2010年03月04日

ダン・ブラウン著『ロスト・シンボル』

2010_03_04_01.jpg


2010_03_04_02.jpg


 やっとラングドンシリーズの三作目が日本で発売された。期待して読んだ。が・・・・、あまり面白くなかった。というか少々この手の話に食傷気味なのかもしれない。それと今回は前作二作と比べて、いくらダン・ブラウンがワシントンというところがローマなどと比べても引けを取らない魅力的な場所と言っても、読む側が最初からそれほど魅力的なところと思っていないから、「そうかな?」と感じてしまう。

 話はラングドンが恩師で親友であるフリーメイソン最高幹部のピーター・ソロモンから急遽講演を頼まれ、ワシントンにある連邦議会議事堂に駆けつける。しかしそこにあったのはピーターの切断された右手首であった。指先にはジョージ・ワシントンを神格化した天井画があった。ピーターを人質に取った全身刺青の男のマラークは、古来フリーメイソンに伝わる究極の知恵―"古の神秘"―へ至る門を解き放て、とラングドンに命じる。
 ここからラングトンはピーターの妹キャサリンとともに、以前にピーターから預けられたフリーメイソンのピラミッドの一部から前作同様さまざまな暗号を解きながら、CIAにあらぬ疑いをかけられて追われながら、"古の神秘"の正体を明かすべくワシントン一帯を駆けまわる。

 その預けられたピラミッドを入れた箱に1514の後にAとDをデザインした記号があった。これである。


2010_03_04_03.jpg


 それを見たとき私はすぐ分かった。これはアルブレヒト・デューラーが自分の作品に書いたものであった。これを見たとき正直言ってドキッとした。なんでここでデューラーが出てくるんだ?と思った。これはデューラーの「メランコリア」を示していた。


2010_03_04_04.jpg


 この版画は実は30年前に池袋にあった西武美術館で実物を見ている。思わずその時買ったカタログを本棚から取り出した。そして「メランコリア」を眺める。確かに版画の右上に魔方陣がある。気がつかなかったなぁ。そしてここに書かれている数字を縦でも横でも斜めでも足してみると34になる。しかもこの版画が作られた1514年の数字が一番下の2番目と3番目に入っている。本当にそうなのか思わずこのカタログを繁々と見てしまった。
 実を言うと私はデューラーに興味を持っている人なので、デューラーが使われただけでちょっとポイントが上がりそうになったけれど、結局大した役目を負っていなかったので、“残念!”

ここからはネタバレ注意!

 さて"古の神秘"とは何か?全身刺青の男のマラークとは誰か?そしてマラークは何故古来フリーメイソンに伝わる究極の知恵を求めるのか?まずマラークはピーターのどら息子のザカリーだろうとすぐ予想がつく。ソロモン家は代々長男にその財産を譲る。財産はお金かそれとも知恵か、どちらかを選択させる。ザカリーはお金を選択したが、紆余曲折の上、フリーメイソンの知恵も求めるようになる。
 フリーメイソンが代々伝えてきた知恵が"古の神秘"であった。ピーターがラングトンに預けたピラミッドにはその"古の神秘"が隠されている場所が印された地図でもあった。
 例によって比喩が多くて、何が何だかよく分からない部分があるのだけれど、多分こう言っているんじゃないかと思うことを書いてみる。
 "古の神秘"とは「失われたことば」であった。だいたいどんな文化にも、独自の“ことば”があり、それを印したものが書物であった。その書物はキリスト教徒にとってみれば聖書であった。そう、聖書に"古の神秘"が印されていたのである。
 救出されたピーターは最後にラングトンに言う。

 「聖書は、歴史を通じて古の神秘を受け継いできた書物のひとつだ。その文面はわれわれに秘密を懸命に教えようとしている。分からないか?聖書の“暗き語”とは、秘密の智恵のすべてを密かに伝えようとする古代の人々のささやき声なのだよ」

 そこに書かれている本当の意味は、人間の果てしなき潜在能力を象徴として神を讃えたことであった。言ってみれば古代の人々は「人間≒神」と考えていたといっていい。人間は神の“被造物”ではなく、神と同じ“造物主”であるのだ。だから人間は神と同じくらいの能力を有することとなる。そして人間はその精神によって物質を変容しうるエネルギーを生み出せるというのである。
 ところがいつの頃からか、そうした人間の潜在能力を認めていた古の考えはいつの頃からか失われた。だから私たちは人間は神が作った“被造物”だということになってしまった。そのことは古の象徴は時とともに失われてしまったことを意味する。
 聖書は本来の人間の姿、能力を正しく導いていたのである。だから聖書はフリーメイソンの至宝であったのだ。聖書には人間の潜在能力を"古の神秘"として書かれていたのであった。

 多分こんなことを言っていたんだろうなと思うが、基本的に図像学(イコノグラフィー)というのはよく分からない。そうそうこの本を予約しておいたらこんなピンバッジがついていた。ついでにあげておく。


2010_03_04_05.jpg


評価
★★★


書誌
書名:ロスト・シンボル〈上〉
著者:ダン・ブラウン 越前 敏弥【訳】
ISBN:9784047916272
出版社:角川書店 角川グループパブリッシング(2010/03/03 出版)
版型:351p / 19cm / B6判
販売価:1,890円(税込)

書誌
書名:ロスト・シンボル〈下〉
著者:ダン・ブラウン 越前 敏弥【訳】
ISBN:9784047916289
出版社:角川書店 角川グループパブリッシング(2010/03/03 出版)
版型:356p / 19cm / B6判
販売価:1,890円(税込)

2010年02月05日

本多孝好著『ALONE TOGETHER』

2010_02_04_01.jpg


 これで本多さんの著作は全部読んだことになる。この本は不思議な本であったが、面白かった。

 人は義務や責任や、世間体、あるいは世間の常識などに縛られて、本当はしたくない、関わりたくないのに、やらなければならない、あるいは関係を持たざるを得ないところがある。それらから解放されればどんなに楽であっても、それを許さない型どおりの義務や常識、責任などに縛られやむなくそうしている。そうしなければ家族が、社会が成り立たないからである。もしそれをすれば自分に対する言い訳を求める。
 本意は関わりたくない、やりたくなくても、それを放棄することが出来ない。放棄するにはそれなりの訳や理由が必要となる。あるいは形だけの義務を果たす姿を演じなければならない。それが人間そのものをある意味歪ませる。それを取り除いてやれば、本来ある姿になれるのにである。たとえそれが非常識で、非人間的であっても、それがその人が本来望んでいる姿なのだ。
 主人公である柳瀬の父親は次のように言う。

 「誰もが何かを胸の中に抱え込んでいる。みんながみんな、自分の思いのすべてを口にし始めれば社会が回らなくなる。外にぶちまけることのできない思いは、内側に溜まって澱になる。人はいつだってその澱を吐き捨てる穴を探している」

 柳瀬は父親から譲り受けた特殊な“能力”があった。

 「人はそれぞれ波長を持つ。その波長は谷を作り、山を作り、ときに揺れ、ときに震え、その人の怒りを作る。喜びを作る。悲しみを、楽しさを作る。僕はその波長を感じることができる。その波長に自分の波長を合わせることができる。そして波長が重なれば、その人にとって、僕は他者でなくなる。鏡に向かって独り言を言うようなものだ。隠す必要も、偽る必要もなくなる。けれど、それは能力と呼べる代物ではなかった。むしろ反射作用に近い。相手の波長を感じた途端、僕の意思とは無関係に僕の波長はシンクロを始めてしまう。その力を完全にコントロールするのは難しかった」

 つまり柳瀬は相手の本音を聞き出し、しがらみから解放してやれる能力があった。それは相手の波長に自分の波長をシンクロさせ、本音を引き出すことなのである。言葉を引き出された相手は、嘘で固められていた自分の本音、本来求めていた姿を語り始める。それを語った相手は、自由になり、ほとんど破滅への道を歩むこととなる。

 この本の怖さはそうした本音の解放が、いかに恐ろしい姿を見せるのかという点にある。そしてそうした本音の部分を隠すのが義務や責任や、世間体、常識などで、それらが社会をうまく機能させているかを知る。けれどそれは本来の姿ではないから、当然歪んでくる。そういうことなのだ。

 私は柳瀬の持つ特殊な“能力”と物語の展開がどうなっていくんだろうと思いながら、結構楽しんでこの本を読ませてもらった。けれどやっぱり、解放を望んでいる人間の心が、様々なしがらみに縛られ、それらが解放できずにいること。それが社会を成り立たせていること。解放された心のままに行動すれば、非社会的という烙印を押されてしまうこと。だからせめて少しでも本音の解放しようとすれば、絶対に言い訳が必要になること。それでなければ世間が、社会が許さないからだ。

 三年前に医大を辞めた柳瀬はそこの教授が立花サクラという14歳の守って欲しいと言われ、それを引き受けた。そして立花サクラが最後に逃げ込んだのは閉鎖した教会であった。そこに元司祭がいた。柳瀬はその元司祭とシンクロし、聞き出した言葉がものすごく気になった。それは司祭のもとにある男が来て言った言葉である。最後にそれを書き出す。

 「祭りを司って祭司。宗教とは本来お祭りです。だから、あなたのお考えは本末転倒です。祭りはその昔宗教的なものであった、のではなく、宗教はその昔お祭り的なものであった、のです。我を忘れるほどの高揚感。そこにもたらされる一瞬の陶酔。それこそが宗教なのではないか?」

 「ですから、宗教とは説くものではありません。授けるものです。授けた相手が要らぬと言うのなら、それ以上の無理強いは意味をなしません。わかりますか?ですから、宗教などとうの昔になくなっているのですよ。情によって授けられない教えは、理を持って説かれる。ときに権力という後ろ盾を得てね。それがあなたの言う、宗教、です。陶酔に訴えるのではなく、強迫観念に訴えるのです」

 “これってすごい!”

 今我々が信じている宗教がたどってきた歴史の本質を突いているように思えたのである。


評価
★★★


書誌
書名:ALONE TOGETHER
著者:本多 孝好
ISBN:9784575508444
出版社:双葉社 (2002/10/20 出版)双葉文庫
版型:302p / 15cm / A6判
販売価:579円(税込)

2010年02月03日

本多孝好著『MISSING』

2010_02_03_01.jpg


 また本多さんの本を読む。この文庫と次に読もうと予定している文庫を読めば、一応本多さんの本は全部読んだことになる。いつの間にか息子に感化されて、こういうことになってしまった。
 さて、この文庫は短編5編、「眠りの海」、「祈灯」、「蟬の証」、「瑠璃」、「彼の棲む場所」である。そしてこの本は2000年「このミステリーがすごい!」の第10位になっており、「眠りの海」は第16回小説推理新人賞受賞作である。詳しいことは知らないが、どうやらこの本は本多さんの最初の本みたいだ。
 個人的には「眠りの海」、「祈灯」がよかった。本多さんの作品でいつも感心するのは、会話の面白味である。ある意味村上春樹さんより、シニカルだと思ってしまう。だから登場人物の会話には思わず吹き出してしまうことが多かった。
 ただそうした皮肉的で冷笑的な考えをする人物たちが若すぎないかと思うのだ。いくら何でも中学生や高校生が言うような言葉じゃない。そんな年齢でこんなにひねた会話ができるかな、とそれだけが気にかかった。
 あるいは今の若い奴らはこういう会話ができるのかなと思ったりするが、やっぱり無理があるような気がする。かといって登場人物の年齢を上げてしまえば、話の質が変わってしまいそうだから、この点は難しいところだ。
 でも、その点に目をつぶれば、斜に構えつつも、言っていることは至極まともで、言葉が心にしみるところがいくつかあった。

 「目茶苦茶なんだと、思うな」

 「情緒とか、感受性とか、考え方とか、その人がその人である理由みたいなものが、全部目茶苦茶になってるんだと思う。誰も悪くない。忘れなきゃいけない。そう思いながら必死で社会生活して、何とか普通でいようと歯を食いしばって。それが家に戻ってきて、一番安心できる場所で、一番安心できる人の顔見た途端に崩れちゃうんじゃないかな」(「祈灯」)

 「他の人よりずっと重い時間を過ごしちゃったんだ。十九年が、四十年にも五十年にも感じられるくらい」(「祈灯」)

 「どちらか一方がもう少し短気か器用であればよかった」(「蟬の証」)


 「正直と不器用との区別できない人だった」(「蟬の証」)


評価
★★★
 

書誌
書名:MISSING
著者:本多 孝好
ISBN:9784575508031
出版社:双葉社 (2001/11/20 出版)双葉文庫
版型:341p / 15cm / A6判
販売価:630円(税込)

2009年12月24日

本多孝好著『FINE DAYS』

2009_12_24_01.jpg


 前回読んだ『正義のミカタ』がそれほど面白くなかったので、次に本多さんの本を息子から借りようかどうか迷っていたのだが、やはり借りて読んだ。その本がこれである。紀伊國屋書店のサイトでこの本のデータを取り出してみると、サブタイトルに恋愛小説とついている。本にはそれがついていないが、確かに読んでみれば恋愛小説の短編集であった。
 書名になっている「FINE DAYS」、「イエスタデイズ」、「眠りのための暖かな場所」、「シェード」の四編である。個人的には最後の「シェード」が好きである。
 主人公の僕が彼女のためにクリスマスプレゼントのために買おうと思っていた、骨董店ガラスのランプシェードが、売れてしまっていてショウウィンドウから消えていた。もしかしたら店内に移された可能性があると思い、初めて骨董店の店内に足を踏み入れた僕はそこにいた老婆からそれが売れてしまったことを知らされた。しかし老婆はそのシェードを作ったガラス職人の話を僕に聞かせてくれた。その話が僕と彼女の関係と入れ違いながら、話が進む。話の最後で老婆は次のように言う。

 「光がなければ、闇もまた存在しません。けれど、一度、光を生み出せば、闇もやはりそこに生まれます。たった一つの光から無限の闇が生まれるのです」

 「その闇の深さに怯える前に、それを照らす光に目を向けるべきだったのです。闇から生まれる闇などないのです。すべての闇は光から生まれます。違いますか?」

 「挑むのですよ」

 「ええ、挑むのです。彼女にでもなく、その男にでもなく、ただ自分の中の闇に挑むのです。そこにまだ光があるのなら」

 「挑み続けること。闇から光を守るには、それしかないのです」

 ここまで読んで、多分そのランプシェードは彼女が買っていったんだろうなと思えるようになる。いや老婆がそのランプシェードの話を始めたときから、そう思っていた。
 老婆の話が終わって老婆から買った蝋燭を持って彼女が待っているマンションへ急ぐ。僕が見てしまった幸せそうな彼女と前の夫との結婚式の写真と、その夫を失ってからもいつもしていた結婚指輪がチェストに上に置かれていた。
 やはりランプシェードは彼女が僕のためにプレゼントして買っていた。そして僕はその老婆から買った蝋燭に火をともす。

 僕にともせるのは呆れるほどにか弱く、頼りない火だ。ささやかな風にも揺らいでしまうその火は小さな光を本当に守り続けることができるのか、それも今の僕にはわからない。ただ、やってみようと思う。僕の持ちうるすべての力を使って。

 と思うのである。なかなかいい話であった。こんな話に酔ってしまうなんて、甘くなったなあとは思うが、たまにはいいであろう。 私は本多さんが作り出す言葉が好きである。この老婆の光と闇の関係もうまいことを言うもんだ感じたし、「FINE DAYS」の僕が言う言葉もいい。

 安井は背中を手すりにもたれさせ、ふうとため息ついた。
 「生きていることの意味って、考えたことある?」

 「あのな、どうして自分が生きているかなんて、そんなの悩みじゃない。悩みっていえば、解決しなきゃならないことに思える。けど、俺が思うにそんなのはもう高尚な哲学だ。哲学だから、答えなんてない。一生かかったって、答なんかきっと見つからない。そんな風に悩まない奴も人間として信用できないけど、それに対して答を見つけたなんていう奴とも俺は友達になりたくない。きっと水晶玉とか壺とか売りつけられるのがオチだ。だから、答えなんてないままに悩んでいればそれでいい、と俺は思う」

 “あのさぁ、高校生がこんな大人びたことを言えるか?”と横槍を入れたくなるけれど、言っていることは至極まともだ。大賛成だ。


評価
★★★


書誌
書名:FINE DAYS ― 恋愛小説
著者:本多 孝好
ISBN:9784396632229
出版社:祥伝社 (2003/03 出版)
版型:321p / 20cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2009年11月09日

本多孝好著『正義のミカタ』

2009_11_09_01.jpg


 どうもよく分からない話だった。どういう展開になるのかな、と思いつつページを進めるのだが、読み終わった後、いったい何だったのだろうと思ってしまった。展開が予想がつかない分、ページは進むのだが、どうしてこの物語が書かれなければならなかったのかよく分からなかった。

 話は、蓮見亮太は三流大学の飛鳥大学に入学した。高校時代亮太はいじめられっ子であった。それでも何とか自分を変えたくて、自分なりに努力して大学に入る。大学に入れば、亮太をいじめていた奴もいなくなるから、自分は変われると考えていたが、ところが高校時代亮太をいじめていた畠田も入学していた。そしてその畠田と再会してしまい、またいじめにあう。亮太は入学して間もないのに、もう大学を辞めようと考えながら、畠田の暴力に耐える。その時高校時代ボクシングで全国大会三連勝した桐生友一(トモイチ)に窮地を救われる。トモイチは亮太を自分も入部している“正義の味方研究部”に連れて行き、入部させる。
 正義の味方研究部とは、ふざけた名前の部ではあるが、飛鳥大学において正式なサークルであり、伝統のあるサークルでもあった。大学内で不正や困っている人がいれば、それを助けるというものだ。当然こうした問題を解決するに当たり、力がものを言う世界であるが、亮太にはそうした能力がない。だって「生粋の、筋金入りのいじめられっ子」なのだ。悪者と戦う能力などあるはずがないと思っていた。ところが亮太は長い間いじめられ続けたため、自分の身体に与えられる暴力から出来るだけダメージを少なくしようとする能力が身についていた。ボクシングで言う“デフェンス”である。無意識のうちにその能力が身についていた。それをトモイチに見出され、正義の味方研究部に入部することが出来たのだ。後は攻撃を身につければいいということで、トモイチにボクシングの攻撃の基本を教わる。
 そうこうしているうちに、亮太は、大学で友人も仲間も、憧れる女性も、正義の味方研究部で尊敬出来る先輩も出来、しかも畠田からのいじめからも解放され、大学に入ってよかったと思い、キャンパスライフが薔薇色に見えてくるのであった。
 ある時“スイート・キューカンバーズ”というサークルの内偵を亮太はトモイチともにやってくれと、正義の味方研究部の先輩から頼まれる。このサークルは大学内のイベントを企画するサークルで、亮太はさえない企画を担当する間先輩のもとで、その手伝いをすることとなった。
 内偵しているうちに、このサークルはネズミ講をやっているらしいということがわかってくるが、しかしその金額がちゃっちい。もっと奥深いものがあるのではないかと更に内偵を続けると、間先輩が大麻を大学内でさばいていることがわかる。間先輩は亮太を可愛がり、自分のやっていることを亮太に明らかにするが、それは亮太が裏切らないと思っていたからだ。しかし亮太は正義の味方研究部に密告する。そして正義の味方研究部は間先輩のいるアパートへ乗り込んでいく。
 結局、すべては焼け出され、証拠は何も残らず、間先輩も飛鳥大学の学生でも関係者でもない、誰だかわからず、事件は終わる。
 間先輩はいじめの対象である下層部から上層部に違うレールで、半ば違法性の高いところで這い上がろうとしなければならない。お金も、学力も何もない自分たちが、這い上がるためにはそうするしか方法がないんだと間先輩に言われ、亮太もそう思い始めたのだけれど、「何かが違う」と感じ始める。
 自分は大学に入り、正義の味方研究部に入部し、自分は変わろうと思い続けたが、どこかしっくりこなかった。このままじゃいけないと思い続けるが、どうしていいのかわからなかった。そうこう悩んでいるうちに、「何でこのままじゃ駄目なんだ?」と思い至る。 
 亮太は自らが悪事を制裁する側の人間じゃないと自分で思い始める。長いこといじめにあってきた自分だからこそ、困っている人の側に立つべきだと考える。自らのいじめから解放されるために、制裁する側に回るべき人間じゃないと思い始め、正義の味方研究部の退部を決意する。
 それに100%の正義ってあり得るのか?そこに間違えはまったく存在し得ないのか?そう先輩達に問う。もし100%の正義があり得ないなら、間違えられる側の人間はたまったもんじゃない。たとえ困っている人を助けられても、そのために誰かを取り返しのつかないくらい傷つけてしまう可能性があるなら、制裁する側には立てないとも言う。
 いつも自分が他人に利用され、踏み台にされても、それを肯定すると亮太は言い切る。そうして今までやってきたのだから。少なくともこうすることで他人を傷つけてはいなかったのだから。それを誇りに思うのだ。正義の味方である自分に酔っているよりはるかに自分らしいと思うのであった。

 う~ん、ここまで来て著者が何を言いたいのか漠然と見えてきたような気がするが、どうも回りくどい。下手をするとただの解釈の違いに陥る可能性がある。
 「今までこうであったから、それは肯定出来ない」、「こうであったから、これからもこうであり続けるのが自分らしさだ」ということで、自らの存在感を示しているのか?どうなんだろう?よく分からないな。それとも今まで単にいじめられっ子で、何も言わずやられっぱなしであったけれど、多少自己主張することができるようになった“亮太らしさ”をそのまま認めればいいのかな。
 というか個人的には亮太の考え方が受け入れがたい部分がある。確かに弱い側に徹底的に立つのは結構だけれど、これじゃ宗教になっちゃうのではないか。現実を見据えれば、多少の犠牲はやむを得ないだろうし、現実問題として考えれば、明らかに正義の味方研究部の先輩達の考えが真っ当な気がするのである。ここに超越という考えを持ち込むと話がただ面倒になるだけである。


評価
★★


書誌
書名:正義のミカタ―I’m a loser
著者:本多 孝好
ISBN:9784575235814
出版社:双葉社 (2007/05/25 出版)
版型:413p / 19cm / B6判
販売価:1,575円(税込)

2009年10月23日

本多孝好著『真夜中の五分前』〈side‐A〉〈side‐B〉

2009_10_23_01.jpg


2009_10_23_02.jpg


 続いて本多さんの本を読む。実はこの本単行本で以前読んでいる。この本を読んだのは、まだ岩本町に当社の本屋があったときであった。お店の手伝いをしていて、この本が結構売れていたので、どんなものなのか興味を持って読んだのだ。その時は今風の若者を描いた物語なんだなというくらいしか思わなかった。今回本多さんの書かれる本に引かれるようになって、改めて読み直してみた。そして変な表現だけど、ちょと淡々とした悲しみに酔いしれてしまった。妙に自分の気持ちに素直になれない僕がいとおしくなってしまった。倦怠感の中で失った悲しみを引きずるといった流れが、物語自体どうってこともないのに、“こういうのって、あるよなぁ”と思わせる。

 主人公の僕は大学時代、秋月水穂と付き合っていた。水穂は僕の部屋にある目覚まし時計を五分遅らせた。

 「普通、目覚まし時計って、進ませるんじゃないか?起きて、時間を見たときにちょっと慌てられるように」

 「時計は全部、五分遅らせることにしているの」

 「だって、人より、ちょっと得した気にならない?あら、あなたもう十時なの?私はまだ九時五十五分よって」

 「いい考えだ」「三十分遅らせよう。それなら時間通りに着く」

 「三十分は駄目よ」「三十分遅らせたら、世界に追いつけなくなるわよ。五分くらいがちょうどいいの」

 僕は水穂を交通事故で失った。水穂が亡くなったことはショックであったが、何故かそれがそのとき、それが悲しと感じられなかったし、もちろん泣けなかった。
 それでも僕は社会人となる。ある時近所の公営プールでかすみと知りあう。僕はそれまで付き合っていた原祥子と別れたばかりであった。原祥子は僕に「そう。狂ってるのよ。あなたの部屋にある目覚まし時計と同じ。ほんの五分くらいだけどね。ちょっとだけ、でもきっちりと狂っている。二人でいるときは気づかない。五分先にある本当の時間より心地いいくらい。でも私は、五分先の世界の住人で、五分遅れたあなたの世界では暮らせない」といって離れていった。
 かすみは僕に妹の結婚祝いのプレゼント見つくろってくれと頼んでくる。妹のあかりと双子であり、同じ遺伝子を持つものだから、お互い何を考え、どのように行動するか、すべてわかってしまう。それがしゃくなものだから、あかりには想像のつかないプレゼント僕に選ばせ、驚かそうとしたのであった。
 実はかすみはその妹の旦那となる男に恋をしていたのであった。その思いを断ち切るためにかすみは僕とつきあい始める。僕も普段クールにしているが、どこかで水穂のことを引きずっていた。その証拠に今でも部屋にある目覚まし時計は五分遅れたままだ。
 僕のいる会社は社内抗争みたいなものがあり、上司の小金井さんが取締役に就くという人事の噂が流れる。普段はバリバリのやり手の女上司である小金井さんが以後、ぼーっと過ごす姿を見かけるようになる。詳しく聞いてみると、十年間も自分を目の敵にしている同僚に恋しているというのであった。一方かすみは同じ遺伝子を持った妹の恋人に恋している三年間を過ごしてきた。僕のまわりに来る女性は、いったい何なんだと眩暈を通り越してげっぷが出そうだった。ここで〈side‐A〉がいったん終わる。

 〈side‐B〉では、僕は今までいた会社を去る。小金井さんも同じ会社を辞めていた。テレビでスペインで電車事故があったというニュースが流れる。スペインにはかすみと妹のあかりがちょうど旅をしていた。まさかと思ったが、かすみは事故に巻き込まれ死に、あかりは旦那の元へ帰っていた。しかしあかりの旦那である尾崎さんは帰ってきたのはあかりではなく、かすみではないかと疑い始める。それを僕のところへ相談を持ちかけられたとき、かすみが生きている。そして好きだった妹の夫の元で暮らしている、と思った。顔やスタイルの見分けの付かないほど似ていて、同じ遺伝子を持っているためか、考え方や感じ方も同じ。そして二人は仲のいい姉妹だったから、何でもお互いのこと話し合ってきた。だからかすみがあかねとすり替わっても、出来ない話ではない。
 あかねなのか。それともかすみなのか。尾崎さんは疑心暗鬼にとらわれ、あかねの元を去って行く。あかねも自分が事故のためか自分があかねなのか、それともかすみなのかわからない状態になっていた。

 ある時元上司の小金井さんと偶然会う。小金井さんは僕がプロデュースした店に行ったことを伝え、もし自分がまだ上司なら合格点を出しただろうけど、個人的には二度と行きたくない店だと言い、「君、少し休みなさい」とも言われる。僕はある意味“壁”にぶつかっていた。だから小金井さんの提案を受け入れ、三日間休みことにする。土日をはさんで五日間休むのだが、これといって何する訳でもない。ふと学生時代水穂と一緒に行った喫茶店へ行きたくなり、そこでマスターと水穂のことを話した。そして感じたのである。
 秋月水穂。それは確かにいたはずの人にもかかわらず、確かにそこで僕の前に座っていた人にかかわらず、ひどく現実感のない存在になっていた。今という地点から連続する時間を遡っても、その人には辿り着かないように思えた。

 水穂の法事に行けなかったことを思い出し、すぐ水穂の墓参りする。そして僕は初めて泣いた。水穂を失ったこと。かすみを失ったことで。二人を愛していたことを。初め二人をそれぞれ失った時は、確かにショックであったけれど、それは涙を流すほどの悲しみとはならなかった。しかし、この時初めて二人を失ったことに涙を流したのであった。二人を失った直後はそのことのショックが大きくて、茫然自失とでもいうのか、何をしていいのかわからない状態だった。
 その後立ち直るべく、忙しい中に自分を放り込んで、その喪失感から逃れて生きていくと、本当の自分を見失うことになるのかもしれない。人はちゃんと手続きを経て、泣くときは泣き、笑うときは笑うという作業をしないと、真っ当になれないのかもしれない。逆にその手続きを後に回せば、その分揺り返しがさらに大きくなり、かなりきつくなる。そんなことを感じると、ぐっと来てしまった。
 その後僕は遅れた五分間を水穂とかすみために使うことにするのである。

 僕は枕もとの目覚まし時計に目をやった。十一時五十五分。だったら世界はもう明日を迎えているのだろう。世界から取り残された五分が静かに僕を包んでいた。再び体を横たえ、僕は目を閉じた。完全に閉ざされた闇の中で、かすみのことを思い、水穂のことを思った。一日のたった二百八十八分の一くらい、そんな風に使っても許されるだろう。

 僕は今でも最後の五分間だけ、かすみのことを思う。水穂のことを思う。そのとき、そこにいた自分のことを思う。その時間は、僕の胸に静けさと穏やかさを運んでくれる。一日の二百八十八分の一だけ、僕はその静けさと穏やかさの中でじっと身をひそめ、自分の中から湧き上がってくるものにそっと身をゆだねる。僕はこれからも色いろなものを失っていくだろう。けれど、僕はそれらを一日の小さなかけらの中に集め続けるだろう。小さなかけらはやがて結晶となって、僕を形作ってくれるだろう。そんな気がしている。そして残りの二百八十七は、今の僕のために使い、今の僕が愛する人のために使っている。

 失ったことの悲しみを忘れたがために、それをわざと遅らせた五分を使って、それを思い出すという考え方がものすごくすてきに思えた。


評価
★★★


書誌
書名:真夜中の五分前―five minutes to tomorrow〈side‐A〉
著者:本多 孝好
ISBN:9784101322513
出版社:新潮社 (2007/07/01 出版)新潮文庫
版型:227p / 15cm / A6判
販売価:420円(税込)


書誌
書名:真夜中の五分前―five minutes to tomorrow〈side‐B〉
著者:本多 孝好
ISBN:9784101322520
出版社:新潮社 (2007/07/01 出版)新潮文庫
版型:89p / 15cm / A6判
販売価:380円(税込

2009年10月20日

本多 孝好著『WILL』

2009_10_20_01.jpg


 続いて『MOMENT』から7年たって、最近出版されたこの本を読む。今回は神田の話ではなく、彼の幼なじみで実家の葬儀屋を継いだ森野の話である。彼女が請け負った葬儀から生まれたその後の話とでも言えばいいのだろうか。
 大体葬儀屋が葬式を請け負って、しめやかに終われば、それで葬儀屋の仕事はおしまいとなるだろう。後は葬式を行った遺族の問題であり、そこまで葬儀屋がケアするのも妙なものような気がするが、それを言ってしまったら、この物語は始まらない。そこまで首を突っ込むのは森野の性格からであり、そこからこの連作が始まる。

 死んじゃった人はもうそれ以上何も語れない。残された家族はその生前を忍び、いろいろなことを思い出し、死者の生前の姿を改めて作っていく。さらに死者が残していった遺品は、時にはとんでもない過去をあらわにしかねない部分がある。邪推が生まれる。
 人の死がそれまであった関係をすべてきれいさっぱりとなくすものであるなら(そんなことはたぶんないのだろうけど)この物語は生まれない。人間一人では生きていけないから、さまざまなものを残された人間に残していく。そこに物語が生まれる要素があるわけだが、それがいつもいい思い出ばかりじゃないところが厄介である。
 この本はそうした死者が残した厄介なものをテーマにして、連作として描かれる。一つは森野の友人佐伯杏奈の父親の葬儀の後送られてきた一枚の絵であり、死んだ男の愛人と称する女が自分を喪主として葬儀をやり直したい言ってきたり、杏奈の父親が請け負った葬儀の喪主が夫の生まれ変わりと言って、中学生がその老女のところに来ることを相談受けたりする。
 
 物語はミステリーを帯びていて面白いのだけれど、私は人の死って、それですべてが完全に終わるものではないんだなと改めて思わされた。出来れば自分の場合そうあって欲しいと個人的に思っている。だからもし自分の死に時間的余裕があるなら、身の回りをきれいさっぱりとして完全に消去しておきたいと常々思っているくらいなのだ。
 でもそうもいかないだろうなとも思う。なぜなら私という存在は私一人である訳じゃなくて、さまざまな人と係わっていることであるわけだから、ことそう簡単にいくわけがない。だったらせめて、それに近い形で自分の死というものを迎えたいとは思う。そしてその後も人に余計な迷惑や面倒をかけない方法を選びたい、と物語とは直接関係なけれど、そんなことを思ったのである。
 人は死者に対してその後もいろいろな形で装飾していき、いい意味でも悪い意味でも記憶に残していくものなのだ。そうすることで、時それは残された人が悲しみを乗り越える糧にもなるだろうし、その後の人生に何らかの意味を求めていく。死者はそれでおしまいだけれど、残された人は死者からまだ何かを望むのだ。そういうものなのだろう、きっと。自分だって今までそうだったのだから、これからもそうであるに違いない。
 この物語の中で森野の父親が“リビング・ウィル”という言葉を森野に説明する場面がある。このリビング・ウィルとはもともと自分の死に際して施される治療について、生前判断能力がある間に、その意思を文書化したもののことを言うらしいが、森野の父親は次のように言う。

 「このときのウィルってのは、意思のことなんだぞ。知ってたか?」

 「そのウィルが未来を表すってことは、だから、あれだ。未来という意思と一緒にあるってことだな」

 “ウィル”が死に際して意思であるなら、その後の未来においても、死者の意思は残された人々と一緒にあり続けることとなる。なるほどうまいことを言うものだ。結局それが人間なんだろう。人は亡くなった人に対して、その人がかけがえのない人であればあるほど、その存在に意味を持たせたいのだろう。ただその人はもう主役ではない。残された人が生きていく上でのサムシングとなるわけだ。決してサムワンではないだろう。

 ところでこの本は森野のが係わってきた葬儀の死者が残した意思が物語となっているのだが、一方で『MOMENT』で出てきた神田との関係も発展する。言ってみれば、幼なじみから恋人へ、そして一緒に暮らしたいと御互いの気持ちが、そうなっていく。
 ただ私は神田くんがちょっとかっこよすぎないかと思えた。『MOMENT』ではなげやりで、ちょっと世の中を小馬鹿にした感じだったのが、森野を求めるがあまり“いい人”になりすぎていないか、と感じた。出来れば『MOMENT』での神田くんでいて欲しかったな。妙にキザっぽくなっちゃているのが気にかかった。
 さて、『MOMENT』とこの『WILL』は息子から借りた本だ。やつはどうも本多孝好さんのファンみたいで、本多さんの本を全部読んでいる。また何か借りて読もうかなと思った。そうそうまず、ネットにあった「STORIES-もう一つの『MOMENT』」と、「青春と読書」の11月号に「エースナンバー」という本多さんの読み切り小説読んでから、近いうちに何か他に借りることにしようか。


評価
★★★


書誌
書名:WILL
著者:本多 孝好
ISBN:9784087713220
出版社:集英社 (2009/10/10 出版)
版型:322p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2009年10月18日

本多孝好著『MOMENT』

2009_10_18_01.jpg


 「釈迦は成仏したかったんだ。古代インドでは、生き物は死ぬと生まれ変わると信じられていた。輪廻転生だね。彼はその輪廻を断ち切りたかった。どうしてか?二度と生きたくなってななかったからさ。二度と、こんな辛いものを味わいたくなかったからさ。彼を支えたのは信念じゃない。恐怖だ。また生まれ変わる。また生きなければいけない。そこから生まれた恐怖だ。彼は痛切なまでに虚無になることを求めたんだ。そうだろう?」

 神田は幼なじみの葬儀屋森野が紹介してくれた病院で清掃夫として働いていた。たぶんこういう縁の下の働く人にはその職場、この場合病院で、さまざまな噂が耳に入ることだろう。まして病院である。言ってみればそれまでの人間の生きざまがあからさまに表れる場所である。
 そんな病院で死ぬ前に願い事を一つだけ叶える黒衣の男の話を聞いた。そして神田はひょんなことからその仕事を引き継ぐことになった。ただ必殺仕事人ではない。
 たぶん回復の見込みのない患者、死を待つしかない患者が究極に望むことは安らかな死であろう。しかし神田は大学生のアルバイトとしてここの病院の掃除夫として働いているだけである。患者に安らかな死を与えることは出来ない。それをやっていたのは神田が引き継ぐ前の必殺仕事人であった。神田に出来ることは、死を前にした患者が思い残したことをかなえてあげることであった。それが噂となり、「この病院には死を前にした患者の願い事を何でもかなえてくれる人がいるっていう噂です。それは掃除夫の人だって、そういう噂なんですけど」といって密かに広まっていった。

 ことの発端は、ある老女の願いを学費分二十三万九千円で請け負ったのだが、老女は死後神田の口座に百万円振り込んできた。つまり仕事四回分。だから神田には残り三回分仕事をしなければならないことになった。それがこの連作となっている。最後は請け負った仕事ではなく、神田の思い、気分で起こった話である。
 「ACT.1 FACE」は戦争中、裏切り者を殺せと支持した家族の動向を探る仕事であり、「ACT.2 WISH」は修学旅行で車に乗せてくれた大学生を捜す仕事であり、「ACT.3FIREFLY」では乳がんの再発で入院することになった女性のそれまでの人生を一所にたどる仕事であり、「ACT.4 MOMENT」は特別室にいる男を神田の気分で必殺仕事人から守ることであった。
 私は「ACT.3FIREFLY」が良かった。良かったというか、悲しいかったというべきなのかもしれない。乳がんを再発した女は留守番電話に自分の状態を報告する電話を入れていた。愛する男のところかもしれないと神田は推測した。しかし誰も彼女を見舞いに来る者がいなかった。
 神田はその女性がたどってきた人生の“場所”のドライブに連れて行ってくれと頼まれる。女は九州の田舎から東京に出てきた。喜びに満ちあふれて。けれど周りについていけず、野暮ったい大学生をやっていて、彼氏も出来ず、その後建設会社に入社する。上司と不倫関係になり、妊娠したが、堕ろして、会社を辞め、コンパニオンとして働く。

 「もっと派手に、パーッとね、生きてやろうと思ったの。生まれ変わったつもりで。それで、あの店に勤めた。化粧の仕方を勉強して、流行りの服と髪型を教わって、まあ、驚いたね。これが自分かって。男がわらわらと寄ってきてさ。今までの自分は何だったんだろうって思うくらい。生まれて初めて、モテたのよ、私」

 「指名なんかもばんばん取れちゃってさ。ナンバーワンにはなれなかったけど、結構いい線いってたのよ。お金を、会社に勤めていたときの給料が馬鹿馬鹿しくなるくらいいっぱい入ってきたし」

 「悪い人生だったとは思わない」
 
 「後悔がまったくないとは言わないけれど、それでも、まあまあ、よくやったと思うよ、私」

 その後彼女は両親に連れられ、実家の近くの病院に転院していったのだが、神田に彼女のマンションの鍵が預けられていた。神田はマンションに行き、部屋に入ると留守番電話にメッセージが入っているランプが点滅しているのに気がつく。一瞬躊躇したが神田はボタンを押した。

 「私です」

 「今日、検査の結果が出て、再入院ということになりました。また電話します」

 そう。彼女は自分の部屋にある電話に病院から近況を伝えていたのであった。いくつかメッセージが流れたあと、「もしもし、神田くん?」

 「わかったでしょ?私は誰も待ってなんかいなかった」

 「今日実家に戻ります。そう決めていたの。黙ってて悪かったけど、君に止められでもしたら、私、きっと泣いちゃうから。止めてくれる人が君しかいないなんて、情けなくて、きっと泣いちゃうから。君のまで止めてもらえなかったら、それはそれで泣いちゃいそうだし」

 「最後のお願い。もしも今年と同じような夏がきたら、そのときは私を思い出して。バイト代は出せないけど」

 「思い出して」

 「きっとよ」

 電話が切れたとき、神田は彼女の部屋を見渡す。「クローゼットに入り切らないような服も、大き過ぎる食器棚を埋める食器も、ひょっとしたら上田さんはそこに生まれる空っぽの空間を消すためだけに揃えたのかもしれない。一人で暮らすにはこの部屋広過ぎる」と思うのであった。
 彼女が働いていた店に自分の持ちものを取りに行った神田は、その店の男に言われたのであった。

 「向いてなかったんだよな、最初から」

 「だいぶ、キツそうだったもんな。早く仕事を辞めろって言ってたんだけどな」

 「よろしく伝えてくれ。早く元気になれって。元気になってこんなところには戻ってくるなって」

 一人の悲しい女性の生きざまが眼に浮かんだ。

 私は神田の考え方が結構気に入っている。なげやりでありながら、それでいてしっかりと根拠のある生き方が好きである。たとえば「エリートは貸しを作ることは気にしないけれど、借りを作ることは嫌う。資本主義というシステムを知り尽くしているからだ。借りには必ず利子がつくことがわかっている」という考え方は、まさにその通りだ。
 また病人を慰める言葉をかけるときでも「ただ力で押しつけるだけの、こういう根拠のない慰め」だとわかっていてもその言葉をかけざるを得ない状況があるのだということを自覚するあたりは、神田らしい。
 続いて、最新刊の続編を読もうと思う。


評価
★★★


書誌
書名:MOMENT
著者:本多 孝好
ISBN:9784087746044
出版社:集英社 (2002/08/30 出版)
版型:317p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2009年09月09日

フレデリク・フォ-サイス著『オデッサ・ファイル』

2009_09_09_01.jpg


 何で今頃こんな古い本を引っ張り出すのだと言われそうだけれど、引っ張り出して読む理由が出てきたからだ。実は本棚を整理していたら、探していた切り抜きが見つかったからだ。それは二枚ある

「ユダヤ人強制収容所長ロシュマン パラグアイの病院で死ぬ」

 【ブエノスアイレス十一日=鈴木(俊)特派員】パラグアイの首都アスンシオンから伝えられたところによると、十一日付のアスンシオンの新聞「ABCカラー」は、第二次世界大戦中ナチスのユダヤ人強制収容所長として約四万人のユダヤ人を殺害したかどで追われているエドワルド・ロシュマン元ナチ親衛隊(六三)が十日、アスンシオンの施療病院で死亡したと報じた。ロシュマンは先月四日、アルゼンチンで逮捕されたと一部外電で報じられたが、これは誤報で、その後、西独政府の引き渡し要請を受けて、アルゼンチン司法当局からロシュマンに対する逮捕命令が出されていた。
 ABCカラー紙によると、ロシュマンとみられる人物は十日朝、医療費を支払えない患者を収容するアスンシオンの施療病院で心筋梗塞のために死亡した。この人物は七月二十日ごろ、パラグアイに入国、同二十六日からフェデリコ・ベルナルド・ウェゲネルの名で同病院に入院していたという。この名前はロシュマンが先にアルゼンチンに入国した際使用していた偽名として、アルゼンチン当局が確認しているが、同紙によると、この患者は同じ名前の運転免許証を持っていた。また同紙が病院で遺体を調べたところ、両足の指が合わせて五本欠けているなど、身体的特徴もロシュマンのそれと一致するという。
 ロシュマンはナチ占領下のリガ(現ソ連ラトビア共和国)のユダヤ人強制収容所長をつとめ、一九四一年から四三年までにユダヤ人約四万人を殺害したとされるナチス親衛隊将校。ベストセラーとなったフォーサイスの「オデッサ・ファイル」にも登場することでも有名。 昭和52年(1977年)8月12日 読売新聞夕刊
 

「ナチのロシュマン既に死亡」 パラグアイ

   【ブエノスアイレス十九日=UPI共同】国際刑事警察機構(ICPO)は、十九日、今月十日、パラグアイの病院で心臓発作のため死亡した男が、第二次世界大戦中にラトビア共和国のリガで行われたユダヤ人大量虐殺の責任者エドアルト・ロシュマン元ナチ親衛隊(SS)大尉だったことを確認した。同機構によると、死亡した男の指紋は、ロシュマンがアルゼンチンでの亡命中に使っていた変名のフェデリコ・ベグナーのものと一致することが判明した。 昭和52年(1977年)8月20日 読売新聞夕刊
 

 この本を読むのはこれで三度目となる。フォーサイスの著作はほとんど読んでいるが、私はこの『オデッサ・ファイル』が一番のできだと思っていた。しかし今回また読み直してみると、そうでもないのかなと感じてしまった。確かにストーリーテラーの本領発揮で、ぐいぐい引き込まれて、ページが進む。フィクションとノンフィクションの境目が見分けが付かないほどリアルで、臨場感たっぷりなのだが、どうも最後がいただけない。実は私はこれまでこの最後の場面が気に入っていたのだが、今回はやけに鼻につく。説教くさく感じてしまった。


閑話休題
 実はこの本、私が初めて本屋さんで注文して取り寄せた本であった。いきさつは、最初フォーサイスの代表作『ジャッカルの日』を銀座の映画館で見て、すぐ原作を買い求め、その後フォーサイスの本を読みたいと思った。そして当時錦糸町の駅ビルにあった栄松堂書店で探し求めたのだが、この本だけが棚になかった。店員に在庫を聞いたのだが、在庫切れだと言われ、そのまま店員のペースに巻き込まれて注文することになってしまったのだ。私は本を注文して取り寄せられることを当時全く知らなかったのだ(まだ私は書店員ではなかった)
 たぶん一週間が過ぎた頃だったと思うが、その書店からはがきが届く。本が入荷したという通知である。当時ははがきで入荷を知らせていたのである。それを持ってカウンターに来てくれというものであった。
 それから約22年たった現在は、ネットで注文してネットで入荷の知らせが届く。先日セブンアンドアイで雑誌のバックナンバーを注文した。ご存じかもしれないが、だいぶ以前に私はセブンアンドアイでひどい目にあい、以来絶対にここでは本は買わないと誓ったのだが、ついにその誓いを破ってしまった。というのも、雑誌一冊690円をアマゾンで買えば送料が発生するし、今のところ他に抱き合わせで買う本もなかったので、ちょっとここでは買えないなと考える。じゃあ書店で注文するかと考えてみたものの、なんか手続きが面倒に感じた。それに書店に雑誌を注文すると、時間が書籍より時間がかかると自分たちの時の経験から思っているので、それはちょっと困る。すぐ読みたかったのである。(もちろん今は私が書店員の頃より改善されているだろうから、雑誌でも入荷時間は短縮されていると思いたい)
 でやむにやまれずセブンアンドアイで雑誌を注文せざるを得なくなったわけである。そこには入荷には当日から2日と書かれている。これに釣られたわけである。ネットから細かい入力をして、雑誌を受けとる店を指定する。そして“お客様控”をプリントアウトすればバーコードの付いた控えが出てくる。
 そして入荷のメール届き、指定の店に行って、印刷した控えを見せる。店ではその控えにあるバーコードをレジで読み込み会計をする。確かに注文して2日で手元に届いた。
 注文の仕方、入荷の通知、そしてレジでのやりとり、すべて22年前と大きな違いがある。それをわずか22年でこうも変わるのかと考えるか、22年も経っているんだから、進歩して当たり前と考えるか、それぞれ違うだろうけど、私の場合“こうも変わるのか”と思う方である。だからその違いを感心して書くのである。
 さてそんな思い入れのある本をまた読みたくなり手にとって読んだ。例えば本棚の整理をしてたりすると、昔読んだ本は気にかかる。読んでみようかなと思い、読み始めるのだが、今回のように昔えらく感動した本だったのに、読み直してみると“そうでもないな”と思うことがある。
 これが問題なのだ。読み直したいと思うのは、その本が面白かった、あるいは感動したという記憶があるからだと思う。けれど読み返してみてそれほどでもないと思うと、いったい俺はこの本にどうして感動したんだろうと思うのだ。何か昔の思い出が壊される感じがする。もちろん最初に読んだ頃と今とではあらゆる面で違うわけだし、それなりに歳をとってきたせいで、ひねてきているから仕方がないのだろうけど、どこか寂しい感じがする。思い出は思い出として残っていた方がいいような気がするのである。
 そんなことがあるものだから、今昔読んで面白かった本を読み直したいと思う本が数冊あるのだが、さて読み直していいのかどうか、考えあぐんでいる。

 さて、本の話である。話は1963年11月22日ケネディ大統領暗殺のニュースから始まる。そしてこの日一人のユダヤ人が自殺した。ケネディの暗殺ニュースを聞いた後、ペーター・ミラーは偶然にそのユダヤ人自殺現場に遭遇する。そしてそのユダヤ人の日記を手にし、そこに記された文章からある重大な事実を見つける。
 自殺したユダヤ人の名前はサロモン・タウバーといい、リガのユダヤ人強制収容所にいた。サロモン・タウバーはそこで多くのユダヤ人である同胞が虐殺されるのを目撃したし、自分の妻も自らの手で毒ガス車に押し込んだ。そうするしかなかったのである。タウバーは自分が生き残るためには、ユダヤ人でありながら、ここに連れ込まれたユダヤ人を監視するカポとなり、辛うじて生き残った。
 しかし終戦後ある意味ユダヤ人を裏切った自分をタウバーは許せなかったので、ひっそりと暮らしていた。そんな時リガのユダヤ人強制収容所長であったエドワルド・ロシュマンを町で見かけたのである。
 ロッシュマンは、終戦二度も捕まるのだが、何とか逃げ出し、復興した西ドイツで事業に成功し、それなりの立場の人間となっていた。ロッシュマンを手助けしたのはオデッサ(Organization Der Ehemaligen SS-Angehorigenの略。「元SS隊員の組織」という意味)であった。終戦間際ナチス第三帝国は崩壊が近いと知ると、それまで略奪してきた潤沢な資金でSSの高級幹部を守る組織を作っていた。それがオデッサであった。オデッサは最初ナチスの殺人鬼たちの逃亡を手助けしたが、その後彼らを連合軍の占領下にあるドイツに戻し、新しいドイツ連邦の各社会層に再定着させ、社会的にも政治的にも力を持つようさせた。ロッシュマンもその一人であった。彼らは相変わらずドイツ民族の優秀性を説き、ユダヤ人を抹殺しなければならないという考えを捨てていなかった。
 当時西ドイツはアメリカのケネディの意向で武器をイスラエルに輸出していたが、当然政治的に力をつけた元ナチスの高級幹部にとっては面白くなく、さまざまな妨害をしていた。またエジプトは当時イスラエルと対立しており、オデッサの幹部はエジプトに武器に必要な科学技術を裏で提供していた。そんな時ケネディが暗殺されたのである。
 一方ペーター・ミラーはロッシュマンをどうしても探し出さなければならないと思い、戦後ナチ狩りをしているさまざまな機関に接触し、ロッシュマンの行方を探す。そしてイスラエルの諜報機関と接触し、元ナチスに化けてオデッサと接触を図る。しかしオデッサもミラーの動向を知り、ミラーを抹殺しようとする。このあたりが物語を白熱させる。
 物語の題名である「オデッサ・ファイル」とは元ナチスを逃亡させるために身分を偽るために偽造パスポートを作った印刷屋が、自分の身の保全のために残した記録である。それをミラーは手に入れ、ロッシュマンの居場所にたどり着く。
 ロッシュマンと対面したミラーは、ドイツ人であるミラーがナチ狩りをしていることが誤りであり、ここでもドイツ民族の優秀性を説き、ドイツが戦後復興したのもそうしたドイツ民族の優秀性からだという詭弁を語る。
 ミラーはサロモン・タウバーの日記に一部をロッシュマンに読ませる。そこにはロッシュマンが迫ってきたソ連から逃げだそうとしたとき、一陸軍大尉がロッシュマンの言うことを聞かず、雪の埠頭で射殺した情景が書かれていた。その一陸軍大尉がミラーの父親であった。ミラーがロッシュマンを追う理由がここにあった。

 この本は昭和49年(1974年)に日本が訳が出版されている。何が言いたいかと言うと、最初にあげた新聞の切り抜きが1977年のものだから、それ以前にフォーサイスはロッシュマンのの動向をよく知っていたことになる。例えばロッシュマンがリガからの逃亡で雪の中を逃げた。その時足の指が凍傷になり、切断していることもきちんと書いているし、ミラーやナチ狩りをする専門機関から逃亡するために、南アメリカに逃亡したことも書かれているし、その偽名もフェデリコ・ベグナーだったことも書いてある。そしてこの新聞の切り抜きにはそれが全部書いてある。私はフォーサイスの取材力に圧倒されるのである。そして取材した事実をうまく組み合わせ、この迫真の物語を作ったのだと思っている。


評価
★★★


書誌
書名:オデッサ・ファイル
著者:フレデリク・フォ-サイス 篠原慎訳
ISBN:9784047910331
出版社:角川書店 (1981/02 出版)
版型:374p / 20cm / B6判
販売価:入手不可。文庫有り

2009年05月09日

半藤一利著『幕末史』

2009_05_09_01.jpg


 この本はペリー来航から西南戦争までの通史である。あとがきによるとこの本は市民講座みたいところで半藤さんが話されたものをまとめたようである。前作の『昭和史』はかなり面白かったので、今回も多少期待したのだけれど、内容に目新たらしさがなかった。
 案外こんなもんである。前作が面白かったりすると、ついつい今回も、と思うのだけれど、前作に力を注ぎすぎているからか、あるいはネタが尽きてしまっているのか、二作目が面白いというのはなかなか難しいようである。そのため普段私は本を読むときは、何か気になる文章があれば、そのページに付箋を貼っておくのだが、今回は一枚も貼ることなく終わってしまった。ある程度幕末から明治の知識のある人ならこのくらいは語れるじゃないかと思う。

 それと著者の勝海舟好きが高じてしまって、それほど必要もないだろうに、至る所で「勝海舟は・・・」と出てくる。確かに江戸城無血開城の最大の貢献者だから、このとき前後は海舟の記述はあってもいいけれど、それ以後はいらないような気がする。「勝っつあんは・・・」なんて言われちゃうと、いささか辟易してしまう。
 それとよくあるでしょう。歴史の先生が自分の専攻したところ、あるいは興味のあるところを長々と語りすぎ、結果最後は急ぎ足になってしまい、時間不足のため、簡単に触れるしかなくなちゃうやつ。今回も西南戦争までというけれど、そこなどは簡単にしか触れられていない。海舟もいいけれど、もう少しうまい時間配分をして、西南戦争も詳しく語って欲しかったなと思った。


評価
★★


書誌
書名:幕末史
著者:半藤 一利
ISBN:9784103132714
出版社:新潮社 (2008/12/20 出版)
版型:477p / 19cm / B6判
販売価:1,890円(税込)

2009年04月13日

東野圭吾著『さまよう刃』

2009_04_13_01.jpg



ねたばれ注意


 長峰重樹の一人娘絵摩は友人と行った花火大会の帰り、菅野快児、伴崎敦也、中井誠らに拉致され、蹂躙され殺された。彼等はいずれも未成年であった。
 一人娘を無残にも殺された長峰の携帯に犯人が菅野快児、伴崎敦也の二人であり、伴崎敦也のアパートを知らせるメッセージが入る。長峰はそのアパートに行き、絵摩の浴衣、そして絵摩が菅野快児と伴崎敦也に蹂躙されるビデオテープを発見する。それを涙ながらで見ているとき伴崎敦也が帰ってくる。長峰は部屋にあった包丁で伴崎敦也を何度も刺し、殺してしまう。長峰は伴崎敦也を殺してしまう前に菅野快児の居所を聞き出し、菅野快児が長野県に潜んでいることを知り、復讐に走る。そこから長峰のマンハントが始まる。
 一方伴崎敦也の死体がアパートで発見されたことで、警察は包丁などから残された指紋が長峰のものであることが判明し、伴崎敦也の殺害は長峰であることがわかる。
 部屋には絵摩以外にもたくさんの女性が連れ込まれ、強姦されたビデオテープがあった。警察は絵摩の殺害犯人は伴崎敦也と菅野快児であることを知る。警察は伴崎敦也の殺害犯人長峰重樹と絵摩殺害犯人の菅野快児を探し始める。

 この本はマンハントをする長峰の苦悩、そして長峰が娘の復讐に走っていることを充分理解していても、その長峰を逮捕しなければならない警察の苦悩が描かれる。
 長峰はごく普通のサラリーマンであった。しかし娘の絵摩が無残な殺され方をされてから、菅野快児に復讐をするために彼を追い続けているうちに、自分の考え方を整理し始める。

「そもそもなぜあのような偶然が起きたのか。あんな連中が生み出され、放置されたきたのか。世の中はなぜそれを許すのか。
 許しているわけではない、ただ無関心なだけだ、と長峰は周りを見て思う。ここにいる何人が、罪もない女子高生が性的玩具として扱われた上に、遺体となって発見された事件のことを覚えているだろうか。その父親が復讐鬼となったことを気に留めているだろうか。関連ニュースが流れるたびに思い出すことはあるかもしれない。しかしそれだけだ。ニュースの話題が切り替われば、彼等の関心も切り替わる。
 自分もそうだった、と長峰は思う。自分たちの生活が保障されていれば、他人のことなどどうでもよかった。少年犯罪について真剣に考えたことがあるか、問題解決のために何かをなしたかと問われれば、何も答えられない。
 自分だってこの世の中を作った共犯者なのだ、と長峰は気づいた。そして共犯者たちには、等しくその報いを受ける可能性が存在する。今回選ばれたのが自分だった、と思うしかない。
 ただ、絵摩は共犯者ではない。彼女が生き続けたなら、もっといい世の中を作ろうと努力したかもしれない。
 だからこそ自分は彼女に償いをしなければならない、と長峰は思った。スガノカイジのような人間の屑を生み出したのが自分たちならば、その後始末も自分たちの仕事だ。後始末にはいろいろと方法がある。更生、という言葉を使う人間もいるだろう。しかし長峰には、どうしてもその考えを持つことができなかった。世の中というシステムが作り出した怪物を、人間の力で人間に戻すことなど不可能としか思えない」

 しかし私にはこれは詭弁に思える。どこか自分のすること美化している。それよりも人として、親として、娘を殺され、その犯人が未成年ということで、充分に罰せられなければ、その傷は絶対に癒えない。法律があるいは社会がそうしないなら、自らがそうするしかないというのが人間であり親であろう。ところがこの本はその憎しみが妙に美化されてしまっている。もっともっと長峰重樹の犯人に対する憎しみが前面に出ていいような気がした。
 警察にしても「要するにこの銃は-織部は自分が持っている拳銃を思い浮かべた。この銃は、菅野の命を守るためのものなのだ。長峰絵摩を死に至らしめた張本人が、その父親から復讐されるのを防ぐための銃なのだ」そして「自分たちが正義の刃と信じているものは、本当に正しい方向に向いているのだろうかと織部は疑問を持った。向いていたとしても、その刃は本物だろうか。本当に『悪』を断ち切る力を持っているのだろうか」と思う警察官の姿も描かれるけれど、そこまでしかない。
 確かに犯人を捕まえる警察にしても、このように疑問を持って当たり前だと思う。娘を無残に殺された親の気持ち、その犯人を捕まえる警察官の気持ちを考えると、やっぱり今の法律にどこか誤りがあることを思い知らされる。人として“おかしい?”と思うのであれば、それはやっぱりおかしいのではないかと思う。そして特に最近はこういうことが多すぎる。更生させる前に、罪を償うこれが先であろう。
 私としては、せめて小説ので世界では、そうした復讐劇は徹底的であって欲しかった。この本はこうした法律と人の気持ちの乖離を言わしめるだけであって、言ってみればそうしたことを社会に訴えるみたいなところがあって、妙にしゃらくさい。


評価
★★


書誌
書名:さまよう刃
著者:東野 圭吾
ISBN:9784043718061
出版社:角川書店 角川グループパブリッシング〔発売〕 (2008/05/25 出版)角川文庫
版型:499p / 15cm / A6判
販売価:740円(税込)

2009年03月13日

サミュエル・ハンチントン著『文明の衝突』

2009_03_13_01.jpg


 この本は実は以前からかなり気になっていて、読んでみたいと思っていた。しかし読んだ時期が悪く、花粉症で頭がぼーっとしているこの時期に読む本ではなかった。しかも元が悪文なのか、訳が悪いのかわからないが、とにかく読みにくい。だからたかが500ページの本を読むのに一週間以上もかかってしまった。その上読後の感想を書こうとして、気にかかった文章を引っ張り出し、書き出してみると結構な量となってしまった。これはどうまとめればいいのだろうと今度はそのことで悩み、一週間たってしまった。
 この本は冷戦後の世界に現実に起こっている数々の紛争を「文明の衝突」としてとらえ、それらの紛争を詳細に解説し、そこから見えてくるものを「共通項」として語る。その紛争の解説がいくら必要であるとはいえ、あまりにも細かく語られるため、読む方はそれだけで疲れてしまう。しかも数々の紛争から見えてくるものを、書き出してみると、結局同じことの繰り返しだと気がつく。だったらもう少し簡単なやり方があったんじゃないかなとも思える。
 で、この本に書かれていることをなんとか自分なりに消化してみると、まず今現在世界で起こっている紛争は何に由来するのか。そしてそれがどこで、どのような形で生じ、それが現在どんな形になっているのかという点で考えるとある程度まとめることができるようである。

 1500年以来、ヨーロッパは大航海時代、植民地時代、二度の世界大戦、非西欧世界を支配していたといっていい。そして戦後、冷戦時代を迎え、中核国であるアメリカとソビエトが同じ政治体制や思想などを共有する国々をある程度まとめ、世界を支配した。つまり世界は冷戦以前まで、ある一つの文明(西欧文明)やそれに対抗する東方正教会(ソビエト)文明で支配される単純な形であった。当時はそれらの二つの文明は力があったから、支配能力が機能していた。さらにそれらの文明の力がある程度バランスがとれていたため、今ほどの紛争が生まれていない。
 ただヨーロッパがどうして世界を支配できたのかは、「理念や価値観、あるいは宗教(他の文明から改宗する者はほとんどいなかった)がすぐれていたからではなく、むしろ組織的な暴力の行使にすぐれていたからなのだ」とこの著者は言う。
 一方で、後進国は自国を西欧化することで、西欧のような近代化、工業化の道で模索していく。そうすることで、自分の国を進歩発展させると考えたからだ。このことは、西欧にとって自分のところの文明は「普遍的な文明」であると勘違いさせることにもなる。その勘違いを著者は「西欧文明が貴重なのは、それが普遍的だからではなく、類がないからである」と言い、その類がない点を次のように説明する。

「西欧が他の文明と異なるのは、その発展ぶりではなく、価値観や制度のきわだった特徴である。なかでもいちじるしい特徴はキリスト教、多元性、個人主義、法の支配であって、これがあったからこそ西欧は近代化することができ、世界中に広がって他の社会の羨望の的となったのである。これらが一つになって、西欧独特の特徴となったのだ」

 しかしその西欧文明の力も衰えてくる。それを「西欧が明らかに他の文明と異なっている点は、1500年以降に存在していた他のすべての文明に圧倒的な影響をおよぼしてきたことである。この文明はまた、世界的に広がる近代化と工業化の先陣を切り、その結果、他のすべての文明が西欧に追いついて富を獲得し、近代化を達成しようとつとめてきた。19世紀末のヨーロッパ勢力がほぼ世界的に広がったことと、20世紀末のアメリカが世界的に優勢になったことがあいまって、西欧文明の多くが世界中に広まった。だが、ヨーロッパのグローバリズムはもはや存在しない。また、たとえ冷戦型のソヴィエトの軍事的脅威からアメリカが守る必要がなくなったことが唯一の原因にしても、アメリカの覇権主義は後退しつつある」と言うのだ。それを具体的な数字で示すと以下の通りになる。

 「西欧は21世紀に入ってもなお数十年間は、充分に世界最強の文明圏の地位を守りつづけるだろう。その後は、科学技術、研究、開発力、民需、軍需技術の革新といった分野においては、他よりはるかに有力な立場を維持する。しかし、国力の源泉となる他の要素については、西欧の支配力はますます非西欧圏の中心的国家、指導的国家の手に拡散していく。西欧によるこれらの諸要素の支配体制は、1920年に絶頂期を迎え、その後は不規則ながらも大幅な衰退傾向つづけている。その絶頂期から100年後にあたる2020年代、西欧の支配領域は世界の全陸地の24パーセント(ピーク時は49パーセントであった)に低下し、支配下にある人口は世界総人口の10パーセント(ピーク時は48パーセントであった)に減少するだろう。そして、社会的な参加意識をもった人びとについては15~20パーセントが欧米圏に属し、世界の経済生産高の30パーセント(ピーク時70パーセントに達していたと思われる)を西欧が占めることになる。西欧は工業生産高の25パーセント(ピーク時は84パーセント)を占めるのみとなり、兵力総数では世界全体の10パーセントにもおよばない(ピーク時には45パーセント)」と予想する。
 これを見ても「西欧支配の時代は終わる。同時に欧米の力が低下し、他のいくつかの地域に権力の重心が移ることにより、世界的な自主性の復活という傾向が進んでおり、非西欧文化の復興が始まっているのである」。

 さらに「非西欧社会が西欧的な諸制度を取り入れることにより、地域主義者や反西欧的な政治運動が権力に近づくことを可能にし、容易にしてしまうのである。民主化が西欧化を逆行させる結果となる。なぜなら民主化は彼らの政治的参加をみとめるからだ」。その上「近代化によって社会全体の経済力、軍事力、政治力が増すと、その社会の人びとはそれに勇気づけられて自分たちの文化に自信を取り戻し、文化を主張するようになる」のである。
 自分たちのアイデンティティを西欧文明ではなく、自分たちの社会にある文明に求めるようになったのである。つまり支配されてきた国々が経済的に力をつけたことで、自分たちの文明や文化に目ざめ、自己主張をするようになってきたのである。たとえばアジア諸国は経済力を増したことで、人権や民主化にたいする西欧の圧力にますます動じなくなってきたし、「イスラム教徒たちも大挙してみずからの宗教に向きなおり、アイデンティティ、存在意義、安定性、正統性、発展、力、そして希望の源泉として見つめようとしている」のである。
 こうなってくるとそれまでのような二つの文明で世界がくくられてきたようには行かなくなる。複数の文明が世界で自己主張し始める。しかも厄介なことにいわゆる国境が文明単位で定められていないので、ある一つの国では異なる文明にアイデンティティを見出す民族が一緒にいることになる。この境を著者は「文明の断層線(フォルト・ライン)」という。
 今世界で起こっている紛争はこうしたフォルト・ラインで起こっているのだ。本来は狭い地域で起こっている紛争が、他の地域で同じ文明にアイデンティティを求める人びとに訴えて協力を求める。そのことで紛争は地域間から世界へ拡大していくのである。
 一方複数の文明が共存する国の支配者側が一部で敗北すると連鎖的に拡大することになり、それこそ破滅につながってしまうから、なんとかして死守しようとする。これが紛争を拡大、長期化、あるいは非人道的な行為となっていくのである。

 さらに続ければ、西欧化した非西欧諸国の社会が急激に変化すると、それまであった自己のアイデンティティは崩壊し、自己を新たに定義しなおし、新しい自己像を構築しなければならなくなる。「自分は何者か」、「自分はどこに帰属するのか」という問いを求める人にとってその答を用意してくれるのが宗教である。ここに宗教が力を持ち始める要因がある。
 たとえば湾岸戦争でイスラム世界の人びとが強く感じたことは、サダムが侵略したのは悪いが、サウジアラビアに非イスラム教徒の軍隊が駐留し、その結果イスラムの聖地を「冒涜」した西欧はもっと悪いということなのだ。
 イスラム諸国の自信は、社会の活性化と人口増加から発したもので、なかでも拡大しつつある15歳から24歳の年齢層から、原理主義、テロ活動、反乱、そして移民などの活動に人材を提供している。経済成長はアジアを強化し、人口増はイスラム諸国の政府と非イスラム諸国に脅威を与えているのである。しかも文明に中核国(中心となる国)があれば、文明内に秩序をもたらすことも、他の文明と交渉して秩序を保つこともできるが、イスラム世界には中核国がないため、イスラム教徒として意識をもちながら団結せず、内外で対立が広がり、それがこの世界の特徴となっているのである。

 著者は「文明とは人類を分類する最終的な枠組みであり、文明の衝突とはグローバルな広がりもった種族間の紛争である。新しい時代を迎える世界で、二つの異なる文明に属する国家や集団は一時的に限定的かつ戦術的な協力関係や連合をつくって、第三の文明にたいする自分たちの利益を追求したり、共通の目的を達成しようとしたりするだろう。しかし、異なる文明に属する集団間の関係が緊密になることは滅多になく、通常は冷淡で、多くの場合、敵対的である」
 である以上、アメリカのように自分たちの価値観と制度は普遍的であり、アジア社会の外交政策や内政を思いどおりにできる力がまだあると信じることはやめ、中核国が他の文明内の衝突への干渉を慎むこと。そして中核国が交渉を通じて文明の断層線(フォルト・ライン)で起こる戦争を阻止すること。その上で文明の多様性を受け入れ、あらゆる文化に見出される人間の「普遍的な性質」、つまり共通性を追求していくことが必要だとする。そうしたできた国際秩序こそが、世界戦争を防ぐ最も確実な安全装置だというのが、本書の結論なのだろう。

 まぁ結構苦労して読んだ本にしては、結論が少々陳腐すぎる気がしないでもない。


評価
★★


書誌
書名:文明の衝突
著者:サミュエル・ハンチントン 鈴木 主税【訳】
ISBN:9784087732924
出版社:集英社 (1998/06/30 出版)
版型:554P / 19cm / B6判
販売価:2,940円 (税込)

2008年12月26日

東野圭吾著『ガリレオの苦悩』

2008_12_26_01.jpg


 続いて「ガリレオ」シリーズの新作を読む。今回は短編だ。しかし前回もそうだったけれど、はっきり言って「ガリレオ」の短編はつまらなかった。どうして長編はおもしろいのに短編はつまらないのだろうか。
 それはたぶんトリックの材料に物理や科学の実験道具を使うからだろう。つまり最新のそうした器具を犯罪道具として使ってしまえば、極端な話、何でも完全犯罪が可能になってしまうのではないか。しかもそうした器具は我々素人にはよくわからないから、現実性が薄い。一般的じゃない。その分リアリティーがなくなってしまう。だから読んでいてつまらないのだ。犯罪は現実の社会で起こりうるものなのだから、我々が直に感じ取れるものを使ってトリックを駆使して話を展開してもらいたい部分がある。その方が読んでいてもおもしろい。
 だから「ガリレオ」の短編は読まない方がいいのではないかと思う。だって長編で充分堪能したのに、短編で興醒めしてしまえば、もったいないではないか。


評価


書誌
書名:ガリレオの苦悩
著者:東野 圭吾
ISBN:9784163276205
出版社:文藝春秋 (2008/10/25 出版)
版型:339p / 19cm / B6判
販売価:1,600 円(税込)

2008年12月24日

東野圭吾著『聖女の救済』

2008_12_24_01.jpg


 この「ガリレオ」シリーズが映画化されるためか、新刊として2冊このシリーズが発売された。というわけで、まずは長編のこの本から私も読むことにする。おもしろかった。
 毎度ミステリーに関して書くのに苦労する。どこがどのようにおもしろかったのかを書いちゃうと、ネタバレしてしまうから、これから読もうとする人が、もしかして私のブログを読んで、おいおいここまで書いちゃ、読む気が起こらんだろうと文句を言われかねない。でも、ある程度話の内容を書かないと、私にとって備忘録にならないので、ここは我慢してもらわなければならない。

 綾音は夫の真柴義孝から一年以内に子供ができなかったので別れようと言われる。それは二人の結婚時の約束でもあった。そもそも綾音は子供が産めない身体であったから、一年後綾音は義孝から捨てられる運命でもあった。
 そして一年後のために綾音は義孝の運命を握るべく、義孝殺害のトリックを仕掛ける。それは綾音が子供が産めなくても、義孝が綾音を必要とすれば、それを破棄すればいいし、結婚時の約束を義孝が言い出せば、それを実行すればいいだけであった。「綾音にとっての結婚生活とは、絞首台に立った夫を救済し続ける毎日であった」。そしてその救済が終わったとき、義孝は殺されるのであった。
 この小説は犯人が最初からわかっている。だから犯人がどのようにしてトリックを仕掛け、犯罪を遂行していくか、その部分の謎解きがこの本の醍醐味となる。さすがにそれはちょっと書けない。でも、トリックがわかったとき、「すごい!」と思ってしまった。こういう動機なら、またこういうトリックなら完全犯罪は可能であろうと思われた。そういう意味では充分楽しめた。

 それはそうと、ガリレオこと湯川学がどうしても福山雅治と完全に結びついちゃって、ちょっとまずいなと思った。テレビドラマを見なきゃよかったなぁと思った次第だ。
 また、内海薫がi-podに福山雅治の曲を入れて聴いているという描写は、おいおいちょっとテレビや映画を意識しすぎじゃないのと思ったが、まぁ、話は充分楽しめたのだから、許すことにする。続いて短編の方も読み始める。


評価
★★★★


書誌
書名:聖女の救済
著者:東野 圭吾
ISBN:9784163276106
出版社:文藝春秋 (2008/10/25 出版)
版型:378p / 19cm / B6判
販売価:1,699円 (税込)

2008年12月16日

本多孝好著『チェーン・ポイズン』

2008_12_16_01.jpg


 駅で息子と会った。彼は大学へ行く途中、私は新宿へ本を買いに行くために、おなじ地下鉄に乗る。久しぶりに息子と話す。それまで何か気分が晴れなくて、気晴らしに本でも買いに行くかと出かけたのだが、しばらく息子と話している内に、気分が晴れ、いい心地になった。私は彼の感性、繊細さが好きなのである。
 最近なんかおもしろい本を読んだか?と聞いたら、この本を教えてくれた。持っているなら貸してくれと頼み、翌日貸してもらった。さっそく読み始める。一気に読んでしまった。最後に「あれ、おかしいじゃん?なんで?」と思った。しばらくわけがわからなかった。そして気がついたのである。私は作者のトリックにまんまとだまされていたことを。それがわかったとき、「やられた!」と思った。

 この本は高野章子が自分と同じ名前の人物が二十歳で自殺した高野悦子の『二十歳の原点』を手に取るところから始まる。

 そして誰も待っている人間がいない、単調な一日を送る女がいた。彼女は会社に行く気が起こらなくなった。行った公園のベンチに座り「もう死にたい」と呟いたとき、「本当ですか?」と声をかける人物がいた。その人物は、死ぬのを一年待ってくれたら、一瞬で楽に、眠るように死ねる薬を褒美として差しあげるという。
 女はその言葉を信じ、自分が勤めていた会社を辞る。時間つぶしに住宅街をふらふら歩いているときに児童養護施設のボランティア募集張り紙を見て、そこで一年間を過ごすことにする。

 週刊誌の編集部にいる山瀬は以前取材した突発性難聴にかかったバイオリニスト如月俊と妻と娘を無惨に殺された持田和夫がアルカロイド系毒物で自殺したことが気にかかっていた。如月俊は発病から一年半で、持田和夫は妻と娘を殺した犯人の死刑が執行されて一年後服毒自殺した。二つのキーワード、アルカロイド系毒物、一年という時間が気にかかった。何故同じ毒物なのか?なぜ一年という時間を置いての自殺だったのか?
 そして彼らと山瀬と何ら関係ない元OLの高野章子がやはりアルカロイド系毒物で、会社を辞めて一年後服毒自殺したことを知る。山瀬は高野章子のことを調べ始める。山瀬は彼ら三人にアルカロイド系毒物を売ったセールスマンがいるのではないかと推理し始めるが、それでも何故一年なのかわからなかった。
 物語は山瀬が高野章子の生前の生活を調べるのと、女がボランティアで一年過ごすことが同時に書き進められる。私は読んでいるうちに、この女が高野章子だと思いこまされてしまった。
 しかし私は山瀬が高野章子の生前付き合いのあった人物に会ったり、章子の両親に会ったりしているのに、章子が児童養護施設でボランティアをしていることが調べられないのが不思議であった。ここで高野章子と女は別人と気づくべきだったのかもしれない。

 女は施設でボランティアをしている内に、そこにいる子供たちと深い関係が築きあげられいくのを感じ始める。自分は一年後自殺をする覚悟でいる。約束の日まで今日も頑張って一日を潰した。近づいたと思っていた女が、いつかここにいる子供たちの将来も見てみたいという気持にもなる。
 そこへ園長が病気で死んでしまい、施設が解散される事態に陥る。園長の息子は施設の土地を売って、それを選挙資金にして区議会議員に打って出ようとしていた。そこで女は自分が自殺して入る保険金で子供たちの将来を保障してやろうとする。
 一方同じ施設で働く工藤たちは施設の存続を求めるホームページを立ち上げ、区政に打って出る園長の息子の中傷をそこに書き込む。怒った息子は女を襲うが、この時この女が高野章子でないことを知らされる。

 この本はミステリーの楽しみも充分堪能できたが、自殺を望む人間の絶望感にも考えさせられてしまう。山瀬が高野章子のことを調べているうちに、章子の性格がわかり始める。取材をしているうちに章子が「どんなに面倒なことでも、それで丸く収まるのなら、すべて自分が引き受けていた女性。その不器用な姿に、周囲は同情ともに、それよりも強い苛立ちを抱いてしまう女性。お線香を上げてあげたいという悼みより、お線香を上げてあげなきゃという義務感を覚えさせる女性」であることが浮かび上がってくる。そんな女が三十年以上も生きてきて、いろいろなものが溜まってしまい、自らの容量から溢れてしまったとき、自殺したのではないかという友人の言葉が重く響く。
 突発性難聴にかかったバイオリニスト如月俊にしても、、不遜で、傲慢で、けれど決して演奏に妥協しない過去の自分が、障害を乗り越えて演奏する自分をよしとしない。だから死ぬしかないという絶望感。
 妻と娘を轢き殺された持田和夫にしても、犯人が死ぬまで自分は一秒でも犯人より先に死ぬわけはいかない。犯人がいない世界を見届ける義務があると思っていた。けれど、犯人の弁護士がありもしない事実をでっち上げ、事実そのもを意識的にねじ曲げて弁護するのを見て、犯人みたいな化け物やそれを守ろうとする化け物が現実の社会にいることを知らされる。世界は何も変わらないという絶望感は、まさしく被害者や関係者でなければわからない、憤りのやり場のない絶望感がここに示される。
 そんな彼らの絶望感は何ともやりきれなかった。希望は人に生きる力を与えるかもしれないけれど、絶望はいった人に何を与えるのか。あるいは奪うのか。そんなことをふと考えさせられる本であった。


評価
★★★★


書誌
書名:チェーン・ポイズン
著者:本多 孝好
ISBN:9784062151306
出版社:講談社 (2008/11/01 出版)
版型:332p / 19cm / B6判
販売価:1,680円 (税込)

2008年10月27日

穂村弘著『本当はちがうんだ日記』

2008_10_27_01.jpg


 私はエスプレッソが好きだ。カップをそっと口につける。目を閉じて、ゆっくりと一口啜ってみる。苦い。舌が苦い。苦くて、とても飲めたものではない。痺れた舌を空中でひらひらさせながら、私はカップを置く。
 私のエスプレッソがこんなに苦いのは何故なんだろう。果実の薫りとキャラメルの味わいの飲み物が、地獄の汁に感じられるのは何故か。それは、おそらく、私自身がまだエスプレッソに釣り合うほどの素敵レベルに達していないからだ。

 私の本棚の一角カバーをかけた本たちが並んでいる。全てがいわゆる自己啓発本である。素敵な自分になるためだ。

 コートや上着やズボンのポケットから小銭が出てくる。レジでお釣りを受け取るときに、その場で落ち着いて小銭入れに収納することが出来ず、ポケットのなかにばっと放り込んでしまうしまうからこうなるのだ。

 小学校六年生のとき、卒業文集を作ることになり、その記入用紙に「名前」「誕生日」「血液型」「好きな食べ物」「趣味」「将来の夢」の中に「あだ名」という項目がありショックを受ける。私にはあだ名がなかった。私は記入欄に素直に「特になし」と書けばいいものを「ホムラ」と書いてしまった。
 文集が出来上がって、隣の席の「かーくん」に何気なく「これ、おまえの、名前じゃん」と云われたとき、私の世界は張り裂けそうだった。「だって、ないんだ、ぼくには、あだ名、ないんだ」と絶叫したかった。だが私は「ふふふ」と笑っただけだった。何がふふふなんだ。

「なあ、トースケ、この三年間(高校の)にバスのなかで女の子から何通手紙貰った?」
「え、わかんない、二十個くらい?」
 それは「がーん」でありつつ「やっぱり」なのだ。
 勿論私は一通も貰ったことはなかった。ラブレターを「個」で数えるような奴が二十個貰えて、ちゃんと「通」で数えられる俺は0通。羨望と嫉妬と納得で、私は混乱していた。
 彼女たちにとって、私は、バスの車内の吊革や椅子と同じ存在なのである。いや、掴まったり座ったり出来ない分、それよりも価値がない。

 私は自分の方から女の子に手紙を出すことなど考えてもいなかった。
 それがどんなジャンルの事項であれ、例えば、六十七勝七十三敗からの一敗は何ということもない出来事だ。そこから三連敗してもなんとか耐えられるだろう。だが、0勝0敗からの一敗は恐ろしい。三連敗などしようものなら、自分はこのまま生涯一勝もできずに終わるのではないか、という恐怖に囚われてしまう。その予感が私を動けなくする。

 マネキンが着ている服をかっこいいなと思う。
 早速買って帰って自分で着てみると、余りにも印象がちがって驚く。マネキン着用時にあんなに素敵だったシャツが、鏡のなかでへたっと死んでいる。これは、と私は思う。やはり僕のせいなんだろうな。

 最初から書き出したらきりがない。気持としてはよくわかるし、誰だって見栄を張ったり、人をうらやましがったりするだろう。似たような経験や感じを持ったこともあるだろう。だけど不思議なもので、人生、そういう不幸?からいつの間にか解放されちゃう気がするし、まして年齢を重ねれば、だんだんそういうことを考えることさえ鬱陶しくなってくるのではないかと思うのだ。むしろ著者みたいに四十過ぎてもまだ自分は本来の素敵な姿になっていないと感じる方が、私にすればおかしいのではないかと思うのだ。若々しいといえばそう言えちゃうのかもしれないけれど、四十過ぎてもこれじゃ、どうなのだろうか?
 別に人生論をぶちかまそうなんてさらさらないが、読んでいて面白かったし、「うん、うん」とうなずけちゃところはあるけれど、それは昔の自分を振り返ってそう感じるだけであって、今はそんなことどうでもいいじゃんと思う方が普通なんじゃないかと思う。むしろ若い頃の不幸をさらりと語れる方がかっこいいような気がするのだけれど。
 この本は三浦しをんさんの本で知った。私は著者がどういう経歴の人なのか知らなかった。この本の見開きに著者の紹介があって、それを読んでいると、なるほど、著者は歌人でなんだ。だからいつまでも若い気分を持てあましているんだと思ったのである。世の中にはいろいろな人がいるもんだ。それでいいような気がする。私は穂村さんのこのエッセイを読んでそう思ったのだけれど、穂村さんはそれでは済まない人なのだ。そういうことだろう。


評価
★★


書誌
書名:本当はちがうんだ日記
著者:穂村 弘
ISBN:9784087463538
出版社:集英社 (2008/09/25 出版)集英社文庫
版型:213p / 15cm / A6判
販売価:479 円(税込)

2008年10月02日

ヘレ-ン・ハンフ著『チャリング・クロス街84番地』

2008_10_02_01.jpg


 昔開高健さんの古い本を探すために、神田や早稲田の古本屋さんを回ったが、それでも手に入るものは限られていた。「日本古書通信」に全国の古本屋さんが自分のところ在庫を広告として載せていているので、その中から開高さん未入手の本を探し、はがきで注文した。確か2冊ほどこの方法で手に入れたと思う。中には抽選というやつもあって、外れたのだろう。その本は入手できなかった。
 今ではネットで簡単に日本全国の古本屋さんにアクセスできるので、こんな面倒なことなどすることもなく、在庫の確認も注文も数度のクリックで簡単にできてしまう。後は数日待てば、本と請求書が送られてきて、後は郵便振替で送金すればいいし、アマゾンならそのままカード決済だから、本を受け取るだけでいい。ここには古本を売る人とそれを買う人の顔が一切見えない。
 たとえば昔やったはがきでの注文でも、注文する本の書名などを書くのは当たり前だし、最後には「よろしくお願いします」の一言ぐらいは書き添えるだろう。それだけでも何か見えてくるものがあると思いたいが、ネットの場合それが一切ない。確かにつまらんしがらみがないから、その方が楽といえば楽であるが、どこか寂しさがつきまとう。特に古本という手垢のついた本にかかわるものだから、ちょっとは人との関係が欲しいといえば欲しい気もするのである。

 なんでこんなことを書いたかといえば、この本を読んだからである。私の持っているこの本は昭和59年発売の初版本である。当時からもう24年経ってしまっている。本もほどよく日焼けして、赤茶けている。多分買ってすぐ読んだと思うけど、内容は覚えていない。先日読んだ池谷伊佐夫さんの本にこの本のことがちょこっと書かれていて、気になったものだから読み返すことにしたのだ。
 この本は、ヘレ-ン・ハンフが『サンデー・レビュー』で絶版本を専門に扱っているイギリスのチャリング・クロス街84番地にあるマークス社の広告を見て、手紙に添え欲しい本のリストと一緒に送ったことから始まる。時は1949年10月5日である。ハンフの担当となったのはマークス社のフランク・ドエルであった。ドエルはハンフの注文した本を探し出し、アメリカにいるハンフの元へ本を送る。
 ヘレ-ン・ハンフは自ら貧乏作家で、古本好きと称しているが、生計はテレビの台本を書くことで立てている。古本好きもこの本を読んでいる限り、主にイギリスの古典作家に興味があって、それらの作家たちの本をドエルに注文している。
 しかし注文した本がすぐハンフの元に届くとは限らない。結構やっかいな作家たちの本を注文しているので、ドエルはそれらの本を探し出すのに苦労している。そのためなかなかハンフの元に本が届かない。ハンフは注文した本はどうなっているの?とキャンキャン吠えるし、本を探さないで、店でぼーっとしてるんじゃないのと毒づく。
 しかしそれは悪意があるわけじゃない。私もハンフの気持はよくわかる。古本好きのとって自分が探している本がなかなか見つからないというのは、結構イライラするものなのだ。まぁその分目当ての本が見つかり、手元でその本をさわり、ページをめくり、読んでみると、うれしさはひとしおなのだが・・・。ハンフも届いた本を見て驚き、感激し、ページにペーパーナイフを入れて読み、また感動するのである。
 この本を読んでいると、当時イギリスでは食料の販売統制がおこなわれていたようである。多分戦争終了後だからだろう。ハンフはドエルに肉やハム、卵(乾燥卵というのもあるらしいが、どんなやつなのだろうか?)や缶詰などをクリスマスや復活祭などのプレゼントして送っている。それはマークス社のドエルたちが苦労してハンフが注文した本を探していることのお礼であった。
 送られてきたプレゼントはマークス社の従業員やドエルの家族に渡り、そのためハンフとの手紙のやりとりが、マークス社の従業員、ドエルの奥さんや子供たちと広がっていく。あるいはプレゼントのお返しとして、ドエルがハンフに送ったテーブルクロスは近所の老婆の手編みで、それをハンフはえらく気に入り、その老婆との手紙のやりとりもある。もちろんハンフから送られた食料品はその老婆にもお裾分けされている。
 ここではハンフとドエル関係が店とお客という商売関係で終わるのではなく、古本を介して人としての関係に変わっていくのが、心地いい。それはドエルがハンフを一番最初に“マダム”と呼び、次に“ハンフ様”に変わり、さらに敬称を省いて“ヘーレン”になっていくのでもわかる。それだけ手紙や本、そしてプレゼントやりとりがお互いを親密化していったのである。いつの日か、ハンフがイギリスに行って、チャリング・クロスにあるマークス社を訪れたいという気持にもなり、ドエルや彼の家族もそしてマークス社の社員もハンフがイギリスに来てくれることを望むようになる。
 しかしハンフのイギリス訪問はなかなか実現せず、1969年1月8日付けのマークス社の秘書からの手紙で、ドエルが死亡したことを知らされる。読む側としては、それまでハンフとドエルの手紙のやりとりが書かれていたのに、いきなり秘書からの手紙でドエルの死亡を知ることになったので、正直驚いてしまった。
 訳者である江藤淳さんは解説で次のように書かれている。

「二十年の歳月にわたってつづけられたこのほのぼのとした交友に終止符を打つのは、フランク・ドエルの突然の死である。私たちが、フランクの死を告げる手紙を見て愕然とし、もう二十年も経ってしまったのか、と思い、人はやはり死んでしまうのだな、と思わざるを得ない。この切断は鮮烈であり、ひとことのコメントも添えられていないためにかえって粛然と襟を正させられる。つまり死が、この往復書簡集に作品の輪郭をあたえたのだということができる」

 たしかにハンフとドエルの往復書簡は読む側にとって、怒ったり、謝ったり、喜んでみたり、感謝してみたりして、素直な人間性とやさしさをそこに感じさせてくれた。だからそれがドエルの死によって終わってしまう残念さを余計に感じるのである。
 ハンフは最後にイギリスに行く友人宛に「イギリスのことは長い年月夢に見てきました。ただ、かの地の町のたたずまいを見るためだけに、よくイギリス映画を見にいきました。何年か前、私の知り合いのある男性が、イギリス旅行をする人は、見ようという目的のものが必ず見られる、って言ったのを覚えています。で、私ならイギリス文学のイギリスが見たいわって言ったら、彼、うなずいて、あるともって言っていたわ。
 あるかもしれないし、ないかもわからない。今私がすわっている敷物のまわりをながめると、一つだけ確実なことが言えます。イギリス文学はここにあるのです。
 ここにある私の古書を全部お世話してくださったありがたいお方は、数カ月前に亡くなってしまいました。その古書店の店主だったマークスさんももうこの世にはいらっしゃいません。でもマークス社は依然として残っています。もしチャリング・クロス街84番地の前をお通りになるようなことがあったら、私からよろしくって言ってくださいね。そうしてくだされば、大いに感謝いたします」と書いている。
 ここでハンフが注文したは、古さもあるけどきっとすばらしい装丁の本なのだろうなと思ってしまった。ウォルトンの『釣魚大全』や『ピープス氏の日記』(私のは岩波新書なのだけれど)などは、私も持っている本とは違い、まるで他の本のような感じがしてしまった。だってハンフがあれほど待ち望んだ本なのだから。
 いい本であった。


評価
★★★★★


書誌
書名:チャリング・クロス街84番地 ― 書物を愛する人のための本
著者:ヘレ-ン・ハンフ 江藤淳訳
ISBN:9784122011632
出版社:中央公論新社 (1984/10 出版) 中公文庫
版型:233p / 16cm / 文庫判
販売価:680円(税込)

2008年09月29日

文芸春秋編『目でみる日本史 「翔ぶが如く」と西郷隆盛』

2008_09_29_01.jpg


 確か文藝春秋デラックスというムックがあったのだけれど、今もあるのだろうか?なんか最近本屋さんで見たこともあるけれど、ちょっと昔のやつとは違うような感じだ。昔のは内容がもっと“俗っぽい”かったし、サイズも大きかったような気がする。
 この本はそれを文庫化したもので、当時NHKの大河ドラマで「翔ぶが如く」が放映されるのにあやかってというか便乗して出版されたものだろう。もちろんこんな本、今では本屋では手に入らない。きわものぽいもね。
 で、なんでこんな文庫本が私の手元にあるかといえば、以前『翔ぶが如く』を読もうととして、古本屋さんの均一本コーナーで各巻を集めていたときに、この本も見つけたので買っておいたのだ。
 今回やっと『翔ぶが如く』を読み終えたので、この本のことを思い出し、手に取った次第だ。便乗本?にしては面白かったし、内容もしっかりしている。特に明治時代の写真が興味深い。『翔ぶが如く』に出てくる人物たちの肖像写真もあって、「へぇ~、桐野利秋はこんな顔をしていたのか」とか、大久保利通が新築した邸宅の写真を見て、「ふ~ん、これが『大久保はこんな豪邸を建てやがって』と帰郷した薩摩士族に反感を買った家なのか」としげしげと眺めてしまった。
 西郷たちが最後に籠もった城山の写真があったが、竹を組んで土嚢を積み上げ、政府軍の攻撃を防ごうとしている状況がよくわかる。ちょっとした万里の長城みたい。
 後は当時の錦絵がいくとも掲載されているが、それがカラーじゃないのが残念だなと思った。昔「別冊太陽」で明治の新聞や錦絵などがたくさん載ったものを持っていたのだけれど、古本屋さんに売っちゃった。今にして思えば残しておけばよかったなぁ。
 さて、写真も面白いけれど、この本に寄稿している作家や評論家などの文章にも面白ものがあった。特に「鼎談書評」として木村尚三郎さん(いやぁ~懐かしい名前だ)、丸谷才一さん、山崎正和さんの鼎談は興味深かった。
 例えば丸谷才一さんが「(司馬さんは)明治維新以前の西郷への高い評価と、以後の彼に対する極度に低い評価との間で、困りながらこの七冊(『翔ぶが如く』)の本を書いた。この本の最大の読みどころは、その司馬さんの困り方です」といっているのが、確かに!と思ったのだ。そのギャップがあまりにもあるので、司馬さんは『街道をゆく』では「西郷の不思議さ」といっているのだが、それをいろいろな方向からなんとか説明したい、あるいは司馬さん自身納得したいという思いで、この本がこうも長くなってしまったんじゃないかと思うくらいだ。しかし結局司馬さんもそして読む我々も、西郷の極端な変化に理解が及ばない。「こうだから西郷は維新前と維新後で変わらずを得なかった」という説明が出来ない。それを丸谷さんは司馬さんが困っているといっているのである。それがよくわかったのである。

 さらに、山崎正和さんが明治維新という革命の性質をうまいこと言い当てているなと感じた言葉がある。

 「やってみて悪ければまた考える、というやり方で一貫して明治維新はおこなわれた。ですからそれは西洋流の革命とはまったく性質を異にしたものだと考えていいですね。
 西洋流の革命というのは、マルクス主義の革命もそうですし、ナポレオンの革命ですらそうですけれども、最初にイデオロギーがあり、一つの政体に対する青写真というものがあった。それについては動かない信念があったから、革命家は敗けたら敗けっきり、勝てば官軍です。
 ところが日本の場合、寄り合って相談しながらあっちへ行こう、こっちへ行こうといっているうちにだんだん現状が成り立った。そういう意味ではわたしは西洋流の革命が宗教的革命であるのに対して、日本の革命は自然科学的な革命だと思うんです。しかしこれを裏返していうと、ある短い時点の中では全員が裏切り者になるという性質がある。西郷自身も島津久光から見ればたいへんな裏切り者なんですね。そして、西郷はやがて明治維新に対する裏切り者にもならざるを得ない。そういう必然性がすでに明治維新を用意する運動の中にあったという印象をもちました」

 つまり西洋流革命はぶれないけど、日本の明治維新は試行錯誤しながら変化し発展していくから、状況が刻々と変化していく。最初は革命側であっても、いつの間にか反革命側になりかねない部分があるというのである。これは幕末から明治、あるいは西南戦争まで歴史を追っていくと「なるほど」と頷ける。たとえば西郷が作り上げた明治政府に自ら失望し始めると、今度は西郷が反政府側に立っているというのを見るとますます頷けちゃう。
 それは基本的にしっかりしたイデオロギーが根付いていないからそうなってしまうのだろうけど、その変化についていかないといつの間にか自分が反革命側あるいは反政府側に立っていることになってしまうから恐ろしい。
 それは現代の日本社会まで続いている。体制側にいると思っていたあなた、いつまでも今の地位に安穏としていると、気がついた時は反体制側にいることになりかねませんよ。日本という国はそういう国なんだから。

 さて、話は変な方向に行っちゃいかねないので、もう一つこの鼎談で木村尚三郎さんがいっていることも懐かしかった。「辺境改革説」(ここでは「辺境理論」といっている)である。
 木村さんは、なぜ薩長が明治維新を成し遂げたかを説明するに当たり、彼等が「野蛮」であったからだというのである。その説明が以下の通り。

 「知的エリートは、たしかに江戸にいたわけです。そういう人たちは都会化され、野蛮性を失っていたからこそ、逆に力にならない。こうすればこうなる、ああすればああなる、ということがみんなわかっていると指導力を発揮できず、結果として何もできないわけですよ。
 歴史はいつもそうですよ。都市文明が進むと女性化して野蛮にやられてしまう。ローマが都市文明化すると全く無知蒙昧なしかし男性的なゲルマン人にやられるわけですよ。そのゲルマンの中でさらに田舎のイギリスが近代になって大陸を押さえつける。さらにイギリスの中の野蛮な連中がアメリカに渡って、これがカンカラで豆なんか煮て食って、頑張った。そして二十世紀の初めからヨーロッパを押さえつけるようになった。もちろんこの「辺境理論」で歴史のすべてが理解できるわけではありません。しかし、明治維新も、その一つの典型的な例のように思えるわけです」
 
 これ昔、大学時代にえらく感動した理論だったのだ。文明はいつまでも続かない。腐敗などが起こり、内部崩壊していく。その文明が成熟していればしているほど、腐敗から逃れられない。その文明から一定の距離をおいている(これは肝腎です。だって全く関係のないところから次を担う文明が生まれるわけがないからだ)他の文明が、その成熟した文明の一部を取り入れつつも自分を見失わないところで(要するに新しい血が入ることで)、次の文明が生まれていくというものなのだ。それが歴史的に説明できるというので、えらく感動したのである。それをまさかここで読むとは思わなかったので、ちょっと懐かしくもあったのだ。


評価
★★★


書誌
書名:目でみる日本史 「翔ぶが如く」と西郷隆盛
著者:文芸春秋【編】
ISBN:9784168104060
出版社:文芸春秋 (1989/11/10 出版)文春文庫―ビジュアル版
版型:277p 15cm(A6)
販売価:入手不可

2008年06月20日

フレデリク・フォ-サイス著『神の拳』下

2008_06_20_01.jpg


 どうも感激がわかない。出版された当時はきっとワクワク、ハラハラしながら読んだに違いなのに、今回読み直してみると、それほどでもない。

 1990年8月にイラクがクエートに武力侵攻し、国連の度重なる撤退勧告を無視したため、翌1月17日にアメリカを中心とする多国籍軍によるイラクへの爆撃(「砂漠の嵐」作戦 operation desert storm )が始まった。この本はいわゆる“湾岸戦争”を舞台にした話である。
 もともとイスラエルの情報機関モサドが抱えていた内部通報者で、イラクの幹部である“ジェリコ”から、湾岸戦争でイラクが何を考え、どんな兵器をもっているかという情報を今度はイギリス、アメリカの情報機関が彼から得ようとする。その情報の直接の受け渡しするのがマイク・マーティンである。マイクは最初クエートに入った経緯は先に書いた通りで、その後バクダッドに潜入する。ジェリコは多国籍軍に貴重な情報をもたらしてくれるが、その情報の中にフセインが核兵器を所有して、発射準備をしているという情報が入った。それがフセインのとっておきの兵器“神の拳”であった。
 詳しいことはわからないが、核兵器を自国で作る場合、濃縮ウランを作る必要性があり、それには時間がかかる。多国籍軍は計算からイランが核兵器を持てるわけがないと推定していたが、それが可能であるとわかると、空爆後、歩兵を投入すれば、甚大な被害が及ぶ。マーチンらは核弾頭を積んだロケット基地の正確な位置を知らせるため、一度バクダッドを脱出した後、再度イランに入る。

 この本は今読むと、明らかに失敗作であろう。というのもイランはその後大量破壊兵器である核兵器も生物兵器も所有していないことが明らかになったからだ。
 ここにフォーサイスの現代の紛争地域を舞台にした小説そのものが、ただ単に情報戦のすごさや兵器のすごさを描くだけになってしまっている不満がある。確かに当時としてはタイムリーで、新鮮味もあっただろうが、結局こうして時間が経って読み返してみると、古びたエンターテイメントとしてしか楽しめない。正直な話、読み返すに耐えないものになってしまっている。風化してしまっているように思えてならないのだ。
 最初からフォーサイスの作品はこんな危ない要素を含んだ作品ばかりだったのだろうか?違うと思う。少なくとも初期の三部作はそうではなかった。少なくとも歴史というものに濾過された事実を駆使して、描かれた作品は今でも読み応えがあると思うのだ。歴然たる事実の重みとでもいうものが、ものを言うものだから、読んでいても読み応えがある。
 今の時代を描くエンターテイメントを要求されると、こういう結果にならざるを得ないのかもしれない。トム・クランシーが兵器のすごさばかりを描くことで、一時話題になって、もてはやされたけれど、いつか結局それだけじゃないかということで、飽きられしまった。それとも一過性のものとして、命をかけるプロの仕事を楽しめばいいのだろうか?なんかフォーサイスもトム・クランシーと同じ道を歩みつつあるんじゃないのかなと心配してしまう。


評価
★★


書誌
書名:神の拳〈下〉
著者:フレデリック・フォーサイス・篠原 慎 訳
ISBN:9784047912205 (4047912204)
出版社:角川書店 (1994-06-01出版)
版型:425p 19cm(B6)
販売価:入手不可 文庫ならありそうです。

2008年06月16日

フレデリク・フォ-サイス著『神の拳』上

2008_06_16_01.jpg


 急遽忘れてしまったフォーサイスのこの本を読むことにした。まぁ、14年前に読んだ本を、主人公を忘れたということで、慌てて読む必要もないとは思うのだけれど、気になるので読むことにしたわけだ。
 今回も詳しいことは下巻を読んでから書きたいと思うのだけれど、一つだけ書きたい。
 主人公のマイク・マーティンには学者である弟がいる。名前はテリー・マーティンという。テリーは中東の学者で、アメリカやイギリスの情報機関のオブザーバー的存在で、中東で何かあると、それらの情報機関から意見を求められる。先に読んだ『アフガンの男』でも、アフガンでアルカイダが9.11以降の大規模なテロが行われる可能性が出てきて、アフガニスタンでの情報が欲しいということで、情報機関の人間を忍び込ませたいが、適当な人間がいないかと意見を求められ、兄のマイク・マーティンがいると言ってしまう。
 マーティン兄弟の母方の祖父はインドのダージリンにお茶の栽培のため入植したイギリス人であった。この祖父インド人の娘と恋に落ち結婚してしまった。当時イギリス人はインドの植民地支配者だったので、インドの娘と結婚することは驚天動地の騒ぎとなった。
 祖父テレンス・グランガーとインド人の娘の間に、一人娘のスーザンが生まれた。スーザンはイラク石油会社の経理をしていたナイジュエル・マーチンと結婚しバクダッドで暮らし、二人の男の子をもうけた。それがマイクとテリーである。マイクは母方の遺伝子を受け継いで、髪と眼は黒く、肌はオリーブ色で、当時のイギリス人コミュニティーの悪童から“アラブ人そっくりだ”と冷やかされた。
 マーティンはパブリックスクールを卒業した後、パラシュート部隊入隊し、その後厳しい訓練の後、SAS(空軍特殊任務連隊)に配属される。バクダッドで子供時代を過ごした関係で容姿もそうであるが、アラブ人並みにアラビア語がしゃべれた。
 だからテリー・マーティンはアフガンに潜入する人物として兄のマイク・マーティンが適材と言ったのだ。しかし危険きわまりない地域でスパイ活動するわけだから、見つかれば命はない。自分の兄を推薦したことをテリーはひどく後悔し涙する。
 ところがテリーのおしゃべりはこれが初めてではなく、実はこの本でも同じことをしているのだ。いやこの本が最初であった。イラクがクエートに侵攻したとき、クエートの情勢を知るために、スパイとして適している人物として、兄のマーチンを推薦しているのだ。そしてひどく後悔する。
 こんな危険なところに自分の一言で兄を派遣させてしまったことを後悔したら、普通二度と同じことはしないんじゃないのかなぁと思うのだが、どうだろう?それをいくらそそのかされたとはいえ、また自分の兄の名前を出しちゃうなんて、一体テリー・マーティンという人物はどういう神経をしているのか、正直呆れかえるばかりであった。
 それともマイク・マーティンを再び『アフガンの男』で使うためには、フォーサイスとしては同じ手を使うしかなかったのだろうか?それにしてもちょっと安易すぎないか?と思った次第だ。


書誌
書名:神の拳〈上〉
著者:フレデリック・フォーサイス・篠原 慎 訳
ISBN:9784047912199 (4047912190)
出版社:角川書店 (1994-06-01出版)
版型:414p 19cm(B6)
販売価:入手不可 文庫ならありそうです。

2008年06月10日

フレデリク・フォ-サイス著『アフガンの男』下

2008_06_10_01.jpg


 おいおい、これでおしまいかよ。ここまで盛り上げておきながら、この結末はないんじゃないの?しかし何となくこうなるんじゃないのかなあと感じていた。アルカイダが9.11以降大規模なテロを計画し、実行する。そしてそれがどんなテロなのか、アメリカやイギリスの情報局が探りを入れ、阻止しようとするのがこの本の話なのだが、そのテロに使われたのが船であるところに、話の面白みに限界があるように思える。
 だって、テロリストが船に乗ってしまえば、そこに潜入したSASのマイク・マーティンには、そのテロがどんなものなのか伝える手段がないし、阻止するにもマイク自身がするしかない。なぜなら外は大海原なのだし、船の中には自分以外テロリストしかいないのだから、必然的にそうならざるを得ない。だからテロが進み始めると、話は行き詰まってくる。ということは読む側にとって話が見えてしまうし、実際その通り話が終わる。
 しかも、実際のテロが進行する場面は下巻の後半の後半で、もうすぐ終わっちゃうよと心配したくなるところからで、ぎりぎりまでクライマックスがこない。そしてそのクライマックスも“これだけ?”と言いたくなるくらい。
 まぁ、結果は尻つぼみだったけれど、その過程は充分楽しめたので、“よし”とするしかないかと思うことにした。

 フォーサイスはいつもそうなのだが、実際あった事実と、今進行しつつある現実の中に物語の登場人物を組み込み、しかも何の不自然さもなく、いつの間にかその事実や現実に登場人物がいたようしてしまう。だから過去にあった、あるいは現在進行しつつある戦争や紛争の中で、リアルに行動しているように感じさせる。それはフォーサイスが膨大な情報を駆使しているため、当然あってもおかしくない状況をうまく生み出すからだろう。
 たとえば主人公であるマイク・マーティンがアフガニスタンに潜入するとき雇った地元のガイドのイズマート・ハーン(後にタリバン戦士となる)が当時のソ連軍のヘリに銃撃され、イズマート・ハーンが足に大けがをする。何とかとある洞窟にたどり着く。その洞窟内部には兵舎、モスク、図書館、厨房、商店、外科病院まで設備されていた。イズマート・ハーンはそこで手術を受けた。手術後病室に入ってきた男がイズマート・ハーンに「年若いアフガンの闘志の気分はどうかね?」尋ねる。その男はオサマ・ビン・ラディンで、手術をしたのが、アルカイダのナンバーツーのアイマン・アル・ザワヒリ医師であった。今世界で最も危険な人物たちが、こうしてさりげなく登場するのである。(後にこのことがイズマート・ハーンの勲章となり、彼に扮したマイク・マーティンがアルカイダに潜入できるきっかけとなる)
 私はアフガニスタンの政治状況についてまったく疎いのだが、この本を読んで、ちょっと勉強になったこともある。アフガニスタンからソ連が撤退した後、何千人もの若いアフガン人は学業を終えるためにパキスタンにある神学校(マサド)に戻っていった。そこでワッハーブ派による洗脳を受けた。ワッハーブ派は極めて厳格なイスラム原理主義に基づく宗派であった。現在もサウジアラビアの国教であり、オサマ・ビン・ラディンもその信徒であった。
 アフガニスタンの政局は不安定で、中央政権が倒れてしまった後、軍は一番お金を払ってくれる地元の軍閥に身売りしていく。軍の無法状態が続いた。カンダハルの郊外で村の娘二人が連れ去られ、輪姦された。村の宗教指導者は報復のため立ち上がり、基地に乗り込み、兵士達を殴り倒し、司令官を戦車の砲身で吊し首のした。この指導者がハンマド・オアマール、いわゆるオマール師である。彼は地方の英雄となった。彼の下に一万二千人もの男達が集まり、彼が巻いた黒いターバンを自分たちまねて巻いた。自ら弟子と称した。パシュート語では弟子をタリブといい、その複数形がタリバンである。彼らはどんどん巨大になり、カンダハルに代替政府樹立する。タリバン政権はイスラムの価値観に基づいたアフガニスタンの復興を目指したが、イスラムの名のもとに国民に女子教育禁止など極端な人権侵害を行ったため国際的に孤立した。さらにアメリカ合衆国に対するテロ行為の黒幕と目されていたサウジアラビア人オサマ・ビン・ラディンを客人として迎え入れてかくまったことから、アメリカと激しく対立する。
 オサマ・ビン・ラディンは9.11の首謀者としてみなされ、タリバンはアメリカにオサマ・ビン・ラディンの身柄の引渡しを要求されるが、オマールはこれを拒否した。このためターリバーンは米軍の攻撃対象とされ、米軍と北部同盟の攻撃により2001年12月までに政権は崩壊した。

 この本は最後に欲求不満がのこるけれど、フォーサイスがストリーテラーとしての醍醐味は随所に健在だし、このようにちょっと勉強になることもあったので、読んでよかった。
 それはそうと、この本の主人公マイク・マーティンはフォーサイスの前の本『神の拳』にも登場していたことを解説(いつも解説は訳者の篠原さんが書かれて、本の裏話やフォーサイスの近況などを教えてくれるのだけれど、今回は書かれていない)を読んで知り、愕然とする。フォーサイスファンとしては当然覚えていていい名前であったはずなのに、まったく記憶に残っていなかった。
 『神の拳』は確か湾岸戦争を舞台にして、サダム・フセインの大統領親衛隊との戦いを描いたものだったと思うのだが(これもあやふやなので自信がない)、まさかこの本の主人公がマイク・マーティンだとは思わなかった。この本が書かれたのは1994年だというから、もう14年前に読んだものだ。だから忘れても仕方がないけれど、あわてて本この本を取りだし、再度読むことにした。


評価
★★★


書誌
書名:アフガンの男 下
著者:フレデリク・フォ-サイス・篠原慎訳
ISBN:9784047915596 (4047915599)
出版社:角川書店 (角川グル-プパブリッ) 2008/05出版
版型:269p 20cm(B6)
販売価:1,785円(税込) (本体価:1,700円)

2008年06月07日

フレデリク・フォ-サイス著『アフガンの男』上

2008_06_07_01.jpg

 久しぶりのフォーサイスの新刊、やっぱり面白いな。ぞくぞくしながら読み進む。あっという間に上巻を読み終える。詳しいことは下巻を読んでから・・・。


書誌
書名:アフガンの男 上
著者:フレデリク・フォ-サイス・篠原慎訳
ISBN:9784047915589 (4047915580)
出版社:角川書店 (角川グル-プパブリッ) 2008/05出版
版型:255p 20cm(B6)
販売価:1,785円(税込) (本体価:1,700円)

2008年05月23日

林直樹著『リストカット』

2008_05_23_01.jpg


 どうも釈然としない。人間のこころという不定形で確かめようのないものを論理であるいは図形で示そうとすると、多分こういうことになるのだろうと感じた。
 たとえば、病気の根源がガンのようにはっきりしたものであれば、それを取り除けばいい。だけど、じゃあそのガンは何でできたのと質問すれば、遺伝的要素、外的要因、生活環境などさまざまなものが、それこそからみ合って、ガン細胞が生まれたと説明を受けるに違いない。よほどのことがなければ、「これだ!」という原因が突き止められないのではないか?つまり人間の身体やこころはそう簡単に病気の根源を突き止めていけるほど単純じゃないだろうと思うのだ。特にこころの問題はさまざまな要因がからみ合って問題を起こしているものだと思うので余計である。
 この本を読んでいてリストカットを含む自傷行為がなぜ生じるのか、わかりやすく図を用いて説明してくれるけれど、たとえば正常な精神(これだって何をもって正常と判断するのかよくわからないが・・・)では図の中ではそのバランスが保たれているから、正常であって、そのバランス崩れると、自傷行為が生じ、自殺へと進むのだとあまりにも短絡的に説明しているように思えてならなかった。
 もちろんその図を作成するに当たり、膨大な臨床例をもって、それを分析して作られたものであろうことは理解できるけれど、だからといってあなたは今この図ではこの位置にいますと言い切れるものなのだろうか?そんなに一般化できちゃうものなのだろうかと思うのだ。(逆を考えれば、それだけ複雑な生き物だから、人間はこころの病を発症するのだろう)
 この本が新書というスタイルをとっているので、誰にでもわかりやすい入門書的要素が要求されていることもわかる。また治療という行為は、何らかの病名を確定しなければ先に進めないし、診療報酬や調剤報酬が得られない保険制度だから仕方がないにしろ、人間ってそんな簡単な生き物じゃないだろうと思いたい。

 基本的に、私は自分の身体を傷つける行為というのはよくわからない。どうして自分の身体を傷つけようとするのだろう?たとえばこの本に説明されているようなリストカットは、自分が抱え込んでいる悩みや苦しみから解放されるためとか、リストカットをすることで、他の人に苦しんでいる自分をわかってもらいたいという気持から、そうした行為に走るというのも、よくわからない。まぁ自傷行為自体、よっぽど悩んで、苦しんでいるから、そういう行為に現れるのだろうとは思うのだが、それを自分の身体傷つけることとどう関係があるのかわからないのである。むしろストレートに自殺の方向に行ってくれる方が他人事とはいえ、わかりやすい。あるいは自殺への前段階に自傷行為があるといわれれば、納得できないこともない。ということは、自傷行為はまだ死ぬことはちょっと怖いという意識がその人にはあって、糸が完全に切れたとき自殺となるということなのだろうか。であれば、自傷行為は自殺へのシグナルを発している可能性がある。
 そういう意味で自傷行為をとらえるなら、何とかできないものだろうかとやっぱり思う。自傷行為がこころの病から発しているものなら、まずはその治療が先決となる。この本を読んでいると、こころの病を病んでいる人や自傷行為に走る人は「私」の存在をなくしてしまっている人のように思える。だけどそう簡単に「私」の存在はなくなるものではなかろう。勝手にそう思いこんでいるだけであって、その人にはその人を大切に思う人が必ずいるものだと思いたい。なぜなら人間はきっと一人では生きていけるものではないから、必ずどこかで人間関係がつながっているはずだ。そういう人たちの気持ちを無にして、自分だけが苦しいから、自分の身体を傷つける、あるいは自殺するなど、とんでもないと思う。偉そうなことは言いたくないけれど、あなたの身体やこころはあなただけのもんじゃないですよと言いたい気持がある。ここでも生きることは大変なことなんだなと思った。


評価
★★


書誌
書名:リストカット―自傷行為をのりこえる
著者:林 直樹
ISBN:9784062879125 (4062879123)
出版社:講談社 (2007-10-20出版) 講談社現代新書
版型:190p 18×11cm
販売価:735円(税込) (本体価:700円)

2008年05月17日

藤原正彦著『決定版 この国のけじめ』

2008_05_17_01.jpg


 歳をとってくると、世の中のことに何かと文句をつけたくなるのか知らないが、“何かおかしい”あるいは“それは違うんじゃないか”と感じることが多くなってきている。おそらくそうした感情が生まれる背景には、私自身がこれまで生きてきた年月やその中で経験したことが今の世の中の出来事とずれてきているからそう感じるのだろう。いいとか悪いとかそういう問題ではなく、価値観に違和感を覚えるのが今日この頃なのだ。
 しかしちょっと前まではそんなことは感じなかったし、アメリカ式小泉改革を支持していたところがあった。能力のあるものはそれなりの報酬を得るのは当たり前だと思っていたし、できる者ができない者に足を引っ張られることはおかしいと考えていた。また支払うものを支払わないで、自己主張するやつはとんでもないと思っていた。もちろん今でも基本的にはこの考えに変わりはない。が、最近はそれだけでいいのだろうかと思うことが多くなってきたのはなぜなんだろうと思うのだ。ただ単に歳をとったからだけでは自分の中で説明できなくなってきているところがある。
 特に小泉首相が唱えてきた「構造改革」は間違いじゃなかったのかと、最近思うようになってきた。確かに不具合は修正しないとならないだろうけれど、改革という名の下で、それまで日本に存在していた文化、伝統、道徳、倫理を壊し、グロバールスタンダードということで市場原理主義に走ったことは、果たして正解だったのだろうかと思うようになっている。この点藤原さんは、くどいくらい市場原理主義が日本という国家をだめにし、国としての品格のない国家を生んでしまったことを主張している。
 戦後、日本はアメリカの言いなりになって、アメリカ式民主主義を取り入れた。そして戦後の復興を成し遂げ、成長してきた。その間はまだマシだったかも知れない。まだ日本的情緒は残されていた。けれど、バブルで踊らされ、それがはじけると、長い不況となる。国民も経済界もこれに苛立ち、何とかしようとするところに小泉さんが出てきた。
 小泉さんは構造改革という名の下で、「官から民へ」「中央から地方へ」「小さな国家」という構造改革を始めた。つまりできる限り市場原理主義に任せ、国の規制を緩和し、極端なことを言えば、国家という枠を取っ払い、自由にやらせようとした。そのことが逆に日本という国を愛する気持を希薄にし、国歌の君が代さえ歌わない状態を生む。そういう人がどうして靖国神社参拝にこだわるのか不思議といえば不思議なのだが、とにかく自由ということなら君が代を歌う歌わないは個人の自由だろうということになる。けれど、少なくとも生徒がそう判断したならともかく、それを学校の先生が言っちゃまずい。国を大切に思わなくなったら、自分の今いるところも意味がなくなる訳だし、自分たちが根なし草になってしまう。そうなったときどこに自分たちのアイデンティテーを求めるのだろうか?すべては個人の理性とやらに絶大な信頼を置いて判断することになるのだろうが、それって、そんなに確固としたものなのだろうか。さらにそうしたことは自分さえよければそれでいいということになりかねないし、事実そうなってはいないだろうか?
 「改革」という言葉の響きはいい。日本人は特にそういう言葉に踊らされやすいところがあるものだから余計である。今騒がれている「後期高齢者医療制度」だって、小泉時代に言われたものだ。それを実際施行されれば「老人は死ねということか!」と文句を言う。私たちは小泉さんを「純ちゃん」といってもてはやしたんだから、文句を言える筋合いのものじゃない。藤原さんはこの本で、「民主主義は国民の総意に基づいて物事を決めていくのだから、その国民に判断力がないと衆愚政治となる」といっているが、まさしくその通りで、私たちが馬鹿なマスコミが垂れ流す情報に踊らされ、考えることしなかっただけのことである。

 さて、藤原さんがその市場原理主義というものがいかに日本をダメにしたのか、その主張を書いてみたい。たとえば株式である。日本の会社は従業員の愛社精神で存続していたところがある。従業員が自分のいる会社で一所懸命汗水流して働いてきたから、日本は成長してきた。会社もそうした従業員の気持に応えるために終身雇用制度、年功序列を維持してきた。もちろんこの制度がいつまでもそのまま維持できるとは私も思わないが、市場原理主義の下では会社は株主のものになってしまう。だからどうしても株主の期待するキャピタルゲイン生まなければならない。そのため経済が衰退しつつある現在、利益はそう生まないから、成果主義、リストラと経営者は走りざるを得なくなってしまった。
 本来会社は従業員のためにあったはずなのに、いつの間にか株主のためにあるようになってしまった。それを藤原さんは「市場原理主義とは論理が情緒の上位に立つというものである。情緒を徹底的に排斥し論理を徹底的に貫くというものである。だから従業員の情緒を無視したうえで会社は株主中心となる。経営者社員の間に情緒はなくなり、そこにあるのは単に雇用関係という論理だけだから、論理さえ整えば自由にリストラする。そうして利益を株主に配分する」と分析する。
 このため働きたくても正規社員として働けないし、いつリストラされるかもわからないので、会社に勤めたい若者が激減するのは当たり前の状態になる。
 このような利益の出し方は対処療法であって、このまま市場原理主義を貫き、リストラや非正規社員やパート・アルバイトの依存は失業者やニートを増やす。しいては消費の減退(当たり前だ。収入がないだから)税収不足となり、経済の衰退を招く。実際今の日本はそうなっている。そして個人の収入減は、気持の余裕さえもなくし、ぎすぎすしてくる。そもそも市場原理主義は競争社会だから、勝つか負けるかになるわけで、いつも目くじら立てて競っていなければならない状態になる。その結果勝者は一人だけれど、敗者は九人といった状態を生み出し、格差が広がる一方となる。それはアメリカを見れば歴然としており、上位1パーセントの人が国富の半分を占める状況になり、一方では極端な貧困層を形成する。アメリカは弁護士数が人口当たり日本の二十倍、精神カウンセラーが同じく六十倍という世界である。戦いとストレスの世界である。効率のよい世界かも知れぬが、もはや平穏な心で微笑んでいられるようなところではなくなる。敗者はやけにもなる。最近の日本の世情の物騒なことや、自殺者が絶えないことなどはここに原因がある。
 さらにすべての国民は消費者であるという消費者至上主義に陥り、消費者のためなら何でもありという状況を生み出す。たとえば食品など国産より輸入品の方が安いから、そうした方が消費者は喜ぶ。その結果日本の農業は壊滅に瀕し、自給率が四十パーセント切ることになる。毒入り餃子ではじめて、そうしたことを知ってあわてる始末である。戦争でもあったらこの自給率では国が維持できないこと知るべきで、高くても、無駄でも、日本で生産することを国を挙げて真剣に考えないととんでもないことになる。それに農業が廃れば、日本の自然だって崩壊する。
 そして市場原理主義は経済分野だけではなく、あらゆる面で影響を及ぼす。それを藤原さんは「市場原理主義は共産主義にも似て、単なる経済上の教義ではなく、経済の枠を越え、あらゆる面に影響を及ぼすイデオロギーである」と言い、「市場原理主義は経済だけなく、不効率ということで、人類が築いてきた文化、伝統、道徳、倫理を壊し、人々がそれぞれの土地で穏やかな気持で暮らすことを困難にさせている。市場原理主義は人類を不幸にする」と言い切る。
 こうなってくると修正なしのアメリカ式民主主義、あるいは市場原理主義の単純な導入は、日本という国を経済だけでなく文化も崩壊させるかもしれない。もちろんだからといって武道精神の「武士は食わねど高楊枝」だけでは生きてはいけない。やせ我慢には限界があるはずだ。しかし国家として日本を存続するには、経済もしっかりしなければならない。それと同時に日本人である以上、日本が本来もっていた文化や伝統、あるいは習慣など維持し、自分たちが日本人であることの誇りを持たさなければならない。
 経済のグローバル化のためだといって小学校から英語を教えるのも、日本がアメリカの51番目の州ならともかく、自分たちの国のことをおろそかにして英語教育はないだろうとは思う。それに仮に英語がぺらぺらしゃべれても、話す内容に中身がなければ、相手にされないはずだ。英語は意思の伝達手段と認識すべきだ。藤原さんは「人間には主軸が必要である。これがしっかりしていないと、精神は根なし草の如く頼りないものになる。この主軸を獲得するには、母国語の完全習得とそれに支えられた豊かな読書を通して、文化・教養を吸収することが不可欠である。これは並大抵のことではなく、小学校くらいまで全時間の半分くらい国語に費し、その後も読書などに励まねば覚束ない。
 日本人として育てるなら、小学校で外国語を導入するのは愚かである」というのは正論であろう。まずはそこからスタートしなければいけないような気が私もする。


評価
★★★


書誌
書名:決定版 この国のけじめ
著者:藤原 正彦
ISBN:9784167749019 (4167749017)
出版社:文藝春秋 (2008-04-10出版) 文春文庫
版型:346p 15cm(A6)
販売価:559円(税込) (本体価:533円)

2008年04月04日

秦建日子著『推理小説』

2008_04_04_01.jpg


 この本のことを書くと間違いなくネタバレになるので、以下読まれる方は、ご了承を願います。
 
 『推理小説』という小説がまずあって、一方その話に沿って連続殺人事件が起こる。つまり『推理小説』の著者が連続殺人の犯人であることなる。ただこの本は『推理小説』という小説の内容の記述と、それと同じ内容の殺人事件が同時に展開され、交錯し、少々読みづらい部分がある。

 殺人事件が起こるたびに、『推理小説』の原稿が出版社や警察に送られてくる。小説の内容が殺人事件と同じなので当然注目され、話題を呼ぶこととなる。『推理小説』の著者はこの原稿を買い取れと注文してくる。
 ところでこの本の著者である秦さんは、『推理小説』の著者が以前に出版社に原稿を投稿したが、編集者に「展開がアンフェア」、「動機にリアリティがない」と言われ、その原稿はボツとなった経緯のある人物と設定している。ということは、『推理小説』の著者が犯人である以上、連続殺人の犯人は、以前原稿をボツにされた人物ということになる。では本当にその人物が犯人なのか。たぶんそれはないだろうと予想できた。それじゃあまりにも安易すぎる。
 殺人事件が起こっても、マスコミや興味本位で事件を眺める大衆は、事件が他人事であるが故に、正義や人間性を白々しく掲げられる。それが自分自身に関係のないことだけに、冷静に語れるのだ。そしてそれがいかにアンフェアであるか。しかしそれが現実である。リアリティなのだ。
 『推理小説』の本当の著者は、それを証明しようとした。ここまでくればそれを証明しようとした人物は、「展開がアンフェア」、「動機にリアリティがない」と言った人物となる。そしてその人物が『推理小説』を書いたことになる。

 刑事雪平夏見は地道な捜査方法で、犯人を特定するが、なぜ彼が犯人なのか、そう確信する過程は一切書かれていない。ただ、誰が『推理小説』を書いたのか?疑わしき登場人物を一人ずつ消去していくと、読む側は犯人に行きつく。そういう設定だけ。従ってこの本自体も「展開がアンフェア」である。「動機にリアリティがない」とまではいかないけれど、はっきりとしない。かろうじて雪平夏見と編集者の人物像がこの本の救っている。そして事件が劇場型なので、テレビドラマにしやすい感じがする。そういえばこの著者の経歴を見ると劇作家、演出家、シナリオライターとあるから、こんな感じになったのだろう。
 謎解きがしたかったのか、それとも刑事雪平夏見を売り出したかったのか、その点がはっきりしない。やるならもう少しスマートに、かっこよく(あるいは泥臭く)やって欲しかったなぁと思った。


評価
★★
 

書誌
書名:推理小説
著者:秦 建日子
ISBN:9784309407760 (4309407765)
出版社:河出書房新社 (2005-12-30出版) 河出文庫
版型:317p 15cm(A6)
販売価:619円(税込) (本体価:590円)

2008年03月29日

長谷川博隆著『シーザー』

2008_03_29_01.jpg


 先日買ってきたこの本を読む。買うときは何か面白そうというのと、100円という安さ、それに昔懐かしい箱入りの旺文社文庫ということで買ったわけだが、読んでみたら意外と面白かった。
 私は古代ローマ史はある意味門外漢なので、シーザーという人物がどういう人物だったのか詳しく知らなかった。でもこの本を読んで、英雄も案外泥臭く、そして当然というか、結構したたかであったんだなと知らされた。「サイは投げられた」とか、「来た、見た、勝った」、「ブルータス、お前もか」とかいう歴史的名文句を残している。ほかにもシーザーの名文句はあるようだが、著者が言うように「シーザーはたしかに軍人であり、政治家であった。しかしそれだけではなかったのだ。シーザーは第一級の文章家だったのである」

 でも、シーザーが生きた時代がどんな時代で、またシーザーがその中でどう生きてきたかを考える場合、やはりなぜ、シーザーは殺されなきゃならなかったのか。それを考えるとよくわかりそうである。まずは「ブルータス、お前もか」と、シーザーの暗殺の立役者であったブルータスがどういう人間であったかみればその一端が見えてくる。


2008_03_29_02.jpg


 ブルータスは、カトーの甥であり、カトーを模範として生きていこうとしていた。ここに出てくるカトーとはあのハンニバルの時に出てきたカトーの曾孫にあたる。ひいおじいちゃんのカトーと区別するため小カトーと歴史上呼ばれる。ひいおじいちゃんのカトーもポエニ戦争の時カルタゴを滅ぼさなきゃならないと、結構過激な発言をし、元老院で大きな顔をしていたが、曾孫のカトーも保守的で元老院でなんだかんだといってシーザーのやることなすこと横やりを入れていた。まぁローマの共和制のドンといったところかもしれない。ドンだけあって、結構過激で、最後まで反シーザーの立場を貫き、シーザーの残党狩り開始の報を受けて割腹し、後に自らの内臓を掴み取っての自殺という壮烈な方法で自決した。 新渡戸稲造が欧米人に日本の切腹を説明する時、カトーを例にしたという。
 まぁカトーのことはどうでもいい。ブルータスである。なぜシーザーはブルータスに目をかけていたかである。一説にはブルータスの母親セルウィリアとシーザーが恋仲で、ブルータスはシーザーとセルウィリアの子だという噂もあったらしいが(これがでたらめな話だそうだ)、保守的で、共和制支持者のブルータスを自分の腹心に加えることが、シーザー自身の共和制ローマの伝統を尊重するというイメージアップにつながるからであった。
 シーザーは、もうローマは共和制ではやっていけないことがわかっていたが、過激にそれを否定できない時代でもあった。いわば過渡期であった。だからシーザー自身がやろうとしている「一人支配」をいきなりできないため、保守派のブルータスを自分達のなかに組み入れ、宥和政策をとらざるを得なかったのである。いってみればシーザーの生きた時代はまだシーザーのやりたいことがそのまま受け入れられない時代でもあった。だからいつでもシーザーは保守派に気を使い、駆け引きをし、物的約束をし、人心掌握に努めざるを得なかった。そのためには借金までして金をばらまくのである。
 シーザーが生きた時代は、ローマにとってその支配方法の転換期だった。都市国家だったローマがローマ帝国として拡大していく中で、その政治方法である元老院を中心とした共和政にほころびが見え始めていた。つまり都市国家が領土国家に変換するにあたり、共和制では国家の運営が難しくなってくる。領土が拡大すればするほど、一人の絶対的権力を持った支配者が統治していかなければやっていけない。シーザーはそれを知っていた。しかしそれはいきなりやってしまえば、当然反感を買う。だからまずはシーザーとポンペイウス、クラッススと組んで三頭政治を始める。しかしクラッススが戦死し、この三頭政治は崩壊し、ポンペイウスとシーザーの戦いに突入し、シーザーが勝利する。しかしまだシーザーの一人支配はローマでは受け入れられなかった。それがブルータスらのシーザー暗殺とつながっていった。
 時代の流れは、共和制ではもうローマを運営できないことは事実で、シーザーはこれからのローマの政治体制がどうあるべきか、そのレールを引いたことになる。その後カエサル暗殺後の動乱の中、二回三頭政治がオクタビアヌスとアントニウスとレピドゥスによって行われた。そしてシーザーの姉ユリアの孫、シーザーの養子で相続人であるオクタビアヌスが初代ローマ皇帝となり、ローマは帝政に移行する。

 と、ここまでの記述はシーザーが偉大な政治家で英雄であるという前提で書いている。ただ一方でこの本を読んでいると、案外私利私欲で動いていたんじゃないかと思えるところもある。つまりやり方結構きわどい。まぁ、いつの時代においても政治はきれいなもんじゃないから、そんなもんだといってしまえばそれまでなのだが、ルビコン川を渡ったのも保身のためとも言えなくもない。もっともやらなきゃやられるという時代だったことも事実ではあるが・・・。
 ただ、著者が興味深いことを書いている。「少なくとも、シーザーの偉大さは、内政的・党派的なさまざまの葛藤の中にとじこもらない視野の広さにあったことはだれも否定しないであろう。シーザーの政治活動の対象となってきたのは、ただ単なる『都市ローマ』ではなく、もっと広い世界であった」と。つまりシーザーは「世界帝国の理想」を持っていたのではないかということである。なぜそうした理想を持つようになったかといえば、それはガリアなど長いことローマ以外の土地で暮らしたことによって、それまでのローマ支配者とは違った考えを持つようになっていったからだ。その理想の実現のために、金のばらまき、寛恕政策、宥和政策していったのだろうと著者はいう。たぶんそうなのだろう。いい意味でも、悪い意味でも歴史上の人物の二面性がうまく表されていて、この本は面白かった。


評価
★★★


書誌
書名:シーザー-古代ローマの英雄-
著者:長谷川 博隆
ISBN:
出版社:旺文社 (1967-01-20出版) 旺文社文庫
版型:264p 15cm(A6)
販売価:入手不可。ただし講談社学術文庫で同じものがあり

2008年02月13日

松谷健二著『カルタゴ興亡史』と長谷川博隆著『ハンニバル』

2008_02_13_01.jpg


2008_02_13_02.jpg


 “カルタゴ”に興味を持った。
 古代地中海世界に通商国家として栄えたにもかかわらず、自分たちで自分たちのことを一切残さず、あの古代ローマ帝国を一時は恐怖におとしめたにもかかわらず、かえってそのことがローマに完全に抹殺される理由になった国、ローマを一生恨み続けた男、ハンニバル・・・。ちょっと面白くありませんか?で、入門書みたいなものを探していたら、この二冊がいいかなということで、アマゾンで注文し、読んでみたわけである。
 『カルタゴ興亡史』はいわゆるカルタゴの通史であり、もう一冊の『ハンニバル』はカルタゴといえばハンニバルというわけで、ハンニバルにスポット当てて、彼が歩んだ歴史をつづっている。
 今回はこの二冊をまとめて書いてみたい。
 といっても、カルタゴっ何って言われそうな感じがするし、何で今頃カルタゴなのと言われそうな気がする。事の発端は、先に読んだ阿刀田高志さん『海の挽歌』の影響による。あの本を読んで、もう少しカルタゴのことを知りたいと思ったのだ。それでこの二冊を読んでいて愕然としたのは、私の中でいわゆるヘレニズム文化が抜け落ちていることであった。たとえば地中海の地図である。私の中でローマのあるイタリア半島からいきなり小アジアになってしまい、そこから北アフリカと続く世界になっていたのである。つまり、ギリシア、マケドニア地域がなかったのである。今回この本にある地図を眺めていて、またカルタゴという国の歴史を知るにあたり、改めて、認識をした次第である。

2008_02_13_03.jpg


 さてそのカルタゴの歴史である。カルタゴは今のチュニジアに位置し、いわゆるフェニキア人の植民地であった。チュニス市街から北東約二十キロあたりがフェニキア語で“新しい町”を意味する旧カルタゴで、今はカルタゴ本来の遺跡はない。すべてローマによって破壊され、自然の地形である商港と軍港の跡がわかるだけであるという。『カルタゴ興亡史』の著者はかつてカルタゴがあった土地に立って、「その遺跡がないという事実にはなにか鬼気せまるものがある」という。
 フェニキア人は元々は今のレバノンあたりに住んでいた民族であり、場所柄、エジプトと小アジア、メソポタミアから地中海に至る終点に当たるため、交易が盛んな地域であった。特にレバノン杉はエジプトに持って行けば高く売れた。そしてカルタゴの富を作ったのは、前四世紀半ばから東方への穀物その他食糧の輸出が増えた結果だろうとされる。中心都市はチェロスである。
 カルタゴの建国伝説が面白い。チェロスの王ピュグマリオンの妹エリッサは大司祭で大富豪で、叔父であるアケルバスを夫としていた。しかしピュグマリオンはアケルバスの勢いと、財宝に目がくらみ彼を殺してしまった。怒ったエリッサは船を仕立て、財宝を積んで亡命する。長い後悔の末たどり着いたのがアフリカに一角で、伝説では原住民に一枚の牛の皮を示し、これが覆うだけの土地を譲って欲しいと頼む。原住民はそれくらいならおやすい御用と承知するが、エリッサは皮を細く切り刻み帯として広大な土地を手に入れたという。
 エリッサは土地の首長に言い寄られ悩み、自殺遂げたというが、ローマの詩人ウェルギリウスはトロヤの王子でローマの建国の祖とされているアエネアスが彼女を愛人としたという。アエネアスは神の命ずるがまま、ローマに赴くが、それに絶望したエリッサは火に身を投じた。(ここではエリッサはディドーという名になっている)
 まあとにかくカルタゴは海洋国家であり、商業をメインとして成り立っていた国家であった。そのためギリシア人やローマ人に比べてカルタゴ人は非政治的であった。さらに彼らには、特別な場合を除き軍事義務がなかった(軍隊はほとんどが傭兵であった)ことが、市民としての連帯感や相互扶助意識の欠如を生んだようである。
 カルタゴで最も崇められた神様はバール・ハモンと女神のタニトという神で、ちなみにハンニバルは「バールのお気に入り」という意味だそうだ。子供などいけにえ捧げる野蛮なところも持ち合わせていた。 地中海の地図を眺めていると、カルタゴは故郷小アジアとスペインの中間地点にあたり、ここは重要な地点であっただろうなということがわかる。そしてそのすぐ先にあるシシリー島もヨーロッパと北アフリカの中間地にあるので、ギリシアもローマもカルタゴと覇権争いせざるを得ないことがわかる。カルタゴといえばローマと戦争(ポエニ戦争)していたことばかり記憶にあるのだが、それ以前にギリシアとも長いことこのシチリアを巡り戦争をしていた。だからこの『カルタゴ興亡史』の前半はギリシアとの争いにだいぶ記述がさかれている。
 そしてカルタゴといえばハンニバルとなる。しかしこの二冊の本を読んでいて、いったいハンニバルは何を考えていたんだろうと思ってしまった。確かに第一次ポエニ戦争の敗北で、海軍の使用で失敗したこと。そして大海軍と大陸軍をともに養うのは財政的に不可能なことから、思い切って伝統の海軍を捨てて、歩兵と騎兵に重点を置きイタリアへ攻め込むには陸路を取るしかない。ローマに勝つためにはその本拠地イタリアで潰すしかないという認識に基づく計画で、わざわざアルプスを越えてローマに入り込んだのはわからない訳じゃないが、どう考えても無謀としかいいようのない作戦であったと思うのだ。確かに局部戦ではいわゆる奇襲作戦が成功しているし、ハンニバルの作戦が功を奏した部分もあるけれど、短期決戦ならともかく、戦いが長期化すればするほど、ローマ領内で戦いをすれば不利になることは明らかである。しかも相手はローマである。しっかりしたバックボーンを持っている。たとえ一時ハンニバルに敗れてもすぐ体制を立て直せる力は充分持ち合わせているのである。そしてそのようになっていく。
 『ハンニバル』の著者はハンニバルは、ローマをぶちのめすことなど考えておらず、イタリアの占領すら考えていなかった。これまでの作戦は、交渉のため有利な条件を獲得するためのものであったという。ならば少しでもカルタゴのために有利になったとき、ローマと交渉にはいればよかったはずである。たとえばカンナエの戦いで快勝したときでもよかったはずである。しかしハンニバルは全くそうした交渉をローマとしていない。もっともローマもカルタゴとそう簡単に交渉に臨むとは思えないが、ただそうしたチャンスはあったはずである。それをイタリアでローマに征服された原住民たちの反旗を待っているだけじゃ、やっぱり話にならない。結局じり貧になって、カルタゴ本国がローマの攻撃にあうようになり、本国から呼び戻され、帰って行く。
 第二次ポエニ戦争もカルタゴはローマに負けた。以後ハンニバルは政治家としてカルタゴで手腕を振るう。ローマへの賠償金を支払いため、財政改革を断行していく。そんなハンニバルはローマにとって脅威であり、ローマはハンニバルを引き渡せと要求することになり、ハンニバルはカルタゴから亡命することとなる。しかしこの二冊の本を読んでいる限り、ハンニバルはローマへの復讐を忘れていない。チャンスがあればマケドニア、あるいはシリアの国々と手を組み、ローマへの復讐を企んでいく。だから私はハンニバルはカルタゴのために戦争をしたのではなく、あくまでも自分の意地でローマと戦ったんじゃないかなんて思えてしまう。
 最後は毒杯をあおり、自殺する。そのときハンニバルは「老人の死を待っていても、なかなか叶えそうもないようだな。このあたりでローマを永遠の不安から解放してやるか」といったともいう。
 ローマは第三次ポエニ戦争で、スキピオ・アエミリアヌスはカルタゴ本土に火を放した。カルタゴは粘土壁にタールをしみこませていたため可燃性が高かく、火はそのあと10日以上も消えなかったという。金銀祭具をすべて押収し、住民を奴隷として売り払う。廃墟を鋤でならし、畦に塩まき、人も住めないようにした上に、作物も出来ないようにした。


評価
★★★


書誌
書名:カルタゴ興亡史
著者:松谷 健二
ISBN:9784122040472 (4122040477)
出版社:中央公論新社 (2002-06-25出版) 中公文庫BIBLIO
版型:253p 15cm(A6)
販売価:899円(税込) (本体価:857円)


書誌
書名:ハンニバル―地中海世界の覇権をかけて
著者:長谷川 博隆
ISBN:9784061597204 (4061597205)
出版社:講談社 (2005-08-10出版) 講談社学術文庫
版型:253p 15cm(A6)
販売価:924円(税込) (本体価:880円)

2007年12月03日

日垣隆著『そして殺人者は野に放たれる』

2007_12_03_01.jpg


 この本は刑法39条による悪法がいかに犯罪者を野放しにしているかを、実際あった事件やその判決から語っている。あとがきによると著者の弟さんも理不尽に殺され、またお兄さんも長いこと精神分裂病あったことから、被害遺族として、また身内に精神障害者いることで、この刑法39条の理不尽さと取り組むことになったという。
 刑法39条とは1.心神喪失者の行為は、罰しない。2.心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。というものである。詳しいことは知らないが、この本を読む限り、この三九条は明治に刑法が制定されたときからそのまま残っているようである。
 心神喪失というのは、犯行時における是非弁別を全くできない場合をいい、心身喪失ではないが充分な弁別ができない状態にある場合を心神耗弱(しんしんこうじゃく)というらしい。
 そしてわれわれは最近の凶悪犯罪の裁判でこれが乱発されていることに憤りを感じているはずだ。日本という国は加害者を一所懸命守るけれども、その被害者の救済にはほとんど手がつけられていない状態だといってもいい。ちなみにこの本によると「この年(1996年)、日本全体で加害者には総計46億円の国選弁護報酬と食料費+医療費+被服費に300億円も国が支出した。対照的に、被害者には遺族給付金と障害給付金を合計して5億7000万円しか払われていない」という。しかも加害者が精神障害もしくは責任能力がないと思われたら、その時点で加害者の名前は伏せられ、被害者の名前が大々的にマスコミで報じられる。
 この刑法39条があるおかげで、犯罪者は訳のわからないことをつぶやけば精神的に問題があるのではないかということになり、お得意の「精神鑑定」が行われる。その鑑定で異常があると言われれば、無罪、あるいは刑が軽減されることとなる。従って「何度もの刑事被告人体験なのかで、『ほとんど記憶がない』『異常な泥酔状態にあった』『覚醒剤を打っていた』ことが、罪科の加重ではなく、逆に日本では無罪や刑減軽の理由になると知った者たちが、この“救済”法を重大事件に際して思い浮かべるのは、むしろ自然なこと」になる。いわゆる詐病である。裁判でこの通りいって、刑が軽減された被告人が「ニヤっと笑った」という記述がこの本にはある。
 著者によると、「思慮分別のない犯罪を、日本の刑法は心神喪失と読んで特別扱いをしてきた。欧米では、ただ精神異常と呼んでいる。この国では心神喪失があまりにも安易に乱発され、不起訴または無罪放免となる殺人者だけで毎年百数十人にも達する。犠牲者数は、無論これより多い」という。
 著者は精神鑑定が害悪で、時間の無駄と断罪するが、その理由を次のようにあげる。

1.精神鑑定は必ず刑を減ずる。または事件そのものがなかったことにする方向で作用する。日本裁判史上、精神鑑定により刑罰が加重された事例は一つもないということ。

2.精神鑑定が惹起されるような事件は、そうでないものに比べて、その異常性において異彩を放っている。精神鑑定を「やむをえないこと」とする発想は、より凄惨かつ不可解な事件を「なかったこと」として闇に葬り去る役割を果たしてきた。

3.事件の深層は精神鑑定がなすべき務めではなく、刑事裁判全体が果たすべき任務。

4.精神鑑定は科学的検証に全く耐ええない。結論は専門家によって異なる。あるいは学派によってあらかじめ決められている。精神鑑定は科学ではなく、証拠でもなく、事件が起きた過去の一時点における精神状態を推理することにほかならないこと。

5.従ってというか、精神鑑定をしても「結局わからない」のが本音なのだが、それをわからないとは書けない。あるいは医師である以上病者の味方であり、いかに治療し、助けてあげられるかというイデオロギー的観点から精神鑑定を引き受けている者もいる。さらに精神分裂病は病気であり、病人に刑罰を課すことは意味がなく、それよりも治療を行うべきという考えに基づく。しかし日本には精神障害者を処遇する施設は一つもなく、結果的に「野放し」を常態化させることになる。また39条が廃止されると、多数の凶悪犯罪を無罪化する“弁護士のお仕事”がなくなるから、日弁連も強行に反対していること。

6.精神鑑定が推測に基づく意見にすぎないにもかかわらず(参考にはなるとしても)、これを責任能力鑑定として検察庁または裁判所が真に受け、または鑑定書を言い逃れの担保として、心神喪失的事件の8割不起訴、2割が裁判で心神耗弱が認められて刑の軽減が図られる不条理さがあること。

7.仮に精神鑑定や刑法39条を是とするなら、「①故意に、みずから精神の障害を招いて罪となるべき事実を生ぜしめた者には、前条の規定を適用しない。②過失により、みずから精神の障害を招いて罪となるべき事実を生ぜしめた者についても、前項と同じである」という条文を至急追加すべきであること。(順不同)

 以上のことから刑法39条は廃止しても、「《罪を犯す意思がない行為は、罰しない》(刑法38条)および《犯罪の情状に酌量すべきものがあるとき、その刑を減軽することができる》(刑法66条)があれば必要かつ充分なのである」と言う。その上で「何人も、故意に基づく凶悪犯罪に対して、責任と刑罰を免れるべきではない。傷害や死亡事件が明らかに病のみを原因とする過失であるならば、まさに過失犯(刑法209条、210条)として裁けばよい。裁判に耐えられないほどの重篤な病に罹患している被告に限って、現行どおり強制入院を命じれば足りる」と言い切る。
 そもそもこの世の凶悪犯罪で正常な犯罪など存在するはずがない。それに素朴な疑問として重篤な精神病患者はそれなりの病院や施設に入所しているはずだ。巷で事件や事故など起こしようもない。あった場合はそれこそ監督責任を問えばいい。
 問題は軽度の精神病患者や刑法39条を盾にとって神病患者を演じる奴や覚醒剤常習者、飲酒などによる異常性を発揮する場合も、この刑法39条が適用されることの方が問題である。
 ところで司法試験には「原因において自由な行為」というのがあるらしい。要するに飲酒やシンナーなどは自らの意思によって為した行為であり、たとえそれが犯罪を結果したとしても、その「原因」となった行動を為すか為さないかは「自由」に選べたはずだから、したがって免責すべきでないという理論である。私はこれは正論だと思う。それにたとえば飲酒運転で死亡事故を起こした場合、有無も言わさず危険運転致死傷罪で逮捕するのだから、同様の理由で覚醒剤、飲酒で精神的におかしくなっていたとしても、それを打ったり、飲んだりするのは自由意思であって、その後精神的におかしくなっていたとしても、それはその結果だから、そのとき正常な判断がつかない状態だったとしても、問題外である。むしろ罪を加重すべきことであろう。
 そうあるべきなのに、「被告弁護側が心神喪失(異常)を、検察側が完全責任能力(正常)を主張し、裁判所その中間(心神耗弱)をとる、という実に安易で退廃的な判決が頻出する。正常と異常のあいだが心神耗弱なら、ほとんどすべての凶悪犯罪はその罪を減じられることにならざるをえない」ことになる。裁判って落としどころを探しているもんじゃないだろう。中間地点が心神耗弱なんて、いかに馬鹿げた法的屁理屈であるか!
 それに責任能力のない者を裁くことが人権無視というなら、事件や犯罪者をないものにしてしまって、無罪にする方が人権無視ではないかと思うのだ。だって「あなたは正常じゃないのだから」と公にしているのだし、そもそも事件がなかったことにされたら被害者の人権だって無視していることになるはずだ。
 著者の言うとおり、「刑法39条1項は、即刻廃止するのが人道的である」。それでなくても現在精神鑑定の乱発(日本では年間650件以上!)というのだから、余計である。


評価
★★★


書誌
書名:そして殺人者は野に放たれる
著者:日垣 隆
ISBN:9784104648016 (4104648019)
出版社:新潮社 (2003-12-20出版)
版型:253p 19cm(B6)
販売価:1,470円(税込) (本体価:1,400円)

2007年07月04日

半藤一利著『続・漱石先生ぞな、もし』

2007_07_04_01.jpg


 また半藤さんの本に戻る。話はちょっとずれるが、たまたまついていたテレビを眺めていたら、ショコタンが出ていて、「ギザカワユス」、「ギガントうまい」なんて訳のわからん日本語を使っている。ショコタン語というらしい。要するに彼女が作ったニホンゴなのだそうだ。彼女のブログでは頻繁に使われているらしい。私が「彼女の作ったニホンゴ」とカタカナにしたのは、日本語じゃないからで、ただ単におぞましく感じるからである。こんな言葉を共有するやつは正直馬鹿じゃないかとさえ思っている。
 司馬遼太郎さんが現代の日本語文をみんなが使えるようにしたのは夏目漱石だと言っていた。つまり口語と文語を一致させた文章を普及させたのは漱石だというのだ。それを半藤さんは司馬さん言葉を次のように引用する。

「明治元年以後の日本語の文章がいつ成熟したのか。私は夏目漱石で、最初の成熟を見たと思います。この成熟というのは、一つの文章で日米貿易摩擦について社説を書くこともできれば、自分の恋愛感情を小説にすることもできる、つまり多目的に使えるという意味の文章ですが、それを明治四十年前後に漱石がつくったと思っています」

 つまり漱石は誰でも参加できる文章日本語として小説を書いたというのである。そのためにはそれまでなかった言葉を苦労して造る。たとえば「不可能」、「反射」、「無意識」、「経済」、「価値」、「電力」、「評価」、「自由行動」、「生活難」、「正当防衛」「世界観」など、漱石の作品に見られる当時の新語を半藤さんは羅列していく。もちろんそれは漱石だけじゃなかっただろう。明治の文人はヨーロッパから輸入される言葉を日本語に当てはめる場合、それに該当する言葉がないことが多かったに違いない。だから新しい日本語を造らなければならなかったはずだ。半藤さんは「いま日本語の乱れを嘆く声はすこぶる多い。たしかに、明治の漱石・鴎外時代のきちんとした意味のある言葉を造る苦労も知らないで、勝手気儘に使いながらどんどん正確さから遠退いていく。新しい言葉を流行にまかせてポンポンとこしらえ、さっさと捨てていく。ワープロなどハード面の長足な発達で、言霊としての文字への怖れを失い、文章は日を追って機械的に味気なくなっていく。まこと昔の日本人の建設の苦労や守成のつらさを知らず、いまのわれわれは言葉を消耗品のごとくしてしまっている」という。まさにショコタン語なる馬鹿な言葉がそれにあたると思うのだ。言葉には当然はやり廃りがあると思うが、言葉をファッションのように造りだし、趣味や嗜好を同じくする人間だけの間使っているならともかく、いい気になってどこでも使う無神経さに無性に腹がたつ。言葉は言霊なのだ。

 さて、前作同様漱石のトリビアが続く。私の方も前回と同様にへぇ~と思ったことを書く。
 漱石の収入はどんなものだったのだろうか?つまり印税収入はどれくらいあったのだろうかということである。半藤さんの義父の松岡譲の計算によると、その死まで売れた部数は十万冊前後だという。えっ!そんなもんしか売れてないのと思ったけれど、どうやらそんなものらしい。そこからさらに計算すると漱石が生前受け取った印税は二万五千円程度で、これを今の相場に直すと、八千八百二十万円弱になり、月額六十六万円八千円になるという。これじゃ有名人で門下生が多かった漱石の生活は厳しかったようである。
 ところで今岩波書店から出ている文庫のカバーや以前出版された漱石全集の表紙に使われている朱地に文字が浮き出た模様がある。この模様を見れば、あっ漱石の作品だなとすぐわかるほど目立つものだ。これは漱石自らデザインをしたものらしい。その経緯が書かれていた。
 岩波書店の創業者岩波茂雄が漱石の『こころ』を出版させてほしい頼みに来た。それまで漱石の作品は春陽堂か大倉書店で出版されていたのだが、漱石は簡単に了承した。岩波書店は創業時は古籍商、すなわち古本屋さんであった。この申し出のあと岩波茂雄は「資金がありません。ついては(『こころ』の)出版費用もかしていただきたい」と言って、それも漱石は了承したのである。
 ここで半藤さんは推理する。『こころ』が自費出版に近い形の出版となれば費用は抑えないとならないと漱石は考え、「装幀の事は今まで専門家にばかり依頼していたのだが、今度はふとした動機から自分で遣って見る気になって、箱、表紙、見返し、扉および奥附の模様および題字、朱印、検印ともに、ことごとく自分で考案して自分で描いた」と『こころ』の序で書いている。それがあの朱地に文字が浮き出た模様である。あの独特な表紙のデザインがこうして生まれたことを初めて知った。

 日本近代史の通史などを読んでいると、時たま漱石の文明批評が引用されるのをたびたび読む。読むたびに結構鋭いなぁと思っていた。結構冷めた目で当時の日本の現実を見ていると思うのだ。今回もいくつか引用されている。
「吾人は自由を欲して自由を得た。自由を得た結果、不自由を感じて困っている」

「文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性を踏みつけようとする」

「ことごとく切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから、揃って神経衰弱になっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿だから、自分の事と、自分の今日の、ただ今の事よりほかに、何も考えやしない。考えられない程疲労しているんだから仕方がない」

 これが明治時代に言われたことだと知らなければ、今でも通用しそうである。やっぱり漱石は読みたいな。


評価
★★


書誌
書名:続・漱石先生ぞな、もし
著者:半藤 一利
ISBN:9784167483050 (416748305X)
出版社:文芸春秋 (1996-12-10出版) 文春文庫
版型:324p 15cm(A6)
販売価:479円(税込) (本体価:457円)

☆品切れ(重版未定)の為、入手不能のようである。

2007年06月28日

半藤一利著『漱石先生ぞな、もし』

2007_06_28_01.jpg


 先日本棚の整理をしていて、日記を処分していたら、領収書が出てきた。岩波の漱石全集全巻を当時三和図書大山さんを通じて、古本屋さんで買ってもらったものである。私は漱石が好きで、何度か岩波から全集が出版されるたびに、買おうかどうか迷い、結局買わずにいた。でも当時欲しくなって、大山さんに相談し、大山さんのコネで手に入れた。全17巻を4万円で購入した。たぶん今ならもっと安く手にはいるだろう。

閑話休題
 そういえば後藤君はまだ私のこのブログにつきあってくれているだろうか?後藤君は天金版の漱石全集を買っていたよね。あの本かっこよかった。いつも取り置きしてある漱石全集をうらやましく見ていました。きっとゆったりした気分で読まれているんだろうなぁなんて思っているのですが・・・。もしかしたらそのときの気持ちがいつまでも私の中に残っていて、漱石の全集が欲しいなんて思っていたんじゃないかなんて思うのです。ちなみに私のは通常の漱石全集です。

 漱石の作品はそれなりに読んでいるが、きちんと読んでみたいと思っていたのでこの全集を買った。買った当初2巻までは読んだ。どうしてその先を読まなかったか?挫折したといってしまえばそうなのだが、でもいつもその先を読んでみたいとは思ってはいた。もう少し歳をとったらじっくりと腰を据えて読みたいと思っていたのだ。(なんか言い訳がましいが・・・)
 で、あれから年月もたち、そろそろ続きを読んでみようかなんて、最近思ってはいるが、これに手を出してしまうと、かかりっきりになってしまうので、今は雑学程度に漱石のことを仕入れようと思い、この本を読んでみた。
 読んでいて知ったのだが、半藤さんは漱石の孫に当たる人だったのだ。ネットで調べてみると、半藤さんの奥様は作家の松岡譲さんの四女で、お母様の筆子さんが漱石の長女なんだそうだ。そんな関係で、半藤さんしか知り得ない夏目家の事情が、漱石の作品を通して語られる。読んでいてへぇ~と思ったことをいくつか書き出す。
 まずは「漱石」というペンネームの由来である。漱石の本名は夏目金之助である。半藤さんによると、正岡子規の『七草集』を金之助が読んで、その批評を「漱石」の号を使って書いたのが初めてだという。しかもこの「漱石」という号は元々は子規が使っていたものをもらい受けたものらしい。この「漱石」というペンネームを「俗な号」といっては気に入らなかったらしいが、かといって変えるの面倒だったらしくそのまま使っていたという。
 その「俗な号」の出所は、中国の『蒙求』という書にある故事にあるらしい。それによると、秀才誉れ高い孫楚という男が隠遁を決意し、親友の王済に心境を語るとき、俗世間を離れて自然に親しむという意の「枕石漱流」という言葉を間違えて、「漱石枕流」と言ってしまった。王済はカラカラ笑って、「流れに枕することはできぬ、石で口を漱(すす)ぐことはできぬ。そんなことじゃ隠遁なんて無理だ」と言い放ったという。馬鹿にされた孫楚は「流れに枕するのは耳を洗うためであり、石に漱ぐのは歯を磨くためだ」と屁理屈をつけて反論した。そこから「漱石枕流」はへそ曲がりで負けず嫌いという意味のことわざに用いられるようになった。子規は「漱石」という号をそこから取り、金之助は自分がつむじ曲がりで負け惜しみが強かった自分自身を反省の意味を込めて、子規からこの号をもらい受けたのではないかと半藤さんは推察している。
 さらに面白いと思ったのは、漱石の神経衰弱は有名な話だけれど、漱石が神経衰弱になったのは、徴兵制を回避するために、自分の籍を北海道に移した(送籍)したことによるという丸谷才一さんの文章を引用する。
 漱石は自分は北海道に送籍したことで徴兵制を回避したが(当時北海道は人口が極めて少なかったので、北海道の住民はこの徴兵制の埒外に置かれていた)、そうでなかった者は、その後起こった日清戦争で兵隊に取られ、戦死していった現実を知って、自分は卑怯者だという自責の念にかられ、自分を責め、それがきっかけで神経衰弱になったか、こじらせたのではないかと丸谷さんはいうのである。
 半藤さんはこの送籍が金之助を苦しめ、『吾輩は猫である』を執筆したときに、子規からもらい受けた「漱石」を送籍と引っかけて、使い始めたのではないかと推察している。なぜならそもそも『吾輩は猫である』という作品は、猫を使って人間の馬鹿さ加減を茶化しているわけだから、ちょうどよかったわけだというのである。(もちろんこのことは半藤さんも仮説もいいところだけれどと断っている)でも面白い話だ。
 ところで漱石はロンドン留学でノイローゼになったというのが有名だが、その情報源は当時の文部省だったらしい。もともと官費での留学だったから、1年に1回研究報告書を提出しなければならなかった。漱石はもちろん勉強に励んではいたが、だいたい言葉や風俗習慣が違う異国にあって1年やそこらでまとまるような研究はロクなもんじゃないと思い、無視していた。しかし矢のような催促のため漱石は白紙のまま報告書を送ったのである。
 これを受け取ったお役人は仰天した。まさか五高の夏目金之助教授がそんなことをするわけがない。正気を失ったのではあるまいかということで、すぐ保護して帰国させるべしというのが真相らしい。
 もちろんロンドンでは支給される費用が少なくてかなり苦労していたらしく、「当地にては金のないのと病気になるのが一番心細く候。病気は帰朝まで謝絶するつもりなれど金のなきには閉口いたし候」と手紙に書いている。まして日本とはまったく生活習慣も違う、ノイローゼにちかい症状になって仕方があるまい。
 その『吾輩は猫である』の猫のことだが、実際漱石の家では猫を飼っていたらしい。野良猫が迷い込んできたもので、家人に悪さをしでかしていた。あるとき夏目家に来るあんまが「この猫は福の神です」というものだから占いの好きな漱石夫人の鏡子さんが飼う気になったらしい。小説の猫は1年足らずで作者に溺死させられたけれど、本物の猫の方は長生きしたという。漱石はこの猫が死んだとき知人に次のような手紙を書いている。
「辱知猫儀久々病気の処、療養不相叶、昨夜いつの間にか、うらの物置のヘッツイの上にて逝去致候。埋葬の儀は車屋にたのみ、箱詰にて裏の庭先にて執行仕候。但、主人『三四郎』執筆につき、御会葬には及び不申候。以上。九月十四日」
 この通知を受け取った寺田寅彦は日記に「夏目先生より猫病死の報あり。見舞の端書したたむ」と書いてあるという。明治の大らかさに、思わず笑ってしまった。
 しかしこうして漱石の作品や手紙などを通して明治という時代を見ると面白いものがある。司馬遼太郎さんのいう『坂の上の雲』を目指して懸命に登りつめてきた時代は、新旧混沌としていて、様々な矛盾を抱えていた時代だったんだなと感じる。だからこそ面白いのだが・・・。近いうちに漱石の作品を読んでみようかなぁと思った。


評価
★★


書誌
書名:漱石先生ぞな、もし
著者:半藤 一利
ISBN:9784167483043 (4167483041)
出版社:文芸春秋 (1996-03-10出版) 文春文庫
版型:302p 15cm(A6)
販売価:499円(税込) (本体価:476円)

2007年04月01日

トマス・ハリス著『ハンニバル・ライジング』 下巻

2007_04_01_01.jpg


 えっ、なんでハンニバルの本に日本人や日本の古典が出てくるんだ!これは著者による「御神輿本」かと思った。
 ふと、フォーサイスの『ハイディング・プレイス』を思い出す。この本はフォーサイスが日本を舞台にして書かれた本だが、読んでいてなんかおかしいと感じる本であった。うわさではこれはフォーサイスが書いた本じゃないというのがあるらしい。(出版社がフジテレビ出版という。たぶんフジテレビが出資していた出版社なんだろう。フジテレビといえば例の「あるある」のねつ造問題があったが、もしかしたらこの本もねつ造だったかもしれない?)
 とにかく、外国小説に日本文化や日本人が出てくると、どうしても洋画で日本人が出てくる時のように、不自然な感じがしてしまうのである。
 さて、日本人の紫がハンニバル・レクターの叔父ロベルト・レクターの夫人として登場するのに驚きつつ、この本を読む。

 

ネタバレ注意


 この本はどうしてハンニバル・レクターが怪物ハンニバル・レクターになったか、その原因をエピソードとして、少年期の悲劇から解き明かす。
 リトアニアにあるレクター城(ハンニバル一族は貴族であった)でハンニバル・レクターたちは優雅に暮らしていたが、ヒットラーのソ連侵攻(バルバロッサ作戦)に巻き込まれる。ハンニバルは、父、母、家庭教師のヤコフ先生を失い、妹のミーシャと二人きりなる。そこへ対独協力者、俗に"ヒヴィ"と呼ばれるグルータスらに捕まる。彼らは腹をすかせていた。そして自分たちが生きるために妹のミーシャを食べた。そこでハンニバルの精神は壊れた。
 戦争が終わり、叔父のロベルト・レクターにひきとられたハンニバルは紫夫人とともに青年期を過ごす。
 しかしミーシャの復讐は忘れない。あのときの記憶が恐怖で凍り付いたままであるハンニバルは薬を使ってまでも思い出そうとし、ミーシャを喰らった奴らの顔を思い出す。後半はハンニバルによるマンハントである。
 復讐劇を行うハンニバルをパリの警視庁警視ポピールは言う。
「ハンニバルという少年は、1945年、雪の中で妹を救おうしたときに、死んだのだ。妹ミーシャと共に、彼の心も死んだ。じゃあ、いまの彼はいったい何者か?それを形容すべき言葉は、いまは何もない。便宜上、われわれは彼のことを"怪物"と呼ぶことにしよう」
 そしてグルータスを追い詰めたとき、衝撃の事実をグルータスから聞かされる。あのときハンニバルも妹の肉が混ざったスープを喰らったことを。
 訳者で解説者である高見浩さんはハンニバルがハンニバルである人肉嗜好の問題がここに生まれるという。


評価
★★★


書誌
書名:ハンニバル・ライジング  下巻
著者:トマス・ハリス;高見浩
ISBN:9784102167076 (4102167072)
出版社:新潮社 2007/04出版
版型:16cm 261p 新潮文庫
販売価:539円(税込) (本体価:514円)

2007年03月30日

トマス・ハリス著『ハンニバル・ライジング』 上巻

2007_03_30_01.jpg


 ハンニバルは琵琶を奏でながら待っていた。太刀で精肉業者のポール・モマンの下腹部X字に切り裂き、首を落とした。13歳の時である。む~ん、さすがハンニバル・レクター!
 詳しい感想は下巻を読んでから書こうと思う。
 

書誌
書名:ハンニバル・ライジング 上巻
著者:トマス・ハリス;高見浩訳
ISBN:9784102167069 (4102167064)
出版社:新潮社 2007/04出版 新潮文庫
版型:16cm 246p
販売価539円(税込) (本体価:514円)

2007年01月17日

林總著『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』

2007_01_17_01.jpg


 この本(ダイヤモンド社刊)は、社長であった父親が急逝し、その娘で父親が経営するアパレル会社のデザイナーであった由紀が株主総会の決議で社長になってしまったところから始まる。当然由紀は会社の経営も会計も分からない。(このあたりはかなり無理があるが・・・)その上引き継いだ会社は借金漬けで、銀行も社長が代わったことで、融資を打ち切り、回収を急ぐ事態となった。

 そんな会社を由紀と同じマンションに住み、大学で会計を教えている安曇に力を借りて何とか立て直そうと由紀はする。安曇はコンサルタント及び会計のレクチャーをを由紀にする条件として、レクチャーは月に一回、美味しい食事をしながらすること、そして教えたことは必ずその月に実行することを条件にして、引き受ける。
 この美味しい食事をしながらというのがミソで、ある時は寿司屋で、またある時は高級フレンチのお店で、または場末の餃子屋で、そこのお店で出される料理を堪能しながら、食材やそのお店の性格をテーマしながら、会計と何かを安曇は由紀に会計や経営をレクチャーしていく。
 たとえば、寿司屋ではコハダと大トロではどちらが儲かるかという質問を由紀にする。大トロは仕入値が高く、いつも手に入るわけではないので、市場にあれば多めに仕入れる。しかもすべて売り切れるまでに1カ月かかるとする。一方コハダは仕入値が安く、新鮮さが売り物だから、その日に売り切れる量を仕入れをするとする。
 細かい計算はあるのだけど、大トロは完売するのに1カ月かかるわけだし、コハダは毎日完売する。しかも仕入れ値も売価も安いから大量に出るはずだ。となれば、在庫として留まっている時間が大トロと違い、ない。すべてその日に現金化する。しかもコハダの方が大トロよりも多く利益が出るのである。このことから、在庫の持ち方、リードタイムの短縮が極めて重要な課題であることを示唆するのである。
 またこの本の書名にもなっている餃子屋と高級フレンチのお店ではどちらが儲かるのかも、それぞれのお店に行って、限界利益(売上-材料費)と固定費の関係から、お店の特徴を説明していく。限界利益は高級フレンチのお店の方が餃子屋と比べて、圧倒的に高くても、お店の維持費が高級感を演出するため固定費が高い。そのため損益分岐点が高くなる。このバランスでどちらが儲かるのかを説明していくのである。そしてまずは会社はこの損益分岐点を目指すことが最低条件であることをレクチャーしていく。

 こんな感じでこの本は、グルメと会計をうまく結びつけて、会計の入門書を面白くしている。その上で決算書の読み方を安曇は由紀に教え、会社の経営状況をそこから読み取れるようにさせていくのである。その結果、経理部長の不正さえ見抜けるようになっていく。
 安曇は面白いことを言っている。会社が重視する利益とは、「売上と費用の差額概念で、利益は計算の結果であって、手にとって確かめることができない」と。
 更に「真実を表現した決算書はこの世には存在しない。決算書が伝える情報には、会社の主観が織り込まれている。その主観によって利益は変動する」というのだ。だから「会計は自然科学のように絶対的な真理を追求するものではない。ルールの上に立った相対的な真実を追求するものなのだ」とする。そのルールも会社が選択する会計ルールがいくつか用意されており、その選択は会社の意思で行うことができる。要は選択したルールが継続して適用されることによって、それが正しくなるというのだ。
 こうして「描き出された結果(決算書)は、会社の実態の正確な写像ではなく、要約された近似値にならざるを得ない」とする。それでも「会計は非常に重要だ。しかし会計数値は事実ではない。事実を把握するとっかかりと考えるべきだ。つまり、会計数値で異常を見つけたら、そこを突破口にするのだ。現場に行き、関係者の話しを聞き、とことん原因を突き止める。そうすれば、自ずと真実が見えてくる。改善の手だても見えてくる」と会計を手段として、いかに使うかを説くのである。


評価
★★★

書誌
書名:餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?―読むだけで「経営に必要な会計センス」が身につく本!
著者:林 總
ISBN:9784478470886 (447847088X)
出版社:ダイヤモンド社 (2006-09-28出版)
版型:225p 19cm(B6)
販売価:1,575円(税込) (本体価:1,500円)

2007年01月05日

東野圭吾著『使命と魂のリミット 』

2007_01_05_01.jpg


 正月用に買った本(新潮社刊)である。従って肩のこらないものを選んだつもりである。で、確かにさらりと読め、しかも悪くはなかったとは思うが、最後はやはり物足りなさを感じてしまったのはなぜだろうか?なんか妙にヒューマニズムにあふれた終わり方が、そう思わせたのだろうか?
 せっかく病院をパニックに陥れる大胆な設定を作り上げ、そんなパニックの中手術が行われ、緊迫感を演出したのに、最後に犯人の良心に訴えかけることで事件を解決しようとしたのはもったいない感じがする。だから最後は妙に甘い感じになってしまっている。その点は残念であった。でも、ちょっとしたサスペンスのご希望の方にはおすすめかも・・・。

評価
★★★

書誌
書名:使命と魂のリミット
著者:東野 圭吾
ISBN:9784103031710 (4103031719)
出版社:新潮社 (2006-12-05出版)
版型:376p 19cm(B6)
販売価:1,680円(税込) (本体価:1,600円)

2006年10月28日

アンリ・ピレンヌ著『ヨーロッパ世界の誕生』

2006_10_28_01.jpg


 前回司馬遼太郎さんの『街道をゆく』を読んでいて、ヨーロッパ世界にイスラムの影響がかなり残っていることを知った。
 このイスラムの影響を知って、アンリ・ピレンヌのことを思い出したので、ピレンヌの本を取り出してみた。この本、大学時代卒論で資料として使ったのだが、あくまでも必要な箇所を抜き出して使っただけであった。そのため全部を読んだ訳じゃなかった。で、作品として全体を味わってみようと思い、読むことのにしたのだ。
 この本はいわゆるあの「ピレンヌ・テーゼ」といわれる、ピレンヌの構想というか学説を表した本である。書名は『ヨーロッパ世界の誕生』(創文社刊)となっているが、原題は『マホメットとシャルルマーニュ』(Mahomet et Charlemagne)である。わざわざ原題を変えて『ヨーロッパ世界の誕生』としたのは、『マホメットとシャルルマーニュ』だと、この二人の人物評と思われかねないところがあるので、この本が言いたいところの『ヨーロッパ世界の誕生』に変えたと訳者のあとがきに書いてある。
 通常われわれは375年にゲルマン民族大移動が始まり、その過程で476年に西ローマ帝国が滅亡し、この時点でローマ世界に句点が打たれ、次の時代中世の記述が始まると教わってきている。あるいはローマがあった地中海世界から、北方に歴史の舞台が移ったように思ってしまう。
 しかし実際はそうではなく、ゲルマン民族の大移動の後、地中海世界とはまったく違った中世世界がすぐ始まったわけじゃないとピレンヌは言うのである。そこでピレンヌはヨーロッパ中世がいつ、どこで始まったのかをマホメットとシャルルマーニュをもってしてその学説を展開するのである。ただ、マホメットとなっているが、正確に言えばイスラムと言った方がいいかもしれない。

 何度も言うように、西暦476年に西ローマ帝国が滅亡する。この後コンスタンティノープルには東ローマ帝国が存続するが、ヨーロッパ世界とは異質の性格を帯びることになるので、通常、ヨーロッパ世界に入れない。教科書では西ローマ帝国が滅亡した時点で、次の時代中世の記述が始まるのである。ゲルマン民族が大移動してきて、ここでローマ世界と断絶し、ゲルマン民族が次の新しい時代を背負うものとして主人公としてくる。さもゲルマン民族がローマ世界を破壊したかのように描いてしまうが、確かに彼らの侵入が破壊や略奪等を生んだことは間違いないようだが、それでも結果的にはゲルマン民族がローマを壊したとはピレンヌは考えないのである。それよりもこの時点では、ゲルマン民族がローマの文化、政治、経済、その他を継承していたとするのである。
 ピレンヌはローマ帝国の最も本質的な特徴を「地中海的性格」と位置づけ、「地中海を母胎として、帝国はきわめて明瞭な形で経済的統一体を形成していた」と見ており、それは経済だけでなく、政治、思想、文化なども地中海が「われらの海」として媒介的な役割を演じていたとしたのである。そしてゲルマン民族がそのローマの「地中海的性格」を破壊したのではなく、むしろ逆に飲み込まれてしまったのである。ピレンヌは言う。「これら蛮族は帝国領内への定着後、ローマ文化を吸収するのと同時に、その性格に固有な英雄的側面を一切失って行ったのだと結論することが出来よう。ローマ世界Romaniaの土壌が蛮族の生命力を吸い取ってしまったのだ」と。
 われわれはゲルマン民族の大移動が、大移動というイメージからが大がかりな感じで受け取ってしまうところがあるように思われる。しかもその移動が歴史上375年に一斉に始まったような教えを受けてきた。しかしその移動は民族総出で行われ、多くのゲルマン人が西方世界来たのではなく、小部族で移動して来ているのである。しかもそれ以前にもうゲルマン民族は徐々にローマ領内に入ってきていたのである。
 ローマ領内に入ってきたゲルマン民族は完成された支配体制を整えておらず、むしろ素朴な家族的な支配関係を維持していた。(ジッペという)そしてローマ領内に入ったとき、ローマの支配方法、ローマの経済体制を受け入れることで、自分たちの存続をはかってきたのであった。それは支配や経済だけでなく、いわゆる文化の面でもローマ世界のものを受け入れていった。従ってピレンヌは西ローマ滅亡後も「ローマ帝国の経済生活の本質はなしていたものとの断絶は起こらなかった」と、資料これでもかというくらい提供し、検証するのである。
 結論において、ピレンヌはゲルマン民族移動後を「昔日の大宮殿が今や賃貸住宅に分割されながらも、建物自体としては存続していたようなものであった」と言い切るのである。
 ということは、逆を言えば、この「地中海的性格」を失ったとき、ヨーロッパは中世世界に移っていくことになる。ではゲルマン民族がこの性格を破壊したのではなければ誰がそれを破壊したのか?それがイスラム教徒であるアラブ人であった。イスラムが地中海沿岸のアフリカ側からイベリア半島に進出してきたことによって、特に「西地中海は回教徒の湖」となってしまい海上商業が消滅してしまったとピレンヌは見るのである。
 イスラム教徒は、「ゲルマン民族がローマ帝国のキリスト教徒に対抗すべき信仰を何ももっていなかったのに反して、アラビア人は新しい信仰(イスラム教)にめざめていた」。このことがローマの「地中海的性格」に飲み込まれず、自分たちを失わず、積極的にこの地域に進出できたのである。
 一方この世界に進出したゲルマン民族は基本的に艦隊を持っていなかった。それはこの後、力をつけてきたフランク族においても同様であったから、イスラムの思うがままこの地域を占領されてしまった。
 イスラムに西地中海を占領されたことによって、この地域の商業は衰退し、商業都市のあったノイストリアが大打撃を受けることとなる。このことはフランクにおいて王国の基盤がノイストリアにあっただけに衰退を招くことにもなった。その結果、貨幣経済の依存度が少ない北方のアウストリアが力を持つこととなる。


2006_10_28_02.jpg


 アウストリアは商業と都市の消滅から影響を受けることがなく、また国王の統治が強く及ばなかった。(ということは、古ゲルマン的要素を強く残していたことになる)そのことは社会生活が完全に大所領を中心に回転していた地域であった。地中海世界にイスラムが進出してきたことによって、ノイストリアがダメになりつつある中、次第にこのアウストリアが優位な地位を持ち始めたのである。このアウストリアの貴族階級の親玉が後のフランク王国においてカロリング王朝を開く、ピピン家であった。


2006_10_28_03.jpg


 ピピン家はフランク王国の前王朝であるメロヴィング王朝に仕える宮宰であったが、メロヴィング王朝の後、カロリング王朝を開き、ここからシャルルマーニュ(カール大帝)が出てくるのである。


2006_10_28_04.jpg
  デューラー作 「カール大帝の皇帝礼服」


 つまり、世俗権力の舞台が、シャルルマーニュが出てくることで、地中海世界からヨーロッパ北方に移ったことになるのである。

 ここで中世のもう一つの柱でであるローマ教会にふれないとならない。西ローマ帝国が滅んでも、ローマ教会はコンスタンティノープルの皇帝(東ローマ皇帝のこと)を主として認めていた。このことはローマに住む教皇は皇帝従属する者であることを意味した。つまりローマ教会はこの時点でまだ東ローマ皇帝に保護される存在であった。
 しかし、ここにもあの教義論争が火種となって東ローマ皇帝との関係がぎくしゃくしていくのである。東ローマ皇帝はローマ教会にキリスト単性論や聖画像破壊を度々押しつけてきた。また、イスラムだけでなく、後発で移動してきたゲルマン民族の一派であるランゴバルト族がイタリアに侵入してきて、保護者である東ローマ皇帝はイタリア及びローマ教会を守ることが出来なかった。それほど東ローマの力が衰えていたのであった。
 ローマ教会側としては、自分たちを守ってくれる勢力であるヨーロッパ北方の世俗権力を頼むしかなかった。
 教皇スティファヌス二世はアルプスを越えて、ピピンを訪ね、ローマの保護を懇願し、ピピンもこれを約束するのである。
 ピピンはランゴバルト族を撃つために遠征するが、その前に教皇は「ピピンの子孫に非ざる者を国王に選ぶことを永久にフランク人に禁じ、この禁令を破る者は破門の罰に処する」と宣言するのである。
 ここに王朝(世俗権力)と教会の首長との間に同盟関係が成立し、更にそれを強固なものにするために、ピピンとその息子のパトリキウス・ロマノルム(patricivs Romanorum)の称号を送ったのである。

 西暦800年を迎えるまでにカール大帝は西欧キリスト教世界のほとんどすべてを把握していた。そのため、ローマ教会はカールと結びつくことで、カールを自分たちの保護者にしたいというもくろみがあるのは、父ピピン同様であった。
 同年のクリスマスの日、ローマ教皇レオ三世はサンピエトロ大聖堂でカール大帝にローマ教皇の帝冠を与えた。いわゆる「カールの戴冠」である。
 しかしこのローマ教会による戴冠は、皇帝をローマに呼び戻すことではないし、まして教皇自ら皇帝の支配下に置かれることを望んだことで行われた訳じゃない。少なくとも教皇は皇帝から独立した地位を求めていた。
 ここではっきりしておかなければならないのは、カールの戴冠をしたのは教皇であり、この時点でカール大帝は単に教会の守護者に任命されたことだけのことであり、「カールの皇帝称号は何ら世俗的な意味あいを持つものでなかった」のである。

 ここからはまったく個人的に思うことで、歴史的根拠はない。ただ素朴な疑問として思うことを書く。
 当時カールはローマ皇帝の称号をローマ教会から与えられても、はたしてそれがどれだけの効力、ないし威力があったのだろうか?カールがローマ皇帝だと教会から認められても、それがヨーロッパに現実的にどれだけの影響を与えることだったのだろうか?単純に考えて、ローマ教皇がキリスト教徒の親玉で聖ペテロの後継者としてヨーロッパ全土に意識されていたのだろうかを考えると、たとえば現在のようなカリスマ性はなかったのではないかと思えるのである。確かにイタリアやローマではローマ教皇のカリスマ性はあったかもしれないが、それ以外の地域にキリスト教が普及してそれほど時間がたっていない。(特にゲルマン人にキリスト教が普及したのはこの時点では極最近のことであった)
 となれば、たとえローマ教皇から皇帝の称号を与えられても、カール大帝には現実的には大した意味をもたなかったのではないかと思うのである。カール大帝の実力は自分の力で勝ち取ったものなのである。そう考えた方が筋が通る。少なくとローマ教皇が当時それほどのカリスマ性があって、そのために力があったのであれば、カール大帝にプラスになっただろうが、ここではそれほどではなかったのではないかと思うのだ。それが証拠にカール大帝は自分がローマ皇帝に戴冠されたことを大したこととは思っていないふしがあるのである。
 ただイスラムの地中海進出は、この地域の不均衡をもたらし、経済、文化、政治を分断し、その結果、この地域がダメになり、経済的、政治的基盤がいやがうえでもヨーロッパ北方に移らざるを得なくなった。そのことがカール大帝を生んだのである。だからピレンヌは「マホメットなくしてはカール大帝の出現は考えられない」と言い切るのである。そしてローマ教会は彼を利用しただけのことであった。つまりそれほどローマ教会の力を過大評価してはならないのではないかと思う。
 教会はカール大帝の力を借りて、自分たちの道を歩き始めただけのことなのであろう。そしてそのことはヨーロッパ中世世界が誕生したことを意味する。

2006年09月17日

半藤一利著『昭和史』戦後篇

2006_09_17_01.jpg


 前回の続きである。話しはいきなり始まっちゃうのだが、半藤さんは平和の兆しが見え始め、昭和26年サンフランシスコ講和条約が結ばれ、翌27年平和条約が発効された頃でも「戦争から占領時代にかけての依然として消えない”傷跡 ”のようなものが、社会の至る所に残っていました。見れども見えず、まあできるだけ見えないようにしていても、ちゃんとあったのです」と言う。この文章を読んでふと思い出したことがあるので、それを書きたい。

 子供の頃よく浅草に連れて行ってもらった。仲見世通りを通って、浅草寺の境内に入り、その横にある花やしきで遊んだ。その浅草寺の境内に片足のない傷痍軍人が松葉杖をついて、アコーディオンを弾き、物乞いをしていたのを思い出したのである。子供の頃は戦争で足を戦争で失い、生活に困っていて、物乞いをしていると純粋に思っていた。でもなんだかものすごく怖く感じて、そこを通るのが嫌であった。
 後で何かで読んだのか、それとも誰かから聞いたのか覚えていないが、その傷痍軍人は片足がないのではなく、ないように見せていたのだと聞いたことがある。つまり、膝から先を折り曲げてひもで縛って、さも片足がないように見せていて、物乞いが終わったらひもをほどいて、足を伸ばしているらしいと。そもそも軍人であったかどうか疑わしいらしい。
 私は「もはや戦後ではない」という言われた昭和31年生まれだが、私が見たこの光景は昭和30年代後半のことだった。今にして思えば、その光景が半藤さんいう”傷跡 ”だったのではないかと思ったりする。

 ところでこの本(平凡社刊)を読んでいて、戦争が終わり、ただでさえもののない時代に、復員兵が日本にあふれ、食うに困る時代の様子が書かれている。
 そういえば、開高健さんの自伝小説『青い月曜日』(下の写真は昭和44年初版のもの。単行本は多分絶版だと思う。文春文庫で読めるんじゃないかな)には戦争中、特に戦後の食糧難のことがすさまじい感じで描かれている。長くなるけどちょっと引用してみる。


2006_09_17_02.jpg


「もう三ヵ月近くなるが、誰も私が昼飯を食べないことに気がついていない。誰にも洩らしたことがないし、気どられたこともない。誰も知らないうちにこっそりと教室をぬけだして水を飲みにいき、なんとなく歩きまわって時間をつぶしてから教室へもどる。誰にもこのことを知られたくなかった。知られまいとして私はひそかに、めだたぬ、必死の工夫をこらしてきた。なにかしらそれははずかしくてならないことだった。貧しいことは私とはまったく関係のないことである。私はよく知っているが、私が昼飯がわりに毎日水を飲まねばならないことと私自身とは何の関係もなかった」

「ひたかくしにかくしつづけたつもりだったが、体から匂いがたつらしかった。ある日、水を飲んでから教室にもどると、机のなかに新聞包みが一個入っていた。なにげなく手をふれると、柔らかく重いものに指がさわった。あけてみなくてもわかった。瞬間、私の体のなかで、とぼしい血が逆流した。髪まで熱くなった。私はたちあがって教室をでた。廊下へでてどこへいこうか迷っていると、誰かが迫ってきた。尾瀬であった。教室の遠くから彼は私の後姿をじっと注視していたもののようであった。
『・・・・お、おれ』ははずかしさに顔を赤くして彼は口ごもり、いま私の机のなかからぬきとってきた新聞包みを持てあますようにして、つぶやいた。
『何もいわんと、とっといてくれよ。な、たのむ。気にせんといてくれ。おれとこはおやじもいて、何とかやっていけるんで、おふくろが今朝持っていけというたんや。大したもんとちゃうねん。たのむよってに、な、とっといてくれよ。お、お、おれ・・・・』
 彼は唇までおちる青ッ洟をすすりすすり、嘆願するようにささやいた。私の手のなかに新聞包みをおしこもうとした。私が力弱くおしのけようとすると、彼は、お、お、おれとどもり、牛のような眼をどろんとにごらせた。生まれてはじめての経験に彼は狼狽し、圧倒されて茫然となっていた。傷ついた、暗い、熱い眼を彼は私からそらすのに苦しんでいた。その眼に私は自分の眼を見たような気がした。
『た、た、たのむ。な』
 彼はパンの包みを私の手のなかへぶざまにおしこみ、逃げるようにして教室へ消えた。鐘がどこかで鳴りだした。熱い汗が霧のように眼にたちこめていた。私はパンの包みをかかえたまま、茫然と、階段をおりていった」

 終戦直後学校が始まっても昼飯の弁当を持っていくことができない開高さんは昼飯の時間になるとそっと抜けだし、水を飲んでお腹をふくらます。それを「トトチャブ」というらしい。
 友人が開高さんが水を飲んでお腹をふくらませていることを知って、パンを渡す。それがこれであった。水を飲んでお腹をふくらませなければならないほど貧乏であったことを恥ずかしく思っていただけに、突然友人からパンを受け取らなければならなくなったとき、どのような反応をしていいのか、ただ茫然自失の状態になってしまう。そしてパンを渡す友人もどのようにパンを渡していいのか分からないだけに、無理矢理手渡すしかなかった。
 この小説は戦後著者がどのように生きてきたか、当時生きることの難しさを教えてくれる。

 さて、こうして国民が食べることをなんとかしなければならない時代であったとき、憲法改正が叫ばれた。私は今まで終戦後憲法改正が平和憲法の公布、主権在民等、国民のためのものだと思っていたけれど、どうも違うようである。それが急がれたのは、天皇の戦争責任を回避するためのもであって、いかにして天皇が東京裁判の法廷に立たないようにするか、GHQはもちろん、国を挙げて取り組んだのが、憲法改正であった。
 前作を読んでいると、天皇の戦争責任はどう考えても免れることができないものであったことが分かるが、天皇に戦争責任を押しつけてしまうと、日本そのものが混乱を極め、GHQはうまく日本を統治できなくなることが分かっていたし、戦後残った政治家も絶対に天皇に戦争責任を問うことはさせたくなかった。敗戦で戦争が終わっても、天皇は別格であったのだ。
 日本はポツダム宣言を受諾する時に、「国体つまり日本の国柄が変更されないことを条件として降伏する」と主張し、それを受け入れた。国体とは、簡単にいえば明治憲法にある天皇の国家統治の大権をいう。つまり、明治憲法の第一条の「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治スル」と、第三条の「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」、第四条の「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」というやつである。
 GHQはいくら何でもこれをこのままにはしておくことはできるはずがない。このままにしておけば天皇の戦争責任までいやがうえにもいってしまうのである。そしてあくまでも天皇の戦争責任は問わないということが前提にあるので、どうしても憲法改正はしなければならなかったのである。

 ところで一方で、戦争責任者は裁かなければならない。それが逮捕、公職追放となった。特に東条英機はぶざまであった。MPに逮捕されそうになると東条はピストルを胸に撃って自殺をはかるが未遂に終わる。本当に死ぬ気なら口にピストルをくわえて撃つか、頭を撃てば確実に死ぬはずなのにそうはしなかった。すぐ米軍手で病院に運ばれ一命を取り留める。東条は「生きて虜囚の辱め受けず」という「戦陣訓」を発令した本人なのだ。当時の日本人はこれを聞いてがっかりしたという。
 近衛文麿にしても、遺書に自分が戦犯に選ばれたのは中傷するやつらがいたからで、あるいは流言蛮語の結果だ。要するに日本人のいやらしさが背後にあるからだといい、自分は裁かれることに堪えられない。国民はいつか冷静さを取り戻せば、自分の志が分かってくれるだろう。だから米軍の判決など受け入れない。神の判決のみ受け入れるといって、服毒自殺をしてしまうのである。
 前作で当時の軍部幹のは無能ぶりが明らかにされたが、その後も無能だけでなく生き方すべてがぶざまであった。こんな奴らが日本を戦争へと導いていったのである。

閑話休題
 松本清張さんの著作に『日本の黒い霧』(これも文春文庫にある)というのがある。これは戦後起こった不可解な事件、たとえば「下山事件」(当時の国鉄総裁であった下山さんが轢死死体で発見された事件)や「三鷹事件」、「松川事件」(これらはあったかなぁよく覚えていないけど・・・。また「帝銀事件」はあったと思う。)とにかく戦後起こった不可解な事件を推理作家として事件を推理したものである。しかしこの本は昔読んだことは読んだのだけど、記憶にあまり残っていない。というのもこれら国鉄関係の怪しい事件(帝銀事件は別)がどうして起こったのかその背景が分かっていないからだ。
 しかし半藤さんのこの本を読んでその事件の背景がよく分かった。戦後経済復興のためには余計な経費(余分な労働者)を削ることを、官民そろって迫られた。(ドッチ・ラインという)公務員も労働者もどんどんクビを切られていく。特に最初に目を付けられたのが国鉄であった。こうなるとGHQのすすめで作られた労働組合は黙っておらず、人員整理の旗頭であった下山総裁が狙われたのではないかというものである。そしてその後に起こる「三鷹事件」、「松川事件」もこうした背景があって起こった事件だったらしい。今頃分かったのだけど、やっぱり歴史的背景をきちんと押さえておかないと、事件や事故だけを取り出してみても、よく分からなくなるいい例かもしれない。

 憲法改正、平和条約締結等、天皇問題は昭和34年あたりで落ち着いた。そしてこの後日本は国家のグランドデザインをアメリカの核の傘下の下に入ることで、「軽武装・経済第一の貿易通商国家」として進んでいく。その中で、平和と民主主義をめぐる政治闘争が始まる。戦後食うことに困り果てていた日本人は、自分たちが生きることが精一杯だった関係で、政治に目を向ける余裕がなかったが、ある程度経済的余裕ができはじめてくると、日本の政治に目を向けるようになっていく。
 そんなとき、A級戦犯で逮捕された岸信介が総理大臣となる。岸は強力な憲法改正・再軍備論者であったので、戦後アメリカから押しつけられた憲法、安保条約をもっと日本の立場がもっと強く出るように変えるべきだという姿勢をとる。つまり、「軽武装・経済第一の貿易通商国家」ではなく、「戦前の大日本帝国の栄光を取り戻すこと」をめざしたのである。
 ところが日本国民は平和はいいもんだと実感し始めた頃であったので、憲法改定は難しいと岸は思い始めた。そこで安保改定をして日本の立場を強く主張しようと乗り出すのである。その主張は、アメリカと日本は対等でなければならないし、基地を貸す以上、アメリカは日本の防衛を義務として本気でやってもらわねば困る。その代わり日本もアメリカに全面協力をするというものであった。ここに日本が再軍備化がクローズアップされていき、平和はいいもんだと思っていた国民はこれを問題視するのである。いわゆる60年安保闘争である。
 しかし条約は批准され、岸はその直後退陣する。安保闘争はこの後急速に終焉し、安保闘争に参加した学生は「デモは終わった、さあ就職だ」、「終わった、終わった、さあ働こう」と彼らが働き蜂になって一所懸命働き出す。そこへ池田勇人が総理大臣となり「所得倍増論」打ち出し、日本人はがむしゃらに働きだし、高度成長時代を生みだしていく。日本は戦後、アメリカの保護の下に「軽武装・経済第一の貿易通商国家」をめざすことをもともと基本姿勢にしていただけに、60年安保闘争は一種の「ガス抜き」だったのだ。そしてその姿勢は現在も大して変わっていないだろう。

 この本はまだ歴史が確定していないという理由で、後17年分残して昭和47年で話を終える。確かに現在に近くなればなるほど話を急いだ感じがしないでもない。2冊で千頁以上の本だったけど、それでも戦前、終戦後の経緯はよく分かった。
 私の話がふらふらしてしまって、まとまりがなくなってしまったが、こういう通史を読んでいると、あぁ~、あれがそうだったんだ!と思うことが多くて、ついつい思い出すままに書いてしまった。私の頭の中にあったバラバラな記憶がこの本を読むことでつながった快感があったことだけでも分かって頂ければいいのだけど・・・。

評価
★★★

2006年09月12日

半藤一利著『昭和史』

2006_09_12_01.jpg

 この本(平凡社刊)も前から気になっていた。自分が昭和に生まれたからかもしれない。でもそれ以上に私は昭和の歴史を知らなすぎる部分がある。それでも、昭和という時代の象徴が「戦争」であることは分かる。では何故日本は昭和の時代に戦争を引き起こしてしまったのだろうか。それを詳しく知りたいと思った。

 半藤さんは次のように言う。「1865年(日清戦争に勝って)国づくりをはじめて1905年(日露戦争に勝って)に完成した、その国を40年後1945年(第二次世界大戦に負ける)にまた滅ぼしてしまう。国をつくるのに40年、国を滅ぼすのに40年、語呂合わせのようですが、そういう結果うんだのです」と。昭和という時代は、明治の人達がつくってきた近代国家を壊した時代であったのだ。
 昭和の不幸は明治に日露戦争に勝って、満州手に入れてしまったところから始まった。その満州経営から日本は国民、政治家、軍人、マスコミがいい気になりすぎたのである。特に国民やマスコミの戦争責任を冷静に考えないといけない。戦争を起こしたのは政治家、軍人なのだから、彼らにその責任をすべて押しつけて、我々国民がのうのうとしているところがあるけれど、少なくと彼らをあおったのはマスコミであり、支持したのは国民であったのだ。
 特に国民の無知ぶりは、それが日本人の国民性によるところが大きいのだろうが、あまりにも自分勝手であった。何も冷静に理解できず、ただ感情に流されて、熱狂してしまったところが、結局不幸な戦争へと自分たちを追い込んでいく。昭和のこの時代、国民全体が集団ヒステリーの状態になってしまったのである。 半藤さんは明治の政治家や軍人が40年かけて国を作ってきたといっているが、結局それは国民性の成熟を作り上げなかったところに問題があったのではないだろうか。当時の指導者たちが、国民は無知だから、せめて自分たちがしっかりして、国民を指導していかなければならないという奢りから、そもそも明治という国はスタートしているのだ。だから国民はいつまでも江戸時代のままであった。いってみればそれが昭和のこの時代にも続いている。いやもしかしたら今でもそうかもしれない。
 それはともかく、そこへ無能で、自分たちのことしか考えない政治家、軍人が、国民の無知を利用して、日本という国を戦争へと追い込んでいくのである。もちろんりっぱな政治家、軍人もいただろう。けれど当時指導部にいた政治家、軍人はひどい人物ばかりであった。こんな奴らに日本を任せていたのだから、戦争が起こって当たり前と思わざるを得ない。

 ところでかねがね不思議に思っていたことがある。こんな無能な政治家や軍人たちに囲まれた昭和天皇はどうしていいように利用されてしまったのだろうと。はっきり言って昭和天皇もぼんくらだったのではないかと思っていた。(というのも私が知っている昭和天皇はあのぼけた感じの天皇しか知らないから余計なのだが)
 でもこの本を読んで天皇がどうして無能な政治家や軍事たちの言いなりになってしまったのか分かった。
 1928年の張作霖爆殺事件で当時の田中義一首相は国際的な信用を保つために容疑者を軍法会議によって厳罰に処すべきと主張したが、陸軍の強い反対にあい果たせなかった。このことが昭和天皇を怒らせ、内閣総辞職となり、混乱を招くこととなる。ここから天皇は政治に口をはさむべきではないということになり、「この事件あって以来、私は内閣の上奏する所のものはたとえ自分が反対の意見を持っていても裁可を与える事に決心した」と昭和天皇に言わせるのである。 ここから物言わぬ天皇、沈黙の天皇が生まれた。つまり内閣が決めたことを無条件で裁可する姿勢をとっていくことになるのである。私たちが知っている「あっ、そう」という姿勢がこのとき出来上がったのかも知れない。
 半藤さんはこの本ではかなり昭和天皇に好意的な態度で接している。昭和天皇は戦況悪化をかなり具体的に把握しているのだけれど、閣議で決めたことを不満や疑問、あるいは反対意見を持っているにもかかわらず、黙認していくのである。結局戦争を終結するにあたり、最後の最後になって「聖断」を下しただけであった。天皇であり、大元帥陛下が何も文句をいわないもんだから、軍部は好き放題の状態で、当然この状況を歓迎するに決まっている。
 そこへもってきて、五・一五事件が起こり、犬養首相が殺害され、斎藤実海軍大将がその後を継いだ。斎藤内閣はもう政党などにかまっていられなくなり「挙国一致内閣」を組閣する。これは政党以外でも国を思う人達を集めて組閣された。ということは、この時点で政党政治の息の根が止められ、軍人の暴力が政治に君臨し始めることになった。
 その後二・二六事件が続き、広田弘毅が首相となる。彼は「軍部大臣現役武官制」を復活した。これは陸軍大臣、海軍大臣が現役軍人しかなれないとしたもので、陸軍や海軍が「ノー」といえば大臣ができない。陸軍大臣や海軍大臣がいなければ組閣ができないので、その時点で内閣は倒壊することになる。従って内閣を潰すも作らないのも軍の思うままになり、政治に介入するための「伝家の宝刀」を軍が握ったことになるのである。
 その上広田弘毅首相はドイツと「防共協定」を簡単に結んでしまった。これが後の「日独伊三国同盟」へとつながっていくことになる。

 実を言うと、広田弘毅首相はこんな政治家だったとは思わなかった。というのも城山三郎さんの『落日燃ゆ』を読んだことがあったので、広田弘毅首相は戦争を回避したかった文官であったと思いこんでいたからだ。だから戦後A級戦犯として断罪されたのを他の軍人たちとはちょっと違う、あるいはA級戦犯ではなかったのではないかと思い続けていた。
 最近靖国問題でA級戦犯合祀の問題で、広田弘毅首相のお孫さんだったと思うが、広田弘毅首相を靖国神社に合祀されることを反対していたという記事を読んだことがあるが、それを読んで「そうだろう」と広田弘毅首相は他のA級戦犯とは違うはずだから思い続けていた。それらはすべて城山三郎さんの『落日燃ゆ』の影響による。
 しかし半藤さんは「城山三郎が小説『落日燃ゆ』で非常に持ち上げたためたいへん立派な人と広田さんは思われているのですが、二・二六事件後の新しい体制を整えるという一番大切なところで広田内閣がやったことは全部、とんでもないことばかりです」と断罪するのである。それがこれであった。思わずこれを読んでそうだったのかと、思い知らされた。一人の作家の作品で、もしかしたらとんでもない間違った歴史を覚えていたのかも知れない。正しい歴史認識を持つことが如何に難しいか分かった。

 とにかくこの後軍部の独走が始まり、日本は戦争へとどんどん進んでいく。しかも軍部にいる人間の能力のなさ、情報収集力のなさ、勝手な思いこみで、日本全体が戦争へと巻きこまれていく。「戦争が終わってしばらくは、日本の死者は合計二百六十万人といわれていましたが、最近の調査では約三百十万人を数えるとされています」と半藤さんは教えてくれる。その上で「何とアホな戦争をしたものか。この長い授業の最後には、この一語のみがあるというほかないのです。ほかの結論はありません」といって、この本を終えるのである。確かにそのようである。

評価
★★★

2006年07月02日

東野圭吾著『予知夢』

2006_07_02_01.jpg


 物理学者の湯川と刑事の草薙のコンビの第二作、『予知夢』(文春文庫)を読む。今回も前作同様5編の短編で連作なのだが、前作と違う点は、今回はマニアックで、非現実的な道具を使った事件ではないこと。もう一点は、一見オカルト的な事件なのだが、謎解きをしてみると、偶然オカルト的な要素を帯びてしまい、解明してみると単純なトリックで、科学的、論理的、現実的に説明できること。
 そのため前作より楽しめた。又トリックもある程度納得できるものなので、これはこれでいいんじゃないかと思う。やっぱり謎解きが謎解きとして楽しめないと、推理小説を読む意味がないではないか。

評価
★★

2006年07月01日

東野圭吾著『探偵ガリレオ』

2006_06_30_01.jpg


 東野さんの『容疑者Xの献身』が面白かったので、その作品に登場する物理学者の湯川と刑事の草薙のコンビの第一作『探偵ガリレオ』(文春文庫)を読んでみた。

 はっきり言ってつまらなかった。

 5編の短編で連作になっているのだが、殺人事件がすべて非現実的なのである。つまり殺し方が、何か特殊な道具を使っておこなわれるからだ。あるいは自然現象がたまたま何らか作用して、特殊な状況を作り出したものなど、本来あり得ないことで殺人事件が起こる。この文庫の解説者は著者が「マニアックでいいから、科学を題材にしたミステリーを書きたいと思っていた」という著者の言葉を紹介しているが、あまりにも特殊過ぎるような気がしてならない。
 やっぱりこの手の推理小説では、できる限り現実的な方がリアル感があっていいし、その方がぞくぞくする。『容疑者Xの献身』ではそうした特殊な道具を使っていなく、うまいアリバイ工作だったので、それを期待したのだが・・・。
 実はもう1冊このシリーズを買ってしまっている。どうやらこれもこの本と同じ感じみたいなので、正直失敗したなぁと今思っている。仕方がないから、次に読む予定だけど、ちょっと気が重い。

評価

2006年06月29日

浜辺祐一著『救命センターからの手紙、再び』ドクター・ファイルⅢ

2006_06_29_01.jpg


 私は浜辺さんのこのシリーズを全部読んでいる。どうして浜辺さんの著作を読むようになったのか分からないけど、一つ言えることは、浜辺さんが都立墨東病院の救命センターに勤務されているのを知ったからかもしれない。墨東病院で昔、死んだ母がお世話になったからだ。
 今回も我々読者に手紙という形で、救命センターでおこることを書きつづっている。(集英社刊)だいたいが若い医者と部長(浜辺さん)のやりとりで話が展開していく。
 どんな立場の人間でも、どんな状況でも、又その後どんな経緯に至ろうが救命という仕事をこなさなければならないのだが、若い医者が世の中の不条理に切れてしまう。
 たとえば「春愁」では、ワゴン車を運転していてガードレールに激突した人が右足がかろうじて皮一枚でつながった状態で運ばれてきた。その足を切り落とさなければならない状態であったが、何とかそれをつないだ。
 退院後しばらくしたらこの人が歩道橋から飛び降り自殺をして、心肺停止の状態で再度救命センターに運ばれ、まもなく死亡する。もしあの時、右足を切り落としていれば、歩道橋をよじ登ることもできなかっただろうにと当直医は言うのであった。

 「疑念」では生後三ヶ月の男の子が心肺停止の状態で再度救命センターに運ばれてきて、やがて死んだ。たぶん乳幼児突然死症候群として診断してもいいのだが、突然死なので警察に連絡すべきかどうか当直医は部長に相談する。当直医は病死として死亡診断書を書こうとするが、それではダメだと部長は言う。当直医は母親が自分の子供を亡くして手のつけられない状態なのに、ここで警察を介入させることはできないと言うのだ。
 しかし部長は言う。このままだと父親は母親を責めるだろうし、母親は自分を、あるいは子守をしていた自分の母親を責めることで心のバランスをとろうとする。あるいは救命センターでの蘇生処置が悪かったのではないかと疑うかもしれない。だから赤ん坊が死んだのは誰の責任でもない。誰にも防ぎようがなかった突発的な病気であったと警察を介入させ、監察医の手を借りるのが一番だというのである。救命センターの通り一遍の心肺蘇生術と薄っぺらな死亡診断書だけでは力不足なのだと言うのだ。人の死に折り合いをつけさせるのはなかなか難しいものだ。

 「納得」はこの本の真骨頂かもしれない。いわゆるインフォームド・コンセプトの問題である。この救命センターに運ばれてくる患者は生死の境にいるが、仮に命が助かっても後で後遺症が残ったり、あるいは植物人間になってしまう場合もある。
 五十八歳の男性が階段から落ち、頭を強く打ってしまった。すぐ手術をしなければ命をもっていかれるが、仮に手術が成功しても植物人間になってしまう可能性が高かった。当直医はそのことを説明した上で、家族に手術をするかどうか決断を迫り、結局家族は手術を望まなかった。そのことを部長に報告するが、部長は異議を唱える。当直医は患者の状態を家族に説明し、家族がその結果手術を望まないということで、インフォームド・コンセプトに基づく同意を得たと考えていた。手術をするかどうか結果を家族に決めてもらう方がフェアだと言う。
 しかし部長は、自分だったら家族に手術するかどうか決めさせるより、さっさと手術室へ連れて行って手術をする。それが医者の決断だ言う。
 だいたい患者を植物人間にするか、天国に行かせるかわずかな時間で家族に決断させることがフェアなのかと言い切る。

 あるいは、「ひょっとすると、家族の中には、納得どころか、父であり夫である人間を自分たちが殺してしまったという、取り返しのつかない思いが頭を擡げてきているかもしれないんだぜ」とも言う。

 「むしろ目の前にいる患者の症状と所見だけを斟酌して、手術をするか否かの決定を下す、そうやって下された決定こそが、家族に覚悟を決めさせ、結果の納得をもたらすのだ」。それこそが救命センターの医者だという看板を背負っていることなるのじゃないかと当直医に言うのである。このあたりは救命センターで働く医師の覚悟がうかがえる。
 回復不可能な状況、あるいは死、これらを家族が納得するのはかなり難しいだろう。まして予想もしないことだけに余計であろう。
 どこかで折り合いをつけるために時には医師を責めたりすることだって最近は多いだろう。この当直医だってそうしたリスクを避けるために、家族にそれを負わせたともいえる。それでもこの部長は救命センターの医師であるなら、まず手術をすることが最優先であり、その結果が植物人間であれば、家族も納得できるはずだというスタンスである。医師は家族に決断を迫るのではなく、最善を尽くすことで、その結果を家族に受け入れさせようとしているように思える。おそらくこの部長はそういうケースをイヤというほど見てきたから、そういうのかもしれない。難しい問題だ。

 「逡巡」ではホームレスの対応、「錯誤」では老人をどう救命センターで扱うべきか、問題を提起している。

評価
★★★

2006年06月28日

東野圭吾著『容疑者Xの献身』

2006_06_28_01.jpg


 いやぁ~、評判通り面白い本であった。
 大学時代その能力を高く評価されたが家庭の事情で大学に残れず、高校の数学の教師となった石神哲哉はアパートの隣に住んでいる花岡靖子・美里親子が元夫で、富樫慎二殺人のアリバイ工作を手伝う。
 数学者である石神が行ったトリックとはどんなものなのか?何故石神は何の関係もない花岡親子の手助けをするのか?石神の大学時代の同窓生でもあった物理学者湯川学がそのトリックに挑む。そのトリックはハッとするものであった。最後は思わずうなってしまった。
 これ以上書くとネタばれになってしまうから、書かないけど、とにかく面白かったので、一気に読んでしまった。
 東野さんの本を読むのは『白夜行』とこれで2作目であるが、偶然かどうか分からないけど、東野さんが描く男はどうも女に利用されてしまう悲しい男である。『白夜行』に描かれた男には救いがなかったような気がするが、今回の本は最後石神に救いがある。最も悲しいものであったが・・・。
 この物理学者湯川学は以前の作品にも登場しているらしく、是非読んでみたいと思った。
 ところでこの『容疑者Xの献身』(文藝春秋刊)の舞台は私が通勤に利用している都営新宿線沿線で、しかも私が住んでいる近くが舞台である。篠崎駅、瑞江駅、一之江駅と近所なのでものすごく親近感があった。又通勤時にその新宿線でこの本を読んでいると、これら駅の名前が出ていると不思議な感じがした。
 もし私が近所の本屋で働いていたらこのことをPOPにして大々的に売りたいと思うが、どういうわけか近所の本屋さんではそんなPOPは見ていない。たぶん知らないのだろう。なんだかもったいない気もするが、所詮地元の本屋の程度なんてそんなものなのかもしれない。
 と、どうでもいいことを書きました。いつものように内容を延々と書いてしまうとネタばれになってしまうので、こんなふうになりました。後は読んで下さい。
 

評価
★★★★ 

2006年06月02日

リリー・フランキー著『東京タワー』

2006_06_02_01.jpg


 この本も気になっていた。まして今年本屋の店員が一番いいといった「本屋大賞」を受賞しただけに、読んでみたかった。

 親戚の家に間借りするほど著者と母親は貧しかったが、けれどこの町で暮らしていた人々、子供は、金がない、仕事がないと悩んでいたかもしれないが、自らを「貧しい」と感じたようにはまるで思えなかったという。
 著者は言う。「東京の大金持ちのような際立った存在がいなければ、あとは団栗の背比べのよなもので、誰もが食うに困っているでもないなら、必要なものだけあれば貧しくは感じない。
 しかし、東京にいると『必要』なものだけしか持っていない者は、貧しい者となる。東京では『必要以上』のものをもって、初めて一般的な庶民であり、『必要過剰』な財を手にして初めて、豊かなる者になる」と。
 なるほどそうなのかもしれない。自分たちと比較する対象が際立っていれば、それは貧しくもなり、妬みにもなる。
 読み進んでみると、この著者はほぼ私と世代的に同世代だろうと感じた。筑豊の炭坑の街で著者は子供の頃を過ごした。

 「蜂の巣を棒で突く。うんこを見つけたら爆竹を仕掛けて、ギリギリまで逃げない。肥溜めに棒を差し込み、その先端に付いたうんこを人んちの洗濯物に付ける。カエルの皮を剥がして肛門に爆竹を。
 最低である。子供は愉快犯だ。モラルよりも、楽しさが勝ってしまう。しかし、完全犯罪を成し遂げる知恵はない。結果、くまん蜂や足長蜂に刺されて何度も病院へ運ばれる。うんこまみれになる。洗濯物の主にグーで本気で殴られる。カエルの夢にうなされる。そうやって、悪いことをするのがどんどん怖くなる」

 そうなのだ。私たち子供の頃は、こうしたいい加減さ、あるいは残酷さをしてきたから、悪いことをすることが怖くなり、してはならないということが潜在的に意識の中に刷り込まれていった。
 言い古されたことかもしれないが、今の子供達はゲームの中で、バーチャルな世界で、そういった悪さや残酷さを行う。そこには痛みなど実際に感じない。負ければリセットしてやり直しのきく世界だけが刷り込まれ、成人になっていく。これではおかしな子供、大人が出てきても不思議じゃない。思うのだけど、こういった残酷さ、悪さ、あるいは危険を子供の頃に、子供なりに実際に体験すべきなのではないかと思うが、どうだろう?

 著者が子供の頃駄菓子屋で売っていたものや飲み物が懐かしかった。ベビーコーラに串刺しのカステラ。クッピーラムネにチロルチョコ。ゴム人形にに指でネバネバやると煙の出る魔法の薬、チクロやサッカリン満載の粉末ジュース、当たりの入っていないクジ、ねぶりクジ。それと米屋から配達されるプラッシーなどなど・・・。よく覚えているなぁと感心しちゃった。

 こうして著者は成長していくが、この著者はオカンの心知らずというか、母親が苦労して働いているのを分かってはいるのにどうしようもなく、大学は留年するは、やっと大学を出ても大した仕事もせずに、家賃を滞納して追い出されるは、サラ金から金は借りるはで、迷惑のかけっぱなしであった。自分でもこの生活がいいとは思っていないのだが、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐると、そういう生活に巻き込まれ、流されていく。

 「当たり前になれると思っていたその『当たり前』が、自分には起こらないことがある。誰にでも起きている『当たり前』。いらないと思っている人にも届けられる。『当たり前』が、自分には叶わないことがある。
 難しいことじゃなかったはずだ。叶わないことじゃなかったはずだ。
 人にとって『当たり前』のことが、自分にとっては『当たり前』ではなくなる。世の中の日常で繰り返される平凡な現象が、自分にとっては『奇蹟』に映る。
 歌手や宇宙飛行士になることより、はるかに遠く感じるその奇蹟。
 子供の頃の夢に破れ、挫折することなんてたいした問題じゃない。単なる職業に馳せた夢なんてものは、たいして美しい想いじゃない。
 でも、大人の想う夢。叶っていいはずの日常の中にある慎ましい夢。子供の時は平凡を毛嫌いしたが、平凡になりうるための大人の夢。かつて当たり前だったことが、当たり前でなくなった時。平凡につまずいた時。
 人は手を合わせて、祈るのだろう」

 「日進月歩、道具は発明され、延命の術は見つかり、私たちは過去の人類からは想像できないような『素敵な生活』をしている。しかし、数千年前の思想家や哲学家が残した言葉、大昔の人間が感じた『感情』や『幸福』に関する言葉や価値は、今でも笑えるくらいに、なんにも変わってはいない。どんな道具を持ち、いかなる環境に囲まれても、ヒトの感じることはずっと同じだ。
 感情の受け皿には、もう可能性はない。だから、人間はこれから先も永遠に潜在する能力を出し切ることができないだろう。
 『幸福』という、ひまわり畑にいるおばけを意識した時から、まだ見ぬ己の能力など一銭の価値もなくなる」
 こうして厭世的になりつつも、いくつになってもオカンの力を借りて生きていく。

 最初はまったく、このぐーたらが何を言ってるんだと思って読んでいたが、そんな人間であっても母親の苦労は身にしみて感じてはいる。自分の父親がちっとも父親らしくなく、ほとんど母と二人で生きてきただけに余計である。それは痛いほど分かっていたことがせめてもの救いである。

 「ボクを育ててくれたのは、オカンひとりなのだから。オトンは面倒を見てくれるけど、ジョン(ジョン・レノンのこと)のように育ててはくれなかった。そのための時間を持ってはくれなかった。口とお金では伝わらない大きなものがある。時間と手足でしか伝えられない大切なことがある。
 オトンの人生は大きく見えるけど、オカンの人生は十八のボクから見ても、小さく見えてしまう。それはボクに自分の人生を切り分けてくれたからなのだ」

 そんなオカンが甲状腺のがんに罹り、一度目は地元で、二度目は東京にいる著者の元に住むようになってから、手術を受ける。二度目手術の後、意識を回復した母親が手鏡を使ってその外の風景であるライトアップされた東京タワーを映して見ている場面がある。
 ふと自分の母親が8時間かかった胃がんの手術を終え、集中治療室でその夜むかえたことを思い出した。タバコが吸いたくなり、灰皿のある喫煙室から、窓の外を見た。この病院は駅から少し奥まったところにあり、近所にはラブホテルが林立する。窓からはラブホテルのけばけばしいネオンの点滅と、ホテルの窓からうっすらと明かりがもれてくるのが見えた。そこでは性の営みをはげんでいる人間達がいて、こちらでは生死をさまよう人間いる。その妙なコントラストに何も言えない感情が私にはあったのを思い出した。
 オカンは甲状腺のがんは何とか手術でき、声帯も無事だったのだが、今度は胃がんである。しかもスキル性の進行胃がん。
 極楽とんぼのオトンも「お母さんのぉ・・・・。今度はだめかもしれんのぉ・・・・。」とつぶやく。

 この時になって改めて思い知る。

 「ぐるぐるぐるぐるぐる。ゴウゴウゴウゴウ。ぐるぐるぐるぐるぐる。ゴウゴウゴウゴウ。
 巨大な竜巻。運命の渦巻。ボクの一番恐れているものが、どんどん勢力を増してこちらに向かってくる」

 「母親に手を引かれている子供が、その母親の身長など気にしたことがないように。
『たわむれに母を背負いてそのあまりの軽さに泣きて三歩歩まず』
石川啄木が目を潤ませて立ち止まったように、誰しもかつて大きかったはずの母親の存在を、小さく感じてしまう瞬間がくる。
 大きくて、柔らかくて、あたたかだったものが、ちっちゃく、かさついて、ひんやり映る時がくる。
 それは、母親が老いたからでも、子供が成長したからでもない。きっとそれは、子供のために愛情を吐き出し続けて、風船がしぼんでしまった女の人の姿なのだ」と。

 オカンのがんは進行が早く、手術はできず、抗ガン剤治療しかできなかった。

 最初は笑いながら、次に呆れながらこの本を読んでいたが、このあたりから私もやばくなってくる。私の母もスキル性の進行胃がんであった。私の場合、所帯を持って、長女も生まれ、これから母親孝行でもしてやろうと思った矢先に、母は死んだ。状況がよく似ている。当時の悲しい想いがよみがえってきて、やるせなくなった。

評価
★★★★★ 

2006年05月08日

藤原正彦著『国家の品格』

2006_05_08_01.jpg

 その昔木村尚三郎さんの歴史の解説本か、エッセイか忘れたが、ドイツのシュバルツバルトの黒い森のことが書かれていたのを思い出した。その森の生命力はものすごく、人間が開墾したその土地を、その森をきちんと管理しないと又呑みこんでいってしまう森なのだと書かれていたと思う。そこから木村さんは人間と自然は「対立」するものというヨーロッパ人思考回路を説明していった。
 この本(新潮新書)でも、自然との「対立」のことが書かれている。欧米人にとって自然は、人類の幸福のため征服すべき対象であったと。
 このことは今考えてみれば、手に負えない人間の傲慢であるけれど、古代や中世の人々にとって自然は驚異のものであっただろうことは想像がつく。けれど自然を敬い、畏怖することより、征服することで、自然を自分のいいなりにさせてしまおうといういう考えが、ヨーロッパにおいて科学が発達した最大の理由だろうと思われる。何故ならいいなりさせるには対象を研究しなければならないからだ。
 そしてそれがあらゆるものに同様な研究対象となり、研究され、その過程を「論理」的に説明していく。さらに、キリスト教の存在が大きい。イエスや神の存在を肯定する壮大な「嘘」を、さも真実かのように論理立てないといけない現実があった。これらのことが、ヨーロッパにおいて、「論理」を科学はもちろん、宗教、文学、美術、政治、経済等々に、応用し、ヨーロッパ文明を作り上げていったと私は思っている。そしてこうして生まれた「論理」的に説明できる文明を揺るぎないものとして、またはグローバルスタンダードとして、世界の国々へ普及させていった。
 日本においても、明治以来、何の疑問も感じないまま、出来上がったその「論理」をそのまま受け入れていった。それが現在まで至っている。
 ところが今、その「論理」が破綻しそうになっていると著者はいう。まずはここで「論理」の危うさを説明する。
 「論理」はそれが本質をついているかどうか判定できない部分があること。次に、「論理」では説明できないけど、非常に重要なことがたくさんあること。そして、「論理」には必ず出発点があり、いくら筋道として論理的であっても、その論理の出発点に誤りがあれば、結果は誤りであること。
 以上のような問題点が「論理」にはある。だから、民主主義、資本主義、市場原理の経済など、ヨーロッパで生まれたこれらの原理がいつまでも、どこでもグローバルスタンダードであり得ないし、それを無理に進めれば様々な問題を生む。
 特に日本において、アメリカナイズされたこれらの「論理」が政府をあげて進めているけれども、そうすることで大きな亀裂が起こってしまっているというのだ。
 確かにそうであろう。著者は言う。国際人の育成のために英語教育を小学校から進める今の教育方針に、あくまでも英語は表現する手段であって、その内容がない状態で国際人なんておかしな話だというのだ。むしろ日本人として日本語教育を徹底することによって、内容の濃い人間を育てる方が先であって、その上で英語教育に進むべきだというのだ。
 日本独特の文化を捨ててまでアメリカナイズされた「論理」を推し進めることによって生まれつつある日本人に苦言を呈している。そういう日本人が増えることによって日本という「国家の品格」を失ってしまっているわけだ。日本という国は武士道に見られる品格があったのに、それが論理的じゃないということで、切り捨ててしまっていいのだろうかともいう。面白い例として「会津藩の教え」を著者はあげている。

一つ、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二つ、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
三つ、虚言を言うことはなりませぬ
四つ、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ
五つ、弱いものをいじめてはなりませぬ
六つ、戸外で物を食べてはなりませぬ
七つ、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ

 この七ヵ条のあと「ならぬことはならぬものです」と結ばれている。著者は七つ目を除いて納得できるものであって、「いけないことはいけない」という論理で説明できない価値観が重要なのだという。こういう価値観で日本人は作られていた。こういう価値観を持った日本人がたくさんいた。そしてそうした日本人が集まって、日本を作り上げ、日本という「国家の品格」を作っていた。これからはこうした価値観、倫理観が見直されていい時代ではないか。それは世界に発信すべき価値を持ったものだという。決して切り捨てていいものではないという。
 さらに、著者は天才はどうした環境で生まれるのか考証する。「天才が輩出するためには、役に立たないものや精神を尊ぶ土壌、美の存在、跪く心などが必要です。市場原理主義は、これらのすべてをずたずたにします」という。これらも「論理」では説明できるものではない。ある意味近代精神というものにも反するが、そうした土壌がしっかり根付いていなければ生まれないものでもあろう。じゃあアメリカはどうなんだという反論が出そうだが、「アメリカはその富と世界一の研究条件に魅せられて流入する、世界の天才秀才たちに支えられているのです。何らかの理由で流入が止まったら、それまでです」と言い切る。

 だいぶ寄り道をしてしまった。又『街道をゆく』に戻ろうと思う。

評価
★★★

2006年05月04日

蓮池透著『奪還』

2006_05_04_01.jpg


 この本は読んでみたいと思っていて、そのままになってしまった。今回新潮文庫で発売されたのを期に、購入し、読んでみる。
 実は私は2つの疑問がこの拉致問題で感じていた。一つは拉致被害者家族のメンバーで事務局長を務めておられる蓮池透さんが弟さんが北朝鮮から無事生還してから最近テレビで見かけないのを不思議に思っていた。それまで頻繁にテレビで見かけていたのに、どうしてなんだろう。ものすごく不謹慎な言い方かもしれないが、弟さんたちが帰ってから、もうお役ご免と手を引かれたのだろうかと思っていたのである。
 しかし、表に出られない苦悩が「文庫版のあとがき」に書かれていた。「つまり、ワーッと(自分たちの家族が帰ってきて)喜んでいると、『自分のところだけ帰ってくればいいのか。まだ横田めぐみちゃんたちが帰ってきてないじゃないか』と言われる。かといって、『めぐみちゃんを帰せ』と表立って運動すれば、『息子が帰ってきたというのに嬉しくないのか』と言われてしまうことがあるのです」と。そのためどういう顔をして街へ出ていいのか分からなくなってしまい、蓮池さんは一時塞ぎ込んでしまったらしい。そしてこのことは、未帰国の家族、帰ってきた家族のどちらにとっても耐え難い。極端なことを言うと、”オール・オア・ナッシング”だったらどれだけ楽だったかと頭をよぎるという。帰ってきた家族も「自分たちだけが帰ってきて忍びない」という苦しい思いをしていたのである。
 そういう事情があったとはつゆ知らず、どうして蓮池さんは表に出てこなくなったのだろうと不思議がっている自分が情けなかった。
 もう一つの疑問は、ある日突然家族がいなくなり、それがどうして北朝鮮に拉致されたと分かったのだろうか。家族が北朝鮮にいるかもしれないと思い始めたきっかけってなんだったのだろうかということなのである。
 それは大韓航空機爆破事件の容疑者金賢姫が韓国当局の取り調べで、自分の教育者が北朝鮮に拉致された「李恩恵」という名の日本人女性だと言ったことから失踪事件が拉致事件へと本格的に変わっていったのだという。なるほどこの事件から拉致問題が本格的になってきたのだ。
 しかし、報道では知っていたが、日本の政治家と役人の無能ぶりは呆れるばかりだ。政治家の中山正暉、自民党本部の前で座り込みをして抗議をしていた家族会に「正門前変な団体がいるけど、あれは何なの」と言った畑恵、「隣国が困っているのに援助せず、心を通わせないで拉致疑惑を始めとする問題が解決するのか」と言った訪朝団幹事長だった野中広務、「朝鮮民主主義人民共和国に対する食料援助は少女拉致疑惑などと切り離して人道的見地から促進すべきだ」と言った土井たか子、「両国間に距離がある状況で拉致問題だけ取り上げても進展しないと思う」と言った村山富市元首相、その他鳩山由紀夫、菅直人、田中真紀子など、無法国家と無能国家の両方に対峙しなければならなかった家族会の人々の苦労を思い知る。
 そして小泉首相の北朝鮮訪問は、外務省の田中均局長を中心とする外務官僚たちの国交正常化への思惑と、北朝鮮側の手持ちのカードを切るタイミングが、たまたま合致したから行われたのであって、蓮池さんの弟さんたちが日本に帰ってくることができたのは、ある意味瓢箪から駒だったと蓮池さんは言う。
 日本の政治家がこれだけ無能で、役人は自分たちの思惑にしか、思い及ばない国だからそう思われても仕方がないかもしれない。
 家族が直接行って交渉できるならそうしたいところであろうが、それができないから国や政治家にお願いしていることをよく理解すべきなのではないかと思う。

評価
★★★

2006年04月07日

ダン・ブラウン著『パズル・パレス』下巻

2006_04_07_01.jpg


 ダン・ブラウンの作品を読んでいると、ほんと時間が経つのを忘れる。話を細かく区切って、いいところで話は終え、この後どうなるんだと思わせつつ、違う場面で話を進める。もちろんここでも、いいところで切り替えられてしまう。こうして、又元に戻って期待を持たせつつ話を進めていく。こんな感じで最後までワクワクしながらページをめくってしまう。
 このパターンはダン・ブラウンの作品全編、基本的に変わらないが、うまいやり方だと思う。

 NSA(国家安全保障局)は全世界のEメールを国家の安全のためという理由で傍受してきた。ところがEメールがNSAに傍受されていると世間に広まり、Eメールを傍受されても読むことができない方法が考えられた。それが公開暗号技術で、このソフトを使って暗号化されたEメールは単に意味のなさないテキストの羅列になってしまう。そしてこれを通常の文章に戻すにはパス・キー(鍵)があれば簡単に戻すことができるが、NSAにあるコンピュータではパス・キーを特定し、暗号化された文章を解読するのに膨大な時間を要するようになってしまった。
 危機感を感じたNSAはスパーコンピュータ「トランスレータ」を開発し、暗号化されたEメールを解読し始める。もちろん世間には「トランスレータ」の存在を隠したが、このEメールの傍受はNSAの内部でも批判が起こり、元NSA暗号解読員であったエイセイ・タカンド(日本人の設定になっているけど、名前に無理がある。そして彼の父親も)は「デジタル・フォートレス」という「トランスレータ」を使っても解読不能のソフトを開発した。
 「デジタル・フォートレス」では解読される文章が絶えず変化するので、たとえパス・キーを特定してもコンピュータは該当する文章が認識できないのだ。しかもネット上で、「デジタル・フォートレス」で暗号化された「デジタル・フォートレス」が公開されいる。もしこの「デジタル・フォートレス」が世界に普及すれば、NSAの「トランスレータ」は無力化する。
 NSAの副長官トレヴァー・ストラスモアは「トランスレータ」のファイアーウォールを解除してまで、「デジタル・フォートレス」を解析させる。

 何故トレヴァー・ストラスモアそうまでして「デジタル・フォートレス」にこだわるのか?「デジタル・フォートレス」の生みの親である元NSA暗号解読員であったエイセイ・タカンドの目的は?、そして「デジタル・フォートレス」の真の正体は?「デジタル・フォートレス」のパス・キーは何か?

 と最後のぎりぎりまでハラハラさせてくれる。これ以上書いちゃうとネタばらしなっちゃうからここでやめます。やっぱりダン・ブラウンは面白い。
 
評価
★★★★

2006年04月05日

ダン・ブラウン著『パズル・パレス』上巻

2006_04_05_01.jpg


 ダン・ブラウンの新刊を読む。新刊といってもこれはどうやら、ダン・ブラウンのデビュー作であることを知る。
 読んでいて、なるほどダン・ブラウンはここからスタートしたんだなと分かった。まだ上巻しか読んでいないので、詳しいことは下巻を読んでから書くことにするけど、ひとつだけ書きたい。
 確か『天使と悪魔』での解説か、あるいは書評か何かで、この作品をトム・クランシーとウンベルト・エーコーを足して2で割った作品と評していたのがあったと思うが、この『パズル・パレス』を読んでいると、元々ダン・ブラウンがトム・クランシー的な作家であったんじゃないかと思えた。ただ、トム・クランシーが軍事テクノロジーや諜報機関に熟知して作品を書き上げ、あの『レットオクトバー』や『今そこにある危機』などを書いたけど、結局そこまでだったから、読者にあきられてしまったような気がする。
 私も最初はすごい!と感心して読んだけど、そればっかに終始してしまった結果、いい加減食傷気味になってしまった。そのため彼のその後の作品は「みんな同じ」という風に映ってしまった。
 多分ダン・ブラウンにしても、この路線でいったら、ここまでであったのではないかと思う。マニアックな軍事テクノロジーや諜報機関は読者を限定してしまうところがあるから、多くの読者を獲得するには別の要素を必要とする。ダン・ブラウンの場合、ラングトンシリーズを書くことで、多くの読者を獲得したのではないかと思う。
 彼はラングトンシリーズに方向を見いだし、トム・クランシー的な要素にエーコー的な歴史の闇を加えて、『天使と悪魔』や『ダ・ヴェインチ・コード』を書いたので、風化を免れたところがあるように思える。
 以上、ダン・ブラウンの作品が読まれる理由を自分なりに考えてみた。

評価
★★★★

2006年02月07日

『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』

2006_02_07_01.jpg


 私はこうして自分が読んできた本のことをインターネットで書き込むようになってから、この『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』のことを以前から書いてみたいと思っていた。それでやっと重い腰を上げて今回この本のことを書いてみることにする。思い入れがあるから今回はちょっと長くなってしまうけどやってみたい。(このブログの副題が「本に関するささやかな意見」とあるのに、ちっともささやかじゃないと文句をいわれているけど・・・)

 この本は日本ではメジャーな本ではないので、おそらく知らない人が多いのではないかと思う。せいぜい『ティル・オイレンシュピーゲル』と聞いて、思い出されるのは、リヒテル・シュタインの交響曲ぐらいじゃないだろうか。しかしドイツでは結構読まれているらしい。
 何故私がこの本のことが気になっているかというと、歴史の見方を全く違う方向から見ることを教えてくれたからだ。
 この本のことを知ったのは、阿部謹也さんの著作からである。そして何冊もの阿部謹也さんの著作を読んで、また実際に阿部さんの話を聞いて、「ふ~ん、そうなんだ」と感心してしまったのだ。今まで自分が教わってきた歴史というものが、いかに教科書的で、ある意味無味乾燥なものであったかを知らされたのである。そこにはその時代に生きた人達の息づかいが全く感じられないものであった。ところがその当時に書かれた物語には、よく読んでみると、その時代に生きた人達の息づかいが聞こえてくるのである。


2006_02_07_02.jpg


 阿部謹也さんが訳したこの『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』(岩波文庫版)は本文が96話(42話が欠番になっている)を331ページに対して、その訳注と解説を含めて142ページを割いて解説している。それくらい奥が深いのだ。本文を読んで、そのあと訳注を読んでみると、ただ単に物語の内容に呆れるだけじゃなくて、オイレンシュピーゲルにいたずらされる人物がどうしていたずらされるのか、その背景が分かると、当時の人々が置かれていた立場がわかり、単に子供向けの本じゃないことが分かってくる。
 そもそもこの『ティル・オイレンシュピーゲル』が何故子供向けの話として受け取られるようになったのだろうか?それは『グリム童話』が本来ドイツに残っていた民話を集めたものだったのに、それが童話という題名がついてしまったことで子供向けの話だと受け取られるようになってしまったことと似ているかもしれない。それは日本でも民話が子供向けの話として扱われるのと同じだ。
 日本ではこの『ティル・オイレンシュピーゲル』の本が紹介されたのは、巖谷小波の『みみずく太郎』からだろうか。私が持っているのは、巖谷小波お伽噺文庫(大和書房刊)がある。


2006_02_07_04.jpg


 この本は、昭和28年に発行された小波世界のおとぎ話全集の3巻『みみずく太郎』を親本にしていて、昭和51年に発行されている。読んでみると確かに世界中の民話などを元にして、子供向けにアレンジしているのが分かる。この『みみずく太郎』にしても『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』の話をいくつかまとめて子供が読めるように書き直されている。


2006_02_07_03.jpg


 もう1冊この『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』の日本語訳(法政大学出版局刊)を持っている。これは藤代幸一さんの訳で、1515年版の全訳である。全訳を読んだのはこれが初めてである。
 ちなみに『ティル・オイレンシュピーゲル』がどういう話なのか紹介してみよう。

51話
 オイレンシュピーゲルは織匠が月曜日を休日にすることを禁じたので、聖なる日に羊毛を打ったこと。

2006_02_07_05.jpg


 オイレンシュピーゲルはシュテンダルに向けて来たとき織工というふれこみであった。ちょうど日曜日だったので、織匠は「なあお前、お前さんたち職人は月曜日も休みにしようとしているようだが、そんなことをする奴はわしは雇いたくないのさ。職人なら一週間びっしり働くのが当然というものさね」といった。オイレンシュピーゲルは「ようがすとも親方、あっしもその方がすきでさあ」と答えた。こうしてオイレンシュピーゲルは朝から起きて羊毛を打ち(ととのえ、やわらかくする)、火曜日にも同じように働いたので織匠は機嫌がよかった。ところで水曜日は使徒の日(七月一五日)で皆が祝わねばならない日であったが、オイレンシュピーゲルは聖なる日のことを何も知らなかったので、朝から起きてガタガタ仕事をはじめ、羊毛をたたいた。その物音は道路中に響きわたったのである。親方はすぐに起きてベッドからとび起きて叫んだ。「こらやめろ、やめろ、今日は聖なる日なんだぞ」。オイレンシュピーゲルは答えた。「でも親方、親方は日曜日に、聖なる日を休めとはいいませんでしたよ。一週間ずっと働けといったでしょうが」。織匠はいった。「なあお前、わしはそういうつもりではなかったのだよ。とにかくやめろ。そしてもう打つな。今日一日の手間はだすからな」。そこでオイレンシュピーゲルも満足して、この日を祝って休み、夕方には親方と食事をして談笑したのである。そのとき親方は、羊毛の打ち方はまずまずだが、もうちょっと高く(強く)打った方がいいだろうといった。オイレンシュピーゲルは承知しましたと答え、あくる朝早く起きると羊毛たたくための台の上に弓(紡糸用に羊毛をととのえるのに使う梳き具)を張り、そこに梯子をかけた。彼はそれに登り、たたき棒が乾燥台にとどくようにして土間から屋根裏部屋にとどくほどの高さの乾燥台から羊毛とってたたいたので、羊毛は家じゅうにとび散った。織匠はベッドで寝ていたが、その音でまともに打っていないことがわかり、起きてのぞいてみた。するとオイレンシュピーゲルがいった。「親方、どうです。これくらいの高さでよいですかね」。親方はいった。「猿真似野郎め、屋根の上に座ってたたいたらどうかね」。こういって親方は家を出て教会へ行ってしまった。オイレンシュピーゲルは親方のすすめに従って梳き具をとり、屋根に登って羊毛を屋根の上でたたいた。親方はその物音を小路の向こうで聞きつけ、かけて戻ってきてどなった。「なんて馬鹿なことをしているんだ。やめろ。いったい屋根の上で羊毛をたたく奴がいるか」。オイレンシュピーゲルは答えた。「何をいうんですかい。親方が今いったでしょうが。梯子の上よりも屋根の上でたたいた方がよいといったばかりですよ。露台よりもここの方が高いですからね」。織匠はいった。「羊毛たたきたければたたくがいいさ。馬鹿なことをしたければ勝手にしやがれ。とにかく屋根からおりろ。乾燥台で糞でもたれやがれ(口ぎたない悪態)」。こうして親方は家に入り便所にいった。オイレンシュピーゲルはやっと屋根からおり、部屋にしゃがむと乾燥台にでっかい糞をたれた。織匠は便所から出てくると仕事部屋に糞をたれたのをみて、「お前はまったくろくでもないことばかりしやがる。てめえのすることは悪たれがやることそっくりだ」といった。オイレンシュピーゲルは答えた。「親方、でもあっしは親方の命じたこと以外のことはしていませんぜ。親方が屋根からおりて乾燥台で糞でもたれろというからしたまででさ。なんでそんなに怒りなさるんですかね。あっしは親方のいうとおりにしているんですぜ。織匠はいった。「お前は命ぜられもしないことを勝手にして糞をたれたんだ。糞を片づけろ。誰もが望まないところへもってゆけ」。オイレンシュピーゲルは「ようがす」といって、糞を板の上にのせ、食堂に入った。織匠は「そこから出せ。食堂に入れてはだめだ」といった。オイレンシュピーゲルはいった。「親方が食堂においてほしくないということは承知していまさあ。誰だって食堂に糞をおいときたくないからね。だからあっしは親方のいわれたとおりにしてるんですぜ」。織匠は怒って板のところへ走ってゆき、オイレンシュピーゲルの頭に板をなげつけようとした。オイレンシュピーゲルは家からとび出して、叫んだ。「あっしはどこでも感謝されないんだからなあ」。織匠は急いで板をつかもうとして糞で指がべっとりと汚れてしまったので、糞をはらいおとし、泉にとんでいって指を洗った。その間にオイレンシュピーゲルは出ていってしまった。

 とまぁ、読んでみればたわいのない話だ。要は言葉が持つ二元性を逆手にとってオイレンシュピーゲルがいたずらをするということなのだ。ここの親方である織匠が本当はそういう意味で言ったわけではないのに、「職人なら一週間びっしり働くのが当然」と言われれば、たとえ他のみんなが休みにする聖なる日ででも働く。そうすることで、親方を非難の目に曝すことになるし、「高く」羊毛をうったほうがいいというのが「強く」という意味で言っていても、その通り高い場所で羊毛打ってしまう。腹をたてた親方はそれならもっと高い場所である屋根でも打てばいいと捨てぜりふはけば、その通りにして羊毛だめにしてしまう。更に腹をたてた親方はスラングで「糞でもたれやがれ」と罵れば、その通りにする。すべてこの調子である。この様ないたずらが多方面で展開されるのである。
 確かにここにある話は偉そうにしている親方などをオイレンシュピーゲルがいたずらで懲らしめ、それにあわてふためいた親方を見て喝采の拍手を送ることで、半ば虐げられた職人達の慰めにもなったことだろうとは推測はできる。しかし500年以上も前の異国の話を日本語にただ置き換えられても、当時の背景が分からなければあまり面白味などない。

 ここでは『ティル・オイレンシュピーゲル』を子供向けの話としてとらえるのではなく、この話が1510年~1511年に書かれた(編集された?)訳だから、その話の中から当時の生活状況を読み取ることできるのではないか。そうすることで、当時の生々しい人間像を描くことができるはずだと考えていく。
 しかしその前にこの『ティル・オイレンシュピーゲル』はどのように生まれたのか書かないとならない。以下阿部謹也さんの著作集から説明する。(『阿部謹也著作集』3巻より)
 『ティル・オイレンシュピーゲル』はいわゆる民衆本といわれものの1冊で、著者も不明で、原本さえ存在しない。(但し、『ティル・オイレンシュピーゲル』の著者は判明している)それではどうしてこういう話が残っているかというと阿部謹也さんの考察が面白いのであげてみる。

 「私はこれらの話が何よりもまず遍歴職人の間で旅籠や職人宿などで語られたものであった、と考えている。長いあいだ遍歴職人の生活をしていれば、箸にも棒にもかからないような愚鈍な徒弟の話や鼻もちならない親方の話など皆いくらでもかかえていただろうから、こうして(旅籠や職人宿などで)たがいに見ず知らずの仲間と酒を酌みかわしながら談笑しているうちに、調子づいて身振りをまじた話ともなっただろう。それらの話は職人たちが歩んできた旅の長さと体験の重さに裏づけられ、聞く人にあたかもそれぞれの町の出来事として彷彿させるような強い印象を与えたに違いない。
 こうした職人の食卓の隣にヘルマン・ボーテとか、トーマス・ムルナー(『ティル・オイレンシュピーゲル』の著者として考えられた人。但し現在はヘルマン・ボーテがその著者だろうと考えられている)のような人が偶然座っていたとしても少しも不思議ではない。職人たちの談笑を隣で聞いていたその人物がその話をいくつか書きとめ、次の機会にはその目的で職人宿を訪れるようになり、こうして遍歴職人の間で語られていた話を集めながら、それに類似した話を古今東西の文献のなかに探し求め、それを集成して最初の民衆本の原型が生まれたのではないかと私は推定しているのである」

 この様に『ティル・オイレンシュピーゲル』は様々な話が寄せ集められたものが民衆本としてまとめられたのではないかと推察されている。この本の前口上に、オイレンシュピーゲルのいたずらを誰かまとめてくれないか頼まれたが、著者自身そんな能力を持っていないから辞退した旨が書かれている。それでも引き受けざるを得ないことになり、この本を書いた。けれど「私のオイレンシュピーゲルの書が短すぎるとか長すぎるとお思いの方はどなたがこれに手を入れて下さっても決して恩知らずめなどとは思いませんのでお願いしておきます」と著者自身書いている。しかし著者自身が手を入れているのである。事実この本の構造を3層に分けることができるという。つまり一番古い話として多分遍歴職人の話があり、つぎにそれを編集、追加した人物が2人いたのではないかと推察されている。それが現在残っている『ティル・オイレンシュピーゲル』なのだという。そのため話がちぐはぐなところがあるらしい。
 ちなみにオイレンシュピーゲルのいたずら話を分類してみると以下通りになる。

1.手品師・宮廷道化師としての話(17話)
2.手工業者をめぐる話(28話)
3.司祭をめぐる話(9話)
4.旅籠の主人の話(14話)
5.農民その他をめぐる話(20話)
6.出生と埋葬、導入部と結末(7話)

 ということで、手工業者をめぐる話が圧倒的に多い。このことから「『ティル・オイレンシュピーゲル』のいたずら話の核が、何よりまずティルが遍歴職人として各地で起こす事件にあったとみなければならないだろう。遍歴職人ティルをめぐる話がまずなんらかの形で成立し、そののちに他のさまざまな話が加えられていった、とみるのが自然な見方だと思えるのである」。と阿部さんはいう。このことから阿部さんは旅籠などで遍歴職人達の話を聞いてまとめたと推定するわけである。

 その著者は、というか編集者はつい最近まではっきりしなかったことは書いた。それがヘルマン・ボーテだろうというのが今は定説になっている。何故はっきりしなかったのか。それはヘルマン・ボーテがついていた職業による。彼は1460年頃ブラウンシュヴァイクの鍛冶屋の親方アルントの子として生まれたが、足が悪いため親方になれず、当時賤民職とみられていた徴税書記の仕事についていた。それは中世社会では身体障害者には親方職は開かれていなかったからである。
 市参事会員までなった親方の子でありながら賤民職についたボーテには社会の上層にも下層にも心を安んじてつきあえる世界はなかった。徴税書記という仕事は、手工業親方から特に嫌われる苦しい職場であった。手工業親方とやりあって口論になることもしばしばであった。(なんだか今の税務署職員みたいだ)このときのことをボーテは手紙の中で次のように書いている。

「ひる間の騒ぎと喧噪が全くおさまり、静まりかえったとき、身体にも心にも別の世界がはじまります。そうするといろいろな想念が、もとよりいつも最上ののものとは限りませんが、夜虫のごとく湧き起こってきます。そこで私もひるの苦労の多い官職との戦いの疲れから少し元気を回復し、あたかも知恵のふくろUlen der Weishayttのように書物の山に目を向け、ローマ人や古ドイツ人の先例や歴史を映してみるmich zu spiegeln のです。」と。

 こうしてオイレンシュピーゲルという書名自体ヘルマン・ボーテの内面の苦しみのなかから生み出されたものであることが分かる。
 このようにブラウンシュヴァイクの市内で手工業親方と口論をする毎日であったボーテにとって自分の署名で『ティル・オイレンシュピーゲル』を含め出版することは極めて危険であった。だから無記名で彼の著作は出版された。そのためこの『ティル・オイレンシュピーゲル』も誰の作品か分からずにいたのである。唯一残っている彼が作成した徴税原簿の文字とこれらのボーテの作品の文字を比べて彼の作品であると明らかになり、更にこの『ティル・オイレンシュピーゲル』の90話から95話までの最初の文字がERMANB(ヘルマン・ボーテ)の名であることがわかり、このため『ティル・オイレンシュピーゲル』が彼の作品であると判明したのである。(ヘルマン・ボーテに関しての考察は阿部謹也さんが訳した『ティル・オイレンシュピーゲル』の解説に詳しい)
 この様にこの話をよく読んでみると、「それはスカトロジーなどという近代の学者世界の用語とは無縁な世界であり、賤視の淵に沈みながら誇り高く、いかなる権威にも屈することなく、自らイエス・キリストや悪魔になぞえることさえはばからない人間の姿が浮かび上がってくる」。それはある意味ボーテの姿でもあったのではないかと思える。賤民視され、手工業親方から蔑まれる姿は、オイレンシュピーゲルと同様である。オイレンシュピーゲルが敵視する目は、ボーテの目でもあったのではないかとさえ思える。

 それではこの『ティル・オイレンシュピーゲル』から当時の生活環境がどう垣間見ることができるであろうか。試しに先に上げた51話から具体的に見てみたい。
 ここで問題になるのは、何故親方はこうも偉そうな態度をとるのか?青い月曜日というのは何なのか?何故親方職人に仕事を任せ、ぶらぶら外へ出かけていくのか?その疑問を解くことで当時のヨーロッパ中世社会の姿が見えてくるのである。
 まずはこの親方がどうしてこうも横柄で横暴な態度をとるのかである。
 この親方が日曜日も青い月曜日(あとでこのことにはふれます)も休まずに働けとオイレンシュピーゲルに言える背景には、この頃は職人と親方の格差がかなり広がり、職人の立場がかなり弱い立場に置かれてしまったことが原因なのである。
 14世紀の中頃になると、都市の経済的発展は限界に達し、労働力は相対的に過剰になり、そのため同職組合の組合員である親方達は自分達の地位を守るため親方株を制限したりして、職人達との格差が広がりつつあった。職人達は仕事に就くことも難しくなり、あるいは将来親方になることさえかなわなくなりつつあった。こうなってくると親方の地位は上昇する。この様な背景があったから、51話の親方は横柄で横暴な態度をとるようになったのである。職人も休みも取らずに働けと親方の言うことを聞かざるを得なっかたのである。
 こうして親方を含む都市上層部は貴族化する傾向にあり、立ち振る舞いにさえその傾向が見られ、親方のもってまわった言い方をするのもそのためである。51話で単純に強く打った方がいいといえばいいものを、「羊毛の打ち方はまずまずだが、もうちょっと高く(強く)打った方がいいだろう」というのもそういう背景があったのだ。
 しかも貴族化していく親方は職人と一緒に仕事をしなくなり、仕事は職人に任せ、自分は散歩をしたりして、外でぶらぶらするのである。
 オイレンシュピーゲルは、こうして親方がいない間に、親方の横暴な態度を逆手に取り、持って回った言い方を、そのまま受け取ることで、いたずらをして親方を困らせるのである。
 こうした背景があるからオイレンシュピーゲルのいたずらが支持されるのであったのだ。
 また「青い月曜日」とは、親方になれない職人達が、親方に対抗して日曜日に続いて月曜日も休みにしようという労働時間の短縮、休日の拡大のための運動が実を結んだものである。もちろん親方にしてみれば面白くないことであった。だからこの親方は「青い月曜日」も仕事をしろと言うのである。
 何故「青い月曜日」というかと言うと、「青い日」とは「聖なる日」として祝い、休日にして英気を養うとも言われていたとか、日曜日に夜遅くまで酒を飲み大騒ぎをして、喧嘩騒動になり、翌日身体中青あざだらけになったからそう呼ばれるようになったとか言われている。あるいは毛織物を大青(染料)で染めるとき羊毛は12時間染料桶につけたうえに、そのあと同じ時間空気にさらして乾かさないといけないので、日曜日に染め付けを始めると、月曜日には職人達はすることがないから、そう呼んでいるとか言われている。

閑話休題
 開高健さんの自伝的小説で『青い月曜日』というのがある。この題名について開高さんはニーチェの『ツァラトストラはかく語りき』にこの言葉があって、そこには日曜日に深酒をして、翌月曜日が二日酔いで青ざめ、へろへろになるから「青い月曜日」と呼んだという記述が気にいって自分の小説の題名に使ったというのを読んだことがある。これなんかも案外「青い月曜日」の由来であったりして・・・。

 というわけでこの51話だけでもこれぐらい奥深い背景がこの話にはあるのである。民衆本を単に子供向けの話として片づけるのではなく、一つ一つの話を丹念に読んでいくと、当時の人達の生き方が見えてくるのである。案外一級の歴史的資料なのである。

2005年11月14日

土師 守・本田信一郎著『淳 それから』

2005_11_14_01.jpg

 この本は土師さんの2作目となる。私は神戸の連続児童殺傷事件の関係者の本やルポを何冊も読んできた。もちろん土師さんの1作目も読んでいる。
 今回この『淳 それから』(新潮社刊)ではあの「酒鬼薔薇」こと少年Aが出所してくるに当たり、土師さんがどのように思われているのか知りたかったので読んでみた。さらにあの事件の後土師さんはどのように事件と関わってきたのかも知りたかった。

 この国は本当におかしな国だとかねがね思っている。被害者である土師さんがマスコミ報道に曝され、加害者である少年Aは少年法によって守られているのだ。他にも少年が殺人事件を起こしても、彼が少年であるということで、マスコミには名前も報道されない。一方被害者は写真付きで報道される。もちろんその家族も報道という名の下にプライバシーもあったもんじゃない状況に陥れられる。 マスコミは加害者が逮捕され、法律で保護されてしまうから、思うように報道できない。すると今度は被害者に「報道の自由」、「知る権利」を御旗みたいに掲げて、報道がなされる。被害者がマスコミの暴力に曝されるわけだ。これは前作もそうだったけど、かなり悪質なもので、ただでさえ、被害にあって悲しみにくれているところに追い打ちをかけるような理不尽な行為がなされる。
 マスコミの言う「報道の自由」、「知る権利」は分かるが、それは結局知りたいという国民の欲求がそうさせているところがあるんじゃないかと思う。つまりマスコミはその欲求を満たそうと代行しているのである。事件のことは知りたいけど、それが被害者を更に苦しめることになるなら、そうさせてはいけないとマスコミに分からせるのはむしろ我々国民じゃないかとも思う。
 ところが日本人は他人の不幸は密の味というところがあるから、自分と直接関係ないところで起こった事件は全く別物と考えてしまう。だからいつまでたってもマスコミが勝手放題に報道するのだ。土師さん家族の気持ちを踏みにじってまでも、少年Aの母親に手記を書かせたり、本来土師さんが知りたいと思って開示を求めても開示されなかった裁判記録が漏れて雑誌に掲載されたりするのもそういう理由からだろう。
 それだけじゃない。この少年Aを裁いた判事のおしゃべりにも呆れる。「少年Aが無事社会に戻ったとして、それから、さらに五十年もの年月が経過した遙か将来のことを、今イメージしている。すでに古希に達した老人Aとその弟たち、山下彩花ちゃんのお兄さん、土師淳くんのお兄さんが、月に一回、地域の小学生や中学生、高校生や大学生らと、北須磨のタンク山や公園に集まり、みんなで山や公園の清掃をしている。その謝礼でお花を買い、彩花ちゃんと淳くんのそれぞれのお家に届け、二人のことをしのぶ集い持つ・・・・」という手記は一体何を考えているんだろうと思わせる。こんな判事に少年Aを委ねたのかと思うときっと土師さんはやりきれなかっただろうと思う。

 判事からしてこうなのだ。更正という名の下に少年法がある。犯した罪を償うことよりも、どちらかといえば少年の更正に重点が置かれてしまうのだ。人権という名の下にだ。
 もともと他人の人権を破壊した奴に自分の人権が主張できる理由がどこにあるのか正直分からない。「人権」といえば何でも許される風潮がたまらない。
 裁判が非公開で、しかも被害者家族を入れないで行われるのも、「人権」のため。しかし被害者には「どうして自分の家族が犠牲になったのか」当然知りたいはずだし、知る権利があるはずだと思うが、犯人が少年というだけでそれが知り得ないのは、いくら少年法が少年の人権を保護する理由があるからだといってもおかしな論理だと思う。百歩譲って、加害者の人権を主張するのはいいとしても、それが被害者やその家族の人権を無視して主張されるのはどう考えたっておかしい。加害者の人権のために被害者は我慢しろと言っているもんだと思う。

 こういう理不尽な法律が少年法だけじゃなくて、様々な刑法や法律にある。土師さんやその他の被害者家族が悲痛な叫び声を上げて、やっとわずかだけど被害者の立場に立った法律が生まれてきているけど、きっとまだまだ不十分なのだろう。まずは被害者の立場に立ち、更正ではなく、罪をどうして償わせるかを先にしないと、いつまでたっても被害者は報われまい。そんな気がする。

 「前日の2004年の12月31日、大晦日のことですが、あと2時間ほど新しい年にかわるという時間でした。
 テレビをぼんやり見ていた私は、ふと加害男性のことを考えました。
『あと2時間ほどで、彼は本退院になるのだな。そして晴れて自由の身になるのだな』
 と思いました。
 何となく釈然としない思いが私の頭の中に渦巻いているのを感じました。
 私たちの次男は、彼に大事な生命を奪われてしまい、もう二度と私達の前に、元の姿を見せることはありません。
 それに反して、私たちの次男の人生を断ち切った加害男性は、7年という期間、少年院で教育受けたうえで晴れて退院し、自由の身になって平然と社会に戻ってくるわけです。
 法律的には、そうなることは理解していますが、頭の中で理解しているということと、納得がいかない感情とは別なことです」

 と土師さんは書きつづっているが、まさしく報われない自分達の気持ちと少年Aの退院という現実を複雑な気持ちで言い表している。

土師 守・本田信一郎著『淳 それから』の続きを読む

2005年11月13日

本多孝好著『MOMENT』

2005_11_13_01.jpg


 この病院には「必殺仕事人伝説」というのがあった。それは死を間近にした患者の願い事をかなえてくれるというものであって、その仕事人は掃除夫の格好ををしているという噂であった。
 大学生の神田は掃除夫のアルバイトをしている。入院している老女に頼み事を、授業料の23万9千円で引き受けた。それは老女が昔愛した男に捨てられたことの復讐をすることであった。神田はエキストラを雇い、幸せな家族の中にその老女がいることを男に見せつける。神田の口座に百万近くのお金を振り込んで老女は死んでいった。神田はそのお金を返却することが出来ず、以後4回分の必殺仕事人の仕事をすることになる。
 仕事人といっても、大したことではなく。末期の膵臓ガンでおかされた老人が南方戦線で自分の部下を日本刀で斬れと命令した上官の息子の素行調査を頼まれたり、重度の心臓病を患っている少女が、自分の友人が自殺した原因である男を捜して欲しいと頼まれたり、乳ガンを再発した女性にデートを一緒にしたり、借金取り追い回されて、保険金名義人を変更しろと迫られる会社の社長がこの病院に昔からあった別の仕事人に自分を殺してもらう依頼したの出来なくさせたり、言ってみれば些細な頼み事を引き受ける。
 こうして依頼者の悲しい人生の物語を展開していく。でもこういうのってフェアじゃないような気がする。だって病院という世界で、死を間近に控えた人間を物語にしたら、たぶんそこには不合理な死を前にして、すぐ自分の人生に納得が出来ないところがあるはずだろうから、いくつも悲しい物語が出来てしまう気がする。しかもわざわざ「必殺仕事人伝説」というのまで作ってそれを引き出すのも無理がある。こういう設定はちょっとなぁと思う。
 『真夜中の五分前』はいい小説だと思っていたので、この著者は気になっていた。だから今回この著者の文庫を読んだわけだが、正直がっかりしてしまった。まぁ同じ著者でもいい作品本と悪い作品があるだろうから、今回この『MOMENT』(集英社文庫)は失敗作に属するんじゃないかと個人的に思っている。

2005年10月18日

畠中理恵子・黒沢説子著『神保町「書肆アクセス」半畳日記』

2005_10_18_01.jpg


 昔小さな店の責任者を任されたとき、お客さんからの注文で一番嫌だったのが、地方小と官報扱いの出版物であった。何故かというと、入荷まで時間と手間がかかるというのが最大の理由であった。
 官報扱いとは、政府刊行物、白書とか有価証券報告書や財務省印刷局で印刷されたものをいう。
 地方小とは地方小出版流通センターの略で、都内の大手出版社以外で、地方の小さな出版社、新聞社、あるい個人で出版している本や雑誌、ミニコミ誌、などを扱う問屋さんのことをいう。
 その店売が書肆アクセスで、そこではお客さんも本や雑誌、ミニコミ誌など買うことが出来るし(もちろん定価で)、書店も卸値で購入することが出来る不思議な本屋さんなのだ。
 神田神保町のすずらん通りで白山通りに近い所に、本屋か何だかわかりにくいお店がそれである。
 お客さんから受けた注文がここにあれば簡単に仕入れることが出来るが、そうでないと大変な時間がかかることがある。しかもこの地方小で扱っていれば、何とか手配することができるがそうでないと完全にお手上げである。今はインターネット普及しているからもう少し仕入が簡単になっているかもしれないが、当時は電話で問い合わせをしないとならないし、その電話代も馬鹿にならなかった。挙げ句の果て、書店取引をしていないとなると、ただ電話代が無駄なだけであった。
 昔は靖国通りの反対側に人文図書専門の問屋さん鈴木書店があって、そこの4階に地方の新聞社で出している出版物の在庫があった。鈴木書店に仕入行くときは必ずこの棚に寄って、そこに並んでいる本をよく眺めていた。読んでみたい本がたくさんあった。
 もう鈴木書店もなくなっちゃったから、今地方の出版物を扱う問屋さんはこのアクセスだけになった。
 地方で出版される本や雑誌、あるいはミニコミ誌というのはなかなか面白い本がたくさんあって、しかもだいたいがその土地に根付いた文化や自然、人物などを詳しく教えてくれる出版物が多い。ちょっと変わっているところもあるかもしれないが、それは都会に住んでいてつまらぬ情報に埋もれている我々がそう感じるだけで、地方の出版物には地に足がついたしっかりしたものを提供してくれるのだ。たとえばこの『神保町「書肆アクセス」半畳日記』は無明舎出版という秋田県にある出版社からでている。
 さて、この『神保町「書肆アクセス」半畳日記』は黒沢さんとその後引き継いだ店長の畠中さんがお店での出来事や、お客さんこのと、神保町という町のこと、本のこと、あるいは自分達の私生活を女性らしい文章でつづっており、読んでいて楽しかった。仕事の追われる毎日であっても、そこを訪れるお客さんや上京してくる地方の出版社の方々(この上京してくるというのがいい!)、あるいは彼女らの仲間たちの交友が楽しく描かれている。
 女性らしく、神保町界隈の食べ物屋さんのことも書かれていて、3時のおやつもささやかだけど楽しんでいる姿がこちらのも伝わってくる。
 お店の仕事も、地方の出版物を扱っているという特殊な事情があるにしても、それらの出版物をこよなく愛してやまないのもうらやましかった。わずか10坪のお店に彼女たちの情熱がいっぱいつまっているようでもあった。また仕事だけでなく、自分達の趣味でもある映画鑑賞や美術鑑賞、あるいは猫たちを、彼女たちの旦那さんや仲間達とで楽しんでいる姿がほのぼのと伝わってくる。(猫に関しては畠中さんはかなり困っていたようだが・・・)
 たぶん店長である畠中さんはあの方だろうと推測できるが、私は本屋の仕入でしかここを訪れたことがない。けれどいつも、お店の人に(たぶん畠中さんじゃないか思うが)伝票書いてもらっている間、仕事から離れてこのお店の棚をゆっくりと眺めたいと思っていた。
 黒沢さんが書かれている日記に次のようなことが書かれていた。

「2月某日
 土曜日だけアクセスの店番をしにやってくるセンターの門野さんと交代でレジに入る。平日と違い、仕入れに来る書店さんが殆どいないため、レジは楽である(書店が来たときはいちいち伝票を切らないといけないので、作業が煩雑になるのだ)。いつも取次でもあり書店でもあるアクセスだが、今日は書店に専念出来る日。せっかちな書店さんに急かされることもなく、ゆったり過ごせるのがうれしい。」
 
 これを読んだとき笑ってしまった。伝票を書いている店員さんに「早くしてくれ!」といった感じで自分も血走った目をしていたんじゃないかと思っちゃったのだ。
 帳合を日販としている中小書店の仕入コースは、まず水道橋にあった日販の店売で仕入を済まし、その帰りに神田村に寄るパターンが多い。仕入れに来ている本屋さんはお店のことが絶えず気になるから(店番をパートやアルバイト、あるいは奥さんに任せて、仕入に出ているから、不安なのだ)、早めに帰らないといけない。そのためせっかちになっちゃうんだけど、急かされる方はたまらないだろうなとこの本を読んで感じた。きっと私も急かした1人です。ごめんなさい!でも今度は本屋の店員ではなくお客としてお店に行きたいなぁと思う。ホームページも整備されていますから、この私の拙い文章を読んだ方は、アクセスがどんな店なのか分かりますから、是非訪問してみて下さい。
http://www.bekkoame.ne.jp/~much/access/shop/index.htm

2005年09月05日

ダン・ブラウン著『ダ・ヴィンチ・コード』ヴィジュアル愛蔵版

2005_09_05_01.jpg


 先月末にダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』ヴィジュアル愛蔵版(角川書店)が出版された。これがすごい。元々上下2冊に別れていたものを、1冊にまとめ、しかもヴィジュアル愛蔵版と名を打っているだけあって、絵画や美術品、建築物、図称などの写真が140点も掲載される。ページ数で621ページの厚さである。ましてこうした写真を載せているので、紙質もいいやつを使っているようで、かなり重い。
 でもこの話はこうした写真があった方が親切だし、わかりやすい。というわけで、もう一度読み直すことにした。
 読み直している内にやっぱり夢中になってしまった。そして今回わりとじっくり読んでみると、この本の謎解きには、絵画や美術品、建築物、図称の写真がいかに必要か思い知らされる。以前の本は、建物や美術品、絵画などの説明は文章に詳しく書かれているけど、やっぱりものを見てみて見ないと、あっ、なるほど!と思えない部分があった。その為インターネットで調べてみる必要があった。 しかし今回の本はちゃんと次のページに大きく写真が載せられていて、そんな手間をかけずに納得できちゃう。登場人物達が訪れる、教会の写真などあると、そうか、こういうところなんだ!と、まるで映画を見ているようにリアル感がある。この本は最初からこうあるべき本だったと思った。ただ、ちょっとその分値段がはってしまうが・・・。

 さて今回、期せずして読み直すことになった訳だけど、改めて読んでみて、前回いかにいい加減に読んでいたか、思い知らせされる。
 私が以前、偉そうに分かったように書いた文章の内容は、ほとんどここに書かれている。一所懸命調べて書き込んだものだが、よく読んでみるとちゃんと、しかもわかりやすく書かれていたのだ。もちろんポイントは押さえていると思うが、どうもそれだけであって、ちゃんと書いてあるのにわざわざ調べて、ああでもない、こうでもないと書きつづったのがお恥ずかしい次第だ。
 だけど、やっぱり、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の話しは今でも衝撃的だ。イエスのすぐ左にいる人間はヨハネだとずっと思っていただけに、修復されたこの絵を改めてみてみるとどう考えても女性に見える。それがマグダラのマリアである。イエスが処刑される最後の日に、わざわざイエスの横に座っているには、それなりの訳があっても不思議じゃない。マグダラのマリアはイエスの後継者後継者だとシオン修道会の総長でもあったダ・ヴィンチは言っていたのだ。
 何故か、それは彼女はイエスの妻であり、イエスの子を宿していたからである。その証拠をシオン修道会が作ったテンプル騎士団が見つけ、それをシオン修道会が守り続けていたのだ。
 ところがこのことはローマカトリック教会にしてみればとんでもない話しになる。神であるイエスが妻を持ち、子供まで作っていたとなれば、カトリック教会の教義そのものが破綻する。だからその証拠を握っていたテンプル騎士団がその後大きな力を持ったのも、カトリック教会が「ばらさないでね!お願い!」(どうしてこういう書き方をしちゃうんだろう、私は・・・)となだめすかしたからであって、その後あまりにもテンプル騎士団が大きくなりすぎてしまったので、それを解体せざるを得なくなった。しかし完全解体されたのではなく、シオン修道会が地下にもぐってその「真実」を伝え続けた。
 もともとどこの民族でも持っている原始的な宗教ではだいたいが「女性」は豊穣のシンボルであった。つまりそれなりの地位を持っていた。ところがローマカトリック教会はむしろ「女性」は卑しめられ、じゃまな存在として位置づけられている。イヴはリンゴを食べてしまったことで、人類の堕落が始まったとされるし、そもそもイヴがアダムの肋骨から生まれたとするように、「女性」は「男性」の副産物で、罪深いものとされてしまった。
 昔大学時代に、キリスト教は本来の信仰から様々なものに影響され、形を変えざるを得なかったというのをなんの本で読んだことがある。キリスト教を普及させるためには、本来持っていたイエスの教えを曲げてでもそれを正当化して、異教徒に受け入れやすいように、異教徒が持っていた宗教の一部を受け入れ、だんだん変質していく。あるいは政治的なかけひきとして使われることで、変質していく。
 ローマカトリック教会は人間らしいイエスから神として厳格な存在へと昇華させていった。従ってこれに反するものは切り捨てられ、異端とされていく。切り捨てられた教えは、ヨーロッパ史の影の部分となったのだろう。
 さて、シオン修道会が守ってきたものが暴かれることは、はまさしくローマカトリック教会にとってみれば大きな痛手となるが、真実を追究する者にとって見ればどうしてもその真実を知りたい。このところがこの本を面白くしている。影の部分があらわになるというには、読む側にはちょっとゾクゾクしてくる。しかもそうはさせないという勢力との確執があるから余計である。その点この本は充分楽しめる本であったと改めて思った次第だ。

 ところでこのヴィジュアル愛蔵版のカバーを外すと、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」が表紙になっている。これだけでもかっこいい装丁だ。

ダン・ブラウン著『ダ・ヴィンチ・コード』ヴィジュアル愛蔵版の続きを読む