2008年05月18日

新たなグッズ

 自分の生活中に新たなグッズが加わった。一つはプラス スーパークリーナー(スプレー式)である。


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 何かといえば、要ははがし液で、シールなどきれいにはがすために、さっとスプレーをかければ、汚れも残らず、きれいにはがれるというしろものである。なんだと言われそうだが、今これが私には必要なグッズなのだ。
 というのも、ブックオフで買ってきた本には値札のシールがべたっと貼られており、これを手できれいにはがすのが大変なのだ。比較的新しい本なら割ときれいにはがせるのだが、105円の本は、在庫として売れ残った本が多いのか、たぶん長いことその店に置かれたものが多い。最初は定価の半額の値段が印字されたシールが貼ってあって、それが売れずに、在庫処分みたいな形で、値札が貼り替えてある。貼り替えるというより、安い値段のシールを今まで貼ってあったシールに貼り重ねている。ひどいやつになると、三枚も値札のシールが貼られているものさえある。それが時間が経てば経つほどはがしにくくなる。
 そんなのそのままにしておけばいいじゃんとここでも言われそうだけど、私はこのシールが気になる。だからせっせとはがそうとするが、これがきれいにはがれず、必ず汚れが残る。汚れだけじゃない、のりも残り、棚に入れるとき、横の本の表紙にくっついてしまう。で、これはどげんかせんといかんと思っていた矢先に、シールはがしがあることを思い出す。
 昔、はがろんなるシールはがしを使ったことがあるが、あれはシールはがしといってもまだ製品が不完全のものだったから、しつこいやつはきれいにはがれなかった。しかしあれから長い年月が経っている。きっとシールはがしも進化しているに違いないと思い、改めて購入してみる。さっそく試しにさっとスプレーをかけてみる。おおぉ!きれいにとれるじゃん!やっぱりシールはがしも進化しておったんじゃと感動し、ブックオフで買った他の本で汚れが残っている本にスプレーをかけて汚れを落とした。これはいいものを手に入れたと思っている。
 
 もうひとつが万歩計である。私は別に健康オタクではないのだが、仕事が事務仕事でほとんど机に向かったまま仕事をしているし、休みになると、ごろごろしているので、食べるだけ食べれば当然体に身につく。まして胃の調子が良くないので、便秘もまずい。そしてずぼらな私でもできることとなると、歩くことだけである。やってみると結構楽しい。やる前は、何が楽しくて歩くんだと思っていたが、歩きながらいろいろなことを考えることができ、たとえばこうして文章を書いていて、行き詰まった時など、新しいフレーズが浮かんできたり、違う考え方が出てきたりする。要するに気分転換になるのだ。思索の散歩といえばかっこいいじゃん。
 しかしそれだけじゃつまらない。実際日々どれくらい歩いているのか知りたかった。それでかねてより万歩計が欲しいと思っていたのだ。しかしオジンがよくベルトに取り付けているやつは、私のポリシーに合わない。あんなのつけて歩きたくない。できれば万歩計つけて歩いてるなんて思われたくない。だから見えないようにポケットに忍ばせるタイプの万歩計がいい。そしてオプションとして、昔の「東海道」なんかバーチャルで歩け、今現在どこのあたりにいるのか、楽しめるやつがいいなぁと思っていたのだ。だって何歩歩いて、脂肪は何カロリー消費したなんて、いかにもメタボ対策みたいでいやじゃん。
 で手に入れたのが「五街道」というやつである。これは優れもので、東海道だけでなく中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道を日々歩くだけで歩けるのだ。


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 娘からもらったガチャポンで取った携帯ストラップを付け(私は携帯を持っていないので、よくストラップをもらうのだが、処分してしまう)細かい設定をする。まずは歩幅である。ところで歩幅ってどこからどこまでのことをいうのかわかります?こんなこと考えたこともなかったのでちょっと考えてしまった。私は最初左足のつま先から、右足のかかとの間かなと思っていたが、よく考えてみれば、先に進むのだから、これはおかしい。右足のつま先までだろうと理解する。説明書はさすが年寄りが使うものだから親切に説明してあって、その通りだとわかった。説明は親切なのだけれど、文字がちっちゃいな。これじゃ年寄りはすぐ読めんよ。ここに改善の余地がある。
 さて、すべてを設定し終え、どこを歩くか。当然東海道でしょう。そのように設定し、今日は病院へ行くので、それを持って出かける(このフレーズまさしくオジンだな~)。病院は最寄りの駅から一駅先にあるので、いつも歩いている。実際駅から駅までどれくらいあって、何歩歩いているんだろうと思う。今日はそれがわかるので楽しみでもあった。
 ところが歩いているうちに、無意識に1.2.3.10.11.50.51と数えているのだ。それに気づいて、万歩計を持っているのに何で歩数を数えなきゃならないのだと苦笑する。万歩計を持って歩いているという意識が頭の中に一杯になっちゃって、いつの間にか歩数を数えてしまったのだ。
 かみさんが言うには一日一万歩歩くのがいいらしいと聞く。何を根拠に一万歩がいいのか知らないが、まぁ目安としてわかりやすいから、まずはそれを目標としよう。で、夕方買い物も終わり、ほぼ一日が終わりそうになったとき、本日歩いた数が、9,728歩であった。おお!もう少しで一万歩じゃん。休みでこんだけ歩くとは大したもんだと自画自賛するが、性格柄、何とか一万歩の大台に乗せたくなる。
 早めに風呂に入って、テレビのニュースなど見ていたのだが、どうしても一万歩が気にかかる。馬鹿なものだから、よし何が何でも一万歩の大台に乗せようと、着替え直して、夕食前ちょっと歩き出した。そして本日の歩数は、10,586歩とする。歩いたキロ数は3.3キロ。第一の宿場町品川まであと4.6キロとなった。むふ~、これは京都までいくには大変だ。昔の人はよく歩いたんだなぁと感心する。
 我々夫婦は、何か目新しいことがあると、そればかり話題になるのだが、かみさんも一緒に歩いていると、何歩歩いた?と聞いてくる。もう少しで一万歩になると言えば、感心する。結構本日の夫婦の会話にも役に立った。かみさんは何かと移動するときは車を使うから、私はそんなに歩かないなと言うが、どこか万歩計に興味がありそうな素振りなので、かみさんにも買ってやろうと思った。
 一日だけど、こうして万歩計を持って歩いていると、楽しいもんだと感じた。

2008年05月17日

高校時代の友人

 帰りの電車の中で、高校時代の友人と偶然出会った。私は人付き合いが悪いので、学生時代の友人と会って話すことはほとんどない。強いて言えば、わざわざ出向いていって会うのは、大学時代の友人くらいである。何年か前に中学校の同窓会というか、有志が集まろうということになったのだが、これはちょっと行けなかった。というのも私のかみさんも同じ中学校なので、当然かみさんも出席することになる。そこに私が一緒に出向くわけにはいかない。何を言われるかわかったものじゃないからだ。友人たちは一緒に来ればいいのにというが、酒の肴にされるのはかなわない。ということで、この会は不参加となった。そしてたぶんこれから先も出席しないだろう。
 高校時代のクラス会はやっているのかいないのかよく知らないけれど、たぶん案内が来ないところをみると、うちのクラスは誰も音頭をとる奴がいないので、クラス会などやっていないのだろう。そのため高校時代の友人に会うことなどほとんどない。時たま電車の中でもしかしたらと思う顔を見かけることがあるが、面影はあるのだけれど自信がない。その上名前が出てこない。相手が私に気づいてくれれば、話にきっかけにはなるかもしれないが、もし違うなら失礼になるからそのままにしている。
 その友人はすぐ気づいてくれた。私もわかった。しかし名前が出てこない。誰だったけ?名前なんていったけ?と聞くわけにもいかないので、そのままにして、近況をちょっしと話し、同じ電車に乗っていることからまた会うこともあるでしょうと言って別れた。
 家に帰ってすぐ高校時代の卒業アルバムも開き、その友人の顔を探す。なかなか見つからない。三十数年前だから風貌もだいぶ変わちゃっている。再度目をこらして探してみるとあった。おお、あった!彼だ。名前を確認する。今度会ったときは失礼のないようにしなければ。
 それにしても三十年以上の風雪は、髪の毛が物語っていた。アルバムではびっしっとヘアースタイル決めて写っているのに、さっきはそうしたくても量が不足しているから、頭皮が見えてしまっていた。彼は座っており、私は彼の前に立っていたものだから、余計に気になってしまった。このシュチエーションできれば今後避けなければいけないな。歳をとるとそれなりに気を使わなければならないこともあるのだ。
 彼と話していて、クラス何組だったけ?と聞かれとっさに自分がいたクラス名が出てこなかったのには、ちょっと自分でも驚いた。え~と二組だったかなと口にしたとき、そうだ、うちの学校はABCとアルファベットでクラス分けをしていたことに気がつき、あわててD組だったと訂正する。二組は中学校の時だ。それでもそれさえも自信がなく、もしかしたらFだったかなと思い出すが確信が持てなかった。アルバムでD組であることは間違いなかったが、自分がいたクラスさえ忘れちゃうくらいだから、それくらい高校時代の友人とは話していないことのなる。しばらくアルバムを眺め、当時のことを思い出す。今後のために・・・。

2008年05月08日

その後

 木曜日なので、仕事が早く終われる。で、秋葉原にできたブックオフにでも寄ってみようと思い、その後を見に行った。何かめぼしいものでも補充されたかなと思ったのである。
 しかし何もなかった。というより私にはもうゴミしか残っていないように感じてしまったのである。確かにオープン時はしっかりとした在庫を確保したのだろう。私も何冊かゲットしたことは書いたとおりである。だけどこの後どのような補充がなされるのだろうかと正直、人ごとながら不安に思っていたのだ。
 もともとブックオフはお店のある地域から買い入れをし、在庫を維持していくシステムと聞いている。ところがこの秋葉原駅前店はそれはむずかしいだろうと思う。というのもだいたいこの地域に住んでいる住人が少ないからだ。店内放送で買い取ってもらおうと思い持ち込んだお客が呼び出されているけれど、わざわざここまで持ち込んで買い取ってもらわなくても、近所のブックオフで計算してもらった方が楽なはずだから、それほど買い取れるようには思えない。
 また秋葉原という地域性からオタクコミックばかり持ち込まれても、こちらとしてはこのてのジャンルには全く興味がないので、私が読みたい本がここから入荷するとは考えにくい。
 となると、他店から買い入れた本をここへもってくるしか、この店舗は維持できないのではないか。しかし他のお店だって、売れ筋はそうそう渡したくないだろうから、いくら本部機能がしっかりしていても、商品確保は厳しいのではないか。しかもこれだけの人が本を買っていく。需要と供給のバランスが完全に崩れている。となるとここにある本は時間が経てば経つほどゴミ本しかなくなっていく可能性がある。実際オープンから約一週間後、棚を見てみれば見栄えがしない。同じ本が何冊も棚に入っている。そうしないと棚がすかすかになるからだろう。店員の「いらっしゃいませ!こんにちは!」という唱和が煩わしく聞こえる。果たしてこれでやっていけるんだろうか?お客も馬鹿じゃないから、ここに本がないとわかれば、いずれ離れていく。この店をどう維持していくのか、今後が楽しみである。
 ということで何も収穫がなかったので、書泉さんに寄る。そこで見てしまったのである。開高さんの本を・・・。開高さんが亡くなられて、もう二十年が経つ。当然開高さんの新しい書き下ろしはあり得ないのだけれど、追悼文集など、関係者が結構出している。今回もそのたぐいだろうと思っていたら、単行本未収録の文章を集めたものであった(といっても、だいたい他のところで読んだことがある文章なんだけどね)。そうなると話は違ってくる。コレクターとしては買わないわけにはいかない。しかも本の帯には「文豪、最後の新刊!」と大々的に書いてある。厚い本だから結構するんだろうなと思い、値段を確かめると、定価3,360円とある。やれやれ仕方がない。ゆきちちゃんを財布から一枚取り出し、支払う。こういうことがあるから、新刊書店は鬼門なんだよなと思いつつ、でも足繁く何かないかなと通うところは、もう病気としかいいようがない。

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