2011年11月25日
梶山季之著『せどり男爵数奇譚』
書店に『ビブリア古書堂の事件手帖』の新刊と一緒にこの文庫本が並んでいるのを何度か見た。まあ、古本に関するミステリーを店頭に一緒に並べるなら、この本は欠かすことはできまいと思う。私も気になって、自分の本棚にあるこの本を取り出して再度読むことにした。この本は文庫として発売されたとき買って読んだ。まあまあ面白かったという記憶があるが、それ以上は忘れちゃっているので、また読み直してみてもいいかな、と思ったのである。
さてこの本はどんな本かというと、解説にうまいことこの本の紹介をしている部分があるので、それを書き出してみる。
『せどり男爵数奇譚』は古書と古本屋をめぐる連作短編小説集である。愛書家、書痴、書狂、ビブリオマニア、異常なほど古書に取り憑かれた人々が登場するだけでなく、古書業界のさまざまなルールや逸話などが小説に織り込まれている。古書ミステリー、古書ホラーであると同時に、いわば古書に関する情報小説でもある。
せどり男爵こと笠井菊哉の父親は戦前の成金で、いわゆる多額納税者で、それで爵位を買った。昭和16年にその父親が妾宅で腹上死して、世襲で男爵となった。父親の財産が転がり込んできたことで、古書に現を抜かすことなった。
大学時代和本の魅力に取り付かれ、全集もので欠けている巻数を地方の古本屋で探す。その古本屋してみれば全集の端本はただのクズ本にしか過ぎないが、欠本を探している古本屋では、それが全巻揃うことで、高く売れるため、重宝された。こうして笠井菊哉は古書店主から一目を置かれる存在となっていった。
「せどり」とは、彼が「せどり男爵」と呼ばれる所以は、
古本屋仲間で、厭がられる商売の仕方に、新規開店の店に行って、必要な古本だけを買うのを、続に「抜く」とか「せどり」と云うですよね・・・・
あたしはこの「せどり」の名人でしてねえ。まあ、本の値打ちを知らない未亡人なんかが、主人の蔵書を資本に、古本屋を開業すると、目星しい本をあらかた抜いて、神田や本郷の店に売りつけるわけです。
まあ、背中を取る・・・・と云うような意味から来たんでしょうが、それで「せどり男爵」と渾名されたんですよ。
である。とにかく古本狂うと、ミステリーにもなるし、ホラーにもなる。
これに魅入られたら-そうですな、本の虫といいますか、こいつが取り憑いたら、もう逃れようがない。
たとえば世界で一冊しかない本を手に入れたと思ったら、もう何冊かあった場合、どんなことをしてもその本を手に入れる。そしてその本を手に入れたら、さっさと燃やしてしまう。そして自分の手元に残った一冊を世界で一冊しかない本としてしまう。そのためには他の本を高額な値で買い取ったり、人を殺したりすることも辞さない。こうして本を破損する人を“ビブリオクラスト”と言うらしい。
あるいは古書の持ち主が“ワ印”と呼ばれる春本を隠し持っていたりする。それをとんでもないところに隠していたりする。だからこれがミステリーとなる。
一方ホラーとしては、世界で一冊しかない本にするために特殊な装丁にする。
ここでは装丁に人間の皮膚を使うことで、世界で一冊しかない本としてしまう装丁家の話である。この場合本の内容よりその外観が価値を生む。
聖書の「汝姦淫するなかれ」が印刷ミスで“not”が抜けてしまい。「汝、姦淫せよ」となってしまったものがある。これを『姦淫聖書』という。
物語はこのミスプリントの聖書を人間の皮膚で暖かく包んでやりたいという中国人の話から始まる。皮膚を提供する女は麻酔をかけられて、男に犯されながら背中の皮膚をメスで切り取られる。まさしく「汝、姦淫せよ」を地で行った装丁の素材である。その光景を見てしまったある装丁家はその怪しい光景に魅了され、以来人の皮膚を使って装丁することに夢中となる。「人間てえものは、なにかのキッカケがあると曲がっちまう」である。
人の皮膚で何かを飾るというのは、昔五木寛之さん小説でナチスがユダヤ人の皮膚を使ってランプシェードを作った話を読んだことがあるが、究極を極めるとこういうことになる。
さて、最近私が聞いたことと経験したことを二つ書いておしまいにする。この本で次のようなことが書かれている。
「また、不況が訪れそうですね」
笠井は、セドリー・カクテル(笠井が好む変なカクテルのこと)を飲みながら小柳に云った。
「そうなると、われわれの商売が繁昌する時だ。不況の時ほど、アレレと思うような逸品が出てくるからね。大体、“古”と云う文字のつく商売は、不況の時に強いんだ・・・・」
小柳は、そう云って微笑した。
不況になると、不要品を売却する人が出てくる。骨董品、書画などを、売る気になるのである。
おそらく先祖譲りの品だとか、亡夫の残した蔵書なのであろうが、不況のさなかだから値下がりしている。
だから売り手は、損をするのだ。
買った側は、値打ちを知っているから、店頭に出さず、不況の嵐が通り過ぎるのを、じっと辛抱して待っている。
私は先ほど自分の本棚の整理を大々的に行い、文庫本などほとんど処分がてら古本屋さんに売り飛ばした。そのとき、古本屋さんに聞いた。
「今年の神田の古本市にはお宝本が豊富な年だったですってね?」
私は何処かのタウン誌の特集で神保町の古本市に書いてあった見出しを目にしていたので、そう言ったのである。しかし来てくれた古本屋さんの社長さんは、それは今年に限らずここ数年そうだと言うのであった。理由は不景気による。景気が悪くなって、手元不如意なって、貴重な蔵書売る人が増えたというのだ。だから今まで市に出なかった本が続々出てくるようになっているという。そしてそういう人たちが増えたことによって、価格が下落して、お宝本が手に入りやすくなっているらしい。
そして古本が買い手市場になっているものだから、引き取り価格も下落しているだけでなく、もうだぶついてか、引き取りをやめてしまっている古本屋さんもあるとも言っていた。古本屋さんも売り手の言い分を聞くことをしないで、値をふっかけられたら「だったら引き取りません」と強気にも出ているとも言っていた。
だからであろうか?私の本の引き取り価格も低かった。けれど私が出した本は駄本ばかりなので、当然とはいえば当然なのだが・・・。むしろ私は最初から引き取り価格は気にしていなかった。引き取りに来てくれるだけで有難かったのである。
そんな駄本ばかりの中には、多少古本的価値のある本をその社長さんは別により分けていた。これがこの本は多少値が付くだろうと思っていたものだった。この本にも「わたしには、どの本が本命なのか、わかるんです」と帳場に数冊持ってくる客の話をしている。
そう、別に古本屋さんじゃなくても、ある程度本にふれていると、これはちょっと価値があるなとわかってくるものである。結局本に関していつもどこかに気にかけているものだから、そういったことがわかってしまうのだ。たとえば時代のニーズとか、人気があっても肝心の本が品切れや絶版になっている作家さんの本などは、多少値が付くだろうな、とわかるのである。
もう一つが「せどり」である。この本の解説に最近はせどりが新古書店で行われていることが書かれている。実は私はそれらしき人をブックオフで見かけたのである。その日は単行本500円均一というセールが行われていた。私はそれを見たとき、しめしめ何かいい本がないかなと思い棚を見たが、棚がガタガタなのである。そして床にはいくつものカゴが置かれ、そこにごっそりと本が入っていた。どう考えても一人の人間が欲しい本を引っ張り出したようには見えなかった。そこには人が座り込んで、スマホでカゴの中の本を確認している。たぶんそこには求めている本のデータが入っているんだろう。私はこの人はここでせどりをしているんだな、と思った。
昔ネットで古本屋さんをやっている人の本を読んだことがある。仕入れ先の一つにブックオフをあげていた。いくつも駆け回って仕入れをしていると書いてあった。これがそうなのか、と思ったのである。
しかし本業かサイドビジネスか知らないが、こんな仕入れの仕方で商売をし、金を稼ぐのも大変そうだ。
評価
★★★
書誌
書名:せどり男爵数奇譚
著者:梶山 季之
ISBN:9784480035677
出版社:筑摩書房 (2000/06/07 出版)ちくま文庫
版型:299p / 15cm / A6判
販売価:819円(税込)
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- by kmoto
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