2005年11月28日

ALWAYS 三丁目の夕日

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 岩本町店を閉店したときに、岩田店長からもらったものがある。一つは新潮文庫の「Yonda君」のディスプレイと、西岸良平の「三丁目の夕日」に出てくる「鈴木オート」の名前の入ったオート三輪車のミニチュアである。
 で、土曜日に「ALWAYS 三丁目の夕日」を見に行く(あんまり関係ないけど)。この映画を見たいと思ったのは、昭和30年代の風景を見たかったからで、単純に「懐かしさ」からだ。私は昭和31年生まれだから、この映画の設定である昭和33年の時はまだ2歳でしかない。けれど、自分が子供の頃に覚えている風景は、この映画にもあった。映画館の席を見渡してみると、結構年配者の方が多かったのを見ても、この頃を生きていた人達が、私たち夫婦同様懐かしさから見ているのではないかと思った。
 話の内容は大したことはなく、ストーリーも単純なのだけど、この映画はそれでもいいのだろう。見ていて思ったのは、とにかく人が「低い」ところで生活していたんだということだ。だから当時は空が大きく見えていたんだなぁと改めて思ったし、夕日だって、東京タワーだって大きく見える訳だ。時間が素肌で実感できた時代だった。
 子供の頃を懐かしく思うなんて、それだけ歳をとったということだろうが、事実来年は50になっちゃうんだから仕方があるまい。
 かみさんが言っていたが、夫婦のどちらかが50歳になったら、映画を二人で行くと2,000円で見られるらしい。歳をとったことで割引が受けられるなんて考えたことがなかったけど、もうそういう年齢に差し掛かってきているのだ。やれやれこれからこんな特典が増えていくのだろう。そして今の老人が優遇されているのと同じように、そういう特典が当たり前だと思うようになっちゃうのかもしれない。昔が懐かしくなってくるのも当たり前か。でも何か寂しいなぁ・・・。

2005年11月18日

あのあと

 先日やっと書店の残務整理と会計上の伝票処理を終えて、税理士さんに伝票を渡した。そして今日、4月まで岩本町店があったところに、VELOCEがオープンした。
 4月までいたところがどんな風に変わったのか知りたくて様子を見に行く。できる限り店内を見渡せる席を見つけそこに座る。座ってみるなり、私の席の後ろにある壁には、かつて文芸書の棚があったんだと思ったし、喫煙席になっている奥の方には文庫の棚があったんだと4月まであったお店のことを思い出す。このビルの構造上取り除けない柱がかろうじて当時の面影を残している。
 確かに4月まで私はここで働いていたのだと思ったが、その柱以外当たり前だけど何も残っていない。

 私はいつも閉店した店の残務整理を最後までやってきた。新大久保にあったお店の後出来たコンビニにも行ったし、秋葉原店の後に出来た喫茶店にも行った。大手町の合同庁舎にあった店の後が空いたままになったのも見てきた。りそな銀行の本店の売店にあった店の後も、ジュースなどのストッカーなどが置かれているのも見てきた。今回みたいにわざわざその後を見に行ったのもあるし、閉店後も必要があって行った場合もある。今日もそうだけど、あの時もやはり寂しい感じを持った。
 今店にいるお客さんはここにあった本屋さんのことなんて気にもしていないだろう。ふと岩田さんのことを思い出した。岩田さんは今頃どうしているだろうか?彼がここで一人で頑張ってきた姿が目に浮かぶ。岩田さんは自分が働いてきた場所がこんな風に変わってしまったことをどう感じるだろうか?多分彼はきっとここには来ないだろうなぁと思った。

 社長が閉店を決断し、それを我々に話したとき、彼は我々の前で泣いた。正直彼がここで涙を流すなんて思わなかったので、彼の態度の急変に驚いてしまった。彼は悔しかったに違いない。どんなに頑張っても、どんなに苦労しても、一向に売上が伸びないことに彼は自分自身の能力の限界に涙したのかもしれない。あるいはもっと別な思いが彼の涙にはあったのかもしれない。
 とにかくここに座って、これを書いていると、ちょっと前のことなのでけど、様々なことが思い出されてくる。

 i-pod聞きながらこんなことをノートに書いた。帰ろうと思ったとき、中村雅俊の古い歌が流れてくる。けっ、何もこんな時にこんな歌など流れなくてもいいのに思いつつ、VELOCEを出る。

2005年11月09日

見栄っ張り

 我が社のコピー機でお世話になっている青木さんが以前事務所にお見えになって、今度「Security&Solution」というフェアをやるので、是非来て欲しいと頼まれる。普段ならいくらお世話になっているとはいえ、わざわざ足を運んで行くこともないのだが、青木さんの話を聞いていると、参加者がどれだけいるかで、青木さんの営業成績に影響するらしい。こうなると普段お世話になっているだけに行かないわけにはいかなくなる。
 もらった招待状には担当者として青木さんの名前もきちんと入っている。これを持って会場である有楽町まで行く。まぁ、行けば義理は果たせるわけだ。
 「Security&Solution」というけど、行ってみると文房具、OA機器の展示会であった。いろいろな文房具の見本がただでもらえるらしく、多くの女性が受付でもらった紙袋にどんどん見本の文房具入れていく。見本といったってちゃんとしたものだから、もらえば使える。
 しかし、このただでもらえるというのに、私はそれをうまくもらえない。何だか物欲しそうに見えちゃんじゃないかと思って、うまく手が伸ばせないのだ。こういうのは本当に苦手だ。もちろんただなら私も欲しいとは思うのだけど、ただうろうろするだけ。
 青木さんの名前の入った招待状も受付で出したから、彼に義理も果たしと無理に見栄をはって、さっさと帰ろうと思っていたところに、青木さんが私を見つけて、寄ってくる。うろうろしている私を見て、私の代わりに様々な見本の文房具をもらってくれた。
 それにしても女性はこういうときは図太いもんだと改めて思った。彼女らが持っている紙袋はほとんどもらった見本でいっぱいになっていた。こういうときは体裁を気にしていたらダメなんだなぁと思った次第だ。見栄っ張りは損だネ。

2005年11月06日

お世話になりました

 先生には以前私の大腸にあるポリープを見つけてもらい、それが一部がん化していたことが、取ったものを検査したら分かった。幸いその部分だけで済んだので、今こうしてこんなことを書いている。先生にも「命拾いしたなぁ」といわれたくらいだった。それ以後、私は毎年先生のところで定期検診を受けている。
 ここの病院には内視鏡による検査が出来ないから、バリウムを注腸してX線で検査する。しかし今回そのX線にうまく写らない部分があって、不安だから内視鏡検査をした方がいいと言われたのだ。先生にしてみれば写っていないところそのままにして判断を下すわけにもいかなかったのだろう。考えてみればこれだけでも有り難い。このまま放って置かれたんじゃたまったもんじゃないからネ。
 で結局写っていない部分にポリープがあって、それを切除したもらった訳だ。どうも私の大腸はポリープが出来やすいようだ。来年もきちんと検査した方がいいと内視鏡検査をしたくれた先生に言われた。
 となると、バリウムによる注腸診がいいのか内視鏡検査がいいのかこれが問題になる。そしてバリウムによる注腸診のレントゲン写真の枚数が非常に多いことが以前から気にはなっていた。つまりレントゲン写真による被爆の問題である。これだけレントゲン写真を撮っているわけだから、たとえば胸のレントゲン写真を撮るのとは訳が違う。インターネットで調べてみると、バリウムによる注腸診が診断1件当たり実効線量当量(ミリシーベルト) で3.2と一番高い。だろうなぁと思う。
 もちろん検診で被爆の心配は少ないのだろうが、全く影響がないとは言い切れないだろう。しかもそれで完璧に腸内が写っているならともかく、写らない部分も出てきてる以上、となると内視鏡検査に切り替える方が賢明じゃないかと思い始めたのだ。
 ただそうなるとここの先生の所では検査出来ない。だからといって勝手に先生の所から他の先生の所へ変えるのは、今の先生を裏切る感じがして嫌なのである。正直困った。これはきちんと先生と話し合って決めるべきだなと思ったのだ。もし検査がバリウムによる注腸診で大丈夫といわれたどうしよう。その時は被爆の心配を話し、その上で自分で判断するしかない。
 昨日先生所へ行って、今後の検診をどうしたらいいのか聞いてみた。先生は私みたいにポリープ出来易い体質の人は今後内視鏡検査で検査をした方がいいかもしれないと言ってくれた。これを聞いて安心した。先生自らそう言ってくれたことで、私の方は内視鏡検査に切り替え易くなった。私もそのようにしますといって、お礼を言って診察室をでる。これで大腸に関してはここの先生のお世話にならなくなったわけだ。でもこうしてみるとやっぱりいい先生だったと感じる。

2005年11月02日

3悪地区の1位秋葉原

 週に1回はヨドバシカメラマルチメディアAkibaの有隣堂に行くことは何度も書いた。お店に行けば当然どんな本や雑誌が並んでいるのだろうと、店内を一周するが、平台に「Tokyo Walker」の別冊だろうか「Akiba Walker 秋葉原ウォーカー」というのはいっぱい並んでいる。

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 要は最近話題の秋葉原特集というやつだ。中を覗いてみると、やっぱり「萌え」が中心になっている。やれやれと思いつつ、いくら秋葉原をIT産業の中心にして情報発信基地みたいにしたいと言っていても、「萌え」が秋葉原の代名詞になってしまうようだ。
 だいたいインターネットをつかった産業は本来場所を選ぶ必要がないだろう。当然こんな地べたの高いところで拠点を構えないと思うのだがどうだろう。となるとやっぱり秋葉原の代名詞は今のところ「萌え」なんだろう。
 ところで「週刊千代田」のという地域新聞があるのだが、ここに「歩きタバコ禁止条例3年」という記事がトップにあった。千代田区では歩きタバコをすると2,000円の過料が徴収されるのだが、それがこの3年間で17,000件に達したというのだ。確かに歩きタバコは危険だし、ポイ捨ての原因になるから、罰金を取ることには反対はしないし、過料2,000円というのは安すぎるとさえ思っている。調べてみると、過料の最高限度額は50,000円以内とあるから、それぐらいとってもいいとさえ思っている。2,000円というのは「あっ、しまった!」ぐらいの気持ちしか起こらないような気がしてしまう。これはやばいと思うぐらいの金額を徴収する方がいい。そうしなければ歩きタバコなんてなくならないだろう。
 私が朝晩、岩本町から秋葉原駅前を通って事務所があるところまで歩いていると、必ず一人や二人歩きタバコをしている奴らを見かける。これは一体どういうことなのだろうか?歩きタバコを監視する奴も9時から5時までが勤務時間だから、その間は野放し状態になっているのではないかと思うのだが、どうだろう?この時間帯に監視していれば、結構お金が徴収できるのにと思う。いや、それは勤務時間外だから出来ないというなら、この過料を2,000円じゃなくて、たとえば20,000円にすれば、十分人件費もペイ出来るような気がするし、それこそ歩合制にしてやれば、どんどん徴収出来そうだ。そのくらいやらなければ片手落ちだ。やるならそこまでやるべきじゃないかと思う。
 さてこの新聞によると、「3悪地区」というのがあって、1位が秋葉原の3,889件、2位が靖国通り3,724件、3位が有楽町の2,431件で、この3悪地区で全体の56.4%を占めるらしい。やっぱり秋葉原は多いのだ。ITだ、情報発信基地だ、萌えだといったって、所詮ここにいる人間の質がそんなものだからたかがしれている。特集号を出してまで自慢できる町じゃないような気がする。

 ところでこの歩きタバコの違反が過料2,000円というのに反対意見あってそれが面白かったので、ついでに載せておく。

①路上で喫煙規制をするならタバコを吸える場所を設置しろ
②この地区でタバコが吸えないなら、この地域だけはタバコ税を返納すべき
③吸えないなら、タバコの自販機を設置するな
④個人の嗜好を条例で規制するな
とある。
 喫煙者である私としては、①はあったらいいなぁとは思う。②関しては本当ならそうすべきと言いたいところだけど、それは何だか言いがかりのような気がする。それが嫌ならタバコをやめればいい。③に関しては、吸えないなら、吸わなきゃいいのであって、自販機には関係ない。④に関しては論外。個人の嗜好を規制しているんじゃない。迷惑だから規制しているのだということを忘れ、八つ当たりとしか言えない反対意見で、これじゃ話にならないだろう。