2011年11月16日
三上延著『ビブリア古書堂の事件手帖』〈2〉
栞子さんのシリーズ第2巻が出たので、早速買ってみた。前回は漱石全集に絡んだ大輔の祖母の話を縦糸にして話が進んだが、今回は栞子の家族、特に母親の秘密がこの巻の縦糸となって、横糸を古本に関わる人間模様を栞子が謎を解いていく。
とにかくこの栞子は謎の多い女性で、好意を寄せている大輔にとっては、知りたいこと部分が多い。それでなくても大輔が昔付き合っていた女性と再会するにあたり、自分はこの女性に関して何も知らなかったし、その分相談相手にもなれなかったこと改めて思い知り、悔やんでいたので、栞子とは、そうありたくないという気持ちが強く働くのであった。
さて、今回も古本に関わる人間関係の解明である。古本は四冊。坂口三千代『クラクラ日記』、アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』、福田定一『名言随筆 サラリーマン』、足塚不二雄『UTOPIA 最後の世界大戦』である。うち本編が坂口三千代『クラクラ日記』を除く三冊である。
まずアントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』。女子高生の小菅奈緒がビブリア古書堂にいる大輔を訪ねてくる。彼女は前回窃盗事件を起こしていて、その関係で大輔たちと知り合いになっているのだが、その奈緒が大輔に妹の結衣の書いた感想文を持って、相談に来る。その感想文は大人びた、一種の危うさを持ったものであったので、奈緒は心配していたのである。読んでみると確かに女子高校生が書くような感想文ではない。そこで大輔は本のことなら栞子に相談するに限ると、その感想文を栞子に読んでもらう。そして栞子は結衣が「この本を読んでいない!」と言うのであった。
この本は奈緒がネット書店で結衣の代わりに購入したものであったが、この『時計じかけのオレンジ』には二種類あって、旧版はアントニイ・バージェスが書いた最終章が削除された形で出版されていた。そして新版は完全版として削除された最終章を載せて出版され、旧版は絶版となっている。その最終章はあるなしでは、話の内容が変わってしまうものであり、感想文は明らかに旧版の本の感想文であった。
それはまずネット書店で購入したものであるから、絶対に絶版になった旧版のものであり得ない。またその文庫にはスリップが付けたままになっていた。
これはちょっと説明がいる。通常書店で本を買うとこのスリップは書店員によって抜かれる。このスリップが在庫管理にも、注文書にも使われるからだ。けれどアマゾンなどで本を買うと、そのまま付けた形で送られてくる。スリップを付けたままだと本文が読みづらいから、普通それを外すはずだ。それが付いたままになっているということは、結衣はこの本を読んでいないということになる。そして何よりもその感想文は栞子が高校時代に書いたものだったのである。それで結衣のウソがばれる。
福田定一『名言随筆 サラリーマン』は、著者が福田定一となっていたことで、だいたい話が読めた。福田定一とは司馬遼太郎の本名なのである。私はそれを知っていた。そしてこの本は司馬さんが隠したい本だったらしく、今では稀覯本となっている。
そんなことを知っていたので、たぶん古本の中にこの本が混じっており、それに栞子が気がつかず、話が展開し、最後にすべてが判明するのだろう、と思ったら、ほぼその通りとなった。
話は大輔が学生時代付き合っていた高坂晶穂と久しぶりに再会し、亡くなった父親の蔵書を処分したいと大輔に依頼するところから始まる。栞子と大輔は晶穂の実家に赴き、本の査定を始める、そこにあるのは時代小説とビジネス書が中心であった。晶穂の父親は県内でレストランチェーンを経営していたが、若い頃は職を転々として苦労していた。
晶穂の父親の本は時代小説で多少値が付くものがあったが、ビジネス書などは役立たず値が付けられなかった。しかし栞子はその本の中に何か気にかかるものがあった。何か忘れていることがあるのだ、と思うのだがそれが思い出せずにいた。結局値の付かない本を処分がてら新古書店に晶穂が持ち込むことになるのだが、栞子たちが引き上げるとき、引っかかることを栞子が思い出し、慌てて晶穂を追いかける。そして値の付かない本の中に福田定一の本を見つけるのである。しかも本には「福田定一」と署名してある。こうなるとこの本は大変価値のある本となる。
父親はこの貴重な本を晶穂に直接手渡したかったのであった。晶穂の父親は一時期画廊の受付の仕事に就いていたことがあった。一方司馬遼太郎は産経新聞の文化部に勤めていたので、その頃晶穂の父親と知り合った可能性がある。晶穂の父親は一介のサラリーマンから大作家となった同郷の司馬遼太郎の著書は、仕事で苦労した父親にとって「お守り」だった。その「お守り」を晶穂に渡したかったのだと栞子は推理するのである。
足塚不二雄『UTOPIA 最後の世界大戦』では、ビブリア古書堂に本を売りに来た男が、栞子が本の査定をしている間に、持ち込んだ本をそのままにして消え去っていく。古本を買い取るにあたり「買取表」に住所や氏名を記入するのだが、この男は住所を途中にして、氏名や電話番号は記入していなかった。しかし栞子は持ち込まれた本の状態から、その男の住んでいる家の状態を推理し、男を捜し出す。
男は亡くなった父親と一緒に藤子不二雄の漫画をコレクションしていた。店に来たときに足塚不二雄の『UTOPIA 最後の世界大戦』をいくらで買い取ってくれるか訊ねていた。足塚不二雄とは藤子不二雄の若い頃のペンネームであった。足塚とは大先輩の手塚治虫にあやかって付けたという。そしてこの本は著者にとって最初の単行本で、現存するのは十冊ほどだと言われていた。1980年に初めて古書店に現れるまでマニアに間でも幻の一冊と言われていた。それを知っていた栞子はどうしても男を訪ねなければならなかった。
男の父親は小学生の頃、この漫画を愛読していたので、どうしてもその本を見てみたいと思い、店を訪ねるが、本は万引きされた後であった。父親は恋い焦がれていた本と再開出来なかったことがショックで、しばらくの間酒浸りとなった。
ところが父親がビブリア古書堂に本を売りに行った時に、棚にこの本が並んでいた。値段は二千円だった。父親は店員に代金を払い、持ち込んだ本をそのままにして逃げるように店を出た。その店員は栞子と同じように男の父親の家を探し出し、訪ねてきた。店員は栞子の母親であった。栞子の母親は預かった本を届ける目的でここを訪ねたのではなく、その本を買って突然飛び出したものだから、この本は貴重な古書であることに気がついた。二千円の値札の本じゃないと気がついたから、母親が教えを乞いに来たと男は言った。 しかし事実は違うと栞子は推理した。この漫画は男の父親が持ち込んだ段ボール箱に紛れ込んでいた。それを手にした母親はすべてを理解した。すなわち初めてこの漫画本が古書店に並んだとき、万引きにあって、父親はそれを見ることができなかったと言っていたが、実は万引きしたのは父親であったのではないか。だから男の父親は慌てて逃げ出すように店を出たのである。それを察した栞子の母親は、父親を訪ね、一計を案ずるのである。つまりこの盗まれた漫画を犯人から安く買取り、それを売ってしまったということにすれば、法的に罪は問われなくなる。架空の万引き犯をでっち上げ、その本を男の父親が安く買ったとすれば、父親も万引き犯となくなるわけだ。だからこの漫画にビブリア古書堂の値札がいまだ付いているのである。その代わり栞子の母親は父親が持っていた他の貴重な漫画本を安く譲り受けるのである。
栞子は自分の母親について次のように言う。
「わたしの母がどういう人間か、これで分かったでしょう?古書に詳しい、頭の切れる、得体の知れない人です。・・・・十年前に姿を消したきり、連絡もありません」
その母親が残していった本が一冊ある。坂口三千代『クラクラ日記』である。母親は自分の気持ちを本に託すのが好きだった。『クラクラ日記』を見た後母親が何をしたかわかったという。
「他に好きな人ができたんだと思います。『クラクラ日記』には、著者が幼い娘を家に残して、(坂口)安吾のもとへ走る記述があるんです」
栞子はこの『クラクラ日記』を何冊も持っていた。栞子は母親が残していったこの本を古本市場に売りに出した。けれどあとになってこの本の中に直接自分宛のメッセージがあったのではないかと思い始め、その本を探し出すために古本市場でこの本が出品されると買い求めた。だから同じ本を何冊も持つことになってしまったのである。大輔はそう推理した。
栞子さんの本は人気があり、どうやらシリーズ化されるようで、まだ続巻が出るようである。結構気に入っているので楽しみだ。そうそう秋葉原のヨドバシカメラにある有隣堂では、『ビブリア古書堂の事件手帖』の1巻と2巻が平積みにされていて、その横に栞子さんが推理した本、例えば今回の『クラクラ日記』や前巻の漱石の『それから』や太宰治の『晩年』の文庫本が一緒に並べられていた。この本を読んで、これらの作品を読もうという人のため配慮と売上アップを狙った作戦なのだろうが、なかなかやるものである。
評価
★★★
書誌
書名:ビブリア古書堂の事件手帖〈2〉栞子さんと謎めく日常
著者:三上 延
ISBN:9784048708241
出版社:アスキー・メディアワークス 角川グループパブリッシング〔発売〕 (2011/10/25 出版)メディアワークス文庫
版型:261p / 15cm / A6判
販売価:556円(税込)
- by kmoto
- at 10:25
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