2008年10月27日

穂村弘著『本当はちがうんだ日記』

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 私はエスプレッソが好きだ。カップをそっと口につける。目を閉じて、ゆっくりと一口啜ってみる。苦い。舌が苦い。苦くて、とても飲めたものではない。痺れた舌を空中でひらひらさせながら、私はカップを置く。
 私のエスプレッソがこんなに苦いのは何故なんだろう。果実の薫りとキャラメルの味わいの飲み物が、地獄の汁に感じられるのは何故か。それは、おそらく、私自身がまだエスプレッソに釣り合うほどの素敵レベルに達していないからだ。

 私の本棚の一角カバーをかけた本たちが並んでいる。全てがいわゆる自己啓発本である。素敵な自分になるためだ。

 コートや上着やズボンのポケットから小銭が出てくる。レジでお釣りを受け取るときに、その場で落ち着いて小銭入れに収納することが出来ず、ポケットのなかにばっと放り込んでしまうしまうからこうなるのだ。

 小学校六年生のとき、卒業文集を作ることになり、その記入用紙に「名前」「誕生日」「血液型」「好きな食べ物」「趣味」「将来の夢」の中に「あだ名」という項目がありショックを受ける。私にはあだ名がなかった。私は記入欄に素直に「特になし」と書けばいいものを「ホムラ」と書いてしまった。
 文集が出来上がって、隣の席の「かーくん」に何気なく「これ、おまえの、名前じゃん」と云われたとき、私の世界は張り裂けそうだった。「だって、ないんだ、ぼくには、あだ名、ないんだ」と絶叫したかった。だが私は「ふふふ」と笑っただけだった。何がふふふなんだ。

「なあ、トースケ、この三年間(高校の)にバスのなかで女の子から何通手紙貰った?」
「え、わかんない、二十個くらい?」
 それは「がーん」でありつつ「やっぱり」なのだ。
 勿論私は一通も貰ったことはなかった。ラブレターを「個」で数えるような奴が二十個貰えて、ちゃんと「通」で数えられる俺は0通。羨望と嫉妬と納得で、私は混乱していた。
 彼女たちにとって、私は、バスの車内の吊革や椅子と同じ存在なのである。いや、掴まったり座ったり出来ない分、それよりも価値がない。

 私は自分の方から女の子に手紙を出すことなど考えてもいなかった。
 それがどんなジャンルの事項であれ、例えば、六十七勝七十三敗からの一敗は何ということもない出来事だ。そこから三連敗してもなんとか耐えられるだろう。だが、0勝0敗からの一敗は恐ろしい。三連敗などしようものなら、自分はこのまま生涯一勝もできずに終わるのではないか、という恐怖に囚われてしまう。その予感が私を動けなくする。

 マネキンが着ている服をかっこいいなと思う。
 早速買って帰って自分で着てみると、余りにも印象がちがって驚く。マネキン着用時にあんなに素敵だったシャツが、鏡のなかでへたっと死んでいる。これは、と私は思う。やはり僕のせいなんだろうな。

 最初から書き出したらきりがない。気持としてはよくわかるし、誰だって見栄を張ったり、人をうらやましがったりするだろう。似たような経験や感じを持ったこともあるだろう。だけど不思議なもので、人生、そういう不幸?からいつの間にか解放されちゃう気がするし、まして年齢を重ねれば、だんだんそういうことを考えることさえ鬱陶しくなってくるのではないかと思うのだ。むしろ著者みたいに四十過ぎてもまだ自分は本来の素敵な姿になっていないと感じる方が、私にすればおかしいのではないかと思うのだ。若々しいといえばそう言えちゃうのかもしれないけれど、四十過ぎてもこれじゃ、どうなのだろうか?
 別に人生論をぶちかまそうなんてさらさらないが、読んでいて面白かったし、「うん、うん」とうなずけちゃところはあるけれど、それは昔の自分を振り返ってそう感じるだけであって、今はそんなことどうでもいいじゃんと思う方が普通なんじゃないかと思う。むしろ若い頃の不幸をさらりと語れる方がかっこいいような気がするのだけれど。
 この本は三浦しをんさんの本で知った。私は著者がどういう経歴の人なのか知らなかった。この本の見開きに著者の紹介があって、それを読んでいると、なるほど、著者は歌人でなんだ。だからいつまでも若い気分を持てあましているんだと思ったのである。世の中にはいろいろな人がいるもんだ。それでいいような気がする。私は穂村さんのこのエッセイを読んでそう思ったのだけれど、穂村さんはそれでは済まない人なのだ。そういうことだろう。


評価
★★


書誌
書名:本当はちがうんだ日記
著者:穂村 弘
ISBN:9784087463538
出版社:集英社 (2008/09/25 出版)集英社文庫
版型:213p / 15cm / A6判
販売価:479 円(税込)

2008年10月02日

ヘレ-ン・ハンフ著『チャリング・クロス街84番地』

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 昔開高健さんの古い本を探すために、神田や早稲田の古本屋さんを回ったが、それでも手に入るものは限られていた。「日本古書通信」に全国の古本屋さんが自分のところ在庫を広告として載せていているので、その中から開高さん未入手の本を探し、はがきで注文した。確か2冊ほどこの方法で手に入れたと思う。中には抽選というやつもあって、外れたのだろう。その本は入手できなかった。
 今ではネットで簡単に日本全国の古本屋さんにアクセスできるので、こんな面倒なことなどすることもなく、在庫の確認も注文も数度のクリックで簡単にできてしまう。後は数日待てば、本と請求書が送られてきて、後は郵便振替で送金すればいいし、アマゾンならそのままカード決済だから、本を受け取るだけでいい。ここには古本を売る人とそれを買う人の顔が一切見えない。
 たとえば昔やったはがきでの注文でも、注文する本の書名などを書くのは当たり前だし、最後には「よろしくお願いします」の一言ぐらいは書き添えるだろう。それだけでも何か見えてくるものがあると思いたいが、ネットの場合それが一切ない。確かにつまらんしがらみがないから、その方が楽といえば楽であるが、どこか寂しさがつきまとう。特に古本という手垢のついた本にかかわるものだから、ちょっとは人との関係が欲しいといえば欲しい気もするのである。

 なんでこんなことを書いたかといえば、この本を読んだからである。私の持っているこの本は昭和59年発売の初版本である。当時からもう24年経ってしまっている。本もほどよく日焼けして、赤茶けている。多分買ってすぐ読んだと思うけど、内容は覚えていない。先日読んだ池谷伊佐夫さんの本にこの本のことがちょこっと書かれていて、気になったものだから読み返すことにしたのだ。
 この本は、ヘレ-ン・ハンフが『サンデー・レビュー』で絶版本を専門に扱っているイギリスのチャリング・クロス街84番地にあるマークス社の広告を見て、手紙に添え欲しい本のリストと一緒に送ったことから始まる。時は1949年10月5日である。ハンフの担当となったのはマークス社のフランク・ドエルであった。ドエルはハンフの注文した本を探し出し、アメリカにいるハンフの元へ本を送る。
 ヘレ-ン・ハンフは自ら貧乏作家で、古本好きと称しているが、生計はテレビの台本を書くことで立てている。古本好きもこの本を読んでいる限り、主にイギリスの古典作家に興味があって、それらの作家たちの本をドエルに注文している。
 しかし注文した本がすぐハンフの元に届くとは限らない。結構やっかいな作家たちの本を注文しているので、ドエルはそれらの本を探し出すのに苦労している。そのためなかなかハンフの元に本が届かない。ハンフは注文した本はどうなっているの?とキャンキャン吠えるし、本を探さないで、店でぼーっとしてるんじゃないのと毒づく。
 しかしそれは悪意があるわけじゃない。私もハンフの気持はよくわかる。古本好きのとって自分が探している本がなかなか見つからないというのは、結構イライラするものなのだ。まぁその分目当ての本が見つかり、手元でその本をさわり、ページをめくり、読んでみると、うれしさはひとしおなのだが・・・。ハンフも届いた本を見て驚き、感激し、ページにペーパーナイフを入れて読み、また感動するのである。
 この本を読んでいると、当時イギリスでは食料の販売統制がおこなわれていたようである。多分戦争終了後だからだろう。ハンフはドエルに肉やハム、卵(乾燥卵というのもあるらしいが、どんなやつなのだろうか?)や缶詰などをクリスマスや復活祭などのプレゼントして送っている。それはマークス社のドエルたちが苦労してハンフが注文した本を探していることのお礼であった。
 送られてきたプレゼントはマークス社の従業員やドエルの家族に渡り、そのためハンフとの手紙のやりとりが、マークス社の従業員、ドエルの奥さんや子供たちと広がっていく。あるいはプレゼントのお返しとして、ドエルがハンフに送ったテーブルクロスは近所の老婆の手編みで、それをハンフはえらく気に入り、その老婆との手紙のやりとりもある。もちろんハンフから送られた食料品はその老婆にもお裾分けされている。
 ここではハンフとドエル関係が店とお客という商売関係で終わるのではなく、古本を介して人としての関係に変わっていくのが、心地いい。それはドエルがハンフを一番最初に“マダム”と呼び、次に“ハンフ様”に変わり、さらに敬称を省いて“ヘーレン”になっていくのでもわかる。それだけ手紙や本、そしてプレゼントやりとりがお互いを親密化していったのである。いつの日か、ハンフがイギリスに行って、チャリング・クロスにあるマークス社を訪れたいという気持にもなり、ドエルや彼の家族もそしてマークス社の社員もハンフがイギリスに来てくれることを望むようになる。
 しかしハンフのイギリス訪問はなかなか実現せず、1969年1月8日付けのマークス社の秘書からの手紙で、ドエルが死亡したことを知らされる。読む側としては、それまでハンフとドエルの手紙のやりとりが書かれていたのに、いきなり秘書からの手紙でドエルの死亡を知ることになったので、正直驚いてしまった。
 訳者である江藤淳さんは解説で次のように書かれている。

「二十年の歳月にわたってつづけられたこのほのぼのとした交友に終止符を打つのは、フランク・ドエルの突然の死である。私たちが、フランクの死を告げる手紙を見て愕然とし、もう二十年も経ってしまったのか、と思い、人はやはり死んでしまうのだな、と思わざるを得ない。この切断は鮮烈であり、ひとことのコメントも添えられていないためにかえって粛然と襟を正させられる。つまり死が、この往復書簡集に作品の輪郭をあたえたのだということができる」

 たしかにハンフとドエルの往復書簡は読む側にとって、怒ったり、謝ったり、喜んでみたり、感謝してみたりして、素直な人間性とやさしさをそこに感じさせてくれた。だからそれがドエルの死によって終わってしまう残念さを余計に感じるのである。
 ハンフは最後にイギリスに行く友人宛に「イギリスのことは長い年月夢に見てきました。ただ、かの地の町のたたずまいを見るためだけに、よくイギリス映画を見にいきました。何年か前、私の知り合いのある男性が、イギリス旅行をする人は、見ようという目的のものが必ず見られる、って言ったのを覚えています。で、私ならイギリス文学のイギリスが見たいわって言ったら、彼、うなずいて、あるともって言っていたわ。
 あるかもしれないし、ないかもわからない。今私がすわっている敷物のまわりをながめると、一つだけ確実なことが言えます。イギリス文学はここにあるのです。
 ここにある私の古書を全部お世話してくださったありがたいお方は、数カ月前に亡くなってしまいました。その古書店の店主だったマークスさんももうこの世にはいらっしゃいません。でもマークス社は依然として残っています。もしチャリング・クロス街84番地の前をお通りになるようなことがあったら、私からよろしくって言ってくださいね。そうしてくだされば、大いに感謝いたします」と書いている。
 ここでハンフが注文したは、古さもあるけどきっとすばらしい装丁の本なのだろうなと思ってしまった。ウォルトンの『釣魚大全』や『ピープス氏の日記』(私のは岩波新書なのだけれど)などは、私も持っている本とは違い、まるで他の本のような感じがしてしまった。だってハンフがあれほど待ち望んだ本なのだから。
 いい本であった。


評価
★★★★★


書誌
書名:チャリング・クロス街84番地 ― 書物を愛する人のための本
著者:ヘレ-ン・ハンフ 江藤淳訳
ISBN:9784122011632
出版社:中央公論新社 (1984/10 出版) 中公文庫
版型:233p / 16cm / 文庫判
販売価:680円(税込)

2008年09月29日

文芸春秋編『目でみる日本史 「翔ぶが如く」と西郷隆盛』

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 確か文藝春秋デラックスというムックがあったのだけれど、今もあるのだろうか?なんか最近本屋さんで見たこともあるけれど、ちょっと昔のやつとは違うような感じだ。昔のは内容がもっと“俗っぽい”かったし、サイズも大きかったような気がする。
 この本はそれを文庫化したもので、当時NHKの大河ドラマで「翔ぶが如く」が放映されるのにあやかってというか便乗して出版されたものだろう。もちろんこんな本、今では本屋では手に入らない。きわものぽいもね。
 で、なんでこんな文庫本が私の手元にあるかといえば、以前『翔ぶが如く』を読もうととして、古本屋さんの均一本コーナーで各巻を集めていたときに、この本も見つけたので買っておいたのだ。
 今回やっと『翔ぶが如く』を読み終えたので、この本のことを思い出し、手に取った次第だ。便乗本?にしては面白かったし、内容もしっかりしている。特に明治時代の写真が興味深い。『翔ぶが如く』に出てくる人物たちの肖像写真もあって、「へぇ~、桐野利秋はこんな顔をしていたのか」とか、大久保利通が新築した邸宅の写真を見て、「ふ~ん、これが『大久保はこんな豪邸を建てやがって』と帰郷した薩摩士族に反感を買った家なのか」としげしげと眺めてしまった。
 西郷たちが最後に籠もった城山の写真があったが、竹を組んで土嚢を積み上げ、政府軍の攻撃を防ごうとしている状況がよくわかる。ちょっとした万里の長城みたい。
 後は当時の錦絵がいくとも掲載されているが、それがカラーじゃないのが残念だなと思った。昔「別冊太陽」で明治の新聞や錦絵などがたくさん載ったものを持っていたのだけれど、古本屋さんに売っちゃった。今にして思えば残しておけばよかったなぁ。
 さて、写真も面白いけれど、この本に寄稿している作家や評論家などの文章にも面白ものがあった。特に「鼎談書評」として木村尚三郎さん(いやぁ~懐かしい名前だ)、丸谷才一さん、山崎正和さんの鼎談は興味深かった。
 例えば丸谷才一さんが「(司馬さんは)明治維新以前の西郷への高い評価と、以後の彼に対する極度に低い評価との間で、困りながらこの七冊(『翔ぶが如く』)の本を書いた。この本の最大の読みどころは、その司馬さんの困り方です」といっているのが、確かに!と思ったのだ。そのギャップがあまりにもあるので、司馬さんは『街道をゆく』では「西郷の不思議さ」といっているのだが、それをいろいろな方向からなんとか説明したい、あるいは司馬さん自身納得したいという思いで、この本がこうも長くなってしまったんじゃないかと思うくらいだ。しかし結局司馬さんもそして読む我々も、西郷の極端な変化に理解が及ばない。「こうだから西郷は維新前と維新後で変わらずを得なかった」という説明が出来ない。それを丸谷さんは司馬さんが困っているといっているのである。それがよくわかったのである。

 さらに、山崎正和さんが明治維新という革命の性質をうまいこと言い当てているなと感じた言葉がある。

 「やってみて悪ければまた考える、というやり方で一貫して明治維新はおこなわれた。ですからそれは西洋流の革命とはまったく性質を異にしたものだと考えていいですね。
 西洋流の革命というのは、マルクス主義の革命もそうですし、ナポレオンの革命ですらそうですけれども、最初にイデオロギーがあり、一つの政体に対する青写真というものがあった。それについては動かない信念があったから、革命家は敗けたら敗けっきり、勝てば官軍です。
 ところが日本の場合、寄り合って相談しながらあっちへ行こう、こっちへ行こうといっているうちにだんだん現状が成り立った。そういう意味ではわたしは西洋流の革命が宗教的革命であるのに対して、日本の革命は自然科学的な革命だと思うんです。しかしこれを裏返していうと、ある短い時点の中では全員が裏切り者になるという性質がある。西郷自身も島津久光から見ればたいへんな裏切り者なんですね。そして、西郷はやがて明治維新に対する裏切り者にもならざるを得ない。そういう必然性がすでに明治維新を用意する運動の中にあったという印象をもちました」

 つまり西洋流革命はぶれないけど、日本の明治維新は試行錯誤しながら変化し発展していくから、状況が刻々と変化していく。最初は革命側であっても、いつの間にか反革命側になりかねない部分があるというのである。これは幕末から明治、あるいは西南戦争まで歴史を追っていくと「なるほど」と頷ける。たとえば西郷が作り上げた明治政府に自ら失望し始めると、今度は西郷が反政府側に立っているというのを見るとますます頷けちゃう。
 それは基本的にしっかりしたイデオロギーが根付いていないからそうなってしまうのだろうけど、その変化についていかないといつの間にか自分が反革命側あるいは反政府側に立っていることになってしまうから恐ろしい。
 それは現代の日本社会まで続いている。体制側にいると思っていたあなた、いつまでも今の地位に安穏としていると、気がついた時は反体制側にいることになりかねませんよ。日本という国はそういう国なんだから。

 さて、話は変な方向に行っちゃいかねないので、もう一つこの鼎談で木村尚三郎さんがいっていることも懐かしかった。「辺境改革説」(ここでは「辺境理論」といっている)である。
 木村さんは、なぜ薩長が明治維新を成し遂げたかを説明するに当たり、彼等が「野蛮」であったからだというのである。その説明が以下の通り。

 「知的エリートは、たしかに江戸にいたわけです。そういう人たちは都会化され、野蛮性を失っていたからこそ、逆に力にならない。こうすればこうなる、ああすればああなる、ということがみんなわかっていると指導力を発揮できず、結果として何もできないわけですよ。
 歴史はいつもそうですよ。都市文明が進むと女性化して野蛮にやられてしまう。ローマが都市文明化すると全く無知蒙昧なしかし男性的なゲルマン人にやられるわけですよ。そのゲルマンの中でさらに田舎のイギリスが近代になって大陸を押さえつける。さらにイギリスの中の野蛮な連中がアメリカに渡って、これがカンカラで豆なんか煮て食って、頑張った。そして二十世紀の初めからヨーロッパを押さえつけるようになった。もちろんこの「辺境理論」で歴史のすべてが理解できるわけではありません。しかし、明治維新も、その一つの典型的な例のように思えるわけです」
 
 これ昔、大学時代にえらく感動した理論だったのだ。文明はいつまでも続かない。腐敗などが起こり、内部崩壊していく。その文明が成熟していればしているほど、腐敗から逃れられない。その文明から一定の距離をおいている(これは肝腎です。だって全く関係のないところから次を担う文明が生まれるわけがないからだ)他の文明が、その成熟した文明の一部を取り入れつつも自分を見失わないところで(要するに新しい血が入ることで)、次の文明が生まれていくというものなのだ。それが歴史的に説明できるというので、えらく感動したのである。それをまさかここで読むとは思わなかったので、ちょっと懐かしくもあったのだ。


評価
★★★


書誌
書名:目でみる日本史 「翔ぶが如く」と西郷隆盛
著者:文芸春秋【編】
ISBN:9784168104060
出版社:文芸春秋 (1989/11/10 出版)文春文庫―ビジュアル版
版型:277p 15cm(A6)
販売価:入手不可

2008年06月20日

フレデリク・フォ-サイス著『神の拳』下

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 どうも感激がわかない。出版された当時はきっとワクワク、ハラハラしながら読んだに違いなのに、今回読み直してみると、それほどでもない。

 1990年8月にイラクがクエートに武力侵攻し、国連の度重なる撤退勧告を無視したため、翌1月17日にアメリカを中心とする多国籍軍によるイラクへの爆撃(「砂漠の嵐」作戦 operation desert storm )が始まった。この本はいわゆる“湾岸戦争”を舞台にした話である。
 もともとイスラエルの情報機関モサドが抱えていた内部通報者で、イラクの幹部である“ジェリコ”から、湾岸戦争でイラクが何を考え、どんな兵器をもっているかという情報を今度はイギリス、アメリカの情報機関が彼から得ようとする。その情報の直接の受け渡しするのがマイク・マーティンである。マイクは最初クエートに入った経緯は先に書いた通りで、その後バクダッドに潜入する。ジェリコは多国籍軍に貴重な情報をもたらしてくれるが、その情報の中にフセインが核兵器を所有して、発射準備をしているという情報が入った。それがフセインのとっておきの兵器“神の拳”であった。
 詳しいことはわからないが、核兵器を自国で作る場合、濃縮ウランを作る必要性があり、それには時間がかかる。多国籍軍は計算からイランが核兵器を持てるわけがないと推定していたが、それが可能であるとわかると、空爆後、歩兵を投入すれば、甚大な被害が及ぶ。マーチンらは核弾頭を積んだロケット基地の正確な位置を知らせるため、一度バクダッドを脱出した後、再度イランに入る。

 この本は今読むと、明らかに失敗作であろう。というのもイランはその後大量破壊兵器である核兵器も生物兵器も所有していないことが明らかになったからだ。
 ここにフォーサイスの現代の紛争地域を舞台にした小説そのものが、ただ単に情報戦のすごさや兵器のすごさを描くだけになってしまっている不満がある。確かに当時としてはタイムリーで、新鮮味もあっただろうが、結局こうして時間が経って読み返してみると、古びたエンターテイメントとしてしか楽しめない。正直な話、読み返すに耐えないものになってしまっている。風化してしまっているように思えてならないのだ。
 最初からフォーサイスの作品はこんな危ない要素を含んだ作品ばかりだったのだろうか?違うと思う。少なくとも初期の三部作はそうではなかった。少なくとも歴史というものに濾過された事実を駆使して、描かれた作品は今でも読み応えがあると思うのだ。歴然たる事実の重みとでもいうものが、ものを言うものだから、読んでいても読み応えがある。
 今の時代を描くエンターテイメントを要求されると、こういう結果にならざるを得ないのかもしれない。トム・クランシーが兵器のすごさばかりを描くことで、一時話題になって、もてはやされたけれど、いつか結局それだけじゃないかということで、飽きられしまった。それとも一過性のものとして、命をかけるプロの仕事を楽しめばいいのだろうか?なんかフォーサイスもトム・クランシーと同じ道を歩みつつあるんじゃないのかなと心配してしまう。


評価
★★


書誌
書名:神の拳〈下〉
著者:フレデリック・フォーサイス・篠原 慎 訳
ISBN:9784047912205 (4047912204)
出版社:角川書店 (1994-06-01出版)
版型:425p 19cm(B6)
販売価:入手不可 文庫ならありそうです。

2008年06月16日

フレデリク・フォ-サイス著『神の拳』上

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 急遽忘れてしまったフォーサイスのこの本を読むことにした。まぁ、14年前に読んだ本を、主人公を忘れたということで、慌てて読む必要もないとは思うのだけれど、気になるので読むことにしたわけだ。
 今回も詳しいことは下巻を読んでから書きたいと思うのだけれど、一つだけ書きたい。
 主人公のマイク・マーティンには学者である弟がいる。名前はテリー・マーティンという。テリーは中東の学者で、アメリカやイギリスの情報機関のオブザーバー的存在で、中東で何かあると、それらの情報機関から意見を求められる。先に読んだ『アフガンの男』でも、アフガンでアルカイダが9.11以降の大規模なテロが行われる可能性が出てきて、アフガニスタンでの情報が欲しいということで、情報機関の人間を忍び込ませたいが、適当な人間がいないかと意見を求められ、兄のマイク・マーティンがいると言ってしまう。
 マーティン兄弟の母方の祖父はインドのダージリンにお茶の栽培のため入植したイギリス人であった。この祖父インド人の娘と恋に落ち結婚してしまった。当時イギリス人はインドの植民地支配者だったので、インドの娘と結婚することは驚天動地の騒ぎとなった。
 祖父テレンス・グランガーとインド人の娘の間に、一人娘のスーザンが生まれた。スーザンはイラク石油会社の経理をしていたナイジュエル・マーチンと結婚しバクダッドで暮らし、二人の男の子をもうけた。それがマイクとテリーである。マイクは母方の遺伝子を受け継いで、髪と眼は黒く、肌はオリーブ色で、当時のイギリス人コミュニティーの悪童から“アラブ人そっくりだ”と冷やかされた。
 マーティンはパブリックスクールを卒業した後、パラシュート部隊入隊し、その後厳しい訓練の後、SAS(空軍特殊任務連隊)に配属される。バクダッドで子供時代を過ごした関係で容姿もそうであるが、アラブ人並みにアラビア語がしゃべれた。
 だからテリー・マーティンはアフガンに潜入する人物として兄のマイク・マーティンが適材と言ったのだ。しかし危険きわまりない地域でスパイ活動するわけだから、見つかれば命はない。自分の兄を推薦したことをテリーはひどく後悔し涙する。
 ところがテリーのおしゃべりはこれが初めてではなく、実はこの本でも同じことをしているのだ。いやこの本が最初であった。イラクがクエートに侵攻したとき、クエートの情勢を知るために、スパイとして適している人物として、兄のマーチンを推薦しているのだ。そしてひどく後悔する。
 こんな危険なところに自分の一言で兄を派遣させてしまったことを後悔したら、普通二度と同じことはしないんじゃないのかなぁと思うのだが、どうだろう?それをいくらそそのかされたとはいえ、また自分の兄の名前を出しちゃうなんて、一体テリー・マーティンという人物はどういう神経をしているのか、正直呆れかえるばかりであった。
 それともマイク・マーティンを再び『アフガンの男』で使うためには、フォーサイスとしては同じ手を使うしかなかったのだろうか?それにしてもちょっと安易すぎないか?と思った次第だ。


書誌
書名:神の拳〈上〉
著者:フレデリック・フォーサイス・篠原 慎 訳
ISBN:9784047912199 (4047912190)
出版社:角川書店 (1994-06-01出版)
版型:414p 19cm(B6)
販売価:入手不可 文庫ならありそうです。

2008年06月10日

フレデリク・フォ-サイス著『アフガンの男』下

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 おいおい、これでおしまいかよ。ここまで盛り上げておきながら、この結末はないんじゃないの?しかし何となくこうなるんじゃないのかなあと感じていた。アルカイダが9.11以降大規模なテロを計画し、実行する。そしてそれがどんなテロなのか、アメリカやイギリスの情報局が探りを入れ、阻止しようとするのがこの本の話なのだが、そのテロに使われたのが船であるところに、話の面白みに限界があるように思える。
 だって、テロリストが船に乗ってしまえば、そこに潜入したSASのマイク・マーティンには、そのテロがどんなものなのか伝える手段がないし、阻止するにもマイク自身がするしかない。なぜなら外は大海原なのだし、船の中には自分以外テロリストしかいないのだから、必然的にそうならざるを得ない。だからテロが進み始めると、話は行き詰まってくる。ということは読む側にとって話が見えてしまうし、実際その通り話が終わる。
 しかも、実際のテロが進行する場面は下巻の後半の後半で、もうすぐ終わっちゃうよと心配したくなるところからで、ぎりぎりまでクライマックスがこない。そしてそのクライマックスも“これだけ?”と言いたくなるくらい。
 まぁ、結果は尻つぼみだったけれど、その過程は充分楽しめたので、“よし”とするしかないかと思うことにした。

 フォーサイスはいつもそうなのだが、実際あった事実と、今進行しつつある現実の中に物語の登場人物を組み込み、しかも何の不自然さもなく、いつの間にかその事実や現実に登場人物がいたようしてしまう。だから過去にあった、あるいは現在進行しつつある戦争や紛争の中で、リアルに行動しているように感じさせる。それはフォーサイスが膨大な情報を駆使しているため、当然あってもおかしくない状況をうまく生み出すからだろう。
 たとえば主人公であるマイク・マーティンがアフガニスタンに潜入するとき雇った地元のガイドのイズマート・ハーン(後にタリバン戦士となる)が当時のソ連軍のヘリに銃撃され、イズマート・ハーンが足に大けがをする。何とかとある洞窟にたどり着く。その洞窟内部には兵舎、モスク、図書館、厨房、商店、外科病院まで設備されていた。イズマート・ハーンはそこで手術を受けた。手術後病室に入ってきた男がイズマート・ハーンに「年若いアフガンの闘志の気分はどうかね?」尋ねる。その男はオサマ・ビン・ラディンで、手術をしたのが、アルカイダのナンバーツーのアイマン・アル・ザワヒリ医師であった。今世界で最も危険な人物たちが、こうしてさりげなく登場するのである。(後にこのことがイズマート・ハーンの勲章となり、彼に扮したマイク・マーティンがアルカイダに潜入できるきっかけとなる)
 私はアフガニスタンの政治状況についてまったく疎いのだが、この本を読んで、ちょっと勉強になったこともある。アフガニスタンからソ連が撤退した後、何千人もの若いアフガン人は学業を終えるためにパキスタンにある神学校(マサド)に戻っていった。そこでワッハーブ派による洗脳を受けた。ワッハーブ派は極めて厳格なイスラム原理主義に基づく宗派であった。現在もサウジアラビアの国教であり、オサマ・ビン・ラディンもその信徒であった。
 アフガニスタンの政局は不安定で、中央政権が倒れてしまった後、軍は一番お金を払ってくれる地元の軍閥に身売りしていく。軍の無法状態が続いた。カンダハルの郊外で村の娘二人が連れ去られ、輪姦された。村の宗教指導者は報復のため立ち上がり、基地に乗り込み、兵士達を殴り倒し、司令官を戦車の砲身で吊し首のした。この指導者がハンマド・オアマール、いわゆるオマール師である。彼は地方の英雄となった。彼の下に一万二千人もの男達が集まり、彼が巻いた黒いターバンを自分たちまねて巻いた。自ら弟子と称した。パシュート語では弟子をタリブといい、その複数形がタリバンである。彼らはどんどん巨大になり、カンダハルに代替政府樹立する。タリバン政権はイスラムの価値観に基づいたアフガニスタンの復興を目指したが、イスラムの名のもとに国民に女子教育禁止など極端な人権侵害を行ったため国際的に孤立した。さらにアメリカ合衆国に対するテロ行為の黒幕と目されていたサウジアラビア人オサマ・ビン・ラディンを客人として迎え入れてかくまったことから、アメリカと激しく対立する。
 オサマ・ビン・ラディンは9.11の首謀者としてみなされ、タリバンはアメリカにオサマ・ビン・ラディンの身柄の引渡しを要求されるが、オマールはこれを拒否した。このためターリバーンは米軍の攻撃対象とされ、米軍と北部同盟の攻撃により2001年12月までに政権は崩壊した。

 この本は最後に欲求不満がのこるけれど、フォーサイスがストリーテラーとしての醍醐味は随所に健在だし、このようにちょっと勉強になることもあったので、読んでよかった。
 それはそうと、この本の主人公マイク・マーティンはフォーサイスの前の本『神の拳』にも登場していたことを解説(いつも解説は訳者の篠原さんが書かれて、本の裏話やフォーサイスの近況などを教えてくれるのだけれど、今回は書かれていない)を読んで知り、愕然とする。フォーサイスファンとしては当然覚えていていい名前であったはずなのに、まったく記憶に残っていなかった。
 『神の拳』は確か湾岸戦争を舞台にして、サダム・フセインの大統領親衛隊との戦いを描いたものだったと思うのだが(これもあやふやなので自信がない)、まさかこの本の主人公がマイク・マーティンだとは思わなかった。この本が書かれたのは1994年だというから、もう14年前に読んだものだ。だから忘れても仕方がないけれど、あわてて本この本を取りだし、再度読むことにした。


評価
★★★


書誌
書名:アフガンの男 下
著者:フレデリク・フォ-サイス・篠原慎訳
ISBN:9784047915596 (4047915599)
出版社:角川書店 (角川グル-プパブリッ) 2008/05出版
版型:269p 20cm(B6)
販売価:1,785円(税込) (本体価:1,700円)

2008年06月07日

フレデリク・フォ-サイス著『アフガンの男』上

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 久しぶりのフォーサイスの新刊、やっぱり面白いな。ぞくぞくしながら読み進む。あっという間に上巻を読み終える。詳しいことは下巻を読んでから・・・。


書誌
書名:アフガンの男 上
著者:フレデリク・フォ-サイス・篠原慎訳
ISBN:9784047915589 (4047915580)
出版社:角川書店 (角川グル-プパブリッ) 2008/05出版
版型:255p 20cm(B6)
販売価:1,785円(税込) (本体価:1,700円)

2008年05月23日

林直樹著『リストカット』

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 どうも釈然としない。人間のこころという不定形で確かめようのないものを論理であるいは図形で示そうとすると、多分こういうことになるのだろうと感じた。
 たとえば、病気の根源がガンのようにはっきりしたものであれば、それを取り除けばいい。だけど、じゃあそのガンは何でできたのと質問すれば、遺伝的要素、外的要因、生活環境などさまざまなものが、それこそからみ合って、ガン細胞が生まれたと説明を受けるに違いない。よほどのことがなければ、「これだ!」という原因が突き止められないのではないか?つまり人間の身体やこころはそう簡単に病気の根源を突き止めていけるほど単純じゃないだろうと思うのだ。特にこころの問題はさまざまな要因がからみ合って問題を起こしているものだと思うので余計である。
 この本を読んでいてリストカットを含む自傷行為がなぜ生じるのか、わかりやすく図を用いて説明してくれるけれど、たとえば正常な精神(これだって何をもって正常と判断するのかよくわからないが・・・)では図の中ではそのバランスが保たれているから、正常であって、そのバランス崩れると、自傷行為が生じ、自殺へと進むのだとあまりにも短絡的に説明しているように思えてならなかった。
 もちろんその図を作成するに当たり、膨大な臨床例をもって、それを分析して作られたものであろうことは理解できるけれど、だからといってあなたは今この図ではこの位置にいますと言い切れるものなのだろうか?そんなに一般化できちゃうものなのだろうかと思うのだ。(逆を考えれば、それだけ複雑な生き物だから、人間はこころの病を発症するのだろう)
 この本が新書というスタイルをとっているので、誰にでもわかりやすい入門書的要素が要求されていることもわかる。また治療という行為は、何らかの病名を確定しなければ先に進めないし、診療報酬や調剤報酬が得られない保険制度だから仕方がないにしろ、人間ってそんな簡単な生き物じゃないだろうと思いたい。

 基本的に、私は自分の身体を傷つける行為というのはよくわからない。どうして自分の身体を傷つけようとするのだろう?たとえばこの本に説明されているようなリストカットは、自分が抱え込んでいる悩みや苦しみから解放されるためとか、リストカットをすることで、他の人に苦しんでいる自分をわかってもらいたいという気持から、そうした行為に走るというのも、よくわからない。まぁ自傷行為自体、よっぽど悩んで、苦しんでいるから、そういう行為に現れるのだろうとは思うのだが、それを自分の身体傷つけることとどう関係があるのかわからないのである。むしろストレートに自殺の方向に行ってくれる方が他人事とはいえ、わかりやすい。あるいは自殺への前段階に自傷行為があるといわれれば、納得できないこともない。ということは、自傷行為はまだ死ぬことはちょっと怖いという意識がその人にはあって、糸が完全に切れたとき自殺となるということなのだろうか。であれば、自傷行為は自殺へのシグナルを発している可能性がある。
 そういう意味で自傷行為をとらえるなら、何とかできないものだろうかとやっぱり思う。自傷行為がこころの病から発しているものなら、まずはその治療が先決となる。この本を読んでいると、こころの病を病んでいる人や自傷行為に走る人は「私」の存在をなくしてしまっている人のように思える。だけどそう簡単に「私」の存在はなくなるものではなかろう。勝手にそう思いこんでいるだけであって、その人にはその人を大切に思う人が必ずいるものだと思いたい。なぜなら人間はきっと一人では生きていけるものではないから、必ずどこかで人間関係がつながっているはずだ。そういう人たちの気持ちを無にして、自分だけが苦しいから、自分の身体を傷つける、あるいは自殺するなど、とんでもないと思う。偉そうなことは言いたくないけれど、あなたの身体やこころはあなただけのもんじゃないですよと言いたい気持がある。ここでも生きることは大変なことなんだなと思った。


評価
★★


書誌
書名:リストカット―自傷行為をのりこえる
著者:林 直樹
ISBN:9784062879125 (4062879123)
出版社:講談社 (2007-10-20出版) 講談社現代新書
版型:190p 18×11cm
販売価:735円(税込) (本体価:700円)

2008年05月17日

藤原正彦著『決定版 この国のけじめ』

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 歳をとってくると、世の中のことに何かと文句をつけたくなるのか知らないが、“何かおかしい”あるいは“それは違うんじゃないか”と感じることが多くなってきている。おそらくそうした感情が生まれる背景には、私自身がこれまで生きてきた年月やその中で経験したことが今の世の中の出来事とずれてきているからそう感じるのだろう。いいとか悪いとかそういう問題ではなく、価値観に違和感を覚えるのが今日この頃なのだ。
 しかしちょっと前まではそんなことは感じなかったし、アメリカ式小泉改革を支持していたところがあった。能力のあるものはそれなりの報酬を得るのは当たり前だと思っていたし、できる者ができない者に足を引っ張られることはおかしいと考えていた。また支払うものを支払わないで、自己主張するやつはとんでもないと思っていた。もちろん今でも基本的にはこの考えに変わりはない。が、最近はそれだけでいいのだろうかと思うことが多くなってきたのはなぜなんだろうと思うのだ。ただ単に歳をとったからだけでは自分の中で説明できなくなってきているところがある。
 特に小泉首相が唱えてきた「構造改革」は間違いじゃなかったのかと、最近思うようになってきた。確かに不具合は修正しないとならないだろうけれど、改革という名の下で、それまで日本に存在していた文化、伝統、道徳、倫理を壊し、グロバールスタンダードということで市場原理主義に走ったことは、果たして正解だったのだろうかと思うようになっている。この点藤原さんは、くどいくらい市場原理主義が日本という国家をだめにし、国としての品格のない国家を生んでしまったことを主張している。
 戦後、日本はアメリカの言いなりになって、アメリカ式民主主義を取り入れた。そして戦後の復興を成し遂げ、成長してきた。その間はまだマシだったかも知れない。まだ日本的情緒は残されていた。けれど、バブルで踊らされ、それがはじけると、長い不況となる。国民も経済界もこれに苛立ち、何とかしようとするところに小泉さんが出てきた。
 小泉さんは構造改革という名の下で、「官から民へ」「中央から地方へ」「小さな国家」という構造改革を始めた。つまりできる限り市場原理主義に任せ、国の規制を緩和し、極端なことを言えば、国家という枠を取っ払い、自由にやらせようとした。そのことが逆に日本という国を愛する気持を希薄にし、国歌の君が代さえ歌わない状態を生む。そういう人がどうして靖国神社参拝にこだわるのか不思議といえば不思議なのだが、とにかく自由ということなら君が代を歌う歌わないは個人の自由だろうということになる。けれど、少なくとも生徒がそう判断したならともかく、それを学校の先生が言っちゃまずい。国を大切に思わなくなったら、自分の今いるところも意味がなくなる訳だし、自分たちが根なし草になってしまう。そうなったときどこに自分たちのアイデンティテーを求めるのだろうか?すべては個人の理性とやらに絶大な信頼を置いて判断することになるのだろうが、それって、そんなに確固としたものなのだろうか。さらにそうしたことは自分さえよければそれでいいということになりかねないし、事実そうなってはいないだろうか?
 「改革」という言葉の響きはいい。日本人は特にそういう言葉に踊らされやすいところがあるものだから余計である。今騒がれている「後期高齢者医療制度」だって、小泉時代に言われたものだ。それを実際施行されれば「老人は死ねということか!」と文句を言う。私たちは小泉さんを「純ちゃん」といってもてはやしたんだから、文句を言える筋合いのものじゃない。藤原さんはこの本で、「民主主義は国民の総意に基づいて物事を決めていくのだから、その国民に判断力がないと衆愚政治となる」といっているが、まさしくその通りで、私たちが馬鹿なマスコミが垂れ流す情報に踊らされ、考えることしなかっただけのことである。

 さて、藤原さんがその市場原理主義というものがいかに日本をダメにしたのか、その主張を書いてみたい。たとえば株式である。日本の会社は従業員の愛社精神で存続していたところがある。従業員が自分のいる会社で一所懸命汗水流して働いてきたから、日本は成長してきた。会社もそうした従業員の気持に応えるために終身雇用制度、年功序列を維持してきた。もちろんこの制度がいつまでもそのまま維持できるとは私も思わないが、市場原理主義の下では会社は株主のものになってしまう。だからどうしても株主の期待するキャピタルゲイン生まなければならない。そのため経済が衰退しつつある現在、利益はそう生まないから、成果主義、リストラと経営者は走りざるを得なくなってしまった。
 本来会社は従業員のためにあったはずなのに、いつの間にか株主のためにあるようになってしまった。それを藤原さんは「市場原理主義とは論理が情緒の上位に立つというものである。情緒を徹底的に排斥し論理を徹底的に貫くというものである。だから従業員の情緒を無視したうえで会社は株主中心となる。経営者社員の間に情緒はなくなり、そこにあるのは単に雇用関係という論理だけだから、論理さえ整えば自由にリストラする。そうして利益を株主に配分する」と分析する。
 このため働きたくても正規社員として働けないし、いつリストラされるかもわからないので、会社に勤めたい若者が激減するのは当たり前の状態になる。
 このような利益の出し方は対処療法であって、このまま市場原理主義を貫き、リストラや非正規社員やパート・アルバイトの依存は失業者やニートを増やす。しいては消費の減退(当たり前だ。収入がないだから)税収不足となり、経済の衰退を招く。実際今の日本はそうなっている。そして個人の収入減は、気持の余裕さえもなくし、ぎすぎすしてくる。そもそも市場原理主義は競争社会だから、勝つか負けるかになるわけで、いつも目くじら立てて競っていなければならない状態になる。その結果勝者は一人だけれど、敗者は九人といった状態を生み出し、格差が広がる一方となる。それはアメリカを見れば歴然としており、上位1パーセントの人が国富の半分を占める状況になり、一方では極端な貧困層を形成する。アメリカは弁護士数が人口当たり日本の二十倍、精神カウンセラーが同じく六十倍という世界である。戦いとストレスの世界である。効率のよい世界かも知れぬが、もはや平穏な心で微笑んでいられるようなところではなくなる。敗者はやけにもなる。最近の日本の世情の物騒なことや、自殺者が絶えないことなどはここに原因がある。
 さらにすべての国民は消費者であるという消費者至上主義に陥り、消費者のためなら何でもありという状況を生み出す。たとえば食品など国産より輸入品の方が安いから、そうした方が消費者は喜ぶ。その結果日本の農業は壊滅に瀕し、自給率が四十パーセント切ることになる。毒入り餃子ではじめて、そうしたことを知ってあわてる始末である。戦争でもあったらこの自給率では国が維持できないこと知るべきで、高くても、無駄でも、日本で生産することを国を挙げて真剣に考えないととんでもないことになる。それに農業が廃れば、日本の自然だって崩壊する。
 そして市場原理主義は経済分野だけではなく、あらゆる面で影響を及ぼす。それを藤原さんは「市場原理主義は共産主義にも似て、単なる経済上の教義ではなく、経済の枠を越え、あらゆる面に影響を及ぼすイデオロギーである」と言い、「市場原理主義は経済だけなく、不効率ということで、人類が築いてきた文化、伝統、道徳、倫理を壊し、人々がそれぞれの土地で穏やかな気持で暮らすことを困難にさせている。市場原理主義は人類を不幸にする」と言い切る。
 こうなってくると修正なしのアメリカ式民主主義、あるいは市場原理主義の単純な導入は、日本という国を経済だけでなく文化も崩壊させるかもしれない。もちろんだからといって武道精神の「武士は食わねど高楊枝」だけでは生きてはいけない。やせ我慢には限界があるはずだ。しかし国家として日本を存続するには、経済もしっかりしなければならない。それと同時に日本人である以上、日本が本来もっていた文化や伝統、あるいは習慣など維持し、自分たちが日本人であることの誇りを持たさなければならない。
 経済のグローバル化のためだといって小学校から英語を教えるのも、日本がアメリカの51番目の州ならともかく、自分たちの国のことをおろそかにして英語教育はないだろうとは思う。それに仮に英語がぺらぺらしゃべれても、話す内容に中身がなければ、相手にされないはずだ。英語は意思の伝達手段と認識すべきだ。藤原さんは「人間には主軸が必要である。これがしっかりしていないと、精神は根なし草の如く頼りないものになる。この主軸を獲得するには、母国語の完全習得とそれに支えられた豊かな読書を通して、文化・教養を吸収することが不可欠である。これは並大抵のことではなく、小学校くらいまで全時間の半分くらい国語に費し、その後も読書などに励まねば覚束ない。
 日本人として育てるなら、小学校で外国語を導入するのは愚かである」というのは正論であろう。まずはそこからスタートしなければいけないような気が私もする。


評価
★★★


書誌
書名:決定版 この国のけじめ
著者:藤原 正彦
ISBN:9784167749019 (4167749017)
出版社:文藝春秋 (2008-04-10出版) 文春文庫
版型:346p 15cm(A6)
販売価:559円(税込) (本体価:533円)

2008年04月04日

秦建日子著『推理小説』

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 この本のことを書くと間違いなくネタバレになるので、以下読まれる方は、ご了承を願います。
 
 『推理小説』という小説がまずあって、一方その話に沿って連続殺人事件が起こる。つまり『推理小説』の著者が連続殺人の犯人であることなる。ただこの本は『推理小説』という小説の内容の記述と、それと同じ内容の殺人事件が同時に展開され、交錯し、少々読みづらい部分がある。

 殺人事件が起こるたびに、『推理小説』の原稿が出版社や警察に送られてくる。小説の内容が殺人事件と同じなので当然注目され、話題を呼ぶこととなる。『推理小説』の著者はこの原稿を買い取れと注文してくる。
 ところでこの本の著者である秦さんは、『推理小説』の著者が以前に出版社に原稿を投稿したが、編集者に「展開がアンフェア」、「動機にリアリティがない」と言われ、その原稿はボツとなった経緯のある人物と設定している。ということは、『推理小説』の著者が犯人である以上、連続殺人の犯人は、以前原稿をボツにされた人物ということになる。では本当にその人物が犯人なのか。たぶんそれはないだろうと予想できた。それじゃあまりにも安易すぎる。
 殺人事件が起こっても、マスコミや興味本位で事件を眺める大衆は、事件が他人事であるが故に、正義や人間性を白々しく掲げられる。それが自分自身に関係のないことだけに、冷静に語れるのだ。そしてそれがいかにアンフェアであるか。しかしそれが現実である。リアリティなのだ。
 『推理小説』の本当の著者は、それを証明しようとした。ここまでくればそれを証明しようとした人物は、「展開がアンフェア」、「動機にリアリティがない」と言った人物となる。そしてその人物が『推理小説』を書いたことになる。

 刑事雪平夏見は地道な捜査方法で、犯人を特定するが、なぜ彼が犯人なのか、そう確信する過程は一切書かれていない。ただ、誰が『推理小説』を書いたのか?疑わしき登場人物を一人ずつ消去していくと、読む側は犯人に行きつく。そういう設定だけ。従ってこの本自体も「展開がアンフェア」である。「動機にリアリティがない」とまではいかないけれど、はっきりとしない。かろうじて雪平夏見と編集者の人物像がこの本の救っている。そして事件が劇場型なので、テレビドラマにしやすい感じがする。そういえばこの著者の経歴を見ると劇作家、演出家、シナリオライターとあるから、こんな感じになったのだろう。
 謎解きがしたかったのか、それとも刑事雪平夏見を売り出したかったのか、その点がはっきりしない。やるならもう少しスマートに、かっこよく(あるいは泥臭く)やって欲しかったなぁと思った。


評価
★★
 

書誌
書名:推理小説
著者:秦 建日子
ISBN:9784309407760 (4309407765)
出版社:河出書房新社 (2005-12-30出版) 河出文庫
版型:317p 15cm(A6)
販売価:619円(税込) (本体価:590円)

2008年03月29日

長谷川博隆著『シーザー』

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 先日買ってきたこの本を読む。買うときは何か面白そうというのと、100円という安さ、それに昔懐かしい箱入りの旺文社文庫ということで買ったわけだが、読んでみたら意外と面白かった。
 私は古代ローマ史はある意味門外漢なので、シーザーという人物がどういう人物だったのか詳しく知らなかった。でもこの本を読んで、英雄も案外泥臭く、そして当然というか、結構したたかであったんだなと知らされた。「サイは投げられた」とか、「来た、見た、勝った」、「ブルータス、お前もか」とかいう歴史的名文句を残している。ほかにもシーザーの名文句はあるようだが、著者が言うように「シーザーはたしかに軍人であり、政治家であった。しかしそれだけではなかったのだ。シーザーは第一級の文章家だったのである」

 でも、シーザーが生きた時代がどんな時代で、またシーザーがその中でどう生きてきたかを考える場合、やはりなぜ、シーザーは殺されなきゃならなかったのか。それを考えるとよくわかりそうである。まずは「ブルータス、お前もか」と、シーザーの暗殺の立役者であったブルータスがどういう人間であったかみればその一端が見えてくる。


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 ブルータスは、カトーの甥であり、カトーを模範として生きていこうとしていた。ここに出てくるカトーとはあのハンニバルの時に出てきたカトーの曾孫にあたる。ひいおじいちゃんのカトーと区別するため小カトーと歴史上呼ばれる。ひいおじいちゃんのカトーもポエニ戦争の時カルタゴを滅ぼさなきゃならないと、結構過激な発言をし、元老院で大きな顔をしていたが、曾孫のカトーも保守的で元老院でなんだかんだといってシーザーのやることなすこと横やりを入れていた。まぁローマの共和制のドンといったところかもしれない。ドンだけあって、結構過激で、最後まで反シーザーの立場を貫き、シーザーの残党狩り開始の報を受けて割腹し、後に自らの内臓を掴み取っての自殺という壮烈な方法で自決した。 新渡戸稲造が欧米人に日本の切腹を説明する時、カトーを例にしたという。
 まぁカトーのことはどうでもいい。ブルータスである。なぜシーザーはブルータスに目をかけていたかである。一説にはブルータスの母親セルウィリアとシーザーが恋仲で、ブルータスはシーザーとセルウィリアの子だという噂もあったらしいが(これがでたらめな話だそうだ)、保守的で、共和制支持者のブルータスを自分の腹心に加えることが、シーザー自身の共和制ローマの伝統を尊重するというイメージアップにつながるからであった。
 シーザーは、もうローマは共和制ではやっていけないことがわかっていたが、過激にそれを否定できない時代でもあった。いわば過渡期であった。だからシーザー自身がやろうとしている「一人支配」をいきなりできないため、保守派のブルータスを自分達のなかに組み入れ、宥和政策をとらざるを得なかったのである。いってみればシーザーの生きた時代はまだシーザーのやりたいことがそのまま受け入れられない時代でもあった。だからいつでもシーザーは保守派に気を使い、駆け引きをし、物的約束をし、人心掌握に努めざるを得なかった。そのためには借金までして金をばらまくのである。
 シーザーが生きた時代は、ローマにとってその支配方法の転換期だった。都市国家だったローマがローマ帝国として拡大していく中で、その政治方法である元老院を中心とした共和政にほころびが見え始めていた。つまり都市国家が領土国家に変換するにあたり、共和制では国家の運営が難しくなってくる。領土が拡大すればするほど、一人の絶対的権力を持った支配者が統治していかなければやっていけない。シーザーはそれを知っていた。しかしそれはいきなりやってしまえば、当然反感を買う。だからまずはシーザーとポンペイウス、クラッススと組んで三頭政治を始める。しかしクラッススが戦死し、この三頭政治は崩壊し、ポンペイウスとシーザーの戦いに突入し、シーザーが勝利する。しかしまだシーザーの一人支配はローマでは受け入れられなかった。それがブルータスらのシーザー暗殺とつながっていった。
 時代の流れは、共和制ではもうローマを運営できないことは事実で、シーザーはこれからのローマの政治体制がどうあるべきか、そのレールを引いたことになる。その後カエサル暗殺後の動乱の中、二回三頭政治がオクタビアヌスとアントニウスとレピドゥスによって行われた。そしてシーザーの姉ユリアの孫、シーザーの養子で相続人であるオクタビアヌスが初代ローマ皇帝となり、ローマは帝政に移行する。

 と、ここまでの記述はシーザーが偉大な政治家で英雄であるという前提で書いている。ただ一方でこの本を読んでいると、案外私利私欲で動いていたんじゃないかと思えるところもある。つまりやり方結構きわどい。まぁ、いつの時代においても政治はきれいなもんじゃないから、そんなもんだといってしまえばそれまでなのだが、ルビコン川を渡ったのも保身のためとも言えなくもない。もっともやらなきゃやられるという時代だったことも事実ではあるが・・・。
 ただ、著者が興味深いことを書いている。「少なくとも、シーザーの偉大さは、内政的・党派的なさまざまの葛藤の中にとじこもらない視野の広さにあったことはだれも否定しないであろう。シーザーの政治活動の対象となってきたのは、ただ単なる『都市ローマ』ではなく、もっと広い世界であった」と。つまりシーザーは「世界帝国の理想」を持っていたのではないかということである。なぜそうした理想を持つようになったかといえば、それはガリアなど長いことローマ以外の土地で暮らしたことによって、それまでのローマ支配者とは違った考えを持つようになっていったからだ。その理想の実現のために、金のばらまき、寛恕政策、宥和政策していったのだろうと著者はいう。たぶんそうなのだろう。いい意味でも、悪い意味でも歴史上の人物の二面性がうまく表されていて、この本は面白かった。


評価
★★★


書誌
書名:シーザー-古代ローマの英雄-
著者:長谷川 博隆
ISBN:
出版社:旺文社 (1967-01-20出版) 旺文社文庫
版型:264p 15cm(A6)
販売価:入手不可。ただし講談社学術文庫で同じものがあり

2008年02月13日

松谷健二著『カルタゴ興亡史』と長谷川博隆著『ハンニバル』

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 “カルタゴ”に興味を持った。
 古代地中海世界に通商国家として栄えたにもかかわらず、自分たちで自分たちのことを一切残さず、あの古代ローマ帝国を一時は恐怖におとしめたにもかかわらず、かえってそのことがローマに完全に抹殺される理由になった国、ローマを一生恨み続けた男、ハンニバル・・・。ちょっと面白くありませんか?で、入門書みたいなものを探していたら、この二冊がいいかなということで、アマゾンで注文し、読んでみたわけである。
 『カルタゴ興亡史』はいわゆるカルタゴの通史であり、もう一冊の『ハンニバル』はカルタゴといえばハンニバルというわけで、ハンニバルにスポット当てて、彼が歩んだ歴史をつづっている。
 今回はこの二冊をまとめて書いてみたい。
 といっても、カルタゴっ何って言われそうな感じがするし、何で今頃カルタゴなのと言われそうな気がする。事の発端は、先に読んだ阿刀田高志さん『海の挽歌』の影響による。あの本を読んで、もう少しカルタゴのことを知りたいと思ったのだ。それでこの二冊を読んでいて愕然としたのは、私の中でいわゆるヘレニズム文化が抜け落ちていることであった。たとえば地中海の地図である。私の中でローマのあるイタリア半島からいきなり小アジアになってしまい、そこから北アフリカと続く世界になっていたのである。つまり、ギリシア、マケドニア地域がなかったのである。今回この本にある地図を眺めていて、またカルタゴという国の歴史を知るにあたり、改めて、認識をした次第である。

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 さてそのカルタゴの歴史である。カルタゴは今のチュニジアに位置し、いわゆるフェニキア人の植民地であった。チュニス市街から北東約二十キロあたりがフェニキア語で“新しい町”を意味する旧カルタゴで、今はカルタゴ本来の遺跡はない。すべてローマによって破壊され、自然の地形である商港と軍港の跡がわかるだけであるという。『カルタゴ興亡史』の著者はかつてカルタゴがあった土地に立って、「その遺跡がないという事実にはなにか鬼気せまるものがある」という。
 フェニキア人は元々は今のレバノンあたりに住んでいた民族であり、場所柄、エジプトと小アジア、メソポタミアから地中海に至る終点に当たるため、交易が盛んな地域であった。特にレバノン杉はエジプトに持って行けば高く売れた。そしてカルタゴの富を作ったのは、前四世紀半ばから東方への穀物その他食糧の輸出が増えた結果だろうとされる。中心都市はチェロスである。
 カルタゴの建国伝説が面白い。チェロスの王ピュグマリオンの妹エリッサは大司祭で大富豪で、叔父であるアケルバスを夫としていた。しかしピュグマリオンはアケルバスの勢いと、財宝に目がくらみ彼を殺してしまった。怒ったエリッサは船を仕立て、財宝を積んで亡命する。長い後悔の末たどり着いたのがアフリカに一角で、伝説では原住民に一枚の牛の皮を示し、これが覆うだけの土地を譲って欲しいと頼む。原住民はそれくらいならおやすい御用と承知するが、エリッサは皮を細く切り刻み帯として広大な土地を手に入れたという。
 エリッサは土地の首長に言い寄られ悩み、自殺遂げたというが、ローマの詩人ウェルギリウスはトロヤの王子でローマの建国の祖とされているアエネアスが彼女を愛人としたという。アエネアスは神の命ずるがまま、ローマに赴くが、それに絶望したエリッサは火に身を投じた。(ここではエリッサはディドーという名になっている)
 まあとにかくカルタゴは海洋国家であり、商業をメインとして成り立っていた国家であった。そのためギリシア人やローマ人に比べてカルタゴ人は非政治的であった。さらに彼らには、特別な場合を除き軍事義務がなかった(軍隊はほとんどが傭兵であった)ことが、市民としての連帯感や相互扶助意識の欠如を生んだようである。
 カルタゴで最も崇められた神様はバール・ハモンと女神のタニトという神で、ちなみにハンニバルは「バールのお気に入り」という意味だそうだ。子供などいけにえ捧げる野蛮なところも持ち合わせていた。 地中海の地図を眺めていると、カルタゴは故郷小アジアとスペインの中間地点にあたり、ここは重要な地点であっただろうなということがわかる。そしてそのすぐ先にあるシシリー島もヨーロッパと北アフリカの中間地にあるので、ギリシアもローマもカルタゴと覇権争いせざるを得ないことがわかる。カルタゴといえばローマと戦争(ポエニ戦争)していたことばかり記憶にあるのだが、それ以前にギリシアとも長いことこのシチリアを巡り戦争をしていた。だからこの『カルタゴ興亡史』の前半はギリシアとの争いにだいぶ記述がさかれている。
 そしてカルタゴといえばハンニバルとなる。しかしこの二冊の本を読んでいて、いったいハンニバルは何を考えていたんだろうと思ってしまった。確かに第一次ポエニ戦争の敗北で、海軍の使用で失敗したこと。そして大海軍と大陸軍をともに養うのは財政的に不可能なことから、思い切って伝統の海軍を捨てて、歩兵と騎兵に重点を置きイタリアへ攻め込むには陸路を取るしかない。ローマに勝つためにはその本拠地イタリアで潰すしかないという認識に基づく計画で、わざわざアルプスを越えてローマに入り込んだのはわからない訳じゃないが、どう考えても無謀としかいいようのない作戦であったと思うのだ。確かに局部戦ではいわゆる奇襲作戦が成功しているし、ハンニバルの作戦が功を奏した部分もあるけれど、短期決戦ならともかく、戦いが長期化すればするほど、ローマ領内で戦いをすれば不利になることは明らかである。しかも相手はローマである。しっかりしたバックボーンを持っている。たとえ一時ハンニバルに敗れてもすぐ体制を立て直せる力は充分持ち合わせているのである。そしてそのようになっていく。
 『ハンニバル』の著者はハンニバルは、ローマをぶちのめすことなど考えておらず、イタリアの占領すら考えていなかった。これまでの作戦は、交渉のため有利な条件を獲得するためのものであったという。ならば少しでもカルタゴのために有利になったとき、ローマと交渉にはいればよかったはずである。たとえばカンナエの戦いで快勝したときでもよかったはずである。しかしハンニバルは全くそうした交渉をローマとしていない。もっともローマもカルタゴとそう簡単に交渉に臨むとは思えないが、ただそうしたチャンスはあったはずである。それをイタリアでローマに征服された原住民たちの反旗を待っているだけじゃ、やっぱり話にならない。結局じり貧になって、カルタゴ本国がローマの攻撃にあうようになり、本国から呼び戻され、帰って行く。
 第二次ポエニ戦争もカルタゴはローマに負けた。以後ハンニバルは政治家としてカルタゴで手腕を振るう。ローマへの賠償金を支払いため、財政改革を断行していく。そんなハンニバルはローマにとって脅威であり、ローマはハンニバルを引き渡せと要求することになり、ハンニバルはカルタゴから亡命することとなる。しかしこの二冊の本を読んでいる限り、ハンニバルはローマへの復讐を忘れていない。チャンスがあればマケドニア、あるいはシリアの国々と手を組み、ローマへの復讐を企んでいく。だから私はハンニバルはカルタゴのために戦争をしたのではなく、あくまでも自分の意地でローマと戦ったんじゃないかなんて思えてしまう。
 最後は毒杯をあおり、自殺する。そのときハンニバルは「老人の死を待っていても、なかなか叶えそうもないようだな。このあたりでローマを永遠の不安から解放してやるか」といったともいう。
 ローマは第三次ポエニ戦争で、スキピオ・アエミリアヌスはカルタゴ本土に火を放した。カルタゴは粘土壁にタールをしみこませていたため可燃性が高かく、火はそのあと10日以上も消えなかったという。金銀祭具をすべて押収し、住民を奴隷として売り払う。廃墟を鋤でならし、畦に塩まき、人も住めないようにした上に、作物も出来ないようにした。


評価
★★★


書誌
書名:カルタゴ興亡史
著者:松谷 健二
ISBN:9784122040472 (4122040477)
出版社:中央公論新社 (2002-06-25出版) 中公文庫BIBLIO
版型:253p 15cm(A6)
販売価:899円(税込) (本体価:857円)


書誌
書名:ハンニバル―地中海世界の覇権をかけて
著者:長谷川 博隆
ISBN:9784061597204 (4061597205)
出版社:講談社 (2005-08-10出版) 講談社学術文庫
版型:253p 15cm(A6)
販売価:924円(税込) (本体価:880円)

2007年12月03日

日垣隆著『そして殺人者は野に放たれる』

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 この本は刑法39条による悪法がいかに犯罪者を野放しにしているかを、実際あった事件やその判決から語っている。あとがきによると著者の弟さんも理不尽に殺され、またお兄さんも長いこと精神分裂病あったことから、被害遺族として、また身内に精神障害者いることで、この刑法39条の理不尽さと取り組むことになったという。
 刑法39条とは1.心神喪失者の行為は、罰しない。2.心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。というものである。詳しいことは知らないが、この本を読む限り、この三九条は明治に刑法が制定されたときからそのまま残っているようである。
 心神喪失というのは、犯行時における是非弁別を全くできない場合をいい、心身喪失ではないが充分な弁別ができない状態にある場合を心神耗弱(しんしんこうじゃく)というらしい。
 そしてわれわれは最近の凶悪犯罪の裁判でこれが乱発されていることに憤りを感じているはずだ。日本という国は加害者を一所懸命守るけれども、その被害者の救済にはほとんど手がつけられていない状態だといってもいい。ちなみにこの本によると「この年(1996年)、日本全体で加害者には総計46億円の国選弁護報酬と食料費+医療費+被服費に300億円も国が支出した。対照的に、被害者には遺族給付金と障害給付金を合計して5億7000万円しか払われていない」という。しかも加害者が精神障害もしくは責任能力がないと思われたら、その時点で加害者の名前は伏せられ、被害者の名前が大々的にマスコミで報じられる。
 この刑法39条があるおかげで、犯罪者は訳のわからないことをつぶやけば精神的に問題があるのではないかということになり、お得意の「精神鑑定」が行われる。その鑑定で異常があると言われれば、無罪、あるいは刑が軽減されることとなる。従って「何度もの刑事被告人体験なのかで、『ほとんど記憶がない』『異常な泥酔状態にあった』『覚醒剤を打っていた』ことが、罪科の加重ではなく、逆に日本では無罪や刑減軽の理由になると知った者たちが、この“救済”法を重大事件に際して思い浮かべるのは、むしろ自然なこと」になる。いわゆる詐病である。裁判でこの通りいって、刑が軽減された被告人が「ニヤっと笑った」という記述がこの本にはある。
 著者によると、「思慮分別のない犯罪を、日本の刑法は心神喪失と読んで特別扱いをしてきた。欧米では、ただ精神異常と呼んでいる。この国では心神喪失があまりにも安易に乱発され、不起訴または無罪放免となる殺人者だけで毎年百数十人にも達する。犠牲者数は、無論これより多い」という。
 著者は精神鑑定が害悪で、時間の無駄と断罪するが、その理由を次のようにあげる。

1.精神鑑定は必ず刑を減ずる。または事件そのものがなかったことにする方向で作用する。日本裁判史上、精神鑑定により刑罰が加重された事例は一つもないということ。

2.精神鑑定が惹起されるような事件は、そうでないものに比べて、その異常性において異彩を放っている。精神鑑定を「やむをえないこと」とする発想は、より凄惨かつ不可解な事件を「なかったこと」として闇に葬り去る役割を果たしてきた。

3.事件の深層は精神鑑定がなすべき務めではなく、刑事裁判全体が果たすべき任務。

4.精神鑑定は科学的検証に全く耐ええない。結論は専門家によって異なる。あるいは学派によってあらかじめ決められている。精神鑑定は科学ではなく、証拠でもなく、事件が起きた過去の一時点における精神状態を推理することにほかならないこと。

5.従ってというか、精神鑑定をしても「結局わからない」のが本音なのだが、それをわからないとは書けない。あるいは医師である以上病者の味方であり、いかに治療し、助けてあげられるかというイデオロギー的観点から精神鑑定を引き受けている者もいる。さらに精神分裂病は病気であり、病人に刑罰を課すことは意味がなく、それよりも治療を行うべきという考えに基づく。しかし日本には精神障害者を処遇する施設は一つもなく、結果的に「野放し」を常態化させることになる。また39条が廃止されると、多数の凶悪犯罪を無罪化する“弁護士のお仕事”がなくなるから、日弁連も強行に反対していること。

6.精神鑑定が推測に基づく意見にすぎないにもかかわらず(参考にはなるとしても)、これを責任能力鑑定として検察庁または裁判所が真に受け、または鑑定書を言い逃れの担保として、心神喪失的事件の8割不起訴、2割が裁判で心神耗弱が認められて刑の軽減が図られる不条理さがあること。

7.仮に精神鑑定や刑法39条を是とするなら、「①故意に、みずから精神の障害を招いて罪となるべき事実を生ぜしめた者には、前条の規定を適用しない。②過失により、みずから精神の障害を招いて罪となるべき事実を生ぜしめた者についても、前項と同じである」という条文を至急追加すべきであること。(順不同)

 以上のことから刑法39条は廃止しても、「《罪を犯す意思がない行為は、罰しない》(刑法38条)および《犯罪の情状に酌量すべきものがあるとき、その刑を減軽することができる》(刑法66条)があれば必要かつ充分なのである」と言う。その上で「何人も、故意に基づく凶悪犯罪に対して、責任と刑罰を免れるべきではない。傷害や死亡事件が明らかに病のみを原因とする過失であるならば、まさに過失犯(刑法209条、210条)として裁けばよい。裁判に耐えられないほどの重篤な病に罹患し