2010年02月19日

久坂部羊著『破裂』

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 思惑、野望、恨みを晴らしたいと思う人が何人かがいる。それがからみ合いこの話は展開する。
 松野公造はそれまで勤めていた新聞社を退職し、ノンフィクション作家をめざしていた。社会部の記者時代、吐血し、進行性胃がんと診断された。再度別の病院で検査を受けたときは、今度は胃潰瘍と診断され、最初の医者の診断は何だったんだと怒りを覚えるし、それをその医者に言えば、「結果よかったのだからいいじゃないか」という無神経さに腹をたてる。さらに妻が妊娠し、子供がお腹の中で育たないと言われ、別の医者に行けば妊娠は可能と言われ、娘が生まれた。松野夫婦が受けた心の傷は筆舌に尽くしがたく、医者に対する不信感が医療の問題に目を向けることとなる。
 松野の医療ノンフィクションにネタを提供したのが大学病院の麻酔科の医師江崎俊であった。江崎は医師の公にされないミスを聞き回り、それを「痛恨の症例」として松野に提供していた。
 そん中、中山枝利子の父親が医療ミスで死亡したということを知る。枝利子の父親は心臓の僧帽弁置換手術を受けたが、五日後出血性心タナポナーデ(心臓を包む袋の中で出血し、その圧迫で心臓が止まること)で死亡した。その後枝利子のもとに父親は医療ミスで死亡したという内部告発文書を受け取り、父親の手術に医療ミスがあったのではないかと疑い始める。
 江崎は枝利子と会い、枝利子の父親の手術を調べ始め、父親が死亡したのは手術の際、置き忘れた縫合針が刺さって出血死した疑いがあることを知る。
 枝利子の父親を手術したのが心臓外科の助教授香村鷹一郎であった。香村は次の教授選候補であった。その選挙で香村は日々苛立っていた。手術のときもそうであった。
 香村のライフワークは“ペプタイド療法”というものであった。これは心不全に陥った心筋細胞を甦らせるものであったが、重大な副作用があった。それは心筋の再生はそれにつながる血管の内膜も増殖させ、血管が狭くなって、心臓が破裂してしまうのであった。 一方で厚生労働省大臣官房主任企画官佐久間和尚という人物がいる。彼は“厚労省のマキャベリ”と呼ばれるほど、強引な政策をそれまで推し進めてきた。そして佐久間は日本の超高齢社会へ抜本的解決策を画策する。それがプロジェクト《天寿》であった。
 プロジェクト《天寿》は人口ピラミッドも正常化、少子少老化社会の実現、政府による「寝つかない死、苦痛のない死」の保障、平均寿命の引き下げと、健康寿命との僅差化をめざすものであった。佐久間ははっきりと言う。

 「日本は超高齢化社会はなぜ発生したかおわかりですか。医療が無軌道に進歩したからですよ。医者には病気を治して命をのばすという単純な発想しかなかった。その結果、高齢者が増えすぎて、介護危機、年金破綻、老人の医療費問題、世代間のいがみ合いなどを生み出したのです。医療は進歩さえすればいいというあさはかな発想、唾棄すべき長寿礼賛の結果です。このまま老人が増えれば、日本は国を維持できなくなります。なのに医者どもは今も漫然と寿命をのばしつづけている」

 「医者は世間知らずで幼稚ですから。日本の超高齢社会だって、医者が創り出したも同然でしょう。平均寿命が世界一だなんて浮かれていますが、おかげで国がつぶれそうですよ」

 「一部ではこれを若肉老食と呼び、老人が若者を食い物にしている状況を揶揄している」

 「少子化はいいのです。問題は高齢化です。少子少老化にすれば、規模は縮小します」

 このプロジェクトには不完全な香村の“ペプタイド療法”が必要であった。不完全な“ペプタイド療法”が老人の抹殺に役立つのであった。なぜなら年寄りの心臓を一時的に元気し、若返らせ、ある日突然心臓が破裂する。何の痛みもなく、ぽっくり死なせることができるからである。そのため佐久間は香村を呼び寄せる。幸い中山枝利子が香村を訴え、裁判を起こしたのをいいことに、大学の教授職より新しくできるネオ医療センターの副所長として招く。佐久間が職権を乱用して、莫大な予算を餌にして香村を副所長にそえる。 ネオ医療センターの研究テーマは、老人に望ましい死を保障することで、確実で、苦痛で、苦痛がなく速やかで安全な、誰でも求める死を提供することあった。佐久間は医療に老人の死の落とし前をつけろと次のように言う。

 「若い世代は長生きを望みますが、それは老化の苦しさを知らないからです。現実の高齢者は大半が老いの苦しみに苛まれています。こんなにつらいのならいっそ早く楽になりたい。なのに死ねない。そんな人に生きろというのは残酷です。むかしはだれでも自然に死ねた。今は死ぬのがむずかしい時代です。医療のおかげで、苦しい長寿を生きなければならない。その落とし前をつけることも、医療の責務ではありませんか」

 この本は香村の裁判で、香村が犯した医療ミスの実体が大学という“白い巨塔”でどう隠されていくか描く一方、日本の超高齢社会の極端な解決策の恐ろしさを描いていく。医療ミステリーという立場を取りながらも、日本が今突きつけられている現実を、特に医療の進歩の極端な礼賛の落とし穴をうまく描いている。先の『廃用身』もそうだったけれど、ここまで考えないと、日本は滅びる可能性が大きいというのは、恐ろしい。佐久間の言うことを果たして簡単に押しのけることができることなのだろうか、と思う。
 ゼウスの時代から人間は増えすぎて、ゼウス自身焦っているわけだから、こういう結果になることに必然性があったのかもしれない。マルサスの人口論を持ち出すまでもなく、生物としての「人間」のあり方をどう考えればいいのだろうか。この本で「医療は反自然」と言っている部分があるが、現実を見るとまさにその通りだ。医療の進歩を手放しで喜んでいいものかどうか、考えてしまう。だから佐久間が画策するプロジェクトを単に小説の中の話として片づけられるものじゃない。


評価
★★★★


書誌
書名:破裂
著者:久坂部 羊
ISBN:9784344006980
出版社:幻冬舎 (2004/11/25 出版)
版型:450p / 19cm / B6判
販売価:入手不可 文庫本有り

2010年02月17日

久坂部羊著『廃用身』

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 この本も読もう読もうと思って、今日まで来てしまった。帯などに書いてある本の内容を読むと、ちょっとためらっちゃう部分があって、気が重くなっていたのである。しかし読んでいるうちに引き込まれてしまい、一気に読んでしまった。
 主人公の漆原糾は老人デイケアを中心とした神戸の「異人坂クリニック」の雇われ院長であった。このクリニックのデイケアに通う老人たちと接していて、廃用身である手足に苦しめられているお年寄り、そのお年寄りの介護に苦しんでいる親族、介護士を見ると、介護の未来に大きな不安を感じていく。廃用身とは脳梗塞などの麻痺で回復の見込みのない手足のことである。
 ある時脳梗塞で下半身と左上肢が完全に麻痺してしまった人がいた。この人は体重が九十キロもあり、親族も介護士もこの男の人を介護するのが大変であった。身体が重い分床ずれも起こし、それがひどくなっていく。もし廃用身の両脚と左腕がなければ、体重が五十キロくらい減らせるし、介護の負担も半分近く減る。「廃用身の切断」を選択肢が漆原の頭の中にむくむくと起き上がってくるのであった。それまでもこんな廃用身がなければいいのにと思っていたから、ますますその思いが強くなり、切断してはいけない合理的な理由がどこにあるんだろうかと考えていく。
 この男の人は親族の虐待にあって、足が壊疽を起こし、必然的に切断したほうがいいという話になって、両脚を切断した。そしてこの人が変わったのである。何か憑きものが落ちたみたいに、明るくなったのである。漆原は廃用身の切断が麻痺を起こした人に生きる希望をもたらすこと、介護する側にもその負担を軽減することを確信する。
 更に廃用身を切断することで、血流が変わったためか、脳に多くの血が流れるためか、それまでしゃべることもままならない人が言葉をしゃべるようになったりする効果を発見するのである。
 漆原は廃用身の切断にに介護の未来を見出すようになって行く。廃用身の切断はお年寄りのQOL(生活の質)を高めるものであると考えていく。そのため廃用身の切断を彼は「Aケア」と呼ぶようになる。「Aケア」のAは切断の英語「Amputation」の頭文字を取ったものである。
 廃用身はお年寄りを苦しめており、それからの解放は生活を一変させるほどの歓びだった。それまでは病気を悔い、麻痺した手足を嘆き、報われないリハビリに苛立っていたお年寄りたちが「Aケア」のあと、別人のように明るくなっていくのを確信していく。その「Aケア」の状況改善点を挙げると以下の通りになる。
・物理的に身軽になること
・気持が前向きになること
・介護者に気兼ねしなくてよくなること
・廃用身に対する嘆きが吹っ切れること
・廃用身の痛みや疼き、しびれ感、だるさなどが消えること

 しかしいくら廃用身とはいえ、人間の身体を不要だからといって、切断していいものかどうか。漆原は超高齢化社会の到来で、介護を維持していくには、何かを犠牲にしなければならないと考え、次のような詭弁を言う。

 「構造改革ばやりの昨今、企業は不要になった部門を切り捨て、効率アップを余儀なくされています。情やしがらみで成績の悪い部署や職員を温存していたのでは、全体の体力が落ちて倒産してしまいます。
 『Aケア』を身体のリストラと考えることはできなでしょうか。
 長年、働いてくれた手足を切断するのは、忠実な社員を解雇するのに等しい痛みを伴うでしょう。しかし、そうしなければ会社が倒産してしまうように、お年寄りも介護者も共倒れになってしまいます」

 「異人坂クリニック」は廃用身を切断した人が多くなり、当然それは社会の目にさらされ、非難、バッシングが始まる。それは人間の尊厳を大上段に構えているが、そのほとんどがその異様さを面白がるものばかりであった。いくら介護の破綻が目に見えていても、その解決策の一つとして廃用身の切断は受け入れられない人々の興味の対象となっていく。

 この本はそうしたバッシングに対する、「Aケア」の意味、すなわち「Aケア」が介護負担を軽減し、ひいては高齢者へのサービス向上につながり、危機的な老人介護の未来に貢献するものだという、漆原の考えを世に問おうとする原稿があって、それを本にしようとした編集者の矢倉俊太郎の「編集部註」の二部構成となっている。
 その「編集部註」で、なぜ漆原が廃用身の切断の考えに至ったのか、その彼の資質を生い立ちから追うことになった。そして「Aケア」の発案の根底には、漆原糾は合理主義者で不要なものは、徹底的排除しなければおさまらない頑なさがあったこと。さらに漆原の歪んだ嗜虐性があったことも矢倉は知るのである。漆原は患者の考えを一番に尊重して「Aケア」を勧めたが、どうもそこに追い込んでいく姿勢が明らかになって行く。患者に明るい未来を言い、人生の再出発を言うことで、患者に「Aケア」を選択させる姿が浮かび上がってくる。
 漆原もそうした自分の姿を段々認めていくこととなり、最後は「頭は わたしの 廃用身」という書き置きをして自殺するのである。
 更に「Aケア」が必ずしも明るい介護の未来ばかりをいうものではないこともわかってくる。すなわちたとえ廃用身であっても、手足がないことの不完全さに悩まされる人たちが少なからずいたことがわかってくる。

 廃用身の切断は超高齢化社会に介護という問題を考える上で究極の選択なのかもしれないが、だからといって「身体のリストラ」として受け入れていいものかどうか、考えてしまう。むしろそこまで考えないと介護の未来はないということに、危機感を感じてしまう。どちらかと言えばストーリーの怖さより、介護の未来を考えるとそっちの方が怖くなってくる。


評価
★★★★


書誌
書名:廃用身
著者:久坂部 羊
ISBN:9784344003408
出版社:幻冬舎 (2003/05/25 出版)
版型:323p / 19cm / B6判
販売価:入手不可 文庫本有り

2009年12月30日

トルーマン・カポーティ著『ティファニーで朝食を』

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 どうもよく分からない小説だった。だいたいアメリカ現代文学というのは取っつきにくくて、苦手なのだ。この本は村上春樹さんの新訳ということで買って、読んでみたが、イメージが自分の頭の中でうまく結びつかなかった。
 この本は『ティファニーで朝食を』、『花盛りの家』、『ダイヤモンドのギター』、『クリスマスの思い出』の四編で成り立っているが、やっぱり有名なのは映画にもなった『ティファニーで朝食を』であろう。
 ホリー・ゴライトリーという自由奔放な女性の生き様の一部がここに書かれているのだけれど、この女性がうまく頭の中でイメージできないのだ。はっきり言っちゃうと、「どういう女なんだ」という気持の方が強いのだ。

 「人は誰しも、誰かに対して優越感を抱かなくてはならないようにできている」

 といったしたたかさも身につけている一方で、

 「そして私も彼のことが好きよ。あなたの目には年寄りで、むさくるしく見えるかもしれない。でも彼の心にはとてもとても温かいものがあるの。鳥や子どもたちやそういう弱いものたちには、惜しみなく愛情を注げる人よ。そしてそういう思いやりを受けたら、相手が誰であれ、その恩義は忘れちゃいけない。私はお祈りするときに、いつもドクのことを思っているわ。ねえ、にやにや笑いはよしてちょうだい!」

 といった面もある。もっともこれは自分を相手に引きつけておくための、ホリー・ゴライトリーの処世術の一つとも言えなくないが・・・。
 とにかく好き勝手に、思うまま生きていく彼女に主人公の売り込み作家の僕は翻弄されるのだけれど、私から言わせれば、こんな女を好きになったのだから諦めるしかないだろう。
 映画ではホリー・ゴライトリーをオードリー・ヘプバーンが演じているが、どうもこの小説のイメージとヘプバーンとはまったく違うんじゃないかと思える。そんないい女に思えなかった。まぁ小悪魔的というのなら、これもありかなというところである。


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 個人的には『クリスマスの思い出』がかろうじて理解できたが、それでも面白かったというにはほど遠い。要するによく分からなかったということだけだ。


評価
★★

書誌
書名:ティファニーで朝食を
著者:トルーマン・カポーティ 村上 春樹【訳】
ISBN:9784105014070
出版社:新潮社 (2008/02/25 出版)
版型:223p / 19cm / B6判
販売価:1,260円(税込)

2009年12月18日

川上健一著『BETWEEN―ノーマネーand能天気』

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 この本は『ビットウィン』の文庫版。まだこのブログをやり始めた頃に読んだ。すごく気に入った。いいエッセイだと思っていたし、たぶんまた読み返す本だろうなと思っていた。
 珍しい黄緑を基調とした装丁も気にっている。装丁、中にあるイラストは南伸坊さんである。文庫本はやはり黄緑を基調としているが、イワナではなく川上さん本人ようだ。これもなかなかいい。私は本の装丁も大事だと思っているので、この本は装丁も内容もお気に入りなのだ。


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 この本の感想や面白かったところ、ホロッときたところなどは以前書いてある通りで、今回も同じように笑ったり、涙ぐんだりしてしてしまった。

 川上さんは二十七歳で小説家という肩書きを持ったが、自分では小説家だとは思っておらず、他に本当にやりたいことがあるはずだといつも思っていた。その本当にやりたいことはいったいなんなんだろうと悶々として酒に走り、飲み過ぎとストレスで肝臓を壊してしまい、無気力になってしまった。
 そうなったらなったで、健康になるまで仕事はせず、気長に構えて本当に自分のやりたいことを探そうと決める。医者の薦めもあって八ヶ岳南麓の高原に引っ越した。そこに奥さんがやってくる。奥さんがやってきて、独身時代には考えられなかった三度の野菜中心食事が取れるようになり食生活が改善し、早寝早起きという規則正しい生活、加えて気候の良さ、仕事をしない、好きな釣りとテニス、野菜作り、庭造り、野山歩き、たき火大会とくれば、ストレスなど皆無となり、都会にいた頃あれだけ通院し、あれだけ薬を飲み、あれだけ静養してもよくならなかった肝臓の数値が正常値に下がり、正常で健康そのものなった。
 その間十年間川上さんのいう「慢性的手元不如意」の状態になったが、超貧乏を愛娘と三人過ごす。お金がない分、なんでも自分たちで作らなければならなかった。家中手作りのもので溢れていた。家具も川上さんの日曜大工で作った。食べるために野菜を作り、食べるために釣りをした。そのうち自分で食べるものを自分で作る楽しみを覚えた。家族と一緒にいる時間が大切なものだと知った。村の人たちの優しさに触れ、川上さんは再生する。人としてうれしさや悲しさ、楽しさなど素直に感じられるようになる。テレビなど見ていても感極まって涙をボロボロこぼしたり、ストーリーに感動するようになる。
 そうなると物語のすばらしさを感じられるようになり、時には批評めいたことも感じたりして、自分は物語が好きだったんだとわかり始める。自分の本当にやりたかったことは物語を紡ぐことであると知るのである。そして十年ぶりに小説を書き始めるのである。
 この本を読んでいて、川上さんが超貧乏生活を余儀なくされたことが良かったんだと思った。そしてそれを理解してくれる家族の存在。楽しい仲間の存在が、川上さんにまた小説を書こうと思わせるのだと思った。そして何よりも自然の中での生活がそれを手助けしたんだと思う。
 薬は確かに一時的に数値を下げるかもしれないが、荒んだ心はきっと回復しないだろう。まして都会という不自然な世界で生きていけば、また小説を書こうなんて思わなかったに違いない。
 人の気持ちを荒んでささくれたったものにしてしまうのも、人間関係だけれど、人が人として心を回復させるのは、信頼できる家族、仲間という人間関係であるのだと思った。それを大自然が後押ししているんじゃないかなと思った。
 やっぱり自然は恐ろしいものだけど(ここでもおかしく書かれているけれど、怖い側面があることを教えてくれる)、一方で人を心身ともに育むものなんだなと感じた。

 ところでこの本の書名となっているビトウィンとはなんであろうか。読んでいると、ビトウィンとは絶対的両極端の間に自分がいて、その間をあっちこっち揺れ動くことを言っているようだ。そうした生活をしている人を川上さんはビトウィン人と呼び、自分がそうだからそうしたビトウィン人に親しみを覚えると言うのだ。

 「こうこうこうだからこうだッ、とかこれこれこうだからこっちがいいに決まっているッ、と物事を理路整然とやっつけてきっぱりと断定する人間に遭遇すると、本当かね?とつい首をひねってしまい、ついでに毛嫌いしてしまう癖が私にはある。
 己が優柔不断ということもあるけれど、両極端の間に我が身を置いて、あれこれ迷ったり、悩んだりしているビトウィン人の方に、人間的な親しみを覚えてしまうのだ」

 前回読んだときはまだ自分の評価を★の数で表すことをしていなかったし、ブログオープンのために、それまで読んできた本を一気に紹介したので、この本はその中に埋もれてしまった感じがする。もちろん私の中ではいい本だったという記憶が残ってはいるが、改めて読み返してよかったなと思った。


評価
★★★★★ 


書誌
書名:BETWEEN―ノーマネーand能天気
著者:川上 健一
ISBN:9784087463217
出版社:集英社 (2008/07/25 出版)集英社文庫
版型:212p / 15cm / A6判
販売価:499円(税込)

2009年09月15日

ローレンス&ナンシー・ゴールドストーン著『古書店めぐりは夫婦で』

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 この本は発売されたとき買ったものだが、そのままお蔵入りになってしまった。もちろん気になっていたのだが、外国ものの古本エッセイって、うまく頭の中でイメージできないものだから、ついつい億劫になり今日まで来てしまった。確かに読んでみると、日本の古本業界とは違う。本もいかつければ、売る方もなんか仰々しい感じだ。
 ゴールドストーン夫妻が古本に興味を持ったきっかけは、二人の誕生日にプレゼントが始まりだった。二人の誕生日は八日違いと、お互いの誕生日が近いものだから、プレゼントの交換を毎年やっているのだが、そのプレゼントにお互い不満があった。プレゼントの要する金額は毎年つり上がっていき割には、双方がそれほど満足しないことがあるからである。
 そこで、プレゼントに要する金額を20ドルに制限したのである。20ドルといえば、今の日本円で2,000円ちょい。当時はもう少し価値があっただろうけど、それでも安い。あとは創意工夫でプレゼントを考えなければならならない。そこでナンシーは夫にトルストイの『戦争と平和』を贈ろうと決めるが、今ある『戦争と平和』は、夫にはいまいちである。そこで図版たっぷりの古本を見つけ、それを贈る。以来この夫婦は古本の魅力にとりつかれ、近郊の古本屋を制覇し、子供をベビーシッターに預け、シカゴ、ボストン、ニューヨークと古本漁りを始めるのであった。いつの間にかこの夫婦は稀覯本収集に目ざめていく。
 古本屋さんの目星をつけるためにイエローページを使って、めぼしい古本屋さんに電話をかけて、約束をしてからお店に行く。わざわざ古本屋さんに行くのに、コンタクトを取ること自体、日本とは違う。それに、まぁそうした一癖もあるような古本屋さんだからか、とにかく古本に対して語ること語ること。店に行けば店員がついて回ってくるのだ。これじゃ本を選ぶ余裕もなくなるのではないかと思ってしまう。
 ここに出てくる古書店の在庫はどちらかと言えば“個人の持ち物”といった感じで、それが店の個性となっている。だから「どうやら古書店の在庫はは、ペットとおなじで、持ち主の人格を反映する傾向にある」と言わしめる。だから本について語らずを得ないのだ。それもうるさいくらいに。

閑話休題

 ところで日本の本屋さんや古本屋さんは基本的に無口である。無愛想である。今でもそうした傾向はある。だからこの本の古本屋さんのように、多くを語ることに驚きを感じてしまう。日本の場合無口なのは、本を読むことは知的作業だから、おしゃべりするもんじゃないというところかもしれない。
 本のセールトークをしないものだから、今度はPOPを書いて平台の本と一緒に飾る。これがやたら乱立していて、かんじんの本が見えない本屋もあるのもよく見かけるが、これは麻生総理(まだ元じゃないよね)じゃないが「いかがなものか」と思う。うざったくてしょうがない。
 まぁ最近の本屋の店員はマックの店員と同じくらいマニュアル通りにしか仕事ができないから、クオリティーが低下している。せいぜいレジに客を誘導するために手を挙げるしか能がないのだから仕方がない。まだPOPを書けるだけでもマシかもしれない。
 最近はコンシェルジュなんてシャラ臭い名前をつけて、本の紹介などする役目の店員もいるらしいが、どうしてそんなやつに紹介された本を読む気になるのだろうかと思う。きっと薦められた本を目の前に出されれば、たとえ躊躇してもありがたがって買ってしまうんだろうな。もし薦められた本が面白くなかったら、こいつら責任を取ってくれるのか、と思う。(そういう人はいないのだろうか。ネットでは結構ありがたがっているコメントを読むが、文句を言っている人のコメントが読みたいな)
 だいたい人が何を読みたいのか。何を要求しているのか。そのコンシェルジュというやつはそれがわかっちゃうのかと言いたくなる。本を求める人は、それぞれの理由があるだろうし、考えや感じ方もそれぞれ違うはずだ。それをちょっと話を聞いただけで、“この人にはこの本と”わかっちゃうものなのだろうか?そのコンシェルジュというやつが得意とする分野と違う本の内容のことを聞かれたら、どこまで答えるのだろうかと思うのだ。だからといって多くの分野を網羅するため、たくさんのコンシェルジュを置いているとも思えない。ましてこう不景気な時代だよ。人件費削減が当たり前の時代に、そういうことは考えにくい。ということは、せいぜい差し障りのないところしか言わないのではないかと思うのだ。だからこそそんなやつの意見がどこまで信頼できるかと思うのだ。あくまでも本を探す一つの手段と考えればいいのだろう。そうすればコンシェルジュという存在に腹を立てることもないはずだ。
 私に言わせれば、自分の読む本ぐらい自分で探せと言いたくなる。それでなくても今は昔と違い、本の情報などネットを使えばごろごろしているじゃないか。それも面倒で、自分で探すのも時間がかかるから、効率的に、薦めてくれる本読むのだろうが、大体本を読むこと自体“非効率”な行為なんだから、仕方がないじゃないかと思う。何度も失敗してみるもんだ。こんなことを書くと勝間和代みたいなやつは怒るんだろうな。でも本を読むスタンスが違うんだからしょうがない。

 さて、この夫婦、古本に関しての知識に飢えているものだから、熱心に店員の言葉に耳を傾ける。それがちょっとしたうんちくになっていて、この本を面白くしている。
 とにかくここに出てくる本はすごそうである。たとえ現代作家の初版本であっても、やはり英米文学の作家の初版本と聞くだけで、どこかたじたじになる感じがする。名前を聞いたことがある作家の初版本だよ。どんな装幀の本なんだろうと思うのだ。
 まして稀覯本となると、それこそ博物館におさめられて、防弾ガラスと何人かの警備員がいてもおかしくない本が、そうした古本屋さんにあり、手にできるのだからすごい。もちろんそうした本は値段も相当なものになる。
 ゴールドストーン夫婦が訪ねた古本屋さんにあまりにも値段が高いことに文句を言うと、「最高品質ということがすべてです。本の収集は完璧なものを探すこと、唯一無二のもに近づくことだから」と言い切るのだ。私など見てもなんの本かわからないだろうけど、話を聞いてその本を見るだけでも、目の保養になるよなぁと思ってしまう。
 また古本にもはやりすたりがあり、本来もっと評価されていい作家の本が、それほどの扱いされていないことを、ある古本屋さんは本にも旬があると言うのだ。そして「旬の本にはロマンスがある。古書業界はロマンスを売る商売だ。ときに業者はロマンスを演出するときもあるが、一般的にいうと、適当な本にはすでにロマンスが付随している」とも言う。
 確かに古本は時代を生き抜いてきたものだから、それだけでロマンがあるし、歴史がある。私が古本屋さんで探し歩き、手にした本でさえ、もうそれを手にしているだけで、ワクワクするのだから、ましてそれよりはるかに古い本であればなおさらだろう。

 最近はネットで簡単に日本全国の古本屋さんの在庫が確認でき、値段と相談で、そのまま購入することができるが、やっぱりこうして古本屋さんを歩き回り、目的の本以外のお宝があるかもしれない。そうした楽しみはネットでは味わえない。時には思いもしなかった発見があるのも、やっぱり古本屋さんを歩くことだろうと思う。だからこの夫婦の古本屋さん巡りは楽しいだろうなと思った。


評価
★★


書誌
書名:古書店めぐりは夫婦で
著者:ローレンス&ナンシー・ゴールドストーン 浅倉 久志【訳】
ISBN:9784150502348
出版社:早川書房 (1999/09/15 出版)ハヤカワ文庫NF
版型:342p / 15cm / A6判
販売価:777円(税込)

2009年08月29日

北尾トロ著『ぼくに死刑と言えるのか』

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 トロさんの新しい裁判傍聴記をお店で見かけたので、さっそく読んでみる。この本の最初にトロさんは次のように言う。

 初めて裁判を傍聴してから、かれこれ6年になる。その間、ぼくが好んで見てきたのは、新聞にも載らないような小さな事件の数々だった。有罪になってもせいぜい刑期が3年とか5年で、ときには執行猶予もつくレベルのものだ。

 そうだった。そんな小さな事件だったからこそ、その犯罪を犯した被告たちも人間的にその程度人間で、だからこそ茶々も入れられるし、呆れて笑えたのであった。そんな事件の裁判だからこそ、裁判そのものがコメディーにもなっていて、読む方はそれが面白かったのだ。
 ところが前振りでトロさんが今までの傍聴した事件をわざわざこのように言うのは、今回は違うと言いたいがためである。今回は自分が裁判員制度のよって裁判員に選ばれた場合、どう対応したらいいのか。そのための準備として、今度は殺人事件のような重大事件の裁判を傍聴してみようというのが、今回の企画である。
 まあ企画はいい。ところがトロさんの態度が今までのトロさんとはまったく違う面を見せる当たりは少々驚いた。

 「おいおい、どうしたんだ!」

 「今までのようにびっしと言ってやれ、こいつはやっていると!」

 「何ゆれてんだ!」

 確かに今回は今までのようなせこい事件じゃない。殺人事件である。場合によっては無期、死刑だってあり得る裁判である。また自分が裁判員になったと思ってシミュレーション的に裁判を傍聴している。だからトロさんは検察、弁護士、あるいは証人、被告の意見をじっくり聞いている。今までのような被告のいい加減な態度で「こいつは懲役5年だな」と勝手に刑期を決めるわけにはいかない。
 まして被告が事件を否認していて、見方を変えることによってどうにでも解釈できる事件は、そう簡単に有罪か無罪か、あるいは無期か死刑か言うのは難しいだろうなとは思う。有罪だと言うためには、確信が必要なのだ。確信なしに有罪と言うことに、かなり抵抗を感じてしまう。人間の心理として、迷いがあると言いにくくなるのだ、とトロさんは言っているが、まさにその通りだろう。
 しかも傾向としてトロさんは被告人に肩入れしがちなところがある。その上情にもろい。被告の父親が涙を見せて謝罪するのを聞けば、自然と涙腺がゆるんでしまうというくらいなのだ。
 いくら有罪判決を下す意味は重いからといって、裁判員制度では3名いる裁判官のうち最低1名が有罪としないかぎり、裁判員全員が有罪だとしても、その通りにならいというシステム(無罪は別で、裁判官、裁判員含めて、多数決で決まるらしい)があっても、ここで自分の意見を確信を持ってはっきりと言えるのはかなり難しい。だってそこで今後の人の一生が決まってしまうのだから余計であろう。だからトロさんも真剣にならざるを得ない。
 トロさんは裁判員制度による模擬裁判にも参加している。その時同じように参加していた人はびっくりするほど自分の意見にこだわり、曲げようとしなかったという。それはいい加減なことを口にしてただその場をやり過ごし、後で後悔したくないという意識が働いたんじゃないかとトロさんは言っている。

 そうだろうな。

 はっきり言って裁判員なんかに選ばれたくはない。だけどもし選ばれちゃって逃げようがないなら、いい加減なことは言いたくない。きちんと意見を聞いて判断したいと思うのは当然であろう。野次馬的に「こいつは死刑だ!」と簡単に言うわけにはいかない。
 裁判員制度では刑が重くなる。あるいは死刑判決が多くなるんじゃないかと言われている。それは今までの裁判が判例主義の基づいて、市民感情を反映していないからだと言うことなのだろうけど、でもトロさんの言うことを聞いていると、そう簡単に人を死刑にすることはできない気がしてくる。感情があるからこそ逆に、死刑を回避できないだろうか。または死刑という決定を自分の中で持ちたくないという意識が普通の人間なら働くはずである。だから巷で言われているような刑が重くなる、あるいは死刑判決が多くなると言えない気がする。もちろんそれは判決の結果であって、その統計をとって言えるわけであって、しかもそれはたまたま統計を取ったらそうなったということなんじゃないかと思う。基本的にいくら裁判であっても人を殺したくないはずだ。

 一方で被害者の家族や遺族はそうじゃないだろう。被告が何人殺したって、大切な家族が殺されれば、被告を死刑にして欲しいと思うのは当然である。殺された家族の悲しみから、自分たちの気持ちを少しでも癒そうとするには、被告を恨むのが一番手っ取り早い。そしてたぶん人はそうすることで人の死から癒されようとするのだろう。だから二人以上殺せば死刑というのでなく、一人でも大切な家族が殺されれば、その償いとして死刑を望むのだ。非常な言い方かもしれないけれど、被害者家族が被告に死刑を望むのは、結局自分の悲しみから少しでも開放されることを望んでいるからだ。それを望めば少しは気が晴れるからである。死から癒されるからである。
 でも殺されたという事実はそこにあるわけだから、それはどういう形であれ償ってもらわなければ、社会が成り立たない。私はこの本を読んでいて思ったのは、日本の裁判は被告の更正を最優先にしているんじゃないかと思うのである。その可能性が少しでもあれば無期もしく有期刑なのだ。刑務所で更正しろというのだ。そしてその望みがまったくない場合死刑となる。けれどそうじゃないだろうと思う。まずは罪を償うことが先だろう。そう思うのだ。更正させるのはその次である。絶対に罪を償わなければならないという意識を持たさなければならないと思うのだ。そうでなければ被害にあった家族や遺族はやりきれない。私は遺族や家族が被告に対して死刑を望むのは極めて自然な姿だと思っている。


評価
★★


書誌
書名:ぼくに死刑と言えるのか―もし裁判員に選ばれたら
著者:北尾 トロ
ISBN:9784904676011
出版社:鉄人社 (2009/07/30 出版)
版型:255p / 19cm / B6判
販売価:1,365円(税込)

2009年06月28日

北尾トロ著『もいちど修学旅行をしてみたいと思ったのだ』

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 久しぶりにトロさんの本を読む。トロさんの面白さは企画にあると思う。といっても、大それたものではなく、小市民的な企画が面白みを誘い。読んでいて、「うん、そうだな!」と共感するところがいいのかもしれない。
 この本は、中学、高校時代の修学旅行の記憶が年齢とともに薄れ、今ではほとんど記憶に残らなくなった歳となっている。忘却の彼方、登録抹消に近くなっている。
 しかし学校あげての一大イベントであったはずの修学力のことをそう簡単に忘れていいのかと、一大決心し、それならもう一度修学旅行をやってみようじゃんという企画本である。だからここでは修学旅行のスッポトがメインになる。
 といっても最近の修学旅行は昔と違い、海外旅行など豪華版になっている。しかしわれわれの時代は日本にある歴史的に価値のある地域がその対象となっていた。たとえば東京に住むわれわれは、修学旅行といえば京都・奈良が当たり前であった。
 今回はそうした当時の状況を踏まえ、当時の修学旅行に行ったであろう日本の観光地域をトロさん含めオヤジ三人で旅をする。しかしオヤジとなったトロさんたちが旅をすれば、やはり中学や高校とは違う感想を持つのは当たり前で、昔を思い出すにはほど遠いオヤジ旅になっている。またオヤジなったからこそ感じる部分も、何となくそうかもしれない。
 たとえば京都や奈良の修学旅行では、学生時代は青臭いところが全面にあるものだから、歴史的価値をどれだけ認識していたか疑問のところがある。教科書や授業で習った建物など生で見ても、果たしてどこまで理解できたか。だからトロたちさんは奈良において次のように言う。

 高校生はもちろん、数年前までの自分なら退屈でしょうがなかっただろう。だが、いまはそこに味わいを感じ、安らぎさえ覚えるようになった。ズボンのベルトがきつくなり、内臓脂肪が気になるくらいに“中高年力”がアップして、初めて良さがわかるのが奈良なのかもしれない。

 確かにそうかもしれない。けれど若いときに何をどのように感じたか、その時しか感じられない純な部分があったのではないかと思う。それはとんでもない取り違えをしていたかもしれないけれど、その時そう感じたことは、その時だからこそ感じられたことで、歳をとって、苦いも甘いも、そしてつまらん雑学的教養にどっぷりつかったオヤジが感じるものとはわけが違うような気がする。そこには新鮮さや驚きもあっただろう。感じたまま陳腐と思ったかもしれない。けれどそれはそれでいいような気がする。
 その年齢で修学旅行を行ったことが何らかの価値があったと思いたいし、オヤジたちが今修学旅行だといってそのスポットに行っても、もう違うものになってしまうのだ。オヤジの修学旅行は「これだよ、これ。オヤジ流の修学旅行は、昼間しっかり観光したら、夜は地のものを味わわなきゃ」であり、「宿に多くは望まない。メシ、風呂、接客がちゃんとしていればそれで嬉しい。潤いの乏しいオヤジ旅では、小さなヨロコビが活力の源になるのだ」みたいなものがどうしても伴う。だからオヤジなのだ。

 大笑いしたところ書いておく。十和田湖で高村光太郎の「乙女像」を見たオヤジたちの感想である。

「嘘だろ!どこが乙女なんだよ」

 見上げると、正面に熟女としか思えない巨大な尻が。乙女像という呼び名とは裏腹に、やたら肉感的な裸婦像が二体、対になっている。少女らしい繊細な造形を予想していたぼくは、あまりのギャップに笑うしかなかった。見れば見るほどダマされた感が募る。
 あきれてそこを去るときも、最後に「あれは、断固乙女の尻じゃない」と言い捨てて、そこを後にするトロさんであった。

 そうだったかなと思った。私は修学旅行ではなかったけれど、高校時代ユースホステルのメンバーになって、東北地方を旅したことがある。安い国鉄の周遊券とヒッチハイクをして回ってきた。泊まったユースホステルの朝早いにほとほと参った記憶がある。旅で知り合った仲間と夜遅くまで消灯になっても、話、大笑いして過ごしていたので寝不足だったのだ。確か6時頃なるとスピーカーから大音響の音楽が流れた。頭に来たわれわれはそのスピーカーに枕を投げつけ黙らした記憶がある。(もう時効だろうから書くけど・・・)
 その時奥入瀬渓流沿いを歩いて十和田湖まで行った記憶がある。その時乙女像を見ている。当時はこの像があの智恵子抄の高村光太郎の作なんだなとしか感じなかった。今見たら熟女の尻だと思うだろうか・・・。


評価
★★★


書誌
書名:もいちど修学旅行をしてみたいと思ったのだ
著者:北尾 トロ/中川 カンゴロー【写真】
ISBN:9784093797849
出版社:小学館 (2008/04/21 出版)
版型:239p / 19cm / B6判
販売価:1,365円(税込)

2009年06月25日

清瀬闊著『「お玉ヶ池」散策』

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 お玉ヶ池の種痘所が気になってしょうがない。それでネットで調べていたら、この本がヒットした。なんか面白そうと思い読んでみる。
 この本は文章の素人が書いたためか、主語が省略されていたり、句点で文章をつなげすぎていて、やたら長い文章となっていて、時に何が言いたいのかわからなくなる悪文であった。でもそこに書かれている内容は、私が疑問と思っていたことをほとんど解消してくれた。また新しい発見があって、「へぇ~、そうなんだ」と感心できて、楽しかった。
 まずは私が疑問と感じていたことは、お玉ヶ池のことだ。その池はどこにあり、どんな様子だったんだろうということ。そしてそこに建てられた種痘所がどういう経緯で作られ、その後どう変遷していったのか、そのあたりを知りたかった。
 著者はお玉ヶ池がどこにあったかを、角川書店発行の『日本地名大辞典』を引いて、「千代田区神田岩本町、神田東松下町、神田須田町二丁目一帯にあった池沼」だと書いている。
 何とお玉ヶ池は私がいつも乗り降りしている岩本町近辺にあったのである。岩本町二丁目あたりにその史跡がある。


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 お玉ヶ池はその昔「桜が池」と呼ばれるほどの名所だったそうで、そこで器量よしで、美人のお玉が茶屋をやっていた。


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 そのうち二人の若い男に言い寄られ、お玉はどっちにしていいかわからず、とうとう池に身を投げてしまったことから、この池を「お玉ヶ池」と言うようになったらしい。ただこの池身を投げられるほどの深さがある池ではなかったようで、あくまでも言い伝えである。
 もちろん現在はその形跡すらない。というか、そもそも大きさの割には深い池ではなかったようで、家康が江戸に来る頃にはたいぶ干上がっていたみたいだ。詳しいことは「江戸の原型と神田川の流路」というサイトを見て頂きたい。


http://poco.cool.ne.jp/kanndagawa/kandagawa-mukasi/kanndagawamukasi.htm


 これを見ると1590年より昔では、上野の不忍池とお玉ヶ池が一つの川でつながっていたことがわかる。(しかしこの頃の江戸の地形は今とだいぶ違っており、日比谷あたりは入り江になっていたことを知らされる)そして神田川ができてからは、完全にお玉ヶ池はなくなってしまっている。著者はこのお玉ヶ池がどうしてなくなってしまったのかくどいくらい考察しているが、要は江戸時代住む土地がなくて、完全に埋め立てられてしまったみたいだ。

 さてこの種痘所の話に入る前に、日本における種痘の歴史をこの本で知り得たことを書いてみる。
 種痘とは、天然痘の予防接種のことである。イギリスの医師エドワード・ジェンナーが、牛飼いの乳搾りの女性が「痘瘡」に罹らないことをヒントにして、1796年牛の天然痘である牛痘の膿を接種する、より安全な牛痘法を考案し、以後ヨーロッパ各地に広がった。ちなみに牛のことをラテン語でvaccaといい、それにちなんでvaccine(ワクチン)というようになったそうである。
 “安全な”というのは、例えば日本では症状の軽い天然痘患者の瘡蓋を粉末にしてラッパ状のものを使って鼻孔より吹き込み免疫を作る方法が1790年秋月藩の藩医だった緒方春朔によって行われていた。これは成功する場合もあるが、逆に天然痘に罹患してしまう危険性もあったと言う意味で“安全な”と言っている。
 ジェンナーが発見した方法で、日本で初めて種痘を行ったのは、佐賀藩の医師・楢林宗健という人で、1849年長崎で行なったのが最初とされているらしい。
 ただ教科書的には、日本で最初に種痘を行ったのが楢林宗健となっているが、実はそうではないらしい。中川五郎治という人物が最初だという。
 五郎治は択捉島にいた。その五郎治はロシアに拉致され、その後ロシアにおいて種痘を受けた。さらにロシアで医師の助手となって種痘法を習得した。紆余曲折があるが、五郎治はとにかく日本に帰国する。その五郎治が文政五年(七年という説もある)田中正右偉門の娘に施したのが本邦初の種痘術であるという。まぁ最初は誰かなんて個人的にはどうでもいいのだけれど、とにかくそういうことらしい。

 次にお玉ヶ池の種痘所の話である。種痘の重要性を感じた、江戸の蘭方医は、伊藤玄朴、大槻俊齋らが呼びかけてお金を出し合い神田松枝町元誓願寺前の川路聖謨の拝領地に種痘所を作ったのがお玉ヶ池の種痘所である。



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 このお玉ヶ池の種痘所の歴史が面白い。実はこのお玉ヶ池の種痘所が東京大学医学部の発祥となるのである。
 お玉ヶ池に作られた種痘所は最初「私立お玉ヶ池種痘所」としてスタートした。もちろん種痘所は牛痘接種普及を目的で作られたが、別の側面として蘭方医の集会所でもあった。
 ところが設立半年後火事で焼失してしまう。その後しばらくの間、伊藤玄朴の家などで業務を続けたが、翌年種痘所は、下谷和泉橋通りに移転した。移転後「官立お玉ヶ池種痘所」となる。
 この下谷和泉橋通りがどこなのか、それが今度私の知りたいこととなる。その答えが、この本で、今私がいる事務所の近所である三井記念病院だということがわかった。それを知ったときは、へぇ~ここなんだ!とちょっと感動した。
 さて、官立お玉ヶ池種痘所がどう変遷していったのか。まず、最初の呼びかけをした大槻俊齋はすでに死去していたので大阪より緒方洪庵を招き初代頭取に任命し、文久元年(1861年)「西洋医学所」と改称される。そして文久3年にはただの「医学所」と改称される。
 戊辰戦争の負傷者治療するためにそれまで横浜と浅草にあった診療所をまとめ、この地に「東京府大病院」を作り、明治二年(1869年)に種痘所から名を変えた医学所と合併し、「医学校兼病院」と改称される。同年12月には「大学東校」と名を変える。(よく名前を変えるんだな、これが・・・)さらに、「大学東校」から「東校」へ、「東校」から「第一大学区医学校」へ、「第一大学区医学校」が「東京医学校」へ改称される。この東京医学校が本郷に移転し、東京大学医学部となるのである。
 以上変遷をたどると、お玉ヶ池の種痘所が東大医学部の発祥となるわけだ。それを考えると、お玉ヶ池の種痘所は、日本の近代医学史の大本だったことを知らされる。
 一時下谷に借りていた第二医学院も和泉町に来て、「医科大学第二医院」となる。その後「医科大学第二医院」は「東京帝国大学第二病院」と改称される。ただ明治三十四年に火事にあい、その後再建されず、この地は空き地となり、運動場となっていた。
 その空き地に今の三井記念病院である三井慈善病院が設立された。その経緯は次の通りである。
 明治三十六年(1903年)に東京市長尾崎行雄が施療病院の計画をし、それを聞いた三井八郎右衛門・高棟が十万円の寄付をして賛同の意を表す。しかし当時日露戦争の疲弊でその計画が一向に実現する様子がない。仕方がないので高棟は自力で病院を作ることを決意する。三井家より基金百万円を基に、和泉町にあった東京帝国大学第二病院跡地を払い下げを受け、明治四十二年三月に開院した。
 三井慈善病院という名の通り、この病院は生活困窮者を対象とし、患者の診察費、入院費は無料で行われた。その上診察内容は高度であったので、受診者が殺到したという。生活困窮者を対象としいたため、一般の人は受診できなかったので、病院の前に粗末な衣裳を貸し出す貸衣装屋があったという笑い話が残っているらしい。著者は三井記念病院で内科部長、副院長を務められた人で、この経緯は詳しく書かれている。
 また和泉町と言えば、関東大震災で奇跡的に焼け残った地域で、それでも震災時に上野公園へ病院スタッフや患者が避難する記録は著者だから得られた記録だろう。読んでみるとかなりなまなましい。一部のスタッフは病院に残り消火活動をするが、町内の人々もバケツリレーをして懸命な消火活動した。またたまたま近所にあった民間会社のガソリンポンプによる下水水利を得ての放水し、和泉町は震災による火災から免れた。現在「関東大震災協力防災の地碑」が和泉小学校の脇にある。

 そもそも神田和泉町は旧藤堂和泉守高虎(弘治二年~寛永七年、1556~1630年)の屋敷跡で、この地には医療関係の史跡がお玉ヶ池の種痘所以外にもいくつかある。
 近くには漢方医の医学校、躋寿館(せいじゅかん)もあった。場所は佐久間町二丁目から四丁目にかかる二千余坪、旧浅草天文台跡地(現在の清洲橋通りをはさんで和泉町の東側、外神田四丁目十四)である。
  東京衛生試験所もこの地にあった。もともとは明治七年(1874年)に「東京司薬場」の名称で 医薬品試験機関として発足し、医薬品の品質管理行っていた。日本で最も古い国立試験研究機関である。ここにも記念碑があり、次のように書かれている。
 
 国立衛生試験所は, わが国最初の国営の医薬品試験研究機関, 東京司薬場として, 明治7年(1874年)3月、 現在の中央区日本橋馬喰町に発足し同年8月この地、 千代田区神田和泉町2番地で本格的業務を開始した。 昭和20年(1945年)3月の東京大空襲に罹災するまでの70年あまり、 医薬品を主とする日本の厚生行政に多大な貢献をしてきた。 現在は、 世田谷区上用賀において引き続き研究業務を行っている。
 本年, 創立120周年を迎えここに記念碑を設置するものである。
 平成6年11月建立   国立衛生試験所



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 東都病院もこの地にあった。東都病院とは斎藤紀一が開業した(斎藤茂吉は斎藤紀一の養子。北杜夫は茂吉の次男)が明治二十四年(1891年)に浅草区東三筋町に浅草病院を開業したが、ここが繁盛したので和泉町に東都病院を作った。この本によると、この病院の入院費はかなり高額だったらしい。現在当時のレンガの一部が坪井医院の入り口に残されている。

 私はこの和泉町にある会社でずっと働いている。だからこの和泉町の歴史、特に医療関係の歴史にずっと興味を持っていた。今回この本でかなりのことがはっきりわかったので、その点だけでもこの本を読んでよかった思っている。


評価
★★★


書誌
書名:「お玉ヶ池」散策―お玉ヶ池種痘所と三井記念病院周辺余話
著者:清瀬 闊
ISBN:9784895143127
出版社:中央公論事業出版 (2008/12/01 出版)
版型:242p / 19cm / B6判
販売価:1,890円(税込)

2009年06月10日

アガサ・クリスティー著『カーテン』

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 さあ~て、これで用意したクリスティーの作品は最後になる。副題にもあるようにこれはポアロの最後の事件である。舞台はポアロがデビューしたスタイル荘である。
 妻を亡くしたポアロの友人であるヘイスティングスにポアロから手紙が届く。今スタイル荘にいるから来ないかと。ヘイスティングスは一年以上ポアロと会っていなかったから、その誘いに乗る。そしてポアロにあってその姿に愕然とする。

 「老齢による惨めさほどいたましいものはないと思う。
 気の毒な友。いままで私は彼の風貌をいくどとなく描いてきた。いまはただ昔と違ったところだけを述べよう。関節炎のため立居もままならず、どこに行くのも車椅子の厄介にならなければならない。かつてはまるまると肥っていたからだも、すっかり肉が落ちてしまった。痩せ衰えた小柄な男に変わっている」

 そう、ポアロは以前のダンディーなポアロでなかった。しかしからだは痩せ衰えて、車椅子のお世話になっていても、あの“灰色の脳細胞”は健在であった。
 そこでヘイスティングスは5件の殺人事件の資料をポアロから見せられる。どの事件も被告または容疑者が問題の犯罪を犯したことは明白な事件で、それぞれが単独で関連性は見出せない事件であった。
 しかしポアロはこの一見関連性のないつの5つの事件が容疑者Xによって引き起こされた事件であり、その真犯人である容疑者Xは今このスタイル荘にいるのだという。スタイル荘は現在旅館になっており、その宿泊客の中に真犯人がいるというのだ。ポアロは車椅子の世話になっているので、ヘイスティングスにポアロの手足となって動いてもらいたくここに呼び寄せたという。
 ここにはヘイスティングスの娘も来ていた。フランクリンという科学者の助手として働いていた。ヘイスティングスはこの娘の動向が気になって仕方がなく、ジュディスに忠告をするのだが、いい年の娘がいつまでも親の言うことなど聞くもんじゃない。だんだん不安になるヘイスティングスは娘を拐かす男を殺害しようと行動をとってしまう。(それはポアロによって防がれたのだが)
 そして事件が起こる。このスタイル荘の新しい持ち主となったジョージ・ラトレルが妻のデイジーを誤ってライフルで撃ってしまう。幸い急所を外れ、事なきを得たのだが、次にフランクリンの妻が毒を飲んで自殺する。
 ここでもそれぞれの事件には関連性は見出せないのだが、事件を起こすの人間を唆す人間がいたのだ。つまり直接手は下さないが、言葉巧みに、不安や心配を増長させ、事件を起こさせる。そして人が死ぬ。スタイル荘以前の5つの事件で唆すことで殺人事件が起こせることを知ったXは快感を覚え、ここスタイル荘でも同じ手口で事件を起こしたのだ。そしてヘイスティングスも危うくその手口に乗るところであった。
 ポアロは容疑者Xの正体を知っていた。しかしXの犯罪は完全犯罪であり、証明のしようがない。だからこれ以上の殺人を防ぐためにはXを殺すしかない。そしてポアロはXを殺す。ポアロはその後睡眠薬を多量に飲んで自殺する。

 文末の解説によると、『カーテン』は1975年に発表され、エルキュール・ポアロはこの『カーテン』事件で最後に帰らぬ人となる。そして、この作品が発表された直後に、アガサ・クリスティーも不帰の客となる。事実上、『カーテン』が遺作同然の作品となった。

 しかしポアロはXを殺すしかなかったのだろうかと思う。スタイル荘以前の5つの事件、そしてここスタイル荘で起こった事件の真相を告発することができたんじゃないだろうか。“殺人教唆”という言葉もあるくらいだから、それだけでも充分犯人を挙げることができたんじゃないだろうかと思った。このあたり多少無理を感じたんだけどね。


評価
★★★


書誌
書名:カーテン―ポアロ最後の事件
著者:アガサ・クリスティー 中村 能三【訳】
ISBN:9784151300332
出版社:早川書房 (2004/11/30 出版)ハヤカワ文庫―クリスティー文庫
版型:364p / 16cm
販売価:672円(税込)

2009年06月07日

アガサ・クリスティー著『そして誰もいなくなった』

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 またクリスティーの本に戻る。もともとアガサ・クリスティーの本を読もうと思ったきっかけは、作者の名前は知っているけれど、その作品をほとんど読んだことがないという理由で、それじゃまずいだろうと思い、代表作だけでも読んでおこうと思ったのがきっかけである。それでクリスティーの本はこれで4冊目となり、あと1冊読んでみようと準備している。
 で、今回の作品。
 イギリスのインディアン島という孤島にさまざまな職業の10人の男女が招かれる。招待状を出したのはオーエンという人物。しかしこの人物は最後まで姿を現さない。そのうち島は嵐になり、この10人はここから抜け出すことができなくなる。
 晩餐の時、謎の声がその10人の男女の過去に犯した罪を告発する。彼らの部屋には古い童謡が納まった額があった。

十人のインディアンの少年が食事に出かけた
一人がのどをつまらせて、九人になった

九人のインディアンの少年がおそくまで起きていた
一人が寝すごして、八人なった

八人のインディアンの少年がデヴォンを旅していた
一人がそこに残って、七人なった

七人インディアンの少年が薪を割っていた
一人が自分を真っ二つ割って、六人なった

六人のインディアンの少年が蜂の巣をいたずらしていた
蜂が一人を刺して、五人なった

五人のインディアンの少年が法律に夢中になった
一人が大法院に入って、四人になった

四人のインディアンの少年が海に出かけた
一人が燻製のにしんにのまれ、三人なった

三人のインディアンの少年が動物園を歩いていた
大熊が一人を抱きしめ、二人になった

二人のインディアンの少年が日向に座った
一人が陽に焼かれて、一人なった

一人のインディアンの少年が後に残された
彼は首をくくり、後には誰もいなくなった

 殺人はこの童話にあるような形でおこなわれた。食堂のテーブルには10個のインディアン人形があったが、一人殺されるたびに一個減っていくのであった。

 島に残った男女はその数が減っていくと、目の前にいる人間が殺人者ではないかと疑心暗鬼になっていく。それが最後の二人となると二人のうちどちらかが殺人者ということになるが、残った一人も首をくくって死んでしまう。その後つるされたロープの下にあった台がきちんと片付けられていた。ということはこの島にはこの10人の男女以外に誰かいたことになるのか。しかし残された男女はこの孤島をくまなく捜索していて、彼ら以外誰もいなかったのである。
 みんなが死んでしまうと、誰が犯人なのか?最後に首をくくったヴェラ・クレイソーンも過去に人を殺している。彼女がこの島でおこなわれた殺人の犯人ではない。彼女は明らかに錯乱し、自殺したのだ。

 この話は最後の「漁船『エマ・ジェーン』号の船長からロンドン警視庁に送られた告白書」という章で、真犯人が明かされる。犯人は自分がおこなった完全犯罪を自慢したくて事件の真相書いた文章をボトルに入れ、海に流した。それを拾った漁師によって、この事件の真相が明らかにされるという仕組みになっている。
 思わずう~ん、やられたと思った。しかしよく考えてみれば、10人の男女の過去に犯した罪を簡単に明らかにすることができる人物は誰であったかを考えれば、必然的に犯人はわかるはずであった。

 Wikipediaによると、「原書名はTen Little Niggers、直訳すると「10人の小さな黒んぼ」という意味で、マザー・グースの1曲Ten Little Nigger Boysから採られている。nigger(ニガー)は差別的なニュアンスの言葉であり、アメリカで刊行されたときはこれを考慮して、Ten Little Indians(10人の小さなインディアン)となり、後にAnd Then There Were None(そして誰もいなくなった)となった」とある。
 なるほどこれがマザーグースを使ったミステリーなのかと、初めて知る。


評価
★★★


書誌
書名:そして誰もいなくなった
著者:アガサ・クリスティー 清水 俊二【訳】
ISBN:9784151300806
出版社:早川書房 (2003/10/15 出版)ハヤカワ文庫―クリスティー文庫
版型:367p / 16cm
販売価:714円(税込)

2009年05月11日

小玉武著『「係長」山口瞳の処世術』

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 この本は前著「『洋酒天国』とその時代」の第2弾である。著者の小玉さんがサントリーに入社したときの直属の上司が係長であった山口瞳さんだったという。
 私は「洋酒天国」という小雑誌に強い興味を持っているので、どうしてもこの本に触手が伸びてしまう。その上、開高さんと山口瞳さんのことをもっと知りたいという思いもあって、その二人の関係者が書かれた本はどうしても読みたくなるのだ。
 しかし今回も前作同様ものたりなさを感じて終わってしまった。思うに小玉さんはどうしても「洋酒天国」が発売されていた時代風俗、特に昭和30年代がどういう時代であったか、その時代を顧みると同時に、山口瞳さんの小説『人殺し』を語りたかったようだ。その小説の裏にある思想的背景をかなり詳しくつっこんでいる。私は山口さんが書かれた小説の解釈と鑑賞には今のところ興味がないので、どうしてもこの本は自分が求めていたものと違うなと感じた。
 私は山口さんが亡くなられるまで書かれた『男性自身』のファンで、そこに書かれる山口さんの姿勢が好きなのだ。まじめ一本槍で、不器用で、融通のきかない一人の男がどのように生きてきて、今の世の中に不平不満を愚痴るのが好きなのだ。あるいはそれでも自分の姿勢を崩さない頑固さが好きなのだ。そうした山口さんの知られざる部分がたくさんここにあればいいのにと思うのである。まぁそれでも山口瞳さんをうまく言い当てているんじゃないかと思われるところを書き出してみる。

 「山口瞳は不思議な作家である。権威や権力を嫌う<無頼>でありながら、生きていく上での『型』を大事にする。仕事のやり方も、人とのつきあいも、酒の飲み方も、そして礼儀作法も、生きるためには『型』こそまずもって大事だと思っていた。この『型』が定まらなくては、人生は、迷惑を繰りかえすだけで、と言うのである」

 「山口瞳にせよ、伊丹十三にせよ、身辺雑記風のことを書きながら、それを超えた普遍的な生活技術を明らかにするワザの持ち主だった。<リアルな眼>を持っていた、といった方が正確なのかもしれない」

「開高健が『女』の内面と感性と官能に関心を示したのに対して、山口瞳はどちらかというと、『女』の属性、生き方その能力と特性に鋭い観察眼を働かせた。開高健が描こうとする女はどちらかというと抽象化された『女』であり、山口瞳が凝視する女は、職場や街中で見られる具体的な属性を持つ『女』であった」

 最後に山口さん自ら自分自身を語ったことが、よかった。

 「こんど新しくサラリーマンになられる方々へ忠告とか教訓とか書けというご注文ですが、私は、実を申しますと、お恥ずかしい話ですが『教訓』をたれたりするのが、割と好きなタチなのです。
 『ねえ、キミ、ぼくなんか苦労したんだよ」』
 といって額にシワを寄せて、自分もいい気持ちになりたいタチなのです」

 これ、なんか本当に言ってもおかしくなかったので、読んでいて笑ってしまった。


評価
★★


書誌
書名:「係長」山口瞳の処世術
著者:小玉 武
ISBN:9784480818294
出版社:筑摩書房 (2009/03/30 出版)
版型:311p / 19cm / B6判
販売価:1,995円(税込)

2009年02月25日

勝間和代著『読書進化論』

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 読んでいて何か違うんだよなと思った。何が違うかと言えば、読書の仕方である。この本は私みたいに本を楽しむ読書をしている人のための本ではない。本を読むことで、自分の人生や仕事、あるいは生活に何らか役立てようとする人のための読書の方法を指南している。
 本を読む行為はとにかく時間と手間がかかる。けれども、いやだからこそ読書は「ウェブよりも、濃度が高く、時間の費用対効果がいいものだ」と著者は言う。ただ目的意識なしに読んでいてはダメだ。「読んだ本の成果は仕事や生活で活用しなければいけない」と言い切る。そういう目的意識を持っているかいないかで、読書の時間効率が違ってくると言うのだ。
 そのような読書をしていれば、本から戦略的なことをひと通り、すべて学ぶことができると言い、そういう「読書は決して受け身的なものではなく、人生の目標と指針を与え、私たちの日々を進化させてくれるすばらしい方法なのです。ネット全盛期の今こそ、ぜひ、本の役割をもう一度見直し、私たちの大事な時間をもう少し多く、読書に投資してください。そうすることで、読者の方々にとって、よりよい人生が待っているのだと私は確信しています」結論づけている。
 なるほど、時間や手間、お金がかかる読書という行為に「費用対効果」を求めるのかと思った次第だ。これはスタンスの違いだからとやかく言うつもりはないけれど、できればこんな本の読み方はしたくはないなと私は思う。私の本の読み方はこの著者からすればなんて無駄な本の読み方をしているんだと言われそうである。
 けれど基本読む本が違うのだから仕方がない。一方は生活に、ビジネスに役立つ本を書く人であり、そんな本を読む人を対象としている。私は本の内容を楽しむことに読書という喜びを見出している。その点が違うのである。だから著者が「本は全部を隅々まで、読む必要はないのです。ウェブを頭から全部読む人がいないのと同じように、本の全体像から、好きなところだけ拾い読みしていけばいいのです。ただし、大事なことは、その内容が私たちの考え方や行動にどれだけしっかりといい影響を与えられるかということだと思います」というのは、絶対にできない。とにかく読むことに重点を置いているから余計である。

 そんな著者は本の売り方にも提言している。現在の本の売り方にはプロモーションやプレイス、そして著者のマーケティングが欠けているという。特に本の著者がそうした行為をしないのはおかしいと言う。自分の名前をとにかく売ること。これが何より大切だという。なぜなら本は「読まないと品質がわからない」という問題点があるから、読者に自分の書いた本を買ってもらうにはとにかく名前を覚えてもらしかない。覚えてもらえば、「あの著者の本ね」といった感じで、おおよその本の内容が想像できるだろうし、その著者を知っているということは、必然的に内容を保証しているものだという。だから「著者の名前を、見せてナンボ、名前を連呼してナンボなのです」と言う。
 これは言えている。以前読んだ本の著者である程度気に入って読んだ経験があれば、新しい作品も、たとえそれがひどいものであっても、少なくても読んでみようかなという気持ちが起こる。だからこの点については本の販売には開拓の余地があると言う。著者はこうしたことを専門としているのだから、今本が売れないのは、こんな点にも問題があると言うのだろう。まぁ、自ら積極的にマーケティングをしてくれるなら、それはそれでいいことじゃないかと思う。

 あとおもしろかったのはアマゾンジャパンの人の言葉だ。アマゾンでは雨の日に比較的売り上げが伸びる傾向があるといい、時間帯としてはリアル書店が閉店する八時頃から売れ行きがバーッと上がるらしい。曜日については土日より比較的平日のほうが利用されているというのは、何となくわかるような気がする。雨の日に本屋さんに行くのは厳しいものがあるし、休日は本屋さんより、他におもしろいところに行くだろう。時間についても、家に帰って一段落してからネットをやるのがやはり午後八時過ぎだろう。雨の日の平日、八時過ぎがアマゾンのかき入れ時ということだ。


評価
★★


書誌
書名:読書進化論―人はウェブで変わるのか。本はウェブに負けたのか
著者:勝間 和代
ISBN:9784098250011
出版社:小学館 (2008/10/06 出版)小学館101新書
版型:254p / 18cm
販売価:777 円(税込)

2009年02月05日

門田隆将著『なぜ君は絶望と闘えたのか』

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 この本も出版されているのを知ってから、読んでみたいと思っていた。光市母子殺人事件の遺族である本村洋さんが被告である当時18歳と1カ月の少年に死刑を求めて裁判で戦ってきた記録である。
 ものすごく不謹慎な言い方かもしれないけれど、私はテレビで見る本村さんの発言や態度、ぶれない姿勢が格好いいと感じていた。いや人間としてすばらしいとさえ感じている。もし自分の家族がこのように惨殺されたら、ここまで出来るだろうかと思ってしまう。茫然自失に陥ってしまい、その先何をどのようにしていいのかさえわからなくなるに違いない。しかも日本の司法制度の壁にぶち当たってしまい、何も出来ないことにさらに愕然とするに違いない。
 しかしこの本を読んで、本村さんも絶望の淵に立ち、日本の司法の壁に阻まれ、何度も自分の気持ちが萎えることがあったことを知らされる。いつもテレビで映し出される、凛々しい姿だけじゃなかったのだ。そうした本村さんを陰で支えてきた人たちがいたことを知らされる。そしてそういう人たちがいたからこそ、本村さんは裁判に立ち向かえたのだ。「人を殺めた人間がその命で償うという当たり前のこと」を実現するため、多くの人に支えられ、勇気をもらいながら、やってきたことを知らされる。
 本村さんは「家族の命を守れず、助けを呼ぶ家族に何ひとつできなかった自分は、変わり果てた妻を発見した時、妻を抱きしめることさえできなかった。そればかりか、娘を捜し出してやることもできなかった」自分に得たいの知れない「罪悪感」にとらわれつづけた。自己嫌悪に陥り、自殺を考え、遺書まで書いた。ふさぎ込む毎日を送って自暴自棄になったことも何度もあるという。
 そうした本村さんを裁判という場所に引き戻してくれたのは、支援してくれた人々がいたからで、そうした影で本村さんを支えてきた人たちに、この本は光をきちんと与えている。
 たとえば本村さんが働く会社の上司さんである。家族を失った本村さんは仕事をする意味を見出せず、退職願を提出しようとする。しかし本村さんの上司さんは「この職場で働くのが嫌なのであれば、辞めてもいい。君は特別な経験をした。社会に対して訴えたいこともあるだろう。でも、君は社会人として発言していってくれ。労働も納税もしない人間が社会に訴えても、それはただの負け犬の遠吠えだ。君は、社会人になりなさい」と言うのである。社会人として、仕事をしながら発言していけと言うのである。これはすごいと思った。こんなことそう簡単に言えるものではない。すばらしい上司さんだ思った。
 初公判の判決が出る前、被害者が二人で、犯人は十八歳になったばかりの少年。判決は、無期懲役だろう。それ以上、つまり「死刑」を望むのは無理だと言われていた。しかし本村さんには、一人であろうと二人であろうと、人を殺めた者が、自らの命でそれを償うのは当たり前だという信念があった。だから判決が出る前に、もし少年に死刑の判決が出なければ、本村さんは自殺するとつもりで遺書を書いていた。それほど数字にこだわるなら、自分が死ねばこの事件に関して死んだ人間は三人になるから、少年を死刑にできると考えたのである。両親に当てた遺書には「先立つ不幸をお許しください。死刑の判決が出ない時は、命をもって抗議するしか私にはできません」と書かれる。あるいは奥さんの母親宛には「せっかく結婚させていただいたのに弥生に苦労ばかりかけた上に、守ることもできませんでした。本当に申し訳ございませんでした。僕にはこういう方法しかとるしか手段はありません」と書かれていたという。 本村さんの態度に不審を抱いた上司は、遺書の原稿をパソコンのファイルから見つけ、バカなことをするんじゃないと、自殺の無意味さを説く。
 また、初公判が始まり、後に全国犯罪被害者の会(あすの会)に発展していく会合がもたれ、そこに参加した本村さんは家族を守ってやれなかったこと、裁判になっても何もしてあげれれない自分を責める。たとえば二人の遺影を裁判所に持ち込もうとしたら、その遺影を持ち込むことが出来ず、荷物として預けさせられた。
 そのことを悔しがっていると、その会の顧問弁護士が「本村君。それは、法律がおかしんだ。そんな法律は変えなければならない」と言われる。その言葉は本村さんにとって、新鮮な驚きをもたらす。市民が法律を変えることが出来るのかと。でも「おかしいのは法律の方だ。間違っているものは変えていけばいいんだ」と思うとき、本村さんは妻と娘に何かしてあげられるかもしれないという希望を見出す。
 しかし一審の判決は少年に改善更生の余地があるということで、無期懲役の判決が下され、本村さんは「裁判とは被害者に配慮する場所でない」と思い知らされることとなる。この判決後本村さんは記者会見に臨み、あの言葉を発する。

「司法に絶望しました。控訴、上告は望みません。早く被告を社会に出して、私の手の届くところに置いて欲しい。私がこの手で殺します」

さらにこうも言う。

「判決の瞬間、僕は司法にも、犯人にも負けたと思いました。僕は、妻と子を守ることできず、仇を取ることもできない。僕は無力です。今は二人の遺影の写真を見るのも辛いです。妻と娘に何も報告してあげることができません。司法にこれほどまでに裏切られると、もう何を信じていいのかわからなくなりました。結局、敵は、被告人だけじゃなくて、司法だったように思います」

「遺族だって回復しないといけないんです。被害から。人を恨む、憎む、そういう気持ちを乗り越えて、また優しさを取り戻すためには・・・・死ぬほど努力をしないといけないんです」

 判決後検事室に入った本村さんは、担当検事から「このまま判決を認めたら、今度はこれが基準になってしまう。そんなことは許されない。たとえ上司が反対しても私は控訴する。百回負けても、百一回目をやります。これはやらなければならない。本村さん、司法を変えるために一緒に闘ってくれませんか」と凄まじい正義感で言われるのである。この判決を許してはならない。自分も控訴すべきだ。それが使命だと本村さん考えるようになっていく。

 二審も一審と同じ判決であった。個別の事情に目を向けず、先に結論ありきの判決であった。むしろ「この少年は、まったく反省もしていないが、日本の法体系や価値観からいえば、死刑にはできない。だから無期懲役にする」と言ってくれた方が納得はできないけれど、筋は通っている。それを「反省している」、「悔悟の念を抱いている」などと言って誤魔化してもらいたくない。それが本村さんは許せなかった。
 ただ判決後、被告や弁護人、検察官が退廷していく中、裁判長は退廷しなかった。それに気づいた本村さんは裁判長に頭を下げ、裁判長も本村さんに頭を下げる。そして退廷していった。裁判長はたった一人の傍聴人に頭を下げるためにすっと待っていたのである。ありえない光景だという。裁判長は遺族に対して、こんな不本意な判決を出して詫びているように取材していた記者たちには思えたという。その目には最高裁が動かなければ、どうしようもない。いわゆる「永山基準」と言われる死刑適用の基準の面からも、自分にはどうしようもないのだと訴えているように見えたという。裁判長も苦しんでいたのかもしれない。

 裁判は最高裁で「死刑を回避するに足りる特に酌量すべき事情があるかどうかについて更に慎重な審議を尽くさせるため」広島高裁に差し戻された。これは死刑を回避するに足りる特に酌量すべき事情がない場合は死刑だといっているのと同じであった。そして広島高裁で少年は死刑を言い渡された。しかしあの弁護団は即日控訴している。あとは最高裁がどう判断するかで少年の刑が決定することになるのだろう。

 とにかくこの事件の裁判は、現状の司法の不可解さを我々に教えてくれるし、この国では人として当たり前のことを主張することが、どうしてこうも大変なことなのかを教えてくれる。本村さんが言われるように、殺された人の数で刑を決める基準が未だにまかり通っているのもおかしい。さらに被告の弁護人というのはいったい何なのかもここでは考えさせられる。
 また被告の人権は徹底的に保証されるのに、被害者の人権は徹底的に無視される社会のあり方、マスコミ報道に疑問を感じてしまう。本村さんは「天国の二人には、ほんとは言わないで欲しいと思っているかもしれない。でも、私が天国へ行った時に、一生懸命謝るんで、私の事件に関しては、あったことは全て事実として報道してもらいたいと思っています」と言ってまで、奥さんが死姦されていることまで露わにして言うのは、少年が犯した犯罪の悲惨を伝えるためもあるだろうが、一方で少年法に守り、なにも明らかにしない、あるいは犯人だけの人権をひたすら守る国家、マスコミに対する痛烈な批判ではないだろうか。
 この本は我々がマスコミから得た情報のように本村さんだけをヒーローにすることなしに、本村さんを支えてきた人にきちんと光を当て、あるいは警察、担当検事、裁判官の苦悩も書かれているので、ある意味フェアーな立場で書かれていてよかったと思う。


評価
★★★


書誌
書名:なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日
著者:門田 隆将
ISBN:9784104605026
出版社:新潮社 (2008/07/20 出版)
版型:255p / 19cm / B6判
販売価:1,365円 (税込)

2009年01月28日

アレヴ・リトル・クルーティエ著『ハーレム』

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 渋沢さんの他の本を探しているのだけれど、手に入らない。で、自分の本棚で何かトルコの歴史や風俗などの本がないかと探していたら、この本があった。ざっと眺めていたら、トプカプ宮殿のハーレムの生活が書かれている。ちょっと読んでみようと思い、手にした。
 
 思うのだけれど、たとえば政治システム、法律、あるいは習慣、風俗などは人間の脳が異常に進化した結果もたらされた、架空のものであって、それが人間らしさという名の下で、ある意味非生物的拘束を要求しているものじゃないかと考えるときがある。もちろんそれは善悪をいっているんじゃない。ただそういうことなんじゃないかと思うだけである。
 脳の進化が宗教を生み、言語が生まれ、文明が生まれ、芸術が生まれる。本来宗教や思想などは形のないものなのだけれど、それが言葉や絵画芸術などで形あるものとして考えられるようになった。そこから歴史が生まれる。
 そうした人間が作り出した虚構は、時代と共に進化し、人間社会を構築するために、さらに非生物的虚構を作り上げてきた。何もかも取り払ってしまえば、生きるか死ぬかその一点に尽きるだろうし、勝者は敗者の殺傷与奪権を自由に握れる。じゃまになれば殺せばいいし、欲しければ手元に置けばいい。自分の利益になるなら、利用するだろうし、自分に危害を加えそうなら、取り除けばいい。そういうことだろう。
 時代が進み、誰にも生きる権利が平等にあり、生きたいように生きれる自由があることを認め合うようになる。しかしそれぞれ所有するそれらの権利を主張しあえば、まとまりがつかなくなるから、それらの権利の一部を放棄して、法律を成文化してきたのだろう。人間社会とはそういう形で成り立っている。
 もっと言えば、禁欲主義(この場合人間のあらゆる欲望を言っている)は、人間が人間らしくあるべき節度として考えられているところがある。つまり欲望のままに行動することは、動物と同じであって、人間のすることじゃないということだ。ある意味それはそれで、人間社会を成り立たせているところがあるから、真理であろうが、行き着くところそのはけ口がなければ息苦しい。みんなが聖職者というわけじゃないのだ。

 何を言いたくてこんなことを書いているかというと、いわゆるハーレムという響きが甘美な響き誘うところがあるのではないかということを言いたくて、書いている。
 この本にもB.R.レッドマンという人の『アラビアンナイトの愉しみ』という本だかなんだか知らないが、そこのある序文をが“ハーレムが何故魅惑的なのか”を物語っている。

 「そこは視覚、聴覚、臭覚などありとあらゆる感覚を狂おしくさせる、めくるめく陶酔の世界である。香ぐわしい果実や花、きらめく宝石、人を酔わせるワイン、舌にとろける甘い菓子、男と女のしなやかな肉体、その比類なき美しさ、そこはまさに冒険に満ちた、なまめかしい愛が出会う世界・・・・閉ざされた窓の背後にロマンスがひっそりと身をひそめ、ヴェールの下のまなざしは謀を秘めている。召使の手には、香水がふりかけられた逢瀬を願う紙片が握られて・・・・そこはどんな大それた望みでも叶わぬものはないといった、明日という日が約束されていない世界。そこはサルと人間が張り合ってもおかしくないと思わせる、荒唐無稽な世界でもあり、一介の肉屋が王の娘と結婚できるかもしれない世界でもある。ダイヤモンドの王宮があり、王冠にはルビーそのものから彫り出される。そこでは、日常生活につきまとう煩わしさがみごとに一掃され、個人としての責任も義務も、喜ばしいことに一切存在しない。そこは伝説のダマスカスであり、伝説のカイロであり、伝説のコンスタンチノープルである・・・・つまるところ、それは永遠のお伽噺の世界なのだ-だからこそ、人を魅つきつけてやまないのだ」

 そこには西欧人のあこがれである“オリエンタルリズム”がさらにハーレムを艶めかしい世界へとかき立てる。「それは18世紀の西欧社会における抑圧された欲望の隠喩であった」のだ。ジャン=オーギュスト・ドミニク・アングルの作品『オダリスクと奴隷』、あるいは34歳の時に描いた代表作『グランド・オダリスク』がそうした雰囲気をうまく描いている。

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 これを見ても、何か退廃的な気分のあこがれを感じられる。そこに男の欲望でもある閉ざされた世界での性的願望もそれを増長させるのであろう。どこか性的倒錯を望んでいる部分があるような気がする。

 この本は著者の親族がハーレム出身であったことから、著者はハーレムに興味を持ち、その知られざる世界をこの本であらわしたものである。多くの貴重な写真、絵画がちりばめられており、本そのものが美術書みたいな感じになっている。いかにもハーレムの華々しい世界をそのまま再現したみたいになっている。ここにはハーレムの起源から、その王宮の日常生活、さらに市井でのハーレムの実体、さらにハーレムを通して西洋との出会い、それが残したものに言及している。
 著者によると、ハーレムの起源を次のように考えている。人類が狩猟生活から農業生活に移るに当たり、この初期の段階では女性は穀物を育成する大地母神の権化と見なされ、特権的地位を占めていた。いわゆる女系社会であった。
 ところが農業生活で余剰生産物が生まれ始めると、生活の安定を持たない者はそれを持つ者に支配されるようになる。社会は土地所有者と奴隷の二分化する。それは同時に女性が作物の豊穣を意味していた女系社会の崩壊でもあった。母親は家族の軸でなくなり父親が父系家族の家長となっていく。女性の地位が没落し始めたのである。女性は男の所有物となっていく。男が世帯を維持していくうえで一夫多妻が経済システムを維持していく要素となっていくのである。
 さらに旧約聖書において女性の罪深さ、原罪は女の性にあるとまでされ、キリスト教においてさらにその思想は補強される。イスラムにおいても、女性は理に疎い者、精神力が希薄で、主人の愛欲を満たし、男の世継ぎを産むだけの価値のない者と見なされ、コーランには「女というものは汝らの耕作地。だから、どうでも好きなように自分の畑に手をつけるがよい」と書かれており、さらに大天使ミカエルがムハマンドに手渡した羊皮紙には「妻があなたに従わない場合、体罰を加えるがよい。1人の妻で足りない時は、4人まで妻を迎えるがよい」と書かれており、コーランでは4人まで妻を持っていいことになった。
 これが形を変えたものがハーレムであった。ここではまずオスマントルコでハーレムの実体がどうであったのか。そこでの女性の生活の実態、あるいは王の生活などが詳しく描かれる。
 我々はハーレムでは性的倒錯の世界を思い浮かべるところが多いが、ハーレムで囲われた女性にとって、そこで生きることはそうした世界のテクニシャンでもなければならなかっただろうし、かといってそれだけでいいというわけでもなかった。知性や教養も要求され、それがまた女性の魅力ともなり得たのであったことを知る。
 さらにそこで生き延びていくには、陰謀、策略も必要であった。数いる女性の中から王の寵愛を受け、跡継ぎを産むためにの必要悪であった。跡継ぎを産めない女性は払い下げられたし、陰謀がばれれば、袋に詰められボスポラス海峡に沈められたから、このあたりはまさに生死をかけていたことになる。
 現代でいう女性の地位などあったもんじゃない。そういう社会であった。人を人と思わず、ものと同様に扱うやり方は、今で言えば人権無視ということになるだろうが、それは今がのほほんと生きられる時代だからそう言えるのである。少なくとも人類にはそうした時代もあったことも認識しなければならないし、そもそもそれが人権無視だという主張は、あくまでも現代の視点から見ているからそう言えるだけのことだろう。少なくともハーレムいた女性達は、自分の人権など考えも及ばなかっただろう。西洋で生まれた人権はここでは通用しなかった。もともと閉ざされた世界だから余計である。
 ところが1900年代にはいると、ハーレムでも西洋思想が入り込んでくる。それまで自分の人生をそうするしかない、あるいは自分の境遇をそういうものだと是認してきたものが、くずれていく。疑問を持ち始める。

 「祖母たちの世代のように、父=男系社会を盲目的に信じていたなら、私たちはこれほど悩みもしないでしょう。しかし知識が増えるにつれ、私たち以前なら慰めになった信仰に疑念を持ち始めました。実際、そうなることが多いのです。女性の生き方をみてわかることは、女性への不公平さと残酷さ、悲惨さの強制以外の何ものでもないということです。服従と知識は両立しないのです」

 「私が申し上げることを聞いてください。私は西洋の教育と文化が憎いのです。そのためにどんなに苦しんだことか。なぜ私はハーレムで生まれ、本で読んだ自由なヨーロッパ人として生まれなかったのだろうか。なぜ運命の神は他の人たちではなく、私たちを選んで永遠の苦悩をなめさせるのでしょうか」

 どちらかといえば、この方が残酷なような気がする。自分の生き方が否定されるというのは、それこそ足下がくずれるものであっただろう。我々はそれが人間らしさであり、自由、平等が誰でもあり、当たり前の権利だと主張するけれども、それを知らない世界で生きてきた女性にとって、そのことを知ったことでますます不幸になった。あるいは自分の不幸を嘆くことになってしまったことを知らされる。知ることの悲しみを知らされるのである。
 その後1909年にオスマントルコのハーレムは解散された。ただハーレムは一夫多妻を認めてきたイスラムの習慣や伝統の一部として今でも残っているらしく、イスラム原理主義では強化されているかもしれないと著者は言っている。中東やアフリカでは今でも盛んらしい。アメリカでもモルモン教の一部の宗派では一夫多妻を認めているし、ヒュー・ヘフナーの「プレイボーイの館」など形を変えたハーレムもある。驚くことにアメリカでは人口の5%にあたる者が何らかの形で一夫多妻を実践していると推定されるという。ここでは資産家が男の夢を実現しているのだろうか?


評価
★★★


書誌
書名:ハーレム―ヴェールに隠された世界
著者:アレヴ・リトル・クルーティエ 篠原 勝【訳】
ISBN:9784309222035
出版社:河出書房新社 (1991/09/30 出版)
版型:215p / 26cm / B5判
販売価:入手不可

2009年01月22日

アガサ・クリスティー著『ABC殺人事件』

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 またクリスティーの作品に戻る。この本もおもしろかった。


今回もねたばれ注意


 Aの頭文字がつく土地でAで始まる名前の持ち主が殺され、B頭文字がつく土地でBで始まる名前の持ち主が殺される。さらにC頭文字がつく土地でCで始まる名前の持ち主が殺される。殺人現場にはABC鉄道案内が残されていた。殺人の前には必ずポアロのところに殺人予告の手紙がABCと称する人物から届いている。
 話はポアロの友人でワトソン役を務めるヘイスティングスの叙述で進められるが、途中「ヘイスティングスの記述でない」という三人称の章をはさみ、一見この殺人事件とは無関係な人物(猫背で近視のストッキングの行商人)ことが書かれる。

 この三つの殺人事件は今までポアロたちが扱ってきた事件とは違い、三人の被害者には何ら関係が見出せない。ただ犯人がABCの順で人を殺していくというもの。だからポアロは「これまではいつも、内部から調べるというのがわれわれの仕事でした。重要な点はこうです。“この死によって利益を得るのは誰か”これまではつねに“内部の犯行”でした。今回は、わたしたちが協力するようになってはじめて遭遇した、没個性的な殺人です。外部からの殺人です」と言う。つまり今までの犯人は必ず被害者を中心の人間関係の中にいて、犯行の動機もその人間関係の中にあったが、今回はまったく違うということなのだ。
 そこでポアロの提案で被害者の関係者が集まって、一見無関係な殺人事件に関連を見出そうとし、殺人事件があった日に何か思い出すことがないか、話し合いがもたれる。しかし集まった被害者の関係者は、自分達が目撃したことはすべて警察に話しているので、もうこれ以上何も思い出すことはないと言う。しかしポアロは「いえ、いえ、マドモワゼル。そうではありませんぞ。それぞれが、何かしら知っているのです。-自分たちが何を知っているのかさえわかりさえすれば。かならず何かを知っているはずです、それをつかめばいいだけなのです」と言い、自分たちが何を知りたいのかそれさえわかれば、記憶の中から新しい何かを見出すことが出来ると言うのである。そうして一人のストッキングの行商人が三つの殺人事件の現場にいたことをつきとめるのである。
 しかしこの行商人には、特にB頭文字がつく土地でBで始まる名前の持ち主を殺すには無理があった。というのも殺されたのは若い尻軽娘で、どう考えてもうだつが上がらない、しかも猫背で近視のさえない男についていくようには見えない。しかもこの時行商人にはアリバイがあった。この時この三つの殺人事件は、実は一人の人間を殺したいために、他の二人が殺されたのではないかと思うようなる。つまり“木を隠すには森”である。そのため無差別殺人を装い、何ら関係のない人間をABCの順で殺し、ポアロたちを混乱させたのである。
 ここまで来ると今度は外部犯行から内部犯行に視点が移っていくことになり、ポアロの元に集まった関係者に真犯人がいることになる。
 こうしたストリーの運び方がすこぶるうまい。ヘイスティングスの記述の記述から突如「ヘイスティングスの記述でない」という章をもうけて、ストッキングの行商人を描き、こいつが犯人ではないかと思わせつつ、しかしどこか無理があるように描いていく。
 そしてこの行商人が犯人ではないだろうと確信するのだが、ではなぜこの男は三つの殺人現場の近くにいたのだという疑問がわくし、Dのつく土地と名前の人間を殺したとき(この時の被害者はDの頭文字を持つ人間ではなかった)、なぜこの男は凶器のナイフを持っていたのか。男の自宅に家宅捜査が入ったとき、何故部屋にABC鉄道案内があったのか、なぜこの男が犯人に仕立てられたのか、など違う疑問が生まれてくる。だからページがどんどん進んでしまう。なかなかおもしろいミステリーであった。


評価
★★★★


書誌
書名:ABC殺人事件
著者:アガサ・クリスティー 堀内 静子【訳】
ISBN:9784151300110
出版社:早川書房 (2003/11/15 出版)ハヤカワ文庫―クリスティー文庫
版型:412p / 16cm
販売価:798円 (税込)

2009年01月16日

北尾トロ著『ほんわか!』

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 この本はトロさんが雑誌「ダ・ヴィンチ」に連載している文章を一部まとめたもであるという。本のまわりにある謎を調べたものである。たとえば「読書好きはモテるのか?」とか、「処分された本の末路どうなるのか?」とか、「官能小説のタイトルは、誰がどのようにつけているのか」、あるいは「車内吊り広告はどうなっているのか」とかで、トロさんが調査隊を編成して調べたものである。
 まずは本の処分についてである。いらない本の処分というのは結構困る。古本屋に持っていくのも面倒だし、かといって資源ゴミとして処分するには忍びない。ちょっと前に朝日新聞に載っていた記事を思い出す。蔵書家のご主人が亡くなられて、その本の処分するに当たり、故人の気持もあるものだから、古本屋に売り飛ばしてしまうのに抵抗がある。だから図書館に寄付するというもので、寄付された図書館側がそうした本の寄付に困っているというものだ。寄付された本には偏りがあって、図書館向けじゃない場合多いというのだ。
 図書館も最近は公共の貸本屋化しているものだから、出来れば最近の本やベストセラーが欲しいらしい。だからたとえば故人が所有していた本が専門書の場合、とてもじゃないが寄付として受け取れないというのだ。
 まぁ本の処分のために図書館に寄付するというのは、一見美談のように見えるけれど、所詮それは本の処分のために利用しただけのことであって、そんなことをするなら古本屋さんに売ってしまった方がいいと思う。少なくとも古本屋さんに売られた本は、他の人に求められる可能性があるわけで、本が再流通することになる。
 一方たとえその本が貴重な専門書であっても、ベストセラーでないという理由で、寄付を受け入れられない図書館ってどうなんだろうかとも思う。
 昔神田村に鈴木書店という岩波書店の本など、結構かたい本を扱っている問屋さんがあった。そこで「まるすニュース」という書店向けに新刊の紹介を書いていた井狩春男さんのエッセイに、神保町界隈で古本屋さんが売れない本をゴミ置き場に軽く縛って出している本があって、それをほどいてそうっと持っていく人たちがいたということが書かれていたのを思い出す。場所が神保町である。それらの本の中にはおもしろい本もあったらしい。もともとそれらの本はゴミとして出されたものではあるけれど、“よかったら持っていっていいよ”という気持もどこかにあったのではないかという。
 トロさんこの本にもゴミとして出された本に気がつき、そうっと持っていく人がいることが書かれていたし、トロさん自身もそうした本や雑誌を持っていったことが書かれているけれど、もしそれらの本が必要なら持っていってもいいんじゃないかと私も思う。何でもかんでも資源ゴミにしてしまうよりはるかにましだ。
 私の場合、どうしようもない本はブックオフで処分してもらっている。ブックオフで値段がつかない本はそこで処分してもらっている。

 おもしろかったのは「官能小説のタイトルは、誰がどのようにつけているのか」であった。この本を読んで知ったのだけれど、本のタイトルは編集者が考えているらしい。しかも自分のところにあったタイトルをいくつも考えておくらしい。
 ここでは官能小説評論家の意見を聞いている。こんな評論家がいること自体笑ってしまうのだけれど、言っていることは結構まともだ。
 これらの本は、本の内容を吟味して選ぶというわけにもなかなかいかない。そのコーナーで立ち読みしているだけで、“変態”と思われかねないからだ。しかも著者のネームバリューでその本を選ばせるというものでもない。さらにこれらの本は“密かな楽しみ”本だから口コミなどは期待できない。となると、一瞬で読者に興味を持たせなければならない。だから版元にとってタイトルのインパクトは死活問題となるという。
 そこで力を発揮するのが漢字らしい。「表意文字である漢字は、それぞれに意味を持ち、組み合わせ方も豊富。しかも読者の妄想をかき立てる。淫という文字だけで、それぞれが頭の中に好みのシーンを思い浮かべることが可能なのだ」とトロさんはいう。なるほど。
 だから官能小説のタイトルには難しい漢字や造語が多いらしい。しかしだからといってそれらは決して文学的方向には行かない。それを官能小説評論家は「当然です。官能小説は実用書ですからね」と言い切るところは笑ってしまった。そうか、官能小説は実用書は実用書なのか!そういう考え方もあるのかとつまらぬことを思ってしまった。確かに官能小説は、それを読むことで性的満足感得るのだから実用書とも言えなくもない。官能小説のタイトルも時代の風潮や流行などに左右されるらしい。

 「車内吊り広告」の調査もおもしろかった。週刊誌や雑誌の車内吊り広告は山手線や京浜東北線、総武線に多いらしく、地方の路線になるとぐっと数が減るという。要は通勤電車に多いということだろう。満員電車の中では新聞も本も読めないから、頭の上にぶら下がっている広告を見るしかない。だからその広告は“読みたい”と思う気持を生むものでなければならず、各社それなりに苦労されているようだ。
 その調査の後、トロさんが後で付け加えた文章が気にかかった。「雑誌が売れなくなっている現状を短絡的にインターネットやゲームのせいにする気はないけれど、電車に乗っていると『なるほど』と思ってしまうときがある。多くの人が手元の携帯画面に目を奪われているのだ。視線が上を向かない」とある。確かに電車に乗っていると、携帯を広げている人の数が多いと思う。ということは、雑誌の吊り広告は以前のような効果がなくなりつつあるのかもしれない。

 最後にトロさんが阪神淡路大震災の一年後神戸を訪ねている。そこで本はどんな状況にあるのか?本屋さんはどうなっているのだろうかというのである。確かにあれだけの震災である。本を読むどころじゃない。それよりどうやって生きていくかの方が最優先であろう。それでも本屋さんが再開され、それを歓迎する人たちがいたのである。それを見てトロさんは「それは本や書店が役に立たない面を持つからだ。なくてもいい無駄なものにこそ、人々を引きつける力があった。ぼくはそう結論したい。書店は雑多な人間が時と場所を共にする。『欠かせないものじゃないけれど、なかったらたまらなく寂しい』場所なのだ」という。
 また別のところでは、「おもしろいことは無駄な動きが呼び込むもので、効率が良くなればなるほど無駄が排除されてしまうのだ」とも言っていっている。
 今年の新潮社の年賀広告で本を読むことは究極のスローライフだと書いてあったのを思い出す。手間や時間がかかるけど、本を読むことが生活を何らかの形でうるおいやメリハリをつけるものだと思うから、一見無駄や非効率であるかに見えるけれど、その分人の心に何らかの足跡を残すものだと思いたい。無駄を排除して、効率ばかり追いかけてきて、結果どういう社会になっているのか、今我々はその結果に唖然としている部分があるんじゃないだろうか。だからトロさん言い分には、その通り!と賛成してしまう。


評価
★★★


書誌
書名:ほんわか!―本についてわからないこと、ねほりはほり!
著者:北尾 トロ
ISBN:9784840126229
出版社:メディアファクトリー (2008/12/25 出版)MF文庫ダ・ヴィンチ
版型:253p / 15cm / A6判
販売価:579 円(税込)

2009年01月15日

アガサ・クリスティー著『オリエント急行の殺人』

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 続いてクリスティーの作品を読む。この作品は読んでいる。(多分高校生の頃だろうと思う)おぼろげながら内容が頭に残っているからだ。しかし詳しいことは忘れてしまっているので、結構おもしろく読ませてもらった。

ねたばれ注意

 話は、ポアロが乗ったオリエント急行が大雪のため立ち往生しているとき、列車の個室で刺殺された男が見つかる。男は12カ所も刺されており、その傷口は軽いものもあれば、致命傷になるほどの深い傷もあり、しかも刺した利き手が右利きのもあれば、左利きのものもある。犯人は単独犯かそれとも複数犯か?大雪で動けなくなったオリエント急行は外部とまったく連絡が取れなくなっている。 ポアロはオリエント急行を運行する会社の重役から捜査の依頼を受ける。まずは被害者の身元がはっきりする。アメリカで三歳の女の子を誘拐し身代金を要求して、二〇万ドルという莫大な金を手にしたが、女の子は死体で発見された。当時母親は妊娠していたがこの事件のショックで早産し、お腹の子は死児で、母親も死んでしまった。夫は絶望のあまりピストル自殺をした。まったく関係のなかった子守の小娘が疑われたが、それを苦にして飛び降り自殺してしまう。被害者はその誘拐犯の首謀者であった。
 ポアロはの寝台車の乗客から事件当時の話を聞き、「真っ赤なキモノを着ている者」を見たとか、「女のような声をした、小柄な、色の浅黒い男」を見たと言う証言を得る。乗客の証言を聞いていると、みんなが疑わしい部分がある。誰が嘘をついているのか?しかしポアロたちには乗客の証言を確かめるための手段がない。なぜなら列車は大雪のため止まっており、外部と連絡が取れないからだ。だからポアロは事件を推理するしかないのである。 そして推理した結果、犯人たちは乗客の一人を除いて、車掌も含めて全員でしかあり得ないという結論に至る。動機は、この列車の車両に乗っていた乗客全員があの幼児誘拐事件の関係者だったのだ。そのためこの殺人事件は綿密に計画されたものであり、唯一の例外は大雪で列車が止まってしまうということだったのだ。

 む~んん、こんな大がかりな殺人事件ってありか?と思ったが、事件の真相がわかったとき、やはりそれしかあり得ないし、その真相は被害者の刺し傷の数が物語っていることを気がつくべきであった。そういう意味では一本取られてしまった。エンターテイメントとしておもしろかった。これはクリスティーのファンになってしまいそうだ。


評価
★★★


書誌
書名:オリエント急行の殺人
著者:アガサ・クリスティー 中村 能三【訳】
ISBN:9784151300080
出版社:早川書房 (2003/10/15 出版)ハヤカワ文庫―クリスティー文庫
版型:429p / 16cm
販売価:777円 (税込)

2009年01月11日

アガサ・クリスティー著『スタイルズ荘の怪事件』

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 クリスティの作品は昔一冊ぐらい読んだと思う。このように作家の名前や作品は知っているけど実際読んだことがないというのは結構多いんじゃないかと思う。別に読書家を気取っている分けじゃないが、それではちょっと寂しい気がする。だからという分けじゃないが、まずはクリスティーの作品をいくつか読んでみようと昨年から思い、いくつか用意していた。特に名探偵ポアロの登場する作品は読んでみたいと思っていた。
 この作品は初めてポアロが世に登場した作品らしい。
 例のよってミステリーなので話の内容は詳しく書けないけれど、こういう古典的ミステリーも悪くない。それに古典的といっても、ちっとも古くさくないし、正統派ミステリーを読んだというのが読後の感想だ。
 舞台はスタイルズ荘で、そこの女主人が完全密室部屋で毒殺されていることから始まる。この女主人は莫大な財産を持っており、一方ここに一緒に住んでいる女主人の再婚相手や息子たちはその財産を狙っている。つまりこの女主人を殺害した人物はこのスタイルズ荘に住んでいる人物たちに限られる。
 そこにたまたま招待されたヘイスティングスは偶然ベルギーから亡命してきたポアロと再会する。ここでポアロの人物像が紹介される。

 「ポアロは風変わりな小男だった。背丈は五フィート四インチそこそこだが、物腰は実に堂々としている。頭の形はまるで卵のようで、いつも小首をかしげている。口髭は軍人風にぴんとはねあがっていた。身だしなみは驚くほど潔癖で、埃ひとつついただけでも、銃弾を受けた以上に大騒ぎをしそうだった。いまは痛ましく足をひきずっているが、この風変わりでダンディーな小男は、かつてはベルギー警察でもっとも有名な人物だったのだ。刑事時代には抜群の勘のよさを発揮して、当時の難事件を次々と解決して名をあげたものだった」

 NHKの海外ドラマではデビッド・スーシェなる俳優が演じていたのを見たことがある。

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 このポアロがスタイルズ荘の女主人を毒殺した犯人を捜すため「灰色の脳細胞」を駆使する。思わずこのフレーズを読んだとき、おおそうそうこれだった!とちょっと感動する。
 ここで明かされる事実は一つ一つすべて犯人捜しのために公にされ、おそらく作者は特別に隠しごとはしていない。ただ事実がバラバラになって明らかにされるものだから、それをポアロが一つの環のしてつなぎ合わせたとき、初めて犯人が明らかになる仕組みだ。つまりオーソドックスなミステリー手法で、「おいおいそれはないだろう」という明かされていないトリックは一切ない。だから面白かった。

 さらに興味深かったのはクリスティーがなぜミステリーを書くようになったのか、その経緯がクリスティーの孫で、現在クリスティー財団の理事長を務めておられるマーシュ・ブリチャード氏が最初に書かれている。
 それによると、クリスティーが自分で作品を書くようになったのは、自分がインフルエンザに罹って、読む本がなくなってしまったしまったので、それなら自分で書いてみたらと母親に勧められて書いたのが作家としてのスタートだったと披露されている。最初はロマン小説だったらしいが、その後自分が薬局で働いた経験と悪や犯罪、人間の本性に興味があったので、この『スタイルズ荘の怪事件』が生まれたという。

 しばらくはポアロの会話を楽しむために、何冊かクリスティーの作品を読んでみようと思っている。


評価
★★★


書誌
書名:スタイルズ荘の怪事件
著者:アガサ・クリスティー 矢沢 聖子【訳】
ISBN:9784151300011
出版社:早川書房 (2003/10/15 出版)ハヤカワ文庫―クリスティー文庫
版型:361p / 16cm
販売価:735円 (税込)

2008年12月30日

海堂尊著『イノセント・ゲリラの祝祭』

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 今回の話は、病院内で事件が起こる話ではない。ここではニュースなどで報道される医療事故で簡単に医師を司法が裁く、その現状を憂いているのだ。
 そもそも手術などリスクの大きい治療で、患者が死亡した場合、そのリスクを医師に背負わせるのに問題がある。手術が成功すれば“名医”となり、失敗なり、患者が死んでしまえば、“犯罪者”になってしまう。医師は患者を治したいとして治療しているのに、それが不幸にも死という結果になった場合、訴えられるのだから医師も大変だ。そんなリスクを負ってまで医師になる方がおかしい。最近の小児科医や産婦人科の医師不足の問題点は多分ここにあるのだろう。それでなくてももともとお産は危険なところがあるだけに、死に結びつく可能性が他の診療科と比べて大きいに違いない。
 ここでは“社会制度の奴隷と化した勤務医”とか書かれているけれど、それだけでなく好意の治療が犯罪にされちゃうわけだから、今の制度的問題や、何でもかんでも訴えるアメリカ的思想はある程度排除すべきじゃないかなとも思う。医療と司法の切り離しはある程度必要かと思う。もちろんとんでもない医師も存在するだろうから、誰でも医師なら犯罪者にならないというわけにもいくまい。医師側にも医師としての能力があるかどうか、いつも目を光らせて欲しいと思う。
 “医者も労働者だ”という意見はもっともだと思う。医師なら誰でも“赤ひげ先生”にならなきゃいけないと思っている我々の方がおかしいのである。人の志だけに頼って、お金も出さなきゃ、失敗すれば文句もいい、挙げ句の果てに訴えるんじゃどうしようもない。

 この本では医療事故となった場合、解剖となるが、その解剖の施行率が二パーセント台と書かれている。それを聞くといったい日本人の死亡原因はいったいどのように決定されているんだろうかと疑問を持ってしまう。ここでは日本の死因の九割以上が死因不明だと書かれる。
 よく死亡診断書に書かれる死因のの一つとして“心不全”があるが、その“心不全”とは、状態の記述だというのだ。それはただ心臓の機能が不全状態を示しているだけで、それを死亡診断書に書くことは実は死因不明と書いたのに等しいらしい。
 しかしだからといって、その死因を究明するために、病理解剖が行われているわけでもない。先に書いたとおり施行率が二パーセント台なのである。何故か?何と解剖は一体当たり、二五万円かかり、それがほとんど病院側の持ち出しで行われるらしいのだ。厚労省は医療費削減のため、その費用を認めていないらしい。まぁ、最近よく言われる医療費のシーリングのためだろうけど、ただ昔からそうらしい。
 医療費削減も結構だけれど、必要なところに拠出すべきじゃないかと素人の私でもそう思う。メタボなんかにお金をかけるより、もっと必要とすべきところにお金をかけるべきだと、これだけでもそう思う。

 で、今回は主人公の田口公平が、厚生労働省の白鳥圭輔にそそのかされて、医療事故調査委員会・創設検討会の委員にされ、厚労省のその会議に参加し、日本人の死因を確定させるのに役立つエーアイ(死亡時画像検査)の導入に積極的に意見を言わされるはめになる。多分これは著者の海堂さんが積極的に主張するエーアイの有効性を示したいから、こうして物語にされたのだろう。詳しいことはわからないけれど、何でもかんでも解剖しなきゃ死因がわからないのなら(しかもほとんど解剖されることもないのなら)、このエーアイ導入はいいんじゃないのと思う。遺族も家族が解剖されるより、遺体を傷つけないエーアイなら、心証的に受け入れやすいような気がする。

 それにしてもなんだかんだと委員会を作り、その実何も改善しようとしない役人の姿勢は呆れるばかりである。その点白鳥圭輔は異質ではあるけれど、その白鳥でさえ厚労省では本来存在してはならない役人だと思われている。厚生労働省の事務次官は次のように言う。

「官僚には不動点や特異点は存在してはならない。特異点は取り替えが利きません。官僚の大いなる美点は、いつでもどこでも誰とでも相互互換ができること。システム運営する誰かが、取り替えの利かない存在に成り果てたら、その人と共にシステムは滅びる。だから我ら官僚は、顔のない、誰もが同じ造作の、無限増殖を繰り返す存在に徹しなければならないのです」と。
 多分これは厚労省の役人だけでなく、日本の官僚の姿勢なんだろなと思った。


評価
★★★


書誌
書名:イノセント・ゲリラの祝祭
著者:海堂 尊
ISBN:9784796666763
出版社:宝島社 (2008/11 出版)
版型:373p / 20cm / B6判
販売価:1,575 円(税込)

2008年11月28日

河合敦著『なぜ偉人たちは教科書から消えたのか』

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 この著者は確か「世界一受けたい授業」という番組で、日本史の先生として出演されていた。私は最近の日本史はどのように教えているのだろうと興味もあって、たまにこの番組を見ていた。
 面白いと思ったのは、我々が習った日本史とは、最近さまざまな部分で解釈が変わったり、あるいは教科書に当時載っていた人物は実は違う人だったとかで、日本史の教科書自体もかなり変わっているらしいことを知る。
 この本の「はじめに」にも次のように書かれている。

 みなさんは、日本史の教科書から偉人たちの肖像画が消えつつあることをご存じでしょうか。
 たとえば一九八〇年の教科書(『日本史』三省堂)には、三十六点の肖像画が掲載されていましたが、現在の教科書(『日本史B』三省堂 二〇〇六年)はわずか二十点。およそ半分近くに減ってしまっているのです。
 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、松尾芭蕉、徳川吉宗など、これら有名な偉人も、みな教科書から姿を消してしまいました。
 
 教科書に掲載されている肖像画のなかには、「本当にこの絵は、本人を描いたものなのだろうか」というような、疑惑の肖像画が次々に見つかりはじめたのです。

 つまり、我々の世代が教科書やお札などに描かれた日本史上有名な人の肖像画が実は当の本人を描いたものではないということが、今盛んに言われているようなのだ。そのためまずこの本では有名な肖像画は実は違う人物であったということから始まり、次に我々が描きいだいている人物像は例えばテレビドラマなどに影響されて、虚像を作ってしまっているのだと言うのである。
 そして最後は肖像画の人物の実体像は実はこうだったと、いわば異説を紹介している。ただここまで来ると、多少著者の筆が走りすぎている感じがしないでもない。

 でも我々が知っている肖像画が実は違う人物か、あるいは本当の姿をあらわしていないというのは面白かった。例えば聖徳太子である。我々が知っている聖徳太子の像は多分お札から来るイメージが固定されている。この本で知ったことなのだが、聖徳太子の肖像は戦前・戦後七回も使われているという。その肖像は「唐本御影」という絵画から使われている。



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 しかしこの「唐本御影」というのは、八世紀半ばに描かれたもので、それは聖徳太子が死んで百年以上も経って描かれたものだそうだ。だから今みたいに写真やビデオが残っているわけもないので、それが本人と似ているなんて誰も証明できないわけだ。
 それどころかここ数年「聖徳太子は実在の人物じゃない」という学説さえあるという。推古朝には廐戸皇子という人物がいたが、彼が聖徳太子と呼ばれた事実がないとさえ言われているし、冠位十二階や憲法を制定し、遣隋使を派遣したなど政治に主導的立場であったかどうかさえ疑わしいらしい。
 そのため最近の教科書は聖徳太子という名前はなく、廐戸皇子の名が載っているという。私も以前にそれを聞いて、息子が日本史の教科書をまだ持っていると聞いて見せてもらったら、廐戸皇子(聖徳太子)となっていた。
  実は我々が知っている源頼朝の肖像画も違う人物だという。我々が知っている頼朝像は神護寺にある「伝源頼朝像」という肖像画である。



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 ところがこの肖像画実は頼朝ではなく、足利尊氏の弟直義を描いたものだといい、学会でもその説が受け入れられつつあるらしい。
 では足利尊直義の肖像画がどうして頼朝の肖像画とされたのか?それは『神護寺略記』という文書に神護寺には頼朝の肖像画があると書かれていて、江戸時代になって神護寺にある肖像画がそれだということが定着し、そのまま現在に至っていたからだそうだ。本来は言い伝えでしかなかったのに、それが実像だとして、我々の教科書に載っていたらしい。
 足利尊氏だとして『守屋家本騎馬武者像』がやはり教科書に載っていたが、これも違うらしく、これは高師直(こうのもろなお)らしい。



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 さらに西郷隆盛の肖像画も西郷の死後、弟の西郷従道と従弟の大山巌の顔を参考にして描かれたものだ。

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 ただこれは知っていた。もともと西郷はかなりの写真嫌いで一枚もないのである。

 こう見てくると、教科書に載っている歴史上の人物像はかなりあやふやなもので、あてにできるもんじゃないんだなと知らされる。またそれら歴史上の人物のイメージが、テレビのドラマや映画で脚色されたもので、たとえば一休さんは漫画のイメージが残っているし、沖田総司は病弱のイケメンといった役者のイメージがそのままインプットされてしっているところが確かにある。(実際はかなり違う)
 まぁ、肖像画ならまだ許せるところはあるけど、ドラマや映画の物語、あるいはセットなどがそのまま史実だと思いこんじゃっているところがあるから、考えてみると恐ろしい。
 さらに歴史認識というのは時代時代でさまざまな形に変化していき、習ったことが古くなりつつあるんだなという一端を見せてくれる本でもあった。ただ、惜しいのは、さっきも書いたが、後半著者は調子に乗りすぎてしまっていて、「おいおいそれはどうなのよ」という感じなってしまい、あまりにも異端説を書きすぎてしまっているのが残念であった。そのためこの本は単純に雑学本になってしまっているのである。
 著者は現役の高校教師というから、授業を飽きさせないために、こうした話をサービスとして生徒たちに提供していたのだろう。確かにこんな話をしてくれる先生の授業は面白いかもしれない。


評価
★★


書誌
書名:なぜ偉人たちは教科書から消えたのか―“肖像画”が語る通説破りの日本史
著者:河合 敦
ISBN:9784334975029
出版社:光文社 (2006/06/30 出版)
版型:274p / 21cm / A5判
販売価:1,365円 (税込)

2008年08月19日

ドナルド・キーン著『明治天皇』〈4〉

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 やっと全巻読み終える。この巻は日露戦争、日韓併合、伊藤博文暗殺、そして崩御と描かれる。日露戦争は司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』に詳しく書かれているのを読んでいるので、若干その記述に物足りなさを感じてしまうけれど、この本の性格上仕方がないことだろう。それよりも面白いなと思ったのは、この戦争で勝ったことよりも、国民の多大な犠牲にもかかわらず、戦果が大して得られなかったことによる、「煩悶的厭世思想」がはびこったことである。その結果日本国民が不機嫌になり、現状への憂鬱感、幻滅となって表れ、精神の弛緩となり、軽佻浮薄に流されることとなったというのである。このことは明治天皇も心配するようになる。ただこうした世の中に幻滅感や憂鬱感がはびこると、文学が開花してくる。「(日露戦争終結後十年間で)夏目漱石は、この時期に彼が最高の(そして最も沈鬱な)作品を書いた。森鴎外、石川啄木、島崎藤村の名を留めている傑作群は、主としてこの時期に登場した。この時期はまた、永井荷風、志賀直哉、芥川龍之介、谷崎潤一郎が彼らに最初の名声をもたらした作品を発表した時期でもあった」という。やはり文学というのは「あだ花」的要素があって、世の中に不平不満が強くなってくると、名作が生まれるのだろう。(だったら今も名作が生まれていい素地があるような気がするが、果たして名作といわれるものが生まれているのかどうか、疑問がわく)

 さて、私が興味があることは明治天皇が崩御したあと、乃木希典が殉死したことである。乃木の殉死は、やはり司馬さんの『殉死』に詳しいし、漱石の『こころ』にも重要なテーマとなるのだが、そもそも何故乃木は殉死しなければならなかったのか?
 西南戦争の時軍旗を失ったことを、いつまでも恥と思い、死してその償いをしようとしたが、その機会を得ることが出来ず、また日露戦争では旅順攻撃で数万人の兵士を死なせてしまったことで、慚愧の念に駆られたいたからだと言われている。
 乃木は旅順で多くの兵士を死なせてしまったことを償うために、割腹して詫びたいと明治天皇に申し述べたが、天皇は最初何も言わなかった。ただ乃木が退出するとき呼び止めて「卿が割腹して朕に謝せんとの衷情は朕能く之を知れり。然れども今は卿の死すべき秋(とき)に非ず。卿若し強いて死せんならば宜しく朕が世を去りたる後に於いてせよ」沙汰したという。
 この本によれば、確かに旅順攻撃に対して、たくさんの兵を失ったことを明治天皇は快く思っていなかったと書かれているが、それでも戦後乃木は学習院長に選ばれた。ただ乃木の殉死は、最初当時の知識人に受け入れられなかった。志賀直哉などは「馬鹿な奴だ」と言い切る。確か司馬さんも乃木という人物の対して、快く思っていなかったように思うし、人物としても能力のある人物とは見ていなかったのではなかったかと思う。(この辺は昔読んだ本なので、忘れてしまった。もう一度読んでみようかなとも思っている)いずれにせよ、「乃木は天皇に対する忠誠の権化となり、批判することが許されない伝説的英雄となった。乃木の忠義と皇室に対する献身の完璧な体現者として崇拝されることになった」わけで、この思想は昭和に持ち越されることになった。

 この本はキーンさんが明治天皇の伝記を書くことで、必然的に明治という時代を描くことになり、それはとりもなおさず、読む側に明治という時代がどういう時代であったかを教えてくれることにもなった。
 こうして読んでみると、この激動の時代にたとえカリスマ的存在であって明治天皇という人物が、いかに大きな意味を持った人物であったかよく知らされた。ヨーロッパ文化がどんどん入ってきて、西洋化、近代化する日本にあって、日本人が本来持って「日本的な部分」を失わずにいたのは、ある意味明治天皇のお陰と言っていいかもしれない。だから明治天皇が好きになった。
 そんなことをこの本で感じたものだから、北京オリンピックで「君が代」が流れるのを聞いていると私は妙に感動してしまうのだ。 
 最後に、この本の終章に明治天皇の素顔がまとめて書かれているので、それを書きたい。

「天皇は自分に対して厳しい人間で、めったに好き嫌いを見せることがなかった」

「暑さ、寒さ、疲労、空腹など普通の人間を悩ます類のことで天皇が不平を洩らしたことなど絶えてなかった」

「天皇は、ほとんど不自然なまでに何事に対しても平然としていた」

「父孝明天皇と違って、明治天皇は怒りに身をまかせることがめったになかったし、勝手気儘や無責任と思われる振舞いに及んだこともなかった」

「明治天皇には何か内なる精神力といったものが備わっていたようで、そのため自らが作り出した行動の規範にあまり逸脱することもなく従うことができた」

「明治天皇は全国津々浦々へ難儀な巡幸にも不平を洩らすことがなかった。また心身とも疲れ切っている時もなお、天皇は義務感に駆られて地方の物産や遺跡をつぶさに見て歩いた。特に道が悪く難渋した時など、天皇は『これが朕の国だ』と自分に言い聞かせていたかもしれない。今通り過ぎている国を統治してきた万世一系の歴代天皇の自分は末裔である、という事実を天皇は片時も忘れることはなかった。天皇は古代の『国見』の慣例に従って、国の隅々まで検分する義務があると感じていた。自分の祖先たちが作った先例に従うという決意を、天皇は一瞬たりともおろそかにしたことがなかった。天皇は細心の注意を払い、ひたすら祖先たちにの目から見て恥じない行動をするように努めた」

「天皇は例えば伊藤博文のような出自の低い人間を見下すようなことはしなかった。だから有能な人間は出自がどうであれ、立身出世することができた」

「外国人と接するにあたって明治天皇は常に丁重で、そこには誠意さえ感じられた。拝謁を賜る相手が誰であれ、天皇はいつでも進んで微笑みかけ、手を差し出すのだった」

「天皇はその治世の間に日本に洪水のように入ってきたヨーロッパ文物には反感を抱かなかったが、天皇は常に自分自身のためには金を使いたがらなかった」

「天皇は軍服を好んで着たことや陸軍演習を統監することが好きだったということとは裏腹に、天皇は心底戦争が嫌いだったという事実である」

「することなすこと他人の指示に従って動くことを、天皇は嫌ったのだった。しかし大体において、天皇は最後は説得に従った。従わなかった時は、後で謝った」

「恐らく天皇の最大の功績は、かくも長きにわたって君臨したことだった」


評価
★★★


書誌
書名:明治天皇〈4〉
著者:ドナルド・キーン/角地 幸男訳
ISBN:9784101313542 (4101313547)
出版社:新潮社 (2007-05-01出版) 新潮文庫
版型:501p 15cm(A6)
販売価:740円(税込) (本体価:705円)

2008年08月15日

ドナルド・キーン著『明治天皇』〈3〉

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 さすがに自分の興味が薄れてくると、読むのに時間がかかる。何か惰性で読んでいる感じがする。暑さもあって、なかなかページが進まない。
 さて、この巻を読んでいて悲しくなってくるのは鹿鳴館の存在である。
 明治政府は江戸幕府が結んだ安政五カ国条約(アメリカ、ロシア、オランダ、イギリス、フランスとの通商条約)を引き継いだが、これらの条約は列強に治外法権を認め、関税自主権が日本にはない、不平等条約だった。列強に治外法権を認め続けることは日本が独立国としての体面を持っていないことになるし、関税自主権を回復し関税収入を増やして国内産業を発展させる必要がどうしても起こってくる。
 日本は列強各国と交渉をするが、思うようにことは運ばない。ヨーロッパ人たちにとって、日本で捕まると拷問にあったり、虐待されるのではないかという不安がいつもあった。それはそうだろう。ちょっと前まで、江戸時代であって、刀を帯びている武士が闊歩していたのだから。それでなくても幕末・明治維新にかけて、政情不安定で暗殺などが横行していたのだから当然である。自分たちを守ってくれるのは日本ではなくて、自分たちの領事館だという意識がそこにはあった。だからこの治外法権の撤廃には応じられなかった。
 そのため明治政府は日本は野蛮な国じゃないということを示す必要性があった。そこで出てきたのが鹿鳴館である。鹿鳴館が持つ機能は、「日本人が過去の古臭い慣習を捨てて、今やヨーロッパ式の食事の行儀作法、舞踏会での礼儀作法を自由に駆使できるようになったことを外国人に証明してみせる舞台であった」。
 鹿鳴館で華やかな舞踏会が催されることは、日本はそれだけヨーロッパと同水準の文化を持っていることの証明となり、そのことでヨーロッパ人の不安を払拭し、ヨーロッパと日本人は対等に扱われるべきであるという意識が鹿鳴館の落成式を開いた外務卿井上馨にはあった。鹿鳴館は治外法権の撤廃を意識して作られたものであった。
 しかしこれは猿まねでしかなく、ヨーロッパ人は日本がヨーロッパの先進諸国と対等になったとは誰も思っていなかった。むしろ「この国民には趣味がないこと、国民的誇りが全く欠けている」と言われてしまうのである。つまり日本の西洋化、近代化はその程度のものであったのだ。その西洋化、近代化は基本的に根付いている訳じゃない。形ばかりのものをせっせと持ち込み、顔色をうかがい、それを持って西洋化、近代化したと認じているだけであった。
 それでも中にはしっかりした人物もいた。ロシア皇太子であったニコライ二世が襲撃された大津事件で、犯人の津田三蔵に極刑を言い渡さないと、日本のメンツがなくなるし、国際的に何が起こるかしれたものじゃないという不安があった。ところが、日本には刑法116条に「天皇、三后、皇太子に危害を加え、または加えようとするものは死刑に処す」という規定があるが、それがニコライに適用できるどうかの問題があった。大審院長児島惟謙は刑法116条は外国の皇太子に適用する理由は何もないとそれを突っぱねる。元老、閣僚はそれは危険だと児島を説得するが、児島は司法権擁護のため次のように言う。
「諸外国は常に日本の法律の不完全さ裁判官の不適性ついて不平を鳴らしている。今を措いて、日本人の法に対する尊厳を示す時はない」と。状況によって法律を変えてしまうのでは、諸外国からの信頼など得られるはずがないというのである。結局津田は無期懲役を言い渡された。日本が信頼を得るのは、単にヨーロッパ文化の猿まねだけじゃまずいということをわかる人はわかっていたのだと思うとちょっと安心しちゃう。

 さて、この巻のメインテーマはやはり日清戦争となるだろう。この本を読んでいると、日清戦争のきっかけとなるのが朝鮮半島の情勢である。明治維新後、日本にとって、朝鮮半島の動向は国内の動向と絡んで問題視される。本来なら他国のことなのだから、気にする必要性もないし、干渉する必要性もないはずだ。ところが日本は明治維新を達成したことによって、アジアで西洋化、あるいは近代化を成し遂げたという思い上がりから、未だ鎖国をしている旧体制化の朝鮮にちょっかいを出す。またそこには国内の不安的要素を一気に朝鮮半島で解決しようという意図も見られ(第二巻にそのことは書いた)、さまざまな形で日本は朝鮮に干渉する。
 当然朝鮮の宗主国として任じている清と衝突せざるを得ない。その上台湾の帰属問題も絡まっている。これが日清戦争へとつながっていくことになる。先を急げば、この後、朝鮮はロシアと接近し始めるものだから、次は日露戦争と続いていく。
 私は当時の明治政府がなぜこれほどまでに朝鮮半島にこだわり、なんだかんだと口を挟むのかよくわからない。どう考えても思い上がりとしか言いようない態度である。日本は明治維新を成し遂げ、アジアで西洋化、近代化を唯一成し遂げたという意識から、隣国である朝鮮がいつまでも鎖国を続け、旧体制のままであることではまずいと主張するのは一体どういう意識なのだろうか?内村鑑三でさえ、『朝鮮戦争(日清戦争こと)の正当性』という英語の論文で「日本は東洋の『進歩』の擁護者である。その不倶戴天の敵である清国(救いがたく『進歩』を嫌う者)を除いて、日本の勝利を望まない者がどこにあろうか!」と結論づけている。
 あるいは朝鮮がロシアの侵略下に置かれるという脅威があるのだろうか?また清が隣国で覇権を及ぼしているという脅威から、朝鮮に干渉せざるを得ないということなのだろうか?
 どっちにしても、自分の国内の充実を図れば、たとえ西洋列強国が干渉し始めても、跳ね返せるくらいの考えはなかったのだろうか?どうも視点の置き場所が違うような気がしてならない。
 が、とにかく日本は戦争に勝った。勝って日本は世界の名だたる「帝国」となった。その統治者である明治天皇の株がど~んと上がる。明治二十七年(1894)十二月二十七日付けの「ザ・ニューヨーク・サン」の論説でヨーロッパ、アメリカの君主あるいは大統領と比べて「天皇に比すべき者殆どなし」、「天皇は真に古今独歩の君」であると言われ、歴史上の名君、例えばローマ皇帝のアウグストゥス、英国のアルフレッド、フランスのナポレオン一世、ドイツのヴェルヘルム一世の統治も明治天皇には「遙かに及ばざる所なるべし」とヨイショされるのである。
 さすがにこれは持ち上げすぎという感じがしてしまうが、それでも明治天皇の成長は著しい。読んでいると、即位したての頃は、小さな声で勅令を発していたり、外国の要人と話していたのが、それが積極的に要人と会い、政治にも積極的に自分の意見を言い、あるいは元老、閣僚に意見を聞くようになって、明治天皇は日本の威厳ある統治者となっている。
 それにしてもここまで明治という時代が進むと、幕末・維新時にあれだけの数の人物を排出したのに、伊藤博文しか人物が残っていないのが悲しい。天皇は政局が不安定になると、いつも伊藤を呼び出し、何度も内閣総理大臣に任命する。一体伊藤は何度総理大臣になって、やめていったのだろうか?また伊藤自身も自分がうまく立ち回れないと、天皇に勅令を出してもらって、助けてもらう位しか出来ない人物なのだから、この後日本が二流の人物たちに翻弄されるのも仕方がないことなのかもしれないなんて思ったりする。


評価
★★


書誌
書名:明治天皇〈3〉
著者:ドナルド・キーン/角地 幸男訳
ISBN:9784101313535 (4101313539)
出版社:新潮社 (2007-04-01出版) 新潮文庫
版型:504p 15cm(A6)
販売価:740円(税込) (本体価:705円)

2008年08月08日

ドナルド・キーン著『明治天皇』〈2〉

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 2巻目を読み終える。この巻のハイライトは西南戦争であろう。西南戦争で西郷隆盛が死に、大久保利通も暗殺され、木戸孝允も病死することで、明治維新立役者が相次いで失われていく。以後、明治は西郷や大久保、木戸たちの腰巾着たちで運営されていくこととなる。
 実を言うと、私も幕末・明治維新の興味はこのあたりまでで、以後それほど興味がわかない。なぜなら彼ら維新の立役者以後出てくる人物たちは、明らかに品格の上でも、西郷や大久保、木戸たちに劣るからである。どうしても彼らより小さく感じてしまうのだ。彼ら以後出てくる人物の行動にはどこか小賢しい部分を感じてしまうし、それに威厳がない。明治天皇にしても、西郷や大久保、あるいは木戸に対する態度と明らかに違う態度で接しているし、中には小馬鹿にして、嫌っているところがここには記されている。
 確かに明治維新という大革命をなした人物たちと一緒に生きてきた天皇にしてみれば、彼らに頼るところは大きかったに違いないし、明治がある程度完成してくれば、今度はそれをどう動かしていくかに、移ってくるわけだから、実務的な政治能力が求められていく。いってみれば役人的存在感の人物が幅をきかせてくることになる。だからある意味人物が小さくなるのはやむを得ないのかもしれないが、その分つまらなくなる。
 明治はさまざまな問題をはらんでいた。まずは武士階級の没落である。この数の多さが明治のとりあえずの問題であった。そこで出てきたのが、朝鮮出兵である。朝鮮はまだ鎖国を続け、日本の度重なる要求にもかかわらず、開国をせず、日本を蔑んだ態度で接していた。そこへ西郷が乗り込んでいき、自らそこで殺されることで、朝鮮征伐の大義名分ができあがり、没落した士族をそこへ持っていくことで、士族の不満を解消しようとした。
 しかしその計画は却下され、西郷は鹿児島に去る。鹿児島では不満分子が西郷の元に集まり、政府にたてつくこととなる。これが西南戦争である。つまり明治という国家を完成するためには、どうしても士族の完全なる解消が必要であり、明治国家作り上げるに当たりどうしても通らなければならないものであったように思えてならない。江藤新平にしても西郷隆盛にしても、彼らと共に死ぬしかなかったように思えてくる。

 明治天皇は西南戦争が起こったとき、大和巡幸をしていた。本来ならすぐ東京に戻り、国家の危機に対処すべきはずなのに、巡幸を続けた。それは「西郷隆盛は、天皇自身とりわけ贔屓にしている維新の英雄である。その西郷が率いる鹿児島軍と政府軍が一戦を交える恐れが出てきた。この可能性を知った時、天皇はどんな反応を示したか。思えば明治天皇が脇目もふらず巡幸の日程をこなすことに専心していたのは、これらの雑念を頭から振り払うための苦肉の策であったかもしれない。残りの京都滞在を通じて天皇が見せた無気力な態度もまた、同じ理由から出たことだったかもしれない」とキーンさんは書いている。大久保が暗殺された時も「朕深ク股肱ノ良臣(最も頼みにしていた家臣)ヲ失フヲ悼ム国家ノ不幸之レニ過ルコトナシ」と言った。

 ところで読んでいて嫌だなと感じたことがある。明治維新を遂行し、国家の大変革なし遂げた日本の役人たちは、その原因となった西洋列強が日本に対して行った高圧的な態度を自ら清国や朝鮮に行ったことである。自分たちは西洋列強の高圧的な態度で苦しんできたにもかかわらず、それを忘れて、自分たちは天皇を中心にして西洋化し、近代化した。だから“あんたちもそうしないといけないよ”いつまでも旧習にしがみついていてはならないという態度に出るのである。どこか自分たちはお前らとは違い、優秀なんだという傲慢な態度がのぞく。おそらくこうした態度は、以後増長する一方で、第二次世界大戦の敗北まで日本は持ち続けることになるのだろう。
 確かに西洋化の促進は加速した。例えば明治九年に天皇が青森の小学校を訪問した時、生徒が「演説 ハンニバル士卒ヲ励スノ弁」や「演説 アンドル、ジャクソン氏合衆国上院ニテノ演説」を英語で話した。明治がなってわずか九年で、しかも青森の小学校でハンニバルやアンドリュー・ジャクソンについて器用に英語で話すのである。これには天皇も不快に感じた。日本の伝統に無知でハンニバルはなかろうということである。
 これに対して明治天皇は「去年の秋、各県の学校を巡覧し、親しく生徒の学業を視察したが、例えば農商の師弟が、その発言が高尚な空論に終始するものもいる。甚だしきに至っては西洋語が達者であるにも拘わらず、それを日本語に訳すことが出来ない。こういう学生は卒業後、家に帰っても再び本業に就きにくい。高尚な空論では、公職に就いても役に立たない。それどころか博聞を誇って目上を侮り、県の官吏を妨げるものとなるに違いない」と言う。さすがである。形ばかりの西洋化、近代化は器を立派にするけれど、中身がお寒い限りであると見抜いている。
 ヨーロッパやアメリカの思想を受け入れる器の大きさを持ち合わせているのは結構だけれど、自分たちを見失ってするもんじゃない。本来それらの思想はその土地で生まれたものであって、確かに一部は普遍的な部分は持っているかもしれないが、それがどこでもそのまま通用するとは限らない。それを勘違いして、何でも新しいものはいいとして、それまでの日本が持っていた美徳を忘れてしまうのは、そのまま現在まで続いているような気がする。
 この時の明治国家は器ばかり西洋化、近代化しているだけであって、他国に誇れる国家ではなかった。それを勘違いして、大国ぶる傲慢な姿勢は不快感ばかりが残る。幕末・維新で活躍し、死んでいった人物たちはそんな国家を夢見ていたんじゃないと思うのだ。


評価
★★★


書誌
書名:明治天皇〈2〉
著者:ドナルド・キーン/角地 幸男訳
ISBN:9784101313528 (4101313520)
出版社:新潮社 (2007-03-01出版) 新潮文庫
版型:490p 15cm(A6)
販売価:740円(税込) (本体価:705円)

2008年06月24日

北尾トロ著『男の隠れ家を持ってみた』

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 正直あまり期待はしていなかったのだけれど、読んでみてちょっと考えさせられるところがあった。
 今回も「裏モノJapan」の企画もので、「どこかで、アパートを借りて、しばらく通ってみる」というテーマ。最初は企画に行き詰まって、こんな企画しか出てこないから、仕方がないかという感じでいたのが、いつの間にか知らない町で部屋を借りてみるというアイデアが頭から離れなくなる。
 トロさんは家庭もあり、西荻に仕事場をもっており、そこには仕事関係者や友人が多くいるのだが、今回そこから離れて、まったく関係ない土地である足立区のアパートの一室を借り、北尾トロではなく、本名でそこで人間関係を築きたいと考えるようになる。
 ことのきっかけは、トロさんに娘さんが生まれたことから始まる。友人達が娘さんの誕生を「おめでとう」と祝ってくれるのだが、そのお祝いに言葉にトロさん自身違和感を感じ始める。
 仕事も順調、夫婦仲も円満、欲しかった子供もできた。子供のために頑張らねばとモチベーションも上がるが、一方で「父親になってから急速に、この先の人生が見えてきちゃった感じがする」のである。つまり自分が“つまらないオヤジ”になりかけていて、このままズルズルと守備重視型の人生に突入していくことに、ものすごい恐怖感を感じ始めるのだ。しかしそれが普通なのだが、“つまらないオヤジ”、冗談じゃねぇ!と強がるところがあった。それは“北尾トロ”がそう思わせていた。トロさんには“北尾トロ”という虚構の人生がある。ライターとしてのペンネームが都合よかった。それに寄りかかっていれば、見たくない自分を見なくていいからだ。しかし生身のトロさんも“北尾トロ”も同じ人間である。生身のトロさんが感じる現実と、それに抵抗しようとする“北尾トロ”がいるのである。多分トロさんが感じる違和感はそこから生じるものなのだろう。
 本名でアパート暮らしをし、近所の人たちと人間関係を築きたいといったって、そう簡単にできるもんじゃない。だって、月に何回かこのアパートで暮らしても、基本ここがトロさんの定住地じゃないからだ。それにこのアパート暮らし自体雑誌の企画なのだから、周りの人間と本名でつきあえるわけがない。つきあいができたって、すぐ破綻する。だから基本何も起こらないで、この企画は終わる。
 ただこうした生活を続けた結果、「周囲が北尾トロとしか接しないのではなく、自分がラクをするために、北尾トロとしてふるまうことが日常的になっていたのだと思う。臭いものにフタをするように、私生活の部分まで北尾で埋め尽くせば、現実を先延ばしすることだってカンタンだから。
 それだけのことを理屈ではなく、実感としてわかるために十ヵ月かかったのかぁ・・・」と悟るのである。ペンネームを持てば、別人格の人間ができるところはあるかもしれないが、所詮それはペンネームしかすぎない。なまじペンネームで仕事をすると、それが生身の人間と同じようになってしまう誤解があるんだなと知らされる。現実は現実だし、同じ人間なのだから、そこから逃避することはできないのだとも改めて知らされる。もちろん逃げたくなる気持も分かるけれど・・・。むしろそれが“北尾トロ”という名前を持ったことでできたことが、逆にうらやましくも感じてしまう。


評価
★★★


書誌
書名:男の隠れ家を持ってみた
著者:北尾 トロ
ISBN:9784101282534 (4101282536)
出版社:新潮社 (2008-06-01出版) 新潮文庫
版型:171p 15cm(A6)
販売価:380円(税込) (本体価:362円)

2008年06月05日

開高健著『一言半句の戦場』

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 本当に久しぶりに開高健さんの文章にふれる。開高さんの死後、追悼の意味も込めて、さまざまな本が出版され、どこから探してきたにかと思えるくらい、開高さんが書かれた文章を引っ張り出し、あるいは以前書かれたものを再度収録し直して、本が出版された。だからもう未収録の開高さんの文章などないだろうと思っていたら、まだこんだけあったのかと驚いた次第だ。そしてこの未収録の文章を集めたNPO法人の開高健「単行本未収録作品集成」編集委員会なるものがあること自体驚きであった。
 A5版の3段組で590ページもある本に少々たじろきながら読み始める。確かに分厚いけれど、各ページにイラスト、カットがちりばめてあるし、写真も数多く載っているので、ページの割には内容はそれほどでもない。こんなにイラストや写真はいらないんじゃないかと思えるし、トリス時代のコピーを二ページにわたり大きく掲載しているけれど、まぁ遊び心として許してもいいかと思うことにした。しかしあの「『人間』らしくやりたいナ トリスを飲んで『人間』らしくやりたいナ 『人間』なんだからナ」と名コピーを大きく掲載されると、なんか相田みつをみたいな感じがしないでもない。
 さて、今まで出版された本に未収録のものばかり集めたものだから、全体として統一感がないのは致し方ない。また対談などには同じフレーズが何度も出てくるけれど、それもご愛敬ということで読み進める。しかし大学時代よく開高さんの本を読んでいたので、やっぱり懐かしい。当時は何でも開高さんの書かれた文章や言葉を受け入れていたところがあったが、さすがこの歳になってくると、警句や膨大な語彙から選び抜かれた形容詞や比喩は多少鬱陶しく感じないでもない。けれど選びに選び抜かれた形容詞や比喩は今もさび付いていない。開高さんが「小説は形容詞から朽ちる、生物の死体が眼やはらわたから、もっとも美味なところからまっさきに腐りはじめるように」と言ったけれど、開高さんが選んだ形容詞は、この本では、今でも朽ちていない。

 この本は開高さんの追悼集にもなっており、後半開高さんと生前交友が深かった人の文章も載せている。その中で谷沢永一さんの文章は大変興味深かった。「開高健の強運」と称す文章なのだが、開高さんが成功したのは、その作家としての才能の他に、開高さんの強運にあったのではないかというものなのである。
 たとえば開高さんが世に出るきっかけとなった作品『パニック』は平野謙という当代きっての評論家が絶賛したことに始まる。平野謙は「そんじょそこらの利いた風な口をきく甘ちょろい評論家とは格が違う」。その平野が絶賛したのである。しかも『パニック』が「新日本文学」という雑誌に掲載されていたが、「新日本文学」は、予算的な都合で常に発行が遅れた。平野はその発行が遅れた「新日本文学」が届くまで待って、開高さんの作品を見出し、絶賛したのである。
 文芸記事は毎日と朝日が争っていた時代であったらしく、当時朝日の執筆者であった臼井吉見の面目は丸潰れになり、そこから感情がもつれ、開高さんの次の作品を酷評したらしい。
 芥川賞選考においても、開高さんは強運を発揮したという。当時開高さんは大江健三郎さんと芥川賞を争っていた。評価が拮抗していた。どちらか決められない状態であった。そこで病気欠席していた宇野浩二に電話で意見を聞いた。編集者はなかなか結果が決まらず焦っていた。宇野浩二の口から「開高」という名前が出た時点で、すぐ電話を切った。芥川賞は開高さんと決まった。
 ところが谷沢さんが宇野浩二の性格からして、先に結論を言うタイプじゃないはずだと推論する。宇野浩二は「ううん、開高も良えけど、そやなあ、やはり大江やろうか」と言おうとしていたんじゃないか。それを編集者が焦っていたために、最初に開高さんの名前が出た時点で電話を切ってしまった。これで開高さんが芥川賞を受賞することになったのではないかというのである。これを読んだとき、へえ~そうなんだと思った。
 芥川賞受賞後次の作品を主催者である文藝春秋の文芸誌に発表するのが慣例となっていたが、開高さんは強度のスランプに陥り、一作も作品が描けない状態であった。開高さんはその前に講談社の文芸誌に発表する予定であった作品を横流し、発表した。当然講談社側は激怒する。以後、開高さんはきついお仕置きを科す。「開高は講談社から完全に干され続ける」と谷沢さんは書く。
 開高さんと講談社が仲が悪いというのは有名な話で、その原因がこれにあることは知っていた。私の知っている限り、講談社から開高さんの作品は『饒舌の思想』というエッセイ集しか出ていない。少なくとも私の蔵書で講談社から出ている開高さんの本はこれしかない。
 しかし他社は開高さんを見放さなかった。新潮社が「現代文学全集」の編集をするに当たり、開高さんの作品はそこにはなかった。ところが山崎豊子さんの盗作冤罪事件が起こり、急遽開高さん作品集とすり替えられたという。週刊朝日でもルポの依頼が来る。また当時潮出版にいた背戸逸夫さんに惚れられ、多くの“背戸本”と呼ばれるエッセイ集や対談集が出版される。私は何で開高さんの本が創価学会系の出版社から多く出版されるのか不思議であったが、こうした事情があったのかと知らされる。
 この後集英社の「週刊プレイボーイ」に身の上相談のコーナーを担当したり、そこから集英社のあの『オーパ!』シリーズが生まれる。
 要するに谷沢さんが言うように「彼が何らかの難局に当面するたびごとに、決定的な打開の道を与えられ、終生の理解者および庇護者が現れた」強運に恵まれていた。

 開高さんは小説家としては寡作な方だと思うが、一方で評論、ルポ、エッセイ、あるいは釣りの紀行文はよく書かれた。だから私もそっちんほうの結構付き合ってきた。もちろん小説も読んできたが・・・。
 開高さんのこれらの文章を読むといつも思うのだが、そこに書かれた文章には奥深さがあり、それを書かれた裏付けが途方もなく膨大な書物によるものだと知らされる。そしてそれを読んでみたいという気持になり、私の読書に幅が広がっていった。私のエッセイ好きも多分ここから始まっているのではないかと思っている。名エッセイは読んでいて楽しいのだ。そこに紹介された本は結構読んでいる。またそれも楽しかった。今度はどんな本を紹介してくれるだろうかと、ワクワクしながら開高さんの本を読んできた。
 いつの間にか私は開高さんの書かれるものから離れなくなった。たまたま本屋でアルバイトをしていたものだから、次から次へと開高さんの本を注文していった。ところが注文しても品切れ、あるいは絶版というゴム印の押された注文書が多く帰ってくるようになり、いつしか私は古本屋通いをはじめ、手に入らなかった開高さんの本を集め始めた。以来コレクターとして開高さんの著作が手元に数多く残ることとなった。苦労して手に入れた本だけに、私の宝物といっていい。もちろん読む楽しみも充分味わってきた。
 それが開高さんが亡くなってからはなくなってしまった。当然新刊もないから、楽しみを奪われた子供のように、つまらなくなり、開高さんから遠ざかってしまった。
 これが本当に最後の開高健の本なら、これで私のコレクターは終わることになる。後は手元にある本をじっくり読むことになるだけだ。古本で集めた本を再び読むか、それともゆっくり味わいたいと思って買い揃えた全集をひもとくか、とにかくもう一度腰を据えて読んでみたくなった。


評価
★★★★


書誌
書名:一言半句の戦場―もっと、書いた!もっと、しゃべった!
著者:開高 健・開高健「単行本未収録作品集成」編集委員会編
ISBN:9784087812770 (4087812774)
出版社:集英社 (2008-05-06出版)
版型:590p 21cm(A5)
販売価:3,360円(税込) (本体価:3,200円)

2008年02月21日

喜国雅彦著『本棚探偵の回想』

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 『本棚探偵の冒険』の続編。続いて読む。出だしで笑った。「本屋で不器用な店員に、買った本の帯を破られるんじゃないかとヒヤヒヤしたことは誰にもあるよね」という書き出しである。たかが本の帯と言ってしまえばそれまでなのだが、コレクターとしては本の帯も貴重なのである。本の一部なのだ。古本などこの帯があるなしで価格が大きく違ってしまうこともあるのだ。
 だからレジに本を差し出す時には店員の本の扱いに神経質になるのはよくわかる。レジ接客していると、私の手元をしっかり見ているお客がいるときがある。多分そのお客は、「おい、その本をぞんざいに扱うなよ!」といった感じで私の手元を見ているのだろう。
 しかし、店員は一連の作業をしなければならない。スリップを本から抜いて、カバーをかけたり、袋に入れて会計をする。そのスリップを抜くとき、あるいはカバーや袋詰めをするときに、帯が破れてしまうこともある。時にはとんでもない造本の本があるからやっかいである。函入り本で、その函がきつきつで本が出てこない。しかも本そのものにパラフィン紙がかかっていると、何とか取り出したものの、今度函に納めようとすると必ずパラフィン紙が破れてしまうのだ。

「本体に挟まっているスリップを取るために、函から本体を抜こうとする。抜けない。揺する。出ない、ブンブン振る。泣きたくなる。ゴトン。おい、すみませんの一言は!?スリップを探す。そっちは底だ。背を見て天か地かも判らないのかよ。お前は普段洋書専門かよ。だいたいな、その本はな、五年前からそこの棚に並んでいた本で、とっくに絶版になっていて、今からスリップを戻したって在庫ねぇよ。必要ねぇんだよ。まぁいい、それはそれ、問題は本を函に戻すときだ。パラ(パラフィン紙のこと)をクシャってすんなよ。なるんだよなこれが。絶対になるんだよ。他の店でもこの本はあったんだ。だけど、そこのはすでにクシャクシャだったんだ。客もよ、立ち読みするんじゃねぇよ、高い本を。買いもしないのに中身見るんじゃねぇよ。高い本見るときはな、保証金預けろ。免許証提示だ。あっおばちゃん、そんなに力入れたらダメだよ。ほらずれてるって。何?いいよ、他の客は。『バトル・ロアイアル』どこですかだと?目の前に積んであるだろ。ポップ立ってるだろ。赤い字で『ビートたけし主演・大ヒット公開中』って書いてあんじゃん。探すなよ、ババア。手元に注意しろよ。もういいよ、貸せよ。ほら一万円だ。釣り銭用意しろ。俺がやるよ。函には俺が入れるよ」

 書店員も結構大変なことが判るでしょう!こういう本を扱うときはかなり神経を使うのだ。でも自分が客だとそうは言っていられない。やっぱり喜国さんのように言いたくなるのである。

閑話休題

 レジで思い出した。昔大手町で公務員を相手にしていたことがある。最初勝手に配本されたエロ文庫を仕方がないので店頭に並べていたのだけれど、これが売れる。だからエロ文庫の新刊を平積みにしていた。公務員はスケベなのだ。で、それをレジに持ってくるのだが、面白いのは必ず他の文庫、たとえばミステリーなどを表にしている。絶対にエロ文庫を表にしない。本当はエロ文庫が読みたくて仕方がないのだけれど、それじゃあまりにもみっともないから、読みもしない本より、読めそうな西村京太郎の文庫本を選び、一緒に持ってくる。魂胆が見え見えなのだ。
 私は基本的に公務員が嫌いなので(銀行員も嫌いだ。これは書いたけれど・・・)、文庫二冊を受け取り、下に隠してあるエロ文庫をわざと表にしてレジを打つ。そしてそのエロ文庫からカバーをかける。本当はゆっくりカバーがけしたいところなのだが、そうも言っていられないから普段通りにやる。しかし腹の中ではあんたも好きなのねと思っていた。

 さて、喜国さんの本に戻る。この本や先の本を読んでいると、古本に限定せずとも本という<物体>は読むことに限らず他に楽しむというか遊べることが出来ることを知る。
 たとえば喜国さんは前回、早川書房のポケットミステリを一日どれほど集められるかということをしている。ただこれは購入するのではなく、今まで出版されているポケミスを古本屋だけでなく新刊書店でチェックして、全巻集めてみる。
 又は自分で欠けている本の函をオリジナルで作ってみたり、豆本を作ってみたりする。あるいは自分で集めた本から出版社を問わないアンソロジーを作ってみたり、オリジナルカバーまで自分で作り統一感を出してみたりする。
 さらにミステリーグッズとしてミステリー本の表紙をトレカにしてみたり、探偵小説のTシャツを作ってみたり、結構まめなのである。さすがここまでして本と遊びたいとは私は思わないけれど、面白いとは思う。
 その上ゲーム感覚で、神保町から水道橋の古本屋、新刊書店を一軒一軒巡ってみたり、新刊書店が危機に瀕しているから、五万円投資して、本を買いに出かけたり、いろいろとやってくれている。
 そんな中、喜国さんがブックオフにあまりいい感情を持っていないことがそれとなくわかってくる。ブックオフが、持ち込まれた本をきれいか汚いかだけで判断し、同じ値付けがされ、汚い本は捨てられ、残った本は磨かれ店頭に並べられることが気に入らないらしい。確かにそうである。ブックオフにいる店員に古本の本当の付加価値などわかるわけがないから、それは仕方がないだろう。
 それと「本が好きだから、本を邪険に出来ないから、捨てることが出来ないから」、あるいは「捨ててゴミになるなら誰かの元に言ってほしい」という気持ちから新古書店に売りに行く。そこに環境問題も絡んでくる。この本好きの微妙な感情を利用してブックオフは成り立っているというのが気に入らないらしい。
 まぁそれほど込み入った感情でブックオフに本を売りに行く訳じゃなかろうが、捨てられないし、捨てるなら、多少でも現金か出来るなら、近所にあるブックオフに持っていこうというところじゃないかなと思う。
 ブックオフに関しては賛否両論あるが、私はかなり利用しているので、その存在価値にとやかく言うことは出来ない。だからここでやめておく。


評価
★★★


書誌
書名:本棚探偵の回想
著者:喜国 雅彦
ISBN:9784575713381 (4575713384)
出版社:双葉社 (2007-10-20出版) 双葉文庫
版型:493p 15cm(A6)
販売価:859円(税込) (本体価:819円)

2008年02月15日

喜国雅彦著『本棚探偵の冒険』

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 この本は東京堂の本店はす向かいにあるふくろう店で見かけた。そのときはこの著者のことも全く知らないので、書名は気になっていたが、とりあえず買うのを控えた。でも古本や本棚に関するエッセイは個人的にどうしても気にかかる。で、後日他の本屋さんで探し求めたが、この後読む続編はあるのだが、この本は棚に並んでいなかった。何件か書店を回ったがやはり同じであった。仕方がないのでここのところお世話になっているアマゾンでこの本と続編を注文する。(ほんとこのままでいると、書店では本を買わなくなりそうだ)
 それでこの本を読んで喜国さんがギャグ漫画家であり、奥様も同じ漫画家の国樹由香さんとのことを知る。喜国さんは「横溝正史の絶版文庫を集めるために古書店通いをしているうちに、いつしか古書が人生最大の趣味になった」人で、なにせカーナビに数多く古本屋さんの所在地を登録している人なのだ。主に古い探偵小説や怪奇小説などを集めているという。
 そして変わっているなと思うところは、それを納める本棚にこだわりを持っていることである。つまり本が入ればいいというのではなく、きれいにそれら古本が収まっていないと気が済まないのだ。ネットで「潜入!本棚探偵の凄い本棚」というサイトがあるのだが、それを見てみると、なるほど確かに美しい。


http://media.excite.co.jp/book/interview/200412/
index.html


http://www.kunikikuni.com/index.f.html


 さすが友人の本棚の整理を買って出るだけあって、本棚にはこだわりを持っている。新たに購入した古本を本棚納めるために、それまできれいに美しく並んだ本を棚ごと移動させるというこだわりなのだ。さらに市販の本棚は読書家が作ったものじゃないから、棚一杯にきれいに収まらず、上部に大きなスペース出来てしまう。だから美しい自分で本棚を作るという始末。函がなくなってしまって価値の下がった古本を自分でオリジナルの函を作って棚に収めてしまうところまでやるのだ。几帳面というより多少病的な部分も感じないわけでもないが、まぁ古本が好きな人は案外こうした病的な部分を持ち合わせているような気がする。
 じゃあ自分はどうなんだと振り返っちゃうと、私は古本も集めはするが、そこまで本棚に収納することにこだわっていない。実際今は、本棚の整理をしないものだから、本棚から取り出し読んだ本を元の場所に収めず、棚に積み上げているし、そこの新たに購入した本も同様に積んだままになっている。要は“ずぼら”なのだ。
 喜国さんの本棚の整理方法で参考になったことがある。私の本棚も大工さんに任せて作ったものだから、ぴったりと本が収まらず、上部にかなりの隙間が出来る。しかも棚がダボで上下出来るのだが、そのダボ穴の間隔が結構広く取ってあるものだから、細かい調整が出来ない。奥行きもそれなりにあるため、文庫などは二列に並べている。これだと奥にある本は全く見えない。しかも上部は本を横にして収納してある。
 喜国さんの本の整理の仕方は、まず奥の本を見えるように、上部に横積みするのではなく下に横にして、高くしてその上に文庫を並べれば奥にある文庫も見えるというのだ。む~ん、確かにそうだ。その下敷きになる本はしょうもない本や読んで絶対に再読しない本を犠牲にする。これはいいかもと思った次第で、今度やってみようかなと思っている。

 さて、私は本は読むものだけのものじゃないと思っている。もちろん読むことが最優先だけど、読まなくてもその本を持っているということだけで満足できるものもあると思う。その本を眺めているだけで楽しい。読むとはなしに古本を手にとって、眺め、ページをぱらぱらめくるだけでも、至福の時を感じてしまうことがある。
 古本自体、時代の荒波にもまれ、生き残ってきただけに、それだけで希少価値がある。古びてても、多少かび臭くても、それが古本の価値を高めるものじゃないかなんて思うのだ。
 今はネットでかなり楽に古本を手に入れることが出来るが、ちょっと前までは、自分で神保町や早稲田界隈の古本屋さんを歩いて捜し回った。それだけ労力と時間をかけて探して見つけ出した本だけに余計に愛着を感じてしまう。
 この本ではよく“タイムマシーンがあれば”という文句が出てくる。つまり現在ある古本が発売当時の何十倍、いやそれ以上の値段がついていること、あるいは探している本がなかなか見つからないから、当時にさかのぼって買いに出かけたいという気持なのだが、はたしてそれがいいかというとそうでもないんじゃないかと思うのだ。
 古本は時間をかけて探し回ることに価値がある。つまりたとえば好きな作家の本を古本屋で集め始めると、最初は結構集まる。しかしすべてが集まるかといえばそうでもない。なかなか手に入らない本は、やっぱりそう簡単に見つからない。それこそ何年越しで集めるものなのだ。そして探している本があったときの感動は言葉で言い表せない。私も古本集めをしていた頃そんな感動を味わったことがある。本当にうれしいものなのだ。そしてやっと見つけた本はだいたいが値段が高い。なぜならその本は古本市場で入手しにくいものだから値が張るのだ。全集などの入手しにくい巻をキキメという。そこでこの本が欲しいのだが、値段を見て驚き、買うかどうか悩み、意を決して購入する。もうそれは宝物なのだ。(やっぱり私も危ない世界にちょっと顔を突っ込んでいるかもしれない)
 それがわかるから、喜国さんが自分が欲しい本を必死になって探す気持がよくわかる。うんうんそうだよねなんて思っちゃうわけだ。そういういきさつが古本に関するエッセイには書かれているものだから、私は好きなのだ。
 そして欲しい本が集まってくると、古本探しもだんだんなくなってくる。好きな作家の本を探し求めているときは楽しいのだが、それ以外の作家に興味が移らないのだ。私もそうであった。だから古本屋街を歩くことをやめたのだ。しかし喜国さんは「選別貴族本」といって専門店で値の高い本に移っていく。そしてこの世に一つしかない「生原稿」に手を出した。
 ところがこれがちょっと怪しい代物で、本物か偽物かいろいろと情報を得て自ら調べていくのだが、どうも偽物っぽいのだ。そのときの衝撃を次のように言う。「美女が化粧を落としたら別人だったどころじゃない。パンツを脱がしたらチンコが生えていたぐらいの衝撃だ」と。大笑いしてしまった。さすがギャグ漫画を生業としているだけのことがある。


評価
★★★


書誌
書名:本棚探偵の冒険
著者:喜国 雅彦
ISBN:9784575712902 (4575712906)
出版社:双葉社 2005/01出版 双葉文庫
版型:453p 15cm(A6)
販売価:800円(税込) (本体価:762円)

2007年08月15日

菊池良生著『神聖ローマ帝国』

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 かねがね不思議に思っていたのだけれど、どうして神聖ローマ帝国はドイツだったのだろうか。少なくともローマ帝国を名乗る以上、何らか古代ローマ帝国との関連があっていいはずだが、どう考えても古代ローマ帝国とは性質が異なるように思える。
 この本の最後の方で「神聖ローマ帝国はかつての世界帝国であるローマ帝国の衣鉢を継ぐという建前にたっていた」なら、その衣鉢とは何なのだろうか。たとえば世界帝国と称すに値する領土的広さがあればいいのだろうか。あるいはローマ的理念が継承されたことを意味するのだろうか。いずれも何か違うような気がする。
 西ローマ帝国が滅んだ後、ローマ教会はそのパトロンとして強大な権力を持つ王権を必要とした。だからカール大帝を戴冠し、教会主導の元で西ローマ帝国を再興させた。当時の状況を考えれば、このことはある程度納得できる。カールも教会にだまされたとさえ思っていたという。
 しかしオットー大帝から始まる神聖ローマ帝国はどうなのだろうか。少なくともこの本を読むまでもなく、ドイツは領邦国家として、個々にバラバラの状態であって、国家としてのまとまりを欠いていた。とてもじゃないが、ローマ帝国やローマ皇帝を名乗れるものじゃなかったはずだ。
 古代ローマがヨーロッパの人々にとってアイデンティティであるからという心性で、ローマ帝国の再興の必要性を語られちゃうと、我々日本人にはよく分からない。そうなんだとしか言いようがなくなってくる。だから神聖ローマ帝国として国家の実体がなくても、ローマ帝国やローマ皇帝を名乗ればそれでいいということなのだろうか。
 さて、この本は神聖ローマ帝国の皇帝を順次ピックアップしていきながら、神聖ローマ帝国とは何だったんだろうかという問いの答えを探っていく。ただ登場人物が非常に多くて、しかも関係が複雑に絡み合っているので、読んでいるうちに何が何だか分からなくなってしまった。とてもじゃないが流し読みで理解できる本ではなかった。これはきちんと紙に書いて関係を整理して読んでいかないとよく理解ができない。じっくり読む必要性がある。時間があったら再度トライしたいところである。


評価
★★(再度評価の必要あり)


書誌
書名:神聖ローマ帝国
著者:菊池 良生
ISBN:9784061496736 (4061496735)
出版社:講談社 (2003-07-20出版) 講談社現代新書
版型:262p 18cm
販売価:777円(税込) (本体価:740円)

2007年07月26日

川上健一著『四月になれば彼女は』

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 焼きが回ったついでに、「青春小説の名手が放つ純愛グラフィティの傑作」(とこそばゆい文句がこの本の帯に書いてあった)を読む。川上さんの本はエッセイ『ビトウィン』がかなり気にいっていて、それ以外に小説2冊を読んでいる。確かにこの2作の青春小説はそれなりに面白かったけれど、正直もういいやという感じではあったが、ついつい新作ということで買ってしまった。
 で、どうだったかというと、失敗であった。予想通りであった。だいたいもう青春小説なんて読む年齢じゃないのだ。私は。
 題名の『四月になれば彼女は』はサイモン&ガーファンクルの曲名だそうだが、さてどんな曲であったか記憶にない。家にサイモン&ガーファンクルのCDがあるが、かといって引っ張り出して聞く気にもならなかった。
 高校を卒業して、次に大学進学なり、就職なりする4月までのわずかの間の不安定な時期のことを書いた小説であるが、だからどうだというわけでもない。主人公の沢木圭太が友人の駆け落ちごっこにつきあうことから物語は始まる。そのあと、高校時代のけんか相手とけんかをしたり、友人や先生と会ったり、小学校の時好きだった女の子と再会したり、三沢基地にいるアメリカ兵とバスケットをしたり、童貞を捨てたいために、街の娼婦を捜し回ったり、アメリカ兵とのけんかに巻き込まれたりする1日を過ごす。
 そこには高校を卒業したという開放感と、高校を卒業をしたのだから早く大人になりたいという気持ちが、そうさせることを作者は書きたかったにかもしれない。
 沢木圭太は最初地元で就職する予定であったが、結局それもダメになり、めまぐるしかった1日が終わった後、東京へ行こうと決意する。
 次に朝、東京の大学に行く小学校の時好きだった女の子、二瓶みどりと再度会う。みどりが懐かしい小学校へ行きたいというので圭太は一緒に行く。校舎を見上げみどりは、「やっぱり小学生のころは楽しかったね」という。おいおい高校生の卒業したばかりで、小学校の頃を振り返るなよ言いたくなってしまった。
 自分はこの頃何をしていただろうかとふと思った。私は3年の10月にはもう大学が決まっていた(すぐ辞めちゃったけど)のでそれ以降、もう高校を卒業した感じで過ごしていた。だから圭太みたいに、高校卒業した3月から4月のわずかな期間ではなく、かなり長い期間自由に過ごしていたはずだ。そのためか圭太みたいな濃密な開放感や悩みなどなかったような気がする。とにかくこの頃には大した記憶がない。


評価


書誌
書名:四月になれば彼女は
著者:川上 健一
ISBN:9784408534756 (4408534757)
出版社:実業之日本社 (2005-07-25出版)
版型:385p 19cm(B6)
販売価:1,890円(税込) (本体価:1,800円)

2007年07月01日

北尾トロ著『ぶらぶらヂンヂン古書の旅 』

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 今回はトロさんの日本全国古本探しの旅の本である。本の題名である「ぶらぶら」は大した当てもなく、歩き回ることを意味するのだろうとはわかったが、「ぢんぢん」がちょっとわからなかった。あとがきを読んで初めて、古本屋を「歩きまわっているうちに人とも出会うし、予期せぬ体験もできたりする。なにより、いい店を発見し、ほしい本をつかみとる瞬間の、胸がヂンヂンたぎる瞬間がたまらない」とあったので「ぢんぢん」は「じんじんする」ことをいっていたんだとわかった。
 トロさんにとって古本屋さんで本を買うことは、自分の副業?のネットの古本屋のセドリも兼ねるので、我々が古本屋さんで本を探すのとはちょっと感じが違う部分があるが、それでも探している本が見つかったり、まったく知らなかった新しい発見があったりしたときの心躍る感覚は同じだろう。気持ちとしてよくわかる。それにわざわざここまで来たのだから、何か成果を出したと思う気持ちは、実際古本屋を歩き回ると確かにそう思う。
 そういうのが随所に書かれていて、ふむふむ確かにそうだと思った。これは古本屋で本を探した経験のある人しかわからないかもしれない。だから一定の成果があったとき、「小走りに駅に急ぎ、新宿行きのあずさに乗った。隣の座席に置いた、パンパンにふくらんだデイバックを叩いてみたら、ポンポンといい音がした」と書くトロさんの満足感がよく伝わってくる。

 ところでトロさんがやっているネットの古本屋さんは私も度々利用させてもらっている。ネットで自分のほしい本が日本全国の古本屋さんから探せる効率のよさがいい。しかし利用する側はそうしたことを重宝しているけれど、逆にネットの古本屋が広まることの弊害とでもいうのか、そのことが古本屋さんがもっている性格も変えつつあることも書かれていて、ちょっと考えちゃった。
 たとえば「市の中心部から距離のあるこの店でに来るのは、クルマに頼らざる得ない。以前はここの在庫に魅力を感じ、そうやって定期的にやってくる客も多かっただろう。ところがインターネットの登場で、ほしい本は自宅で検索、注文までできるようになった。ネットを使えばこの店など比較にならない、膨大な在庫から本を探すことができる。わざわざ時間をかけて、あるかないかわからない本を探しに店まで行く必要はないのだ。その中にはぼくがネットで売っている本だって入っているかもしれない。
 立地ではなく、店主の個性でもなく、置いてある本で勝負してきた店はより巨大化・システム化して新しい客を獲得する方法か、店売は見切ってネットで本をさばいていくかの選択を迫られている」と書いている。だから以前ここには古本屋さんがあったはずなのになくなっていたり、お店を訪ねても、明らかに本が動いていないことがわかるお店に何軒か出会う。その一因がネットにあるのではないかとトロさんは考えるのである。
 また「ネットの普及が古本価格の均一化を招いているとはよくいわれることだが、実際に地方を訪れてみると、改めて現実を痛感する。相場以上の値段ではないとはわかっていても、遠方から訪ねてきた人間としては、”わざわざここで買う”動機付けがないと手を出しにくい」状況になっているというのだ。古本は新刊書籍とは違い定価がないのだから、本の状態や希少価値、あるいはお店の店主のポリシーなどで、値段がまちまちであるのが、楽しいのだが、それがどこでも同じじゃつまらない。
 ネットの古本屋を利用する我々はその便利さだけをありがたく感じるけれど、古本屋さんに限らず、新刊書店の存在感は、トロさんの言うように「その店がもっている磁力といいますか、存在感みたいなものは行ってみないとわからない。空間の濃度もそうだ。ネットでいくらでも本が買える時代、わざわざ足を運ぶ意味はそこだろうとぼくは思う」というのは、その通り!と声を荒げて強く同調しちゃう。


評価
★★★


書誌
書名:ぶらぶらヂンヂン古書の旅
著者:北尾 トロ
ISBN:9784776300342 (4776300346)
出版社:風塵社 (2007-06-30出版)
版型:222p 19cm(B6)
販売価:1,365円(税込) (本体価:1,300円)

2007年06月24日

海堂尊著『ジェネラル・ルージュの凱旋』

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 結局何だかんだといって、これで海堂さんの出版されている本すべて読んでしまったことになる。この本は内容から前回読んだ、『螺鈿迷宮』より先になる本みたいだが、『螺鈿迷宮』の方が先に出版されており、前後逆になってしまっている。でも、つきあっているうちに、登場人物に愛着がわいてきてしまい、面白くなっていくのが不思議であった。
 当然今回は東城大学医学部付属病院に話は戻る。東城大学医学部付属病院の救命救急センター部長の速水が特定の業者と癒着しているという内部告発文書が田口公平のもとに届けられたことから物語は始まる。速水は田口と同期であり、速水をジェネラル(将軍)と影でいうように、救命救急センターにとってなくてはならないドクターであり、そのことで救命救急センターに君臨していた。
 だれがこの内部告発文書を書いたのか。そしてこの内容が真実なのか。田口は真相究明に乗り出すはめになる。
 例によって一悶着には乗り気でない田口がいやが上にも真相究明に乗り出さなくてはならなくところが面白い。そして今回も白鳥がその真相にたどり着くための手助けを、いつもの調子でしている。そして味があったのは、田口と一緒にいる、定年退職後再雇用された藤原看護師であった。今回はかなり田口を手助けしている。とぼけたタヌキ院長の高階もいい。結局私は海堂さんのファンになってしまったようだ。


評価
★★★


書誌
書名:ジェネラル・ルージュの凱旋
著者:海堂 尊
ISBN:9784796657549 (4796657541)
出版社:宝島社 (2007-04-23出版)
版型:381p 19cm(B6)
販売価:1,680円(税込) (本体価:1,600円)

2007年06月16日

開高 健監修『アンソロジ-洋酒天国』1~3

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 さて、そろそろ「洋酒天国」そのものについて書いてみたい。私がこの雑誌を手に入れたいと思っていても、なかなか手に入らなかったことは書いた。やっとの思いで、ネットの古本屋さんを介して手に入れた。
 そのためこの雑誌には思い入れが強い。以前のブログでこの『洋酒天国』のことを書いたこともあるが、なくなってしまったので、もう一度このブログのCoffee Breakで書いてみようと思っていた。たまたま小玉さんの本が出版され、それを読んだので、それじゃもう一度書いてみようと思いたった。
 といっても、私が手に入れた「洋酒天国」は14冊である。しかも入手可能なものから手に入れたものだから、号数もまちまちである。
 また、予算の問題もある。今この雑誌は古本価格で1冊平均2,000円ぐらいする。だから今のところここまでにとどまっている。元はタダの雑誌がである。
 ということで「洋酒天国」のことを書くといっても、たいしたことが書けない。ただここに便利な本がある。それが開高健監修の『アンソロジ-洋酒天国』である。この本も20数年前に出版された。当時「洋酒天国」が手に入れられなかったから、せめてこの本で当時の雰囲気を味わいたいと思って購入した。今回それを初めて読んでみた。

 「『洋酒天国』は昭和三十一年に創刊。現サントリー株式会社の前進である<洋酒の寿屋>のPR誌である。
 その頃はようやく電気冷蔵庫と電気掃除機が登場しはじめ、ドブロク、バクダン、焼酎の時代がやっと終わって、トリスバーがニッポン国の夜を北から南まで蔽っていた。そしてPR誌はまだ氾濫せず、プレイ雑誌もまたなかった。飲んで、騒いで、ワカル、ワカルといって肩をたたきあったあげく、深夜の駅のベンチにゲロを吐いて倒れる。すべての男たちはかなしくも旺盛にこの姿態にいそしむしかなかったのである。
 ここにおいて寿屋は一念発起。ドリンカーの民度向上をめざしてヨーテンの発刊を思いたち、トリスバー、サントリーバーへかよわなければ手に入らない、夜の岩波文庫(?)とでも呼ぶべき快文書の出版と流布に没頭することと相成った。これがヒット、またヒットし、終刊後も古書市場でバックナンバーが高額で取引される放射能を帯びるまでになったのは、ヨーテン同人の一人として欣快至極」

 と開高さんがこの本の最初に書いている。「夜の岩波文庫」とはよく言ったもんだと思うが、なかなかうまい言い方だ。ここに書かれているように、バックナンバーが古本業界で高値で取引されている。それはトリスバーで無料で配られたことで、わざわざ持ち帰って保存しておくような奇特な人が少なかったのではないかと思うのだ。まして酒がはいっている以上、その場で楽しんでおしまいといった感じだったのではないか。そのため古本市場に出回る部数が少なくなったのではないかと推察する。

 さてこのアンソロジーを3冊読んでみて、その豪華執筆陣に驚く。よくもこんな小雑誌にこれだけの執筆陣がそろったものだと思う。この本に収録されているだけでも、大宅壮一、小松左京、都築道夫、吉田健一、荒正人、戸板康二、星新一、獅子文六、安岡章太郎、犬飼美智子、安部公房、檀一雄、北杜夫、大藪春彦、團伊玖磨、伊丹十三、稲垣足穂、淀川長治、田村隆一、吉行淳之介等々の面々である。
 これらの人たちのエッセイを読んでいると、確かに戦後10年はたって、テレビ、冷蔵庫、掃除機が普及し始めても、「もはや戦後ではない」と経済白書がいっていても、戦争や戦後を引きずっていると感じた。話の内容が植民地時代の中国や東南アジアであったり、まだ外貨規制があり、なかなかヨーロッパやアメリカに行くことが出来ない時代に、そこへ行った人たちの経験談が多い。たぶんこういうのを読んで、「なるほど今はヨーロッパやアメリカではこうなんだ」とページをめくりながら酒を飲んでいたのだろう。 
 ただ、このアンソロジーの3巻目の「ウィスキー・ミニ百科」にトリスバーのことを「昭和30年前後に生まれ、爆発的な人気を呼んだ大衆的なハイボールスタンドのこと。今日のウィスキー・ブームを育てた。『やすく、うまい』で、サラリーマンや学生が気軽に入れ、安心してくつろげ、洋酒の飲み方まで教えられる道場だった」と書いてあるを読んで、開高さんが言うように、ドブロク、バクダン、カストリなどいかがわしい酒を飲まされ、しかもぼられ、安心して酒など飲めない、人々の気持ちもささくれたっていた時代から、トリスバーでこの『洋酒天国』を読んで感心し、掲載されているヌードグラビアに驚嘆できるようになったことは、時代が変わりつつあったんだと感じることが出来る。そういう雰囲気を想像しながらこの本を読むと面白いものがある。


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 グラビアは今の男性週刊誌から見ればおとなしいものだけれど、この折り込みのグラビアがないとクレームがきたという。酒にはつきもののあっち方面のジョークも、今でもクスリと笑わせてくれる。

 ところで、この『洋酒天国』を古本屋で探し回っていた頃、面白い本を見つけた。それが『洋酒マメ天国』というやつである。


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 いわゆる豆本である。写真が実物大だ。この豆本が3冊が1ケースに入っている。


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 全36巻。中身もお見せしたいのだが、どうも装丁が悪く、大きくページを開くと割れてしまうので、出来ないのが残念である。
 奥付を見てみると、昭和42年となっているから、これも40年たっていることになる。これはさすがに無料配布というわけにはいかないらしく、サントリー直営ビアホール、サントリー・チェーンバーに申込書が置いてあったらしく、4セットを1年間で1,200円で配布していたらしい。つまり1冊100円ということだ。なかなかかわいらしく、コレクションとして楽しんでいる。

評価
★★★


書誌
書名:アンソロジ-洋酒天国 1酒と女と青春の巻
著者:開高 健監修
ISBN:9784484300085 (4484300087)
出版社:TBSブリタニカ 1983/12出版
版型:239p 19cm(B6)
販売価:892円(税込) (本体価:850円)

書誌
書名:アンソロジ-洋酒天国 2傑作エッセイ・コントの巻
著者:開高 健監修
ISBN:9784484300092 (4484300095)
出版社:TBSブリタニカ 1983/12出版
版型:219p 19cm(B6)
販売価:892円(税込) (本体価:850円)

書誌
書名:アンソロジ-洋酒天国 3ウイスキ-ここにありの巻
著者:開高 健監修
ISBN:9784484853017 (4484853019)
出版社:TBSブリタニカ 1985/03出版
版型:221p 19cm(B6)
販売価:892円(税込) (本体価:850円)


☆いずれも入手不可のようである。

2007年06月07日

小玉武著『『洋酒天国』とその時代』

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 昔秋葉原でお店に出ていた頃(私はこの会社に入社したときの最初の店が秋葉原店で、その後飛ばされ、再度この店に戻ってきているが、今回は最初の頃の話)、お客さんさんで中井さんという、近所の近畿日本ツーリストに勤めていいらっしゃる人が、昼休みよくお店に来ていただいた。この人、私と読む傾向が似ていて(といっても私など太刀打ちできなほどのものすごい読書家なのだが)、何の本を求めているかだいたいわかった。だから何々の本が入りましたよとよく声をかけていた。
 その中井さんは開高健のファンであって、「洋酒天国」を持っていると聞いて、うらやましかったのを覚えている。当時私はこの「洋酒天国」を持っていなかった。
 私は開高健さんのファンになって、開高さんの本を集め始めていた頃であった。通常の本の流通ではもう絶版や品切れを起こしている本もかなりあったので、古本屋通いをして、かなりの開高さんの本を集めることができたが、開高健さんや山口瞳さんが編集した「洋酒天国」だけはなかなか手に入らなかった。ネットが普及して、ネットの古本屋さんが現れるようになると、全国で本を探せるようになった。そんなこともあって、数年前、数冊念願がかなってこの雑誌を手に入れることができた。

 この本の著者小玉さんは当時「洋酒天国」の編集に関わったことを知る。「洋酒天国」がどのような経緯で発刊され、どう編集されたか、その内情を語ってくれているが、ただ物足りない。私としてはもっと「洋酒天国」の裏話などを知りたかった。この本はどちらかというと、「洋酒天国」が発刊された時代背景やその執筆者である当時の有名人や文士を描くことに重点が置かれる。昭和30年代の時代考証みたいな感じだ。
 それでも昭和30年代という時代が秘めていた要素は面白かった。なるほどと思ったくらいである。特にサントリーという会社が昭和30年代をうまくつかんで躍進していったことがよくわかった。そして「洋酒天国」という雑誌も編集者やスタッフが自らの身体で昭和30年代を感じ取り、それを雑誌の編集に生かしていたことが、ヒットの要因であったこともわかった。著者は「その頃のことを回想する時。開高はよく『同時代が私の身体の中にあった』と言っていたが、たしかに次代が動き始めているのを、開高健は身体で感じながら文章を書き、雑誌作りをやっていた」と言っている。つまりこの雑誌は昭和30年代という要素が生んだものであった。
 「洋酒天国」は今から50年前の昭和31年4月10日に創刊された。そして同39年まで61号(合併号があるので60冊)が刊行された。
 私が「洋酒天国」という雑誌に興味を持ったのも、自分が昭和31年に生まれたというのも多少関係がある。自分が生まれた時代がどんな時代であったのか知りたいという思うところは誰にでもあるのではないかと思うが、偶然にも「洋酒天国」が発刊された年が私の生まれた年であったので、この本を読んで分かり始めた。
 ではこの本から「洋酒天国」を媒体として昭和30年代を探ってみる。
 昭和30年度の経済白書にはあの有名な文句「もはや戦後ではない」が載っているが、終戦から10年もたてば、戦後の混乱、貧困からも徐々に解放されつつあり、多少生活のゆとりもできてきた。個人が自分たちの生活を楽しむことが出来つつあった。
 そんな中「洋酒天国」が創刊された。もともと寿屋(現サントリー)では出版というメディアを自分の企業の文化として取り入れていた。それは経営者である佐治敬三という人が「企業経営や生活文化を考える上で一番大事な勘どころ、つまり人間と文化を<編集>することを、生涯を通じて片時も忘れることができなかった」ところに由来する。
 「洋酒天国」の発刊の前に、寿屋は「ホームサイエンス」という家庭婦人向け科学啓蒙雑誌を出版していたし、「発展」という販売促進用ダイレクトメールの小冊子も手がけていた。「ホームサイエンス」の編集部員として、後に開高健さん奥さんとなられる牧羊子さんがいた。開高さんは牧さんの後釜として寿屋に入社し、最初は「発展」の地方取材など、下積みの仕事に明け暮れていた。つまり寿屋は「洋酒天国」の出版が初めてではなく、それ以前にもう手がけていたのであった。
 そしてウィスキーのトリスが支持され、全国各地でトリスバーが出来てくる。そもそもウィスキーのトリスが支持されたのは、それまであったバクダンとかカストリとかいわれた得体の知れない酒を飲むしかなかった人々がトリスというウィスキーを廉価で飲めるようになったからである。
 私はあまり酒を飲まないからよくは分からないが、酒を飲む場合、集団でワイワイ騒ぐ酒の飲み方と、一人でじっくりと落ち着いて飲む酒があるように思える。トリスバーはそうした個人で酒が飲める場所であった。それは生活のゆとりから人々が欧米の文化を徐々に受け入られるようになってきた背景があるものと思われる。
 そのトリスバーの第一号店は『サントリー百年誌』によると、昭和25年東京・池袋で、久間瀬辰之助という人の「どん底」というバーだという。寿屋(現サントリー)はこの久間瀬辰之助さんの店の経営方針に注目し、「酒とツマミの値段を統一し、客席に女性をはべらせない」こと、「チェーン店としての看板をつける」ことでトリスバーをチェーン展開した。その結果、加盟を申し込んでくるバーはすぐに千五百軒を超えたという。
 ちなみに「洋酒天国」が創刊された昭和30年代というのは、出版社系週刊誌の創刊ラッシュでもあった。「週刊新潮」(昭和31年2月)、「週刊大衆」(同33年)、「週刊文春」(同34年)、「週刊現代}(同34年)、「週刊女性」(同32年)、「週刊女性自身」(同33年)「週刊明星」(同33年)、「週刊平凡」(同34年)、「週刊少年マガジン」(同34年)、「週刊少年サンデー」(同34年)と続々と創刊された。
 そんな時代にトリスバーに「マッチ代わりに作りました」というのが「洋酒天国」であった。そのため「洋酒天国」は無料だけれど、トリスバーでしか手に入らなかった。(トリスバーで無料で配られていたため、現在古本屋でもなかなか市場に出てこないようで、1冊が結構な値段がついている)
 そんなトリスバーで読まれる雑誌だから、この雑誌は粋であり、洒落であり、そして欧米のサブカルチャーなどが盛り込まれた。
 またトリスバーでしか手に入らないという雑誌だから、当然寿屋のPR誌という性格を持つが、雑誌が粋であるためにサントリーのサの字も広告として載せていないのも特徴であった。
 編集長も今から考えるとすごい。芥川賞を受賞した開高健に、そのあとを継いだ山口瞳も直木賞作家である。開高健は「洋酒天国」創刊から22号まで、この雑誌をあたかも自分の作品であるかのように編集に打ち込んだ。そのあと任された山口瞳が引き継ぐ。執筆者も開高人脈、山口人脈をフルに生かして豪華であった。とても無料のPR誌とは思えないくらいだ。人気が出ても当たり前の雑誌であった。
 この雑誌は昭和30年代が生んだ雑誌であることは、当然30年代が終わったとき、同時に終わるしかなかったのだとも思えてくる。著者は言う。「『洋酒天国』は昭和三十年代が終わるのと同時に休刊した。創刊以来十年に満たなかったが、密度の濃い昭和三十年代を走り抜けたのであった。その間<洋酒の寿屋>は社長が佐治敬三となり、社名がサントリー株式会社となった。ウイスキー部門は好調な業績を挙げ続け、従業員数は倍増し、ビール事業にも進出を果たした」と。「洋酒天国」は昭和30年代のわずか10年間だけ咲いた花だった。


評価
★★


書誌
書名:『洋酒天国』とその時代
著者:小玉 武
ISBN:9784480818270 (4480818278)
出版社:筑摩書房 (2007-05-30出版)
版型:388p 19cm(B6)
販売価:2,520円(税込) (本体価:2,400円)

2007年05月28日

海堂尊著『螺鈿迷宮』

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 なんだかんだと言って、この著者の新刊を読み続けている。不満はあるのだけれど、どうも気になってしまい、ついつい買って読んでしまう。
 でも今回は面白かった。もしかしたら今まで読んだこの著者の本の中でベストワンかもしれない。(もう1冊買ってあるので、それを読んでからじゃないと何ともいえないところはあるけれど)
 前作2作は東城大学医学部付属病院で起こる事件であったが、こうも大学で不祥事ばかり起こると大学の存続にも関わってきてしまうからか、或いは大学病院という限定されたところで起こる事件ばかりじゃ限界があるのか、今回は東城大学医学部付属病院から離れたところで話が進む。とはいっても完全に関係ない訳ではなく、東城大学医学部付属病院のサテライト病院である碧翠院桜宮病院にあの白鳥が挑む。
 ということで今回はあの愚痴外来の田口先生はほとんど出てこない。(2回ほどちょいと顔見せ程度あるが)その代わり東城大学の医学生天馬大吉が田口先生と重なる感じだ。天馬は医学部のリタイアを考えており、徹夜麻雀に明け暮れ、留年を繰り返していた。天馬は「時風新報」という弱小新聞社の支局で働いていた。そこには上司として幼なじみの葉子がいた。
 その「時風新報」に厚生労働省から桜宮病院の取材依頼がある。桜宮病院は、老人介護センター、ホスピス施設と寺院を一体化した複合型病院で、終末期医療の先端施設であったが、あまりにも死に関して意直線であったため、その経営には黒い噂が絶えなかったからだ。
 葉子は天馬が医学生であることから桜宮病院に看護ボランティアとして潜入し、取材を命令する。天馬は最初はそれを断っていたが、天馬は以前取材で世話になっていた病院買収関連のやくざの結城に麻雀で負け、借金の形にその取材をやらざるを得なくなる。結城は舎弟の立花善次が桜宮病院で行方不明になっているので探してほしいと依頼してきたのだ。

 天馬は桜宮病院に潜入するが、そこのドジな看護師の姫宮のおかげで骨折をしてしまい、しかもやけどまで負わされ、この桜宮病院に入院することとなる。そして皮膚科の医師として東城大学からあの白鳥が派遣され、天馬と白鳥、姫宮(白鳥の部下で先に桜宮病院に看護師として潜入していた)が桜宮病院の内情を探る。
 この病院はもともと軍の施設として建てられため、その異様さと次々と危篤状態に陥る患者たちが運ばれる螺鈿で飾られた病室が恐ろしさを増長していく。なぜここの患者は短期間の間に次々と死んでいくのか?立花善次はどこにいるのか?殺されたとすればなぜか?立花と桜宮病院との関係は?さらに立花は天馬とも深い関わりがあったことがわかってくる。
 今回は謎解きと恐ろしさがうまく話として構成されていたと思う。


評価
★★★


書誌
書名:螺鈿迷宮
著者:海堂 尊
ISBN:9784048737395 (4048737392)
出版社:角川書店 (2006-11-30出版)
版型:389p 19cm(B6)
販売価:1,680円(税込) (本体価:1,600円)

2007年04月16日

北尾トロ著『裁判長!これで執行猶予は甘くないすか』

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 この本新聞広告で見て購入した。最初、ほほ~、トロさんの本が文藝春秋からでるのかぁとちょっと感心しちゃった。まぁ、この本の第一弾が文春文庫から出て、今でも売れているというし、しかも最近はトロさんの本に刺激されてか、こうした裁判ウオッチャーによる裁判傍聴録がいくつも本屋さんで並んでいるから、関心が高いのだろう。特に近々裁判員制度が施行されるから余計なのかもしれない。だから第二弾となれば文春から出ても不思議じゃないが・・・。

 それはそれでいいのだけれど、どうも今回は大笑いできなかった。第二弾ともなると、いささか食傷気味だ。むしろ国民の血税を使って、こんな奴たちの裁判を永遠とやっているのかと思うと、いくら人権擁護のためとはいえ、いい加減にしろと言いたくなっちゃう。
 確かにトロさんの傍聴記は笑えるのだけれど、どこか素直に笑えなくなってきて、引きつった感じが残ってしまった。とにかく呆れちゃうのだ。
 たとえばワイドショーでメジャーな事件もここでは傍聴されているが、いくつか書いてみたい。

 東京駅のコンビニ店長刺殺事件をご存じかと思う。この犯人の小松(仮名)が東京拘置所内で、「有名人の小松です」、「サインでもしましょうか」と自己紹介をしたという。そこで一緒になった奴が証人として出廷した。こいつ小松とも文通していたらしく、そこで小松が事件を反省していないから義憤にかられて、その手紙を「週刊現代」に公表したという。
 これに対して弁護側は「週刊現代」からいくら報酬をもらったのかと質問する。10万だと最初はいうのだが、それだけかと聞き返されると、もう10万もらったという。トロさんは「人間として許せないという義憤から告発したにしては、20万はもらいすぎかも」と思った瞬間、弁護側は手紙を公開した大きな理由は、お金が欲しかったからじゃないのと聞かれれば、この証人あっさりと認めてしまう。ここで弁護側に流れが傾き始めたのに、ミスを犯してしまう。それじゃどれほど無反省だったのか証人に聞いて、パチンコの海物語がやりたといっていたという証言を引き出してしまう。パチンコの具体的な機種を言わせちゃったから、犯人の小松がいかに無反省だったか、それを証明してしまった。つまり弁護にならなかった訳だ。

 またスーパーフリー事件というのもあった。その事件の被告が、検察にスーパーフリーから抜けて、再度大学受験をして、また戻ったことを聞かれると、答えた言葉が「また、いい思いをしたいなあと」思ったからと答える。(呆れる)そして「無理打ちとは泥酔状態女をマワすことで、和み打ちはまだ意識があって嫌がっていない状態でマワすことだ」と仲間内で使われる言葉の説明をいけしゃあしゃあと説明する。その上「意識がないと反応がなく、死体みたいで気持ち悪いのでヤリません」と馬鹿丸出しで言うのである。一流大学の学生がである。こんな奴一生刑務所から出しちゃあかん!しかもここには後日談が書かれていて、この被告の親は600万円の示談金を出したそうである。子も子なら、親も親である。

 もう一つ。法の華の福原法源のお言葉である。信者に自分の著作を最低3冊は読めと言ったそうなのだが、検察が自著が100冊近くあるけど、これ全部自分で書いたのかと聞かれれば、すべてゴーストライターが書いたと平気で言っちゃうし、それでもあなたの著作というのだからチェックぐらいするでしょうと質問されれば、1回も目を通したことがない。何故なら本を読むと眠くなるからと言うのだ。これを聞いた信者はどう思ったのだろうか?どちらかといえばそっちの方が気になる。

 ということで、ワイドショーで放送されない「その後」をこの本で知ることが出来るけれど、こんな被告を告発する検察も大変だ。
 また弁護人にしても、たとえば自転車籠に置き忘れられたバッグを盗むのを一部終始警官に見られているにもかかわらず、自分は交番に届けようとしていたのだから無実だと言い張る前科7犯の窃盗常習犯の裁判。犯人はどんどん交番から遠ざかっていたのに、平気で無実を主張する。これを弁護するのも大変だ。結局弁護人が言った言葉は「被告人の行為は怪しいかもしれませんが、大きく迂回しながら交番に向かおうとしていたにすぎず、無罪です」である。トロさんじゃないが「くはは。どんな回り道だよ。いくら代理人の立場でも、しゃべっていて恥ずかしくないのかね」と言いたくなる。
 裁判官も検察も、弁護士も、そして被告も被害者もみんな人間なのである。だから喜劇も悲劇も生まれるのだ。

 どこかのブログでトロさんの裁判傍聴記を不謹慎だと断罪し、かなりの不快感を示していたのがあったけれど、この人にとって裁判は神聖なものでなければならないのだろう。法というルールに沿って、きちんと判決が行われるものだという頭があるように思える。裁判官が判決を法に沿って下しているのだから、それは法治国家である以上絶対だという意識があるように思えてならない。
 でも、時に判決がおかしいんじゃないの?と思えることがある。世間の感情からかなりかけ離れた判決が下されるのは、法重視が生んだものだからである。
 もちろんきちんとした定規は必要である。だけどよく考えてみれば、法を作ったのも人間である。そして裁判官も人間、検察、弁護人も、そして被告、被害者傍聴者も人間なのである。そこには人間であるという幅というか、曖昧さ、言ってみれば感情がどうしても伴うはずである。だからそれに訴えてそれぞれの立場の人間が自己主張するのだ。その上で判断が下される。被告をどう思うかから始まって、それは法に照らし合わせれば、こうした判決になるというのが裁判の過程だろう。だったらトロさんが傍聴で感じたことが、不謹慎だと断罪できない。トロさんは裁判を傍聴して、感じたことを書いているだけのことだから、ある意味裁判に個人的ではあるけれど、参加していることになるのではないだろうか?私に言わせれば第三者が正義面している方が偽善者っぽい。

評価
★★★


書誌
書名:裁判長!これで執行猶予は甘くないすか
著者:北尾トロ
ISBN:9784163675602 (4163675604)
出版社:文藝春秋 2007/04出版
版型:19cm 236p
販売価:1,100円(税込) (本体価:1,048円)

2007年02月21日

紀田順一郎著『内容見本に見る出版昭和史』

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 内容見本とは、出版社の企画本、あるいは全集の内容、特色などを記したもので、我々はどちらかといえばパンフレットと呼んでいた。こうした本は定価が高額になるので、買う側も一大決心が必要だが、作る側も膨大なコストをかけて、時には社運をかけて企画、発行する。だから当たれば、それまで左前だった会社が、立ち直ったり、あるいはつぶれてしまったりすることもある。だからこうした内容見本には当然力を入れるのだろう。ここに紹介されている内容見本はそうした意気込みが感じられるものが多い。ページ数も多いし、紹介文もちょっとしたアジテーゼ的な過激な文章のオンパレードである。
 しかし最近はそんな内容見本はあまり見かけないのではなかろうか?我々がパンフレットと呼んでしまうくらいだから、ほんと見開きだけのものが多いような気がする。どちらかといえば、現物見本や束見本(本の厚さ、紙、表紙など どんな感じになるのかをつかむためのもので、 中身は数ページ印刷されているが、後は白紙の状態で製本されたもの)を見せて、直接ビジュアル的にアピールするのが多かった。
 話は自分の体験になっちゃうのだけど、その昔講談社から『日本の天然記念物』というシリーズ本が出版されたのだが、これを拡販するため、パンフレットを持って、朝、秋葉原の駅前で問屋のやつと配ったことがある。その惨めさが今も甦る。今にして思えば、朝みんな急いでいるときにそんな訳の分からないパンフレットなど受け取るわけがないのに、反応が鈍いことを嘆いていた。前日から用意したパンフレットに自分の店のゴム印を押して準備したのに、予約が取れたのはたった1セットのみ。しかもその1セットはパンフレット一緒に配った問屋のヤツが買ったものだ。だいたい数を配ればいいというくらいの効率の悪さでは宣伝効果あるようには思えないのだ。

 というくらい、出版物の内容見本なんて、興味のないヤツには無用の長物のなにものでもない。お店でもよく出版情報と一緒に送られてくることがあるが、ほとんど捨ててしまう。
 もちろん中には興味を持ってくれるお客さんもいるわけで、そういうお客さんは内容見本を注文される。そんなお客さんは定期購読に結びつく可能性は大きいので、せっせと注文書を書いたものだ。

 こうした企画本や全集は豪華で重厚な装丁が施されている。出版社の側でも社運をかけているから、ぞんざいなもの作れない。当然外観も凝ったものが作られる。だから内容見本の中身に、「瀟洒な新式の装幀で書斎の一美観」(大正14年に発売された改造社の円本(1冊1円)である『現代日本文学全集』)や、「書架に重量感をもたらす豪華造本」(河出書房の『世界思想教養全書』)と付け加えられる。要するにこれらの全集や企画本は、成金趣味の人にはどれどれと思わせるところがある。

 また思い出したのでけど、昔本屋でアルバイトを始めた頃、様々な全集を定期購読している人がいて、発売されるたびに、配達していた。購読者はここの社長さんらしく、いつも秘書の人が受け取ってくれた。ある時いつもの人がいなくて、知らない人が受け取ってくれたのだが、その人が言った一言が今でも記憶に残っている。「まったく、こんなに全集を買ってどうすんだろう?ただの飾りだろう!」とぼそっと言ったのだ。言われてみればそうかもしれない。社長室の書棚に仰々しく飾っておくにはいいかもしれない全集だなと思ったものだ。内容見本が作られる本はステイタスシンボルにもなる。

 それにしても企画本や全集が本当に数多く出版されてきたんだなぁと思っちゃう。出版社も大した特色もなく似たようなものを出し続けてきたのだ思った次第だ。そのなれの果てが、全集の端本を古本屋の100円均一ワゴンで見かける。まるでこれで買ってくれる人がいなければ、捨てられるのを待っているかのようなたたずまいだ。
 私の好きな夏目漱石の全集はこの本によると没後35種類も出ているらしく、作品集や叢書類を含めると50種類以上になるという。まぁお札にもなるくらいだから人気があるのは分かるが・・・。そういえば岩波書店が経営が悪化すると漱石全集を出すといううわさを聞いたことがあるが(本当かどうか知らないが)、何となく真実味があるように思っちゃうのは私だけだろうか?
(今回は本の内容より思い出話が主流になりました。というのもただ読んでいて、ふ~んと思うだけなので、面白くなっかたからです)


評価
★★


書誌
書名:内容見本にみる出版昭和史
著者:紀田 順一郎
ISBN:9784938463243 (4938463245)
出版社:本の雑誌社 (1992-05-10出版)
版型:301p 19cm(B6 判)
販売価:1,835円(税込) (本体価:1,748円)

2007年02月14日

海堂尊著『ナイチンゲールの沈黙』

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 『チームバチスタ~』の第二弾(二弾なのかなぁ?もう一作新刊が出ていたが・・・。)アマゾンのカスタマーレビューだったか忘れたけど、この白鳥、田口のコンビの二作目を期待していた書き込みがあったが、その要望に応えた訳じゃないだろうけど、この二人が今回も登場する。
 読んでいて、あれ?文章がうまくなっているとまず思った。前作は荒削りで、笑えるのは笑えるのだけど、流れに任せて書かれていた。だからくどさがつきまとったような気がしたのだ。今回はその点抑制がきいていて、読んでいて心地よく、笑いも素直に受け入れられた。
 別に自分のこの拙い文章を棚に上げて偉そうなことを言うつもりは更々ないが、前作と比べて文章に進歩が見られるとうれしくなる。

 さて、今回も不定愁訴外来の田口公平が勤める城東大学医学部付属病院で事件が起こる。その小児科の入院患者の牧村瑞人の父親が殺される。このオヤジ、リストラされてから、借金はするは、酒浸り、虐待と、どうしようもない状態で、殺されても仕方がないのだが、その殺され方が、まるで解剖でもされたような殺され方であった。
 その事件担当が厚生労働大臣官房秘書課付技官・医療過誤死関連中立的第三者機関設置推進準備室長(まったく何と長い役職なんだ!こんなの名刺に収まるのだろうか?)の白鳥圭輔の大学時代のポン友加納達也であった。加納は最新のデジタル技術を駆使して、殺人現場をパソコンで再現して、犯人を追う。まぁそれはそれでいいし、実際の捜査では多分使われているだろうと推測するが、でも小説としてこれをやられると面白くなくなる。
 つまり、こうしてデータを駆使して、パソコンの画面で再現され、そこのデータから犯人が誰であるか、その確率を算出し、そのデータに合致、もしくはそれに近い数値(たとえば身長とか、年齢、性別とか)の人間が犯人だとしてしまうと、もうそれだけで話が終わってしまい、面白くも何ともない状態になってしまう。これからの推理(警察)小説はリアルに描こうとすれば、多分こうした最新技術による謎解きと、小説の面白さをどう共存させていくか、大変なことになっていくのだろうと、この本を読んでいてそう思った。
 幸い田口や白鳥、加納のキャラクターが面白いので、何とかこの本は面白味を保っている。ただ前作同様、特殊な状況、非現実的、あるいは納得しがたいところで話の落ちがあるので、イマイチな感じになってしまう。


評価
★★★


書誌
書名:ナイチンゲールの沈黙
著者:海堂 尊
ISBN:9784796654753 (4796654755)
出版社:宝島社 (2006-10-21出版)
版型:413p 19cm(B6)
販売価:1,680円(税込) (本体価:1,600円)

2007年02月03日

北尾トロ著『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』

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 これでトロさんの最後の本。しかしこれは最高に面白かった。回を重ねるたびに面白くなってきて、今回は本当にのびのびと書いているから、大笑いできた。この本のコンセプトは次の通り。
 日常生活のなかに「やってみたいけど、ちょっと勇気がいる」、「ついためらってしまう」些細で微妙な、ほとんどどうでもいいことで、やってやれないことはないが、少々度胸がいり、恥ずかしさに打ち勝たなければならないことを、今回やってみようということなのである。だから普通やらない。けれどどこかでやってみたいという願望がある。そういったことを今回トロさん自身がやってみようというわけである。
 具体的には、知らないオヤジに話しかけ飲みに誘う。ゴールデンウィークのお台場で孤独な男たちと人生を語り合いたい。公園で子供たちと遊びたい。電車でマナーの悪い乗客をしかりとばす。激マズそば屋でまずいと言う。馬券売り場のベンチを陣取るオヤジに着席権を主張する。ちょい知り他人に「鼻毛が出てますよ」と言う。皐月賞に30万円1点買いをして、JRAの封印付きの札束を手にする。人前で自作の詩を朗読する。就職活動をする。高校時代好きだった女の子に今になって好きだという。母親の恋愛時代の話を聞く。高校時代イジメた担任教師に謝るなどである。
 最初の2つは、確かに急に見も知らぬヤツが近寄って話しかけたら、そりゃあ警戒するわなと思うから、トロさんに話しかけられた側の態度は、怪訝な顔をして当然無視する。これは私もそうだろう。腹の中では「なんだこのオヤジ?」と思うはずだ。まず知らない人間が話しかけてくるなんてシチュエーションは想定していないからだ。
 大人が子供と遊びたいというのも難しい。確かに子供と遊ぶのって楽しい。昔息子が小学校の頃、一緒にバトミントンをやっていて、そこに息子の友達が来て、一緒に遊んだときことを思い出すと結構楽しかった。トロさんの気持ちはよく分かるが、今の時代変なヤツが多いから、子供の方も親や学校で嫌というほど注意されているはずだ。そんなオヤジが来たら充分警戒するだろう。そうそうつきあってくれるわけがない。まずは自分が変なおじさんでないことを相手に分かってもらう努力をしないといけない。それがなかなか難しい。何度か失敗し、やっとの思いで三角ベースの野球に参加させてもらっている。
 電車の中でのマナーの悪さは深刻だ。トロさんが遭遇したのはロン毛のあんちゃんたちで、携帯電話で大声で話すは、足を組んでそのかかとが当たるは、最悪である。トロさんもそうだし、その他の乗客も苦々しく感じている。注意したいけどつるんでいる奴らから逆ギレされるんじゃないかとか、いろいろ考えてしまう。怒りたい。怒らねばならぬとものすごい葛藤である。そして我慢ができなくなって「いいかげんにしろ!」と怒る。怒られた側は最初きょとんし、文句を言いつつ、静かになり、携帯をやめる。
 嫌だったのはこの後である。トロさんが電車を降りようとしたとき、このロン毛たちがトロさんを腹いせに押したのである。当然トロさんは前に手をついて倒れる。電車はそのまま駅を出る。そのとき電車の中の乗客たちがトロさんを見て、笑っているのである。さも余計なことをしたからそうなったんだといった感じで。マナーの悪い乗客より、こちらの方がたちが悪い。たぶんこれが現実なんだろう。
 近所のそば屋は夜遅くまでやっていて便利なのだけど、激マズの店である。そこでここは一発言ってやらねばと思い、悩むのだが、なかなか言えない。そりゃぁそうだ。まずいと思ったら、次から行かなければいいのだ。で、やっとの思いでトロさんが言った言葉は「味が濃すぎませんか」、「もう少しなんというか、食べやすい味にしてもらえば、ありがたいというか」である。まぁそんなもんだろう。お金を払っているのは客であるトロさんなんだからもっと言えるはずだけど、やっぱりここまでだろう。むしろよく言った方である。
 相手のことを考えたりすると言っていいはずのことが、言えないのである。電車の中で「ブラのひもが見えていますよ」も言えない。言えばトロさんが言うように「このエロオヤジ」とあらぬ誤解をされかねないからである。笑ったのは次である。
「でも、まだブラはいい。夏になると、もっと絶望的な状況にブチあたるのだ。
 腋毛の剃り残しである。何日か手入れを怠っているうちにプチプチ伸びてきた腋毛。ノースリーブを着た相手はまったく気づかずに髪をかきあげたりしている。その一瞬を見逃さず、剃り残しを発見してしまったオレの目のバカバカ。
 言えん。絶対、無理だ。そして、その結果、彼女はヘタすりゃオフィスや通勤電車内で、男どもの好色な視線を浴び続けることになるのである」
 同姓の友達同士なら、それは指摘しあうのだろう。友達なら言える範囲がぐ~んと広くなってくるからだ。でも男同士でも、前にいる男の鼻毛が出ていること気になっても、やっぱり「鼻毛が出てますよ」なんて言えない。それを指摘された人はものすごいショックだろうと思うからだ。まぁ気になってもやり過ごすのが無難と言うことになっちゃうわけだ。
 とにかくどうしてこんなことを思うのかあきれちゃうのだけど、それが面白い。人前で自作の詩を読むというもの。
「これはたまりませんよ。自分がそれをやると考えただけで赤面っス。
 だってさあ、詩だよ。詩人の方々には申し訳ない、悪意などないんだけど、個人的には、これほど人に言いづらい職業は珍しいと思う。たとえば女のコに尋ねられたらどうするんだ。
『何をやっている人ですか?』
『詩人です』
『は?』
『詩人なんです』
『は、はぁ・・・・詩人さんですか』
 変わり者だと思われても女のコを責めるのは酷な気がする。だいたい職業を聞かれてためらいもなく『詩人』と答えるだけで、いまの日本では相当の開き直り、ガッツというものを要するのではないか」
 これは言えてる。もし私が相手の職業を何らかの理由で尋ねることがあって、尋ねたら「詩人」ですと答えられたら、次の言葉が出てこないと思う。
 でトロさんは自作の詩を披露するのである。これがまたよくわからない詩なのだが、それでも、詩を作り、披露することに一時はやみつきになってしまうあたりが面白い。
 長くなっちゃったけど、最後にもう一つ。トロさんが高校時代好きだった女の子(もう主婦で子供もいる)を何とか探し当て、高校時代好きだったことを告白するというもの。 再会して話しているうちに、もうかなり昔のことだから、割とさらりと言える。ところがその人からも「私も好きだった」と言われてしまう。そこから様々な妄想が始まる。もしあの夏好きだと言っていたら、自分の人生はどうなっただろうかといった感じで。問題は次の文章である。
「ぼくたちは、それからも精力的に話をした。外はとっぷり暮れてきて、あとわずかで夜に突入する。食事に誘うのが礼儀だろうか。いやいや。やめておこう。いまのテンションで食事なんかしたら、頭の中が17歳になったぼくは何をしでかすかわかりゃしない。クラス会などで再会した分別ある男女が、盛り上がって思わず不倫してしまうのは、きっとこんな状態のときだと思う。夢を見ている感覚なのだ。
 ぼくは吉野さんと不倫したいのか自問してみたけど、答えはノーだった。きれい事を言うわけじゃないけど、ぼくは彼女が幸せそうで満足なのだ」
 クラス会の後の不倫の過程は笑っちゃうが、後半は文章的にトロさんらしくない。でもこれはきっと本音なんだろうと思う。常識人なのだきっと。トロさんは・・・。


評価
★★★★


書誌
書名:キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか
著者:北尾 トロ
ISBN:9784344407992 (4344407997)
出版社:幻冬舎 (2006-06-10出版) 幻冬舎文庫
版型:307p 15cm(A6)
販売価:630円(税込) (本体価:600円)

2007年02月01日

北尾トロ著『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』

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 トロさんの本第三弾。この本以前持っていたはずなのに、探したのに私の本棚にない。で、仕方がないので、文庫本を買った。前作と比べこれは面白かった。

 この本は、トロさんが裁判所ウォッチャーとなって、大事件からこそ泥、詐欺、わいせつ事件、あるいは離婚訴訟などの裁判を傍聴したルポである。被告にとってみれば、死刑と無期では雲泥の差があるし、執行猶予がつくかつかないかでも同様であるから、それこそ必死に自分が犯した罪に対して、裁判官に様々な手段で訴えかける。それこそ人生がかかっているわけだから必死である。それが言い過ぎや嘘など、無理があるものだから、ほころびが出てしまい、逆に墓穴を掘ることになってしまう。
 そして裁判で人生をかけているのは被告人だけじゃない。検察、弁護人も同様である。検察も傍聴者(トロさんはギャラリーといっている)多ければ、俄然張り切っちゃうようだし、弁護人も、国選になれば裁判1日につきいくらとなので、やたら裁判を引き延ばしたりするらしい。被害者の側からすれば、そんないい加減なことをやられたんじゃかなわないけど、裁判官も検察も弁護人も人間である。毎日いくつもの裁判があり、それにいくつも立ち合うのだから、中にはだれてしまうことだってあるだろうし、それこそ人間の見たくない部分をあからさまに見てしまう訳だから、いい加減嫌になっちゃうのではないか。検察がいう秋霜烈日なんて、いつも持っていられるものじゃないのかもしれない。(そうでないことを祈りたいのだが・・・)
 それでもやっぱりここに出てくる被告人が面白い。通常我々は裁判に関わることはないから(これから先は違うようだが・・・)、事件の裁判が報道されれば、それに基づいて、どうしても被害者側に立って、判決を聞く。もしかしたら自分も加害者や犯罪者になる可能性があるにもかかわらず、そんなことは考えず、逆に自分が被害者になってしまう方を怖れ、もし自分が被害者の立場に立ったらと思うと、どうしても被害者の側でものを見るのである。だから厳罰を望むのだ。もちろんそれはそれでいいのだけど、加害者である被告はそうではない。特にじたばたする被告は、何とか厳罰から逃れたいから必死だ。けれどやっちゃうんですね。やりすぎちゃうんですね。嘘や涙、心にもない反省が、逆に検察や裁判官につかれちゃう。あるいはギャラリーであるトロさんに「こいつ絶対にやっている」、「またやるよ」と思わせたりする。
 笑ったのは、交通事故の裁判で、被告人は「申し訳ない」と言っているのだが、その被告人、右腕と背中に白抜きのドクロマークの入った黒のトレーナー着て、そう謝っているのである。トロさんは言う。「単なる傍聴人でさえ目を疑うデザイン。検察や裁判官が気がつかないはずがない。何も考えず、いつもの服を着ただけですってのは通らんよ。それはキミの事情。世間はそうは見ない。いくらうなだれていようとドクロ男。この服を選んでしまうデリカシーのなさに、事件に対する姿勢を嗅ぎ取ってしまうのだ。遺族の神経を逆なでしているとしか思えない」と。どこか間が抜けてしまうのだ。
 被告人になるヤツにはキャラクター好きが多いらしく、傷害致死で訴えられた男が、背中に笑顔のミッキーマウスがポーズを決めている白のスエットを着て証言台に立って、自分はやっていない言っている。トロさんはそれだけで嘘っぽい。自分が裁判官だったらミッキーの分は刑期が延びる。半年は追加したい。と言っているのも笑った。
 これらを読むと、ああ、やっちゃったぁ!と言いたくなる。そういえば最近同じ感想を持った。今話題の厚労大臣の「女性は子供を産む機械だ」という発言だ。社民党の議員が目くじらたてて言っているように、大臣が普段から女性蔑視の考えを持っているから、本音が出たと言っているけれど、果たしてその通りなのか、真相は本人しか分からない。けれどたとえ話であっても、これはしゃれにならない。このとき私は「ああ、言っちゃった!」と思ったのだ。別に大臣を擁護するつもりはないが、これなんかもある意味過剰な演出がそういわせたのではないかと思うのだが、どうだろうか・・・。人口統計を説明するにあたり、女性を子供を産む機械にたとえればきっと分かりやすいに違いないと思っちゃったんだろう。もしかしたらなかなかいい発想じゃないかなんて思ったかもしれない。もちろんちょっと考えれば、言っていい例えではないことなのだが、舞い上がっちゃったでしょうね。

 このように裁判はそこにいる人たちの人生を凝縮しているから、悲劇、喜劇、残酷、無慈悲、敗北等を垣間見せてくれる。それがトロさんみたいな裁判所ウォッチャーには不謹慎に見えてもたまらないのだろう。
 最初は裁判の傍聴がどういうものか、手探りで模索するのだが、慣れてくるとエスカレートしていき、もっと面白い事件はないものかとか、自分の興味のある裁判がどこかでやっていないかと探し回る。そしてそれに当たると、トロさんも俄然盛り上がって、検察や弁護人、あるいは裁判官のやりとりに茶々を入れていく。それが面白い。得てして裁判というのは堅苦しいもののように感じてしまうが、一方でこうした面もあることを思い知らされる。
 ところで、トロさんによると、裁判所は大人の美女の宝庫だという。その人たちを見てしまうと、渋谷なんぞションベンくさいらしい。
「女裁判官や弁護士のレベルの高さには唸ってしまうわけでして。みんな賢そうで、知性っつうものが感じられるのだ。日焼けなんか絶対にしていないし、薄化粧で髪型もセミロングとかロングを無造作に束ねただけ。ごまかしはきかないシチュエーションで発揮される美。これぞ本物だと思いませんか皆さん!
 驚いたことに検察官まで美形がいる。もう、唇が薄くて、ニコリともせず被告を追及。まさに研ぎ澄まされたナイフって感じよ。身なりは地味なのだが、白いブラウスなんかボタン2つハズレているだけでもドキドキだ」
 分かるような気もするが、これってトロさんのコンプレックスからくるもんじゃないかなんて、思っちゃうけど。
 

評価
★★★

書誌
書名:裁判長!ここは懲役4年でどうすか
著者:北尾 トロ
ISBN:9784167679965 (4167679965)
出版社:文藝春秋 (2006-07-10出版) 文春文庫
版型:333p 15cm(A6)
販売価:660円(税込) (本体価:629円)

2007年01月27日

北尾トロ著『危ないお仕事!』

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 同じトロさんの本(これも新潮文庫)である。前回の『怪しいお仕事!』同様怪しげな職業、特にスポーツ新聞の求人広告などに載る怪しげな職業のルポであるが、割と最近の怪しい仕事をなされている人たちをルポしている。『怪しいお仕事!』ではパソ通なんていうものすごい懐かしい言葉があったけど、今回はインターネットにその部分が変わっているところを見ても、時代の流れを感じる。
 それにしても怪しい、あるいは危ない仕事というのは、我々のまわりにはあるようで、読んでいると、おいおいと言いたくなってしまう。ここに書くのもはばかれる仕事も、こんなことが成りたつんだと思ってしまった。
 面白かったのは、「人呼んで、裏人形師-ダッチワイフ製造業者」かな?この人元々は工業用の動力電動機や分ばん器(何なのかよく分からないが)を作っていたらしく、たまたまダッチワイフの素材に適したスポンジに出会った。そこからダッチワイフの製造業者に転向したらしい。しかしたとえ素晴らしい?スポンジに出会ったとしても、それで新しい素材のダッチワイフを作ろうなんて普通思うか?この発想の転換は普通の人じゃ出来ない。この人、奇人だよな、やっぱり。
 まずは研究用に既存のものを取り寄せ、どれもこれもいい加減で、口を開けてたり全然ソノ気になれなかったという。で、「さちこ16歳」「みちこ16歳」、「幼いあいこ」なんていう怪しげな名前のダッチワイフを作り、ヒットした。
 問題はどうして16歳や幼い子なのかである。「さちこ16歳」の設定サイズは身長152、バスト80A、ウエスト56、ヒップ56なのだそうだ。こうなったのは、運送コスト、材料の削減を考えたら、これ以上大きな女性をモデルにすると、かなりかかってしまうから、こういう設定になったという。しかもそれまでのダッチワイフは目を開けているらしく、これだとソノ気にもなれないと思うし、目を作る制作コストを考えたら、目をつぶらせた方が安く上がるから、そうしたという。変なところに経済観念が働いている。
 16歳にも意味があって、16歳は高校一年で、これを中学生にしてしまうと後ろめたさが出てしまうから、こうなったという。これには大笑いした。これらの人形には、自分で化粧も出来るらしく、下着や陰毛のオプションもあるらしい。まったくどういう世界なのだ!いささか呆れてしまった。
 それ以外は前回同様、虚しさだけが残っただけであった。

評価

★★

書誌
書名:危ないお仕事!
著者:北尾 トロ
ISBN:9784101282527 (4101282528)
出版社:新潮社 (2006-06-01出版) 新潮文庫
版型:290p 15cm(A6)
販売価:499円(税込) (本体価:476円)

2007年01月19日

北尾トロ著『怪しいお仕事!』

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 私がトロさんをネットの古本屋さんとして初めて知った。その関係のトロさんの本を2冊読んでいる。それらの本を読んでトロさんの経歴を知り、本業がルポライターであることを知った。しかもちょっと変わったテーマを追うライターだと知った。で、ちょっと読んでみたいと思い、トロさんの著作4冊を文庫本で購入した。今回その第一弾だ。
 この本(新潮文庫)の親本は多分昔あった三才ブックスの「裏モノ」シリーズの1冊じゃないかと思う。(確信はないが・・・)
 人には他人には言えない趣味や欲望があって、それを逆さにとって商売にしている人たちがいる。当然公に出来ないから、裏家業となる。その分リスクは大きいけど、儲けも大きい。ハイリスク、ハイリターンってやつだ。
 この本はそうした怪しい職業?で生計を立てている人達を追っている。悪徳興信所、競馬予想会社、競馬の予想屋、カギ師、野球賭博師、幽霊ライター、「車で融資」の金融業者、お寺売買のコーディネーター、ポーカー賭博屋、ヌード撮影の仕掛人、必殺掲示人、寝室覗き屋である。これらの裏職業の実態を読んでいると、人生の裏を垣間見られる。触れられたくないところを見てしまうので、大きな儲けともなる。またやりようによっては悪徳業者にもなれる。まっとうな人間がする商売ではないけど、こういう人たちを必要とするかたぎの人間もいるから、こうした虚業が成りたつわけだ。けれど下手をすれば手が後ろに回る商売でもある。
 だから競馬の予想屋が言っているが、「悪いことを長いこと続けている人間ならわかることだけど、悪いことって腹八分でやめないと必ずパクられたり痛い目に遭うことになるんだ。腹一杯まで欲張ったヤツって、みんな消えているしね」とどこが潮時か分かっているところが面白い。というより、どこか虚しさが漂っていて、しかもこうした家業に就いていると神経がずたずたになるのか、引き時をいつも考えているようにも思えた。読む方へぇ~と思うより、虚しさだけが残っただけであった。

評価
★★

書誌
書名:怪しいお仕事!
著者:北尾 トロ
ISBN:9784101282510 (410128251X)
出版社:新潮社 (2006-04-01出版) 新潮文庫
版型:286p 15cm(A6)
販売価:499円(税込) (本体価:476円)

2006年11月22日

小路幸也著『東京バンドワゴン』

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 気になって買った本の第一弾である。書店員が主人公になった本ということで買ってきた1冊である。しかしこの本(集英社刊)の舞台はとある下町の築70年以上にもなる日本家屋の「東京バンドワゴン」という名の古本屋である。そこで繰り広げられる人情物のドタバタ劇である。読んでいてこれは昔テレビでやっていたホームドラマと同じだなと思った。舞台を古本屋にしただけのことであった。ミステリー仕立てにはなっているが、殺人事件があるわけではなく、ほんわかとしたものとなっている。でもこういうのもありかななんて思った。
 私は古本や古本屋を舞台にしたミステリーが好きなのだが、こういうのはだいたいがマニアックな部分が、事件を生むストーリーとなる。しかしこの本では、古本が事件を生むのではなく、人が背負ってきたものが、ちょっとした出来事になり、たまたま「東京バンドワゴン」という古本屋自体がスパイスになって、この古本屋の非日常的出来事を解決してくれるといった感じだ。
 人物的には古本屋の親父である堀田勘一とその息子である伝説のロッカー我南人(がなと)がいい味を出している。

 この本の最後に「あの頃、たくさんの涙と笑いをお茶の間に届けてくれたテレビドラマへ」と書かれているところを見ると、そういう意図で書かれたものと推察する。そういえば最近あの頃ような大家族で繰り広げられるドラマというのが少なくなった。(もっともテレビのドラマなんて最近見ないけど・・・)核家族化が進んで、親子三代一緒に暮らすなんて今時流行らないのだろう。だからもしかしたら下町にはそういう雰囲気が残っている可能性が大きいから、そこに舞台を設定したのかもしれない。そしてこういう雰囲気が懐かしく感じられ、それが共感を呼ぶのだろう。不思議なもので、本屋関係者はこういうのが好きで、だから「本の雑誌」の2006年上半期第4位なんてランクインするのだろう。まぁそれもいいけど・・・。個人的にいって悪くない小説ではあったが・・・。

評価
★★

2006年11月12日

海堂尊著『チーム・バチスタの栄光』

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 患者に対してやってあげられることは、話を聞くだけ。うなずき返すだけという東城大学医学部付属病院の不定愁訴外来、通称愚痴外来の責任者田口公平が病院長から桐生恭一率いるチーム・バチスタ調査を依頼される。バチスタチームが引き続いて3件の術中死亡事故を起こしたのだ。この事故が医療事故なのか、又は手術に伴うリスクなのか、あるいは・・・。とにかく病院にあるリスクマネジメント委員会にかける事故なのか予備調査を依頼されたわけである。
 チーム・バチスタはバチスタ手術を行うスタッフの名称である。そしてバチスタ手術とは拡張型心筋症の手術であって、その方法は「肥大した心臓を切り取り、小さく作り直すという、単純な発想による大胆な手術。余分なものなら取っちまえというラテンのノリ」的手術らしい。手術のリスクは高く成功率は平均6割だという。そんな中でもチーム・バチスタは好成績を残していたのだが・・・。
 田口はチーム・バチスタの調査を受けざるを得なくなり、スタッフ全員から聞き取り調査を始め、手術にも立ち会う。田口が2回目の手術に立ち会ったとき、又術中死亡事故が起こる。
 田口にはそれがどうして起こったのか、その原因すら分からなかった。ただこれはただならぬ事態であることは予感し、直ちにリスクマネジメント委員会にこの事故を上げるべきだと院長に提案する。
 そんな中、厚労省大臣官房秘書課付技官白鳥圭輔が院長の依頼でこの事故の調査に乗り出してきた。白鳥は田口が答えを見いだせない部分を引き継いでいく。調査は白鳥、田口の二人で続けられた。

 白鳥圭輔のキャラは面白いが、私にはこの本(宝島社刊)の主人公の田口公平の内面を描く著者の手法の延長上にあるだけのことだろうと思った。もともと文章は荒削りだ。
 また大学病院の手術室という極めて閉鎖的空間で起こった事故なので、一般的じゃない。トリックの解明も(もうこれで事故が殺人事件だと分かっちゃうけど、ネタバレじゃないよね)非日常的で、専門的にならざるを得ないところが、ある意味推理小説としてはフェアーじゃない。多分こいつだろなぁと予想はつくが、具体的に推理しづらい。
 この本は第四回(つまり昨年の作品)「このミステリーがすごい!」大賞作品である。


評価
★★

2006年11月07日

朽木ゆり子著『フェルメール全点踏破の旅』

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 フェルメールの絵には興味があった。その徹底した写実的な手法や、全体のイメージはそれほど明るいものではないのだが、光が左上から光が注いでいるいる関係で、その光が絵の人物にさりげなくあたり、何となく絵の中の人物たちが神秘的、あるいは崇高に見えるのが気に入っている。光はレンブラントが描く直線的な光はなく、光に柔らかさがあっていい。それはカメラ オブスクーラを使って描かれたからこのような感じが生まれたという。

注)カメラ オブスクーラ(ラテン語で「暗箱の意」)とはドイツの僧侶ヨハン・ツアーンの設計によって木製で携帯型のカメラのことで、これは暗箱の前後の壁に小さな穴を開けることによって景色がその暗箱を通して上下逆に映し出されるという、光学原理を利用したものである。スリガラスのピント面に写った画像の上にトレシングペーパーのような半透明な紙を重ねて、鉛筆で精密にトレスすることによって、像の輪郭をぼかすソフトフォーカスという技法が可能になった。

 フェルメールの作品が少ない。この本(集英社新書)によると、フェルメールの作品は全世界で37枚しかない。フェルメールは寡作な画家であった。この37枚のうち34枚は大筋で本人の作とされているが、「フルートを持つ女」と「聖女プラクセデス」に関してはフェルメールの作品には無理があるといわれているらしい。また「赤い帽子の女」についてもその真作性に疑問を持つ学者が多いという。
 著者によると日本人はフェルメールが大好きらしく、その理由がなるほど思える部分がある。
 つまり西欧の美術にはどうしても日本人にはキリスト教に対する理解力不足という高いハードルがつきまとう。そこに描かれている絵画の中には様々な比喩や逸話がちりばめられているので、絵画に登場する人物を理解するにあたり、神々や聖人、あるいは聖書の物語を理解していないとその絵画自体いったい何をいいたいのか分からない。
 ところがフェルメールの作品にはそうしたややこしさがない。何故ならフェルメールの作品のほとんどが宗教画ではなく、風俗画だから、日本人には受け入れやすいという。そうかもしれないと思う。日常の一風景を描かれていれば、われわれ日本人でも理解しやすい。
 では何故フェルメールはほとんど宗教画を描かず、風俗画を描いたのか。それは彼がオランダで生まれ、そこで一生活動したことによる。当時オランダはスペインのハプスブルグ家から独立し、貴族がほとんどおらず、市民による国家であった。しかもオランダはプロテスタントの国でもあった。プロテスタントはそれまでのカトリック教会の批判から生まれたものであったから、教会内部を聖像や宗教画で飾ることを原則として禁止していた。(だからといってオランダはカトリックを禁止していたわけではなく、認めてはいた)それまでの画家のパトロンはほとんどが教会もしくは貴族であったが、貴族もいないし、教会も画家に宗教画の注文をしない状況であった。そのためフェルメールはいやがうえでも画家として生活する上で宗教画ではなく風俗画を描かざるを得なかったのである。これが彼の作品のほとんどが風俗画である理由であった。
 しかしだからといってフェルメールが完全にキリスト教的要素から解放されていたのだろうかという疑問は残る。ヨーロッパでキリスト教の影響を完全に排除出来るわけがないと思う。私はいくらフェルメールがそうした環境にいても、キリスト教から自由な絵を描いていたとは思えなかった。だから著者の論理にはどこか無理があるのではないかと思っていたが、著者もこの点に関しては、フェルメールの全作品を鑑賞してから、これは違うのではないかと思い始める。著者は最後に次のように言う。
「そんな絵がなぜ心を癒す力を持っているのだろうか。というよりも、なぜフェルメールの描く単身女性の立ち姿が崇高さと力強さに満ちている、と感じるのだろうか。もしかしたらそれは、フェルメールの持っていた美しさへの希求心が、宗教的なものを基盤としていたからかもしれない。(略)
 この旅を終えて、三十三枚のフェルメールとその他多くの絵を見終わった結論としていえるのは、信仰の種類が何であろうと、何が自分よりずっとレベルの高い存在を認め、それに対して技術を尽くして捧げるように作った芸術品には存在としての強さがあるということだ。そしてその強さと深さは、時代を超え、宗教を超えて、見る人の心を揺さぶる」と。
 多分これが正しい答えのように私にも思える。

 さて、著者はフェルメールの絵を全点見るために、ベルリン、ドレスデン、ブラウンシュバイク、ウィーン、デルフト、アムステルダム、ハーグ、ロッテルダム、ロンドン、パリ、エジンバラ、ワシントン、フィラデルフィア、ニューヨークの美術館を訪ねる。もうそれだけでもうらやましいと思ってしまうが、ちょっとした美術館ガイドにもなりそうだ。
 個人的には「窓辺で手紙を読む女」と、「真珠の首飾り」、「青衣の女」が好きだ。


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      「窓辺で手紙を読む女」

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          「真珠の首飾り」

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           「青衣の女」

 これら三作はすべて女性がすくっと立って光が左側から当たって人物を照らしている。特に「窓辺で手紙を読む女」の絵の説明は興味深かった。X線でこの絵を調べてみると、画面中央にキューピッドが描かれていたらしい。多分キューピッドを描くことで、この手紙がラブレターだと分からせようとしたのだろうが、フェルメールはそれを消してしまった。そんな余計なことをしないでも、彼女が読む手紙がラブレターであると、見る側に訴えてくる。
 それは素人が見ても、キューピッドを消すことで奥行きがでて、絵がシンプルになり、かえって手紙を読む女性を際立たせることになる。絵を見るものは彼女の表情、仕草から、この手紙がどんな種類の手紙なのか必然的探ってしまう。その結果、手紙は恋人から手紙だろうと想像するのである。
 「真珠の首飾り」にしても「青衣の女」にしても、本当にシンプルだ。余計な飾りを捨て去ることで、かえって絵から様々な表情を読み取り、登場人物の内面を探ろうとしてしまう。フェルメールは引き算をすることで、絵をシンプルにし、見る側に内面を様々な形で訴えていくのだ。やっぱりごてごてした絵よりこうした絵を見る方が心が癒される。

 この新書はヴィジュアル版として全編カラーで、フェルメールの絵を紹介している。が、如何せん新書という制約があるため、いくら絵がカラーで収録されていても、やはり絵が小さすぎる。絵の説明を読んで、収録されている絵を眺めても、よく分からない部分が出てきてしまう。これではらちがあかないので、画集でも引っ張り出そうと思ってみてみたら、私はフェルメールの画集を持っていなかった。(てっきり持っていると思ったのだが・・・)
 で、仕方がないので2000年5月号の芸術新潮に「フェルメールあるオランダ画家の真実」という特集があったので、それを取りだしてこの新書のかたわらに置いて絵を見ていた。


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 確かこの特集号は読んだはずなのだが、ほとんど忘れちゃっていて、再度読むことにした。


評価
★★★

2006年08月10日

久坂部羊著『無痛』

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 話しはこの本と関係ないところから始めたい。まだ岩本町店があった時、その店で書籍の仕入の手伝いを始めた頃だったと思う。久坂部羊さんの新刊『破裂』がたまたま神田村の問屋に3冊あった。私は久坂部羊さんがどんな作家なのかも知らなかったし、どんなジャンルの本を書かれているのかさえ知らなかった。
 でも、本の奥付を見て、これは新刊だなと判断した。しかもこの出版社の新刊は問屋からの配本がないことも知っていたので、その3冊を仕入、店頭に並べた。
 翌日の新聞広告に久坂部羊さんのこの本が載った。さっそくお客さんからこの本の在庫を聞かれ、他のスタッフはこの出版社の配本がないことを知っていたので、在庫がないことを詫びていたのを聞いて、私は在庫があることを伝えた。その後そのスタッフは私の仕入能力をほめてくれたので、我ながら有頂天になったのを覚えている。もちろん残りの2冊もすぐ売れてしまった。

 というわけで、この久坂部羊さんの著作は気になっていたのだが、今回初めて久坂部羊さんの新刊を読んだ。多少猟奇趣味的なところがあるが、読んでみて面白かった。

 神戸市内閑静な住宅街で一家四人の残虐殺害事件起こった。凶器は2本のハンマーであった。被害者はこの家の主人である石川昭次、妻の彰子、5歳の長女舞、3歳の長男公平であった。昭次の致命傷は脳挫傷で分厚い後頭部が一撃で粉砕され、挫傷は小脳から脳幹まで及び、殴打の衝撃で脳底動脈が破裂し、左右の眼球にも出血があった。妻の彰子は前頭骨と左頭骨を破壊され、先切りハンマーの先端が脳室まで達し、顔面にも攻撃が加えられ左眼球の脱転、両頬骨の複雑骨折、上顎骨歯槽粉砕の状態であった。舞の頭頂部には直径6センチ陥没骨折があり大人の拳ほどの空洞ができており、脳が飛び散っていた。公平は頭の右半分がほとんど消失していた。
 事件後8ヶ月たった頃、精神障害児童施設に収容されていた14歳の少女がこの事件の犯人は自分だと告白する。これを聞いた警察には刑法39条が重くのしかかり、捜査に嫌な空気が漂うようになる。
 その少女、南サトミの担当であった、臨床心理士高嶋菜見子は医師為頼英介に通り魔から助けられる。為頼は人を見るだけで症状が分かる天才医師であった。通り魔から高嶋親子を救ったのも、通り魔の顔見て、危ないと判断し、非難させたのである。
 そしてもう一人為頼と同様に見るだけで症状が分かる医師がいた。白神メディカルセンター院長白神陽児がいた。そして彼の病院で働く彼もいた。
 例によってこれ以上書いてしまうとネタばれになってしまうから、ここまでにしておく。

 この本(幻冬舎刊)を読んで、医者はここまで本当にできるのかと思ってしまったし、医療という名の行為に精通していれば、死体の処理などこうも簡単にできるのかと思ってしまった。
 そして医療とは何なのか?治療行為とは、といろいろ考えさせてくれる。
 為頼医師は一目見るだけで病状が分かるだけに、病人の命が助かるかどうかもその瞬間見えてしまう。だからどんな治療をしても助からない病人には余計な治療はしないし、それをするのは医者の欺瞞でありおごりだと言い切る。為頼は自虐的に「治る病気だって、見えないほうがいいんですよ。見えない医者は、自然に治った病気でも自分が治したつもりになれますからね。幸福な錯覚です。見えない医者はそうやって自信を深め、威厳を持ち、貫禄をつける。患者から見れば、立派なお医者さまというわけです。わたしは患者が自力で治ったものを、自分の手柄になどとてもできない」と言う。
 私は今まで医者というのは病気を治してくれるとずっと思い続けていた。確かにそういうこともあるだろうけど、最近はそうじゃないのかもしれないと思い始めている。というのも、もしかしたら自分の病気を治すのは自分の自助力ではないかと思うようになってきたのである。自分の身体に病気を克服する力があれば少なくとも症状は改善するのではないか。その力が病気を治すのではないかと思うのだ。もちろんその科学的裏付けは説明できないけど、なんかそんな気が最近している。医師はその手助けはしてくれるけど、病気を治すのではないと思うのだ。だから為頼医師が言うこの台詞には、妙に納得してしまう部分がある。
 一方の天才医師白神陽児の存在も考えさせられる。彼の経営する白神メディカルセンターは新聞でも取り上げられる私立総合病院で、医師も設備も充実しているだけでなく、独自の方式で一流ホテル並みのサービスを提供している。だからここに来る患者は社会的地位のある人間であった。白神は為頼に言う。

「為頼先生、口はばったいことを申し上げるようですが、快適さ、安全、高品質にはお金がかかるんです。医療だからといって、よいものを安くなんて絵空事です。よい医療を受けたければ、それだけの対価を支払わなければならない。当たり前のことでしょう」

「もちろん、最低限の医療は平等に保障されるべきです。それが保険診療でしょう。つまり保険診療はセイフティネットなんです。保険で最高の医療をカバーしようなんて、行きすぎです。そんなことを考えるから、国民の医療費が年間三十五兆円にもなるし、一方で国民は医療にお金がかかることを忘れてしまう。大した稼ぎもないのに、レジャーや子ども塾代に金を使って、それで医療は国にお願いしますなんて、ムシがよすぎますよ。きちんと医療のために貯蓄をしたり、民間の保険に入って、お金を準備している人もいるんですからね。そういう患者さんが、質の高い医療を受けられるようにすべきです」

 これもこの通りなんだろうなぁと思う。赤ひげ先生をいつまでも要求すべきじゃないと思う。分相応の医療の提供を受けるべきかもしれないと思う。

 そしてこの本のもう一つのテーマである刑法39条の問題がある。刑法39条とは、(1)心神喪失者の行為は、罰しない。(2)心神耗弱者の行為は、その刑を減軽するというものであるが、最近は何かにつけこの刑法39条が前面に出てきてしまっていて、それこそ悪用しているとしか思えないほどだ。
 とにかく常識では考えられない犯罪が起こると、その加害者をすぐ精神鑑定して、事件の時は心神耗弱の状態だといって、その責任を問わないところが多すぎるのだ。それに加えて少年法もそれその手助けをしてしまう。とにかく最近の刑事裁判はこの刑法39条の大安売りである。
 もし自分の家族がこの刑法39条に該当する犯罪者に殺されたりして、無罪なんてなったら納得できるだろうかと思う。まず絶対に納得などできるわけがない。それを考えたら、こんなに頻繁に刑法39条を連発していいのだろうかと思うのだ。刑法39条を少年法に変えてもいい。まず絶対に納得などできるわけがない。言ってしまえばこれらの法律は犯罪者を守る法律でしかない。
 この本の捜査一課の警視仁川康男が言うように「責任能力のない人間を罰することは、非人道的なことなんや。それは罪の償いやない。ただの報復や。それがどれだけ恐ろしい人権侵害につながるか、わかるやろ」と言われても、絶対に納得できないだろうと思う。確かにこの本にも紹介されていたけど、精神の病でもしかしたらこの病気で人を殺してしまうかもしれないという恐怖を抱えて暮らしている人や家族がいることも分かる。けれどそれでもと、やっぱりと思う。
 まして最近の風潮のように何かにつけ精神鑑定なんて話しを聞くと余計である。さらにその精神鑑定の曖昧さを知ると、どうでも鑑定できてしまうじゃないかと思うのだ。
 高嶋菜見子の元夫、佐田が菜見子に復讐するにあたり、「ふつうでは理解できない残酷な殺し方すれば心神喪失と判定されるのか」といって幻覚とか幻聴があるふりをして、精神科の通院歴を作っておけば無罪になると、悪用できてしまうのだ場面があるが、まさしく最近はこのパターンが多いのではないかと思う。
 一方で佐田は面白いことも言っている「『物事の善悪を判断する能力が失われていた』というのは変だ。というか、当たり前のことだ。善悪の判断が失われているからこそ、酷い犯行をやるんじゃないか」と。まさしくこの通りだと思う。とにかく最近はあまりにもこの刑法39条を盾にとって、犯罪者を擁護することが多すぎる。

評価
★★★★

2006年04月25日

熊田紺也著『死体とご遺体』

熊田紺也著『死体とご遺体』


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 もう一冊今月の平凡社新書を読む。熊田紺也さんの『死体とご遺体』である。熊田さんの職業は「湯灌サービス」である。これだけ言って、この職業の内容が分かる人はちょっとすごいんじゃないかと思う。少なくとも私は知らなかった。 「湯灌」とは、「遺体を沐浴させて、洗い清める」ことで、葬式のオプションに加えられているらしい。「湯灌」は、古くは宗教儀礼として行われていたらしく、現代では殆ど消滅してしまったとのことである。
 確かに私の母の葬式のときに「湯灌」が行われたという記憶がない。記憶がないということは、多分「湯灌」という儀式が行われていないことなのではないかと思う。母は病院で死に、臨終後、看護師さんが「これから遺体を清めますから」といって、一旦、我々遺族を病室から出したのを覚えている。このとき看護師さんが母の遺体を清めたのだろう。その後自宅へ帰り、うちのかみさんや弟のかみさんがエンジェル・メイク(この言葉もこの本を読んで知った)という死化粧をした。
 著者によると、この「湯灌」が広まった経緯を次のように説明する。
 「一般の人は湯灌とはどういうことなのかも知らない普通の時代となったのだが、それが葬儀の一部をなすサービスとして復活したのは、1980年代のことだという。互助会系の葬儀社にいた人物が独立し、需要を確信してサービスを始めたのが最初らしい。やがて1995年、阪神淡路大震災が起こり、損傷の激しい多数の遺体が生じた。それを見た関西の葬儀社が「公益社」が業務の一環として湯灌サービスに取り組むようになったのが、現代に湯灌が広まるきっかけをつくった。
 80年代に湯灌サービスを始めた人物は、老人介護の入浴サービスから着想を得て、実行に移したという」

 なるほど、こういう経緯で「湯灌」が広まったとすれば、私の母の葬式のときはまだ広まっていない時代であったから、私が知らないのも当然である。
 「湯灌」がどういう形で行われるか、この本に図があるので、ここに載せてみる。

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 以上が「湯灌」の形なのだが、著者は最初からこのサービスを提供する職業に就いていたわけではない。元はCM制作会社の社長さんだった。バブル期はかなり羽振りがよかったが、バブル崩壊後、会社は倒産し、二千万の借金を残すはめになった。借金返済のため在宅入浴サービスの仕事に就く。しかし雇われているだけでは借金返済のメドがつかなかった。そんなとき、出前で遺体を風呂に入れる仕事があり、しかも介護サービス4~5倍の収入があると聞き、奥さんをパートナーにして、「湯灌サービス」の会社を起こすようになった。
 「湯灌サービス」といっても、ただ単に遺体を風呂に入れればいいだけじゃない。人間の死は様々な死がある。きれいな遺体ばかりじゃない。病死、事故死、自殺、他殺と損傷の激しい遺体もたくさんある。それらの遺体を修復できる限り修復し、遺体を清め、納棺していく。そこには現代の「死」事情が垣間見られる。
 たとえば、著者の奥さんが言う。「あるお宅へうかがったとき、ご家族がおばあちゃん、おばあちゃんと泣きながら、皆さんでワーッと集まっておられました。そこで湯灌をしたんですが、部屋の隅のほうでお嫁さんがポツンと小さくなっておられたんです。そのとき、私はピンときました。じっと黙りこくってはいるが、おばあさんの世話をずっとなさってきたのはあのお嫁さんだろう、と。他家へ嫁いでいかれた娘さんたちにしてみれば、おばあさんは私の母のお母さんだという気持ちが強いでしょう。でも、介護はあのお嫁さんだろう。それがわかるので、湯灌が終わったとき、私はその方のそばに行って、大変でしたねえ、ご苦労さまって声をかけてさしあげました。そうしたら、その方、私のこの手を握って、いきなり泣き出されました。だれかに長い介護のことをわかってもらいたいというか、いろいろな思いがたまっておられたんでしょうねえ」とあった。
 又著者が言うには、様々な遺体を湯灌してきて、破損の激しい遺体であっても感情的にならなかったけれど、子供の遺体だけはどうしてもいたたまれなくなし、一番辛いという。「子どもの死は最大の逆縁だ」と言う。だろうなあと思う。 「湯灌」は遺族にとって、死者との絆を確認する作業であり、遺族が死者に最後にしてあげられる思いやりでもあることを知る。
 ところがこうした職業には非賤視するところがある。著者も奥さんも友人や近所つきあいなどを失ってしまう。だけど著者は「いまのおれは掛け値なしの人間なんだぜ、どうだ、ざまあみろ」と思うと言い切る。それはバブル期に華やかな虚業に踊らされていた時と比べて、「地べたからものを見る爽快さ」があるという。


評価
★★★★

2006年03月01日

選-協和発酵・文-河合 薫・監修-大久保 公裕『花粉川柳コレクション』

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 大野さんから「花粉症でないからよく分からないのだけど、読みます?」と差し出された本(講談社刊)がこれである。うむ、同病相憐れむじゃないが、読まねばと早速借り受ける。
 とにかくここのところ目は痒いし、鼻水は出るわで、おなかの調子の悪さと一緒になっていて、いささか不愉快な一日を過ごしている始末。毎年のこととはいえ、やっぱり花粉症は嫌だ!
 で、読んで面白いと思った川柳は以下の通りかっこは私の気持ちです。

じいちゃんが/植えた杉です/ごめんなさい (この杉を見たら腹が立つだろうなぁ)

春さきは/エラ呼吸が/うらやまし (まったく!)

花粉症/治ったときは/春は過ぎ (春が待ち遠しいなんて誰が言うのじゃ!)

雨の朝/嬉し涙/目が赤い (ほんとう!雨の日はうれしい)

コンビニの/バイトがびびる/重装備 (だろうなぁ。この時期コンビニ行くときは注意せねば・・・)

春過ぎて/憎き杉の木/蹴り入れる (本当にやりたくなるのだよ)

鼻水も/これだけ出れば/ヤセるはず (最近太り気味なので、そう思いたい)

そんなもの/見たくもないよ/花粉ショー (花粉症のCMを見ていると腹が立つ)

街角の/「ティッシュいかが?」は/神(紙)の声

ほしいとき/渡してくれない/駅の前 (欲しいときくれないのだよな、これ・・・)

くず籠へ/チリ紙放る/腕も冴え (これ本当にコントロールがよくなるのだ。練習のたまもの?)

評価
★★

2006年02月13日

菊池敬一著『ヴィレッジ・ヴァンガ-ドで休日を』

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 いやぁ~、久しぶりに笑わせてくれた本であった。この『ヴィレッジ・ヴァンガ-ドで休日を』(新風舎文庫刊)の親本は98年に出版されていたらしく、もうそれから8年もたっているわけだからヴィレッジ・ヴァンガ-ドもだいぶ変わっていることと思うが、それにしてもこの社長のポリシーは最高であった。なんだか昔の椎名誠を更に硬派にした感じであった。私はこういうおじさんの不良は大好きだ。(デビューしたての椎名誠もそんなことところがあって、結構気に入っていたのだけど、最近どうも教師ぽくなっちゃって気に入らない)
 この本はこの業界を多少でも知っている人なら、腹を抱えて笑える本である。ちなみにちょっと笑ったところを書いちゃう。まずはお店編から・・・。

 万引きに対する対応の仕方も面白い。小・中・高生は家に連絡し、大学生は彼の春秋をおもんばかって、ビンタ一発ですましているという。大人、これは処置に困る。彼らを諭せるほど人生経験を積んでいないからだ。(うむ~、よく分かる!)

 社員たちの前で菊池さんが言う。

「俺たちのやっていることは全く新しい消費を創出しているんだ。V・V(ヴィレッジ・ヴァンガ-ドの略)の売上は国民総生産の0.00000001パーセントの価値を新たに創り出しているんだ」
社員たちの目が光らないので、
「本というのは特別な消費財なんだ。まず、本を売ることに矜持を持とう。コンビニで本を買うようなセンスの悪い奴は相手にするな」
少し光ってきたので、
「お前たちは自分の棚にある本をどこの本屋で買ったか覚えているか、残念ながら俺も覚えていない、ヴィレッジ・ヴァンガ-ドで本を買ったお客さんが、たとえば20年経って、その本を手にした時、20年前のヴィレッジ・ヴァンガ-ドのことをまざまざと甦らせて、覚えていてくれる、そんな本屋になろう」
夜行動物のように光ってきたので、
「ところで、俺も年で疲れてきたので、冬はハワイ、夏はカナダで生活させてくれ」
突然彼らの目は曇りだすのである。

 これはかなりいいこと言っているし、全くその通りだ!と諸手をあげて賛成しちゃうし、最後の落ちも面白い。

 ある日菊池さんが塩野七生さんの『ローマ人の物語』を読んでいて、カエサルの『ガリア戦記』を読みたくなり、自分の店にあることを思い出し買いにいく。しかし菊池さんはヴィレッジ・ヴァンガ-ドでは殆ど本を買わないという。何故かというと自分の読みたい本を置いていないからと言いきり、久々にお店で買うと社員に「社長が本を買うのは珍しいですね」と言われる。しかし菊池さんは言われっぱなしになっていない。「ちゃんと一割引いたか」と言い返すのである。
 あるいは支店の日報の下に主な出来事を書く欄があって、たとえば「寒い!あまりにも」とアルバイトが書いているのを見ると、一号店だけは冬季手当を出してやろうと思い、「客数が少ないのは学生が休みになったせいでしょうか」という店長のコメントにはすぐ電話して「毎年同じ案件だからな」と釘をささなければならないと書く。

 これだけ出店数が多いと資金繰りはかなり大変だろうと推察するが、銀行とのやりとりも最高である。

「銀行はいいよな。あなた方はお金をお金に変えるだけだから。僕らはお金を物に変え、物をお金に変えるという面倒なことをやらなければならない。つくづくうらやましいよ」
「そういう考え方もあるんですね、いやぁ知らなかった」

 先日、ある銀行がきて、決算書を見るなり、「忙しいでしょう」とニヤッと笑いながら言った。なかなかスルドイ奴である。
「決算書見ただけでわかるんだ」
「わかりますよ、社長さんの1カ月が手にとるように。月に10回は銀行に走っているでしょう?」
「いやあ参ったなぁ。すごいもんだなぁ」
「利益が出ているのに、キャッシュフローが足りない。典型的な自転車操業ですね」
「いや、うちはオートバイ操業と言っている。倒れたら死ぬ」

 なかなかのものである。こういう旦那さんをもっている奥さんも大変だろうが、「なにも専務取締役」といわれても、しっかり理解して、サポートしているのがうかがえる。だから「本屋の明るいお悩み相談室」のオーナーのお悩みで、売上低迷から夫婦仲がぎくしゃくしてきたという相談に、奥さんの内助の功をきちんと認めるべきだとしっかり言っている。
 こうして菊池さんはどんどんお店を出店していく。「『客は来てくれるだろうか?』という不安は、ない。どのみちマーケティングで本屋やっているのではない。『僕らが楽しいだから客もきっと・・・』という思い上がりで10年やってきた」と言う。
 ヴィレッジ・ヴァンガ-ドというお店は、「店全体がノスタルジーしているのだ。若者には『オールドニュー』、おじさんたちには『涙もん』なのである」そういうお店づくりをしている。だからお店にはアメリカの50,60年代の骨董品(車やバイク、ビリヤード等)を置き、雑貨も合わせて、本だけでなく様々なものを組み合わせてお店づくりをしていく。
 私はヴィレッジ・ヴァンガ-ドという本屋さんの名前はもちろん知っていたが、実際そのお店に入ったことがないので、一度行ってみたいなぁと思う。

 さて最後にこの業界のパスティーシュと、この本の第2章「本屋の明るいお悩み相談室」で笑ったところを書いておしまいにする。まずはこの業界のパスティーシュから・・・。

「今日さ、あれ、なんたっけ、す、SMAPの写真集何冊入った?」
「俺んとこは3冊入って午前中に売れちゃったよ」
「僕のところは10冊入りました」
「なんであんたのところが10冊でうちが3冊なの?おかしいなぁ。トーハンの加藤君に電話しなくちゃ」
「いえ、僕のところでは予約をとっていましたから、全然足りないんですよ」
「何冊予約とったの」
「一応38冊ですけど」
「すごいなぁ。ベストセラーズに電話しなくていいの。三省堂にドーンと積んであったよ」
「もう諦めていますよ。これが終わったら図書券で買いにいきますから」

 ちょっと解説すると、この話はSMAPの写真集がたくさん入荷した本屋さんに図書券で買いにいくというのがミソなである。というのも書店は図書券を95掛で仕入れ、95掛で問屋経由で引き取ってもらうシステムになっている。つまり図書券を多く売って、回収は少ない方が得なのである。そこで95掛で仕入れた図書券をもってそのSMAPの写真集を買えば、5%引きで本を買ったことになるし、あるいは回収した図書券でもいい。それを引き取ってもらえば5%損しちゃう訳だから、それならそれを使ってSMAPの写真集を買った方が得ということなのだ。
 これを読んだときは本当に大笑いしちゃった。それはそうと、昨日三省堂の本店へ行ったのだが、棚の位置を変えていて、訳が分からなくなっていた。何でこんなことをしているんだろうと思った。以前の棚の配置の方がいいような気がする。棚の配置を変えたものだから、自分の探している本がどこにあるのか分からなくなっちゃったじゃないか。それになんだか汚く感じたのだけど・・・。

 「本屋の明るいお悩み相談室」は菊池さんのお遊びだろうが、これもかなり面白かった。
 まずは読者の悩みの中で、生まれてこの方教科書以外本を読んだことがない28歳のサラリーマンが「俺はバカでしょうか」という質問に対して、はっきり「貴方は本当のバカです」と言い切るし、バイトの悩みでは、店長が高い本が売れたらバンザイやハイタッチをして困るという悩みには、「お前が悪い。15,000円の本が売れたらハイタッチくらい当然だろうが」と答える。これも腹を抱えて笑ってしまった。

評価
★★★★★ 面白い、最高!
★★★★ いい!これは好きだなぁ
★★★ まあまあ。
★★ ちょっとなぁ・・・。
★ 面白くない
× 読むのに値しない。時間がもったいなかった。こんな本出版するな!

で今回は★★★★です。これからはこんな感じで独断と偏見で評価しちゃおうと思う。

菊池敬一著『ヴィレッジ・ヴァンガ-ドで休日を』の続きを読む

2005年12月24日

エドワード・ギボン著『ギボン自伝』

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 この本は(筑摩書房刊)は言わずと知れた『ローマ帝国衰亡史』の著者の自伝である。私は自伝を読むことなどほとんどないので、自伝がこうもつまらないものとは知らなかった。あるいは波瀾万丈の人生を送った人の自伝なら面白いのかもしれない。もともとこの人は地味な人のようだから、こんな自伝になってしまったのだろう。
 この本を読むきっかけは『ローマ帝国衰亡史』を読んだことから始まるわけで、恐らく単独でこの本を読もうとは思わないと思う。あくまでも『ローマ帝国衰亡史』とセットで読むしかない本だ。そしてこの本はこの機会を逸したら、恐らくずっと読まない本であろう。
 私はこの物語を書くギボンは生活に余裕がなければ書けなかっただろうと推測していたが、この自伝を読んでいて、それはある程度的を得ていたようである。かといって、ギボンが財産が有り余っている貴族のぼんぼんでもなかったようでもある。適度の余裕があったことがこの『ローマ帝国衰亡史』を完成させたようである。ギボンは言う。

「思うに私の資産の黄金の中庸こそは、私の精励を発揮させた当の原因であった。実際に重要で立派な作品が屋根裏部屋や宮殿で書かれた例は希である。余暇と資産に恵まれた紳士だけが、名誉ある報酬を当てにして仕事への意欲に発奮する。これに反してその日の勉励がその日の飢えに刺激される著作家は惨めであり、その作品も同様に惨めであろう」と。
 
 この言い方はちょっと腹が立つけれど、やっぱりこれだけの作品を完成するには時間も必要であろうし、資料を集めるお金も必要だろうから、ギボンがこの様に言うのもある程度納得せざるを得ない。また有り余る資産と時間を持っている人がこんな作品を書けないだろうと言うのは分からないわけでもない。適度の緊張がこの作品を生んだということかも知れない。

 今の私にとってこの本を読む理由はただ一つである。何故ギボンは『ローマ帝国衰亡史』を書くに至ったかである。それだけが知りたかった。
 『ローマ帝国衰亡史』は、それを書く素地がギボンになければ書かれなかっただろうと思われるが、何故ギボンはローマ帝国末期に興味を持つようになったのか、この自伝にはわずかだがそのことが書かれている。
 少年期ギボンは病弱であったが、そのため読書を楽しむこととなる。このときの読書がギリシア・ローマの歴史本を読み進めることになった。特に1751年の夏、父親と同行してウィルトシアのホーア氏宅にあったイーチャドの「ローマ史続篇」で書かれていたコンスタンティヌスの後継者たちの治世はギボンにとって新しい世界であった。たぶんこれが『ローマ帝国衰亡史』を書くきっかけかと思われる。
 そしてギボンがイギリスからローザンヌに生活の場所を移し、そこでギリシア・ローマの古典に更に親しみ、その研究を彼が推し進めたことで生まれたのではないか。だから後年ローマを訪れたときの彼のはしゃぎようは、まるで子供のようである。

 「元来私は余り熱狂に動かされない性質であり、そして自分が実際に体験しない熱狂を気取ることを今まで常に軽蔑してきた。しかし25年を経た今日なお私は、自分が初めて永遠の都へ近づいてそこへ足を踏み入れた時に私の心を揺さぶったあの強烈な感動を忘れることも表現するすべも知らない。寝つけない一夜を明かした翌日、私は昂然たる歩度でフォールムの遺跡を踏んだ。その昔ロムルスが立ちキケロが弁じカエサルが倒れた一つ一つの記憶すべき場所が、直ちに私の目に焼きついた。そして失われたか享受されたかさえも分からぬ陶酔の数日間の経過の後に、私はやっと冷静な気持ちに戻って細かい探求に着手することができた。」と。

 そこで彼は『ローマ帝国衰亡史』を書くことを決意する。

 「何となれば主題(ローマ帝国衰亡史を書くこと)の選択を決定したのは私が実際にイタリアとローマをその目で見た体験だからである。私の日記にはその受胎の場所と瞬間が記されている。それは1764年10月15日の夕暮れ時に、私がゾコランティつまりフランシスコ修道士の教会に座して黙想していた折しも、彼らがカピトリーノの廃墟のユピテル神殿で晩祷を誦する声を聞いたときであった」と。
 
 これは、「昔は野蛮だった遙かな北方諸国から新しい巡礼者の種族も今日では英雄の足跡に、そして迷信ならぬ帝国の遺物恭しく参詣している。この種の巡礼者そして読者諸賢は、恐らくローマ帝国の衰微と滅亡の過程に関心が唆られるであろう。・・・・私がそれ以後二十年近く我が生涯を楽しませ拘束させる運命になったこの著述の構想を抱いたのは私がカピトリーノ神殿の廃墟に立った時であり、たとえ自己本来の願望に照らしてどれほど不満足にせよ、私は今これを最終的に読者公衆の好奇と温情に委ねる」と書かれた、『ローマ帝国衰亡史』の最終章にある文章と一致する。(もっともギボンはこの時カピトリーノ神殿の廃墟には実際に行っていないらしく、この文章は作り事らしい。まぁ『ローマ帝国衰亡史』も壮大な叙情詩なのだから、これもありかなと思う)

 ただ『ローマ帝国衰亡史』に関して、これ以上詳しく書かれていない。私はこの作品がかなり苦労して書かれたことを知りたかったし、その生みの苦しみを知りたかった。しかしこの自伝に書かれていることは、作品が出来上がった後の人気などがわずかに書かれているだけである。後はギボンの交友録みたいだし、更に当時のイギリスの政治的な問題にギボンが翻弄されたことが書かれている。(ちょうどこの頃はフランス革命、アメリカ独立戦争の時代であった)
 ただ『ローマ帝国衰亡史』にある冗長なほどの宗教的考察は彼の宗教的遍歴からくるものであったのではないかとふと思ったが、考えてみたらローマ帝国が滅んだ原因の一つとして、ギボンは、キリスト教の普及が古代異教に培われたローマ市民意識や道徳などを破壊したのではないかと思っているふしがあったから、どうしてもこれにこだわらないわけにはいかないのだろう。

 これで完全にギボンから私は離れられる。今年はよく本を読んだ方だろうが、久々に本を読むことに苦労した年でもあった。もちろんこのギボンの『ローマ帝国衰亡史』のお陰なのだが・・・。いつも軽い本ばかり読んでいるから、こうした古典を読むのに苦労するのだろう。まぁたまにはこういう古典を読むことも必要かなぁとは思った次第だ。

2005年11月15日

角田光代著『対岸の彼女』

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 久しぶりに女性作家の小説を読む。でも何か重苦しい感じでいた。どうも女性の感覚って理解できない。はっきり言って苦手だ。
 どこか現実的で、息ができなくなるほど閉塞感がつきまとう。そんな女性の人間関係の複雑さがここでは描かれる。

 旅行代理業の社長である葵の高校時代の思い出と、現在の仕事関係が平行して物語が進む。
 高校時代、葵はクラスメイトと仲間外れにならないよう、友人達に気をつかいながら仲間に入っていく。クラスにはいくつかの仲間関係が出来上がっていたが、その仲間から外れた女の子はいわゆる「いじめ」や中傷の対象になっていく。葵はそれが恐ろしいから、何とかうまく振る舞う。
 その一方でナナコと意気投合し、女の友情関係をクラスの仲間とは別に築き上げる。ナナコには複雑な家族関係があり、クラスの仲間から完全に距離を置いて、一人でいたが、葵とは自分の家族関係以外何でも話し、笑えあえる関係であった。
 そんな葵はナナコに誘われて夏休みに海にある民宿で泊まり込みのアルバイトをする。二人でバイトをすることで充実した時間を共有していった。しかしそのバイトが終わって、家に帰ろうとしたときナナコが帰りたくないと泣きながら言い出す。結局葵とナナコは家に帰らず、アルバイトで稼いだお金を使って家出まがいの行動する。ホテル住まいはお金がかかるからラブホテルで泊まり、ディスコで食事をして二人で過ごす。時にはそのディスコに遊びに来る男どもに食事を奢ってもらいながら過ごすが、手元のお金がどんどん少なくなっていく。
 かつて葵が住んでいた横浜のマンションを二人が訪れたとき、完全に疲れ切ってしまい、そこから飛び込めばラブホテルも探さなくていい。金策に悩まなくてもいい。何もかもうまく行く場所に二人でいけると、二人は飛び込み自殺をしてしまう。幸い未遂で済んだが、葵はナナコと別れることになる。
 結局友情関係は、心底二人を一緒にするものではない。個々に別々の家族や生活があり、その上で二人の友人関係が成り立っている。二人の友情はお互いのすべてを埋めるものではない。それを求めたとき破綻する運命であった。

 そんな葵が旅行代理業を営むかたわら、事業拡大で同じ大学を卒業した小夜子を雇い入れる。小夜子は主婦であり、子育てをしている中、うまく主婦仲間に入り込めないし、子育てにも不安を感じている日々を過ごしていた。そんな現状を打開するため葵の会社に就職する。
 小夜子は汗を流して仕事をしているうちに、だんだん生きることに自信を取り戻していく。さらに葵の会社仲間と付き合ううちに、人間関係にも自信を取り戻していく。
 葵も小夜子を信頼し、二人の関係を深めていこうとし、小夜子が家に帰らなければならないのに、温泉に誘う。そこには葵が小夜子を自分の方へ強引に引き寄せようとする意志がある。しかも小夜子が持っている家族という現実を無視してである。それはかつてナナコが葵を民宿のアルバイトに誘ったときの強引さと同じである。小夜子も現実の生活に不満があるから、冒険心も伴って、葵の提案を受け入れ子供と一緒に葵と温泉に行くが、結局小夜子には家族があり、それを犠牲にできずに帰っていく。
 また会社仲間にも葵との亀裂が生まれ始め、次から次へと仲間が辞めていく。小夜子も同じように葵の会社を辞める。
 しかし一度葵の会社を辞めた小夜子は葵との関係を完全に断ち切れず、また葵の元を訪ねる。ここで働くことが、葵との友情関係を継続できることにはなるが、一方でそれは小夜子の家族が崩壊しかねない予感がしてしまう。
 つくづく人間関係は難しい。特に女性は既婚と未婚、OLと専業主婦、子供がいるいないでかなり立場や考え方が違っちゃうようで、時にはそれが仲間意識を醸し出すが、時には徹底的に排除してしまい、受け入れることができなくなってしまうようだ。
 もともと人それぞれ生活があり、考え方がある。ある部分で友情関係や信頼関係が成立していても、それはそれらを犠牲にして成り立つことはないと思う。何もかも一緒ということは基本的に無理だろう。もしかしたら女性はそういう完璧な関係を求めるのかもしれないが、少なくともそれは男の私にはよく分からない。むしろそういう関係がわずらわしいので、こんな関係を求められたらたまらないと思う。だからこの本を読んでいて、嫌な気持ちになったのかもしれない。

2005年11月10日

ギボン著『ローマ帝国衰亡史』第11巻

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 ついに最終巻まできた。もう東ローマ帝国は、「今やローマ世界はマルマラ海と黒海の間長さ約五十マイル、幅三十マイルに過ぎぬトラキアの片隅に縮小して、もしもコンスタンティノポリスのまだ残る市域が一王国の富と人口を代表していなかったならばドイツかイタリアのちっぽけな公国にも及ばぬ広さに落ちぶれていた」かつて持っていた領土は殆どがオスマントルコに奪い取られ、自分達で回復する力さえ持ち合わさなかった。風前の灯火であった。滅亡はもう時間の問題だったが、幸いチンギス・ハンやその末裔がアジアからヨーロッパへ進出してきた。彼が死んだ後、モンゴル民族の国がいくつか出来たが、その中のチャガタイ・ハン国の武将ティムールが台頭してきて、世界征服を企み、その版図はアム・ダリア以北の中央アジア・ペルシア全域・東はインドのデリー・西はロシアのモスクワやアナトリア半島(トルコ)にまで及んだ。そのため一時オスマントルコの勢力は著しく弱まった。このことは東ローマ帝国の延命を意味したが、ティムールの死後、再びオスマントルコは勢力を取り戻し、東ローマ帝国にとって再度脅威となっていく。
 東ローマ帝国はもう自分達でオスマントルコを排除出来ず、西ヨーロッパに助けを求めざるを得なくなった。そのため、ヨアンネス5世パラエオログスら3人の東ローマ皇帝は度々西ヨーロッパを訪れ、ローマ法王やイギリス、フランス、ドイツの諸侯に助けを求める。
 東ローマ皇帝たちはローマカトリック教会と一緒になることで、再度十字軍を編成してもらい、オスマントルコの脅威を取り除いてもらいたかったが、しかし、ここに至ってもまた宗教問題が障害となってなかなか話がまとまらない。
 一方西ヨーロッパでもそう簡単に軍隊を派遣できない事情があった。イギリスとフランスは百年戦争の最中であったし、ドイツもそれぞれの封建領主がバラバラな状態で君臨してまとまりに欠けていたし、ローマ法王も以前のような絶大な権力に陰りが見え始めていたのだ。
 それにしても、東ローマ皇帝が西ヨーロッパの諸侯やローマ法王に助けを求めることだけでもかつての栄光はどこへいってしまったのだろうと思うけど、それだけじゃなくて、その訪問の旅費や皇帝不在の間、国を守ってもらうために兵士を雇うお金さえなく、ローマ法王に出してもらうしかない状態であったのには、さすが目を覆いたくなる。

 ついにオスマントルコのメフメット2世は「その代わり一層貴重で重要な贈り物が欲しい-コンスタンティノポリス」と言わしめ、コンスタンティノポリスの攻撃を始める。一方、東ローマ帝国最後の皇帝コンスタンティヌス11世パラエオログスは「もはや誓約も協定も譲歩も平和を繋ぎとめない以上(と彼はメフメットに言った)、貴下の不敬神な戦争を推進するがよい。私の信頼は今や神に対してのみであり、もしも神の思召しが貴下の心を和らげるならば私としてこの幸福な変化を喜ぶ。しかし神がこの都市を貴下の手に委ねるとあれば、私は何の不平もなくその神聖な意志に従うであろう。しかしこの現世の審判者がわれわれの間勝敗を決定されるまで、私の義務は自分の臣民の防衛のために生死を賭することである」と言わしめるしかなくなってしまった。コンスタンティノポリスの住民はただ祈るだけしかなかった。

 コンスタンティノポリスは頑丈な城壁で守られていた。唯一ラテン人が起こした十字軍がこの都市を占領したが、それ以外この城壁は異民族からこの都市を守り続けてきた。
 この城壁を破るためにメフメット2世は巨大な大砲を作り、何とか城壁を破ろうとする。これを読んだとき、徳川家康が大阪城を攻略するに当たり、大砲をぶっ放したのを思い出した。力を持っている方が威嚇を込めて相手を攻めていく。コンスタンティノポリスもこうして城壁が破られつつあった。
 そして、1453年5月29日に総攻撃が始まった。皇帝コンスタンティヌス11世パラエオログスはオスマントルコの攻撃に耐えられなくなったとき、自ら異教徒の中で生き延びることを拒み「誰か私の首を斬り落とすキリスト教徒はおらぬか?」と絶叫し無名の戦士の手にかかり、その死体は戦死者の中に埋もれた。勝敗は数に勝るオスマントルコにあがり、53日間の攻撃が終わった。
 コンスタンティノポリスには財産が殆ど底をついていたため、トルコ人は6万人以上の国民を捕虜とし、連れ去る。聖ソフィア教会はすべての財宝がはぎ取られ、モスクと生まれ変わった。

 この本はローマ帝国の衰亡史を書いているわけだから、遅かれ早かれこのときがくることは避けられない。さらにコンスタンティノポリス自体、ローマ帝国が傾き始めた頃に作られた都市であったから、再興することはあり得ない。ただこの本を終えるに当たって、西ローマ帝国が滅亡したときより、コンスタンティノポリスが占領され、皇帝の首が斬り落とすされる描写の方が生々しく感じた。妙に寂しさを感じてしまった。かつてのローマの栄光が一気に崩れ落ちるといった感じであった。

 私はこの本を大学時代に読もうと思って買っていた。けれど、様々な事情で結局読めずにそのままになっていたのを、今回約3ヶ月かかって読んだ。
 たぶん学生時代は、自分の勉強に役立てばと思っていたはずだ。しかし今回はそんな大それた理由などない。ただ気になったから読んでみようと思っただけである。
 だから単純にギボンが書いた物語を楽しんだ。恐らく学生時代ならきっとどこか自分の勉強に役に立てようという欲みたいなものがはたらいたんじゃないかと思う。もし当時この本を読んでいたら、今とはかなり違う読後の感想を持っていたと思う。
 今回私はギボンが史実をつなぎ合わせて作ったこの物語で、ローマの衰亡期に生きた人々の息吹を感じ、それを楽しんだような思いでいる。つまらない欲がない分、ある意味純粋にこの本を読めたんじゃないかと思うので、今回読んでよかったのかもしれないと思っている。ちょっと大変だったけど、今やっと読み終えたという充実感でいっぱいだ。

2005年11月02日

ギボン著『ローマ帝国衰亡史』第10巻

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 ニケイアで、アリウス派はイエスを神と認めないとして異端にされ追放されたが、そのニケイアが、「この世にはただ一つの神がありそしてマホメットはその神の使徒である」というイスラム教を信奉するセルジュクトルコに征服された。この皮肉は苦笑を誘うけど、史実としてコンスタンティノポリスのほど近い場所のあるニケイアが異教徒であるセルジュクトルコに占領されて支配されることは、東ローマ帝国のとってはかなりの脅威であった。キリスト教徒にとって聖地であるエルサレムも異教徒のセルジュクトルコに支配されたとなると、黙ってられなくなるのは分からないでもない。まして聖地巡礼が困難になれば、ローマカトリック教会としても何とかしないといけない。
 けれど、聖地奪回のために十字軍を組織するほどの権力が当時のローマカトリック教会にあったのが正直不思議だし、またそれの応じた西ヨーロッパの諸侯が「信仰上、これはまずい!」と思い軍隊を派遣するほど、それほど余裕があったのだろうか?あるいは信仰がそんなに篤っかたのかと思ってしまう。私は都合のいいときだけ神頼みをする無神論者だけど、学生時代はまだ純真だったから(本当かね?)、そうか!自分達の宗教の聖地が異教徒に曝されれば、当然立ち上がって戦うだろうと思っていた。けど人間50年近くやっていると、どうも何か裏があるんじゃないのと疑っちゃう部分がある。
 たとえ、戦争が科学でなく、情熱であった時代であったとしても、一隠修士であるペトルスが自分がエルサレムで受けた虐待、抑圧を語ったとしても、それが西ヨーロッパを空っぽにするほどの聖地奪還を起こさせるのか、ちょっと信じられない部分がある。

 原始キリスト教は、自発的な告白が罪滅ぼし前提であったが、中世になると教会がその告白に基づいて、罪を決定するようになる。いわばその判定は自由裁量に委ねられるわけで、どうでも判決が出せる。その結果それを償うにはどうしても無理だろうという判決が出された。その上で教会は何をしたかというと、罪の償いを少しでも軽減するためにお金を払うことで代用させるのだ。これを贖宥(いわゆる免罪符の発行をするわけだ)という。
 しかし財産がある人間はいいかもしれないが、それが出来ない人間は自分の身体で払うことになった。この考えを利用し法王ウルバヌス二世は軍事的従軍が自分達の罪滅ぼしになるということにしてしまったのだ。自分達の霊魂の救済を十字軍に参加することで、すべての罪の消滅と教会法による悔悟の残った負債全額を返済出来ることになった。仮にここで戦死でもすれば、殉教者として飾り立てられるし、無事に帰ってこられれば、「天の報酬」がもらえることとなった。つまり十字軍に参加さえすれば現世的来世的な報酬がもらえるのだ。このため「彼ら自身の救済のためにその生命捧げ給うた神の御子に対して今や彼らが自分の血を捧げる番が来たとの意識で、彼らは十字架を手に確信に満ちて主の道に入った」
 これが、ヨーロッパの人びとが十字軍に積極的に、いや、参加せざるを得ない状況を作り出したのだ。けれどこれだけで本当に自分達の命を危険に曝しただろうかという疑問は払拭されない。
 ギボンの十字軍の記述を読んでいると、もっと現実的な「おいしさ」があったようである。つまり大義名分は聖地奪回だとしても、そこまでに行く間に、都市や国を蹂躙しつつ、自分達の私腹を肥やしていったのであった。
 たとえば第4回十字軍はヴェネティア主導で行われたが、元々ヴェネティアは何だかんだとコンスタンティノポリス(東ローマ帝国)に干渉されていた。それがうざったいし、コンスタンティノポリス自体に世界の富が集中していたので、逆にこれを自分達のものにしたかった。そこでフランスなどの諸侯に船や武器を貸して、まずはここを征服してしまう。しかもこれら諸侯にただで船や武器を貸さない。べらぼうな金額を吹っ掛け、それが支払えないなら、ちょっと寄り道をして他の都市を侵略させ、財宝を奪わせ、それを支払に回させる始末だった。
 元々聖地奪回は西ヨーロッパで盛り上がっていただけであって、東ローマ帝国にしてみれば、自分達の領地をこれら十字軍が通って行くだけであったから、鬱陶しくて仕方がなかった。しかもこれら十字軍は言ってみれば烏合の衆であったから、やりたい放題であったのだ。そこへ今度はラテン民族の皇帝を立てられてしまうことになる。
 当然法王インノケンティウス3世は聖地を奪還しないで、余計なことをしたことで激怒するが、そこはしたたかで、東ローマ帝国をローマ法王に献上することでなだめられてしまう。
 まぁこんなもんだろう。7回も十字軍が起こされたのも建前は異教徒に聖地エルサレムを奪われ、それを奪回するという仰々しい理由であっても、内容はそれをいいことに自分達の私腹を肥やすことが本音なのだ。だから、これらギボンの記述を読んでいると思わず、そうだろう!そうだろう!そんなもんだ!と得心してしまったのだ。人間そう簡単に利害関係や損得関係なしに動けるもんじゃない。(あぁ~、嫌だぁ、嫌だぁ・・・)

 ところで、この巻を読んでいて、また私の高校時代の世界史の先生のことを思い出してしまった。
 とにかくこの十字軍はたくさんの人間を、特に男子を兵士として送り出した。その結果、「都市と城から全住民が姿を消して七人の寡婦を慰める一人の男がわずかに残された勘定になった」という。この文章を読んだとき、ピンっときたものがあったのだ。
 兵士として狩り出された男達は自分達の妻が浮気や他の男に取られるんじゃないのかと気になった。そこで「貞操帯」が考え出されたとその先生は言ったのだ。今にして思うと、この先生は一体何を我々に教えていたんだろうと頭をひねりたくなっちゃっうけど、確かにそういったのを思い出したのだ。
 実際インターネットで調べてみると、これが結構ヒットするんですね。しかもマニアが多くいるようだ。いささかうんざりしながら十字軍のときの「貞操帯」に関した文章を調べてみると、確かに十字軍時代に普及?したらしい。しかも現在でも美術館に十字軍時代につかわれた武具などの展示品の中にこの「貞操帯」が陳列されているらしい。更にそのコピーが観光客用に売られているらしい。(本当かよ?)
 まぁそれがどんなものか知りたい人は検索して下さいな・・・。
 もうこれ以上追求するのは止めるけど、でも世の中猜疑心の強い男はいつの時代にもいるだろうし、亭主がいないことを幸いに、間男を呼び寄せる女もいるだろう。また逆にオオカミ化した男が襲いかかる心配もあるから、当時として必需品?だったのかもしれない。(どうでもいいけど)

2005年10月24日

ギボン著『ローマ帝国衰亡史』第9巻

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 この巻は、主にマホメットの生誕から、彼の後継者が繰り広げるイスラム世界を描く。正直言って、いささかギボンの宗教談義には辟易してきて、しかも今までほとんど真剣に考えたこともなかったイスラム教となると、ちょっとお手上げ状態である。そのためページもなかなか進まなかった。『ローマ帝国衰亡史』は後2冊残っているが、先が思いやられる。この巻に関しても、どのように記述していけばいいか、迷った末、こんな感じになった。

 高校時代に読んだ遠藤周作さんの紀行文(確か『牧歌』という書名だったと思うけど忘れてしまった。以下遠藤さんの文章を私の記憶にあるところで書いているので、正確さは自信がない)に、イスラエルのキリスト誕生の地といわれるところを訪れ、その荒涼さに圧倒される文章を思い出す。ここでキリストが生まれたということが、その宗教にどんな影響を及ぼしていくか考えに耽っていた。
 その自然の厳しさが、教えに父権的な厳しさを帯びさせてしまうのではないかといっていたと思う。
 灼熱の太陽、生き物や木々や草花も殆ど自生していない砂漠の中で、自分達の信仰を保持するには精神の強靱さがないと、その信仰は維持できない。形のあるものがほとんどない現実の世界で生まれた信仰は、形のあるもにすがることが当然出来ない。だからよりどころとするのは自分の精神の中にある形而上学なものに必然的になざるを得ない。当然原始キリスト教もこの精神を引き継いでいた。 ところがキリスト教がヨーロッパに普及していくに当たり、本来信仰は自分の精神の中にあったはずだが、いつのまにか形のあるものにすがることで信仰の篤さを示すことになってしまった。人間キリストが神になったのもそいう理由からだろうし、聖遺物を崇拝したり、豪華絢爛な教会を作ることで、その偉大さや徳を誇示する。ギボンは皮肉を込めて、言う。「もしも聖ペテロや聖パウロのようなキリスト教徒が今日のヴァティカン宮殿へ帰ることできたならば、彼らは多分この壮麗な聖堂でかくも神秘的な儀式で礼拝されている神は一体何という名かと尋ねるだろう」と。

 ではイスラム教はどうであったのだろうか?
 マホメットよりおこったイスラム教は、ユダヤ教やキリスト教より後発であったが、予言者として、アダム、ノア、アブラハム、キリストの存在は認めていた。ただあくまでも彼らは「予言者」であり、所詮イエスは一介の人間だと主張する。そしてマホメットは彼らの後に続いた最高の予言者であった。その上でマホメットは「この世にはただ一つの神がありそしてマホメットはその神の使徒である」と自分を位置づけのだ。コーランは神がマホメットを編集者として、口授したものであった。だから「コーランの実質は神の本性において存立し、神の永遠な布告の目録に光のペンで彫りつけられた非創造にして不朽なるものである」うまく言えないけど、コーランは神そのものであろうか?それがすべてであった。それ以外は認めなかった。もちろん他の宗教の偶像もだ。
 カーバ神殿があったメッカでのマホメットの布教は、当時の為政者にとってみれば危険なものであった。何故なら当時のカーバ神殿は様々な偶像で充ちておりそれを崇拝していたからだ。そのためマホメットはメッカから追放され、メディナに移る。
 しかしマホメットは「自己の宗教を剣の力で宣布して、偶像崇拝の記念碑を破壊し、もはや聖なる日や月に顧慮することなく地上の不信心な諸国民を迫害するよう」啓示を受ける。7年の亡命後マホメットはメッカで君主及び予言者として登位し、カーバ神殿内の360にも達する偶像は無惨に破壊する。
 ここまでは何となく理解できそうである。マホメットはもともとカーバ神殿を管理する一族の出であったし、またメッカから追放されたのだから、自分の権利を回復しようとして、メッカに戻ってきても不思議じゃない。
 ただこの後マホメットの後継者達がシリアからエジプト、そして地中海側のアフリカ北部を通って、スペインまで勢力を伸ばしていくのが、単にイスラムの教えを広めるだけの情熱だけで可能であったのだろうかと思うのだ。
 確かに、当時西ヨーロッパは混乱した状態だったし、ビザンティン帝国も衰退の一途だったから、その属州であったアフリカ北部での力が弱まっていたとしても、しかし史実として、彼らイスラム教徒はアフリカ北部からジブラルタル海峡渡ってスペインまで勢力を延ばしたのである。もしフランクの宮宰カール・マルテルがトゥール・ポワティエの戦いで彼らを撃退しなければ、それこそ、そのままヨーロッパの南側(地中海側)を通って、ローマ、そしてコンスタンティノポリスまで達し、それこそ地中海を一周していたかもしれないのだ。ヨーロッパはキリスト教の世界じゃなくて、イスラム世界になっていたかもしれない。ギボンは、もしこのときカール・マルテルが破れていたら、「定めし今頃はオックスフォードの学位試験でコーランが教授されただろう」と言っている。
 イスラム教徒はこの地域に進行し、支配するに当たり、「コーランか貢納か」の選択をさせ、両方を拒否した場合のみ、住民達を殺害していった。イスラムに改宗するか、それとも自分達の財産を彼らに渡して、自分達の信仰を守ることも可能であった。ある意味緩やかな支配体制だったのかもしれない。つまりイスラム教徒の支配を受け入れる側も、条件によっては、徹底的に破壊、略奪などされない事情があるため、力のあった彼らの支配を受け入れたのかもしれない。
 一方勢力を伸ばしていくイスラム教徒側には、その報酬としてマホメットや初期の彼の後継者達はコーランの教え基本的にを守っていれば、兵士達に略奪した財宝や奴隷、女達を自分達のものにすることを認めていた。この点は割と現実的であった。
 そして戦争になれば、マホメットや初期の後継者達は自ら前線に立ち、兵士達を鼓舞していく。彼らはまさしく予言者であり、王であり、その代理人であった。ここはキリスト教とは根本的に違う。キリスト教の指導者達が剣を持ちながら、自ら異教徒の前に立って布教などしはしない。
 またマホメットや彼の後継者達は、兵士達に戦いで死ぬことは最も天国に近くに行けることだと鼓舞していく。まさしくそのかけ声は芝居じみているけど、極限状態であれば、指導者の一言は兵士達に絶大な力を与えるのだろう。(この精神はもしかしたら現代のイスラム原理主義者に脈々と生き続けている気がしてしまう)
 これらの事情でイスラムの勢力がかくも拡大していったのではないか。ただ単にイスラムの教えを広めていくという宗教的情熱だけじゃ、こうも広範囲に自分たちの支配を広げることは難しかったのではないかと思う。ただ、ヨーロッパまで進出したイスラム教徒はどこでも起こるお家事情で分裂をしていき、その威力が衰えていく。

 さて7巻の時に書いた、私の高校時代の世界史の先生が言った「ユスティアヌスの火」なる兵器の件なのだが、東ローマ帝国にはもう一つ秘密兵器があったようだ。それは「ギリシアの火」と呼ばれるものである。これは先生が言っていた兵器とは違うし、7巻でギボンが言っているものとは違うから、全く別物だと考えていいのかもしれない。(そもそも「ユスティアヌスの火」という兵器自体怪しいから何とも言えないけど)でも気になったので、書いておく。

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 イスラム教徒は直接コンスタンティノポリスも攻撃している。このとき東ローマ帝国はこの「ギリシアの火」を秘密兵器使う。ギボンによると、この兵器はヘリオポリス出身のカリニコスによって発見された。ギリシアの火の主要な成分はナフサという軽い粘りのある可燃性油であって、このナフサを如何なる方法や割合かは分からないが硫黄および常緑の樅から抽出される樹脂と混ぜた混合物で、濃い煙と大音の爆発を生じながら強力かつ執拗な火焔を放射し、その火は単に垂直に上昇するばかりではなく同じ勢いで同時に下方もしくは横へ燃え広がった。それは水を掛けても消えるどころか、火勢は煽られて一層強まった。敵軍の悩みの種はこれが海陸両方で、また会戦でも攻囲でも均しく効果的だった。城壁から大きな手桶で浴びせられたり、石もしくは鉄製の赤くて熱い球に詰めて発射されたり、この可燃性の油をたっぷり浸み込ませた亜麻布や麻屑を弓や投槍に巻き付けて発射された。あるいはガレー船の舳先に据えられた銅筒から発射された。
 この「ギリシアの火」は最高秘密とされたが、最後にはイスラム教徒に盗まれ、今度は「サラセンの火」として14世紀まで使用されたという。

2005年10月13日

ギボン著『ローマ帝国衰亡史』第8巻

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 とにかく、疲れてきた。後3冊を残すのみとなったが、この巻を読むだけでへとへとである。
 この巻はユスティニアヌス帝の治世を1冊に書かれた前巻とは違い、彼の死後6世紀から一気に14世紀の神聖ローマ帝国皇帝オットーまで書きつづられている。しかもこの巻には、その後のキリスト教教義問題も記述されており、本当に読むのに苦労した。
 しかもこれを読んでいるうちに私の病気?が起こり、どうしようもなかった。 私は年に何回か全く本を読むのを受け付けなくなる。こうなるとどうしようもなく、ただ本が読めるようになるまで待つしかないのだ。ひどいときなど1ヶ月くらい全く本が読めない状態になる。今年は不思議とそんな症状はなかったのだが、ここにきて本を読むことが嫌になってしまった。しばらく本を読むこと中止したが、幸い今回は症状が軽く、何とか続きを読むことができた。ただちょっと時間が空いてしまったので、キリスト教の教義問題を扱った章は理解できなかった。そのため再度この部分は読み直した。(結局読み返してもよく分からなかったが・・・)

 さて、その東ローマ帝国である。ユスティニアヌス帝の死後、甥のユスティヌス2世がその皇帝になるが、例に漏れず、有能な皇帝の後は、凡庸な皇帝が即位してしまう。今回も同様なのだが、このユスティヌス2世は自分の能力のなさを自覚していたため、有能な人物に皇帝職を禅譲したのであった。しかし世の中なかなか有能な人物などそう簡単にいるものではない。やっぱり皇帝としての能力に欠ける者が東ローマ帝国の皇帝になってしまう。
 ただ不思議なことに、こうして凡庸な皇帝が続いて即位し、国が荒廃しても、今まではその後に必ず有能なローマ皇帝が出てきたことである。コンスタンティヌス帝にしても、テオドシウス帝にしても、ユスティニアヌス帝(ちょっと違うかなぁ)などが出て、一時的にローマ帝国を立て直す。逆にそのことがローマ帝国の寿命を少しでも長くした。
 今回も、そういう人物のお陰で東ローマ帝国の一時栄光の時を得た。皇帝ヘラクリウスはそれまでの東ローマ帝国皇帝とは違い、自らも戦場の前線に立ち、ペルシア軍と戦いを挑む。ペルシアとの戦争に当たり、もし自分が戦場で倒れたときのことを考え、その後を元老院に頼み、またペルシア以外に帝国に侵入してくる蛮族とは友好を維持し、心おきなくペルシア軍と対峙した。それなりの覚悟をしてペルシア軍と戦いを挑んだわけで、結果ペルシア軍を蹴散らすことに成功する。
 しかし国を挙げてペルシア軍と戦いを挑んだ結果、戦後国力は更に低下し、本当にどうしようもない状態に東ローマ帝国は追い込まれる。彼の死後、600年の期間、計60人の皇帝が即位し、あるいは退けられた。皇帝1人あたりの在位期間は平均10年という、とんでもない不安定な政局を強いられていく。
 こうなるとギボンも一人一人の皇帝を詳しく記述することが出来ず、ほとんど後半は東ローマ帝国の「皇帝列伝」みたいになってしまっている。読む方もボケッと読んでいると、誰が誰だか本当に分からなくなっていく。

 ところで何故ギボンはこの『ローマ帝国衰亡史』を書いたのか気になっていたが、その答えが一つこの巻に記されている。
 この巻は東ローマ帝国のことを書いているのだが、はっきり言ってもうどうしようもない状態の国のこと故、長々と書く必要性がないことをギボン自身書いている。それでもこの国のことを書くわけは、「失われた属州の地域は直ちに入植地や新興の王国となった再生し、平和と戦争の積極的徳性は敗退したローマ側から勝利した諸民族の側へ移動したから、われわれが東帝国の衰亡の原因と結果を探求せねばならぬのはこれら諸民族の興起と制覇、彼らの宗教と政治においてなのである」とギボンは言う。つまりこれはパラドックスであって、この時代に新しい王国が成立するに当たり、その国のことを直接描くのではなく、旧体制(この場合東ローマ帝国のこと)の衰亡を描くことが、次の時代を担う新興の国を描くことになるのである。ただ単に滅びていくものの哀惜だけじゃないのだ。

 キリスト教の教義問題をここでも取り上げているので、それを書く。
 キリストは三位一体説で神になった訳だが、こうなるとまたしても問題が出てくる。キリストが神ならば、どうして、人間の姿をしているのか?何故マリアの子宮から出てきたのか?「全能の神が笞打たれて十字架にかけられたとか、(彼が神なら)無痛覚なはずの彼の本質が苦痛と苦悶を味わったのか」と様々な疑問が出てくる。確かに言われればそうかもしれないが、とにかくキリストが神であるには、侃々諤々と、ああでもない、こうでもないと理論づけていく。
 特にキリストがマリアの子宮から、人間の子供として生まれたことが最大の問題となってくる。夜、ヨセフが頑張って(夜かどうか知らないが・・・)マリアとの間に子供をもうけたわけだけど、彼が神なら、人間のマリアから生まれちゃうとまずいらしい。(キリストは汚れのない肉体と神性との完璧な融合であり、人間の姿をした神として考えられていたのだ。だから処女受胎なんていうことを考えたのだろう)
 でどう考えたかというと、神としてのキリストが目にみえる姿(人間の姿)でこの世にあらわれたと考えたのだ。これを受肉(Incarnation)という。従って、キリストは神格と人格との2つの位格を持つことにしたのであった。
 問題はこの2つの位格の扱いをどうするかということになる。アンティオキア学派出身のネストリウスはキリストの位格は1つではなく、神格と人格との2つの位格に別れると考え、人格においてキリストを生んだマリアが神の母であることを否定した。こうなるとカトリック教会でマリアを聖母とする立場が危ういものになってしまう。 これじゃまずいわけだ。
 そこでアレクサンドリア総大司教キュロスが、キリストの本性は神性と人性とに区別されるが、位格としては唯一である(位格的結合)、つまり一緒だとする考える方に飛びついた。こうしてくれると、マリアは神キリストを生んだ聖母だということで問題がない。当然ネストリウス派は異端とされ、細々とシリアあたり支持されるが、なんと中国の唐の王朝に伝わったのである。その証拠が「大秦景教流行中国碑」として石碑が残っている。

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 この巻にはもう一つ重大な教義問題が書かれている。「聖像崇拝問題」である。教義的には「聖像崇拝」の問題は以前に書いてあるので、詳しくは書かないが、ここではこれを巡って東西両教会(ローマとコンスタンティノポリス)が事実上分裂をせざるを得ない状況を生むのである。
 東ローマ皇帝レオ3世は「彼の教育と彼の理性そして恐らくユダヤ人やアラブ人との交遊を通じてかねて聖像への憎しみを抱いており、そして自分の良心の命ずる教えを臣民に課するのが君主の義務だと考えた」最初はわりと穏便に自分の主張をしていたレオは徹底的に聖像を破壊した。コンスタンティノポリスでは聖母や聖人の聖像の破壊の嵐となった。当然それはローマにも波及しかなねい。ローマ法王は東ローマ皇帝を破門にするが、皇帝も帝国内にあるローマ法王管轄下の教会を没収する。そのうちローマ法王達は何とか東ローマ帝国から独立しようと考えるようになる。

 しかし西ローマ帝国がなくなってしまったことは、イタリア、いやローマにとって、後ろ盾がなくなってしまったことになるわけだが、それがどういう意味を持つのか思い知らされる。つまりイタリアを守ってくれるものがないわけだから、キリスト教徒であるローマ市民たちは自分達で自分達のことを守らなければならないわけだ。しかし非戦闘員である彼らには、東ローマ皇帝に「助けてくれ」と泣きつくしかない。けれど、東ローマ帝国には、そんな余裕はもともとないし、聖像破壊というとんでもないことを押しつけられる。しかも東ローマ帝国の宦官のナルセスの統治の後、ランゴヴァルト族の侵入に悩まされている状態であった。
 だいたい古代帝国が滅んでしまった場合、廃墟になるか、細々と住人が住むくらいなもので、そのほとんどがその後の歴史の舞台から姿を消す。ましてゲルマン民族が略奪し放題な状態ならそのほとんどが壊滅状態になっても不思議じゃない。残るは、「遺跡」としての歴史的記念物だけである。ギボンはいう「もしもこの都市がこれを再び以前の名誉と支配へ立ち戻らせた一つの生ける原理で活気づけられなかったならば、ローマの名前はかつてのテーベやバビロン或いはカルタゴと同様に地球上から消滅していたことだろう」と けれどローマは違った。ローマはヨーロッパの精神的支柱として再生するのである。その再生のキーワードがローマカトリック教会である。ペテロやパウロが処刑されたという伝説がこの都市の「護符として崇敬されるに至った」のである。そしてそれを確かなものにしたのが、このペテロの座にいたグレゴリウス1世であった。彼はローマの司教、イタリアの首席司教、西ローマ帝国の使徒の役割を背負うことになる。
 とにかく東ローマ帝国から距離を置かなければならない。そこで法王ステファヌス3世はフランク族に助けを自ら求める。フランク族の宮宰ピピンはそれに応じ、イタリアへ遠征し、ランゴヴァルト族から奪還した土地を