2007年08月29日

思うままに

 夜、クーラーをつけず、窓を開けて寝る。虫の鳴く音がする。それを聞きながら、そろそろ秋が近づいて来ていることを知る。
 とにかく今年は暑くて、窓を開けずにクーラーをかけっぱなしで寝ていたから、そんなことも気がつかないでいた。
 今年から日中35度以上の日を猛暑日なんてしてくれるものだから、ただでさえ暑いのに余計に毎日が暑く感じてならない。気象庁がわざわざ猛暑日なんて設定するということは、それだけ地球温暖化が進んで、日本も熱帯地域に組み込まれつつあるのだなぁと思う。

 遅い夏休みを土日とくっつけて4日間取る。といってもどこか行く予定もなく、また腰の痛みも多少残っているので、自宅で休養を兼ねつつのんびりと過ごす。
 ただ、毎年やっている大腸の内視鏡検査の申し込みをする。かかりつけの先生に紹介された病院へ行った。まずは検査日を決めるのと、感染症の有無を調べる血液検査をした。9月8日に検査日は決まった。 もう大腸の内視鏡検査は3回やっているが、それぞれ検査してもらった病院が違う。それは通っていた病院を変えてしまったことによる。今かかっている先生にも言われたのだけれど、本当は一カ所決まった病院でやった方がいいことはわかっている。ただいっこうに症状が変わらないという理由で病院をいくつか変えてしまったことでそうなってしまった。出来ればかかりつけの先生を決めて、きちんと管理してもらった方がいいので、今回からそうしようかなぁとは思っている。
 3回も検査をやっていると、やり方はわかっているが、面白いものでそれぞれ準備の仕方が違う。大腸の内視鏡検査は行けばすぐ出来るものではないので、下準備が必要なのだ。その下準備の仕方が病院によって多少違う。今回は前日から検査食を食べて、おなかの中を軽くして、その後1.8リットル下剤を飲んで、一気に出してしまう方法のようだ。

 会社の事務所は毎日ラジオが流れている。考えてみると私はそれほどテレビを見ないので、1日の中でテレビよりラジオの方がよく聞いていることになる。その関係か、こうして自宅でパソコンをやっているとなんかラジオが欲しいなぁと思うようになった。で、実際パソコンのそばに携帯ラジオを置いてあるのだが、不思議なもので、パソコンに電源を入れるのと同時にラジオの電源を入れる気にならないのだ。なんかわざわざそんなことをするのが面倒なのである。でも一方でラジオの音が欲しいと思うのだ。
 こういう横着者が考えるのは、パソコンにラジオが付いていればいいということことになる。そんなことが出来るかというと、それがあるんですね。パソコンUSBにつないで、パソコンの画面で局を選び、パソコンのスピーカーから音が出せる優れものが・・・。サンコーレアモノショップというちょっと怪しいサイトで「USB AM/FM RADIO」というのを見つけたのである。おおこれはいいじゃんと思う。一時は品切れ状態だったので購入することができず、再入荷を確認したので、注文してみた。値段は6,980円である。


2007_08_29_01.jpg


 で、実際接続して、専用ソフトもインストールして使ってみる。おお!、パソコンのスピーカーからラジオが聞こえる。(当たり前か!)これはちょっとやみつきになりそうだ。
 これが何よりも一番いいのは、アイコンをクリックするだけでラジオが聴けるし、パソコンを切れば当然ラジオも一緒に切れるので楽でいい。しかも音がデスクに置いてあるスピーカーから聞こえるので、すっきりと音が耳に入ってくる。
 別に自慢するわけじゃないのだけれど、このGatewayのパソコンはビスタにも対応するスペックになっていて、バージョンアップもできるのだが、面倒でやっていない。そのままXPで動かしている。おかげでさくさく動いてくれて快適な環境である。こんなラジオを付けても、際して問題はないようだ。

2007年08月22日

持病の腰痛がまた・・・

 事の発端は、日曜日の買い出しに始まる。例のごとくかみさんと買い物に行く。休みには一緒に出かけるのだが、この時は重いものを買う。かみさんは足と腕が痛いということなので、日々の買い物では重いものはできるだけ買わずに、休みに私がつきあうときに買い込むことにしているのだ。この日もスポーツドリンクが安いということで、2リットル入りのペットボトルを2本とその他重量のあるものを買い込む。で、当然私が持つことになるのだが、この時ちょっと油断してしまい、買い込んだやつを持ったまま腰をひねってしまった。軽い痛みが走ったが、まぁ大丈夫だろうと思い、そのまま帰るが、翌朝起きるときすっと立ち上がれない。歩くのもつらい。ああ、またやってしまった!と思った。
 岩本町から事務所まで、ゆっくりゆっくり歩いていたら、後ろからものすごい勢いでかたかた鳴らしながら走ってくる女がいる。嫌な感じがしたのだが、この女がこけたのである。そしてこけたついでに私にぶつかってきたのだ。この時腰に激痛が走る。思わずうっとうなってしまった。怒るにも怒れないほど痛い。女はすみませんといいつつ、そのまま走り去っていく。思わず、「殺す!必ず殺したる」と思ったのだが、それどころじゃない。痛いのだ。何でこうなるんじゃと思いつつ、痛みを抑えながら、何とか事務所にたどり着く。この日は更に歩くことさえきつくなり、帰りは、かみさんに車で迎えに来てもらう始末であった。
 それから今日までだいぶ回復しつつあるが、まだそれまでのようにサクサク歩けない。足を引きずるような感じでゆっくりと歩いている。もちろん階段もきついのでエスカレーターやエレベーターに乗っている。一昨日は椅子に座るのさえきつかったが、今は座っている分には痛みはない。立っているときも同様だ。歩くのも、早く歩けないが、何とか歩ける。ただ長時間はきつい。
 そして一番きついのが、姿勢を変えるときである。たとえば椅子から立ち上がるとき、起き上がるときなどは、すっと立ち上がれない。何かにつかまって立ち上がらないと、しかも時間をかけて立たないと痛くて仕方がない。

 ここ3日間仕方なしにゆっくり歩いているが、他の人はかなり早く歩いているのを感じている。自分がいつものペースで歩けないから余計なのかもしれないが、思わずみんな急いでいるんだなぁと思ってしまった。急ぐには急ぐ理由があるのだろうが、そんなに急ぐなら、もう少し余裕を持てばいいのにと思ってしまう。
 こうしてゆっくり歩いていると、これはこれでいいなぁと思うところが出てきている。焦ったってそれほど時間が変わる訳じゃないし・・・。あわてるならちょっと5分ほど早く出て、目的地まで行けばいい。むしろのんびり歩くことで、何か世間様を横目で眺めているような気分にもなれる。ただ、このクソ暑さが問題だ。暑すぎる。

2007年08月14日

ラオックス・ザ・コンピュータ館

 リンクを張らさせてもらっている「夜を往け akihabara p」は気に入っていて、更新を楽しみにしている。その中で、「落日のラオックス・ザ・コンピュータ館は9/30(日)に閉店」というのを読んで驚いてしまった。そうかラオックス・ザ・コンピュータ館も閉店かと思わず時代の流れの恐ろしさを感じてしまう。
 リンクをたどっていくと、どうやらラオックス・ザ・コンピュータ館は黙りを決め込んでいるらしいのだが、その地下にテナントとして入っているメイド喫茶(というよりラオックスの地下にメイド喫茶ができていること自体、かなりやばい状態のような気がする)がバラしゃったようだ。そのメイド喫茶がWeb上で「閉店のお知らせ」として「2007年9月9日(日)をもって閉店いたします」「秋葉原のシンボル的存在であったLaoxザ・コンピュータ館が幕を下ろすことになり、当然この場所での営業は不可能になりました。」「移転の検討をする時間も無いほど急なお話しでしたので無念ではありますが『閉店』という選択をさせていただきました。」と発表しちゃったようだ。もう末期的状況だ。

 ちょっと前にここに寄ったことがある。店の前ではアウトレットかジャンク商品か知らないが、段ボールに詰めて売っていた。どういう訳か分からないが、店内が暗く感じる。あの華やかさはどこへ行ってしまったんだと思った。その全盛期を知っているだけに、そのひどさは目を覆うばかりであった。何だか展示されているパソコンも古めかしく感じてしまうくらいであった。
 秋葉原の再開発に伴い、人の流れがかなり変わってしまった。昔はよく足を運んだけれど、今はヨドバシでことが済んでしまう。わざわざそこまで足を運ぶ必要がなくなった。
 思い返してみても、確かにラオックス・ザ・コンピュータ館には本当には本当によく通った。パソコンの消耗品などよく買っただけでなく、パソコンを買うにあたり、市場調査も個人的にさせてもらった。新モデルのパソコンが輝いていた。当時はパソコンも結構な値段がしたから、展示されているパソコンを自分で使えればいいなぁなんて眺めていた。
 マニュアルやパソコン雑誌も1階のフロアー全体に置いてあって、充実していてた。それがいつの間にかなくなっていたし、そもそもパソコン自体消耗品化してしまい、これといって目新しい感じがしなくなってしまった。聞くところによると、パソコンは儲からないともいうから、かなり厳しい状態だったのだろう。過去、家電専門店の店舗別売上高全国一位になった店舗も17年目で終焉をむかることになったわけだ。パソコンだけに特化したラオックス・ザ・コンピュータ館は、当時はそれでよかったのかもしれないけれど、いつまでもそのままでいれば、マニアックになるしかなく、一般的に受け入れられなくなる。あるいは秋葉原の再開発に乗り損ねたため、終わるしかなかったのかもしれない。

2007年08月08日

ジレンマ

 2年ぶりに大学の友人と暑気払いと称して会う。私はこの間胃の調子が芳しくないので、酒の席は遠慮してきたのだが、だいぶ調子も良くなりつつある気がしたので、友人と酒を飲みたいと思い、今回出席させてもらった。
 しかしビールジョッキ(小さいやつ)で2杯でいっぱいいっぱいであった。友人は私の身体に気を遣ってくれありがたかったのだが、やっぱりまだ本調子ではないようだ。
 久しぶりに夜11時までつきあったのだけれど、やっぱり堪える。元々朝型人間なので余計である。帰りの電車もそう長く乗っていないのでけれど、妙に長く感じてしまった。そして予期していたのだが、胃の感じが重い。明らかにもたれている。やれやれまいったなぁと思いつつ、汗をかきながら、家にたどり着く。
 友人と話していて気になったことを書く。このブログのことである。友人は私には文章を書く能力があるという(才能ではないよ)。そしてこうして自分の書いた文章を公開していることに、違和感を感じているという。私はあくまでも私的なものとしてここに文章を書いているのだけれど、友人に言わせると公開している以上、それは私的じゃないというのだ。
 確かにそうであろう。私がいくら個人的に好きで書いていると言っても、こうしてネットで公開している以上、私的なものではないという論理は、どうあがいても争える余地はない。友人に言わせると個人的なものをこうして公開して書いていることが理解できないようである。
 そしていくら私がそうじゃないんだ。そんな大義名分などないんだといっても、所詮言い訳にしかならない。要は個人的なものをこうして公開してどうなんるんだ。あくまでも私的なものなら、その範囲内に納めておくべきもんじゃないかというわけだ。
 もっともである。こうして自分の意見を公開することは、どんな形であれ、どこか世間に向かって自己主張をしたくてならない部分があるのかもしれない。が、それは否定しないけれど、やっぱりそういう気分は希薄である。
 確かに公開している。けれど、それはたまたまブログという媒体が公開する機能を持っていたからで、それだけのことなのである。それにブログというのがなんか面白そうと思ったことから始まっただけだから、それ以上の深い意味は私の中には存在しない。だからそれがつまらなくなったらきっとやめちゃうだろう。本のことについて書くことが好きだから、ただそれだけで書いているのだ。もちろん私が書いている以上、私の考えや感想は当然そこにはある。ありはするけれど、私はそれは外に向いているものではなく、私個人に向かっているもんだと思っている。
 ただこのブログを読まれる方は、当然私の存在をそこに感じられるだろうから、その時点で私の考えや感じ方は外に向いてしまう。でも意識して私がそうしている訳じゃない。書く方と、読む方の立場が違う以上、その部分はいくら言葉を尽くしても、ただ乖離するだけだろう。
 正直な話、このことはずっと悩んではいた。もともと表に出るのが嫌いなたちである。友人の言うことは私の中でのジレンマでもある。ただ今はこうしてああでもない、こうでもないとだらだら書くことが好きなのでやっているだけのことなのだ。何度も言うようにそれが飽きちゃったら(元々飽きっぽい性格なので)ある日突然止めちゃう可能性だって、私の中にはあるのである。

2007年08月07日

暑い

 暑いですね。ここのところ夏ばて気味で、何をするにしてもかったるくて仕方がない。もちろんそんなことばかり言っていられるほど世の中甘くないので、無理に身体を動かしているのだけれど、ふと気がつくと、ぼーっとしちゃっている。本も思うように進まない。これも読んでいるうちに、ただページだけをめくっている状況になってしまっていて、こんな時は内容が頭に入らない。
 地球温暖化は身近に感じられるようになってきていて、日本も熱帯地方に属すようになってきているんじゃないかと思えるほど、暑い。
 昨日例によって朝歩いていて駅に向かったら、東大島駅のホームの前方がかすんでいる。何だろうと思ったら、上から霧が吹いている。いわゆるミストだ。この駅は地下鉄といっても地上にある駅なので、駅に冷房が効かない。だからこうした打ち水的発想で、冷やそうとしているのだろう。でも素朴な疑問なのだけれど、これだけ霧を吹くには当然ポンプで水をここまで持ってきて、吹き付けるわけだから、それなりの電力を使うことにならないのだろうか?つまりエネルギーをそれだけ余計に使うのではないか、なんて思っちゃうのだがどうだろう?
 でもなんか不思議な感じでしばらく霧が出てくる部分を眺めていた。できればただ霧を吹くだけじゃ、能がない。ハーブの香りなどすれば、それこそアロマの効果も期待できるんじゃないかなんて思う。そうすれば乗客の気持ちもおおらかになり、構内暴力もなくなるんじゃないの?
 しかし、この暑さだと、やっぱり涼しくない。そう思ったのは来た電車に乗ったとき、電車の冷房の方が気持ちよかった。無駄だとは言わないけれど、所詮霧だもんね。限界があろう。だったら余計に、他の効果を求めるべきではないかなんて余計なことを思った次第だ。