2008年07月12日
柳広司著『黄金の灰』
ネットでシュリーマンやトロイなど調べていたら、こんな本があることを偶然知り、面白そうと思い、さっそく読んでみた。
読んでみて、全体で感じたことは、奇妙な推理小説だなということである。とにかく話にまとまりがなく、面白い展開になったと思ったら、明かされた推理はそのままにして、次に進んでしまい、じゃあこれはどうなるのだと思っていたら、それで話が終わってしまう。
話はシュリーマンがトロイでプリアモスの財宝を発見したことから始まり、それが盗まれ、二人の人間が殺される。シュリーマンたちが盗まれた財宝を探しだし、二人の人間を殺した犯人を捜すことになる。その経過をシュリーマンの婦人ソフィアを通して語られる。まあ、史実の縛りがあるから結果の嘘は書けないだろうけど、結果としてシュリーマンがプリアモスの財宝を発見したことが揺るがなければ、その間一時的にその財宝が盗まれ、人が殺されても、事件が解決すれば、シュリーマンの手元に財宝が戻る訳だから、お話の世界は成り立つ。だからそれはそれでいい。
問題は話の中に密室殺人あり、そのトリックを『モルグ街の殺人』からヒントを得たと言ってみたり、トルコの民族解放問題あり、キリスト教の神学問題あり、果てはフロイトの無意識の問題ありとなんでも知っていることを盛り込んじゃった感じで、話に脈絡がない。
面白そうと思ったこともある。シュリーマンが地元のギムナジウムを退学して商人の徒弟になり、体調を崩し、首になり、南米に渡って仕事を探そうとしたとき、その船が難破した。シュリーマンはその自伝で「船は難破したが、死者はいなかった」と書いている。これに疑問をもったアメリカの旅行者トマス・ブラウンは、船が難破したのは12月11日の北海である。この時期、海水の温度は零度近くなるはずだから、そんなことはあり得ないという。そしてこの船にはシュリーマンとよく似ていた少年がもう一人乗っていた。ブラウンはここから今ここにいるシュリーマンは本物のシュリーマンじゃないのではないか。つまりこの難破事故で、本物のシュリーマンは死亡し、すり替わってもう一人の少年がシュリーマンとなったのではないかと。
だからすり替わったシュリーマンは以後故郷に帰ろうとはしなかったし、初恋のミンナに結婚を申し込もうとした数日前にミンナが結婚していて、悲しみにくれたと言っているが、本当はミンナが結婚した事実を確かめてから、結婚を申し込もうとしたしたのではないか。そして幼い弟呼び戻したけれど、アメリカにいるルイスは呼び戻さなかった。それらすべてが、自分が本物のシュリーマンではないことがばれてしまうからそうしたんじゃないかというのである。
この展開は「おお!」と思ったのだけれど、しかしこのルイスの推理は以後話に出てこない。だったら何でここでこんなことを持ち出したのか、作者の意図がよくわからない。しかもこれを使えば話は面白くなりそうなのに、何かもったいない感じがしてしまった。もっともこの推理を展開しちゃうと史実と食い違ってしまうから、それまでにしておいたのかもしれない。とにかく史実に縛られてしまい、せっかくいいアイデアがあるのに生かし切れずいるのは残念だ。
それとここに出てくる人物のしぐさがどうもヨーロッパ人ぽくないのだ。たとえばシュリーマンがプリアモスの財宝を見つけ、それを遺跡現場から密かに持ち出したとき、ブラウンにどうしてそんなこそこそするのかと問われる場面。
「黄金が発掘された事実を、この土地の者や、ましてトルコの役人に知られたら、とても面倒なことになるのです。だから・・・」
「なるほど」ブラウンはぽんと額を打つとハインリッヒに向き直り、なお興奮さめやらぬ口調で尋ねた。「で、いつ見つかったのです?」
ヨーロッパ人がポンと額を打つか?何か落語の長屋での会話で出てくるしぐさに似ていていないか。この後もう一度ブラウンは同じしぐさをする場面があるから、それは癖なのかもしれないが、何かおかしい。もうちょっとスマートやってほしいな。それにいろいろ持ち出して、話を複雑にしても、すぐ犯人の見当がついちゃったしね。これは失敗作だな。それにこの本の解説も何を言いたいのかよくわからなかった。
評価
★
書誌
書名:黄金の灰
著者:柳 広司
ISBN:9784488463021 (4488463029)
出版社:東京創元社 (2006-11-30出版) 創元推理文庫
版型:390p 15cm(A6)
販売価:780円(税込) (本体価:743円)
- Permalink
- by kmoto
- at 08:03
- Comments (0)
- Trackbacks (0)