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      <title>どんなことがあっても、本が好き</title>
      <link>http://www.k-moto.net/book32/</link>
      <description>本に関するささやかな個人的意見</description>
      <language>ja</language>
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         <title>ウォルタ－・アイザックソン著『スティ－ブ・ジョブズ』〈１〉〈２〉</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_02_03_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2012_02_03_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_02_03_01-thumb.jpg" width="150" height="207" /></a>


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　ジョアン・シーブルはイスラム教徒のティーチングアシスタントのアブドゥルファクター・ジョン・ジャンダーリと付き合い、２３歳のとき妊娠する。ジョアンの父親の反対があって、二人の結婚は難しく、生まれた子を養子縁組に出す。その子は機械に情熱を傾ける高校中退のポール・ラインホルド・ジョブスと母親アルメニア移民の娘クララの息子となった。彼の名はスティーブン・ポール・ジョブスである。
この本はスティ－ブ・ジョブズ公式自伝である。ジョブスはつい最近亡くなったこともあって、この本は発売前に話題となり、発売当時ベストセラーランキング上位に入っていた。
　私はウィンドウズユーザーなので、マックに関してはまったくの素人である。その素人である私もアップルの製品にはかなり関心がある。なんと言ってもそのデザインのかっこよさと、製品がいつも世界の関心を引くものばかりを作ってきたことは、どうしてそれが可能であったのか、興味が尽きない。
　特にアップルが新製品を発表するときのジョブスはプレゼンテーションの帝王と呼ばれ、「ジョブスのプレゼンテーションにはドーパミンを放出させる力がある」とまで人々に言わせた。
ジョブスの製品ショーは緻密に組み立てられていて、ステージに上がったジョブスは、ジーンズにイッセイミヤケの黒のハイネック姿で水のボトルを持ち、ゆったりと歩く。会場はミサを助ける侍祭があふれており、企業の製品発表というより宗教的な伝道集会といった雰囲気だ、と著者は書いている。もちろんその演出を完成させるために、ジョブスは何度も思い悩み修正して完璧なものとしていた。
　アップルの創始者であり、経営者であり、プレゼンターであるスティ－ブ・ジョブズがどういう人物であったのか、そのカリスマ性に興味が尽きない。その人の自伝であるこの本が面白くない訳がない。

　ジョブスとアップルの歴史も興味深い。ジョブスの学生時代の素行から大学入学、中退。ビデオゲーム会社入社。インド放浪。アップル創業。ＡｐｐｌｅⅡの大ヒット。アップルⅡは、その後１６年間、さまざまなモデルが総計６００万台も販売される。パーソナルコンピュータという産業を興した立て役者と言っても過言ではない。
　そしてアップルから追放され、ＮｅＸＴを立ち上げる。さらにピクサーでの大成功後、再びアップルに復帰。業績が落ち込んでいたアップルを再建し、２０００年にアップルのＣＥＯに就任。iTunesとiPodによって音楽事業に参入し、さらにiPhoneで携帯電話事業にも乗り込んでいく。そしてタブレットのiPadの衝撃発表となる。その間自ら膵臓癌におかされ、痛みと闘いながら、アップルで立て続けにイノベーションを開拓していく。そして２０１１年１０月５日、膵臓腫瘍の転移による呼吸停止により死去する。
　ざっくりスティーブ・ジョブスの生涯を書けばこういうことになるのだが、その場面その場面、ジョブスが置かれていた状況がスリリングで、いかにもジョブスらしい方法で対処していくあたりは、面白くて仕方がなかった。
結局ジョブスの性格、考え方がそのままアップルに反映されていたことになるのだが、ときにはそうした独断専行の立ち居振舞いは反発を買い、追放劇となる。しかしアップルはもともとジョブスなしにはアップルであり得ない会社であったため、必然カムバックとなる運命であったのかもしれない。
　この本を読んでいてたえず感じたことは、製品に対するジョブスの思い入れであり、製品だけでなくパッケージのデザインまでこだわる姿勢である。その製品も外観だけでなく、中身も美しさを求めた。
　後にジョブスがガンでほとんど意識がない状態でも、その強烈な性格はおさまらず、たとえば呼吸器科の医師がマスクをジョブスにつけようとすれば、こんなデザインのものは身につけないとつぶやき「デザインの違うマスクを５種類もってこい、そうしたら気に入ったデザインのものを選ぶから」と言うし、指に付ける酸素モニターも不格好で複雑すぎるときらい、もっとシンプルにデザインする方法を提案していたという。
　そして製品にとことんこだわったことで、その他人がそれに手を加えることを嫌った。


　「そんなことをしたら、みんな、勝手なことをしてぐちゃぐちゃにしてしまう」


　と言って、マックがユーザーに改造されるのを嫌い開けられないよう特殊なネジした。ｉｐａｄをカバーするケースでさえ、ユーザーが独自に付けることを嫌った。せっかくこだわって作ったものにちんけなケースをかけるなんてとんでもない、ということなのである。
　ではなぜジョブスは製品の中身から外観、そしてそれを梱包するパッケージまでこだわったのだろうか？それは養子先の父親の影響による。ここでスティーブは父親から機械や車について手ほどきを受ける。もの作りに対する父親の姿勢に感銘を受けるのである。


　「おやじはデザインの感覚が鋭いと思ったね」


　「きちんとするのが大好きな人だった。見えない部品にさえ、ちゃんと気を配っていたんだ」


　かつてジョブスは父親から、優れた工芸品は見えないところも美しく仕上がっているものだと教えられた。これをジョブスがどれほど突きつめようとしたかは、プリント基板の例を見るとよくわかる。チップなど部品が取り付けられたプリント基板はマッキントッシュの奥深くに配列され、消費者の目には触れない。そのプリント基板でさえジョブスは、美しさを基準に評価した。

　重要なのはどれだけ正しく機能することであって、ＰＣボードなど見る人などいないじゃないかと新人のエンジニアは反論する。
それでもジョブスは「できるかぎり美しくあってほしい。箱のなかに入っていても、だ。優れた家具職人は、誰も見ないからとキャビネットの背面を粗悪な板で作ったりはしない」と言うのである。
　隠れた部分にも美を追究するという父親の教えにつながるものを、ジョブスはマイク・マークラから学んだ。パッケージやプレゼンテーションも美しくなければならないのだ。　　　
確かに人は表紙で書籍を評価する。だからマッキントッシュの箱やパッケージはフルカラーとし、少しでも見栄えがよくなるようにさまざまな工夫をした。
　さらにスティーブの実家のあたりは、ジョセフ・アイクラーというディベロッパーの建売住宅だったこともその後のジョブスに多大な影響を与える。


　「アイクラーはすごい。彼の家はおしゃれで安く、よくできている。こぎれいなデザインとシンプルなセンスを低所得の人々にもたらした。優れた機能があれこれと用意されていたのもいい。床暖房とか、ね。そこにカーペット敷くと、ほかほかと暖かく、子どもにとって最高の床になるんだ」子どものころ、アイクラー・ホームズはすごいと思ったからこそ、のちに、くっきりとしたデザインを持つ量販品に情熱を燃やすようになったと、スティーブはアイクラーのクリーンなエレガンスをたたえる。


　「すばらしいデザインとシンプルな機能を高価ではない製品で実現できたらいいなと思ってきた。それこそ、アップルがスタートしたときのビジョンだ。それこそ、初代マックで実現しようとしたことだ。iPodで実現したことなんだ」


　アイクラー・ホームで育った子どもはたくさんいるが、ジョブスは、それがどういう家でなぜクールなのか知る珍しいタイプだった。大衆向けのすっきりとシンプルな現代建築という考え方が好きだったのだ。
父親から、さまざまな車のスタイルがどう違うのか、細かな説明を聞くのも好きだった。だから、アップルを創業した最初から、カラフルながらシンプルなロゴやアップルⅡの優美なケースなど、優れた工業デザインが会社にとっても製品にとっても差別化の鍵をにぎると信じていた。


　「我々がデザインの主眼に据えていますのは、“直感的に物事がわかるようにする”です」


　さらに、


　「洗練を突き詰めると簡潔になる」


　これは宗教的ストイックさを感じさせるが、実際ジョブスは禅に多大な影響を受けている。


　「スティーブは禅と深くかかわり、大きな影響を受けています。ぎりぎりまでそぎ落としてミニマリスト的な美を追究するのも、厳しく絞り込んでゆく集中力も、皆、禅から来るものなのです」


　とにかくアップルで作られる製品にはすべてにこだわった。著者は最後で次のようにジョブスとアップルとの関係をまとめているが、まさにその通りだ、と読んでいて痛感してしまう。


　スティーブ・ジョブスの性格はその製品に反映されている。１９８４年初代マッキントッシュからｉＰａｄにいたるまで、ハードウェアとソフトウェアをエンドツーエンドで統合するのがアップル哲学の中核であるように、ジョブスも、その個性、情熱、完璧主義、悪鬼性、願望、芸術性、中傷、強迫的コントロールといった要素すべて、ビジネスに対するアプローチにも、そこから生まれる革新的な製品にもしっかりと織り込まれている。
　ジョブスの個性と製品をひとつにまとめる“統一場理論”は、もっとも目立つ彼の特質、すなわち激しさが起点となる。


　まさにその通りなのだろう。ジョブス＝アップルなのだ。だからアップルの製品にはジョブスのすべてが表現されている。しかし会社は個人でやっているわけじゃない。多くの人がその製品に関わっているはずだ。その中でジョブスが自分の主張を強く主張すれば、ある意味、会社内での独断専行の立ち居振舞いとなろう。ジョブスの言動にとげがあるのは完璧主義者だからという面もあれば、スケジュールと予算にしたがって製品を出せるように現実的な妥協（賢明な妥協のこともある）をする人間が許せないからであった。
　カリスマ的な物言い、不屈の意志、目的のためならどのような事実でもねじ曲げる熱意が、それが人びとの言う「現実歪曲フィールド」であった。ジョブスはこの「自己実現型の歪曲」で、不可能だと認識しないから、不可能を可能にしてしまうのである。可能かもしれないと思わせるところがすごいのである。


　ジョブスが極端な言動に走るには、他人の感情を思いはかる能力がないからだろうか。そんなことはない。むしろ逆だと言える。ジョブスは感情というものがよくわかっている。他人の心を読むのも、他人の精神的な強さ・弱さ、自信のなさを把握するのもおそろしいほど上手である。不意をつき、狙いすました一撃をバシンと感情にお見舞いして揺さぶりをかけることもできる。本当にわかり、説きふせたり喜ばせたり、あるいはまた、脅かしたりすることも名人級に上手なのだ。

　
　しかしジョブスのような性格は付き合いにくそうだ。ジョブスの言っていることを実行に移せば、他に見ない製品となってしまうからどこか宗教的なカリスマ性を帯びてしまうのかもしれない。
このようにジョブスはなんでも自分がコントロールしないと気がすまない性格だが、同時に、先行きが不透明だと思うと、優柔不断となり、前に進めなくなってしまうという。
　完璧を求めるあまり、中途半端なもので妥協したり、可能なものでがまんしたりが上手にできない。複雑なものへの対処も好まない。製品についてもデザインについても、自宅の家具についてもそうだ。
この性格は、やる気や姿勢にもはっきりと表れる。これは正しいと確信したジョブスは誰にも止められない。しかし少しでも疑いがあると消極的になり、自分にとって必ずしも都合のよくないことを考えずにすまそうとするらしい。こうなる背景には、人間はヒーローかまぬけ、製品は驚異かゴミなど、なんでも白黒に二分したがる彼の性格からだと周りの人間は見ていた。


　「すばらしい才能に恵まれた人の多くがそうだと思うのですが、あの人も、すべての面で非凡なわけではありません。たとえば、他人の身になって考えるといった社会的スキルは持ち合わせていません。でも、人類に新たな力を与える、人類を前に進める、人類に適切なツールを提供するということを、あの人は心の底から大事にしています」


　さて、すべてをエンドツーエンドででコントロールしたいというジョブスの欲求はビル・ゲイツが率いるマイクロソフトとは基本的にスタンスが両極端である。一方がクローズドであり、一方がライセンス制をひくことでオープンをとる。最終的にはマイクロソフトが市場を席巻することになるのだが、アップルもこのままではいられない。
　その中でパーソナルコンピュータはデジタル革命の中心であったが、ジョブスとウォズニアックがアップルを創設して２５年には、その役目を終わろうとしていると考える人が出てきた。
　このような時代にジョブスは、アップルを変革し、同時にテクノロジー業界全体さえも変革しようとする壮大な構想を打ち出す。パーソナルコンピュータは脇役になどならない、音楽プレイヤーから、ビデオレコーダー、カメラに至る、さまざまな機器をコンピュータにつないで同期する。そうなれば、音楽も写真も動画も情報も、ジョブスがいう「デジタルライフスタイル」のあらゆる側面をコンピュータで管理できる。このことはハードウェアからソフトウェア、コンテンツ、マーケティングにいたるまで、製品のありとあらゆる側面を一体化するアップルのような企業には有利である。そのような形なら、モバイル機器のコンテンツをシームレスにコンピュータで管理できるからだ。
パーソナルコンピュータを「デジタルハブ」として、音楽プレイヤー、ビデオレコーダー、電話、タブレットなど、いわゆるライフスタイル機器につなぐ。シンプルに使えるエンドツーエンドの製品を作るというアップルの強みと相性もいい。こうして、ハイエンドのニッチを狙ったコンピュータ会社は、世界トップの価値をもつテクノロジー企業へと変貌していく。
　最初はｉＰｏｄから始まる。もちろんここでもジョブスの今までの発想が遺憾なく発揮されている。なるべく多くの機能をｉＰｏｄではなくコンピュータのｉＴｕｎｅｓ側で行うことで、ｉＰｏｄをよりシンプルし、使い易くする。そのシンプル極地がｉＰｏｄにオン・オフのスイッチを付けなかったことである。また同期をコンピュータからｉＰｏｄへは曲が送れるが、ｉＰｏｄからコンピュータに転送出来ないようする。そうすることで違法コピーをできなくさせるというものであった。（ただこれは曲データを他の記憶媒体に落とし込み、他のパソコンへコピーすれば可能だろう）
　ｉＰｏｄは、最初マック専用であった。だからｉＰｏｄの爆発的人気でマックも予想以上に売れた。しかしアップル幹部は、アップルはマック事業だけでなく、音楽プレイヤー事業にも乗り出すべきという意見が多くなり、そうなるとｉＰｏｄがマック専用ではまずい。ウィンドウズでも使えるようにしなければならない。当然ジョブスは反対した。しかしそのジョブスも幹部の意見に折れた。
ウィンドウズ用のｉＴｕｎｅｓソフトウェアも大人気となる。ジョブスはウィンドウズ用のｉＴｕｎｅｓソフトが人気になっていることについて訪ねられると、「地獄の業火に焼かれている人に冷たい氷水をあげている気分だよ」と言っている。
　ｉＰｏｄは大人気商品となった。けれど心配もあった。携帯電話である。もし携帯に音楽プレイヤーが搭載されれば、携帯は誰でも持っているのでｉＰｏｄは不要になる。デジタルカメラの市場がカメラ付き携帯電話の普及で食い荒らされたのと同じ運命をたどりかねない。そうなる前に自分たちでやって作り上げたのがｉＰｈｏｎｅであった。もちろんその設計もｉＰｏｄ同様侃々諤々と議論され、アップルの基本姿勢であるシンプルでありデザイン性に優れているものが求められた。
　実はそのころアップルでは、プロジェクトがもうひとつ進められていた。タブレットコンピュータの開発が秘密裏に行われていたのだ。２００５年、ふたつの話が交わり、タブレットのアイデアが電話プロジェクトに伝えられる。つまり、ｉＰａｄが先にあり、それをもとにｉＰｈｏｎｅが生まれたらしい。
　そのタブレットコンピュータである。ジョブスは、本当はスタイラスペンなしで使えるタブレットコンピュータをいつか世の中に示したいと考えていた。当時スタイラスペンや普通のペンを使って入力するタブレットコンピュータはいくつか発売されていたが、いずれも大したことがなかったから、ここに市場が見出せた。その結果はご存じの通りである。　
ｉＰａｄとアップルストアでは、出版から報道、テレビ、映画にいたるあらゆるメディアに変革をもたらす結果となった。ちょっと前までは著名人のｉＰｏｄに何が入っているかが話題になったが、今度はｉＰａｄに何が入っているか話題となるのである。

　時代はものすごいスピードで変化している。コンテンツのハブがデスクトップコンピュータではなくなり、「クラウド」に移る。つまり、自分のコンテンツは、自分が信頼する会社の管理するサーバーに保管し、どこにいてもどういう機器を使っていても、必要なときにさっと呼び出せるようになる。このビジョンを実現したのが、ｉＣｌｏｕｄであった。ただジョブスの病状は悪化する一方で、実質ここまで関わることなく、その生涯を終えたことになる。

　ジョブスとビル・ゲイツとの関係に触れたい。特にＧＵＩに関してのやりとりは面白い。
　マイクロソフトは、ＤＯＳと呼ばれるオペレーティングシステムを開発し、ＩＢＭのコンピュータやＩＢＭ互換機にライセンスしていたが、「Ｃ：￥＞・・・・」というようなつっけんどなプロンプトにユーザーが対処しなければならない従来型のコマンドラインインターフェースであった。だからジョブスはマッキントッシュのようなグラフィカルなアプローチの仕方をマイクロソフトがまねするのではないかと心配していた。いわゆるＧＵＩである。
これはもともとゼロックスＰＡＲＣで開発されたものをアップルがコピーして使ったものである。最初はジョブスとの話し合いで、このシステムを使わないとゲイツと約束していたが、１９８３年１１月にウィンドウズやアイコンを持ち、マウスが使えるＧＵＩのオペレーティングシステムをマイクロソフトが発表する。当然ジョブスは激高する。

　「おまえのしているのは盗みだ！信頼したというのに、それをいいことにちょろまかすのか！」

　これに対してゲイツは、

　「なんと言うか、スティーブ、この件にはいろいろな見方があると思います。我々の近所にゼロックスというお金持ちが住んでいて、そこのテレビを盗もうと私が忍び込んだらあなたが盗んだあとだった－むしろそういう話なのではないでしょうか」


　と反論する。これは伝説的な一言だという。結局マイクロソフトはウィンドウズ１．０の開発にかかるが、出来上がったのは粗悪品であった。当然ジョブスは落胆するが、その不完全なコピーを作ったマイクロソフトが最終的にオペレーティングシステムの戦いを制してしまった。それでもジョブスは言う。


　「マイクロソフトが抱えている問題はただひとつ、美的感覚がないことだ。足りないんじゃない。ないんだ。オリジナルなアイデアは生みださないし、製品に文化の香りがしない・・・・僕が悲しいのはマイクロソフトが成功したからじゃない。成功したのはいいと思う。基本的に彼らが努力した成果なのだから。悲しいのは、彼らが三流の製品ばかり作ることだ」


　ジョブスと違い、ゲイツはコンピュータプログラムを習得しており、考え方は現実的で規則を重んじる。分析能力も高い。ジョブスはもっと直感的で夢見がちだが、技術を使えるようにする、デザインを魅力的にする、インターフェースを使いやすくするなどの面にするどい勘が働く。完璧を求める情熱があり、そのせいで他人に対してとても厳しく、カリスマ性と広範囲・無差別な激しさで人を動かす。
ゲイツはもっと整然としている。きっちりとスケジュールが組まれた会議で製品レビューをおこない、緻密なスキルで問題の核心に斬り込む。


　「どちらも、『頭は自分のほうがいい』と思っていましたが、美的感覚やスタイルを中心にスティーブがビルを若干、下に扱うことが多かったと思います。逆にビルは、プログラミングができないことからスティーブを格下に見ていました」


　ジョブスはビル・ゲイツと会社としてマイクロソフトと今後を次のように語っているが、これがなかなか興味深い。


　ビルは自分を“製品タイプ”の人間に見せたかったけど、本当のところはそんなタイプじゃなかった。彼はビジネスマンなんだ。彼にとっては、すごい製品を作るよりビジネスで勝つほうが大事だった。世界一の金持ちになったし、それが目的だったのなら達成できたわけだ。僕はそういう目的を持ったことはないし、それに、なんだかんだ言ってもビルもどうだったんだろうと思う。すごい会社を作った点は評価しているし、彼と仕事をするのは楽しかったよ。頭がよくて、ユーモアのセンスも意外にあるしね。でも、マイクロソフトのＤＮＡに人間性やリベラルアーツはあったためしがない。マックを見ても、それを上手にコピーできなかった。本質がわからなかったんだ。
　ＩＢＭやマイクロソフトのような会社が下り坂に入ったのはなぜか、僕なりに思う理由がある。いい仕事をした会社がイノベーションを生みだし、ある分野で独占かそれに近い状態になると、製品の質の重要性が下がってしまう。そのかわり重く用いられるようになるのが、“すごい営業”だ。売り上げメーターの針を動かせるのが製品のエンジニアやデザイナーではなく、営業になるからだ。その結果、営業畑の人が会社を動かすようになる。ＩＢＭのジョン・エーカーズは頭が良くて口がうまい一流の営業マンだけど、製品についてはなにも知らない。同じことがゼロックスにも起きた。
　営業畑の人間が会社を動かすようになると製品畑の人間は重視されなくなり、その多くは嫌になってしまう。スカリーが来たときアップルもそうなってしまったし－これは僕の責任だった－バルマーがトップになったときマイクロソフトもそうなった。幸いなことにアップルは立ち直れたけど、マイクロソフトはバルマーが経営しているかぎり変わらないだろう。


　最後にジョブスが自分の自伝を著者に書いてもらう動機みたいなものが書かれている。


　「ではなぜ協力を？」

　「僕のことを子どもたちに知ってほしかったんだ。父親らしいことをあまりしてやれなかったけど、どうしてそうだったのかも知ってほしいし、そのあいだ、僕がなにをしていたのかも知っておいてほしい。そう思ったんだ。もうひとつ。病気になったとき、気づいたんだ。僕が死ねば、僕についていろいろな人がいろいろなことを書くはずだけど、ちゃんと知っている人がいないって。間違いばかりになるって。だから、僕の言葉を誰かにちゃんと聞いてほしいと思ったんだ」

　「君の本には僕が気に入らないことがたくさん書かれるはずだ」

　私（著者）はうなずく。

　「それは良かった。それなら社内で作った社長礼讃本みたいになる心配はないな。かっかするのは嫌だから、当分、読むのはやめておくよ。読むのは１年後くらいかな－そのころまだ生きていたらね」


　ジョブスは最後まで自分の生き様にこだわった。ある意味最後に自分の人生をきちんとデザインして終えたかったような感じだ。でも最後のセリフはちょっと笑えた。


　「一から十まで自分たちでやる会社にウォズと僕がしたから、僕らはほかの人たちとの協力が不得意になってしまった。アップルのＤＮＡに協力という要素がもう少したくさんあったら、きっとすごいことになっていたと思うよ」

　そのためジョブスは生きることに忙しくなってしまった。でもそれで良かったのだろう。ジョブスはボブ・ディランの「生きるのに忙しくなければ死ぬのに忙しくなってしまう」と言う言葉で、自分の人生を肯定しているように思えた。


評価
★★★★★


書誌
書名：スティ－ブ・ジョブズ 〈１〉
著者：ウォルタ－・アイザックソン／井口耕二【訳】
ISBN：9784062171267
出版社：講談社 （2011/10 出版）
版型：445p / 20cm / B6判
販売価：1,995円(税込)


書誌
書名：スティーブ・ジョブズ〈２〉
著者：ウォルタ－・アイザックソン／井口耕二【訳】
ISBN：9784062171274
出版社：講談社 （2011/11/01 出版）
版型：430p / 19cm / B6判
販売価：1,995円(税込)]]></description>
         <link>http://www.k-moto.net/book32/archives/2012/02/post_565.html</link>
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         <category>最近読んだ本</category>
         <pubDate>Fri, 03 Feb 2012 18:54:29 +0900</pubDate>
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         <title>日垣隆著『電子書籍を日本一売ってみたけれど、やっぱり紙の本が好き。』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_30_03.jpg"rel="lightbox"><img alt="2012_01_30_03.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_30_03-thumb.jpg" width="150" height="214" /></a>


　この本は書名通り、電子書籍と紙の本について書かれたものと、著者の日々の思考作業を様々な事例を元に書かれている。後半は私にとって、それほど興味は湧かなかったけれど、電子書籍と本に関する意見は面白かった。
　ここで著者は「２０１０年は電子書籍元年」と言われ、これからはこうしたデバイスが主流になり、紙の本が駆逐されるような風潮、それって、本当にそうなの？と疑問を呈する。
　そして電子書籍やipad関連の本がよく売れていることあげ、「微笑ましいのは、『紙の時代は終わる！』という趣旨を強調しすぎるこれらの読み物が、ほぼ例外なく「紙の本」で売られていることだ」と笑い飛ばす。
　確かに電子書籍、電子書籍と騒いで取り上げているのは紙の本や雑誌だ。そして電子書籍のコンテンツはそれ専用のオリジナルではなく、本として出版されたものをわざわざデジタル化して売り出していることに、意味があるのか、と言うのである。
　著者は仕事柄、多くのデバイスを使い、電子書籍に接してきて、次のように言う。


　私は電子書籍を読むデバイスを１０種類以上買って実際に読んできました。あんなもの使って、長い本を最初から最後まで読まないでしょ？というのが率直な感想です。iPhoneやキンドルで『カラマーゾフの兄弟』を最初から最後まで読むのは、拷問以外の何ものでもありません。


　さらに、


　『源氏物語』をiPhoneで読んでいる人がいたら「なにかの罰ゲームですか？」と訊いてしまいそう。


　とまで言う。
　アマゾンで出しているキンドルは目に優しい設計らしいが、それでも普段パソコンで仕事をしていて、なおかつデバイスで本を読んでいたら、日本人の視力はますます悪くなることは間違いない、とも言い切る。
　要するに本としてのメディアが存在するのに、それをわざわざ電子書籍用のデバイスで読んでも、ただ目を悪くするだけだと実際に使ってみた感想を言うのである。
　キンドルやiPadを“黒船”みたいに扱う日本の出版業、あるいは「これからは電子書籍だよ」という一辺倒なニュースを垂れ流すマスコミに、ちょっとおかしいんじゃないの、言うのである。著者は一部ＩＴバブル評論家が言うように電子書籍は急激には進行しない。その理由を著者特有の皮肉を交えて言う。その言い分を聞いてみよう。


　まず１日は２４時間しかない。８時間寝て、１０時間働き、通勤に２時間。食事や飲み会、おしゃべりが３時間だとすれば、合計２３時間。残りは１時間しかない。メディアは、たった１～２時間の細切れの時間を争奪しているだけだ。メディアはそうした可処分時間の奪い合いしているだけで、本やテレビ、新聞は所詮ニッチ産業ではないか、と言うのである。
　Wikipediaによると、ニッチ（ Niche ）とは直訳すれば「隙間」や「くぼみ」の事であり、もともとは生物学で生態的地位を表す用語である。ニッチ市場（にっちしじょう）とは市場全体の一部を構成する特定のニーズ（需要）を持つ規模の小さい市場のこと、と書かれている。要するに隙間市場ですね。元々その程度の市場である。そこに既存のメディアが競い合っているだけで、それがキンドルやiPadに取って代わるといっても、その程度の話なのである。
　さらに本をきちんと自分で選んで読める人は、日本に総勢で（各分野で多く見積もって）２０万人くらいしかいないのではないか。電子書籍とそのデバイスの普及は、せいぜい本のヘビーユーザーたちに行き渡ればそれでおしまい、という市場規模であることは忘れないほうがいい。と言う。
　しかもそうしたヘビーユーザーたちが好む本は、おおむね頁数が多い。文学書、歴史書、専門書、学術書、古典・・・・すべて電子より紙の方が読みやすい。もともと本としてあるのだから、わざわざ電子書籍を読む必要性がどこにあるというのか？わずかな可処分時間の為に読みづらい本を読むよりも、そのものを手にした方がいいに決まっている。しかも高い金を投資しなければならないのだから、ユーザーが大規模にすぐ増えるとは思えないと言うのである。
　著者は「先走りも結構だけれども、習慣的な楽しさや、年齢や好奇心による違いも、決して小さく見積もってはいけません」とも言っている。たとえばこういうツールに早めに手を出すかどうかは、５０歳が境目だそうで、それ以降の年齢になれば、既存の本や雑誌で充分だ、と言いそうである。私もそうだ。
　「優れた機能」だけで、人は商品を選ぶものではない。案外、「慣れ」のほうが重要だったりする。その「慣れ」を充分凌ぐ、新しいデバイスなりグッズなりスペック搭載品が出たら乗り換える可能性はあるだろうけれど、何度も言うように電子書籍のコンテンツは現在紙で同じものが存在するのである。紙の本をただデジタルにしたところで、その代償として目が悪くなるくらいだ。だから「紙の本ではできなかったこと」を電子書籍はメインにしていくべきだと改めて思う、と言うのである。それであれば電子書籍は新しい、そして広大なフロンティアであることは疑いない。今のところそうなっていないのだから、騒ぎ立てる程のことじゃない。
　著者はまえがきで、


　デジタル化は避けられない。それどころか、便利さに満ち溢れている。
　しかし同時に、習慣や伝統にも優れたものが無数にある。
　我々は、その両方の継承者でありたい。そう思いませんか－。


　まさしくその通りだ。むしろその二つの選択肢があることを素直に喜ぶべきで、“いいとこ取り”出来る。そもそも一つにしてしまう理由もなく、それぞれが読者を獲得出来ればいい。私は電子書籍の継承者にはなれないけれど、それが出来る世代の人は優れた既存のメディアを尊重しつつ、新しいメディアも使えばいいのではないか。むしろ新しいメディアしか使えないと、それに頼るしかなくなってしまう。

　話はちょっと横道にそれるけど、先日久しぶりにタクシーに乗った。行く先を告げたら、運転手がカーナビでいいですか？と聞く。最初何のこと言っているのか分からなかったけど、カーナビの指示で目的地へ行くと言うことらしい。それがあるとないとではどう違うのかよく分からなかったので、いいですよと言うしかなかった。
　そもそもこの運ちゃん道を知らないのだろう。いや知らなくてもいいのかもしれない。だってカーナビがあるからね。でも何でこんな道通るんだろうな？と乗っていて不思議には感じていた。まぁこの運ちゃんにとってカーナビの指示は絶対なのだろうし、私が不安を感じても、このまま乗っていれば目的地に着くんだろう、と思っていた。しかし最後の詰めで道に迷う。結局車を止めて、歩いている人を捕まえて道を聞いていた。
　帰りもタクシーを捕まえて帰ったのだが、乗ったタクシーの運転手は年配の方で、こっちが目的地を言った途端、メーターを下ろし、発進する。カーナビはついていたが、使わない。これだよね。道を知っているからカーナビを使わなくてもいいのだ。

　電子書籍の波で書店が生き残れるか、どうかは、著者は「書物に関する知識が豊富な書店員が『本のコンシェルジュ』化することが、リアル書店の最大の強みとなるはずだ」と書いている。そう書いた上で、「でもこれって、書店員の原点でもありますよね」とも言っている。
　書店も最近は人件費の安いパートやアルバイトに仕事を任せ、後は客に検索機で在庫を確認させることしか出来ない書店が増えてきた。それで出来ちゃうのだ。先のタクシーの運ちゃんと同じだ。道なんか知らなくてもいい。カーナビが教えてくれるからだ。必要なデバイスを使いこなせれば簡単にプロになれちゃう時代なのだ。経験とか教育とか、スキルアップとかいうものは時間がかかるし、人件費の高騰を招くだけなので、経費的に省かれた。プロが軽くなったか、いなくなる所以だ。せめてリアル書店ではコンシェルジュでも何でもいい。とにかく本のプロがいることに、生き残り道があるような気がする。
　生き残りといえば、音楽ＣＤは凋落の一途だけれども、ＣＤブックは静かなブームなのだそうだ。落語や有名経営者の講演会など聞かれる方が多いらしい。そうそう、音楽ＣＤは何で７４分なのか、知りました。ＣＤソニーとフィリップス社が共同で開発・商品化したもので、顧問格のカラヤンがデジタル音源を絶賛し、彼が指揮する「第九」が収まる時間から、７４分が決まった、そうだ。


評価
★★★


書誌
書名：電子書籍を日本一売ってみたけれど、やっぱり紙の本が好き。
著者：日垣　隆
ISBN：9784062169639
出版社：講談社 （2011/04 出版）
版型：262p / 19cm / B6判
販売価：1,365円(税込)]]></description>
         <link>http://www.k-moto.net/book32/archives/2012/01/post_564.html</link>
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         <category>最近読んだ本</category>
         <pubDate>Mon, 30 Jan 2012 13:11:05 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>鹿島茂著『神田村通信』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_26_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2012_01_26_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_26_01-thumb.jpg" width="150" height="215" /></a>


　筑摩書房の宣伝雑誌「ちくま」に今、鹿島さんの「神田神保町書肆街考」が連載されていて、私はこれを楽しみに読んでいる。私は神保町の歴史にはかなりの興味を持っていて、今まで何冊かその関係の本を読んできたが、未だにしっくりと来ない部分があったが、この連載は神保町の成り立ちがわかりやすく書かれている。
　だいたい町の歴史というのは地形もそうだし、住んでいた人間や町に関わった人間も大きく変わっているので、なかなか理解しにくい。ところが鹿島さんの文章はわかりやすく、丁寧に書かれているので、その変遷がよくわかる。たぶんそれは鹿島さんの文章力にもよるのかな、と思われる。で、鹿島さんの本を読んでみようと思った訳である。
　
　鹿島さんは最初、神保町に事務所を持ち、次にここで暮らすようになった。この本はここで生活する鹿島さんの日々における雑感集とでもいうべき本だ。もちろん神保町に限らず、専門のフランス文学のことや、食や興味のあることが書かれている。こういうエッセイは読んでいて楽しい。
　序章の「神田神保町ノスタルジア」に次のような文章がある。

　駿河台から坂を降りていくと、低く垂れ込めた空の下、戦前のものと思われる灰色の木造三階建ての古書店の群れが靖国通りの南側にビッシリと建ち並んでいた。
　大きなビルといえば、三省堂だけ。建て替える以前の古い鉄骨モルタルで、外壁はたしか薄い緑色だったと記憶する。店内に入ると、独特の匂いがした。これはおそらく当時のインクの匂いで、大量の新刊を扱う大型書店ではたいていこの匂いがしたのである。
　では、肝心の古書店はというと、こちらは黴と埃の匂いに圧倒された。今では神保町の古書店もだいぶ小ぎれいになったが、この時代には、それこそ古色蒼然という形容詞がふさわしい雰囲気だった。紙質のよくない昭和二十年代の古書が中心だったせいかもしれない。黴と埃、それに古紙のすえたような匂い、これがどの店でも支配的だった。

　この話は昭和四十年代の頃の話である。私もかろうじて、建て替える前の三省堂本店を知っている。私が初めて神保町に行ったのは、高校に入った頃であった。やっぱり駿河台の坂をずんずん下って行った。この先行けば、本の町が広がっているんだ、と思った。そして鹿島さんが書かれている三省堂も入った。インクの匂いまでは気がつかなかったが、ただ木製の背の高い本棚がたくさん並び、その本の量に圧倒された記憶がある。地元にあった本屋さんとまったく違う、その偉容さ驚いた。以来、毎月こづかいをもらうたびに、ここへ行った。
　古本屋さんは大学時代から通い始めた。高校生ではまだ古本屋に入るという考えはなかった。しかしここで探している本が次々と見つかると、もうその魅力に取り付かれっぱなしであった。
　私は大学も近所だったし、仕事場も近くだったこともあり、この時から現在までつきあっていることになる。実を言うと昨日も、天気が良かったものだから、ぶらりと神保町界隈を歩いてきた。別に探している本はないのだが、三省堂にしても、書泉にしても、東京堂にしても、店に入り、本を眺め、手に取るだけで、いい気持ちになる。古本屋さんにも当然入る。ここでもこれといって捜し物があるわけでもないのだが、棚に入っている、知っている本や、文庫本しか知らないけれど、その親本はこういう装丁の本だったんだな、知るだけでも楽しい。一回りして、靖国通りの奥にあるコーヒーチェーンに入り、持ってきた本を読み出す。
　ここも節電のため、店内の照明を落としているので、日の光が入る窓際に座り、小一時間ほど、本を読んだ。ここのところ節電で、照明を落としていることが多いけれど、いくらそれがやむを得ないにしても、視力が落ちているおじさんには、電車の中で本を読むことが少々キツイ。
　そうそうちょうど鹿島さんのこの本を読んだばかりだったので、思わず裏通りのビルに目がいってしまった。ちょっとくたびれたビルなど見ると、鹿島さんこんなビルの一画に事務所を構えているのだろうか、と思ったりした。こんなところで個人事務所を持てるなんてうらやましい限りだ。私は事務所を持つ理由などまったくないし、これからもないだろうから余計である。ここにいればいつでも本に触れられ、散歩や気分転換に歩き回れることが楽しいに決まっている。でも鹿島さんだけでなく、間違いなく本の冊数が急激に増えるだろうな、とも思う。
　昔はここに来るのには国鉄お茶の水駅からここまで歩いてくるしかなかった。今は交通の便がホンと良くなり、簡単にここに来られる。ということはここに住んでいれば、簡単にどこでも行けるということだ。だから再開発され、大きなマンションが建ったのだろう。
　面白かったのは、鹿島さんがここで暮らすために南向きの部屋を避けたということである。通常日当たりなど考えて、部屋は南向きを求めるが、神保町に関しては北向きがいいという。何故かというと、神保町は夏が耐え難いからだそうだ。神保町はかつて「大池」と呼ばれていたことからも明らかなように、周りを高台に囲まれる谷間になっている。そのため夏になると猛烈な暑気が低地に溜まるらしい。おまけに車道も舗道もアスファルトになっているから（過激派学生が舗石を剥がして暴れたため）、太陽の照り返しが猛烈だからという。しかも最近は高層ビルが皇居側に建ち並んでいるので、海からの風も吹いてこないし、冷房のため室外機の熱風もそれに加わる。だからここでは北側がいいのだ。
　もちろん冬は寒いが、夏の暑さより我慢できる。もとより暖房設備が充実しているから寒さにも問題ない。さらに最初から北側を希望しているから、建設中のマンションの抽選に当たりやすいという特典もつくから面白い。
　そういえば「神田神保町書肆街考」にも神保町の地形のことが書いてあった。だから“なるほど！”と思ってしまった。

　最後に、「神田神保町にあるべき書店形態」が面白かったので、それを書いてみたい。それは鹿島さんの新しいタイプの書店形態の提案である。鹿島さんは神保町にデパート方式ではなく、パルコ式の集合的新刊書店を望んでいるのである。パルコといえば専門店であるが、書店もそうあるべきで、大型書店のように何でもありますよ、といったデパート方式より、こちらの方がよろしいのではないかという。長くなるが引用してみる。

　なぜなら、私が夢想するパルコ方式の集合書店では、本を選び、仕入れ、棚に並べてディスプレイーするのは、それぞれ、深い専門的な知識を有するプロの読書人であり、選書にもディスプレイーにも各人の哲学と美学が発揮されるに違いないからだ。つまり、それぞれの専門店の店主が独自性を発揮して店づくりをすることができるというわけである。
　いいかえれば、書店経営がそのまま自己表現になり得る可能性があるということだ。経営はもちろん独立採算制だから、店主の責任において、この本は絶対におもしろいから小出版社の本でも断固置く、あるいはこれは売れ筋だが内容空疎だから並べないというような我がまま許される。
　そして、このように選別と排除のシステムを独自に働かせて選書とディスプレイーを行うことは、ある種のコレクションに通じる。そして、コレクションである以上、そこには個性が生まれる。いや、個性というよりも、私の用語を使って「ドーダ！」といったほうが正確だ。「ドーダ、オレ（わたし）の選んだ本はスゴイだろ。マイッタカ！」という、自己愛に発する「認められたい」願望である。
　この「ドーダ」が重要なのである。つまり書店主の「ドーダ」が感じられる棚揃えの専門店なら、その「ドーダ」自体が売り物になるというわけだ。

　もちろん「ドーダ」が個性として、売り物になることはよくわかるが、これを行き過ぎてしまうと、まったく売れない書店になってしまうから、そこはバランスが必要になることも、著者は後で付け加えている。神保町では古本屋さんはこの方式である。だから新刊書店もそうあっていいのではないか、というのである。
　大書店が闊歩する業界になりつつあるので、中小書店が生き残るには、この方法しかないかもしれないが、こと神保町では新刊書店は別にこの方式でなくてもいいような気がする。ここは三省堂を中心に大型書店で、新刊の情報を得て、それを手に出来るところであって欲しい気がするからである。個性派専門店もいいけれど、それなら別に神保町である必要はない。そんな気がする。
　むしろ大型書店と古本屋さんが共存している町で、世界に類のないほど本の在庫が、新刊と古本がここにある、というのは魅力なのではないか、と思うのである。



評価
★★★


書誌
書名：神田村通信
著者：鹿島　茂
ISBN：9784860292188
出版社：清流出版 （2007/12/25 出版）
版型：270p / 19cm / B6判
販売価：1,680円(税込)]]></description>
         <link>http://www.k-moto.net/book32/archives/2012/01/post_563.html</link>
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         <category>最近読んだ本</category>
         <pubDate>Thu, 26 Jan 2012 09:33:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>面白アイテム２点</title>
         <description><![CDATA[　新潮文庫のYonda?ClubでZipper付きブックカバーがもらえることを知って、昨年応募してみた。応募したことを忘れていた頃、それが届く。「ネオプレン製で軽くて使いやすい。ジッパー付きで本も傷まないスグレもの」とネットに書いてあった。私は黒を申し込んだ。なかなかしゃれている。確かに面白いといえば面白いし、しゃれているといえばしゃれているけれど、わざわざ文庫をジッパー付きのカバーに収めるのはどうなのか、と思わなくもない。どこか気障な感じがしてしまう。今回は試しに付けてみたまでである。


<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2012_01_23_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_01-thumb.jpg" width="320" height="410" /></a>


<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_02.jpg"rel="lightbox"><img alt="2012_01_23_02.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_02-thumb.jpg" width="320" height="234" /></a>


　もう一つ面白アイテム。これはブックオフにあった。私は司馬遼太郎さんのものを一つもらってきたが、そこには池波正太郎さん、藤沢周平さんの三つがあった。このように折りたたみ式になっている。


<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_03.jpg"rel="lightbox"><img alt="2012_01_23_03.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_03-thumb.jpg" width="320" height="672" /></a>


　中を開くとこのようになる。


<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_04.jpg"rel="lightbox"><img alt="2012_01_23_04.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_04-thumb.jpg" width="320" height="224" /></a>


<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_05.jpg"rel="lightbox"><img alt="2012_01_23_05.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_05-thumb.jpg" width="320" height="224" /></a>


<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_06.jpg"rel="lightbox"><img alt="2012_01_23_06.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_06-thumb.jpg" width="320" height="225" /></a>


<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_07.jpg"rel="lightbox"><img alt="2012_01_23_07.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_23_07-thumb.jpg" width="320" height="250" /></a>


　作家目録として司馬さんの場合３００冊このリストに載っていて、これを全作品制覇しようということらしい。ということで私の記憶にある読んだと思われる本にチェックを入れてみたのだけれど、まだまだ未読の作品があるもんである。中には蔵書として持っているが、まだ読んでいない本もある。なので、これから先もう少しチェックの数は増えそうだ。
　ただこれ全部ブックオフで揃うのかな、と疑問も残る。読んでいないから読んでみようと、ブックオフに行っても手に入らない可能性の高い本もある。まぁその時は新刊書店で買えばいいだけのことなのだが・・・。
　でもこういうのは面白い。この三人だけでなく、他の作家さんもやってもらいたいな。チェックリストというのは案外役に立つものだから。]]></description>
         <link>http://www.k-moto.net/book32/archives/2012/01/post_562.html</link>
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         <category>Coffee Break</category>
         <pubDate>Mon, 23 Jan 2012 11:30:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>大沢在昌著『鮫島の貌』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_20_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2012_01_20_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_20_01-thumb.jpg" width="150" height="215" /></a>


　新宿鮫の鮫島が登場する短編集である。私が読んできた新宿鮫はすべて長編であり、一つの事件を追う鮫島の姿が事件の成り行きと描かれるものであった。だからすべてが一つの犯罪に集約されてしまう。もちろんそれはそれでエンターテイメントとして堪能してきた。
　しかしこうした短編はそれ以外の日常の鮫島を描いていて、「ああ、短編というのはこういう効果もあるんだな」と思った。時には鮫島の出生地や父親の仕事を知ることも出来る。上司の桃井さんも登場して、例によってかっこいい。同じ警官で“腐ったリンゴ”と称される大森とのやりとりは迫力がある。ちょうど鮫島が桃井の部下として赴任してきた頃の話だ。


　私はコートの前を開いた。腰に吊している拳銃をよく見えるようにした。

　「そんなもの、なんでもってんだよ」
　「ここのところ物騒でね」
　「一発でも撃ったら、あんた終わりだ。トバされる」
　「忘れたのか。私は“死体”（マンジュウ）だ。先にことに興味などない」

　「忘れてやる」
　「ただし、あの若いのに何かあったら、お前と藤野組にまっ先にいく。わかったか」
　大森は瞬きをした。目をそらし、吐きだした。
　「俺はあんたを見くびってました」
　「けっこうだ。いくら見くびろうと、馬鹿にしようと、かまわんよ」


　桃井は周りから無能で反応の鈍い人間として見られているが（だから“マンジュウ”と呼ばれている）、実際は部下思いで、迫力があるのだ。その桃井さんも殺されちゃったしなあ。残念だ。

　鮫島の生まれは「水仙」に書かれている。中国国家安全部の女“安”が鮫島に近づき、会話する場面である。


　「鮫島さんはどこの生まれですか」
　「生まれたのは静岡ですが、父親の仕事の都合で、あちこちで育ちました。主に関東圏ですが」
　「お父さんは仕事は何をしていましたか」
　「新聞記者でした」

　こんなプライベートは、長編では出てこなかった。

　「幼馴染み」では“遊び”があって楽しかった。晶が浅草に初詣に行きたいと鮫島を誘い、鑑識の藪がこのあたりの生まれなので、誘って美味しいお店を紹介してもうらおうとする。藪はうまい佃煮屋があることを鮫島ら言うが、言った後後悔する。そこは藪の幼馴染みの両津勘吉の実家である佃煮屋だったからだ。藪は両津に頭が子どもの頃から頭が上がらない。
　で、その佃煮屋で両津と会ってしまう。この両津さん、「こち亀」の両津さんと同じキャラクターをしているのだ。これは作者が遊んでいるな、と思わせる。でも面白かった。こういうのもありかな、と思った次第だ。

　ところで最近テレビで「ガールズバー」と称するバーがあるのをよく見る。こんなスタイルのバーが何故普及してきたのか、その背景が書かれているところがあって、興味深かった。
　風営法によると、ホステスや客の隣席で接待するスナックやクラブは午前一時までに閉店しなければならない。それに違反すると営業停止をくらう。そこで女性バーテンダーを置いてガールズバーとして営業を始めた。ここは「深夜酒類提供飲食店営業」として届け出た場合は終夜営業が可能であるのだ。中身はホステスなのだが、カウンターを隔てて接客するということで風営法に引っかからないらしい。

　とにかく違う角度で新宿鮫を楽しませてくれる一冊であった。


評価
★★★


書誌
書名：鮫島の貌―新宿鮫短編集
著者：大沢　在昌
ISBN：9784334927998
出版社：光文社 （2012/01/20 出版）
版型：281p / 19cm / B6判
販売価：1,575円(税込)]]></description>
         <link>http://www.k-moto.net/book32/archives/2012/01/post_561.html</link>
         <guid>http://www.k-moto.net/book32/archives/2012/01/post_561.html</guid>
         <category>最近読んだ本</category>
         <pubDate>Fri, 20 Jan 2012 16:07:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>向井透史著『早稲田古本屋日録』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_03_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2012_01_03_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2012_01_03_01-thumb.jpg" width="150" height="216" /></a>


　私は本を読む時はいつも付箋を本の表紙の裏につけておき、気になる文章や言葉などあったところに貼り付けていく読み方をしている。それはたとえば本文にマーカーなど使ってもいいし、あるいは書き込みをしてもいいのだけれど、本を汚してしまうことが嫌なのでそうしている。そして読み終えたら、その本に付箋だらけになっていることが多い。
　しかしこの本はそうした付箋がほとんど付かなかった。それはこの本にそうした箇所がなかったということではなく、付箋などつけずに本の内容を素直に感じ取るのがいいのかな、と読み始めてそう思ったからである。詩的で素直な文章は読んでいて心地よかったのである。
　年の暮れから読み始め、元旦に読み終えたのだが、最初の「大雪の夜」が本の内容のように雪はないが、ちょうど暮れの時期のことが書かれていて、どこか雰囲気が同化出来る部分があってよかったのである。この文章は著者が１９歳の時に書かれたと後で知ったが、なかなか大したものである。


　「すごい雪だ。明日は営業できるかな」
　こんなことを考えているのは、年の終わりも近づく頃。大雪の日である。
　とても静かな一日であった。なにせ店のドアが開く音がまたったくしないのだから。聞こえるのは、私の打つパソコンの音だけ。外を見れば、百円均一のワゴンには雪が山盛りに積もっている。たまに通る、車の振動が積もった雪を崩していく。
　こんな状況になってくると、それほど広くない店の中は、まるでかまくらの中のようではないか。先ほどから、外の雪のひとひらひとひらを目で追うというような、無駄なことに時間を使っている。

　「いしやーきいもー」

　五十代半ばと思われるおじさんは、車から降りるなり店に入ってきた。壊れてしまった眼鏡の縁が、セロテープで固定してある。肩の雪を払いつつ「どうだい、売れているかい？」

　「見ての通りですよ」

　「そうだろうな。ここいらへんで開いているのはあんたの所だけだ。人なんかいやしないよ。寒くたって外に人が出てこないんじゃ俺も商売にならないよ」

　「兄さん、一つ買ってくれよ。おまけするから」

　営業か。ちょうど腹もへっているし、買うことにした。石焼いもの押し売り、というのもおかしくて気に入った。

　「わるいね」というと、すばやく大きな焼きいもを持ってきた。小さめのものを、ひとつ付けてくれた。これがおまけというわけだ。
　おじさんは、お金を受けとると店内をゆっくりながめた。数分してから突然おじさんは口を開いた。

　「俺って本を読むように見える？」

　「お客さんで、あまりいないタイプ」

　「見えないよな」

　「俺、昔はずいぶん本を読んだんぜ。古本屋にもよく行ったもん。自宅の近所にはさ、なじみの店もあったの。まあ事情があってこの仕事をやるようになってからはあまり読まなくなったけどさ。まぁ、読む気力なくなっちゃうんだよな、仕事の後って」

　「何時までやるんだい」

　「もう終わりです」

　「ちょっと待ってな」とおじさんは一昔前のでっかい魔法瓶と、小学生が使うようなプラスチックのコップを持って戻ってきた。
　「まあ飲めよ」
　コップから湯気が上がる。店内に、甘い紅茶の香りがひろがった。
　「いい香りですね」
　「本の香りも悪くないよな。なんちゃってな」
　「うまいこといいますね」
　おじさんは耳まで真っ赤になると、紅茶を一気に飲みほした。


　古本屋さんはいい感じの文章を書く人が多いような気がする。文章もうまいし。向井さんの本は初めて読むが、私もこういう文章が書ければいいなと思ってしまう。
　早稲田でも年に一回青空古本祭があるとは聞いていたが、向井さんは早稲田の古本屋さんで、その祭の目録作成に関わっているらしい。お祭りは９月にあるのだが、その用意は春から始めていることを知った。１年に１回の大きな催し物のため、それくらいの時間をかけなければならないらしい。もちろん日々の営業もあるわけだから、夜遅くまでパソコンを打ち、目録を作り、原稿を書く。だから店番中居眠りもしてしまうし、買い取り先でも居眠りしてしまい、気がつくとタオルケットを掛けられて、慌ててしまったことが書かれている。古本屋さんも大変だ。
　新年早々いい本からスタート出来た。


評価
★★★


書誌
書名：早稲田古本屋日録
著者：向井　透史
ISBN：9784842100661
出版社：右文書院 （2006/02/28 出版）
版型：199p / 19cm / B6判
販売価：1,575円(税込)]]></description>
         <link>http://www.k-moto.net/book32/archives/2012/01/post_560.html</link>
         <guid>http://www.k-moto.net/book32/archives/2012/01/post_560.html</guid>
         <category>最近読んだ本</category>
         <pubDate>Tue, 03 Jan 2012 14:27:19 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>石橋毅史著『「本屋」は死なない』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_31_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2011_12_31_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_31_01-thumb.jpg" width="150" height="214" /></a>


　この本は厳しい出版業界で「意思ある本屋」であり続けようとする書店員・書店主を訪ね、本当の意味で“本を手渡す職業”として誇りを持ちたいと日々奮闘する彼らをルポしたものである。しかし一方で今現在出版業界が置かれている厳しさは彼らの存在をある意味否定する。その狭間で彼らは自分たちがやっている本屋の存在意義を必死に求める。あるいは今の出版業界の流れに逆らえず、挫折し、そこから足を洗うことを選択するが、完全に諦めきれないジレンマを書きつづる。
　しかし読み終えてみて、著者はいったいどうしてこの本を書きたかったのだろう、と思った。今現在置かれている出版業界に疑問を感じ、自らその流れに反して、「本」を手渡す役割を担いたいと欲する人びとの根源な存在意義を探し求め、それらの人を訪ね、その考えを聞き、本に関わる人々姿をルポして、こういう書店員がいるんですよ。あるいは小さいけれど、個性的な書店があるのですよ、と言って、どこに意味があるのだろうか？

　まずは「本」を手渡す役割を担いたいと欲する人びとの根源な存在意義を、わざわざ見出さねばならぬほどの出版界の現状とはどういうものなのだろうか？この本から知ったことを書いてみる。その上で私の個人的な意見を書きたい。

　出版科学研究所の調査によれば、取次が一年間に流通させる新刊書籍のタイトル数は１９８２年に３万点を超え、１９９５年に６万点を超えた。いまは７万点から８万点に達している。その間、取次は本の保管・流通させるための倉庫を次つぎと増設し、新刊の洪水状態に対応してきた。しかし倉庫を拡張して取扱量を増やせば、その管理費用などあらゆるコストも増大する。
　はじめから無駄とわかっているなら、売れないと思う本は受け取りを拒否すればよい。それが企業として当然の対応ではないかと思えるが、広範に本を取り扱うことを使命としてきた取次は、それを実行できなかった。一タイトルあたりの仕入れ冊数は減らしてきたが、内心では「売れない」と思っている本でも、取引のある出版社の新刊は原則としてすべて受け入れてきた。
　日本の取次は、一私企業でありながら、企業としての損得だけで本を扱うのではなく、国内の出版文化を支える役割を担ってきたのである。商品であり文化財でもある「本」が抱える矛盾そのものだ。取次がこの矛盾を引き受けてきたことは、日本の出版が世界に例を見ないほど安定的に発展した原因のひとつである。
　しかし何でもかんでも取次が受け入れていけば、ますます出版業界はおかしくなっていく。そこで取次はＰＯＳシステムを書店に繋げることで各店の売れ行きや在庫数を把握する。こうすることで無駄を省き、効率化を進めていけるからだ。これを本気で進めていかないと、出版流通はほんとうに破綻してしまうという切迫感が取次にはある。
　しかしこうして導入されたシステムは、志のある書店員の仕事をやりにくくする。自分の棚を演出し、徐々に売上が伸びてくると、今度はそのデータがＰＯＳシステムによって吸い上げられていく。それが共有データとなり取次を通して他の取引店に流される。
　その結果ＴＵＳＵＴＡＹＡなどのナショナルチェーンなどによって、よその地域で大々的に展開されていく。そうやってあっという間に広がることで、土台のしっかりした強いジャンルに成長する前に消費尽くされていく。当然このことは演出を仕掛けた書店員にとってこのことは面白くない。モチベーションを失ってしまうことにもつながる。
　またこうして吸い上げられたデータをもとにして出版社に本の企画を提案し、その商品については取次が責任を持ってはじめから大量仕入れを行い、書店に配本することも増えている。
　つまり流通業者である取次が商品政策まで手を出し始めることで、全国に一律的な本の陳列、販売を加速しつつあるのである。このことによって本の世界は自由度を失い、つまらないものとなっていく。出版流通全体がもはや自分が思うような書店員として仕事をさせてくれない次元に向かっているのである。
　本当に本を愛し、それを読者に手渡したいと思っている書店員が、他の人が目をつけていないものに可能性を見出す地力とセンスでそれを演出するのだが、それが全国的に広がり“書店発ベストセラー”となった途端、その本は多くの書店が“売らされる”本に変わる。「本」の多様性を証明する発掘が、次にはそれを否定する行為となっていくのである。
　それを実感した書店員は現状に疑問を感じ、そこからはみ出していく。それがこの本で著者が関わった人々なのである。大書店を辞めて、次の自分の行き先を探せない人や、何とか自己資金で自分の考えるような書店を小さいながら開店する人である。

　ここからは私の個人的な意見である。このように現状の書店に疑問を感じ、自らが求める姿である“書店”を開く人たちの話を聞いていると、どこか自己満足に過ぎないように感じてしまうのである。私はこうした書店というのは、必然的にマニアックになってしまうのではないか、と思う。もちろんそうした本屋さんを歓迎する人たちもいることはわかるけれど、あまりにも書店主の個性が前面に出すぎてしまう可能性があるような気がしてしまうのである。どこか自己主張が強すぎて、鬱陶しい。
　著者は書店員の本に対する心を伝えることの少ないＴＵＳＵＴＡＹＡなどのナショナルチェーンや大型書店ばかりの現状はよくないと言うが、そのどこが良くないのだろうか？
　確かにあまりにも多い出版物の中で、読みたい本が埋もれてしまっているかもしれないけれど、その中から自分の読みたい本を探し出す方が、選択肢がたくさんあり、自由度もあり、いいではないかと思う。むしろ店主の強烈な個性で選ばれた本ばかりのお店の方が怖い。そもそも本屋の良い、悪いという基準とは何なのだろうか？
　著者の言うように、著者が書き、出版社がつくり、流通業者が輸送した本を、ただ置くだけ、並べるだけ本屋がどうして悪いのだろうか？私からすればたとえそうであっても、その在庫数の多さはなんと言っても魅力的だ。そこから選ぶことができるというだけでうれしくなってくる。むしろ「この本を読め！」など、お節介なＰＯＰがある方が胡散臭い。まして小さな店で店主の思いが詰まった本ばかりだと息苦しくなってしまう。
　ちょっと前に私は北海道の書店主が「この本を読め！」といったパンフレットみたいなものを作って、へぇ～と感心したことがあるのだけれど、しかしよくよく考えて見ると、どうしてこのように命令口調になるのだろうか、と思う。私からすれば規模の小さな本屋さんが、何とか既存の本で売上を伸ばそうとしているのではないかと思える。つまりこれらの書店は新刊書籍の入荷が思うようにならない現状と、そういうお節介が、人に「そうかこの本を読まなければならないのか」と思わせることで、その本を読んでいない自分を恥ずかしがらせ、慌てさせ、そのことで本を買わせるに過ぎないのではないか、と思ってしまうのである。
　また出版不況は「若い人が本を読まなくなったから」だと言われている。一方で文科省がまとめた読書調査によると、小学生の図書館貸出冊数が大幅に増えたというデータもある。これはいわゆる「朝どく」の実施校の増加の時期と一致する。図書館の貸出冊数が増えているという調査結果から、今の若い人は本を読んでいるという結論を導き出している。
　しかし著者はそう単純なものではないだろうと言う。ネットやゲームやテレビといった子供にとって面白く刺激の強いものがこれだけ溢れている時代に、何かしらの大人の働きかけがなければ、昔より子供が本を読むようなるむしろ不自然だ。少なくとも子どもたちに本を読むような働きかけを「出版業界」は大いに関わっているはずだ。ということは、「若者が本を読まなくなったせいで本が売れなくなったと嘆く人」と「子どもの本の貸出冊数の増加に寄与している人」は同一の可能性があると言う。
　その通りだろう。売れ筋の本が入荷しない中小書店が生き残る手段として、お節介をする。間違いなく本が売れなくなっているにも関わらず、いや子どもは本を読んでいるという結果を誘導する。
　私の住んでいる近所に「あなたの読む本はこれですよ」という情報を提供することで有名になった本屋さんがあるが、これだっておかしな話である。読者が何を読んでもかまわないのに、読みたいという気持ちにさせる本を提供できない現実を、お節介でカバーしているだけである。
　そこには読者が自由に本を選ぶことをさせない、「うちにある本だけでいいんですよ」、といった考えが見え隠れする。あるいは本は読まれているという虚構を作り上げることで、かろうじて自分を保とうとする書店主の姿が見える。その自己保身の最大のより所が「再販制」である。著者も再販制の意義をそれらしく言う。


　新刊書籍における再販制も、小売価格が事実上変動しないことによって「本」の内容部分を価格的価値から切り離し、金銭による交換をある種通過儀礼とする面をもっていたはずだ。新刊であろうと古書であろうと、職業や事業として「本」に関わる者は売上げと利益をとらなければいけない。だが、本来的には金額として価値をつけられないものにいろんな体裁や付属的な価値を与えて収益につなげるのが「本」商売なのだ。


　しかしこれもよく考えてみると、おかしな話である。どうして本だけが本以外に付加価値があるのだ。何でもそうだと思うのだけれど、モノにはそれを作った人、使う人にモノ以上の付加価値が存在するのではないか？特に思い入れのあるモノにはすべてにいえることではないだろうか。本だけ特別じゃないだろう。この考えは出版業界でよく聞くことだけれど、本だけを特別扱いするのは如何なものか、と思う。これは再販制を維持したい人たちの詭弁である。本における付加価値の存在だけで再販制が必要だということにはならない。
　ぶっちゃけた話、読みたい本が安い方が私は有難いし、ポイントが付く方がうれしい。少なくとも本における付加価値を付けるのはそれを読む人であることを忘れている。それを提供する側が付けるものじゃないと思う。

　話がすぎた。私は「本」を誰かに手渡す役割を担いたいという気持ちは、ものすごく尊いと思う。そういう気持ちで新たに本屋さんを開くことは素晴らしいことだとも思う。けれどどうもそういう気持ちが強くなる傾向が、この人たちにはある。思い入れがあればあるほどそうならざるを得ないことはわからない訳じゃないが・・・。
　少なくともこの本の著者が言うような、そういう人たちがやっている本屋さんがあるだけでも、本屋の未来は捨てたものじゃないというような発想にはついて行けない。どうも最近はそういう本屋さんの分が悪くなってきているものだから（確かに経営は厳しいだろう）、やたらそういう本屋さんのみを擁護する傾向がありはしないか。判官贔屓していないか。そこだけに本屋のあるべき姿が見いだせるような言い方はおかしくないか。
　結局その本屋さんにどういう本があるかである。自分の趣味や興味のある本が置いてあれば、いい本屋さんだという人もいるだろうし、新刊が必ず手に入る書店がいいという人もいるだろう。話題になっている本がたくさん置いてあればいいという人もいるだろうし、私みたいにいろんな本がたくさんある本屋がいいという人もいるだろう。あるいは本は読みたいけれど、本屋が近くにないとか、行く時間がないとかいう人はネット書店を使うだろう。読者が置かれている状況で多様化した本屋の姿があっていいと思うのだ。自分の思い入れだけで、これがいい本屋さんだとか、志のある書店員だという著者の言い方が気に入らないのである。“顔の見えない書店”でも人によっては、あるいは私みたいなへそ曲がりには、有難い本屋なのである。この本の著者が酒の席で、“顔の見えない書店”が多くなっていることで出版社の営業部長に食ってかかっているとき、その人は「俺たちはそういう店（ナショナルチェーンや大型書店）のおかげで食えている」のも現実であり、そのお陰で本が多く出版され、また読者に幅広い選択肢を与えてくれているのである。
　本を提供する側の思い入れと読む側の思い入れと一致するとは限らない。本の良し悪し、あるいは面白いか、そうではないかはまったく個人的なものであって、普遍的なものがある訳じゃない。だって読む人一人一人違うし、考え方、感じ方が違うからだ。まして読む人が置かれている状況によっても同じ本でも感じ方が違うのだから、命令的に本を提供するなんてとんでもない話だと思っている。はっきり言って度の過ぎた本の提供の仕方には僻僻してしまう。書店主の個性が強烈に反映した本屋があることだけで“本屋は死なない”など言うのは単に彼らを擁護しているだけである。


評価
★★


書誌
書名：「本屋」は死なない
著者：石橋　毅史
ISBN：9784103313519
出版社：新潮社 （2011/10 出版） 
版型：269p / 20cm / B6判
販売価：1,785円(税込)


　今年はこれで最後となります。今年はいろいろなことがありました。３月１１日の東日本大震災や津波、原発事故と、我々の意識をいやが上にも変えざるを得ないことが起こりました。私も気持ちの上でとことん打ちのめされ、これからどうすればいいのだろうか、と悩みました。その結果手につかないことも多くあり、このブログも半年ほど休みました。それでも私は本を読むことが生き甲斐であり、その中から何かを考えることしかできない人なので、こうして拙い文章を綴ることにしました。私の文章を読んで、意見を同じくする人も多少おられるかもしれませんし、あるいは“こいつ何を言っているんだ”と思われた方もいらっしゃるかもしれません。でもこれが私の本の接し方であり、このスタンスでしか本に接することが出来ません。そして来年も同じように本を読んでいくこと、これだけは間違いありません。それでもお付き合いくださるのであれば、有難いです。一年間ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。]]></description>
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         <category>最近読んだ本</category>
         <pubDate>Sat, 31 Dec 2011 08:01:28 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>北尾トロ著『駅長さん！これ以上先には行けないんすか』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_30_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2011_12_30_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_30_01-thumb.jpg" width="150" height="213" /></a>


　トロさんの本を読む。トロさんの本はいわゆる“企画”が勝負なんだな、と思う。人がやらないことで、でもどこか気になると言えば気になることを企画に取り上げ、それに自ら参加し、このように本にしていく。今回もそうだ。


　線路は続かないよ、どこまでも。
　時刻表をつぶさに見れば、終着駅がどこにもつながらない鉄道があちこちに発見できるはずだ。
　諸般の事情でそれ以上先へ延びることは許されず、レール止めによって行く手を阻まれた鉄道路線。錆の浮いた鉄の断面を悔しげに見せながら、オノレの置かれた立場や情況を悲しみとともに受け入れ、延々とつながってきたレールの最終地点を受け持つ最後の一本の姿をしっかりと見届ける。見届けずにおくものか。その精神で、どんどん鉄道旅をしたいのである。


　これが今回のコンセプトだ。要するにどこにもつながらない路線の終着駅の先はどうなっているのか？はたまたどうしてここで行き止まりなのか、その理由を悲しげに探る旅である。まぁ本当はその先に延びる計画はあったのだが、大体が経営的理由で線路はここで終わってしまったというのが多い。その路線がかろうじて生活路線として生き延びていて、そこを旅している。
　しかしこうした路線を旅するのは時間を贅沢に使う。そこまでに行くのが大変だし、行ったはいいが、接続がないため、帰って戻ってくるしかない。しかも電車はものすごい間隔でしか走っていないから、時間を要するわけだ。このあたりは普段我々が使う路線がきちんと接続されているものという意識を、そうじゃないんだよ、と教えてくれる。


　便利な電車たちは行って戻ってまた行って、ひたすら沿線を往復する。で、終点に着いたら別の便利な路線にバトンタッチして乗客をどこまでも連れて行く。路線が変わるだけで、便利な電車たちはネットワークを作っている。
　一方、行き止まり鉄道は各線ごと独立路線。かろうじて片側だけネットワークに参加しているけれど、小さな拠点の住民たちと運命共同体のように生きていて、重心は終着駅側にある。この路線があるから終着駅の町がある。この町があるから路線の役目がある。存在理由がはっきりしているのだ。


　だからこうした行き止まり路線に乗っていると、「いかにも物足りない気分である。便利さと快適さを追求して忙しく暮らす人々の足となる路線と、中央へとつながるパイプとして継続を第一に運行されるいきどまり鉄道が別の乗り物に思えてしまうのだ」とトロさんは書いている。
　でも逆に行き止まったおかげで古い文化の匂いが残って、人々の生活もその鉄道と密着していると感じることができる。それが各行き止まり路線の記述を読んで思ったことであった。生活感が直に感じられていい。美味しいコーヒーをうたっている喫茶店に入ったはいいが、そのこだわりのサイフォンコーヒーのまずさに呆れたり、期待していなかった駅前の中華食堂のラーメンが期待以上の美味しさであったり、Ｂ級グルメを目指すカレー蕎麦が、カレーの味に負けてしまって、蕎麦であることに意味がないことに呆れたり、駅前に本屋が続けて二軒もあることに感動したりする。
　本屋さんが駅前に二件もあることに感動した理由がふるっている。ちょっと書き出してみる。


　「小さな構えとはいえ、複数の書店がやっていけるということはだ・・・・」
　そのココロは、一定の住民が暮らし、地元の書店で本を買うということだ。本を入手するだけならロードサイドにある古本屋で用は足りるしネットもある。持ち家で営業するにせよ、一軒だけも存続するのが大変なご時世に二軒も健在なのは、住民が意識的に地元で調達しているとしか思えない。
　もうひとつ、地元に根を下ろした書店は教科書販売という武器を持つ。つまり、子どもがある程度いると考えられる。子どもが少なければ高齢化は進む一方で暗くなる。でも、ここは違う。おそらくそれが鯨ヶ丘の活性化を下支えしているのではないか。


　なるほどその地域に書店がいくつあるかが、その地域のバロメーターになるんだ、と思った。なかなか面白い。子どもが本屋でコロコロコミック（まだあるのかな？）を買い求めて走る姿が眼に浮かぶ。
　とにかくこうした行き止まり路線の旅は、一方で現代の旅の姿を浮き彫りにする。特にスピード化だ。トロさんは次のように言う。

　東北新幹線が青森まで開通。めでたいことだ。札幌から鹿児島まで新幹線だけで移動できる日も近いというではないか。すごいことだ。でも何がすごいのか、よくよく考えてみると、時間短縮くらいしか思いつかない。リニアモーターカーのすごさも、突き詰めると速さだ。
　でも、速さが求められるのは急いでいる人がいるからで、そんなに急いでいないのであれば値打ちは半減する。それでも人はスピードに憧れるものであるから、速さは善、速さは最新ということになってしまう。いつの時代も「のんびり行こうよ」がキャッチフレーズになり得るのは、それが少数意見だからだろう。


　でもいつもいつもスピード化を求められている社会が果たしてどこまで幸せな社会なんだろうと思う。急げば急ぐほど、それは余裕のなさを物語っているんじゃないか、とも思う。ここにも価値観の見直しがあってもいいような気がする。


評価
★★★


書誌
書名：駅長さん！これ以上先には行けないんすか
著者：北尾　トロ
ISBN：9784309020303
出版社：河出書房新社 （2011/03/30 出版）
版型：236p / 19cm / B6判
販売価：1,365円(税込)]]></description>
         <link>http://www.k-moto.net/book32/archives/2011/12/post_557.html</link>
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         <category>最近読んだ本</category>
         <pubDate>Fri, 30 Dec 2011 10:09:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>森田功著『やぶ医者の一言』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_21_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2011_12_21_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_21_01-thumb.jpg" width="150" height="216" /></a>


　今まで手に入る文春文庫を読んできた。今回は集英社文庫である。『やぶ医者の一言』というように、今回は短い文章の中で、最後に森田さんの一言が加えられていて、それが森田さんらしい。前回がちょっとと思っていただけに、これは楽しく読めた。森田さんの診療に見える患者さんを通して、町医者とは、病気とは、医療とは、何なんだろうと思われるあたりは、森田さんらしくて良かった。いくつか書き出してみよう。ほとんどの文章で森田さんが最後に呟く一言である。


　町医者は喘息ばかりとは言ってられず、交通整理のお巡りさんのような役割を果たさなければならない。


　医者には後悔がつきものと思いなおすが、通夜の席は被告席と変わりない。私は箸を握り、盃をもったままうつむいて、時を過ぎるのを待った。


　医療を含めて、西欧文明というものを、根底から見なおす時にきているのではなかろうか。


　花粉症は、排ガスに枯らされた杉の木が、適を討っているように思えてならない。


　親戚の人たちの意見は二分したらしかった。死にかけた者を助けた、というのと、助かる者も見分けのつかないやぶ医者、というのだった。


　心配代行業も町医者の仕事らしい。


　薬を計る手は、毒物を計るように慎重であらねばならないと自戒する。


　祖父の、一見でたらめな育児に、誤りはなかったようだ。子育ては百の議論より心であると思う。


　余計な病名ばかり心配するより、つまらない症状でも正しく伝えることが、診察を受ける際には大切であろう。
　ものを言わない動物相手の獣医さんは、さぞかし診断が難しかろうと思うが、逆に犬や猫を連れた飼い主は、病人以上に口やかましいものらしい。


　広く浅い知識で、何の相談にも乗らなければならない町医者は、大病院の専門医がしみじみとうらやましい。


　と、いろんな患者の言うこと、症状を診なくてはならない町医者は、愚痴もこのようにこぼしたくなるだろう。地域に密着している分そこにいる人たちの目に絶えずさらされていなければならない分、その精神的苦痛は大変だろうと思われる。町医者は“心配代行業”というのもそうであろうし、患者さんの通夜に出席すれば、その席が“被告席と変わりない”と感じるのも、大変だなと思うのである。

　森田功さんの本はこの本を含め続けて５冊読んできた。しかしこれで森田さんの本は最後にしようと思っている。私たちはかかりつけのお医者さんをたぶん持っているだろうし、ちょっと調子が悪ければ、すぐかかれるお医者さんを持っているはずだ。そのお医者さんの苦労をちょっと知ることが出来たので、何でも思うようにいかなかったら「やぶ医者め！」と思うのはちょっと控えようかな、と思うようになった。


評価
★★★


書誌
書名：やぶ医者の一言
著者：森田　功
ISBN：9784087483659
出版社：集英社 （1995/07/25 出版）集英社文庫
版型：251p / 15cm / A6判
販売価：入手不可]]></description>
         <link>http://www.k-moto.net/book32/archives/2011/12/post_558.html</link>
         <guid>http://www.k-moto.net/book32/archives/2011/12/post_558.html</guid>
         <category>最近読んだ本</category>
         <pubDate>Wed, 21 Dec 2011 14:51:38 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>森田功著『やぶ医者のねがい』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_15_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2011_12_15_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_15_01-thumb.jpg" width="150" height="213" /></a>


　この本は今まで読んできた３冊とは多少感じが違っている。それまでの本は、自らの診療所に来る患者さんや、著者の近所に住む人たちを通して、病気を語り、医療を語り、人を語っていた。
　ところがこの本はそうしたスタイルを維持してはいるものの、そこから導き出される著者の意見は、大きな課題を、社会の問題、医療の問題、死の問題をとして、多少上から語っているきらいがある。例によっていくつか書き出してみよう。


　抗生剤は進歩したが、病気は薬だけ治るものではなく、基本は体力、いわゆる自然治癒力に頼るところが大きい。病気と戦うのは体であり、薬は応援団のようなものでしかない。


　でも、日々の診療活動の中で、ちょっとどうなんだろう、と思われる大きな問題、例えば学校の健康診断で、確かに児童の健康や病気の可能性がある児童をとにかく病院にかからせる体質は、別問題もあるんだと指摘する。それが次のものである。


　後日、医師会か何かのときに、副会長の取り巻きのような耳鼻科医は、「学校検診のおかげでしばらく助かりますよ」とささやいているのを耳にした。「治療のすすめ」には、儀式の他の意味もあるようだ。


　これは別に学校の集団検診に限らず、どこでも行われている健診でも同じだろう。検査の結果次第で、多少疑いがあれば、すぐ病院に行って詳しく検査してもらえ、という通知は、その地区の病院を儲からせているだろうな、と推測出来る。検診の結果異常の可能性があると書かれれば、誰だって心配し、病院に行かざるを得ない。それはそれで本当に問題があった場合、早期発見などに役立つわけだから、意味はある。それは否定しない。けれどここの副会長の取り巻きのような耳鼻科医が言うことも事実なんだろうと思われる。実際問題、再検査の結果大したことがなければ、検査費用をふんだくられて、いったい何なんだ、と言いたくなる。でも、健診が裏側の面から見ると、医者の食い扶持を稼がせているとしても、こればかりは仕方がない。もし再検査して本当にその病気のであった場合、逆に良かったということにもなる。ただあからさまに医者側にこのようにささやかれていると聞くと、腹も立ってくるだけである。
　また学者言ったことが行政の認可や許可を受けて、当たり前の治療法であっても後になって、それは間違いであったというのはこれもよく聞く。著者はこれに関して次のように言う。


　何事かが起こるたびに、学者は安易な対策を口にし、行政の責任者は太鼓判を押すが、誤りが明白になったあとで、学者や行政が責任をとったという話を聞いたためしがない。


　ただこれだって確かにそうだけれど、その当時はそれが一番の治療方法であって、他に治療方法や薬が見つからなかったのだから、ある意味仕方がない。科学の進歩が絶えず過去の治療方法を検証していくから、そういうことになる。たぶんこういうことはいつの時代にもあることだろう。そのたびに責任の所在を求められれば、学者はやって行けまい。医者にしてもそうであろう。その時最善の治療法であったものが、後に間違いであったと否定され、責任を取らされるなら、たぶん医者なんてやっていけないんじゃないかと思う。
　ただ一番困るのが患者である。そしてそのことによって患者が医者を責め、その診療科の医者のなり手を少なくしてしまい、結局患者が自分で自分の首を絞めることになってしまうのである。今小児科や産婦人科が少ないのもこんなところにあるんじゃないだろうか。
　問題を提起するのはいいけれど、むしろ言い放しの方が、無責任のような気がする。このあたりが今までの森田さんらしくない。
　次の文章も皮肉だけで済まないところが感じられた。マッサージ師がマッサージをしていて触診で病変を発見した。それは大病院で大げさな検査をしても見つからなかったことであった。それをこのように書く。


　面目を失墜したのはＸ病院であった。現代の技術の水を尽くした精密検査で見逃した病変が、マッサージ師の手先で発見されたのである。何の元手もかからない触診が、何億円もの検査設備を凌駕してしまった。


　これまでもこのような文章は書かれてきた。その時はそれまでの森田さんの書かれる文章から、町医者の限界を肯定した上で言われていたし、自らもひがみやねたみだと言ってきていた。だからこのように言われても、確かにそういうこともあるよね。何でも大病院が、あるいは設備の整った病院の方が安心とは言い切れないかもしれない。でも患者とすれば、徹底的に調べてくれる病院を選択するに違いない。それは仕方のないことだと思う。決して町医者を馬鹿にしているわけじゃないのだ。それを設備の整った病院を選択することが一概にベストの選択とは言い切れないというような言い方は如何なものかと感じてしまった。その点が気になった。森田さんらしくない。町医者のねたみだけとは感じられなかった。
　で、それはどうしてなんだろうかと考えてみた。今回森田さんの体調の悪さがやたら出てくる。元々ぜんそく持ちで、アレルギー体質で、それに苦しみながら患者さんを診てこられてきた。時には患者さんの方から「お大事に」と言われる始末である。
　でも今回はそれが悪化し、老齢という問題もはらみ、自らの進退を考えなければならないところに来ておられる。要するに診療の存続、自らの死の問題をどうしても見つめざる得ないところまで来ていたのである。だから笑って済ませられないところが数多く出てきてしまったのだろう。そう思う。特に後半は死に関しての記述が多いのもそのことを物語っている。


　男の平均寿命が八十歳の近づいた今、それまでに死ぬのは不届きだと言わんばかりの風潮があるが、人それぞれ寿命がある。誰もが平均寿命までと、天寿まで管理されることはあるまい。


　いまさら言うまでもないが、一日生きれば、それだけ多くの他の生命を奪うことなる。生命は相互に依存する、というのは、人間の勝手な思い上がりである。人は他の生命を収奪することでしか生存でいない。


　すべて仕方がないのかもしれない。でもちょっと残念だな。それまでの森田さんの文章にあるユーモアとシニカルさが気に入っていたので余計である。もっとも勝手なことを言っているのは私なのだが・・・。
　森田さんは大腸癌で亡くなられている。遺言により通夜、葬儀は行われず、遺体は献体されたという。


評価
★★


書誌
書名：やぶ医者のねがい
著者：森田　功
ISBN：9784167393052
出版社：文芸春秋 （1998/10/10 出版）文春文庫
版型：254p / 15cm / A6判
販売価：入手不可]]></description>
         <link>http://www.k-moto.net/book32/archives/2011/12/post_556.html</link>
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         <category>最近読んだ本</category>
         <pubDate>Thu, 15 Dec 2011 12:21:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>森田功著『やぶ医者のなみだ』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_13_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2011_12_13_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_13_01-thumb.jpg" width="150" height="214" /></a>


　ここでも町医者として開業医の苦労が書かれている。いくつか書き出してみる。


　もののはずみのふとした勘違いが、人の生命にかかわる。とくに開業医は、あらゆる事故の責めを自分一人で負わなければならない。いつ世間の非難を浴びて夜逃げという事態にならないか、いや、投獄されるようなことになりはしないか、毎日が薄氷を踏む思いである。


　二十年あまり前に私が開業したころは、往診を頼まれるとすぐ引き受けた。来院されると困る麻疹など、伝染病の多かったせいもあるが、実のところ開業資金を返すために、一軒の患家でも増やし、少しでも稼ぐ必要に迫られてのことだった。
　借金に追われなければ働かないのかと、われながら浅ましい気もするが、保険の往診点数が上がるにつれ、たのまれる件数が落ちたのも事実である。初め往診料は整髪料の半分でしかなかったが、現在は二倍近くなっている。
　実際当時と比べると医療設備が整い、検査は格段の進歩をとげた。歩けないほどの病気であれば、手当てをしながら検査をするために、入院が常識となった。そのせいもあって往診は減った。


　毎夜のように私は紹介状を書いている。紹介というよりは依頼である。あちこちの病院に、検査や治療を頼む。病院のお世話にならなければ、今では町医者の設備や技術だけではどうにもやっていけない。
　ひと昔前の町医者には、聴診器と血圧計があるばかりで、レントゲン装置さえなかった。


　機械は置いただけでは役に立たない。診断に活かすためには、それ相応の学習をしなければならない。設備投資もさることながら、勉強して機械を使いこなすまでの苦労が、町医者の片手間にはこたえる。


　こうして書かれれば、確かにそうだろうな、と思う。病気だって、ちょっとしたことでもすぐ病気にしちゃうものだから、たぶん一昔前より増えているんじゃないかと推察する。その治療方法も日進月歩だろうから、その勉強も大変だろう。診察するに当たって最新の機器を使っていないと、患者からそっぽを向かれかねない。薬の種類だって、ものすごい量に増えているに違いない。
　森田さんは次のように書いている。


　診断について、問診や視診、打聴診から病名を予測し、それに従って検査を進めるのは時代遅れだという意見がある。ひととおり検査して、検査結果に異常があったところだけを考えればよい、というのである。
　この意見に従うと町医者の存在理由がなくなる。中規模の病院も、ますます大病院化を志向しなければならない。
　医療を受ける側にも、この傾向を促進する責任があるのではないか。病院のよしあしを設備の有無で判定し、「ＣＴがないのは病院ではない」ような言いかたがされる。


　確かに患者である我々も、町医者を信用できないとすぐ専門医と最新の医療機器がある大病院を志向する。その結果必要以上の検査をされ、検査でふらふらになってしまうのだから、この点はちょっと考えないといけないような気がする。少しでも健康で長生きしたいのは誰でも同じだろうけど、歳を取れば身体に異常が出てくるだろうし、そして人はいつか間違いなく死ぬのである。それを医療技術の進歩で多少時間を遅らせたとしても、その結果苦しい検査を受けなければならないし、死ぬことさえ、身体中にチューブが巻きつけられ、そう簡単に死なせてくれない。ぎりぎりまで心臓は動かされるのである。それが日本の最高の医療なのである。
　この本の解説は立川昭二さんが書かれているが、そこには次のように書かれている。


　それには、かならずしも最新の機器をそなえた最高の医療である必要はない。それはその病人にとって最善の医療であればいい。
　「最高」の医療と「最善」の医療とはちがう。
　最高の医療がかならずしも最善の医療ではない。そして最善の医療のほうが最高の医療よりむつかしい。そして私たちは、どちらを望むかといえば最善の医療のほうを望んでいるのである。森田さんは、このむつかしい、そして私たちがいちばん望んでいる最善の医療をやってくれる「お医者さん」なのである。


　その最善の医療を施してくれるお医者さんが永いこと往診していた八十六歳の女性を自宅で見送る場面を描いた「泣き虫」という文章がある。


　駆けつけてみると、下顎で空気を集めて飲みこむような、ゆっくりとした臨終の呼吸であった。もはや見せかけの注射をする暇さえなかった。
　すまさんの手を握った子息が「ほら、ぬくもりが消えてゆく」と、嫁や孫に呼びかけた。私は蒲団に裾に座り、膝頭を両手でつかんでうつむいた。
　「おばあちゃん」「お母さん」と口ぐちに呼びかける声を聞いていると、涙が手の甲に滴った。泣き声をこらえようとして、のどの奥で鶏の鳴くような音がした。これほどつらい仕事が世の中にまたとあるのだろうか。毎度まいど涙をこぼしながら、誰か代わってもらえないものかと思いつめる。


　こういう文章を読むと、人の病気や死に付き添ってくれるお医者さんというのが有難いな、と思う。けれど、こういうのもなかなか難しい世の中になりつつあるんだろうなとも思う。世の中あらゆるところで、効率やスピードを要求するのだから、人の病気や死も、右から左へと次から次へと処理されても、ある意味当然のような気がする。効率やスピード、利便性を競争すればするほど、そのほころびが人間の尊厳を軽くしていく。そこに利益という考えが加われば加わるほど、ますます人間の尊厳が軽視される傾向になるのはやむを得ない。
　設備のある程度整った病院付近で、胃を取られた人が多いと書かれ、そこは無胃村と呼ばれているらしい、と書かれると、笑ってばかりいられない。ちょっと考えてしまう。


評価
★★★


書誌
書名：やぶ医者のなみだ
著者：森田　功
ISBN：9784167393045
出版社：文芸春秋 （1997/08/10 出版）文春文庫
版型：251p / 15cm / A6判
販売価：入手不可]]></description>
         <link>http://www.k-moto.net/book32/archives/2011/12/post_555.html</link>
         <guid>http://www.k-moto.net/book32/archives/2011/12/post_555.html</guid>
         <category>最近読んだ本</category>
         <pubDate>Tue, 13 Dec 2011 10:40:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>森田功著『やぶ医者のほんね』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_05_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2011_12_05_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_05_01-thumb.jpg" width="150" height="212" /></a>


　初七日の前後、道で姿を見かけた夫人が用のないはずの路地へ曲がっていったが、うなだれたまま目礼も返してくれなかった。
　非力な医療を恨むことが、多少でも夫人の悲しみの軽減に役立つならばと、私は自分に言い聞かせたが、甲斐のない町医者の働きがわれながら哀れであった。


　この文章は森田さんが診ていた心疾患の患者さんが、甲斐なく亡くなってから、その夫人と道でばったり出会った時のことを書いたものである。夫人からすれば、もう少ししっかり診てくれれば、という気持ちの表れなんだろうと思う。もう少し町医者がしっかりしてくれれば、死ななくて済んだかもしれないという気持ちは、病気で失った人を思う余り、そう思いたいのはよくわかる。
　私の父親が母親を亡くした時、かかりつけの医者がもう少ししっかりしてくれれば、もっと早く癌を見つけることが出来たんじゃないのかと恨みがましく言っていたことがあるのを思い出す。何のために毎月通っていたんだ、とも言っていた。でもそれって、今にして思えば、父親の悲しみをその医者にぶつけていただけのことじゃないかと思う。そうすることで、悲しみのやり場をそこへ持っていったのだろう。だからそれは身内に言う愚痴だったし、この夫人も自分の悲しみを森田さんに見せただけであろう。
　ただそれがわかるから森田さんは、「夫人の悲しみの軽減に役立つならば」、と夫人の態度に耐えたのだ。仕方がないと。でもこれって苦しいだろうな、と思う。しかし町医者の限界というのがあるだろう。なんでも大病院だったら助かるかもしれないという患者の思いに対して、森田さんが町医者としての自分の気持ちを隠さないところはいい。


　「二カ所の大学で手術しなければと診たてた病気が、放っておいたら治るとは、どうなっているのだ」
　受話器の中で村上が罵るのを聞きながら、私はいく分は痛快な気分を味わっている。雲の上の存在のような医学部教授に向けた悪態は、胸がすく。

　医学部教授の誤りに対して、鬼の首でも取ったようにはしゃぐのは、町医者の劣等感の裏返しなのであろう。


　いずれにせよ、どう転んでも町医者は、その限界をいつも感じつつ診察をしなければならないものなんだ、わかった。町医者は個人で開業している以上、リアルに生死を突きつけられ、場合によっては、直に訴えられかねない危機さえいつも抱えているのである。


　自分の半生は刑務所の塀の上を歩いてきたようなものだという政治家がいたが、罪人にならないまでも、どちらに転んでも不思議のなかった場面が、私の半生にも幾度かあった。


　それでも森田さんは次のように書く。


　狭い塀の上を、落ちたのか落ちなかったのか、とにかく現在の町医者にたどり着いて今日まで来てしまった。学問上の業績からは遠く、地位名誉には何の縁もない、だが私はこのまま、この地で生涯を過ごしたいと念願している。


　ところで私は毎日胃腸の薬を服用しているので、森田さんの薬に関する記述は気になった。森田さんは薬に関して次のように言う。


　薬は心理的な効能もあり、飲んだり注射しただけで効いたような気がする場合が多い。


　これ、よくわかる。

　結局いつもの薬を飲むことが、特別その薬が命に関わるもの以外、案外その効能よりも、森田さんの言うように「心理的な効能」も馬鹿に出来ないように思う。飲んでいれば安心、というのがあるじゃないですか。
　次の森田さんの患者の薬に関する会話が面白い。


　「また同じ薬か」

　「同じ薬が続けられるほどいいんだよ」

　「一度飲んだだけで、がばっと治ってしまうような薬はないものかね」

　「今のところはまだないが、そのうちできるだろうから、現状維持に努めるのがいちばんだね」

　「気の長い話だな」

　「一病息災とも言うし、腹を立ててはいけない持病というのは身のためじゃないか」


　森田さんは“一病息災”という四字熟語を持ち出して、そのための薬は「長い将来を考えれば、薬は増量しないことにこしたことはない。少しばかりの薬を続けるのは、本人が病気を意識し管理してゆこうという自覚を持たせる意味もある」のだと書いている。なるほど！そうかもしれないと思った次第だ。


評価
★★★


書誌
書名：やぶ医者のほんね
著者：森田　功
ISBN：9784167393038
出版社：文芸春秋 （1996/03/10 出版）文春文庫
版型：249p / 15cm / A6判
販売価：入手不可]]></description>
         <link>http://www.k-moto.net/book32/archives/2011/12/post_554.html</link>
         <guid>http://www.k-moto.net/book32/archives/2011/12/post_554.html</guid>
         <category>最近読んだ本</category>
         <pubDate>Mon, 05 Dec 2011 10:07:19 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>森田功著『やぶ医者の言い分』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_01_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2011_12_01_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_12_01_01-thumb.jpg" width="150" height="211" /></a>


　私が森田功という人物を知ったのは、吉村昭さんの随筆からであった。この人の詳しい経歴は知らないが、吉村さんの文章を読むと、順天堂大学医学部の病理解剖を長いことされていて、その後三鷹台で診療所開き、町医者とその後の人生を過ごされた。吉村さんは森田さんをかかりつけとしていたという。広島で原爆被ばく経験を持っておられる。
　とにかくその文章を読んで、森田さんがエッセイシストでもあり、いくつかの著作もあると聞いて、読んでみたくなり手にした本が５冊である。『やぶ医者』シリーズといっていいのかも知れない。（いずれも今は新刊書店で手に入らないので、ブックオフとアマゾンのマーケットプレイスで購入した）

　私は自分が胃腸の調子がおかしくなるまで、医者というものにかかったことがほとんどなかった。だから町医者についてそれほど考えたことがなかった。かかりつけのお医者さんというのに、長いこと縁がなかったといっていい。けれどこうして歳をとって、胃腸の調子が芳しくなって、まずは近所の診療所やクリニックなどへ通った。苦しい胃カメラや大腸の内視鏡検査を我慢して受けてきた。病名は十二指腸潰瘍だとか、逆流正食道炎とか、内視鏡検査で、胃と十二指腸の間に、昔あった潰瘍が小さなこぶみたいになっていて、通りが悪くなっているとか、いろいろ言われた。いずれも胃腸科とうたっているところであったが、長いこと通っても一向に改善する雰囲気はなかった。
　病名が変わるたびに、あるいは病院を変わるたびに、薬が変わり、数も増えていったりする。そして今通っている胃と腸の内視鏡専門医のクリニックに落ち着いている。
　こうして、何度か病院を変えてみて、わかったことがある。診断というのはある意味ドクターの主観であるのではないか、ということである。特に内科ほそうじゃないかと思う。もちろん診断を下すには、それなりの知識と経験の裏付けがあってのことだとわかっている。でも、はっきりとした病巣が目に見える形であればともかくとして、私みたいななんだかよくわからない症状は診断が付きにくいのであろう。
　それでもはっきりした病名をつけなければ、保険請求もできないし、治療方法も決まらないし、薬も決まらないはずだ。そこで診断を下すに際して、かなり悩まれるだろうことは推測できる。ただその診断が大きく間違っていなければいいが、誤診まではいかなくても、治療方法や薬の選択に違うチョイスがあったのではないかと悩まないのだろうか、と常々思っていたところ、森田さんが町医者の心境をこう書かれている。


　どんな仕事をしていても運不運というものはついて回るが、町医者を開業してから二十年余り、ふしぎと私は幸運に恵まれてきた。
　なんとか今までは持ちこたえてきたものの、いつ運に見放されるかわからないという不安はたえず心の底にある。
　深夜目がさめて救急車の音を聞くと、もしや自分の診た患者ではと不吉な想像を巡らさずにはいられない。町医者をしていればいつでも、二、三人は気がかりな患者がいる。


　自分が診断した患者が、診断通りあれば、それでいいけれど、はたしてそれで間違いはなかったのか絶えず不安に駆られることがいくたびか書かれている。だろうな、と思う。いろんな患者を安心させたり、注意をしたりしているけれど、


　ひとの心配を肩代わりするのが医者の仕事かも知れないが、氏が安心して帰ったぶんだけ私は気が重くなった。やはり血液検査ぐらいすぐすべきであった。胃の透視も二、三日のうちに約束しておけば良かった。ひと月で三キロも痩せるのはただごとではない。考えれば考えるほど不安は大きくなってくる。


　こういう不安に絶えず悩まされるという医者は、自信がないなら話にならないが、そうじゃなくて、人の身体のことである。何が起こるかわからない。また一つの症状で判断を迫られる訳だから、“これだ！”という確実なことが言えることなど少ないのではないか。それに吐露する分この先生は良心的だと思うべきなのだろう。まして町医者である、いつも患者の顔が見える立場の人だから、余計に慎重になるはずだし、その責任の重さが不安を残すのだろう。

　また次の文章は素直な気持ちとして嬉しい気分がよく出ていて、私は気に入っている。


　病状が回復に向かったと聞くのは町医者にとって何よりも嬉しい。お陰さまでと付け加える人がたまにいるとなおさらだ。病気が治るのは医者のせいよりも、むしろ体に備わった自然治癒力に負うところが大きいから、感謝されても面映ゆいだけなのだが、それでも心が弾む。

　と書かれる。医者である自分の診断や治療方法が病気を治したと思うのではなく、病気が治るのはあくまでも自らの“自然治癒力に負うところが大きい”と書かれたことは、私もそうじゃないかと思っているところがあるので、やっぱりと思うのである。


　最後に薬の飲み方で気になったことを書く。森田さんのところに来る患者が、薬が効かないと言う。で、カルテを調べてみるともう薬がないことがわかるが、その患者はまだ薬は残っていると言うのである。毎食後飲む薬みたいだが、その患者は朝食べないので１日２回しか服用していないというのである。確かに朝食を食べない以上、食後３０分後というわけにはいかないだろう。ちゃんと決まった時間に決まった量の薬を飲まないと効果が出ないと思われるが、この場合どうすればいいんだろう？特に若い人は朝食を抜く人が多いだろうから、この人達はどうしているんだろう？
　もっとこうした若い人は、薬など決まった時間に飲まなくても、若い分自らの自然治癒力で治せるのかもしれない。逆に慢性疾患の人はそれこそ自分の身体に気をつかうから、朝食を食べないことが少ないに違いない。むしろ薬を飲むために、食べられない朝食でも無理して食べるかもしれない。
　ところで私は今、漢方を毎食３０分前に飲んでいるが、漢方は毎食３０分前に飲むものが多いと聞いたことがある。なぜ漢方は毎食３０分前何だろう、と思っていたら、その答えが書かれていて、納得した。


　昔よく用いられた漢方薬には、食前三十分と指示されたものが多い。草根木皮や獣の骨などを成分とする生薬は、調理された食品に比べると消化吸収が悪い。薬の吸収をよくするために、食前の三十分ほど前にとされたのだろう。

　ということらしい。


評価
★★★


書誌
書名：やぶ医者の言い分
著者：森田　功
ISBN：9784167393021
出版社：文芸春秋 （1994/06/10 出版）文春文庫
版型：237p / 15cm / A6判
販売価：入手不可]]></description>
         <link>http://www.k-moto.net/book32/archives/2011/12/post_553.html</link>
         <guid>http://www.k-moto.net/book32/archives/2011/12/post_553.html</guid>
         <category>最近読んだ本</category>
         <pubDate>Thu, 01 Dec 2011 14:25:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>梶山季之著『せどり男爵数奇譚』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_11_25_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2011_11_25_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_11_25_01-thumb.jpg" width="150" height="206" /></a>


　書店に『ビブリア古書堂の事件手帖』の新刊と一緒にこの文庫本が並んでいるのを何度か見た。まあ、古本に関するミステリーを店頭に一緒に並べるなら、この本は欠かすことはできまいと思う。私も気になって、自分の本棚にあるこの本を取り出して再度読むことにした。この本は文庫として発売されたとき買って読んだ。まあまあ面白かったという記憶があるが、それ以上は忘れちゃっているので、また読み直してみてもいいかな、と思ったのである。
　さてこの本はどんな本かというと、解説にうまいことこの本の紹介をしている部分があるので、それを書き出してみる。


　『せどり男爵数奇譚』は古書と古本屋をめぐる連作短編小説集である。愛書家、書痴、書狂、ビブリオマニア、異常なほど古書に取り憑かれた人々が登場するだけでなく、古書業界のさまざまなルールや逸話などが小説に織り込まれている。古書ミステリー、古書ホラーであると同時に、いわば古書に関する情報小説でもある。


　せどり男爵こと笠井菊哉の父親は戦前の成金で、いわゆる多額納税者で、それで爵位を買った。昭和１６年にその父親が妾宅で腹上死して、世襲で男爵となった。父親の財産が転がり込んできたことで、古書に現を抜かすことなった。
　大学時代和本の魅力に取り付かれ、全集もので欠けている巻数を地方の古本屋で探す。その古本屋してみれば全集の端本はただのクズ本にしか過ぎないが、欠本を探している古本屋では、それが全巻揃うことで、高く売れるため、重宝された。こうして笠井菊哉は古書店主から一目を置かれる存在となっていった。

　「せどり」とは、彼が「せどり男爵」と呼ばれる所以は、


　古本屋仲間で、厭がられる商売の仕方に、新規開店の店に行って、必要な古本だけを買うのを、続に「抜く」とか「せどり」と云うですよね・・・・
　あたしはこの「せどり」の名人でしてねえ。まあ、本の値打ちを知らない未亡人なんかが、主人の蔵書を資本に、古本屋を開業すると、目星しい本をあらかた抜いて、神田や本郷の店に売りつけるわけです。
　まあ、背中を取る・・・・と云うような意味から来たんでしょうが、それで「せどり男爵」と渾名されたんですよ。


　である。とにかく古本狂うと、ミステリーにもなるし、ホラーにもなる。


　これに魅入られたら－そうですな、本の虫といいますか、こいつが取り憑いたら、もう逃れようがない。


　たとえば世界で一冊しかない本を手に入れたと思ったら、もう何冊かあった場合、どんなことをしてもその本を手に入れる。そしてその本を手に入れたら、さっさと燃やしてしまう。そして自分の手元に残った一冊を世界で一冊しかない本としてしまう。そのためには他の本を高額な値で買い取ったり、人を殺したりすることも辞さない。こうして本を破損する人を“ビブリオクラスト”と言うらしい。
　あるいは古書の持ち主が“ワ印”と呼ばれる春本を隠し持っていたりする。それをとんでもないところに隠していたりする。だからこれがミステリーとなる。
　一方ホラーとしては、世界で一冊しかない本にするために特殊な装丁にする。
　ここでは装丁に人間の皮膚を使うことで、世界で一冊しかない本としてしまう装丁家の話である。この場合本の内容よりその外観が価値を生む。
　聖書の「汝姦淫するなかれ」が印刷ミスで“not”が抜けてしまい。「汝、姦淫せよ」となってしまったものがある。これを『姦淫聖書』という。
　物語はこのミスプリントの聖書を人間の皮膚で暖かく包んでやりたいという中国人の話から始まる。皮膚を提供する女は麻酔をかけられて、男に犯されながら背中の皮膚をメスで切り取られる。まさしく「汝、姦淫せよ」を地で行った装丁の素材である。その光景を見てしまったある装丁家はその怪しい光景に魅了され、以来人の皮膚を使って装丁することに夢中となる。「人間てえものは、なにかのキッカケがあると曲がっちまう」である。
　人の皮膚で何かを飾るというのは、昔五木寛之さん小説でナチスがユダヤ人の皮膚を使ってランプシェードを作った話を読んだことがあるが、究極を極めるとこういうことになる。

　さて、最近私が聞いたことと経験したことを二つ書いておしまいにする。この本で次のようなことが書かれている。


　「また、不況が訪れそうですね」
　笠井は、セドリー・カクテル（笠井が好む変なカクテルのこと）を飲みながら小柳に云った。
　「そうなると、われわれの商売が繁昌する時だ。不況の時ほど、アレレと思うような逸品が出てくるからね。大体、“古”と云う文字のつく商売は、不況の時に強いんだ・・・・」
　小柳は、そう云って微笑した。
　不況になると、不要品を売却する人が出てくる。骨董品、書画などを、売る気になるのである。
　おそらく先祖譲りの品だとか、亡夫の残した蔵書なのであろうが、不況のさなかだから値下がりしている。
　だから売り手は、損をするのだ。
　買った側は、値打ちを知っているから、店頭に出さず、不況の嵐が通り過ぎるのを、じっと辛抱して待っている。


　私は先ほど自分の本棚の整理を大々的に行い、文庫本などほとんど処分がてら古本屋さんに売り飛ばした。そのとき、古本屋さんに聞いた。

　「今年の神田の古本市にはお宝本が豊富な年だったですってね？」

　私は何処かのタウン誌の特集で神保町の古本市に書いてあった見出しを目にしていたので、そう言ったのである。しかし来てくれた古本屋さんの社長さんは、それは今年に限らずここ数年そうだと言うのであった。理由は不景気による。景気が悪くなって、手元不如意なって、貴重な蔵書売る人が増えたというのだ。だから今まで市に出なかった本が続々出てくるようになっているという。そしてそういう人たちが増えたことによって、価格が下落して、お宝本が手に入りやすくなっているらしい。
　そして古本が買い手市場になっているものだから、引き取り価格も下落しているだけでなく、もうだぶついてか、引き取りをやめてしまっている古本屋さんもあるとも言っていた。古本屋さんも売り手の言い分を聞くことをしないで、値をふっかけられたら「だったら引き取りません」と強気にも出ているとも言っていた。
　だからであろうか？私の本の引き取り価格も低かった。けれど私が出した本は駄本ばかりなので、当然とはいえば当然なのだが・・・。むしろ私は最初から引き取り価格は気にしていなかった。引き取りに来てくれるだけで有難かったのである。
　そんな駄本ばかりの中には、多少古本的価値のある本をその社長さんは別により分けていた。これがこの本は多少値が付くだろうと思っていたものだった。この本にも「わたしには、どの本が本命なのか、わかるんです」と帳場に数冊持ってくる客の話をしている。
　そう、別に古本屋さんじゃなくても、ある程度本にふれていると、これはちょっと価値があるなとわかってくるものである。結局本に関していつもどこかに気にかけているものだから、そういったことがわかってしまうのだ。たとえば時代のニーズとか、人気があっても肝心の本が品切れや絶版になっている作家さんの本などは、多少値が付くだろうな、とわかるのである。

　もう一つが「せどり」である。この本の解説に最近はせどりが新古書店で行われていることが書かれている。実は私はそれらしき人をブックオフで見かけたのである。その日は単行本５００円均一というセールが行われていた。私はそれを見たとき、しめしめ何かいい本がないかなと思い棚を見たが、棚がガタガタなのである。そして床にはいくつものカゴが置かれ、そこにごっそりと本が入っていた。どう考えても一人の人間が欲しい本を引っ張り出したようには見えなかった。そこには人が座り込んで、スマホでカゴの中の本を確認している。たぶんそこには求めている本のデータが入っているんだろう。私はこの人はここでせどりをしているんだな、と思った。
　昔ネットで古本屋さんをやっている人の本を読んだことがある。仕入れ先の一つにブックオフをあげていた。いくつも駆け回って仕入れをしていると書いてあった。これがそうなのか、と思ったのである。
　しかし本業かサイドビジネスか知らないが、こんな仕入れの仕方で商売をし、金を稼ぐのも大変そうだ。


評価
★★★


書誌
書名：せどり男爵数奇譚
著者：梶山　季之
ISBN：9784480035677
出版社：筑摩書房 （2000/06/07 出版）ちくま文庫
版型：299p / 15cm / A6判
販売価：819円(税込)]]></description>
         <link>http://www.k-moto.net/book32/archives/2011/11/post_552.html</link>
         <guid>http://www.k-moto.net/book32/archives/2011/11/post_552.html</guid>
         <category>再読した本</category>
         <pubDate>Fri, 25 Nov 2011 10:25:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>吉村昭著『魚影の群れ』</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_11_22_01.jpg"rel="lightbox"><img alt="2011_11_22_01.jpg" src="http://www.k-moto.net/book32/archives/2011_11_22_01-thumb.jpg" width="150" height="210" /></a>


　本の内容の話に入る前にこの本のことを書きたい。実はこの本ちょっと探していた。本は初版が１９８３年だから、今から２８年前に出版されている。しかしもう２８年も経ってしまうと、よほどコンスタントに売れていないと、品切れ重版未定、あるいは絶版になって、お決まりの“手に入らない”状態になっている。まして文庫本となると、古本で探すのも大変だ。アマゾンのマーケットプレイスで探せば簡単に出てくるけれど、本の値段はそれほどでもなくても、送料を考えると、それほど安くない。結局携帯にメモを残し、古本屋を歩いている時や、ブックオフへ行ったときに目についたとき買うことにした。
　こういう時携帯は便利だ。さすが“携帯”である。いつも持って歩く以上、そこにメモとして残しておけば、自分の探している本は何だったか、あるいは見かけたときすぐ確認ができる。重複して買うこともない。
　で、この本も神田の古本屋さんを歩いていた時、ワゴンの中で見つけた。間違いないか携帯を開き、「うん、これだ」確認する。３冊まで１００円のワゴンにあった。こういう時欲しい本が３冊あれば、お得なのだろうけど、大体にしてそんなことはない。今回もこの１冊だけだったので、１００円を出して購入する。多少傷んではいるが、問題はない。

　さてこの本は吉村昭さんの「動物小説」のジャンルに入る１冊である。これまでこのジャンルの小説は何冊か読んできているが、やはり自然相手の話は、厳しい。またその中で生きている人々も当然厳しい。我々のようにのほほんと暮らしている人間が予想する話の展開にはならない。気持ちとしてはハッピーエンドで終わって欲しい部分があるのだが、すべてにおいて無惨な結果で終わる。そんな甘っちょろいもんじゃないよ、教えてくれる。そうであることで、自然を相手にして暮らしている人々の暮らしの厳しさを伝えていく。
　この文庫は、「海の鼠」、「蝸牛」、「鵜」、「魚影の群れ」の４編が収録されている。
　「海の鼠」は島に「鼠が湧きました」、「磯も足元の路上も鼠で充満している。鼠を踏みしゃぐ」というほどの大量の鼠が島を襲った。もともとこの島は漁と、急な段々畑で農業をする、貧しい島であった。しかも台風も毎年襲ってくる。それでも島の人々はそうした自然の厳しさの中で堪え忍んで生きてきた。それが彼等の習性であった。
　そんな中、大量の鼠が島を襲い、わずかな農作物を食い荒らしていく。それでも鼠に食い荒らされることが、分かっていても、島の人々は生きるために、農作物を植えていく。
　人間にとって島は厳しい自然であるが、鼠にとってはいい環境であり、どんどん増え、太っていく。郡事務所の久保はさまざまな対策を講じるが、一向に効果がない。猛毒性の薬剤はある程度の効果を生むが、それだけでおさまらず他の動物をも殺してしまうし、自然環境を破壊してしまう。
　結局なすすべもなく、７年後、鼠が減って行く。島民は鼠が島を襲う前までは、自然が襲う様々なことに堪え忍んで生きたが、鼠が及ぼす被害には諦めだけで済まなくなり、畑を耕さなくなったり、漁を放棄した人々が減っていく。島を離れていく。そうしたことで鼠の食糧不足が生じた。これが鼠のいなくなった理由であった。鼠が去ったあと久保は次のように、無力感に襲われる。


　島に発生した鼠の数が減少したのは、駆除方法が成果をおさめたわけではない。鼠の食糧が乏しくなった島を放棄しただけにすぎないのだ。
　人間の力は、遂に鼠の群れになんの影響もあたえなかった。むしろ久保たちの行為は島の鳥類を絶滅させ、多くの鼬、猫、犬を殺してしまっただけだった。そして、その間鼠は、村人たちの食糧をむさぼり食い交尾し妊娠し無数の仔をまき散らしていった。
　かれは、鼠課長という言葉を耳にするたびに、物悲しい無力感におそわれた。そして鼠すら見捨てた島にしがみついて生きつづける村の者たちの生活を思い起こした。かれらは強靱な人間なのか、それとも土地を離れることのできぬ無器用な人たちなのか、かれにはいずれともわからなかった。

　この話は実際にあった話だそうだ。

　「蝸牛」はそれほど面白くなかった。
　
　「鵜」は鵜飼いの父と娘の話である。松次郎は自分の家庭よりも鵜飼い中心の人間だった。松次郎には一人娘千代子がいて、千代子の子供の頃は鵜に興味を示し「川の匂いがする」と言って敬愛心を感じていた。しかし千代子が歳を経て、一人歩きするようになると鵜飼いに見向きもしなくなる。松次郎は千代子に婿養子をとらせ、鵜飼いを継がせようと考えていて、松次郎の元で働く時雄を候補と考えていた。
　けれど千代子は男と不倫の末、家を出て行き、頼りにしていた時雄も事情で松次郎も元もとを去っていく。松次郎は自分が飼育している老獪な鵜に半ば八つ当たりして、えさなど与えないでいたが、逆にその鵜に顔を突かれてしまう。鵜にしてみれば、えさをもらえるかどうかが、すべてであり、もともと鵜飼いの鵜は完全に飼い慣らせないらしい。だから鵜は生きるためにそうしただけであり、逃げ出しただけなのだ。そう考えると人間というのは、生きものの自分の感情を移入してしまうけれど、結局それは思い込みであって、何ら関係ない。生きるためには生きるための手段、野生の本能があれば、その中で生きていくだけのことなのだろう。

　「魚影の群れ」は確か映画にもなったはずだ。青森のマグロ漁師房次郎は逃げた女房が置いていった娘登喜子と暮らしていた。登喜子には恋人俊一がいた。俊一は房次郎について、マグロ漁師になるつもりでおり、登喜子に頼んで房次郎の舟に乗せてもらう。しかし房次郎はずっと一人でマグロを追ってきた。そして俊一にはマグロ漁師とは異質な部分を感じており、どうしても俊一を受け入れることが出来なかった。
　あるとき房次郎の舟にマグロがかかったが、一緒に乗っていた俊一の額に釣り糸が巻き付いてしまい、皮膚を破り肉に食い入ってしまった。房次郎は一時糸を切って、俊一を助けようとするが、マグロ漁師たるもの、マグロがかかったらどんなことがあっても糸を切ってはならない。マグロを追いつつけなければならない、という教えを優先した。それでなくても房次郎は俊一にはいい感じを持っていない。
　何とか俊一は命を取り留めたが、登喜子は俊一と去っていった。二人とも房次郎に反感をいだいていた。
　俊一と登喜子は和歌山でマグロ漁の修得に努めているという噂が房次郎に入る。そして二人は戻ってきた。戻って来たとき俊一の容貌は漁師の顔つきとなっていた。俊一は房次郎と漁で争うこととなった。房次郎は大物のマグロを釣り上げていたが、俊一はなかなか成果が上がらなかった。
　その俊一の乗った船が戻って来ない。遭難した。１ヶ月後漂流している船が発見され、船中に白骨化した遺体が横たわっていた。俊一であった。船には釣り糸がついていて、引き上げると長さ三メートルを越すマグロの骨がついていた。一見して三百キロ近い大物であった。


　かれは、ようやく事情を理解することができた。俊一の鉤にマグロがかかって、かれはマグロを追った。漁獲に恵まれないかれは、その大物をのがすまいと釣糸をにぎりつづけた。しかし、未熟なかれはマグロの疲れを誘うこともできず、マグロとともに海上遠く進んだ。
　深い疲労と飢えが、かれを襲った。が、房次郎が傷ついた俊一を無視してマグロを追いつづけたと同じように、かれも釣糸をはなそうとしなかった。
　房次郎は、俊一のその行為は自分に対する憎しみによるものだということを知っていた。が、魚骨を見つめているかれの眼には、ただ物悲しい光が浮かんでいるだけであった。
　俊一に死が訪れ、マグロも死んだ。俊一の体は陽光と潮風にさらされて白骨があらわになり、マグロの体もむらがる魚に食い荒らされて骨だけになってしまったのだろう。
　房次郎は、海に眼を向けた。洋上を白骨化した俊一をのせた船が、魚骨をひいて漂い流れる光景が思い描かれた。
　かれは、吏員に深く頭をさげて礼を言うと町の家並みの方へ歩いて行った。

　
　私は房次郎の生き様に感動を覚える。長いこと一人でマグロだけを追ってきた。根っからの漁師である。そんな房次郎が俊一を受け入れたくても受け入れることが出来ずにいた。無器用なのである。結局意地の張り合いとなり、俊一は死に、房次郎はただ事実を受け入れるしかないのである。それしかできないのであった。

　物語はすべて物悲しく終わっていく。


評価
★★★


書誌
書名：魚影の群れ
著者：吉村　昭
ISBN：9784101117157
出版社：新潮社 （1983/07 出版） 新潮文庫
版型：300p / 15cm / 文庫判
販売価：入手不可]]></description>
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         <pubDate>Tue, 22 Nov 2011 10:33:32 +0900</pubDate>
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