2011年02月18日
高橋秀実著『からくり民主主義』
この本は先に読んだ村上さん本で知った。村上さんがこの本の解説を書かれていて、それが先の本に収録されていた。それを読んでなんか面白そうと思い、手に取った。
確かに面白かった。
「結局本当のところはどうなのよ」というところ追求したかったのだろうが、この本は取材すればするほど、わからなくなっていく。そしてもしかしたら様々な反対運動は、結局自分たちの現在の生活、あるいはこれから先を保証させる担保じゃないかと疑いたくなっていく。こうなると本当にみんなが平和や安全や自然環境保護など望んでいるんだろうと思ってしまう。それを壊す人間たちに、心から反対しているのだろうか、と思いたくなる事例がいくつも紹介されている。
あるいは市民運動が本当に世を憂いて行われていたとしても、いつの間にか本来の意味を失ってしまっている現実を知らされると、ますます迷走していく感じだ。
たとえば諫早湾干拓問題については最近民主党のバカ政権は諫早湾の堤防を開けると決めたみたいだが、ここでは有明湾の漁民と長崎の農民との対立が問題となっている。ニュースにもなっている。けれどニュースになればマスコミの取材で宿泊客が増え、旅館は商売繁盛なのである。
特に漁民の「宝の海を返せ!」という主張が干拓事業が環境破壊に写って、大きく取り上げられている。中でも有明海の海苔の不作が問題となっているらしいが、著者が調べてみると佐賀県、福岡県、熊本県の漁協によってはばらつきがあり、中には堤防締め切り後、以前より海苔の出来がいいところもある。干拓事業と海苔の不作の因果関係は説明できないらしく。海苔の出来不出来は徹底した管理と腕で、粘りと頑張りであると言い切る一部の漁民もいる。しかしそれはタブーである。それを言うと他は腕がなかったせいだと言われるので、それ以上のことは言ってはいけないらしい。しかも海苔の養殖には不作はつきものらしく、今回はその被害が大きかったのでその原因を干拓事業に持って行っただけのことらしい。
通常天災による被害の場合、融資の適用を受けるのだが、今回はこのようにばらつきがあるため融資が適用されなかった。そこへ持ってきて海苔漁民は莫大な設備投資を堤防着工前後にしていた。設備投資の主な理由はコンビニのおにぎりである。その需要が増して、単価の安い海苔を求められ、漁民は大量養殖を余儀なくされた。狭い場所に海苔網を張れば、病気にもなる。しかもコンビニ業者は品質管理が厳しいので、異物の混入は許されないから異物除去の機械も購入しなければならない。もちろん返品も多くなっていた。大量養殖は場所の確保も必要になり、その前払い賃料も馬鹿にならないらしい。
こういう状況下で、海苔が不作になれば、その怒りを干拓事業に持って行くしかなくなっているのらしい。長崎側の農民にすれば「有明海の潮の流れは反時計回りです。つまり熊本、福岡、佐賀の海に捨てられた汚染物質が、潮の流れに乗って諫早湾に辿り着いていたんです。ノリ養殖の酸処理剤、工場排水、PCB・・・・すべてわれわれの所にずっと流れ込んで、奇形魚まで見つかっていたくらいですよ。潮受け堤防ができる前に、すでに干潟は死んでいたんです」となるらしい。
あるいは今国会でもめている沖縄米軍基地問題の取材だと、本音はどうなんだろう、と思えてくる。この本を読んでいくと、沖縄の基地問題はけしからんと怒っているわけにはいかなくなっていく。
たとえば今問題となっている普天間基地。この基地は世界で一番危険基地と言われている。基地が市街地にあるからだ。けれどこの本によると、市街地が出来たのは基地が建設された後であるらしく、要するに基地の「地の利」を生かし、「計画的に」次々と建物が建ち、多くの人が移り住んできたから、こういう状況になったという。
こんなことはまったく知らなかったし、報道もされていないと思う。だから私はまったく逆にもともとあった市街地に隣接して後で作られたものだと思っていた。
さらに普天間基地には2000人の軍用地主がおり、年間47億円借地料を受けとっている。返還はかなりショックだったらしく、地主のアンケートでは70%が「返還を希望しない」と答え、47%「借地料が切れると生活が困窮する」とも答えている。地主の6割が60歳以上であり、返還され厄介事を抱え込むより、借地料暮らしが楽と考えているわけだ。著者は「土地を奪われたという『犠牲』は、今はすっかり特権なのだった」と書いている。
「反対する人を非難してはいかん。反対は政府を刺激するから、いい方向へ物事がいく。言ってみれば、ソバと七味唐辛子の関係なんだな。ソバに七味唐辛子を入れると、おいしくソバが食べられる。反対分子が頑張れば、それだけ得るものは大きいんだ。でも、七味唐辛子の中にソバを入れて食べる人はいないでしょ。食えたもんじゃない。本当は誰もそんなことは望んでいない」
地主の代表は毎年予算内示期間に防衛省施設局を訪れ、借地料の陳情を続ける。“反対”のおかげで要求額は満額通り。年間821億円(2000年沖縄県借地料総額)、年約4%の上昇を維持している。もちろんこれは税金である。だから沖縄県知事が日本中に基地被害や事故を訴えれば訴えるほど、いい宣伝となり、彼らにとっていい功績となっていくのだ。
また基地がある土地を返還されても実際問題困るらしい。実は沖縄の土地所有の公図は沖縄戦ですべて焼失している。その上フェンスで囲まれてしまったので、どこの誰の土地であるかはっきりしないそうだ。戦後自己申告によって面積を加算していくとフェンスを越えて海まではみ出してしまったらしい。いない人間が土地を持っていたと主張したためである。
もしこれが返還されると、“わからない”現実が出てくる。電気や水道などのインフラをどう通すのか?境界線がはっきりしないため、間違いなく所有権で問題が生じるらしい。さらにアメリカ軍が実弾演習でミサイルや銃弾がバンバン打ち込まれていて、中にはかなりの不発弾が残っている。それを返されたって、今更どうしようもない。
普天間の移設先が辺野古は自然の海といわれ、ジュゴンが生息する海と報道されているいるが、地元ではジュゴンを見た人はいないらしく、ただしらけるだけだそうだ。辺野古の海を地元の人は次のように言う。
「汚い海ですよ。ここは採石場から流れる赤土や生活排水が垂れ流しですからね。いまさら、突然、“海は宝”と騒がれてもねえ・・・」
同じことが若狭湾の原発銀座のもある。若狭湾にはわずか直線50キロメートルの海岸沿いに15基の原子炉が並んでいる。ここまで原発が増えてしまうと、今更「危険だ」と言われても今ひとつピンとこなくなる。辺鄙な町に道路や橋が欲しければ、原発を作れば早いと大手ゼネコンの熊谷組に持ちかけられ、それを受けいていく。もうこのときにはすでに原発があったから、ある以上これを誘致しても同じだ、という論理である。もちろん反対運動もある。そのために工事が中断することもある。けれど工事が中断すれば、換算電力から支払われる漁協への補償費は2億8000万から4億3000万と跳ね上がっている。こうなれば当然それにあやかろうとして慌てて漁業権を主張する輩も出てくる。反対派は住民に次にように言われる。
「反対運動があれば関電はようけ出しますから、みんなあんたのおけげだ」と。
「反対運動は大切ですわ」
「原発誘致は全員賛成ではあかんのですわ。大体、賛成55、反対45くらいがちょうどええんですわ」
「全部賛成は困ります。原発ベッタリになってはいけませんわ。これくらいのバランスだと、安全管理もしっかりやってもらえるから、ちょうどいいんですわ。運動が盛り上がって反対が50を超えたときは、しばらく冷却期間をおくんです。そうするとやっぱり原発に頼らざるをえないという気になる。そして反対熱が冷めたあたりにすっと始める。それが理想です」
「若狭は20年以上、どこかしらで原発を建設していました。ずーっとバブルだったんです。それが二年前、もんじゅの建設が終わって、何もなくなり、さあ、ポスト原発は何を、と考えたところ、やっぱり原発しかないんですね。もうそういう体質になってしまっている。あれ(原発)がくればまた夢が、と地元では思ってしまうんです。確かにこんな金をもってきてくれる企業は他にはありませんから」
原発が出来ると、町には巨額な交付金が入る。過疎地域の指定を受けていた町の財政は、原発によって一気にふくれあがるのである。沖縄の時もそうであったが、ここでも「反対の賛成」なのである。
以上が反対の裏側の一面である。これをどうこう言うことは私には出来ないけれど、ただテレビニュースに流される反対運動にはいかにも住民が困っているという側面だけを放映していくが、こういう側面もあって不思議じゃない。いやあるんじゃないかと思っていても、一切そんな報道はない。弱者が困っているというのが視聴率がとれる。個人のそうした感情を正義に転換する際、『世間』なるものが現れてきて、それが世論となるのだから面白いものだ。今民主党に再度抱きつかれている社民党は普天間基地の移転を強く主張していて、沖縄の味方を演じているけれど、もしそうなったらその後をどう考えているのか、聞きたくなってくる。特にこんな話を読んでしまうと余計にそう思う。
最後の笑ってしまったことを二つ書く。一つは「小さな親切」運動である。これは小さな親切が荒廃した日本の社会を救うというものである。この運動を推進している本部があるらしく、何をやっているかというと、世間で親切行為を見かけた人が、この本部に推薦して、表彰するのである。バッジをくれるらしい。あるいはそうした美談を公開する。要はあのときの親切をありがとう、と言うのである。あるいは他人が施した親切を見て、我がふりを直し、反省するのである。
群馬県にある明和高校は生徒全員がこの「小さな親切」運動の会員で、全校をあげて電車やバスの席ゆずりに励んでいるという。この高校では成績で競い合うのではなく、卒業まで何回席をゆずれたかを競い合っているらしい。笑っちゃうのは、数多く席をゆずるこつは、「まず自分が座ること」だそうだ。確かにゆずる側が座っていなければゆずりようがない。こういう人はまず自分が電車やバスに乗ったら、目を皿のようにして空席を探すんだろうな。そして少しでも隙間があれば飛ぶようにそこへ行くんだろう。
この運動を批判する気持ちはない。けれどそれを競い合うようなると、どこかがおかしくなっていく。親切をすることが目的となってしまうと、席をゆずる前にまず座ることことがコツだと平気で口に出せるようになってしまう。
あるいは善行を感動の美談にまで持ちあげるためには、「親切しそうにない人」(たとえばやくざ風おっさん、ダンプの運転手、茶髪の若者)が善行をして自分はしなかったと反省することである。それは明らかに偏見であるけれど、その方が深く心にしみるわけである。
もう一つが岐阜県の白川郷ある。ここは世界遺産となっている。今や「日本を代表する農村文化遺産」なのだ。そしてそれを求めて観光客が押し寄せる。
「うわっ、田舎のにおい」
「昔に戻ったみたい」
「日本だね」
そういう郷愁が観光客を集める。しかし実際ここで暮らしている人々にとって迷惑きわまりないものでもある。地元の人が忙しく仕事をしているのに、バカな観光客はいちいち話しかけてくる。むやみに歓声をあげる。町内には「話しかけないで下さい」という貼り紙まであるそうだ。観光シーズンになると道は渋滞し、そのため町民は外出を控えるし、急病人が出ても救急車も呼べない状況に陥る。
町人は「本音を言えば、今でも合掌をおろしたいんです(壊すの意)」と言う。なぜなら、「こんな不衛生な建物はありませんよ。風が吹けば天井から茅のカスやゴミが降ってくるし、雪下ろしだって大変。この家の形も蚕を育てるためのもんで、今となっては必要ないし、二階も使えないんです。子供部屋もつくれない。誰だって住みたいなんて思わないですよ」と。保存のための規制も厳しい。金もかかる。簡単に修復さえできない。何しろ世界遺産である。家の周りはみんなのものなのだ。
では何で保存するのだろう、と著者は疑問を呈する。
「不公平があってはいけないので、一律が原則。おれが我慢しているのだから、おまえも我慢しろということなんです」
という答えが返ってくる。勝手にやると村八分になる。町を規制しているのは実は町民自身なのである。
結局そうなってしまった以上、反対は今の生活の保全の役目をしていることがあるんだということと、それを取り払ってしまうと生活が成り立たない現実もあることを知りべきなのだろう。すべてが「国民感情」とか「国民の声」ということで済まされないのだ。
評価
★★★★
書誌
書名:からくり民主主義
著者:高橋 秀実
ISBN:9784101335544
出版社:新潮社 (2009/12/01 出版)新潮文庫
版型:354p / 15cm / A6判
販売価:619円(税込)
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- by kmoto
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