2005年07月28日

腱鞘炎

 ほとんど慢性化しているのだけど、そのままうっちゃっておいたのがいけないのか、ここのところ両手首がかなり痛い。何だか指まで引きつった感じがして、こりゃあこのままだとまずいことになると不安になっている。
 今までは、手首が痛くなると、見本でもらったモーラステープを貼って痛みを取っていたのだけど、我が家のホームドクター(かみさんのこと)によると、モーラステープを貼ったところに紫外線を当てちゃうといけないとうるさく言われるので、貼れずにいる。特に夏場は半袖で腕を出しているからダメだというのだ。そんなことたいしたことじゃないだろうと思うのだが、一度言い出すと絶対に聞かないから、仕方なしにアンメルツを塗ってごまかしていたが、これが効かない。
 夜寝るときなど、手首から指にかけてしびれがあって、自分の腕じゃない感じがしてしまい、寝られない。仕方なしにホームドクターにどうしたらいいのか聞いてみると、早速先生はインターネットで調べ始める。手慣れたもんだ。で、サポーターを手首にすればいいと言うのだ。どうしてサポーターがいいのかこれもよく分からないが、つけてみると不思議と痛みや引きつった感じが薄れている。こりゃあいいやと今も両手首につけて、パソコンをやっている。しばらくサポーターをつけておこうかと思っているが、今度の土曜日は休みだから、近所の整形外科でも行って、先生(こちらは本物の)に診断してもらって、対処の仕方を教わって来ようと思う。
 ところで私の腱鞘炎はある意味、仕事で毎日パソコンをやっていることと、電卓を打っていること、伝票を書いていることからなっているのではないかと思う。しかも私の場合、キーボードにしても、電卓にしても、結構強くたたく。ボールペンも強く押して書く。多分そのためにひどくなっているのだろう。
 ということは、これは労災じゃないか。もし病院へ行って、どうしてこうなったかを説明したら、それは労災だなんて言われたら面倒なァ。五号用紙だったっけ?それを用意しないといけないのかなぁ。用紙に必ず「勤務中に」という言葉を「災害の原因及び発生状況」の中に入れろと書き方を教わったけど・・・。つまらんことを考えてしまう。まぁ余計なことは考えず土曜日に整形外科の先生にきちんと診断してもらおう。

2005年07月27日

通販

 今日は台風一過で、かなり暑くなった。今朝スペースシャトルが2年半ぶりに打ち上げられるシーンを見たけど、あの打ち上げシーンはかっこいい!!何だかワクワクしてしまう。宇宙に行ってみたいけど、不可能だろうから、せめてスペースシャトルの打ち上げを見に行きたいもんだ。

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 その打ち上げシーンをインターネットでも見られるけど、何度も見てしまう。
 インターネットといえば、今日息子のMDウォークマンの専用スティック・コントローラーが徳島の電気屋さんから届く。

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 ウォークマンの本体は大丈夫なのだけど、イヤーホーンのコードが接触不良をおこして、音が出たり、出なかったりしていた。
 最初は近所の家電量販店で修理をするつもりでいた。イヤーホーンのコードが接触不良をおこしているとわからなかったのだ。それで、修理をして安くあがるならその方がいいし、1万近くかかるなら新しいのを買った方がいいと思い見積を取ってもらおうとした。そうしたら見積にお金がかかるという。それをかみさんから聞いて、なに、今は見積も金を取るようになったのか!と、慌てて、ウォークマンを手にしてみる。そこで初めて、イヤーホーンのコードの接触不良だと分かり、その部分を変えればいいと判断した。
 そしてそのスティック・コントローラーの在庫を聞くと当然のように取り寄せとなり、10日以上かかるという。だんだん腹が立ってきて、そんなのインターネットで探せばあるんじゃないかと思い、探してみると、これがあるんですね。しかも安い。
 で、徳島にあるお店で注文をしたのが日曜日。そして今日届く。
 メールで注文すれば、ちゃんと注文のお礼と、その時在庫がないけど、翌日には入荷するから、それからこちらに送れますという案内がきちんと来るし、送ったら送りましたという案内も昨日ちゃんと来ていた。顔も見えない、声も聞けない相手と取引をするのだけど、こういうのって、安心できますよね。安く売ればいいという売りっぱなしの家電量販店からすれば雲泥の差だ。
 インターネットでの買い物には不安がいつもつきまとうけど、しっかりしたところもたくさんあるはずだ。そういう店を見極めて、うまく使うのもインターネットの使い道のひとつじゃないかと思ったりした。

2005年07月25日

段ボール

 書店組合から出ている「全国書店新聞」という組合報があるが、岩本町店なくなってからも送られてくる。読む人間がいないので、私が読んでいる。
 しかし、どうしてこうも役員といわれる年寄り連中は目先のことばかりしか考えないのだろうと思ってしまう。こんな奴らを役員にしていたら、中小書店未来なんか有るわけがない。
 ポイントカードが値引にあたるから再販制度に違反するとか言っていても、三省堂なんかそのポイントカードを導入しているじゃないか!きっと大手はこんな中小の書店の小賢しい文句など勝手にやってよ!うちはうちで勝手にやるからといった姿勢なのだろう。
 その分出版社が持ってくれればいいけど、自分のところの利益が減るからポイントカードは反対だとはっきり言えばいいのに、伝家の宝刀の再販制度を持ってきて反対だというのは、嘘っぱちとしかうつらない。
 駅前に大型書店ができるから、組合をあげて反対する。それしか能がない。組合をあげて影響を受ける書店をバックアップしてやろうということにはならない。要は自分のところは関係ないもんね。そこまではできないよ。けど、大型書店出店反対の署名を集めることは、手軽にできるからやりましょうという姿勢なのだ。こんなことが見え透いているから、そんな記事を読んでいると薄ら寒くなってくる。
 でもこんな組合報でも読むところがある。「本屋のうちそと」という本屋さんのぼやきである。これは面白い。今回は段ボールの話だ。思わずそうだったよなぁと自分ところでも経験しただけに感慨深かった。
 返品用の段ボールが不足しているという話である。たとえば書籍は段ボールで送られてくるけど、雑誌はビニールで梱包されて送られてくる。だけど雑誌を返品をする際は段ボールを使って返品をするし、勿論書籍もだ。中小書店は書籍より雑誌の個数が圧倒的に多いから、返品も雑誌が多くなる。けれどそのために使う返品用の段ボールは自分ところに送られてきた書籍の梱包用の段ボールでまかなえないのだ。何故なら、新刊の配本もないし、注文も少ないから、圧倒的に個数が少ない。あっても小さめの箱のみ。当然段ボールは不足する。
 そのため段ボール集めに苦労するというわけだ。私が大手町の官庁の売店で本屋をやっていた時なんか、本当に返品用の段ボールに苦労した。幸い隣に酒屋さんがあったから、そこから段ボールをもらって、返品をしていた。ここの本屋さんも他の業種の段ボールを使って返品しているという。
 ところが大型書店はとにかく書籍の荷物が多いから、逆に段ボールが余るようである。よく神田村の問屋さんが余った段ボールを回収してきて、それを自分のところの荷物を配送するのに使っている。そして私などはその回収された大型書店段ボールをピンハネしてきて、自分のところ返品にも使っていた。
 昔は引っ越しをする時など、自分の本を入れる段ボールなどよく神田村の問屋さんからもらってきて使ったもんだ。段ボールには「紀伊国屋」なんて名前が入っていた。けど本を梱包するなら、日販の段ボールがぴったしだ。そりゃあそうだよね。だってそのための段ボールなのだから・・・。

2005年07月24日

地震と暑気払いと同窓会

 いやぁ~、昨日の地震はすごかったですね!江戸川区で震度5弱というから、ゆれるわけだ。ちょうどパソコンをやっていたところだったんで、思わず液晶モニターが倒れそうな気がしたので、押さえてしまった。しかし何で液晶モニターを押さえたんだろう?
 こんなことを書くつもりじゃなかった。一昨日のことを書こうと思ったのだ。
 一昨日大学の友人と暑気払いをしたのだ。前回クラス会があったので、それからみんなとメールのやりとりができるようになったので、ちょっと飲まない?というメールが来るようになったわけだ。
 暑気払いをするといっても、ここのところそれほど暑くはないので、ちょっと拍子抜けがしないでもないが、それで友人と話すのは楽しいもんだ。
 だけど話の内容は、子供とどういう接し方をしているとか、身体調子がどうとか、老眼だとか、最近涙もろくなってきたとか、そんな話に終始してしまった。まぁそういう話をすることで、自分たちの今を主張しているわけだから、それでもいいのだろう。又、同調できる部分が多いから、話しも続いてしまうもんなのだ。
 それにしても本当に私はお酒が飲めなくなってしまった。元々強い方じゃないので、どうでもいいのだけど、ビール数杯とワインなど飲んだだけで、帰るだけでやっとで、翌朝はもちろんお酒が残った状態で、頭が痛かった。

 昨日は中学時代の同窓会をやっていた。私は前回言ったようにパスした。うちのかみさんが一人行っている。
 子供達も出かけていたので、昨日は夕食は私一人、オリジンの弁当を食べて、のんびりと過ごし、本を読んでいた。
 ところが息子が帰ってきた。「早いじゃん?」と聞くと、友人と会って夕食をする予定だったのだそうだが、地震で電車が止まってしまい、来れなくなったので中止となったという。こんな所に地震の影響があったのだ。又同窓会でも、地震のため来られなくなってしまった友人が5名ほどいたらしい。

2005年07月21日

カルクヤバイ

 先日受けた区民健康診断の結果が来た。今回は血清脂質つまり中性脂肪がホンの少し高いという結果になった。この通知表は3年前のデータから載っていて、それを比較してみると、いろいろな点で、数値が3年前より若干だが高くなっているようだ。
 でも3年前からすれば、今年は当たり前だけど3年、歳をとっているのだから、それだけ問題が出ても不思議じゃないような気がする。だって歳をとればそれだけ身体の方もがたがくるもんじゃないかと思うのだ。
 確かに、昨年はこの暑い中、自転車で毎日本の仕入れをしていて、いい汗をかいていたけど、今年はそれがない分身体が鈍ってしまっている。
 問題は、この結果を持って、1ヶ月以内にかかりつけの医療機関に相談しろという部分だ。診断基準値より1ポイント高いだけで病人と決めつけるのだ。いったい病人ってなんなのだろう。日々の生活を送るのに問題があるならともかく、別に何ら支障もないのに、この結果を見て、ああ、俺は病気なんだ、病院に行かないといけないと不安を募らせる。 こうしてどんどん病人じゃないのに病人だと思わせ、病人を作っていく。だだでさえ健康保険が破綻しそうなのに、こんなことをしていていいのだろうか?
 中性脂肪が診断基準値より1ポイント高いことが、どれだけ問題なのかその説明があればともかく、たかが1ポイント高いだけで、病院に行け、あなたは病人ですよと思わせるのは変な話しだと思う。区民検診というのは潜在的病人の発掘を目指しているような気がしてしまうのは私だけだろうか?
 だいたい1ポイント高いというのは、時と場所を変えれば、変わってしまう数値じゃないかと思うのだが、それでも病人としてしまうところは恐ろしいものだ。
 まぁ1ポイントでも診断基準値より高かったというのは、この時点で事実なのだろうから、ちょっと生活習慣に気をつけないといけないくらいに考えていいと思っているが、このあたりは大野さんに聞いてみよう!

2005年07月15日

精算

 お店がなくなれば、当然返品できる商品は返品する。問題はその後で、その精算がすぐしてくれる問屋やメーカーもあれば、いつまでもうだうだ言ってなかなか精算してくれない問屋もある。
 特に日販がひどい。金額的にも大きな金額になるので、こっちとしては早くきれいにしたいと思うのだけど、催促しても、その後返答なしの状態。さすがに頭にきたから、担当を呼びつけ、どうなっているのだ!と問いつめる。集金の時は、金額が大きいから少し送らせてくれとといえば嫌な顔をし、月末になれば、有無も言わさず満額集金していく。それでいて返してくれといってもなかなか返さないのはどういう了見なのだろう。
 事務所に呼びつけた時、どうしてお金を返してくれないのかと聞くと、逆送品(つまり返品期限が過ぎているものや買切商品の返品があった場合、日販は当然それを取ってくれないので、それをお店に返す。そのこと)があった場合困るので、その状況を見ているという。
 ところが、4月末でお店を閉めて、その後すぐ返品をしたわけだけど、その返品伝票の控えを請求書とチェックしたら、6月末ですべて入帖されている。そしてこちらには1冊も逆送品を受け取っていない。つまり逆送品を理由にお金を返さない理由がないのだ。それをきつく言い、どういうスケジュールで返金するのかはっきりさせろと伝える。

2005年07月14日

あまのじゃく

 昔、帰りの電車の中で、二六堂のブックカバーをつけた本を読んでいる人を見かけると、うんざりした覚えがある。同じ電車に乗るお客さんだろうと思うが、そのブックカバーを見ると、何だか仕事が終わっていない気分になり、どこか憂鬱になってしまった。仕事が終わっても、つきまとわれている感じがしたのである。だから二六堂のブックカバーが好きじゃなかった。元々耐久性の悪いブックカバーだったので、自分では自分の店のカバーをつけずに、他の本屋さんのブックカバーをつけるか、カバーも全部外して、むき身で持ち歩いていた。
 今二六堂書店がなくなってしまい、今度は逆に二六堂のブックカバーが愛おしくなっている。本当なら、自分のところのブックカバーをつけて持ち歩けば、宣伝効果も多少得られたかもしれないのに、お店がなくなってから積極的につけても何の意味もない。
 ただ、どうしてか読む本に閉店時に余ったブックカバーをつけるようになった。案外いいカバーじゃないかとさえ思うようになっている。本当に私はあまのじゃくだとつくづく思う。
 閉店時にもらった二六堂のブックカバーは単行本の方はそれほどないけど、文庫サイズはかなりの枚数があるから、かなりの間使える。ある間は使ってみようかと思っている。もし欲しい人がいれば差し上げますけど・・・。

2005年07月13日

前口上

 50に手が届こうとしている男が、Movable Typeのブログを立ち上げようと悪戦苦闘し、失敗してはやり直しの繰り返しをしている。こんなことをしていたら精神衛生上もよろしくないと思っていても、性格上、気になって仕方がない。
 ただいろいろ失敗していると、何となくMovable Typeのブログがどうしているのかがおおよそだけど分かってくる。自分が理解できれば、その部分は応用できるから、自分のスタイルなども構築できる。
 一方で肝心の本体の方だけど、今まで何度かホームページを作り替えてきて、その度にそれまで書いてきた文章をばっさり切り捨てたり、あるいは移植して残してきたりした。今回もただシステムを変えただけだから、直前まであった文章はそのまま残しておこうと考え、一度はかなりの数の文章を移植してみた。しかし、移植しているうちに「どこかおかしい?」と思い始めたのである。
 直前のブログの題名は「何があっても、本が好き」なのに、本のことより、日々の出来事が多くなってしまっていて、何だかごちゃごちゃしてしまっている。 確かに本を読むことは時間を要する訳だし、ましてその読んだ本のことを書くとなれば、更に時間を要する。つまりそう頻繁に書き込みなど出来るわけがない。それをカバーするために、日々の出来事を書くようになってしまっていた。
 勿論自分のブログだから、どうあってもいいのだけど、まったく関係のないことをうだうだ書いたって面白くない。
 それに移植していて思ったのだけど、日々の出来事はその時は「旬な話」であっても、時間がたてば本当に色あせているのに気がついたのである。しかも私の場合、大して時間がたっていなくてもこの有様である。ということは逆に言えば、自分では「旬な話」だと思っていても、本当はどうでもいい話ばかりで、いつまでも生き生きしている文章ではないということなのだ。
 そう感じたから、今まで書いてきたこの手の話は一切破棄することにして、改めてここから書き始めることにする。そういう文章を書くわけだから、当然読むのに堪えるものじゃない可能性が大きくなると思う。自分でもここにある文章は雑文中の雑文と自覚しておくつもりでいる。
 でもそうであっても、私に中で、どこかそういう息抜きもあっていいと思うところがあるので、別なブログを立ち上げ書き込むことにしました。