2008年10月04日
三浦しをん著『三四郎はそれから門を出た』
この本というか、この書名は朝日新聞で見て気になっていた。面白い題名をつけるもんだなと思っていたのである。もちろんこれはすべて夏目漱石の小説である。三浦さんによれば、遠い昔文学史の授業で夏目漱石の代表作を語呂合わせで覚えるために使ったものだそうだ。ちなみにこれは漱石前期三部作といわれる。後期三部作は『彼岸過迄』『行人』『こゝろ』となる。
さて、この本は今まで三浦さんがいろいろなところで書いてきたエッセイを一冊の本にまとめたもので、朝日新聞に掲載されたこのエッセイも含まれ、そのまま本の書名となった。主に三浦さんの書評といっていいだろう。
ただ三浦さんの読まれる本は私が読む本と系統がかなり違うので、私としてはいろいろな本があるんだなというぐらいで、いくつかは除いて今後ほとんど読まない本だろうなと思う。ただ、ちょっと気になる本はいくつかあったので、さっそくメモして、後日読んでみようかと思っている。
でもそれぞれの本の内容は別として、その内容について三浦さんが語る語り口は最高に面白い。
基本は自分がしている“ゆる~い生活”を棚に上げて、その分ポジティブシンキングになり、過激なつっこみをいれる。それが大いに笑えるのである。ときに、この人本当に女性なのかなと思うくらい、男性的な過激さでものを言っている。出演者たちが楽しんじゃっていて、視聴者を置いてきぼりにしている最近のバラエティーよりはるかに面白かった。久々に笑わせてくれたという感じだ。
たとえば、穂村弘さんの『本当はちがうんだ日記』を題材にして次のように語る。
読んでいて、なんだか他人事とは思えない。たとえば私は、見知らぬ男女が親しく言葉を交わして飲み食いするという「合コン」なるものを心から憎んでいるが、そのくせ自分で出会いを演出する技にも気力にも努力にも欠け、現在使用中の化粧水は、タンスの奥に眠っていた試供品だ。
問題は「過剰な自意識」だ。自意識が邪魔をして、「私も仲間に入れてほしい」と率直に表明することができない。楽しそうな人々をモジモジと遠巻きに眺めるのもである。
こういう心性を、一言で表す言葉がある。「思春期」だ。この欄をお読みの中高生は、思春期まっただなかで、さぞかし生きにくい日々を送っていることだろう。しかし、いずれは思春期も終わり、楽しい青春が待ち受けているはず、と希望を抱いていると思う。残念ながら、その希望は捨てた方がいい。恐るべきことに、思春期は一生つづくものだからだ。
その、つらくもあり情けなくもある真実が、笑いと鋭さに満ちたエピソードとなって、『本当はちがうんだ日記』に克明に記されている。
この「三四郎はそれから門を出た」は中高生のための本の紹介ということになっているから、その年代の合わせてこのようにいっているのだ。他にも、次にようにある。
え、もしかしてもう夏休み?いいなあ。海、山、恋、冒険と休み中の予定が目白押しかしら?いや案外夏期講習の予定だったりして。ははは、ざまあみろ(と、夏休み自体がないくせに喧嘩を売ってみた)
気になる文章がある。
本を売る店で働いていると(三浦さんはアルバイトして古本屋さんで働いていたらしい)、気がつくことがある。新刊、古本問わず、とにかく「本」というものを求めて集う人間は、総じてキャラクターが濃いのだ。お客さんも店員も、浮世離れしていたり、逆に欲望におもむくままに行動しすぎていたりで、見ていて飽きない。
そうかなぁ、私も以前書店員であったからキャラが濃かったのかなぁ。そして今はどうだろう・・・・?確かに本好きにはどこか世間離れしていて、胡散臭い部分もあるので、個性的なキャラクターの人が集まる可能性は充分ある。そして本好きが本屋に勤めるというパターンが多いだろうから、買う方も売る方も似たようなキャラクターになる可能性も充分ある。まぁそれもそれで面白いと思うのだが、最近の大書店では女性には制服、男性にはネクタイを強制して、個性的なキャラを無臭化しようとしている。その結果書店員もその辺のOLやビジネスマンと何ら変わらないようになっちゃって、機械的で面白くない。検索機械の扱いは詳しいけど、本のことをまるで知らない馬鹿書店員が増えている。
一方読む側もおかしな(あるいはつまらない)人間が増えているような気がする。三浦さんは次のように憤る。
「趣味は読書」と、てらいなく履歴書に記入できる人々がうらやましくてならない。いや率直に言って、うらやましさが高じて憎しみすら覚える。
「私、けっこう本読むんだ-。『冷静と情熱のあいだ』はすっごくよかったよ」なんて言う、おまえらなんてみんな死ね。合コン中の男女を横目に、居酒屋で一人、苦しい思いでビールを飲んだことが何度あっただろう。私にとっちゃあ、読書はもはや「趣味」なんて次元で語れるもんじゃないんだ。持てる時間と金の大半を注ぎ込んで挑む、「おまえ(本)と俺との愛の真剣勝負」なんだよ!
あるいは、
私は読書を通してお役立ち知識を仕入れたいわけではなく、励ましを期待したためしはなく、癒されたくもなく、自己を肯定してもらいたくもないんじゃ!だいたいそんな甘えた精神で本を読んで、はたして楽しいのか?
私は三浦さんのこの意見には大賛成で、趣味を「読書」と平気で言えたり、履歴書に書ける神経はちょっと私にも理解しかねる部分がある。あるいは最初から打算的に知識を得ることを期待したり、癒しを求めたりするのはどうかと思う。そんなもの読んでみなきゃわからないだろう。
さて、ここに収録されている三浦さんのエッセイは本のことだけではない。旅、食事、映画、美容など女性らしい文章もあるのだが、やっぱり三浦節が出てしまう。「『大江戸温泉物語』へ行く」では、
さっそく大きな風呂場に向かう。光差す真っ昼間の広大な風呂場には、大勢の裸の女性(老いも若きも)が集まっていた。あんまり裸体の数が多いから「風呂に入る」という日常的な行為も、なんだか非日常的な行為に変わる。私は湯船につかりながら、「なんかこう・・・・アウシュビッツのガス室を連想させる不吉さがあるんだよな」と思った。無数の裸体の、無防備さゆえの迫力に圧倒されたのだ。
ここを読んだとき、飲んでいたアイスコーヒーを噴き出してしまった。何となく想像できちゃうからおかしかった。
評価
★★★★
書誌
書名:三四郎はそれから門を出た
著者:三浦 しをん
ISBN:9784591093566
出版社:ポプラ社 (2006/07/25 出版)
版型:305p / 19cm / B6判
販売価:1,680円 (税込)
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- by kmoto
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