2006年07月31日

GET

 ブックオフにほぼ毎週1回はいくことは書いたような気がする。週末かみさんの買い物に付き合いをしているので、そのついでにスーパーの近くにあるブックオフに寄るのである。
 ブックオフで本を買う場合、明らかに目的の本を探しにいくということはない。だってその本が必ずそこにあるとは限らないからだ。棚を見て、欲しい本があったら買うということになる。
 ここは新刊書店みたいにお客さんの要望に必ず応えようとしても、その本を売ってくれる人がいなければどうにも仕入が出来ない。従って自分が欲しい本があったら、即購入!というパターンとらないと買いそびれることになる。
 本屋を辞めて、きついと感じていることはその書籍購入代である。今まで社員割引があったので、安く本を買えたのだが(買えたといってもブックオフほど安くはならないけど)、それでも割引があるのとないのとでは、結構この差は大きい。
 で、最近は新刊に関しては余ほどすぐ欲しい、すぐ読みたいと思わない本は出来る限りブックオフで探すことにしている。案外何ヶ月後には手に入れることが出来るから不思議なもんだ。特に何とか賞とかいった賞を取った本とか、一時的に話題になった本などは、こまめにチェックしていると、棚に入っている。
 もちろんこれは私がほぼ毎週近所のブックオフに行ける環境にあることが大きい。それにこの店にはどうも面白いパターンがみうけられる。
 ブックオフの前の社長さんが書いた本の中でそれぞれのブックオフの仕入はその店独自で買い入れをすることが書いてあった。つまり私が行っているブックオフは近所に住んでいる人達が売り飛ばした本で棚が構成されていることになる。ということはこの近所の知的レベルがこの棚から読み取れるのではないかと思っちゃうわけだ。
 で、私がこの近所の住人を診断した結果次のようになった。このあたりに住んでいる人達は、話題になった本など、ちょっと読んでみようかなんて思う人間が多いのだけど、いざそれを買って手にしたのはいいが、それがちょっと読めそうもない。あるいは読み切れないで、ブックオフに売り飛ばしたというのが多いような気がする。いってみればミーハー的で、自分の知的レベル?にあってなくても買ってしまう人が多いのではないかと思う。その証拠に話題に新刊が割と早く棚に並ぶが、それを手に取ってみると、最後まで読んだ形跡が少ない。スピンが途中ではさまったまま、そこで読むのを断念した感じか、あるいは全く読まれていない本が多いのだ。従って本当に新古本といった感じで、そのまま新刊書店に並べても遜色ない状態の本が多いのだ。これは私にとってうれしいことで、だからこそこのブックオフに通うのをやめられないのだ。
 ちょっと前は、東野圭吾さんの『容疑者Xの献身』を真っ新な状態で買ったし、その前にはリリー・フランキーさんの『東京タワー』もそうであった。辻井喬さんの『父の肖像』もきれいな状態の本であった。これなんか定価2,600円するのを、ちょうど単行本すべて500円というセールをやっていたので500円で買った。
 昨日は久佐部羊さんの『無痛』を手に入れた。これも絶対に読まれていないと断言できる。新品と同じである。これは買わなければ損だと思い、即購入。売値が950円(定価1,800円)をサービス券100点を使って850円GETした。

2006年07月28日

情報発信

 昨日の朝日新聞の朝刊に何故ブログが広まったのかという記事があった。理由は「だれでも情報発信」の考えを実行に移す人が増えたことと、ブログの書き込みが簡単であることが最大の理由だという。
 情報通信白書によると、今年3月現在868万人の人が自分のブログを持っているらしい。世界では約5万のブログサイトが存在し、ブログ全体の情報量は半年で倍になっており、3年前と比べて60倍の数字だという。
 そのうち日本はブログのトップランナーで、今年1月に書き込まれた記述のうち32%が日本語で書かれており、これは英語の31%を超えている。日本の場合、携帯から投稿するケースが多いためらしい。
 この「情報発信」という言葉が気になる。誰でも自分が情報を発信したいということでブログを始めるというのを読んで、へぇ~そうなんだと思うのだ。
 私の場合そんな大それた考えで自分のブログを持っている訳じゃない。自分が好きな本について、自分なりの考えをまとめるために書き込んでいるだけだし、もともと読んだ本の感想を自分で日記などに書き込んでいたのを、そのままブログに移行しただけである。そこには読んだ本のことを忘れないために、そうしているだけのことで、ブログが持つ検索機能やデータベース化が便利だから、それを使っているだけなのだ。
 自分が読んだ本のことについて、他人にそれを伝えたいという気持ちは、正直ほとんどない。それはなんだか押しつけがましいと思うのだ。あくまでも自分が書きたいからそうしているまでである。ただネット上に公開している以上、読む人がいれば読んでくれればいいし、それに対して意見があるなら聞きたいとは思っているけれど、それ以上の考えはない。
 そもそもこの「情報発信」という言葉自体胡散臭いとさえ思っているくらいなのだ。もし自分がそう言う意志でブログをやっていたら、多分続かないだろうとさえ思っている。確かにそういう壮大な意志を持ってやっておられる方もいるだろうし、それは別に否定はしない。けれど自分は違うし、果たして多くのブロガーが、そんな大それた意志でブログをやっているのだろうかとさえ思うのだ。もっと楽な気持ちでやっているからこそいい部分があるのではないかとさえ思う。
 昔書店業界の関係者が、書店は情報発信基地であるべきだといったやつがいる。私はそれこそ何を言っているんだろうと思った。それはおごった考えだと思う。そういうことを言うやつの流す情報ほど、押し売り的情報が多い。だってここでいわれる情報の提供は明らかに「売上向上のため」という魂胆があるからだ。つまりいかにお客に本を買わせるかという根本的命題から生まれた発想なのだ。だから最近の書店の平台に林立する奇をてらったPOPの多いのだ。私から言わせれば、こんなPOPはじゃまなだけで、その奥にある本が見えないじゃないかと思ってしまう。
 その上最近はそうした書店に並ぶPOPをまとめた本があるくらいで、思わずバカじゃないかと言いたくなってしまう。
 損得勘定が見え隠れする情報なんていらない。本当に情報が欲しいなら、お金を払ってでも欲しい情報がいい。お金が取れるほど情報の方が価値がある。そういうもんではないかと思う。日本人は情報ってサービスだと思うところあるからこういう押しつけがましい情報が氾濫するのである。
 書店にある本や雑誌そのものが情報であるのだから、本屋はその情報を取り出しやしようにしてやることが本業だろう。読者は情報が欲しいから本や雑誌を買うのである。本屋が提供すべき情報はそういうことをきちんとふまえたものでなければならないはずだ。
 それを思うと大した情報を書店が提供しているとは思えない。林立するPOPを見てみると、本にかけられている帯の焼き直しや、やれテレビで話題のとかいったものが多いのを見てもそう思うのである。

2006年07月27日

気がついたら

 気がついたらもうこのブログを初めて1年がっていた。”祝1年!”という感じだ。この「日々是好日」が昨年の7月13日にスタートし、「どんなことがあっても、本が好き」がその前日12日にスタートした。
 最初はお店の紹介を兼ねたホームページからスタートして、その間何度かスタイルを変え、こうして個人のブログとして形を整え、何とか1年間やってきたわけだ。よく続いたというべきか、それとも自分の好きなことだから続いたのか、別に苦痛を持って書き込んできたわけではないので、これからも続けられそうだ。
 「どんなことがあっても、本が好き」のエントリーアーカイブを見てみると、この1年で100冊以上の本のことを書いていた。1年で100冊本を読んだことになる。だいたい3日に1冊の割合で本を読んだことになる。(後はこうして書き込むための時間として考えればということで)それが多いのか少ないのか分からないけど、まぁこんなものだろうと思う。やはり学生時代みたいな感じで本は読めない。
 ただ自分の本棚を眺めてみると、まだまだ手をつけていない本がたくさんある。これを何とかしたいと思っているので、これから先、どこまで読めるか、それが問題だ。これからもつまらないことを書き込んでいくことになると思うが、お付き合い願えるなら、よろしくお願いします。

 さて、気がついたら、お腹の調子も少しだけどよくなっている。実は今まで通っていた医者から、違う医者に診てもらったのだ。そこで処方された薬を飲み始めて4日、症状が改善しているのだ。
 それまで通っていた医者の診断は「神経性胃潰瘍」だろうということであった。それは胃カメラ、大腸の内視鏡検査、血液検査と検査されて分かったことであった。その上今年になって半年以上も同じ薬を飲み続けて、ちっとも症状が改善しない。つまりこの半年検査漬け、薬漬けにされていたわけだ。
 症状が改善しないことにさすがこれはおかしいんじゃないかとまずはかみさんから言われたのだが、もちろん自分でもそう思っていた。けれど先生に任せた以上、信頼したのだから、医者を替えるという気持ちがなかなか起こらなかった。その先生だってなんとかしてやろうと思って検査をし、薬を処方してくれたものだと思っていたのだ。だからセカンドオピニオンという考えはあったけど、ふんぎりがつかなかった。なんだか申し訳ないような気がしちゃうのだ。
 でも、背に腹は替えられない。いつまでも不愉快な気分で1日を過ごすのも問題だ。で、とうとう先週の土曜日、違う消化器科先生のところに行って、症状とこれまでの経過を話し、飲んでいる薬を見せて、診断してもらった。
 その先生が言うには次のようであった。胃の出口(幽門っていうのかなぁ)が何らかの原因で傷ができ狭くなっている可能性があるという。飲んでいる薬は問題ないけど、多分弱いのだろうと。
 で、違う薬を2週間分処方してくれ、とりあえずこれを飲んで2週間後また来てくれと言われた。それをこの4日間飲んでいて、だいぶ気分がいい。夜も眠れる。
 これは病院を変えた方がいいのかなぁと思い始めている。とにかくもらった薬飲んで2週間後またこの先生のところへ行くつもりでいる。それにしても病院を選ぶのも難しいものだ。
 ところでこのもらった薬の一つが苦手なのだ。アルロイドGドライシロップというやつで、水にとかして飲むのだが、何か寒天を飲んでいるみたいで、べっとりと張り付くような感じがして気持ち悪い。いかにも胃壁に張り付いているという感じだ。まぁその分効くような気もしないでもない。
 その先生がいうには、私の症状は「現代病の一つだよ」というのが、妙に頭の中に残っている。多分そうなのだろう。私が精神的にナイーブ(どこが・・・?)だから、仕事でもプライベートでもあらゆるところで胃に負担をかけているのだろう。それを50年近くやってきたのだから、胃だって怒るはずだ。いい加減ゆったりとした生活を目ざすべきかもしれないし、精神的余裕ってやつを追求すべきなのかもしれない。

2006年07月20日

社長

 毎週木曜日は社長と二人で事務所にいながら、調剤の手伝いをしている。手伝いといっても、コンピュータ入力と会計をやるだけで、後は普段と同じ事務仕事をする。といっても、普段の日のようにはいかない。社長のじゃまが入るからである。この人本当に自分勝手で、こちらが厄介な仕事をしていて、手が離せなくても、ああだ、こうだと言ってくれる。こっちも社長だからちょっと待ってくれよとは言えないから、中断して、つきあうことになる。
 今日なんかも、7月の給与振込を取り組んでいたのだが、チェックを終えて、センターへ送信しているときに、何だかんだと言ってきた。こっちはちゃんと送信できたかどうか気になるので、ちょっと待ってくれます!と言って、社長の言葉を打ち切る。案の定、送信に失敗する。「相手がでない」というエラーメッセージが出た。今日は20日なので、銀行も混んでいるのだろう。
 どっちにしてやり直さなければならないので、まずは社長の用件を片づけてから、やり直した。いつもこうである。だから木曜日は仕事にならないのだ。
 先週の木曜日もそうであった。税理士さんに提出する会計伝票を最後に社長に見てもらった。
 会計伝票には当然会社の全取引が書かれているから、これを見れば、各店何を買ったか、あるいは売上、仕入等すべて分かる。私としてはこれを管理している以上、つまらんことで疑われたくないので、社長に目を通してもらってから税理士さん渡すのだ。
 そこに自転車の修理8,500円の支払があった。これを見つけてさっそく文句を言う。「8,500円も修理に支払うなら新しい自転車買えるだろう」というのである。自転車の修理に8,500円も支払うのが気に入らないのだ。言いたいことはよく分かるが、私は完全に壊れていないので、買うつもりはなかったと強く反論すれば、急にひるんで、「まぁ8,500円も出すなら、新しい自転車が買えるというくらいの考えがあってもいいということだよ」と訳の分からんことを言って、うやむやになった。確かにホームセンターでそのくらいの値段の自転車は売っているかもしれない。けれどきっとママチャリが関の山だろう。今乗っている自転車ならそれ以上するはずだ。ママチャリに乗ってお茶の水の坂を登るのは勘弁して欲しい。
 その後気分を害したのか、やたらいちゃもんをつけてくる。今度は書類である。私が昨年廃業した書店の日計表を後生大事に保存しているものだから、それを見て、「こんなのいつまでもとっておいたって仕方がないだろう。もう廃業したものを今後見ることがあるか?」と言うのだ。確かにそうだ。捨てられないのは私の個人的理由による。なんかこれらの書類を全部捨ててしまったら、もう自分の拠り所がなくなってしまうような気がしていたのだ。だからそのままにしておいた。捨てるならいつでも捨てられる。しかしその言い方に頭にきたので、今日、給与振込を終えた後、さっきまでその書類を捨てるために、ひもでくくっていた。さも捨てますよといった感じで、目の前でやってやった。
 まぁこれも社長が文句を言いたいのも分からない訳ではない。自分が展開した事業が失敗したわけだから、そんな関係の書類など見たくもないのだろう。しかしそれにしても言い方があるだろうと思う。だから先週言われたことを、今日やってやった訳だ。
 それにしてもこうしてまとめてみると結構な量である。この書類(日計表)を書いた人達はもうこの会社にはいないことを、眺めていて思った。

2006年07月14日

内視鏡検査

 今日半年ぶりに大腸の内視鏡検査をした。私は体質的にポリープが出来やすい体質なので、毎年1回はこれをやっておかないといけないとドクターに言われているので、今年のうちにやらないといけないのを早めに行った。理由は今年になってお腹の調子がよくないからで、先日胃カメラを飲んで、今度は下から大腸を調べてもらったわけである。

 大腸の内視鏡検査は今回で3回目である。それぞれ違う病院でやっている。今まで通っていた病院で内視鏡検査が出来ないので、別の病院を紹介されてそうなった。しかし、この大腸の内視鏡検査ってやつ、ものすごく痛いのだ。しかも事前に2リットルの下剤を飲まないといけない。今回この2リットルの下剤を飲むのに苦労した。それまでは苦しいながらも、全部飲めたのだが、今回胃が張っている状態が日々続いているので、最後は気持ち悪くなってしまい、結局全部飲みきれなかった。幸い2リットル近く飲んでいたし、トイレで水みたいなものしか出なくなったので、途中で止めた。
 そして準備が出来て病院に行って検査をしてもらう。内視鏡が腸のなかに入っていくのが分かるが、たとえばS字結腸とか曲がっているところに内視鏡が入るときがものすごく痛い。検査の前に痛み止めを1本打ってもらっているのだが、それでも思わず顔を歪めてしまう。ドクターは私の痛みの状態を見て、もう1本痛み止めを打ってくれるのだが、それでもかなり痛い。冷や汗がどんどん出てくる。
 何とか奥まで内視鏡が入った。内視鏡を入れながらモニターで調べるが、最初は内視鏡を入れることが最優先なので、今度はそれを抜きながら、じっくり調べてくれる。問題のありそうなところでは写真を撮ったり、又戻って内視鏡を入れていく。思わず、おいおい、もう入れないでくれ!と言いたいくらい、痛い。検査がすべて終わり、ドクターがぽつりと言う。私の腸は人よりもくねくね曲がっているらしく、だから人より痛いのだろうと・・・?腸にも個人差があるのかと疑問に思ったので、聞いてみると、顔と同じくらい差がそれぞれあるという。もしかしたら性格が曲がっているからか、それが腸にも反映されたといういうことかと、うなだれてしまう。
 結果はS字結腸に5ミリ程度のポリープが1個見つかっちゃった。前回10月末にやっているから、わずか半年でポリープがお出来になったわけである。病理組織検査に出してもらったが、ドクターがいうには問題なかろうということだ。

 今日は外も熱い。後でニュースを見ていたら気温が35度であったという。病院でも冷や汗をたくさんかき、検査が終わり病院を出て、今度はどっと暑さで汗が噴き出てくる。今朝から何も食べてないし、下剤で全部出しちゃっているから、ふらふらである。今日は休んで正解であった。
 検査というのはかなり身体にダメージを与えることもあるのだとなんとなく今日は知った。今回検査で血糖値が下がらないようにと、ブドウ糖の点滴を2本打ってくれているが、もしこれがなかったら、本当に倒れていたかもしれない。

 考えてみると、今までの内視鏡検査の中で今年ほど堪えたものはなかった。まぁ、年々歳をとっていくのだから、検査も楽じゃなくなってくるだろうことは分からないでもない。あるいはドクターに腕もあるかもしれないが、それはよく分からない。
 確かに今年になってお腹の調子がおかしくなって、もう7ヶ月である。毎日同じ薬を飲んでいても、ちっと改善しない。ドクターは神経的なものが大きいから、と言うが、それにしてもなぁ・・・。
 そしてそれ以上にやばいと思うことは、これは以前にも書いたが、薬を飲まないと悪くなるんじゃないかとういう不安感が生まれたことである。だからせっせと薬を飲むのだ。しかももっとやばいと思うのは、飲んでいるガスロームやタケプロンが美味しいと思うようになっちゃったことである。これはまずいよなぁ・・・。
 胃カメラにしても、大腸の内視鏡検査にしてもドクターがとくだんうまい(この場合のうまいは、痛くないということなのだが)というわけでもないし、これはそろそろ病院を変えたほうがいいのかもしれないなと、今回の大腸の内視鏡検査をやってもらって、そう思いつつある。

2006年07月08日

頑固者

 本屋を辞めてから、新刊の情報が今まで以上に入ってこなくなった。当然といえば当然なのだが、今まで必要ないくらいの情報が入ってきていたのと比べれば雲泥の差がある。そしてこのことはやっぱり寂しい。どんな新刊が出るのか楽しみであっただけに余計である。
 というわけで、用もないのに書泉さん寄ることが多くなった。昨日も、そして一昨日も寄った。ここではほとんど本を買わないので、情報だけを得にいくようなものなのだ。ほぼ毎日寄っていれば、そんなに変わったことなどあるわけがないと分かっているが、ついつい寄ってしまう。
 一昨日、五木寛之さんの『新・風に吹かれて』という本を見つけた。思わず手に取ってしまう。私は五木さんのエッセイ、『風に吹かれて』、『ゴキブリの歌』、『地図のない旅』が大好きであったので、この『新・風に吹かれて』はどうしても気になって仕方がなかった。挿絵も村上豊さんで当時と同じだ。これは読みたい!
 で、昨日レセプト提出のため、お茶の水に行ったので、帰りに丸善に寄り購入する。ついでに北尾トロさんの文庫も買う。まったく、余ほどのことがないと書泉では本は買わない。実はもう一冊欲しい本を書泉さん見つけているのだが、それもいずれ丸善か有隣堂で買うことになるだろう。全く我ながら頑固である。
 本にカバーを付けてもらったのだが、文庫のカバーが変わったなぁと書店員のカバーを付ける手元を見て思った。帰って見てみると、カバーが変わったのではなく、携帯電話のauが携帯電話で本が買えるauBooksを立ち上げたらしく、それに丸善が協力しているので、そのための広告用カバーであった。 まぁ、それほどうざったくないのでこのまま使うことにする。それにしても五木さんの『新・風に吹かれて』は気になるので、『街道をゆく』の11巻がちょうど読み終えたので、12巻にいかず、こちらに寄り道することにする。

2006年07月04日

中田英寿

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 昨日、テレビを見ていたらテロップが流れた。中田英寿現役引退と。やっぱりと思った。私は彼が好きであった。あの自信に満ちたふてぶてしさがいい。もちろんその自信は多分彼の実力に裏づけられたものであっただろうし、それなりの努力をしてきたものだろうと思う。
 ふと、沢木耕太郎ノンフィクションⅨ 『酒杯を乾して』(文藝春秋刊)に元日本監督のトルシエと中田英寿との関係が、沢木さんの観察眼で書かれているのを思い出した。
 そこで面白いと思ったのは、中田がイタリアセリエAでの活躍がトルシエを悩ませたというのだ。
 トルシエはユースから代表チームまでのメンバー決定権を持つ監督であった。だから中田を使うかどうかはトルシエの一存で、自由であった。あったはずだった。
 ところが中田のイタリアでの成功が、トルシエに、日本代表にチームに中田がいるときの存在感、いないときの不在感を常に意識しなくてはならなくなったと沢木さん観察していた。
 中田はトルシエを嫌っていたようだと沢木さんは言っているが、どういうわけか、中田が日本のチームリーダーを演じることを引き受けたとき、トルシエジャパンがある程度安定したチームになったという。
 今回のワールドカップでも、報道では中田が日本のチームリーダー的役割を果たしていたと書いてあったが、どうも前回とは雰囲気が違っている感じが個人的にするのだがどうだろう?ネットでの中田の書き込みの中に次のような文章がある。


「サッカーという旅のなかでも「日本代表」は、俺にとって特別な場所だった。

最後となるドイツでの戦いの中では、選手たち、スタッフ、そしてファンのみんなに
「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてプレーしてきた。

俺は今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。
今の日本代表選手個人の技術レベルは本当に高く、その上スピードもある。
ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術を知らなかったこと。
それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに4年間やってきた。
時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。
だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった」


 この中田の書き込みを読んでいてふと思う。前回のワールドカップでは中田はパイオニア的存在だった。でもその後日本人プレーヤーが海外にどんどん出ていくようになってからは、中田と同等、あるいはそれ以上の能力を持つプレーヤーが出てきた。中田のみがスタープレーヤーではなくなってしまった。彼はイチローにはなれなかったところに孤立感が生まれる。
 それでも中田のこの書き込みはなかなか読み応えのある文章だと思う。純粋にサッカーを楽しんでいた頃の「みずみずしさ」をプロになったことで失ってしまったことなど、うん、うん、なるほどそうかもしれんね。自分の好きだったことを飯の種にした時点で、その感覚は犠牲にしなければならないことは、中田に限らず誰でも感じることではないだろうか。最後の文章もなかなかじんとくる。


「今後、プロの選手としてピッチに立つことはないけれど
サッカーをやめることは絶対にないだろう。
旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりに
ボールを蹴るだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。

これまで一緒にプレーしてきたすべての選手、関わってきてくれたすべての人々、
そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。

“ありがとう”


ひで 」

 やっぱり中田は日本サッカー界で存在感のある選手であったと思う。だいたい今日の一般紙に彼の引退が一面に載るのだからすごいし、このパソコンの日本語変換ソフトも「なかたひでとし」と入力すれば、一発で「中田英寿」と変換するのだから、大したものだ。
 残念だけど、仕方がない。ご苦労様でした。