2009年11月20日

夏目漱石著『こころ』

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 実はこうして漱石を読んできたのはこの『こころ』を読みたくて、他の作品を読んできた。私はこの物語が大好きで、もう何度読んだろうか?そのたびに泣きたくなるのも毎度のことだった。
 ただ今回はどうだろうかと思った。これまで読んできた漱石の前期三部作、後期三部作の登場人物にかなりの不満を感じていたので、今までのように手放しで感動出来るかどうか不安であった。いずれもただ単に相手の気持ちと自分の気持ちとの間で苦悶するだけで、その先一向に光が見えないまま、終わってしまう話にいささか鼻についていたからだ。しかも彼等は生活に余裕があって、生きることに汗水流さないで済む分、普通生きることに必死の人なら、一銭でもお金を稼いでいるところを、ただ邪推や妄想の日々で終わるのである。どこか自分たちは特別なんだという臭いがプンプンしてしまうのである。それが鼻持ちならなかった。
 そう感じていたから、この『こころ』もそういう話の一つになってしまうのではないかと思ったのだ。それはとにかく好きな物語だったから、出来ればそうであって欲しくなかったのである。
 結論から言うと、今回何度目かわからないが、この物語を読んで、一番感動が少なかった。
 こうなると昔読んで感動した本を改めて読み直すというのは、時にその当時の感動に疑問を呈することもあるから、考えものだ。昔感動したからといって、読み直して同じ感動が味わえるかというと、そうでもないことが多いのかもしれない。

 さて、『こころ』である。解説によると、この『こころ』はいくつかの短編を書き継ぎ、それを合わせて総題として『こころ』とする予定で、漱石は最初にこの本のメインとなる「先生と遺書」を書いたのだそうだ。ところが片がつかなくなって、その前に「先生と私」を書き、そこで私と先生の出会いを明らかにし、次に「両親と私」で自分の父親と先生を比べることで、先生の姿をより明らかにしようとする。
 私は父が危篤と聞いて、大学卒業後すぐ国元へ帰るのだが、父親は私が大学を卒業したことを素直に喜ぶ。その姿とたかが大学を卒業したくらいでといった冷ややかな態度の先生と比較し、その冷めた態度の先生の方が、余計に偉く見えたりする。そんな私のところに先生から膨大な量の手紙が来る。それが「先生と遺書」となって結びつくことになる。そこで先生の過去が明らかにされ、自殺へと結びつく経緯を知ることとなる。だからこの「先生と遺書」が物語のメインとなるわけだ。
 まず「先生と私」で、先生との出会いを描く。「私はその人を常に先生と呼んでいた。だから此処でもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮といよりも、その方が私に取って自然だからである」といって始まる。
 私は何度も先生のお宅に出入りし、先生が定職にも就かず、半ば隠遁生活している姿に疑問を感じつつ、先生ともあろう人がどうしてこんな生活をしているのか、聞きたくても聞けないまま、どこかに暗い影を感じつつ、先生の話しぶりから、先生を知ろうとする。 そんな中私は「人間を愛し得る人、愛さずにはいられない人、それでいて自分の懐に入ろうとするものを、手をひろげて抱き締める事が出来ない人、-これが先生であった」と先生の人物評をする。
 先生は私にすべてを語らなかったが、ぽつりぽつり含みのある言葉を私に投げかける。

 「私は世の中で女というものをたった一人しか知らない。妻以外の女は殆んど女として私に訴えないのです。妻の方でも、私を天下にただ一人しかない男と思ってくれています。そういう意味から云って、私達は最も幸福に生れた人間の一対であるべき筈です」

 先生は自分たち夫婦を本来なら幸福な人間であるはずなのに、それをそうだとは言い切らなかった。ここに夫婦の間に何か暗い影を感じさせる。

 「かつてはその人の膝の前に跪いたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです」

 「然し悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にある筈がありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変わるだから恐ろしいのです。だから油断が出来ないんです」

 、と言ったりする。

 この新潮文庫に収録されている江藤淳さんの「漱石の文学」で、江藤さんがうまいことを言っている。こうした漱石の物語の運び方を「いわば告白しないことによって、告白し、虚構や象徴によってのみ自己の秘密を語るという、漱石独特の手法」だというのである。まさにこの物語はそうした手法を取りつつ、前作同様手紙ですべてを明らかにする方法をここでもとっているのである。

 そして「先生と遺書」ですべてが明らかになる。先生が最初から悪人なんていない。それが急に変わるのはお金のためだと言うのは、先生が両親を失って、自分を養育してくれたと恩を感じていた叔父が、先生の遺産を使い込んでしまったからだ。自分はだまされていたことを知ったから、そう言ったのであった。
 辛うじて残った遺産を処分して先生は東京に出て来る。そして母娘がいる家に下宿することとなる。最初は赤の他人である先生と母と娘はぎこちないところがあったが、その内打ち解けるようになって行き、先生もこの親子と暮らしているうちに、人間不信になっていた自分の気持ちが人間らしさを取り戻していくのを感じてくる。
 そこへ友人のKを連れてきて、一緒に住むことになった。Kは真宗の坊さんの子であったが、医者の家に養子に出された。養家ではKを医者にするために、東京に出した。ところがKはまったく医者になるつもりがなく、養家をだましながら大学で違う勉強をしつづけていた。結局Kは養家をだまし続けることが出来ず、真実を明らかにしたことで、養家の怒りを買い、仕送りが断たれたのであった。先生はKの後見人を自認していたため、Kを自分が下宿していた家に一緒に住むことにしたのである。先生は自分がこの親子の御陰で荒んでいた自分の気持を和らげてくれたことから、それをKにも望んだのである。
 ところが先生はKと宅のものが段々親しくなって行くのを見ているのが、余り好い心持ではなかくなっていく。特に御嬢さんと仲良くなって、一緒にいるところを見ると、嫉妬した。
 ある時Kから御嬢さんに対する切ない恋を打ち明けられた。その時先生は「私は彼の魔法棒のために一度に化石されたようなものです。口をもぐもぐさせる働きさえ、私にはなくなってしまったのです」とこの遺書で告白するのであった。先生はなんとかしなければならないと焦り、Kが学問で精進していることをよく知っている先生はKに向かって「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と言って女にうつつを抜かすKを非難する。
 その一方で、先生は自分の気持ちをKよりも早くこの親子に告白をしなければならないと思い、Kの気持を知っていながら、Kを出し抜いてこの母親に娘を嫁にくれと伝えるのであった。先生はKに勝った。しかしKをだまし、出し抜いたことに後悔する。

 「私はその刹那に、彼の前に手を突いて、謝りたくなったのです」

 そして先生と御嬢さんとの結婚話を聞いたあと、Kは自殺した。先生は取り返しのつかないことになったことを自覚する。

 「要するに私は正直な路を歩く積りで、つい足を滑らした馬鹿ものでした。もしくは狡猾な男でした」

 「おれは策略で勝っても人間として負けたのだ」

 「世間はどうあろうともこの己は立派な人間だという信念が何処かにあったのです。それがKのために美事に破壊されてしまって、自分もあの叔父と同じ人間だと意識した時、私は急にふらふらしました。他に愛想尽かした私は、自分にも愛想を尽かして動けなくなったのです」

 Kの葬式のあと御嬢さんは先生の妻となったが、先生後ろにはいつもKの姿があった。自分が軽蔑していた叔父と自分がKにしたことが同じであることに苦しみ続けた。毎月命日にはKの墓参りを欠かさなかったが、その内先生は“自己処罰”を思うようになる。ただ自分が死んだら妻はどうなると考えると、なかなか行動には移せなかった。だから先生は「私は妻のために、命を引きずって世の中を歩いていたようなものです」というのである。
 あるいはKとのいきさつを話せば、妻は嬉し涙をこぼしても私の罪を許してくれたに違いないと思う一方、自分の罪で妻の心を汚してしまうことに忍びなかったのであった。

 「私はただ妻の記憶に暗黒な一点を印するに忍びなかったから打ち明けなかったのです。純白なものに一雫の印気でも容赦なく振り掛けるのは、私にとって大変苦痛だったのだと解釈してください」

 そんな時明治天皇が崩御した。先生は「その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、その後に生き残っているのは必竟時勢遅れだという感じが烈しく私の胸を打ちました」と書く。先生は自分が生きた明治が天皇崩御で終わったことで、その間自分が人間形成をし、叔父を軽蔑し、そして自分も叔父と同じであったと自覚するに至った時代にけじめがついたと思ったのである。あるいは乃木大将の殉死が後押ししたのかもしれない。先生はその後妻を残し、自殺するのである。“自己処罰”のために。

 ところで夏目漱石は江戸幕末の慶応3年に生まれ、大正5年に死亡した。漱石の50年近い生涯はまさしく明治という時代そのものであった。漱石は明治精神をそのまま生きてきた。だから明治天皇の崩御はかなりの影響を残したはずだ。それをこの先生に託したと言っていいのかなと思ったりする。


 今回同じ『こころ』でも新潮文庫版と集英社文庫版の写真を掲載した。読んだ方は新潮文庫であったが、集英社文庫は解説を読んで、それを参考にさせてもらった。


評価
★★★


書誌
書名:こころ (改版)
著者:夏目 漱石
ISBN:9784101010137
出版社:新潮社 (2004/03/15 出版)新潮文庫
版型:378p / 15cm / A6判
販売価:380円(税込)


書誌
書名:こころ
著者:夏目 漱石
ISBN:9784087520095
出版社:集英社 (1991/02/25 出版)集英社文庫
版型:340p / 15cm / A6判
販売価:320円(税込)

2009年11月18日

夏目漱石著『行人』

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 続いて漱石を読む。今回も「高等遊民」の長野一郎が自分の妻の直を信じられず、直の気持が弟の二郎に向いているんじゃないかと疑うところから、この物語は始まる。そのため二郎に自分の妻と一晩泊まって、妻の気持ちを確かめてくれという、とんでもないことを頼む。頼まれる二郎もどうかと思うのだけれど、まずは一郎の猜疑心にはいささか呆れる。
 とにかく二郎は気難しい兄の言うことには逆らえないので、結果として一晩直と夜を一緒に過ごすことになり、その夜のことを兄の一郎に報告する。この時になって二郎は自分が兄から疑われていることと、自分がいくら兄の頼みごととはいえ、嫂の気持ちを確かめるなど馬鹿なことをしたことに後悔するのだが、私からすれば、「あんたもどうかしているよ」と言いたくもなる。
 それにしても漱石が人物設定する「高等遊民」という輩は、まったくどうかしているとしか言いようがない。行動することより、頭の中であれこれ考え過ぎることから、つまらん邪推が生まれ、本来なら考えなくてもいいことが自分の頭の中で広がっていき、今度はそれで身動きがとれなくなるのだから、どうしようもない。
 確かに人はあらゆることで考え過ぎることがある。ただどうでもいいことを深く思い至るところはあるにしても、これほどじゃないだろう。誰にだって“不信”はある。そのためにさまざまなことに猜疑心を抱き、さらに気持が荒んでいく。しかし一郎の直に対する疑念は異常であるとしか思えない。自分以外本当のところはわからないのが当たり前なのだが、それをわかりたいと思うところに、一郎の破綻があるのだ。
 一郎が何故妻の直の気持を疑うようになっていったのか、その原因はこの物語ではつまびらかにされていないが、ただ直の日常の態度からそう察するのだろう。でもその直がそうした態度に出ているのは、結局一郎がそうさせたところがある。一郎と一緒に暮らしているうちに身につけた処世である。それを二郎は次のように言う。

 あの落付、あの品位、あの寡黙、誰が評しても彼女はしっかりし過ぎたものに違いなかった。驚くべく図々しいものでもあった。
 或刹那には彼女は忍耐の権化の如く、自分の前に立った。そうしてその忍耐には苦痛の痕跡さえ認められない気高さが潜んでいた。彼女は眉をひそめる代わりに微笑した。泣き伏す代わりに寡黙に端然と座った。恰もその座っている席の下からわが足の腐れるのを待つかの如くに。要するに彼女の忍耐は、忍耐という意味を通り越して、殆ど彼女の自然に近い或物であった。

 二郎は直がそうなったのも一郎のせいだと見抜いているのに、直にもう少し兄に対してやさしくなれという。でも直は「だから先刻から云ってるじゃありませんか。私が冷淡に見えるのは、全く私が腑抜の所為だって」と言うだけなのである。
 
 こうして一郎の懐疑心が、家族からの孤立を生み、それとともに一郎の神経の病的変調ともいえる状態が生まれる。家族もそれを心配し、気晴らしに旅でも出たらどうかということで、一郎の友人であるHと一緒に旅に出させる。
 物語はここからHによる一郎の精神状態の記述となる。私から言わせればわざわざ一郎の精神状態をここで明らかにする必要性を感じないのだけれど(多分そうだろうなと思えるから)、まぁ、Hの言う一郎姿を書くと次のようになる。

 兄さんは鋭敏な人です。美的にも倫理的にも、智的にも鋭敏過ぎて、つまり自分を苦しめに生れて来たような結果に陥っています。兄さんは甲でも乙でも構わないという鈍な所がありません。必ず甲か乙かの何方かでなくては承知出来ないのです。しかもその甲なら甲の形なり程度なり色合なりが、ぴたりと兄さんの思う坪に嵌らなければ肯がわないのです。兄さんは自分が鋭敏なだけに、自分のこう思った針金の様に際どい線の上を渡って生活の歩を進めて行きます。その代わり相手も同じ際どい針金の上を、踏み外さずに進んで来て呉れなければ我慢しないのです。然しこれが兄さんの我儘から来ると思うのは間違いです。

 けれども、是非、善悪、美醜の区別に於いて、自分の今日まで養い上げた高い標準を、生活の中心としなければ生きていられない兄さんは、さらりとそれを擲って、幸福を求める気になれないのです。寧ろそれに振ら下がりながら、幸福を得ようと焦燥るのです。そうしてその矛盾も兄さんは能く呑み込めているのです。

 そうなのだ。一郎の今までしてきた知的生活、すなわち学問的の追求姿勢をそのまま実生活に移せば、唯単に猜疑心しか生まないのだ。このような現実乖離した生活感では、そうした姿勢がそれほど意味をなさないばかりか、時には邪魔にさえなることも一郎はわかってはいる。その証拠に「平生読み破った書物上の知識を残らず点検した揚句、ああああ画に描いた餅はやはり腹の足しにならなかったと嘆息したと云います」とHは書くのである。
 一郎はわかってはいるのだ。だけどそれが出来ずに苦しんでいる。まるで智恵だけが独立したかのように、一人歩きしている自分をわかっているのである。
 それでも自分がこれまでやってきたことは、絶対だと思うところには救いはない。だからHが一郎が宗教家になるために、今は苦痛を受けつつあるのではなかろうかと思うけれど、一郎はそれを否定する。一郎は自らやってきた生活と、実生活の乖離に苦しんでいるだけのことで、決して宗教家になるための修行をしている訳じゃないからだ。一郎はあくまでも実生活でも自らの幸福を求めてやまない人間でもあるのだ。
 結局この物語も行き着くところまで行き着いて、物語が終わる訳じゃなく、“寸止め小説”として、こうしたジレンマに苛まれたまま終わる。それ以降どうなっていくのか、読む側に考えさせるということなのかもしれないが、結局このまま悩み続け、これ以上の解決策は見出せないのではないかという予感だけが残る。後は一郎が狂ってしまうかであろう。
 漱石が描く精神の高貴さを追求する人が、実生活でのギャップに悩み続ける姿は、それだけを見れば尊い感じがしてしまう。けれど、どっぷり俗世間のしがらみに縛られている今の自分がこの物語を読むと、そういう知的生活、学問的探求と同じような姿勢では生きていくのは難しいだろうと思うのだ。むしろちっとも尊いと思えなかった。頭でっかちの戯れ言聞いている感じでもあった。


評価
★★★


書誌
書名:行人 (〔平成5年〕改版)
著者:夏目 漱石
ISBN:9784101010120
出版社:新潮社 (1996/10 出版)新潮文庫
版型:417p / 16cm / 文庫判
販売価:539円(税込)

2009年11月13日

夏目漱石著『彼岸過迄』

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 また漱石に戻る。この『彼岸過迄』というタイトルは、漱石が序文でことわっているように、彼岸過ぎまでに書き上げる予定だから、そういうタイトルを付けただけだという。だから物語の内容とは何ら関係ない。最初、田川敬太郎の就職活動を須永の叔父に依頼するところから始まるので、この物語は敬太郎の話かと思われるが、実は彼の友人である須永と従妹の千代子の物語である。敬太郎はあくまでも須永の心持ちを観察し、聞いた話を語るだけの役割である。解説によるとこの手法は『猫』と同じ手法で、それが成功したものだから、今回もその手法を使っているのだという。猫が主人を観察することでその物語は成り立ったが、今回は敬太郎に猫の役目をさせ、須永を観察することで、須永の物語となる。

 この本も高校時代読んでいる。ただ当時はなんて言うのかな、世俗とは関係のない精神の尊さというか、そんなものに感動したのだけれど、今回は少々鼻持ちならないところを感じてしまう。
 当時私は普通の高校生だから、親抱えで、生活することに何ら心配のない時であった。だから生きることが今みたいにお金と直接結びつかずにいた。そのため人間の精神のあり方、あるいは葛藤だけが、ストレートに感動を呼んだのだろうと思える。しかし今は違う。敬太郎にしても、須永にしても、叔父の松本にしても、世間離れした生き方出来る人間の戯れ事のように思えてしまったのである。
 前期三部作にも「高等遊民」という言葉が出て来る。これは漱石の造語で、意味は大学を出ても職に就こうとはせず、職業のために心を汚し、あくせくしない、余裕ある時間を持つ人に対していう言葉だ。漱石はそうした恵まれた環境に育ち、何の心配もなく高等教育を受け、卒業しても、慌てて仕事を探さなくてもすむ人間の恋愛関係だけを取り上げる。だから気持だけであって、そこには生活するために“生きる”という姿が欠けている人達ばかりの話に感じてしまう。幸い『門』だけは生活の臭いがする分、救われるが、後は、余裕のある人間の物語にしか感じられないのである。
 やたら高慢で、うぬぼれの強さが至るところで見られる。自分は高等教育を受けてきて、人とは違うんだという視線で相手を見ているところがいたるところにある。そしてそうした教育を受けることだけがそれまでの人生だったから、生活する能力はないのだと平気で言えるのである。だからそれまであれこれ考えていたのに、話が現実的になると、尻込みしてしまうのだ。

 須永の母親は千代子を子供の頃から、須永の嫁に欲しいと言っていた。それは須永が自分の息子でなかったからだ。自分の生んだ息子じゃないからこそ、血縁関係を考えて、千代子を嫁に迎えたかったのであった。須永は母親のそうした意志のもとで、千代子と過ごしてきた。子供の頃からの幼なじみだったからこそ、自分が千代子を愛しているのかどうか判断できなかったし、自分が受けてきた高等教育や甘ちゃんで育ってきた自分を省みて次のように思う。

 僕は常に考えている。「純粋な感情程美くしいものはない。美くしいもの程強いものはない」と。強いものが恐れないのは当り前である。僕がもし千代子を妻にするとしたら、妻の眼から出る強烈な光に堪えられないだろう。その光は必ずしも怒を示すとは限らない。情の光でも、愛の光でも、若くは渇仰の光でも同じ事である。僕は屹度その光の為に射竦められるに極まっている。それと同程度或いはより以上のの輝くものを、返礼として彼女に与えるには、感情家として僕が余りに貧弱だからである。

 千代子が僕の所へ嫁に来れば必ず残酷な失望を経験しなければならない。彼女は美くしい天賦の感情を、有るに任せて惜気もなく夫に注ぎ込む代りに、それを受け入れる夫が彼女から精神上の営養を得て、大いに世の中に活躍するのを唯一の報酬として夫から予期するに違いない。年の行かない、学問の乏しい、見識の狭い点から見ると気の毒と評して然るべき彼女は、頭と腕を挙げて実世間に打ち込んで、肉眼で指す事の出来る権力か財力をつかまなくっては男子ではないと考えている。単純な彼女は、たとい僕の所へ嫁に来ても、矢張そう云う働き振を僕から要求し、又要求さえすれば僕に出来るものとのみ思い詰めている。

 そんな煮え切らない須永に対して、千代子の縁談話が出てくると、今度は相手に嫉妬するのである。けれどその相手と競争して千代子を奪い取ろうと考えない。

 僕は断言する。若しその恋と同じ度合の激烈な競争を敢えてしなければ思う人が手に入らないなら、僕はどんな苦痛と犠牲を忍んでも、超然と手を懐ろにして恋人を見棄ててしまう積でいる。男らしくないとも、勇気に乏しいとも、意志が薄弱だとも、他から評したらどうにでも評されるだろう。けれどもそれ程切ない競争をしなければ吾有に出来にくい程、何方へ動いても好い女なら、それ程切ない競争に価しない女だとしか認められないのである。

 競争して勝った側の男につく女なら、そんな尻の軽い女なら、価値のある女には思えないと考えるのである。これって、どうよ、と言いたくなる。こういう自分勝手な考え方しかできないのが“高等遊民”なら、こいつら馬鹿かと言いたくなってくる。逆を言えば、これほど自分の都合よく物事を考えられるのはある意味うらやましい。さすが“高等遊民”である。ホンと頭でっかちとはこのことである。人間が生きるということは、もっとドロドロしているはずだと思うのだけれどね。
 しかしまったくの馬鹿じゃないようだ。須永は自分のこういう生き方が出来たのも、余裕がそうしてくれたことを、尊敬する叔父である松本の姿を見て思うのである。

 叔父は世俗に拘泥しない顔をして、腹の中で拘泥している。それを外に出さないのは、財産の御陰、年齢の御陰、学問と見識と修養の御陰である。

 あるいは今まで生きてきた姿がどこかおかしかったかも知れないと、小間使の作を見て思うのだった。ただその見方も、傲慢そのものなのだが、おかしいと思うだけでも多少救われるかもしれない。

 固より好い器量の女でも何でもなかった。けれど僕の前に出て畏こまる事より外に何も知っていない彼女の姿が、僕には如何に慎ましやかに如何に控目に、如何に女として憐れ深く見えたろう。彼女は恋の何物であるかを考えるさえ、自分の身分では既に生意気過ぎると思い定めた様子で、大人しく坐っていたのである。

 自分の腹は何故こう執濃い油絵の様に複雑なのだろうと呆れたからである。白状すると僕は高等教育受けた証拠として、今日まで自分の頭が他より複雑に働らくのを自慢にしていた。ところが何時かその働きに疲れていた。何の因果でこうまで事を細かに刻まなければ生きて行かれないのかと情なかった。僕は茶碗を膳の上に置きながら、作の顔を見て尊とい感じを起した。

 これが明治の知的階級の一般的な考えであったのだろうか。もっと自分の気持ちに素直になれば生きやすいんじゃないかと思うのだが・・・。知識がそれを邪魔するというなら、そんな知識など捨て去ればいいじゃんと思うのだけれど、そうしたらそれまで生きてきた証がなくなっちゃうから、そうもいかないのだろうか?
 それともそもそもそんな考え方さえ生まれないのかもしれない。高等教育は人間らしさや素直さをどこか否定してしまうところがあるのかもしれない。彼等の行動は頭の中で考えた行動しか出来ないところがあるし、そうであることが当たり前のような危うさがある。人間なんてそう簡単に割り切れるもんじゃないと思うのだけれど・・・。だから悶々とするでしょうが。まして人の気持ちなんて、どうなるかわかるものでもないはずだ。どうも私は生活感抜きで、物事を考えられない人間で、精神の高貴さだけを受け入れられない俗っぽいところがあるようだ。


評価
★★★


書誌
書名:彼岸過迄 (改版)
著者:夏目 漱石
ISBN:9784101010113
出版社:新潮社 (1983/09 出版)新潮文庫
版型:328p / 16cm / 文庫判
販売価:459円(税込)

2009年10月14日

夏目漱石著『門』

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 さて、漱石の前期三部作の最後となった。前回の『それから』では、友人関係と親子関係を失い、社会的制裁を受けてまでも代助が友人平岡からその妻である三千代を奪うところで終わった。
 そして今度は主人公を変えて、代助が宗助となり、三千代が御米となって、半ば世間から隠れた夫婦生活からこの物語は始まる。つまり野中宗助は安井の妻であった御米を奪った。そして二人は夫婦となったが、その瞬間から「彼等は親を棄てた。親類を棄てた。友達を棄てた。大きく云えば一般の社会を棄てた。もしくはそれ等から棄てられた。学校から無論棄てられた」のであった。
 「宗助と御米とは仲の好い夫婦に違なかった。一所になってから今日まで六年程の長い月日をまだ半日も気不味く暮した事はなかった。言逆に顔を赤らめ合った試は猶なかった。二人は呉服屋で反物を買って着た。米屋から米を取って食った。けれどもその他には一般の社会に待つ所の極めて少ない人間であった。彼等は、日常の必需品を供給する以上の意味に於いて、社会の存在を殆ど認めていなかった。彼等に取って絶対に必要なものは御互だけで、その御互だけが、彼等にはまた充分であった。彼等は山の中にいる心を抱いて、都会に住んでいた」のであった。
 人の女房を奪った男と、夫を裏切った女は、世間の目から隠れてひっそりと暮らすしかなかった。彼らの負い目がそうさせた。だから「二人の間には諦めとか、忍耐とか云うものが断えず動いていたが、未来とか希望と云うものの影は殆ど射さない様に見えた。彼等は余り多く過去を語らなかった」

「その内には又きっと好い事があってよ。そうそう悪い事ばかり続くものじゃないから」

「我々は、そんな好い事を予期する権利のない人間じゃないか」

 その上に御米の三度の流産でさえ、特に御米は自分たちが犯した罪のせいだと考えるようになった。

 彼女は三度の胎児を失った時、夫からその折りの模様を聞いて、如何にも自分が残酷な母であるかの如く感じた。自分が手を下した覚えがないにせよ、考え様によっては、自分と生を与えたものの生を奪うために、暗闇と明海の途中に待ち受けて、これを絞殺したと同じ事であったからである。こう解釈した時、御米は恐ろしい罪を犯した悪人と己を見なさない訳には行かなかった。そうして思わざる徳義上の呵責を人知れず受けた。

 御米は子供がなかなか授からない不安から易者に占ってもらえば、「貴方には子供は出来ません」、「貴方は人に対して済まない事をした覚えがある。その罪が祟っているから、子供は決して育たない」と言われるのである。

 『それから』にしてもこの『門』にしても、こうも厄介な人間関係を求め、そのためそれまであったすべてを失うことになっても、好きな女性といっしょになるというのが、どうもよく分からない。それは私の中に面倒なことを避ける性質や打算的な考えから、そう思うのかもしれないが、ここまでして三角関係にならなきゃならない強い求めが、そうあるのだろうかと思うのだ。まぁそれだけ純粋と言ってしまえばそうなのだろうけど、その純粋な気持ちを維持すればするほど、その後はただ不幸になるということのような気がするのである。
 幸せというのは精神的つながりだけで求められるものなのかとさえ思う。関係が成ったときは、所謂成就感で一杯にも成るかもしれないが、結局それに払う代償はその後永遠に続くことになる。いつも不安に怯え、後ろめたさを持ちながら生きていくことが、どこが幸せなのかと思うのだ。その不安や後ろめたさは、二人の関係を解消したって、多分一生当の本人たちに残るであろうから、結局一度そういう関係になってしまったら、その後は、この本の解説にあるように「この日常には、希望もないが絶望もない。激しいものは何もない。彼らには過去がある。時間がそれを癒やすこともないが、かといってそれが劇的におそいかかってくるわけでもない。結局なしくずしのまま老いていくような予感がこの作品にはある」のである。
 そう、一時は激しく燃え上がり、求めあったとしても、その過程に問題があれば、いや世間が認めなければ、如何に自分たちの気持ちが純粋であっても、その後にはそれに対する負い目を背負いながら生きていくしかないのである。ラブストーリーだけでは生きてはいけない。結果そのまま老いていき、死ぬしかないのである。
 やりきれないのは、そうした負い目から救いを求め、もがくことなのだ。宗助が御米の元夫である安井の影に怯え、禅寺に入っても、何も得られなかったように「自分は門を開けて貰いに来た。けれど門番は扉の向側にいて、敲いても遂に顔さえ出してくれなかった」し、「彼は門を通る人ではなかった。又門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった」のであった。


評価
★★★


書誌
書名:門 (改版)
著者:夏目 漱石
ISBN:9784101010069
出版社:新潮社 (2002/11 出版)新潮文庫
版型:311p / 16cm / 文庫判
販売価:380円(税込)

2009年10月11日

夏目漱石著『それから』

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 長井代助と平岡は中学時代から友人であった。特に学校を卒業してから兄弟のように親しくしていた。その後平岡は三千代と結婚し、勤めていた銀行の地方勤務となった。しばらくの間代助宛に平岡から便りがあったが、そのうち間隔をおくようになり、最後は来なくなる。そして平岡は銀行を辞めて、夫婦で東京に戻ってくる。。
 当然平岡は生活のために仕事を探しまわる。仕事が決まるまで、三千代は代助にお金を工面してもらうこともあったが、平岡は新聞記者の職につく。しかし平岡は家に帰るのも遅くなり、三千代にかまうことさえしなくなる。いやもう東京に戻るって来るまでに、平岡と三千代の関係は冷め切っていた。

 代助は椅子に腰を掛けたまま、新しく二度の世帯を東京に持つ、夫婦の未来を考えた。平岡は三年前新橋で分かれた時とは、もう大分変わっている。彼の経歴は処世の梯子段を一二段で踏み外したと同じ事である。まだ高い所へ上っていなかっただけが、幸いと云えば云う様なものの、世間の眼に映ずる程、身体に打撲を受けていないのみで、その精神状態には既に狂いが出来ている。始めて逢った時、代助はすぐにそう思った。

 もともと代助は行動するに当たり哲学的に物事を考えて行動するタイプであったが、こと三千代に関しては感情的にならざるを得ず、落ち着いていられない。平岡夫婦の関係、三千代の健康状態が、精神状態が不安で仕方がなくなってくる。無頓着でいられなくなる。しかし代助は最初は穏便な方法で平岡と対峙する。

「不断は今頃もう家に帰っているんだろう。この間僕が訪ねた時は大分遅かった様だが」

「まあ帰ったり、帰らなかったりだ。職業がこう云う不規則な性質だから、仕方がないさ」

「三千代さんは淋しいだろう」

「なに大丈夫だ。彼奴も大分変ったからね」

「そんな事が、あろう筈がない。いくら、変ったって、そりゃ唯年を取っただけの変化だ。なるべく帰って三千代さんに安慰を与えて遣れ」

「だって、君がそう外へばかり出ていれば、自然金も要る。従って家の経済も旨く行かなくなる。段々家庭が面白くなくなるだけじゃないか」

「家庭か。家庭もあまり下さったものじゃない。家庭を重く見るのは、君の様な独身者に限る様だね」

この言葉を聞いたとき、代助は平岡が悪くなった。あからさまに自分の腹の中を云うと、そんなに家庭が嫌なら、嫌でよし、その代わり細君を獲っちまうぞと判然知らせかった。

 しかし代助には本心が言えなかった。その分なんのために平岡に会ったのかさえ、このときの会談が偽善と思うようになる。もっと本音で平岡と対したかった。「もし思い切って、三千代を引合に出して、自分の考え通りを、遠慮なく正面から述べ立てたら、もっと強い事が云えた。もっと平岡を動揺る事が出来た。もっと彼の肺腑に入る事が出来た。に違いない。その代わり遣り損なえば、三千代に迷惑がかかって来る。平岡と喧嘩になる。かもしれない。
 代助は知らず知らずの間に、安全にして無能力な方針を取って、平岡に接していた事を腑甲斐なく思った」のであった。

 代助がなまじ自分自身を知識人たるべきであるべきであるという生きざまが、結局そのような曖昧な態度を取らざるを得なかったのだ。だから「代助は昔の人が、頭脳の不明瞭な所から、実は利己本位の立場に居りながら、自らは固く人の為と信じて、泣いたり、感じたり、激したり、して、その結果遂に相手を、自分の思う通りに動かし得たのを羨ましく思った」にであった。
 しかし「彼は自分と三千代との関係を、直線的にに自然の命ずる通り発展させるか、又は全然その反対に出でて、何も知らぬ昔に返るか。何方かにしなければ生活の意義を失ったものと等しいと考えた」。
 でも三千代との関係を得ることは自らを社会的危険に陥れることでもあった。いくら三千代が同意しても、友人の妻を奪うことの道義的責任が伴う。社会的制裁を受けることになる。もちろん平岡との友人関係は消滅する。
 さらに代助は生活の糧も失うことにもなる。何故なら代助は父親の援助で生活をしてきた。だから定職も付かずに思索家として過ごせた。ところが父親の事業による政略結婚の話が代助に持ち上がっていた。それを断って三千代を選べば、父を裏切ることとなり、必然的に生活の糧を失うこととなる。代助は考えあぐねた末、それでも三千代に自分の思いを伝えることを決意する。「今日は始めて自然の昔に帰るんだ」と胸の中で言う。

 「僕の存在には貴方が必要だ。どうしても必要だ。僕はそれだけの事を貴方に話したい為にわざわざ貴方を呼んだのです」

 「僕はそれを貴方に承知して貰いたいのです。承知して下さい」

 「余りだわ」という声が手帛の中で聞こえた。

 「僕は三四年前に、貴方にそう打ち明けなければならなかったのです」

 「僕が悪い。堪忍して下さい」

 「残酷だわ」と云った。

 「いや僕は貴方に何処までも復讐して貰いたいのです。それが本望なのです。今日こうやって、貴方を呼んで、わざわざ自分の胸を打ち明けるのも、実は貴方から復讐されている一部分としか思いやしません。僕はこれで社会的に罪を犯したも同じ事です。然し僕はそう生まれて来た人間なのだから、罪を犯す方が、僕には自然なのです。世間に罪を得ても、貴方の前に懺悔する事が出来れば、それで沢山なんです。これ程嬉しい事はないと思っているんです」
 
 「仕様がない。覚悟を極めましょう」

 次に代助は平岡と対峙する。しかし平岡はなかなか代助と会おうとはしない。三千代の病気が悪化し、看病をしていたという。代助は三千代に対する自分の気持ちを正直に伝え、三千代も自分と同じであることを伝える。平岡は今三千代の症状が良くないので、回復したら三千代を渡すから、それまでは三千代に会わないでくれと言い、代助も同意する。
 ところが代助は三千代の病気の状態が良いのか悪いのかわからない。もし悪いのであればと思うと、いてもたってもいられない。そのうち代助は三千代の症状がかなり悪く、平岡は代助に三千代を会わせるときは、遺体となった三千代を会わせるのじゃないかと思うようになり、恐怖に戦く。
 そんなところに代助の兄が平岡の書いた代助の父宛の手紙を持ってきた。そこには代助が自分の妻を奪っていった顛末が書かれており、それを読んだ父親は、さらに激怒し、勘当同然を言い渡す。代助の恋はかなり高い代償を払わされて、この物語は終わる。

 この物語も明治の知識人が自らのプライドがなかなか素直な自分を受けいれることを許さないところがミソで、もう少し最初から素直な気持ちで代助が三千代に接していれば、こんなことにならなかった。自分の三千代へ恋心と平岡との友情を天秤にかけて、友情の方に傾いてしまう。いや無理にでも傾けさせたところから、代助の悲劇は始まったのだ。
 本来人が持っている恋心をストレートに表現することを明治の知識人はそれこそ下等な人間、無教養な人間のすることだと考えたのかもしれない。多くの知識は理性として、そうした人間の感情をコントロールするもので、それが出来て知識人だと考えたのかもしれない。もちろんあからさまに、そうした感情を、言えることが人間的かといえば、そうじゃないだろうけど、でも感情と知識はまったく別物だと考えたい。あれこれ考えすぎるものだから、結果まどろっこしくてかなわない。頭でかっちもいいところで、読んでいてもうちょっと自分に忠実で、素直な気持ちで接すればいいのにと思っちゃう。まぁそれだけ明治の知識人は、哲学的であったのかもしれないし、その分格調は高かったということなのだろう。でなければこんなことは考えまい。

第一、日本程借金を拵えて、貧乏震いしている国はありゃしない。この借金が君、何時になったら返せると思うか。そり外債位は返せるだろう。けれども、そればかりが借金じゃありゃしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国を以て任じている。そうして、無理にも一等国の仲間入りをしようとする。だから、あらゆる方向に向かって、奥行きを削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじ張れるから、なお悲惨なものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。その影響はみんな我々個人の上に反射しているから見給え。こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから、揃って神経衰弱になっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考えやしない。考えられない程疲労しているんだから仕方がない。精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴っている。のみならず、道徳の敗退も一所に来ている。日本国中何処を見渡したって、輝いてる断面は一寸四方も無いじゃないか。

 これは漱石の有名な明治批評と何かで読んだことがある。このように当時の風潮を代助は批判しているのだが、言っていることはまさに自分のことじゃないかと思えてくるのである。そしてある程度代助はこれらが自分に当てはまると考えてはいるものの、それでもどこか違うと言っているかにとれる。それが三千代との関係を複雑にしたのに。


評価
★★★


書誌
書名:それから (改版)
著者:夏目 漱石
ISBN:9784101010052
出版社:新潮社 (1992/05 出版)新潮文庫
版型:302p / 16cm / 文庫判
販売価:420円(税込)

2009年10月06日

夏目漱石著『三四郎』

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 司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』の第一巻のあとがきに次のような言葉がある。

 このながい物語は、その日本史上類のない幸福な楽天家達の物語である。やがてかれらは日露戦争というとほうもない大仕事に無我夢中でくびをつっこんでゆく。最終的には、このつまり百姓国家がもったこっけいなほど楽天的な連中が、ヨーロッパにおけるもっともふるい大国の一つと対決し、どのようにふるまったかということを書こうとおもっている。楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。

 ある意味この『三四郎』の主人公である小川三四郎にも同様な夢が見られる。ただしきわめて俗っぽい夢なのだが・・・。

 三四郎には三つの世界が出来た。一つは遠くにある。与次郎の所謂明治十五年以前の香がする。凡てが平穏である代わりに凡てが寝坊気でいる。尤も帰るに世話はいらない。戻ろうとすれば、すぐ戻れる。ただいざとならない以上戻る気がしない。云わば立退場の様なものである。三四郎は脱ぎ捨てた過去を、この立退場の中に封じ込めた。
 第二世界のうちには、苔の生えた煉瓦造りがある。片隅から片隅を見渡すと、向こうの人の顔がよく分からない程に広い閲覧室がある。梯子を掛けなければ、手の届きかねるまで高く積み重ねた書物がある。手擦れ、指の垢、で黒くなっている。金文字で光っている。羊皮、牛皮、二百年前の紙、それから凡ての上に積った塵がある。この塵は二三十年かかって漸く積もった貴い塵である。静かな月日に打ち勝つ程の静かな塵である。
 第二の世界に動く人の影を見ると、大抵不精な髭を生やしている。あるものは空を見て歩いている。あるものは俯向いて歩いている。電車に取り巻かれながら、太平の空気を通天に呼吸して憚らない。このなかに入るものは、現世を知らないから不幸で、火宅(この世。現世。娑婆(しやば)。 ▽煩悩(ぼんのう)に悩まされることを、火事になった家にたとえる)を逃れるから幸いである。
 第三の世界は燦として春の如く盪いている。電燈がある。銀匙がある。歓声がある。笑語がある。泡立つ三鞭(シャンパン)の盃がある。そうして凡ての上の冠として美しい女性がある。

 つまり第一の世界は熊本時代の三四郎であり、第二の世界は広田先生や野々宮がいる世界である。浮世離れしてひたすら学究肌の人たちが住む世界のことをいうのであろう。そして第三の世界は三四郎にとってもっとも心のから望んでいる世界で、そこに入り込むためにわざわざ熊本から出てきたのだ。だから自分がこの世界の主人公であるべき資格を有していると思っている。そしてそこに一緒にいる女性が美禰子でなければならない。
 この物語はそういう世界での話である。しかしいわゆる立身出世の話ではなく、むしろ第三の世界に入ることを望んではいるけれど、三四郎にはまだそうした資格がないことに悩むわけである。特に美禰子の気をなんとか引きたいと思っていても、「自分と野々宮を比較してみると大分段が違う。自分は田舎から出て大学へ這入ったばかりである。学問という学問もなければ、見識と云う見識もない。自分が、野々宮に対する程な尊敬を美禰子から受け得ないのは当然である」と田舎から出てきたばかりの自分を卑下してしまう。だから美禰子から馬鹿にされている様でもあると思ってしまう。三四郎は美禰子との格の差を感じてしまうわけである。それは与次郎の言うことに何も言えない三四郎の姿からも読み取れる。与次郎は次のように言う。

 「馬鹿だなあ、あんな女を思って。思ったって仕方がないよ。第一、君と同年位じゃないか。同年位の男に惚れるのは昔の事だ。八百屋お七時代の恋だ」

 「何故と云うに。二十前後の同じ年の男女を並べてみろ。女の方が万事上手だあね。男は馬鹿にされるばかりだ。女だって、自分の軽蔑する男の所へ嫁に行く気は出ないやね。尤も自分が世界で一番偉いと思っている女は例外だ。軽蔑する所へ行かなければ独身で暮らす外に方法がないんだから。よく金持ちの娘うあ何かにそんなのがあるじゃないか。望んで嫁に来て置きながら、亭主を軽蔑しているのが。美禰子さんはそれよりずっと偉い。その代り、夫として尊敬出来ない人の所へは始から行く気はないんだから、相手になるものはその気でいなくっちゃ不可ない。そう云う点で君だの僕だのは、あの女の夫になる資格はないんだよ」

 美禰子にはそれほど気位があるわけじゃないだろうと思いたい。むしろまわりにいる男どもがそういう目で彼女を見てしまうところが彼女の不幸なのかもしれないと思う。ただたとえ美禰子が三四郎に気持を寄せているにせよ、女性特有の“からかい”の部分があるような気がする。それは彼女の性格なのかもしれないし、あるいは気になる男の気を引こうとしてのいたずら心からかもしれない。 いずれにしてもこの時代の男女関係は、惚れたはれただけで成り立つものじゃなかった。特に三四郎のような成り上がり的な考えを持つ人間にとってはそうなんだろう。まして田舎者というコンプレックスの塊のような三四郎にとっては美禰子に恋心を持ったのが早すぎたのだ。もう少し三四郎が出世して成功者でもなっていれば、こんな負い目など持たなくてすんだのかもしれない。ただ思うに三四郎みたいな考えの持ち主になると、そうなればなったで、今度はきっと人を見下すようになるのではないかと思ったりする。
 そんなことを予感させるものだから、この物語を単に人を愛するというだけでなく、俗物的な立場がものをいう世界の恋愛物語と受け取ってしまう。ここに描かれる世界は恋愛成就と出世が結びついている感じがしてしまい、それがどこかやりきれないのである。
 たまたまこの物語では三四郎が置かれている立場が、これからという立場であって、その時に美禰子に恋心を持ってしまったから、どうにも出来ないだけのことである。美禰子も三四郎に恋心を寄せるにしても、結局二人に間には何もないからといって、それが淡い恋心を描いた青春小説とは読めないのである。
 私はこの物語をこれで三度読んだことになるが、漱石の作品の中では嫌いな小説だ。私は物語に精神的な崇高さをどこか求めているのかもしれない。いい歳こいてまだまだ私は青臭い。いかんなと思った次第である。


評価
★★


書誌
書名:三四郎 (改版)
著者:夏目 漱石
ISBN:9784101010045
出版社:新潮社 (1992/05 出版)新潮文庫
版型:298p / 16cm / 文庫判
販売価:340円(税込)

2009年04月15日

夏目房之介著『孫が読む漱石』

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 ちょっとつっこみたくなった。この本の著者夏目房之介さんは漱石の孫に当たる。プロローグに「吾輩は孫である」とあり、そこに「漱石の遺産や七光りなんかに頼らず自活することこそ、漱石という存在から自立することだ」と考えていたことを言っている。それは著者の父親が漱石の遺産を享受しながら好き勝手なことばかりやってきたのを見てきたから余計にそう感じるようになったのだろう。しかし漱石という名前は嫌が上でもその社会的存在の巨大さを思い知らされてきたという。言っていれば著者にはいつでも“漱石の孫”とう形容詞がつきまとってきたのだろう。だからこそ漱石の孫であっても自分は漱石とは何ら関係ない存在であると自己主張したい気持はよくわかる。
 が、そんなことを考える著者が『孫が読む漱石』という書名の本を書くのはどういうことなんだと言いたくなる。それはこの本を売るための営業戦略だろうけれど、言っていることとやっていることが違うじゃないかとつっこみたくなった。
 そしてもっと言わせてもらえば、漱石の孫が漱石の作品をどう読んできたかの方が興味がある。私もその一人である。どこの誰だか知らない人間が漱石のこと書いても読みたいとは思わない。
 いつでも“漱石の孫”というのがついて回るのは鬱陶しいだろうけれど、だからこそ知りたいという気持ちが読む側にはあるのだ。だからつっこんでみたけれど、別に目くじら立てて文句を言っている訳じゃない。

 で、読んでいて“面白いなぁ”とかあるいは“へぇ~そうなんだ”と思ったことを書き出したい。

「そうでなくても『猫』を書いたの37歳は、遅いデビューである。
 漱石が小説を書いたのは、49歳で死ぬまでのわずか10年ほどだった。まるで生き急ぐかのように小説を書き、胃潰瘍で何度も倒れ、ついに未完の『明暗』を遺してばたりと逝く。かっこいいといえばいえるけれど、見習いたくはない」

 そんな漱石の短命を、著者は現代人にも見る。漱石は自己意識と明治の近代化による国家から半ば強制化されたヨーロッパからの思想に狭間で悩み続け、作品を書き、そして自らの寿命を縮めた。それを考えると「現代は、ある意味で、みんなが小漱石(自意識を病む神経症)だったりする。小漱石の一人である孫は、この国の近代化の果て、戦後社会の課題を背負って、近代百年の生んだ正と負をつくづく考えたりするのであった」と著者は書く。
 何となく今の社会の閉塞感、あるいはヨーロッパが生んだ近代化の果ての社会が崩壊しつつあるんじゃないかと思う時、これでよかったのかな?と疑問が浮かぶが、それは漱石がいた明治に進んで取り込んできたシステムへの疑問と同様な気がしてしまう。

 「<吾輩は猫である。名前はまだない。>という冒頭は、有名である。何しろ、出だしのうまい作家なのだ」

 これは笑った。確かにそうである。たとえば『草枕』の冒頭にあるやつ。

 「山路を登りながら、こう考えた。

智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい」

 これは何度読んでもうまいなと思う。

 「この小説(『三四郎』)を青春小説であると同時に、寸止めの恋愛小説にもしている」

 うん。『三四郎』を「寸止めの恋愛小説」とはうまいこと言ったものだ。さらに漱石の前期三部作を「すなわち「何か」がおきそうでおきない『三四郎』、おきてしまう『それから』に続き、おきてしまった過去のおかげで何もおきてほしくない夫婦の何もおきそうもない小説。それが『門』なのだった」というが、確かにうまい書評の仕方だ。

 「いうまでもなく、これ(『こころ』)は『行人』と同じ終わり方である。ただ『行人』の手紙よりはるかに長い。岩波文庫で130ページ以上もある。こんな長い手紙を書く元気があるなら自殺なんかするなよ、とついつっこみたくなるほどだ。先生によると、死を決意してから10日間ほど、ほとんど手紙を書くために生きていたらしいから、よほど心残りなんじゃないかと思ってしまう。
 もっとも、この手紙部分は<書いているうちに当初の予定よりも長くなってきた上に、志賀直哉が次の連載を断ってきて、その代わりの作品が決まるまで引き延ばさなければならない事情が加わった。>(石原千秋著『漱石と三人の読者』 講談社現代新書 2004年 209ページ)からであるらしい」

 これは確かにそうだし、こう言いたくなる気持もよくわかる。そして先生の手紙が長くなった裏事情も“へぇ~そうなんだ”と知らされ面白かった。


評価
★★


書誌
書名:孫が読む漱石
著者:夏目 房之介
ISBN:9784101335131
出版社:新潮社 (2009/03/01 出版)新潮文庫
版型:299p / 15cm / A6判
販売価:539円(税込)

2009年02月04日

中谷巌著『資本主義はなぜ自壊したのか』

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 この本はNHKの「ニュースウォッチ9」で話題になっている本として紹介された。それを見ていた私は急遽読んでみたくなった。そこでは著者の中谷さんが小泉構造改革の『片棒を担いだ男』として自らを称し、改革の理論的根拠として提供したアメリカ型金融資本主義、グローバル資本主義が日本をおかしくしてしまったと懺悔した本だと言っていた。
 「改革」と言う言葉が錦の御旗となって、それを声高に言えば何でも通った。しかしそれがかえって日本社会をおかしくしてしまったのではないか。間違っていたかもしれないと思い始めたのである。
 正直なところ、今更間違っていたかもしれないと言われても、もう引き返すことが出来ないところまで来てしまっているので、著者が懺悔したところで、今悪化している日本のさまざまな社会現象をリセット出来やしない。
 というより、小泉首相が声高に言っていた「構造改革なくして成長なし」とか、「古い自民党をたたき壊す」という文句は、確かに華々しく、パフォーマンスとしては最高の演出だ。しかしそれらの言葉の裏にどこかうさん臭さが感じ取れ、本当にそれでいいのかなという思いも個人的にあった。構造改革をすれば輝かしい日本の未来像が見えてくるようには思えなかったのである。それまであった日本の道というべきものを全部否定して、アメリカ的資本主義のシステムを導入すれば、アメリカのような豊かな社会、たとえば“アメリカン・ドリーム”も夢じゃないという短絡的発想は、何かが間違っているように思えたのである。
 そのためには今ある日本の構造を変えなきゃならないので、多少痛みも伴いますよということもきちんと言い添えていたけれど、未だその痛みは消えていない。かえってひどくなっている。今や日本の経済や社会はどうなっているかを思えば、明らかに小泉内閣がやった政策は失敗だったと言えるだろう。
 当時誰だか忘れたけれど、ある有識者は小泉行動改革は日本経済をダメにし、社会の不安を招き、犯罪社会になると予想していたのを思い出す。この人はきっと当時のアメリカの裏側に潜む問題点をきちんと見ていたのだろう。
 「古い自民党をたたき壊す」と言った当の本人は日本社会もたたき壊し、自らもう必要ない、あるいは批判されることをわかっていてか、さっさと引退を表明しちゃっている始末だ。

 この本で著者は「私は間接的な形であっても、いわゆる小泉構造改革の『片棒を担いだ男』の一人であるのだ」と言っているし、私はアメリカ市場主義的世界観に「かぶれていた」とも言っている。日本でもアメリカ市場主義的世界を実現できれば、もっと日本は幸福になれるはずだと信じていた。だから小渕内閣の首相諮問機関「経済戦略会議」の議長代理を務めるなど政府の委員を多く務め、政策決定に大きな影響力を持ち、小泉行動改革の理論的根拠を提供してきた。
 しかし現在の日本や世界の情勢を見てみると「どこかおかしい」と思わざるを得なくなった。そこで自分が信じてきたアメリカ流の新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義のどこに問題点があったのかを探るようになる。それを探り出したのがこの本なのである。そして自分の言動(アメリカ流の新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義に対する礼賛言動、構造改革推進発言など)を自己批判し、180度転向したことを宣言した上で、小泉内閣の行った構造改革を批判しているのである。

 では何故中谷さんはアメリカ流の新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義を礼賛してしまったのか。それは中谷さんがアメリカに留学したときに感じたアメリカの豊かさを何の疑問もなく、手放しで感じてしまったからである。
 しかし今になってよく考えてみると、当時のアメリカの豊かさをもたらしたアメリカ流経済学をそのまま日本に適用しても、それで日本人が幸せになれる保証などどこにもないという当たり前の事実に気がつかなかったこと。もう一つは留学当時中谷さんを圧倒したアメリカの豊かな社会を支えていたのは、レーガン政権以降に主流になる新自由主義ではなく、「新古典派総合」(マーケット・メカニズムと政府介入を許すケインズ経済学を適切に組み合わせた資本主義経済)に基づく経済政策で、アメリカが豊かな社会になっていて、それに気がつかなかったのだという。
 つまり当時は新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義はこれから先どうなるかわからない理論であったのだ。そこにIT革命が加速され、その情報通信産業と金融業が結び付き、今までのアメリカの中心であった製造業からシフトしていき、市場はアメリカだけでなく、全世界に拡大していった。つまりそれまであったローカルな資本主義から、グローバルな資本主義と変化していき、その結果、経済だけでなく社会も変質していった。
 どういうことかと言えば、ローカルな資本主義では資本家は労働者を一方的に搾取・収奪するわけにはいかない。なぜなら企業が作るモノやサービスを買ってくれるのは、他ならないその労働者であるからだ。収奪一本槍で、労働者を貧しいままにしておけば、マーケットは拡大せず、企業は自分自身の首を絞めることになる。この意味においてローカルな資本主義ではリベラルな社会体制を担保していたことになる。
 しかしこれはグローバル資本主義が跋扈するグローバル・マーケットでは通用しない。グローバル資本主義において労働者と消費者が同一人物である必要がないからである。具体的にいえば、中国の安い賃金で作られた商品を買うのは日本の消費者たちなのだ。このようにグローバル資本主義は「生産と消費の分離」を可能にした。ここにおいて自国の労働者を大切に扱う必要性がなくなっていく。
 グローバル資本主義は、安い労働力を求めて移動するので、自国の産業は空洞化し、労働者の需要が減ることとなる。ここでの正規労働者を減らし、安い賃金で雇えるパートや派遣などが急速に増やしていくこととなる。企業の人件費のコストは削減されたが、労働者は労働条件の悪化で苦しむことになる。日本では雇用改革がさらにその傾向を促進した。このことは資本家と労働者、あるいはスーパーリッチとワーキングプアという所得格差生む。
 また利益追求のためには、既成の文化や伝統というのは経済活動のじゃまになるので、それをなんとか除外しようとする。もともと経済学では、市場での経済活動が社会にもたらす影響のうち、金銭に換算できないものを「外部性」と呼び、経済学の対象とされないという。つまり伝統的な生活習慣、伝統文化が失われてもそれが損金として金銭で表せないのであれば、経済的損失としてカウントされない。だからどんどん伝統文化が破壊されても、経済学において問題とされない。ここに伝統文化の破壊が正当化される根拠を生み出すこととなる。
 人と人のつながりにおいても、「より多く儲けた者が勝ち」で、「稼げない人間は負け組であり、それで飢えたとしても自業自得である」という考えに至れば、信頼関係や絆など生まれるわけがない。「手段のためには目的を選ばない」となれば、環境問題にはコストがかかるからそのまま放置し、利益追求のためにはモラルもへったくれもなくなり、平気で食品偽装が行われるようになる。さらに利益追求のため、グローバル資本は政治に対してこれまで以上の発言力を持つようになり、自分たちがやりやすいように(さらに利益が出せるように)小さな政府、規制緩和、企業減税などを声高に要求するようになる。中谷さんは次のように言う。

 「結局のところ、マーケット・メカニズムや自由競争、あるいは、グローバル資本主義の仕組みとはエリートが大衆を搾取するための『ツール』あるいは『隠れ蓑』として使われているだけではないか。あるいは、それらは『民主主義的装い』によって固められているけれども、実は、支配のための便利な道具になっているのではないか。
 もしこの考えがおおむね正しいとすれば、どれだけ自由競争をさかんにし、グローバル経済を拡大していっても、それでアメリカ人や日本人の一般庶民が幸福になれるとは限らない。おそらく、単に世界の能力のあるエリートたち、資本を自由に操れる人たちがさらに豊になるだけのことである」

 だから「こうしたエリートのためのツールであるマーケット・メカニズムをそのままの形で鵜呑みにして導入することには問題がある」し、「新自由主義に基づく単純な『構造改革』路線で我々が幸せになれるなどというのは妄想にすぎないということを痛感させられる」と言うのである。「そこにあるのは、あくまでも個々人の幸福追求であって、社会全体の幸福実現は二の次、三の次でしかない。自由競争の中で上手に稼ぐことが『資本主義の正義』であれば、その競争に敗れて職や財産を失うのはあくまでも自己責任なのだとする新自由主義思想には、格差の拡大を正当化こそすれ、それを是正して、みなが幸福な社会、みなが心豊かに暮らせる社会を作ろうという意図は皆無である」。「小泉改革を経て、日本社会は他人のことを思いを馳せる余裕がなくなり、自分のことしか考えないメンタリティが強くなったのではないか。地域はいっそう疲弊し、所得格差は拡大した。医療改革によって老人たちの心は穏やかさを失った。異常犯罪が増え、日本の社会から『安心・安全』が失われた。こうした人心の荒廃や、貧富の差の拡大は、経済環境の変化がもたらした一時的・過渡的な現象などではなく、グローバル資本主義やマーケット至上主義そのものにビルト・インされたものではないか。日本で進められた『構造改革』にはこれら日本社会の変化にほとんど関心を寄せることがなかったのではないか」と思い至るのである。そして中谷さんはこうした欠陥のある「構造改革」の旗振りをしてしまったと後悔していくのである。

 このようにアメリカ流の新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義が、日本を不幸のしたことを考察した上で、何故それがアメリカにおいてそれがデファクトスタンダードになったいったのか。それをここで言及する。それはアメリカの成り立ちに起因する。
 アメリカは独立から230余年、白人の本格的入植から考えても、せいぜい400年足らずの歴史しか持たない若い国である。しかも国民の大多数が、文化的バックグランドを異にする移民の集まりである。このことから自然に対する深い愛着、統一的な文化的伝統といったものが存在しない、人々を結びつける土地の力、歴史的伝統が力が極めて弱い国である。
 そうした文化的バックグランドも違えば、出身階級も違うような人々が集まってできた人工的な国家を統合していくには、普遍的な理念が求められる。だから中谷さんは「アメリカは世界史上、稀に見る『理念国家』である」という。こうした国家では文化的伝統とか民族的歴史といった要素をみだりに持ち出すと国がバラバラになってしまう。だからそうしたものを超えた論理が必要となっていく。それがアメリカの作り出す論理なのだ。そうして出来上がった論理は偏狭な民族性や古い歴史のしがらみを超えたものであり、普遍的、世界的価値を持っている」と信じて止まないのである。ある意味アメリカのお節介はそうした自信から生まれているといっていいかもしれない。それがアメリカ流の新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義を押し広げていった理由である。
 しかしサブ・プライム問題に端を発するリーマン・ショック以来、この論理には問題があったし、テロへの戦争が泥沼化している現在、アメリカのあらゆる思想が破綻をきたしている。
 アメリカ以外の国には固有の民族的伝統や歴史、文化が存在し、アメリカが生み出した普遍的だと思われてきた論理を受け入れられない部分があることを、我々は知るべきなのである。そして日本においても、日本固有の文化、伝統があり、うまく機能して、安心して暮らせる社会であったものを、アメリカから押しつけられた論理を受け入れたことで、不安を増した以上、決してアメリカ流の論理が普遍的でなく、一部の人間のためのものであったことを知るべきなのである。
 「『日本の社会は悪平等だ』『日本の企業は非効率だ』と言われていた頃のほうが、実は日本社会は、日本の会社はずっと元気だったのではないだろうか。この事実をふたたび私たちは思い出す必要があるだろう」という中谷さんの意見は貴重だ。
 資本主義とは、資本の増殖を目的としたあくなき利益追求を是認するイデオロギーである以上、「資本主義イコール進歩」と軽々しく信じず、資本主義は本質的に暴力性を持ったものであることを認識すべきなのである。
 しかし人類は現在民主主義もマーケット・メカニズムも(あるいは、グローバル資本主義も)それ以上のものを持たない以上、きわめて不完全ではあるがそれらをうまく機能させるよう工夫していく地道な努力を続けることしかないと中谷さんは言うが、まさにその通りだろうと思う。無統制、規制なしに自由なままにしておいたがために、今の状況に陥ったところを考えれば、マーケットがマーケットとして適切に機能していくためには、ある程度は政府の介入も必要であろうし、「信頼」というファクターもきちんと存在しなければならない。それは目に見えないインフラとして社会資本として考えるべきと中谷さんは提言する。
 この本はわかりやすく、本当にいろいろなことを深く教えてくれた。私個人も自分なりに世界や日本などを考えるに当たり、いい指針になってくれる本で、読んで良かったと思っている。


評価
★★★


書誌
書名:資本主義はなぜ自壊したのか―「日本」再生への提言
著者:中谷 巌
ISBN:9784797671841
出版社:集英社インターナショナル 集英社〔発売〕(2008/12/20 出版)
版型:373p / 19cm / B6判
販売価:1,785 円(税込)

2008年05月25日

信田さよ子著『カウンセリングで何ができるか』

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 今度はカウンセラーの話である。今回の場合、臨床心理士がどういう仕事はどういう仕事なのかを知った。私は元々この世界には幸か不幸かうといので、精神科医、臨床心理士、そして今読んでいる、精神対話士がどう違うのか詳しいことを知らない。
 この本を読んでいて、「おや?」と思ったことがある。それはカウンセラーを受けに来る人をクライアントと呼んでいることである。患者さんではないのである。これは私のとって驚きであった。というのも、カウンセラーを受けに来る人は、こころの病気に困っている人だから、患者さんではないかと思っていたのである。
 しかしよくこの本を読んでみると、いわゆるカウンセリングを行う臨床心理士は医者ではない。つまりこころの病気といっても、それに病名をつけて、診察したり、治療するのは精神科医であって、臨床心理士はそれが許されていない。だからカウンセリングを受けに来る人は、病気ではないことになる。著者はこのことを次のように言う。「私たちが関わる多くの問題は、わかりやすく表現を使えば家族のゴタゴタであり、友人関係のトラブルです。その人の内面(こころの問題)ではない」と。そしてそのゴタゴタや人間関係のトラブルを突き詰めていくと、「金銭問題」にほぼ突き当たるという。つまり生々しい現実ということなのだろう。ただ「実は内面のこころの問題は人との関係のゴタゴタほとんど相似形で、人間関係の混乱が自分の葛藤になっている。こころは独立しているのではなく、必ず現実の関係の投影であり、分かちがたくつながっている」ので、こころの問題とは完全に切り離せるものでもないとも言っている。だろうなぁと思う。私がカウンセリングを受ける人を患者さんと勘違いする原因はこのあたりありそうである。
 著者によるとカウンセリングとは簡単にいうと「相談」であるという。カウンセリングで大切なことは、その人の話を聞きながらその人の問題をリアルにイメージすることであって、そのためには納得できるまで聞く。感情レベルで寄り添うのではなく、論理を組み立てること。それに伴うイメージを描くこと。そのために必要なのがこちらからの質問することにつきるという。その上でイメージ・像・物語をつくる。これを「見立て」といい、医療では診断にあたる。そして相談にのっていく。
 現代日本社会は、家族機能がうまく機能していない社会である。そのためカウンセリングはその家族機能の補完のため、手軽で身近にあるサービス機関として機能すべきで、コンビニほどカウンセリング機関を利用できるようならなければならないという。そのためのサービス業だという。それを著者は「カウンセリング=コンビニ」論という。
 ではなぜ現在家族機能がうまく機能しなくなっているのだろうか?ここでもあの問題が浮かび上がってくる。1991年のバブル崩壊後、日本の家族が大きく変わったというのだ。バブル崩壊後、企業が終身雇用制を徐々に捨て、年功序列制度が崩れるはじめる。これらの制度は経済的に問題はあっただろうが、終身雇用制や年功序列制度の維持は、企業が家族を丸抱えにして、それを守っていた。多くの中流意識の人を生み、守ってきたと言っていいかもしれない。その人たちが社会のクッションともなっていた。
 ところが小泉政権以後、富めるものはより富めるようになり、貧しいものはより貧しくなっていき、規制緩和がさらに拍車をかける。その結果それまで日本にあった中間層がどんどん貧しくなっていく。そのことは社会のクッション役を果たしていた中間層を減らし、現実をあからさまにせざるを得なくなっていく。そこには家族問題の悪化も含まれ、今まで自分たちの中で処理できていたものが、精神的、経済的にできなくなってきてしまっているのである。
 人間関係も同様である。今から四~五〇年前に黙々と絵を描いたり、積み木ばかりで遊んでいる子供を見て「あの子は、将来エジソンみたいになるかねぇ」と言われたのが、今では発達障害や不適応というラベルを貼られてしまう。個性尊重と言われながら、実は個性的な人は非常に生きづらい時代にしてしまった。
 こういう世の中では人間関係を築くスキルが大きな意味を持ち始める。それさえうまくいけば何とか生きてけるからだ。だがそのスキルのハードルはどんどん上がっていくので、カウンセリングを受けたいというクライアントは増えていくばかりだろう。まったくもって嫌な社会にしてしまったものだと思う。

 ところで先の林直樹さんの本とこの信田さんの本を読み比べて思ったことがある。うまく言えないのだけれど、ただそう感じたということがある。林直樹さんの本では、こころの問題をすべて病としてしまうように感じたのである。もちろんそうしない現行の保険制度では生計が成り立たない以上仕方がない。だから本質はそこになくても病名をつけることで、何とか患者を納得させようとはしていないだろうか?患者さんが本当は何で困っているのか、何を望んでいるのか、それを知ろうとしていないんじゃないかななんて思うのである。きっと現行の保険制度がそうさせているのだろう。
 ところが信田さんのような臨床心理士は保険をつかって仕事をすることができない。だからカウンセリングがクライアントの満足のいく結果をもたらすこと、そのことがエビデンスとして示されることが、それが自分たちの収入を確保する道だとはっきり自覚されている。自分たちの仕事をサービス業だと自覚されている。だからこそクライアントが何に悩んでいるのか徹底的知ろうという姿勢が感じる。だってそうしなければ生計が成り立たないのだから当然である。何でもかんでも保険制度が満足のいくものではない一例かもしれない。


評価
★★


書誌
書名:カウンセリングで何ができるか
著者:信田 さよ子
ISBN:9784272360604 (4272360604)
出版社:大月書店 (2007-12-14出版)
版型:174p 19cm(B6)
販売価:1,575円(税込) (本体価:1,500円)

2008年04月26日

日本ペンクラブ編 阿刀田高選『恐怖特急』

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 いわゆるこうしたアンソロジーというのは、編纂する方が楽しんでいるんじゃないかと思ったりする。選出者テーマに沿ったものを選び出すのに、結構苦労するらしいことを阿刀田さんはエッセイで書かれていたが、選ぶ方としてはこれは入れたいけれど、本のページの制限もあるだろうから、捨てざるを得ないものや、これは絶対に入れたいという思いこみのある作品など、あれこれ悩みながら編纂しているのを楽しんでいるようにも思える。確か喜国雅彦さんも、もし自分が好きな探偵小説のアンソロジーを編めと言われたら、いろいろ悩むだろうと言っていたけれど、一方でそれを楽しんでいるところが感じられた。
 さて私の方はアンソロジーをほとんど読んだことがないので、どんなものなのか多少期待していたのだが、今回「いや~、これは怖いなぁ」と心底思えるものはなかった。
 たとえば映像や音などは有無も言わせず、いきなり来て、身構える時間を与えない。ダイレクトに恐怖感を味うこととなる。ところが文字に書かれた恐怖というのは、段取りを踏んで、状況を説明し、恐怖へ追い込む。その手間が逆に恐怖感を弱めてしまことにもなる。文字で書かれた恐怖感はだんだん怖くなるといった感じでしか持って行きようがないのかもしれない。
 その上私はもともと鈍感なところがあるので、時間を置かれた恐怖にはそう驚けない。さらに馬齢を重ねている関係で、すれっからしになっているところもあるから余計である。結局選ばれた作品を読んで、失望し、次に期待して、またそれほどでもなかったなぁと思い、本が終わってしまった感じであった。
 その中で多少怖いなと思ったのは、結城昌治さんの『怖い贈り物』であった。酔った勢いでタクシーの中で女性社員にキスをしてしまった男の話である。この女性は男性経験がないようで、その行為を真剣に受け止めてしまい、その男の机の引き出しに小さな花束をしのばせておく。最初はスイトピー、次がマーガレット、スズランと。そして彼女の行為は更にエスカレートして、男の自宅にバラの花束、鉢植えのシクラメン、ヒアシンス、アネモネ、を置き、最後の黒ユリが置かれる。
 花には花言葉がある。スイトピーは「恋の喜び」。マーガレットが「真実の愛」。スズランは「純愛」。赤いバラは「情熱」。白なら「純潔」。黄色なら「嫉妬」。置かれていたバラは三色束になっていた。このあたりから彼女の執念みたいなものが表に出てきて、ヒアシンスが「悲しみ」アネモネが「忍耐、期待、私を捨てないで」で、黒ユリは「呪い」となる。彼女は男の元を訪ね、黒ユリの花言葉の説明をし、呪われたものは必ず死ぬと言い、以前彼女の手を握った同僚が黒ユリが枯れたとたん、交通事故に遭い死亡したことを伝える。
 男はノイローゼになり、黒ユリを枯らさないようにせっせと水を与えるが、黒ユリは枯れ、男は死にはしなかったが、会社を辞め、死を待っているようにぼんやりとするようになった。
 花言葉にはほとんど興味がないが、結構恐ろしい意味の言葉もあるんだなぁと思った次第。

 あとは、山川方夫さんの『箱の中のあなた』もちょっと怖かったかな。三十過ぎの内気で、臆病な女が旅行者に景色をバックに写真を撮ってくれと頼む。女はもっといい景色の場所があると男を誘う。男は予定通り、女を襲うが、抵抗に遭い逆に殺されてしまう。
 女のアパートにはこの男の写真が立てかけられるが、女は「ね?殺しちゃって、ごめんなさい?でも我慢してね。私は、生きている人がこわいの。だって、いつどこへ行っちゃうかわからないし、生きている人は本当には私のものにはなってくれないですもの。このあなたならおとなしくて、けっして私を裏切りもしないわ。私たちは、だましあうこともいらないのよ。きっと、あなたもお淋しくないと思うわ。いつまでもいっしょに暮らしましょうね。仲良く・・・」と写真に話しかける。そして鍵のかかった本棚には黒いリボンをかけた別の写真立てがあり、「ええと、あの人は何番目だったかしら」と言うのである。
 結城さんの作品も山川さんの作品もまさに「げに恐ろしきは、女なり」である。


評価
★★


書誌
書名:恐怖特急
著者:阿刀田高・日本ペンクラブ
ISBN:9784087510294 (4087510298)
出版社:集英社 (1985/04出版) 集英社文庫
版型:358p 16cm(A6)
販売価:入手不可

2007年06月18日

長嶺超輝著『裁判官の爆笑お言葉集』

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 たとえば北尾トロさんの裁判傍聴記のおかしさはどこからくるかといえば、裁判官、検察、弁護人、そして被告の言動がいわゆる我々の常識からかけ離れているところからくる、ギャップからではなかろうかと思う。「どう考えてもおかしい」とか「そんなバカなことがあるか」と彼らの言動から感じるところから発生するものだと思うのだ。
 しかし彼らは大まじめなのだ。被告人は自分が犯した罪を少しでも軽くしたいだろうし、その弁護人はクライアントである被告人に少しでも有利になるように行動する。そして裁判官や検察は、今までの判例が彼らの判断の基準となるから、それから逸脱できない。
 あの福岡市の海の中道で起こった、飲酒運転による追突事故で、車が海に落ちて、幼い子供が3人亡くなった。検察は危険運転致死傷罪を求刑する。我々は当然だと思うし、もっといわせてもらえば、車の事故じゃなければこんなヤツ死刑だとさえ思っている。けれど弁護人は「アルコールの影響で正常な運転が困難な状態ではなかった」と真っ向から否認し、同罪よりも刑が軽い業務上過失致死傷罪(同5年)が相当との考えを主張した。
 この弁護人の主張を聞いていると、飲酒して車を運転しても、正常な運転が出来るなら、酒を飲んで車を運転してもいいことになる。しかしそもそも法律で酒を飲んだら車を運転してはいけないと決められている。弁護側の主張はそれを完全に無視した主張であることは明らかだ。いったいこの弁護士は何を考えているのだろうとさえ思った。
 ところが、このニュースをテレビで報道した番組が弁護士にアンケートを取ったところ、ほとんどの弁護士がこの場合、業務上過失致死を主張するというのだ。つまりそれが彼らの仕事なのだ。この被告人の弁護士は「あんたのおこした事故は検察のいう危険運転致死傷罪だ」とは絶対に言えないのだと知らされた。
 あるいは光市の母子殺人事件にしても、旦那さんである本村洋さんは少年に死刑を求刑し続けたが、裁判所は無期懲役までしか言い渡せなかった。やっと最高裁で「特に酌量すべき事情がない限り死刑の選択をするほかない」と差し戻された。高裁が無期懲役と判断したのはいわゆる「永山基準」からくるものといわれている。つまり過去の判例から判断して罪を言い渡すしかないのである。それが世間の常識からいくらかけ離れていようとも、そうするしかないのである。
 どうしてなのだろうか。この本で面白いことが書かれている。「日本全国の刑事裁判官が、お互いの空気を読み合いながら積み上げてきた暗黙の了解、それを『量刑相場』と呼びます。『この類の事件ではこういう事情があれば、どれくらいの刑罰が適当か、執行猶予は付けるべきか』といった判断の目安となる基準です」と。
 つまりそれは似たような事件を起こした被告人の間で比べたときに、あまりにも判決の内容に開きがあれば、「法の下の平等」に反することになるし、量刑の急激な変化は法的安定性を失わせ、特定の犯罪の厳罰化は刑罰体系のバランスを崩しかねないから、過去の判例を元に判断するというものなのだ。
 しかしよく考えてみると、「似たような事件」というが、たとえ形が似ていたとしても、個々の犯罪はそれぞれ独立しているはずだし、個々に事情が異なるはずで、絶対に同じということはあり得ない。そもそも「法の下の平等」って、どうして被告に適用できるのだろうか?人様の人権を傷つけ、あるいは損なった被告に自分の人権を主張できる権利がどこにあるのだろうか?自分の人権を主張するなら、相手の人権を尊重、あるいは認めた上での話だろう。

 話が横道にそれた。この本は『裁判官の爆笑お言葉集』となっているが、ちっとも爆笑ではない。正直な話、トロさんのような話を期待していたのだけれど、そうじゃない。
 たとえば、例の耐震強度偽装事件で逮捕された姉歯元一級建築士の裁判で、最初は借金返済のために偽装をしたが、借金返済後も偽装を続け、高級外車2台も購入していたことを裁判官に問われると、姉歯元一級建築士は「ローンで買いました、ローンで」と言い放つ。それに対して裁判官は「フタを開ければ、そんな贅沢をしている。やっていることはデタラメ。そんな発言では被害者も関係者もみな怒りますよ。あなたに深刻さがないと、怒りのもっていきようがないんですよ」と30分も怒りを爆発させたという。 また、飲酒運転による赤信号無視で起こった交通事故の裁判で「交通事故裁判での、被害者の命の重みは、駅前で配られるポケットティッシュのように軽い。遺族の悲嘆に比して、加害者はあまりにも過保護である。命の尊さに、法が無慈悲であってはならない」と言い放った裁判官。
 あるいは暴走族から抜けようと思った少年に暴行を加え死に至らしめた少年に「暴走族は、暴力団の少年部だ。犬のうんこですら肥料になるのに、君たちは何の役にも立たない産業廃棄物以下じゃないか」と言う裁判官。著者は「こうやって、裁判官の言葉を集めていると感じるのですが、心情的には重い刑を言い渡したいのに、量刑相場がそれを許さないという『板ばさみ』に遭ったとき、担当裁判官は被告に向けて、一段と痛烈な非難メッセージを浴びさせるような印象を受けます。それによって量刑の軽さとのバランスを取ろうとしているのでしょうか」という。
 もしそうなら多少救われる部分はあるにしても、これらの発言は、結局裁判官が自分自身の中でのジレンマから発した言葉であって、それが被害者にとってどれだけ救いとなるかは疑問である。そんなことを考えさせられた。

評価
★★


書誌
書名:
著者:
ISBN:9784344980303 (4344980301)
出版社:幻冬舎 (2007-03-30出版) 幻冬舎新書
版型:219p 18cm
販売価:756円(税込) (本体価:720円)

2006年03月27日

貫井徳郎著『追憶のかけら』

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 私はこの本(実業の日本社刊)を読もうと思って手に入れたわけではなく、別な意図があってこの本を手に入れた。
 実はちょっと「造本」に興味があって、1冊本を自分の手で分解してその構造を見てみたいと思ったのだ。その為に古本屋さんで1冊分解用の本を購入した。その際、ハードカバーで、多少厚みのある方が分解しやすいと思い、この本を買った。
 でもただ分解してしまうのはどうも気が引ける。まずはちゃんと読んでみようと思い、読み始めた。読み始めてみると、意外に面白い。結局夢中になって読んでしまった。

 この本の話は構造は二重になっており、大学講師の松嶋に戦後まもなく自殺した佐脇依彦という寡作の小説家の手記を入手する。
 この手記がミステリー風になっており、佐脇が終戦後知り合った復員兵の頼みを聞き入れ、愛人の春子を捜しはじめる。
 ところがこの春子を捜し始めると、自分のまわりに不可解なことが起こり始め、最後にはお手伝いの富美さんが暴力の餌食になってしまう。富美さんに好意を寄せていた佐脇はこのことを苦にして自殺してしまう。
 一方松嶋はさえない大学の講師であった。魔が差した松嶋は風俗店へ遊びに行った。そのことが妻の咲都子にばれてしまい、咲都子は一人娘を連れて実家に帰ってしまうが、まもなく交通事故で亡くなってしまう。妻の咲都子は松嶋の大学の教授の娘であった。そのため実家でも大学でも松嶋のその行為が気まずいこととなってしまった。松嶋は自分の立場を立て直すために、佐脇の手記を元に論文を書くことで、世間に認めてもらおうとする。
 しかしこの手記を持ち込んだ人間は、何故佐脇のまわりに不幸な事件が起こったのか。その真相究明をすることが、松嶋がこの手記を元に論文を発表する条件とした。
 松嶋はある程度佐脇のまわりに起こった不幸の原因を究明し、論文を発表するが、この手記が偽物であることが分かり、松嶋は学会にいられなくなってしまう。(実はこの手記を読んでいて、どこか戦前に書かれたものにしては、表現が今風なところがあって、不自然さを感じていた。たぶんこれは偽物らしく見せるために意識的にそうしたのではなく、無理して一昔前の表記をしているうちに、今風の表現になってしまったものと思われる。どう考えても戦前にこんな表現の仕方はないのではないかと思われる部分がいくつかあった。)
 どうして松嶋は偽物の手記ををつかまされたのか。誰が松嶋を陥れたのか。手記は全部偽物なのか。状況が二転三転していく。

 なかなか読み応えのあるミステリーであった。ついつい夢中になってしまい、この本を潰すなんてとんでもないと思った次第である。それより全く知らない作家を偶然知ることになって、むしろ感謝しなければならない。
 
評価
★★★

2006年02月28日

永江朗著『菊池君の本屋』

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 読んでいて、涙が出そうになった。別に泣くような本じゃないことは分かっている。けれど、自分が経験して「むなしいなぁ」と思ったことが、著者である菊池さんが言っているので、ちょっと涙腺がゆるんだのだ。
 それは、こうである。「一時期業界で盛んに提唱された”勧める販売”はいやだ。ぼく自身、セールスマンとして昔やったことがある。だからああいうことがいかに辛いかということが骨身にしみてわかっている。サラリーマンの頃一軒一軒自転車で回ったりした。チラシを持って、テッシュを持って、家庭を回って、『定期購読してくれませんか』ってやったのだ。その結果がNHKテキスト『基礎英語』なって言われるとガックリきちゃう。それをやって注文書を書いて、伝票切って、集金して来て、と全部やった。
 女房が『SOPHIA』の創刊号を150部とったり、『日本大歳時記』を50セットとったりもしている。だからいかに大変か、プレッシャーがあっていやな方法か骨身にしみてわかっている。(略)結果として『SOPHIA』を100部売ったとしても10万円ぐらい。それで2万円の儲けだ。2万円儲けるためにあんなに必死ならないといけないのかと思うとやっぱり辛い」

 私も昔新大久保店がオープンしたとき、その前に近所にポケットテッシュを一人あたり段ボール一箱分テッシュをまいてこいと言われ、やったことがある。みんなでテッシュをまいたのだけど、その時の虚しさといったらなかった。こんなことして一体何になるのだろうかと思っていた。どう考えてもお店には来ないだろうと思える離れた距離のところまで、テッシュをまいた。
 又秋葉原の駅前で、確か講談社から出ていた『日本の天然記念物』という豪華本のチラシを日販の営業マンとまいたことがある。あの時も同じ気持ちでいた。しかもその時は直接手渡しである。受け取ってなんかくれないのだ。当たり前だ。朝通勤時間の忙しい時に、だれがそんなつまらないチラシなど受け取ってくれるか。いつまでもチラシが減らないものだから、悲しいたらありゃしない。それでいくつ予約が取れたのかといえば、ほとんどなし。分かってはいたが、それでもやらなければならないのだから、虚しい。辛かった。それを思い出したのだ。だって本って、嗜好品だから、自分の興味のない本なんて欲しいと思わないはずだ。まして勧められて買うもんじゃないと思っているから余計である。その本がどこか、あるいは何か訴えかけるものであればともかく、仮にあったとしてもごく一部の読者だけであって、多くの人が興味を示すなんて難しい話じゃないかと思うのだ。
 それ以来、私がお店の責任者となってからは、一切そんなことはしないようにした。いくら問屋や出版社、あるいは社長にやれと言われても、受け付けなかった。それをやらなければならない人のことを思うと、とても出来なかった。配達のついでに本を勧めることもさせなかった。
 菊池さんのヴィレッジ・ヴァンガ-ドは変わった本屋さんだけど、この本を読んでいて、菊池さんはとことん本屋さんなんだなぁと思うのと同時に、自分が辛いと思ったことは、絶対に従業員にさせないというポリシーはすばらしいと思ったのだ。そんな辛いことをしなくても、違う方法があるはずだというわけである。それがヴィレッジ・ヴァンガ-ドというお店で実現していると思った。
 新刊にしてもそうである。小さな本屋さんだと売れ筋の新刊など殆ど手に入らない。それに対していらだちを覚えるなら、既刊本で売ればいいと思っていた。もちろん新刊が全くないというわけにもいかないから、多少手に入れる方法を模索したけど、そればっかり追い続けると、いずれ行き詰まる。それが分かっていた。だから既刊本で、その本屋独自のプレゼンテーションが出来れば、きっと売れるはずだと思うし、それがその店の個性にもなると思うのだ。それを菊池さんはやっておられる。菊池さんは言う。「ようするに一つでも多くのものを買ってもらいたいのだ。『こういうモノがあるんだよ』とプレゼンテーションしたい。お客が見た時に、ここはわかっているいるなと思わせたい。95パーセントの客が気がつかなくても、5パーセントの客がわかってくれればいい」と。だから「本屋のセンスは、この本の隣になにを置くかで決まる」という。その隣に置くのが本だけでなく、雑貨であったり、CDであったりするわけだ。本屋では本の隣は本を置かなければならないという固定観念があるから、行き詰まるわけだけど、別に本でなければならない理由などどこにもない。これがヴィレッジ・ヴァンガ-ドが成功した理由だろうし、個性だと思わせる。
 事実本以外のグッズの売上が大きいのが分かる。この本にはヴィレッジ・ヴァンガ-ドイーストの月別売上が示されているが、それを見てみると、グッズの売上は全体の50.2%~45.5%を占める。つまりお店の売上の半分は雑貨、CDなどのグッズの売上なのだ。それだから粗利益も通常の本屋が20%弱なのに30%もあるというのもうなずける。だからといって、それら雑貨をメインにしている訳じゃない。あくまでも本を中心に雑貨の配置、品揃えを考えているという。何故なら、「本が出るということは、世間にそれ(グッズ)を受け入れる状況ができているということ」だからと言う。つまり基本は本屋さんなのである。 でも、こういうグッズを置くというのはどうしてもマーケティングがしっかりしていなければならないはずで、しかも利益率が高いということは、リスク(たとえば全て買い取らなければならないなど)もかなり高いはずだ。ということはそのあたりリサーチもしっかりしたものでなければならないし、それをどうやって売るか、それをきちんと考えないとならない。このあたりは楽しさもあるけど、厳しさも当然伴っていくはずだ。
 それに伴って置かれている本もかなりセレクトされていて、いわゆる定番といわれるその店の売れ筋の本も通常の本屋さんとは一線を引いている。この本の後ろに「定番1200」というのがあり、そこにはヴィレッジ・ヴァンガ-ドの売れ筋一覧が記されている。これを見てみても、普通の本屋さんとは違うよなと思ってしまう。このあたりが新刊ばかりを追わない姿勢となっていくのだろうと思われる。

 この本(アルメディア刊) は先に読んだ『ヴィレッジ・ヴァンガ-ドで休日を』の実践編といった感じの本で、12年前の本であっても、今でも様々な方向性を示してくれているような気がする。もっと早く読んでおけばよかったかなと思った。

評価
★★★★

2005年11月23日

日本経済新聞社編  『ドキュメントダイエー落城』 

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 私の自宅の近くにあるダイエーが不採算店舗に上げられ、今月末で閉店になる。その前にちょっと行ってみようと夫婦二人で出かけてみる。この店は開店から23年たっていることを知ったが、それはそれはひどい状況になっていた。もう商品はほとんどなく、テナントで入っていた店はみんな撤退済みで、空きになっている場所を何故か紅白の垂れ幕で隠していた。売り尽くしセールだから、紅白の垂れ幕なのだろうとこじつけて考えられないことはないが、どうも場違いのような気がする。実際問題、閉店間際になると、見てくれなどかまっていられないのが実情だろう。天下のダイエーがこうなるとは、落ちぶれると惨めなものである。
 バブルの後遺症というのは本当にすさまじいものだと身近で感じた。一時は三越の売り上げを超え、小売店業界の頂点に立った大きなスーパーがなくなってしまうのだから恐ろしいものである。

 この『ドキュメントダイエー落城』(日本経済新聞社刊)は今年のはじめに読んだのだが、たまたま近所のダイエーが閉店になるに当たり、思い出したので収録してみた。

 ダイエーの経営方針は土地を中心とする資産の取得、それから出てくる含み益、担保力からの資産の調達であって、「土地本意経営」と評されていた。決して本業からの収益で日本最大の小売業として成長したわけではない。
 このことは、バブル経済がなしえたことであって、そのバブル経済が崩壊したときに、ダイエーの崩壊も始まる。バブル期に異常に値上がりした土地が、急激に資産価値を落とせば、含み益どころか逆ざやになり、担保価値も必然的に値下がりするには当たり前だ。その上元々本業に力を注いでいない状態あったのだから、そこからの収益はバブル崩壊ともに激減する。いつの間にかダイエーは「不良債権」の代名詞となり、銀行のお荷物となっていく。
 そこに今度は銀行事情が絡んでくる。そしてそれが更にダイエーの崩壊に拍車をかけていく。
 景気のいいときはおそらく銀行はダイエーが持っている資産を担保にどんどんお金を貸していったのだろう。ところがそれの価値がどんどん下がれば、今度は回収に急いで回る。態度を豹変するのだ。銀行に公的資金が投入され、2002年10月に竹中平蔵金融相が打ち出した「金融再生プログラム」によると、2005年3月末まで大手銀行の不良債権を半減させる目標があり、当時大手銀行の不良債権比率は8%強あったものを、4%まで引き下げなければならない。
 ダイエーの取引のある主力行、特にUFJ銀行は金融庁の検査妨害までして、不良債権の山を誤魔化してきたが、それが出来ないとなると、必死にその処理を進める。
 主力行はダイエーに産業再生機構の活用を強く求め始める。それは産業再生機構を活用すれば、非主力行からの債権買い取りが終わって再建計画が確定した段階で、貸出債権を正常債権に格上げすることが認められ、ダイエーの不良債権を「要管理債権」から「正常債権」格上げでき、大きく不良債権残高を減らすことが出来るからだ。そのため銀行は本当にえげつないほどの行動を取っている。いわばなりふり構わずだ。
 ここで銀行の勝手な都合によりダイエーは崩壊したのだ。

2005年08月30日

法月綸太郎著『生首に聞いてみろ』

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 久しぶりにミステリーを読む。本は先日書いた通り、法月綸太郎さんの『生首に聞いてみろ』(角川書店刊)である。考えてみると昨年は角川書店は国内、国外のミステリーの上位作品を出版している。この本は、「このミステリーがすごい」で第一位、「週刊文春ミステリーベスト10」では第二位を獲得している。
 だいたいこの2つの選考は間違いがなく結構楽しめるので、安心して読めるのが有り難い。そのため上位になった本は必ず読んでいる。 さてこの本のことだけど、余り詳しく書いちゃうとネタばらしなってしまうから、適度に押さえて書きたい。
 末期ガンに冒された川島伊作は、「和製ジョージ・シーガル」といわれる彫刻家であった。彼の作品は、生きた人間を直接石膏で型を取り、複製していく方法で作られた。しかしこの方法だと、決定的な問題を生む。つまり、顔を複製して作品を作ると、必ず目をつぶった形になる。石膏で型を取る場合、目を開けて取ることは出来ないからだ。従って出来上がった作品はみんな目が閉じたものになり、「祈り」の顔になってしまう。
 死を覚悟した川島伊作は自分の娘、江知佳をモデルにして最後の作品を一人アトリエにこもり作り上げ、倒れる。
 川島伊作死後、江知佳はアトリエに入り、布に覆われた作品を見るが、そこにはあってはならないものがあった。
 葬儀の後、再度アトリエに入ると、今度は首から上が切り落とされた江知佳の像があった。そして次に、江知佳の生首だけが宅配便で送られてくる。
 法月綸太郎はこの事件の真相を解き明かしていくが、そこには16年前の事件との関わりが、この事件に重大な意味を持ち始める。 
 う~ん、こんな感じでもったいぶった書き方でいいのだろうか?久しぶりに犯人捜しをした関係か、読み終わった後、江知佳の像にあってはならないものがあったというのを読んだときに、犯人が特定できてよかったのにそれが今回出来なかった。まぁその方が「誰が犯人なのだ?」とページをめくる楽しみがあったわけだが、でもちょっと悔しかった。 そんなことで今回は私の完敗であった。