
この本を読みたいと思った動機は、この事故の被害者しか知り得ない事実、生の感情を知りたいと思ったからである。そこにはテレビなどのニュースでは知り得ない、きわめて人間的な感情があるのではないかと思ったのである。そしてそのことはかなり重要なことであって、人間のいいところ、悪しきところが明らかにされているものだと思うのだ。
ニュースはどうしても取材関係者の意志が働いている。関係者の考えるところでニュースが作られている。事件全体の取捨選択がどこかゆがんでいる。マスコミ自身が正義の味方、あるいは被害を弁護する、または世論の先頭に立っている優越感みたいなものが目立つ。しかしそのニュースは被害者の存在感のないニュースになっている。
いい例が次の会見である。たぶんご存じかと思う。
http://www.youtube.com/watch?v=htNQ8rT5hWA
http://www.youtube.com/watch?v=U6W2eC1J6DE
この怒号をあげた記者は読売新聞大阪本社の社会部の記者と聞いたが、いったい自分を何様だと思っているのだろうか?
これら記者が現場でとった行動がこの本にも書かれている。これを読むと、これが被害者の代弁者がとる態度かと言いたくなる。ごろつきと同じである。
「そこへひとりの記者が『1両目に乗っていた方はいらっしゃいますかぁ?』と入り込んできた。その場には乗客が40~50人程いたのだが、皆その言葉に凍りついた。『この状況が読めないのか!皆、話せる状態だと思うのか!』そんな目でその記者を皆無言で睨み付けた。もちろんすぐに警察官が制し追い出したが、何だか悔しくて涙が出た」
「しばらくして(診察終えて病院からタクシーで帰ろうとしても)、『病院のタクシーはみんな待機しているみたいで、なかなかつかまらへんわ・・・』と電話があり、(略)病院前にいたタクシーは、報道関係者が乗りつけて来たものだったらしいということがわかりました。仕方がないことですけれど、血だらけのスーツで足を引きずりながら、タクシーを探してJR尼崎の駅まで歩いた夫のことを思うと、なんだかやりきれない思いです」
「歩道に出てきた私は、周りを見回した。上空にはものすごい爆音のヘリコプターが数台。救助隊よりも早く来て、現場を撮影するカメラマン。『なんでカメラを回してるんやろ。先に救助ちゃうの?』という思いと同時に怒りが込み上げてきた」
またマスコミは知りたいと思う国民は馬鹿だから、俺たちが正しい考えを教えてやるという高圧的な態度があるように思える。そしてやることは単純で、一人を徹底的に悪者にして責め立てるのである。今回事故を起こしたのはJR西日本であるから、すべてJR西日本が悪者して、単純化してしまうのである。事故の複合的原因など追究しない。
そんな新聞で、2005年6月19日の投稿欄に「おや!」と思うものがあった。京都のノートルダム女学院中学高校の講師たちが高校1年生約160人この事故の背景や影響についてレポートの課題を出した。そのレポートの多くがJR西日本のスピードを優先する企業体質を事故原因として挙げたけれど、中には「JRも発着時間を決めていた人も、いつも急いでいる私たちもすべて加害者」「電車が2分でも遅れたら『遅い』と思ってしまうことで、運転士や役員を追いつめることになってしまった。過密な仕事をしていることを危ないとも思わず、忠告もしなかった私たちにも非がある」という記述があったという。
これを読んだとき、私もそう思っていた。確かに安全を無視した企業体質がこうした大惨事を起こしたことはまがうことない事実だけれど、それを要求したのは、あるいはJR西日本にサービスとして求めたのは、私たちなのである。それが便利だと思ったことで、JR西日本を利用した一面はあるのではないかと思うのだ。だから悪人をJR西日本にだけ求めるマスコミの態度はどうしても納得のいかないものが私にはある。
ただ、そうした住民の要求に応え、サービスを提供したJR西日本の責任はもちろん回避できないけれど・・・。
そして事故にあった乗客も事故は何だったのだろうと振り返る人がいて、単純に事故責任をJR西日本だけに求めていない人もいたことを知って、なんか安心した。そこには次のように書かれている。
「事故の直接の原因がスピードの出し過ぎであることは明白ですが、その背景にはJR西日本という企業の体質、さらにはそういう企業の存在を容認してきた私達の社会があります。時間に追われ余裕のない生活を送る私たちの社会。あの事故はいったい何だったのか。私たちはあの事故から何を学ぶべきなのか。直接は公共交通である鉄道の安全運行の重要性でしょう。しかし本当に気づくべきは事故を引き起こすこととなった社会のありようではないのでしょうか。1分、2分を争う社会。効率ばかり優先される社会。私はそれとは別の価値観があることを頭で理解するのではなく心から『実感』したのです」と。
さてこの事故は平成17年4月25日に起こった。死者107名(うち1人が運転手)、負傷者500人以上の大惨事である。
原因は伊丹駅でのオーバーランから始まる。ここで戻ったことによる時間のロスを取り戻そうとそれ以後かなりのスピードを出したことにより、カーブを曲がりきれず脱線した。脱線前の車内の状況を乗客である被害者は次のように語る。
「その時、誰かの『ホームが無い』と漏らした声を耳にして窓の外を見ると、線路脇に雑草が生えている景色が目に入った。かなりオーバーランしてしまった様子に、木村と顔を見合わせた瞬間、今度はいきなり体を後ろに引っ張られた。再び皆が体勢を崩した時、電車がホームに向かってバックしている事に気が付く。ブレーキも大変荒かったので、『バックする前に一言車内放送でもいれるやろ、普通・・・』と一人で憤慨していたが、まあ、焦るのも無理はないかと思い直し、車内を見回した(略)会話をしながら周りの様子に違和感を覚えはじめたのは、窓の外を流れる景色のスピードがいつもより早く感じた為だった。しかも時折、がたがたと窓が鳴っている。私は普段この路線を使うが、今までにその区間でそこまでのスピードを出された事は記憶になかった。周囲からも、不安げな声が上がりだし、それと連動するように床から振動が伝わってくる。(略)客観的に見ても、訳のわからない不安感を乗客は感じている様だった」
「私が利用しているこの快速電車は普段からよくダイヤが乱れていましたが、その日は定刻通りに電車がホームに入って来ました。しかし全く止まる気配が無く、ものすごい勢いで目の前を通過していったので『特急列車なのかな』と思いましたが、かなり行き過ぎてから急ブレーキをかけて突然止まりました。いつもなら目の前にあるはずの3両目は無く、ホームの右手に車掌の姿が見えました。この時点から何となく『この電車はおかしい・・・』と、漠然とした不安を感じていました。
すると、荒っぽい運転で電車が逆方向に走り出し、いつもの位置よりも少し戻り過ぎた位置で停車したので、私の目の前には3両目の一番前のドアがなく、川西方向に少し歩きました。『この電車に乗っても大丈夫かな・・・』という気持ちを持ちながらも、エスカレーターから降りて来た若い女性2人が先に乗り込んだので、『電車だしそんな事はないだろう』と思い、そのままその電車に乗り込みました」
「オーバーランや急ブレーキ、急ぎ足の運転、そんないつもと少し違うちょっとしたハプニングを、関西弁のニュアンスで言えば『しゃあないなぁ』『しっかりせぇ』といった感じで笑っているような、本当に暖かいムードだったのだ。
その空気が少し変化しだしたのは、塚口駅のあたり。ガタン、という大きな音とともに、電車が駅を通過する。車内がざわつき、車体が上下に揺れ、窓ガラスがガタガタと音を立てて軋みだした。時速100キロはゆうに超えているであろう速度だ。私たちは、『・・・速いな』『速いよな・・・』と少し不安げに声を揃えた。他の乗客も、ほとんどの人がひとりで乗っているにも関わらず、近く居る人と『ちょっと速いですよね』『速すぎないですか?』『大丈夫ですかね』と声を掛け合い始める。このとき初めて、車内にはっきりした緊迫感が生まれた」
「『ん?停まった?・・・ここ駅じゃないよなぁ・・・』窓の向こうは草っぱら。訳のわからないまま、電車は逆方向へ走り出しました。
『ありゃー、オーバーランしてたんかぁ』それにしても逆走も結構なスピード。つり革をしっかり持ってないと倒れそうなほどでした。本来停まるべき伊丹駅に着いたとき、私の脳裏にはチラッと『この運転手大丈夫やろうか』とよぎりました。そして、走り出した電車はどんどん加速して行き、車内が何となくどよめき出しました。たまにしか乗ることのない私にはそれほど異常は感じなかったのですが、すでに毎日乗っている方はいつもと違うと感じられていたようです。そのどよめきで、私も初めて『そういえばすごいスピードが出ているきがするなぁ』と感じたとき、例のカーブにさしかかりました。
『え!?、このスピード・・・曲がれるの』」
「一度大きな揺れがあり、立っていた乗客は笑いながらも大きくバランスを崩しました。信じられないことに、事故直前の異常な揺れを体験しても、乗客はまさか脱線するとは思わなかったのでしょう。仮に脱線しても『まさか自分が乗っている電車が・・・』という意識があったのでしょう。そのときまでは、尋常でない揺れを感じながらもつり革に必死につかまり、笑顔さえ浮かべていたのです」
これを読んでいると、電車がオーバーランしたことで、この電車はおかしいと感じた人と、ちょっとしたハプニングと感じた人と別れるけれど、その後急に電車がバックしたこと、そして加速して尋常なスピードでないと感じたとき、みんなが不安に駆られる。しかし不安を感じたとしても、電車に乗ってしまった以上どうしようもない。しかしこの時点まではまさかこの電車が脱線するとまでは思っていない。そして電車は脱線した。
脱線したときの車内の状況は乗客が乗っていた車両によってかなり違ってくるようだけれど、この手記を読んでいると、脱線し、車両がマンションに激突する瞬間は、ものすごい力乗客に加わり、人が振り落とされ、或いは飛ばされ、落ちてくる。
「人同士がもみくちゃになりながら、痛みと衝撃に抵抗しようとしていました。まるで洗濯機の中にたくさんの人とともに入れられたような衝撃でした。まるでサンドバッグのように体中を殴られているような衝撃が続き、『どれだけ続くのか?』と思っていましたが、激しい大きな音と同時に衝撃も止み、それまでの轟音から打って変わって車内は静かになりました」
「揺れがおさまり、車体が停止すると、体の左側を下にして、地面に叩きつけられた。柔らかい。そっと下に目をやると、そこにはやはり人の山があった。誰の足か、誰の手か、誰の頭か、その下に一体何人居るのか想像がつかないほど、ぎっしりと積み重なっていた。暗い車内に背後から一筋の光が差し込み、充満したホコリが照らされて静かに光っている。気絶しているのか、死んでいるのか、呻き声すら聞こえない」
と書かれている。人と人が重なり合って、うめき声があがり、か細い声で助けを呼ぶ。どのように救助されたのか。またその後どのようにして病院に運ばれたのか。そしてけがの状況とその治療がそれぞれ書かれている。
ここには被害者の家族の手記も載せられている。被害者の記述も悲惨だが、事故を知らされた家族の不安がたまらない。自分の夫や娘がもしかしたらこの事故に巻き込まれた可能性があるかもしれないと思ったり、或いはとりあえずが大丈夫だけれどという連絡が被害者の携帯(この本を読んでいると携帯電話がかなり役立っていることがわかる)から連絡があるのだが、実際どんな状況なのかわからないだけにただ、おろおろする光景は、察してもあまりがある。顔を見るまで安心できない気持ちがよくわかる。
けがが回復しても、電車に対する恐怖はなかなか消えない事実も書かれる。
「事故後とはいえ仕事が休めないので通勤はするものの、平常心では電車に乗れなくなり、ラッシュ時の電車や快速に乗る事への恐怖が出てきた。できるだけ電車に乗っている時間が少ないルートを選んで通勤したが、必然的に乗り換えも多くなり、乗り換え毎にベンチに座ってはしばらくは動けず、大阪に出るだけで2時間はかかった」
「電車に乗っていて、普段よりも速いスピードや急な停車、小さな異常を少しでも感じたら、すぐ電車を飛び降りるくせがついてしまい、途中下車をする回数がだんだんと、増えてきました。いつでも降りられるように、快速電車には乗らず、普通電車ばかり乗るようになりました」
「電車に、JRに乗ることには、以前に比べると慣れました。でも、スピードやカーブ、そのいたる瞬間にも緊張感を持って乗車していることはなんら、以前とは変わっていません。『電車に乗ることに慣れた』のではなく、『我慢して乗ることに慣れた』のです」
そしてやりきれないのが「サバイバーズ・ギルド」と呼ばれる本来負わなくてもいいはずの罪意識が生存者に生まれてしまうことである。「あの事故での『生』と『死』は何の理由もなくほんの少しの場所の違いで分けられたのである」そしてたまたま自分は生き残ってしまったという苦悩。または自分もけがをしていたため、助け出された他の乗客が成す術もなく目の前で命の火が消えていく光景を目にするしかできなかったことによる罪の意識。
そのことが残された者の義務として、事故を風化させないために、事故の真相を語り続ける。
この本は最初に書いたように、人間の愚かさを書いていると同時に、人間ってすばらしいなぁと思わせる尊厳も感じさせる本であった。
評価
★★★★
書誌
書名:JR福知山線脱線事故―2005年4月25日の記憶
著者:JR福知山線脱線事故被害者有志
ISBN:9784343004048 (434300404X)
出版社:神戸新聞総合出版センター (2007-04-25出版)
版型:333p 19cm(B6)
販売価:1,680円(税込) (本体価:1,600円)