2011年02月21日

横田増生著『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』

2011_02_20_01.jpg


 この本は単行本が出た頃読んでいる。それの文庫化だ。今回文庫化に当たり、単行本を第一部として収録し、第二部を「その後のアマゾン・ドット・コム」として大幅加筆している。私は本来単行本の文庫化なら絶対に買わない本であったが、その加筆された第二部が気になり、購入し読んでみた。

 で、第一部は以前に感想を書いているので書き加えることはないかな、と思っていたが、以前の文章を読んでいると、肝心なことがうまく書かれていないような気がしたので、その部分だけ書き加えてみる。
 著者がアマゾンの物流センターに潜入したのは、アマゾンの秘密主義から、詳しい情報が流れてこないからであった。アマゾンの情報統制はかなり厳しいものであるらしい。しかし著者はアマゾンのような「通販企業」にとっては、物流が中核業務となるので、必然秘密主義になっていくと書く。なぜなら顧客と直接対面する店舗を持たない通販企業にとって、物流こそがその接点となる。どの物流業者と組んで、どんなサービスを提供するかは、通販企業の成否をわけるほど重要な戦略だからである。「物流業務で同業他社との差別化を図ろうとする企業の常として、物流現場を公開することは滅多にない。物流先進企業にとって、物流センターは企業機密のぎっしり詰まった場所であり、その業務内容を知られることは企業のノウハウや経営内容を暴露するに等しい」からである。
 そして物流部門は、商品開発や営業部門と比べると地味で野暮ったく、薄暗い倉庫で肉体労働をしているイメージであるが、業績好調な企業ほど、物流の重要性を認識し、また大切にしている。企業活動の背骨にあたる物流を軸に業務を組み立てていけば、無駄をなくした経営が可能なのである。
 その物流部門のコストパフォーマンスを実行するに当たり多くのアルバイトが使われていた。「そこには、アマゾン社員を頂点にいただく、“カースト制”があった。トップのアマゾン社員の次には、センター運営を請け負う日本通運の社員がきて、その下にはアルバイト。さらに最下層には、入ったばかりのアルバイト見習いが控えるといった四階層から成り立っていた」のである。そのアルバイターが強いられる実態を著者は自らの体験ととも明らかにする。
 コストパフォーマンスのためにはアルバイトを雇う側であるアマゾンや日通は人が長続きしないことを、露ほども気にしていない。ここではアルバイトとは、募集広告を打ちさえすれば、いくらでもやってくる、“使い捨ての人材”としか見ていない。だから毎週のようにアルバイト雇い入れる。
 どんなに働いても、時給900円以上(後に850円に下がる)は上がらな。交通費はなし。2ヶ月の期間雇用で、それの更新で、社会保険料の負担を逃れるシステムである。当然働く側はモチベーションなど生まれるはずもなく、雇用主や仕事内容さえ無関心となる。コスト削減のため仕事がなければ就業時間の一方的な切り上げもあるが、それでもそれを仕方がないといって簡単に諦めてしまうのである。
 著者は潜入時からその後もアマゾンを利用し、注文するごとにアマゾンの便利さを実感し、いつの間にか私はアマゾンにはまってしまった自分を見出す。けれど「同時に不思議な後ろめたさをぬぐうことができなかった。この便利さの裏側で、400人のアルバイトたちが私の注文した本を探して右往左往する姿を知っているからだ」と書く。
 著者は独自に入手した2004年のアマゾンの内部資料から、次のように書く。

 「アマゾンを利用する人の75%以上の世帯収入は、500万円を超えており、アマゾンの利用者の大多数は会社員だった。一方アルバイトの年収は200万円そこそこ。これでは、最新のパソコンを買うこともままならないし、さらにアルバイトという身分では、クレジットカードを持つことも難しい。 
 つまり、センターを這いずり回るようにして本を探す人と、自宅のパソコンから本を注文する人とは違う人たちなのだ。アマゾンの安くて迅速なサービスを享受する人と、それを可能にするために労働力を提供している人たちとは、ある意味別の階層に属している」
 アマゾンのアルバイト待遇を実感して、著者は「<ワンクリック>の向こう側では、その要求に応えるために、たしかに誰かが働いている。ネット社会の便利さを享受することが、IT企業の舞台裏で働く人々の自尊心を損なうことと無関係ではなく、ひいてはわれわれの生活基盤である社会全体を不安定にしていくのかもしれない。われわれは、ときに立ちとまり、そのことを今一度思い返してみる必要があるのではないか」とも書く。

 アマゾンで働くアルバイターは、待遇でも仕事内容でも人間性や社会性、そして“希望”さえ奪われながら働いている。そういう境遇に陥ったのが自業自得といえるかもしれないが、でもここ20年、そういう境遇に好きで陥った訳ではない人を多く生んできたのではないか、と思うことがある。“失われた20年”を取り戻すため、アメリカ的経営手法をどんどん取り入れていった結果、あぶれた労働力を生み、労働環境悪化させていく。それでも生きていくために働かざるを得ない以上、そうして悪化した労働条件を受け入れて、何とか働いていく。働く側に人間性の喪失が生まれても当然だ。日本の社会がおかしくなっていっても不思議じゃない。人と人の関係が労働環境に見られるような希薄さを反映している。そんな気がする。
 こんなことを言ってもしょうがないのだろうが、私もアマゾンの利用者である。この本を再度読んで、注文を簡単にワンクリックできなくなってしまった。

 さて気になる第二部である。第一部の最後にアマゾンとブックオフとの“黒い関係”を著者は疑って終えているので、それをまず追求する。著者は最初アマゾンがブックオフと取引関係が存在することで、ブックオフから中古本が新刊として流れているのではないか、と疑っている。しかしそうではなく、流れは逆でアマゾンからブックオフに本が流れていたのではないか、と考え始める。
 それは“返品枠”という商慣習が絡んでいる。通常取次が本を卸すとき78掛けであるが、それをさらに引き下げれば当然利益率が上がる。そうして卸値を下げたとき、取次は交換条件として、返品を受け入れに条件をつける。これが“返品枠”である。これ以上返品出来ませんよ、というやつだ。アマゾンはこれを利用して卸値を下げる。けれど売れ残る場合がある。そこで売れ残った本を返品して正味を上げさせたくないため、売れ残った本を損を覚悟でブックオフに売りさばいたのではないか、と思い始めるのである。もちろんアマゾンもブックオフもこれに関してはノーコメントである。
 でもこれを鬼の首を取ったように非難できるかどうか、よくわからない。少なくとも出版業界の“鬼っ子”であるブックオフの利用は読者だけでなく、出版業界でも噂が絶えないし、少なくと買い取った本や、自分の所で出した残った本を売りさばくことは、読者が本を売るのと同じと言えば言えなくもない。少なくとも書店の親父が、ブックオフ安く本を買ってきて、それを定価で返品する方が悪質である。(一時そういうことが行われている可能性があると言われていたが、今でもあるのだろうか?)

 最後にマーケットプレイスの問題である。アマゾンは新刊を掲載している横で中古品として出品者から売りに出している同じ本を掲載している。これがマーケットプレイスである。これは簡単に出品できるらしい。自分のアカウントでサインインして、「マーケットプレイスに出品する」をクリックして、本のコンディションを選び、値段をつけるだけで、すぐネット古書店を開業出来るらしい。後は注文があれば、アマゾンからメールがあり、それを受けて本を出荷すればいいだけである。送料は出品者持ちである。問題はアマゾンへの手数料である。その構造は以下の通り。

1.売値の15%の手数料

2.古本を1冊売るごとに<カテゴリー成約料>80円

3.さらに1冊ごとに<基本成約料>100円

 つまり出品者は、古本の売値と購入者が払う送料340円の内、実際にかかった送料の差額がまるまる手に入る訳ではない。まず本の売値の15%がアマゾンに持って行かれる。その上無条件で180円がアマゾンから徴収されるのである。
 マーケットプレイスの売値を見ていると、売値1円というのが結構ある。これだとどうなるかと言えば、購入者が支払う金額は送料込めて341円となり、そのうちアマゾンの取り分が180円となり、出品者は残りの161円を受けとる。けれどここから本の送料を捻出しなければならない。ヤマト運輸のメール便で発送できれば80円か160円で発送できる。もし160円かかったとしても、とんとんとなるが、メール便には「厚さ2センチ」という制約があるらしい。となると本の梱包材を含めてしまうとこれに引っかかり、メール便が使えず、郵便で送ることになり、手元に残る160円以上かかり、持ち出しとなる。要するにネット古書店なんていってアマゾンで出品しても、利益など出ない仕組みなのである。
 じゃあ、古本の売値から利益を出そうとしても、マーケットプレイスを見ればわかる通り、これも値下げの競争である。絶えず出品があり、売値をどんどん下げていく。出品者はいつもその売値の動向見ていなければならない。それが面倒なものだから、それを自動的に更新してくれるソフトもあるらしく、そのソフトのサービスを提供している会社もあるというから驚きである。
 月に100万円を売り上げている強者もいるらしいが、これだって古本の仕入にあっちこっちにあるブックオフに車で回るガソリン代、本の送料や梱包材、それに伴う手間を考えれば、副業としてやっていけるものじゃないようだ。
 それに反してアマゾンは自分ところで新刊を売るより、マーケットプレイスで売れた手数料の方が計算すると儲かることがわかってくる。何より自分の所で在庫を持たなくていいし、倉庫からピッキングするための人件費もかからないし、送料もかからない。まるまる純利益といっていい。下手をすれば、新刊を売るより倍儲かる可能性があるのである。
 今はマーケットプレイスから本を買う場合送料が340円から250円に下がったので、アマゾンはカテゴリー成約料を80円から60円に下げた。(売値の15%の手数料と基本成約料100円はそのまま)こうなるとますます出品者の手取りが少なくなる。たとえば売値1円の本では、購入者送料のときは161円手元に残った。けれど送料250円だと、アマゾンの取り分が160円となっても、残るのは90円だけである。ここから本を購入者から捻出することは絶対に無理で、さらに出品者に負担をかけることなる。古本でもうけを出す場合は、その本の仕入値にすべて関わってくるが、1円じゃあどうしようもない。何にしてもアマゾンが儲かる仕組みは変わらないのである。


評価
★★★


書誌
書名:潜入ルポ アマゾン・ドット・コム
著者:
ISBN:9784022616845
出版社:朝日新聞出版 (2010/12/30 出版)朝日文庫
版型:437p / 15cm / A6判
販売価:924円(税込)

2011年02月18日

高橋秀実著『からくり民主主義』

2011_02_18_01.jpg


 この本は先に読んだ村上さん本で知った。村上さんがこの本の解説を書かれていて、それが先の本に収録されていた。それを読んでなんか面白そうと思い、手に取った。

 確かに面白かった。

 「結局本当のところはどうなのよ」というところ追求したかったのだろうが、この本は取材すればするほど、わからなくなっていく。そしてもしかしたら様々な反対運動は、結局自分たちの現在の生活、あるいはこれから先を保証させる担保じゃないかと疑いたくなっていく。こうなると本当にみんなが平和や安全や自然環境保護など望んでいるんだろうと思ってしまう。それを壊す人間たちに、心から反対しているのだろうか、と思いたくなる事例がいくつも紹介されている。
 あるいは市民運動が本当に世を憂いて行われていたとしても、いつの間にか本来の意味を失ってしまっている現実を知らされると、ますます迷走していく感じだ。

 たとえば諫早湾干拓問題については最近民主党のバカ政権は諫早湾の堤防を開けると決めたみたいだが、ここでは有明湾の漁民と長崎の農民との対立が問題となっている。ニュースにもなっている。けれどニュースになればマスコミの取材で宿泊客が増え、旅館は商売繁盛なのである。
 特に漁民の「宝の海を返せ!」という主張が干拓事業が環境破壊に写って、大きく取り上げられている。中でも有明海の海苔の不作が問題となっているらしいが、著者が調べてみると佐賀県、福岡県、熊本県の漁協によってはばらつきがあり、中には堤防締め切り後、以前より海苔の出来がいいところもある。干拓事業と海苔の不作の因果関係は説明できないらしく。海苔の出来不出来は徹底した管理と腕で、粘りと頑張りであると言い切る一部の漁民もいる。しかしそれはタブーである。それを言うと他は腕がなかったせいだと言われるので、それ以上のことは言ってはいけないらしい。しかも海苔の養殖には不作はつきものらしく、今回はその被害が大きかったのでその原因を干拓事業に持って行っただけのことらしい。
 通常天災による被害の場合、融資の適用を受けるのだが、今回はこのようにばらつきがあるため融資が適用されなかった。そこへ持ってきて海苔漁民は莫大な設備投資を堤防着工前後にしていた。設備投資の主な理由はコンビニのおにぎりである。その需要が増して、単価の安い海苔を求められ、漁民は大量養殖を余儀なくされた。狭い場所に海苔網を張れば、病気にもなる。しかもコンビニ業者は品質管理が厳しいので、異物の混入は許されないから異物除去の機械も購入しなければならない。もちろん返品も多くなっていた。大量養殖は場所の確保も必要になり、その前払い賃料も馬鹿にならないらしい。
 こういう状況下で、海苔が不作になれば、その怒りを干拓事業に持って行くしかなくなっているのらしい。長崎側の農民にすれば「有明海の潮の流れは反時計回りです。つまり熊本、福岡、佐賀の海に捨てられた汚染物質が、潮の流れに乗って諫早湾に辿り着いていたんです。ノリ養殖の酸処理剤、工場排水、PCB・・・・すべてわれわれの所にずっと流れ込んで、奇形魚まで見つかっていたくらいですよ。潮受け堤防ができる前に、すでに干潟は死んでいたんです」となるらしい。

 あるいは今国会でもめている沖縄米軍基地問題の取材だと、本音はどうなんだろう、と思えてくる。この本を読んでいくと、沖縄の基地問題はけしからんと怒っているわけにはいかなくなっていく。
 たとえば今問題となっている普天間基地。この基地は世界で一番危険基地と言われている。基地が市街地にあるからだ。けれどこの本によると、市街地が出来たのは基地が建設された後であるらしく、要するに基地の「地の利」を生かし、「計画的に」次々と建物が建ち、多くの人が移り住んできたから、こういう状況になったという。
 こんなことはまったく知らなかったし、報道もされていないと思う。だから私はまったく逆にもともとあった市街地に隣接して後で作られたものだと思っていた。
 さらに普天間基地には2000人の軍用地主がおり、年間47億円借地料を受けとっている。返還はかなりショックだったらしく、地主のアンケートでは70%が「返還を希望しない」と答え、47%「借地料が切れると生活が困窮する」とも答えている。地主の6割が60歳以上であり、返還され厄介事を抱え込むより、借地料暮らしが楽と考えているわけだ。著者は「土地を奪われたという『犠牲』は、今はすっかり特権なのだった」と書いている。

 「反対する人を非難してはいかん。反対は政府を刺激するから、いい方向へ物事がいく。言ってみれば、ソバと七味唐辛子の関係なんだな。ソバに七味唐辛子を入れると、おいしくソバが食べられる。反対分子が頑張れば、それだけ得るものは大きいんだ。でも、七味唐辛子の中にソバを入れて食べる人はいないでしょ。食えたもんじゃない。本当は誰もそんなことは望んでいない」

 地主の代表は毎年予算内示期間に防衛省施設局を訪れ、借地料の陳情を続ける。“反対”のおかげで要求額は満額通り。年間821億円(2000年沖縄県借地料総額)、年約4%の上昇を維持している。もちろんこれは税金である。だから沖縄県知事が日本中に基地被害や事故を訴えれば訴えるほど、いい宣伝となり、彼らにとっていい功績となっていくのだ。
 また基地がある土地を返還されても実際問題困るらしい。実は沖縄の土地所有の公図は沖縄戦ですべて焼失している。その上フェンスで囲まれてしまったので、どこの誰の土地であるかはっきりしないそうだ。戦後自己申告によって面積を加算していくとフェンスを越えて海まではみ出してしまったらしい。いない人間が土地を持っていたと主張したためである。
 もしこれが返還されると、“わからない”現実が出てくる。電気や水道などのインフラをどう通すのか?境界線がはっきりしないため、間違いなく所有権で問題が生じるらしい。さらにアメリカ軍が実弾演習でミサイルや銃弾がバンバン打ち込まれていて、中にはかなりの不発弾が残っている。それを返されたって、今更どうしようもない。
 普天間の移設先が辺野古は自然の海といわれ、ジュゴンが生息する海と報道されているいるが、地元ではジュゴンを見た人はいないらしく、ただしらけるだけだそうだ。辺野古の海を地元の人は次のように言う。

 「汚い海ですよ。ここは採石場から流れる赤土や生活排水が垂れ流しですからね。いまさら、突然、“海は宝”と騒がれてもねえ・・・」

 同じことが若狭湾の原発銀座のもある。若狭湾にはわずか直線50キロメートルの海岸沿いに15基の原子炉が並んでいる。ここまで原発が増えてしまうと、今更「危険だ」と言われても今ひとつピンとこなくなる。辺鄙な町に道路や橋が欲しければ、原発を作れば早いと大手ゼネコンの熊谷組に持ちかけられ、それを受けいていく。もうこのときにはすでに原発があったから、ある以上これを誘致しても同じだ、という論理である。もちろん反対運動もある。そのために工事が中断することもある。けれど工事が中断すれば、換算電力から支払われる漁協への補償費は2億8000万から4億3000万と跳ね上がっている。こうなれば当然それにあやかろうとして慌てて漁業権を主張する輩も出てくる。反対派は住民に次にように言われる。

 「反対運動があれば関電はようけ出しますから、みんなあんたのおけげだ」と。

 「反対運動は大切ですわ」

 「原発誘致は全員賛成ではあかんのですわ。大体、賛成55、反対45くらいがちょうどええんですわ」

 「全部賛成は困ります。原発ベッタリになってはいけませんわ。これくらいのバランスだと、安全管理もしっかりやってもらえるから、ちょうどいいんですわ。運動が盛り上がって反対が50を超えたときは、しばらく冷却期間をおくんです。そうするとやっぱり原発に頼らざるをえないという気になる。そして反対熱が冷めたあたりにすっと始める。それが理想です」

 「若狭は20年以上、どこかしらで原発を建設していました。ずーっとバブルだったんです。それが二年前、もんじゅの建設が終わって、何もなくなり、さあ、ポスト原発は何を、と考えたところ、やっぱり原発しかないんですね。もうそういう体質になってしまっている。あれ(原発)がくればまた夢が、と地元では思ってしまうんです。確かにこんな金をもってきてくれる企業は他にはありませんから」

 原発が出来ると、町には巨額な交付金が入る。過疎地域の指定を受けていた町の財政は、原発によって一気にふくれあがるのである。沖縄の時もそうであったが、ここでも「反対の賛成」なのである。
 以上が反対の裏側の一面である。これをどうこう言うことは私には出来ないけれど、ただテレビニュースに流される反対運動にはいかにも住民が困っているという側面だけを放映していくが、こういう側面もあって不思議じゃない。いやあるんじゃないかと思っていても、一切そんな報道はない。弱者が困っているというのが視聴率がとれる。個人のそうした感情を正義に転換する際、『世間』なるものが現れてきて、それが世論となるのだから面白いものだ。今民主党に再度抱きつかれている社民党は普天間基地の移転を強く主張していて、沖縄の味方を演じているけれど、もしそうなったらその後をどう考えているのか、聞きたくなってくる。特にこんな話を読んでしまうと余計にそう思う。

 最後の笑ってしまったことを二つ書く。一つは「小さな親切」運動である。これは小さな親切が荒廃した日本の社会を救うというものである。この運動を推進している本部があるらしく、何をやっているかというと、世間で親切行為を見かけた人が、この本部に推薦して、表彰するのである。バッジをくれるらしい。あるいはそうした美談を公開する。要はあのときの親切をありがとう、と言うのである。あるいは他人が施した親切を見て、我がふりを直し、反省するのである。
 群馬県にある明和高校は生徒全員がこの「小さな親切」運動の会員で、全校をあげて電車やバスの席ゆずりに励んでいるという。この高校では成績で競い合うのではなく、卒業まで何回席をゆずれたかを競い合っているらしい。笑っちゃうのは、数多く席をゆずるこつは、「まず自分が座ること」だそうだ。確かにゆずる側が座っていなければゆずりようがない。こういう人はまず自分が電車やバスに乗ったら、目を皿のようにして空席を探すんだろうな。そして少しでも隙間があれば飛ぶようにそこへ行くんだろう。
 この運動を批判する気持ちはない。けれどそれを競い合うようなると、どこかがおかしくなっていく。親切をすることが目的となってしまうと、席をゆずる前にまず座ることことがコツだと平気で口に出せるようになってしまう。
 あるいは善行を感動の美談にまで持ちあげるためには、「親切しそうにない人」(たとえばやくざ風おっさん、ダンプの運転手、茶髪の若者)が善行をして自分はしなかったと反省することである。それは明らかに偏見であるけれど、その方が深く心にしみるわけである。
 もう一つが岐阜県の白川郷ある。ここは世界遺産となっている。今や「日本を代表する農村文化遺産」なのだ。そしてそれを求めて観光客が押し寄せる。

 「うわっ、田舎のにおい」

 「昔に戻ったみたい」

 「日本だね」

 そういう郷愁が観光客を集める。しかし実際ここで暮らしている人々にとって迷惑きわまりないものでもある。地元の人が忙しく仕事をしているのに、バカな観光客はいちいち話しかけてくる。むやみに歓声をあげる。町内には「話しかけないで下さい」という貼り紙まであるそうだ。観光シーズンになると道は渋滞し、そのため町民は外出を控えるし、急病人が出ても救急車も呼べない状況に陥る。
 町人は「本音を言えば、今でも合掌をおろしたいんです(壊すの意)」と言う。なぜなら、「こんな不衛生な建物はありませんよ。風が吹けば天井から茅のカスやゴミが降ってくるし、雪下ろしだって大変。この家の形も蚕を育てるためのもんで、今となっては必要ないし、二階も使えないんです。子供部屋もつくれない。誰だって住みたいなんて思わないですよ」と。保存のための規制も厳しい。金もかかる。簡単に修復さえできない。何しろ世界遺産である。家の周りはみんなのものなのだ。
 では何で保存するのだろう、と著者は疑問を呈する。

 「不公平があってはいけないので、一律が原則。おれが我慢しているのだから、おまえも我慢しろということなんです」

 という答えが返ってくる。勝手にやると村八分になる。町を規制しているのは実は町民自身なのである。

 結局そうなってしまった以上、反対は今の生活の保全の役目をしていることがあるんだということと、それを取り払ってしまうと生活が成り立たない現実もあることを知りべきなのだろう。すべてが「国民感情」とか「国民の声」ということで済まされないのだ。


評価
★★★★


書誌
書名:からくり民主主義
著者:高橋 秀実
ISBN:9784101335544
出版社:新潮社 (2009/12/01 出版)新潮文庫
版型:354p / 15cm / A6判
販売価:619円(税込)

2011年02月14日

村上春樹著『村上春樹 雑文集』

2011_02_14_01.jpg

 この本は村上さんの前書きによると、編集者との打ち合わせの時に「雑文集」と呼んでいたものを、そのまま名付けたという。内容が村上さんが作家としてデビューして30年余りあちこちに書いた、エッセイ、本の序文・解説、質問、挨拶、短いフィクションが掲載されているので、まさに雑文集なのだから、そのままでいいということになったという。
 確かにいろいろな文章がある。その中で私が一番興味を引いたのがオウム真理教についての村上さんの意見である。今更オウム真理教を取り上げるのも、どうなのかな、と思わないわけではないが、考え方が面白かったのでそれを書いてみる。
 村上さんには地下鉄サリン事件の被害にあった人々を取材したノンフィクションがある。そしてその後村上さんの作品には、オウム真理教だけでなく、新興宗教が形を変えて登場するくらい、オウム真理教は様々な影響を与えたに違いない形跡が見られる。それをどうしてなのかをここで問う訳じゃないが、オウム真理教信者の特徴を通して、人間の“危うさ”をうまくついているように思えたのである。

 彼らの多くは、「本当の自分とは何か」という出口の見えない思考トラックに深くはまりこむことによって、現実世界とのフィジカルな接触を少しずつ失っていったのではないか、と村上さんは仮定する。
 確かに今我々がいる世界には様々な情報があり、多様な選択肢に満ちている。そのため逆に何を選んでいいかわからなくなり、あれこれ取り込んでいるうちに自家中毒を起こしている。しかも現実を動かしているスピードが余りにも早く、先行する世代の積み上げられた経験がサンプルとして役立たなくなってしまっている場合が多い。
 そこにいくつかのわかりやすいセットメニューを用意してくれる強力な外部者が現れる。わかりやすいということは、選択肢を限ってしまうことであり、あれこれ悩ませないことである。それを提供したのが麻原彰晃である。そして相対性は避けられ、絶対性がそれにとって変わるのである。
 一端“迷える羊”を取り込んでしまえば、後は彼らを外部から遮断すればそれでいい。元々フィクションとノンフィクションの区別をうまくできない彼らである。ことは簡単に行われた。村上さんオウム真理教の信者にインタビューしたとき、彼らに共通の質問をしたという。

 「あなたは思春期に小説を読みましたか?」

 答えはほとんどノーであったという。そこから村上さんは次のように言う。長くなるが引用する。

 彼らはほとんど小説に対して興味を持たなかったし、違和感さえ抱いているようだった。人によっては哲学や宗教に深い興味を持っており、そのような種類の本を熱心に読んでいた。アニメーションにのめり込んでいるのも多かった。言い換えれば、彼らの心には主に形而上的思考と視覚的虚構とのあいだを行ったり来たりしていたということになるかもしれない。(形而上的思考の視覚的虚構化、あるいはその逆)
 彼らは物語というものの成り立ち方を十分に理解していなかったかもしれない。ご存じのように、いくつもの異なった物語を通過してきた人間には、フィクションと実際の現実とのあいだに引かれている一線を、自然に見つけだすことができる。その上で「これは良い物語だ」「これはあまり良くない物語」と判断できる。しかしオウム真理教に惹かれた人々はには、その大事な一線をうまく炙り出すことができなかったようだ。つまりフィクションが本来的に発揮する作用に対する免疫性を身につけていなかったと言っていいかもしれない。

 だからこそ麻原彰晃のフィクションが致命的なバグーそれはおそらく彼の魂に潜在的に含まれていたものじゃないかと想像するのだがーに汚染されたとき、彼らもまたそのバグに汚染されてしまうことになった。一人の人間の悪夢と妄想が多くの人々を同時的に同質的に包含してしまったのだ。そして彼らは麻原の妄想、あるいはその物語が発揮するブラック・マジックの命じるままに(あるいは示唆するままに)、サリンの袋を抱えて「エスタブリッシュメント」に対する虚しく見当違いな攻撃を敢行した。ひとつの大きなシステムからドロップアウトした彼らを受けとめてくれたはずの柔らかなネットは、実は危険きわまりない蜘蛛の巣だったのだ。

 しかしよく考えてみると元々「宗教」と名の付くものはオウム真理教と同じ道程を取ったと言ってもいいかもしれないのではないかと思うこともある。少なくと一つの宗教に帰依するきっかけになるのは、人々の不安や心配、絶望などのベイシックなものがまずあり、そこに宗教という名の、あるいは救いという名のフィクションが現れたときであろうと推察する。村上さんも「誤解を恐れずにいえば、あらゆる宗教は基本的成り立ちにおいて物語であり、フィクションである」と言っている。
 問題はそのフィクションにバグがないことであろう。たとえあっても、そのバグを修正できるシステムなり、個人的浄化作用を持っている限り、それは宗教として普遍性を持ち得てくるということなのだろう。普遍性を持てば「文化」も生まれてくることは歴史が教えてくれている。オウム真理教には麻原彰晃にも信者にもバグ修正機能、浄化作用を持ち得なかった。

 村上さんは地下鉄サリン事件を通して、被害者と加害者の取材をしているが、「しかし両者のどちらのヒストリーが僕の心にしみたかというと、圧倒的に『普通の人々』によって語られたものの方だった。なぜならそのような人々が語るヒストリーには、現実にしっかり根ざしたものではなくては獲得し得ない深みがあったし、奥行きがあったし、それは小説家としての僕の意識に確実にコミットしてくる種類のものであったからだ」と書いている。これを読んで妙に安心してしまった。そしてこの延長上にエルサレム賞の受賞時にイスラエルで挨拶した村上さん言葉があるように思えた。

 もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。

 卵には現実にしっかり根ざしたものではなくては獲得し得ない深みと奥行きがあるからだ。システムという硬い大きな壁がむやみやたらにそれを壊していいというものではない。


評価
★★★


書誌
書名:村上春樹 雑文集
著者:村上 春樹
ISBN:9784103534273
出版社:新潮社 (2011/01/30 出版)
版型:435p / 19cm / B6判
販売価:1,470円(税込)

2011年02月10日

司馬遼太郎著『司馬遼太郎が考えたこと』〈6〉

2011_02_10_01.jpg


 ここのところ本が読めない精神状態が続いていて、この本もやっとの思いで読んだ。だらだら読んでいたのでうまく感想が書けるかどうか不安なところがあるが、とりあえず書いてみる。
 気になったところは二カ所あった。一つは司馬さんが太平洋戦争時に戦車部隊に配属され、当時乗っていた戦車から太平洋戦争を考えたことである。もう一つはゴッホについての文章である。まずは戦車のことから書いてみる。
 司馬さんは兵隊に取られて満州にあった陸軍戦車学校へ送られた。この時乗っていた戦車は、「もし戦争に参加しないとすれば、皮肉ではなく同時代の世界で最優秀の機械」であったが、最大の欠陥は「戦争ができないことであった」。敵の戦車に対する防御力も攻撃力もない代物であった。どういうことかと言えば、戦車のボディである鋼板薄すぎ、敵の砲弾はほとんど貫いてくる。しかも積んでいる大砲は砲身が短く敵に対する貫徹力がまったくなかったのである。要するにおもちゃの戦車であった。
 この戦車満州事変では活躍したが、当時はそれで何とかなったが、ノモンハンで大恥をかいた。陸軍の技術本部ももっと長大な砲を積み、もっと強い防御力を持たなければ戦車に値しないと参謀本部に持って行ったのだが、参謀本部は「戦車であればいいじゃないか。防御鋼板の薄さは大和魂でおぎなう。砲の力がよわいというが、敵の歩兵や砲兵に対しては有効ではないか」と馬鹿げたことを言うのであった。

 「ところが陸軍は戦車というものを所有した当初からこの論理的兵器に対して論理的戦術をもたず、論理的思考方法ももたなかった。信じられないようなことだが、陸軍にあっては『戦車は戦車である以上、敵の戦車と等質である。防御力も攻撃力もおなじである』とされ、このふしぎな仮定に対し、参謀本部の総長といえども疑問をいだかなかった。現場の部隊でも同様であり、この子供でもわかる単純なことに疑問をいだくことは、暗黙の禁忌であった。戦車技術の教本も実際の運用も、そうしたフィクションの上に成立していたのである。じつに昭和前期の日本はおかしな国家であった」

 これは歩兵においても同じ論理を展開する。「師団と名をつけた以上どの国の師団もみな同じである。なぜならそれは師団であるからである」と。司馬さんはこうしたフィクションのもとで戦争が遂行されたという。彼らが守るべき国家よりこのフィクションを命がけで守った。そのためにその本体の曖昧さを覆い隠すために、誇大な漢語フレーズ、たとえば無敵皇軍とか、神州不滅とか言い続け、自らも自己暗示にかけてしまう。そのフィクションを守るために我々は何百万という生霊を犠牲にすることなったのである。
 どうしてだろうか?司馬さんは日露戦争ころまでは、そういうフィクションはなかったという。問題は日露戦以後からである。

 「日本は維新後、西洋が四百年かかった経験をわずか半世紀で濃縮してやってしまった。日露戦争の勝利が、日本をして遅まきの帝国主義という重病患者にさせた。泥くさい軍国主義も体験した。それらの体験と失敗のあげくに太平洋戦争という、巨視的いえば日露戦争の勘定書というべきものがやってきた」

 つまり日本人が世界史上もっとも滑稽な夜郎自大の民族になるのはこの日露戦争の勝利によるものだと言うのである。日露戦争でかろうじて勝ったことを認識せず、冷静さを失い、勝利に酔い、自らの国力を過大評価する馬鹿馬鹿しい自国観を築き上げてしまった。その後日本をのぞく世界の軍事力は飛躍的に進歩する。日本は日露戦争の勝利の美酒に酔いことで、世界の状況を見ず、以後軍事力はそのままの状態であった。軍部は日本の精神論で太平洋戦争をおこない、そのつけを払ったのである。司馬さんは「戦争は勝利国においてむしろ悲惨である面が多い」というのはこのことなのである。

 「日露戦争の勝利はある意味日本人を子供にもどした。その勝利の勘定書が太平洋戦争の大敗北としてまわってきたのは、歴史のもつきわめて単純な意味での因果律といっていい」

 こうした“失敗の本質”は、日本が太平洋戦争の敗北から嫌が上でも自らの歴史を検証せざるを得なくなって、初めて知ることとなったから言えるわけで、それ以前では政治家、軍部、そして国民もそうした熟成度に達していなかったのだから、どうしようもない。ただ脆弱な戦車に乗っていた司馬さんは身をもって、これはおかしい、と感じられたということなのだ。


 ゴッホの司馬さん文章のことを書く。この文章の初出はゴッホ画集によるものらしい。昔何かのCMで、ゴッホは1890年7月27日、37歳でピストル自殺をした。かれが画家になるべく決意したのが27歳であったから、画家としての活動期間はわずか10年にすぎなかった。写楽は僅か10ヶ月の間に150枚の作品を残して忽然と姿を消した。西鶴は一昼夜に2万3500句を詠んだ。いずれも短期間で狂おしいほど作品を発表していることを驚きとしてあげていた。
 そのゴッホは昔から興味がある。そしてこのゴッホの人物像を司馬さんが紹介している文章は興味深かった。司馬さんは「美術史の中の多くの天才たちのなかには生まれついて絵筆を持っていたという内外の条件にめぐまれたひともいたが、なかには「これ以外に自分のやることがない。仕方なく絵のなかにいるのだ」というぎりぎりの放下のなかで画家である自分を見出したひともいる。ゴッホはその中でももっとも痛烈な存在である」と書いている。ゴッホは自分が「絵を描いて生きてゆくしか仕方がない」と思った人であり、そこには人間の社会に入れてもらうことにことごとく失敗し、生皮を剥がされてゆくような痛みと絶望の思いがあった。やることなすことうまくいかない。ゴッホとしては父がプロテスタントの牧師であったため、牧師になるべきだったかもしれないし、そうした奉仕の仕事を求めた。しかしそれが具体的に何であるのかゴッホにもよくわからなかった。ゴッホ自身も社会に疎外されている存在として、いたたまれないほど生きものとしてさびしかったから、下層民の中に入って彼らのことを聞いたりした。
 ゴッホの初期の絵に「ジャガイモを食べる人々」という暗い絵がある。


2011_02_10_02.jpg


 アルルの時代のゴッホしか知らなければ、これがゴッホの絵かと思えるほど、その絵に漂う雰囲気は暗く寂しい。そんな中にゴッホはいたときもある。が、そこでも彼の存在は否定された。今流に言えば彼の言動は“重かった”のである。
 ゴッホの場合は外側から与えられつづけた否定であったために奈落へ落ちた。落ちる寸前にかれは奈落の暗さのなかで自分の絵の才能にしがみついた。それが彼の絵の基本といっていいかもしれない。逆に言えば自らの人生を反映するかのような暗さ故、色彩への欲求が弾け出るような表現場所を求めた。それが南仏のアルルに移ったとき開花した。司馬さんはここで次のように言う。
 
 「この場合、南仏の光線はかれの中にうずいていた創造衝動のために触媒になったのではなく、逆であったかもしれない。かれの天才のほうが触媒になり、アルルの光線のなかであたかも自然現象のようにアルル時代の絵が生まれたといっていい」

 私はゴッホ絵を見るたびに、どんなに色彩鮮やかに描かれた絵であろうと、そこに暗さをいつも感じていたので、司馬さんのこの文章を読んだとき、それがこれだったんだな、と思ったのである。そういう意味で、司馬さんのゴッホに関するこの文章は“目から鱗が落ちる”感じであった。


評価
★★★


書誌
書名:司馬遼太郎が考えたこと〈6〉エッセイ1972.4~1973.2
著者:司馬 遼太郎
ISBN:9784106467066
出版社:新潮社 (2002/03/15 出版)
版型:378p / 19cm / B6判
販売価:入手不可