2005年08月31日

過去の栄光?

 自宅の近所に贔屓な本屋さんがないことは書いたが、一駅先にちょっと大きい本屋さん(大きければいいという問題じゃないのだけど)とブックオフがある。 どういう訳か私はどちらかといえば、ブックオフに足を向けることが多い。それは本が安いというだけじゃなく、別の意味がある。それはブックオフの方が落ち着くのである。
 ここのブックオフは1階がコミックやCDやゲームなどがあって、2階が単行本、文庫、新書等の売場になっている。当然ガキンチョがいないので、うるさくない。結構落ち着いて本が探せるのだ。ただ、それだけでここがいいというのではない。近くにある新刊書籍が並んでいる本屋さんにいると疲れてきてしまうのだ。いつも新しい本が並んでいるのはいいのでけど、どこかけばけばしい。本が「俺を買ってくれ。俺を見てくれ」と言っているようで、自己主張がガンガン聞こえてきそうなのだ。
 ところがブックオフだと「俺は売られた本だから・・・」といったうなだれた感じで静かに棚に収まっているのがいい。そこの棚には、かつてのベストセラーもそうでなかった本も、一緒に並んでいる。いや、どっちかというとベストセラーの方が在庫が多いためか、値段が下げられ、叩き売っている感じさえするから、肩身が狭い感じだ。かつての栄光などそこにはない。
 いずれにしても並んでいる本が落ち着いた感じ、ぎすぎすした感じがない。それは普通の古本屋さんで感じる静かさと同じかもしれない。たぶんそれは古本そのものが生み出すもんじゃないかと思う。ゆっくり本を探せて、時にはこんな本があったんだという感じで新しい発見があって楽しい。

 それにしても今月は長い休みもあった関係で、よく本を読んだ。
 最近はほとんどテレビも見ない。見るとすればNHKの朝の連続ドラマ「ファイト」(ジョンコです。あの歌一度聞くといつまでも頭に残っているのが不思議ですね)を出勤前に見ているのと、夜9時のニュースだけ。後は居間につけっぱなしにしてあるテレビをそれこそ眺めるだけ。ほとんど家にいるときは本を読んでいる。とにかく読む本がすべて面白いのだ。大した本は読んでいないけど、読んでいる本が最近すべて新鮮に感じる。
 ただ、老眼が進んでいるみたいで、どうも昔出版された本を読むのが大変だ。文字が小さくて見づらい。どうしてもメガネが必要になる。もともとメガネが好きじゃない。かといってコンタクトなんか面倒だ。だから目をこらして細かい字を無理して読むのだけど、やっぱりうまく読み取れない。仕方がないので、最近は家で本を読むときもメガネをかけることが多くなってきた。こうなってくると最近の本は文字が大きくなってきているので有り難い。これから先、もっともっと本が読みづらくなっていくのだろう。メガネが手放せなくなることを思うと多少憂鬱にはなるが、仕方があるまい。
 子供の頃は視力が2.0もあった。それも過去の栄光?だ。今は老眼鏡なければ本もろくに読めなくなってしまっている。私が歳をとるというのを実感するのは、やっぱり目からかもしれない。メガネをかけて本を読むことに早く慣れるようになりたい。

2005年08月20日

包装

 仕事の帰りにいつも降りる駅の一つ手前の駅を降りて、熊沢書店による。飯島夏樹さんの本を買おうと思ったのである。目的の本はすぐ見つかったのだが、せっかくわざわざここに来たのだから、何か面白そうな本があればと、店内を歩き回る。Dr.コトーの17巻を見つけたので、それも一緒に持ってレジに向かう。
 店員が「カバーはおかけしますか?」と聞いてくる。お願いすると、すぐカーバーをかけてくれた。ここで本が2冊ともなると、それを袋に入れるかどうか、再度確認してくる。私は「袋に入れなくても結構です」と答えると、「ありがとうございます」とお礼を言って、カバーをした2冊の本を輪ゴムでとめて手渡してくれる。
 このように包装をどうするかお客に聞くのはお店の経費節減のため、一応お客の意思を尊重した上で、できるだけ包装紙は節約するようにという方針かもしれない。あるいは過剰包装は資源の無駄遣いという意思があるのかもしれない(そんなことはないか・・・)
 私がレジに立っていた頃は、お客が本を持ってきたら、無条件で本にカバーを掛けていたし、何冊かまとまれば紙袋やビニール袋に有無も言わさず入れて手渡していた。いちいち確認するのが面倒なのだ。しかしこの店は、店員が一人一人のお客に本にカバーをかけるかどうか聞くし、袋もいるかどうか聞いてくる。そのことがいつも感心してしまう。
 中にはカバーもいらないお客もいるだろうし、私みたいに鞄を持っているから、それをわざわざ袋に入れる必要もないので、袋はいらないというやつもいる。逆に週刊誌1冊だけでも、ビニール袋に入れろという客もいる。いろんなお客がいるから、たとえそれがこの店の接客マニュアルに沿ってやっているにしても、こうやっていちいち聞くのは大変だろうなと思う。

 私がこの店でいいと思うことは、雑誌などを買うと、入れてくれる袋が紙袋だということなのだ。近頃、何でもかんでもビニール袋に入れてしまう本屋さんが多くなっただけに、妙にその紙袋が新鮮に写る。ブックオフで本を買うと、あの黄色い透けたビニールにすとんと入れてくれるが、あの袋、何だかお弁当を買うと入れてくれる袋と同じ感じで好きじゃない。(ブックオフで安く本を買っておいて文句を言うのもなんだけど)
 ビニール袋に入った本を家で取り出し、その袋をどうするか。そのままゴミ箱に捨てることができないから、燃えないゴミとして別のゴミ箱にわざわざ入れないといけない。紙袋だとそのままゴミ箱に入れることができるけど、ビニール袋は後始末が面倒だといつも思う。
 だから簡易包装がいいかというと、それも問題がある。どこの本屋さんか忘れちゃったけど、雑誌を1冊買ったら、自分のところのブックカバーつけて、丸めてテープで留め、手渡してくれたところもあった。これはちょっとやりすぎだ。
 雨でも降っていればともかく、何でもかんでもビニール袋に突っ込んで入れてしまう安直なやり方は、できれば本屋さんではやめて欲しいなぁというのが私の気持ちである。

2005年08月18日

夏休み

 いつもと変わらないはずの帰りの駅で、聞き覚えのある声が聞こえる。携帯をかけている娘の声だ。声をかけると、「あっ、おとうさん!」と声が出た。どうやら同じ電車に乗ったみたいだ。
 娘はこの春から社会人となったため、定時に帰ってくることが多くなり、今日初めて私と帰りがかち合った。
 私は娘と会社帰りで話をするなんて考えてみたこともなかったので、ちょっと不思議な気分になる。考えてみれば、彼女が短大生の時はすれ違いの生活だった。でも会社勤めになればある程度私の日常とかち合うことがあっても不思議じゃないかもしれない。
 どうやら家に電話をしているらしく、これから友達と会うから、夕食はいらないと母親にいっているらしい。駅を出たところで私は「遅くなるなよ!」今までと同じ言葉をかけ、娘と別れる。
 
 私はこの会社に入って初めて6日も夏休みをもらった。しかし、娘は一番下っ端なので、夏休みは先輩が取った後になるらしく、しかもトータルで2日しかないという。当然私の休みの間、家族の中で1人だけ朝、家を出て行く。
 私は彼女が出かける前には起きていて、彼女を見送っていた。しかし何だか家の中で娘1人だけ、会社に出かける姿を見るのがかわいそうでもあった。
 今まで私は短い夏休みしかなかったので、みんなが夏休みで休んでいる時など、うらやましく思ったものだ。特に通勤電車の中が家族連れの姿が多くなるこの時期など、何で自分だけ仕事をしないといけないのかと腹ただしくもあった。だからこそ、自分の娘がみんなが休んでいるこの時期に会社に行かなければならない姿を見ると、何だかいたたまれなくなり、ちょうど娘が出かける時間に布団に潜り込んでしまった。親ばかも甚だしいけど・・・。
 今日から私は通常通り仕事に戻ったが、娘の方は今日少ない夏休みのうち1日を取っている。後1日9月に入ってから休暇を取るらしい。ただ有給休暇はきちんと消化しないといけないというのが会社の方針らしく、それを聞いて私の会社よりこの点は待遇がいいと思い、ちょっと安心する。

2005年08月10日

いろいろと・・・

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 スペースシャトルが帰ってきましたね。打ち上げの時もすごいと思ったけど、帰ってくるときもかっこよかったなあ。
 今日の新聞にはスペースシャトルの帰還記事が華々しく載っている一方、日本の訳の分からない衛星が操縦不能なところが出てきたとあった。いったいこの差は何なんだと思ってしまう。片一方は、打ち上げてちゃんと地球に帰ってくる。そして不具合があれば、宇宙に出て修理しているのに、一方は地球での操作が不能になって、もう使い物にならないのだから、笑っちゃうよね。

 お盆休みの前に、国会が紛糾し、衆議院が解散され、郵政民営化解散なんて言って、反対、賛成と自民党が割れている。これは小泉さんやばいかななんて思ったけど、新聞の世論調査では、48%も解散を支持している結果が出ている。こうなってくると、法案を否決した反対派の立場がやばくなってくる。自民党執行部も反対派に反撃に出て、反対派を公認せず強力な対抗馬を出してきた。
 いいじゃないか!少なくとも小泉さんは国民に自分の信念を問うているのだから、法案に反対した議員を庇う必要はない。当然である。後は問われた国民がどっちを選択するかにかかってくる。反対した議員もそれなりの信念を持って反対したのだろうから、いつまでも自民党の公認にしがみつくのおかしな話だ。それこそそんなことをしていると保身のためだと思われちゃうぞ。
 私は詳しいことは分からないけど、郵政民営化で公務員の数がかなり減るというのは大賛成だ。我々の税金で雇う公務員の数は少ない方がいい。それに簡保などで集めたお金を民間に回すのもいいじゃないかと思う。今までみたいに国が強制的にお金を回収して、勝手に国の無駄な事業に回されたんじゃかなわない。それに国会の議員が特定郵便局とつながっているのも何か胡散臭いから、この際きれいに断ち切ってもらいたいもんだ。

 横浜の浜の大魔神こと佐々木投手の引退試合が昨日巨人戦で行われた。この試合に新聞はかみついていた。清原が涙で対決していたけど、そんなことをしている場合じゃないだろうというのだ。
 通常引退試合は消化ゲームなどで行われるのだが、Aクラスを狙っている横浜はそんなことをやっている場合じゃないだろうというのだ。いくら弱い巨人でも使い物にならない投手を投入すべきじゃないというのだ。確かに・・・。
 言わせてもらえば、そんな投手の相手をさせられる巨人も不甲斐ない。

 つくばエクスプレスが8月24日に開通する。秋葉原の駅は大幅にリニューアルしているが、そのつくばエクスプレスの秋葉原駅にヨドバシカメラが大きなビルを建てている。9月16日にオープンということらしいが、その7階の500坪にY堂書店が入る予定だそうだ。おお~いいじゃん!天下のY堂書店がそこにはいると、書泉はやばいぞ!だってヨドバシカメラは駅からすぐ入れるところにあるから、お客の流れが変わってしまうだろう。しかも450台の駐車場完備だから、書泉の売上にもかなりの影響が出てくるはずだ。しかも9時から22時までの営業となれば、今の書泉の営業時間より長い。まぁ書泉もきっと営業時間の延長などやって来るだろうけど、かなりきびしいと思う。撤退した本屋の恨みもあるけど、今後この展開にも目が離せない。むふふふ・・・。

2005年08月05日

1度で2度得

 早速、昔読んだ本で、もう一度読み直したい本を読んでみる。個人的感想、意見はメインのブログで見てもらえばうれしいのだけど、読んで、個人的感想などを書いていると、資料として関係の本を取り出すことになる。たとえば、今回レンブラントやホルバインの画集をおもむろに本棚から取り出し、それを眺めることとなった。そういう古い画集を持っているところ自体、我ながら変わっているなと思ってしまうが、少なくとも昔はその画集を眺めていた。ただ今回、こうして書き込みをしている内に、解説文まで読んでいる。なるほどそうなのかと改めて感心している次第だ。
 又読んでいる本に紹介されている本も読んでみたくなった。確かカミュの方は読んだ記憶があるけど、デュフォーの方はまだ読んでいなかったはずだ。まずは自分の蔵書を探してみると2冊とも棚にあるようだ。近いうちに読んでみようと思っている。
 でも、こうして1冊の本を読んでいて、そこから波及して読みたい本が次に出てくるのはうれしいものだ。1度で2度得した感じがしてしまう。最近こういう連鎖反応で本を読みたいと思うことが少なくなったので、余計にうれしい。昔はこうして読みたい本が次から次へと出てきたものだけど、どうしてか今はそういう気持ちに余りならない。
 それは自分が悪いからか、それとも読んでいる本の内容が思ったよりくだらないからか、よく分からないけど、いずれにせよ、昔の本を読み直すことで、更に本を読みたいという気持ちになっている。

2005年08月03日

コンビニでも好評発売中!

 全国書店新聞の「本屋のうちそと」というコラムは本屋のぼやきとして面白いと以前書いたが、8月1日号も面白かった。(というか面白いといっていてはいけないのだろけど)
 日経新聞に経済雑誌の「プレジデント」の広告があって、そこに「コンビニでも好評発売中!」という文字が、「お求めは書店、駅売店にて」の文字より大きく書かれていたというのだ。更に年間購読だと、13,200円のところわずか10,000円」になると書いてあるというのだ。この10,000円というのを計算すると75.8%になるから書店卸とほぼ同じ利率になる。
 今までだと、雑誌の広告では「お求めは最寄りの書店、駅、又はコンビニで」だったはずなのが、下克上が起こって「コンビニでも好評発売中!」となり、年間購読は書店を通さないから安いですよとあからさまに広告するあたりは、ここでも書いてあるけど、「雑誌の売上に頼る小書店は早く潰れろってことなんでしょう」と思われても仕方がない
 出版社がこういう広告を平気で出す時代になったということなのだろう。今まで書店と一緒にやってきた出版社がこういう広告を平気で出すこと自体組合は怒るべきじゃないか。なめられているとしかいいようがない。
 だいたい日本を代表する経済誌を出している出版社がこういうモラルハザードをやっているところに、ポイントカードは再販制に抵触するとか、書店が提供する景品の額は、現行の100円か又は100分の7のどちらか高い方にしろとか、しかも年2回までで期間は90日までとか議論している場合じゃないでしょう!
 それに最寄りの書店がなくなっちゃったから、コンビニでなんて言われちゃんだ。どこかで歯止めをかけないと、そのうち書店という文字もなくなっちゃう可能性があるような気がする。

行きつけの本屋さんがないこと

 昨日たまたまお茶の水店に用があったので、帰りに駅前の丸善による。司馬遼太郎さんの「週刊街道をゆく」の発売日でもあったので、それを買おうと思ったのだ。ついでに何かおもしろい本でもあったらいいなぁと思っていたが、この時期はだめである。にっぱちは本が売れないというのが通例で、2月、8月は本が売れないのだ。
 例によって大手出版社が主催する夏休みの読書感想文用文庫フェアー、そして終戦記念日にからめて、戦争に関する本が平台を埋めている。(こんなに戦争に関する本が並んでいるなら、もう少し日本人が先の戦争に関してしっかりした認識を持ってもいいと思うのだけど・・・。あるいは認識不足を補うために毎年やるのだろうか?韓国や中国の人がこれを見たらどう思うのだろうか?)とにかく面白そうな新刊が見あたらない。それに最近は日航機墜落事故の本が加わっている。
 日航機墜落事故に関する本は、事故の後出版された本をかなり読んだ。最近その当時出版された単行本が文庫になったので、それを1冊手に取る。それ以外目新しいものはないようだ。
 岩本町店がなくなって、手伝いもなくなったから、とにかく本を買わなくなった。加えて近所の書泉で本を買わないと決めたので、余計に買わなくなった。勿論買わなくたって、読む本はたくさんあるからいいのだけど、何か寂しい。行きつけの薬局じゃないけど、行きつけの本屋さんが今ないのが最大の悩みである。 だからこうして外に出たときに、用件を済ませた後、本屋さんにちょっと寄るのが唯一の楽しみである。
 全く私の住む地元は知的水準が低いからか、ちょっと寄ってみようかという本屋さんがない。あるのはマンガとエロ雑誌がメインの古ぼけた本屋のみ。店番をしているオヤジがあくびをしている状態なのだ。困ったもんである。

2005年08月01日

本を読み直すこと

 7月中に何とか新しいブログのスタイルでスタートでき、とりあえず1ヶ月たったわけだ。こうして、自分のブログを2つに分けたことで、それぞれがすっきりした形になったのは良かったと思っている。
 やっぱりメンインしている本に関するところに日々の雑感を書き込むのは、いくら自分の生活が本を読むことが中心になっているとはいえ、ごちゃごちゃした感じがしてしまうのは否めない。だから別のスタイルをとることで、形の上で分ければ、すっきりした感じになるし、自分自身の思考回路も整理できるメリットがある。

 本は毎日読んでいる。読んだ本のことを書くには問題ないのだけど、以前読んだ本で、自分の記憶にある本のことをどう取り扱おうか今悩んでいる。せっかくこうして自分が読んできた本のことをかける場所が提供されたのだから、私の記憶に残っている本のことも残しておきたいと思うようになった。
 ただ、記憶に残っている本というのは、それだけ曖昧な部分が多くて、いざその本のことを記憶をたよりして書こうと思うと、うまく書けない。それで実際その本を手に取ってみるけど、結局最初から読む羽目になってしまう。何だかここに取り上げたいが為に、もう一度読んでいるといった感じがしてしまうのだ。
 又、以前読んだ本でその時の自分の感想が残っているやつがあるが、まず文章がひどい。(今もそうだけど)だから使い物にならないのだ。
 でも自分の記憶に残った本を再読するというのは、ある意味いいのかもしれないと思い始めている。何も新しい本ばかり読むことがいいわけじゃないのだから、ここでもう一度読み直すという作業もあってもいいかもしれない。だいたい一度読んだ本はよほどのことがないと読み直すことなどないのだし。
 ということで、これからは読んでいない本を読むのと、読み直したい本を再読する方法をとろうかと考えている。