PLAYBOY日本版
2009年2月11日の「全国書店新聞」によると、雑誌の売上は11年連続ダウンとある。特に2008年の雑誌の売上は前年の4.5%減となり2006年の4.4%を超え、過去最大の落ち込みとなったという。販売部数でみると、月刊誌が6.5%減の24億3872万冊、週刊誌は7.0%減の8億2731万冊となっているという。これだけ販売部数が減少しているのだから、当然売上も連動していいのに、全体で4.5%となったということは、雑誌の平均価格が2.4%上がったからだ。つまり雑誌の値段が高くなったということ。おもしろいのは、こうした低調な雑誌の中でグッズ付きの女性誌は健闘したという。要するに‘おまけ’が付いていないと売れないということだ。
とにかく雑誌が売れない。休刊誌が相次いだ。「PLAYBOY日本版」も2008年11月25日発売の2009年1月号で休刊した。これはその休刊をニュースにした記事だ。
私も「PLAYBOY日本版」の休刊は少々ショックであった。というのも、私は「PLAYBOY日本版」の定期購読者であったからだ。創刊当時からずっととってあって、一時は棚一段以上もあった。さすがこのままじゃどうしようもないといことで、気に入っていた連載ものを切り取ってファイルイングして後は捨てた。
といってもこれは初期の頃の話で、最近はとんと買う気にもならないでいた。というより裸ばかりでつまらなくなった。これを象徴するのが発行部数の激減でであろう。
発表によると、75年には90万部に発行部数があったのに、ここ数年は5万5千部まで落ち込んでしまったという。これはものすごい数字である。パーセンテージにしたら全盛時の6%しか発行部数がないことになる。
日本の雑誌は雑誌そのものの売上ではほとんど成り立たない。雑誌を支えているのは広告収入である。たとえば今フリーマガジンという無料の雑誌があるけれど、あれなどもろ広告収入で成り立っている典型的な例だ。広告を出してくれる企業はその販売部数の多さに、宣伝効果を見るから広告を出すのである。販売部数が減れば効果が見込めないから、当然企業はその雑誌に広告を出さなくなる。もっと効果のあるネットに移行するのは当然である。その広告収入が激減すれば、雑誌は成り立たない。「PLAYBOY日本版」の休刊の本当の理由はこれであろう。
ではなぜ発行部数が激減したのか?理由は‘つまらない’からである。
たとえばヌード写真。これもいささか食傷気味になって、新鮮さがない。要するにここに掲載されているヌード写真はネット中では似たような感じのものがごろごろしているだろうし、もっと過激なものさえ、簡単に見られる。
でも当時はそれしかなかったのだから仕方がない?‘秘すれば花’という言葉があるが、創刊当時、見えそうで見えないヌード写真はそれなりに男として刺激的であった。
話は変な方向に進んでしまうが、アメリカから直接輸入された「PLAYBOY」を日本の本屋さんで手に入れた友人がいた。当然ヌード写真は丸見えであるが、それを日本でそのまま発売することはできないので、あの部分に黒マジックで塗りつぶしてあった。そいつは馬鹿な奴で、その雑誌を買ってきて、シンナーで必死にマジックを落としていた。それを自慢そうに見せていたのである。たぶん高校時代の話である。
とにかく、女性の裸の写真がそれなりのインパクトを持っていて、ある意味「PLAYBOY日本版」を支えていた部分があったような気がする。だから集英社が「PLAYBOY日本版」で成功したので、講談社でも「Penthouse」で二匹目のドジョウをねらって発売した。こちらは後発だから、さらに刺激的にする必要があったのだろう。ちょっと前には話題性のあり、今は落ち目になった日本の女性を裸にしていた。あのロッキード事件の「ハチの一刺し」の女の人を裸にして掲載したのはこの雑誌であった。ただこちらの方はすぐ休刊になった。(詳しいことは知らないが、これを引き継いだ出版社があって、その後も発売されていたという)結局こちらの雑誌は‘きわもの’であった。
では「PLAYBOY日本版」が‘きわもの’にならずに、昨年まで何とか発刊されていたのかというと、やはり連載ものが面白かったからだろう。それにアメリカの有名作家の短篇などがここに翻訳され掲載されていたからだろうと思う。私も裸に興味がないとは言わないけれど、それはそれで、それ以上に毎月の連載ものを楽しみにしていたから、一時定期購読をしていたのだ。
いまファイルイングしてある連載ものは開高健さんの「オーパ!」と藤原新也さんの「全東洋街道」がある。これはホント楽しみにしていて、毎月25日なるのを待ちわびていた。フォーサイスやエド・マクベインの短篇も掲載された。創刊号にはアリとフォアマンの戦いを描いたノーマン・メーラーの短篇もあったし、他にも有名作家の文章が掲載されていたと思う。
今手元に75年7月21日の創刊号と、も2008年11月25日の休刊号がある。
創刊号の写真
終刊号の表表紙の写真
終刊号の裏表紙の写真
これを見ると、最後は最初と同じ表紙にしてある。創刊号は360円、終刊号は1,000円である。創刊から33年たっているのだから、雑誌の値段も大きく違って当然だし、終刊号は今までの総特集の形をとっているから、まぁ、1,000円でも仕方がないのかなとは思うが、それでも33年前は360円で買えたことは驚きだ。
しかしこの終刊号はいったい何だ!とパラパラページをめくって見てそう思った。とにかく目新しさがない。驚きを感じさせるものがなかった。終刊号だから仕方がないといってしまえばそれまでなのだが、それにしてもひどい。
いくら最近は買わなかったといえ、この雑誌そのもは気になっていた。最新号が発売されると新聞の広告を見たり、本屋さんで実物を見てみたりしていたが、とても買う気にならなかった。これじゃ休刊になっても仕方がなかったかなと、今になるとそう思う。企画が貧弱で、過去の栄光や雑誌のネームバリューで生き延びていた感じがする。
休刊する前、何度か開高健さんの特集が組まれたことがある。これなども販売部数がジリ貧になってきたから、昔ヒットした開高さんを持ち出すことで、何とか帳尻を合わせたんじゃないかと思ったものだ。開高さんが生きておられれば、その企画の貧相さにきっと怒鳴りつけるじゃないかと思う。
それにしても、最近は‘おや?!’と思わせる特集や記事がなくなっていて、読んでみたいなという気持ちになれる雑誌が少なすぎる。