2011年12月31日

石橋毅史著『「本屋」は死なない』

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 この本は厳しい出版業界で「意思ある本屋」であり続けようとする書店員・書店主を訪ね、本当の意味で“本を手渡す職業”として誇りを持ちたいと日々奮闘する彼らをルポしたものである。しかし一方で今現在出版業界が置かれている厳しさは彼らの存在をある意味否定する。その狭間で彼らは自分たちがやっている本屋の存在意義を必死に求める。あるいは今の出版業界の流れに逆らえず、挫折し、そこから足を洗うことを選択するが、完全に諦めきれないジレンマを書きつづる。
 しかし読み終えてみて、著者はいったいどうしてこの本を書きたかったのだろう、と思った。今現在置かれている出版業界に疑問を感じ、自らその流れに反して、「本」を手渡す役割を担いたいと欲する人びとの根源な存在意義を探し求め、それらの人を訪ね、その考えを聞き、本に関わる人々姿をルポして、こういう書店員がいるんですよ。あるいは小さいけれど、個性的な書店があるのですよ、と言って、どこに意味があるのだろうか?

 まずは「本」を手渡す役割を担いたいと欲する人びとの根源な存在意義を、わざわざ見出さねばならぬほどの出版界の現状とはどういうものなのだろうか?この本から知ったことを書いてみる。その上で私の個人的な意見を書きたい。

 出版科学研究所の調査によれば、取次が一年間に流通させる新刊書籍のタイトル数は1982年に3万点を超え、1995年に6万点を超えた。いまは7万点から8万点に達している。その間、取次は本の保管・流通させるための倉庫を次つぎと増設し、新刊の洪水状態に対応してきた。しかし倉庫を拡張して取扱量を増やせば、その管理費用などあらゆるコストも増大する。
 はじめから無駄とわかっているなら、売れないと思う本は受け取りを拒否すればよい。それが企業として当然の対応ではないかと思えるが、広範に本を取り扱うことを使命としてきた取次は、それを実行できなかった。一タイトルあたりの仕入れ冊数は減らしてきたが、内心では「売れない」と思っている本でも、取引のある出版社の新刊は原則としてすべて受け入れてきた。
 日本の取次は、一私企業でありながら、企業としての損得だけで本を扱うのではなく、国内の出版文化を支える役割を担ってきたのである。商品であり文化財でもある「本」が抱える矛盾そのものだ。取次がこの矛盾を引き受けてきたことは、日本の出版が世界に例を見ないほど安定的に発展した原因のひとつである。
 しかし何でもかんでも取次が受け入れていけば、ますます出版業界はおかしくなっていく。そこで取次はPOSシステムを書店に繋げることで各店の売れ行きや在庫数を把握する。こうすることで無駄を省き、効率化を進めていけるからだ。これを本気で進めていかないと、出版流通はほんとうに破綻してしまうという切迫感が取次にはある。
 しかしこうして導入されたシステムは、志のある書店員の仕事をやりにくくする。自分の棚を演出し、徐々に売上が伸びてくると、今度はそのデータがPOSシステムによって吸い上げられていく。それが共有データとなり取次を通して他の取引店に流される。
 その結果TUSUTAYAなどのナショナルチェーンなどによって、よその地域で大々的に展開されていく。そうやってあっという間に広がることで、土台のしっかりした強いジャンルに成長する前に消費尽くされていく。当然このことは演出を仕掛けた書店員にとってこのことは面白くない。モチベーションを失ってしまうことにもつながる。
 またこうして吸い上げられたデータをもとにして出版社に本の企画を提案し、その商品については取次が責任を持ってはじめから大量仕入れを行い、書店に配本することも増えている。
 つまり流通業者である取次が商品政策まで手を出し始めることで、全国に一律的な本の陳列、販売を加速しつつあるのである。このことによって本の世界は自由度を失い、つまらないものとなっていく。出版流通全体がもはや自分が思うような書店員として仕事をさせてくれない次元に向かっているのである。
 本当に本を愛し、それを読者に手渡したいと思っている書店員が、他の人が目をつけていないものに可能性を見出す地力とセンスでそれを演出するのだが、それが全国的に広がり“書店発ベストセラー”となった途端、その本は多くの書店が“売らされる”本に変わる。「本」の多様性を証明する発掘が、次にはそれを否定する行為となっていくのである。
 それを実感した書店員は現状に疑問を感じ、そこからはみ出していく。それがこの本で著者が関わった人々なのである。大書店を辞めて、次の自分の行き先を探せない人や、何とか自己資金で自分の考えるような書店を小さいながら開店する人である。

 ここからは私の個人的な意見である。このように現状の書店に疑問を感じ、自らが求める姿である“書店”を開く人たちの話を聞いていると、どこか自己満足に過ぎないように感じてしまうのである。私はこうした書店というのは、必然的にマニアックになってしまうのではないか、と思う。もちろんそうした本屋さんを歓迎する人たちもいることはわかるけれど、あまりにも書店主の個性が前面に出すぎてしまう可能性があるような気がしてしまうのである。どこか自己主張が強すぎて、鬱陶しい。
 著者は書店員の本に対する心を伝えることの少ないTUSUTAYAなどのナショナルチェーンや大型書店ばかりの現状はよくないと言うが、そのどこが良くないのだろうか?
 確かにあまりにも多い出版物の中で、読みたい本が埋もれてしまっているかもしれないけれど、その中から自分の読みたい本を探し出す方が、選択肢がたくさんあり、自由度もあり、いいではないかと思う。むしろ店主の強烈な個性で選ばれた本ばかりのお店の方が怖い。そもそも本屋の良い、悪いという基準とは何なのだろうか?
 著者の言うように、著者が書き、出版社がつくり、流通業者が輸送した本を、ただ置くだけ、並べるだけ本屋がどうして悪いのだろうか?私からすればたとえそうであっても、その在庫数の多さはなんと言っても魅力的だ。そこから選ぶことができるというだけでうれしくなってくる。むしろ「この本を読め!」など、お節介なPOPがある方が胡散臭い。まして小さな店で店主の思いが詰まった本ばかりだと息苦しくなってしまう。
 ちょっと前に私は北海道の書店主が「この本を読め!」といったパンフレットみたいなものを作って、へぇ~と感心したことがあるのだけれど、しかしよくよく考えて見ると、どうしてこのように命令口調になるのだろうか、と思う。私からすれば規模の小さな本屋さんが、何とか既存の本で売上を伸ばそうとしているのではないかと思える。つまりこれらの書店は新刊書籍の入荷が思うようにならない現状と、そういうお節介が、人に「そうかこの本を読まなければならないのか」と思わせることで、その本を読んでいない自分を恥ずかしがらせ、慌てさせ、そのことで本を買わせるに過ぎないのではないか、と思ってしまうのである。
 また出版不況は「若い人が本を読まなくなったから」だと言われている。一方で文科省がまとめた読書調査によると、小学生の図書館貸出冊数が大幅に増えたというデータもある。これはいわゆる「朝どく」の実施校の増加の時期と一致する。図書館の貸出冊数が増えているという調査結果から、今の若い人は本を読んでいるという結論を導き出している。
 しかし著者はそう単純なものではないだろうと言う。ネットやゲームやテレビといった子供にとって面白く刺激の強いものがこれだけ溢れている時代に、何かしらの大人の働きかけがなければ、昔より子供が本を読むようなるむしろ不自然だ。少なくとも子どもたちに本を読むような働きかけを「出版業界」は大いに関わっているはずだ。ということは、「若者が本を読まなくなったせいで本が売れなくなったと嘆く人」と「子どもの本の貸出冊数の増加に寄与している人」は同一の可能性があると言う。
 その通りだろう。売れ筋の本が入荷しない中小書店が生き残る手段として、お節介をする。間違いなく本が売れなくなっているにも関わらず、いや子どもは本を読んでいるという結果を誘導する。
 私の住んでいる近所に「あなたの読む本はこれですよ」という情報を提供することで有名になった本屋さんがあるが、これだっておかしな話である。読者が何を読んでもかまわないのに、読みたいという気持ちにさせる本を提供できない現実を、お節介でカバーしているだけである。
 そこには読者が自由に本を選ぶことをさせない、「うちにある本だけでいいんですよ」、といった考えが見え隠れする。あるいは本は読まれているという虚構を作り上げることで、かろうじて自分を保とうとする書店主の姿が見える。その自己保身の最大のより所が「再販制」である。著者も再販制の意義をそれらしく言う。


 新刊書籍における再販制も、小売価格が事実上変動しないことによって「本」の内容部分を価格的価値から切り離し、金銭による交換をある種通過儀礼とする面をもっていたはずだ。新刊であろうと古書であろうと、職業や事業として「本」に関わる者は売上げと利益をとらなければいけない。だが、本来的には金額として価値をつけられないものにいろんな体裁や付属的な価値を与えて収益につなげるのが「本」商売なのだ。


 しかしこれもよく考えてみると、おかしな話である。どうして本だけが本以外に付加価値があるのだ。何でもそうだと思うのだけれど、モノにはそれを作った人、使う人にモノ以上の付加価値が存在するのではないか?特に思い入れのあるモノにはすべてにいえることではないだろうか。本だけ特別じゃないだろう。この考えは出版業界でよく聞くことだけれど、本だけを特別扱いするのは如何なものか、と思う。これは再販制を維持したい人たちの詭弁である。本における付加価値の存在だけで再販制が必要だということにはならない。
 ぶっちゃけた話、読みたい本が安い方が私は有難いし、ポイントが付く方がうれしい。少なくとも本における付加価値を付けるのはそれを読む人であることを忘れている。それを提供する側が付けるものじゃないと思う。

 話がすぎた。私は「本」を誰かに手渡す役割を担いたいという気持ちは、ものすごく尊いと思う。そういう気持ちで新たに本屋さんを開くことは素晴らしいことだとも思う。けれどどうもそういう気持ちが強くなる傾向が、この人たちにはある。思い入れがあればあるほどそうならざるを得ないことはわからない訳じゃないが・・・。
 少なくともこの本の著者が言うような、そういう人たちがやっている本屋さんがあるだけでも、本屋の未来は捨てたものじゃないというような発想にはついて行けない。どうも最近はそういう本屋さんの分が悪くなってきているものだから(確かに経営は厳しいだろう)、やたらそういう本屋さんのみを擁護する傾向がありはしないか。判官贔屓していないか。そこだけに本屋のあるべき姿が見いだせるような言い方はおかしくないか。
 結局その本屋さんにどういう本があるかである。自分の趣味や興味のある本が置いてあれば、いい本屋さんだという人もいるだろうし、新刊が必ず手に入る書店がいいという人もいるだろう。話題になっている本がたくさん置いてあればいいという人もいるだろうし、私みたいにいろんな本がたくさんある本屋がいいという人もいるだろう。あるいは本は読みたいけれど、本屋が近くにないとか、行く時間がないとかいう人はネット書店を使うだろう。読者が置かれている状況で多様化した本屋の姿があっていいと思うのだ。自分の思い入れだけで、これがいい本屋さんだとか、志のある書店員だという著者の言い方が気に入らないのである。“顔の見えない書店”でも人によっては、あるいは私みたいなへそ曲がりには、有難い本屋なのである。この本の著者が酒の席で、“顔の見えない書店”が多くなっていることで出版社の営業部長に食ってかかっているとき、その人は「俺たちはそういう店(ナショナルチェーンや大型書店)のおかげで食えている」のも現実であり、そのお陰で本が多く出版され、また読者に幅広い選択肢を与えてくれているのである。
 本を提供する側の思い入れと読む側の思い入れと一致するとは限らない。本の良し悪し、あるいは面白いか、そうではないかはまったく個人的なものであって、普遍的なものがある訳じゃない。だって読む人一人一人違うし、考え方、感じ方が違うからだ。まして読む人が置かれている状況によっても同じ本でも感じ方が違うのだから、命令的に本を提供するなんてとんでもない話だと思っている。はっきり言って度の過ぎた本の提供の仕方には僻僻してしまう。書店主の個性が強烈に反映した本屋があることだけで“本屋は死なない”など言うのは単に彼らを擁護しているだけである。


評価
★★


書誌
書名:「本屋」は死なない
著者:石橋 毅史
ISBN:9784103313519
出版社:新潮社 (2011/10 出版)
版型:269p / 20cm / B6判
販売価:1,785円(税込)


 今年はこれで最後となります。今年はいろいろなことがありました。3月11日の東日本大震災や津波、原発事故と、我々の意識をいやが上にも変えざるを得ないことが起こりました。私も気持ちの上でとことん打ちのめされ、これからどうすればいいのだろうか、と悩みました。その結果手につかないことも多くあり、このブログも半年ほど休みました。それでも私は本を読むことが生き甲斐であり、その中から何かを考えることしかできない人なので、こうして拙い文章を綴ることにしました。私の文章を読んで、意見を同じくする人も多少おられるかもしれませんし、あるいは“こいつ何を言っているんだ”と思われた方もいらっしゃるかもしれません。でもこれが私の本の接し方であり、このスタンスでしか本に接することが出来ません。そして来年も同じように本を読んでいくこと、これだけは間違いありません。それでもお付き合いくださるのであれば、有難いです。一年間ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

2011年12月15日

森田功著『やぶ医者のねがい』

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 この本は今まで読んできた3冊とは多少感じが違っている。それまでの本は、自らの診療所に来る患者さんや、著者の近所に住む人たちを通して、病気を語り、医療を語り、人を語っていた。
 ところがこの本はそうしたスタイルを維持してはいるものの、そこから導き出される著者の意見は、大きな課題を、社会の問題、医療の問題、死の問題をとして、多少上から語っているきらいがある。例によっていくつか書き出してみよう。


 抗生剤は進歩したが、病気は薬だけ治るものではなく、基本は体力、いわゆる自然治癒力に頼るところが大きい。病気と戦うのは体であり、薬は応援団のようなものでしかない。


 でも、日々の診療活動の中で、ちょっとどうなんだろう、と思われる大きな問題、例えば学校の健康診断で、確かに児童の健康や病気の可能性がある児童をとにかく病院にかからせる体質は、別問題もあるんだと指摘する。それが次のものである。


 後日、医師会か何かのときに、副会長の取り巻きのような耳鼻科医は、「学校検診のおかげでしばらく助かりますよ」とささやいているのを耳にした。「治療のすすめ」には、儀式の他の意味もあるようだ。


 これは別に学校の集団検診に限らず、どこでも行われている健診でも同じだろう。検査の結果次第で、多少疑いがあれば、すぐ病院に行って詳しく検査してもらえ、という通知は、その地区の病院を儲からせているだろうな、と推測出来る。検診の結果異常の可能性があると書かれれば、誰だって心配し、病院に行かざるを得ない。それはそれで本当に問題があった場合、早期発見などに役立つわけだから、意味はある。それは否定しない。けれどここの副会長の取り巻きのような耳鼻科医が言うことも事実なんだろうと思われる。実際問題、再検査の結果大したことがなければ、検査費用をふんだくられて、いったい何なんだ、と言いたくなる。でも、健診が裏側の面から見ると、医者の食い扶持を稼がせているとしても、こればかりは仕方がない。もし再検査して本当にその病気のであった場合、逆に良かったということにもなる。ただあからさまに医者側にこのようにささやかれていると聞くと、腹も立ってくるだけである。
 また学者言ったことが行政の認可や許可を受けて、当たり前の治療法であっても後になって、それは間違いであったというのはこれもよく聞く。著者はこれに関して次のように言う。


 何事かが起こるたびに、学者は安易な対策を口にし、行政の責任者は太鼓判を押すが、誤りが明白になったあとで、学者や行政が責任をとったという話を聞いたためしがない。


 ただこれだって確かにそうだけれど、その当時はそれが一番の治療方法であって、他に治療方法や薬が見つからなかったのだから、ある意味仕方がない。科学の進歩が絶えず過去の治療方法を検証していくから、そういうことになる。たぶんこういうことはいつの時代にもあることだろう。そのたびに責任の所在を求められれば、学者はやって行けまい。医者にしてもそうであろう。その時最善の治療法であったものが、後に間違いであったと否定され、責任を取らされるなら、たぶん医者なんてやっていけないんじゃないかと思う。
 ただ一番困るのが患者である。そしてそのことによって患者が医者を責め、その診療科の医者のなり手を少なくしてしまい、結局患者が自分で自分の首を絞めることになってしまうのである。今小児科や産婦人科が少ないのもこんなところにあるんじゃないだろうか。
 問題を提起するのはいいけれど、むしろ言い放しの方が、無責任のような気がする。このあたりが今までの森田さんらしくない。
 次の文章も皮肉だけで済まないところが感じられた。マッサージ師がマッサージをしていて触診で病変を発見した。それは大病院で大げさな検査をしても見つからなかったことであった。それをこのように書く。


 面目を失墜したのはX病院であった。現代の技術の水を尽くした精密検査で見逃した病変が、マッサージ師の手先で発見されたのである。何の元手もかからない触診が、何億円もの検査設備を凌駕してしまった。


 これまでもこのような文章は書かれてきた。その時はそれまでの森田さんの書かれる文章から、町医者の限界を肯定した上で言われていたし、自らもひがみやねたみだと言ってきていた。だからこのように言われても、確かにそういうこともあるよね。何でも大病院が、あるいは設備の整った病院の方が安心とは言い切れないかもしれない。でも患者とすれば、徹底的に調べてくれる病院を選択するに違いない。それは仕方のないことだと思う。決して町医者を馬鹿にしているわけじゃないのだ。それを設備の整った病院を選択することが一概にベストの選択とは言い切れないというような言い方は如何なものかと感じてしまった。その点が気になった。森田さんらしくない。町医者のねたみだけとは感じられなかった。
 で、それはどうしてなんだろうかと考えてみた。今回森田さんの体調の悪さがやたら出てくる。元々ぜんそく持ちで、アレルギー体質で、それに苦しみながら患者さんを診てこられてきた。時には患者さんの方から「お大事に」と言われる始末である。
 でも今回はそれが悪化し、老齢という問題もはらみ、自らの進退を考えなければならないところに来ておられる。要するに診療の存続、自らの死の問題をどうしても見つめざる得ないところまで来ていたのである。だから笑って済ませられないところが数多く出てきてしまったのだろう。そう思う。特に後半は死に関しての記述が多いのもそのことを物語っている。


 男の平均寿命が八十歳の近づいた今、それまでに死ぬのは不届きだと言わんばかりの風潮があるが、人それぞれ寿命がある。誰もが平均寿命までと、天寿まで管理されることはあるまい。


 いまさら言うまでもないが、一日生きれば、それだけ多くの他の生命を奪うことなる。生命は相互に依存する、というのは、人間の勝手な思い上がりである。人は他の生命を収奪することでしか生存でいない。


 すべて仕方がないのかもしれない。でもちょっと残念だな。それまでの森田さんの文章にあるユーモアとシニカルさが気に入っていたので余計である。もっとも勝手なことを言っているのは私なのだが・・・。
 森田さんは大腸癌で亡くなられている。遺言により通夜、葬儀は行われず、遺体は献体されたという。


評価
★★


書誌
書名:やぶ医者のねがい
著者:森田 功
ISBN:9784167393052
出版社:文芸春秋 (1998/10/10 出版)文春文庫
版型:254p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

2011年11月08日

夏目漱石著『草枕』

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 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。
 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。
 人の世を作ったのは神でもなければ鬼でもない。矢張り向こう三軒両隣りにちらちらする唯の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国に行くばかりだ。人でなしの国は人の世より猶住みにくかろう。
 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容で、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。 住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、有難い世界をまのあたりに写すのが詩である。画である。あるいは音楽と彫刻である。こまかに云えば写さないでもよい。只まのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌も湧く。

 世に住むこと二十年にして、住む甲斐ある世と知った。二十五年にして明暗は表裏の如く、日のあたる所には屹度影がさすと悟った。三十の今日こう思うている。
 -喜びの深きとき憂愈深く、楽みの大いなる程苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。片付けようとすれば世が立たぬ。金は大事だ、大事なものが殖えれば寐る間も心配だろう。恋はうれしい、嬉しい恋も積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。閣僚の肩は数百万人の足を支えている。背中には重い天下がおぶさっている。うまい物も食わねば惜しい。少し食えば飽き足らぬ。存分食えばあとが不愉快だ。・・・

 とまあ、この出だしは有名なのだが、よく読んでみると、屁理屈極まりない。要するに我がままの言い放題である。ああ言えばこう思う。否定すれば肯定する。思わず“どうしろと言うのだ?”と聞きたくなる。ひねくれ者の与太にさえ聞こえる。これが延々と続くのだ。超然としている、と言えば聞こえがいいが、結局どうしようもないことにつきそうだ。けだるさが全編に流れる感じだ。まるで世捨て人の戯れ言を読んでいる感じがした。

 とにかく読みづらい。主人公の観念的な思索が、仏教用語や中国の古典から引用され、表現される。そのため本文と注解をしょっちゅう行ったり来たりしなければならず、そのうち本文のどこを読んでいるのかわからなくなる。おかげでたかが170ページほどを読むのに4日もかかってしまう。途中で放り出したくもなった。

 いわゆる自分は画家で詩人であるので、一般人とは違う。世間一般の常識や考え、また情に流されずに、そこから超越した立場でものごと見ることを決めている。だから冒頭の言葉生きてくる。自ら「余はこの度の旅行は俗情を離れて、あくまでも画工になり切るのが主意であるから、眼に入るものは悉く画として見なければならん。能、芝居、若しくは詩中の人物として観察しなければならん」と言っている。
 だから那美に「御勉強ですか」と聞かれ、勉強じゃない。いい加減に開いた本読んでるだけだと主人公は答える場面があるが、それで面白のかと聞かれると、それでいいと答えるのである。

 「全くです。画工だから、小説なんか初から仕舞まで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです。あなたと話をするのも面白い。ここに逗留しているうちに毎日話をしたい位です。何ならあなたに惚れ込んでもいい。そうなると猶面白い。然しいくら惚れてもあなたと夫婦になる必要はないんです。惚れて夫婦になる必要があるうちは、小説を最初から仕舞まで読む必要があるんです」

 「すると不人情な惚れ方するのが画工なんですね」

 「不人情ではありません。非人情な惚れ方するんです。小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして御籤を引くように、ぱっと開けて、開いた所を、漫然と読んでいるのが面白いんです」

 主人公は人とあれこれ関わった姿勢で絵を描こうなんて思っていないのである。あらゆることから中立の立場で、何事にもとらわれずに事象を見ていこうとする。その瞬間が大切なのだ。主人公が言う非人情とはそういうことなのだろう。中立の立場と言えば聞こえがいいが、要は傍観者でありたいわけである。どうもイライラする。

 だからどうなんだ!、と言いたくなってしまう。

 それが芸術と言うものなのか?芸術だからこれほど昇華しないと表現出来ないとでも言うのであろうか?よくわからない。でもこういう屁理屈をこねる画家の絵などあまり見たいとは思わないないけどね・・・。


 ところでこの小説に神田松永町が出てくる。実は私は以前ここにあった店で働いていた。だから松永町と出てきたときは、おっ、と思った。でも床屋の親父は結構言いたいことを言っている。
 ちなみに千代田区にはよく町名や坂の由来を記したモニュメントが建っているが、松永町にも町の由来が書いたものが建っている。そこには次のように書かれている。

 ここはかつて松永町(まつながちょう)と呼ばれていました。この町名ができたのは今から三百年ほど前の元禄(げんろく)(1688~1704)のころです。

 元禄十一年(1698)、江戸城整備の一環として、鎌倉町(かまくらちょう)から西紺屋町(にしこんやちょう)(現・中央区)までの十五の町の一部を削って、外堀沿いの道が拡張されました。その翌年、これらの町に住んでいた人々が、現在の外神田一丁目(そとかんだいっちょうめ)周辺に代地(だいち)を与えられて移り住みました。このとき付けられたのが、「松永町」です。

 名前の由来については明確な記録が残っていません。明治三十三年(1900)刊行の『新撰東京名所図会(しんせんとうきょうめいしょずえ)』には、当時の人々が、新たな町に住むにあたって「松がいつも緑であるように、この町の賑(にぎ)わいも永久のものであってほしい」という願いを込め、「松永」という名を選んだのではないかと記されています。

 商人や職人の住む町として発展をとげた松永町ですが、幕府とのかかわりも深い土地でした。『文政町方書上(ぶんせいまちかたかきあげ)』によれば、町ができた当時、幕府お抱(かか)えの絵師・狩野探信(かのうたんしん)の拝領屋敷も町内にありました。狩野派は幕府や朝廷の御用絵師として栄え、探信の父の探幽(たんゆう)は、「鵜飼(うかい)図屏風」や二条城(にじょうじょう)二の丸の障壁画(しょうへきが)などで知られています。また、文政七年(1824)の『江戸買物独案内(えどかいものひとりあんない)』には、弓を射るときに用いる「ゆがけ(鹿革の手袋)」という道具をつくる御用職人・釘元又左衛門が住んでいたことも記録されています。

 明治時代には、文豪森鴎外(もりおうがい)の住居も町内にあったと伝わっており、夏目漱石(なつめそうせき)もまた小説『草枕(くさまくら)』の中で、この松永町にふれています。

 確かに書かれている。

 しかし主人公が顔を当たってもらっている髪結床の親父は次のように言っている。

 「親方じゃねえ、職人さ。所かね。所は神田松永町でさあ。なあに猫の額みた様な小さな汚ねえ町でさあ。旦那なんか知らねえ筈さ。あそこは竜閑橋てえ橋がありましょう。そいつも知らねえかね。竜閑橋ゃ、名代な橋だがね」

 まさか町の由来に漱石の『草枕』で髪結床の親父が“小さな汚ねえ町”と言っているとは書けないから、「夏目漱石(なつめそうせき)もまた小説『草枕(くさまくら)』の中で、この松永町にふれています」と書いているのだろう。漱石の作品でもふれてますといえば、なんか由緒正しいような、格が高いような感じがしてしまうが実際はこのように書かれている。


評価
★★


書誌
書名:草枕 (改版)
著者:夏目 漱石
ISBN:9784101010090
出版社:新潮社 (2005/09/20 出版)新潮文庫
版型:242p / 15cm / A6判
販売価:420円(税込)

2011年10月05日

佐野眞一著『津波と原発』

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 どうもこの本は読んでいて、とりあえず急いでルポを書いた、という感がぬぐえなかった。とにかく震災と原発の現場に急いで行って、被災者や原発で苦しんでいる人たちの話を聞き、後は著者がそれまでノンフィクションとして書き上げてきたものから、関係ある箇所を引っ張り出し、何とか本にまとめた。そんな感じが強く残った。こういうのはある意味“鮮度”が命のところがあるので、私みたいな馬鹿者が飛びつくのだ。
 しばらく佐野さんの本を読んでいなかったので、忘れていたのだが、そうだ、この人いつも自分が書いてきたノンフィクションを引っ張り出してきて、新しい話を強引に作り上げる人だったのだ。それが鼻持ちならずにいたのに、ついつい忘れていた。
 この本は福島に何故原発がこんなにできたのか?それを政治家の名声と政治的背景、さらに原発があるこの地が福島県のチベットと呼ばれたほど寂れて、不毛の土地であったことなど絡めて書かれている。ただとにかく急いで書いたもののようで、少々わかりにくい。ただ歴史的背景はある程度理解できたので、それを書いてみる。
 まずは天明の飢饉から話を始める。この天明の飢饉で、相馬中村藩は盛時の半分まで人口が減った。そのため人手不足による農地の荒廃がさらに進み、藩は北陸などから労働力を求めた。要するに移民を受け入れたのである。移住者は加賀、越中、越後、能登、因幡まで及んだという。ただ彼らは乞食同然であり、新しい土地に来ても、差別に苦しみ、さらに自然気候に苦しんできた。今回の原発事故でここを立ち退かざるを得ない人々の祖先は、そういう移民が多いという。
 そういう土地であることが原発誘致に適した土地であったということになる。原発誘致が一挙に町や村を裕福にする一発逆転策であったからだ。
 福島第一原発ができる前は、ここは長者原という陸軍の飛行機練習場だった。それが米軍の襲撃を受け、飛行場は全滅した。終戦後あの西武の堤康二郞がこの飛行場跡地の払い下げを受けた。そして塩田事業を始めたが、やがて事業も行き詰まり、また荒れ地になった。そして東電が原子力発電所の予定地として、ここでボーリング調査をしていることを聞いた堤康二郞は3万円で手に入れたこの土地を3億円で東電に売ったという。
 国は戦後復興から高度成長期を迎えるこの国の電力確保を目指していた。しかし世界で唯一原爆の被爆国である日本に、原発を導入することは、国民の感情から難しいところがあった。
 ここに正力松太郎が“原子力の父”として、政治家の名声を得ようと政治的力を発揮して、しかも自らの読売新聞をキャンペーンとして使い、国策として原発がこれからは必要だと画策していく。そのうち電力確保のためには原発の必要性がだんだん認識されるようになる。このあたりの過程は結構いろいろな人の思わくが絡んでいてわかりにくい。
 ただそれを作る場所は東京から遠いこと、人口密集地から離れていること条件となっていた。東電がここを調査していたのは、そういう条件をクリアする土地であったからだ。そしてここがチベットと呼ばれるほど不毛の土地であったことから、県も積極的に原発を受け入れていったのであった。原発を積極的に受け入れきたのが福島県知事であった木村守江(1976年土地開発に絡む収賄罪容疑で逮捕された)と東電の社長木川田一隆が東電福島第一原発を誕生させ「浜通り」を“原発銀座”と変えた立役者となった。貧しい土地が原発をやすやすと受け入れていったのである。そしていったん原発を受け入れてしまうと、それから抜け出せないものとなる。

 双葉町の歴史を、財政の面からちょっと振り返ってみよう。福島第一原発ができたとき、双葉町は潤沢な電源三法交付金によって、全国でもトップクラスの豊かな自治体となった。
 だが、経済浮揚のカンフル剤だと思っていた電源三法交付金が、覚醒剤にかわるのは、あっという間だった。
 電源三法交付金は発電所の工事開始から運転開始の五年後まで正規に支払われるが、六年目以降は大きく減額する。新たに電源三法交付金を支給してもらおうとすれば、原発を新規に建設しなければならない。
 この双葉町のように原発は地元を全国でトップクラスの自治体とする。それによって場違いな箱物がどんどん建てられる。いたん生活が豊かになると、今度はその質を落とすことができなくなっていく。そして新たな原発建設で、それを維持しようとしてきたのだ。これが著者のいう「覚醒剤」なのである。これは敦賀でもそうだったと、以前の本で読んだ。
 自治体が原発で豊になり得たのは「原発は安全だという前提で成り立っているからね、福島県そのものが」という地元の意見が、原発を受け入れてきた住民の意識であった。それで豊になるんだったらいいじゃん、ということなのである。
 しかしこの震災と津波で原発は安全じゃないとわかると、根本的にその前提が崩れてしまった。電源三法交付金で自治体が豊かになっても、住民の人々は結局東電と国に騙されたことになってしまった訳である。その怒り、絶望感は推して知るべしだろう。
 町が村がそれで豊かになったのだから、そのくらいの被害はある程度しょうがないじゃないのとは絶対に言えない。その豊かさ以上大きな負担を今回強いることになってしまったのだからだ。
 そしてここが肝心なことなのだが、そうした危険性を東電や国はどこまで住民に説明してきたのか?もしかしたら多少危険性はあるけど、徹底的に管理すれば安全だからと言って、それを作らせてね。その代わりお金をあげるからというようなことであったのではないか?


 今回の大災害は、これまで通用してきたほとんどの言説を無力化させた。それだけでない。そうした言葉を弄して世の中を煽ったり誑かしたりしてきた連中の本性を暴露させた。


 今回の震災や津波は人間が作ったもので完全な「安全」というのはないことを教えてくれた。もちろんある程度のリスクは何事においてもつきものだ。だけどそのリスクは人の生命や生活を奪う可能性があるものなら、単にリスクと呼べる代物じゃないだろう。それを隠すために、お金で釣ったのだ。
 逆もある。いつ来るかわからない大災害のために費用がかかりすぎると言って堤防をやめちゃおうと言った馬鹿な大臣がいたが、震災後この大臣の影が薄くなった。この大臣スーパーコンピュータ開発でもいちゃもんをつけたが、そのスーパーコンピュータが世界一になったところでますます存在感がなくなった。インタビューでも言い訳がましいことを言っていた。日本の政治家はリスクを隠すためにお金をばらまき、リスクを回避するためのものにはお金を出さない。変なところで帳尻を合わせている。


 「原発というのは要するに、運転しているときが、つまり動いているときが一番安全なんです。逆にいえば、止めた後が大変なんです。」


 動いているときが一番安全。この言葉は原発の恐ろしさを最も正確に言い当てている。原発の稼働開始は、コンビニに終始明かりを灯させ、自動販売機を常夜灯のようにさせた。原発は無限成長という絶対にあり得ない神話をつくりだしたのである。結果的にいえば、その神話にほとんどの日本人は踊らされたことになる。


 このことを日本人はやっと自覚し始めたのである。これからは「絶対にあり得ない神話」をまだ追い続けるか、それともまったく違うシステムを作っていこうとするのか、継続か転換か、それが問われている。

 ここのところ3月11日に起こった東日本大震災と津波、そして原発事故に関連する本や雑誌について書いてきた。実を言うとこれらの本は震災後発売されてからすぐ読んでいる。だからこれらの本や雑誌について、下書きみたいなものを書いたのは、その直後である。そのため表現上、時間表現がおかしな部分がある。でもそれをあえて直さなかったのは、その方がいいと思ったからだ。
 今のところこれ以上震災関係の本や雑誌を読む予定はない。もう少しこの震災に関するあらゆることが検証され、それについて書かれた本が出たら、また読みたいと思う。


評価
★★


書誌
書名:津波と原発
著者:佐野 眞一
ISBN:9784062170383
出版社:講談社 (2011/06/18 出版)
版型:254p / 19cm / B6判
販売価:1,575円(税込)

2011年03月02日

吉村昭著『法師蝉』

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 吉村昭さんの現代小説を読む。ここには「海猫」、「チロリアンハット」、「手鏡」、「幻」、「或る町の出来事」、「秋の旅」、「果実の女」、「法師蝉」、「銀狐」の9篇の短篇が収められている。いずれもこの本の帯にあるように人生の後半を迎えた男と女が主人公である。
 長いこと人間をやってくると、人には様々な体験や経験が蓄積されているんだな、と思う。若い時経験したことが、幾ばくかの歳になって、酸いも甘いも、一緒になってよみがえってくる。それが長ければ長いほど、今では経験できないことを通り過ぎてきたんだな、とを思う。時代がそういう時代だったからこそ、あり得た話がたくさん出てくる。
 面白いもので、それはやっぱり歳を重ねないと、一つの話にならない。それがどういう訳か“哀愁”を帯びてしまうから、話になるのかもしれない。もちろん読む側もそれなりの歳がいっていないと、共感が生まれない。追体験というのは、やっぱり同年代であることが必要なのかな、とも思う。

 さて、この9篇のうち気に入ったものは「手鏡」と「幻」の2篇だ。「手鏡」の中に次のような文章がある。

 自分が病臥していたことを考えると、見舞客来てくれるのは嬉しいと思う反面、苦痛でもあった。肥後に対してそうであったように、元気であるかのようによそい、それが体に好ましくない影響をあたえた。そのような経験があるので、重病である人への見舞いはひかえ、花を買って病室の近くまで行きながら通路を引返し、看護婦詰所で渡してくれるよう頼んで帰ったこともある。

 ここにある「自分が病臥していた」というのは、吉村さんが若い頃結核にかかり、寝たきりの状態であった経験を書いている。吉村さんの現代小説でも随筆でも、「人への思いやり」が随所に見られる。それがちっとも気障に感じないのは、そうした配慮が自らの経験を濾過してきたからだろうと思っている。
 人は自分が経験したことから、それが心地よかったり、苦々しく感じたことがあれば、いつの間にか、そうしてみたり、あるいはそうした行動を控えたりすることが出来る。歳をとったことを、半ばうんざりしているところが私にはあるが、こういうのを読むと、悪いことばかりじゃないな、と思えてくる。
 もちろんそうした配慮が、歳をとっても出来る人と、出来ない人もいるだろうが、長いこと生きてきている分、経験してきたことの数の多さは、若い人には負けないはずだ。後は性格の問題かな、と思う。

 「幻」には、「年末に、父が焼け残った医科大学付属病院で死んだ。脳溢血とされていたが、実際は癌で、すでに末期症状であったのである。遺体をおさめる棺がなく、長兄が造船所から運んできた板でつくり、さらに遺体を焼く燃料も必要だというので、かなりの量の薪を用意し、それを棺とともにリヤカーにのせて火葬場に運んだ」とある。この話も吉村さんの随筆に書かれており、実際自ら体験したことをここに書かれていると思われる。時は終戦直後の話である。棺もなかったし、火葬する燃料がなかったのである。他の話に、火葬の薪を得るために、戦火で焼けた電柱を掘り出せ、という話もここにはある。地表に出ている電柱は燃えてしまっていても、地中に埋まっている部分は残っているので、それを掘り出して、遺体を焼く燃料にしろ、というのである。地中に埋まっている電柱は2メートルも地下に埋まっているので、大の男が二人がかり掘り出す労力がいるという。
 このときは何もかも物資が不足していた。餓死者も多く見かけたと書いてある。それは「戦時中は、戦局の悪化にともなって配給食料の質が加速度的に低下し、主食も米の代わりに薯類や雑穀が配給されるようになっていたが、それでも強力な統制で一応、名目だけの量は維持されていた。が、戦争の終結と同時に、辛うじて保たれていた流通秩序が一挙にくずれ、配給制度は維持されていたものの、農家は供出をしぶって農作物を横流しし、そのため遅配が習慣化していた」だから終戦後餓死者が増えたのである。
 戦争というのは実際行われている間も、戦火を逃げ回らなければならないけど、敗戦後もその後でさらに苦しまなければならなかったことを思い知る。
 「幻」はそうした何もかも不足していた時に、昭和通りに祭の練り歩きを見たことがあり、それが神田祭じゃないのか、と後で調べてみる話である。実際は神田明神でそうした祭は当時行われていないことを知らされ、それは幻だったのではないかと仲間に言われるのだが、主人公は確かにそれを見たという話である。話として実際著者が見たのかどうかわからないが、その祭のきらびやかさと、一緒に歩いている痩せ細った馬が、逆に当時物資が不足していたことを強調することになっている。


評価
★★


書誌
書名:法師蝉
著者:吉村 昭
ISBN:9784103242239
出版社:新潮社 (1993/07/10 出版)
版型:195p / 19cm / B6判
販売価:入手不可

2011年01月20日

森まゆみ著『読書休日』

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 また森さんの古い書評を読む。
 しかし世の中にはホンと知らない本がたくさんあるんだな、と思う。小さな志のある出版社で、いい本、面白そうな本がたくさん出ているのだ。でも私たちが手にする本はそのほとんどが大手出版社の出版物なのだ。何故そうなるかと言えば、それら出版社は資本力にものを言わせて広告を出し、書店の棚の一等地に自分のところ出した本を置かせるからだ。書店にしても、売れるものを主流に店頭に並べるから、そこからもれた本は読者の目にはふれないことなる。結局読者が本を選ぶ前に、店頭に並ぶ出版物はセレクトされちゃっているのだ。
 考えてみるとこれだけたくさんの情報が手に入りやすくなって時代に、名の知れない本がたくさんあって、それがどういう本なのかわからないのだから、不思議な世界だ。

 こういう時、例えば新聞の書評など力を発揮してくれ、埋もれている新刊を掘り出してくれるならありがたいのだが、どうも最近の新聞書評はちっとも面白くない。そもそもそこに紹介されている本を読みたいという気持ちにちっともならないのだ。このことはこの本でも森さんは書かれている。
 実は森さん毎日新聞の書評欄で、コラムを5年、書評委員を2年半、常連執筆者1年、計9年やっておられたという。ここの掲載されている文章の初出はその書評だったのかもしれない。とにかくその関係で“書評”について書かれている文章が興味深かった。
 まずここで「昔は『朝日』の書評に出ると千部は動くといわれたけどね」という話を書いている。これは私も聞いたことがあり、実際本屋で勤めていた頃、よく朝日の書評の切り抜きもって本を探している人を見かけた。日経もいたかな?今はどうなんだろう?書評自体面白くないから、こういう人は少なくなったんじゃないかと思ったりする。とにかく朝日の書評をきちんと読んでおくことは、書店員として必要なことであった。

 「新聞の書評が面白くない、という声をしばしば聞く。つい先頃まで書評を書いていた私自身も、感じないことではなかった。これを読んでみようという気になる本が一冊もないことすらある。なぜなんだろう」

 と書いて、まずは自らの経験から書く側から書評が面白くない点を考える。
 一つには文章量が少なすぎるということをあげる。要するに紙面の問題だ。紙面に制限がある以上一冊の本の書評を書く場合だいたいが、その概要で終わってしまうらしい。
 二つ目に日本の新聞の書評には批判がない、いいことばかり書いているという点を上げる。ただこれにはやむを得ないところがあるという。森さんは新聞で批判をばっさりやってしまうと、「切り捨て御免になってしまう」、と書く。要するにこれだけ巨大なメディアで批判された本の著者には反論の方法がないから、それを考えるとそう簡単に本の批判ができない、というのである。しかしよく考えてみれば、批判というか問題のある著作は最初から書評のリストにあがってこないのだろう。
 三つ目に書評委員は大学教授に多く任されてきたことをあげる。結局書評が「権威あるもの」とするためには、大学教授、著名人を採用するに限るということなのだろう。でもこれもよく考えてみると、どうして書評が「権威あるもの」でなければならないのか、よくわからない。要はその本が面白いかどうかであって、面白いならどこが面白いか、それを読者に感じさせられるかどうかだけではないかと思うのだ。読者は面白い本を読みたいのである。
 内容の知的裏付けとして大学教授、著名人の意見を求めるのは必要だろうけど、それをここでやることで、書評を「権威あるもの」とするのはどうなんだろう?知りたいのは「その本面白いの?面白くないの?」だ。決して権威じゃない。大学教授、著名人で連なる書評委員が持っている専門知識、専門用語を求めている訳じゃない。むしろそうしたものを噛み砕いて書ける人、教えられる人として大学教授、著名人を起用したのだろうと思いたいが、結局出来ずにいて、逆に一種の売名行為に似た、自分の知識をひけらかすことしかできない人選に問題があるのではないか、と思う。そして新聞側もそれが「権威あるもの」として勘違いしているから、書評が面白くなくなっているのだ。

 以上が新聞の書評が面白くない理由を森さんの意見を参考にして考えてみた。私が森さんのエッセイが好きなのは、そこに表れる森さんの意識が「生活を手放さないで生き抜く」がすべての面で感じられるからだ。だからこの本で紹介された本もそうした視点で語られるし、そもそも「谷根千」がそういう発想で創刊された。私が新聞の書評で読みたいという気持ちにさせてくれる本とは、そうした自分の生活に身近にあるものか、あるい自分の好きな分野の本だ。(ただしわかりやすく説明して欲しい)


評価
★★


書誌
書名:読書休日
著者:森 まゆみ
ISBN:9784794961594
出版社:晶文社 (1994/03/05 出版)
版型:281,4p / 19cm / B6判
販売価:入手不可

2011年01月07日

東野圭吾著『私が彼を殺した』

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 殺人事件は次のように起こった。脚本家で作家でもある穂高誠が、詩人の神林美和子との結婚式当日に毒殺された。穂高誠と神林美和子の関係者として、穂高のマネージャー駿河直之、女性編集者の雪笹香織、そして美和子の兄、神林貴弘の3人が登場する。問題はこの3人は穂高にそれぞれ殺意を持っていたことであった。
 マネージャーの駿河は以前勤めていた会社で横領事件を起こし、穂高に穴をあけたお金を出してもらった上で、穂高企画のマネージャーとなった。ところが結局穂高にいいように使われ、いつも穂高の尻ぬぐいさせられていた。さらに穂高は駿河が好意を寄せていた浪岡準子を自分の女にした上で、挙げ句の果てに堕胎させて捨てた。駿河にとってそれは当然許せないことだった。
 雪笹香織は神林美和子を発掘し、美和子の著作にすべて関わっていた。穂高と引き合わせたのは香織であったが、穂高との結婚で美和子との仕事上の関係が失われること恐れた。さらに香織は以前穂高と関係を持っていた上に、結局捨てられたのであった。香織にも穂高を殺す動機があったのだ。
 神林貴弘にも穂高を殺害する動機があった。それは美和子と近親相姦の関係となっており、今度の結婚で美和子を失ってしまう。だから美和子を奪った穂高を許せなかった。

 穂高の結婚式の前に、駿河が好意を寄せていた浪岡準子が、自分を捨てて美和子と結婚する穂高を恨んで服毒自殺を図った。穂高の死因も同じ薬によるものであった。つまり浪岡準子は自らが勤める動物病院から盗んだ毒で自殺を図り、その薬が鼻炎の持病を持つ穂高がいつも飲む薬にすり替えられていたのであった。誰が浪岡準子の毒入りカプセルを盗んだのか。そして誰が穂高の薬とすり替えたが焦点となってくる。
 まずは3人がどうやって毒入りカプセルを入手したかをである。その経路は明らかにされている。まず駿河である。穂高は浪岡準子が穂高の庭で服毒自殺したままにしておくのはまずいと思い、駿河と一緒に死体を彼女のマンションに運び出した。このとき準子の部屋にあったテーブルの上にあった鼻炎の薬の瓶と、毒を仕込むの失敗した思われる分解したカプセルが一錠あった。駿河は準子の部屋を出る時その瓶からカプセルを盗んだ。
 穂高と駿河が浪岡準子の死体を運ぶ光景を目撃している人物がいた。雪笹香織であった。香織もその瓶から1錠カプセルを盗んでいる。
 さて、話が長くなるので単純に薬の行方だけを考えたい。元々この鼻炎の薬の瓶は12錠入りであった。うち1錠が分解されたカプセルとしてある。そして浪岡準子が1錠飲んで服毒自殺図った。残り10錠である。さらに雪笹香織が1錠盗んでいる。ここで9錠となる。加賀はカプセルが6錠部屋に残っていたと言う。ということは、3錠合わない。駿河はカプセルを1錠盗んだといっている。残り2錠はどこへ行ったのか。
 ここで穂高の結婚式前に新しい鼻炎薬を開け、ピルケースにそれを入れようとしたとき、そのケースに薬が2錠入っていた。美和子が薬を飲むのは良くないというアドバイスを受け、穂高はカプセルを捨てていた。これが残りの2錠であった。そしてカプセルをゴミ箱に捨てる穂高を見ていた人物がいる。それは神林貴弘であった。貴弘はそれを拾い、効果を確かめるために猫に1錠飲ませる。残り1錠が貴弘の手元にあった。
 ところが神林貴弘に脅迫状とカプセルが1錠送られていた。脅迫状には妹の美和子との関係をばらされたくなかったら、穂高の薬をすり替えろというものであった。この時点で神林貴弘はカプセルを2錠持っていることとなる。
 しかし加賀は準子の部屋にあったカプセルは6錠といっていたが、瓶の中身を言っていたわけではない。あくまでも“部屋に”である。要するに分解されたカプセルを含めて6錠といっているのである。ということは、瓶の中身は5錠しかなかったことになる。12錠入りのうち、5錠が残っており、後の7錠がどこに行ったかを再度考証してみる。1錠は解体されて残され、2錠は浪岡準子が先に穂高のピルケースに仕込んだ。そして1錠を浪岡準子が飲んで服毒自殺を図る。残り3錠となる。しかし雪笹香織と駿河直之は1錠ずつしか盗んでいないという。ということは1錠が行方不明となるわけだ。
 ここで問題となるのが、ピルケースである。加賀はこのピルケースに関係者以外の身元不明指紋が残っていたことがわかっている。ここで加賀は「犯人はあなたです」と言ってこの話は終わる。
 そうこの小説は前の『どちらかが彼女を殺した』と同じである、“読者に挑戦”というスタイルをとっている。つまり話の中で犯人を明らかにせず、読者に考えさせるのである。
 ピルケースに残っていた身元不明の指紋は穂高の前妻のものであった。そして穂高は美和子と結婚するにあたり、前妻の持ち物をすべて使いっぱの駿河の部屋に移していた。従ってその荷物の中にペアのピルケースがあり、それを取り出すことが出来たのは駿河だけであった。そこに行方不明の毒入りカプセルを1錠仕込んだのであった。従って穂高を殺した犯人は駿河となる。

 以上であるが、どうもすっきりしない。“読者に挑戦”といっても、最後にピルケースが前妻のものだと明らかにするので、フェアーじゃない。本当に駿河以外の雪笹香織と神林貴弘に可能性はなかったのか?美和子の証言を信用すれば神林貴弘にはピルケースに近づくチャンスはなかったというが、それ以前に出来なくもない。なぜなら彼は毒入りカプセルを2錠持っていたのだから。そして雪笹香織も1錠しか盗んでいないということを信用して話は進むが、彼女がもう1錠盗むことも可能であったはずだ。ただそれは薬の数だけの話で、動かしがたい事実がピルケースに残っていた指紋ということであれば、正直なところこんなに詳しく薬の数にこだわって各必要もないのだけれど・・・・。
 

評価
★★


書誌
書名:私が彼を殺した
著者:東野 圭吾
ISBN:9784062733854
出版社:講談社 (2002/03/15 出版) 講談社文庫
版型:431p / 15cm / A6判
販売価:729円(税込)

2010年12月29日

横田順弥著『古書狩り』

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 著者はSF作家でもあり、小説を書くかたわら、資料集めなどで古書も詳しい。だから古書に関する本も何冊か出されているはずだ。そのためこの本もかなり期待して読んだのだけれど、はっきり言って肩すかしを食らった感じであった。
 古本を集めるマニアックな人たちの姿を描くのはいいのだけれど、そこにSF的要素を加えちゃうと、おいおいそこまでいっちゃ話がおかしくならないか、と思ってしまった。たとえば紙魚という紙を食べる小さな虫が古本にいることがある。「本の虫」という短編では、和本についた紙魚を大切な本をダメにしてしまうと、それを見かけると憎みようにつぶす人物が、ついに自分も巨大な紙魚になってしまうという話。カフカの『変身』グレゴリー・ザムザ風の話だ。あるいはパラレルワールドから来た人物があちらの世界で買った古本がこちらの世界では稀覯本となっていたので、それを売って生活の糧にする話もある。さらに宇宙船が故障して、また旅立つためのエネルギーを人間の精神エネルギーを求める美人の姿をした女宇宙人が、偶然稀覯本を安く買い求めて興奮して、精神エネルギーをバンバン発していた男に近づく話などである。
 確かに古本を求める人々は通常の人から見れば異常なところがあるから、それを発展させれば、こういうのも有りかな、とは思うが、でもやっぱりそれは、私の求めている世界ではない。
 古本の世界のマニアックで病的な姿を描くことは、もうそれだけで別世界の話になっている訳だから、それを現実にこういう人たちがいるんですよ、と知らしめして、はじめて関心が引けるんじゃないかと思うのだ。それをSF的要素でまとめてしまうと、もうそれだけでますます非現実的になってしまう気がする。もともと著者はSF作家だから仕方がないのだろうけど、せっかく古本の世界が持ち得る異常さ描くなら、それは排除すべきじゃないかと思う。もしこの発想を使えば稀覯本の存在すべてをそこから簡単に求められてしまう。
 古本を強く求める人たちは、その本の貴重さからそれを求めるわけで、そのため様々なドラマを生む。時には考えられない奇行をする。その世界が異常であるから話は面白いし、呆れるのである。本当にこいつら馬鹿じゃないかと思わせるから、私は好きなのである。そして現実的には古本を巡って殺人事件など起こったとは思えないけれど、でもそれが高じれば殺人事件になってもおかしくないと思わせるからこういう話は読めるのである。私が紀田順一郎さん古書を巡る推理小説を読むのも、ジョン・ダニングの推理小説を読むのが好きなのもこういう理由による。決して古本のSF的世界を求めた訳じゃないのだ。そういう意味で、この本は期待はずれであった。
 それは私がSFを好まない所に起因するから、このように批判してしまうのかもしれないが、もしかしたらこういうジャンルの好きな人にとっては、変わっていて面白いのかな、とは思うが、やっぱり私には受け入れられない。残念であった。

 この本は散歩の途中でブックオフで求めた。出版社はあの一太郎のジャストシステムだろう。最初は、へぇ~、ジャストシステムでもこうした文芸書を出しているんだと思った。もっとジャストシステムは自社のソフトのマニュアルを自ら出版しているから、別にこの手の本を出版することは簡単であろう。
 とにかく期待はずれだったので、またブックオフに戻そうかと思っている。


評価
★★

書誌
書名:古書狩り
著者:横田 順弥
ISBN:9784883094363
出版社:(徳島)ジャストシステム (1997/03/31 出版)
版型:285p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2010年12月21日

高倉美恵著『書店員タカクラの、本と本屋の日々。』

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 この本は次に読んでいる池谷伊佐夫さんの本と一緒に秋葉原のブックオフで買った。秋葉原のブックオフの四階のエスカレーターを降りたすぐ右側に本や出版関係の本がまとまっているコーナーがある。昔はエスカレーターを降りたすぐ近くの棚にそのコーナーがあったのだが、最近はコンビニで売っているサブカルチャーの本に押され、どんどん入り口から遠のいて行く感じである。
 まぁそんなことはどうでもいい。そのコーナーが好きで、行くたびにいつもここの棚の本を眺める。で、先日池谷さんの本を見つけ、その隣にこの本があった。『書店員タカクラの、本と本屋の日々。』はほぼ書名につられて買ってしまった本である。
 著者は高校卒業後、京都から一人で飛び出し、小倉で福家書店で働くようになり、出産育児の休暇を経て現在も勤めておられるようである。本屋で働くようになった動機は、自分の一番好きな場所が本屋であったことだという。この本はそんな高倉さんの本屋の日常、読んだ本の紹介、そしてミエゾウとムギの二人の子育てから考えたことなどがつづられている。ただ育児の中での読書コーナーは上下二段となっているのはいいが、上と下がもう少し余白を持って欲しかった。ちょっと狭いものだから文章が続いているものと勘違いしてしまうこと多かった。判型が多少小さめなのでこれは仕方がないのかもしれないが、老眼の進んだオッサンにはその方がありがたい。

 さて、私は自らも書店員であった関係上、本屋でのぼやきがよかった。いくつか書き出してみよう。

 10月20日発売された、CanCan、JJ,ViVi、Rayなどの女性誌が、「ナント12月なのであるよ。少しでも長く店頭に置いて欲しいという発行者の悲願が号数の先取り化に繋がったというのがもっぱらの定説だが、」と書いてある。そう、昔いつもどうしてこの手の雑誌は号数がふた月先なんだろうと思っていた。ここでは店頭に長く置いて欲しいからそうなったというのが定説だと著者は言っているが、それは意味がない。それは著者もこの後言っている。「書店の店頭においてはそれが来月号であろうが来年の号数であろうが次の号が発売となると同時に無慈悲に返品されてしまうのであまり意味がない」と。
 やっぱりこれは店頭よりも、季節を先取りすることに主眼が置かれているからじゃないだろうか?流行の先取りはこの手の雑誌には必要だからね。でも10月に12月号を手にするとなんか変な違和感を感じてしまったのを覚えている。

 いかにして「面白い本」に出会うかでは、「書評を読んで興味深くなり買い求めてみてガックリという経験は、読書にどん欲な(はずの)当欄の読者なら一度ならずおありであろう。そして本屋の店頭において胸ぐらを掴まれるようにして手に取った本にハズレがないという経験もあるはずだ。本にはそうした力が備わっている。残念ながら手足を持たない本のために、本自らの希望を聞き、胸ぐらを掴みやすい場所に、本をお連れする忠実な下僕ってのが本屋なのだ」
 うん。これは言えている。本屋が本の下僕というのはいい。

 高倉さんが本屋で初めて担当になったのが児童書だという。棚構成に力を注ぎ、「素晴らしい絵本をいっぱいお客さんに買って貰うのさ、ふふふ」と棚の配置や本の構成に工夫を凝らす。しかし「話はお座なり絵もい-かげん色なんざついてりゃいいんだろう的な安っぽい絵本シリーズの方がよく売れるのだった」そこで悟るのだ。「自分勝手な理想を押しつけでは本は売れない」と。
 これもよくわかる。棚を持たされると、自分の中であれこれ考え、これじゃなきゃダメよ、と本を置きたくなる。これがだいたい思うように売れないのだ。思い入れが強ければ強いほど売れない。要するに独り相撲しているとこうなる。自分が考えていることが、お客のニーズとかけ離れていることに気がつかないのだ。理想と現実のギャップを思い知らされる。というか、その理想が端から見ると、結構貧弱なのである。自分はそれほど崇高な人間じゃないということを思い知らされる。これ、結構リアルにキツイ。それでも私は思い上がりが強いので、けっ、客が馬鹿なのさ。オレの意図することがわからんのか、と思っていた。逆に棚の本が売れると、快感でもある。やったね、といった感じで。

 妊娠と出産のための雑誌というのがあって、「たまごクラブ」など数種類が毎月発売されている。関係のない人にとっては、なぜか手に取りにくい類の雑誌で、何が書いてあるか案外知られていない。
 確かにそうだ。高倉さんは当事者になって初めて購入してみて、「これがナカナカ脳天気で笑える記事満載だ」と書いている。胎児の超音波写真の投稿欄があるんだそうだ。胎児の超音波写真投稿に、高倉さんは生まれる前から胎児は性器部分の写真をさらされて、胎児の人権はどうなっているんだ、と書いてあって、これは笑った。
 そして子育てにおいて高倉さんが悟ることは、「子育てというのは、どうやら限りなく『自分のことを棚に上げて』ゆく作業かな考える」と。そうだ。子供をしかることは、結構自分では平気でやっていることが多いものだ。だから時たま怒れなくなったものだ。

 春に高倉さんは思う。
 「懐かしい」は「寂しい」と共にあるものだから、懐かしいが増えると寂しいも増えるけれど、それも人生の彩りだろう。本屋のお客さんも、春を境に少しだけ変化する。

 そうだね。確かに春には新しいお客さんを目にした。

 ベストセラーというものは、ランキングに入っているうちは読む気がしない。というへそ曲がりが本屋には多い。
 
 と書いてある。そうかもしれない。けっ、世間の話題に流されて、といった感じである。それは先の棚構成にも通じる。オレはちがうもんね、とわざとそれを避ける部分がある。でも気になるのだ。何でこんな本が売れているんだ?もしかしたら面白いのかもしれないと思ったりして、知らず知らず気になり、ついに手に取ってしまうのだ。

 最後にもう一つ。

 さて、元本屋のワタクシだが、現在は無職の妊婦である。「本屋でない自分」という立場になるのは十数年ぶりのことで、毎日が新鮮だ。この2カ月かそこらで感じたのは「本屋でない人々は、こんなに本の情報が少ない状態で、日々暮らしているのか」という驚愕である。本屋という本の情報の洪水みたいな場所から、水道すらない孤島に流されたような気さえしている。

 これよくわかる。私も現場を離れて一番感じたことはこのことであった。確かに本の情報は調べようと思えば手段はある。今はネットがあるから、以前から比べればはるかに本の情報を得やすくはなった。けれどそれらは「本屋の網羅性や視覚情報性と比べるべくもない」のである。だからこの飢餓感を埋めるために人々は「なんかイイ本は出ていないか」と本屋に来るわけだと書いている。
 そうかもしれない。いや多分そうであろう。事実私がそうだ。情報として得ているものはあっても、漏れていることが多々ある。情報の許容能力を超えてしまったものがたくさんある。本屋に行って初めて、こんな本が出ていたのか、と思うことが多いのだ。それに視覚的にもそうだし、現物を手にすることのリアルさは、何物にも代え難いのだ。
 本好きにとって本屋さんは一種の驚きとうれしさを提供してくれる場所なのだ。これはネットでは決して味わえない。だから帰りには必ず書泉さんに行くのもそのためである。


評価
★★


書誌
書名:書店員タカクラの、本と本屋の日々。 ― …ときどき育児
著者:高倉 美恵
ISBN:9784902108361
出版社:書肆侃侃房 (2006/11 出版)
版型:173p / 19cm / B6判
販売価:1,365円(税込)

2010年11月09日

川上健一著『yes』

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 川上さんの本を読んでいるといつも思うのだが、読んでいて「木っ端恥ずかしい」のである。よくこんなことが書けるな、と思うのである。こんなべとべとした家族などあるわけがない、と思う。また昔読んだ青春小説にしても、確かに自分にもそんなときがあったかもしれないけれど、出来れば余り触れて欲しくないと感じがある。こうして堂々と書かれちゃうと、ちょっとやめてくれよ、言いたくなっちゃうのである。気恥ずかしくなるのである。

 でも読んでしまうのは何故なんだろう?

 いろいろ考えたけれど、よく分からない。ただ若い頃の思い出というのは、どこか郷愁を誘う部分があるし、ちょっと恥ずかしいけれど、自分もそうだったかも、と思って苦笑いしてしまうところはある。この本にしてもちょっとした家族のあり方を描いているため、こういう家族だったらいいなと思わせるから、ついつい読んでしまうのではないか、と分析する。
 ただやっぱり、こんなに家族のあり方はないよなと思う。せいぜい似たようなところがあるかもしれないといった程度で読み進めた。
 話自体はページにして3ページのショート・ストーリーで構成されている。いくつもの家族、夫婦が描かれる。本の帯に書いてあるように「心がほっこり温まる67のショート・ストーリー」でいかにもPHPが出しそうな本である。
 こんなに「ありがとう」、「愛している」、「好きだ」と言われちゃうと、おいおいやめてくれよと言いたくなる。ただ一方で五〇半ばのおっさんでも、そう言われたら悪い気はしないかもしれないと思うから不思議だ。まあ、そんなことこの歳になると、そうそう言われることもないから余計なのだろう。また言われても逆にどうしていいか困ってしまうが・・・。でも、もしかしたらそう言われることをどこかで望んでいるのかもしれない、ととんでもないことを思う。
 要するに、日々の忙しさ、刺々しさで気持ちが像皮症みたいになっているものだから、こういうのに触れるととたんにヨレヨレになってしまうのだ。そういう自分を自覚すると、慌てて否定したくなる。いかん、いかんとね。こんなことに流されちゃまずいと必死に姿勢を立てなそうとする。こんな本を読んでほっこりしている場合じゃないのだ。
 でもでも読んじゃうんだ。結局どこかでそれを求めているのだろうか?
 特に男親は娘がやばい。息子は同性だから、そんなもんだと思えるし、自分がそうであったから、そんなもんだと思えるのだけれど、娘は予想外の言動をとる。これが慌ててしまう。この本の話も男親が娘の行動にどぎまぎしてしまうところがいくつも書かれているので、ここまでべとべとしていないまでも、自分も似たような経験をここのところいくつかしているのでわかる。やめて欲しいところもあるのだけれど、やめないで欲しいという部分もあって、そこの所は男親は複雑なのだ。

 俺は何を言いたいのだろう?
 
 もうやめよう!

 こんなこといつまでも書いても仕方がない。
 恥ずかしいけれど、次の文章にはちょっとぐっときちゃった。

 「幸せって、誰かが何かをしてくれた時より、自分がしたことで誰かが喜んでくれる時の方が、断然強く感じるんだ」

 そうかもしれない。でも私は死んでもこんなことは言えないな・・・。


評価
★★


書誌
書名:yes―お父さんにラブソング
著者:川上 健一
ISBN:9784569708911
出版社:PHP研究所 (2009/12/25 出版)
版型:231p / 19cm / B6判
販売価:1,575円(税込)

2010年10月20日

門井慶喜著『おさがしの本は』

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 この本は啓文堂書店の「おすすめ文芸書大賞最終候補作品フェア」の棚から買った本である。いくつか候補作がある中で、絶対に私が手に取りそうな書名だからである。そして例によって書店が薦める本はそれほど面白くないということをまた実感した。

 この本はミステリーといっても、殺人事件が起こる話じゃない。主人公はN市立図書館に勤務する和久山隆彦で、彼は入職して7年目の図書館員。彼は図書館のレファレンス・カウンターを担当している。レファレンス・カウンターの仕事とは利用者が探している本を見つけ出す仕事だ。そこには様々な問い合わせがあり、どちらかと言えば「とんちんかん」な本の問い合わせである。たとえば「シンリン太郎」について調べたいという女子大生の問い合わせだったり、子供の頃に買ってもらった本で「赤い富士山」の表紙の本を探してくれとか、死んだ爺さんが借りっぱなしの「ハヤカワの本」を返したいというおばあさんだったり、「主人公がペニスで障子を破った」記述のある本を探してくれとかいうものである。
 でそれは単に聞き間違いや勘違い、常識を逆手にとって、それはこれですよ、といった感じで本の情報を提示するのだが、実は和久山が知らなかったことだったという、いわゆる“どんでん返し”が用意されている。
 たとえば「シンリン太郎」が「森林太郎」(森鴎外の本名)写し間違いだといったんは指摘しても、実は林森太郎という著者が本当にいたり、「ハヤカワの本」と言われれば、早川書房の本だと思うのだが、該当の事実がないところで、実は江戸時代の早川図書という人物の和本だったり、あるいは石原慎太郎ではなく、他の作家(武田泰淳)が同じ描写をしている作品だったりするわけだ。
 だからといって、それがワクワクするものじゃないのが残念だ。該当の本を探し出す過程は多少面白いけれど、結局「なんだ」としか感じられなかった。著者はきっとこれはなかなか面白いゾと楽しんで書かれているような気がするが、読む方は「それで?だから?」という気持ちがいつまでもつきまとう。それほど面白い結末になっていないのだ。つまり“どんでん返し”にインパクトがないのだ。この程度?といった感じといった方がいいかもしれない。
 そこに最近どこでもいわれている地方の財政難がN市にもあって、それが公共図書館要不要論が議会にもあがり、和久山がいる図書館に新しく赴任してきた館長自ら、図書館の廃止論者であったりする。もちろん和久山はそれに対抗し、館長とやり合ったり、議会に参考人として出席し、図書館廃止を止めようと躍起になる。
 でも、その話がここで必要なのかどうか、疑問に感じてしまう。単に本を探している人がいて、その本の相談にのる主人公が、少ない手がかりから、あれでもない、これでもない、と本を探し出す過程をもっと深く掘り下げられる内容なら、このことは現実としてあるだろうけど、ここでは不要じゃないかな、と思えた。
 結局主人公と図書館廃止論者との論戦を入れなければならなかったのも、この程度の本の探求話では、面白味に欠けるからじゃないか、と思ってしまう。出来ればこれはいらないよなと思うのだ。話さえしっかりとしたものであれば・・・。
 本に関する面白いミステリーって、なかなかないんだなと、少々がっかりして本を閉じた。


評価
★★


書誌
書名:おさがしの本は
著者:門井 慶喜
ISBN:9784334926687
出版社:光文社 (2009/07/25 出版)
版型:290p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2010年09月14日

山口瞳著『山口瞳対談集』〈5〉

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 これで山口瞳さんの対談集は最後となる。こつこつと読んでいると、どこかいとおしくなってくるのが不思議だ。最初はもう一つ面白くないな、と読んでいたのが、ここまで来ると読んでいて気分が落ち着くのである。妙なものだ。
 さて、今回の対談相手は村松友視、田中真理、野坂昭如、丸谷才一、生江義男、古山高麗雄、木山捷平、矢口純・柳原良平、高橋義孝、パラオ・徳Q・スバル・都鳥・臥煙、吉行淳之介諸氏である。
 「『東京』もう一つの貌」で、村松友視さんは東京に残った昔ながら風景を次のように言っていたのは興味深い。

村松 そうでしょうね。でも逆に言いますと、変化がそれだけ激しいことが、変化の洗礼を受けないで生き残っている所のカルチャーショックを味わう上でものすごく効果的な役割を果たしている気がする。

 確かにそうだ。ものすごい勢いで変化している東京の中で、変化に取り残された町を歩けば、変わらないということが、逆に変わったということを鮮明にする。うまいことを言うものだと感心してしまう。その上で山口さんは東京という町を次のように言う。

山口 僕は、東京という町は、子供が砂場で遊んでいて、ここに川をつくって、ここに橋を架けて、トンネルをつくってお山をつくって、そういう所だと考えている。

 東京の中で行われる都市計画は子供の砂場の中で行われていることに例える言い方はわかりやすい。

 山口瞳さんは芥川賞を取って忙しくなった開高健さんの後釜に寿屋(現サントリー)に入社し、当時開高さんがやっていた広告雑誌「洋酒天国」の編集に携わる。この「洋酒天国」は当時トリス・バーに置かれていた。今で言うフリー・ペーパーである。ただしここでしか手に入らない。
 サントリーが出しているとはいえ、この「洋酒天国」は単純な広告雑誌ではなく、酒に関するあらゆること、更にそこから波及して森羅万象に渡って蘊蓄を披露した小雑誌であった。もちろん“あっちの方面”にも力を注ぎ、開高さん自ら晩年、“夜の岩波文庫”と称しているくらいだ。
 トリス・バーは当時一大ブームを呈した。この本の「ウイスキーあ・ら・かると」では、なぜウィスキーブームが起こったのかが書かれていて、トリス・ブームの下地は太平洋戦争にあったというのだ。その説明は面白い。

山口 戦争中、兵隊が広大な中国に散らばっており、日本酒じゃ瓶が大きいので輸送に難点がある。ウィスキーだと、その点は解決されるし、すごく効くし、うまいことがわかった。戦後、復員兵がその味をもって全国に散った。下地ができていたわけです。

山口 軍隊生活から農村出の若者が、ウィスキーの味を知った。それが、トリスの出回る頃、いいおっさんになっていた。収入も徐々に増えてきたし、実にラッキー。トリス・ブームといっても、決していきなりのものじゃない。下地があったんです。

 なるほどそういうことだったのか、と知る。日本酒からウィスキーに嗜好が変わった背景がそんなところにあったとは思わなかった。

 更に高橋義孝さんとの対談「礼儀作法とは己を虚しゅうすること」で高橋さんが人と話しているうちに、どこの大学を出ましたか、と話し始めることを、嫌なことだと言っているのが面白かった。そこで高橋さんは「わたしは東大出とか慶応出とかいいますけれど、学校って出るところじゃないと思うんです。そこにいて勉強するところで、それを日本じゃすぐ何大学出ということいいますね」と批判めいている。確かに一流大学に入るにはそれなりの学力がなければ入学など出来ない。それはよく分かる。けれど本来大学は勉強するところであるはずだと高橋さんは言っている訳だ。これがいつの対談なのかよく分からないが、その人が一流大学を出たということだけで、その人と接し方が変わってしまうのは今でもその姿勢は変わらない。学力より、大学の名前が優先される社会が日本にはある。

 さてこれで山口瞳さんの対談集全5巻を読み終えた。最初に書いた通り、最終巻になって、どこか山口さんの語り口がいい感じになって来てしまった。山口さんの日常におけるなにげないこだわりが、それがささいなことであっても、人と接する上で案外必要なことがあるのではないかと思えるようになって来た。対談の中で山口さんが語る一言一言にそれがちりばめられていたような気がする。ちょっとした気配りが潤滑剤となって人間関係をうまくいかせること知ったような気がするのである。
 次は山口さん名作と言われた『世相講談』を読んでみようか、と思っている。


評価
★★


書誌
書名:山口瞳対談集〈5〉
著者:山口 瞳【ほか著】
ISBN:9784846010171
出版社:論創社 (2009/12/30 出版)
版型:325p / 19cm / B6判
販売価:1,890円(税込)

2010年09月08日

森まゆみ著・平嶋彰彦 撮影『旧浅草區 まちの記憶』

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 私は“浅草”という文字があると、どうしても自分の子供の頃によく連れて行かれた花やしきと浅草寺界隈が結びついてしまう。自分が子供の頃といえば昭和30年代後半である。戦争が終わって十年そこそこしかたっていない頃である。まだそうした雰囲気があっちこっちに残っていたような気がする。浅草寺の境内入り口には傷痍軍人が軍服姿でアコーデオンなど弾いて、物乞いをしていた。それが妙に怖くて、何であんな人たちがここにいるんだろう、と子供心に思ったものである。
 浅草六区の歓楽街もまだ健在で、多くの映画館があり、そこには艶めかしいポスターがいくつも貼ってあったし、ストリップもいくつかあって、そこに出演している女優のモノクロ写真が看板に出ていた。全体として雑然とし、いかがわしい雰囲気が古めかしい写真みたいに私の記憶に残っている。
 いろいろ調べてみると、そうした雰囲気を残していたのも、私が子供の頃までのようで、かろうじて私は子供ながら感じられたようである。
 親が遊園地へ連れて行くと言えば、花やしきであった。初詣も浅草寺専門である。昔は実家の近くから上野公園行きのトロリーバスが通っていた。小学校の一年か二年生の遠足はそのトロリーバスを貸し切って上野公園へ行った。それがなくなり都バスになって、ちょうど浅草寺の裏にバス停があり、そこから浅草寺に向かったものであった。
 だから仲見世通りに行くのは、浅草寺へお詣りしてからか、花やしきの帰りについでに寄るといった感じであった。多分当時あった歓楽街を通ったのも、その関係なんじゃないかと思われる。
 森さんの著作をいくつか読んでいると、上野とか浅草とかそれほど距離があるものではないのだなと知る。まして森さんの専門である谷根千も、行ったことはないが、近くなのである。
 そうそう、義父が亡くなって、仏壇を買わないとならなくなった時、葬儀屋に紹介された仏壇屋の店に車で案内された。その通りはいくつか仏壇屋があって、通りの先を見れば、あのコックのオブジェが見えた。合羽橋の道具街である。その時、そうかここは合羽橋に近いんだと知った。そして合羽橋は浅草にも近い。
 どうも地図が描けないのである。個々に浅草界隈を歩いているのだが、それが一つにならない。今でも我が家は初詣と言えば浅草寺へお詣りに行く。今は都営地下鉄を使って、上がったりの降りたりする薄暗い駅から浅草寺に行く。行くたびに古臭い、レトロな感じを味わう。
 いずれにせよ、私が“浅草”に妙に反応するのは、そうした背景があるからだろう。そして決して嫌いじゃない。この本を手にとった理由もその当たりにある。どこか私が記憶している浅草を感じたかったのかもしれない。
 そのため、本の感想は?、と聞かれれば、これといってない。ただ森さんの話を読み、平嶋の撮られた写真をながめながらページをめくった。こういうのも時にはいい。“へぇ~、そうなんだ”と思いながら読んだ。
 たとえば「冷やかし」という言葉がある。意味は買う気もないのに店でそれらしく振る舞い、適当に店員に商品のことなど聞いて、結局買わずに出て行ってしまう客を言う。その語源がここにあった新吉原(現在の浅草・千束)に近い、隅田川で紙を漉いていた職人たちの行動から来ているという。吉原の土手下(山谷堀)に紙漉き工場があったのだ。
 紙を漉いて仕上げるまでに、紙をしばらく水にひたして冷やしておく工程があり、これを「ひやかす」といった。この間職人は暇だったから、近くの吉原をのぞいていたという。職人たちは遊女を買うほど金はないから、ただ見て回るだけだった。ここから「冷やかし」という言葉が生まれたという話も面白かった。
 誰それがこのあたりに住んでいて、お墓もこの近くのお寺にあるとか、こういうお墓巡りを“掃苔”というらしいが、当時の歴史を思い忍ぶには案外面白いのかもしれない。確か著名人のお墓巡りの本を持っていたはずだな、と思った。
 本に掲載されている建物など、いかにも歴史を感じさせるものだけれど、これももう2年前のことだ。果たして今これらの建物はどれだけ残っているのか。またお店などももうなくなってしまっているものもあるだろうし、人々も変わっていることだろう。雰囲気だってかなり様変わりしていることだろう、と思う。そうしないと生きていけないところが日本にはあって、とにかくスクラップアンドビルドの繰り返しだから、残るのはお墓だけなのかもしれない。それだって、今後どうなるかわからないのだから、せめてこうした文章と写真が記録として残る価値はあるのだろう。


評価
★★


書誌
書名:旧浅草區 まちの記憶
著者:森 まゆみ【文】 平嶋 彰彦【撮影】
ISBN:9784582834116
出版社:平凡社 (2008/09/27 出版)
版型:140p / 21cm / A5判
販売価:1,680円(税込)

2010年08月20日

山口瞳著『山口瞳対談集』〈4〉

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 また山口瞳さんの対談集に戻る。このシリーズはこの巻を含めてあと二冊であるから、頑張って読んでしまおうと思っていたのだが、実はこの本を読んでいる時、夏バテと夏風邪でヘトヘトなってしまい、途中で投げ出してしまった。やっと身体の状態が回復したのでまた手にとって読み出したが、どうも前半は忘れてしまっているので、後半気になった部分のことを書く。
 とりあえず今回の山口さんの対談相手は、團伊玖磨、近藤日出造・杉浦幸雄、高橋義孝、永井龍男、嵐山光三郎、吉行淳之介、矢口純・井上ひさし、丸谷才一、諸井薫、藤原審爾・鳴瀬速夫、串田孫一、伊丹十三、大原麗子、田村隆一、矢野誠一の面々である。
 例によって対談相手が作家仲間だけでなく、多方面に渡っている。これは山口さんの多趣味から、そうした人脈が出来ていることの証明でもあろう。その中で高橋義孝さん、丸谷才一さん、田村隆一さんとの対談内容にちょっとひかれた。
 高橋義孝さんとの対談は「子どもも学生もぶん殴れ」という題がついていて、その中で高橋さんが言っていることが至極真っ当な
ことなので書いてみる。

山口 帰るときに、「さようなら」といいますね。わたしどもは「お先に失礼します」といったけれど。何か対等であることを主張している感じがありますね。そういうのがいいのかもしれないけれど。

高橋 対等じゃないですよ、ちっとも。同じ人間だろう、対等だろうなんて、生物学的にはそうでしょう。社会学的には違いますよ。だからデモクラシーなんてダメです、ぶっこわしたほうがいい。(笑)・・・まあ対等もいいですよ。でも低いところに対等を持ってきちゃう。いいものを下げちゃう。それで平気だ。そういうわけでしょう。進歩も発展もないじゃないですか。戦後の学校教育は全部そうです。ものを知らない野郎にレヴェルを合わしちゃうでしょう。こっちへ来いじゃなくて、一寸お待ち下さい、そちらへ降りて参りますから、なんです。

 この対談は1970年に行われているが、この当時もこんなことが言われていたんだなと思ってしまう。いや多分もっと昔から見識のある人たちの間ではそう思われていたんじゃないかと思う。そしてそのままズルズルきてしまい、今の日本の学力、科学など低レベルに陥ってしまったのではないかと思ってしまう。対等とか平等だとかいうものをはき違えると、とんでもないことになることを今の私たちは身にしみて感じられるはずだ。

 丸谷才一さんとの対談では「東京を語る」となっていて、その中で面白かったのは、「よそ者を許せる町-東京の生命力」と「山の手文化の正体」であった。
 「よそ者を許せる町-東京の生命力」でお二人は次のように言っているのは“なるほど”と頷ける。

山口 僕が東京を面白いと思うのはね、藤圭子という歌手が「ここは東京嘘の町」と歌ったでしょう。これを大阪でやれるかといったら、やれないと思うんだ。その歌、ある程度ヒットしたんです。つまり「ここは東京嘘の町」に、みんなが喜んだわけですよ。これをたとえば広島なんかでやったら、藤圭子は袋叩きにあいますよ。それが東京という町の面白いところじゃないですか。

丸谷 そうそう。僕はだいたい町の文化程度というのは、プロ野球の場合、その町がフランチャイズでないチーム、つまりビジター・チームをどれだけ大っぴらに応援出来るかどうかということでわかると思うんです。

山口 広島が優勝した時、「広島優勝祝賀会」というのが東京のほうぼうでありましたけれど、広島で「ジャイアンツ優勝祝賀会」というのは出来ないですよね。

丸谷 他人を許す度合いが強いというのは高級な町ですね。東京は、東京者でない人間を許す度合いが非常に強い。それが東京という町の生命力なんじゃないかしら。

 これはある意味東京にいる人間が様々な地域から来て成り立っている町であり、その数がそれなりにまとまるからそういうことが可能なのだろうと思える。そしてそうしたことがお互い許せ、東京の生命力となっている、というのがお二人の意見である。
 まあ多様性を無意識に認めているだけのことで、むしろ他者が関心がないだけのことで、だからいいんじゃないのといった程度の問題のような気がする。そうした多様性の存在を無意識であれ認めていることが、生命力ともなり得るとも言えるから、お二人の意見はある程度妥当性を得ているのだろう。

 「山の手文化の正体」では、

山口 僕は、地方都市から出てきた人のほうが流行に敏感だと思うんです。東京の人って、たとえば串田孫一さんのようにデパートの吊しぼうを買ってきてね、それが擦り切れるまで着ているんです。で、だめになると、また吊しぼうを買う。
    僕はダンディで洒落ているなと思うんだけれど、地方から出てきた人はそうは思わないね。いきなりダンヒルを買う。それで百円ライターを持っている人をいくらか軽蔑したような顔で見る。もちろん全部じゃないけど、そういう傾向があるんじゃないですか?

丸谷 それは、山の手文化というものがそういうふうにして出来たものだからだと思うんですね。つまり、山の手文化の中心になった人たちは東京帝国大学の教授たちだとしますね。彼らは、たとえば福島県とか佐賀県とかから出てきて、東京帝国大学を卒業するとすぐロンドンとかベルリンに留学する。そこで生活様式を学んで、佐賀や福島と、ベルリンやロンドンがくっついた生活様式を作った。それが山の手文化だと思うんです。だから山の手文化というのは、地方文化プラス西洋で、本当は東京じゃないんですよ。

山口 本当の東京は、ダウンタウンにわずかに残っているだけなんですね。

丸谷 つまり江戸抜きの東京を作ったのが山の手文化でしょう。

 この考えは面白いし、妙に納得してしまう。

 田村隆一との対談では、「死者のないところに文化はない」と題しているところで、「言葉」の存在感をいう件がある。

山口 いわゆる“内向の世代”の人たちの小説を読むと、舌を巻くほど巧いんで、感心するんですけど、読後五分ぐらいすると、それが一体どうなんだと言いたくなっちゃうんです。

田村 あれは不思議だな。もちろん文学ですから言葉が核をなすんだけれど、結局そういう人は言葉によって救われるという体験がないんじゃないの。言葉を駆使する能力とか、言葉に対するテクニックは訓練によって非常に発達しているけれど、言葉につまずいたり、救われたりという経験が、割合なくなって来ているんじゃないかと思うんです。それは個人だけの問題じゃなくて、状況の問題もありますけどね。実際、昔の人は言葉につまずくんだよ。死んでも言えないという言葉がある。口にしてはいけない言葉がある。それは個人個人がみんな心の底に持っている言葉なんだ。そうなると、言葉は単なる記号じゃなくなり、全人格を支配するようになる。それはもうパワーなんですね。もし言葉を単なる記号として考え、その効果を計算し、小説や詩を構成しようと思ったら、それはいろんなテクニックがあると思う。しかし、言葉で何らかの世界を創造しようと思ったら、言葉につまずいたか、救済されたかという体験がないと、モチーフは成り立たないと思うんです。いまはそういう言葉に傷つくということがないんかないかな。

田村 そこがある意味では救いだと思いますね。確かに祖父たちの時代に較べれば、言葉は乱れているでしょうが、それは順繰りですからね。問題は、言葉に傷ついたり、救われたりという人間的な体験が、文化の底になかったら、どんな言語になったとしても、仕様がないということでしょう。言葉と人間とがそういう関係で結ばれいないのなら、詩や小説もコンピューターで作ればいい。一つのシチュエーションと多少のセンスがあれば、それで出来るんです。日本で詩人が激増したしたことがある。詩人というのはコピーライターでしょう。(笑)だから、これは電通と博報堂のお陰なんですよ(笑)自称他称を含めて一万五千人ぐらいいる。

 さすが詩人である田村さんの言葉である。山口さんも言葉に対しては敏感な人で、この対談集の中で、何度か絶対に使いたくない言葉があるといっている。そのことは我々が普段何気なく使っている言葉なのだが、山口さん自身は絶対に使えないと言う。山口さんは一つの言葉に対して好き嫌いがはっきりしている人だから、そのことにこだわる。
 でも、田村さんが言わんとすることはよく分かる。私たちは言葉を記号として表現の対象としているところがあるが、言葉自体人を傷つけ、あるいは人を殺す力がある。そして逆に一つの言葉で救われることもある。つまり本来記号以上の重みがそこにはあるのだ。しかし最近はそれが伝わってこない文章が多いということなのだろう。そんな言葉の重みと責任を持って使われた小説や詩はやはりそこから滲み出てくる“何か”が違う。あるいは会話の中で発せられた言葉が、単にものを表現しただけのものじゃないということがわかった時、ハッとすることがあるが、多分その時は言葉の裏にある重みと責任を感じた時じゃないだろうかと思う。


評価
★★


書誌
書名:山口瞳対談集〈4〉
著者:山口 瞳【ほか著】
ISBN:9784846010164
出版社:論創社 (2009/11/30 出版)
版型:318p / 19cm / B6判
販売価:1,890円(税込)

2010年08月19日

森まゆみ著『路地の匂い 町の音』

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 夏バテと夏風邪をひいてしまい、本を読む気分にもなれず、一週間無為に過ごしてしまった。本も小難しいものは読めずに、何を読んでいいのか分からずいたところ、森さんのこのエッセイを書店で見かけたので、この本を読んだ。
 森さんといえば、「谷根千」から、ちょっと前まであった町の建物、そこでの生活のあり方やその保存に力を注がれている。この本はそうした町での生活と建物の保存について書かれた雑文集である。
 森さんは1954年(昭和29年)生まれだから、私より二つ上である。だからここで描かれる森さんが子供の頃の原風景は、私にも思い至るところがあって、思わず「そうそう、あった、あった!」と言いながらいつも読んでいる。
 私はこうした昔の日本の生活風景が大きく変わったのは東京オリンピックをはさむ前後の高度成長期だろうと思っているが、ちょうどその頃、私たちは子供の時であった。だから日本にかつてあった町並みや生活風景の最後の経験者であれたのではないかといつも思っている。そのためそうした町並みや生活風景などがかろうじて思い浮かべられる世代なのである。そうしたことがかろうじて共有出来るのである。
 そんなことがあって、森さんたちが大切にする町並み、生活風景は私の思い出と重なるものだから、懐かしい。多分それが森さんの著作を読ませるのだろうと思っている。
 かつてあったそうした町並み、生活風景の中には人との関係が濃厚な部分があった。多分それはひとまとまりでまとまって生活しなければならなかった経済的事情がそうさせたのではないかと思われるが、それが日本経済が高度成長期に入ることによって、解放され、それぞれが独立して生きていくことを可能にしたのだろう。そしてそれは家族関係や親族関係、隣近所の関係を希薄にする。建物自体もそうしたことから隔離したような建物がどんどん建っていく。
 一端そうした環境が出来上がってくると、“案外楽だな”ということになってくる。ところがその内、孤独感や疎外感がじわじわと忍び寄ってくる。ここが厄介なところで、人間関係を煩わしいと思う一方、それがまったくないと不安でしようがないのだ。それでも経済が右肩上がりで上がっていき、活気があった頃はまだそうした雰囲気で誤魔化せたところがあったが、ひとたび不景気になり、経済が停滞してくると、孤独感や疎外感がどうしようもないもとなってくる。そのやり場がないことに不安で不安でしょうがなくなってくる。
 これが今かつてあった日本の町並みや生活にあった人間関係に郷愁を感じ始めている理由であろう。だから森さんたちが主催していた「谷根千」が支持され、谷中や根津、千駄木に多くの人が訪れるのだ。ここには森さんたちや町の人びとの努力により、建物だけでなく、人間関係も時代の変化を受け入れながらも残されている。これが森さんたちが言う町並み保存ということなのだ。
 得てして古い建物だけを保存すれば、町並み保存と勘違いしてしまうが、そうではない。この本の「町並み保存てなに」に書かれていることは考えさせられる。

 夫の故郷岩見沢から近い夕張に車で行った。
「ワァ、古い建物がたくさん残っていて、気持ちの落ちつくいいトコだな」と声をあげる私に、運転しながら夫は言った。
「夕張炭坑の大事故以来、炭坑は衰微してついに閉山に至ったわけだし、いま次の産業を探して必死なんだ、べつに町並みを保存しているわけじゃない。お金がないから立て替えられないだけなんだ。そういういい方は無責任だよ」
 私はシュンとした。たしかに歴史や文化の保存といったキレイゴトで町並みが残ったためしがない。日本のように新しもの好きの国民は、経済力さえあれば、家を建て替え、畳も障子も新しくする。古い町並みがあるということは、その町の沈下や停滞を意味する場合が多い。
 町並み保存に成功した所は、多くは過疎地だったり、廃村だったりする。農業、林業、水産業もふるわず、起死回生の策として古い町並みを観光資源として活用し、客を呼ぼうというのだ。

 新しいものに建て替える予算がないから古い町並みが残っているのだと言われ、町の再生のためにはそれを単に観光資源として使うしかないというのは、どこか悲しいところがある。そこには一切生活感がない。観光客がいなくなればゴーストタウンと同じではないか。森さんも「しかし正直にいうと、町並みが保存された町へ行くと多くの場合、わざとらしい、画一的、息がつまる、という感じがぬぐいきれない」とはっきり言っている。まさしくその通りだろう。むしろ「いろんな時代のいろんな様式の建物が、ズレながら混ざっていたら、けっこうバラエティに富んでおもしろい。その方が自然だ」と当たり前のことを言われている。
 そういうバラエティさはやはり、人が今も暮らしていることが大前提にあると思う。昔と現代を混ぜ合わせ、折り合いをつけながら生活している町が、私たちには郷愁感を誘う。そして今でもそうした町並みで人が暮らしていることに、どこか安心感を感じる。
 もちろんそこで暮らす人達にとって、そうした建物を維持しながら生活するのは大変だろう。でもそんな苦労も含めて、町全体が“生きている”と言えるのではないかと思う。町の歴史とはそういうものではないかと思う。

 もう一つ面白い話がこの本にあった。「天守閣の思想」で、バブル期に数多くの高層ビルを生んだ。その典型が丹下健三の都庁をあげている。森さんは「このビルの使いにくさといったらない」と言い切る。とにかく目的の部署に行くまでに時間がかかりすぎると言うのである。
 これ一度でも都庁に用があっていった人はよく分かると思う。何機もエレベーターがあるのはいいけれど、何階から上は行かないとか、止まらないとか、それぞれ違う。高速エレベーターだけれど、乗るまでに手間取るのである。第一とか第二とか、北側とか南側とか、目的の場所にストレート行けたためしがない。
 だいたいここに来るたびに不思議な感覚にとらわれる。たとえば新宿から都庁に行くと、地上を歩いているのか地下を歩いているのかわからなくなり、都庁も一階から入っているのか、それとも地下から入っているのかわからなくなる。
 大江戸線が出来て、都庁前で降りて、そのまま都庁に入れるようになっても、いったい自分はどこにいるのかわからなくなる。絶えず案内板を見ていないとならないのだ。このビルは役人が入るためのビルであり、民間人をわざと入れにくくしているビルのように思えてくる。
 ただこのビルの不便さを感じているのは民間人だけじゃないようだ。森さんは「昼休みの都庁では職員が多数、机にうつ伏せで昼寝している。忙しく疲れているわけではない。休み時間、下に降りる行き帰りに二十分かかり、都庁内の食堂は混んでいるので、持参のお弁当を食べ終わると、外を散歩したりするのをあきらめて昼寝しているのだ、と聞いてびっくりした」と書いている。
 これを読んで、“ざまあみろ!”と思う一方、休み時間がなくなるほど移動が大変なところで仕事をしていて、一日中そこにいるしかない役人が、外の状況を知り得るのかとも思う。
 このビルの机の上で都市計画を立てられるのである。認可が下りるのである。自ら率先してな無様なデザインの超高層ビルを喜んで建ているのである。だから再開発といって、馬鹿でかいビルを建てることに何の疑問も感じない。その結果どうなったか。あっちこっちに超高層ビルをおっ建て、ヒートアイランド現象を生む。そこで暖まった熱気が練馬区を日本屈指の灼熱地帯を生んでいるのである。こんなこと最初から学者の意見を素直に聞けばわかっていたことじゃないのかと思ってしまう。ここにも民間人や学者を受け入れない都庁の庁舎と同じ姿勢が、役人に移ってしまったのではないか、思えてくるのである。
 斬新なデザインの近代的ビルは機能的に見えるけれど、実はそうではなく、しかもその中で仕事をしていることで、ほとんど隔離された状態と似たものである時、果たしてそれが人間的なのかどうかを考えさせられる。


評価
★★


書誌
書名:路地の匂い 町の音
著者:森 まゆみ
ISBN:9784591119945
出版社:ポプラ社 (2010/08/05 出版)ポプラ文庫
版型:333p / 15cm / A6判
販売価:672円(税込)

2010年07月28日

山口瞳著『山口瞳対談集』〈3〉

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 今回の対談の相手は、遠藤周作、丸谷才一、高橋義孝、俵万智、山本夏彦、池田弥三郎、中原誠、常盤新平、河野多惠子、野坂昭如、藤本真澄、吉行淳之介である。
 さすが三冊目となると飽きがくる。あと二冊あるのだが、これは続けて読めないなという感じになっているので、一端これで休憩するつもりだ。
 今回はこれといって面白い話はなかった。対談相手が結構地味な人が多い関係かもしれない。
 強いて面白いなと思ったのは藤本真澄さんとの対談だった。藤本真澄という名前を初めて聞いた。調べてみると、この人東宝映画初代社長さんで、日本映画黄金期の名作を多数手掛けたらしい。
 山口さんが「永遠の処女」と呼ばれる伝説的スター、原節子にしつこく迫る。なにせ藤本さんは東宝映画初代社長で、原節子の出演する映画をプロデュースした人である。当然原節子のことに詳しいに違いないとふんでいるわけだ。そこで今(対談した当時)でも、原節子は処女なのか、あるいは藤本さんが関係していたんじゃないかと勘ぐったりしている。山口さんの世代にとって、原節子が処女であることがかなり重要なポイントなのだろう。当然このあたりは私にはわからない。藤本さんも今頃原節子を知っている読者が少ないですよと言って、話をそらすのだが、山口さんは「いいんですよ。私が許す」としつこい。さすが「永遠の処女」である。なんだかんだと言って山口さんは、原節子に会わせてくれと藤本さんに頼み込む感じが、逆に山口さんの世代にとって、原節子はスターだったんだなと思わせる。
 だいたい女優の処女性を大事に思う当たりに年代を感じちゃう。今じゃ誰しもやっているんだろうと当たり前に思っているから(ちょっと下品だね)、そんなことなど考えもしないが、処女性=清純派が純粋に思われていたし、未だにそう思っているあたりが、かわいいと思えば思える。(歳をとればとるほど脚色されてしまうのかもしれない)

 さて、その原節子を使った監督の小津安二郎が藤本さんに「お互いにな、品行は少々悪くても品性はよくしよう」と言ったという言葉を紹介する。この言葉、山口さんの世代に通用する言葉じゃないかなと思った。確かに山口さんの若い頃の話を聞いていると、品行はよろしくない。少々下品である。が、だからといって人間性において品性が悪いというわけじゃないと思える。そこは自らの品性をおとしめるほどの行動にはなっていない。一本筋がきちんと通っているのが、話の端々で感じることが出来る。
 今よくあるような品行が悪いのは、品性が悪いからそうなっているのとはまったく違う。どこかで一歩踏みとどまっているのがよく分かり、とことん行ってしまうところがない。
 結局若い頃やった無茶な行動が逆にその人の人生訓みたいになっていて、その人が歳をとってヘンクツなオヤジとなって、あれこれ思うのである。山口さんにはそういうところがあって、今はそうしたヘンクツなオヤジが重宝がれ、そういう人に説教されることを望んでいるところがある。
 山口さんのエッセイなどが長いこと愛読されたのも、そうした姿勢を持ったままの人だから、同世代の人には、そうそうと共感を呼び、深く同意しちゃうからだろう。そして若い人には、誰も言ってくれないことを、そういうヘンクツなオヤジに一言言って欲しいという希望があってのことだと思っている。そこがいいのである。そして私もその一人なのである。
 「品行は少々悪くても品性はよくありたい」という言葉は確かにいい言葉だと思う。そして今まで読んできた山口さんの対談にはそういう姿勢がよく分かるのである。
 ただ一つ気になったことがある。山口さんのくだらないダジャレである。こんなことを言う人じゃないと思っていたから、妙にそれが引っかかった。やっぱりホスト役として対談相手を持ち上げなければならないので、こうしたことも言わなければならなかったのかなと思った。とはいえ出来ればやめて欲しかったなあ。


評価
★★


書誌
書名:山口瞳対談集〈3〉
著者:山口 瞳【ほか著】
ISBN:9784846010157
出版社:論創社 (2009/10/30 出版)
版型:328p / 19cm / B6判
販売価:1,890円(税込)

2010年07月25日

山口瞳著『山口瞳対談集』〈2〉

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 今回の対談の相手は、常盤新平、大橋巨泉、丸谷才一、瀬戸内晴美、王貞治、高橋義孝、吉行淳之介、杉本清・井崎脩五郎、嵐寛寿郎、野坂昭如、池波正太郎、小西得郎、中根千枝、村島健一、吉行淳之介・色川武大である。
 その中で一番興味深かったのは王貞治さんとの対談である。私は長嶋茂雄も嫌いじゃなかったけれど、長島はどこか“軽そうな”ところが鼻持ちならない時がある。それに比べれば王貞治というプレーヤーはバッティングフォームから、理論で固められた美しいフォームが好きだった。ホームランの軌道がきれいだった。長嶋に比べれば地味だったけれど、その分融通の利かない頑固さがあって、それが王さんの固い意志みたいなものが感じられ、ちゃらちゃらしていない分、好きだった。
 長嶋茂雄という選手はたぶん天才であり、王貞治という選手は努力の人を感じさせ、人格者を感じさせる。天才はなりたくてもなれないけれど、王さんは努力して、「世界の王」となった人と今も感じている。
 その王さんは結構おしゃべりで、バッターとして立ったとき、キャッチャーや審判に話しかけたり、一塁へ出た相手の選手と話したりしているのを山口さんは見ていて、その時何を話しているのか王さんに聞いている。そう言われれば、王さんはバッターボックスに立っているときや、一塁にいるときなど相手の選手によく話しかけていたと、思い出した。山口さんはよく見ている。
 その時何を話しているのか、と山口さんは聞いている。

山口 よくあなた、キャッチャーに話しかけるでしょ。

王 はい。

山口 何言っているんですか、あれ。

王 振った球がボールだったかストライクだったかとか。それから見逃したとき、自分ではストライクなのはわかっているのですけれど、あとどれくらいあるかとか。そういうことを確認したいわけです。キャッチャーに。というのは、審判に聞けませんから。

山口 いや、あなたはアンパイヤに話しかけませんか。

王 あれはですね、キャッチャー抜きで、今のは外したんじゃないかな、とかね、そういうことを聞くんです。

山口 え?

王 自分ではちょっと外れているんじゃないかと思うけどな、ということを。

山口 そういうことをアンパイヤに?

王 はい。僕も案外長くやっていますので、その点図々しくなりまして(笑)

山口 あれね、若いキャッチャーだとすくんじゃうんじゃないかという感じも受けるんです。あれは一つのテクニックじゃないかという感じも受けますけどね。

王 それだけに本当のことを言ってくれるようです。同じくらいの年齢でしたら、自分が実際打った球がボールだったとしても、キャッチャーが「いや、今のは入っていたよ」と言えば、次に同じような球が来たら、バッターは打たなきゃいけないわけですよね。ところが、「今のちょっと外れていたな」なんて言って、「ええ」なんて言われれば、次は、感覚的なちょっとしたものですけど、これは外れている、と見逃せるわけです。

山口 あなたね、一塁にいてですね、ランナーがフォアボールで来てまた話しかけるでしょ。

王 はい。

山口 あれは何言ってるんですか。

王 そうですね。「おい、元気か」とか、「誰々さんに会ったか」とか。長くやっていますと、いろんなつながりも出てきちゃいますしね。「だいぶ調子いいじゃないか」とか、「このごろ元気ないけど、どうしたんだ」とか、そういったことですね。

(略)

山口 だけどね、あなたの場合は何となく、そういう(行儀悪い)感じがしないんだね。

王 確かによく言われます。勝負の世界で、お互いに敵味方でしょう。でも、どうもこればっかりは長年の癖で。申し訳ありません(笑)

 なかなか面白い。若いキャッチャーが王さんに「今の球外れていたよな」と言われれば、世界の王さんである。それはすくんじゃったって不思議じゃない。正直なことを言っちゃうよな、と思う。逆に王さんの同年代のキャッチャーなら、バッターをだますことことも一つのテクニックだろうなと思う。
 我々はスタンドの上に設置されているテレビカメラからしか、野球を見られないから、こういう人間くさいやりとりがグランド内で行われていることを知ると、確かにこういうこともやっているだろうなと思う。一方で「やっぱり!」、と安心しちゃうし、それを聞くだけでクスクス笑いたくなる。心理戦というやつであろう。


評価
★★


書誌
書名:山口瞳対談集〈2〉
著者:山口 瞳【ほか著】
ISBN:9784846010140
出版社:論創社 (2009/09/30 出版)
版型:333p / 19cm / B6判
販売価:1,890円(税込)

2010年07月22日

山口瞳著『山口瞳対談集』〈1〉

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 考えてみたら、対談集なんて読むのは久しぶりのことだ。私は開高健さんと司馬遼太郎さんの対談シリーズを持っているが、こうして対談集を読むのは開高さんのものを読んで以来のことじゃないかと思う。
 この山口瞳さんの対談集は全5巻で、最近出版されたものだ。以前から気になっていたので今回このシリーズを読んでみようかと考え、まずは第一巻を手に取ってみた。
 今回山口さんと対談した人は、池波正太郎、沢木耕太郎、司馬遼太郎、長嶋茂雄、吉行淳之介、高橋義孝、大山康晴、土岐雄三、檀ふみ、野坂昭如、野平祐二、丸谷才一、佐治敬三といった面々である。
 対談は当然山口さんがホストとなって、これらの人々と話をする。ゲストとして招かれた人々は山口さんと何らかの関係のある人たちである。作家仲間、あるいは好きな酒、女、野球、将棋、競馬などそれぞれ一流の人たちとの話なので面白い。特にえっ、長嶋と対談したの、と驚いてしまったくらいだ。ここには対談の名人と呼ばれる吉行淳之介さんや司馬遼太郎さんが逆にゲストして呼ばれているのも面白い。解説によると山口瞳さんも対談の名人と称されているらしい。
 特に面白かったのは司馬遼太郎さんと将棋の大山康晴名人と対談だ。司馬さんとの対談は「東京・大阪“われらは異人種”」として東京は山口さん、大阪は司馬さんで、どっちも譲らないところが笑ってしまった。得てして対談はホスト側がゲストに意見に迎合することが多いが、司馬さんとの対話はそういう雰囲気は一切ない。東京のいいところ、悪いところ、あるいは大阪のいいところ、悪いところと双方が指摘しあい、「いやいや、そうじゃないでしょう」といった感じで、お互い歩み寄らないで終わってしまうところが面白かった。もちろん山口さんにしても司馬さんにしてもお互い認め合っている上で言い合いなのであるが、それでもそこにはそれぞれの性格が出ていて、“頑固じじい”さが面白味を醸し出しているように思えた。
 将棋の大山康晴さんとの対談では、勝負師としてあり方出ていて興味深かった。私は一切将棋をやらないので、その奥深さは解さないけれど、勝負師としてスランプ脱出法は“なるほどなあ”と思わせる。

山口 そんなに悪かったですか。ひどいもんですね。その大スランプをどうやって脱出したんです。

大山 あのね、あわてなかったいうのが、よかったと思います。調子が悪いからなんとかして早く勝ってやろうなんて思わないで、いっさいジタバタせず、負けに行ってやれというようなのんびりした気持でしばらくやったのが結果的にはよかったらしい。

大山 どうせ負けたって、負けるときは一緒なんだという気持、こういうと投げやりのようですが、勝とう勝とうとあせるよりは自然のなりゆきで負けたっていいやというつもりで対局にのぞんだわけです。

山口 えいくそ、酒でも飲んでやろうとか、女遊びしてやろうとか、そう思わなかったですか。

大山 ぜんぜん・・・・。自然に木が倒れるように負けるときは自然に負けましたよ。

山口 自然流ですか(笑)くやしいと感じませんでしたか。

大山 感じませんね。好調のとき負けるとくやしいですが、というより、くやしさを感じる時のほうが好調ともいえますね。

 別なところでは将棋に強くなった人の心構えみたいなものを次のように言っているのも、なにも将棋だけ勉強していれば強くなれるものではないらしく、心技体という言い尽くされた言葉がここでも重要な意味を持つことを知らされる。結果として将棋の強い人は心がけが違うということらしい。

大山 (将棋の)強くなった人いうのは、そういう面(生活態度)での気の使い方が少しずつ違っておりますね。先輩のはきものが乱れていたらちょっと揃えるとか、よごれ物がちらかっていたら黙って選択しておくとか、自分がお世話になっているところの庭に雑草が目立ったらむしるとか、そういう小さなことのつみかさねですよ。草をむしること自体は、なにも将棋にプラスすることはないんですよ。大事なのはその気持ちですね。

 多分これは何も将棋に限ったことではないのだろうな、と思う。おそらく今まで一流と言われてきた人々に当てはまったことだったのではないかと思ったりする。そして今言う一流とは単に技量や能力があって、それだけでお金を稼げた人を、半ばやっかみを含めて一流と見てしまう傾向がないだろうか。結局お金を稼ぐことが、自分の技量や能力を磨くことと勘違いし始め、ひたすらそれのみに専念する。なりふり構わないその行動が今度は墓穴を掘ることになる。見る側も卑しいけれど、見られる側も卑しいすぎる。そんなのが最近は多くないか・・・。
 今日航CEOをやっている稲森和夫さんの本を読んだとき感じたのだけれど、どこか宗教家の言動を読んいるみたいに感じたことがある。事を成した人の言動にはそうした宗教性を帯びる。その宗教性は多分その人の品性から来るものであって、単に技量や能力だけのものじゃない。そんな気がする。それがここで大山さんが言う“気持”であると思ったのである。


評価
★★


書誌
書名:山口瞳対談集〈1〉
著者:山口 瞳【ほか著】
ISBN:9784846010133
出版社:論創社 (2009/08/30 出版)
版型:341p / 19cm / B6判
販売価:1,890円(税込)

2010年07月14日

村上春樹著『「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける330の質問に果たしてちゃんと答えられるのか?』

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 村上さん本でまだ読んでいない本はなかったかな、と思い本棚を眺めたら、このやたら長い書名の本(というかこれは雑誌扱いの本なのだが)があった。このシリーズ確かこの出版社で3冊出ており、うち第一冊目はとうの昔読んでいる。ただ2冊目以降読んでいないことを思い出し手にとる。この本は村上作品の読者とファンがネットで村上さんに様々な質問を浴びせかけ、それに対して村上さんが答えるという本である。期間限定のホームページに掲載されたものを本にしたものである。
 ただ今回これを読んでみて、昔のように素直に楽しめなかった部分がある。というのも村上春樹さんの読者やファンが様々な質問や相談を持ちかけるのは、どうなんだろうと思ったのだ。いや質問はまだいい。相談が問題なのだ。特に人生のシリアスな問題を抱えている人が、村上さんにアドバイスをもらい、そこから立ち直りたい、あるいは抱えている問題から少しでも解放されたいという意識は、どうなんだろう、と思う。ここで相談を簡単に投げかける方がおかしいと思うのだ。あるいはこんなところでしか、自ら抱えている問題を相談できないことがおかしいと思わないのかと疑問を感じてしまう。
 何か勘違いをしているところはないだろうか?ここに相談を投げかける人たちは、村上春樹という有名な作家が、第三者の目で、しがらみにとらわれない立場で、適切なアドバイスをしてくれると思っているのだろうか?でもよく考えてみれば、村上さんがしがらみにとらわれないのは当たり前だ。だって当事者じゃないんだから。それを第三者の目で見たくれたと思うのだから、その方が怖い。
 でも、ふと自分が若かった頃を思い出すと、これと似たようなことがあったな、と思った。ラジオの深夜放送である。そのほとんどは馬鹿話でクスクス笑いながら聞いていたのだが、番組の終わ頃に、シリアスな投稿をDJが読み、かわいそうだ、大変だ、といった雰囲気を醸しだし、エンディングにレーモン・ルフェーヴルの“シヴァの女王”をかけて終わる。その時DJは今考えてみれば、大したことを言ってはいない。ただ同情するだけと言っていい。聞いている我々も、“頑張って欲しいな”と思うのだけだ。当たり前である。当事者でも関係者でもないリスナーがそれ以上のことを言えるわけがない。でも当時はそうした悩みや問題をリスナーとして共有していたと思っていたようである。
 そうそう、あのホリエモンの餌食にされた、ポニーキャニオンの社長であった亀渕昭信さんが当時のラジオの深夜放送を振り返って、あの頃みんなは悩みや問題を共有していたと書いた雑誌を読んだことがある。それを読んだとき“共有か”と思った。そうかもしれないけど、こう歳をとってくると、結局そう思っていただけのことで、読む側も、聞く側も、当事者や関係者の力になれるわけないじゃないと思ってしまう。若かったからそう感じられただけのことであって、大きな勘違いである。それをいけしゃあしゃあと“共有していた”と当時を振り返って書ける人の方がどうなんだ、と思ってしまう。
 多分今回もその感覚が私にあるものだから、おいおい、それはここで書くことじゃないだろうと思いつつ読んだわけで、それが妙に鬱陶しく感じてしまった理由であろう。ただ村上さんは自身が当事者でない分、責任を伴わない点はよく心得ておられて、そういう対応をしているのが読んでわかった。その点はある意味安心できた。これをがっぷり四つになって対応していたら、ホンと興醒めしてしまうし、村上さんを疑いの目で見てしまいかねない。適当に冗談を言ってスルーしているので、その点はよかった。
 今回この本は日本の読者だけでなく、台湾、韓国の村上春樹ファンの質問も掲載されている。これらを読んで思ったことは台湾や韓国の読者は、村上さんの作品に対しての質問がほとんどで、村上さんの作品に登場する不可解な人物は何かの象徴なのかとか、何かの啓示なのかという深く、重い質問している。日本人読者のような馬鹿な質問をしていない。もちろん人生相談などもない。これを読むと、いかに日本人読者はお気楽で低俗なのかと感じてしまう。日本がダメになるのもこれだけでもわかるような気がする。

 さて、それでも質問に答える村上さんに、村上春樹という作家の姿勢が垣間見られる部分があって、それが“なるほど”と思える部分がいくつかあったのでそれを書き出しておく。

 死者は多くの場合、生きている人々のありかたを多かれ少なかれ決定的に変更させていきます。その変更をまっとうに黙って受けいれることが、死者を弔うもっとも正しい道だろうと思います。

 小説というのは現実の生活には役には立たないものです。そんなもの読まなくたって、ほとんど不都合はありません。だから小説を読む習慣のない人に小説を読んでもらうというのはむずかしいことです。

 小説というのはお勉強ではありませんので、読みたくないものは読まなくてもいいのです。誰かが「これは読まなくちゃだめだよ」と言っても、それは他人の意見であって、あなたはあなたの読みたいと思うものを読めばいいのです。「違和感」があるなら、それでいいと僕は思います。
 そのうちに「何か機会があってちょっと読んでみたら、これが面白くて・・・」ということがあるかもしれません。そういうハッピーな出会いを気楽に期待しておられるのがいちばんいいのではないでしょうか?人生はそれでなくてもしんどいのですから、たかが本くらいのことで頑張ることはありません。

 でも同時に「それにもかかわらず、お前がどう思うが、そんなこと知っちゃいねーんだよ、ふん」と思わなくちゃだめです。悟った不良になりましょう(もうトシなんだから突っ張った不良になっちゃ駄目です)。いったん不良になってしまうと、そのうちやりたいことも出てきます。やりたいことをみつけて、それにあわせて人生を決めるのではなく、人生にあわせて自然体でやりたいことをみつけたほうがいいと僕は思います。根性さえきめれば、中年はそんなにつらい年代ではありません。

 僕はただ自分が好きな本を読んで、好きな音楽を聴いて、原則的に好きなことをして、自分のペースで淡々と生きているだけなのですが、それがひとつのかたちとして定着し、なにかの「現象」みたいなことになってしまうと、やはり押しつけがましくなってくるし、それではお互い困っちゃいますよね。あなたも困るでしょうし、僕も困ります。
 でもそういう表層的な「現象」は、しかるべき時間が経過すればたぶん自然に過ぎ去って、消えてしまうはずです。そしてあとに残るのは、結局は作品だけということになります。

 僕がその時代(全共闘時代)から学んだもっとも大事な教訓は「美しい言葉で力強く語られるものごとは、まず信用するな」ということです。

 さて、もう一冊このシリーズが残っているが、ちょっと気が重いな。同じスタイルで「少年カフカ」はそのボリュームに圧倒され、結局投げ出してしまったけれど、村上さんの言うように読みたくない本は読まなくてもいいかと思うが、一方で読めないというのもしゃくにさわるし、厄介だ。
 最後に安西水丸さんが描かれるイラストは、村上さんの回答をうまく茶化していて面白かった。何度か笑ってしまった。


評価
★★


書誌
書名:「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける330の質問に果たしてちゃんと答えられるのか?
著者:村上 春樹
ISBN:9784022723192
出版社:朝日新聞出版 (2006/03 出版)Asahi original
版型:205p / 21cm / A5判
販売価:入手不可

2010年07月05日

秀村欣二著『ネロ』

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 どうもこの本のことは書きにくい。まずネロの家系が複雑だ。ネロはカエサルの家系ユリウス・クラウディウス朝の人物なのだが、この家系とにかく入り組んでいて、系図をたどればあのオクタビアヌスとアントニウスの血が一緒になってしまうのである。
 ネロの母親といえば、有名な小アグリッピナであるが、この小アグリッピナは初代皇帝アウグストゥスの曾孫であり、一方アントニウスの曾孫のもあたるのである。とにかくネロはネロはローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの四代目の子孫、すなわち玄孫である。

 さてそのネロの経歴をざっくりと書くと次のようになる。


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 ネロは紀元37年、小アグリッピナとグナエウス・ドミティウス・アヘノバルブスの息子として生まれる。カエサルの家系であるユリウス・クラウディウス朝の最後の皇帝である。
 父親のグナエウス・ドミティウス・アヘノバルブスはネロが3歳のときに亡くなった。そして母子は一時皇帝カリグラによって幽閉されたが、カリグラ帝が殺されクラウディウス帝が即位すると、ネロはローマに戻ることを許された。
 クラウディウスはメッサリナを妃として迎えており、すでに後継者ブリタンニクスがいた。しかしながらメッサリナは紀元48年に不義の咎で殺害され、後妻として小アグリッピナがクラウディウスと結婚し、皇妃となった。その母の計略によりネロはクラウディウスの娘オクタヴィア(クラウディウスとメッサリナの間に子)と婚約し、継子から養子となり、立場が強化された。
 さらに小アグリッピナはネロをローマ皇帝へと推し進めていく。クラウディウスとメッサリナの間にはブリタンニクスがいて、クラウディウスの後継者としてもっとも有力視されていたが、小アグリッピナの采配では徐々に疎外していく。
 そして小アグリッピナが夫のクラウディウスを毒殺し、ネロを五代目のローマ皇帝に即位させる。さらに小アグリッピナはネロに邪魔になる人物たちを次々と抹殺していく。小アグリッピナは自らの支配権を息子ネロを通して確立していくのであった。
 ところがネロは小アグリッピナが鬱陶しくなって行く。それは妻オクタヴィアに使えていた解放奴隷アクテと関係であった。ネロはオクタヴィアと別れてアクテと結婚しようとしたが、当然これは小アグリッピナは許し難いことであった。ここから母子の亀裂が生まれ、抜き差しならない状況になっていく。こうなってくると小アグリッピナはネロよりブリタンニクスを持ち上げようとする。そこでネロは母親からの血なのか、邪魔となるブリタンニクスを毒殺してしまう。
 そしてここに友人マルクス・オト(後の皇帝オト)の妻ポッパエア・サビナが登場する。この女タキトゥスによると「高貴な魂を除けば」女として欠けているものは何もなかったという。ネロはポッパエアの虜となってしまう。これでネロと小アグリッピナの母子は完全な破局を迎えることとなる。小アグリッピナは暗殺された。ネロは毒婦ポッパエアとの結婚を急ぎ、妻であるオクタヴィアと離婚し、島流し末、殺した。
 ポッパエアは女の子を産んだが四ヶ月もたたぬうち死亡した。この後あの「ローマの大火」があったが(これはこの後書く)、ポッパエアも急死した。死因はネロが身重のポッパエアを足で蹴ったとか、毒殺したとか伝えられているが確証はない。
 もうこのあたりからネロの性的感覚はかなりいおかしくなり男色に走り、自ら女装しては解放奴隷のピュータゴラースやドリュプォルスと正式に結婚して彼らの花嫁となったり、美少年スポルス・サビナとを去勢し、女装させては、これまた正式に結婚して自らの正室に迎えたりした。実はネロは後妻としてスタティリア・メッサリナを迎えたのであったが、すぐ飽きていたのであった。
 ローマ帝国はこの頃になると、各属州で反乱が起こっていたが、ネロは相変わらずギリシアにおり、心酔していたギリシア文化を楽しんでいた。ガリアでガイウス・ユリウス・ヴィンデックスが立ちあがった。彼は属州民に呼びかける。

 「ネロはローマ帝国を略奪した。彼は元老院の精華をすべてむしりとった。彼は放蕩に身をもちくずし、母を殺し、君主らしいところは少しもない。あの男-ピタゴラスの妻となり、スポルスを娶った者が男と言えるなら-劇場で竪琴をひき、悲劇俳優の扮装をしているのを私は見た。こんな男をいったいだれが元首と呼ぶだろう。諸君、いまこそ彼に反抗して起て。諸君自らを、ローマ人を救え。世界を解放せよ」

 しかし、ネロはそれでも我、関せずという認識で、ギリシアの旅を楽しんでいたが彼の足元は確実に崩れていた。ヴィンデックスはタラコンネシス属州総督ガルバに親書おくり、皇帝就任を扇動する。ガルバ支持は増える一方で各地の属州総督が支持、ついにネロは元老院から「国家の敵」としての宣告を受ける。こうして最後を悟ったネロは最後に「なんと惜しい芸術家が、私の死によって失われることか!」を繰り返し、自殺する。紀元68年6月9日の夜明け前であった。享年30歳で、元首の在位期間は13年8ヶ月ばかりであった。遺体はアクテによって火葬されマルス広場に葬られた。

 概略こんな感じだ。そのネロと言えば、ローマを暴政の下に混乱させ、キリスト教徒を迫害したため暴君の典型とされている。しかし著者は「暴君とは強力な自己中心的な意識にもとづき、他者と社会に加虐的な行動本能をのつ独裁的支配者であると定義するならば、それはネロの生涯を通じて、彼の方から先制攻撃を加えて、ライバルを倒したことは皆無に近い」と言い、必ずしも世間で言われているような暴君ではなかったという。やむにやまれずそうなったとでもいうようだ。
 事実「いわゆる『五賢帝』のひとりで『最後の元首』という称号を元老院から捧げられ、ローマ帝国最大の領土を現出したトラヤヌス帝は、ローマ歴代の元首の治世を回顧し、検討して、ネロの治世の最初の五年間は最善の御代だったとたびたび語ったという」ということがここに書かれている。最初は哲人セネカの助力もあって、いい政治を行ってはいたのである。
 しかしやっぱり小アグリッピナの血なのか、陰謀、暗殺といつも暗い影がつきまとう。そこに母親との葛藤、性的倒錯などがあり、その上強いギリシア文化や芸術へ関心が政治をさせなかった。
 そして紀元64年におきたローマの大火が後のネロ姿を決定したといっていい。特にキリスト教徒の迫害はネロを暴君と印象づけた。この火事はすべてのものを焼きつくしたが、ネロは行き届いた復興施策をした。それにもかかわらず「火事はネロが命じた」という風評が広まり、民衆の間に不穏な空気が兆し、暴動も起こりかねない状況となっていた。
 そこでタキトゥスによれば、「ネロはこの風評をもみ消そうとして身代わりの被告をこしらえ、一般にキリスト者とよび、そのかくされた罪ゆえに憎まれていた人々に大変手のこんだ刑罰を加えた」のであった。

 さてネロは自分の悪い風評を消すために、火事はキリスト教徒が起こしたとした。そしてそれがどうして可能であったのであろうか?そのことが興味がある。何故キリスト教徒がターゲットされたのかである。
 結局当時のローマが多神教的社会であり、キリスト教の一神教信仰は民衆を不安にさせていたし、憎悪を生んだ。だからネロにとってみれば自らの悪評を転化するにはキリスト教徒はいいターゲットとなったと思われると著者は言っている。
 一神教はユダヤ教もそうであるが、ユダヤ人は特別な民族であり、ユダヤ教が他民族に伝播するには限界があったものだから、ローマ人はユダヤ教の信仰を認めていた。しかもユダヤ教は神殿・犠牲・司祭などが備わり、多神教社会であるローマ人でもある程度理解しやすかった。
 ところがキリスト教は、ユダヤ人の民族的限界を超え、帝国内のすべての民族に広まっていた。しかも当時のキリスト教は外部から看知できるような宗教の形体をとっていないので、現世秩序破壊を企むアナーキスト、または風俗を壊乱する邪教徒と誤解されていた。それにキリスト教の非寛容さが更に民衆を不安がらせたものと思われる。
 ネロはその民衆心理を利用した。ただ火事の犯人をキリスト教徒にしてしまったことが、後世キリスト教徒に自らの姿を必要以上に怪物として見せてしまった。そしてパウロやペテロがネロの迫害下で殉教したとされているということが、それに拍車をかけているのではないか。
 もしこれがなかったならネロはただの暴君であり、このようなローマ皇帝は幾人もいたはずで、ネロもその中の一人であったのではないかと思われのである。ただキリスト教徒迫害は隠しようのない事実なので、あくまでも“もし”の話である。

 余計な話であるが、ペトロが迫害の激化したローマから避難しようとすると、イエスが反対側から歩いてくる。ペトロが「主よ、どこへいかれるのですか?」と問うと、イエスは「あなたが私の民を見捨てるのなら、私はもう一度十字架にかけられるためにローマへ」と答えた。彼はそれを聞いて悟り、殉教を覚悟してローマへ戻ったというのが有名な話だ。この時ペテロが言った「Domine, quo vadis?」が、シェンキエヴィチの『クォ・ヴァディス』の題名となった。


評価
★★


書誌
書名:ネロ ― 暴君誕生の条件
著者:秀村 欣二
ISBN:9784121001443
出版社:中央公論新社 (1967/10 出版)中公新書
版型:190p / 18cm / 新書判
販売価:入手不可

2010年07月03日

吉村昭著『海も暮れきる』

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 吉村さんは終戦後、学習院旧制高等科に入学したが、入学して八ヶ月後、喀血する。結核である。そして絶対安静の身となり、体重が著しく減り、生きる気力も失われたが、東京大学医学部附属病院分院にて胸郭成形手術を受け、左胸部の肋骨5本を失って、何とか復帰する。この手術、危険な手術だったようで、手術自体、麻酔もそれほど効かず、かなりの激痛を伴い、手術後も生存率が極めて悪かったらしい。それでも何とか助かりたいという一心でこの手術を受けた、と吉村さんの随筆に書かれている。多分吉村さんが尾崎放哉にひかれたのも、放哉も結核で死んだことによるのだろう。
 この本は尾崎放哉が小豆島を“死に場所”に選び、その土地を踏んでから死を迎えるまでの八ヶ月間が書かれている。
 放哉、本名は尾崎秀雄という。明治18年鳥取で生まれた。父親は鳥取地方裁判所書記であった。18歳の3月鳥取県第一中学校を卒業し、東京の第一高等学校に入学する。21歳の9月に東京帝国大学法学部に入る。この頃から放哉は酒に溺れるようになる。大酒を飲み、人にからむようになった。酒をあおるように飲むようになったのは、従妹の沢芳衛との失恋からであった。放哉は最初の雅号を芳衛の芳を取って、芳哉とした。しかし芳衛の兄に近親結婚とだとして反対され、芳哉を放哉と変えた。以後放哉の酒癖の悪さは死ぬまで続く。いやむしろこの酒癖の悪さが身を滅ぼしたと言っていい。たちの悪い“からみ酒”であった。
 大学卒業後、東洋生命保険株式会社の東京本社契約課長の任にあったが、やはり酒でそこを辞めざるを得なくなった。その後友人の紹介で京城の朝鮮火災保険に入った。赴任して半年後、放哉は高熱を発し、病臥する身となったが、何とか正常に戻ったが、やはり連日酒浸りであった。結局赴任して1年後社長から退職を命じられる。そして再び高熱を発し、妻馨にも去られ、寺男として過ごしてきて、この小豆島まで流れた来た。その間結核は放哉の身体を蝕み続けた。
 放哉はいわゆる自由律俳句の代表的俳人として有名であったため、同人や門人が何人かいて、彼らに生活のために金を無心し続けた。しかし彼らも簡単にお金を出せる身分でもなく、やっとの思いで放哉に金品を送っていたのである。
 一方で放哉は求めた金品が届かなかったり、冷たくされると悪態をつく。読んでいてもし放哉が有名な俳人でなければ、ただの“たかり”だなと思わせる。人にお金を送ってくれないか頼む一方、そのお金で酒を飲み、悪態をつき、店の人間が放哉が世話になっている住職告げ口しそうになると、生活場所を失うと不安になる、どうしようもない人間であった。
 自分の態度が悪いのにもかかわらず、同人や門人や島の人間に優しくされると、今度は涙ぐむのである。ホンとどうしようもない人間であった。
 結核は放哉の身体を蝕み続け、ついに庵で動けなくなる。今まで自分の気持ちを和らげてくれた好きな酒さえ、喉を通らなくなる。そして大正15年4月癒着性肋膜炎湿性咽喉カタルで死亡する。
 とにかく放哉ほど自分勝手で自分を律することの出来ない人間はないなと思った。たまたま有名な俳人というから、その才能で生きられたところがあったが、それさえも放哉を支えてくれる人の助力があってのことであった。しかも酒乱ときているだ。どうしようもない。
 よく作家などが世捨て人な生活をしていたと聞くが、私は彼らが芸術のためそうなったとは思えない。むしろ彼らが自らの感性を持てあまし、それが敏感で軟弱であるがため世の中と折り合いがつけられないだけだと思っている。そして芸術がその感性を必要としただけだと思っている。芸術におけるすぐれた作品は非日常から生まれるものなのか、どうなのか、その点はよく分からない。
 ただとこの本に関して言えば、放哉に少なくとも彼の俳句における芸術性と自身の破天荒な生活ぶりの因果関係は一切記述がない。だから読む側は単にいい加減な人間として放哉が写るだけである。私にはたまたま放哉は俳人としての才能があっただけであり、普通ならのたれ死んでいてもおかしくないとしか思えなかった。そこに結核という病気の進行が加わったため、“壮絶な人生”と言えるだけであって、少なくとも芸術性が彼を“壮絶な人生”を歩ませたとは思えなかった。要するに放哉の俳句の才能が、いい加減な人生を許したと思えるのである。
 ところで自由律俳句とは何であろうか?ネットで調べてみると、自由律俳句とは、五七五の定型俳句や五七五七七の定型短歌に対し、音数にとらわれず、季語も含めない、自由に表現する俳句だという。ちなみに放哉の有名な句をあげると以下の通りである。

咳をしても一人

墓のうらに廻る

足のうら洗えば白くなる

肉がやせてくる太い骨である

こんなよい月を一人で見て寝る

一人の道が暮れて来た

春の山のうしろから烟が出だした(辞世)


 自由なのは結構だけれど、音数にとらわれない分、何か変な感じだ。まぁもともと、俳句とか短歌を解さない人間なので、これが素晴らしいのか、どうか、それもよく分からない。私には尾崎放哉という変わった俳人がいたということだけであった。


評価
★★


書誌
書名:海も暮れきる
著者:吉村 昭
ISBN:9784061835337
出版社:講談社 (1985/09 出版)講談社文庫
版型:275p / 15cm / 文庫判
販売価:539円(税込)

2010年06月13日

森まゆみ著『旅暮らし』

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 また森さんのエッセイに戻る。『暮らし』シリーズの最後である。先の松浦弥太郎さんのエッセイと比べて、森さんのエッセイの方が日々の暮らしが伝わってきて好感が持てる。やはり女性ならではの現実感が感じられ、理想や希望や夢を語るのはやっぱり男の方なんだなと思わせる。
 ここでは森さんが三人の子供から手が離れつつあるものだから、今まで子育て、地域の雑誌編集などで家から離れなれなかった分、旅に出る。
 子育てがあると当然家に縛られる。やりたいことなどそうそう自由に出来ないものだ。旅を長い間家を空けている訳にもいかないだろう。やっぱり生活が第一優先だからだ。でも親としての義務を果たし、自由になった分、それまで自分がしたかったことをやり始めているというのが感じられ、こういうのっていいな、と思う。
 でも自由に行動できるからといって、それまでしてきた子育て、『谷根千』の編集、発行から得たことからは離れられないようである。どうしても人とのつながり、そのあり方、長いこと残ってきた建物、景観の保存にどうしても目が向かってしまうようだ。まぁ当然であろう。そこに関わってきた時間の方が長かったのだから。だから旅先であった人々との関わりのその延長で物事を考えていくし、そもそもここで森さんが旅に出かけるきっかけがそれなんだから当然ある。
 そして森さんが考える町と人との関わり方が、私も興味がある。

 十八年、町の暮らしを見つづけてきた私も深くうなずいた。物があふれても幸せとはいいがたい。豊かになることのよって、人びとはむしろ孤立化し、助けあいや共食、家族でのもてなし、たのしい路上生活を失ってしまった。

 と書く森さんの文章は、今まで進んできた経済大国として日本が、もしかしたらとんでもない方向に日本人を導いてきたんじゃないかと思わせる。経済効率主義は、非効率で煩わしい人間関係を破壊するにはもってこいの理由だったのではないかと思うのである。物を多く持つことは、物に気持ちを奪われることであって、自分でその物を作ろうという意識を失わせる。創造力を喪失させる。すべてお金で買った方が時間も手間もかからないからだ。それらを身の回りに集め、幸せ、豊かを謳歌してきたのである。それを「ちょっと待って」と振り返らせないほど時間に追われてしまっていたから、顧みることさえなかった。
 一方的な幸福感や豊かさは、それまであった人間関係を破壊し、残ってきた町並み、建物を壊してまで追求していってしまった。厄介なことにそうした人間関係や建物を壊すのは簡単だけれど、それを築き上げるのにはものすごい時間がかかっている。だから今私たちは壊してしまったものの価値に呆然とし、それを回復するのにはさらに長い時間を要することに、半ば諦めを感じてしまっているのではないかと思われる。
 先に書いたとおり、経済が右肩あがり上がっていて、いつまでも成長できるならそれでもいいかもしれない。そんなこと振り返っていられないほど時間がなかった分、ある意味後悔しないということで幸せだったのではないか。
 そして面白いのは、こういう不景気の時代になって、それまで自分たちがしてきたことを後悔し、間違っていたんだ思う人たちもいれば、何とかこうした不景気からの脱出にもがき、さらに効率や採算を求めていく人たちもいる。
 森さんたちが残したいという景観や暮らしに思いをはせる人たちもいれば、そうした人たちの気持ちを無視して、平気で高層マンションを建てる大手ディベロッパーがいるのもそういうことによる。
 人間はというか特に日本人は一度物欲の魅力にとりつかれてしまうと、いつまでもそれにとりつかれてしまう。なくてもかまわないじゃんと思わない。ないことに不安を感じるのである。それは収入が大幅に減っても、物欲だけは衰えないものだから、今度は1円でも安いものに走ることとなる。そうして安値競争が始まり、売る側はコストを下げるために、人件費の高い日本での生産を諦め、中国で生産し、日本の経済の空洞化を招く。
 私は今の日本の閉塞感は、経済の発展が望めないことだけではなく、物欲に支配されている人たちがその欲求を満たせないことの不満から来るものだと考えている。自分の気持ちを少しでも物を持つことで幸せなれるという気持ちから解放できれば、かなり豊かになれるのではないか。余裕が出来るんじゃないかと思う。物を持つことからの開放は、大手ディベロッパーが建てるマンションだって売れなくなってしまうだろうから、そう無闇にマンションなど建てられなくなるはずだ。コストを下げることで質の悪い物を平気で売ることもなくなるだろうし、平気で鉄筋を抜いてしまうことだってなくなるはずだ。質の充実が人の気持ちを豊かにすることを重視すれば、人は豊かになれるのではないかと思う。質を求めれば当然お金はかかる。それを求めることが出来る人はそれを求めればいいし、そう夢が叶わないなら、今あるものを大切に使えばいい。どっちが価値があるかは関係ない。どっちも価値がある。どっちが豊かで幸せかという問題でもない。
 資本主義は一方の人たちを豊かにするけれど、もう片方にいる人は虐げられる。搾り取られる。一方を豊かにするために、片方では環境などを破壊してしまう。物理的生活向上を求めれば求めるほど、一方で不幸になる人がいる。“ほどほど”ということで立ち止まれないほど厄介な社会システムなんだなと思うが、かといってそれに代わるシステムを持ち合わせない我々はどうすればいいんだろうか?
 
 森さんの町に対する思いから大それた話になってしまったけれど、森さんがまちを「街」と書かず「町」とこだわる気持ちは、失ってしまったものへの回帰によるものだろうと思われるし、それが「ほどほど」で寸止めされた社会だった。そんな気がしてしまうのである。そして「思いやり」は煩わしい面がある反面、居心地がいいものであり、それが森さんの言う「町」なんだなと思ったのである。それが暮らしなんだなと思ったのである。


評価
★★


書誌
書名:旅暮らし
著者:森 まゆみ
ISBN:9784087464177
出版社:集英社 (2009/03/25 出版)集英社文庫
版型:264p / 15cm / A6判
販売価:539円(税込)

2010年06月11日

松浦弥太郎著『最低で最高の本屋』

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 この本は今までの本と違い、松浦さんがたどってきた道を自ら振り返り、アメリカにあるだろうと思った自由や開放感の先には自分勝手な生活しかなかったと松浦さんは悟ったことが書かれている。しかし「自由であることを実感するには、正しい生活をしなければダメだな」と思い、「社会との関わりのなかでの自由」でなければならないと考えるようになる。
 日本に帰ってきて、自分がやってきた古本屋が人に喜ばれることを肌で感じ、それが大きな喜びとなった。だったらもう少し頑張って続けてみようと思うし、もっと社会に役立つことをやりたいと考えるようになっていったと書いている。そこで社会に関わりにない仕事をしても意味がないと思い、どうすれば個人として、今の社会に正しい影響力を持てるようになれるか、を考えるようになる。それが松浦さんの言う「社会との関わりのなかでの自由」の追求であった。
 自由という言葉は好き勝手、思うままという感覚が伴う。確かにそうなのだが、その自由であるということの背後には、自らの生活はきちんとしていなければならないし、社会の責任を負っての自由でなければ、人は耳を貸してくれないはずだ。いい加減なことをやっていて、自由ばかりを主張していれば、それは単にわがままで自分勝手でしかない。
 私から言わせればそんなの当たり前じゃん、と思うのだけれど、でもその真っ当な考えに至るまで、松浦さんの考えを果たしてこの本を読む若い人どこまでわかっているだろうかと思う。どこまで松浦さんの「思考遍歴」を理解できるだろうかと思う。自由という言葉だけが一人歩きしてしまわないだろうか、と危惧するのである。
 私は松浦さんが考える自由の意味は極めて真っ当だと思っているが、ただそれをもっと強く言うべきだったと思う。その点はあまりにもやんわりと言っている分、もしかしたら義務や責任を果たさず、有りもしない自分の能力を過信してしまうやつが、そうだ!そうだ!と言いかねないじゃないかと感じてしまった。それぐらい松浦さんの本は“自由の押し売り”傾向が強いのだ。
 松浦さん個人は自由が持つ意味をちゃんと把握していても、読む側が自由という言葉だけを一人歩きさせかねないような、書き方に少々疑問を持ってしまうのである。感性の自由と行動の自由とはまったく別もんだ。それをはっきり書いて欲しかった。わかっている人だけに余計にそう思うのである。
 段々松浦さんの本に関して、私の感想がぶれていくのがよく分かる。最初はさわやかでいいじゃないか、と思い、次に若い頃に読めばワクワクしたかもしれないと書いたが、今はこういう書き方は如何なものかと思うのである。下手をすれば松浦さんのやって来たことの表面だけを捕らえて、こういう風に自由にやってきた人がいるんだと勘違いさせてしまう。いいなと思わせる。これはまずいだろう。
 夢や希望を持たせるのは結構だけれど、それを実現するためには途方もない苦労を伴う。苦しまなければならないことを、ちゃんと書いて欲しかった。そんな甘いものじゃないだろうし、誰でも人にはない才能や能力があると思わせるような書き方は、ある意味無責任だ。
 人はそうした夢や希望を少しずつ削っていき、残りをなくしていく。あるいは形を変えていく。それでも歯を食いしばって生きている人がたくさんいる。不器用に生きている人がたくさんいる。私は自由を鼓舞する人に感化され、そういう人を小馬鹿にしかねない風潮が嫌なのである。決していい人を気取るつもりはないが、下手をすればこの本はそういう意味で、間違った方向に導かないとも思うのだ。


評価
★★


書誌
書名:最低で最高の本屋
著者:松浦 弥太郎
ISBN:9784087464917
出版社:集英社 (2009/10/25 出版)集英社文庫
版型:267p / 15cm / A6判
販売価:559円(税込)

2010年06月09日

松浦弥太郎著『くちぶえサンドイッチ』

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 続いて松浦さんの本を読む。松浦さんは本業という決まり切ったことにこだわらず、自分の好きなことをやることで幸せを感じてきた人だから、それだけでも異質といえば異質だ。この人いったい何をしたいんだろうと思ってしまう。
 私は長いことどこかに所属することで安心感を得てきた人間だから、この自由さに危なさを感じてしまうのである。けれどこの人にとってはこれでいいんだろう。この本の解説で角田光代さんは松浦さんを称して「現代版JJ」と言っているが、なるほど植草甚一か、と思えば納得いく。 この本の副題が松浦弥太郎随筆集となっているが、前回の本と比べ心情的描写が多くなっている。だから随筆というより、どちらかといえば詩的感じのする文章が多い。
 こういうのが苦手である。どう書いていいのかわからないのである。確かに自由に行動し、詩的にそれらをつづる文章は魅力的だけれども、今の私はこれを素直に受けいれられないのである。どこか“青臭い”と感じてしまうのだ。こういう生き方もありますよ。こういう風に感じられますよ、といった文章を読むと私の心には「けっ!」といったものが出てきてしまうのだ。世の中あなたのような生き方が誰でも出来るわけじゃないと思ってしまうのだ。
 結局私が世の中をすねて生きて来たから、そう思ってしまうのだろう。だからもし私が若いとき、まだ世の中の酸いも甘いも知らない、夢や希望などたくさん持っていた頃にこの本を読めば、もしかしたらワクワクして読んだかもしれないなと思ったのである。きっとそうだと思う。だから決してこの本は悪い本じゃないとは思う。
 松浦さんは1965年年生まれだから、現在44歳なのかな?とにかく40過ぎのおっさんがこれだけ若々しく、みずみずしい感性を未だ持っているだけでも、驚いてしまう。私ならもし自分がこんな感性を未だ持っていたら、きっとそれをどう扱っていいのかいつも悩んでいなければならないような気がする。もし自分がこんなことを書いちゃったら(書けやしないが)、恥ずかしくて仕方がない。
 しかし松浦さんはそういう自分の感性と、現実とうまく折り合いをつけていけるから、こういう文章が書けるのだろう。多分そういうことだ。私は松浦さんの文章を読みながらそんなことを感じた。でもそれを考えるとすごいことだと思う。そうでないと雑誌の編集者なんて出来やしない。でないと、「それがルールがないルール、優雅なわがまま、というのを日常生活にちょっと取り入れてみる。それが現代社会においてとびきり爽快だということなのだ」なんて言えやしない。
 普通ならこの手の文章は投げ出してしまうのだけれど、松浦さんの場合自己主張が控え目であることが、全ての文章が謙虚だから私でも読めたのだろうと思う。だいたいこの手の文章は自己主張が激しくて、読んでいて“いい加減にしろよ”と言いたくなるのが多いだけに、その点は松浦さんの人徳なのだろうか?
 たださすが二冊ともなると食傷気味であることは事実だ。最初はよかったんだけれどね。まだ一冊残っているので正直なところまいっている。実を言うとこの後読む予定の本を最初に買っちゃったものだから、それを読む前に先に出ているこれらの二冊を読んだ方がいいと思って読んできたのだ。失敗だったかな・・・。

評価
★★


書誌
書名:くちぶえサンドイッチ―松浦弥太郎随筆集
著者:松浦 弥太郎
ISBN:9784087462906
出版社:集英社 (2008/04/25 出版)集英社文庫
版型:331p / 15cm / A6判
販売価:680円(税込)

2010年06月08日

松浦弥太郎著『本業失格』

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 ネットでいろいろ調べていたらこの松浦弥太郎という人を知った。この人は今「暮しの手帖」の編集長をやっているという。これはちょっと驚いた。というのも「暮しの手帖」という雑誌は編集長の花森安治の個人的雑誌といっていい雑誌で、この人のキャラクターで売っていた雑誌だからだ。花森安治の死後もその方針は変わっていないと聞いた。だからまったく花森安治と関係のない人がこの雑誌の編集長をやっているとは思わなかったのである。
 で、その編集長をやっている松浦弥太郎という人はどんな人なんだろうと思いこの文庫を手にした。この人の経歴が面白い。松浦さんは高校を中退して、18歳で一人あこがれのアメリカに渡り、アメリカのオールド雑誌やアートブックに魅了され、96年帰国し「エムアンドカンパニーブックセラーズ」を開業しトラックによる移動書店を始める。02年には自らがセレクトした本屋「カウブックス」を中目黒にオープンさせる。同時に、文筆家として編集、翻訳など多岐に渡り活躍し、06年、「暮しの手帖」編集長に就任。現在に至っている。松浦さんがどうして「暮らしの手帖」の編集長になったのかその経緯が知りたいところだが、それは今のところ私は知らない。
 その松浦さんに興味を持ったので松浦さんの著作で文庫本になっているものを買い求めた。これはその一冊である。その「はじめに」に書かれていることが気に入った。『本業失格』というタイトルについて書かれた文章である。

 まあそんな風に誰でも本業という肩書きはあるけれど、必ずしもそこで輝かなくても、どこか違う世界で自分だけが持って生まれた才能やちからがあって当然。本業が失格であっても、人生が失格ということはありえない。そんな角度を変えた選択肢を自分に受けいれることで、もっと人生がしあわせになるのではないだろうか。
 本業がその人の全てでもない。本業で成功しなくてもいい。本業ではないからこそ面白い。仕事についてはできるかぎり広いまなざしを持って自由でありたい。『本業失格』の意味することはまさに自由であれということだ。

 と書かれている。つまり松浦さんはそうしたポリシーから本屋という本業がありながら、それにとらわれず文筆、編集、翻訳などさまざな仕事をされているわけだ。本業にとらわれることなく、いろいろなことに興味を持つ。自分が感じるまま、自由に生きていく。 一見こう書くと、本業を持たない、あるいは本業をおろそかにする軽そうなやつと思ってしまうが、ここに書かれている文章を読むとそうではない。自由でありながら立つ姿にはしっかりと足をつけて語っているし、その背景には、たしかな読書量や人間関係から得た情報に裏付けされている。だから読んでいてちっとも軽薄感など感じない。それでいて全ての面において自分の思うがまま、しがらみにとらわれない分自由さを感じる。さわやかささえ感じてしまう。これにはちょっと驚いてしまった。こんな人もいるんだと思った。むしろうらやましいとさえ感じた。そんな人が書いたエッセイである。そこには堅苦しい人生論などぶっていないし、淡々と松浦さんの日々がつづられている。

 最近よく思うことがある。時間を割いて本を読んでいるのだから、何でも構わない、とにかく何か知識でも雑学でも得なければ損だ。あるいは何か役立つことをそこから吸収しないと読んだ意味がないといったばかりの、損得勘定で本を読むときがある。もちろんそうしたどん欲さはあってもいいし、もともと実用的な意味で本を読んでいる場合だってあるから、それはそれで否定はしない。
 でも一方でそうした本の読み方ばかりしていると、疲れちゃう。仰々しく、この本は役立ちますよ。いい本ですよ。人生を豊かにしますよ、といった本ばかりだと、本を読むこと自体嫌になってしまう。
 だからときには本を読んだことで、いい気持ちになれたというのもあっていいんじゃないかと思うようになった。読まなくてもいい。見るだけで心が和んだというのだっていい。そう思うのである。おそらく松浦さん主に扱うビジュアル系のアートブックはそういう本ではないかと思う。それはこの文庫で紹介されている本などから察することが出来る。あるいは松浦さんの文章そのもからも感じ取れる。
 いま私は本を読むことに疲れてしまうことが多いので、こうした本がぴったりくるのだ。ときにはこうした気持が安らぐ本も必要なんだと思っている。


評価
★★


書誌
書名:本業失格
著者:松浦 弥太郎
ISBN:9784087461329
出版社:集英社 (2007/02/25 出版)集英社文庫
版型:191p / 15cm / A6判
販売価:439円(税込)

2010年06月07日

森まゆみ著『その日暮らし』

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 森さんの『暮らし』シリーズ?の第二弾を続けて読む。この後もう一冊控えているので、この際まとめて読んでやろう、と思っている。このシリーズは小難しいことをあれこれ言うのではなく、ただ日々の生活を淡々とつづるだけなのだが、それがある意味魅力的だ。女性の目で見た日常を、男らしい筆使いで描くあたりがいいのかもしれない。
 さてこの本を読んでいて面白いなと感じたことを二つほど書く。その一つが「誤植さがしの昼下がり」というエッセイから。何も予定のない日曜の昼下がり、自ら出版している「谷根千」の誤植探しをしているときに思ったことが書かれている。
 森さんは「考えてみれば一冊の本は、一字一字の活字から成り、その膨大な集積である。どこでまちがいが出てもおかしくない。人間であれば、さらに私のような未熟者であっては誤りを逃れるはずがないじゃない」と言い、「書物が完全無欠を要求されるようになったのはいつの頃からか。岩波書店が誤植一つに対して賞金を出すといったことがあるそうだ。その頃からか。けれど、もし誤りのまったくない書物があるとしたら、それはそれでこわいような、物神崇拝を産むようなものだとも思う。そういうこわばりはできるだけ無縁で、もっと人間のイイカゲンさを愛していたいと思うのである」とも書いている。
 確かに不特定多数の人が読むものである。それが不完全なもの(誤植や誤字脱字など)がないに越したことはない。けれどそれがあったとしてもそれを「ああ、間違いね」といったくらいの心の余裕があってもいいような気がする。私も初版本を読んでいたとき、何回か誤植か誤字脱字を見つけたことがある。でもそれを間違いとわかって、自分の中で正しい言い回しにすればいいだけのことだと思っているし、それに目くじらたてる人は世の中にはたくさんいるだろうから、そういう指摘はその人たちに任せておけばいいと思っている。
 ましてこうして拙い文章をブログで公開している自分である。それはもう数え切れないほど誤字脱字、てにをはが抜けている箇所があるに違いないので、そんな指摘などできる資格などない。それを考えちゃったら、もうブログなど私には出来やしない。幸いこのブログは無名に近いのと、読んでくれる人が心が広い方が多いので、何とか成り立っていると思っている。
 あと森さんは自分たちが発行している「谷根千」を配達して店頭に並ぶ夜は、「(内容や記事が)町でふつうに生きている人を傷つけなかったか」あれこれ気になって寝られないという。

そうなんだ。

 掲載している内容や記事が人を傷つけてしまうこともあり得るんだなと思ったのである。このあたりの配慮はホンと大変なんだなと改めて思った。私もたとえ無名なブログで、そんな心配など無用で必要ないかもしれないけど、それでもこの点はちゃんと気をつけないといけないなと思った次第である。

 もう一点は、たぶん森さんがやっておられる「谷根千」の人気を支えているのは、かつてどこでもあった町並みとそこにある“人情”がここに残っているから、それが支持されているのだろう。人を懐かしませるのだろう。その“人情”について書かれている文章が気にかかる。

 路地の調査をしたとき、“人情”とは非歴史的なものではなく、地方から出てきた根なし草同士、助け合い融通しあわなければ生きていけないという、すなわち“まずしさ”こそ根底にあると学んだ。いきが意地と媚態とあきらめのブレンドならば、人情は貧しさと孤独とええかっこしい(あるいは他人の境遇への察し)で成り立っている。
 貧しいからこそ、狭い路地においしい煮物や揚げ物の匂いをふりまけば他人にも分けざるを得なかった。故郷から芋や豆がどんと届けば隣り近所にも配った。ベビーシッターや老人介護の家政婦を雇えないから、路地中で面倒を見た。植木の手入れのうまいひとはよその鉢にも水をまき、器用な人はよその家の縫物もし、棚を吊った。

 少し前まで私たちは人に厄介になり、迷惑をかけることをおそれなかった。そうしなければ生きていけなかった。

 ところがそうした人様の手を煩わすことをお金で換算することをやり始めた。お金を払って人様の助けを求めるようになった。逆に言えばそれだけみんながリッチになったということかもしれない。あるいはつい最近まであった誰でも自分は「中流」という意識が持てるようになったから、お金を払って、そうした人様の手を借りることにしたのである。お金を払って人様の手を借りれば、それはビジネスとなるわけだから、ある意味煩わしい関係や引け目など持たなくて済む分、楽といえば楽である。
 ところが経済が右肩上がりである時はそれが成り立つけれど、不景気になって、中流階級が没落し始めると、それが出来なくなる。これが今私たちが抱えている問題なのだ。助けが欲しいのだけれど、一度お金に換えてしまった助けを、無償に戻すことがなかなか出来なくなっている。だから昔あった人との関係、ご近所関係を懐かしむのだ。本来そうした関係はお金で換算してはいけないものだったのだ。ビジネスにしてはいけないものだったのだ、と気がついたのはいいけれど、もう遅い。多分今は後悔と回帰に人々は悩み苦しんでいるような気がする。
 今建物や公共施設のバリアフリーがやたら叫ばれているけれど、それだって考えてみれば、昔だってお年寄りはいたし、身体の不自由な人もいたはずなのに、何故今だけそう声を上げて叫ばれるのだろうか。もちろん急速な高齢化が大きな要素なのだろう。
 それが出来るならそうすればいいけれど、そうしなくても困っている人を助ける気持が誰でも持てる社会であれば、かなり問題は解決できるような気がする。少なくともちょっと前まではそうだったはずだ。森さんは「大切なことは施設の形式的なバリアフリー化などではなく、こうした“心の隔てのなさ”なのだろう」と言っているが、“人情”とは無償の人の“心の隔てのなさ”で成り立っていたと思い知るのである。


評価
★★


書誌
書名:その日暮らし
著者:森 まゆみ
ISBN:9784087462913
出版社:集英社 (2008/04/25 出版)集英社文庫
版型:243p / 15cm / A6判
販売価:499円 (税込)

2010年06月05日

森まゆみ著『寺暮らし』

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 また森さんのエッセイを読む。この本は森さん親子が本郷の駒込町にあるお寺の境内にあるマンションの一階に引っ越すところから始まる。マンションといっても内装は純和風で、境内にあるため、まわりは木々が茂り、静かな所みたいだ。ここで森さんは娘と息子二人の四人で暮らすのである。旦那さんとは離婚している。だからここでは“夫であった人”という表現で出てくる。私はこの言い方がちょっと気になってしまった。別に言い方に文句をつけるつもりではなく、“夫であった人”といって、別れた夫のこと言える森さんをその人はどう思うのだろうか、と思ったのである。すでに過去形でしかない自分を知ったとき、一抹の寂しさみたいなものはないんだろうかと思ったのである。もっともこれは男の側に言い分であって、「だから」と言われたら、次の言葉など出てこないのだけれど。それに女手一つで子供三人を育てるのは大変であろうから、それどころではないだろう。
 ただこの本は生活の厳しさといった匂いは省かれている。それは森さんの文章が生活していくその中で起こること、人との関わり、自然の移ろいなどに重点が置かれているからだろう。子供たちも子供らしく育っていくし、それを見守る母親として森さんがそこにはあり、そんな日常をさりげなく描写している。
 町がそうさせているのかどうかわからないが、人との関係がやさしいのがうらやましい。ものすごく自然なのである。人の生き様、死に様が、何というのかな、とにかく“豊か”なのである。それはお金で生まれたものでなく、本来人が持っていたものの豊かさと言える様な気がする。お金で生まれた豊かさじゃないから、ある意味“きれい”なのである。
 そういう人たちと交流を持っているものだから、森さんも都会の生活の中で人とのしがらみから生まれる、見苦しい部分を、ふと考える部分がいい。
 たとえばお寺で行われる葬式で、それを眺めて、「生きている、というのはそれだけでも大変なことだろう」と思う。生きていくだけで小さなもめごとを身体に溜め込み、それが怨念みたいになって行く。逆に自らが他人様の心に小さな怨念を積み上げていることだってあるだろうと思うのである。そして葬式は、一生かかってすこしずつ、そして山のように積もった怨念を洗い流していくように思うのである。
 あるいは「人生の片付けかたについて」では、ある人がいろいろなものを残して亡くなられ、残された人がそれを片づけるのに苦労されている光景を森さんは見る。その時「物を残して死ぬのはハタ迷惑」だと思うのである。これとは対照的に八十を過ぎた頃から身の回りを整理し、「もうじきこの世からいなくなりますから」と言って、身の回りの物を必要とする人にあげてしまう人。
 あるいは妻に先立たれ、妻の文集を作ったり、後片付けして、ある日すっとこの世から消える人もいる。森さんはそうした潔い死に方を目にして、「死ぬ前に片づけることは大切だと思う」のである。
 こういう死に方はいいな、と思う。人は生きていれば様々な物を溜め込んでしまう。所有者が生きているときは、それらは存在価値があるだろうが、その所有者がいなくなれば、それは邪魔者になる可能性がある。
 人はいずれ間違いなく死ぬ。だったら人生の整理もどこかでしないといけないな、とこれを読んでそう思った。さしあたって、私の場合は、この本だな。きっといつか処分しないといけなくなるだろう。


評価
★★


書誌
書名:寺暮らし
著者:森 まゆみ
ISBN:9784087460551
出版社:集英社 (2006/06/30 出版)集英社文庫
版型:251p / 15cm / A6判
販売価:579円(税込)

2010年05月20日

北尾トロ著『全力でスロ-ボ-ルを投げる』

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 気がついたらだらだら読んでいた。トロさんの本はちょっと過激なことや冒険的な行動が魅力で、それが面白くて一気に読んでしまうのだが、今回それが影をひそめている感じがしたのだ。

 どうしてなんだろう?

 今回の本は大手出版社の文藝春秋で出版されていて、今までの路線にブレーキがかかったのかな、と思ったのである。つまり今までのトロさんのばかばかしく過激なルポや挑戦的な行動をむしろ率先して認めていた出版社からの本では今回ないということである。文春から出すにはちょっと控えてねといったことがあったのかなと邪推したのである。あるいはもともと企画の時点で却下されてしまうから、こうしてゆるいものになってしまったのではないか、と思っていた。
 けれどどうもそれだけじゃないような気がしてきた。過激な企画、冒険的な企画に影をひそめたのは、トロさんの“年齢”があるのではないかと思いはじめたのである。若い頃のトロさんなら、その若さ故、出来たことや、無謀さが、年齢を経たことでそれが体力的に出来なくなった。あるいは気持の上で躊躇するようになってしまったのではないか、と思ったのである。
 これは、トロさんのほぼ同じ年齢な私に取っても、深く納得する部分があるのだが、一方で歳をとることで、それが出来なくなったということを突きつけられているようで、どこか砂をなめるような気分にもなった。若い頃のトロさんの本を読んでいるだけに余計であった。
 それは仕方のないことなのかもしれないが、やはりどこか寂しい。今まで若さ故の無謀さを笑ってきた。若さ故の“けっ!”という発想が面白かったのに、それが今度は歳をとったことで出来なくなったと実感する記述が多くなった。そのことは我々が日々実感していることであって、改めて突きつけられれば、おいおい勘弁してくれよと言いたくなるのである。せめてトロさんだけは過激なオジサンであって欲しいと思うのである。多分この本が今までの路線で押し通せなかった理由はここにあるのだろう。だいたい書名からしてそういう雰囲気が漂っている。
 笑いが呆れた笑いから、悲しい笑いに変わってしまっている。たとえば、すごく腹が減っていて、蕎麦屋に駆け込んで「カツ丼!大盛りで!!」と何の迷いもなく、今までの流れで当然注文したのに、異変を感じる。

 ところが食べ始めてしばらくすると、ぼくを異変が襲う。メシが思うように入っていかないのだ。気持は前向きなのに、中盤あたりですでに満腹感がある。味に問題はない。むしろうまい部類だろう。
 おかしい、こんなはずじゃ・・・・。あせって箸を動かしてみるが、どうにもならない。そして、とうとう1/3ほど残すはめに。 ショックだった。
 食べ残したことにではない。大盛り?軽くイケルよ、と思っていた気持ちに肉体がついていけてないことにである。そのときはすぐリターンマッチに挑んで強引に雪辱を晴らしたのだが、かつてのような爆発的な食欲は二度と戻ってこなかった。

 他にも集中力が落ちていること、徹夜などうっかりすれば、翌日は使いもにならないこと。改札を通ったところで電車はホームに滑り込む気配がしたので、OK、余裕だよと階段を駆け上がるのだが、目の前でドアが閉まり、シャットアウト。驚くほど息が上がっている。視力も落ち、老眼鏡を買わざるを得なくなったことなど、ここには気持は若いのだが、身体が思った以上に衰えていていることを思い知らされる現実に、戸惑いを感じる記述が多いのだ。

 とまあ、年々若さとは距離が大きくなるばかりなのだが、ときどきそのことを忘れてしまうのである。普段はそんなことはない。おとなしくしているんだけれど、周囲の状況や自分自身の盛り上がりによって、“気分は18歳”になってしまうのだ。

 と、現実はこの通りなのだが、それを少しずつ実感し始める一方、まだ完全に自分が“オジサン化”していることを悟りきっていないことも、逆に憐れさを感じさせる。思わず“わかる、わかる”と賛同してしまうところもあるのだが、その分寂しさも伴うのだ。これ、結構やりきれない。人間こうして歳をとっていくんだろうなと思わせるけれど、今はそれを素直に受けいれられない自分がそこにある。多分トロさんもそうなのだろう。
 だからそうした体力の衰えが、トロさんの視線を優しくしてしまっている。対象に同情さえ感じてしまっている。それが面白くない。無茶振りだけど、そう思う。
 後はトロさんの記述の仕方を楽しむしかないのか。あるいはたとえトロさんがオジサンになっても“気分は18歳”という視線での企画に期待するしかないのか、と少々悲しくなってくる。頑張って欲しいな。家族や子供の記述が多くなってきているのもやむを得ないのかもしれないが、これもほどほどに願いたい気分だ。


評価
★★
 

書誌
書名:全力でスロ-ボ-ルを投げる
著者:北尾 トロ
ISBN:9784163725901
出版社:文藝春秋 (2010/05 出版)
版型:303p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2010年05月05日

イアン・サンソム著『蔵書まるごと消失事件』

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 この本先に読んだ滝田務雄さんの『田舎の刑事の趣味とお仕事』と一緒に買った本である。個人的にこうした書名が付くと触手が伸びてしまうことは以前にも書いたような気がするが、今回もそれ以上の理由はない。なんか面白そう!と思ったのである。が、どうもテレビのドタバタ番組を見ている感じがしてしまい、書いている側が楽しんで書いているのは分かるのだが、読むこちらはちっとも楽しめずいた。有名な著作の本、特に最近話題になった本が出てくるのだけれど、なんか強引に結びつけた感じがしてしまい、わざわざここで持ち出すまでもないような気がしてしまった。むしろ、何とか気を引こうとして、そうした話題性のある本を引っ張り出しているような気さえしてしまった。どこかうざったいのである。
 そんな気持ちで読んでいたから、この本を読んでいる途中に、気になった本がいくつか出版され、あるいは別の本を読みたくなり、そっちに浮気した。そんな関係で、この本自体は大分以前に読み始めたのだが、やっと今日読み終えた。まぁ、正味読んでいる時間はそれほどでもないのだが、単に一冊読み終えるのには時間がかかったことにはなる。
 要するにだらだら読んでいたわけで、その程度の本と思ってもらっていい。この本の解説者が友人や知人に「この本面白いわよ」と勧めたいと書いてあったが、そうかな?と思ったわけである。
 というわけでどうやら続編が出そうだけど、この本も先の本同様、“これで打ち切り!”とする。
 さて、一応読んだ以上その内容など書いておかないとならない。こんな本でも読んだよ、という備忘録として意味もあるので。

 主人公のイスラエル・アームストロング青年はあこがれの図書館司書の仕事に就くべく、ロンドンから北アイルランドの田舎町タムドラムに来た。しかし勤めるべき図書館には図書館閉鎖のお知らせの張り紙があった。そして町が用意した彼の代わりの仕事が移動図書館の司書であった。ところが移動図書館の車に積むべき図書館の本、一万五千冊の本が消え失せていたのである。イスラエルはその本の行方を捜すことが、まずここでの重要任務となる。
 本はどこへ行ったのか?それとも誰かが本を盗んだのか?イスラエルは移動図書館の車を運転していたテッドやイスラエルの前の司書、あるいは町が図書館運営をしたくないから、役所が関わっているのか、拙い、そして単純な理由から犯人らしき人物を疑うが、すべてあざ笑われる結果となる。そして最後に町の古物商が図書館の本を盗み売り飛ばしたのではないかと、その古物商の倉庫に忍び込むが、盗品は見つかるが、肝心に図書館の本は見つからなかった。
 結局図書館の本を盗んだのは町の住人たちであった。彼らは町が図書館を閉鎖することは、住人たちの図書館を取り上げることだと考えていたのである。だから本まで取り上げられてはかなわないと思い、その蔵書を盗み、住民みんなで密かに別の図書館として管理していたのであった。
 これ、だいたい見えていた。多分そうじゃないかと読み進めるうちに感じていたので、やっぱりと思った次第。


評価
★★


書誌
書名:蔵書まるごと消失事件―移動図書館貸出記録〈1〉
著者:イアン・サンソム 玉木 亨【訳】
ISBN:9784488297022
出版社:東京創元社 (2010/02/26 出版)創元推理文庫
版型:461p / 15cm / A6判
販売価:1,260円(税込)

2010年04月23日

滝田務雄著『田舎の刑事の趣味とお仕事』

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 この本と今読んでいる本はお茶の水の丸善で購入した。買った理由は丸善の人が書いただろうと思われるPOPにつられてしまったからである。それを読んでいてなんか面白そうと思ったのである。しかしこの本にしても、今読んでいる本にしても、だまされた感じが拭えない。今読んでいる本のことは次に書く予定だから、それは置いといて、この本のことを書く。
 もともとこの本は“東京創元社・ミステリ・フロンティア”で発売されたようだ。多分このシリーズは新人作家の作品を出版するシリーズなのだろう。それにどちらかといえば、ライトノベル系で、その時点で私には向いていない。確か大崎梢さんの本もこのシリーズ出ていたはずだ。
 この本の紹介に“脱力系ミステリー”とある。なんだこの“脱力系ミステリー”とは、と思って読んでみるとなるほどと思える。こういう中途半端な笑いを言うんだなと分かる。
 確かに今売れっ子の作家も、新人時代があったわけだから、たとえ今、重みのあり、言い回しのうまい表現が出来る作家であっても、新人時代からそうであったわけでもないかもしれない。けれどやっぱりそれなりに評価される作家は、やはり新人時代でもその片鱗があるように思える。
 ところがこの本では、どうもうまく話がつながらないところがある。しかも無理なだじゃれを使い、更にウケを狙った表現や、今風を装う人物設定には、いささかうんざりしてしまった。笑えないコメディアンのコントを見ているものである。それを見ていて薄ら寒い感じがするのと同じな感覚を味わった。笑うに笑えない。唯一笑ったというか、同意出来たのは「犯罪とパイナップルの載ったハンバーグの次に許せないことです」と言ったフレーズだけ。そう、私もパイナップルの載ったハンバーグは許せない。
 やっぱりこれには無理がある。作家に技量がないと、田舎(どこだかよく分からないけれど)にミステリーを設定すれば、どうしてもこの程度話になってしまう。それではまずいかなとなれば、登場人物に変わったキャラクターを持たせることで、話を面白くするしかない。それを面白と思うかどうかにすべてがかかってきて、少なくとも私はちっとも面白くなかったのである。主人公の田舎の巡査部長がオンラインゲームにはまり、美少女を演じ、その部下がその美少女に恋しちゃう設定は笑うに笑えない。
 無理な田舎らしさも、うざい。田舎だからこの程度の事件しかありませんから、それで笑って下さいね。謎を解いて下さいね、というのは如何なものかと思う。どこか都会の生活に疲れた人が田舎の生活に憧れるところを誘い水にして、わさび泥棒、まわりに何もないコンビニでの立てこもり事件、カラス騒動など、田舎らしさを出しているんだろうけど、それもどうかなと思った。(実際私はそれでだまされたことになるのだけれど・・・)

 確か昔この丸善のPOPを見て“面白そう!”と思って買った本が、ちっとも面白くなかったはずだ。それに懲りたはずなのに、まただまされてしまったわけだから、バカなのは私なのだ。というか、丸善のPOP担当者と私の感性にかなりのギャップがあるということを自覚すべきなのかもしれない。


評価
★★


書誌
書名:田舎の刑事の趣味とお仕事
著者:滝田 務雄
ISBN:9784488499013
出版社:東京創元社 (2009/09/30 出版)創元推理文庫
版型:270p / 15cm / A6判
販売価:672円(税込)

2010年03月30日

大沢真幸編『アキハバラ発 ― 〈00年代〉への問い』

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 つい最近までNHKでやっていた「ブラタモリ」で秋葉原界隈を紹介していた。そこでタモリは秋葉原を「過去を振り返らない街」と称していた。つまり秋葉原が次から次へと何か新しいものを発信し続け、街自体もそれの伴い古いものを捨てて新しいものへと変わっていくと言いたかったのだろう。確かに街は再開発で大きく変わった。
 だけどそういう言い方が秋葉原に当てはまるかというと、どうも正鵠を得ていないように思える。結構古臭い側面を見せつけるところもある。むしろこの本に寄稿している映画監督で作家の森達也さんの「でもここには何もない。いや正確には、ないのではなくありすぎる。剥離したのではなく上書きされたのだ。過剰な電脳空間の密度に。」の方が言い得ている感じがする。

 2008年(平成20年)6月8日、神田明神通りから歩行者天国で賑わう中央通りの交差点に加藤智大が2トントラックでに突っ込み、歩行者をはね飛ばし、さらに所持していた両刃のダガーナイフで立て続けに切りつけ、7人が死亡し、10人が負傷した。いわゆる「秋葉原無差別殺傷事件」がある。
 この本は犯人の加藤智大が何故こうした事件を起こしたのか?そこにある社会的背景をああでもない、こうでもないと“解釈ゲーム”した本である。正直読んでいて反吐が出る思いであった。加藤が派遣社員で使い捨て労働者であったことでキャリア・アップやモチベーションの保持が出来ない境遇であったこと。あるいは孤独で“非モテ”(もてない男)であったこと。事件を起こす前までネットに自分がこれから行おうとすることを書き込んでいたこと。事件が秋葉原であったことなど、それぞれ彼の背景にある社会的要因を問題点としてあげ、それが日本の現在おかれている社会的状況が危機的状況にあるから、こうした無差別殺人が起こったとする。
 読んでいて悪いのは秋葉原であり、日本の社会システムだと言いきるあたり、どこかおかしい。事件を起こした加藤の資質に一切触れずに、彼がおかれていた状況がこうした事件を起こしたのだから、この点を何とかしないと、また同様の事件が起こると言わんばかりなのだ。
 事件が秋葉原で起こったことに意味があるのだろうか?確かに加藤はネットオタクで常に携帯を握りしめていたし、もしパケット料金契約をしていなかったら接続料だけで毎月80万前後になっていたというから、秋葉原はそれにふさわしいところになるのだろう。けれどだからといって事件が秋葉原で起こらなければならない必然性は見出せない。むしろ加藤が大都会として知っていたのは秋葉原だっただけのことで、もし加藤が多くの人が行き交う他の街を知っていればそこでもよかったはずである。ただそれだけのことであるように思えるのである。

 私は社会というシステムには必ずこうしたシステムにはみ出てしまう人間が出てくるものだと思っている。つまり人間が維持している社会システムというのは万民に完璧なものをまだ見出していないのである。とりあえずこれならいいかなという程度のシステムしか持ち得ないのである。まして資本主義社会では持てる者がいるということは、必ず持てない者が存在することを意味する。搾取する者がいるなら、搾取される人間もいなければならない。つまり今ある社会は相反する立場の人間が存在し、拮抗することを前提としているのである。だから加藤みたいな人間が出てきてもおかしくないのである。そしてそうした人間が出てきたら社会システムはそれを排除してシステムを維持してきただけのことなのである。昔からそうであった。共同体を壊す者、不要な者は共同体から排除されてきたのである。
 社会システムが完璧なものでない以上、加藤みたいに社会システムに折り合いのつけられない人間が出てきても不思議じゃない。極端なことを言えば、そういう人物が出てくることを織り込み済みのシステムなのだ。たとえ加藤のような非正規社員の待遇を改善したとても、今度は違うところで歪みが出てきて、そこにいる人間が今度は事件を起こすだけのことなのである。だから加藤がいた境遇を過大に問題視し、加藤自身の性格や資質を問題にしない発想はおかしい。
 共同体と一緒にいられない人間がいれば、共同体はそれを維持するために、そうした人間を排除してきた。人間社会は昔からそうした人間を粛々と排除してきたのだ。後は共同体のダメージを少なくするために、多少の修正をする。そうだからこそ、そうした修正は後手後手となるのはやむを得ない。
 言っておくが、私は加藤が起こした事件を肯定しているのではない。事件の凄惨さは被害にあわれた方や関係者にはどう言ったらいいのか言葉さえ見つからない。ただ加藤にはそうした事件を起こした罪の償いをさせればいいだけであり、彼の起こした事件をこの本のように社会問題として過大視するのはどうなのかと思うのである。悪いのは社会だという考えにすり替えてしまい、加藤はそうした社会の被害者みたいな扱いはどうなのかなと思うのである。たぶんこういうのは岩波書店が好きそうなテーマだから、こんな本が生まれたのだろう。


評価
★★


書誌
書名:アキハバラ発 ― 〈00年代〉への問い
著者:大沢真幸
ISBN:9784000220477
出版社:岩波書店 (2008/09 出版)
版型:234p / 20cm / B6判
販売価:1,575円(税込)

2010年03月24日

マイ・シュ-ヴァル ペ-ル・ヴァ-ル-著『消えた消防車』

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 私が持っているこのシリーズはこの話で文庫本は終わる。後の5冊は単行本となる。(もちろんこの5冊の単行本も後に文庫になっている)まぁ、これは何の意味もないことなのだが、とりあえずこのシリーズの半分は読み終えたことになる。

 さて話の内容は、まず事件が二つある。一つはストックホルムのアパートで、ピストルで自殺したカールソンという男がいて、カールソンの筆跡で、「マルティン・ベック」と書いたメモが残されていた。ところがマルティン・ベックはカールソンと一切面識がなかった。
 そしてグンヴァルト・ラーソンは依頼されて(詳しい経緯は知らされておらず、ただ助っ人として)ある男のことを若い部下に見張らせていた。その夜は寒い夜で、見張っている警官が凍えそうになっていたので、一時ラーソンは代わってやった。その時男のいるアパートに火花が見え、爆発炎上した。ラーソンが炎が燃えさかる中、アパートにいる人間を捨て身で救助する。
 一方ラーソンに代わってもらった警官は自分が見張っていたアパートが火事になっていることを知って、慌てて消防署に連絡するが、消防署ではその通報をすでに受けているから、もうすぐ現場に着くはずだといわれる。しかし彼が現場のアパートに戻って見ると消防車は来ていない。
 グンヴァルト・ラーソンらが見張っていたのは自動車窃盗の疑いで逮捕され、証拠不十分で釈放されたマルムという男であった。そして火事はマルムの部屋から出火し、彼は焼け跡から死体で発見された。しかし検死の結果、マルムが火事になる前に既に一酸化炭素中毒で死亡していたこが分かる。マルムはガス自殺を図っており、火事はそのガスに引火して起こったものであると最初見なされた。 しかしさらに詳しく調べてみると、自殺したマルムが横たわったマットレスの中に超小型の自動発火装置が仕掛けられていた。つまり誰かがマルムを殺そうと計った同じ晩に、マルム自身自殺していたことになり、火事はその延長で起こったのであった。これで事故が事件となった。
 警察はマルムと自動車窃盗の仲間であったオーロフソンという男を探し始めるが、一向にオーロフソンの行方がつかめないでいた。オーロフソンの消息は火事から遡ること1ヶ月の間ぷっつり途絶えているのでった。
 そしてマルメの港に沈んでいる車が発見され、その中にオーロフソンの死体があった。検死の結果オーロフソンはマルムが死んだ日にはすでに殺されていたことが分かり、マルム殺しはオーロフソンでないことになった。誰がマルムとオーロフソンを殺したのか?
 捜査を続けているうちに事件の全貌が見えてくる。マルムとオーロフソン、そして「マルティン・ベック」と書いたメモを残して自殺した男、カールソンたちは自分たちが属する自動車窃盗組織が美味しいところを持っていってしまうので、組織から自立しようと考えた。が、逆にその組織に殺されたという構図が見えてくるのであった。
 そしてオーロフソンとマルム(先に自殺していたが)を殺した組織の男が再びスットクホルムに入国するとパリから連絡が入る。その時たまたまマルティン・ベックは休暇中であったので、コルベリと若い部下のスカッケが空港に向かった。ところがスカッケが不用意に動いてしまい、コルベリはその男にナイフで刺され、スカッケは銃でその男を射殺する。

 これで物語は終わってしまい、何か中途半端な終わり方であった。せっかく凝ったストーリーをこしらえたのに、この終わり方はもったいない感じでった。残念である。


評価
★★


書誌
書名:消えた消防車
著者:マイ・シュ-ヴァル ペ-ル・ヴァ-ル-
ISBN:9784042520030
出版社:角川書店 (1993/11 出版)角川文庫
版型:425p / 15cm / 文庫判
販売価:693円(税込)

2010年03月11日

阿刀田高著『やさしいダンテ「神曲」』

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 また阿刀田さんの古典解説エッセイを読む。今回はダンテの『神曲』である。これも一般常識として名前は知っているけれど、その内容はどんなものなのか、知らずに今まで来ている。かといって、私がこれを読めるかというと、多分、いや絶対に読み切れないだろう。ということで今まで私が知っている『神曲』以上に、もう少し箔をつけるために読んでみたわけだ。

 さてその『神曲』は“地獄篇”“煉獄篇”“天国篇”の三部構成となっている。そこへダンテが順番に迷い込むところからこの話は始まる。冒頭で、「人生のなかばに達し、ふと気がつくと、私は、まともな道を外れて、暗い森の中に迷い込んでいた」となっているのだ。ダンテが森に迷い込んだ日時もはっきりしている。1300年4月8日の夕刻に地獄に入った。その後煉獄、天国をめぐって翌9日の夕刻にこの世に戻っている。
 どうしてダンテが地獄から煉獄へ、そして天国へと向かうことになったのかは後ではっきりする。とりあえず、ダンテは地獄に入った。しかし一人ではない。案内役がいる。ウェルギリウスである。ウェルギリウスという名前はどこかで聞いた。そうあの「アイエネアス」を書いた人である。どうして案内役がウェルギリウスなのかよく分からないが、知っている名前が出て来るとなんかうれしい。そうか、ウェルギリウスはこの『神曲』でも登場するのか、といった感じである。
 地獄では生前の行いによって、様々な苦しみを与えられているダンテ以前の歴史上の有名人や貴族、聖職者、教皇などが登場する。まぁ生きているときに、悪行や暴利を貪っていた人物たちである。彼らはなんでダンテがここにいるのか不思議がるが、ウェルギリウスは「この男は死者ではない。罰を受けに来たわけでもない。見聞を深めるため、地獄の谷をめぐっている。私はその案内役」だと言って、彼らの疑問を解く。
 ここで苦しんでいる人物たちは阿刀田さんによると「往時のイタリア人の知識と教養で死者を断罪し、死者の中にはユダやマホメットのようなビックネームもあるが、多くは(ダンテの知る)イタリア史に限られたネームであり、さらにある部分はダンテが心血を注いだグェルフィ党の立場から見ている、という特徴が明らかだ」という。とにかく歴史上の多くの人物たちがここで苦しみを与えられている。読んでいて、「あんたもそうなの?」と思っちゃう。
 そしてダンテは煉獄へと向かう。煉獄とは死後地獄へ至るほどの罪はないが、すぐに天国に行けるほどにも清くない魂が、その小罪を清めるため赴くとされる場所である。
 煉獄山の山頂でダンテはウェルギリウスと別れる。なぜならウェルギリウスはキリスト教以前に生れた異端者であるため天国の案内者にはなれないからだ。そしてこの後ダンテが昔一目惚れした、ベアトリーチェと出会う。ベアトリーチェとダンテは家柄が違うため一緒になれなかった。ベアトリーチェは他の男と結婚したが、24歳で夭逝してしまう。ダンテはそれを知ってひどく嘆き悲しんだという。ベアトリーチェはここでダンテと次のような会話をする。

 「なぜあなたはここへ登って来たのですか」

 「この人は」

 「神の偉大な恩寵を受け、たくさんの可能性に恵まれていました。でも、よい土壌は逆にわるい種をもはびこらせます。一層わるくなることもあるのです。私は、いっとき、この人に目を向け、この人を導きました。ところが私が去ると、この人は私を忘れ、正道を失い、邪道へと迷い込んだのです。呼び戻すために私は神の霊感を願いましたが、無駄でした。もはやこの人には、地獄を見せ、煉獄を示し、神の真実をまのあたりにさせるほかにないと考えたのです。ウェルギリウスに涙ながら願ったのです。この人が前非を悔いることもなく忘却の川を味わうならば、神の恵みは破られたことになるでしょう」

 「向こう岸にいるあなた。さあ、答えなさい。懺悔しなさい。あなたの胸に宿るつらい記憶はまだ水に流されたわけではありませんよ」

 「はい」

 「あなたが進むべき善の道を私が指し示したのに、私が死んでしまうと、道なかばであなたはよそごとに走ってしまいましたね。あなたの道を遮るどんな濠があったのですか」

 「はい。その通りです。あなたの顔が隠れてしまうと、私はさまざまな快楽に誘われ、道を踏み外してしまいました」

 「耳が痛いなら・・・・もし一人前の男なら、顔をあげて、こちらを見なさい。もっと、もっと、厳しく後悔しなさい」


 結局こういうことなのね、といった感じであった。ダンテ自ら道を踏み外しそうになっているのを、昔一目惚れしたベアトリーチェに諭され、懺悔するということなのである。それを長々と道をたどって、もし懺悔でもしなければ、このように地獄で苦しむことになると言っているわけであろう。
 解説本を読んで分かったふりをするのもおかしな話だが、まあこういう話だということで、それだけでも知っただけ、ちょっと知識が増えた。


評価
★★


書誌
書名:やさしいダンテ「神曲」
著者:阿刀田 高
ISBN:9784048839860
出版社:角川書店 角川グループパブリッシング〔発売〕 (2008/01/31 出版)
版型:295p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2010年02月24日

山口治子著『瞳さんと』

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 この本は山口瞳さんの奥様治子さんから、山口瞳さんとのなれそめから、夫婦生活、そして別れまでを聞き書いたものである。一応便宜上山口治子著と書いてあるが、あくまでも便宜上そうしたまでである。

 私にとって、山口瞳という人は『男性自身』がすべてであった。この30年以上も続いたエッセイが好きで、週刊新潮はよく読んでいたのである。どこかで書いたかもしれないが、『男性自身』は昭和38年(1963年)12月2日号から始まり、平成7年(1995年)8月31日号まで1、614回、一度も休みなく続いたエッセイである。
 山口さんは平成7年8月30日に亡くなられた。この日は水曜日であった。そして週刊新潮は毎週木曜日が発売なので、もし山口さんが8月31日以降亡くなられたら、連載を休載していたことになる。だから『男性自身』は連載開始から一回も休まず書かれたことになる。
 この本を読むと、もともとこの『男性自身』の原稿は1回3万円で、月4回で12万円になるので、それで生活の保証ができた。だからそれでそれまで勤めていたサントリーを退社することができ、作家として独り立ちできるようになったらしい。連載開始から新潮社にこの原稿を書くことで生活の保証のお墨付きをもらったからできたことなのだろう。
 しかしだからといって、いい加減な気持でこの連載を続けてきたわけではない。

 「一週間をなんとなくすごす人もいるけれど、一週間のうち全力投球できる場を持っていることを幸せとしなければなりません。僕にとって『男性自身』は大河小説なんです」

 と『男性自身』を書きつづける意味を山口さんは言っている。つまりそれだけ力を入れていた。だから「『男性自身』を書かなければ、山口瞳はもっといろいろな短篇を書けたはずだ。あの中には、短篇の原石のようなものがたくさんつまっている」と言われたのである。

 私は自分の好きな作家が亡くなり、奥さんなどがその作家について、夫婦しか知らない姿を書かれたものを読むのが好きで、今までも結構読んできた。だいたい男というものは、世間体がいいから、本当はどうなんだろうと思う。もうちょっと、生々しい姿があるはずだと思うのだ。だから今回もそんな気持からこの本を手に取った。二人出会いから、生活のあり方、当然作家として独り立ちできるまでの間の苦しい生活、夫婦間や家族との葛藤など、人間味ある姿を知りたいのだ。
 山口瞳さんの母親の生家は遊郭であった。このことはどうやら母親は長いこと隠していたようであるが、そこに流れる血は山口瞳さんにも流れており、そこが原点であった。
 また山口さんの父親も山師みたいなところがあって、景気のいいときはお大尽様みたいな生活をする一方、金に無頓着な部分もあって、その没落も早い。浮き沈みの激しい人生を送っている。そういう両親を持ったためか山口さんの生き方には、一般人とは違う価値観があるように思える。山口さんには“遊び”に徹し、破滅の臭いを放しつつ、一歩手前で止まるようなしたたかさやルールを求めるところがあるが、それらはこんなところから生まれたのかもしれない。こういう生い立ちがあったからこそ、礼儀作法や生き方の指南など、山口さんが書かれるもに妙に説得力を感じるのかもしれない。それまでの苦労が生々しいから、その中で生き抜かれてこられたから、そうした立場に立った人には、いい励ましとなるのだろう。

 全体に奥様は山口さんに対して、いつまでも少女のような思いを持たれていて、山口さんとの昔を語るときでも、好きで好きでたまらず、それで嫉妬したことなど書かれていると、なんか素直でいいなあと思った。
 山口さんが昔京都市立病院に入院したとき、奥様に宛てた手紙の中に次のように書いている。

 「ぼくは幸福な夫だ。それから、きみは世界でいちばん素適な夫を持った妻なんだよ。信じてください」

 こんなことなどそうそう書けるもんじゃない。山口さんだから書けたのだと思う。でもなかなか素適な文句だと思う。だから奥様も山口さんが亡くなられても、「瞳さんのことが好きで好きでいっしょにすごしてきただけの私でしたが、私の一生は幸せいっぱいだったと思います」と書けるのだろう。


評価
★★


書誌
書名:瞳さんと
著者:山口 治子 中島 茂信【聞き書き】
ISBN:9784093876124
出版社:小学館 (2007/06/09 出版)
版型:271p / 19cm / B6判
販売価:1,680円 (税込)

2010年02月09日

阿刀田高著『Vの悲劇』

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 古い阿刀田さんの推理小説を読む。この本は講談社創業八十周年記念推理特別書下ろしで、当時日本で活躍する推理作家を集めて、シリーズにしている。帯によると、阿刀田さんが本格推理に挑戦されたようだが、はっきり言って面白くなかった。
 というか、この本を読んでいて今まで阿刀田さんの作品にムラがある理由がわかった。私は阿刀田さんのエッセイや歴史小説の大ファンなのだが、現代物や恋愛小説を読むと、どうしてこうも面白くないのだろうかと思っていた。どこか無理みたいなものを感じてしまっていた。それがこの本を読んでやっとわかった。
 この本の主人公は庄野安津子という30代の主婦で、不倫相手に会いに行った先のコテージの箪笥の中から愛人の男の死体を発見してしてしまうところから始まる。不倫相手は安津子の友人の夫であった。
 当然不倫相手の死体から、証拠を残さずその場を去らなければならないし、警察の捜査が自身に及ばないように、あれこれアリバイを作り上げる。一方で、何で相手の男が殺されたのか、その理由を知りたくなる。安津子がそのコテージついたとき、覚えのある香水の香りがかすかにする。男は安津子が来る前に他の女と会っていたことを確信するが、そこから安津子の両親の過去、特に父親の過去が段々事件に関係していることがわかってくる。
 まぁ、ストーリーとしては平凡単純なのだが、それよりも主人公が女性なのに、関係者と会って事件を考えるとき、あるいはあれこれ推理するとき使われる言葉が、妙に馴染まないのだ。無理に女言葉を使っているという感じが拭えなかった。ただ感じたり、考えたりするときに、女性でもここまで女言葉を使うだろうか、と思ったのである。いくら主人公が女性だからといっても、もっと断定的な言い方をしてもちっともおかしくないような気がしたし、その方が自分の言葉としてしっくりくるような気がしたのである。
 これは明らかに男性作家が女性の描いたという、無理がそうさせているような気がした。そして私が阿刀田さん作品で、違和感を覚える作品は、そのほとんどが女性が主人公になっている場合じゃないか、と思ったのである。
 それを発見したとき、この人は女性を描くことはうまくないのだな、と思ったのである。女性らしい機微を自然に表現できない人ではないかと思った。その不自然さが妙にひっかかってしまうのだ。そのため読後どこかざらざらした感じが残ってしまう。トリックもアイデアが先走っていて、人間関係も陳腐で、話の展開も強引であったため、これはきっと失敗作だと感じた。
 

評価
★★


書誌
書名:Vの悲劇
著者:阿刀田 高
ISBN:9784061939837
出版社:講談社 (1989/06/28 出版)
版型:294p / 19cm / B6判
販売価:入手不可

2010年02月02日

有本紀明著『スペイン・聖と俗』

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 個人的なことを書けば、私は大学時代ヨーロッパ中世史に興味を持っていた。その関係で、778年シャルルマーニュのスペイン遠征から始まるレコンキスタ(Reconquista)というキリスト教国によるイベリア半島の再征服活動に興味を持っていたし、さらにサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼なども一時興味があっていくつか調べたことがあった。
 さらに大航海時代を走った国、その後の南米などへの植民地政策を進め、スペイン・ハプスブルク帝国による「太陽の沈まない国」とまで言われたこの国の面白さは今でも興味がある。もっと言えば、ゴヤやベラスケスといった宮廷画家のしたたかさなど私が知っているだけでも、今でも興味が尽きないところがある。かなり昔読んだ五木寛之さん『戒厳令の夜』などあれも三人のパブロフなど、あれも面白い作品だっただけに、連想して思い出す。
 この本は司馬遼太郎さんの『街道を行く』の中で紹介されていた本で、その中でなかなか興味深い本だと司馬さんが書かれていて、それで買った。
 読んでみて面白いなと思ったことはスペイン人が持つ民族性がその歴史から生まれたことがうまく書かれていて、なるほどと思った次第だ。イベリア半島にあるこの国は古来様々な民族がこの地を通ってきて、中には定着し、追い出されいった。ユダヤ人、ギリシア人、カルタゴ人、ローマ人、ゲルマン人、イスラム教徒等である。中でも、キリスト教徒とイスラム教徒の闘争は、最後にキリスト教徒の勝利で終わったことにより、この国がカトリックの守護国を任じ、伝統的主義の立場を取るようになって行く。ガチガチのカトリックであるこの国ならではの凄まじい異端審問の嵐が吹き荒れたのもそうした歴史的背景があったからだ。

 「スペインが成立の時点からさまざまの要素の混合であることは前に見た通りである。特にユダヤ人、モーロ人とキリスト教徒の葛藤はスペインの歴史に、またスペイン人自身の肉体的・心理的特質に消すことのできない刻印を押している。キリストとマホメットの宗教戦争でスペインが条件づけられたように、ここから正統と異端という根本的二率背反が生まれた」

 言ってみれば血の純潔をカトリックという立場で主張するとこういう歴史になっていったと言っていい。血の清浄を求めるがために、社会が歪んでいった。スペインが「太陽の沈まない国」から没落して、その他のヨーロッパ諸国が近代化の道に進んでいるのに、遅れを取った理由もここにある。
 そしてスペイン人がスペイン人であることのアイデンティテーを求める余り、その民族性にも固定化が生まれていく。この本の「スペイン人罪」という章は、スペイン人が持っている気質を語っていて面白いのだが、そこにはスペイン人の自己中心的で、傲慢であり、特殊な超越主義で、私は私であることを徹底的に主張しつづける姿が例を挙げて書かれている。そのため外国文化に対する無関心でさえある。一方でというか、だからというべきかその妬みと嫉妬の激しさも指摘している。

 「妬み、不服従、それに不和はスペイン人の烙印である。だからその産物である分離指向という癌、救世主的狂気、てんかん性政治的反動、またその社会的構造の停滞ということも容易に理解できよう」というカミロ・ホセ・セラという人の言葉をここで著者は挙げている。
 ベラスケスが描く王一族の肖像画を見ていると、本来ならその華麗さを前面に感じていいはずのもが、どこかそこに描かれる人物たちのグロテスクさを先に感じてしまうのも、あるいはゴヤのように最高地位の宮廷画家であって、一方であのような風刺画や版画を描くのが、何となく理解できそうな感じがしてくる。ピカソやダリの自己主張の強さ、あるいはあくの強さもスペインでしか生まれなかったのではないかとさえ思えてくる。あるいは日本史で登場するイエズス会にしても、あの融通に気かなさはこのあたりに求められそうな気もしてしまう。
 ただこの本が書かれたのが今から約30年ほど前だから、今はだいぶ変わってはいるのだろうけど、でもテロの話は度々耳にするから、どこかはこの当時と変わっていない部分があるのかもしれない。余裕があるならもう少しスペインについて知りたいところである。


評価
★★


書誌
書名:スペイン・聖と俗
著者:有本 紀明
ISBN:9784140014301
出版社:日本放送出版協会 (1983/01 出版)NHKブックス
版型:248, / 19cm / B6判
販売価:入手不可

2010年01月28日

池澤夏樹著『異国の客』

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 もう一冊買った池澤さん本を読む。池澤さんの文章が自分には合わないなと思いつつ、前回読んだ。しかし読み切ったら、今度は慣れたものだから、文章の内容がスムースに入ってくるようになった。
 今回池澤さんがフランスのフォンテーヌブローに移住して、この地から見える世界情勢に言及する部分は政治的意見が強く現れている。日本から離れて自らの国の政治やマスコミの姿勢を批判する。あるいはアメリカのブッシュ政権の姿勢、特に9.11以降の軍事的姿勢に強く反応している。それはそれで正論なのだろうけど、私は池澤さんがこんなに強く政治的意見を強く主張する人とは思っていなかったので、少々驚いてこの本を読んだ。そしてそうした政治的意見より、もっと違う部分を期待していただけに少々興醒めな感じが否めなかった。
 私が期待していたのは、池澤さんがフランスのフォンテーヌブローに移住されて、どうヨーロッパを自らに中で消化していったかを知りたかったのだ。フォンテーヌブローの地域性やヨーロッパの歴史、更にヨーロッパの人々の心性にどう感じたかを、その方に興味があったのだ。
 もちろんそこで暮らしているわけだから、ヨーロッパの人々の心性に触れないわけにもいかないし、ヨーロッパで直に感じることも当然ある。そっちの方が私には興味があるのでそれを書き出してみる。
 たとえば食材について。様々な地方特産の食材があるのだが、「ワインやチーズについて言えば、製造そのものに時間がかかる。本来の品質を維持するのが作る立場の人たちの面目であって、客の方も新製品というだけで飛びつきはしない。全体として現在を構成する要素の中で過去が占める部分の比率が高くなる。過去という重い荷を負っているから急カーブは曲がれない。その必要はないと人々は思っているらしい」
 頑なにその製品を作り続け、製品の品質にこだわる姿勢がそこにあり、消費者もそれを求める。新しもの好きで、安ければ、農薬が入っていても買ってしまう日本人には頭が痛い。
 街の景観維持にしても、「なりゆきとか、はびこり放題とか、そういう緩い部分、放任された部分がない。そして住民の総意に個々人の好みが反映される余地は少ない。
 つまり、全体と個人の発言権において、全体がずっと強いということだ。ある意味では言葉の本来の意味において『社会』主義である。社会そのものが主役。フランス革命で『自由、平等、友愛』を謳った国おいて、実は『自由』は勝手放題を意味するわけでなかった。むしろ自由と規制がせめぎあう前線がはっきりと見える。規制によって自由が際だつと言っていい」と池澤さんは言う。まぁこれも日本ではよく言われていることで、歴史的価値がある建物であっても、生活しづらいとなれば、簡単に壊してしまうお国柄とは違う。街の景観など一切お構いなく、勝手に自分好みの家を建ててしまう国には、結局理解できないことなのだと思う。たとえそれが頭の中にあって、一様の理解をしていても、個人を主張して憚らない。それが自由だと勘違いしているのである。

 さてこれ以外に私が興味深かった記述は三点ある。一つはローマ法王ヨハネ・パウロ二世の死に接し、ヨーロッパの人々が悲しみにくれる姿を見て池澤さんが感じたことである。池澤さんは次のように言う。

 「法王はおそらく、遠い神と心弱い信徒をつなぐ仲介者の一人なのだろう。神は絶対であるから、いかなる意味でも具体的でないから、日々個人の心からは遠くなる。『創世記』に言うように神は『言葉』である。つまり言葉で定義されるものであって、実体ではない。旧約の神は厳格な妬みの神であった。素朴な人々が父と慕おうにも手がかりが少ない。だからキリスト教では、まずキリストが神と人を仲立ちし、それでも届かないところは聖母マリアが取りなし、それでも残る隙間を多くの聖者たちが埋める。そして、法王をはじめ司教も司祭たちも、この神との遠い距離を仲立ちするものとしてある。
 人は生きた人を愛することはできるけれど、抽象を愛するのはむずかしい。神に顔を与えるために、尊厳を損なうことなく相貌を与えるために、村の教会の神父に始まって天に到る長い連鎖がある。そして法王はこの連鎖の人間界側の最終的な束ね、いわば砂時計のようなくびれのような存在、ではないのか?不信心者の憶測ではそう見える」

 この記述はうまいなと思った。キリスト教の本質が理解しがたい我々みたいな者は、キリスト教がどうしてこれほどの信者を獲得することができたのか、いや信者の心を捉えたのかその構造をうまく言い表していると思ったのである。

 もう一点が、須賀敦子さんのシャルトルへ巡礼の旅についての記述である。須賀さんが長いこと歩いてやっと大聖堂の針の先のような尖塔が見えたときの感動を語っている部分がある。私はミラノの大聖堂の記述に以前触れたことがあるが、とにかく長いこと歩いてきて地平線から教会の塔の先が見えたときの感動は、言い表せないほどの感動を呼ぶらしい。私はその感動を多分中世の旅人も味わったことだろうとも書いた。池澤さんも車であったけれど、その感動を味わったことが書かれたいた。

 「フランス国土は全体としてとても平らだ。ごくわずかな起伏を越えて広大な畑の真ん中をまっすぐ伸びる道を車で走っていると、次の集落の印として最初に目に入るのが、たいていの場合、教会の塔である。水平という原理が優越する空間でもっとも垂直的なものが教会なのだ。ぼくがシャルトルに行った時も、東側から近づいてまず地平線に見えたのが二つの塔だった。車を運転していたから拍手はしなかったけれど、(須賀さんたちはそれが見えたときいっせいに拍手が起こったと書いている)しかしそうしたいくらいの感動はあったと思う」

 と書いている。こういう描写を読んでいると、私も同じような場面にいたいなと思う。
 最後の一点が、ラ・トゥールである。まさかここでラ・トゥールが出てくるとは思わなかった。(これだから本を読むのは楽しい)池澤さんがロレーヌ地方を旅していて、市内の美術館に入った。「一枚の絵が目に入った。近世から近代の絵を並べた一角で、それだけが際だっていた。他の絵が照明によってようやく見えているのに、その一枚だけは自分で光を放っているかのようだ。二人の人物が描かれているだけの単純な構図に、見る者を引き込んで放さない力がある。ぼくはしばらくの間、そこを動けなかった」と書いている。
 池澤さんが見た絵は「妻に嘲笑されるヨブ」であった。私はラ・トゥールの「大工の聖ヨセフ」に魅せられた。ちょうど上野でそれが展示されていたので、すぐ見に行ったのである。ここでは子供であるイエスが持つローソクの火がその絵を際だたせ、そこから外に向かって、見る者に光を放つような衝撃があった。そしてこの「妻に嘲笑されるヨブ」も確かローソクが効果的な魅力を醸し出していたはずだと思った。実はラ・トゥールに興味を持ったとき、彼の他の絵もネットで調べていた。改めてその絵を見てみると、ここでもローソクの炎がこの絵を際だたせているのを知る。


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 池澤さんはその魅力を次のように言う。

 「まずは精緻なリアリズム。蝋燭一本の光で描くという技法が見る者の視線をひたすら細部に向け、そこからこの二人の実在感がひしひしと伝わる」

 「ラ・トゥールではこの二人の人生の一瞬を切り取っている。まるで写真のようだ。絵の中に会話がある。言っている言葉が聞き取れるかのようだ。宗教画一般が真理を求めるために超時間になろうとするのに対して、この絵は永遠を放棄した上で、代わりに一瞬をきっちり捕らえようとしている」

 思わずラ・トゥールの魅力にとらわれた人がここにもいたといった感じで、うれしかった。


評価
★★


書誌
書名:異国の客
著者:池澤 夏樹
ISBN:9784087464689
出版社:集英社 (2009/08/25 出版)集英社文庫
版型:243p / 15cm / A6判
販売価:550円(税込)

2010年01月25日

池澤夏樹著『明るい旅情』

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 風邪が治ったかなと思っていたら、ここのところの寒暖の差が激しい気候に身体がついて行けず、またぶり返してしまった。何故か年明け早々体調があまり良くなく、そのためか読んでいる本が最後まで読み切れずに、投げ出してしまうパターンがここのところ多く、この本もそんな感じになっていた。どこか自分の感覚と合わない。これもダメだなと思っていた。
 この休みはとりあえず休養が必要ということで、ひたすら横になっていた。録画しておいたテレビを見たりしていたのだが、私は長時間テレビを見ることが出来ない人なので、しばらくしたらテレビを切ってしまう。しかし次に何することもないので、読むのを諦めていたこの本を再び読み始める。「まぁいいや。読めるところまで読んでみよう」と思ったのである。
 読んでいるうちに、池澤さんの硬質な文章が頭になじんできて、何とか読める。いやむしろこうしてごろごろしているときに、海外の話は、ちょっとそこへ行った気分になれるので、かえっていいかもしれないと思い始めたのである。
 私が池澤さんのこの紀行文をうまく受け入れられない理由は、この硬質な文章にある。くだらない笑いを誘う比喩など一切ない、ありのままの感想をストレートに書かれるものだから、読む方はいつも緊張を強いられ、長いこと読んでいられないのである。まして今の私にはきつい。それが今の私には向かない理由であった。しかしさっきも言ったように、半ば諦め、半ば我慢していると、その几帳面なほど真面目な文章に“もっともだよな”と思えてくるから不思議であった。

 「どうも人間はものごとの運びをすべて自分たちの意思の表れ、理知的な選択の結果と見る傾向がある。ことがすべて決着した後で、なぜその道を選んだのかと問われたとしよう。問う人の顔には、整然たる回答が返ってきて当然という期待の表情が浮かんでいる。しかし、実際の話、たいていのことはなりゆきというか、多くの力が時をおいて作用し、それら複数の効果の最終的な成果として実現するのではないだろうか。理知の力を信じるのはいいけれども、世の中を動かしているのは人知の制御を超えた無数の力の共同作業である。結婚などという最も人間的な、誤謬に満ちた愛すべき行為を例にして思い浮かべてみれば理解しやすいかもしれない。百人の候補について数百の項目を計測、数値化し、それを統計学を用いて厳密に比較検討した上で相手を選ぶ者はいない。なりゆきというのは美しい言葉だ」

 「誰にとっても現在は楽園ではない。現在には苦い要素がいろいろ混じっている。それでも子供時代のような質のよい過去から苦い要素を時間の作用で洗い流すことはできるし、精神が元気であれば最初から苦い要素を入れない未来を描くこともできる」
 
 「うわついたところが一つもない。完成されている。しかし、若い身でこの国にいたとしたら自分などたまらないだろうとも考える。東京の軽薄もやりきれないが、ロンドンの重厚も決して居心地のいいものではない。英語の言い回しに『バターを口に入れても溶けないような顔をして・・・・』というのがあるが、道行くみながそういう顔をしている。漱石がノイローゼになった理由がよくわかる」

 「ここ何十年かの間にこの国(日本)では社会の重心をずっと若い層にシフトしてしまった。街に出れば若い人々ばかりがあふれているし、商品もすべて若い購買層に向けて開発され、それを買いにゆくと対応に出る店員はみな二十代。社会そのものがかわいいニコニコ顔をしている。それは結構なのだが、実際のサービスは大雑把でいい加減、誰もが無責任、しかもみんなそれが普通だと思っている。若いというのは困ったものだ」

 ロンドンの街のことを書き記したのは、漱石の記述があったからだが、他の3つの文章は私ももっともだと思ったので書いた。いささか几帳面さ鼻につかなくもないが、でも几帳面であるが故に、逆に説得力があると感じた。

 本当ならもう少しまともな感想を書くべきなのだろうが、私はこの著者の生真面目さから、正論を言っている部分が好きになったので、あえてそれだけを書き残した。早く風邪を治さなきゃ・・・。


評価
★★


書誌
書名:明るい旅情
著者:池澤 夏樹
ISBN:9784101318189
出版社:新潮社 (2001/06/01 出版)新潮文庫
版型:246p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

2009年12月30日

トルーマン・カポーティ著『ティファニーで朝食を』

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 どうもよく分からない小説だった。だいたいアメリカ現代文学というのは取っつきにくくて、苦手なのだ。この本は村上春樹さんの新訳ということで買って、読んでみたが、イメージが自分の頭の中でうまく結びつかなかった。
 この本は『ティファニーで朝食を』、『花盛りの家』、『ダイヤモンドのギター』、『クリスマスの思い出』の四編で成り立っているが、やっぱり有名なのは映画にもなった『ティファニーで朝食を』であろう。
 ホリー・ゴライトリーという自由奔放な女性の生き様の一部がここに書かれているのだけれど、この女性がうまく頭の中でイメージできないのだ。はっきり言っちゃうと、「どういう女なんだ」という気持の方が強いのだ。

 「人は誰しも、誰かに対して優越感を抱かなくてはならないようにできている」

 といったしたたかさも身につけている一方で、

 「そして私も彼のことが好きよ。あなたの目には年寄りで、むさくるしく見えるかもしれない。でも彼の心にはとてもとても温かいものがあるの。鳥や子どもたちやそういう弱いものたちには、惜しみなく愛情を注げる人よ。そしてそういう思いやりを受けたら、相手が誰であれ、その恩義は忘れちゃいけない。私はお祈りするときに、いつもドクのことを思っているわ。ねえ、にやにや笑いはよしてちょうだい!」

 といった面もある。もっともこれは自分を相手に引きつけておくための、ホリー・ゴライトリーの処世術の一つとも言えなくないが・・・。
 とにかく好き勝手に、思うまま生きていく彼女に主人公の売り込み作家の僕は翻弄されるのだけれど、私から言わせれば、こんな女を好きになったのだから諦めるしかないだろう。
 映画ではホリー・ゴライトリーをオードリー・ヘプバーンが演じているが、どうもこの小説のイメージとヘプバーンとはまったく違うんじゃないかと思える。そんないい女に思えなかった。まぁ小悪魔的というのなら、これもありかなというところである。


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 個人的には『クリスマスの思い出』がかろうじて理解できたが、それでも面白かったというにはほど遠い。要するによく分からなかったということだけだ。


評価
★★

書誌
書名:ティファニーで朝食を
著者:トルーマン・カポーティ 村上 春樹【訳】
ISBN:9784105014070
出版社:新潮社 (2008/02/25 出版)
版型:223p / 19cm / B6判
販売価:1,260円(税込)

2009年12月08日

阿刀田高著『街のアラベスク』

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 私は阿刀田高さんの本を読むようになってそれほど月日は経っていない。一度おもしろいと思って、それ以来昔の本をせっせと集めて読んでいるのだが、やはり私は阿刀田さんの歴史ものや古典の解説書の方が、現代短編よりおもしろい、と今のところ思っている。もちろん現代物もはあまりまだ手をつけていないので、これから先どうなるかわからないが、どうもこの手の物語はどこかもの足りなさを感じてしまうのである。どうしてもこの話はこのアイデアがあったから書かれたんだなと思ってしまい、純粋に話を楽しめないでいる。今回もそうであった。残念だけど、どこかあざといところを感じてしまったのである。

 今回は東京の“街”がメインになっている短編連作集である。そしてこれらの話に共通するのは、主人公がかつて住んでいた、あるいはそこで昔の恋愛関係があった場所を、ふと今ぽっかりと時間が空いて、どううっちゃっていいのかわからない、半ば中途半端な時間が出来てしまったとき、思い出すところから、だいたい始まる。
 この感覚よく分かる。特に私も五十近くなってから、その傾向がよく出て来る。私の場合恋愛とか昔住んでいた場所ではなく、どちらかと言えば一時関係していた場所といっていいかもしれない。あそこは今どうなっているんだろう、とか、もう変わちゃって、あの建物はないだろうな、とかいった感じである。もちろんそれぞれの場所は私に何らかの関係があった場所ではある。

 「もしかしたら、だれしもがそんな場所を一つか二つ、持っているのではあるまいか。子どものころに、青春時代に、あるいはサラリーマンになりたてのころにサムシングのあった場所。今の生活と関わっているわけではないから、たまに思い出して、
-いつか行ってみるかな-
 でも実際にはほとんど足を運ぶことがない。人生のあちこちに飛び地みたいに点在して、孤立して、そのままになっている場所と時間。近かったり遠かったり。そこで費やした時間も短かったり、それなりに長い歳月であったりして・・・・」

 そう、こんな感じである。かつて何らかの関係があった街は、その関係が現在続いていないこと、つまりすべて過去形になっている分、時間がある程度美化しているところがある。たとえその街で苦しかったこと、悲しかったことが多くあっても、それが終わってしまっているなら、時が「そんなこともあったなあ」と他人事のように思えるようにさせてくれる。あるいは単に思い出だけでなく、妙に輝かせちゃったりしちゃう。

 「ううん。これでいいの。馬鹿な話、聞いてほしかったの。昔はいろいろあったなあ、って。馬鹿なことでも、若いころは、一つ一つ輝いていたわ。あんた、言ってたわね。トイレの百ワットだって」

 「なんだ、それ」

 「無駄に輝いているだけだって」

 そしてそれがある程度歳を行ってくると、そういうことを思い出すことが楽しくなってくる。

 「二年後には五十歳になる。五十歳を超えて、女にも恋のチャンスはあるだろうけれど、実感として詩子には薄い。これからのことより、これまでのことを考えるほうが楽しい」

 まあそれだけ若くなくなったという証明なんだろうけど、それはそれで老後の楽しみの一つと考えていいのではないかと思う。

 この短編集に出て来る街で、新宿十二社というところがある。ここには温泉がある。昔大手町の売店の本屋で働いていた頃、売店仲間でここで忘年会をやったことがある。
 今では温泉の掘削技術が発達しているから、東京の至るところに○○温泉と名をうっているけれど、当時は新宿のど真ん中で温泉なかあるのかと思ったもんだ。真っ黒いお湯が印象に残っている。今みたいスパなんてシャラ臭い名前じゃなくて、「新宿十二社天然温泉」というのもいい。いかにもヘルスセンターみたいなところであった。あの頃は若かったこともあって、飲めないお酒を飲んで、寝込んでしまったようで、気がついたら横で寝かされていた。今はどうなっているんだろうか。当時と変わっているのか、いないのか、ちょっと知りたいところである。


評価
★★


書誌
書名:街のアラベスク
著者:阿刀田 高
ISBN:9784103343257
出版社:新潮社 (2007/12/20 出版)
版型:331p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2009年11月27日

ジャック・ル・ゴフ著『子どもたちに語るヨーロッパ史』

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 この本は著者の『子どもたちに語るヨーロッパ史』と『子どもたちに語る中世』の二編を一冊にまとめた本である。いずれも書名からもわかる通り子供に読ませるためにわかりやすく、簡単に書かれたヨーロッパの通史、ヨーロッパ中世史といったものであり、読む側に多少知識があると、なんだそんなことしか書いていない本かというもの足りなさある。
 著者のル・ゴフはEUの支持者のようで、ヨーロッパが現在一つにまとまろうとしているのを支持し、そうあるべき背景がヨーロッパには元々あるのだから、そうなって然るべきことだという考えが中心にある。またこの人はフランスの中世史の大家であるそうで、中世という時代のそれまであった偏見をなくそうとする意思で『子どもたちに語る中世』を書かれている。

 まずは、『子どもたちに語るヨーロッパ史』から。大体この手の通史を書く場合、まずはヨーロッパの地形的特徴から入るのが王道のようで、この本もそのようになっている。著者が言うにはヨーロッパ大陸は世界の中で一番小さい大陸で、面積は1000万平方キロメートルで地球上の地表面7%を占める。ちなみにアジア大陸は30%、アメリカ大陸28%、アフリカ大陸20%である。それほど小さな大陸だから、人の行き来も他の大陸から比べれば簡単で、古代ローマの将軍は馬に乗ってローマを出発し、ガリア、ゲルマニア、イスパニア、ブリタニアへの遠征を生涯のうち何度も成し遂げたという例を出している。現在でも飛行機がなくても自動車と高速鉄道で簡単に移動出来る大きさなのである。
 さらに広すぎない面積、海が近いこと、比較的平坦なこと、ほどほどに厳しい気候、大部分の土地が良好な経済的適性をもつこと(砂漠はなく、原生林ははるか昔に消失した)などヨーロッパ大陸の特徴といえる点を合わせて考えると、ヨーロッパがほかの大陸とちがって、非常に早くからほとんどいたるところに人が住み、利用されていたことを教える。
 このことからヨーロッパは昔から人の行き来が比較的楽にできたし、河川も日本の川のような狭くて激しい流れの河川ではないことから、その往来を更に楽にする。
 そしてここにはギリシャ・ローマ時代の文化的遺産やキリスト教という宗教がヨーロッパの基盤となり、共通認識みたいなものを生んできた。それでいる民族は違う。共通と個別が同居する地域であることを特徴として言う。だから共通を元にして統一をしようとすると、個別が反発することとなる。ナポレオンやヒットラーが政治的暴力でヨーロッパ統一しようとしても出来なかったのは、そのためであった。逆にヨーロッパは国と国民の自発的意思によって統一出来る証明だというのである。
 現在のEUとしてヨーロッパの国々が一つになろうする一方で、地方の独自性も維持するという姿勢がここにもあることを暗に示している。一つの大陸としての歴史を見ることで、それぞれ個性や地域性はあるにしても、我々は共通の歴史的要素を共有しているから、それを大きな枠としてまとまり、その中で地域性を維持するのがEUの性格だというのであろう。そのためにヨーロッパは未来があるわけだ。
 著者は最後に「どうか忘れないでください。記憶なしではよきことは起こりえないことを。歴史は公正な記憶をさしだすためにあり、そうした記憶こそが過去を通してみなさんの現在と未来を照らし出すのだということを」と言っているが、EUという歴史的実験を可能にするのは歴史であると言っている。

 『子どもたちに語る中世』ではヨーロッパ中世は五世紀から十五世紀までの千年も続いた時代であり、その前後にあったギリシャ・ローマと近世の間にある単に中間の時代で、暴力に満ち、あいまいで無知な<悪しき>時代だったと考える人がいる。しかしそうじゃないと言う。まぁヨーロッパ中世史をやる人は必ずこのことを言うのだが、その長い時間の中で、古代を脱し、近世を生む母体を作った時代であったことは間違いない。著者も「中世はヨーロッパが出現し、形成された時代でした。文明の各時代にはそれぞれ役割があり、歴史の発展の総体のなかで、ある使命を担っているのだとしたら、中世の使命はヨーロッパを<生む>ことであったといえます」と言っている。ギリシャやローマみたいに華々しさはないし、ルネサンスみたいな豪華さはないけれど、いい意味でも悪い意味でもホンと人間的であった時代だったのだ。個人的にいえばその素朴さが好きなんだけれど・・・・。

 最初に書いた通りこの本は子供たちに聞かせるための歴史本だから、通史にしてもものすごくアバウトに書かれているし、中世史にしても質問に答える形で歴史を語っているので、ある程度歴史を勉強してきた人には物足りない。しかしいくら子供向けとはいえ、もう少し“驚き”が欲しかったなと感じた。これじゃ子供たちにとってあまりおもしろくないのではないかと思った。


評価
★★


書誌
書名:子どもたちに語るヨーロッパ史
著者:ジャック・ル・ゴフ 前田 耕作【監訳】 川崎 万里【訳】
ISBN:9784480092465
出版社:筑摩書房 (2009/09/10 出版)ちくま学芸文庫
版型:278p / 15cm / A6判
販売価:1,155円(税込)

2009年11月09日

本多孝好著『正義のミカタ』

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 どうもよく分からない話だった。どういう展開になるのかな、と思いつつページを進めるのだが、読み終わった後、いったい何だったのだろうと思ってしまった。展開が予想がつかない分、ページは進むのだが、どうしてこの物語が書かれなければならなかったのかよく分からなかった。

 話は、蓮見亮太は三流大学の飛鳥大学に入学した。高校時代亮太はいじめられっ子であった。それでも何とか自分を変えたくて、自分なりに努力して大学に入る。大学に入れば、亮太をいじめていた奴もいなくなるから、自分は変われると考えていたが、ところが高校時代亮太をいじめていた畠田も入学していた。そしてその畠田と再会してしまい、またいじめにあう。亮太は入学して間もないのに、もう大学を辞めようと考えながら、畠田の暴力に耐える。その時高校時代ボクシングで全国大会三連勝した桐生友一(トモイチ)に窮地を救われる。トモイチは亮太を自分も入部している“正義の味方研究部”に連れて行き、入部させる。
 正義の味方研究部とは、ふざけた名前の部ではあるが、飛鳥大学において正式なサークルであり、伝統のあるサークルでもあった。大学内で不正や困っている人がいれば、それを助けるというものだ。当然こうした問題を解決するに当たり、力がものを言う世界であるが、亮太にはそうした能力がない。だって「生粋の、筋金入りのいじめられっ子」なのだ。悪者と戦う能力などあるはずがないと思っていた。ところが亮太は長い間いじめられ続けたため、自分の身体に与えられる暴力から出来るだけダメージを少なくしようとする能力が身についていた。ボクシングで言う“デフェンス”である。無意識のうちにその能力が身についていた。それをトモイチに見出され、正義の味方研究部に入部することが出来たのだ。後は攻撃を身につければいいということで、トモイチにボクシングの攻撃の基本を教わる。
 そうこうしているうちに、亮太は、大学で友人も仲間も、憧れる女性も、正義の味方研究部で尊敬出来る先輩も出来、しかも畠田からのいじめからも解放され、大学に入ってよかったと思い、キャンパスライフが薔薇色に見えてくるのであった。
 ある時“スイート・キューカンバーズ”というサークルの内偵を亮太はトモイチともにやってくれと、正義の味方研究部の先輩から頼まれる。このサークルは大学内のイベントを企画するサークルで、亮太はさえない企画を担当する間先輩のもとで、その手伝いをすることとなった。
 内偵しているうちに、このサークルはネズミ講をやっているらしいということがわかってくるが、しかしその金額がちゃっちい。もっと奥深いものがあるのではないかと更に内偵を続けると、間先輩が大麻を大学内でさばいていることがわかる。間先輩は亮太を可愛がり、自分のやっていることを亮太に明らかにするが、それは亮太が裏切らないと思っていたからだ。しかし亮太は正義の味方研究部に密告する。そして正義の味方研究部は間先輩のいるアパートへ乗り込んでいく。
 結局、すべては焼け出され、証拠は何も残らず、間先輩も飛鳥大学の学生でも関係者でもない、誰だかわからず、事件は終わる。
 間先輩はいじめの対象である下層部から上層部に違うレールで、半ば違法性の高いところで這い上がろうとしなければならない。お金も、学力も何もない自分たちが、這い上がるためにはそうするしか方法がないんだと間先輩に言われ、亮太もそう思い始めたのだけれど、「何かが違う」と感じ始める。
 自分は大学に入り、正義の味方研究部に入部し、自分は変わろうと思い続けたが、どこかしっくりこなかった。このままじゃいけないと思い続けるが、どうしていいのかわからなかった。そうこう悩んでいるうちに、「何でこのままじゃ駄目なんだ?」と思い至る。 
 亮太は自らが悪事を制裁する側の人間じゃないと自分で思い始める。長いこといじめにあってきた自分だからこそ、困っている人の側に立つべきだと考える。自らのいじめから解放されるために、制裁する側に回るべき人間じゃないと思い始め、正義の味方研究部の退部を決意する。
 それに100%の正義ってあり得るのか?そこに間違えはまったく存在し得ないのか?そう先輩達に問う。もし100%の正義があり得ないなら、間違えられる側の人間はたまったもんじゃない。たとえ困っている人を助けられても、そのために誰かを取り返しのつかないくらい傷つけてしまう可能性があるなら、制裁する側には立てないとも言う。
 いつも自分が他人に利用され、踏み台にされても、それを肯定すると亮太は言い切る。そうして今までやってきたのだから。少なくともこうすることで他人を傷つけてはいなかったのだから。それを誇りに思うのだ。正義の味方である自分に酔っているよりはるかに自分らしいと思うのであった。

 う~ん、ここまで来て著者が何を言いたいのか漠然と見えてきたような気がするが、どうも回りくどい。下手をするとただの解釈の違いに陥る可能性がある。
 「今までこうであったから、それは肯定出来ない」、「こうであったから、これからもこうであり続けるのが自分らしさだ」ということで、自らの存在感を示しているのか?どうなんだろう?よく分からないな。それとも今まで単にいじめられっ子で、何も言わずやられっぱなしであったけれど、多少自己主張することができるようになった“亮太らしさ”をそのまま認めればいいのかな。
 というか個人的には亮太の考え方が受け入れがたい部分がある。確かに弱い側に徹底的に立つのは結構だけれど、これじゃ宗教になっちゃうのではないか。現実を見据えれば、多少の犠牲はやむを得ないだろうし、現実問題として考えれば、明らかに正義の味方研究部の先輩達の考えが真っ当な気がするのである。ここに超越という考えを持ち込むと話がただ面倒になるだけである。


評価
★★


書誌
書名:正義のミカタ―I’m a loser
著者:本多 孝好
ISBN:9784575235814
出版社:双葉社 (2007/05/25 出版)
版型:413p / 19cm / B6判
販売価:1,575円(税込)

2009年10月06日

夏目漱石著『三四郎』

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 司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』の第一巻のあとがきに次のような言葉がある。

 このながい物語は、その日本史上類のない幸福な楽天家達の物語である。やがてかれらは日露戦争というとほうもない大仕事に無我夢中でくびをつっこんでゆく。最終的には、このつまり百姓国家がもったこっけいなほど楽天的な連中が、ヨーロッパにおけるもっともふるい大国の一つと対決し、どのようにふるまったかということを書こうとおもっている。楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。

 ある意味この『三四郎』の主人公である小川三四郎にも同様な夢が見られる。ただしきわめて俗っぽい夢なのだが・・・。

 三四郎には三つの世界が出来た。一つは遠くにある。与次郎の所謂明治十五年以前の香がする。凡てが平穏である代わりに凡てが寝坊気でいる。尤も帰るに世話はいらない。戻ろうとすれば、すぐ戻れる。ただいざとならない以上戻る気がしない。云わば立退場の様なものである。三四郎は脱ぎ捨てた過去を、この立退場の中に封じ込めた。
 第二世界のうちには、苔の生えた煉瓦造りがある。片隅から片隅を見渡すと、向こうの人の顔がよく分からない程に広い閲覧室がある。梯子を掛けなければ、手の届きかねるまで高く積み重ねた書物がある。手擦れ、指の垢、で黒くなっている。金文字で光っている。羊皮、牛皮、二百年前の紙、それから凡ての上に積った塵がある。この塵は二三十年かかって漸く積もった貴い塵である。静かな月日に打ち勝つ程の静かな塵である。
 第二の世界に動く人の影を見ると、大抵不精な髭を生やしている。あるものは空を見て歩いている。あるものは俯向いて歩いている。電車に取り巻かれながら、太平の空気を通天に呼吸して憚らない。このなかに入るものは、現世を知らないから不幸で、火宅(この世。現世。娑婆(しやば)。 ▽煩悩(ぼんのう)に悩まされることを、火事になった家にたとえる)を逃れるから幸いである。
 第三の世界は燦として春の如く盪いている。電燈がある。銀匙がある。歓声がある。笑語がある。泡立つ三鞭(シャンパン)の盃がある。そうして凡ての上の冠として美しい女性がある。

 つまり第一の世界は熊本時代の三四郎であり、第二の世界は広田先生や野々宮がいる世界である。浮世離れしてひたすら学究肌の人たちが住む世界のことをいうのであろう。そして第三の世界は三四郎にとってもっとも心のから望んでいる世界で、そこに入り込むためにわざわざ熊本から出てきたのだ。だから自分がこの世界の主人公であるべき資格を有していると思っている。そしてそこに一緒にいる女性が美禰子でなければならない。
 この物語はそういう世界での話である。しかしいわゆる立身出世の話ではなく、むしろ第三の世界に入ることを望んではいるけれど、三四郎にはまだそうした資格がないことに悩むわけである。特に美禰子の気をなんとか引きたいと思っていても、「自分と野々宮を比較してみると大分段が違う。自分は田舎から出て大学へ這入ったばかりである。学問という学問もなければ、見識と云う見識もない。自分が、野々宮に対する程な尊敬を美禰子から受け得ないのは当然である」と田舎から出てきたばかりの自分を卑下してしまう。だから美禰子から馬鹿にされている様でもあると思ってしまう。三四郎は美禰子との格の差を感じてしまうわけである。それは与次郎の言うことに何も言えない三四郎の姿からも読み取れる。与次郎は次のように言う。

 「馬鹿だなあ、あんな女を思って。思ったって仕方がないよ。第一、君と同年位じゃないか。同年位の男に惚れるのは昔の事だ。八百屋お七時代の恋だ」

 「何故と云うに。二十前後の同じ年の男女を並べてみろ。女の方が万事上手だあね。男は馬鹿にされるばかりだ。女だって、自分の軽蔑する男の所へ嫁に行く気は出ないやね。尤も自分が世界で一番偉いと思っている女は例外だ。軽蔑する所へ行かなければ独身で暮らす外に方法がないんだから。よく金持ちの娘うあ何かにそんなのがあるじゃないか。望んで嫁に来て置きながら、亭主を軽蔑しているのが。美禰子さんはそれよりずっと偉い。その代り、夫として尊敬出来ない人の所へは始から行く気はないんだから、相手になるものはその気でいなくっちゃ不可ない。そう云う点で君だの僕だのは、あの女の夫になる資格はないんだよ」

 美禰子にはそれほど気位があるわけじゃないだろうと思いたい。むしろまわりにいる男どもがそういう目で彼女を見てしまうところが彼女の不幸なのかもしれないと思う。ただたとえ美禰子が三四郎に気持を寄せているにせよ、女性特有の“からかい”の部分があるような気がする。それは彼女の性格なのかもしれないし、あるいは気になる男の気を引こうとしてのいたずら心からかもしれない。 いずれにしてもこの時代の男女関係は、惚れたはれただけで成り立つものじゃなかった。特に三四郎のような成り上がり的な考えを持つ人間にとってはそうなんだろう。まして田舎者というコンプレックスの塊のような三四郎にとっては美禰子に恋心を持ったのが早すぎたのだ。もう少し三四郎が出世して成功者でもなっていれば、こんな負い目など持たなくてすんだのかもしれない。ただ思うに三四郎みたいな考えの持ち主になると、そうなればなったで、今度はきっと人を見下すようになるのではないかと思ったりする。
 そんなことを予感させるものだから、この物語を単に人を愛するというだけでなく、俗物的な立場がものをいう世界の恋愛物語と受け取ってしまう。ここに描かれる世界は恋愛成就と出世が結びついている感じがしてしまい、それがどこかやりきれないのである。
 たまたまこの物語では三四郎が置かれている立場が、これからという立場であって、その時に美禰子に恋心を持ってしまったから、どうにも出来ないだけのことである。美禰子も三四郎に恋心を寄せるにしても、結局二人に間には何もないからといって、それが淡い恋心を描いた青春小説とは読めないのである。
 私はこの物語をこれで三度読んだことになるが、漱石の作品の中では嫌いな小説だ。私は物語に精神的な崇高さをどこか求めているのかもしれない。いい歳こいてまだまだ私は青臭い。いかんなと思った次第である。


評価
★★


書誌
書名:三四郎 (改版)
著者:夏目 漱石
ISBN:9784101010045
出版社:新潮社 (1992/05 出版)新潮文庫
版型:298p / 16cm / 文庫判
販売価:340円(税込)

2009年10月01日

阿刀田高著『おとこ坂 おんな坂』

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 どうしても読んでいて気になってしまうのは、ひとつひとつの物語のモチーフや使われる言葉など、多分阿刀田さん思いついたアイデア帳から取られたんじゃないかなということである。
 阿刀田さんはよく自分の創作現場を“小説工房”といっているが、普段ちょっと思いついたアイデアや気になったフレーズなどをノートに記して、小説を書くときに、使えそうなものがあればそれを使って書くと言っておられる。それが私の中に記憶としてあったものだから、ここにある短編は「多分これがアイデア帳にあって、使われたんだな」と思えたのである。
 どうしてそんなことを感じるようになったかというと、たぶん今まで阿刀田さんの多くのエッセイや紀行文などを読んでいるからかもしれない。それぞれこれじゃないかなと感じられたものはあったが、一部例をあげれば次のようである。

 「独りぼっち」
 傾斜がきつい男坂、なだらかでトロトロ登れる女坂

 「鯉づくし」
 鯉づくしの最後は、恋

 「ルビコンという酒場」
 私、本当にルビコンを渡ったの(シーザーがポンペイスを倒すために国禁をおかし、軍と共にルビコン川を渡った故事にちなんでいる)
 
 やきもちというのは、まん中に大きな餅を一つ置き周囲に小さな餅を五、六ケ置いておく。火であぶると小さな餅が先に焼け、膨らんでやぶけて手を伸ばし、一つがまん中の餅にくっつき、負けじともう一つがまん中の餅にくっつく。それでやきもち言うのだとか

 「黄色い子びん」
 ビーチコーミング(beach-coming)とは海岸を櫛ですくように、熊手で漂流物を集めること

 これらのアイデアやフレーズを使ってこれらの短編は書かれたと私は思っている。しかし読む側の私がそちらの方が気になってしまっているから、本当の意味でそれぞれの物語が楽しめなかった。つまりこれらのアイデアやフレーズが創作側に最優先にあって、それが勝ってしまっている気がしたのである。あまりにもそれらが目立ってしまうものだから、それだけが際立ってしまっていて、話全体の統一感が損なわれている。それらはさりげない使い方をすればちょっとしたスパイスになって、話にしまりが出てくると思うのだが、そうではなく、たとえればスパイスの利きすぎた辛いカレーを食べている感じだ。
 そうしたアイデアやフレーズを嫌が上でも使わなければならないのと、物語の展開場所を日本各地を舞台にした短編小説でなければならないというのもあって、どこか全体に無理な感じが漂う。

 阿刀田さんの文章によく「つきづきしい」という言葉が出てくる。あまり聞き慣れない言葉なんでどんな意味か気になっていた。パソコンに組み込まれている広辞苑ではこれに該当する言葉が変換できない。で、三省堂の大辞林で調べてみると、漢字で「付き付きしい」と書く。意味は①ふさわしい、似つかわしい、好ましい②いかにももっともらしい、という意味だ。
 ここにある短編にも二度ほどこの言葉が出てきたと思うが、私には話の内容が「つきづきしくない」気がする。どうもそれぞれの舞台が仰々しい。それに大体が酒場で話が展開するやり方はちょっと安易すぎはしないかなと思う。なぜならお酒が入ればどうしても人間感傷的になりがちだから、そこで話を作れば、悲しい話にもなる。思い出話にもなる。ある意味阿刀田さんらしくない。

 強いていいフレーズだなと感じたものを書き出してみる。

 「人生はいろいろですよ。どんなに執念を燃やしても、できないことがある。願ったことの、すぐ隣くらいのことができたら満足すべきでしょう。事実、満足できます。そこで充分に自分を燃焼させられればいい」

 人生少し余して生きるのはよいのかもしれない。きっとそうだ。余して生きれば逆によいものを発揮できる。
 

評価
★★


書誌
書名:おとこ坂 おんな坂
著者:阿刀田 高
ISBN:9784620107035
出版社:毎日新聞社 (2006/07/15 出版)
版型:357p / 19cm / B6判
販売価:1,785円(税込)

2009年09月15日

ローレンス&ナンシー・ゴールドストーン著『古書店めぐりは夫婦で』

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 この本は発売されたとき買ったものだが、そのままお蔵入りになってしまった。もちろん気になっていたのだが、外国ものの古本エッセイって、うまく頭の中でイメージできないものだから、ついつい億劫になり今日まで来てしまった。確かに読んでみると、日本の古本業界とは違う。本もいかつければ、売る方もなんか仰々しい感じだ。
 ゴールドストーン夫妻が古本に興味を持ったきっかけは、二人の誕生日にプレゼントが始まりだった。二人の誕生日は八日違いと、お互いの誕生日が近いものだから、プレゼントの交換を毎年やっているのだが、そのプレゼントにお互い不満があった。プレゼントの要する金額は毎年つり上がっていき割には、双方がそれほど満足しないことがあるからである。
 そこで、プレゼントに要する金額を20ドルに制限したのである。20ドルといえば、今の日本円で2,000円ちょい。当時はもう少し価値があっただろうけど、それでも安い。あとは創意工夫でプレゼントを考えなければならならない。そこでナンシーは夫にトルストイの『戦争と平和』を贈ろうと決めるが、今ある『戦争と平和』は、夫にはいまいちである。そこで図版たっぷりの古本を見つけ、それを贈る。以来この夫婦は古本の魅力にとりつかれ、近郊の古本屋を制覇し、子供をベビーシッターに預け、シカゴ、ボストン、ニューヨークと古本漁りを始めるのであった。いつの間にかこの夫婦は稀覯本収集に目ざめていく。
 古本屋さんの目星をつけるためにイエローページを使って、めぼしい古本屋さんに電話をかけて、約束をしてからお店に行く。わざわざ古本屋さんに行くのに、コンタクトを取ること自体、日本とは違う。それに、まぁそうした一癖もあるような古本屋さんだからか、とにかく古本に対して語ること語ること。店に行けば店員がついて回ってくるのだ。これじゃ本を選ぶ余裕もなくなるのではないかと思ってしまう。
 ここに出てくる古書店の在庫はどちらかと言えば“個人の持ち物”といった感じで、それが店の個性となっている。だから「どうやら古書店の在庫はは、ペットとおなじで、持ち主の人格を反映する傾向にある」と言わしめる。だから本について語らずを得ないのだ。それもうるさいくらいに。

閑話休題

 ところで日本の本屋さんや古本屋さんは基本的に無口である。無愛想である。今でもそうした傾向はある。だからこの本の古本屋さんのように、多くを語ることに驚きを感じてしまう。日本の場合無口なのは、本を読むことは知的作業だから、おしゃべりするもんじゃないというところかもしれない。
 本のセールトークをしないものだから、今度はPOPを書いて平台の本と一緒に飾る。これがやたら乱立していて、かんじんの本が見えない本屋もあるのもよく見かけるが、これは麻生総理(まだ元じゃないよね)じゃないが「いかがなものか」と思う。うざったくてしょうがない。
 まぁ最近の本屋の店員はマックの店員と同じくらいマニュアル通りにしか仕事ができないから、クオリティーが低下している。せいぜいレジに客を誘導するために手を挙げるしか能がないのだから仕方がない。まだPOPを書けるだけでもマシかもしれない。
 最近はコンシェルジュなんてシャラ臭い名前をつけて、本の紹介などする役目の店員もいるらしいが、どうしてそんなやつに紹介された本を読む気になるのだろうかと思う。きっと薦められた本を目の前に出されれば、たとえ躊躇してもありがたがって買ってしまうんだろうな。もし薦められた本が面白くなかったら、こいつら責任を取ってくれるのか、と思う。(そういう人はいないのだろうか。ネットでは結構ありがたがっているコメントを読むが、文句を言っている人のコメントが読みたいな)
 だいたい人が何を読みたいのか。何を要求しているのか。そのコンシェルジュというやつはそれがわかっちゃうのかと言いたくなる。本を求める人は、それぞれの理由があるだろうし、考えや感じ方もそれぞれ違うはずだ。それをちょっと話を聞いただけで、“この人にはこの本と”わかっちゃうものなのだろうか?そのコンシェルジュというやつが得意とする分野と違う本の内容のことを聞かれたら、どこまで答えるのだろうかと思うのだ。だからといって多くの分野を網羅するため、たくさんのコンシェルジュを置いているとも思えない。ましてこう不景気な時代だよ。人件費削減が当たり前の時代に、そういうことは考えにくい。ということは、せいぜい差し障りのないところしか言わないのではないかと思うのだ。だからこそそんなやつの意見がどこまで信頼できるかと思うのだ。あくまでも本を探す一つの手段と考えればいいのだろう。そうすればコンシェルジュという存在に腹を立てることもないはずだ。
 私に言わせれば、自分の読む本ぐらい自分で探せと言いたくなる。それでなくても今は昔と違い、本の情報などネットを使えばごろごろしているじゃないか。それも面倒で、自分で探すのも時間がかかるから、効率的に、薦めてくれる本読むのだろうが、大体本を読むこと自体“非効率”な行為なんだから、仕方がないじゃないかと思う。何度も失敗してみるもんだ。こんなことを書くと勝間和代みたいなやつは怒るんだろうな。でも本を読むスタンスが違うんだからしょうがない。

 さて、この夫婦、古本に関しての知識に飢えているものだから、熱心に店員の言葉に耳を傾ける。それがちょっとしたうんちくになっていて、この本を面白くしている。
 とにかくここに出てくる本はすごそうである。たとえ現代作家の初版本であっても、やはり英米文学の作家の初版本と聞くだけで、どこかたじたじになる感じがする。名前を聞いたことがある作家の初版本だよ。どんな装幀の本なんだろうと思うのだ。
 まして稀覯本となると、それこそ博物館におさめられて、防弾ガラスと何人かの警備員がいてもおかしくない本が、そうした古本屋さんにあり、手にできるのだからすごい。もちろんそうした本は値段も相当なものになる。
 ゴールドストーン夫婦が訪ねた古本屋さんにあまりにも値段が高いことに文句を言うと、「最高品質ということがすべてです。本の収集は完璧なものを探すこと、唯一無二のもに近づくことだから」と言い切るのだ。私など見てもなんの本かわからないだろうけど、話を聞いてその本を見るだけでも、目の保養になるよなぁと思ってしまう。
 また古本にもはやりすたりがあり、本来もっと評価されていい作家の本が、それほどの扱いされていないことを、ある古本屋さんは本にも旬があると言うのだ。そして「旬の本にはロマンスがある。古書業界はロマンスを売る商売だ。ときに業者はロマンスを演出するときもあるが、一般的にいうと、適当な本にはすでにロマンスが付随している」とも言う。
 確かに古本は時代を生き抜いてきたものだから、それだけでロマンがあるし、歴史がある。私が古本屋さんで探し歩き、手にした本でさえ、もうそれを手にしているだけで、ワクワクするのだから、ましてそれよりはるかに古い本であればなおさらだろう。

 最近はネットで簡単に日本全国の古本屋さんの在庫が確認でき、値段と相談で、そのまま購入することができるが、やっぱりこうして古本屋さんを歩き回り、目的の本以外のお宝があるかもしれない。そうした楽しみはネットでは味わえない。時には思いもしなかった発見があるのも、やっぱり古本屋さんを歩くことだろうと思う。だからこの夫婦の古本屋さん巡りは楽しいだろうなと思った。


評価
★★


書誌
書名:古書店めぐりは夫婦で
著者:ローレンス&ナンシー・ゴールドストーン 浅倉 久志【訳】
ISBN:9784150502348
出版社:早川書房 (1999/09/15 出版)ハヤカワ文庫NF
版型:342p / 15cm / A6判
販売価:777円(税込)

2009年09月14日

田中栞著『古本屋の女房』

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 著者が大学時代本屋でアルバイトをしていたときの、一般文芸書担当の人が偶然著者の実家に近くで古本屋を開業した。店名は“黄麦堂”という。以来黄麦堂は著者のお気に入りとなり、結局再婚するに至り、はれて古本屋の女房となった。この本はそんな“黄麦堂”の日々を、著者の育児と仕入れをつづったものである。

 どうやら著者の仕入れのラインアップは見ていると、“黄麦堂”はごく普通の街中にある古本屋さんのようである。つまり格式高い専門書を扱う古本屋さんではないようだ。だから売れ筋のコミック、ボーイズラブ(女性向けの小説や漫画で10代の少年、特に美少年の同士の間での恋愛もの、いわゆるホモもの)ハーレクイーン、フランス書院文庫(エロ小説)、時代小説などが仕入れる本として必ず書かれる。と言うことはこの手の本を簡単に仕入れるにはブックオフがもってこいなのである。だから全国各地仕入れ先に必ずブックオフが登場する。そこでセドリを行うわけだ。
 セドリとは古本屋さんが他の古本屋さんで自分のところで売る本を買い入れることである。古本屋さんが古本屋さんで本を買うわけだから、いわゆる社員割引なみたいなあるかというか、そんなものは一切ない。売値で買ってくるのである。できるだけ安いやつを見つけてきて、それに自分のところの利益を乗っけて、売るのである。
 この本は著者が何かの用で全国各地を訪れるとき、ついでに自分の欲しい本と店用の仕入れを「趣味と実益」を兼ねた古本屋行脚である。それを面白くしているのは著者が二人の子供を連れて、古本屋巡りをすることである。それがこの本の特色かと思う。ベビーカーを押しながら、むずがる子供なだめ、仕入れをする光景など、そうそうないだろうから、それがかえって珍しいく、面白い。子供連れだとトイレの問題がある。ところかまわず、「おしっこ」、「うんち」となる。だいたい古本屋さんにはお客用のトイレなどないのが普通である。だからわざわざ断ってトイレをかりるはめになる。またブックオフに頻繁に行くものだから、子供の方が、「本を売るならブックオフ♪」という歌を覚えてしまい、鼻歌にしてしまうくらいなのだ。
 しかしこのセドリは古本屋には嫌がれるという。だっていくら売値で売れても、下手をすれば売れ筋商品をごそっと持って行かれる可能性も充分ある。それはブックオフでも同じ。だからあからさまに大量に本を買うと、同業者だなということがわかり、「ご遠慮願いませんか」と言われるという。で、仕方がないので大きくなった娘さんを使って、仕入れをさせるという。
 しかし知らなかったなぁ。ブックオフにもゴールド会員のカードがあるなんて・・・。この本によると、これはブックオフで5万円以上買わないともらえないものらしい。このカードを娘さんが持って、本を買うというのには笑ってしまった。

 この本がほのぼのと感じさせるのは著者のイラストである。子供たちが古本屋さんにいるときの姿がかわいらしく描かれている。なかなかうまいものである。
 しかしこの“黄麦堂”の商品のために、著者の全国古本屋での仕入れ模様を読んでいると、特にその仕入れ内容を見ると、この古本屋の危うさを感じる。大丈夫なんだろうかと思ってしまい、そして最後に“やっぱりな”となってしまう。だいたいその仕入れがブックオフを頼りにするところは、どうしても不安を感じる。
 昔、インターネットで古本屋さんを始めた人の本を読んだことがあるが、ネット販売だから店舗を持つ必要がない。必要なのは警察に古物商の届を出すぐらい。後はどうやって仕入をするかである。それをこの人は各地のブックオフで仕入をし、自分のところの商品としてアップするのである。確か簡単な損益計算書みたいなものが掲載してあって、それを見るとせいぜい“小遣い稼ぎ”程度の利益しかなかったはずだ。
 もちろんこの“黄麦堂”は古本屋として店舗を構えているれっきとした古本屋さんだから、小遣い稼ぎとはわけが違うだろうが、ブックオフでのセドリに頼るところは、やっぱりまずいんじゃないかなと思わせる。
 さらにそのセドリを奥さんにやらせるところは、どうなんだろうと思う。旦那の方は他の仕事があって、そうした仕入ができない事情があるのだろうが、なんか奥さんの方がたくましく生きていて、旦那の方はそれに頼っている感じがしてしまう。
 実際問題、売上が低迷して、生活費さえ家に入れられない状態に陥るし、店をたたむときの旦那の対応は、まさに世間ズレしていない、浮世離れしたところがある。いいように業者にお金をふんだくられる。最後は結局こうなるのかと思いつつ、この本は終わる。
  結局“黄麦堂”はインターネット専門の絶版文庫販売の古本屋さんになっている。これだって余計なことかもしれないけれど、このご旦那にやらせているといつまで続くのかなと思ってしまう。ここでも単に本好きと商売とは違うということを思い知らされる。

 本自体、装幀も凝っているし、イラストもいいと書いた。また著者が校正のテクニック持っているので、その道の多くの人にこの本の校正を手伝ってもらっているようで、かなり手間暇かかっているらしい。が、その割には内容のてんまつが貧弱だったのは寂しい限りだ。


評価
★★


書誌
書名:古本屋の女房
著者:田中 栞
ISBN:9784582832426
出版社:平凡社 (2004/11/04 出版)
版型:217p / 19cm / B6判
販売価:1,575円(税込)

2009年09月12日

吉村昭著『お医者さん・患者さん』

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 この随筆ちょっと期待したところがあったのだが、どうも期待はずれであった。私が期待したこととは、吉村さんが医者や患者を実際問題、どう考えているかということである。確かに吉村さんによる医者というもの、あるいは患者たるもの、こうあるべきだと書いてはあるのだが、どうも私には一般論としか読み取れなかった。

 ということで、ここは本から離れて、今の私が病気である患者(自分)が医師をどう考えているか書いてみる。その前にこの随筆に「医師は、医師である以前に人間でなければならないはずである。それも人間の生死をあずかる職業人だけに、高度な人格をもつ人間であることが要求される」と書かれていることから始めたい。
 この論理はおそらく大方の日本人が持っている意識じゃないかと思う。そしてそこから医師はそうであらねばならぬ、という思いに変わっていく。図式で書けば医師=人格者=名医ということだろう。そこから医師は人格者であるから、どんなときでも自分のことより患者のことを最優先に考えなければ医師じゃないということになっていく。しかしこの考え方は患者の優位性を自己主張させることになる。つまり自分は病人で弱者であるから、当然それなりに扱ってくれなきゃ困るという考えが生まれてくる。医師は人格者なんだから、そのように扱うのは当然というものである。ここにモンスターペイシェントが生まれる背景があるような気がする。そうしてモンスター化した患者は、医師は病気を治して当たり前という考えが頭から離れない。自分の病気がなかなか治らなければ、今度はその医師に藪医者というレッテルを貼り、吹聴するのだ。
 実は私もちょっと前までそうであった。しかしここ数年胃腸で通院し、最近はぎっくり腰、そして歯医者と病院通いが続くと少しずつ考えが変わってくる。特に胃腸に関してはその思いは複雑だ。私はこの病気で三回、病院を変えてきた。病院を変えた理由は簡単である。“治らない”からだ。やりたくもない検査をやって、複数の薬を毎日飲んでも一向に良くならなかったからだ。その結果、その医師はダメだということになり、その医師は力不足と思ってきたのである。違う先生のところへ行けば、もっと良くなると思うのである。そこには病院に行けば病気は必ず治るものだという考えがあるからである。
 でも最近はそうじゃなくて、病気は治るものもあれば、治らないものもあるんじゃないか、と思うようになっている。それは諦めみたいなところもあるけれど、どうしようもない状態だってあるのではないか。だからあとは、少しでも気分が良くなるような状態が維持できるようすればいいのではないか。

 医師は病気というものを必ずしてくれるものではないということを感じ始めたのである。あるいは薬は完全に病気を治してくれるものじゃないのではないかと思い始めたのである。断っておくがそれは医師の力とか薬の効能にいちゃもんをつけているんじゃない。ここは素人の考えだけど、多分病気から治ろうとするのは自分の身体であって、医師の力とか薬とかはあくまでもそうした自己回復力をサポートするものなのではないかと思うようになったのである。
 そして自分の身体の回復力が衰えていたら、治りは遅いか、あるいは治らないというか、以前のようにはなれないと思うようになってきた。そうなのだ。自分の身体の衰えや老化、生活環境、生活習慣などを差し置いて、病気が治らないというのはおかしいんじゃないかと思うようになったのだ。
 人間歳をとれば体力も落ちるし、身体のあちこちにがたが来るのは当たり前である。そのように酷使してきたんだから当然である。それで治らないと言ってしまうのはおかしな話だろう。人間の身体はパソコンのパーツをスコンと丸ごと変えて、元の状態にするのとはわけが違う。死ぬまで自分の身体と付き合うしかないのだ。衰えたら衰えたなりに付き合っていくしかないのである。調子が悪いなら、悪いなりに付き合って行くしかない。生活環境など変えられれば、多少違うかもしれないけれど、そうそう今生きている環境を変えることなどできない。無理をしても生きていかなければならないのだから仕方がない。
 となればあとはどうやって自分の身体と折り合いをつけていくか、それしかない。その上で以後どうしていくか、それを考えてくれる医師が信用できる医師なんじゃないかと思うようになってきている。

 今通っている胃腸の科の先生ははっきりとそのことを言ってくれた。だからあとは日々いかに少しでも楽に過ごすことができるか、それを薬でサポートしようということに、私の場合なっている。だから今後いくら病院を変えても、多分意味がないのだろうと思っている。
 歯医者にしてもそうであった。やっと自分が安心して任せられる歯医者さんが見つかって、ホッとしていたところ、その歯医者さんが廃業された。このあとどうすればいいのか途方に暮れ、今日まで来てしまった。当時先生から厳しく言われていた日々のケアを怠らなかったので、幸いにも以後歯痛に悩まされることはなかったが、差し歯のぐらつきはどうしようもない。ネットいろいろな歯医者さんを検索しているうちに、その先生がまた歯医者さんを開業したことを知り、メールで連絡を取れば、すぐ来なさいと言ってくれた。
 そして差し歯を直してもらい、また問題のあるところを治療してもらうことになったのだが、そんなことはちっとも苦じゃなかった。それよりまた自分の歯をこの先生に診てもらえるというだけで、安心であった。
 胃腸科の先生にしても、歯の先生にしても、その技量は個人的に絶大な信頼を置いているけれど、それよりこんな私のことでもきちんとサポートしてくれるという安心感が今の私にはある。それで気持ちが楽になる。それが人格者云々のなせるわざと言うのだというなら、それでもいいけれど、でもそんな大上段に構えた言い方はあまりしたくない。むしろ先生の方は淡々と治療されているだけじゃないかと思うし、それでいいのではないかと思うのだ。弱っている患者は投げかけられる言葉の一つ一つに過剰反応をしてしまう。対応如何でえらいことになる。そう考えると医師という
職業は大変だ。でも医師=人格者=名医という考えは間違いなく患者の奢りのような気がする。

 今日は変な文章になっちゃったな。何度書き直してもいい感じになれない。書かなきゃよかったかな?


評価
★★


書誌
書名:お医者さん・患者さん
著者:吉村 昭
ISBN:9784122012240
出版社:中央公論新社 (1985/06 出版)中公文庫
版型:221p / 16cm / 文庫判
販売価:619円(税込)

2009年08月29日

北尾トロ著『ぼくに死刑と言えるのか』

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 トロさんの新しい裁判傍聴記をお店で見かけたので、さっそく読んでみる。この本の最初にトロさんは次のように言う。

 初めて裁判を傍聴してから、かれこれ6年になる。その間、ぼくが好んで見てきたのは、新聞にも載らないような小さな事件の数々だった。有罪になってもせいぜい刑期が3年とか5年で、ときには執行猶予もつくレベルのものだ。

 そうだった。そんな小さな事件だったからこそ、その犯罪を犯した被告たちも人間的にその程度人間で、だからこそ茶々も入れられるし、呆れて笑えたのであった。そんな事件の裁判だからこそ、裁判そのものがコメディーにもなっていて、読む方はそれが面白かったのだ。
 ところが前振りでトロさんが今までの傍聴した事件をわざわざこのように言うのは、今回は違うと言いたいがためである。今回は自分が裁判員制度のよって裁判員に選ばれた場合、どう対応したらいいのか。そのための準備として、今度は殺人事件のような重大事件の裁判を傍聴してみようというのが、今回の企画である。
 まあ企画はいい。ところがトロさんの態度が今までのトロさんとはまったく違う面を見せる当たりは少々驚いた。

 「おいおい、どうしたんだ!」

 「今までのようにびっしと言ってやれ、こいつはやっていると!」

 「何ゆれてんだ!」

 確かに今回は今までのようなせこい事件じゃない。殺人事件である。場合によっては無期、死刑だってあり得る裁判である。また自分が裁判員になったと思ってシミュレーション的に裁判を傍聴している。だからトロさんは検察、弁護士、あるいは証人、被告の意見をじっくり聞いている。今までのような被告のいい加減な態度で「こいつは懲役5年だな」と勝手に刑期を決めるわけにはいかない。
 まして被告が事件を否認していて、見方を変えることによってどうにでも解釈できる事件は、そう簡単に有罪か無罪か、あるいは無期か死刑か言うのは難しいだろうなとは思う。有罪だと言うためには、確信が必要なのだ。確信なしに有罪と言うことに、かなり抵抗を感じてしまう。人間の心理として、迷いがあると言いにくくなるのだ、とトロさんは言っているが、まさにその通りだろう。
 しかも傾向としてトロさんは被告人に肩入れしがちなところがある。その上情にもろい。被告の父親が涙を見せて謝罪するのを聞けば、自然と涙腺がゆるんでしまうというくらいなのだ。
 いくら有罪判決を下す意味は重いからといって、裁判員制度では3名いる裁判官のうち最低1名が有罪としないかぎり、裁判員全員が有罪だとしても、その通りにならいというシステム(無罪は別で、裁判官、裁判員含めて、多数決で決まるらしい)があっても、ここで自分の意見を確信を持ってはっきりと言えるのはかなり難しい。だってそこで今後の人の一生が決まってしまうのだから余計であろう。だからトロさんも真剣にならざるを得ない。
 トロさんは裁判員制度による模擬裁判にも参加している。その時同じように参加していた人はびっくりするほど自分の意見にこだわり、曲げようとしなかったという。それはいい加減なことを口にしてただその場をやり過ごし、後で後悔したくないという意識が働いたんじゃないかとトロさんは言っている。

 そうだろうな。

 はっきり言って裁判員なんかに選ばれたくはない。だけどもし選ばれちゃって逃げようがないなら、いい加減なことは言いたくない。きちんと意見を聞いて判断したいと思うのは当然であろう。野次馬的に「こいつは死刑だ!」と簡単に言うわけにはいかない。
 裁判員制度では刑が重くなる。あるいは死刑判決が多くなるんじゃないかと言われている。それは今までの裁判が判例主義の基づいて、市民感情を反映していないからだと言うことなのだろうけど、でもトロさんの言うことを聞いていると、そう簡単に人を死刑にすることはできない気がしてくる。感情があるからこそ逆に、死刑を回避できないだろうか。または死刑という決定を自分の中で持ちたくないという意識が普通の人間なら働くはずである。だから巷で言われているような刑が重くなる、あるいは死刑判決が多くなると言えない気がする。もちろんそれは判決の結果であって、その統計をとって言えるわけであって、しかもそれはたまたま統計を取ったらそうなったということなんじゃないかと思う。基本的にいくら裁判であっても人を殺したくないはずだ。

 一方で被害者の家族や遺族はそうじゃないだろう。被告が何人殺したって、大切な家族が殺されれば、被告を死刑にして欲しいと思うのは当然である。殺された家族の悲しみから、自分たちの気持ちを少しでも癒そうとするには、被告を恨むのが一番手っ取り早い。そしてたぶん人はそうすることで人の死から癒されようとするのだろう。だから二人以上殺せば死刑というのでなく、一人でも大切な家族が殺されれば、その償いとして死刑を望むのだ。非常な言い方かもしれないけれど、被害者家族が被告に死刑を望むのは、結局自分の悲しみから少しでも開放されることを望んでいるからだ。それを望めば少しは気が晴れるからである。死から癒されるからである。
 でも殺されたという事実はそこにあるわけだから、それはどういう形であれ償ってもらわなければ、社会が成り立たない。私はこの本を読んでいて思ったのは、日本の裁判は被告の更正を最優先にしているんじゃないかと思うのである。その可能性が少しでもあれば無期もしく有期刑なのだ。刑務所で更正しろというのだ。そしてその望みがまったくない場合死刑となる。けれどそうじゃないだろうと思う。まずは罪を償うことが先だろう。そう思うのだ。更正させるのはその次である。絶対に罪を償わなければならないという意識を持たさなければならないと思うのだ。そうでなければ被害にあった家族や遺族はやりきれない。私は遺族や家族が被告に対して死刑を望むのは極めて自然な姿だと思っている。


評価
★★


書誌
書名:ぼくに死刑と言えるのか―もし裁判員に選ばれたら
著者:北尾 トロ
ISBN:9784904676011
出版社:鉄人社 (2009/07/30 出版)
版型:255p / 19cm / B6判
販売価:1,365円(税込)

2009年08月20日

吉村昭著『昭和歳時記』

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 この文庫は平成8年に出版されているようだが、13年経った現在ではもう手に入らない状態になっているのは驚きである。確かに電化製品の部品が約5年から10年ほどでなくなる時代だから、13年経ってこの文庫本が手に入らないのは仕方がないのかもしれない。
 さてこの本は以前読んだ吉村さんの『東京の下町』の姉妹編である。書名に『昭和歳時記』といっている以上、昭和にあった風物詩がここでは描かれるが、その殆どが今、姿を消しているといっていいかもしれない。
 いやそれ以前に1955年(昭和30年)から1973年(昭和48年)の高度成長期が、それまであったものを時代遅れのものとして捨てていき、それが忘れ去られていったのではないかと思う。
 吉村さんは「衣服その他身につけるものは、明治、大正から昭和にうけつがれてきたが、昭和三十年頃に一挙に消え去ったものが多い。それは蚊帳が家庭から姿を消したのと一致している、と、なんとなくそんな風に思っている」と言っているところからも、それに間違いはなさそうである。
 ただいつも思うのだけれど、私の生まれた昭和31年はまだその高度成長期が始まったばかりだったから、自分の子供の頃にはまだ戦前・戦後の風物詩が多少残っていたのではないか。それが私の記憶にあるような気がする。しかも私は東京の下町育ちなので、高度成長期の波がまだここに全部きていなかったのではないか。だからここに書かれる風物詩を共有できるところがあるのである。
 もちろん昭和2年5月1日の生まれの吉村さんのように戦前・戦後を体験してきたわけじゃないから、私の記憶にあるのは戦後残されたものの一部というところだろう。

 一時“昭和ブーム”みたいなところがあって、そのレトロ感が郷愁を誘うような風潮があった。まぁ、平成元年生まれ私の息子が今年の1月に成人式を迎えたのだから、昭和が終わって20年経っているわけで、郷愁を誘うものになっても不思議じゃないかもしれない。
 ただ吉村さん「人間はとかく過去を美化しがちだが、『古き良き』などと軽々しく言ってもらっては困るのである」とそういう風潮に釘を刺している。過去がすべて古き良きものであったはずがなく、不便で非衛生的で、汚い部分もあったはずで、現代の方が圧倒的に社会生活が快適になっていると言っているのである。こういう客観的な比較がきちんとできて、この本は書かれているので、手放しで“あのときは良かった”と言われないところが読んでいて心地よかった。
 昔を振り返るとき、今から比べればおもちゃみたいなものであっても、必ず郷愁というものがそれを美化してしまうところがある。確かに何でもかんでも機械にやらせる今の道具から比べれば、この当時のものは基本的にマニュアルだったからどうしても人間の手や力がどこかで及ぶ。それを人間的だと勘違いする言い方は基本的に私は気にくわない。どう考えたって、今の方が便利はずで、その方が便利なら、あるいは楽だと思うなら、はっきりとそういえば言えばいいと思うのだ。
 私はそういうことを言う輩が、一昔前に戻ったら、果たしていつまでそれに堪えることができるだろうかと思う。当時が“良かった”というのは、視点を現在に置いているから言えるのであって、本当に当時は良かったのかどうかはまた別問題だったろう。当時はそんな方法しかなかったから、そうしていただけであって、もっと改良の余地があればそうしていたに違いない。限界がそこまでだったから、そんな粗末な(今から見れば)もので済ませていただけのことである。それを今復活したところで快適になれるはずがないと思う。
 確かに何でも過ごしてきた時代を懐かしむことはある。それはそれでいい。けれどそれを美化だけする傾向はおかしいと私も思う。ノスタルジーは所詮ノスタルジーである。それだけである。


評価
★★


書誌
書名:昭和歳時記
著者:吉村 昭
ISBN:9784167169312
出版社:文芸春秋 (1996/10/10 出版)文春文庫
版型:270p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

2009年07月31日

ジャック・ジョーンズ著『ジョン・レノンを殺した男』〈上〉〈下〉

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 この本は映画『チャプター27』の原案本である。訳者のあとがきによると、映画の方はこの本の上巻前半部分を使い、ジョン・レノン殺害にいたる3日間のマーク・デイヴィッド・チャップマンの行動に焦点を絞ったものだという。

 1980年12月8日、ニューヨーク・マンハッタン、ダコタハウスの前で、ジョン・レノンが5発の銃弾を浴びて殺害された。


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 犯人は世界一のジョン・レノンファンを自称するマーク・デイヴィッド・チャップマンであった。犯行の瞬間、彼が手にしていたのは、一丁の拳銃と『ライ麦畑でつかまえて』だった。


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 この本を読みたいと思ったのは、何故マーク・デイヴィッド・チャップマンはジョン・レノンを殺害しなければならなかったのか。それが知りたかった。確かにチャップマンが自分の心の中の“闇”を語る部分は興味深かったが、しかし読んでいるうちにだんだん吐き気を催すほどの怒りが私の中に生まれてくるのであった。
 それは自分が好きであったビートルズのメンバーであったジョン・レノンを殺したというファン意識からではなく、チャップマンが単に“ちやほやして欲しい”だけであって、そこには自己中心的で、被害妄想の塊であり、逃避癖がある人間でしかないことの怒りであった。彼は自分のすることにいつでも“正統性”を求めるだけの人間でしかなく、自己の中にある矛盾から自家中毒を起こしているだけの人間でもあった。そしてターゲットにされたのがチャップマンが子供の頃に憧れたビートルズであり、ジョン・レノンだったのである。
 チャップマンはビートルズというものが単なるミュージシャンであることをやめて、何百万ドルという規模の金を動かす一大事業になりはじめ、愛と平和をめぐる無垢の歌を自分たち個人の富と権力を求める堕落した強大な事業のために利用したと思い込んでいた。 それを偽善と考えたのである。チャップマンはそうした偽善がさまざまな問題の根源であり、さらに深刻なことにそうした偽善こそが自らの苦痛の原因にもなっているとチャップマンは考えていたのであった。
 チャップマンの友人が「マークがジョン・レノンの『イマジン』をあれは共産主義者の歌だと言っていたのをぼくは覚えています」と証言しているし、「そして、ビートルズがキリストより人気があるというあのレノンの発言には、彼は本当に頭に来てましたね」とも言っている。
 実際チャップマンが「天国もない宗教もない世界を想像してみろ」というレノンのメッセージが神への冒涜だとして『イマジン』を罰する抗議運動に参加していたし、彼はときには週に何度も宗派の祈祷集会やデモ行進に参加して、自らレノンの歌『イマジン』の預言めいた歌詞をつけて「ジョン・レノンが死んだと想ってごらん」と替え歌にして歌っていた。
 まぁこういうギャップに対して腹を立てるほど純粋だったと言えば言えそうだけど、そういうのっていつでも、どこでもある。現実は理想とは違うのだ。そのくらい分かれよと言いたくなる。

 しかし私がこのチャップマンに吐き気を催すほど怒るのは、そういうことじゃない。自分のやったことの正統性を主張するところが腹ただしいのだ。例えば何故ジョン・レノンを殺害に至ったのか、その説明を次のように言う。

 チャップマンは「自分が二十五歳の大人の男だが、いまだに子供の感受性を持っている」と言う。もっと彼の言うことを詳しく書くと、次のようになる。

 マーク・デイヴィッド・チャップマンは当時25歳という大人とホールデン・コールフィールド(サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の主人公)と同じ16歳の子供の内面を持っていたと言う。そしてジョン・レノンを殺したのはレノンが自分のヒーローであったその子供であるというのである。

 子供は自分の新しいおもちゃで遊びます。ところが、ある日、その新しいおもちゃを片づけようとして箱を開けると、もう何年も昔に遊んだおもちゃが出てきました。かつては自分のヒーローでしたが、いまはその面影もありません。子供はそれを見せかけの大人、偽りの大人に見せました。彼は言いました。「見てくれ!ぼくのおもちゃだったのに何だ、このザマは!」そして彼は癇癪を破裂させるのです。
 そして大人はなすべきことを知ったのです。大人には銃の知識がありました。飛行機の乗り方も知っています。お金を手に入れる方法も知っています。そうやって大人と子供はある種共謀をしたのです。自分のアイドルに対する子供の苛立ちと憤り。それは変わり果てたおもちゃに対するものでした。

「ダメだ!ダメだ!ダメだ!ダメだ。ぼくはヤツを殺したいんだ。ヤツをブッ殺してやりたいんだ。ヤツはぼくのものだ!ぼくはヤツの命が欲しいんだ!」

 ぼくは彼の背中に狙いを定めました。引き金を五回引きました。するともう頭の中は堰を切ったような状態になってしまいました。
 さらに「ぼくは自分がとてつもなくつまらない人間だという気がしていました。ですから、出かけていってその惨たらしい行為をすることで世の中がぼくを何者かにしてくれるのだというのは、ぼくにとっては、ひじょうに魅力的なことだったのです」と言うのである。
 つまり彼はジョン・レノンを殺害することで、人に相手にされない人間から、ジョン・レノンを殺した人間としてまた生まれ変わったとしてひとかどの人間(somebody)になれたことに満足するのである。
 というのも彼は絶えず人から自分の存在を認めて欲しいという願望が強かった。人にとって自分は意味ある存在であることいつも求めた。そこに自己満足を見出していた。
 実際彼はハイスクールを卒業した1973年からコヴェナント・カレッジに入学する1976年までの間、チャップマンはYMCAの国際的な特使として中東を旅し、歴代のふたりのアメリカ大統領と握手を交わしている。彼はまたジョージアでの恵まれない子供たち相手の仕事やヴェトナム戦争による難民のための仕事を評価される栄誉に浴している。レバノンのベイルートでは自分のいるすぐ近くの街路で勃発した内乱のさなかから生き還ってきた。それがチャップマンの栄光の時代でもあった。
 そういう体験をなまじしているものだから、いったんそうしたところから落ちてしまうと、こういう人間は弱い。何せ他人を通してしか自己を見出せないのだから。彼はその後精神的に病み、自らを次のように言うのだ。

 「ぼくは自分のいろんな問題から逃げて、自分を孤立させるという大きな過ちを犯してしまいました。
 自分を世界から切り離してしまうと、自分独自の世界を作り出さなきゃならなくなります。ぼくがやったのは、それだったんです。ぼくは自分の世界を編み出したのです。自分自身の中に引きこもり、もはや生きていく理由すらなくなってしまいました。ぼくはどんどん外の世界を遮断して、閉じこもり、パラノイアになっていきました。ますます敏感になり、傷つきやすくなっていきました。人間嫌いになりはじめ、みんなを軽蔑するようになりました」

 その時彼がやったことはけちくさい脅迫電話や、自分の妻に暴力を振ることだけだった。他人には何もできない人間であった。所詮その程度の人間なのである。後はそういう気持がどんどん鬱積しさえすれば、大きな力となり、あと何かの力が後押ししてくれれば大事件となる。彼の場合はジョン・レノン殺害であった。

 さらに腹立たしいのは、ジョン・レノン殺害に自ら怯えるに当たり、今度は自分が愛読してきたサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の普及を自分の裁判で主張することで、罪悪感に対処していくのである。この本はいい本だから是非皆さん読んでくださいねとひたすら言うことが自分の使命と思い、自分が感じる怖れや罪悪感とすり替えていくのである。自らを「ライ麦畑の補導員」と称するのである。
 ちなみに『ライ麦畑でつかまえて』の主人公ホールデン・コールフィールドは、今でいう“おちこぼれ”で、学校の寮を飛び出し実家に帰るまでニューヨークを3日間ぶらぶらする話なのだが、自らの夢を「自分は、広いライ麦畑で遊んでいる子どもたちが、気付かずに崖っぷちから落ちそうになったときに、捕まえてあげるような、そんな人間になりたい」と語り、それがこの作品の主題ともなっている。チャップマンはホールデン・コールフィールドが語る夢の人を「ライ麦畑の補導員」と言っているのだ。

 こうしてこの男は自分を美化し、問題をすり替えて行く生き方しかできなかった。そういう人間だったのである。またそういう人間に限って被害妄想が激しいときているからたちが悪い。そして彼らを精神病者に仕立てていく輩がいるのである。精神鑑定家ってやつだ。何でも加害者の生い立ちや育ってきた家庭環境などに原因を求めるのだ。そしていつの間にか責任をどこかに吹っ飛ばしてしまうのだ。
 この本の下巻はそういう話でいっぱいである。チャップマンの育った家庭環境や生い立ちからジョン・レノンの殺害に結びつく何かを捜そうとするのは結構だけれど、私から言わせれば「だから?」と言いたくなる。むしろジョン・レノンのファンから出されたチャップマンへの手紙に「娑婆に出てきたら殺すぞ」という意見の方が、私としては自然のように思えるのだ。

 チャップマンは20年から終身刑の判決を受けていて、現在も釈放されていない。2008年8月12日、5度目の仮釈放申請を却下されている。ニューヨーク州当局の声明文によると、仮釈放は「公共の安全と福祉に与える影響を懸念して」認められなかったと言っている。


評価
★★


書誌
書名:ジョン・レノンを殺した男〈上〉
著者:ジャック・ジョーンズ 堤 雅久【訳】
ISBN:9784594055134
出版社:扶桑社 (2007/11/30 出版)扶桑社ミステリー
版型:332p / 15cm / A6判
販売価:749円(税込)


書誌
書名:ジョン・レノンを殺した男〈下〉
著者:ジャック・ジョーンズ 堤 雅久【訳】
ISBN:9784594055141
出版社:扶桑社 (2007/11/30 出版)扶桑社ミステリー
版型:370p / 15cm / A6判
販売価:800円(税込)

2009年07月29日

村上春樹著『遠い太鼓』

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 この本は買ってからすぐ読んだはずである。しかしこれといって記憶に残っているものがなく、自分の本棚を見ていて、村上さんがギリシア、イタリアに滞在されていた頃のことが書かれていたんだと思い再度手に取った。
 村上さんは1986年から1989年の3年間に、ギリシア、イタリアで過ごす。この時村上さんは『ノルウェイの森』、『ダンス・ダンス・ダンス』の長編を書くためにここに来ている。つまり観光ではなく、あくまでも小説の執筆のためこの地に来ていたのである。だから私が期待する紀行文とは少々趣を異にする。もともと村上さんは自ら「だいたい僕は遺跡というものに興味がないのだ」と言っているので、そうした観光を期待していると裏切られる。
 例えばアテネ。村上さんはアテネを次のように書く。

 アテネといえば人口三百万を数えるギリシャ随一の都会(これは実にギリシャの総人口の三分の一近くに相当する)ではあるけれど、観光客が通常動きまわるエリアに限って言えば、それほど大きな町ではない。たいていの歴史的遺物は歩いて行ける距離にあるし、ごく控えめに言っても三日あれば目ぼしいものは全部見て回ることができる。この街は大昔ポリスのまわりに、まるで磁石に鉄屑がくっつくように近郊住宅が付着して、そのまま無定見にぼわぼわと発展したような都市だから、観光客にとって興味ある場所ははっきりと中心部に限られているのである。だって近郊住宅地部分なんか見にいったってしかたがないから(たとえばあなたが東京に来た外人観光客だとして、ひばりヶ丘だとか多摩プラーザだとか西国分寺だとかわざわざ観光に行きますか?)普通の人はアクロポリスに登って、プラーカでレッツィーナを飲んでムサカを食べて、町をぶらぶら歩いて、土産物屋をのぞいて、シンタグマ広場でお茶を飲んで、リカビスト山からアテネの夜景を見て、その後時間と興味のある人は国立考古学博物館を見物して、それでおしまいである。

 と素っ気ない。

 ただイタリアの“いい加減さ”が面白く書かれる。特にローマでの生活事情は日本とはかなり異なるため、読んでいてやはり呆れてしまう。村上さんの友人が「なにしろローマって二千年がかりで腐敗しつづけているような都市だからね、腐敗にも年季がはいっているんだ」というくらいだから、並大抵のことじゃないみたいだ。
 ローマの駐車事情もかなりひどいようだ。路上駐車は当たり前。少しでもスペースがあればなんとかしてそのスペース車を入れる。もちろんぶつけたってまったく気にしない。そもそもバンパーなんていうものはぶつけるためにあるもんだと考えている。二重駐車なんていうのも日常茶飯事みたいだ。
 つまり駐車場がローマにはないのだ。「どうして存在しないかというと、まずだいいちに街そのものが狭いからである。狭い上に、建築物の規制が厳しいから、現代的な駐車用のビルなんて建てることができない。街中の建物はほとんどが歴史的建築物みたいなもので、言うまでもないことだが、歴史的建築物にはもともとガレージなんてついていない。
 それから地下を掘り下げて駐車場を作ろうとしても、これがなかなか作れない。少し地面を掘るとすぐ何かの遺跡が出てくるからである」らしい。

 なるほど!

 また泥棒にも頻繁にあう。観光ガイドブックには「注意しなさい」と書かれているけれど、それは「世界の何処でも同様である」、「常識を働かせればいいのです」くらいのアドバイスではすまない町みたいだ。「ここではどれだけ注意しても、どれだけ常識を働かせても、それを越えた災難がちゃんとふりかかってくるのだ」という。「私は断固『冗談言っちゃいけない』と思う」と言い切る。タクシーだって料金をかなりぼるみたいだ。
 私はイタリアにはあこがれるけれど、今もこんな状況だと勘弁して欲しいなと思う。そういえば以前読んだ井上ひさしさんのイタリア紀行文にも、空港に着いたとたん旅行バッグを盗まれたことが書いてあったから、状況はそう変わっていないのかもしれない。
 泥棒やスリなどに注意しながら暮らす生活は疲れるし健全じゃないと言う村上さんの言葉はまさにその通りだと思うので、なんとかならないのかなと思う。もっともこれがすべてではあるまい。真っ当なイタリア人だっているはずだし、この本ではそういう人たちのこともちゃんと書かれている。
 そうした人たちを通して、村上さんがいたイタリア人とギリシア人との比較論が面白かった。

 僕の見聞したかぎりではギリシャ人というのは比較的混乱しやすいタイプの人種である。なんとかうまく物事をこなそうという意志はあるのだけれど、すこし事態が込みってくると収拾がつかなくなって混乱し、ある場合には怒り始める。またある場合には落ち込んでしまう。こういう点ではイタリア人と正反対である。イタリア人は始めから物事をうまく処理しようという意志が希薄なので、それがうまくいかなくても殆ど混乱しない。

 へぇ~そうなんだ!

 この本を再度読み直して感じたことはこの程度なので、結局昔読んでそのままにしてあると記憶に残らなくてもしかたがなかったかなと思った次第だ。


評価
★★


書誌
書名:遠い太鼓
著者:村上 春樹
ISBN:9784062033633
出版社:講談社 (1990/06/25 出版)
版型:497p / 21cm / A5判
販売価:1,890円(税込)

2009年06月29日

吉村昭著『死顔』

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 今まで吉村さんの随筆と歴史小説は読んできたのだが、今回短編小説を初めて読んでみる。今回の本は私小説風のものが四作と短編の歴史小説が一作収録されている。「死顔」と「二人」は似ていて、多少趣を変えて書かれたといった感じだ。
 そしていずれも「死」をテーマにしたものばかりだ。この本の帯にもあるように、吉村さんの自らの「死」を覚悟して書かれたもののように感じることができる。

 「死顔」と「二人」は似ていると書いたが、短編小説としては「二人」の方がいい作品になっているように思えた。「死顔」は同じ兄弟の死を扱っているものの、どちらかと言えば、吉村さんが自分の死の迎え方、あるいは死後の家族の対応を遺書みたいな感じで書いてあって、そのことで、この作品はは失敗じゃないかなと思えた。つまり小説にするものではなかったような気がするのである。
 例えば、「死顔」では幕末の佐藤泰然の死の間際のことを次のように書いている。

 幕末の蘭方医佐藤泰然は、自らの死期が近いことを知って高額な医薬品の服用を拒み、食物をも断って死を迎えた。いたずらに命ながらえて周囲の者ひいては社会に負担をかけぬようにと配慮したのだ。

 だから自分も延命治療は望まないし、葬式も家族だけの密葬を望んだ。確かにそのあたりは吉村昭さんらしいなと感じるし、むしろ吉村昭さんならそうあって欲しいと思っていた。
 司馬遼太郎さんみたいなメジャーな歴史小説家ではなかったけれど、独力で地道に取材を重ね書かれる重厚な歴史小説家であっただけに、その意志の強靱さは、最後はそうさせるだろうと思わせた。
 奥様の津村節子さんの「後書きに代えて」には癌との壮絶な闘いが記されているけれど、最後は「夜になって、かれはいきなり点滴の管のつなぎ目をはずした。私は仰天して近くに住む娘と、二十四時間対応のクリニックに連絡し、駆けつけた来た娘は管を何とかつないだが、今度は首の下の皮膚に埋め込んであるカテーテルポートの針を引き抜いてしまったのである。私には聞き取れなかったが、もう死ぬ、と言ったという」と書かれている。まさしく佐藤泰然が死の間際にとった態度を地でいったようである。
 今まで何冊か吉村さんの随筆を読んでいて感じたことであるけれど、吉村さんの生き様には自分のことで「人様にご迷惑をかけぬよう」というところが至るところで読み取ることができた。だから自分の死も生前から佐藤泰然の死に方をそのまま置き換えていたのだろう。
 それでなくても学生時代結核を患い、辛うじて生き延びてこられた吉村さんである。きっといつも自分の「死」について考えてこられたのではないかと思うのだ。
 ただそうした「死」に対する個人的考えを多く入れてしまったため「死顔」は小説としては駄作としてしまった感が否めない。個人的には先に言ったように同じ兄弟の死を扱った「二人」の方がいい小説に思えた。

 翌日の夜、ウイスキーの水割りを飲んでいると、兄から電話がかかってきた。
 兄も酒を飲んでいるらしく声がはずんでいる。
 「とうとう二人きりになったね」
 兄は、感慨深げに言った。
 「そうですね。お互い体を大事にしましょうよ」
 私は、明るい気分になって答えた。
 兄は、あらたまった口調で、
 「今さらこんなことを言うのも変だが、人は必ず死ぬものなんだね。兄や妹、弟が八人いたのに、一人一人確実に死んでいった。残ったのは、あんたと私だけだ」
 と言った。
 次兄の死で同じことを考えていた私は、かすかに笑った。
 「どうだね、生まれた町の小料理屋にでも行って、二人で飲まないかね」
 「いいですね。ただ、この寒さじゃどうにもならない。桜でも開花した頃ですね」
 「そうね。そうしよう」
 兄は、じゃ、またと言うと、電話を切った。
 桜が開花した頃か、と私は胸の中でつぶやき、ゆっくりした気分でグラスを手にした。

 いい感じだと思いませんか。私はこの終わりが好きであった。


評価
★★


書誌
書名:死顔
著者:吉村 昭
ISBN:9784103242314
出版社:新潮社 (2006/11/20 出版)
版型:257p / 19cm / B6判
販売価:1,365円(税込)

2009年06月23日

東海林さだお著『トンカツの丸かじり』

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 日曜日に東海林さん本を読もうと決めたのだが、先週は村上春樹さんの本に夢中になってしまい、とてもじゃないが途中でやめることができずに、そのまま読み続けてしまった。そして今週はテレビの映画とドラマに夢中になり、本を読むどころじゃなかった。ということで月曜日までこの本を持ち越してしまった。そしてそうこうしているうちに、このシリーズ30巻目が出ちゃって、こりゃあやばいなと思い始めている。しっかり予定通り読まないと、下手したら今年中で読み終わらないかもしれない。
 というわけで、慌てて読み始める。

 が、つまらない。

 というか、もう三冊目で食傷気味になってきてしまった。毎度毎度同じパターンで繰りかえされる食に関するエッセイは飽きるものだとわかり始めた。正直なところこんなはずじゃなかった。これはまずい。いつもの読書の箸置きみたいな感じで読むならいいのかもしれないが、ノルマとして読んでやろうと目論む本じゃないのではないかと思い始めた。これは“日曜日の読書”を考え直さないといけないかもしれない。
 というわけで、この本を読んでいて「もう、いいや」と思ったのが正直な感想だ。次はちょっと時間をおいてから読もうと思っている。


評価
★★


書誌
書名:トンカツの丸かじり
著者:東海林 さだお
ISBN:9784022560759
出版社:朝日新聞社 (1989/11/30 出版)
版型:217p / 19cm
販売価:入手不可

2009年06月12日

阿刀田高著『日曜日の読書』

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 この本昔新潮文庫で出ていた。今は目録を見るとないようなので、品切れ重版未定の状態なんだろう。で、私は親本をたまたまブックオフで見つけた。富士通経営研修所という聞いたことのない出版社から出ている。どうしてこんな出版社から阿刀田さんの本が出ているんだろうと思いつつ、はしがきを読んでみると、どうやらこのエッセイは講演集であり、もともと富士通の研修で行われた講演を一冊の本にしたようだ。
 どういうことかと言えば、当時富士通では四十五歳以上の社員は通称“四十五歳研修”を必ず受けなければならないらしく、それは元会長の命令らしい。趣旨は富士通の社員はコンピューター関連では優秀であるが、教養に欠けるところがある。だからもう少し文学、絵画、演劇、音楽、宗教等教養を深める必要があるということでこの研修が必修となったらしい。そして文学を担当したのが阿刀田さんである。
 ここでは堅苦しい文学講義をされたわけではなく、あくまでも教養という範囲内の話がされている。要は本をどう読めばいいのかということで、テキストにされたのが以下の作品である。

芥川龍之介 『羅生門』、『藪の中』
柴田翔 『中国人の恋人』
遠藤周作 『深い河』
阿刀田高 『新約聖書を知っていますか』
松本清張 『ゼロの焦点』
吉本ばなな 『キッチン』
大江健三郎 『飼育』
安部公房 『砂の女』
井上靖 『楼蘭』

 このうち『羅生門』、『藪の中』、『深い河』、『ゼロの焦点』、『砂の女』、『楼蘭』は読んだことがある。中でも『深い河』の阿刀田さんの解説では、「この小説には、遠藤周作自身が感じたであろうこと、すなわち、遠藤周作のように幼い頃からキリスト教の中にあった人であってもなおヨーロッパ人が考えているキリスト教に入ってゆくのはむつかしい部分があるという現実が非常に巧みに書かれていると思いました」という部分は私もそう感じたのであった。大津という神父を目指す人間が苦悶しつつ、日本人にとってキリスト教とは何かを問い続けた姿を見ると、まさしく阿刀田さんが感じた通りだ。
 あと井上靖さんの『楼蘭』も“あっ、そうか!”と思った。そこには「普通の小説では、事実を先に置いて、このような事実がありました。これはこういう事情だったでしょう、というふうなスタイルが多いのですが、この小説は全く逆の作り方で、不確かな王妃様の死の事情を先に置いて、最後にヘディンの発見という事実を示して、前の王妃の物語に現実性を持たせています」とある。確かにそうだ。そしてもう一つ井上さん作品で『敦煌』も同じスタイルだったんじゃなかったかなと思った次第だ。

 ここで面白いと思ったことを書く。大江健三郎さんの作品は難解だと阿刀田さんは言う。読みにくいとも言う。でもサラリーマンの読書として、大江さんの作品を難解だと言って途中で投げ出したってかまわないと言ってくれる。要は自分に合わない本なら、止めちゃたって、一向にかまわない。だって学者や学生の研究のために読書をしている訳じゃないのだからと言うのだ。読書を楽しみなさいというところだろう。私もこの意見には大賛成だ。ただ難解だといって一向にページが進まないのは悔しい部分はあるけれど。
 もう一つ面白いと思ったことはワープロに対する阿刀田さんの意見である。この本は阿刀田さんの作品紹介が最初にあって、その後質疑応答がある。この質疑応答は講義の内容に限定せず、文学に対する、あるいは小説家に対する富士通の社員の疑問点を受け付けている。
 そこで阿刀田さんが小説を書くに当たり何を使って書かれているかという質問がある。阿刀田さんは鉛筆で書かれていると言うが、昨今ワープロで文章を書かれる作家も数多くいることにふれ、ワープロを使うことで問題点を指摘する。曰く、「たとえば、ある言葉を求めると、頻度の高い言葉がいくつか並んで画面に出てくる。その中から選択するようになっている。頻度の高い言葉というのは、過去の統計から見て割り出されたもの」である。でも創作というのは「創造的な言語の使い方」が必要であって、それが欠けてしまうのではないか。
 曰く、「文学の研究の分野から言ってワープロ時代になると、生の原稿を基にして、作家の思考プロセスを判読する方法がなくなってしまう」。つまり生原稿の書き直し、書き加えは、どういう経緯でそういう文章になったかを読み取れるというのだ。
 さらに、ワープロで作品を書いているからか、最近の新人さんの小説は長いという。また主人公の名前が以前なら手で書くため字画が少ない名前だったのだが、ここのところ手間のかかる、例えば“麗子”なんて使うと言う。これは笑った。さもありなんと思った。手書きだったら絶対に“麗子”という名前は使わないだろう。やはりこれはワープロがなせるワザだろう。
 最近読めない漢字の読み方の本が売れているらしいが、そこに書かれている漢字って普段使うものなのだろうか思う。特にテレビの雑学クイズ番組でやっている小難しい漢字をどう読むかなど、それが読めたからっていったいどうなるというのだろうかと思う。そんな漢字普段使わないでしょ。大方の人が読めないなら使わない方がいい。読めなきゃ意味が通じないはずだ。だったらひらがなで十分だ。ひらがな文章も結構美しいものである。文章は伝達手段であり、漢字はその文章を構成するひとつの記号である。もちろん漢字は表意文字だから、漢字そのものに深い意味が込められることも理解しているけれど、それが読めなきゃ意味がない。
 最近はブログなどの普及によって一億総文章家的なところがあるけれど、そこに書かれるいかにもワープロが変換してくれましたという漢字がずらりと並ぶ文章を見ると腹が立ってくる。難しい漢字を書けばそれが格調のある文章だと勘違いしている。そう思うことがよくある。


評価
★★


書誌
書名:日曜日の読書
著者:阿刀田 高
ISBN:9784938711436
出版社:富士通経営研修所 (1996/01/25 出版)
版型:286p / 19cm / B6判
販売価:入手不可