2010年08月31日

思うままに その26

 8月はこれが最初の更新で最後の更新となる。要するに今月はこれだけしか更新できなきなかった。この猛暑で今年はヘトヘトになってしまい、更新どころではなかったのである。
 おかしいな、と思い始めたのは、お盆の頃からである。例年私は自分の仕事の都合上、この時期仕事が続けざまにあるものだから、休んでいられないので、一人事務所でしなければならない仕事をこなしていた。毎年のことなのでそれはそれで一向に気にはならないのだが、今年はいつものように仕事がはかどらない。気力が薄れる。時にはめまいもする。明らかに寝不足のところに、この暑さで体力がかなり消耗しているいるのがわかった。
 私はここのところ睡眠がきちんと取れないところがあって、いつも寝不足状態でいた。これだけ暑い日が続くとちゃんと睡眠は取らないと、対処がきびしい。これだと完全に夏バテでへたばってしまう。何とか睡眠だけでも確保しないとまずいと思い、先生にその窮状を訴える。先生は軽い睡眠導入剤というのか睡眠薬というのか、とにかくその手の薬をいつもの薬に加えてくれた。
 正直言うと、私は睡眠薬を飲まなければ眠れないというのはどうなんだろうと思っていた。人間寝不足や疲労がたまっていれば、いつかは寝られるはずだと思っていた。確かにそれはそうなんだろう。けれど、眠りにつくまで長い時間を要するのは、毎日だとかなりきついことを今回知った。しかも深い眠りじゃないので、何度も目が覚める。寝足りていないのに、朝早く目が覚める。いつまでも疲労がたまったそんな状態で毎日を過ごすと、身体の方が悲鳴をあげてくる。それでもいつかは眠れると思っていたのだが、実際そうなんだろうけど、それでもそれまでの時間がやたら長いとさすがに精神的にまいってくる。これが私より重度だともっと悲痛なことになるのではないか、と感じ始めた。薬は必要な人には必要なんだと実感したのである。自分で寝られないという日々が続いて、初めてそのことを知ったのである。
 その薬を飲んで布団に入れば、確かにいつの間にか寝ていて、朝まで目が覚めない。起きた後多少薬が残っているのか、頭がボーッとはするものの、身体の方は睡眠が取れていることがわかる。これだけでも有り難い。少なくともその日は何とか過ごせそうだ、と思えてくる。
 薬を飲んでいて効いているのか、どうかわからないものをいつまでも飲み続けているので、薬の効果を疑っちゃう部分があるのだが(だからといってそれを止めちゃうことが出来ないのが厄介だ)、今回は確かにそれを飲むとすぐ寝ているので、効果は私にとって今のところ絶大である。


 ここのところ本も読む気が起こらないので、休みになると、自分の子供の小さい頃のビデオ編集をやっている。私の場合、最初βのビデオを使っていた。そしてそれが廃れてなくなってしまったのでVHSのビデオデッキと変えた。今は更にハードディスク内蔵のブルーレイとなっている。
 結婚してまもない頃は肩に背負う馬鹿でかいβのビデオカメラを持っていた。長女の小さい頃はそれで撮っていた。それからメーカーの事情でVHSのカセットデッキに変えたと同時にビデオカメラはCカセットを使うタイプのものに変えた。
 βのビデオカメラで撮った映像は、編集してVHSにダビングしてあったが、Cカセットで撮った映像はそのままCカセットに入れたままで、何もしていない。しかもCカセットを最後まで使い切って次のCカセットに移るのが面倒だったものだから、子供の行事があるたびに新しいCカセットで録画していったものだから、何本もあるのだ。
 だいたいが20年ほど前のものである。VHSカセット映像を見てみると、画像に線が入り始めている。あるいは画像に乱れが出てきている。要するにテープの劣化が始まっているようだ。
 Cカセットはカセットアダプタを使ってVHSで見ることが出来るが、家にあるそのカセットアダプタを使って見ようとしたら動かない。壊れていた。おいおい、今頃こんなアダプタ売っているのかなと不安になったが、何とかあるのを知る。これだってもう生産終了に限りなく近いものだろうから、とにかく今のうちに買っておかないと、Cカセットの映像を見ることが出来なくなる可能性が大きい。アマゾンで至急買い入れる。
 これだってそのまま放り出したままの状態だから、映像の状態が気にかかる。とりあえず、Cカセットをそのアダプタに入れて見てみると、多少映像に乱れはあるものの、当時のまま残っていた。良かった。あとはとにかくその映像をブルーレイやDVDに移すのを早急にやらないと、自分の子供の小さい頃の映像がなくなってしまう。それをここのところ休みになるとやっているのである。
 まずはブルーレイディスクとカセットデッキをつなぎ、βのビデオカメラで撮った映像を入れてあるVHSカセットを取り込む。もちろんそのまま映像を流しながら取り込むので時間はかかるが、もう編集してあるのでこれは楽である。問題はCカセットの方である。何が何だかわからないのである。Cカセットにいつどこで撮ったものか書いておけば、順番に取り込めばいいのだが、それがない。面倒なものだから、それさえ記録していない。こうなると一つ一つ映像を映しながら取り込むしかない。取り込んで、題名をその当時の年月入れていく。それが全て終われば、後は順番にブルーレイやDVDに焼けばいい。しかしCカセットの本数が多すぎる。これはかなり時間がかかりそうだと覚悟を決め、こつこつやることにした。
 うまく映像のデジタル化が出来たかどうか、録画リストを見てみると、ハードディスクにいっぱい録画したものがある。んっ?なんだこれは?「冬のソナタ」がずらっと並んでいる。やれやれかみさんが韓流にはまっていたのか、と知る。どおりでブルーレイディスクの録画方法に詳しいわけだ。これだけ練習していたのだから当たり前である。まったくうざったくて仕方がない。
 しかし映像は懐かしい。自分の若さに驚いてしまう。痩せていた。今の自分の体型と較べると、20数年の年月をひしひしと感じてしまう。驚いたのは、こんなところへ行ったのかと、まったく記憶にない映像があることだ。
 娘や息子もけなげなもんだ。それが20年以上もたつと、親を親と思わない態度に出ちゃうんだから、年月というのは恐ろしい。まったくこの頃のけなげさはどこへ行ってしまうのだろうか?
 私がテレビに映像を映している時、息子がちらっと画面を見て行ってしまう。その目つきがまた憎らしい。何を見ているんだ、といった感じである。まぁ、気持ちとしてわからないわけじゃないが、そこまで鬱陶しい顔をしなくてもいいじゃないか、と思ってしまう。
 しかしとも思う。何かこうして自分の子供の小さな頃の映像を見ている姿って、その子供に見棄てられた孤独な老人の姿にどこか似ていないか。あの頃は・・・、なんて思っちゃまずい。あくまでもせっかく記念として撮った映像をそのままにするのが惜しいから、その変換をしているだけであって、それ以上でもそれ以下でもない。俺の今やっていることは昔が懐かしいからやっているんじゃ絶対にない。そのことを強く強く思うのだ。

2010年07月31日

ブリューゲル版画の世界

 渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムへ「ブリューゲル版画の世界」を見にいく。


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 渋谷のBunkamuraなるところに行くのは初めてだ。正直な話、ブリューゲルじゃなければ、渋谷など行きたくない。うざったいやつばかり闊歩するところなど、歩きたくない気分なのだ。だから期待しつつも、どこか尻込みする部分があった。
 渋谷に着くと案の定である。どうしてこんな狭いところに人がこんなにも集まってくるんだろうと思う。とにかくそのBunkamuraなるところへ急ぐ。ハチ公口からスクランブル交差点を渡り、文化村通りを進む。結構奥まった所にあるんだな。
 東急本店から入ったのだが、Bunkamura ザ・ミュージアムがどこにあるのかわからない。だいたいこうした美術展は上の階にあるのが普通だから、案内板の上の階ばかり見てみるのだが、そのザ・ミュージアムが見あたらない。結局このザ・ミュージアムは東急の隣のBunkamuraの地下にあった。
 こうなると完全にお上りさんである。場違いなところに来てしまったという雰囲気がプンプンである。とりあえず持っていた傘をロック式の傘立てに立てて、入場料を払い中に入る。ロッカーがあるというので、使わせてもらう。これは便利だ。手ぶらで鑑賞できるというのは有り難い。会場もちょっと感じがいい。洗練されていると言うべきなのかな。
 夕方5時で、しかも外は雨なのですいている。ゆっくり鑑賞できる。
 私はヨーロッパ中世の素朴な版画が好きである。しかも民衆の生活風景を描いたものがいい。その延長でブリューゲルの民衆の生活ぶりを描いた絵や版画が好きなのだ。だいたい生活するということは、どこかずるがしこいところがあるもので、それが絵や版画の人物たちに表れていて、ストレートに生きていると感じさせる。農民がせっせと農作業しているかたわら、サボっていたり、酒を飲んだりしている姿の人物が描かれていて、そうそうこういうずるがしこいやつがいるよな、と思わせる。人様々だ。


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 ところで、ここにある版画は絵画でも同じモチーフであることに気がつく。どっちかといえばそっちの方が記憶に残っているので、やっぱり色がついている方がいいなと思った。もちろんモノトーンでも味わいはあるのだけれど、ちょっと迫力に欠けるような気がする。


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 でもやっぱりすいているところがよかった。ざわざわしていなくて、のんびりと絵を鑑賞できることは幸せな気分になれた。今まで何度も人が数珠つなぎになってしまい、押し出されが如く先に進まざるを得ない美術展を経験してきているので余計にそう感じた。例によってカタログを一冊とポストカードを3枚買う。ポストカードは後で100円ショップでスタンド立てを買って、そこに入れて本棚に飾る予定。カタログの方は家で気ままにページをめくるのがいいのだ。
 会場を出たところが、しゃれたテラスになっていて、軽食が食べられるようになっている。さすが渋谷である。結構かっこいい女性が物憂げに一人、サンドイッチなど食べながら、本を読んでいる。近くから見ればどうってことないのかもしれないが、遠目から見るとちょっと惹かれる。(失礼なはなしだけどね)不思議とどこでも見られるような、ひたすら携帯をいじっているやつはこの時いなかった。
 アートブック中心に置いてある小さな本屋さんがあって、なかなかしゃれた感じを醸し出している。文庫本なども表紙を見せて飾っているものだから、どこの本屋にもある文庫でも、違うように見えた。渋谷ならではないが、ここでもデザインを重視しているんだ。
 通りに出るとけばけばしい女性が、汚い格好をした男と歩いているので、この差はいったいどこから出てくるんだろうな、と思いつつ、人混みの駅前に向かう。

2010年07月28日

思うままに その25

 これまで何冊もアマゾンで古本を買ってきた。ネットの利便性をここで実感していた。何故なら探している一冊の古本が日本全国の古本屋さんから探せるからだ。とてもじゃないが歩いて探せるものじゃないだけに、これは有り難い。ネット上で注文すれば、後は待っていればいい。アマゾンの場合、その古本の売値と送料をカードで引き落としてくれるから、その本を実際手にするまで、本を買ったという意識が薄い。手元に届いて、古本を買ったんだな、と感じるのである。
 しかしネットで古本を買う場合の問題もある。まず実際本を手にしないわけだから、古本の状態をサイト上に書いてあることを信用するしかない。けれど時には手元の届いた古本のページを開いてみると書き込みや線引きがある。しかもサイト上にはそういうことが一切記載されていない。それこそ“良品”として掲載されていたのだ。
 しかしこれは仕方がないことだと思う。出品者は単に本に書き込みなどがあるのを見逃してしまったのだ。故意でその書き込みがあることを隠していたわけじゃないだろう。そんなことをすれば信用を失う。
 出品者はおそらくたくさんの古本を扱っているに違いない。そん中で出品している一点一点、完全に目が行き届くかどうか。それこそ見落としがあっても不思議じゃない。言ってみればこれは事故と同じである。そう思っている。
 だから後はフォローをどうするかにつきてくる。適切に処理してくれればいい。確かに予想もしなかった手間がかかったけれど、楽して古本を手にしようとしたのだから、そのくらいのことは手間と思っちゃいけないだろう。
 いつもなら古本を送ってくるのはその出品者からなのだが、今回出品者は別にいるのだが発送はアマゾンからだった。窓口がアマゾンになっていた。だから私はクレームのメールをアマゾンに出し、着払いで本を送り返すこととなり、今朝メールが来て、返品処理をしたことを確認した。
 しかしこれはアマゾンにとって小さいけど汚点の一つになるだろう。しかもアマゾンが招いた問題じゃない。出品者のミスだ。私がこうして買った本にクレームをつけ、突っ返したことで、この出品者はアマゾンに怒られなかっただろうか、と思った。多分何かしら言われているんだろうと思う。「困るじゃないか!うちの信用問題に関わるんだよ」とかね。まさか取引停止なんてことはないだろうと思うけど、どうなんだろう?かわいそうだけれど、お金を出して買うのは私である。たとえ古本でもちゃんと納得できなければ、仕方がないだろう。

 最近リメイクされた本が多く出版されていて、本屋に行くとよく見かける。時に「あれっ?」と思うことが多い。
 リメイクと勝手に言っているけれど、要するに“焼き直し”された本である。昔有名出版社から出版されていて、それが文庫化され、いつの間にか目録からも外れてしまった本を、他の出版社がまた出版した本である。それを本屋さんで見かけると、“この本、持っていたよな”と思う。
 たとえば今山口瞳さんの対談集を読んでいるが、この出版社から山口さんのルポである『世相講談』がリメイク本として出版されている。私はこのルポを角川文庫で上下本として持っている。またケン・フォレットの『大聖堂』も新潮文庫版を持っていて、いつか読もうと思いつつ、今日まで来てしまったが、それがソフトバンク文庫で出版されている。開高健さんの『耳の物語』も昔新潮社から単行本で出版され、それが新潮文庫で文庫化されたが、これも知らない出版社から一冊の本として出版されているのを見た。ちなみにこれらの文庫本は角川にしても新潮社にしても、今の目録には掲載されていない。おそらくこういうパターンは結構あるんだろうなと思う。
 まぁこうして焼き直しの本が出るのは結構だけれど、やめて欲しいなと思うのは、こうして焼き直して、書名を変えて出すことだ。だいたいこうして焼き直しされる本の著者はほとんど死んじゃっているから、新しい本が出るわけがないのだが、知らない書名の本を見ると、もしかしたら自分の知らない本か、まだ読んでいない本かと思ってしまうときがあるのだ。何度かだまされたことがあって、読んでいるうちに、“何か読んだことがあるような気がするなあ”と思い、本の最後のページを開くと、この本は○○○出版社から出版された○○○を改題して出版していますと書いてある。この時はがっくりとくる。こういう紛らわしいことはやめてもらいたいものだ。
 以後こうした本は気をつける。亡くなった作家の本だけでなく、人気のある作家なども新刊と称して、似たようなことをやるので、最近は本を買うときには、最後のページを開いて、焼き直しでないことを確認して買うことにしている。

 昨日書泉で、単行本2冊、文庫本2冊、新書1冊、しめて6千円以上を買ってしまった。6千円以上も一気に本を買うなって久しぶりだ。買ったこれらの本がすぐ読みたくて仕方がない。もちろん読みたいと思って買っているのだから当然なのだが、今読んでいる本が面白くないから余計にそう思う。こういう時が一番困る。いくら面白くないとはいえ、ある程度読んできたので、ここまで来たら我慢して読んでしまおうと思うのだ。でも一方でその時間がもったいないという気持もある。そのまま続けるべきか、やめるべきか、それで悩んでしまう。あれこれ考えた末、結局とにかく我慢して今読んでいる本を読み終えてから、次の本を読もうと決める。
 家に帰って買ってきた本を取りだし、ページをめくって目次を見たり、単行本のカバーを外し、本そのものを眺めたりするする時間が、至福の時間である。とりあえず買ってきた本を先に読もうと決める。本棚から引っ張り出した本は例によって後に回される。
 書泉でつけてもらったブックカバーを外して、後で使えるかもしれないと思って、いつものようにまとめて取っておく。それにしても書泉カバーがいっぱいだ。これだけ書泉で本を買っていることになる。いいお得意さんだ。
 今ちょうど書泉では1,000円以上本を買うと50円の割引が当たるスクラッチカードをくれる。当たりが50円というせこいところが本屋らしくていい。でもらったスクラッチカードを全部こすってみると、すべて50円とでる。えっ、全部当たり?、と思ったが、私はそんなにくじ運がいい訳じゃないので、多分これはすべてが50円と出るんじゃないかと思う。だったら最初から割引券としてそれを出せばいいじゃんと思われるかもしれない。ただ割引額が50円じゃせこいと思われるから、一応例年やっている行事なのでスクラッチにしたのだろう。(話は違うけれどドトールコーヒーでもサマーキャンペーンとしてスクラッチカードをくれる。これは三つこすって同じものが出ないとその景品がもらえない。これが当たらない。三つはちょっときついよな)
 で、何でこんなにせこい金額なのか。それは本は定価販売が義務づけられているからである。あの“再販制度”に引っかかるんですね。本は値引きして売っちゃいけないんですよ。じゃあポイントカードはどうなのよ、と言われるかもしれない。これが未だにもめていて、ポイントカードは再販契約違反だとする頭の硬い業界人と「1~2%の割引率ならいいんじゃないの」という容認派もいて、いまだ結論は出ていない。頭の硬い業界人はポイントカードを実施する書店には出版社や取次に圧力をかけて、それをやめさせようとしたのだが、公取委は「1%程度のポイントサービスを出版社がやめさせるのは消費者利益を害するおそれがある」という趣旨の見解を提示。さらに、書店団体がポイントサービスをやめさせるように出版社や取次会社に要請することや、出版社同士が話し合って書店に中止を求めるのは「独占禁止法違反のおそれがある」とくぎをさしている。当たり前だ!
 私は50円をせこいと書いているけれど、あくまでも金額的に言っているだけで、50円でも有り難い。だってこれが5枚で250円の割引になる。文庫本1冊買うときにこれを使えば、かなりの割引額になる。ちょっとうれしいじゃないか。そう、ポイントというのはその程度でいい。まして荒利の少ない書店業界である。そのぐらいで許しちゃう。ヨドバシみたいに10%というわけにはいかんでしょう。
 結局本は割引しちゃいけないと主張するのは、それが出来ない経営の厳しい小さな書店をかばっての話だろうと思う。だけどそういう小さな書店は割引は出来ないけれど、大書店には出来ない地域的サービスが出来るはずだ。大書店は割引という手段を使ってCS(顧客満足度)を上げ、地域密着型書店は、そこでしかできないサービスを手段としてそれを上げればいいだけのことで、それほど目くじら立てることじゃないと思うのだけれどなあ。
 そうそうブックオフは今までやっていたTポイントカードを9月末でやめるようだ。どうしてなんだろう?割引が経営的に厳しいのかなあ。それとももっとおいしい割引を提供してくれるのかなあ。いずれにせよ私もTポイントカードを持っている。特にブックオフで使うので、忘れないように残っているポイントをちゃんと使わないといけない。

 書泉でもらったスクラッチカード、250円分は8月25日にでるジョン・ダニングの新刊に使わせてもらおうかなと思っている。

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