2007年06月28日

やっぱり本屋さんが好き

 アマゾンのサイトへ行くと、マイページが表示され、私が読みたそうな本をご丁寧に紹介してくれている。けれどどうもちょっと違うよなぁと思う。たまたま欲しい本が神戸の出版社から出していた例のJR福知山線の事故の被害者や遺族が書いた本が読みたかったので、初めてアマゾンから取り寄せたのだけれど、それ以来私が好きそうな本として紹介してくれるのが、この事故に関した他の本や、それ以外の事故関係のノンフィクションが画面に現れる。まるでそうした事故、事件の関係が好みみたいな感じだ。
 確かに嫌いじゃない部分はあるけれど、何でもいいというわけじゃない。たまたま読みたかった本がその事故の本であって、それをアマゾンから取り寄せただけだから、そうなっちゃうのだろう。しかもそれ1冊だけだから余計なのかもしれない。データとしてそれしかないのだから、そうならざるを得ないのだろう。もし私が本屋さんで買っている本をばしばしアマゾンで注文すれば、もっとデータ分析が緻密になり、より私の好みに近づくのかもしれない。
 でも基本的のは本屋さんへ行って、本を探したい。昨日ちょっと仕事で必要な本を探すために、書泉へ行き、2冊買ったのだが、もちろん自分が読みたいと思う本がないだろうかと他のフロアーの棚を見て帰った。
 そして今日、早めに仕事を終え、事務所を出たのだが、やはり書泉へ寄ってしまう。もちろん昨日の今日だから、大した変化なんか望めないとわかっていても、もしかしたら、今日発売の新刊に何かあるかもしれないとどこか期待してしまうのである。ザァーと棚を眺め、やっぱりないかと思いつつ、帰ろうと思ったとき、トロさんの新刊を発見する。
 そうなのである。これが本屋さんでの楽しみなのだ。予想外の本がふと目にとまり、おやと思わせてくれるところがリアル書店の存在感ではなかろうか?新しい発見をしたいのだ。元々衝動買いのところが激しい私なので余計である。
 たとえ欲しい本や目的の本が決まっても、やっぱり実物手にして、ページをめくりたい。その上で買うかどうか判断したいのだ。もしかしたら違う本で、もっといい本があるかもしれないなんて思うから、棚を探す。こうなってくると、私にはどうしても本屋さんの存在は欠かせない。
 アマゾンのシステムを馬鹿にする分けじゃないし、それはそれでいいんじゃないかと思うのだけれど、こういう感覚は本屋さんでしかやはり味わえないのではないかと思う。だから時間があれば、本屋さんに足を向けるのである。
 それにしてもトロさんの新刊に巻いてあるオビは何とかならないのだろうか?今回の新刊はトロさんの副業?である古本屋を巡る旅の本なのだけれど、オビには「裁判長!旅に出てもいいすか」とトロさんの似顔絵ともに書いてある。最近トロさんが裁判所ウォッチャーとして有名になっているものだから、このフレーズを使ったのだろうけれど、この本とまったく関係ない。こういう安易なキャッチコピーはやめてほしいものである。
 さて困ったぞ!今半藤さん続編を読み始めたばかりなのだ。どうしよう。トロさん本もすぐ読みたいしと悩んだ末、半藤さんの本は中断して、トロさんの本を読むことにした。みなさんこんなことで悩んだことありません?書泉で掛けてもらった手抜きのカバーをきちんと掛け直して、こちらを読むことにした。

2007年06月20日

ちょっとしたこだわり

 またブックカバーの話だ。何度もここで書いているからご存じかもしれないが、私はブックカバーに困っている。で、ある時はブックカバーにしようと思って、紙を束で買ってきてそれを使おうと思い、本にカバーを掛けてみたが、どうもしっくりこない。ごわごわした感じだ。要するに紙質が厚すぎたのだ。結局この紙も使わずにそのままにしてある。
 単行本は一時合皮のできあいのカバーを使っていたが、これも所詮合皮である。すべすべしてしまい、しかも冬場の寒いときは硬くなってしまうので、やめてしまい、ランクの上の皮のカバーに変えた。今のところこれで満足していて、単行本は基本的にこのカバーを使っている。
 しかし本のサイズはまちまちなので、このカバーが使えないときもある。そんなときは、本屋で買ったとき、掛けてもらうカバーを代用している。
 つまり最近は本屋さんで本を買うときは必ずカバーをしてもらい、家に帰ってからそれを取り外し、とっておくのである。できれば本屋でしょうもないカバーを掛けるなら、折り込まないでそのまま欲しいところなのだが、そんなことは言えないから、とりあえずかばーを掛けてもらう。もし紙だけ欲しいと言ったら、くれるだろうか?
 ということで、本屋さんで掛けてくれたカバーを何枚もとってあり、必要なときにはそれらを取り出して、自分でカバーをつける。やっぱり紙のカバーはいい。ただ買ったときの本のサイズに折り目がついているので、いらないところに折り目がついてしまう問題点はあるが・・・。今回もブックオフで買ったリリー・フランキーさんの本に有隣堂のカバーを掛けて読んでいる。

 ちょっと前に、JR福知山線の脱線事故の被害者の手記を読んだ。内容に関しては違うブログに書いた通りで、それに関してはここに書くつもりはない。ただそれらの手記を読んでいて、書かれている文章にどこか違和感を感じたのでそのことを書きたい。
 そこに掲載された文章に無理に漢字に変換された文章が目立ったからだ。たぶんパソコンのワープロで書いたためそうなったものと思われる。
 普段手書きで文章を書くとき絶対に漢字で書かないのに、ワープロで文章を書くと必要もないのに漢字に変換され、どこか不自然な感じがしてしまう。要するにワープロのお節介のためだ。
 これって読んでいる側からすると非常にめざわりなのだ。文章って読めればいいというもんじゃないと思う。特に最近そう思う。おそらく書いている人たちは、そんなことは気にしていないのかもしれない。 もともと文章を書くことを構えているから、最初から堅苦しさがあるのだけれど、それに加えてお節介なワープロの漢字が変換が、余計に文章を堅苦しくする。
 実は私もそうだった。しかし不必要に漢字変換された文章は、どこか自分の文章でないような気がする。借り物みたいで、どこか窮屈だ。
 そう思うようになったのは、読みやすい文章って、漢字が少ない。むしろ漢字で書いていいのではないかと思えるものさえ、ひらがなで書かれているということがわかったからである。
 私はこのブログで本のことを書くようになって、作家の文章をよく引用する。私は基本的には、文章を書く場合、先にノートに気になる文章を書き出し、それからどうでもいいことをああでもない、こうでもないと書きつづる。そして書き出して感じたことが、そういうことであった。その方が文章がやわらかく感じられる。
 それ以来無理に漢字に変換しないように、逆に気をつけるようになった。日本語の良さは、漢字とひらがなのバランスなのではないかとさえ思っている。これからはこのことに気をつけて文章を書こうと思っている。

2007年06月19日

マリオと読書

 DSを買ってから、私は家にいるときは読みかけの本とDSを手元に置いて過ごしている。相変わらずマリオは先に進まず、娘に馬鹿にされながら、ぼちぼちやっている。
 最初はかなりあつくなったけれど、私の場合、焦っちゃクリアできないと悟ったので、割とのんびりとやっている。これって悟ると案外、落ち着いた気分でできる。画面に土管があると、ここに入れるのかなぁとか、あそこにあるコインをどうやったら取れるんだろうといろいろ試していると、結構楽しい。
 私は朝早起きなので、例によって5時に起きて、まずはパソコンに電源を入れ、次にコーヒーメーカーにコーヒーをセットして、またパソコンに戻り、自分の名前でログインし、メールやネットをやる。調べ物があればこのとき調べるし、気になるサイトを確認したり、ニュースを読んでみたりする。
 そして一通りの儀式が終われば、おもむろに本を読み出す。ここまでは以前と変わらない。変わったのは本を読んでいて疲れたら気分転換で、DSを取り出し、マリオをやることだ。
 今朝は今までなかなかクリアーできなかった場面がクリアーでき、次のセーブ画面まで進んだ。(よかった、よかった)そのため今朝は多少気分がいい。
 今までクリアーできなかった場面がクリアーでき、先に進んだら、すぐマリオが死んじゃう。思わずこのやろーと、もう一度トライしていると、娘が起きてきて一言。「朝からマリオかよ」と。冷たい娘の視線を無視しながら、先に進む。長男も起きてきて、やはり冷めた目で私を見ている。
 考えてみれば、親が朝からマリオに夢中になっている光景って、ちょっと異常かも。
 ついにゲームオーバー。あきらめまた本に戻る。しばらく本を読んでいると、そろそろ時間だ。出勤の準備をする。例によって先の駅まで歩くので、早めに出るのだ。
 最近多少体調がいい。先週の土曜日、いつもの薬をもらうために処方せんを書いてもらうために、病院に行った。先生も薬を一つ減らそうと言ってくれた。もしかしたらマリオのおかげで精神的に安定しているのかもしれない。食欲も最近出てきた。
 さて、歩きましょうか・・・!

2007年06月03日

NINTENDO DS lite

 金曜日の午後銀行に両替の行き、ふとパソコンの消耗品がなくなっていることに気がつき、買っておこうと思いヨドバシによる。入り口にNINTENDO DS lite緊急入荷とあるのを見てしまった。最初はふ~んと思っていたのだが、やっぱり欲しいよなぁと思い直し、ついに買ってしまった。


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 で、ソフトは何にしようかと迷い、結局そのときはDS本体だけを買い、事務所に戻る。(もちろんパソコンのMOも買った)ソフトは帰りにでもまた寄って買おうと思った。会社で聞いてみると、必須アイテムはマリオでしょうと言われ、やっぱりマリオかとまずはニュースーパーマリオブラザーズを購入(といってもたまっていたポイントで買ったので、お金は払わなかった)


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 マリオはやりたいなぁとずっと思っていた。子供たちがまだ小さいとき、スーパーファミコンでよく一緒にやったものっだ。それ以来やっていない。あのときほんと夢中になった。最初は私の方がクリアーしていったのだけれど、そのうち子供たちには勝てなくなってしまい。いつの間にかやめてしまった。もう15年以上も前だ。
 さっそく、昨日やり始める。む、懐かしい。しかしどうも昔のような華麗な指さばきができない。くそー!いつの間にかDSを持つ指に力が入り、気がついたら両腕が引きつった痛みが残る。普段使わない筋肉が痛む。まじぃなぁ~と、かみさんに見つからないようにアンメルツ塗る。やっぱり無理なのかと思いつつ、昨日は1日を終える。土曜出勤で帰ってきた娘にどこまでいった?と聞かれ、最初のセーブ画面までと言ったら、どんくさいと言われてしまった。マリオおじさんとまで言われた。うっせい!
 これじゃ大野さんが昼休み対戦しようといってくれたけれど、とてもじゃないができやしない。そんなレベルじゃない。まぁ、暇なときこつこつとやります。まずはそれぞれの場面をクリアーすることが先で、コインを取ることや、敵キャラをつぶすことはできる限り後にしようと作戦を変えてやってみることにする。
 それにしてもマリオのソフトを買ったとき、結構レジに並んだ。そして並んでいるのは子供じゃなくいい大人ばかりだ。どうも最近のゲームは子供だけじゃなく大人も楽しめるようになっているんだなぁと改めて思う。DSのソフトもかなりの数があって、われわれおじんも充分楽しめるソフトがあるようだ。これからが楽しみだ。