2005年07月14日

あまのじゃく

 昔、帰りの電車の中で、二六堂のブックカバーをつけた本を読んでいる人を見かけると、うんざりした覚えがある。同じ電車に乗るお客さんだろうと思うが、そのブックカバーを見ると、何だか仕事が終わっていない気分になり、どこか憂鬱になってしまった。仕事が終わっても、つきまとわれている感じがしたのである。だから二六堂のブックカバーが好きじゃなかった。元々耐久性の悪いブックカバーだったので、自分では自分の店のカバーをつけずに、他の本屋さんのブックカバーをつけるか、カバーも全部外して、むき身で持ち歩いていた。
 今二六堂書店がなくなってしまい、今度は逆に二六堂のブックカバーが愛おしくなっている。本当なら、自分のところのブックカバーをつけて持ち歩けば、宣伝効果も多少得られたかもしれないのに、お店がなくなってから積極的につけても何の意味もない。
 ただ、どうしてか読む本に閉店時に余ったブックカバーをつけるようになった。案外いいカバーじゃないかとさえ思うようになっている。本当に私はあまのじゃくだとつくづく思う。
 閉店時にもらった二六堂のブックカバーは単行本の方はそれほどないけど、文庫サイズはかなりの枚数があるから、かなりの間使える。ある間は使ってみようかと思っている。もし欲しい人がいれば差し上げますけど・・・。

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