2006年07月28日

情報発信

 昨日の朝日新聞の朝刊に何故ブログが広まったのかという記事があった。理由は「だれでも情報発信」の考えを実行に移す人が増えたことと、ブログの書き込みが簡単であることが最大の理由だという。
 情報通信白書によると、今年3月現在868万人の人が自分のブログを持っているらしい。世界では約5万のブログサイトが存在し、ブログ全体の情報量は半年で倍になっており、3年前と比べて60倍の数字だという。
 そのうち日本はブログのトップランナーで、今年1月に書き込まれた記述のうち32%が日本語で書かれており、これは英語の31%を超えている。日本の場合、携帯から投稿するケースが多いためらしい。
 この「情報発信」という言葉が気になる。誰でも自分が情報を発信したいということでブログを始めるというのを読んで、へぇ~そうなんだと思うのだ。
 私の場合そんな大それた考えで自分のブログを持っている訳じゃない。自分が好きな本について、自分なりの考えをまとめるために書き込んでいるだけだし、もともと読んだ本の感想を自分で日記などに書き込んでいたのを、そのままブログに移行しただけである。そこには読んだ本のことを忘れないために、そうしているだけのことで、ブログが持つ検索機能やデータベース化が便利だから、それを使っているだけなのだ。
 自分が読んだ本のことについて、他人にそれを伝えたいという気持ちは、正直ほとんどない。それはなんだか押しつけがましいと思うのだ。あくまでも自分が書きたいからそうしているまでである。ただネット上に公開している以上、読む人がいれば読んでくれればいいし、それに対して意見があるなら聞きたいとは思っているけれど、それ以上の考えはない。
 そもそもこの「情報発信」という言葉自体胡散臭いとさえ思っているくらいなのだ。もし自分がそう言う意志でブログをやっていたら、多分続かないだろうとさえ思っている。確かにそういう壮大な意志を持ってやっておられる方もいるだろうし、それは別に否定はしない。けれど自分は違うし、果たして多くのブロガーが、そんな大それた意志でブログをやっているのだろうかとさえ思うのだ。もっと楽な気持ちでやっているからこそいい部分があるのではないかとさえ思う。
 昔書店業界の関係者が、書店は情報発信基地であるべきだといったやつがいる。私はそれこそ何を言っているんだろうと思った。それはおごった考えだと思う。そういうことを言うやつの流す情報ほど、押し売り的情報が多い。だってここでいわれる情報の提供は明らかに「売上向上のため」という魂胆があるからだ。つまりいかにお客に本を買わせるかという根本的命題から生まれた発想なのだ。だから最近の書店の平台に林立する奇をてらったPOPの多いのだ。私から言わせれば、こんなPOPはじゃまなだけで、その奥にある本が見えないじゃないかと思ってしまう。
 その上最近はそうした書店に並ぶPOPをまとめた本があるくらいで、思わずバカじゃないかと言いたくなってしまう。
 損得勘定が見え隠れする情報なんていらない。本当に情報が欲しいなら、お金を払ってでも欲しい情報がいい。お金が取れるほど情報の方が価値がある。そういうもんではないかと思う。日本人は情報ってサービスだと思うところあるからこういう押しつけがましい情報が氾濫するのである。
 書店にある本や雑誌そのものが情報であるのだから、本屋はその情報を取り出しやしようにしてやることが本業だろう。読者は情報が欲しいから本や雑誌を買うのである。本屋が提供すべき情報はそういうことをきちんとふまえたものでなければならないはずだ。
 それを思うと大した情報を書店が提供しているとは思えない。林立するPOPを見てみると、本にかけられている帯の焼き直しや、やれテレビで話題のとかいったものが多いのを見てもそう思うのである。

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