2007年02月10日

へこんでいるときに思うこと

 年に何度か何もする気が起こらないほど無気力になることがある。好きな本を読むことさえ面倒になってしまう。もう昔からそういうことが起こっていて、こんな気分のときは何をしてもダメなので、この頃は「まただ」と思い、うっちゃっている。そのためここのところ、i-podに入れた吉田拓郎の「拓郎ヒストリー」を聞いている。特に今は「永遠の嘘をついてくれ」がマイブームなのだ。

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 去年NHKでつま恋コンサートを放映していて、それを見て以来、また吉田拓郎を聞いてみたくなってはいた。昔はよく聞いていた。エレック時代から、そうだな「人生は語らず」まであたりじゃないかと思うが、新譜のレコードが出れば買っていた。でもその後ばったり聞かなくなってしまった。だからその後の拓郎の曲はあまり知らないことになる。
 で、この「拓郎ヒストリー」はそのエレック時代の曲から最近のヒット曲?までのベストアルバムとなっていて、特に「永遠の嘘をついてくれ」が気に入っていて、何度も聞いている。
 このアルバムを聴いていて思ったことは、吉田拓郎の曲に共通しているイメージがあるんじゃないかということである。それはちびた鉛筆で友人が手紙を書いている姿であり、それを読んでいる自分がいることなのである。ここで重要なのは「手紙」なのだ。決してメールじゃない。メールじゃまずいのだ。手紙だから詩になり、歌になる。そんな気がしたのだ。私ももう何十年も手紙を書いていないから、拓郎の曲の中にある手紙のやりとりが妙に懐かしく思える。
 最近歳をとったことを痛切に感じるけれど、それは事実だから、今更どうしようもない。ただ、馬齢を重ねていても、いや重ねているだけ、懐かしいものが多くなってて、それを慈しむところが出てきている。逆に言えば新しいことになかなか取り組めないところはあるけれど・・・。でもそれでもいいかもしれないとも思う。いつまでも攻撃的であることに、正直疲れている。いい加減自分が経てきた人生を振り返りつつ、それを楽しむのもいいかもしれないなんて、へこんでいる気分で思うのだ。

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