どこか異質なところを感じてしまう。一つにはこうした生き物を扱うに当たり、それに特化した知識と経験が必要であること。そして黙々とそれらに接していく姿勢を求められること。だからこそ人間が世間離れしたしたところがあること、などどこか一線を画すところを感じる。
 相手が“自然”なので、普段我々がある程度結果を予想して行動できるのとは違い、その“自然”に任せざるを得ないところがある。でもどうなんだろう?たとえば我々が思ったような結果が出ないことでイラつき、右往左往することが、果たして生き物として生き物らしいのだろうか、と思う。しかし自然を、生き物を相手にすれば、どうにもならないことはどうにもならないのがごく自然であり、それに任して対応していかないとならないものではないだろうか。人は何でも分かったように取り仕切っているけれど、本来思うようにならないものであると自覚すべきじゃないかと思ったりする。むしろそうした生き物や自然を相手にしている人たちは、そういう部分では諦めに似た鷹揚さがあるように思えてならない。
 さらに人間の傲慢さは自分の生死を左右しかねないこともよく知っており、結果を先取りして奪い合うことなどしない。なるようにしかならない、ということだ。

 今回も前回の作品集同様、登場人物が訳あって、生き物を扱う職業を生業としているが、それが自分に向いている職業であると自覚していく。時にそれは自分はこんな人間だから、こうして生き物と向き合うことで、社会からの隔離を自ら課している感じがする。黙々と仕事をするのは、自分の過去に禍根と後悔があるからであり、半ば諦めに似た気持ちで仕事に没頭していく。だから余計なことは一切言わない。仕事以外で人と接する時は寡黙である。むしろ人と接することを避けていく感じだ。
 ただ前回の作品集と今回の作品集の違いは主人公たちの“再生”があるところだ。仕事は仕事だけれど、人として人らしく生きていこうとする可能性がここでは描かれている。ここではそうした男たちが主人公なのだが、そこにやはり訳ありの女性が現れて、一緒にやっていこうかという気持になっていく展開である。
 男も性格柄、あるいは暗い過去から、鰻を捕り、闘牛を飼い、蛍を養殖し、鴨撃ちをし、羆を撃ち、トドを撃つ。そこに身内を亡くした首に痣があるため婚期を逃した女性。夫となるべき男の浮気現場に遭遇してしまい、縁談を破談にした女性。母親を亡くし、悲しみうちひしがれているときに自分の父親が伯母と性交している場面を目撃してしまい、憤りと悲しみを覚え自殺を図ろうした女性。東京に夢と希望を抱き、無惨に夢破れ、故郷に帰ってきて、家に入れてもらえない女性。そういう女性たちが男たちの近くに来て、男たちがそれらの女性と再生したいと思うようになるパターンである。
 話として陳腐さを感じないわけでもないが、自然や生き物を相手にしている男たちだけに、男たちも素朴である。あるいは男たちの暗い過去が、現れた女たちに躊躇しながらひかれていく姿が、淡々と描かれていて、ガツガツしていない分、素朴でいいな、と思えた。
 女性たちも自らの立場をわきまえているから、ひたすら待っている感じがいい。話はすべて再生を予感させるところで終わるので、逆に読む側にやり直してもらいたいな、という気持ちにさせる。
 やっぱり人の再生物語はいい。今度こそうまくいって欲しいという気持ちにさせてくれる分、読む方はやさしい気分にさせてくれる。陳腐と分かっていてもついつい気持ちが話にのめり込んでしまった。私は単純にできているので、こういう話に弱いところがある。
 
 まずいな・・・。


評価
★★★


書誌
書名:海馬
著者:吉村 昭
ISBN:9784101117300
出版社:新潮社 (1992/06/25 出版)新潮文庫
版型:259p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

2010年10月11日

吉村昭著『羆』

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 以前どこかで書いたような気がするが、吉村昭さんの小説は大まかに“戦記物”、“歴史小説”、“フィクション”と分かれる。もちろん分けたからどうこういうもんじゃない。ただ私は吉村さんの小説は“歴史小説”しか読んできてない。どうも戦記物は好みじゃないので、おそらく今後も読まないような気がするが、普通の小説は読んでみたいなと思っていた。
 で、今回“動物小説”といわれるものを読んでみた。これは「羆」、「蘭鋳」、「軍鶏」、「鳩」、「ハタハタ」の短篇5篇が収められている。ハタハタを動物とくくっちゃうのはどうかな、と思えるし、この後読んでいる同系の小説も“動物小説”といっているが、そこには魚や虫などを扱った小説なので、やっぱり“生き物小説”と変えた方がいいような気がする。まぁどうでもいいことかもしれないが・・・・。
 さて、今回小説にはある程度共通項がある。一つはここの登場する人物たちが、人生の落伍者に近い存在であること。だからこそなのかもしれないが、その人たちが生き物に接する接し方が異常に近いことである。そこにしか生きがいを見出せないようなところがある。
 そしてもう一つがその生き物たちが、人間の都合によって奇形に変えられた生き物であることである。それを「蘭鋳」の記述に見ることができる。

 蘭鋳は、鑑賞という目的だけのために人工的な交配をくり返されてきた。頭部には、獅子ガシラのような浮肉が異常なほどの大きさで盛り上がり、背鰭はない。それは一種の奇形であり、泳ぐ機能にも欠け、肥えた体をくねらせ背鰭をひらめかせて動きまわるにすぎない。が、そのおぼつかない動きに妖しい色気が感じられ、いったん魅せられた者の眼には、気品のある麗魚として映るのだ。
 金剛(主人公が飼う銘品の蘭鋳の名)の逆立ちした姿は、蘭鋳が魚として奇形であることをしめすものであった。老いが、辛うじて保っていた体の均衡を支えることができなくなったにちがいなかった。重い頭が水底に垂れさがり衣の裾のような尾が浮きあがるのは自然であり、背鰭のない金剛の体は水平に体を維持することができなくなったのだ。

 「羆」は殺された母親についていた小熊を、お土産店の見せ物ととして首輪をつけて飼っていたのが、成長して野生を取り戻したことで、主人公の妻を殺してしまう。主人公は復讐のために、また山には入り、その羆を追うはめになる話である。
 「軍鶏」のしても、闘鶏のため、鋭く爪を研がれる。もちろん血筋もものを言う。「鳩」にしても、伝書鳩レースに勝つために、能力のない鳩は首を折って間引く。すべてが人間の都合によって変えられた姿なのである。
 読んでいてそうした奇形の生き物は、どこか病的であるが、だからこそ妖艶な雰囲気を漂わせる。そしてそれに魅了された人物たちはその人生において何らかの問題を抱え、人の社会でまともに生きられないところが、その妖艶さと相まって異様な世界を醸し出す。
 そういう意味では「ハタハタ」はこれ以外の短篇とは異質である。ハタハタが港にやってくるかどうかで、漁師たちの一年間の生活を左右する出来事であった。しかしハタハタはどこの湾にもやってくるわけじゃない。ハタハタはただ一つの湾をめざす。そのためハタハタに選ばれた湾は豊漁に賑わうが、他の湾の漁村は飢えにおびえ出稼ぎに出なければならなくなる。だから漁師たちは自分たちの湾にハタハタがやってくるかどうか、その到来を不安と期待で待ち続ける。しかしそれはオールオアナッシングだから、厳しい。
 そこにハタハタがやってきた。ところがハタハタを取るために悪天候の中で網を入れた漁師の舟が転覆し、漁師たちが行方不明となった。湾の漁師たちは行方不明の仲間を捜すべきか、それともやっとやってきたハタハタの漁を開始すべきか、身動きができなくなったところへ、行方不明となった漁師の身重の妻が漁を始めてくれと他の漁師たちに言う。そうなったら漁の活気に満たされる。行方不明となった漁師たちの身内は、その喧騒の外に置かれてしまう。ここも厳しい。

 いずれにせよ、ここに収められた短篇には、私はそれぞれ魅了されてしまった。個人的には「蘭鋳」が一番よかったかな。それは話の構成もうまくできているし、また“懐かしさ”もあったからだ。
 私の子供の頃、友達の父親が蘭鋳を飼っていた。木箱にビニールをかぶせて、いくつも浅い水槽を作り、そこに何匹も蘭鋳が泳いでいたのを思い出したのである。不格好なのだが、一方で妙にきれいな金魚として子供の眼には映った。思えばあのオヤジも世捨て人のような雰囲気を出していたような気がする。
 私が住んでいるところは金魚の名産として東京では有名なところで、金魚の養魚場がいくつかあった。そのため町会でよく近所にある用水路で雑魚みたいな金魚放流し、それを子供たちにすくわせる金魚すくい大会が年に何度か行われていた。私はそれに参加し、どうでもいいような金魚を飼っていたことがある。
 友達父親が飼っていた蘭中と雲泥の差のものだが、水槽に入れ、空気をポンプで送り、小石や水草をその養魚場で飼ってきて、中に入れていた。餌には、朝か夕方に赤く群れなすミジンコを、母親のはき古したストッキングを網にして取りに行ったものだ。この「蘭鋳」に餌にミジンコを取りに行く記述を読んで、思わず懐かしくなってしまった。そもそもミジンコなんていう名前さえ記憶の中に消えていたので、思わず「おお!」と言ってしまったくらいだ。
 もう一冊この本の続編みたいな短編を続いて読んでいるが、結構楽しましてもらっている。吉村さんの短編もいいものがあることを知っただけでも収穫であり、またファンになっていく。


評価
★★★★


書誌
書名:羆
著者:吉村 昭
ISBN:9784101117195
出版社:新潮社 (1985/07 出版)新潮文庫
版型:268p / 15cm / 文庫判
販売価:入手不可

2010年10月08日

森まゆみ著『抱きしめる、東京』

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 また森さんの新刊(といっても昔出ていたものだが)が出たので読んでみた。この本は森さんの自伝といっていい。


 よちよち歩きの子供は、好奇心で路地という路地を曲がる。ついていってみると何十年か住んでいて気がつかなかった路地があり、袋小路の奥にもアパートや長屋があった。そこにいるおばさんに、梅酒だの漬物だのごちそうになることもあった。町には奥がある。そこに人がいる。表面だけ見ていては分からない。
 大人の背の高さで立っていると気がつかないことでも、一、二歳の娘といっしょにしゃがんでみると、まるで拡大鏡でみるように、小さなタンポポやスミレやハルジョオンが眼前に迫ってくる。スズメやツバメもいた。ダンゴ虫やカエルにも久しぶりに会った。ネコの通る路地沿伝いのけもの道も、おぼろげながら見えてきた。
 この町が壊れていく、という危機感もあった。老朽化や代替りで古い建物は次々と消えていく。震災や戦炎に焼けのこった町の風景がむざむざ滅びてゆくのを見すごしにはできないという気持と、その子どもが小さくて陣地戦しかできなかったという消極的条件が重なって、地域雑誌『谷根千』は生まれた。私たちは「手に負えるメディア」をつくる楽しみを牧歌的に味わっていた。


 これが森さんたちが『谷根千』という雑誌を作り始めた理由である。
 この自伝を読んでいると森さん自身の自らの成長と共に地域と無縁になりつつあった姿が描かれている。だいたい誰でも自分が生まれ育った町とのしがらみなどがわずらわしくなってものだ。むしろどんどん離れていきたい、という気持ちが芽生えていくのは、ある意味成長の一過程だろう。しかし子供が生まれて、そこで遊ぶようになれば、嫌が上でも地域とつながっていく。まして子どもが小さければ余計に子どもの視線で町を見るようになるのはよく分かる。ここから森さんは自らが生まれ育った町と関わりを持っていくこととなる。
 時はちょうどバブル絶頂期である。森さんの住む町にも地下鉄が通り、都心に出るには都合のいい場所となっていく。路線価が上がり、固定資産税が上がり、それを支払うことができなくなり、土地を手放す。建物の老朽化と、代替わりなどが更に土地を手放す理由となっていく。そこに利便性のある場所ということで地上げ屋が跋扈し始める。まさしく「町が町が壊れていく」のである。


 大人たちは生活に忙しく、ふと信号で立ち止まり、考える。あれ、この前の家は何だったのだろう。こんどはビルにハンバーガー屋が出たんだな、と記憶をあわてて塗りかえる。そしてまた忙しさまぎれて忘れ、またある日、信号で立ちどまって、あれ、と考える。ハンバーガー屋はもうつぶれ、カラオケバーになっている。この変化の速さは何だ。こうして町は少しずつ、私たちの手を離れていく。


 町の変化のものすごい速さは、ある意味そこに住む人々のライフスタイルを変えていく。それについて行ける対応能力のある若者はいいけれど、お年寄りはそうはいかない。取り残されたこれらの人々の姿を森さんの祖父に見るのである。
 森さんは妻に先立たれた祖父面倒を見るため、一緒に暮らす。ところが祖父の行動が森さんの神経を逆なでする。ただでさえ子育てイラついている時期だったから余計である。しかし森さんは祖父の行動は、自らの意識に中で“昔のまま”だったのである。変化に対応できない分、森さんを苛立たせただけのことだと悟る。森さんは祖父と暮らすうちに、「人間はいいかげんであることによって他人をいたわることができる」と思うのである。


 私は祖父がかわいそうでならなかった。どうして人生の最後になって、こんな住みなれない共同住宅にすみ、生活習慣を変えさせられなければならないのか、追い立てた家主はもちろん、さまざまな事情とはいえ、祖父をたらい回しにした父やその兄弟たちを少し憎んだ。私がこんなことを夫に説明すると、夫はそうだよな、一度、身につけた習性ってそう変わるもんではない。


 それにひきかえ、ここに昔から暮らしている老人たちはなんて幸せなんだろうと思うのである。昔からの友達をいまだにちゃんづけで呼び、みんなこの町で死にたいと言えるのであると思うのである。
 でもだからこそ自らが生まれた町が大きく変わっていくのを嘆いた。少しでもそれまであったコミュニケーションのある町を維持したいと思うようになって行く。子どもやお年寄りを受けとめるコミュニケーションの大切さに気がつき始める。それに気がついた時、森さんの旦那さんが森さんから去って行った理由を悟っていく。
 森さんは女性解放運動の影響を受けて、結婚以来夫を変えないといけないと思いこんでいたという。そのため夫婦の会話が相手を責める闘争的なコミュニケーションになっていたという。なんで私ばかり家事をしなければならないの。子供を見なければならないの。 当然旦那さんは心を閉ざしていく。結局旦那さんは森さんから離れていった。町でのコミュニケーションの必要性を感じた時、自らの夫婦生活でも、そうではない会話が本当は必要だったんだと、思い、反省していく。町が自らの生き様を反省させていったというべきなのだろうか。
 
 東京は相変わらず“不夜城”である。24時間動きまわる人々でいっぱいである。情報の中継基地、発信基地的存在のためそうせざるを得ない。国際化、情報化、業務化は人の動きを加速する。ゆっくり、のんびり生きることを許さない。老人や子供や障害のある人をはじき飛ばし、生き馬の目を抜く町にしていく。
 森さんは『谷根千』の取材でこんな話を聞く。


 情報ってのは情けで報いると書くんでしょ。情報ってのは、人の暮らし向きのことを知ってて、さりげなく気をつかうことでしょう。地上げもそうだが、いまは人を出し抜いて、一山当てることを情報っていうんじゃないの。


 森さんは『谷根千』を作っていくうちに、「私は東京の田舎者、それでいい」と思うようになって行く。今、東京で生きていくには、本当はどうあるべきなのか、つくづく考えさせられた。

評価
★★★★


書誌
書名:抱きしめる、東京
著者:森 まゆみ
ISBN:9784591120910
出版社:ポプラ社 (2010/10 出版)ポプラ文庫
版型:315p / 16cm / 文庫判
販売価:672円(税込)

2010年10月06日

阿刀田高著『日本語えとせとら』

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 阿刀田さんの本を読むのは、久しぶりかな?
 この本は日本語に関するエトセトラ、言葉や漢字などの蘊蓄が披露されている。後半は阿刀田さんが新聞の書評委員となっていた時に書かれた書評が載っている。書評に関しては個人的に紹介された本を読みたいな、というものはなく、軽く読み流した。
 しかし日本語、ことば、漢字に関する蘊蓄はさすが作家さんといった感じで面白かった。

 たとえば・・・

 “もったいない”の“もったい”ってどういう意味か考えたことがなかった。その意味は貴いもの、大切なもの、役立つものの意らしい。役立つものを捨ててしまうから“もったいない”なのだそうだ。

 ダメな医者を藪医者というが、これは家業が流行らないから家の手入れが出来ず周囲が藪になっているからではなく、“やぶ”は野巫(やぶ)であり、巫は神に仕えて、神をおろすことを言う。昔は医療も祈祷など取り入れて、治療らしきことをしていたところから来ているらしい。

 漢字では・・・

“隹”という漢字がある。これは“とり”と読む。主に尻尾の短い鳥のことをいうらしい。尻尾の小さい鳥だから“雀”で、そうした鳥が木に群がっているから、それを称して“集”だそうだ。

 もし太陽と月が一緒に出ていたら、きっと明るいだろうから、“明”るいという漢字が出来た。

 女という字は“くノ一”と書く。これは象形文字で、女が坐っている姿をあらわしているが、もとはといえば“くノ一”の“ノ”の部分、これは上部が少し曲がっていて、“フ”に近いものだった。そこで“くフ一”と書き、そこに乳房を表す点を二つつけると、母になる。

 まだまだあったが書き出すのが面倒なのでやめる。次に話として面白いなというのは・・・

 志賀直哉の短篇で『赤西蠣太』の主人公は、言葉訛りは仙台訛りととは違っていたから、秋田のへんだろうと人は思っていたが実は雲州松江の生まれだった、という記述から、話を展開していく。これを読んですぐ次の展開は松本清張の『砂の器』になるだろうな、と思っていたら、まさしくそうなった。思った通り話が展開していくと、ちょっとうれしくなる。
 ちなみに『砂の器』で殺された人は“東北弁を話す人”と思われていたが、出雲地方にも東北弁とそっくりな発音で話すことがあることが話の重要なキイとなるのだ。
 そこで阿刀田さんは松本清張が志賀直哉のこの作品のことを知っていただろうか、と思われているのが、実際どうなんだろうと思わせるのが興味深い。

 時代小説で岡っ引きが登場する。銭形平次も岡っ引きだ。犯人を捕まえるのは同心の仕事で、本引きとも呼ばれ、それは奉行所に属する武士であった。そしてそれを手伝うのが、本引きに対する岡っ引きだそうだ。阿刀田さんは非正規雇用の警備員みたいなものと言っている。
 そこから発展して岡場所という娼婦街のことになる。これは公式に認められた吉原に対して、品川、新宿、板橋などの非公式の私娼街のことらしい。“岡”はそういう意味があるということか。
 さらにさらに話は奥深くなり?、岡漏らしという話になる。恐れ多くも聖書から話。詳しくことを知りたかったので、Wikipediaで調べてみると以下の通り。

 創世記38章にオナンという名の男が登場する。彼は兄エルが早死にしたため、その代わりに子孫を残すべく兄嫁タマルと結婚させられた(逆縁結婚)。しかしオナンは兄のために子を残すことを嫌い、性交時は精液を膣の中に放出せず、寸前で陰茎を抜き精液を地に漏らして避妊をしようとした(創世記38章9節)。しかしこの行為は主の意志に反するものとされ、オナンは主によって命を絶たれた(同10節)。オナンがおこなったのは膣外射精であるが、語義が転じて生殖を目的としない射精行為としてオナニーという言葉が使われるようになった。

 なるほど。

 詩吟で「鞭声粛々 夜河を渡る」というのがある。よく唸っているいるでしょう。あれのこと。これ頼山陽作品で、川中島の合戦で一番激しかったと言われる4回目の激戦「八幡原の戦い」の時の模様を言っているらしい。上杉謙信の軍勢が、夜、千曲川を渡り、馬を打つ鞭の音が粛々と響いていた、という事情である。
 で問題なのはこの“粛々”である。言葉の意味は、①つつしむさま、②静かにひっそりとしたさま、③ひきしまったさま、④おごそかなさま、と多義的意味があるらしい。
 この“粛々”という言葉を政治家がよく使う。先の尖閣諸島で中国の漁船が侵入してきて、船長が逮捕された。中国は例によってもう抗議の上、日本に対していやらしい対抗措置を取ったが、日本の政治家は「粛々と国内法にのとって対処した」と言っていた。これだけでなく、何かあると政治家は「粛々と対処」ということをよく言う。
 阿刀田さんはこれをやたら使われると“また粛々ですか”と耳障りになると書いている。せっかくの立派な言葉が、こう連発されると、“粛々”というのは、静かに、目立たぬように、という意味だから、なんにもしないのと、よく似ていると思うと書いている。逆に「へっ、また言っている。怪しいな」と疑いたくなると・・・。まさしく私もそう思う。船長を解放したのも、そういうことなんだろう。だって“粛々”と言っていたから。

 最近やたら専門用語が日常化して、誰でも深い意味を知らずに、おおよその感覚で使うことが多い。そのため阿刀田さんは「本来の意味が曖昧になってしまう」と危惧している。そこで阿刀田流の“ちゃかし”が炸裂。
 羽田のハブ空港化で使われる“ハブ”という言葉。意味は意味であるけど、安易に英語や略語使わないで欲しいという。これが羽田だからいいけど、“沖縄にハブ空港を”なんて言われたら、ハブがウジャウジャ出てくるのかと心配になる、というのは笑ってしまった。
 とにかくわかりにくい言葉を使って実態をぼかしてしまうことが最近多いことは事実だ。やたら英語を文章に取り込んでみたり、パソコン用語なのに、それを転用して、何となく意味深げに言う言い回しは確かにある。阿刀田さんは「どんな場合でも、言葉は広くわかることが肝要」というのは大切だと思う。
 昔から使われている言い回しには、たとえ月並みでも、その風景が脳裏に浮かべば、すばらしいものだというのは、まったく賛成である。


評価
★★★


書誌
書名:日本語えとせとら―ことばっておもしろい
著者:阿刀田 高
ISBN:9784788710603
出版社:時事通信出版局 時事通信社〔発売〕 (2010/06/10 出版)
版型:251p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2010年10月01日

山口瞳著『世相講談』 上 下

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 確かあったはずだと自分の本棚を探した。やっぱりあった。もうかなり本が焼けている。この文庫は昭和47年が初版で、私が持っているこの文庫は昭和54年の9刷である。それでも今から31年前になる。表紙やページが赤茶けた感じになっても当たり前だ。このブログに画像アップするためこの文庫をスキャンしたのだが、カバーがわずかだが寸足らずになっている。最初からそうだったのか。それとも31年という年月のためカバーが縮んでしまったのか。とにかく年代物の文庫を読み始めた。書誌を作るため紀伊国屋書店のサイトで検索するが、当然見あたらない。ただ最近論創社から復刻版みたいな形で上下本として出ている。後で沢木耕太郎さんの言葉を書き出すが、それによると、どうやらこの『世相講談』は全部で3巻出ていたようだ。余計なことだが、私は最初の単行本を持っている。どこの古本屋さんだか忘れたが、かなり痛んでいる本を買っている。裏表紙に100円と鉛筆で書いてあるところみると、どうやら店の均一本コーナーで見つけたのだろう。イラストも最近テレビ放映されているアンクルトリスの柳原良平さんだ。


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 で、この『世相講談』だが、先に読んだ山口瞳さんの対談集の中で、沢木耕太郎さんが次のように言っているのが印象深かったので、それで手に取ってみたわけだ。

 あれは全部で四年強で、単行本で三冊ですよね。あそこでとても印象的なのは、一つ一つの扱っている素材もそうなんですけれども、いろいろ文章のスタイルの実験というか、工夫というか、一個一個違えて一生懸命やってらしたような気がするんですよね。

 僕は、ルポルタージュを書き始めた時に、ある編集者の人から読むのを勧められた本が二冊あって、まだ二十三くらいの時だったと思うんですけど、一つは、坂口安吾の将棋のことを書いた「散る日本」と、もう一つは山口さんの「世相講談」の一巻だったんです。
 まだ何をどういうふうに書いたらいいのか分からなかった時だったら、その二つは密かなる教科書になったんです。

 「世相講談」は、こんなことでも、物をちゃんと見ようと思えば、大事な話になるというのが意外だったんですよ。

 どうやらこの『世相講談』は沢木さんにとって、ノンフィクション作家としてスタートするに当たり、バイブルの一冊だったようだ。そして実際読んでみると沢木さんの言うことは納得できる。

 この『世相講談』は昭和40年から44年まで連載されたものである。戦後20年たった頃の日本の姿といっていいかもしれない。高度成長期に入った頃か。ただここに登場する人物たちはその波に乗り損ねた人々を扱っている。
 そのためここに登場する人たちは、マルクス主義経済学風に言えば、社会を構成する“下部構造”に属する人たちである。だからいくら社会が高度成長期に入ったからといって、彼ら、彼女たちは一歩間違えれば、戦後に逆戻りしかねない危うさを持ち合わせている。ぎりぎりのところで踏ん張っている感じの人たちである。
 あるいは落剥してしまった人々である。この文庫本の解説者はここに登場する人物は「おおむね落剥の人生である」と言っている。落ちるか落ちないか、あるいは落ちてしまい、はげてしまった人たちの話にはその底にありのままの社会が見えてくるというものだ。 登場人物たちは、タクシー運転手、風呂屋、医者、芸妓、屑屋、ヌードダンサー、鳶、キャバレーホステス、バスガイド、競馬騎手、ファッションモデル、看護婦、活版屋、質屋、宝石セールスマン、舞妓、等々。その彼らの話を広告会社の社員で、副業で作家をやっていて、糖尿病を患っている主人公が聞く。まさしく山口瞳さんその人である。
 “講談”は巷談である。巷談とは、まちのうわさばなし。世間話である。社会のぎりぎりところで生きている彼らには、当時の日本の社会がそれほど豊かにはなっていないことを伝える。平凡であるが、所詮現代社会を生きる庶民の姿をそれぞれが短編小説風に仕上げているのである。
 その話の一つ一つには、どこか悲しみがつきまとっている。まぁ人生なんていつの時代もそんなもんなのかもしれない。一つ一つの話にはお酒がよく合う感じだ。酒の席で語られるのがふさわしい。

 「発車往来」でバスガイドが語られるが、バスガイドと運転手との関係が危うくなるのを会社が一番嫌っているというのは、笑ってしまった。バス旅行で運転手とバスガイドは二人になる機会が多く。時には一夜を一緒に過ごす場合だってある。こうなると二人の関係が問題となってくる。バス会社としてはこれはまずい。だから会社側は社員同士諜報員に仕立て、いつも見張らせているというのだ。
 ここでバスガイドが一番嫌う客はまず一番が高校生、二番目が学校の先生。三番目が警察・消防といった団体。最後が銀行員など接待ズレした奴だと書いてあるのも笑ってしまう。
 高校生はよく分かる。作者が言うように悪いのが多いからね。学校の先生は、酒はたらふく飲むわ、卑猥なヤジは飛ばすわ、旅館では女中の尻を追いかけるわで、いつも大変なんだそうだ。わかるような気がする。先生にしても、警察や消防にしても、銀行員は現実社会で鬱積したものがあるだろうから、こういう職種の人たちがはめを外したたら、一気に爆発するんだろうな。きっと。

 「親指の唄」ではパチンコ屋で知りあった客との会話が面白い。

 「だいたいが(パチンコ屋にいる客は)社交性のない男なんですよ。パチンコ屋で会う顔っていうのはわかっているんですがね。誰も話しかけたりしないんです。あたしなんぞは、パチンコやっていて、うしろを通る男に尻がふれても厭な気がしますからね」

 「あたしは、無口なんですよ。社交下手なんですよ。口をきくのが厭なんだ。あたしにはわかるんです。そういう連中がパチンコ屋に集まってくる。あんたがさっき言ったパチンコの魅力とか醍醐味ってのはそれなんですね、それだけですよ。ねえ、わかるでしょう。話しながら、あるいはワイワイ言いながらパチンコやるやつはいませんよ。みんな、だまっている」

 作者はここから日本人の社交下手がパチンコ屋が日本の至るところにある理由からではないかというのである。これはどうなんだろう。わかるようで、わからない。
 昔新大久保にあったお店を手伝っていた頃、お店を開ける準備をしていた時、向かいにあるパチンコ屋に開店前から列を成して並んでいる多くの人たちのことが目に浮かぶ。確かに彼らはだれ一人しゃべっていなかった。寒い時期だったから、ジャンバーの襟を立てて寒さをしのいでいた。この姿はまさに社交下手の集まりだったのかもしれない。

 今にしてみれば、この『世相講談』の職業名など古臭いところがあるけれど、当時は確かにそう言っていた。そして時代が45年たっても、日本人の生態はその当時となんら変わらない気がしてしまう。
 最後にちょっと面白い記述を見つけた。当時の吉永小百合のプロポーションである。
 
 「吉永小百合嬢は如何にと見てあれば、身長一米五十七糎、体重四十三瓩、バスト八十一糎、ウエスト五十六糎、ヒップ八十五糎ということになっております」

 ふ~ん。以外と・・・、なんですな。しかし当時の女優さんは自分の体重も公表していたんですね。


評価
★★★


書誌
書名:世相講談 上
著者:山口 瞳
ISBN:
出版社:角川書店(1972/08/30 出版) 角川文庫
版型:388p / 16cm / 文庫判
販売価:入手不可


書誌
書名:世相講談 下
著者:山口 瞳
ISBN:
出版社:角川書店(1972/08/30 出版) 角川文庫
版型:410p / 16cm / 文庫判
販売価:入手不可

ちなみに私が持っている単行本の書誌は以下の通り。

書誌
書名:世相講談
著者:山口 瞳
ISBN:
出版社:文藝春秋(1966/11/15 出版)
版型:251p / 19cm / B6判
販売価:380円(当時の値段)