2010年01月07日

森まゆみ著『彰義隊遺聞』

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 著者の森さんは地域雑誌「谷中・根津・千駄木」(谷根千工房)を創刊し、編集人である。そしてこの地域は上野に近い。雑誌の取材なんかしているときなど、町の古老から彰義隊の話を聞くこともあったんじゃないだろうか。おそらくそうした古老からの聞いたことがこの本を生むことになったんじゃないだろうか。
 そんなことを思いつつ、森さんが集めた彰義隊に関する話を楽しんだ。ここにあるのはいわゆる逸話である。足で集めた話と自らが彰義隊に関わる資料を調べて、うまく聞いた話と照らし合わせていく。通史として物語であったが、吉村さんの『彰義隊』を読んでいるので、この本は伝え聞いた彰義隊に参加した人々の個々の経緯、その後が語られている。言ってみれば吉村さんの『彰義隊』の肉付けみたいな感じで読んだ。

 彰義隊と朝廷軍の戦いは“必要悪”のところがあったようだ。どういうことかというと、たとえば勝海舟や山岡鉄舟、高橋泥舟ら所謂「幕末の三舟」は、彰義隊の「君恥ずかしめらるれば臣死すとき」などといって内乱を起こせば、外国にいいように乗じられ、国そのものの存亡に関わることだと考えていたけれど、

 「しかし同じ幕臣として、彰義隊の主唱者たちのやむにやまれぬ思いも、彼らは理解していた。いや勝などは、二百六十年の徳川政権に一挙区切りをつけるためには象徴的な、しかし大勢に影響のない市街戦が江戸でも必要である、多少、死んで貰おうかぐらい考えていたのではないか。
 大村や西郷も同様だったかもしれない。窮鼠猫を噛んではわが軍の被害も大きい、とわざと上野の山の芋坂口を退き口として開けておいたことも、幕府瓦解の象徴として上野戦争の限定的な性格が表れている。すでに幕府は倒れており、そのことを民衆に周知徹底させねばならぬ。実際、鳥羽伏見の戦いは京都の民衆への実物教育になった。もはや政権をめぐる戦争でも、領土をめぐる戦争でもないのである」

 と森さんは書かれている。将軍慶喜が政権を返上し、謹慎したことで徳川幕府が終わったことを示すが、それに不満をもつ幕臣たちは一矢報いるため彰義隊として集まる。兵を挙させれば、それがガス抜きにもなる。朝廷軍はそうした彰義隊の気分の高揚をある程度歓迎していた観がある。それを一気に叩く。朝廷軍が持っている当時の最新兵器で彰義隊を壊滅させれば、朝廷軍の威光を示すことになるし、同時に民衆に時代は変わったのだとわからせることにもなるのだ。だから上野戦争は必要悪だったのである。森さんは「上野戦争がなかったなら、旧幕に心を寄せる人びとや、江戸の町っ子は憤懣やるかたなかったにちがいない。彰義隊は一つのカタルシスであった。彼らは江戸最後の日を花火のように彩り、長い徳川という時代を一瞬のうちに回想してみせた」と書く。
 こうなると君を辱められたという、臣としての取るべき態度が、指揮官や戦略家、あるいは時代を見据える人にいいように利用されたことになるわけだ。崇高な志さえこんな風に使われるのだから、時代というのは残酷である。

 ところで、吉村昭さんは最初彰義隊の物語を書こうと思ったが、戦いが半日で終わってしまったことで、小説にはしにくいと一時執筆を断念したことを書かれている。(結局その後の輪王寺宮の逃避行を書くことで、この物語は成った)しかしあくまでも“みせしめ”なら、戦いを長引かせる必要はない。早く決着がつくならそれに越したことはない。だから逆に半日で終わったことに重大な意味があることになる。もし上野での戦いが長引いた場合、江戸城がせっかく無血開城となって、民衆の安全が保証されたのに、町が血の海に変わったかもしれないのだ。

 「上野の戦が二、三日もつづけば、夜に入って市中はの町民たちまで、例のヤジ馬で何かやらかしそうな塩梅だった。たった半日で決着がついたので安穏におさまり、江戸市中も修羅の巷となることを免れ、ありがたいことだ」と当時の人たちが思っていたことは本音だろう。

 本音と建て前といえば、彰義隊に参加した人々のなかには、徳川の恩顧に報いるために参加した人たちだけで構成されたわけじゃないことをこの本を読んで知らされる。もちろんこういう話はどこでもあるのだろう。

 「彰義隊の数は三千人とも四千人ともいう資料がある。あわよくばこの機に一旗揚げようとしたものもあったにちがいない。旗本の長男は官軍へつき、次、三男は彰義隊に入る。どっちへ転んでも何とか家だけは残すという両天秤で、談合の上で敵味方に分かれた家もあった。本気で山を死守しようとする武士などごく少数だった」という話もある。

 「彰義隊は、兵糧も資金もそう困っていなかった。(困っていたという話もある)どうせ戦いになれば命はないものと思っているから、毎夜のように吉原へ通っていたという。(そうして実際戦争になった時は帰って来られなくなってしまった武士も多くいた)そうだとすれば上野の山の出入りは、夜もかなり自由だったと思われる」

 彰義隊に参加した兵士の思惑はさまざまであった。本当に志あるものだけの集まりではなかった。時に彰義隊が「烏合の衆」と呼ばれる所以はこのあたりにあるのかもしれない。ただ彰義隊と朝廷軍の上野の山での戦いは幕末最後のあだ花だったと思えなくもない。戦に敗れ、死んでいった彰義隊の隊員は、しばらくの間遺体を見せしめのため放置されたことを思えば、余計にそう感じてしまう。悲しくない戦争なんてないだろうけど、戦う個人に意味はあっても、全体としてさらしものみたいなところがある戦いだったし、滅びていくのが宿命であったのに、それでももがいているように思えたから、そういう意味でむなしく、悲しい戦争だった。


評価
★★★


書誌
書名:彰義隊遺聞
著者:森 まゆみ
ISBN:9784101390239
出版社:新潮社 (2008/01/01 出版)新潮文庫
版型:418p / 15cm / A6判
販売価:619円(税込)

2009年12月09日

森まゆみ著『とびはねて町を行く』

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 この本は先に読んだ『「谷根千」の冒険』の番外篇といっていいのかもしれない。「谷根千」を始めた森さんを含め三人の主婦たちが合わせて10人の子育て、その子の成長をつづっている。母親は「谷根千」の編集・出版で忙しいものだから、事務所の谷根千工房で子供たちはみんな一緒に育ってきた。手の空いている仲間が他の仲間の子供の世話をするのである。一緒に食事をしたり、お風呂まで仲間の家で入ってくる。その上町が10人の子供たちの面倒を見ている。「谷根千」を通して、町の人々とつながりが出来、そのつながりから、森さん達の子供も町の人とつながっていくのである。
 母親が「谷根千」の仕事で忙しいものだから、子育て一辺倒というわけにもいかない。それで子供たちは子供なりに自立いていくのである。親の目が届かないことをいいことに、好き勝手にやっていく。それこそ自由奔放にだ。親が「まったく子どもっていいもんだ。際限なく無駄な時間が使える」と感じられるくらい、子どもなりに生きていく。そんな中しっかりと自我に目ざめ、自立していくのである。
 確かに仕事で忙しいけれど、だからといって子供ことを心配しないわけじゃない。親として当然心配する子供将来など、寄り添ってあげられない分、それこそ真剣そのものだ。でも子供の方はそうした環境の中でしっかりと育っていく。その分みんなで協調して生きていく。たくましく育っていく。
 おそらく一昔前の親と子供の関係というのはこういうものであったのではないか。今はいつでもどこででも親が子供についてくる。ただ心配で心配でという気持だけなのだ。そこにあるのは親の気持ちだけであって子供の自立なんか関係ない。

 話はちょっとずれてしまうけれど、昨日かみさんからおもしろい話を聞いた。我が家では今長男が就活中である。だから夫婦の会話として就活の話が話題となる。なんでも会社の合同説明会に子供の親がついていくそうである。そのため会社側は親の控え室を設けなければならないとか。
 これを聞いて、この親たちはいったい何を考えているんだろうかと思った。また子供も子供でここままで親がかりでないと生きていけないのかと思った。就活をしている子供もその親も、そんな自分たちを会社が雇ってくれると思っているのだろうか。親がいないと生きていけない子供をどうして会社が雇うか。そんなボランティアみたいな会社がこのご時世あるわけがないじゃないか。一人で自立できない人間を雇うわけがないじゃないか。
 ちょっと考えればわかりそうなものだと思うが、それでも親は自分の子供が心配だからここまでついていく。子供も親が側にいれば安心なんだろう。
 そういう世の中になっているのである。だからこの本に書かれている子供と親との関わり合いがものすごく自然な姿に映るのである。
 
 一方で親の方もそうして自立いていく子供たちを、心配ではあるけれど、成長の一過程として見る心構えも必要なことも知らされる。

 「一年ほど前、娘が『社会主義』に興味を持った。見ていると図書館に行って、マルクス、レーニン、向坂逸郎、不破哲三、安東仁兵衛、とにかく社会主義と名をついた本をあれこれ借りて読んでいる。
 このラインナップでは頭が混乱するゾーとは思ったが黙っていた。玉石混淆、くだらないものを含めてとんでもない順序で乱読し、考えるからこそ自分が鍛えられるはずだ。子どもに上から精選した優良図書を『正しい』順序で与えても力がつかない。
 進む道も読書と同じで、遠回りしたり、寄り道したり、行き止まりでひき返したらいい。
 そう思うのは、仕事柄、無駄なくエリート校を卒業して良い地位についた人に会う機会が多いが、たいていは面白くないし幸せそうでないからである。むしろ町の工場主や商店のおばさんや職人、芸人の方がずっと世渡りの智恵もあるし、人間として魅力的だ」

 このくらいの心構えがなければ本当はいけないのではないか。親もそうだし、学校の教師だってそうだ。子供たちをどう育てて行っていいかわからない。どう教えていけばわからないものだから、なんでも無難な方法をとる。あるいは多少の危険も子供には冒険として楽しいはずだし、身をもって堪えれば、次から同じことをやらなくなる。多少痛い目にあう方がいいのだ。だけどただ危険だからといって、すべてを禁止してしまう。多少人に迷惑をかけてもいい。それで怒られれば、しちゃいけないんだなと思えるはずだ。
 いきおいなんでも禁止しちゃうものだから、今は子供の方は森さんの言うように「人はより個人主義になり、かかわりを恐れるようになった」のだ。

 ところで男親は娘の成長にどきっとすることがある。特に母親と娘の会話に、男としてむやみに触れちゃいけないものを感じたことがある。ちょっとドキッとするのだ。

 「最近、中学生の娘の胸のふくらみが気になる。母親にそんなことをいわれるのは嫌だろうな、と思いつつ、
『そろそろブラジャーをしたほうがいいんじゃない?』
 と、おずおずと提案すると、娘は、
『お母さんこそ、そろそろブラジャーしても無意味じゃない』
 フンと鼻で笑った」


評価
★★★


書誌
書名:とびはねて町を行く―「谷根千」10人の子育て
著者:森 まゆみ
ISBN:9784087477719
出版社:集英社 (2004/12/20 出版)集英社文庫
版型:279p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

2009年12月03日

松本健一著『増補 司馬遼太郎の「場所」』

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 また松本さんの司馬遼太郎論を読む。一部は前回読んだ本と重なる部分があるが、なかなかおもしろかった。それに自分の好きな作家について批判されると、頭にくる時があるが、松本さんの場合そういう心配がないので安心して読めるので有り難い。
 おもしろいと思ったのは、司馬さんは純文学畑ではあまり評価されていなかった事実である。著者は次のように言う。

 「司馬の生前に文芸雑誌でかれを特集したものは、たしかほとんどなかったのである」

 「この扱いは、純文学とか文壇というような世界では、司馬遼太郎が文学者としてはあまり評価されてこなかった実態を物語っているのではないか」と言っている。つまり司馬文学は純文学とは違うということなのだろう。言われれば確かにそうなのかなと思う。司馬さんの書かれる小説は純文学雑誌にはなじまない。
 では司馬さんの書かれる作品はどこに位置するのだろうか。それを著者は大衆文学に位置するものと考えられる。大衆文学というと純文学と比較すると一つ格下のように思われるが、大衆文学が果たす役割の重要性、その持つ性格を松本さんは次のように言う。

 「明治以後の史学が最終的にたどりついたのは、右に皇国史観であり、左に日本的な唯物史観であった。前者が、明治国家を伝統的な権力であると位置づければ、後者は、その半封建的なブルジョア国家から権力を奪取することをいうのである。とすれば、つねに権力から裏切られつづけた民衆は、そのどちらにも拠ることもできない。このとき、大衆文学は、右に寄ることも左に走ることもできない民衆の生活のなかのエトス(肉声)を汲みあげて、「その日その日の出来心」で権力にむきあうヒーロー像を描いたのである。そのことによって、在野史学のかぼそい継承者となったのである」

 「大衆文学はたしかに、伝統や習慣や既成文化といったものを無視できない。民衆の生活が、これらに大きく規制されているからだ。しかし、これらを無視できず、それらの現実のありようとして描くことは、民衆にこび、へつらうということではない。プロレタリア文学運動における芸術大衆化運動のテーゼは、この点を見誤っているのだが、それはともかく、こういった伝統や習慣や既成文化に入りこみつつ、かれらを紙のうえで解放してやることが、大衆文学に課せられた課題なのだ。
 とすれば、大衆小説作家が伝統や慣習や既成文化にしばられた民衆の生活のなかのエトスを汲みあげる回路をもっているかどうか、これが大衆小説作家の資格として問われることである。そのかぎりでいえば、司馬遼太郎という歴史小説作家は、在野史学、大衆文学の正統を踏んだ作家ということができよう」

 つまり大衆文学はがちがちに権力に縛られた民衆が、物語の中で心を解放する役割を負ってきたと言うのである。そして「司馬遼太郎の歴史小説は、こういった在野史学なり大衆文学の正統を踏んでいる」というのである。司馬さんの作品が「一般うけがするということの意味は、時代の雰囲気を呼吸している大衆がその時代に応じて読み換えられる、ということである」というように、時代時代に応じて支持された。それは司馬さんが大衆の表情や動向を巧みに分析できることを意味している。
 民衆に支持された大衆文学は時代を反映するから、司馬さんの前には吉川英治がいたが、大きく括れれば同じ路線であるけれど、その姿勢は決定的に違う。吉川英治は戦争を支持し、司馬さんは戦争を忌み嫌った。それは時代が求めた結果と言っていいだろう。
 また塩野七生さんが司馬遼太郎さんを「高度成長期の日本を体現した作家」と評したことがあるらしいが、確かに司馬さんの作品は彼等の心証として心地よい感覚を与えたに違いない。
 また司馬さんが描く“気概”ある男たちは、男の美学として、美しく映るから、心地よい。そこに滅びの美学も加わるから、余計である。
 司馬さんはそうした大衆が今何を求めているのか、それに敏感に反応した。時代に反応した。そのための分析は鋭かった。しかし単に時代に反応し大衆が求めている作品を書けばいいというものでもない。あくまでも徹底的にディテールとして事実にこだわった。でもそこに登場する人物の心は司馬さんの心であろう。時にはそれを無批判的に信じ、受け売りする人々も出たくらい、司馬さんの作品は支持されたきた。だから逆に司馬さんは余計に史実にこだわらなければならなくなる。その資料調べのすさまじさは有名だ。一時神田の古本屋街で資料を買いあさったため、その資料が古本屋街でなくなったという逸話がある。

 司馬さんは時代に敏感であった。だから時代とともに自分も変わらざるを得なかった。それを松本さんはうまく振り分けて指摘されているので、それを書いて終わりにしよう。

 「司馬さんの文学的遍歴を、私は四つの段階に分けて捉えています。まずは『梟の城』に代表される、伝奇ロマン的色彩を持った大衆小説作家としての時代。次に『竜馬がゆく』『燃えよ剣』『国盗り物語』といった、歴史上の人物にスポットをあてたヒーロー小説作家としての時代。そして『坂の上の雲』のように歴史そのものを鳥瞰して描く、歴史小説作家の時代を経て、最後は、小説家というよりは、むしろ文明批評家としての仕事をなさっていた。その遍歴は、作家そのもの転変であるとともに、それぞれ1950年代~60年代、60年代末から70年代、80年代20世紀末までの、日本の大衆のエトスのおおよその移行に見合った作家活動になっていると思われます」

 こうして司馬さんの作品を紹介され、その背後のあるものを指摘されると、また司馬さんの作品が読みたくなる。私は高校時代から司馬ファンであるが、まだまだ読んでいない作品がたくさんある。それをじっくり読んでみたいなという気持にさせられた。


評価
★★★


書誌
書名:増補 司馬遼太郎の「場所」 (増補新版)
著者:松本 健一
ISBN:9784480423115
出版社:筑摩書房 (2007/02/10 出版)ちくま文庫
版型:266p / 15cm / A6判
販売価:798円(税込)

2009年11月25日

森まゆみ著『「谷根千」の冒険』

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 「谷根千」とは谷中、根津、千駄木のコミュニティー雑誌のことで、著者によるとミニコミ誌とは違うらしい。そもそもコミュニティー雑誌とミニコミ誌の違いがよく分からないが、とにかく単に情報誌とならず、この地域の特有の文化や歴史を語りながら、ここで暮らす人達のための雑誌を自分たちで作りたいということから、この谷根千に住む著者をはじめ三人の主婦が始めた雑誌である。
 この本はその「谷根千」がどうして生まれるようになったか、その創世記の苦労を主に語っている。彼女らは子育てをしながら、地域に根ざした雑誌作りをモットーとし、この地域の文化や歴史をここに住む人達から取材する。幼い子供を抱いて取材し、子供を負ぶって出来上がった雑誌を自転車で雑誌を置いてくれるお店に配達するのである。時にはお腹の中に子供がいる状態で、近所の人に危ながられながら、自転車に乗って配達していた。多分こういう時は自分たちが苦労して作った雑誌が出来上がり、早くお店に置いて欲しいという気持ちから、危険とかいう意識より、とにかく意識が高揚していたんだろうなと思う。雑誌作りは大変だけど、楽しくて仕方がないという気持がよく伝わってくる。利益とかそんなことより、とにかく自分たちが作った雑誌を読んで欲しいという気持の方が強かったに違いない。
 今ではこの谷中、根津、千駄木という地域は、震災や戦災にもそれほどあわず、古き良き時代の下町の面影を残しているといって、結構話題になっている。谷中墓地があるものだから、多くの寺が残っているし、鴎外や漱石など明治の著名人も多く住んだ場所なので、その文化的話題性に事欠かない。だからテレビなどよく特集番組を放映している。
 ただそれは現在の話で、森さん達が雑誌作りを始めようとしていた頃は、「谷中と上の桜木は台東区、根津・千駄木・弥生は文京区、日暮里は荒川区、そして田端は北区とここは四区の区境。それだけに区役所からは遠く、行政サービスは薄く、おもしろいことにどの区の人も「○○区のチベット」とよんでいるよう」な地域なのであった。またそうした区境だから、行政上統一的な文化保存が行われない。でもここにはたくさんの文化や歴史もあり、そこで暮らしている人達からさまざまなことを聞いていけば、おもしろい雑誌が出来るだろうなと思う。

 昔書店員だった頃、仲間で雑誌を作ったから置いてくれませんかというのがよくあった。私は自分が仕入の権限を持っていたから、仕入条件さえ合えば、出来るだけ置いていた。けれどこの手の雑誌は大体続かないようで、最初のうちは新しい号が出たら前の号の精算に見えるのだが、いつの間にか新しい号も出なくなり、精算さえ来なくなるパターンが多かった。こっちもいつまでも古い雑誌を置いておくわけにもいかないし、かといって商品を預かっているわけだから、捨ててしまうことも出来ず、処理に困ることが多かった。
 森さん達はとにかく三年間は持ち出しであっても、続けよう。雑誌を置いてくれているお店にこうした迷惑をかけないようにしようと決めているところは立派だなと思った。
 資本も何もない主婦が地域のための雑誌作り、確かに大変だろう。けれど自分たちの雑誌を作るというのはきっと楽しいに違いない。それにこの地域はとにかく歴史がある。だから雑誌のテーマにことを欠かない。しかも当時を知っている古老も多くいる。だからおもしろい雑誌が出来てくるのも、肯ける。森さんも次のように言っている。

 「私たちのささやかな『谷根千』にしたってわれながら自費出版でよく続くと思う。そして出版そのものが目的でなく、それによって利益が上がるというものでもなく、やはり本を出すプロセスの楽しさつらさ、取材して調べることの新鮮なよろこび、人との出会い、自己形成というものが私たちにこれをやらせている」

 ちなみに1984年に始まったこの「谷根千」は2009年94号で終わっている。詳しくは以下のURLで見て下さい。


http://www.yanesen.net 谷根千ねっと


 さてこの本で興味を持ったことがいくつかある。まずこの雑誌の性格から、その地域に住む人達のことを聞き回って記事を書いている。けれどそういう聞き書きではよく誤解が起こる。実際雑誌が発売されてから、記事の内容に苦情が来たらしい。だから新しい号が発売されて一週間ぐらいはどこからか苦情の電話が鳴るんじゃないかと不安に駆られたという。まぁそれはちょっとした誤解から生じたことだろうと思われるが、やはりそういうことはいくら校正の時に神経を使っていても起こりうるだろうなあと思う。まして地域雑誌だから、雑誌の内容にはかなり神経を使われたことだろう。

 この雑誌の名物に「自筆広告」というのがあるらしい。自分たちの町のことが載った本をどう紹介したらいいのか悩んだ末、著者自身に広告を作ってもらうコーナーらしい。そこで日暮里に住んでおられた吉村昭さんに「自筆広告」を依頼した。広告料は無料なのだが、吉村さんは広告原稿とともに、一万円が同封され「無料広告代、ご笑納下さい」と添え書きがあったという。これを読んだとき、いかにも吉村さんらしいなと感じたのである。いくら無料とはいえ、吉村さんには広告料を出さずにいられなかったに違いない。「無料広告代」がいい。

 「谷根千」で鴎外の特集を組んだとき、『青年』に出てくる色川国士というどこかの議員さんの家はどこかという疑問に答えてくれた色部義明という人を訪ねたことがここに書かれている。色部?どこかで聞いたことがあるなと思って読んでいたら。協和銀行の頭取だった人だと思い出す。実際森さん達は大手町の協和銀行本店の役員室を訪ねている。
 どうしてこの会長のことを知っているかといえば、うちの会社がこの本店の売店に本屋さんを出していたことがあって、確か頭取が書いた本を売らせてもらったのを、当時の店長から聞いていたからである。それが記憶にあったのだ。妙なところでつながっていることに驚いた次第だ。

 最後に谷中の五重塔のことを書く。谷中には五重塔があった。その塔は1793年に建てられ、江戸の四大塔の一つと言われた。江戸の大火、彰義隊の戦争、関東大震災、戦災にも耐えて谷中墓地に建っていたのである。ところが昭和32年7月6日未明不倫の清算のため、放火心中のため全焼してしまった。その心中者は未だに悪く言われているという。

 「高い薪をつかいやがって」

 「何も心中するなら枝ぶりのいい木も鉄道も近くにあったのに」

 「でも不謹慎ないい方だが、塔が五色の炎を飛ばし、身もだえして昇天するさまはそれはそれは美しかった」

 以来ここには塔の跡はあるが、未だ塔は再建されていない。私は何で塔が再建されないんだろうと思っていた。よく昔あった建物が再建される例をよく聞くので、ちょっと不思議であった。でもこの本を読んで、五重塔再建運動はあったことを知った。
 しかし再建には何十億ものお金がかかる。そのためにはきちんとした体制を作っておかなければ、再建など覚束ない。それにたとえ塔の再建がなったとしてもそのときに再開発や地上げ、あるいは跡継ぎがいないという理由で、この町に住んできた人たちがいなくなったら、住民のシンボルであった塔の再建の意味がない。それよりもこの町に普通の人々のコミュニティーを残すことに時間を使いたいと森さんたちは思ったらしい。
 なるほどそういうことだったんだと納得した。


評価
★★★


書誌
書名:「谷根千」の冒険
著者:森 まゆみ
ISBN:9784480037237
出版社:筑摩書房 (2002/05/08 出版)ちくま文庫
版型:287p / 15cm / A6判
販売価:756円(税込)

2009年11月01日

三浦しをん著『まほろ駅前番外地』

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 この本が出たことを知ったときは、すぐ読みたいと思っていたのだが、あいにく読んでいる本があったので、今日になってしまった。あの多田便利軒の続編となれば、読みたくもなる。ただ悲しいことに詳しい内容は覚えていないが、とにかく面白くて大笑いしたことだけはよく覚えている。
 ちなみに自分のブログで検索してみると、前作を読んだのは3年前だ。3年前読んだ本の内容を忘れちゃうのもどうかと思うけれど、まぁそれだけ私の頭が老化していることなのかもしれない。幸いこうして読んだ本をブログでその感想を書き込んでいるので、検索さえすれば、当時のことがすぐ思い出せるので有り難い。早速当時書き込んだ内容を読んでみた。
 私はこの本を前作の続編と書いたが、実は続編とは違う。読んでみると、なるほど今回は、前作で多田便利軒に仕事を依頼した人の関係者の話であることがわかる。だから“番外地”と名をつけたのだろう。でも依頼者と違う視点で多田便利軒の多田や行天の姿が描かれていて、それはそれで面白かった。
 本の帯にも前作の登場人物のスピンアウトストーリーと書いてある通り、前作と同じ登場人物であっても話が別の方面のジャンルへの展開していく。そんなもんだから私は読んでいるうちに前作の依頼主や関係者の名前を思い出し、そうそう、そうだったと思いながら読んでいた。それはそれで結構楽しかった。こういう本の読み方も出来るんだなと感じた次第だ。
 私としては、地元のやくざである星とちょっと頭が温かい感じの女子高生(今風の女子高生はこんな感じなのかもしれないが)の清海との関係がアンバランスでおかしかった。その清海が携帯の充電を忘れたり、持ち歩くのを忘れたりするものだから、便利屋の多田が清海と連絡を取るのに、星の携帯に電話をかける。ちょうどその時星はやくざとしてとりこんでいるところなので、電話を取った星が「べーんーりーやぁあ!」と怒鳴るあたりは、間が悪いというか、何でやくざの星の携帯に便利屋の多田の名前が登録されているのか、おかしくて仕方がなかった。
 今回は笑いだけでなく、多田や行天のちょっと悲しい過去の部分も話の中でのぞいていて、これからどうなるのかなと思わせるところもあって、もしかしたらもう少し話が続くのかなと思わせる。私としてすぐにとは言わないけれど、もう何年かしたらその後の話が読みたいなと思う。でもシリーズものにして、話が陳腐になるのも、もったいないから(外の作家の作品でいくつも知っているので)、適当なところ話が終わるのがいいな。だってせっかく面白く、好きな物語なので、余計にそう思うのである。
 
 今回も前回同様まわりくどい感想など何もいらない、ただ単に物語を楽しんだ。笑ったり、おっ、どうなるんだと思ったり、気がついたら本が終わっていた。
 ということで、私もくどいことは書きません。ただ面白い。それだけです。私だっていつも堅苦しい本ばかり読んでいるわけじゃありませんって。いろいろ考えるのも好きですが、いつも小難しい感じでいられませんって。実はこういうのが大好きなのです。こういう話が楽しめるから本が面白のです。ハイ・・・。


評価
★★★★


書誌
書名:まほろ駅前番外地
著者:三浦 しをん
ISBN:9784163286006
出版社:文藝春秋 (2009/10/15 出版)
版型:286p / 19cm / B6判
販売価:1,575円(税込)

2009年10月15日

松本健一著『司馬遼太郎を読む』

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 ちょっと漱石に疲れたので息抜きとして違う本を読む。
 書店の棚には司馬さんの解説本が数多くある。さすが“国民的作家”だけある。(これに匹敵するのが村上春樹さんであろうか)それこそ司馬さんの作品を一つでも読んだら、解説本を書きたくなるんじゃないかというくらいある。でも私にはこれらの解説本には胡散臭いところが感じられる。そもそも解説本まで読んで、司馬さんの作品を読みたいと思わないし、司馬さんの作品に限らず解説本というやつには、どこまで信用していいのか疑問にさえ思っている。
 しかし松本さんは違う。私が松本さんを知ったのは、「週刊『街道をゆく』」の解説でであった。その解説のわかりやすさは司馬さんの作品にかなり精通されているからこそ、出来るんだなと思い、結構楽しみにして毎週読んでいた。以来松本さんの司馬作品の解説に興味を持つようになった。

 さてこの本の最初にまえがきとして、松本さんの講演が収録されていて、面白いことが書かれている。
 
 日本の近・現代文学、とくに小説はといえば「私小説」、「わたくし小説」でして、極端にいえば「わたしを見てくれ」(look at me)という文学です。
 ところが、司馬さんは「私を見てくれ」という形で小説を書いていないのですね。じゃあ、どういう形で書いているのかというと、「私のことなんかよりも歴史を見てください、歴史の中にはこんなにすてきな漢達(おとこ)がいる、こんなに素晴らしい人間達がいる、こんなに光を放っている歴史上の人物がいるじゃないか」というのです。
 つまり「私を見てくれ」ではなく「彼を見てくれ」という小説であります。ですから、彼の物語り、つまり「his-story」は「history」、すなわち「歴史」の小説が多い。多いというよりも、それが司馬文学の本質である、ということができるだろうと思います。

 しかし司馬さんの作品は単なる無味乾燥の「歴史」じゃない。そこには漢達の血が通うかのように、確かにその時代に人が生きていた、という感じを読む側に持たせてくれる。つまり司馬さんは日本の「もう一つの物語」を書いたと松本さんは言うが、「私の見てくれ」をもっと具体的に言えば、「私の好きなあの人物、あの漢達の物語を聞いてくれ」なのだと松本さんは言う。そこには司馬さんの「私」がそれを熱く語らせているのであろう。司馬さんがそこにある人物たちにあこがれ、美学、いきざまに感動を受けているから、物語自体が最初は抑えが利いていても、次第に熱くなる。まさにその思いがその人物たちの一番クライマックスと呼応しているから、読んでいて感動もさらに大きくなるのである。

 司馬さんの「もう一つの物語」は、それまであった歴史上の人物の人気を変えた。たとえば30年前まででは、歴史上人気のあった人物は西郷隆盛であったのが、司馬さんの『竜馬がゆく』が書かれれば、西郷を抜いて、坂本竜馬が一番の人気となった。あるいは新撰組と言えば近藤勇であったのが、『燃えよ剣』が新撰組の副長であった土方歳三を人気に持ち上げた。さらに日露戦争では東郷平八郎から秋山好古、真之兄弟に光を与えた。一方乃木希典をそれまであった“軍神”からただの軍人として“無能”、あるいは“狂人”と位置つけた。光を与えたと言えば高田屋嘉兵衛や河井継之助など、数多くいる。
 個人的なことを言えば、私が日本史に興味を持ったのも司馬さんの作品を読んできたためと言っていいし、日本人である自分が自分の国の歴史をないがしろにしていたことを反省したのであった。今ではもう少し日本史を勉強すべきだったと後悔さえしている。
 それくらい司馬さんの作品から日本を、日本人を愛していることを感じられるのである。むしろ愛おしいと言っていいくらいだ。だから後半生はそういう思いから日本を憂う批評をしつづけてきた。警句を発し続けてきた。

 私はそれなりに司馬さんの作品や批評文を読んできたつもりだけれど、まだまだ読みたい本があると思った。小説にしたって、ここに紹介された作品で読んでみたい本がいくつもあった。これから先が楽しみである。
 またこの本の後半は『街道をゆく』の解説となっているが、そこには「司馬さんの『街道をゆく』の面白さは、かつてそこに生きていた人びとが、いまもそこに生きている、とでもいった風韻が伝わってくるところにある。学者だったら、かつてあった人といま生きている人とは同じではない、時代がちがう、などと真面目に(バカ正直に)いうことだろう。
 そういう学者を尻目に、司馬さんは読者を時空をこえて、連れさる」と松本さんは言っているが、これも全巻読んだものとして、まさにその通り!と諸手を挙げて賛成してしまう。また読み直したいほどだけど、全巻はきつい。でも興味のあるところ読み直してもいいかなぁと思ってしまう。
 そんなことを思っていたら、ふと先日神田の古本屋さんで、「司馬遼太郎全集」全巻がワンセット17万円で出ていたの思い出した。それを見たとき思わず足が止まってしまったが、17万はすごい。とてもじゃないが手を出せる金額じゃない。さらに全68冊をどこに置けばいいのか、それも考えなきゃいけない。ただ「いいなぁ!」と思いつつ、その店を後にしたのであった。


評価
★★★


書誌
書名:司馬遼太郎を読む
著者:松本 健一
ISBN:9784101287317
出版社:新潮社 (2009/10/01 出版)新潮文庫
版型:224p / 15cm / A6判
販売価:420円(税込)

2009年09月28日

村上春樹著『村上春樹全作品』〈3〉

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 先に読んだ『ノルウェイの森』のもとになった短編『蛍』を読みたくなり、この短編集を取り出して読んでみた。多分ここに収録されているのは、村上さんの初期の短編なんだと思われる。『中国行きのスロー・ボード』と『蛍・納屋を焼く・その他の短編』に収録された作品がここには収録されている。もちろんいずれも昔読んでいる。個人的には「午後の最後の芝生」、「シドニーのグリーン・ストリート」、「蛍」が懐かしく、よかった。
 「午後の最後の芝生」は主人公の僕がアルバイトで芝刈りのアルバイトをやっていて、アルバイトして最後の仕事の風景を描いている。僕はとにかく徹底して自分が納得するまで仕事をする。だから機械よりも手作業が多くなる。必然的に他の人より時間がかかるが、その分仕事は丁寧なのだ。
 中年の女がいる庭の芝生を刈りに行くのだが、その芝生はそれほど延びてはいない。けれどとにかく刈ってくれと頼まれる。結構うるさそうな女なのだ。でも僕が刈った芝生を見て、彼女の死んだ亭主のように芝生を刈るという。そして彼女は僕を部屋に入れ、ビールとサンドイッチをご馳走し、多分自分の娘の部屋を僕に見せ、僕にどんなイメージが湧くか尋ねる。ただそれだけの話なんだけれど、なんかいい感じの物語であった。
 暑い日差しのなかで、ラジオかけ、ショートパンツ一枚で芝生を刈る情景。その後の彼女にご馳走されたサンドイッチとビールが美味しそうであった。そして仕事が終わり刈り上がった芝生の表面が絨毯のようになめらかになっている情景など、素直に頭の中に浮かんでくる。
 僕はその時彼女と別れたばかりであった。彼女から来た別れの手紙の内容を休憩中思い出す。

 「あなたのことは今でもとても好きです」

 「やさしくてとても立派な人だと思っています。これは嘘じゃありません。でもある時、それだけじゃ足らないんじゃないかという気がしたんです」

 これ言われたり、感じたりしたことありません?若い頃間違いなく相手が好きであっても、どこか相手にもの足りなさを感じることって、あるでしょう・・・。

 「シドニーのグリーン・ストリート」は、羊男が趣味で探偵をしている僕に、羊博士にかじり取られた耳を取り返してくれという依頼をしにくる。羊男が懐かしい。また羊男の話を読みたくなちゃったなぁ。

 「蛍」は僕がいる学生寮の同室人が近所のホテルで放された蛍を捕まえた。それを彼女に渡せば喜ぶよということで僕に渡す。『ノルウェイの森』ではワタナベ君の同室で、国立大学で地図学を専攻し、国土地理院への就職を希望する生真面目で潔癖症の突撃隊”になる。
 この「蛍」でも『ノルウェイの森』もその蛍を彼女にあげることはできなかったのだけれど、『ノルウェイの森』もよかったけれど、この「蛍」ももの悲しくていい。(当たり前か!だって『ノルウェイの森』はこの短編を肉付けして書かれたものなんだから)

 思うのだけれど、村上さんの小説はいわゆる“ムラカミワールド”として非現実的な舞台設定で物語が始まるけれど、でもそこに登場する人物たちは我々と同じ現実で生活している人と同じである。きわめて現実的で、生活感あふれる人たちなのである。だから舞台は非現実的であっても、ものの考え方、感じ方はストレートに読む側に入ってくる。いや、舞台が非現実的だからこそ余計に私小説的部分は心に響いてくるような気がする。ごく普通にあることなのだ。それが強調されて読む側に届くといっていいのかもしれない。妙に納得しちゃったりしてね。特に喪失感はずんと心に響くし、そのやるせなさはよくわかる。むなしさといってもいいかもしれない。そしてそういった喪失感は誰しも経験しているだけに、つらさがよくわかる。


評価
★★★


書誌
書名:村上春樹全作品 〈3〉 ― 1979~1989 短篇集 1
著者:村上 春樹
ISBN:9784061879331
出版社:講談社 (1990/09/20 出版)
版型:56p / 21cm / A5判
販売価:3,150円(税込)

2009年09月21日

村上春樹著『ノルウェイの森』〈上〉〈下〉

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 書泉にこの本のポスターが貼ってあった。なんで今頃この本のポスターが貼られているのだろうとふと思う。確かに村上さんに最新刊が大きな話題になっているから、それも関係あるのかなと思ったが、よく見ると『ノルウェイの森』がその発行部数が1,000万部突破したことが書かれている。なるほどこれかと思った。
 そのポスターを見たからじゃないのだけれど、もう一度村上さんの作品を読み直してもいいかなと思っていたので、手始めにこの本を手にしたわけだ。私の持っている本は1988年8月17日の第20刷のものなのだが、久しぶりに手に取ってみると、古本の風格を帯びている。もうこれを読んで21年たったのかと、月日の流れが速いことを感じてしまう。
 この頃私はわずか10坪ほどの店の店長だった。私が持っている本は発売されて1年たった時の本なのだが、この時でもまだこの本は売れていて、仕入をしてもすぐ売れてしまい、仕入をするのに苦労していた。わずか10坪の本屋など問屋はまともに対応してくれないものだから、この本の配本なんかなかった。だからせっせと現金をもって神田村で仕入をしていた。ちょうどこの頃コミックの『東京ラブストーリー』もテレビドラマの影響もあって、それも売れていて、一緒に仕入をし、並べて売っていたはずだ。
 私は村上さんのこの本がどうしてこう長く売れ続けるのか知りたかったから、自分でも買って読んだ。ただ、今になるとそれほど本の内容が記憶にない。だから読み返すにはちょうどいいかもしれない。
 それで話はちょっと話は横道にそれるのだけれど、私の持っているこの本は上巻が赤、下巻が緑の一色で装丁され、帯が金色である。今の版もそうなのかどうか知らないが、これはクリスマスプレゼントにもってこいの装丁だ。実際当時クリスマスの時期にプレゼントにどうぞ!というのが講談社当たりから言われていたような気がする。(しかし恋人にあげて、盛り上がる本じゃないような気がするが・・・)
 ところで今回この本を再読するに当たり、そのままスキャンしたのだが、この金の帯が真っ黒になってしまうのである。そうか金色はうまくスキャンできないんだと知った。仕方がないので、私の趣旨から反するのだが、帯を取っスキャンする。

 さて、ワタナベが高校二年時の友人でキズキという仲のいい友人がいて、直子はキズキの幼友達であり、恋人であった。三人でうまく付き合っていくには一見バランスが悪そうなのだけれど、不思議なもので結局三人でいる方がうまくいく。こういうのってこの時期よくあるパターンだ。
 そして十七歳の五月の夜にキズキは自殺した。そして残されたワタナベと直子は人生の歪みに直面していく。とりあえずワタナベはその歪みを客観的に捉えながら生きていくが、直子はキズキの自殺の前に、姉の自殺を経験しているため、ワタナベより深刻な精神的に不安定に陥る。ワタナベは「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」と思うようになり、死というものが自分の人生に既に含まれてしまっているものだから、キズキの死を努力して忘れようとしても忘れ去れるものじゃないという境地になる。十七歳の時からそう考えなきゃならなくなったことは、これはかなりきつい。そこから自分の人生で失ってきた、あるいはこれから失っていくであろう多くのものを考え、そして後戻りできない事実に直面するとなると、嫌が上でも自分の人生に歪みが生じてくる。特に感受性の高いこの時期に友人の死は、間違いなく残された人に歪みを植え付けていくか、自覚させるだろう。そしてそうした歪みって、かなり怖い。それを感じるだけで、うまくうっちゃれればそれでいいのだが、もろ直面してしまうと、ただただ怖ろしいものではないだろうか。この小説はそうした歪みにどう対処していけるのか、ワタナベと直子の物語である。

 昔、たぶん中学生の頃だったと思うが、私はいつも感じていたことがあった。それは頭の中に一本の道みたいなものがあり、いつも自分はちゃんとこの道の上を歩いているだろうかと確認するのである。なんて言えばいいのか、よくわからないけど、それは私が進むべき清く正しい人生行路みたいなものだったような気がする。ときにちょっとした挫折(といっても大したことじゃなく、ほとんど失敗みたいなものだった)をすると、その道から外れた位置に自分はいると感じ、怖ろしくなったのである。何とか軌道修正してその道に戻らなければと焦った。そして今思うのだけれど、その道を外れていると感じたことはしょっちゅうで、些細なことでいつも不安に駆られていたような気がする。
 何でこんなくだらないことを書くかといえば、この本にある歪みって、たぶん私が当時感じていた不安や不安定感ともしかしたら似ているような気がしたのである。つまり私の頭の中にあった一本の道から自分がそれることは自分が歪んでいく過程だったような気がするのだ。
 私の場合、こんなくだらない感覚なのだが、おそらく誰しも若い頃にはどういう形であれ自分の歪みみたいなものに不安を感じ、恐れたことがあるんじゃないかと思ったりする。だからこの小説は若い人にとって“通過儀礼”のような一冊となって支持されているのではないかと思うのだ。
 そして長いこと人生を過ごしてきてオヤジとなった自分が今この本を読んで、むしろそうした時代が自分にも確かにあって、懐かしく思える。けれど一方でそういうピュアな気持ちがいつまでも続く方がおかしいのであって、そんなこといつまであり得るわけがないじゃないと半ばバカにするようになったことをどう考えればいいのか。喜ぶべきなのか、悲しむべきことなのか。そういうのが人生だと、どこからか聞こえそうだけど、少なくとも私はそんな風にぶりたくない。むしろこの悲しい物語を通して、かつて自分が自覚していたであろう歪みに対する不安を懐かしむのである。
 もしこの小説が今の若者の通過儀礼となっているなら、その若者はこの物語をどう感じるのか知りたくもある。またもし私の若い頃にこの本が出版されていて、読んだらどうだったろうかと思ってみたりする。直子みたいに不安に駆られるのか。あるいはワタナベのようにそうした歪みに彼なりの抵抗に共感するのか。考えてみるが、よくわからない。あるいはここにある性的描写に興奮するだけかもしれない。
 とにかく今の私はかつては共感できる部分があったかもしれないが、今となってはすれっからしのオジサンになってしまっているためどうしたって青臭く感じてしまうところはある。だからどこか懐かしい感覚でこの物語を再読する。しかしそれでも結構いけていた。

 直子が入所した療養所のルームメイトであるレイコさんの言葉がまず心に残る。

 「十九と二十歳というのは人格成熟にとってとても大事な時期だし、そういう時期につまらない歪みかたをすると、年をとってから辛いのよ」

 これって何となくわかる。やっぱり自分もそういう時期に妙な歪みかたをしたんじゃないかと思う。だからまだ諦めのつかないときは、もがいてきたような気がする。詳しく自分の歪みをここで書いても仕方がないことだから、これ以上は書かないけれど、確かにそういうことがあり、もがき苦しんできた。
 そしてたぶんそれは悲しんでいいことなのかもしれないけれど、諦めが歳と共に勝ち、歪みが当たり前となっている。かといってリセットして昔のようにもがき苦しむことを望むかと言えば、“もういい”と断るだろう。この歳になってももがき苦しむのはごめんだ。歪んでしまったものはもうしょうがない。
 直子もレイコさんと似たようなことを言っているのが印象的だった。

 「成長の辛さのようなものをね。私たちは支払うべきに代価を支払わなかったから、そのつけが今まわってきているのよ」

 直子の手紙も考えさせられる。

 「ある日私の担当医にそのことを言うと、君の感じていることはある意味正しいのだと言われました。彼は私たちがここにいるのはその歪みを矯正するためではなく、その歪みに馴れるためなのだといいます。私たちの問題点のひとつはその歪みを認めて受けいれることができないというところにあるのだ、と。人間一人ひとりが歩き方にくせがあるように、感じ方や考え方や物の見方にもくせはあるし、それをなおそうと思っても急になおるものではないし、無理になおそうとすると他のところがおかしくなってしまうことになるんだそうです」

 「私たちはたしかに自分の歪みにうまく順応しきれないでいるのかもしれません」

 「ここにいる限り私たちは他人を苦しめなくてすむし、他人から苦しめられなくてすみます。何故なら私たちはみんな自分たち『歪んでいる』ことを知っているからです。そこが外部世界とはまったく違っているところです。外の世界では多くの人は自分の歪みを意識せずに暮らしています」

 私はふと思うことがある。その歪みって、誰に対して、あるいは何に対して、歪んでいるということになるのだろうか。何かの対象となるものがあって、それに順応できないところが歪みというのであろうか。
 しかしよく考えてみると、人それぞれ人生に受ける衝撃の強度は違うはずで、その対応もまちまちであろう。またどういう形であれ、その衝撃から立ち直れる人もいれば、いつまでもそれを引きずる人もいる。そうなのだ。決して人は画一的に見られるものじゃない。そういうさまざまなタイプの人が集まって、いわゆる社会というものを形成しているわけである。だったら本来そういったことを認めていいはずのものが、いつの間にか、いつまでも引きずっている人間を隔離していく。それこそ“病気”として称して。そしてそのレッテルを貼られた人は自家中毒を起こし、自らを歪んでいると思い始め、それが高じて精神をおかしくしていく。
 自分のことを人に言いたくても、さまざまな事情でうまく表現できないことを悩む人がいる。そしてうまく言えない人を病気にしてしまう人がいるのである。だから人はそれこそ一所懸命、埋もれそうになりながらも、自分を表現していくのである。
 でも世の中にはワタナベのように自ら苦しんできた過去から歪みを自覚しながら、「みんな自分を表現しようとして、でも正確に表現できなくてイライラするんだ」と言える優しい人がいる。たとえその優しさが特定の個人対しての優しさであっても、そう言ってくれる人がいるだけでも、本来救われる。
 それに対して直子は「誰かに自分の思いを伝えたいと思い、机の前に座ってペンをとり、こうして文章が書けるということは本当に素敵です。もちろん文章にしてみると自分の言いたいことのほんの一部しか表現できないのだけれど、でもそれでもかまいません。誰かに何かを書いてみたいという気持ちになれるだけで今の私には幸せなのです」と書いている。ただ直子の人生の衝撃(姉の自殺、キズキの自殺)は、直子の性格を考えると、それに耐えうる以上のものであった。そして直子の自殺は、直子を助けようとして自らが強くなろうとしているワタナベに、追い打ちをかけることとなる。今度はワタナベが助けてもらう番となる。レイコさんや緑にである。それが読んでいてわかるものだから、この物語は救いがある。そういう意味でこの小説は読み直してよかったなと思った。ただワタナベ君ちょっとかっこよすぎるんじゃないのと思わないでもなかった。

 ところでこの小説を読み返してみて、なんだか一部どこかで読んだことがあるような気がしたのだ。確かにこれで二度目だから、当然そう感じてもおかしくないのだが、どこかに似たような村上さんの小説があったような気がしたのである。(最初読んだときはそんなことは思わなかったのだが)で、あとがきに短篇の『蛍』を肉付けしてこの小説が生まれと書かれていて、思わず“やっぱり”と思った。さっそく、手持ちの短編集を取り出して、読んでみた。そうかこの短篇がベースになっているんだと思いつつ、次はこの短編集を読み始める。


評価
★★★★


書誌
書名:ノルウェイの森〈上〉
著者:村上 春樹
ISBN:9784062035156
出版社:講談社 (1987/09/10 出版)
版型:267p / 19cm / B6判
販売価:1,365円(税込)


書誌
書名:ノルウェイの森〈下〉
著者:村上 春樹
ISBN:9784062035163
出版社:講談社 (1987/09/10 出版)
版型:260p / 19cm / B6判
販売価:1,365円(税込)

2009年08月13日

松田美智子著『新潟少女監禁事件』

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 この本は平成2年11月13日に新潟県三条市で当時小学校4年生の女の子の行方不明となり、その後9年2カ月後、平成12年1月28日に同県柏崎市で発見され保護された事件の記録である。犯人は本ではSとなっているが、佐藤宣行(当時37歳)である。何故この男の名前をSとするのかよくわからない。たとえ精神的病気をかかえていたとしても、もう最高裁で責任能力ありとして刑が確定しいるのだから、Sとする必要はないと思うのだが・・・)

 基本的にこの著者は犯人の裁判を傍聴することで事件の真相に迫る手法をとっている。私はこの犯人が何故9年2カ月も少女を監禁し続けたのかその理由を知りたいと思ってこの本を読んだ。しかし得てして犯罪者の心理は理解できないのが、ここでもあった。我々正常な人間にとってこの犯罪が裁判所の判決(一審)が言うように「動機も自己中心的かつ身勝手極まりなく、酌量の余地は皆無」と感じても、犯人にとってはそんなの関係ないというところなのだろう。犯人が少女を長期間監禁したことを監禁と思っていないのだから話にならない。いけしゃあしゃあと女の子が自分を怖がっているとは思わなかったと言うのであるから、「どうして?」という疑問には答えてくれるわけがないのである。
 我々はことが起こる度にそのわけを知りたいと思うし、何故それが起こったのか、筋の通った理由があるものだと思うところがある。けれどその筋の通った理由というのは、我々一般の人たちの常識範囲内で説明され、その範囲内で理解できることなのだ。そこから逸脱した論理や理由は当然理解不能となる。もちろん犯人側にとってはそれが正当な理由であってもだ。
 そうすると次にどうするかといえば、犯罪者の生い立ちや生活環境に理由を見出そうとするし、病気の有無を確認し始め、そこに問題があれば、「それだ!」とわかったような感じになってしまう。どうしてもどこかでわかりたいのだ。しかし果たしてそれで本当にわかったことになるのだろうか?単純な恨みつらみならはっきりしているから、ことは簡単だろうけど、他人の内面なんて理解できるものなのか、私には疑問に思えてくるときがある。

 さて、事件は少女にとって残酷なものであったことは疑いのない事実だけれど、私はどちらかというとこの犯人の裁判の方が面白かった。裁判は最高裁までいく。一審では懲役14年の判決が出る。ただし当時逮捕監禁致死傷罪の最高刑が10年の懲役刑(現在は15年)だったので、それでは少女が9年2カ月監禁されていたことを考えれば、あまりにも刑が短すぎる。そこで窃盗罪を合わせて併合罪とすれば、逮捕監禁致死傷罪の10年から五割を加算して15年にできることから、検察は求刑を15年と要求し、それでもまだ足りないということで、「未決拘置日数を刑期に1日も加算すべきじゃない」と異例の意見を加える。裁判所はほぼ検察の意見を認め、逮捕監禁致死傷罪で懲役14年の判決を下した。(未決拘置日数は刑期に加えられた)
 ところが控訴審では、それが破棄され、懲役11年の判決が出る。高裁の言い分は、逮捕監禁致死傷罪の最高刑が10年である以上、それ以上の刑期を下すのは刑法上の解釈の誤りだとしたのだ。併合罪を構成する個別の罪について、その法定刑を越える趣旨のものとすることは許されないというのだ。だからあくまでも逮捕監禁致死傷罪は10年が最高刑であり、それに窃盗罪をその法定刑の範囲内で加算すべきで、逮捕監禁致死傷罪の1.5倍は間違いだとしたのだ。そしてこの犯人の窃盗罪は軽微なものなので1年とし、合わせて11年としたのである。
 面白いのは高裁はこの逮捕監禁致死傷罪が10年であることが国民感情として軽すぎるとするなら、法律を改正するしかないと逃げ道を作っているのである。
 当然検察は最高裁に控訴する。当たり前である。最高裁は今度高裁の判決を破棄して、改めて懲役14年の判決を下す。但しこれは刑期の14年は同じだが、一審の判決を完全に支持したのではない。
 最高裁は併合罪の解釈について、それぞれの罪に個別の刑を合算するのは誤りで、法律上認められない。あくまでも全体を統一して処罰すべきだとしたのだ。当たり前である。窃盗罪として、この犯人が盗んだものは監禁した少女に着せるためのキャミソールなのだ。こんなこと最高裁まで行かなきゃわからないのかと思ってしまう。その上で逮捕監禁致死傷罪と窃盗罪を併合罪加重を行った場合、懲役3月以上15年以下となるので、14年が相当という判決を出したのだ。
 法解釈というのは不謹慎かもしれないがおもしろいものである。同じ14年の刑期でも地裁と最高裁で解釈の仕方が違うのだ。裁判というのは我々一般人からすると“茶番劇”みたいなところがあるんじゃないかとこの本を読んでいて思ってしまう。例えば高裁での弁護側の言い分には呆れる。監禁が9年2カ月も続いたのは、警察の不手際であって、今回偶然事件が発覚したため9年2カ月で済んだというのだ。確かにそうかもしれないけど、だからといってそれで済む問題じゃない。さっさと犯人を捕まえれば刑が軽くなったという弁護はおかしい。いったい弁護というのは何のためにするのだ。被告の人権を擁護するのは結構だけど、どう考えても酌量の余地のない犯罪に弁護はおかしいだろうといつも思う。行きすぎを抑制するのが弁護の仕事なら、それをすればいいのであって、ただクライアントの要求で刑を否定したりするだけだったら、いる意味がないのではないか。いつもニュースを見てそう感じるのである。結局弁護士も商売なのであろう。クライアントの要求が通ってなんぼなんだな、きっと。


評価
★★★


書誌
書名:新潟少女監禁事件―密室の3364日
著者:松田 美智子
ISBN:9784022616081
出版社:朝日新聞出版 (2009/02/28 出版)朝日文庫
版型:322p / 15cm / A6判
販売価:777円(税込)

2009年07月29日

村上春樹著『遠い太鼓』

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 この本は買ってからすぐ読んだはずである。しかしこれといって記憶に残っているものがなく、自分の本棚を見ていて、村上さんがギリシア、イタリアに滞在されていた頃のことが書かれていたんだと思い再度手に取った。
 村上さんは1986年から1989年の3年間に、ギリシア、イタリアで過ごす。この時村上さんは『ノルウェイの森』、『ダンス・ダンス・ダンス』の長編を書くためにここに来ている。つまり観光ではなく、あくまでも小説の執筆のためこの地に来ていたのである。だから私が期待する紀行文とは少々趣を異にする。もともと村上さんは自ら「だいたい僕は遺跡というものに興味がないのだ」と言っているので、そうした観光を期待していると裏切られる。
 例えばアテネ。村上さんはアテネを次のように書く。

 アテネといえば人口三百万を数えるギリシャ随一の都会(これは実にギリシャの総人口の三分の一近くに相当する)ではあるけれど、観光客が通常動きまわるエリアに限って言えば、それほど大きな町ではない。たいていの歴史的遺物は歩いて行ける距離にあるし、ごく控えめに言っても三日あれば目ぼしいものは全部見て回ることができる。この街は大昔ポリスのまわりに、まるで磁石に鉄屑がくっつくように近郊住宅が付着して、そのまま無定見にぼわぼわと発展したような都市だから、観光客にとって興味ある場所ははっきりと中心部に限られているのである。だって近郊住宅地部分なんか見にいったってしかたがないから(たとえばあなたが東京に来た外人観光客だとして、ひばりヶ丘だとか多摩プラーザだとか西国分寺だとかわざわざ観光に行きますか?)普通の人はアクロポリスに登って、プラーカでレッツィーナを飲んでムサカを食べて、町をぶらぶら歩いて、土産物屋をのぞいて、シンタグマ広場でお茶を飲んで、リカビスト山からアテネの夜景を見て、その後時間と興味のある人は国立考古学博物館を見物して、それでおしまいである。

 と素っ気ない。

 ただイタリアの“いい加減さ”が面白く書かれる。特にローマでの生活事情は日本とはかなり異なるため、読んでいてやはり呆れてしまう。村上さんの友人が「なにしろローマって二千年がかりで腐敗しつづけているような都市だからね、腐敗にも年季がはいっているんだ」というくらいだから、並大抵のことじゃないみたいだ。
 ローマの駐車事情もかなりひどいようだ。路上駐車は当たり前。少しでもスペースがあればなんとかしてそのスペース車を入れる。もちろんぶつけたってまったく気にしない。そもそもバンパーなんていうものはぶつけるためにあるもんだと考えている。二重駐車なんていうのも日常茶飯事みたいだ。
 つまり駐車場がローマにはないのだ。「どうして存在しないかというと、まずだいいちに街そのものが狭いからである。狭い上に、建築物の規制が厳しいから、現代的な駐車用のビルなんて建てることができない。街中の建物はほとんどが歴史的建築物みたいなもので、言うまでもないことだが、歴史的建築物にはもともとガレージなんてついていない。
 それから地下を掘り下げて駐車場を作ろうとしても、これがなかなか作れない。少し地面を掘るとすぐ何かの遺跡が出てくるからである」らしい。

 なるほど!

 また泥棒にも頻繁にあう。観光ガイドブックには「注意しなさい」と書かれているけれど、それは「世界の何処でも同様である」、「常識を働かせればいいのです」くらいのアドバイスではすまない町みたいだ。「ここではどれだけ注意しても、どれだけ常識を働かせても、それを越えた災難がちゃんとふりかかってくるのだ」という。「私は断固『冗談言っちゃいけない』と思う」と言い切る。タクシーだって料金をかなりぼるみたいだ。
 私はイタリアにはあこがれるけれど、今もこんな状況だと勘弁して欲しいなと思う。そういえば以前読んだ井上ひさしさんのイタリア紀行文にも、空港に着いたとたん旅行バッグを盗まれたことが書いてあったから、状況はそう変わっていないのかもしれない。
 泥棒やスリなどに注意しながら暮らす生活は疲れるし健全じゃないと言う村上さんの言葉はまさにその通りだと思うので、なんとかならないのかなと思う。もっともこれがすべてではあるまい。真っ当なイタリア人だっているはずだし、この本ではそういう人たちのこともちゃんと書かれている。
 そうした人たちを通して、村上さんがいたイタリア人とギリシア人との比較論が面白かった。

 僕の見聞したかぎりではギリシャ人というのは比較的混乱しやすいタイプの人種である。なんとかうまく物事をこなそうという意志はあるのだけれど、すこし事態が込みってくると収拾がつかなくなって混乱し、ある場合には怒り始める。またある場合には落ち込んでしまう。こういう点ではイタリア人と正反対である。イタリア人は始めから物事をうまく処理しようという意志が希薄なので、それがうまくいかなくても殆ど混乱しない。

 へぇ~そうなんだ!

 この本を再度読み直して感じたことはこの程度なので、結局昔読んでそのままにしてあると記憶に残らなくてもしかたがなかったかなと思った次第だ。


評価
★★


書誌
書名:遠い太鼓
著者:村上 春樹
ISBN:9784062033633
出版社:講談社 (1990/06/25 出版)
版型:497p / 21cm / A5判
販売価:1,890円(税込)

2009年07月22日

村上春樹著『もし僕らのことばがウィスキ-であったなら』

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 最近ヨーロッパのどこに行きたいかと聞かれたら、アイルランドとギリシアとイタリアと答えるような気がする。大学時代なら間違いなくドイツ、特にバルト海に面した地域だったのだが、何故か今は当時の興味はない。
 特にアイルランド、J.M.シングの『アラン島』に描かれた景色を見てみたい。自然の荒々しさを間近に感じたい。その過酷な自然の中で生活している人々を見てみたいと思うのだ。わずかな土を大切に運び、強い風で飛ばされないように石垣を作り、作物を作っている姿を見てみたいと思う。妥協のない敬虔な祈りを捧げるカトリック世界を感じたい。よくそう思うのだ。
 そういう気分で自分の本棚を眺めてみると、村上さんの紀行文にこのスコットランド、アイルランドの紀行文とギリシア、イタリアの紀行文があるのを見つける。ギリシアの方は読んでいるのだが、当時はギリシア、イタリアにあまり興味がなかったためか、あるいは村上さんの本が記憶に残らないところがあるためか、とにかく内容がどんなものか覚えていない。ちょうど今ハルキフリークの状態なので、この2冊を読むことにする。手始めにこの本だ。

 この本はスコットランドとアイルランドでシングルモルトのウィスキーを飲みに行く旅である。私はお酒がほとんど飲めないので、ウィスキーに詳しくないのだが、それでも奥様の撮られた写真がいい雰囲気を出している。パブと前足を揃えた猫の写真がいい。猫の写真を見たとき、思わず指で頭をなでてしまった。
 昔本屋でアルバイトを始めたとき、先輩に新橋のパブに連れて行ってもらったことがある。もちろんパブなんて行ったのは初めてである。薄暗い店内のカウンターに座ったと思う。ウィスキーの瓶を逆さに吊してあって、そこからウィスキーをグラスに注ぐ。初めてバランタインを飲んだ。何年ものか忘れちゃったけれど、グラスにわずかに注がれ、大きな氷が溶けて、ウィスキーの琥珀色が氷が溶けた水になじむのが目に見えて不思議な感覚であった。当時は何でこんな少ししかウィスキーを入れてくれないのだろうと疑問に思っていたくらい、何も知らない時であったが、それでも店の雰囲気は今でも記憶に残っている。多分アイルランドでのパブもこんな感じなんだろうなんて思った。
 この先輩は私をいろいろなところに連れて行ってくれたが、連れて行ってくれたお店はみんないい雰囲気の店であったような気がする。薄暗く、騒がしくない、落ち着いてお酒が飲め、話ができた。今でもできるなら当時連れて行ってくれたお店に行ってみたいなという思いに駆られるけど、場所もわからないし、お店だってあるかどうかわからない。だってもう30年近くたっているから。でも私の中で静かにお酒を飲むなら(そんなに飲めないけど)、当時連れて行ってくれたお店であって欲しいと思う。今はやりのショットバーは狭く、やかましくてしかたがない。(いいところへ行っていないんじゃないのと言われればそうかもしれないけど・・・)
 本の中に、よれよれの背広を着てパブのカンターに座り、ポケットから一杯分のコインを正確に出し、バーテンダーが逆さに吊したボトルからシングルモルトのウィスキーをグラスに注ぎ、出されたお金を数えることなく取る。バーテンダーも男も一言も発しない。しかし男は出されたウィスキーをゆっくり飲む。村上さんはその男を見て次のように書く。

 老人はウィスキー・グラスを手に取り、静かに口に運んだ。水で割らなかった。チェーサーもとらなかった。店の中はひどくにぎやかだったのだけれど、それはほとんど気にならないようだった。多くの人がやるように、カウンターにもたれたまま後ろを振り向いて、店内をぐるりと見回したりもしなかった。そこに存在しているのは、彼と、彼の手の中にあるウィスキーだけだった。もしそのパブに彼以外にだれ一人客がいなかったとしても、おそらくまったく気にならなかったに違いない。
 見たところ、彼は話し相手や顔見知りの仲間を求めてこのパブに来ているわけではないようだった。というか、顔見知りの仲間というようなものがいるのかどうかさえあやしいものだった。でもひとつだけ、確信を持って僕に断言できることがあった。それは彼が完全にくつろいでいるということだった。こんなにくつろいでいる人を見かける機会は、長い人生の中であまりないだろう-と言えるくらいくつろいでいた。

 この手の話、なんか以前別の作家の本で読んだことがある。誰だったか忘れてしまったけれど。でもいい感じだなと思った。


評価
★★★


書誌
書名:もし僕らのことばがウィスキ-であったなら
著者:村上 春樹
ISBN:9784582829419
出版社:平凡社 (1999/12 出版)
版型:119p / 20cm / B6判
販売価:1,470円(税込)

2009年07月20日

村上春樹著『海辺のカフカ』〈上〉〈下〉

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 村上さんの本を一度読み出すと絶対にはまってしまうことはわかっていた。そしてその不可解なストーリーに魅了され、呆然とし、精神的に疲れて、その読感をどう書いていいのかわからずにいることも。
 15歳の誕生日に家出をして、「世界で最もタフな15歳になる」ことを決意した「僕」と、知事さんにホジョをもらいながら生活しつつ、猫と話すことができることから迷子の猫を探す副職で小遣いを稼いでいたナカタさんの物語が交互に進む。そしてこの二人は四国でクロスし、二つの物語はやがて「入り口の石」に近づいてゆく。

 まぁここまでは何とか大まかに話の展開をまとめることができるが、それ以降どう考えたらいいのかかなり迷う。でも、一つこの物語を考える上で参考になることがある。たとえばナカタさんが猫と話すときのこと。

 「そうです。ナカタと申します。猫さん、あなたは?」
 「名前は忘れた」と黒猫は言った。「まったくなかったわけじゃないんだが、途中からそんなもの必要なくなってしまったもんだから、忘れた」
 「それでは猫さんのことをオオツカさんと呼んでよろしいでしょうか?」
 「なんだい、それは?どうしてオレが・・・・オオツカなんだい?」
 「いいえ、たいした意味はありません。ナカタが今ふと思いついただけであります。名前がないと覚えるのに困りますので、適当な名前をつけただけであります。名前があるとなにかと便利なのであります」
 「よくわからないな。猫にはそんなの必要ない。匂いとかかたちとか、ただあるものを受け入れればいいだけだ。それで不自由ないね」

 「田村カフカというのが君の名前であれば、ということだけど」

 「わたしの名前はわかるだろうね?」
 「ウィスキーを嗜む人なら一目見てわかるんだが、まあよろしい。私の名前はジョニー・ウォーカーだ。ジョニー・ウォーカー。世間のだいたいの人は私のことを知っている。自慢するんじゃないが全地球的に有名なんだ。イコン的な有名さと言ってもいい」

 「ホシノちゃん」
 「あんたは-」
 「そうだ。サンダース大佐だ」
 「そっくりだ」
 「そっくりではない。わしがカーネル・サンダースだ」
 「そのフライド・チキンの」
 「そのとおり」
 「よう、しかしあんた、どうして俺の名前を知ってんの?」
 「わしは中日ドラゴンズのファンにはいつもホシノちゃんと呼びかけることにしている。たとえば何があろうと、巨人といえばナガシマ、中日といえばホシノじゃないか」

 「おじさんはほんとにカーネル・サンダースなの?」
 「ほんとは違う。とりあえずカーネル・サンダースのかっこうをしておるだけだ」
 「そうだと思ったよ」「それでおじさん、ほんとは何なんだよ?」
 「名前はない」
 「名前がないと困らないかい?」
 「困らん。もともと名前もないし、かたちもない」
 「屁みたいだね」
 「そう言えなくもない。かたちのないものだから何にでもなれる」
 「はあ」
 「とりあえず、カーネル・サンダースという、資本主義社会のイコンとでも言うべき、わかりやすいかたちをとっているだけだ。ミッキーマウスだってよかったんだが、ディズニーは肖像権についてうるさい。訴訟されるのはごめんだ」
 「まあ俺もあんまり、ミッキーマウスに女を紹介されたくないね」
 「まあそうだろうな」

 つまり問題となるのは“名前”である。人や物に名前や固有名詞が付加されることによって、人はそれをそれとしか思わなくなる。猫にオオツカさんという名前が付いたとたん、オオツカさんの個性がそこに植え付けられるし、田村カフカという名の少年はどこまで行ってもこの物語では田村カフカでなければならなくなる。ジョニー・ウォーカーにしてもカーネル・サンダースにしてもその名前が出てくれば、ウィスキーの名前であり、フライド・チキンの名前となる。中日ドラゴンズのファンはホシノである。一見名前を付けることによって、差別化し、その個性を浮きだたせるようであるが、その名前を付けられたとたんそれ以外であり得なくなる。そうすることで非個性化し、ただの代名詞となる。余計なものが不要なものとして、ただ単にそのものとなるのだ。それがわれわれの日常なのだ。それで世の中が回っていて、それ以外を受け入れなくて済むようなっている。
 しかしそれは誰も知っているだけの、単に一時的に付けられた名前や固有名詞であって、本当にそれ以外のものはないのだろうか?この物語はそうした日常当たり前の世界が実はちっとも当たり前でない世界の側面を持つのではないかということを教えてくれる。それらの名前の下に隠れた世界が実はどこでもあって、ただ付加された名前によって隠されてしまっている。そんなことを感じた。そこには真の姿があるときもある。それを表現するために村上さんはいつものようにたくさんのメタファーを使い、もう一つの別の世界を作り上げ、そこに登場人物を入れてしまう。田村カフカ君にしても、ナカタさんにしても。
 日常は決して現実的ではなく、非現実的な側面を本来持っている。隠れたものがある。隠れたものには時に暴力的で、残酷なことなどをあからさまにしてしまう部分があるのだけれど、単にその行為を言葉で表すと、その言葉でしかなくなる。
 だから自ら非日常の世界に入り込んで(それは森の中であったり、井戸の中であったりして)あるべき姿が見えるまで待つ。そうしているうちに真の意味が姿を現す。これが村上ワールドじゃないかなんて思っている。

 ところで先に読んだ『ねじまき鳥クロニクル』よりこの『海辺のカフカ』の方が私は好きである。前作は人の真の姿を追求することばかりであって、どこにも物語として救いがなかったからだ。今回はナカタさんやホシノくん、大島さん、そしてカーネル・サンダースと笑い提供してくれる分、楽しく読めた。
 たとえば大島さんは最高である。

 「実を言いますと、私たちの組織は女性としての立場から、日本全国の文化公共施設の設備、使いやすさ、アクセスの公平性などを実地調査しております」
 「それで結論からまず申し上げますと、この図書館には残念ながらいくつかの問題点が見受けられます」
 「つまりそれは女性的見地から見てということですね」
 「まずここには女性専用の洗面所がありません。そうですね?」
 「たとえ私立の施設とはいえ、パブリックに開放された図書館であれば、原則として、洗面所は男女別にされるべきではないでしょうか」
 「原則として」
 「残念ながら男女別の洗面所をつくるほどのスペースの余裕はありません。今のところ利用者から苦情は出ていません。幸か不幸か、うちの図書館はそれほど混雑しないのです。もしあなたがたが男女別の洗面所の問題を追及なさりたければ、シアトルのボーイング社に行かれて、ジャンボ・ジェットの洗面所について言及なさったらいかがでしょう。私ども図書館よりはジャンボ・ジェットのほうが遙かに大きいし、遙かに混雑していますし、私の知るところでは機内の洗面所はすべて男女兼用です」
 「私たちは今ここで交通機関の調査をしているわけじゃありません。どうしてジャンボ・ジェットの話が急に出てこなくてはならないのですか」
 「ジャンボ・ジェットの洗面所が男女兼用であることも、図書館の洗面所が男女兼用であることも、原則的に考えれば、生じる問題は同じじゃありませんか?」
 「私たちは個々の公共施設の設備の調査しています。原則の話するためにここに来たのではありません」
 「そうですか。僕はてっきり、我々は原則について語りあっていると思っていたんですが」

 「ただしこの図書館では、すべての分類において、男性の著者が女性の著者より先に来ています」
 「私たちの考えるところによれば、これは男女平等という原則に反し、公平性を欠いた処置です」
 「曽我さん」
 「学校で出欠をとられるときには、曽我さんは田中さんの前だし、関根さんのあとだったはずです。あなたはこのことに対して文句を言いましたか?たまには逆から呼んでくれと抗議しましたか?アルファベットのGは自分がFのあとになっているからといって腹をたてますか?本の68ページは自分が67ページのあとになっているからといって革命を起こしますか?」

 「いいですか、僕が申しあげたいのはこういことです-小さな町の小さな私立図書館にやってきて、あたりをくんくん嗅ぎまわって、洗面所の形態や閲覧カードあらを探しているような時間があれば、全国の女性の正当な権利の確保にとって有効なことは、ほかにいくらでもみつけられるはずだ、と。僕らはこのささやかな図書館を少しでも地域の役に立つものにするべく、全力を尽くしています。書物を愛する人々のために、優れた書物を集め提供しています。人間味あるサービスを心がけています。あなたはご存じないかもしれませんが、この図書館の、大正から昭和中期にかけての詩歌の研究資料のコレクションは、全国的にも高く評価されています。もちろん不備はあります。限界だってあります。しかし及ばずながら精一杯のことはやっているのです。僕らができないでいることを見るよりは、できていることのほうに目を向けてください。それがフェアネスというものではありませんか」

 ここまで言われても引き下がらない曽我さんたちに大島さんは最後に自分が性同一障害に悩む女性であることを公にする(これは私も驚いたけれど)。さすがにそうなると大島さんの言うことに引き下がらずを得なくなっていく。
 大島さんは想像力の足らない人間をいちいち相手にしていたら、身体がいくつあっても足らないことを田村カフカ君にわからせる。その上で、「想像力を欠いた狭量さ、非寛容さ。ひとり歩きするテーゼ、空疎な用語、簒奪された理想、硬直したシステム。僕にとってほんとうに怖いのはそういうものだ。僕はそういうものを心から恐れ憎む。なにが正しいか正しくないか-もちろんそれもとても重要な問題だ。しかしそのような個別的な判断の過ちは、多くの場合、あとになって訂正できなくはない。過ちを進んで認める勇気さえあれば、だいたいの場合取りかえしはつく。しかし想像力を欠いた狭量さや非寛容さは寄生虫と同じなんだ。宿主を変え、かたちを変えてどこまでもつづく。そこには救いはない。僕としては、その手のものにここには入ってきてもらいたくない」と言い切る。これはある意味この本の重要なテーマかもしれないと思う。

 あと、なんと言ってもカーネル・サンダースとホシノちゃんとのやりとりは大笑いした。

 「実はな、石はこの神社の林の中にある」
 「<入り口の石>だよ」
 「そうだ。<入り口の石>だ」
 「おじさん、それってひょっとしていい加減なことを言っているんじゃないよね?」
 「何を言うか。たわけものものが。わしがこれまでひとつでも嘘をついたか?口からでまかせを言ったか?ぴちぴちのセックス・マシンだと言ったら、たしかにぴちぴちのセックス・マシンだったろうが。それも大出血サービス料金、1万5000円ぽっきりで厚かましく三回も射精しやがって、それでもまだ人のことを疑うか」

 「でもさ、この石っていちおう神様の持ちものでしょうが。勝手に持っていったらきっと怒られるよ」
 「神様ってなんだ?」「神様ってどんなことをしているんだ?」
 「おれはそういうこと、よく知らねえけどさ。でも神様は神様だよ。いたるところに神様はいて、俺たちがやることを見ていて、良いか悪いか判断するんだ」
 「それじゃまるでサッカーの審判員じゃないか」
 「そういう風に言えるかもしれない」
 「じゃあ何か、神様ってのは半ズボンをはいて、口に笛をくわえて、ロスタイムを計っておるのか?」
 「しつこいね、おじさんも」

 「いいか、ホシノちゃん。神様ってのは人の意識の中にしか存在しないんだ。とくにこの日本においては、良くも悪くも、神様ってのがあくまでも融通無碍なものなんだ。その証拠に戦争の前には神様だった天皇は、占領軍司令官ダグラス・マッカーサーから『もう神様であるのはよしなさい』という指示を受けて、『はい、もう私は普通の人間です』って言って、1946年以後神様ではなくなってしまった。日本の神様ってのは、それくらい調整のきくものなんだ。安物のパイプをくわえてサングラスをかけたアメリカ軍人にちょいと指示されただけでありかたが変わっちまう。それくらい超ポストモダンなものなんだ。いると思えばいる。いないと思えばいない。そんなもののことをいちいち気にすることはない」
 「はあ」

 「でもさ、あの女の人は本物だよね。キツネだとか、抽象なんとかだとか、そういう面倒なものじゃねえよな?」
 「キツネでもないし、抽象なんとかでもない。実物のセックス・マシンだ。混じりけなしの愛欲の四輪駆動だ。けっこう苦労してみつけてきたんだ。安心しなさい」
 「よかった」

 しかし星野君、なかなかいい味を出している。ナカタさんと関わるうちに内面から変化してくる。ナカタさんが字が読めない代わりに星野君が読んでやり、<入り口の石>を探し出してやったりするうちに、自分が正しい場所にいるという実感がわいてくる。それをたとえてお釈迦様やイエス・キリストの弟子になった連中もこんな気分だったじゃないかと感じる。教義とか真理とかむずかしいことを言う前に、その程度乗りだったのかもしれないと思うところは、何となくわかるような気がする。おそらく星野君の考える通りだったんじゃないかと思えてくる。
 ナカタさんとの珍道中で、いろいろな景色の見え方変わり、それまで面白いと思わなかった音楽が心に沁みるようになっていく。そんな星野君を見ているとなんかその変化が話の展開とともにうれしくなっていくのが自分でも感じた。


評価
★★★★


書誌
書名:海辺のカフカ〈上〉
著者:村上 春樹
ISBN:9784103534136
出版社:新潮社 (2002/09/10 出版)
版型:397p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)


書誌
書名:海辺のカフカ〈下〉
著者:村上 春樹
ISBN:9784103534143
出版社:新潮社 (2002/09/10 出版)
版型:429p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2009年07月10日

村上春樹著『ねじまき鳥クロニクル』〈第1部〉泥棒かささぎ編・〈第2部〉予言する鳥編・〈第3部〉鳥刺し男編

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 最新刊の村上さんの本を読んだので、読みそびれていた以前のこの本のことが気になり、手にする。第一部、二部はわりとすらすら物語の中に入っていけたのだけれど、三部になるといささか疲れを覚え、読み終えたときには疲労感いっぱいであった。
 いったいこの本はなんなんだ!というのが正直な感想である。これをどうやって自分の感想を書けばいいのか正直困っている。うまく書けないけれど書けばこんな感じだ。

 村上さんの小説はいつも大切な人、あるいは大切なものを捜し回るというパターンが多いが、今回もそれである。主人公の岡田亨が失踪した妻クミコを探しに行く。そして物語は様々な世界に我々を連れて行ってくれる。現実と非現実。過去と現在。それぞれが交錯する。それは我々が当たり前と思っている、今いる世界が、まるで回転扉ようにそれが回ると簡単に非現実的な世界や過去へと変わる。つまりそれほど確かなものじゃないということ教えてくれる。というか、今現在がどこか非現実的なことで成り立っているところがあるし、過去の蓄積が現在を成り立たせているところがあることを教えてくれる。
 我々のいる世界が実は理不尽で、残酷で、理解しがたい部分があまりにも多くあり、ちっともリアリティーじゃないことを思い知らされる。そういう世界がこの物語では、「ねじまき鳥」の存在を通して語る。

 「ねじまき鳥」は大きな力を持っていた。人々は特別な人間しか聞こえないその鳥の声によって導かれ、避けがたい破滅へと向かった。そこでは、人間の自由意志などというものは無力だった。彼らは人形が背中のねじを巻かれテーブルの上に置かれたみたいに選択の余地のない行為に従事し、選択の余地のない方向に進まされた。その鳥の声の聞こえる範囲にいたほとんどの人々が激しく損なわれ、失われた。多くの人々が死んでいった。彼らはそのままテーブルの縁から下にこぼれ落ちていった。

 ねじまき鳥は実存するんだ。どんな格好をしているかは、僕も知らない。僕も実際にその姿を見たことはないからね。声だけしか聞いたことがない。ねじまき鳥はその辺の木の枝にとまってちょっとずつ世界のねじを巻くんだ。ぎりぎりという音を立ててねじを巻くんだよ。ねじまき鳥がねじを巻かないと、世界が動かないんだ。でも誰もそんなことは知らない。世の中の人々はみんなもっと立派で複雑で巨大な装置がしっかりと世界を動かしていると思っている。でもそんなことはない。本当はねじまき鳥がいろいろな場所に行って、行く先々でちょっとずつ小さなねじを巻いて世界を動かしているんだよ。それはぜんまい式のおもちゃについているような、簡単なねじなんだ。ただそのねじを巻けばいい。でもそのねじはねじまき鳥にしか見えない。

 ここでは説明できない、あるいは納得できない現実がどこかあって、それは「ねじまき鳥」が人間の意志に関係なくねじを巻くから、そうなるのだというのだ。岡田亨の妻クミコが失踪するのも、岡田亨が理解できる範囲のものを超えた何かであり、彼の回りに集まってくる変わった名前の登場人物も、彼の理解を超えた何かを持っているか、不可解な(あるいは異常な)過去の持ち主であるが故、ある意味なかなか理解しにくいものがそこにはある。
 でも、世の中というのはそうした雑多な世界にいる人々で成り立っているところがあるのだ。だからわかったようで実は誰もわかっちゃいないということなのだ。
 それでも何とかわかりたい。理解したい。失踪した妻を捜し出すために。だから笠原メイが岡田亨の苦悩を次のように言うのだ。

 あなたはいつも涼しい顔をして、何がどうなっても自分とは関係ないという風に見える。でも本当はそうじゃない。あなたはあなたなりに一生懸命闘っているのよね。

 この物語に登場する人物たちの話、過去に経験してきた悲惨で、残酷な体験は、その人物たちの思想形成に多大な影響を今現在に及ぼしたけれども、聞く側の人間にとって、それを完全に理解できないものである。そんな状態の人間の集まりである世の中がどうして確かなものなのか?世の中そのものが複雑怪奇となっても不思議じゃない。
 でも、そうであっても少なくとも自分が愛している妻だけはどうしても理解したい。二人の間だけは“確かなもの”でありたい。そういう気持だけは伝わってくる。多分それが岡田亨の闘いなのだろう。


評価
★★★


書誌
書名:ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編
著者:村上 春樹
ISBN:9784103534037
出版社:新潮社 (1994/04/12 出版)
版型:308p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)


書誌
書名:ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編
著者:村上 春樹
ISBN:9784103534044
出版社:新潮社 (1994/04/12 出版)
版型:356p / 19cm / B6判
販売価:1,890円(税込)


書誌
書名:ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編
著者:村上 春樹
ISBN:9784103534051
出版社:新潮社 (1995/08/25 出版)
版型:492p / 19cm / B6判
販売価:2,205円(税込)

2009年06月18日

村上春樹著『1Q84』〈book 2(7月-9月)〉

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 舞台はジョージ・オーウェルが1949年に書き上げた『1984年』の東京。青豆という女性と天吾という男性の話が交互に語られる。
 最初この二人はクロスすることはなく、1984年の生活がそれぞれ描かれる。青豆はスポーツジムのインストラクターで、“必殺仕事人”みたいな裏の顔を持つ。天吾は予備校で数学を教えていて、かたわら小説を書いていた。
 青豆はその“仕事”に向かう途中で首都高の渋滞に巻き込まれる。青豆の乗ったタクシーの運転手はこの渋滞から抜け出す方法が一つあることを伝える。高速道路の非常階段。青豆はタクシーを降り、その階段を使って渋滞の高速から抜け出す。タクシーを降りるとき運転手から覚えて欲しいことがあるといって次のように言われる。

 で、そういうことをしますと、そのあとの日常の風景が、なんていうか、いつもとはちっとばかし違って見えるかもしれない。私にもそういう経験があります。でも見かけにだまされないように。現実というのは常にひとつきりです。

 そして青豆は高速道路の非常階段を下りた。この時から青豆は1984年という世界からもう一つ別の新しい世界に飛び込んでしまった。青豆が名付けた1Q84年という世界へ。Qはquestion markのQだ。疑問を負ったものだ。
 一方天吾は知り合いの出版社の編集者の小松から、ふかえりという十七歳の少女が書いた『空気さなぎ』のリライトを持ちかけられる。天吾はその小説にもともとひかれる部分があったので、それを引き受ける。そしてその『空気さなぎ』は世に放たれ新人賞を受賞し、ベストセラーとなる。この時から天吾も1Q84年という世界へ足を踏み入れてしまった。

 読売新聞の6月16日から19日かけて村上春樹さんの独占インタビューが掲載されている。私はこれを面白く読んだ。そこには「罪を犯す人と犯さない人とを隔てている壁は我々が考えているより薄い。仮説の中に現実があり、現実の中に仮説がある。体制の中に反体制があり、反体制の中に体制がある。そのような現代社会のシステム全体を小説にしたかった」と村上さんは言っている。
 さらに9・11のテロでツインタワーがあれだけあっけなく崩壊する映像を何度も見せられるとふとした何かの流れで、あの建物がない奇妙な世界に自分が入り込んでしまったと感じる人がいてもおかしくないと言う。特に日本の場合、1995年に阪神淡路大地震、オウム事件が立て続けに起こり、「自分はなぜ、ここにいるんだろう?」という現実からの乖離を、世界よりひとあし早く体験したんじゃないかとも言う。
 そうなのだ。自分では確かな現実だと思っていても、何かの拍子でそれが不確かなものに感じてしまうことがある。今日は2009年6月18日の木曜日という確かな日であっても、感覚的に昨日とは違う一日になってしまうことだってあり得る。あるいはちょっと前とは何かが違うと感じることだってある。青豆や天吾が1984年から1Q84年という世界に入り込んでしまうこの奇妙な小説は実はちっとも奇妙じゃないのではないかと思わせる。
 この小説はちょっとした非日常から新しい世界に紛れ込んでしまった男女のラブストーリーである。だから面白い。ちょいとそこらにごろごろしているラブストーリーでない。
 二人には二十年前に接点があった。同じ小学校のクラスメイトであった。しかし青豆は母親が加入している『証人会』という宗教団体の布教活動に日曜日の度引き回されていた。一方天吾の父親はNHKの受信料の集金人で、やはり日曜日の度に引き回されていた。どちらも子供連れの方がやりやすかったからだ。二人は同級生が日曜日に楽しく遊んでいるのにと思うとそれが辛く、恥ずかしかった。そのためクラスのは友人がいなかった。通りでお互いすれ違ったこともあった。
 あるとき教室で二人だけになった。青豆は何も言わず、天吾の手を強く握る。しかしそれで終わり、青豆は転校していき、以来二人は交わることがなかった。が、この時の情景を忘れることが出来ず、以来二人は二十年間お互い求めあっていた。捜していたのである。

 言葉ではうまく説明はつかない意味を持つ風景。俺たちはその何かにうまく説明をつけるために生きているという節がある。

 それでは何故青豆が1Q84年という世界に引き込まれたのか?そのことを知るのは、青豆が「さきがけ」という宗教団体の教祖を抹殺する依頼を受け、その行動に移ったとき、その教祖から知らされる。教祖はすべてを知っていた。その上で青豆を招き入れ、すべてを語るのである。
 それは天吾がふかえり(教祖の娘)の『空気さなぎ』をリライトして世に出してしまったことで、リトル・ピープルなるものが世間に知れ渡ることとなり、リトル・ピープルが天吾を危険人物とみなした。
 青豆の方は天吾の物語を語る能力によって、レシヴァ(受け入れるもの)の力によって1Q84年という別の世界に運び込まれてしまったと言うのであった。なぜなら青豆と天吾がお互い強く引き寄せあっていたからだ。リトル・ピープルのとって青豆を1Q84年に引き込むのは簡単で、単に1984年から1Q84年に路線を切り替えるだけでよかった。
 もともとリトル・ピープルなるものを導き入れたのふかえりで、リトル・ピープルを知覚する「パシヴァ」となった。そしてふかえりの父親である教祖(リーダー)がリトル・ピープルを受け入れるもの(レシヴァ)になった。そのためリーダーはリトル・ピープルの代理人となり「さきがけ」という宗教団体の教祖のような存在となる。
 そのため青豆がリーダーの抹殺すると、リトル・ピープルにとっては代理人を失うことになる。リーダーの代わりがまだ見つかっていないから、リトル・ピープルは早々自分の代理人を捜す必要性が出てきてしまい、天吾を抹殺するどころでなくなる。すなわちそれが天吾を守ることとなる。
 しかし「さきがけ」にとってリーダーが殺されれば、組織として黙ってられなくなる。どんなことをしても青豆を捜そうとするに違いない。
 ここでリーダーは青豆に自分自身を守るか、それとも天吾を守るか、二者択一を迫る。一度1Q84年に引き込まれたら、1984年に戻る道はない。なぜならこの世界に入るドアは一方にしか開かないからだ。
 青豆は予定通り、リーダーを殺し(リーダーもリトル・ピープルの代理人となっているため肉体的苦痛に悩まされており、自らの死で、そこからの解放を望んでいた)、天吾を守る。
 “仕事”のあと、青豆は高円寺のマンションに身を隠す。高円寺には天吾とふかえりが一緒にいたが、二人は完全にクロスすることはなかった。かろうじて、青豆が自分を捜している天吾の姿をベランダ越しに見かけるだけであった。
 そして青豆は自分を1Q84年に引き込んだあの高速道路の非常階段がある場所を訪れるが、そこには非常階段はなかった。the endである。青豆は自殺する。

 私はこのようにこの物語をラブストーリーとして読んだ。しかしここで描かれる物語の中には、村上さん特有の存在感と喪失感がある。

 天吾は言った。「小説を書くとき、僕は言葉を使って僕のまわりにある風景を、僕にとってより自然なものに置き換えていく。つまり再構成する。そうすることで、僕という人間がこの世界に間違いなく存在していることを確かめる。それな数学の世界にいるときとはずいぶん違う作業だ」

 青豆は言った。「でもね、メニューにせよ男にせよ、ほかの何にせよ、私たちは自分で選んでいるような気になっているけれど、実は何も選んでいないのかもしれない。それは最初からあらかじめ決まっていることで、ただ選んでいるふりをしているだけかもしれない。自由意志なんて、ただの思い込みかもしれない。ときどきそう思うよ」

 私も歴史の本を読むのが好きです。歴史の本が教えてくれるのは、私たちは昔も今も基本的に同じだという事実です。服装や生活様式にいくらかの違いはあっても、私たちが考えることややっていることはそれほどの変わりはありません。人間というものは結局のところ、遺伝子にとってのただの乗り物であり、通り道に過ぎないのです。彼らは馬を乗り潰していくように、世代から世代へと私たちを乗り継いでいきます。そして遺伝子は何が善で何が悪かなんてことは考えません。私たちはただの手段に過ぎないわけですから。彼らが考慮するのは、何が自分たちにとっていちばん効率的かということだけです。

 たとえばこういうことです。ある年齢を過ぎると、人生というのはものを失っていく連続的な過程に過ぎなくなってしまいます。あなたの人生にとって大事なものがひとつひとつ、櫛の歯が欠けるみたいにあなたの手から滑り落ちていきます。そしてその代わりに手に入るのは、とるに足らんまがいものばっかりになっていきます。肉体的な能力、希望や夢や理想、確信や意味、あるいは愛する人々、そんなものがひとつまたひとつ、一人また一人と、あなたのもとから消えて去っていきます。別れを告げて立ち去ったり、あるいはある日ただふっと予告もなく消滅したりします。そしていったん失ってしまえば、あなたにはもう二度とそれらを取り戻すことができません。かわりのものを見つけることもままならない。こいつはなかなかつらいことです。時には身を切られるように切ないことです。川奈さん、あなたはそろそろ三十歳になる。これから少しずつ、人生のそういう黄昏れた領域に脚を踏み入れようとしておられる。それが、ああ、つまりは年をとっていくということです。その何かを失うというきつい感覚が、あなたにもだんだんわかりかけているはずだ。違いますかね?

 それと喪失感に伴う無気力感もいい。

 新聞は「起こった」ことについては積極的に取り上げるが、「続いている」ことについては比較的消極的な態度で臨むメディアである。だからそれは「今のところたいしたことは何も起こっていない」という無言のメッセージであるはずだった。


 世界は世界で勝手に進ませておけばいい。用事があったらきっと向こうから言ってくるはずだ。

 私はこれらの文章が好きだ。
 最後にもう一度読売新聞の村上さんのインタビューから気になったところを書いておく。
 ここには(ソ連崩壊後の)マルキシズムという対抗価値が生命を失い、マルキシズムに代わる座標軸としてカルト宗教やニューエイジ的なものへ関心が高まったんじゃないかと村上さんは言っている。原理主義も世の中がカオス化するにあたり、シンプルな原理主義は確実に力を増しているとも言われている。
 さらにネットの普及は匿名で無責任な意見が集中する。そこにある知識や意見はカットアンドペーストされ使い回される。何よりもスピードとわかりやすさのために。
 そんな時代だからこそ、村上さんは「物語」は力を持たなければならないと言いきる。まさしくその通りだろう。そして私はここに描かれた「物語」を堪能した。


評価
★★★★★


書誌
書名:1Q84 〈book 2(7月-9月)〉
著者:村上 春樹
ISBN:9784103534235
出版社:新潮社 (2009/05 出版)
版型:501p / 20cm / B6判
販売価:1,890円(税込)

2009年06月15日

村上春樹著『1Q84』〈book 1(4月-6月)〉

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 話題の本を読む。なんとか2冊手に入れ、この休みに十分村上ワールドを堪能した。夢中になり一日中本を手放さなかった。詳しいことは二冊目を読んでから、まとめて書くつもりである。


書誌
書名:1Q84 〈book 1(4月-6月)〉
著者:村上 春樹
ISBN:9784103534228
出版社:新潮社 (2009/05 出版)
版型:554p / 20cm / B6判
販売価:1,890円(税込)

2009年05月01日

三木義一著『給与明細は謎だらけ』

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 仕事柄給与事務もやっているから、ここに書かれていることは基本的にわかっているつもりだ。だからというわけじゃないが、どうも納得できない部分もある。たとえば通勤費の扱いである。
 所得税の方は通勤費が10万円未満は非課税扱いなのだが、社会保険料計の算出に当たっては、これを給与に含めて算出する。つまり通勤費のぶんだけ社会保険料計が上がることになる。
 そもそも通勤費とは収入なのだろうかと思うのだ。社会保険料計は標準報酬月額から算出するのだが、その標準報酬月額のもととなる報酬は、賃金、給料、俸給、手当、賞与、その他どんな名称であっても、被保険者が労務の対償として受けるものすべてを含むとあるのだ。しかし通勤費は労務の対償なのかと思うのだ。だって仕事をするために移動する費用であって、決して労務の対償ではあるまい。少なくとも所得税の方で非課税としている方が合理的である。これも社会保険庁の陰謀なんじゃないかと思っている。

 しかし私はこうした事務仕事つくまでは、給与明細の仕組みなどどうなっているのか知らなかった。どのように手当が決められ、算出され、その上で社会保険料や所得税や住民税の額がどのように決められていてのかなんてわからなかった。結局気になるのは手取りの額である。最終的にいくら手元に残るかが、すべてであった。
 多分多くの方がそんなもんじゃないかと思う。それくらいややっこしくしてあるのだ。何故かと言えばわれわれサラリーマンに文句を言わせないためなのだ。税金や社会保険料の徴収に関心を持ってもらうとお役所としては困るのだ。徴収の仕組みをわざと複雑にして、煙に巻いているのだ。しかも納税の義務を本来個人にあるものを会社にさせる。税務署や社会保険事務所の仕事を会社の経理にさせること自体、職務怠慢だ。それに対して何も見返りがないのだ。あくまでも義務だとしてあぐらをかいているのである。
 そしてとにかく取ってしまえばいいわけで、そこには個人個人が税金や保険料を納めているという意識をなくさせれば、後はそのお金でやり放題というわけだ。
 だからこの著者はわれわれサラリーマンを“羊”と称するのである。これは読んでいて無性に腹が立った。専門家からすればわれわれサラリーマンはむしり取られるだけの“羊”に見えるのかもしれないが、どう考えても言い過ぎであろう。少なくと専門家であるなら、あるいはわれわれサラリーマンの立場に立つなら、こういう言い方はすべきじゃないだろう。これだけでこの人の品性が疑われる。減点★四つである。
 私はこうして給与事務をやるようになってから、あるいは自分で確定申告をするようになってから、税金や保険料を納めているという意識が生まれた。
 日本のサラリーマンはいつの間にか税金や保険料を納めているという意識を給与天引きというシステムで薄められてしまっている。だからそれがどのように使われているかなんて意識もほとんどない。もし個人で納税なりすれば、国民としての義務を果たしているという意識も生まれるだろうし、その使い道が気にかかるだろう。強いては日本の政治にも目を配るようになると思うのだ。そうなれば社会保険庁のいい加減さは絶対に許せないはずだ。
 逆にこうしたシステムをこのままにしておくと、本来義務を果たし者の対価として補償が受けられるという意識も希薄になり、いつの間にかお上がしてくれるんだから、もらえるものならもらわなきゃ損だという意識がだけが生まれてしまう。それが納税や保険料を納めた者の権利だということを忘れているのである。これらは意識の問題かもしれないが、結構こうしたことをきちんと自覚することは大切なんじゃないかと思うのだ。給与天引きという複雑で不明瞭な徴収はやめるべきだと思う。この著者がわれわれのことを平気で“羊”なんて言うのを許しちゃいけないと思うのだ。

 文句ばかりしょうがないので、読んでいて“なるほど”と“へ~え”と思ったことを書く。まずは“なるほど”とおもったことは、年末調整の話から。年末調整は年末の時点で判断する。従って婚姻届を出すなら年末に、離婚届を出すなら年が明けてからにしたほうがいいということ。つまり婚姻届を年末に出せば、その年はたとえば配偶者控除を受けることができるし、こぶつきであれば、扶養親族が増えることになる。逆にその年に離婚届を出せば、その年は配偶者控除や扶養親族控除が受けられなくなる。この論理から言えば子供も年末に生まれてくれた方が有り難いことになる。
 “へ~え”と思ったことは、最近派遣労働者が増えてきた理由というか促進した理由に「消費税」の存在が無視できないということ。通常派遣法が改正(改悪)されたことや、正規社員を少なくして派遣社員を使うことで人件費を抑制するために、派遣が増えた理由とよくされるが、それだけでなく消費税の問題も派遣が増えた理由だというのだ。
 どういうからくりかというと、消費税は事業者の売上に5%の税率で課税されるが、その際仕入をして負担した消費税は差し引くことができる。正社員の給与は仕入でないので、いくら社員に給与を支払っても消費税には何ら影響はない。しかし派遣会社に支払う派遣料は仕入となり、その分が会社の売上にかかる消費税から差し引くことができるというのだ。ということは、同じ人件費がかかるなら派遣社員を使用した方が会社としてはメリットがあるというものだ。しかもアホな社員よりもスキルの高い派遣社員の方が利益も効率も上がるしね。
 この手を利用して、派遣会社も自社の正社員の数を減らし、別の派遣会社を作り、そこから派遣してもらえば消費税負担が減る。しかもその新しい派遣会社は、設立して2年間は消費税納税義務がないので消費税がかからないのだ。そして2年たったら派遣社員を移動して、また別の会社を作る。そうすればまた2年間消費税がかからない。これを繰り返すというのだ。なるほどこれは脱法行為じゃない。頭のいいやつはうまいこと考えるもんだ。


評価


書誌
書名:給与明細は謎だらけ―サラリーマンのための所得税入門
著者:三木 義一
ISBN:9784334035044
出版社:光文社 (2009/04/20 出版)光文社新書
版型:248p / 18cm
販売価:798円(税込)

2009年03月30日

森まゆみ著『不思議の町 根津』

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 森さんの八根千続きで、今度は「根津」について書かれた本を読む。今回は前回よりかなり詳しくその歴史について突っ込んで書かれている。しかし私はこの地域と縁もゆかりもないし、ただこの地域に興味があるだけ人間だから、ここに書かれる歴史に深く感動できないところがある。つまり身近じゃないということが、実感として感じられないのである。その分が私にとって面白みが欠けてしまう。
 その歴史にはあまり興味がわかなかったが、ただこの地域も一昔前まではたとえば「この通りの中だけで生活できた」商店街があったことを知らされるのは、どこでも同じのようだ。

 今みたいにスーパーで食材、日用品などすべて揃ってしまうのと違い、ちょっと前までは、野菜や果物は八百屋、魚は魚屋、肉は肉屋、米は米屋、雑貨は雑貨屋みたいに、一つのものを扱っている店が一店舗して独立していた。しかしそれでいて通りでそれそれの店はつながっていた。だから通りが今で言えばスーパーの通路みたいだったわけだ。
 それぞれ専門店があって、それがうまくつながり、また買い物客ともつながりがあって、顔見知りであったところが、今とは違うのだろう。相手の顔を見えるというのは、下手に裏切る行為などできないことを意味するだろうし、長いつきあいが信頼関係を築くであろう。もちろん今のスーパーだっていい加減なことをやっていれば、手痛い目にあうことは同じであろうが、そこにはだれがそれをやっているか顔が見えない。ところがお店は明らかに店主やそこで働く人の顔が見える分、今以上にいい加減なことはできなかったのではないかと思ったりする。

 つい最近、久しぶりに昔子供の頃亡くなった母親と一緒に買い物に付いていった商店街を通った。昔あった多くのお店はなくなっているし、シャッターが下りているところがいくつもあり、ああ、ここも同じだなと感じたのだが、考えてみれば私がこの商店街に行かなくなったのと同様に多くの人がこの商店街に魅力を感じなくなったから、必然的にそうならざるを得なかったのだろう。
 しかしそれはこの商店街の人々の努力のなさを責めているのでなく、利用していた私たちがいつの間にかここにあった人とのつながりをわずらわしく感じ、またある意味融通の利かない不器用さにもわずらわしさを感じ始め、便利で、きれいで、値段が安いということだけで、大手スーパーに移っていったことが最大の原因だろうと思うのだ。
 だけどふと思うのだけれど、たとえば小学生の頃、塾の帰りに寄り道をして、肉屋さんで揚げたてのコロッケやメンチにたっぷりのソースをかけてもらったのをフウフウいいながら頬張ってたべたあの味は、絶対に今のスーパーにあるコロッケやメンチでは味わえないだろう。もちろんそこには“思い出”というスパイスもきいちゃっているから、多少大げさになってしまうのかもしれないが、でも間違いなくおいしさでは昔の肉屋さんコロッケのほうが美味しかったと思うのだ。
 だからなんなんだと言われてしまうかもしれないけれど、森さんがこの本のまえがきで「生活の細部を大事にした時代の一つ一つの物へのいとおしみ」を「近代合理主義とともに流し去ってしまったたらいのなかの水のうち、一すくいくらいは、やはりそれがなくては人間生きていけないようなのである」というのが、何となくうなずけちゃのである。それが今、私のとって一部は、子供の頃にあった商店街であり、近所の人づきあいであり、肉屋のコロッケやメンチカツのような気がするのである。そしてそんな郷愁みたいなものがこの八根千のどこかにあると噂やテレビで聞いたものだから、妙に心が動かされ、森さんの本を手に取ったのである。


評価
★★


書誌
書名:不思議の町 根津―ひっそりした都市空間
著者:森 まゆみ
ISBN:9784480032676
出版社:筑摩書房 (1997/05/22 出版)ちくま文庫
版型:303p / 15cm / A6判
販売価:756円 (税込)

2009年03月17日

森まゆみ著『谷中スケッチブック』

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 昔、本屋で配達をしていた頃、本郷当たりまで行っていたことがある。とにかく坂道が辛くて、荷台に多くの雑誌や本を積んで、立ちこぎで自転車で坂を登っていった。しかし少しずつ荷台が軽くなってくると、その坂道につけられた名前が、どこかで読んだ小説にあった坂道だったりして、坂道の由来を書いたプレートを自転車を停めて読んだことがある。それがなんか懐かしい。
 ネットで手に入れた地図を眺めていると、谷中は本郷の北に位置するようで、ここにもたくさんの坂道がある。そしてたくさんのお寺がある。この本にもたくさんのお寺が紹介されている。どうしてこんなにお寺が多いのかよくわからないけれど、お寺が多くあるということは、それほど時代の流れに流されない部分がかなり残っているのではないだろうかと思ってしまう。
 お寺には有名人のお墓が多い。この本の面白いところは、そのお墓を語ることで、歴史が語られるところである。ただ単に谷中の紹介だけではないのである。谷中の墓地にある有名人のお墓の一覧がこの本にはあるが、それを見ていても、思わず「へぇ~」と思ってしまう。

 地域雑誌「谷根千」というのがある。谷根千とは、谷中、根岸、千駄木をいい、「谷根千」とはこの地域の情報誌である。その雑誌を創刊した一人が森さんである。なお、この雑誌は今年終刊している。
 私はこの土地と何の関係もないところで生まれ育っているのだけれど、最近どういう訳か、この谷中、根岸、千駄木という場所が気にかかる。思い過ごしかもしれないけれど、ここには私が過ごした子供の頃の風景がまだ残っている感じがするのだ。
 この頃自分が子供頃の風景が懐かしく感じることがある。東京という変化の激しい土地に暮らしていると、いつの間にか昔あった風景が忽然と消えていて、そしてそれが当たり前になってしまう。そして気がついたら、あの風景はどこへ行っちゃったんだろうと懐かしくなる年代となってしまったからだろうか?
 とにかく再開発だなんていって、新しい背の高いビルがどんどん建って、ショッピングモールみたいなところがもてはやされるけれど、どうも私はそんなところへ行ってみたいという気が起こらない。行ってみてもただきらきらしているだけで、ちっとも落ち着かない。むしろうるさく感じてしまう。こんなところに来て何が楽しんだろうと思ってしまう。
 そんな気分になっているとき、噂で谷中、根岸、千駄木にはまだそんな一昔前の風景が残っていると聞いた。だから森さんの本を手にした。ちょっと郷愁に浸りたかったのかもしれない。
 でもこうして自分が暮らしている土地の昔をたどれるというのは何かいいなぁと思うし、昔をたどれる歴史がそこにあることがうらやましくもある。歴史も伝統もない根なし草みたいな生活をしていると余計にそう思う。だからせめて自分の子供頃の原風景に懐かしさを求めてしまうのかもしれない。ちょっと前までは鬱陶しかった人とのふれあいが妙に懐かしく思うのだ。
 結局私は新しいものについていくことに疲れてきたのかもしれないなと思うことがある。いや新しいものについていけなくなりつつある自分を自覚してきているんじゃないかと思う。それは歳をとったことの証拠かもしれないけれど、それは仕方がない。

 いずれにせよ、そのうちかみさんと一緒にネットで手に入れた地図を頼りにここ谷根千をぶらりと歩いてみてもいいかなと思った。

評価
★★


書誌
書名:谷中スケッチブック―心やさしい都市空間
著者:森 まゆみ
ISBN:9784480028556
出版社:筑摩書房 (1994/03/24 出版)ちくま文庫
版型:297,8p / 15cm / A6判
販売価:693円 (税込)

2009年02月10日

村上春樹著『雨天炎天』

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 ここのところトルコという国に興味を持ってしまい、自分の本棚にトルコに関する本がないかなと眺めていたら、この本を見つけた。自分では読んだ気になっていたのだが、どうやら読んでいなかったことに気がつく。
 この本は二冊セットになっていて、一冊がギリシアのアトス山周辺の紀行文になっていて、もう一冊がトルコの紀行文となっている。文章は村上さんが書かれ、モノクロの写真がいかにも荒涼たる風景を表現しているけれど、できればカラー写真の方がリアリティーがあって良かったじゃないかと思った。
 一冊目は「GREECE アトス-神様のリアル・ワールド」となっているが、私はギリシアにこんな土地があることさえ知らなかったし、ましてここがギリシア正教会の聖地だとさえ知らなかった。アトス山があるこの地にはいくつもの修道院がある。自然の厳しい土地の上に、女人禁制の地だから華々しさがない。恐ろしくプリミティブのようである。しかもギリシア正教会の聖地だからか、修道院にある迫害され殉教した聖人の絵画は、西側のようなオブラートに包んだものでなく、その迫害の残酷さが極めてリアルな感じで描かれているという。修道院に対する援助もほとんど途絶えているようで、補修ができないようで、荒れたままか、手入れが追いつかない状態のものもあるようだ。でも村上さんは「でもしんと静まりかえった修道院の庭を夕暮れにひとりで散歩していると、その素朴な光景がどことなく心にしみる。その単純さと、手入れの悪さが風景と馴染んでいて、とても自然に感じられるのである。西欧の寺院のこれみよがしな隙のない壮麗さには正直言って時々辟易させられるが、ここにはそれがない」という。
 さらに村上さんは「僕は宗教全般についてそれほど多くの知識を持つ人間ではない。でも個人的な感想を述べるなら、ギリシア正教という宗教にはどことなくセオリーを越えた東方的な凄味が感じられる場合があるような気がする。とくに夜中の礼拝を階段の隅からそっと覗き見ているような場合には。そこにはたしかに、僕らの理性では捌ききれない力学が存在しているように感じられる。ヨーロッパと小アジアが歴史の根本で折れ合ったような、根源的なダイナミズム。それは形而上的な世界観というよりは、もっと神秘的な土俗的な肉体性を備えているように感じられる。もっとつっこんで言えば、キリストという謎に満ちた人間の小アジア的不気味さをもっともダイレクトに受け継いでいるのがギリシア正教ではないかとさえ思う」とこのギリシア正教会の聖地に来てみて、ここにある根っこの部分で、ギリシア正教の姿を感じ取られている。
 私ももちろん詳しいことはわからないけれど、今までギリシア正教というのはどこか泥臭い部分を感じていた。カトリックのような洗練さもないし、論理的ロジックに固まった思想もないように感じている。そこにあるのは人間が絶対的な神を信じるという一点につきるような気がする。その厳しさや土俗性は小アジアの気候や風俗などがもろ反映しているのかもしれないけれど、しかしそれは人間が神を信じるという原始的で単純な形をそのままの残しているのではないかと思うのだ。“信じる”というのは本当はもっとシンプルなものだと思ったりもする。
 村上さんは旅を終えて次のように言う。「そこで暮らしていた人々や、そこでみたふうけいはや、そこで食べたもののことがものすごくリアルに目に浮かんでくるのである。そこでは人々は貧しいなりに、静かで濃密な確信を持って生きていた。そこでの食べ物はシンプルだけれど、いきいきとした実感のある味をたたえていた。猫でさえ黴つきパンを美味しそうに食べていた」と。

 2冊目は「TURKEY チャイと兵隊と羊-21日間トルコ一周」である。この本は「トルコは兵隊の多い国である」といって始まる。トルコはとにかくホットな国で、地図を見ていてもギリシア、イラン、イラク、シリアと今一番熱い国と接しているから当然と言えば当然である。多くの人種を抱え、下手をすれば人種問題で紛争が起こりかねないところだから余計である。私たち日本みたいな国とは地理的条件がまったく違う。
 そんな国をパジェロに乗ってトルコを一周する。何度も兵隊や警官の検問に捕まりながら、トルコという国を巡る。先の渋沢さんが感じたトルコの人々の“病的なほどの”親切さや人懐っこしさ、あるいは貧困なども描かれる。
 それにしても同じ国を旅しても、旅をする人によって、その国の様相が違うように感じられるのはおもしろかった。何が言いたいかと言うと、渋沢さんみたいな何でも受け入れ、ポジティブに物事が考えられる人にとって、ありのままの姿を映しているトルコという国は素朴でいい国みたいな、とにかくトルコという国を全部肯定的にとらえる。
 しかし村上さんの場合、村上春樹流の小市民的で神経質な感覚からすると、“どうなんだろう?”という疑問符付きの国になってしまう。その上で諦めというか、どうにもならないことだから、「他人の国の他人の町の話」だということになっちゃうところが妙におかしかった。一つの国を違う人が旅した本を続けて読んだことがなかったものだから、余計にそんなことを感じてしまった。
 そしてどちらかといえば、もし私がトルコという国を旅したら、きっと村上さんの側に立ったイメージを持っちゃうかも知れないなと思った。


評価
★★★


書誌
書名:雨天炎天
著者:村上 春樹 松村 映三【写真】
ISBN:9784103534020
出版社:新潮社 (1990/08/28 出版)
版型:2冊セット 21×20cm
販売価:入手不可 文庫、新装版ならあり

2008年12月18日

松本健一著『司馬遼太郎が発見した日本』

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 この本は松本さんが「週刊『街道をゆく』」の巻頭に載せたそれぞれの街道の解説を一冊にまとめたものである。だから私は少なくても読んでいることになる。が、読んでいて、こんなにつまらなかったけ?と正直思った。「週刊『街道をゆく』」を読んでいた頃は、結構松本さんの解説がためになっていたし、実際司馬さんの『街道をゆく』を読んでいたときは、かなり参考にさせてもらった記憶がある。しかしこうして一冊にまとまってしまうと、大したことは言っていないなと感じてしまった。
 ただおもしろいと思ったことが一つある。三島由紀夫事件と『街道をゆく』の関係である。たぶんこれは松本さんの仮説なんだろうけど、仮説としてはおもしろいと思った。
 1970年11月25日に三島由紀夫は「盾の会」のメンバーと自衛隊市ヶ谷駐屯地に乱入し、「天皇陛下万歳!」と叫んで割腹自殺した事件がいわゆる三島由紀夫事件である。
 一方司馬さんのこの「街道をゆく」の連載が始まったのは1971年1月1日号からで、当然この連載の原稿は前年の11月か12月の初めではないかと松本さんは推測されている。ということは、この三島由紀夫事件が「街道をゆく」の執筆に何らかの影響を与えているのではないかというのである。
 その根拠として松本さんは三島由紀夫が自決してからすぐ「異常な三島事件に接して」という三島由紀夫を痛烈に批判した文章を書いていることをあげている。
 三島由紀夫は昭和天皇が戦後「人間宣言」をして天皇が神でなくなってしまった日本を問題視した。三島にとって気概を持った美しい日本の象徴は天皇であるべきであって、だから自分は天皇が神であることを信じ、天皇陛下万歳と叫んで死んでいくんだとした。松本さんは三島由紀夫は天皇原理主義だったというのである。
 それを司馬さんは「私が考えている日本とは違う」ということを批判文章で言い表したというのである。司馬さんは思想に淫してはいけないし、あるいは思想のために死ぬことはあってはならない。たとえ仮にその思想が一時支持されても、所詮一種の「狂気」でしか支えられないものだというのである。
 司馬さんは三島由紀夫の思想を「美」に置き換えた方がわかりやすいとし、三島が求める「美」が戦後日本にはなくなってしまったから、自衛隊員にその絶対的な価値(天皇)の復権を促した。
 司馬さんが求める日本とは、三島が言う天皇が神である社会でもないし、高度成長期の「豊かな社会」でもない。松本さんは司馬さんは「日本人が長い歴史をかけて歩いてつくってきた『道』や『土(くに)』に、そうしたモノ(づくりの文化)に詩を、いや『美しい日本』を見出しているのである」という。
 つまりある意味この『街道をゆく』は三島が求める日本の美に対してのアンチテーゼであったのではないかというのである。そしてそれがこの『街道をゆく』の執筆の動機の一つであったのではないかというのである。

 あるいは三島由紀夫事件とこの『街道をゆく』の執筆時期が重なっていることを考えれば、そんなことも言えるかもしれない。けれどたとえそうであっても、この『街道をゆく』は高度成長期社会に作り上げてきたモノとは違い、本来日本あった、日本を日本たらしめている「不合理」的な「文化」を求め、それが高度成長という名の下に壊されつつあるから、こうした失いつつある原郷を求めて出た旅ではないかというのがしっくり来るような気がする。
 もちろん司馬さんが経験した戦争が、三島が求める天皇を神とした戦前の思想や政治体制を批判することをこのシリーズでも忘れてはいない。ということは結果として三島の思想を批判していることにもなるのだろう。何となくそう考えた方がいいような気がするのだがどうであろうか?


評価
★★


書誌
書名:司馬遼太郎が発見した日本―『街道をゆく』を読み解く
著者:松本 健一
ISBN:9784022502315
出版社:朝日新聞社 (2006/10/30 出版)
版型:232p / 19cm / B6判
販売価:1,365 円(税込)

2008年11月25日

松田哲夫著『「本」に恋して』

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 この本は著者の松田さんが“本”はいかに作られ(装幀され)るのか。そしてその本の“紙”はどのように漉かれて、本のページとなるのか。さらに本の文字を印刷するインクはどのように作られるのか。それぞれ受け持つ業者を訪ねる歩いたルポである。
 しかし今は、そのほとんどが機械化され、オートメーション化されて、中で何をしているのかわからないブラックボックス化しているようである。
 だから“束見本”を作るところと、その見本を入れる函を手作りで作るところがかろうじてわかるぐらいであった。それ以外は全て機械化された本作りの説明で、その機械が何をしているのかイラストや説明があっても、イラスト自体小さいので見づらいし、説明もよく理解できなかった。
 イラストはもう少し大きく鮮明にあればいいのにと思ったが、そうするとこの本の原価も上がり、それでなくても2,310円と、たかが200ページの本としては高いのに、もっと高くなってしまうのだろう。(多分装幀や紙質に凝ったしまったのではないかと思われる)
 この本を読んでわからないわけじゃないが、私としてはこの本の装幀にこだわるよりも、それよりもどのように本が作られるのかをわかりやすくしてくれた方がありがたかった。

 ところで私も最近の本は函入り本が少なくなったなぁと思う。新刊書店に行って、並んでいる本を見てもそう思う。松田さんも「ぼくが編集という稼業に従事するようになった約四十年前からすると、本そのものが大きく変わってきているからだ。当時は、文学全集など蔵書型の書物や上製の単行本が主流だった。だから、函入りとか布装の本がたくさん作られていた。
 ひるがえって、いまの出版状況を眺めてみると、本の世界では、文庫、新書といったペーパーバックが主流で、単行本も上製本よりも並製本が大勢を占めるようになっている。全体にロープライス化、ローコスト化が進み、それに伴って規格化も進行している。装幀に限って言えば、昔に比べて、資材も貧弱になり、表現できる範囲も狭くなっているのだ。『もはや、かつてのような装幀本を作るのは不可能だ』と嘆く古参のデザイナー、編集者も多い」という。
 さらに本を作る側の人たちも「中村さん(株式会社DNP製本・マーケティング部長)の話をうかがうと、上製本は年々減少傾向にあるという。市販する本でも、いまはすっかりペーパーバック(並製本)全盛の時代になり、全集や画集などの上製本のシリーズは壊滅状態に近い」というのだ。
 その現実を次のような数字として松田さんは紹介する。

「一九七〇年十月の『新刊ニュース』を見ると、全刊行点数が三十点、そのうち函なしはわずか四点。機械函十四点、貼り函十二点、うち帙入り(書冊の損傷を防ぐために包むおおい。多く厚紙に布を貼ってつくる 広辞苑 第五版)が一点。一方二〇〇三年五月の『新刊案内』によると、全刊行点数二十三点、そのうち函入りはわずか一点だ。どうしてこうなってしまったのか。原因ははっきりしている。全集の時代から文庫・新書(ペーパーバック)の時代になったのだ。一九七〇年十月の全集類は二十点、二〇〇三年五月のペーパーバックは十九点だ」

 どうしてそうなってしまったのかを、原因を次のように説明するが、多分その通りなのだろう。

①地方自治体の慢性赤字による「図書館予算の削減」

②「(図書館)利用率向上」が叫ばれ、住民のリクエストの多い、ベストセラーや文庫を中心に図書館が購入するようになった

③図書館のネットワークが進んだお陰で、全集類のような利用頻度の低いものは、都道府県の中央にある図書館のあればいいことになった

④かつて地域にいる文学書・教養書などの愛読者を把握していた地方の老舗書店の外商部が壊滅状態にあること

⑤かつては家で静かに読書をする人が多かったが、今は通勤途中などあいている時間に読書するという読書習慣の変化が、大きくて重い本を売れなくする

⑥長引く不況

 これらが安い本へと指向していくこととなった原因だ。しかしロープライス化といっても、果たして本当に本は安いのだろうか?文庫や新書の定価は安く感じるかもしれないけど、単に単行本と比べてみての話であって、文庫や新書そのものも中身からすれば高くはないか?
 ところで一つ不思議に思うことがある。通常人手がかかるところを機械化して、人件費を抑えていけば、当然製本のコストはそれ以前より下がっていいところではないかと思うのだ。ということは、本が昔より安くなってもいいはずなのに、逆に高くなってはいないか?確かにここのところの原油高などで原材料が値上がっている現状はわかる。けれどそれ以前はどうなのか?これだけ製本が機械化しておれば、本が出来るコストは以前より安くなっていてもおかしくないのではないか、と思うのだ。
 ここにおもしろ記述があった。松田さんが佐野眞一さん座談会の言葉を引用しているのである。そこには「新刊点数ばかりが増えて、本がなかなか売れない多産多死の出版状況で、なぜ多くの出版社はもちこたえているのか。その理由のひとつは、この十年間で本をつくるコストが三分の一ぐらいになっているからです」と。それを松田さんが製本関係者に言うと、その人も「製版コストでいえば、わたしが入ったころの単価に比べたら現状は三分の一くらいですよ」とある意味肯定しているのである。
 そうなのである。本来機械化により本の原価が下がっていいにもかかわらず、本の定価が下がらないのは、そのお金が出版不況をカバーするのに回ってしまっているからなのだ。思わずやっぱりそうだったのかと思った。
 結局読者は、つまらない本を作り、その半分が返品に回り、利益が出ない出版社の利益補填までやらされていることになるのかもしれない。まぁ、本が高い理由はこれだけじゃないだろうけど、このことはもしかしたらその一理由なのかもしれないなんて感じた。


評価
★★


書誌
書名:「本」に恋して
著者:松田 哲夫/内澤 旬子【イラストレーション】
ISBN:9784103009511
出版社:新潮社 (2006/02/25 出版)
版型:203p / 19cm / B6判
販売価:2,310 円(税込)

2008年10月04日

三浦しをん著『三四郎はそれから門を出た』

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 この本というか、この書名は朝日新聞で見て気になっていた。面白い題名をつけるもんだなと思っていたのである。もちろんこれはすべて夏目漱石の小説である。三浦さんによれば、遠い昔文学史の授業で夏目漱石の代表作を語呂合わせで覚えるために使ったものだそうだ。ちなみにこれは漱石前期三部作といわれる。後期三部作は『彼岸過迄』『行人』『こゝろ』となる。
 さて、この本は今まで三浦さんがいろいろなところで書いてきたエッセイを一冊の本にまとめたもので、朝日新聞に掲載されたこのエッセイも含まれ、そのまま本の書名となった。主に三浦さんの書評といっていいだろう。
 ただ三浦さんの読まれる本は私が読む本と系統がかなり違うので、私としてはいろいろな本があるんだなというぐらいで、いくつかは除いて今後ほとんど読まない本だろうなと思う。ただ、ちょっと気になる本はいくつかあったので、さっそくメモして、後日読んでみようかと思っている。
 でもそれぞれの本の内容は別として、その内容について三浦さんが語る語り口は最高に面白い。
 基本は自分がしている“ゆる~い生活”を棚に上げて、その分ポジティブシンキングになり、過激なつっこみをいれる。それが大いに笑えるのである。ときに、この人本当に女性なのかなと思うくらい、男性的な過激さでものを言っている。出演者たちが楽しんじゃっていて、視聴者を置いてきぼりにしている最近のバラエティーよりはるかに面白かった。久々に笑わせてくれたという感じだ。
 たとえば、穂村弘さんの『本当はちがうんだ日記』を題材にして次のように語る。

 読んでいて、なんだか他人事とは思えない。たとえば私は、見知らぬ男女が親しく言葉を交わして飲み食いするという「合コン」なるものを心から憎んでいるが、そのくせ自分で出会いを演出する技にも気力にも努力にも欠け、現在使用中の化粧水は、タンスの奥に眠っていた試供品だ。
 問題は「過剰な自意識」だ。自意識が邪魔をして、「私も仲間に入れてほしい」と率直に表明することができない。楽しそうな人々をモジモジと遠巻きに眺めるのもである。
 こういう心性を、一言で表す言葉がある。「思春期」だ。この欄をお読みの中高生は、思春期まっただなかで、さぞかし生きにくい日々を送っていることだろう。しかし、いずれは思春期も終わり、楽しい青春が待ち受けているはず、と希望を抱いていると思う。残念ながら、その希望は捨てた方がいい。恐るべきことに、思春期は一生つづくものだからだ。
 その、つらくもあり情けなくもある真実が、笑いと鋭さに満ちたエピソードとなって、『本当はちがうんだ日記』に克明に記されている。

 この「三四郎はそれから門を出た」は中高生のための本の紹介ということになっているから、その年代の合わせてこのようにいっているのだ。他にも、次にようにある。

 え、もしかしてもう夏休み?いいなあ。海、山、恋、冒険と休み中の予定が目白押しかしら?いや案外夏期講習の予定だったりして。ははは、ざまあみろ(と、夏休み自体がないくせに喧嘩を売ってみた)

 気になる文章がある。

 本を売る店で働いていると(三浦さんはアルバイトして古本屋さんで働いていたらしい)、気がつくことがある。新刊、古本問わず、とにかく「本」というものを求めて集う人間は、総じてキャラクターが濃いのだ。お客さんも店員も、浮世離れしていたり、逆に欲望におもむくままに行動しすぎていたりで、見ていて飽きない。

 そうかなぁ、私も以前書店員であったからキャラが濃かったのかなぁ。そして今はどうだろう・・・・?確かに本好きにはどこか世間離れしていて、胡散臭い部分もあるので、個性的なキャラクターの人が集まる可能性は充分ある。そして本好きが本屋に勤めるというパターンが多いだろうから、買う方も売る方も似たようなキャラクターになる可能性も充分ある。まぁそれもそれで面白いと思うのだが、最近の大書店では女性には制服、男性にはネクタイを強制して、個性的なキャラを無臭化しようとしている。その結果書店員もその辺のOLやビジネスマンと何ら変わらないようになっちゃって、機械的で面白くない。検索機械の扱いは詳しいけど、本のことをまるで知らない馬鹿書店員が増えている。
 一方読む側もおかしな(あるいはつまらない)人間が増えているような気がする。三浦さんは次のように憤る。

 「趣味は読書」と、てらいなく履歴書に記入できる人々がうらやましくてならない。いや率直に言って、うらやましさが高じて憎しみすら覚える。
 「私、けっこう本読むんだ-。『冷静と情熱のあいだ』はすっごくよかったよ」なんて言う、おまえらなんてみんな死ね。合コン中の男女を横目に、居酒屋で一人、苦しい思いでビールを飲んだことが何度あっただろう。私にとっちゃあ、読書はもはや「趣味」なんて次元で語れるもんじゃないんだ。持てる時間と金の大半を注ぎ込んで挑む、「おまえ(本)と俺との愛の真剣勝負」なんだよ!

あるいは、

 私は読書を通してお役立ち知識を仕入れたいわけではなく、励ましを期待したためしはなく、癒されたくもなく、自己を肯定してもらいたくもないんじゃ!だいたいそんな甘えた精神で本を読んで、はたして楽しいのか?

 私は三浦さんのこの意見には大賛成で、趣味を「読書」と平気で言えたり、履歴書に書ける神経はちょっと私にも理解しかねる部分がある。あるいは最初から打算的に知識を得ることを期待したり、癒しを求めたりするのはどうかと思う。そんなもの読んでみなきゃわからないだろう。

 さて、ここに収録されている三浦さんのエッセイは本のことだけではない。旅、食事、映画、美容など女性らしい文章もあるのだが、やっぱり三浦節が出てしまう。「『大江戸温泉物語』へ行く」では、

 さっそく大きな風呂場に向かう。光差す真っ昼間の広大な風呂場には、大勢の裸の女性(老いも若きも)が集まっていた。あんまり裸体の数が多いから「風呂に入る」という日常的な行為も、なんだか非日常的な行為に変わる。私は湯船につかりながら、「なんかこう・・・・アウシュビッツのガス室を連想させる不吉さがあるんだよな」と思った。無数の裸体の、無防備さゆえの迫力に圧倒されたのだ。

 ここを読んだとき、飲んでいたアイスコーヒーを噴き出してしまった。何となく想像できちゃうからおかしかった。


評価
★★★★


書誌
書名:三四郎はそれから門を出た
著者:三浦 しをん
ISBN:9784591093566
出版社:ポプラ社 (2006/07/25 出版)
版型:305p / 19cm / B6判
販売価:1,680円 (税込)

2008年07月31日

村上春樹著『走ることについて語るときに僕の語ること』

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 久しぶり村上春樹さんの本を読む。私は以前せっせと村上さん本を読んでいたのだが、どういう訳かいつの間にか敬遠し始めるようになった。別に嫌いになった訳じゃないのだが、何となく読みたいという気分になれずにいたのだ。でも、自分の本棚を眺めているうちに読んでみようかなという気分になり、まずこの本を手にした。

 私は村上さんの“個人主義”を貫く生き方が好きである。“個人主義”というと語弊があるかもしれない。何と言っていいのかうまい言葉が見つからないが、あえて言えば、自分のやりたいことのためには、余計な雑用を極力避けて、それに専念する生き方とでも言えばいいのだろうか。
 この本は村上さんが走ることが自分の性に合っていることから、それをやり続け、そこから学んだ生き方を語る。そして専業作家になってから、走ることをはじめ、50代になって身体の衰えを感じ、老いについても考える。
 まずは何故村上さんは走るのか?「村上さんみたいに毎日、健康的な生活を送っていたら、そのうちに小説が書けなくなるんじゃありませんか?」とよく言われるらしい。村上さんは、そもそもそんな質問は、小説を書く行為が不健康な行為であって、作家たるものは公序良俗から遠く離れ、できるだけ健全ならざる生活をすることで、作家は俗世と訣別し、芸術的価値を持つ純粋な何かに近接することができるといった通念から発せられたものだろうと認識する。その上で、「要するに芸術行為とは、そもそもの成り立ちからして、不健全な、反社会的要素を内包したものなのだ。僕はそれを進んで認める。だからこそ作家(芸術家)の中には、実生活そのもののレベルから退廃的になり、あるいは反社会的な衣裳をまとう人々が少なくない。それも理解できる。というか、そのような姿勢を決して否定するものではない。
 しかし僕は思うのだが、息長く職業的に小説を書き続けていこうと望むなら、我々はそのような危険な(ある場合には命取りにもなる)体内の毒素に対抗できる、自前の免疫システムを作り上げなければならない。そうすることによって、我々はより強い毒素を正しく効率よく処理できるようになる。言い換えれば、よりパワフルな物語を立ち上げられるようになる。そしてこの自己免疫システムを作り上げ、長期にわたって維持していくには、生半可ではないエネルギーが必要になる。どこかにそのエネルギーを求めなければならない。そして我々自身の基礎体力のほかに、そのエネルギーを求めるべき場所が存在するだろうか?」と言う。だから走るのだと言う。
 その上で「僕自身について語るなら、僕は小説を書くことについての多くを、道路を毎朝走ることから学んできた。自然に、フィジカルに、そして実務的に。どの程度、どこまで自分を厳しく追い込んでいけばいいのか?どれくらいの休養が正当であって、どこからが休みすぎになるのか?どこまでが妥当な一貫性であって、どこからが偏狭さになるのか?どれくらい外部の風景を意識しなくてはならず、どれくらい内部に深く集中すればいいのか?どれくらい自分の能力を確信し、どれくらい自分を疑えばいいのか?もし僕が小説家となったときに、思い立って長距離を走り始めなかったとしたら、僕の書いている作品は、今あるものとは少なからず違ったものになっていたのではないかという気がする」と言う。
 走ることと、小説家であることが、村上さんの中では何の矛盾なもなく、同一のレベルで併存しているのだ。でも走ることに確固たる結果を求めていない。走ること、あるいは走る過程に意味があるとする。村上さんはフル・マラソンやトライアスロンの苦しさをあえて求めるからこそ、自分が生きているというたしかな実感を、少なくともその一端をその過程に見いだすことができ、生きることのクオリティーを、成績や数字や順位といった固定的なものではなく、行為そのものの中に流動的に内包されているのだという認識に(うまくいけばということだが)たどり着くことができると言うのだ。
 これがこの本の結論である。そこには華々しい結果が待っているわけではない。村上さんが言うように『ロッキーのテーマ』はどこからも聞こえてこない。向かっていくべき夕日もどこにも見えない。けれど自分が好きで走るという行為そのものに生きる価値を見いだしているように思える。
 ところで村上さんがこうだから、だから走ることを他に勧めるかといえば、そんなことはしない。これはあくまでも村上さんのやり方なのだ。村上さんは次のように言う。「しかし人には向き不向きがある。フル・マラソンに向いている人もいれば、ゴルフに向いている人もいれば、賭けごとに向いている人もいる」と。
 ここから話は学校教育あり方や、自分の学生時代の話に及んでいく。「学校の体育の時間に、生徒全員に長距離を走らせている光景を目にするたびに、僕はいつも「気の毒になあ」と同情してしまう。走ろうという意欲がない人間に、あるいは体質的に向いていない人間に、頭ごなし長距離を走らせるのは意味のない拷問だ。無駄な犠牲者が出ないうちに、中学生や高校生に画一的に長距離を走らせるのはやめた方がいいですよと忠告したいんだけど、まあ、そんなことを僕ごときが言っても、きっと誰も耳を貸してはくれまい。学校とはそういうところだ。学校で僕らが学ぶもっとも重要なことは、『もっとも重要なことは学校では学べない』という真理である」と。
 これには異論はないわけでもないが、一つの真理はついている。村上さんは「小学校から大学にいたるまで、ごく一部を例外として、学校で強制的にやらされた勉強に、おおよそ興味が持てなかった。これはやらなくてはならないことだからと自分に言い聞かせて、ある程度のことはやってなんとか大学まで進んだけれど、勉学を面白いと思ったことはほとんど一度もなかった」と言い、「僕が勉強することに興味を覚えるようになったのは、所定の教育システムをなんとかやり過ごしたあと、いわゆる「社会人」になってからである。自分が興味を持つ領域のものごとを、自分のペースで、自分の好きな方法で追求していくと、知識や技術がきわめて効率よく身につくのだとわかった」と言うのだ。

 一方で長いこと走り続けていると、いつの間にか自分の身体の変化に気がつく。
「(フル・マラソンは)今回はちょっと失敗したなというときでも、3時間40分台では走れた。ほとんど練習をしなくても、体調が多少悪くても、タイムが4時間を超えるようなことはまず考えられなかった。そういう時期が安定した台地のようにしばらく続いた。ところがそのうちに雲行きがおかしくなってきた。前と同じように練習していても、3時間40分台で走ることがだんだんつらくなり、1キロ5分半のペースになり、そしてついには4時間すれすれの線に近づいてきた。これはショックだった。いったいどうしたんだろう?それが年齢的なものだとは思いたくなかった。自分が肉体的に衰えつつあるという実感は、日常生活の上ではまだまったくなかったからだ。しかしどれだけ否定しようと、無視しようと、数字は一歩また一歩と後退していった」
 このように身体の衰えは確実に村上さんの身体にも忍び寄っていく。だから「若いときならたしかに『適当にやって』いても、なんとかフル・マラソンを乗り切れたかもしれない。自分を追い込むような練習をやらなくても、これまで貯めてきた体力での貯金だけで、そこそこのタイムは出せたかもしれない。しかし残念ながら僕はもう若くない。支払うべき代価を支払わなければ、それなりのものしか手にできない年齢にさしかかっているのだ」という考え方に至ることになる。
 そうなると残された人生の使い方にも考えが及び、「本当に若い時期を別にすれば、人生にはどうしても優先順位というものが必要になってくる。時間とエネルギーをどのように振り分けていくかという順番作りだ。ある年齢までに、そのようなシステムを自分の中にきちっりこしらえておかないと、人生は焦点を欠いた、めりはりのないものになってしまう」、自分の人生の帳尻をどうしたらうまく合わせられるかを考えるようになる。
 この気持ちよくわかるんだな。特に最近私はそんなことをよく考えるようになってきた。
 体力も精神力もある日突然(そう急にだ!)減退する。ちょっと前なら難なくできたことができなくなってくる。昔時間なんて考えたことがなかったのに、今は残りの時間をふと考えるようになってきた。あと何年かと・・・。もちろん私はまだ時間はある方だろう。けれど20年あるかどうか?このことを考えるのは結構こたえる。できる限り自分がやりたいことを優先して考えていかないといけないような気がするのだ。この本を読んで改めてそんなことを思った次第だ。


評価
★★★


書誌
書名:走ることについて語るときに僕の語ること
著者:村上 春樹
ISBN:9784163695808 (416369580X)
出版社:文藝春秋 (2007-10-15出版)
版型:241p 19cm(B6)
販売価:1,500円(税込) (本体価:1,429円)

2008年07月02日

村井重俊著『街道をついてゆく』

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 この本は司馬さんの『街道をゆく』の編集担当であった村井さんがその6年間のエピソードをつづった本である。朝日新聞土曜日の夕刊に連載されていたものに加筆されたようだ。連載時楽しみに読んでいた。この『街道をついてゆく』という題名はうまくつけたものだと感心したものだ。
 だいたい有名作家が亡くなると、その作家の担当者やゆかりの人が、当時を偲んで思い出をつづった本が何冊も出版される。この本もそうした本である。言ってみれば“偲ぶ本”(私が勝手にそう名付けている)である。
 でも、贔屓にしている作家のことが書かれたこうした本は読んでいて楽しい。私は案外この手の本は好きな方である。特に愛読した『街道をゆく』の企画から、そしてどのように司馬さん一行が街道を歩いたのか、その担当者じゃなければ知り得ないものがここには書かれていて楽しかった。それは本文ではあまり関係ないから司馬さんの文章からも感じられないから、その裏側を知ると、“へぇ~、そうだったんだ!”感心してしまうのである。いわゆる番外編『街道をゆく』である。
 司馬さんにはいつもたくさんの出版社の編集者や新聞社の記者がついて回っていて、世の中に何か事件があると、司馬さんに意見や取材を求めてくるシーンが何回か出てくる。当然村井さんも週刊朝日の記者でもあるから、同じようにしていいのに、いつも他社の編集者や記者にスクープを持って行かれてしまう。せっかく“「街道をゆく」ファミリー”の一員になっているのだから、取材しやすいはずなのに、それをしない。むしろ司馬さんの奥さんであるみどりさんが気を利かせて教えてくれるのに、それさえもわからない。後になって自分は記者失格だと後悔する。このあたりは村井さんの性格なのだろう。
 でもそういう人だから、損得勘定なしに司馬さんとお付き合いされたのではないかとも思える。たぶんそうした村井さんだから多少呆れつつも、司馬さんはこころ許したように感じられた。村井さんは「本所深川散歩」、「本郷界隈」、「オホーツク街道」、「ニューヨーク散歩」、「台湾紀行」「北のまほろば」、「三浦半島記」、未完の「濃尾参州記」を担当された。私はこれらの街道はこのシリーズではちょっと異色なところがあると感じているが、だからこそ面白かった記憶がある。この間今まで一緒に旅をされていた須田剋太さんが亡くなられたり、移動距離もかなりあったし、そして司馬さんの死も経験される訳だから、担当は大変だったのではないかと思われる。
 司馬さんにゆかりのある人が司馬さんのことを書くとき、司馬さんからいただいた手紙をよく披露してくれる。その手紙の文章を読むとき、“あたたかくていいなぁ”といつも思っていた。こういう手紙をもらったらうれしいだろうなと思うのだ。そして街道を一緒に歩いている司馬さんの言動を読むと、なるほどこういう人だからあんな手紙が書けるんだなと思った次第だ。
 手紙は司馬さんの一つのキーワードである。司馬さんが文化功労者に選ばれたときの記者会見で「私の小説はすべて二十二歳の私にあてた手紙なんです」と語ったという。二十二歳の司馬さんは陸軍の戦車部隊に所属し、終戦を迎えたのである。作家になって「どうしてこんな馬鹿な戦いをしたのか、日本はそんなつまらない国だったのかと絶望した二十二歳の自分に対し、日本にもこんな歴史があって、こんな男たちがいたということを伝えたかった。でももう、その義務は果たしましたね」とも語ったという。村井さんはその記者会見の席にいたそうで、寂しいことを言う人だなと思ったという。
 そして「二十一世紀を生きる君たちへ」という文章にふれる。そこには「私の人生は、すでに持ち時間が少ない。例えば、二十一世紀というものを見ることができないにちがいない」と書かれている。村井さんはこの部分が好きではなかったという。私もこの本を読んだとき、えらいことを言う人だなと感じた。確かに司馬さんは二十一世紀を見ずに亡くなられたが、そうした覚悟というか、諦めは、悲壮なものがある。未来を見たくても見られない。自分には時間がない。そうしたことを切々と感じる歳になったとき、自分はどう考えるだろうかと思ったものである。
 話が横にそれた。この「街道をゆく」の裏話を読むと、このシリーズは司馬さんの下調べや興味に寄るところが大きいけれど、ただ司馬さんだけでできあがったものではなかったのだなと感じた。何人もの裏方がいたからこのシリーズはできあがったのだ。だから佐野眞一さんが『街道をゆく』を自らの足で歩かず、車に乗って、何人もお伴を引き連れた「大名旅行」だったと批判した文章を思い出し、更に腹がたってきた。いくら宮本常一を語りたいからといって、この言葉はないと思う。そもそも性質が違うものを比較するからこうした暴言を吐くのだろう。佐野さんは村井さんの本を読むべきである。


評価
★★★


書誌
書名:街道をついてゆく―司馬遼太郎番の6年間
著者:村井 重俊
ISBN:9784022504432 (4022504439)
出版社:朝日新聞出版 (2008-06-30出版)
版型:299p 19cm(B6)
販売価:1,470円(税込) (本体価:1,400円)

2008年05月26日

メンタルケア協会編『人の話を「聴く」技術』

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 今度は精神対話士の話である。もちろん精神対話士という職業名を聞いたのは今回初めてである。「精神対話士という資格制度は、1993年慶應義塾大学医学部出身の医師たちが中心になって立ち上げられました。医療行為、精神療法を用いることなく、あくまでも対等な立場で、会話(対話)を通して人の心のケアを行うメンタルケアのスペシャリストです」とこの本のはじめに書かれている。まぁ、いろいろな職業があるもんである。
 とにかくワンクール八十分徹底して、それこそ「身を差しだして」クライアント(ここでもクライアントである)の話を聞き、受け止め、対話することことだけである。そうすることで、人を苦しみから救いだし、心を癒すことをする。
 この本はそうした精神対話士がクライアントとどうのように接し、対話をするかを語ることで、普段人との会話にもそれを応用し、人間関係がスムースに運ぶテクニックを披露している。
 確かに異論があっても、説教したくても、それをせずに徹底して話を聞いてくれれば、話す相手は気分が良くはなるだろう。その上で口が滑るじゃないが、多くを語らせることによって、ことの本質が見えてくることも、言われればわからない訳じゃない。だけどそれはかなり難しいと思うし、少なくと私にはできない。たとえば外は雨が降っていても、相手が「今日はいい天気ですね」と言ったら、聞く相手は「そうですね。優しい雨が降っていますね」と言うべきだという。これは私にはできない。どこがいい天気じゃ!雨が降っているじゃないかと絶対に言ってしまう。まして気を利かせて優しい雨が降っていますねなんて言えるわけがない。だから私は精神対話士にはなれない。
 しかしクライアントは自分の話をとことん聞いてくれると、安心し、信頼し、話していくうちに問題の本質に自分で気づき、心の平安を取り戻していく。
 何かに苦しんで悩んでいる人は、そういう人がいてくれるだけでかなり気分が違うのだろう。だけど日常会話でこれを実践された場合、これは話を聞き出すテクニックであり、そこには当然何らかの下心が潜んでいるのではないかと思ってしまいそうである。だからおいおい何考えてんだ?と言ってしまいそうである。何か目的かあるんだろうと疑ってかかってしまいそうだ。
 もともと私は人と話すのが苦手である。できれば相談なんてもってきて欲しくないさえ思っている。だって正直自分が生きるだけで精一杯なのだから、人の話を聞いてやる余裕など持ち合わせてなんかいない。だから、人と話す場合、親しい仲の人ならともかく、あまり関係の深くない人と話す場合、だいたい攻撃的である。どちらかといえば話のイニシアティブを取ろうとして、まずは自分の方から言いたいことが言えるチャンスがあれば、しゃべってしまう。だって言いまくった方が楽だもの。人の話を聞いていて、言いたいことや文句もあるのに、それが言えないなんて耐えられないな。とにかく何か一言言わないと気がすまないタイプなので余計である。ということは、会話上手というのではない。でも、少しは人の話を聞く余裕は必要だよなとは思う。特にこの本を読んでそう思った。できるかどうかわからないが、まずは聞きましょうという姿勢はこれから持つことにしたい。でもかなりストレスがたまりそう!
 しかし話をするにしても、聞くにしても、やはり教養は必要なことはこれまでの三冊の本を読んで思った。それは自分の専門分野だけでなく、広い視野で物事を考えられるものが、話の内容を更に濃くするような気がする。臨床心理士にしても、精神対話士にしても技術としての内容だけでなく、広く知識を身につけないとやっていけない職業のようで、なかなか大変な職業のようだ。

 以上三冊は私としては毛色の変わった本を読んでみた。実はこの三冊は息子が大学でレポート提出のために読むべき本であったようだ。息子はレポートを提出したのだろう。もう用なしの感じで放り出してあったこれらの本を見て何となく読んでみたくなったのだ。読んでみて専門的な本ではなく、入門書的要素の強い本なので、まずは手始めにという感じで指定された本なのだろう。まぁ息子が今どんなことを大学でやっているのか、その一端でも知れればなんて思って読んでみた。今度息子とこれらの本の話でもしてみたいと思っている。


評価
★★


書誌
書名:対話で心をケアするスペシャリスト“精神対話士”の人の話を「聴く」技術
著者:メンタルケア協会【編著】
ISBN:9784796654531 (4796654534)
出版社:宝島社 (2006-10-05出版)
版型:189p 19cm(B6)
販売価:1,500円(税込) (本体価:1,429円)

2008年04月29日

宮本映子著『ミラノ 朝のバールで』

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 バールとは日本でいえば喫茶店のようなものなのだろうか?ただ、この本を読んでいると、単に喫茶店というだけのものじゃないことがわかる。イタリアの人たちにとって日常生活には欠かせない存在のようだ。宮本さんも一日の始まりをイタリア人の旦那さんとバールで始める。「イタリア人ならば誰でも、行きつけのバールというものをもっているはずである。そこに彼らは、一日に、二、三回通うこともある。
 行きつけのバールの決め手は、なんといってもエスプレッソがおいしいこと、家や職場から適度な距離にあること、バールマンの感じがいいことなども理由に挙げられる。(略)
 バールには一日何百人もの人が足を運び、その行為を繰り返す。
 一日のスタートをきる、仕事の合間に一息つく、週末の予定を立てる、お目当ての女性を誘う、サッカーの試合結果の予想を練るなど、バールはその要望に応じて姿を変えてくれる。
 もし仮に、イタリア中の町や村からバールを取り除いてしまったら、一体どんなことになるのだろう。彼らはきっと、大袈裟な身振りをして、まるで空気がなくなってしまったかのような表情になるに違いない。バールは彼らにとって空気の如きもの」という。

 宮本さんが十歳のときお姉さんから一冊の写真集が贈られた。その写真集はイタリアの風景、子供たち、猫の写真集で、その色彩が宮本さんを魅了した。以来その写真を撮った写真家と手紙のやりとりが始まる。写真家からの手紙はイタリアからの手紙が多く、そこに語られるイタリアはいつも人が人として生きていられる、実に人間くさい土地として宮本さんには感じられ、ますますイタリアに夢中にさせられていく。
 家庭の事情で大学をやめ、就職をしたが、ある時雑誌に「イタリアにウェイトレス募集」という求人広告見て、心を大きく揺さぶられ、二十四歳ときイタリアに渡る。
 ミラノの日本料理店で働いていたとき、カメリエレ(給仕人)のアントニオ・シネージさんと出会い、結婚する。宮本さんはシネージさんの両親と五人の姉妹と暮らし、一男一女をもうける。
 現在はシネージさんの経営するレストランを手伝いながら、イタリアで暮らしている。このエッセイはそのイタリアでの二十二年間生活をつづったものである。
 ここで描かれるイタリアでの生活は、日本では見られない熱い人間関係が読んでいるうちに懐かしくもあり、うらやましくも感じることができる。もちろん宮本さん自身そうした人との関係にうんざりしてしまうところもあるけれど、いつの間にかそうした人間関係を肯定していくあたりは、根はイタリアを愛しているんだなあと感じさせてくれる。
 宮本さんは確かにイタリアで生活はしているが、自分が日本人であることで、どこか距離を置いてながめてイタリアでの生活を語る。ただしそれは文明批評のようなさめた目で見るのではなく、あくまでもイタリアのいいも、悪いもすべて受け入れなが語りかけてくれる。だからここにつづられる文章はやさしく、あたたかい。読んでいる方も、あきれる一方、どこか“いいな”と思わせてくれる。なんでもそうだと思うのだけれど、最初から疑いの目や否定的な目で物事を見てしまうと、あら探しだけが際だってしまい、とげとげしくなる。
 宮本さんのこの文章を読んでいると、住んでいる国は違うけれど、人の接し方、生き方はどこでも同じだと言っているようである。そういうやさしさのある文章には時にはきらりと光る言葉が出てくる。

「こんな義父にめぐり合えることも、私の人生という書物の中に、以前からすでに書き込まれていたような気さえしてくるのだ」

「人間とは、ほんの些細な事にも腹を立てたり、くよくよしたり、喜んだり、希望に満ちたりしながら、日々を送るおかしな動物だ。それを大空から眺めると、我々の人生における凸凹なんて実は大したものではなく、大らかな曲線であるに違いない」

「しかし、私は絶対的な強さで信じるものがあることの幸福を思う。膨大な時の流れのなかで、ほんのわずかな一生という時の一片を公平に与えられて、コツコツと生涯を送る人間たち。めまぐるしい日々の合間に、それでもふと立ち止まることがある。誰でもそんな時が訪れる。その瞬間、人間は広大な宇宙のなかで限りなくひとりだ。信じるものとは、そんな時のためだけにあるのだと思う」

 それにしてもここで語られる会話の楽しそうなこと。そしてバールでのエスプレッソやパスタをはじめとする家庭料理は本当に美味しそうである。
 それにこの本の装丁もいい。宮本さんの一生を決定づけた写真家の写真が使われている。窓から光が差し込み、猫が二匹語り合っているかのような写真である。いかにもこの本がそうしたやさしいイメージの本であることを予感させてくれる装丁である。


評価
★★★★


書誌
書名:ミラノ 朝のバールで
著者:宮本 映子
ISBN:9784163699400 (4163699406)
出版社:文藝春秋 (2008-02-15出版)
版型:254p 19cm(B6)
販売価:1,450円(税込) (本体価:1,381円)

2008年02月13日

松谷健二著『カルタゴ興亡史』と長谷川博隆著『ハンニバル』

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 “カルタゴ”に興味を持った。
 古代地中海世界に通商国家として栄えたにもかかわらず、自分たちで自分たちのことを一切残さず、あの古代ローマ帝国を一時は恐怖におとしめたにもかかわらず、かえってそのことがローマに完全に抹殺される理由になった国、ローマを一生恨み続けた男、ハンニバル・・・。ちょっと面白くありませんか?で、入門書みたいなものを探していたら、この二冊がいいかなということで、アマゾンで注文し、読んでみたわけである。
 『カルタゴ興亡史』はいわゆるカルタゴの通史であり、もう一冊の『ハンニバル』はカルタゴといえばハンニバルというわけで、ハンニバルにスポット当てて、彼が歩んだ歴史をつづっている。
 今回はこの二冊をまとめて書いてみたい。
 といっても、カルタゴっ何って言われそうな感じがするし、何で今頃カルタゴなのと言われそうな気がする。事の発端は、先に読んだ阿刀田高志さん『海の挽歌』の影響による。あの本を読んで、もう少しカルタゴのことを知りたいと思ったのだ。それでこの二冊を読んでいて愕然としたのは、私の中でいわゆるヘレニズム文化が抜け落ちていることであった。たとえば地中海の地図である。私の中でローマのあるイタリア半島からいきなり小アジアになってしまい、そこから北アフリカと続く世界になっていたのである。つまり、ギリシア、マケドニア地域がなかったのである。今回この本にある地図を眺めていて、またカルタゴという国の歴史を知るにあたり、改めて、認識をした次第である。

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 さてそのカルタゴの歴史である。カルタゴは今のチュニジアに位置し、いわゆるフェニキア人の植民地であった。チュニス市街から北東約二十キロあたりがフェニキア語で“新しい町”を意味する旧カルタゴで、今はカルタゴ本来の遺跡はない。すべてローマによって破壊され、自然の地形である商港と軍港の跡がわかるだけであるという。『カルタゴ興亡史』の著者はかつてカルタゴがあった土地に立って、「その遺跡がないという事実にはなにか鬼気せまるものがある」という。
 フェニキア人は元々は今のレバノンあたりに住んでいた民族であり、場所柄、エジプトと小アジア、メソポタミアから地中海に至る終点に当たるため、交易が盛んな地域であった。特にレバノン杉はエジプトに持って行けば高く売れた。そしてカルタゴの富を作ったのは、前四世紀半ばから東方への穀物その他食糧の輸出が増えた結果だろうとされる。中心都市はチェロスである。
 カルタゴの建国伝説が面白い。チェロスの王ピュグマリオンの妹エリッサは大司祭で大富豪で、叔父であるアケルバスを夫としていた。しかしピュグマリオンはアケルバスの勢いと、財宝に目がくらみ彼を殺してしまった。怒ったエリッサは船を仕立て、財宝を積んで亡命する。長い後悔の末たどり着いたのがアフリカに一角で、伝説では原住民に一枚の牛の皮を示し、これが覆うだけの土地を譲って欲しいと頼む。原住民はそれくらいならおやすい御用と承知するが、エリッサは皮を細く切り刻み帯として広大な土地を手に入れたという。
 エリッサは土地の首長に言い寄られ悩み、自殺遂げたというが、ローマの詩人ウェルギリウスはトロヤの王子でローマの建国の祖とされているアエネアスが彼女を愛人としたという。アエネアスは神の命ずるがまま、ローマに赴くが、それに絶望したエリッサは火に身を投じた。(ここではエリッサはディドーという名になっている)
 まあとにかくカルタゴは海洋国家であり、商業をメインとして成り立っていた国家であった。そのためギリシア人やローマ人に比べてカルタゴ人は非政治的であった。さらに彼らには、特別な場合を除き軍事義務がなかった(軍隊はほとんどが傭兵であった)ことが、市民としての連帯感や相互扶助意識の欠如を生んだようである。
 カルタゴで最も崇められた神様はバール・ハモンと女神のタニトという神で、ちなみにハンニバルは「バールのお気に入り」という意味だそうだ。子供などいけにえ捧げる野蛮なところも持ち合わせていた。 地中海の地図を眺めていると、カルタゴは故郷小アジアとスペインの中間地点にあたり、ここは重要な地点であっただろうなということがわかる。そしてそのすぐ先にあるシシリー島もヨーロッパと北アフリカの中間地にあるので、ギリシアもローマもカルタゴと覇権争いせざるを得ないことがわかる。カルタゴといえばローマと戦争(ポエニ戦争)していたことばかり記憶にあるのだが、それ以前にギリシアとも長いことこのシチリアを巡り戦争をしていた。だからこの『カルタゴ興亡史』の前半はギリシアとの争いにだいぶ記述がさかれている。
 そしてカルタゴといえばハンニバルとなる。しかしこの二冊の本を読んでいて、いったいハンニバルは何を考えていたんだろうと思ってしまった。確かに第一次ポエニ戦争の敗北で、海軍の使用で失敗したこと。そして大海軍と大陸軍をともに養うのは財政的に不可能なことから、思い切って伝統の海軍を捨てて、歩兵と騎兵に重点を置きイタリアへ攻め込むには陸路を取るしかない。ローマに勝つためにはその本拠地イタリアで潰すしかないという認識に基づく計画で、わざわざアルプスを越えてローマに入り込んだのはわからない訳じゃないが、どう考えても無謀としかいいようのない作戦であったと思うのだ。確かに局部戦ではいわゆる奇襲作戦が成功しているし、ハンニバルの作戦が功を奏した部分もあるけれど、短期決戦ならともかく、戦いが長期化すればするほど、ローマ領内で戦いをすれば不利になることは明らかである。しかも相手はローマである。しっかりしたバックボーンを持っている。たとえ一時ハンニバルに敗れてもすぐ体制を立て直せる力は充分持ち合わせているのである。そしてそのようになっていく。
 『ハンニバル』の著者はハンニバルは、ローマをぶちのめすことなど考えておらず、イタリアの占領すら考えていなかった。これまでの作戦は、交渉のため有利な条件を獲得するためのものであったという。ならば少しでもカルタゴのために有利になったとき、ローマと交渉にはいればよかったはずである。たとえばカンナエの戦いで快勝したときでもよかったはずである。しかしハンニバルは全くそうした交渉をローマとしていない。もっともローマもカルタゴとそう簡単に交渉に臨むとは思えないが、ただそうしたチャンスはあったはずである。それをイタリアでローマに征服された原住民たちの反旗を待っているだけじゃ、やっぱり話にならない。結局じり貧になって、カルタゴ本国がローマの攻撃にあうようになり、本国から呼び戻され、帰って行く。
 第二次ポエニ戦争もカルタゴはローマに負けた。以後ハンニバルは政治家としてカルタゴで手腕を振るう。ローマへの賠償金を支払いため、財政改革を断行していく。そんなハンニバルはローマにとって脅威であり、ローマはハンニバルを引き渡せと要求することになり、ハンニバルはカルタゴから亡命することとなる。しかしこの二冊の本を読んでいる限り、ハンニバルはローマへの復讐を忘れていない。チャンスがあればマケドニア、あるいはシリアの国々と手を組み、ローマへの復讐を企んでいく。だから私はハンニバルはカルタゴのために戦争をしたのではなく、あくまでも自分の意地でローマと戦ったんじゃないかなんて思えてしまう。
 最後は毒杯をあおり、自殺する。そのときハンニバルは「老人の死を待っていても、なかなか叶えそうもないようだな。このあたりでローマを永遠の不安から解放してやるか」といったともいう。
 ローマは第三次ポエニ戦争で、スキピオ・アエミリアヌスはカルタゴ本土に火を放した。カルタゴは粘土壁にタールをしみこませていたため可燃性が高かく、火はそのあと10日以上も消えなかったという。金銀祭具をすべて押収し、住民を奴隷として売り払う。廃墟を鋤でならし、畦に塩まき、人も住めないようにした上に、作物も出来ないようにした。


評価
★★★


書誌
書名:カルタゴ興亡史
著者:松谷 健二
ISBN:9784122040472 (4122040477)
出版社:中央公論新社 (2002-06-25出版) 中公文庫BIBLIO
版型:253p 15cm(A6)
販売価:899円(税込) (本体価:857円)


書誌
書名:ハンニバル―地中海世界の覇権をかけて
著者:長谷川 博隆
ISBN:9784061597204 (4061597205)
出版社:講談社 (2005-08-10出版) 講談社学術文庫
版型:253p 15cm(A6)
販売価:924円(税込) (本体価:880円)

2007年11月28日

正岡子規著『病牀六尺』

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 やっとこの本を読み終える。たかだか200ページにも満たない本にずいぶん時間をかけてしまった。それは内容のむずかしさからそうなったわけではなく、ただ単に私の精神的不調によるのと、文字の細かさに悩まされた結果そうなってしまった。
 ここのところ老眼がかなり進んでいるようで、一昔買った本を読むのにかなり苦労するようになった。そろそろ眼鏡を作り直さないといけないかもしれない。

 さて、この本である。まず前置きとして次のように始まる。

「病牀六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病寐が余には広過ぎるのである。僅かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。甚だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。苦痛、煩悶、号泣、痲痺剤、わずかに一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪る果敢なさ、それでも生きて居ればいいたい事はいいたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限って居れど、それさえ読めないで苦しんで居る時も多いが、読めば腹の立つ事、癪にさわる事、たまには何となく嬉しくてために病苦を忘るるような事が無いでもない。年が年中、しかも六年の間世間も知らずに寐て居た病人の感じはまずこんなものですと前置きして」

 子規は明治21年8月、22才の時に喀血した。結核から脊椎カリエス侵される。子規は寝たきりの自分の世界をこのように「病牀六尺」と呼び、その病牀六尺から日常の出来事や感想などを新聞「日本」に連載した。明治35年5月5日に起稿され、死の2日前まで続いた。 この病気聞いたことがあったが、かなりの痛みを伴う。子規はその苦痛に煩悶、号泣する。その苦痛中、次のように書く。

「ここに病人あり。体痛みかつ弱りて身動きほとんど出来ず。頭脳乱れやすく、目くるめきて書籍新聞など読むに由なし。まして筆を採ってものを書く事は到底出来得可くもあらず。しかして傍に看護の人無く談話の客無からんか。いかにして日を暮すべきか。いかにして日を暮すべきか」

「病床に寝て、身動きの出来る間は、あえて病気を辛しとも思わず、平気で寝転んでおったが、この頃のように、身動きが出来なくなっては、精神の煩悶を起して、ほとんど毎日気違のような苦しみをする。この苦しみを受けまいと思うて、色々に工夫して、あるいは動かぬ体を無理に動かしてみる。いよいよ煩悶する。頭がムシャムシャとなる。もはやたまらんので、こらえにこらえた袋の緒は切れて、ついに破裂する。もうこうなると駄目である。絶叫。号泣。ますます絶叫する、ますます号泣する。その苦その痛何とも形容することは出来ない。むしろ真の狂人となってしまえば楽であろうと思うけれどそれも出来ぬ。もし死ぬることが出来ればそれは何よりも望むところである、しかし死ぬることも出来ねば殺してくれるものもない。一日の苦しみは夜に入ってようよう減じわずかに眠気さした時にはその日の苦痛が終ると共にはや翌朝寝起の苦痛が思いやられる。寝起ほど苦しい時はないのである。誰かこの苦を助けてくれるものはあるまいか、誰かこの苦を助けてくれるものはあるまいか」

 子規の苦痛は看病している家人である母親や妹の律に半ば八つ当たりとも言える文章となって表れる。「我々の家では下稗も置かぬ位の事で、まして看護婦などを雇うてはない、そこで家族の者が看病すると言っても、食事から掃除から洗濯から裁縫から、あらゆる家事を勤めた上の看病であるから、なかなか朝から晩まで病人の側に付ききりに付いて居るというわけにもいかぬ。そこで病人はいつも側に付いていてくれという。家族の女共は家事があるからそうは出来ぬという。まず一つの争いが起る。また家族の者が病人の側に坐っていてくれても種々な工夫して病人を慰める事がなければ、病人はやはり無聊に堪えぬ。けれども家族の者にそれだけの工夫がない。そこでどうしたらばよかろうという問題がまた起って来る。我々の家族は生れてから田舎に生活した者であって、もちろん教育などは受けた事がない。いわゆる家庭の教育ということさえ受けなかったというてもよいのである。それでもお三どんの仕事をするような事はむしろ得意であるから、平日はそれでよいとして別に備わるを求めなかったが、一朝一家の大事が起って、すなわち主人が病気になるというような場合になって来た処で、たちまち看護の必要が生じて来ても、その必要に応ずることが出来ないという事がわかった。病人の看護と庭の掃除とどっちが急務であるかという事さえ、無教育の家族にはわからんのである。まして病人の側に坐ってみたところでどうして病苦を慰めるかという工夫などはもとより出来るはずがない。何か話でもすればよいのであるが話すべき材料は何も持たぬからただ手持無沙汰で坐って居る。新聞を読ませようとしても、振り仮名のない新聞は読めぬ。振り仮名をたよりに読ませて見ても、少し読むと全く読み飽いてしまう。ほとんど物の役に立たぬ女共である。ここにおいて始めて感じた、教育は女子に必要である」となってしまうのである。もちろん子規もそれが八つ当たりだと認識しているようで、「苦痛は誰も同じことと見えて黒田如水などという豪傑さえも、やはり死ぬる前にはひどく家来を吃りつけたということがある」として、自分もそうなっちゃったというところだろう。まあ病人は、自分の病気で精一杯で、得てしてわがままで、自分勝手だから、仕方がないのかもしれない。
 しかし先日読んだ立川昭二さんの本には、「これほど痛み苦しんで子規が死んだ直後、長いあいだ看病していた母八重は、子規の遺体に触れたとき、『サア、もう一遍痛いというておみ』とかなり強い調子で言ったという。かたわらにいた河東碧梧桐は『水を浴びたような気がした』と書いているが、息子の痛みをわが身の痛みとして痛んできた母親のこの一言は、まさに鬼気迫るものがある」と書かれていている。
 子規に言わせれば無教育の母や妹だったかもしれないけれど、子規の痛みを自分の痛みとして、家族として共有していたことは、これを読むだけでも充分わかる。子規の闘病生活は家族にとって凄惨なものであっただけに、子規の死をそう簡単に受け入れられない。子規に対する愛情からこうしたすごみのある言葉を発したのではないかと思うのだ。妹律は、子規の死後どこかの女子校の先生になったと確か司馬さんの本に書かれていたと思う。
 それでもいつも苦痛に悩まされている訳でもなく、小康状態のときもあり、そんなときは俳句や絵の批評をしたり、自分で鉢植えの植物など写生したりしている。俳句のことはよくわからないけれど、子規が描いた絵はちょっと見てみたいなと思う。
 また驚いたのは、元気なときの食欲である。
「(朝)牛乳一合、麺麭すこし。午後卯の花鮓。豆腐滓に魚肉をすりまぜたるなりとぞ。また昼寐す。覚めて懐中汁粉を飲む。晩飯、飯三椀、焼物、芋、茄子、富貴豆、三杯酢漬。飯うまく食ふ」とある。これを読んだとき、えっ、ご飯を三杯も食べたの!と思っちゃった。まあ食欲のあることはいいことだろうけれど、それにしてもすごい。私など晩飯でお茶碗一杯が関の山なのに。明治の日本人のたくましさを感じる。


評価
★★


書誌
書名:病牀六尺
著者:正岡 子規
ISBN:
出版社:岩波書店 1984/07出版 岩波文庫
版型:193p 15cm(A6)
販売価:420円(税込) (本体価:400円)

☆この本は現在品切れのようです。

2007年10月27日

宮部みゆき著『楽園』下

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 一気に読んでしまった。後半は結果を急ぎすぎた感じがしないでもないが、案外『模倣犯』より面白かったかもしれない。例によってこの手の話のあらすじを書いてしまうと、ネタバレになってしまうので、毎度悩んでしまう。思うがままに書きつづってもいいのだけれど、それじゃあまりにも身勝手だから、何とかうまく書ければいいのだが、ちょっと頑張ってみよう。

 あの『模倣犯』の事件から9年がたっても、前畑滋子はあの連続殺人を未だに引きずっていた。滋子のショックは完全に癒えていなかった。それでもフリペのライターとして仕事を始めていた。
 そこへ萩谷敏子という女性が現れる。彼女は交通事故で死んだ12歳の息子、等が書き残した不思議な絵について、滋子に調査を依頼しにきたのだ。その絵には16年前に殺された少女の遺体の発見場所が描かれていた。
 その少女は手に余ったため実の親に殺され、自宅に床下に埋められていた。自宅が火事になり、半分が消失したとき、土井崎夫妻は娘茜を殺害し、床下に埋めたことを警察に自白した。そのとき、事件が初めて明るみに出のだ。なのに等はそれ以前に知ってしまったのだ。どうして等はまだ明らかになっていない少女の遺体がある場所を知り得たのか?
 等の描いたその他の絵を見た滋子は愕然とする。なんと網川浩一たちがいたあの山荘が描かれた絵があったのだ、そこには関係者以外知り得ないことが描かれていた。滋子には様々な疑問が生まれてくる。

等はどうして茜の遺体があった場所やあの山荘を描けたのだろうか?
土井崎夫妻はなぜ茜を殺害したのか?
さらに16年隠し続けたのはなぜなのか?
そして自ら自白しなければ茜の遺体は発見されなかったはずなのに、ここに至ってなぜ自白したのか?

 滋子は土井崎夫妻の事件の真相調べることで等の不思議な能力を解明しようとする。
 滋子は等が「意味がわからず、解釈ができないまでも、他人の記憶と心の奥を不用意に覗き込んでしまうことを、等は物心つく以前から繰り返してきた。そこにあるのは美しい光景ばかりではなかった。秘密は常に暗く、常に危険をはらんでいる。萩谷等が生きて成長してゆくことは、そのエネルギーに抗するために、自分を駆り立ててゆくことだった」と知る。
 等は土井崎夫妻以外に茜の遺体がある場所を知っている人物とある時接触し、その人物の記憶や心の奥を覗いてしまい、それを描いたのがあの絵であった。等はそのエネルギーがあまりにも強いため、殴り書きをしたような勢いで描いた。

その人物とは誰なのか?
その人物がなぜ茜が殺され自宅の床下に埋められたことを知ったのか。
その人物は16年間もなぜそのことを黙っていたのか?
そして等との関係は?

 その人物が明らかになったとき、滋子たちは等の特別な能力を確信する。土井崎夫妻がなぜ茜を殺し隠し続けたことがわかってくる。
 しかし宮部さんは『模倣犯』にしても、この本にしても、どうしようもない男、最悪の男をこれでもかというくらい描く。その最悪さを知れば知るほど、男として嫌になってくる。


評価
★★★★


書誌
書名:楽園〈下〉
著者:宮部 みゆき
ISBN:9784163263601 (4163263608)
出版社:文藝春秋 (2007-08-10出版)
版型:361pp 19cm(B6)
販売価:1,699円(税込) (本体価:1,619円)

2007年10月25日

宮部みゆき著『楽園』上

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 こちらも久しぶりに宮部さんの本を読む。詳しいことは下巻を読んでから書きます。まずは上々の滑り出しというところか・・・。読む方もこれからどんな展開になるんだろうと、ハイピッチでページが進む。


評価
★★★


書誌
書名:楽園〈上〉
著者:宮部 みゆき
ISBN:9784163262406 (4163262407)
出版社:文藝春秋 (2007-08-10出版)
版型:413p 19cm(B6)
販売価:1,699円(税込) (本体価:1,619円)

2007年08月10日

森鴎外著『雁』

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 この小説で気になるのは、ここに登場してくる人物たちがいる土地柄である。
 まだ大学(東京大学)が下谷にある頃、藤堂屋敷の門長屋が寄宿舎になっていた。そこは上野動物園の檻のような格子がはまっていた。寄宿舎には小間使いがいて、学生たちは彼らに買い物を言いつける。その小間使いに末造がいた。末造が学生たちに金を貸したりしているうちに高利貸しと成功する。
 練塀町にお玉という娘がいた。母を亡くして父親と二人で暮らしていた。父親は秋葉の原で飴細工の屋台を出していた。末造はまだ高利貸しとして成功する前にお玉と出会ったことを思い出した。
 しかしお玉に婿入りがあった。巡査であった。ところがこの巡査国元には妻子がいた。それを知ったお玉は井戸に身を投げるといって大騒ぎをし、この練塀町にいられなくなる。ある時末造が練塀町のこの家に行くと「貸屋差配松永町西のはずれにあり」という張り紙がしてあり、お玉親子はそこにはいなかった。西鳥越に引っ越していたのである。
 末造はお玉を妾として欲しいと掛け合い、お玉は末造の妾となる。ただ末造が高利貸しだということはそのときは知らされなかった。末造は無縁坂にお玉を囲う家を借りる。
 私は以前松永町にあった本屋で仕事をしていたこともある。練塀町はその隣であった。そして今いる和泉町は、藤堂和泉守高猷の屋敷があった。そして松永町の本屋で働いていた頃、配達も手伝っていて、無縁坂付近まで自転車でせっせと本郷の坂を登っていた。そうした関係から何か妙に親近感があった。

 さて話は、「古い話である。僕はそれが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している」とまずは僕の回顧から始まる。僕と同じ下宿「上条」にいる岡田という男がいる。岡田は美男で几帳面な性格であった。岡田はその性格柄か、散歩も決まった道を歩く。その散歩道である無縁坂の一軒屋でひっそりとしたた一軒屋の窓から、いつも通りをながめている末造の妾となったお玉がいた。
 お玉は最初末造が高利貸しで財を成した人物と知らされなかったが、近所の噂で末造の素性を知ってしまう。よく分からないがこの頃は高利貸しというのは嫌われた職業のようだ。そのことからだんだんお玉は末造から心が離れ、うわべだけは末造に従っている振りをしつつ、自己に目覚めていく。そんなときお玉は散歩で歩いてくる岡田のことが気になり始め、散歩中の岡田を心待ちするようになっていき、岡田もお玉のことを意識し始める。
 末造が買ってきた紅雀のつがいを蛇がねらっているのをたまたま散歩でここに来た岡田が退治したことから、二人は言葉を交わすが、いっこうに事態は進展しない。お玉は末造の留守の間に岡田ともっと近づこうとし、岡田を待っていたが、岡田は翌日ドイツへ行ってしまう。お玉と岡田のはかない恋ははこれで終わるのである。
 ところでなぜ鴎外は鳥かごに入った紅雀を持ち出したのだろうか?そして不忍池で岡田が投げた石が当たって雁が死んでしまうことを書いたのだろうか?深読みしすぎかもしれないが、鳥かごに入った紅雀は末造に囲われているお玉自身を投影しているように思えるし、石が当たって死んでしまう雁は、お玉が岡田に近づこうとして、末造から自由に飛び立とうとしたが、結果成就しないことを意味しているように思えるのだが、どうであろうか?
 こういう意味深な小説って、今の小説にはないような気がする。どうしても現代小説はストレート過ぎる。でもこういうのって好きだなぁ。一見関係ない描写に見えて、実は本筋を浮きだたせる手法は、奥ゆかしい。さすが明治の文豪である。


評価
★★★


書誌
書名:雁
著者:森鴎外
ISBN:9784101020013(4101020019)
出版社:新潮社(1948-12-07)  新潮文庫
版型:144p 15cm(A6)
販売価:300円(税込) (本体価:286円)

2007年05月14日

松井秀喜著『不動心』

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 これも以前書いたかもしれないが、私が日本のプロ野球をテレビで見なくなったのは、松井が大リーグに行っちゃってからで、面白みがなくなってしまったからだ。
 その松井が2006年5月11日、レッドソックスのマーク・ロレッタの打球をスライディングキャッチする際、左手首を骨折してしまった。連続試合出場記録1768試合で途切れてた瞬間でもあった。



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 この本はその骨折から125日間、手術、リハビリの間、松井秀喜というメジャーリーガーが何を考え、どうしてきたか、そしてそれを乗り切ってきたものは何かを、自身語ったものである。
 読んでいて感じたことは、松井自身がどんな状況下においても基本がぶれないというところがすごいなぁと思った。
 アクシデントなど自分ではどうにもできないことを思い悩むのではなく、自分自身をコントロールできるところで最大の努力をしていくこと。そしてそうしたアクシデントも「人間万事塞翁が馬」のことわざのように、人にとって何が災いで、何が福かはそのときだけではわからないもので、災い転じて福となすこともできることを切々と訴えている。松井自身、そうして過ごしてきたことを、自分の野球人生を振り返って語っていく。
 たとえば松井といえば甲子園で5打席連続敬遠が有名だが、あのとき、「打ちたい」、「勝負してくれ」と思ったという。結果全国制覇という夢が破れ去ったけれど、あの連続敬遠で松井秀喜は日本中から注目される存在となった。そのおかげで長嶋監督の目にとまり、巨人への入団となったのではないかと思うという。
 また読んでいて、へぇ~と思ったのは、松井は日本のプロ野球では阪神に入団したかったと知った。でも巨人に入団した。しかし何年かして、もう阪神の縦縞のユニフォームを着た自分が想像できなくなったという。逆に巨人に入団し、長嶋監督に鍛えてもらったことに感謝するのである。ドラフトで自分の夢がかなわなかったことを嘆くのではなく、まさしく「人間万事塞翁が馬」で前に進んできたと振り返る。

 ところで、今高野連が特待生を厳しく断罪しているが、おそらく野球での特待生がどうしていけないのか不思議に思っている人が多いんじゃないかと思う。野球がうまく、その才能がある生徒をどうして待遇しちゃいけないのだろうかと思う。野球がうまいだけじゃないだろう。さらに一流選手になるために、相当の努力をしてきているはずだ。野球馬鹿かもしれないけれど、一芸に秀でるためにはたくさんの汗や涙を流してきてそこまでなったはずだ。それに報いるのがなぜ悪いのかよくわからない。そうした能力のある選手をさらに強化してよりよい選手なるならそれでいいじゃないか。何も教科書を手にすることだけが教育じゃあるまい。むしろのほほんと高校生活を送っている奴からから比べれば、もっとシビアだろう。 松井がイチローと対談したときに、イチローが大リーガーで「吐き気を催すことがある」と言っていたという。それほど追い詰められて野球をやっている。松井も「ケタ外れの尊敬や待遇を受ける一方で、それなりのパフォーマンスを見せられなくなったときは、本当に容赦がない。むしろ多大な敬意や待遇を受けていればいるほど期待も大きいわけで、それがダメだったときの反動、結果が出なかったときの扱いはシビアです。これまでヤンキースに4年いただけで、それは痛切に感じます」という。だから結果を出さないとならないし、結果が出れば、尊敬も得るだろうし、莫大な年俸もその証となるものだと思う。高校球児だって同じだろう。結果が出なけりゃ、特待生の待遇だって外されるはずだ。
 少なくとも馬鹿になれない、どうでもいいやつが多い世の中で、一つのことに一所懸命努力していることに、報うことがなぜ悪いのか。できる人に結果を出した分、報うのは当たり前だ。だから松井にしてもイチローにしてもメジャーリーグで一流選手であれるんじゃないかと思う。いつまでも、「みんな同じ」という考え方は、すべてをだめにする。夢がなくなってしまう。(本当はこんなことを書くつもりはなかった。しかしあまりにも馬鹿な高野連の幹部に腹がたったので書いてしまった)


評価
★★★


書誌
書名:不動心
著者:松井 秀喜
ISBN:9784106102011 (4106102013)
出版社:新潮社 (2007-02-20出版)
版型:189p 18cm 新潮新書
販売価:714円(税込) (本体価:680円)

2006年11月23日

光原百合著『十八の夏』

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「ああ、明日香ちゃんち?便所みたいなにおいがしとったな」
 父親である水島高志は再婚したいと思っていたさくら書店の佐倉明日香のうちはどうだったかとたずねたとき、一人息子の太郎はそう答えた。
 自分が明日香と再婚したくとも、息子の太郎が嫌がればどうしようもないと思っていた。高志はこの太郎の言葉を汚い言葉、悪意を感じさせる言葉と受け取り、明日香にまつわるすべてへの反感だと受け取った。
 しかしある日、大家さんが金木犀を持ってきたときに言った言葉で、自分が愚かな思い違いをしていたことを知る。大家さんは最近の子供はこの金木犀の香りをトイレのにおいと感じるらしいと言うのであった。トイレの芳香剤はどこでもあるものだから、そのにおいが本物の花の香りより、より多くトイレで嗅ぐことが多いからである。
 太郎は明日香の家の庭にある金木犀の香りをトイレの芳香剤と同じだと感じたため、「便所みたいなにおいがしとったな」と言っただけことであった。決して悪意から発した言葉ではなかった。大家さんがそう言ってくれなければ、高志は太郎の言葉を誤解したままであった。まさしく「ささやかな奇跡」であった。

 この「ささやかな奇跡」が読みたくてこの文庫本(双葉文庫)を買った。水島高志は全国にチェーン展開する書店の主任で、亡くした妻の大阪の実家の近所にあるアパートに引っ越してきた。高志が買い物帰りに町を歩いていたときにさくら書店を見つけ、そこに佐倉明日香がいた。
 高志は妻を亡くしたし、明日香は結婚式の日取りまで決まった相手がいたが、交通事故で亡くし、その後夫となるはずであった男の子供がお腹の中いることに気がついたが、死産であった。この短編はそうした訳ありの男女の、しかも大人の書店員の恋愛小説である。こんな小説を読むのは初めてであったが、でも、ちょっとよかったかもしれない。

 この文庫には他に、「十八の夏」、「兄貴の純情」、「イノセント・デイズ」が収録されている。「十八の夏」は第55回日本推理作家協会賞(短編部門)の受賞作であったが、私はいまひとつといった感じであった。この作品より「イノセント・デイズ」のほうが推理小説としては面白いと思う。「兄貴の純情」も悪くない。
 著者の「あとがきに替えて、感謝の言葉」が収録されているが、そこの最後に、「できればほんの少しでも”人生も満更悪くない”と思っていただけたとしたら、これ以上の幸せはありません」と書かれていたが、確かに最後に”満更悪くない”と思えた短編集であった。


評価
★★★

2006年08月12日

三浦しをん著『まほろ駅前多田便利軒』

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 私のもう一つのブログで書いたようにこの本(文芸春秋社刊)を神田の三省堂本店で買った。直木賞を取った作品だから読んだわけではない。実は以前から題名に惹かれ、帯の内容紹介を読んで、面白そうな本だなぁとは思っていた。私の中では購入図書のリストに入っていたのである。
 で、せっかく三省堂まで来たのだから、何かめぼしい本がないかと思い、結局この本を買った。買って家に帰ったら、この本がサイン本であることが判明する。(別にどうでもいいのだけど・・・)

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 いやぁ~、久しぶりに全編笑わせてくれる本であった。面白かった。読んでいるうちに昔テレビでやっていた「傷だらけの天使」を思い出してしまった。
 地域に密着して仕事をする便利屋として多田啓介は、バスの間引き運転を疑っている岡から、その運転が間違いなく運行予定表通り運転されているかどうか、その実態を調べてくれという仕事の依頼を受ける。
 この仕事の前に実家に帰省するからチワワをその間預かってくれという仕事の依頼を受けていたので、チワワと一緒に岡に家に行く。
 多田は正月にこんな依頼をしても、バスの間引き運転が行われるわけがないと思う。何故なら正月に運転すれば、たぶん正月休みに仕事をしたということで、バスの運転手には特別な手当が出るはずだから、そんなことするはずがないからだ。
 多田はバスの運転状況を調べるのに夢中になっていた為に、チワワのことを忘れてしまい、探し回る。チワワは高校時代の同級生であった行天春彦が抱いていた。行天は行く場所がなく、多田の事務所に泊まることになる。
 これから多田と行天の同居生活が仕事とともに始まる。チワワの飼い主は約束の期日になっても現れず、飼い主は夜逃げをしていた。多田の事務所にもう一匹同居者が加わった。
 とりあえずはチワワの飼い主を捜したのだが、結局チワワの新しい飼い主を多田と行天は捜すはめになり、自称コロンビア人のルルという娼婦がチワワがほしいといってくる。ルルはどう見てもコロンビア人には見えない。行天が「なんでコロンビア人なの」と聞けば、ルルは「コロンビアの女を運ぶルートがあるのよぅ。あたし、国では毎日、フェンスの向こうを見ていたんだ。これを越えればアメリカだわ。って。すっごくたくさんの星が見える夜、あたしは友だちとフェンスを越えた。そしたらマフィアが待っていて、コンテナに積まれて、着いたら日本だったのぉ」と言う。多田はその話を聞いて、コロンビアはアメリカとはつながっていないぞと思う。
 チワワのもとの持ち主の子供に新しい飼い主を捜して、今度まほろ市に来たとき、新しい飼い主を紹介してあげるからと多田は言った以上、その飼い主が娼婦じゃまずいと行天に言う。行天はなぜ娼婦じゃまずいの。職業に貴賤などないでしょうと言い返される。
 結局チワワはこのルルと一緒に暮らすハイシーに手渡された。彼女らは小さな犬を飼いたかっただけにチワワは大事に飼われた。元の飼い主であった子供が訪ねてきたとき、最初はルルとハイシーに戸惑ったが、すぐに彼女たちが自分のチワワを大切に育ててくれることが分かったし、自分をもてなしてくれるルルとハイシーたちと仲良くなった。この事務所で起こることはすべてこんな調子進んでいく。

 塾で帰りが遅くなるので、子供を迎えに行ってほしいという仕事の依頼がくる。こんな物騒な時代なので子供の帰りが不安だというのである。しかし子供の方は、家では帰りにはちゃんと迎えがつけているという親の見栄で多田たちに頼んだこと見抜いていた。両親は共稼ぎで帰りが遅かった。
 ある時多田はその子が塾へ行くバスの中で見かけたが、挙動がおかしいのに気づく。彼は座席のシートの間にスティック状の砂糖のようなものを隠していたのだ。覚醒剤の売人の手助けをしていたのであった。成り行き上、多田と行天は子供を救わざるを得なくなり、以前ハイシーにつきまとっていた男を行天が締め上げたことがあり、その男から、覚醒剤の売人の元締めを捜し出す。
 子供にもう手を出さないこと、残っているスティック状の砂糖を受け渡す条件として、売人に自分たちがいつも行っているお弁当屋でノリ弁18個とシャケ弁23個を買ったら、その時一緒に渡してもらうからという条件を多田が出し、行天は「多すぎ」と思うのだった。
 その覚醒剤の元締めが女子高生を多田の事務所に連れてきて、かくまって欲しいというのだ。その女子高生、まほろ市で起こった両親殺害事件の犯人と同級生であった。マスコミやクラスメイトがうるさいので星(覚醒剤の元締め)に助けを求めたらしい。身の安全を考えるならその元締めの所にいた方がいいはずだと多田は思うのだが、そのやりとりがふるっている。

「星くんは、『俺はカタギじゃないから、清海に迷惑がかかる』って」
「カタギじゃないやつと女子高生が、なんで知りあいなんだ」

 これにはさすが吹き出してしまった。しかも電車の中で(恥ずかしかった)
 妙な人間と遭遇する確率が高い気がするのは、便利屋の仕事柄なのか、行天のせいなのか、多田は自分の仕事を振り返るのだが、ボケかましているところがあっても、押さえるところは押さえているし、締めるところは締めている。多田にしたって、行天にしたって、ちょっと性格的にぬけてるところはあるけれど、極めて常識的なのである。その二人が、非常識な世界に巻き込まれるから、この話は面白いのだ。
 もともと便利屋に依頼する仕事って、本来自分たちで出来ることがほとんどだろう。それをわざわざお金を出して頼まなければならないところに、もう常識外のことが発生していて、その家族の暗い部分を垣間見ることになってしまう。しかも多田にしても行天にしても自分たちの過去を引きずりながら生きているところに、この話が面白いだけでなく、悲しみをにじませている。


評価
★★★★★

2006年07月19日

宮部みゆき著『理由』

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 この話は、北千住の高層マンション「ヴァンダール北千住ニューシティ」のウエストタワー2025室に関わった、それぞれ理由ありの人間達をめぐる話である。事件後関係者のインタビュー形式で話が進んでいく。
 6月のある嵐の夜この「ヴァンダール北千住ニューシティ」のウエストタワー2025室で一家四人殺人事件が起こる。殺された家族と思われる一家はそのマンションの持ち主小糸信治一家ではなかった。この2025室の住人はまわりが知らないうちに小糸信治一家から砂川一家に入れ替わっていたのである。殺されていたのは砂川一家と思われた。
 何故持ち主である小糸信治一家がおらず砂川一家がここに住んでいたのか?そして何故彼らが殺されなければならなかったのか?事件はこのマンションをめぐって謎と化していく。

 捜査が進むに当たり、この「ヴァンダール北千住ニューシティ」のウエストタワー2025室が競売にかけられていることが分かった。小糸信治は苦労してお金をやりくりしてこのマンションの一室を手に入れるが、もともと彼にとって分不相応な物件であり、しかも彼自身金遣いが荒く、その上妻静子も派手好きで、ブランド好きときていたので、破綻は時間の問題であった。結局借り入れた返済が出来ず、手に入れたマンションは競売にかけられ、彼ら一家はそこを出て行くはめになる。
 しかし小糸信治には見栄があり、何とかこのマンションを手放さないでいい方法がないかと模索しているときに一起不動産の早川一起社長と知り合う。彼は「占有屋」と呼ばれる競売を妨害して利益を得る人間であった。砂川一家は早川社長に雇われた者達であった。小糸信治は早川社長と組んで競売を妨害し、「買い受け人」である石田直澄から、自分のマンションを守ろうとしたのであった。

 一方でもともと競売物件というのは、何かいわくつきの物件が多く、その分相場より安いものとなっている。しかし一般民間人で素人の石田直澄が簡単に手を出せる物件ではなかったのである。そんな物件をなぜ石田直澄は買い入れたのか?そして砂川一家と思われる人達が殺害された嵐の夜、石田直澄は現場にいた。そしてもう一人赤ちゃんを抱いた女性もそこにいた。

 こんなところで話はやめる。今年はこれで宮部さんの本を3冊読んだことになる。今回は朝日新聞社刊のものを読んだ。

評価
★★★

2006年03月07日

松本清張初文庫作品集3『途上』

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 松本清張初文庫作品集3『途上』(双葉文庫)には、「紙碑」、「途上」、「老十九年の推歩」、「夏島」、「信号」の5編が収録されている。まぁ、感想は前回と同じで、どれも今ひとつであった。
 松本清張さんはミステリーももちろん有名であるが、歴史的考察もいくつも書かれている。今回の文庫に伊能忠敬の評伝が収録されている。
 その「老十九年の推歩」は伊能忠敬が50歳になって、千葉県佐原市の商家を隠居して測量学を学んで、残りの人生に日本国地図を作成していったか、その経緯を語っている。 実は以前初詣に深川の富岡八幡宮に行ったとき、境内に伊能忠敬の銅像があって、何でこんなところにこんな銅像があるのか不思議であったのを思い出した。 伊能忠敬は、隠居後、深川の黒江町に住んで、ここを起点に日本地図を作成していった経緯があり、そのために富岡八幡宮に伊能忠敬の銅像が作られれたのだろうとこの短編を読んで納得した。
 もう一編「夏島」は、明治の日本国憲法草案が神奈川県の夏島にある伊藤博文別荘で極秘に作られたのだが、その草案が憲法が公布される前に、漏れ伝わっていたらしい。それが極秘に『西哲夢物語』として出版された。インターネットで調べてみると、この『西哲夢物語』という出版物は実在していることを知る。この物語は、誰が憲法草案を漏らしたか、推理小説的に考察している。

 通常の作品は風化していて面白くないと書いたが、それはこの文庫でも同様である。が、こうした歴史的考察、推理はまだ読むことができた。

評価
★★

2006年03月03日

松本清張初文庫作品集2『断崖』

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 最近はなんだか知らないけど、松本清張ブームらしく、テレビのサスペンスでよく清張さんの原作がドラマ化され人気を呼んでいる。私は中学、高校時代、よく松本清張さんの作品をむさぼり読んだものだった。とにかく夢中でカッパノベルスを読んだ。
 けれど今回この作品集を読んでも、当時の感動を少しも味わえなかった。どうしてなのかあれこれ考えてみた。

1.社会派ミステリーのためか、当時の社会を背景にしているだけに、時代が経つに連れ、小説の舞台が風化してしまっているから。

2.読んでいる私が、歳をとってすれてしまったから。

3.私の読書がレベルアップしていて、松本清張さんの作品に満足出来なくなってしまっているから。(自惚れるんじゃないよと言われそう・・・)

4.この文庫のシリーズに原因があるため。つまり既存の松本清張さんの文庫はそれなりの面白いから、文庫化されているわけで、それからもれた作品は、その程度のものだということ。

 この松本清張初文庫作品集の第2集は、「濁った陽」、「断崖」、「よごれた虹」、「粗い網版」、「骨折」の5編収録されている。どれもこれも今ひとつであった。
 この松本清張初文庫作品集の第2集を読んでから3集を買えばいいものを、もう買っちゃっているので、次の3集を読んでこのシリーズは終わりにしようと思う。

評価
★★

2006年01月11日

宮部みゆき著『淋しい狩人』

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 前回『模倣犯』を読んで、文庫の後ろのあった宮部さんの著作の紹介にこの本があり、ついつい買ってしまった。
 話は下町の古本屋、田辺書店の雇われ店長イワさんこと岩永幸吉と、その孫の稔が手伝うお店で繰り広げられる連作短編集である。私は古本屋さんを主役にしたミステリーには目がないので、ついつい買ってしまい読んでしまった。
 この本(新潮文庫)はいわゆる普通の古本屋さんを主役にしたミステリーとはちょっと違う。だいたいが古本屋さんを主役にしたミステリーは稀覯本をめぐって事件が起こるのが普通なのだが、この古本屋さんはそういう珍しい本は出てこない。そもそも田辺書店は娯楽本をメインにする古本屋さんだからだ。
 もちろん軽い感じの謎解きもあることはあるが、読んでいて、落語の長屋ものみたいな感じがしてしまった。
 この本の書名にもなっている「淋しい狩人」は読んでいて、『模倣犯』になっていくのではないかと思わせる短編だが、それ以外はこれといって心に残るものではなかった。

2006年01月08日

宮部みゆき著『模倣犯』(五)

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 1996年9月12日、墨田区の大川公園のゴミ箱から切断された女性の右腕とルイ・ヴィトンのショルダーバックが発見される。ここから連続誘拐殺人事件の幕が開けられる。
 この殺人事件をめぐって、犯人、被害者、その家族・友人、切断された右腕を最初に発見した、家族を殺害された少年、警察、マスコミ、あるいはその関係者を巻き込み話は展開される。その関係者が多くなればなるだけ、この小説が長くなる。警察の武上は言う。
 「いいか、よく覚えておけ。人間が事実と真正面から向き合うことなんて、そもそもあり得ないんだ。絶対に無いんだよ。もちろん事実はひとつだけだ。存在としてはな。だが、事実に対する解釈は、関わる人間の数だけある。だから事実のには正面も無いし、裏側も無い。みんな自分が見ている側が正面だと思っているだけなんだ。所詮、人間は見たいものしか見ないし、信じたいものしか信じないんだよ」というのが、ある意味真実かと思われる。それをこの小説は丹念に書き込まれため膨大なページとなったわけだ。
 そして孫を殺害された有馬義男が言うように、「人殺しが酷いのは被害者を殺すだけじゃなくて、私やあんたや日高さんや三宅さんたちみたいな、残ったまわりの人間をもこうやって(ああすりゃよかった、こうすりゃよかったと殺された人達のことを思うことで)じわじわ殺していくからだ。そうして腹立たしいことに、それをやるのは人殺し本人じゃない。残されたものが、自分で自分を殺すんだ。こんな理不尽な話はない」と思わせる。これを十分考慮の上、この犯行の脚本を書き、演出し、主演までするのがこの犯人の意図でもあった。その上でこの事件の犯人は完全「悪」を目指す。
 「本当の悪は、こういうものなんだ。理由なんか無い。だからその悪に襲われた被害者は、どうしてこんな目に遭わされるのかが判らない。納得がいかない。何故だと問いかけても、答えてくれない。恨みがあったらば、被害者の側だって、なんとか割り切りようがある。自分を慰めたり、犯人を憎んだり、社会を恨んだりするためには根拠が必要だからね。犯人がその根拠を与えてくれれば、対処のしようがある。だけど最初から根拠も理由もなかったら、ただ呆然とされるがままになっているだけだ。それこそが本物の『悪』なのさ」と言わせる。
 犯人にとってみれば、犯行そのものが彼の「作品」なのだ。それこそ作品となれば完全さが更に求められていく。当然オリジナリティーも要求される。だからこの作品が「真似」だ、「模倣犯」だと言われることは最大の侮辱であった。ここから犯人の作品にほころびが生じる。

 この小説の登場人物が言った言葉であらすじを書いてみたらこうなった。これ以上書いてしまうとこれから読まれる方の迷惑をかけてしまうのでここまでにする。

2006年01月07日

宮部みゆき著『模倣犯』(四)

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 やっと4巻を読み終える。本当は正月休みに読み終えているはずだったのだが、ちょっと予定が狂ってしまった。続けて最終巻の5巻目に突入。
 で、思ったのだけど、この新潮文庫版『模倣犯』、全5冊は合計で3,700円となる。しかし単行本の方は上下巻で3,990円である。こうなると文庫本の方が格別安いというわけじゃない。何となくだまされた感じがする。

2006年01月04日

宮部みゆき著『模倣犯』(三)

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 3巻目を本日読み終える。何だか中だるみを感じてしまうのだけど・・・。無理して書いている部分が多いような気がしているのだが、これが後々何かの伏線になるのだろか?

2006年01月03日

宮部みゆき著『模倣犯』(二)

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 詳しい感想は全巻読んでから書きます。

2006年01月02日

宮部みゆき著『模倣犯』(一)

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あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 まずはこの正月休みに読もうと、昨年11月の新潮文庫新刊『模倣犯』を読み始め、とりあえず1巻目を読み終える。全5巻とは知らなかったのだが、ちょうど休みも5日まであるので、まず今年はこの本から始めたい。

2005年12月31日

三浦展著『下流社会』

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 先日NHKで秋葉原と共に生きる若者1日を追った特集をやっていた。
 部屋中に美少女アニメポスターを貼り、フィギアなどのコレクションにお金をつぎ込む奴。そんな美少女を主役にした訳の分からないゲームを作っているプログラマー、パソコンで円周率を出来るだけ早く、長く計算させるためCPUを液体窒素で冷却しながらオーバークロックに挑戦する奴。メイド喫茶で働く女の子など、私はそれを見ているうちにだんだん気持ち悪くなってきたのである。しかしここに出てくる若者はきっとそれが「自分らしさ」なのだろう。
 この「自分らしく」生きるというのが、自分が「下流」だと感じるという人がよく言う言葉だと、この『下流社会』(光文社新書)には書かれている。
 私はつい最近この「下流」という言葉が今「中流」にかわって主流になっていることを知った。それでこの本を読んでみようと思ったのだ。

 1955年に自由党と民主党が保守合同して自由民主党となり、自民党の一党体制を「55年体制」という。この55年体制は政治的には東西冷戦構造時代で、経済的には高度経済成長期にあたる。つまりこの時は稼いだ富を一部資本家階級、支配階級だけが独占するのではなく、幅広く国民に均等に分配して、中流社会を作っていく時代にあたる。
 財産は特に持たなくても、所得が毎年右肩上がりで増えていき、生活水準が向上していった。特にサラリーマンが「新中間層」として生まれ、特に「下」から「中」に上昇する人たちが増えたのであった。つまり「下」が「中流化」したのである。
 だが現在この「中」が減って、「上」と「下」の二極化しているという。しかも「中」から「上」に上昇するのではなく、「中」が「下」に下流化しているのだ。55年体制で作られた「中流」が没落し、「下」に落ちぶれたということだ。
 そう感じるようになった最大の原因と思われるのが、所得の激減だろう。中流意識を持っていた人の所得が減ると以下のようになる。たとえば100万人市場があり、「上流」といわれる人たちが10万円スーツを買い、「中流」といわれる人たちが7万円のスーツを買い、「下流」といわれる人たちがが3万円のスーツを主に買っていたとする。これを1973年と今後、201X年として比較してみる。

1973年、階級意識を調査した結果、「上」8%、「中」64%、「下」29%になる。(100%にはならない。)これでスーツ総売上を計算すると
 10万円×8万人=80億円
 7万円×64万人=448億円
 3万円×29万人=87億円
 合計615億円となる。

201X年では「上」15%、「中」45%、「下」40%で計算すると
 10万円×15万人=150億円
  7万円×45万人=315億円
  3万円×40万人=120億円
 合計585億円となり、1973年と比べると30億円減となる。

 これは市場が中流社会から下流社会に変化しているのに相変わらず中流社会型のビジネスモデルにしか対応していないからこういう結果になる。73年の売上に追いつくには、「上」に10万円スーツではなく、20万円のスーツを買わせれば何とかなる。(収入が減っている「中」には7万円以上のスーツを買わせるわけにはいかないだろう)
 20万円×15万人=300億円
  7万円×45万人=315億円
  3万円×40万人=120億円
 合計645億円となる。

 ということは今は明らかに「中」に向けて商品を売るのは得策ではないことになる。「上」に向けて売るのが得策である。これがトヨタがレクサスを投入する理由である。あるいはセブンイレブンのセブンアンドアイが西武やそごうを買収する理由であろう。いつまでも「中」や「下」だけを相手にしていては、売上は期待できないからだ。

 しかし「下流」意識が増加するということはこれだけでなく様々な変化をもたらすようになる。下流は単に所得が低いというだけじゃない。コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり人生への意欲が総じて低くなり、その結果更に所得が上がらず、未婚のままの確率が高くなり、ただだらだらと生きているだけになると著者はいう。
 それでいてこういう奴ほど自意識が高く、やたら「自分らしさ」、「自己実現」を求めるのだ。生きる意欲がないくせに、あるいはやる気がないくせに、何かさせれば、これは自分らしくない。これは自分がやることじゃないと言うのだ。いってみればこれはわがままである。
 こういうタイプの人間は当然うまく社会に順応できないから、高収入を得ることは難しい。生活水準は低下し、親に寄生しながら生きていくパラサイトである。
 著者が面白いことを言っていた。
 「村上龍の『13歳のハローワーク』を読んだ人達は、本当に自分の好きなこと見つけて、それを仕事にしようと真に受けて、自分探し始めた若者は結果として、いつまでもフリーターを続け、30歳になっても、低所得に甘んじ、低階層に固定化される危険性が高いのだ」と。もっともだと思う。

 この本はデータをマーケティングリサーチとして、どう読むべきか、その例として読むと面白い本であった。

2005年12月13日

村上春樹著『東京奇譚集』

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 この『東京奇譚集』(新潮社刊)は4編の短編が収められている。私は村上さんのファンなので、長編も物語として楽しんできたし、こうした短編も小品として楽しんでいる。
 この本は書名にもあるように、普段ありそうで、なさそうな、それでいて不思議なことや、偶然のようでもあり、それでもどこかつながっているそんなことを物語にした短編集である。
 個人的には「ハナレイ・ベイ」と「品川猿」がよかった。「偶然の旅人」も悪くなかった。
 「偶然の旅人」は、彼は自分がホモであるとカミングアウトしたがそのため結婚を控えた姉と喧嘩別れしてしまう。
 そんな彼が火曜日になるとホンダのオープン・2シーターに乗って多摩川を越え、神奈川県にあるアウト・レット・ショッピング・モールのカフェで読書にふける。読んでいる本はディケンズの『荒涼館』である。そこへ女の人が来て、彼が読んでいる本がディケンズの『荒涼館』じゃないかと尋ねてくる。彼女もディケンズの『荒涼館』を彼の隣で読んでいたのだ。
 そこから話が弾み、一緒に食事をしたりする。翌週の火曜日も彼は彼女とここで会い、その後彼女から誘われる。しかし彼はホモであることで、彼女とセックスできないことを詫びる。彼女もまさか自分が誘った男性がホモであるとは思わなかっただけに衝撃を受けるが、彼を誘いたいという気持ちがこの1週間けっこうどきどきしながら過ごせたともいう。
 「そういう気持ちになれたことって、本当に久しぶりだったんです。なんだか十代に戻ったみたいで、楽しかったわ。だからいいんです。美容院に行ったり、短期間ダイエットしたり、イタリア製の新しい下着を買ったり・・・・」と
 そういう気持ちになったのは彼女が乳ガンの疑いがあり、もしかしたら手術をしないといけないかもしれないという事情があったからだ。しかし翌週から彼女はこのカフェには来なくなった。
 彼はふと喧嘩別れした姉の声を聞きたくなり、電話を入れ、姉と会う。姉も彼に連絡をしようかどうか迷っていたところであった。姉も乳ガンの手術をすることになっていたのだ。偶然が重なって、彼は姉と会い、和解する。

 「ハナレイ・ベイ」はハワイのハナレイ・ベイで鮫に襲われたサーファーの息子の遺体を引き取りに来た母親のサチの物語だ。サチの過去、死んだ息子との関係、その後命日間際になるとここを訪れ、海を眺めにくることなど淡々と話が進んでいい感じだ。こういうテンポの話は好きだなぁ・・・。

 「品川猿」は自分の名前をあるとき急に忘れてしまう女性の話で、忘れてしまうのは自分の名前だけで、他のことはしっかりしている。でも不安があるので、カウンセリングを受ける。カウンセラーは彼女が自分の名前を忘れてしまう原因を見つける。
 品川区に現れた猿が、昔彼女と同じ女子寮にいた女性の名前が気に入っていて、その名札を探していた。その女性は一時帰宅するといって、自分の名札を彼女に預けていた。しかしその女性は自殺をしてしまい、彼女は名札を返すことができなくなってしまったので、そのまま自分の名札と一緒にしまい込んでいた。それをその猿が見つけ、一緒にあった彼女の名札も盗んだことで、彼女は自分の名前を忘れるようになってしまったのだ。
 つかまった猿がそう話すのである。ちょっとした村上ワールドがここにあって楽しかった。

2005年11月16日

松本清張初文庫化作品集1『失踪』

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 本当に久しぶりに松本清張さんの作品を読む。高校時代清張作品にはまってかなりの作品を読んだことがある。松本清張さんの作品を読むのは、考えてみればそれ以来かもしれない。
 しかしその殆どが忘れてしまっている。この『失踪』(双葉文庫)に収録されている短編の2作ぐらいもしかしたら当時読んでいたかもしれない。

 松本清張さんの作品はいわゆる社会派推理小説といわれ、最近のミステリーみたいに大がかりな仕掛けなど殆ど使われない。むしろ人間関係に潜む憎悪や欲が生む犯罪の謎解きが主流である。それに過去にちょっとした秘密があったりすると、それがスパイスになっていく。
 だからその人間関係に潜む憎悪や欲を解き明かせば犯人が分かっていく。もちろんトリックがない訳じゃないが、わりと普段どこにでも見かける風景の中にそれがあるから、謎解きを楽しんでいると、時にハッとすることもあったりして、またそれが楽しかった。ただあくまでも主眼は人に置いている。

 この本は「草」、「失踪」、「二冊の同じ本」、「詩と電話」の4編の短編が収録されている。推理小説なので内容を書くわけにもいかないので控えるが、個人的には「二冊の同じ本」が面白かった。実を言うとこの題に惹かれてこの文庫を買ったようなものなのだ。私は本にまつわる推理小説が好きなのだ。どうやらこの松本清張さんのこの文庫はシリーズ化されそうだから、これからも読んでみようかと思っている。

2005年10月15日

森岡孝二著『働きすぎの時代』

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 森岡孝二さんの『働きすぎの時代』(岩波新書)の最終章に「働きすぎにブレーキをかける」として、労働者、労働組合、企業、そして政府に著者自ら様々な提案をしているが、分かるけどそれが出来ないから、働きすぎになってしまっている。一人一人が声を上げて訴えればそれが改善できるという考えは、確かにそうだろうけど、それが許されない社会になってしまっていることを問題とすべきじゃないかと思うのだ。声を上げれば、みんなが認めてくれる社会じゃなく、逆に疎んじられる社会だから、なかなか声を上げられないのだ。その為働きすぎが、ストレスや体調不良、あげくのはてに過労死と泣き寝入りさせられてしまう。働きすぎを会社や社会が求めている部分がある以上、その犠牲者減りはしないだろう。

 たとえば私が住む近くの駅に、ダイエーがあるが、ここは営業時間が23時までとなっている。サミットは1時まで、駅前にあるモスバーガーは24時30分までと、営業という表示が書かれている。(こんな表示でいいのかなぁと思うのだが、まぁ言いたいことは分かる)もちろんコンビニは24時間営業だから、深夜でも煌々と明かりがついている。
 いくら駅前とはいえ、こんな遅い時間にそれほどお客が来るのかと不思議でならない。お店を開けている以上、たとえ少ない客数でも昼間と同じように店内には照明を点けておかなければならないだろうし、看板だって同様に点けておかないとなるまい。更に当然従業員もそこに配置させないとならない。ニーズがあるからそうしているといえば聞こえがいいが、はたしてそれだけだろうか?どうも私には経営者の売上アップを望む声が聞こえてきてしまう。こういう時代だから、少しでも売上数字が欲しいのは当たり前だ。みんなと同じことやっていたんじゃ売上なんか上がりやしない。コンビニにお客を持って行かれるくらいなら、それを取って自分のところの売上にしてやろうという考え方があってもおかしくない。
 しかし深夜に営業する以上、当然経費がかかる。はたして利益と経費のバランスは取れているのだろうかと、かねがね疑問に思っている。かなり厳しいんじゃないかと思う。「いや、それはいいんです。宣伝としてうちは遅くまで営業しているというのがお客様に分かってくれれば、いつか使ってくれるはずです」なんて言うかもしれない。けれどその深夜営業の赤字は単純に考えて、昼間の売上利益から補填されているはずだ。たとえそれが広告宣伝費の要素が強くたって、結局そういうことだろう。ということは、その補填数字は誰が出すかと言えば昼間のお客である。つまり深夜営業の赤字の分、昼間のお客は高い商品を買わされていることだってあり得るんじゃないかと思うのだ。
 一方深夜営業の赤字を昼間のお客にすべて補填してもらうわけにもいかないだろうから、少しでも経費を安く上げるために、特に経費のかかる人件費は抑えるために使われるのが、フリーターやアルバイトなどだ。恐らくコンビニにしても、こんな深夜営業をするお店が維持できるのも彼らの存在のお陰だ。
 ここに働きすぎの構図がいくつか見えてくる。まずは会社がそれを求めているということである。次にライフスタイルが深夜にも多様化し、本来休養や睡眠を取らなければならないのに、まだ活動している。あるいは遅くまで仕事をしている。眠らないがために、そこに商売が成り立つ背景があるのだ。
 次に安い給料のフリーターやアルバイトは、自分の欲望を満たすため、長い時間働くことで必要なお金を得ている。そしてそのフリーターやアルバイトがそこで簡単に仕事が出来てしまうのは、コンピューターに管理をやらせ、その手足となれるだけの能力と体力があれば仕事が出来てしまうほどマニュアル化したものがすでにあるから、フリーターやアルバイトが簡単に仕事が出来るのだ。

 以上、身近な例で、この著者言わんとすべきことを書いてきた。著者は働きすぎの原因が、「グローバル資本主義」、「情報資本主義」、「消費資本主義」、「フリーター資本主義」といって、それらが進んだことで、1980年代以降働きすぎの傾向増進したのだという。
 でも「○○資本主義」だなんだといっても、資本主義という以上、「売ってなんぼのもの」なのだから、どうやって売るかにすべてがかかってくる。競争に勝つためには何でもありという考えますます浸透していくような気がしてならない。自由競争を前提として、どんどん競争していったら、こういう働きすぎが必然的に起こるのは当たり前だろうし、モラルハザードだって起こってくる。
 さっきもいったけど、競争である以上、人と同じことをやっていたんじゃ競争には勝てない。そういうことなのだ。人間性回復なんてしゃらくさいことを言う前に、どうしたら売上が伸びるか考えろ!そして働け!それがあんたらの生活を豊かにするんだという経営者の声が聞こえそうだ。こんな経営者達に労働基準法のコンプライアンス求めるのは無理だろうし、労働者も自分のライフスタイル維持、もしくは向上させるには働くしかないと思っている以上、働きすぎを改善することは難しいだろう。
 だったらどうすればいいのだろうか。よく分からない・・・?

 ところでこの本を読んで知ったのだけど、日経新聞には読者の投書欄がないらしい。へぇそうなんだと思ったが、この著者は日経新聞を読むビジネスマンは忙しくて、投稿なんてしていられないからと書いているが、はたしてそうだろうか。
 たとえば仕事のしすぎで過労死してしまった夫の妻が夫が読んでいた日経新聞に「夫は会社に殺された」なんて投稿されたら、日経新聞を読んでいる経営者は苦々しく思うからじゃないかなぁと思っちゃうのだけどネ。真相はどうなんだろうか?

2005年07月27日

村上春樹著『アフターダーク』

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 この『アフターダーク』(講談社刊)は村上ワールドというべき、不思議な世界をがそこには展開している。私達は本を読む時は、そこで展開されている世界を読むことで垣間見ているわけだけど、この本ははじめからその世界を垣間見るもの、人?がいて、私達は更にその上から覗いているのである。
 その世界は真夜中から朝にかけて、マリ世界と姉のエリの世界が進んでいく。 物語は、マリの話はテンポよく進んでいくが、エリはもう二ヶ月以上も眠ったまま。最小限の生理的な欲求は目覚めて行っているようだが、家族がエリの部屋を覗くといつも寝ている姿しか見えない。
 エリの部屋を覗くものがいて、部屋にはコンセントが抜かれたテレビがあるが、画像が写っている。覗いていたものがちょっと視線をそらしたら、エリはテレビの画像の中にいて何かもがいている。そして朝方には又部屋のベッドに戻り寝ている。不思議な世界の展開。意識しない世界でもしかしたら、こんなことを繰り返されているかもしれないというちょっとした恐れを感じさせる。現実と異次元あるいは、現実と夢の世界、その隔たりがはっきりしない世界が真夜中にあるのかもしれないと思わせる不思議な感覚。

 一方現実に起きているマリは真夜中ファミレスで分厚い本を一人で読んでいた。そこに知り合いの高橋という人間に声をかけられる。そこから予想もしなかったことに話が展開していく。人が寝静まった世界でしか暮らせない人達、マリにとってみれば非現実的な世界で暮らす人々との関わり合いが描かれている。
 真夜中とは1日の澱がたまった状態で、身動きできなくなっている時であって、現実と非現実的の壁が不明確になっている。あちらの世界が見えて、非現実が現実化してしまう時間帯なのかもしれない。
 ここではマリを目が覚めている世界に置いて、一方姉のエリを寝ている世界に置くことで、違う世界に生きていると思わせるが、しかし現実に起きていようが寝ていようが、これから起こりうることは誰にも確実に予想できないし、いっけん姉のエリとは全く違う世界を生きているとマリは感じていたが、マリとエリは姉妹であることには変わりがないことを気づかせていく。朝日が昇る時、昨日の澱がリセットされるように。