2006年11月29日

評価

 初めて読んだ本に関しては、評価出来るのは、個人的に独断と偏見で評価して点数をつけているが、これが案外難しい。読んだ直後と、しばらく時間をおいた後では、微妙に感じ方が違ってしまうのだ。最初は高評価しても、後になってそれほどでもなかったかなと思ってしまうのだ。
 今回「書店員が主人公になった本」を買ってきて、全部読んだ。個々に読了後自分なりに評価して点数をつけたけど、通してこの「書店員が主人公になった本」を読んでみると、そうでもなかったなあと思ったのだ。たとえば小路幸也さんの『東京バンドワゴン』は★3つをつけたが、これは2つでもよかったのではないか。いや2つだよなと思い、後で修正した。光原百合の『十八の夏』にしても★3つは甘かったのではないかと思ったが、「ささやかな奇跡」はこの「書店員が主人公になった本」のなかでは一番よかったからこのままでいいかと思い直す。
 まぁ自分のブログなので、自分が思ったことや感じたことをありのままに書けばいいのだし、誰かに強制されて書いているわけでもないので、その点自由にやれるのだけど、いくら独断と偏見で評価しても、やっぱり難しいものだ。
 今回いささか騙された感じがしてしまったのだが、もともとミーハーなので人がいいといった本をどうしても読んでみたくなるのだが、でも人の評価、特に本屋の業界の人間が勧めた本はあてにならないということは思い知った。もちろんいつでも面白い本に巡り会えるなんて思ってもいないし、駄本を読むことで、いい本もいいと評価出来るわけだから、あながち無駄ではないと思いたいところである。
 でも今回はさすがにまいった。もともと読む本のジャンルが違いすぎるのだから仕方がないとはいえ、やっぱり残念だ。しかも先日ブックオフで単行本1冊500円均一のセールをやっていたので、実を言うと、本屋さんオススメの本を2冊買っちゃったのだ。それを思うと、読む前から気が重いのである。また裏切られるような気がして・・・。
 まぁ読んでみて裏切られたら裏切られたでいい。仕方がない。もしどうでもいいような本だったら、ブックオフで買ったそれらの本をまたブックオフに売り飛ばせばいい。今回の本と一緒に・・・。さてどうなることやら。ちょっと落ち込んでいるので、また『街道をゆく』に戻ろうと思う。少なくとも司馬さんの本は間違いないからね。

2006年11月26日

小銭

 小売店があったころは、本部にまとまってきた売上の5円玉、1円玉を集めて、お店でおつりとして使ってもらうようにしていた。というのも今は両替にも手数料のかかる時代なので、使えるものはまとめて使ってもらった方がいいからだ。
 けれど小売店がなくなってしまうと、今度はそれら小銭がじゃまになる。特にお茶の水店ではその5円玉、1円玉が多く集まってしまい、小口現金の精算のとき、レジからはみ出た5円玉、1円玉としてまとめてくれる。毎日の売上をATMに入金するのだが、今は硬貨を受け入れてくれないので、それら小銭が余る一方なのである。幸いりそな銀行秋葉原支店のATMは小銭を受け入れてくれるので、そのごそっときた5円玉、1円玉を売上金額に替えて、入金している。
 一昨日も同様なことをしたのだが、ちょっと手違いをしてしまい、必要以上に小銭を入れてしまった。そうしたら、つまってしまい、操作不能となり、インターホンで担当者を呼び出すはめになる。インターホンの相手はお金をつまらせた私が間違いなく当の本人である(もう名前と会社名は言ってある)か確認するため、身分証明書を持っているかどうか聞いてくる。確か以前にも同様なことを聞かれ、だいたいATMに入金するだけのことで、身分証明書など持ってくるわけがないじゃないかと少々むかつきながら言う。どうせ隣にある秋葉原支店から人をよこすのだろうから、下手をしたら私の顔を見たら、ああと言われかねない。
 で、参ったなぁと思いつつ、待っていたら、斎藤さんが来た。思わずやべぇと言ってしまった。斎藤さんもあらと驚いた様子。
 彼女とは岩本町があった頃、毎日現金を入金していたお金を受け取ってくれた一人であったし、私が毎日使っている地下鉄の駅でも二度ほど会ったことがある。どうしてこんなところにいるのか聞いたら、たまたま自宅の近くにある旧大和銀行がりそな銀行になったため、りそなのシステムをそこの支店に教えに来たと言っていた。
 何とかATMからつまった現金を取り出してもらい、入れすぎですとたしなめられつつ、何度か分けて入金してくださいと言われる。小銭もなければ困るけど、ありすぎるのも困るのだ。

2006年11月21日

リース料

 お茶の水店の調剤システムのリースを検討している。検討しているといっても、こんな小さな調剤薬局を相手にしてくれるリース会社なんてそうあるもんじゃない。昔から付き合いのあるリース会社に話を依頼し、見積を出してもらう。初回の見積ではリース料率が1.82%として見積もってきた。これが高いのか安いのか、比較していないので分からない。ただ相場を聞いてみると1.85%が現在の状況らしい。(最も素直にそうなのか信じられないが・・・)これをうちの社長に提示すると、さっそく「高い!」と文句をいう。金利が安くなっている現在、この料率は高いというのである。
 社長とやりとりをしていると、この人基本的に勘違いしていることが分かった。物件には消費税を加算しないで、一方リース総額は消費税込みだから、その分金額が高くなる。金額で30万円の誤差が生じることになる。これをあからさまにいうと、「そんなこと分かっている!」と怒鳴られるので、やんわりと分からせるように伝える。
 でも、リース会社の言いなりになるのは、基本的に私は我慢できない。料率を少しでも下げたいと思った。で、技を使う。
 リース会社の担当者に、「そっちは1.82%と見積を出してきたけど、うちの社長は1.82%は高いと言うんだよね。私はそっちと社長の間で板挟みになってしまっているんだ」と・・・。すると相手は同情してくれて、「そうですよね。○○さんの顔を立てて、もう一度料率を見直しますよ」と言ってくれる。その言葉を期待していたんだ。でもあからさまに言葉にしない。「そう。そうしてくれる?そうしてくれると助かるなぁ~」そうして値引交渉をする。料率を見直させるのである。
 で、再度出してきた料率が1.80%で0.02%下がった。0.02%だといって馬鹿にしてはならない。金額にして75,600円もリース料が下がるのである。しかも前払いリース料を第1回目に払うと、その金利分下がって、料率1.797%となり、初回見積より88,200円も安くなるのだ。ね!馬鹿に出来ないでしょう。
 これで社長に提示すると、どうやら満足したらしく、これで手続きに入ってくれと指示を受ける。さっそくこれで手続きに入る。
 結構こういうやりとりを自分なりに楽しんでいるところがあるが、まぁこれも私の仕事なので・・・。

2006年11月20日

東京タワー

 土曜日のドラマ「東京タワー」みました?お恥ずかしい限りだけど、見入ってしまいました。ちょっと東京タワーが強調されすぎていたところがあったけど、かなりやばかったです。
 たぶんこうなることは分かっていたのですが、オカンの死がまったく自分の母親と同じだったので、どうしてもオーバーラップしてしまい、テレビの前から動けなくなってしまいました。オトンが「個室に入ったらやばいぞ」と言うセリフ、自分の母親がまさしくそうなったらおしまいだと思ったことと同じだった。まるで病院で死に場所を用意された感じであった。
 私はこの本を読んで、自分が体験したこともあって、かなりいい評価を与えたけど、今回のドラマを見て、自分としては当然だと思った。
 それにドラマの挿入歌として使われたマイペースの「東京」もやばかった。懐かしさがこみ上げてきてもうどうにもならなかった・・・・。

2006年11月16日

書店員が主人公?

 最近書店員が小説の主人公になっている本が流行っているのをご存じですか?私も以前から気になっていた大崎梢さんの本意外に数冊書店員が主人公になっている本が相次いで出版されているらしい。
 今日の朝日新聞の文化欄に「小説の主役は書店員」という記事があって、それを読んで大崎さんの著作以外に何冊か書店員が主人公になっている本があることを知った次第だ。正直読んでみたいなぁと思っている。
 この記事には、どうして書店員が主人公としてもてはやされているかというと、書店に詳しいライター(この何々に詳しいというのはどうも胡散臭いと思うのだが・・・)永江朗さんが次のように言っている。
「出版点数が増えすぎて本の全体像がつかめなくなってしまったなかで、読者と日々出てくる出版物を両方知る立場の書店員に注目が集まっている。本屋大賞の成功もあり、出版界での相対的な地位も上がって、ある種の『書店員ブーム』が背景にあるのではないか」と。
 「ふむ~、そうなのか!」「いいことではないか!」と思う。長時間、安い給料でこき使われ、ぎっくり腰を持病に持ってしまい、酒を飲んでも本のことしか語れない書店員の地位が向上するのは、大歓迎である。
 本当は司馬さんの『街道をゆく』を今年いっぱい読んじゃおうと思っていたのだが、気になってしょうがないので、さっそく書店員が主人公になっている本を4冊買っちゃった。ただ、甘ったるい恋愛小説は今読みたくないので、それ以外の、どちらかというとミステリー本を選んだ。今読んでいる『街道をゆく』の25巻を読んだら、読んでみたい。また寄り道である。

2006年11月10日

しおり

 そろそろ私は告白しなければならない。懺悔しないといけない。
 以前私は書泉では本をもう買わないと宣言したのを覚えているだろうか?(知らない、覚えていないというなら結構です)ところが最近結構書泉で本を買ってしまっているのである。どうしてか?簡単であるヨドバシの7階にある有隣堂まで行くのが億劫になっているのである。1階の店内に入れば、うざったいヨドバシの店員がついてくるし、うるさい。エレベーターはなかなか来ないし、乗ったら乗ったで、各駅停車で止まるし、とにかく有隣堂まで行くまでにうんざりしてしまうのである。
 で、帰り道である書泉へ必然的に向かってしまうのである。有隣堂にあると思われる本が書泉にないということはほとんどなく、書泉でも事足りてしまうのである。しかも今まで文庫のコーナーが8階にあったのを3階に下ろしてくれたので、割と買いやすくなったのもある。(正直8階までお客を上げるのは大変で、そのため集客力のあるコミック、文庫を8階に持って行ったのはよく分かるのだが、如何せんこのビル8階まで行くのにエスカレーター1基しかないし、奥にエレベーターもあるが、何だか乗りづらいのだ)
 そのため書泉で本を買ってしまっている。元岩本町店みんな、ごめんなさい!私は絶対に書泉では本を買わないと宣言したのに裏切ってしまいました。仕方がなかったのです。
 たまたま「書泉ブックタワーを利用しない」とみんなで誓い合っただけのことなのだが、実を言うと、本当は昔から私は書泉ブックマート、グランデを利用していた。(ブックマートはかなりオタク対象の本屋さんになってしまったけれど、昔はちゃんとした本屋さんだった)高校時代、手持ちが出来るとよく神保町の本屋街に出かけ本を買った。結構新刊を書泉で買っていた。どうしてか?

そう、あのしおりを集めていたのです。

ついに言ってしまった!

 そうなのだ私は書泉マニアだったのです。それを隠していた。隠しておいて「タワーを利用しない」と言ってしまったのです。でも言い訳をすれば、つい最近までそれを守ってはいたのです。しかし近所の本屋には欲しい本がないし、有隣堂までいくのも面倒だし、セブンアンドアイでは裏切られるし、と不幸な状態なのです。

 と謝ったので、次に進みたい。(許してくれるかどうか分からないけど・・・)
 ところで最近書泉でくれるしおり昔から比べるとちゃっちくなったような気がしたのである。昔の方がデザインも凝っていたような気がする。最もあまりにもデザインに凝ってしまうので、使いづらい部分もあったけど・・・・
 昔から集めていたので枚数もあったのだが、あげたり、なくしたりして、最近のしか残っていないけど、なんだかそう思うのである。予算が削られたのかなぁ。それともしょうもないデザイン家を雇ってしまったとか・・・。


 ちなみに最近もらったしおりはこれ

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 そして今持っている昔もらったデザインの凝ったしおり

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2006年11月01日

喫茶店

 神田の古本屋を歩いて、欲しい本が1冊でも見つかれば、必ず近くの喫茶店に入って、買ったばかりの本の包みをといて、本を眺めながらコーヒーを飲むのは至福の時だった。古本屋巡りをはじめて間もない頃は、結構欲しい本がゲット出来たので、神田に行けばこんな時間を過ごした。
 でも、だんだん探している本が絞られれば、それが稀覯本まではいかないけれど、あまり古本屋に流通していない本ばかり残ってしまい、最後の方は空振りが多くなってくる。もちろん今みたいにネットが普及していなかったから、足で探すしかない時代であった。でもそれが楽しかった。又、歩き回って疲れて、一服するために喫茶店に入るのが好きだった。
 私はコーヒーが好きである。でもコーヒーの種類にはこだわらない。というより基本的に鈍感なのでよく分からないのがホントのところである。モカがいちよう好きではあるが、これがモカですと言ってくれないと分からない。モカ特有の酸味が好きなのだが、違うコーヒーを出されてこれがモカですと言われれば、多分そのまま信じてしまうだろう。味覚音痴なのだ。

 いつの頃からコーヒーを飲み始めたのだろうか。思い出せば、多分高校時代だろう。よく授業を抜け出して、喫茶店で仲間と入り浸っていたから、その時からコーヒーを飲んでいたような気がする。(「いちご白書」の歌と同じだ)
 高校を卒業してせっかく大学に入ったのに、馬鹿みたいにすぐ辞めてしまい、その後しばらくして又大学に入ろうと思い、予備校に通ったけど、ほとんど近くの喫茶店に入り浸っていた。
 大学に入っても、事務局の前の掲示板の前に立って友人を見つけては、一緒に近くの喫茶店に入った。
 今は本当に喫茶店が少なくなった。そして自分も一服するためにコーヒーを飲む場所をスターバックスとかドトールとかヴェローチェしか入らなくなってしまっている。でもいつもなんか昔と違うなと思うのだ。確かにスタバにしてもドトールにしても、ヴェローチェだって雰囲気作りは凝っているけど、変に明るい。そして私はいつも長居できないほど、すぐいらだちを覚えてしまう。要するに今風になじめなくなっているのかもしれない。
 新橋の本屋でアルバイトをしたとき、近所にあった亜露馬という狭い喫茶店。マスターにいつも優しくしてもらった。仕事を辞めたとき、一度手紙を書いて、返事をもらった。
 予備校時代、授業にでないで、入り浸っていた喫茶店。名前は覚えていない。いつも日替わりランチを食べていた。自分の成人式の日も予備校に来ていて、この喫茶店のテレビで各地の成人式の模様を苦々しく見ていたのを思い出す。
 大学時代に暇さえあれば行っていた喫茶店。これも名前を忘れた。そして新小岩の西友の屋上にあった喫茶店。高校時代、かみさんと二人で入った。そのほとんどがなくなってしまっている。

 今日も仕事帰りにヴェローチェによって、本を読んでいたのだが、ふとこんなことを思ったので書いてみた。